本部

【いつか】Multiverse

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2019/03/22 10:11

掲示板

オープニング

●多元宇宙時代の幕開け
 戦いから10年。かつては王による侵略の道筋でしかなかった異界への門の鍵を、ついに人類が手にする時が来た。H.O.P.E.、グロリア社、アルター社……世界の名だたる企業が群れ集まり、頭脳を結集して一つのワープゲートを完成させたのだ。
 新たなる時代の幕開け。かつて王が独りで漕ぎ出で、その広く深すぎる深淵の中へと沈んだ時代の幕開けだ。
 王とは違う、新たなる航路を探し当てる。それが人類に課せられた使命であった。

●記憶を頼りに
「これが……異世界探索用のワープゲートか」
 純白の毛並みを持つ狼、ヴォルクは目の前に聳える仰々しい設備を見上げて呟く。隣に立つ仁科 恭佳(az0091)は、得意げな顔で頷いた。
「ええ。今までは音声や映像の交信……しかもごくごく限られた時間での交信しか出来ませんでしたが……これからは直接異世界に足を踏み入れることが可能になります。……まあ、どの異世界にも、というわけではありませんが」
 世界の狭間を通じて現れた、愚神に英雄。彼らのルーツに規則性がなかったように、到達予定となる座標を定めるための方法論がほとんど確立されていないのだ。それを実現するには、未だ10年ほどが必要になるというのが、研究チームの弁であった。
「ワープゲートの座標を固定するための手がかりが、現時点では我々の記憶以外にない……という話であったな」
「ええ。ライヴスに英雄の記憶を載せ、このゲートを通じて世界の外側に流し込む事で、その記憶に符合する世界を引き寄せる事が可能となります。つまり、現在結び付ける事が出来るのは、この世界にいる英雄と同じ数か、それ以下。世界が無数に存在している事を考えると、まだまだこの機械は不完全と言えますね」
「だが、それで十分だ。私が向かいたいのは、当にその私がいた世界なのだから」
 ヴォルクは裾を払い、つかつかとゲートの目の前に立つ。足元に刻まれたライヴス回路が、小さな光を放った。恭佳は周囲の研究者達と目配せし、機材の前に陣取る。
「では、静かに目を閉じてください。嘗ての世界の記憶の中で、もっとも明確に思い出す事の出来る瞬間を、瞼の裏に焼き付けるようなイメージで」
「承知した」
 彼は深く息を吸い込む。思い浮かぶのは、炎に包まれた城。愚神に城下まで攻め込まれ、自分一人だけその城に居残り、倒れるまで戦い続けた。その絶望の瞬間が、脳裏に蘇る。
 刹那、ワープゲートが鈍い音を発し、空間が少しずつ捩れ始める。異世界の扉が静かに開こうとしていた。
「この先が、私の世界か……」
 銀河のような輝きが、一人の狼を誘っていた。

●Le Renard
 貴方達は、完全武装した状態でワープゲートをくぐった。渡った先の世界がどうなっているか分からない。故に経験豊富な貴方達が、ヴォルクの随伴者に選ばれたのである。
 そこは、深い森の中であった。遠くでは黒い煙が上がっている。激しい喧騒も彼方に聞こえた。貴方達が武器を構えた時、不意にライヴスの矢が森の陰から飛んできた。咄嗟に躱し、矢の飛んできた方角を見遣る。弓を構えた犬頭の獣人が、木の上に屈んで狙いを定めていた。
 あちらを見ても、こちらを見ても、獣人が弓を構えて貴方達を睨んでいる。明らかな敵意がそこに在った。

 応戦する外ない。そう覚悟を固めかけた。
「待てよ」
 しかし刹那、どこからともなく声がした。藪を蹴破り、狐頭の獣人が貴方達の目の前に飛び出す。黒い衣の襟を整えると、狐は不敵な笑みを浮かべて貴方達を見渡す。
「お前らは愚神じゃないだろ? 何かそんな気がするんだよな。……英雄にしちゃあ、少し見てくれがはっきりしすぎな気もするが」
「……ルナール」
 彼の姿を見ていたヴォルクは、不意に声を発する。狐はゆらりと振り返った。
「んあ?」
 ヴォルクはすぐさま共鳴を解いた。その姿を認めるなり、狐は目を丸くする。
「おいおい。誰かと思えばイザングランじゃないの。あの城と一緒に燃え尽きたと思ってたぜ」
「私にも仔細は分からん。ただ確かなのは、お前とこうして面を付き合わせているという事だ」
 狐はふむと唸った。顎を撫でさすりながら、ちらりと白狼を見遣る。
「あー、だが、そうか。そりゃあよかった。お前が帰ってきたら、嬉しい事は山ほどある」
「お前にしては素直だな」
「それだけ今がやべえってこったよ」
 言っている間に茂みが揺れ、今度こそ従魔が飛び出してきた。貴方達は咄嗟に武器を構える。狐も剣を抜き放つと、君達の事を見渡した。
「つーことだ! ここであったのも何かの縁って事だろう? そっち側の処理はよろしく頼むわ!」

 眼を血走らせた獣が吼える。久方振りに出くわした従魔を前に、君達は戦いへ赴くのであった。

解説

目標 愚神の撃破

ENEMY
☆デクリオ級従魔キメラ×10
 様々な獣を寄せ集めてくっつけたような従魔。
●ステータス
 物攻B 生命C その他D~E(外見によって前後する)
●スキル
・鉤爪
 歪んだ爪による一撃。[命中時、物攻vs物防の対抗判定。敗北すると減退(1)付与]
・咆哮
 歪んだライヴスの籠った咆哮。[ドレッドノートスキル「臥謳」と同等]

NPC
☆ヴォルク&真江
 H.O.P.E.芸能課の経理&プロデューサー。今回はかつての世界へ戻れるという事で、積極的にワープゲートの試験に協力を申し出てきた。
●クラス
 攻撃ブラックボックス(60/40)
●スキル
 黄の爪、赤の声、森羅の寵児

☆ライネケ(ルナール)
 かつて現れた愚神、ルナールに瓜二つの獣人。この世界では普通に人間をしている。
●ステータス
 物攻A 生命B その他C~D

☆フクス傭兵団×10
 ライネケの部下。
●ステータス
 物攻B 生命C その他D 

FIELD
☆深い森
→藪が深く、動きにくい。
→敵は構わず動いてくる。囲まれないように注意
→といっても今まで戦い抜いたPCならどうとでもなる。

TIPS(PL情報)
☆ライネケにルナールであった頃の記憶は無い。
 →ただし、ルナール依頼に参加した事のあるPCと出会うと反応が変化する。
☆ライネケの雇い主は○○○○。

リプレイ

●時と空を越えて
 任務前日。イリス・レイバルド(aa0124)は装備の整備を何時もより念入りに行っていた。その背後では、アイリス(aa0124hero001)が依頼書をじっと見つめていた。
『世界を渡る技術か』
「お世話になった境界潜りとはまた別なんだろうね」
 世界の境を超えた向こうで、何があるかは分からない。しかし、不思議と悪い予感はしなかった。窓の外に見える星明りを見つめ、イリスは目を細める。
「いつか旅行感覚で異世界に行ったりする日とかも来たりするのかな?」
『さてねぇ。それは挑む者達の頑張り次第じゃないかな』
 そっと手を止めると、イリスは姉に向き直った。
「……元の世界、興味ある?」
『いやぁ、別に。まぁ嫌いというわけでもない。イリスが行きたいなら考えてもいいが』
「ルゥの故郷でもあるんだよね」
 もう一人の妖精は、今も家の外で何やら歌い続けているらしい。窓からその歌声が聞こえてくる。アイリスは依頼書を見つめたまま、どさりとベッドに倒れ込む。
『ふむ。……選択肢を広げる事にはなる……か』

 そんなわけで、アイリスと共鳴してイリスは森の中に立っていた。いつもの剣を抜き放ち、イリスは目の前の従魔に対峙する。
「そっちは任せたからな!」
 狐は叫び、周りの獣人と共に従魔へと斬りかかっていく。その背中を見遣り、イリスは首を傾げた。
「(あの狐の人、どこかで見た事あるような……)」
『(そうだね。お面がよく似合いそうな顔だ)』
 森で暮らしていれば、動物の顔の違いはそれなりに分かるのだ。不思議な気分になりながら、イリスはキメラの山羊頭へと斬りかかった。
 その隣では、大剣を構えたGーYA(aa2289)が襲い掛かる獣の群れを迎え撃っている。嘗ては童顔で少年らしく見えたその顔立ちも、10年経ってすっかり大人びていた。
「異世界の第一歩……って思ったら!」
『従魔なんて見たの、何時ぶりかしらね』
 飛び込んできたグリフォンの嘴に狙いを定め、彼は『聖剣』を振り薙ぐ。横っ面に渾身の一撃を叩き込まれたグリフォンは、鈍い悲鳴と共に地面へひっくり返った。
[そちらの状況はどうなっていますか?]
 肩口に留めた異世界交信用の無線から、恭佳の声が響く。ジーヤは口を肩へと近づけながら応えた。
「現在従魔に対応中!」
『現地勢力とも共闘しているわ。まあ、今更従魔ごときに苦戦なんてしないわよ』
 ジーヤは腰に留めたベルトのバックルを叩く。光の糸が飛んで木の幹に巻き付き、彼を宙へと引っ張り上げた。従魔の頭上をあっさり取って、彼は刃を頭上へ振り上げる。
「仮とはいえ白狼騎士団員の一人だ。思いっきり行くぜ!」
 白狼騎士団。その名を聴いた狐は、耳をピクリと震わせた。くるりと振り向き、真江と共鳴したヴォルクに叫ぶ。
「お前、まーた次から次へと勧誘繰り返してんのか? 止めろよ、本当に」
『大義のために戦う事を説いて何が悪いというのだ。こうして増援として駆けつけてくれたではないか』
 狐と狼が睨み合う。その姿を横で見ていたカナメ(aa4344hero002)は、ふと刃を振るう手を止めてぽつりと呟く。
『……なぁ、私は夢を見ているのか?』
「いいや。これは紛れもなく現実だよ。まさかこんな事が起こるなんてね」
 杏子(aa4344)も懐かしそうに呟く。“彼”の姿を見られただけでも、老体を押して実験に参加した価値はあったというものだ。
『ルナール……』
 球状の盾を空へと放り上げると、癒しの雨をぱらぱらと降らせる。雨はエージェント達も、傭兵達の受けた生傷もすぐさま癒していく。狐は笑みを浮かべて振り返る。
「お、助かったぜ。……ほうら、行くぞお前ら! 一気に片付けろ!」
 士気を高めた獣人達は、一斉にキメラの群れへと襲い掛かる。その背中をちらりと見遣り、杏子はふっと笑みを浮かべる。
「それにしても、元々はあんなフランクな話し方だったのか」
『少し子どもっぽいな』
 墨刀を取り出すと、カナメはヒッポグリフへと斬りかかった。その背後で巨大なブーメランを振り回し、赤城 龍哉(aa0090)は従魔に狙いを定めた。
「よもや、異界の地で見知った顔を拝む事になるとはな」
『まだ何とも言えませんわね。この世界がルナールの発祥の地なら或いは、というところでしょうか』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)も応える。一見無秩序に戦い回っているように見えて、狐達の連携はとても緻密だ。龍哉は彼らの間に狙いを定め、鋭くブーメランを投げつける。
「あの奇天烈な能力はなくとも、戦いぶりは中々なんだな」
『周辺の部下も含めて、優れた練度と言えますわね』
 鈍い唸りを上げながら、ブーメランが飛び抜け龍哉の手元に戻ってくる。その後ろを追いかけて、狐まで龍哉の眼前まで突っ込んできた。彼は龍哉に鼻先を突き出し、その鼻をひくひくと震わせた。
「さっきから俺達の事じろじろ見てるよな? どうかしたか?」
「いや。お前の顔を見てると懐かしい気持ちになるんだよ。俺の名前は赤城龍哉だ。宜しく頼むぜ?」
「アカギタツヤ? ……あー、……どっかで聞いた事あるような」
 手元の剣を振り回しながら、狐が狐につままれたような顔で顎を撫でる。その背後には、傭兵達の囲いを抜けたマンティコアが迫る。
『来てますわよ、後ろ!』
 ヴァルの叫びに合わせ、龍哉が咄嗟に弓を構えて矢を放つ。眼に矢を受けたマンティコアが怯んだ瞬間、狐は素早く背後を振り返り、鋭い切り上げでマンティコアの首を刎ね飛ばしてしまった。
「……はっ。心配してくれんのは良いが、俺だって数えきれねえくらいに場数は踏んでんだ。油断はしちゃいねえよ」
 ルナールはにっと白い歯を剥き出すと、そのまま前線へと飛び出していった。龍哉の知るルナールと違って、目の前の彼は随分と自信家らしい。
「こうしてみると不思議な気分になってくるな。次に会う時は英雄にでもなって来いなんて言ったが……こういう形になるとはな」
『宿縁とでも言うべき何かがあるのでしょうか……』
 ヴァルが溜め息をついたその背後で、アークトゥルス(aa4682hero001)と共鳴した君島 耿太郎(aa4682)はその手で剣を振るっていた。10年前はアークに戦いは任せきりだったが、既にその剣捌きは堂に入ったものである。
『想定していた中ではまだいい展開と言えるか』
「色々と聞きたいところだけど……まずは落ち着いてからっすね」
 刃にライヴスを纏わせ、耿太郎はキマイラの至近距離まで一気に間合いを詰める。振り下ろされた爪を払い除け、その勢いも乗せて、耿太郎はライヴスブローの一撃でライオンの顎を叩き割った。
 群れが次々と打ち倒され、従魔の群れは吼える八朔暮葉――八朔 カゲリ(aa0098)の娘は、その声を聴いて顔を顰める。
「……うざい」
 氷狼を呼び出すと、右手を突き出し目の前のキマイラを襲わせる。氷の牙を突き立てられてもがく狼を見つめつつ、彼女は舌打ちした。
「あの腐れ神、本当にただの英雄か? 神威を取り戻してるんじゃないのか?」
 既に目の前の敵は見えていない。彼女の意識を占めているのは、“神鳥”の事、それから彼女に与する父親の事であった。逸る気持ちを抑えきれずに単身突撃した結果、少女は文字通り袖にされてしまったのである。
「父さんめ! 何よ、“そうか”って! もっとこう、父娘の初対面なんだから、言う事あるんじゃないの!?」
 生まれた頃には母と娘を置いて去り、やっと見つけたと思ったら人間離れした達観顔でこちらを見下ろしてくる。幼気な少女の心を逆撫でするには十分過ぎた。
「ねえ、如何なの久遠!」
「知るかよバカ! 黙って戦え!」
 狐が吼える。若々しい不満をフイにされ、余計に暮葉は頬を膨らます。夜刀神 久遠(aa0098hero002)は深く溜め息をついた。
『落ち着いてください、姫様。むくれている場合じゃありません』
「何でよ!」
 怒りをパワーに変え、文字通り凍りつかせた従魔を粉砕していく。その怒りをひしと感じながらも、久遠はとうとうと暮葉を説き伏せた。
『主様は生きながらにして涯を見た者です。そしてあの王は神殺し。太陽の前に遍く闇は祓われてしまうのです。……単身で向かうのは無謀というもの』
「じゃあどうするってのよ?」
『まずはこの場を切り抜けましょう。それから、為すべき事を為すのです』

 ノエル メタボリック(aa0584hero001)と共鳴したヴァイオレット メタボリック(aa0584)は、槍を構えて群れへと踏み出した。
【突貫します】
 足首に貼り付けたフォレストホッパーが薄らと光る。木々の間を素早く駆け抜け、彼女は従魔を翻弄していく。茂みに深く伏せて隠れ、全身のバネを溜めて一気に飛び出す。自身も矢のように飛び抜け、グリフォンの胸元に槍の穂先を鋭く突き立てる。
【異世界でも従魔の性質は変わりありませんか】
 グリフォンを突き倒したヴィオは、今度は盾を取り出してマンティコアへと突撃した。その人面に盾を叩きつけ、攻撃を無理矢理に押さえ込む。
【今です、六花】
「はい。……では、行きます」
 氷鏡 六花(aa4969)は、白いドレスの裾を返して、魔導書をぱらりと捲った。鋭い氷の槍を作り出し、マンティコアの腰に氷槍を突き立てる。
「騒速……ううん、ルナールは……愚神として殺された……はずなのに」
 相対した者のライヴスを読み取り、その業を写し取る。その力を手に愚神として対峙し、最後まで愚神である事に拘って地球世界から姿を消したルナール。彼の姿は六花も少なからず憶えていた。オールギン・マルケス(aa4969hero002)は唸る。
『多元宇宙論……並行世界か』
 無数に存在する世界。その中には、もう一人の自分とも言うべき存在が暮らしている世界も数多くあるという。オールギンは同僚の技術者や科学者と飲み交わした時の話を思い出していた。
「私が知っているルナールと、彼は別の存在……ということ?」
『わからぬ。彼をどのように定義するべきか……少なくとも、愚神であった頃の彼とは別人、とするべきであろうな』
「少し……わくわくしてます?」
 氷槍で従魔を容赦なく攻め立てながら、六花はオールギンに尋ねる。
『わからぬ。だが、こうして異世界を目の当たりにする事で、後の研究に役立てられるのではないか。……そのようには思っているな』
「なら、この従魔達は早く片付けないと、ですね」
 愚神ならば丁重に氷葬してやるところだが、単なる使い魔に遠慮などいらない。次々と氷槍で射貫き、その従魔を釘付けにしていった。

「煌翼刃――天翔華!」
 黄金の刃を翼に変え、彼女は空へと跳び上がる。そのままイリスはヒッポグリフに突っ込み、刃の翼で従魔の翼を切り裂く。バランスを崩した従魔は、そのままふらふらと墜落した。
『倒れている場合じゃないよ』
 震える脚で起き上がったところに、アイリスが盾を構えて押し寄せる。全身に行き渡っていた光が翅に集束し、ドレスが黒く染まっていた。
『さあ、踊ろうか』
 アイリスは素早く踏み込み、盾を横に振るって従魔の脚を掬い上げる。踊るように踏み込んだアイリスは、盾の切っ先を従魔の頭に突き立てた。脳漿とライヴスが一気に噴き出し、従魔はぐったりと動かなくなる。
 ジーヤは木の枝をバネにして素早く飛び出し、最後の一体となった従魔に素早く襲い掛かる。
「これで……トドメだッ!」
 渾身の力で剣を振り抜く。立ち向かってきたキメラの身体を、彼は一刀で真っ二つにしてしまった。どす黒い体液をばら撒きながら、キメラは灰と化して消滅する。
『こんなところ、かしらね?』
 ジーヤは剣を収めて周囲を見渡す。辺りに散らばる従魔の亡骸。森は再び静まり返っていた。

●貴き宰相
 従魔の亡骸が、澱んだライヴスを放ちながら次々消滅していく。共鳴を解いた耿太郎は、早速獣人達に向き直った。
「さて……改めて。俺の名前は君島耿太郎と言います。このヴォルク氏に請われ、皆さんの世界を訪問しに参りました」
『すぐには信じられない部分も多々あると思うが……此方は包み隠さず話すつもりだ。代わりに、この世界の現状を教えてもらえると助かるのだが……』
 アークも真剣そのものの表情で狐を見据える。狐は首を傾げた。
「まあ、その辺の話は俺みたいな奴よりもっと身なりの良い奴とした方が良いぜ」
 へらりと笑うと、狐は背後を振り返った。
「な、ノーブル」
 そこに立っていたのは、金毛碧眼、イェニチェリ風の軍服に身を包んだ大獅子。小銃を構えた近衛達を傍に立たせ、獅子はじっとエージェントの顔を見渡す。
「……やはり、来られましたな」
 狐は剣を納めると、エージェント達との間に割って入る。
「ノーブル、こいつらは一緒に従魔とやり合ってくれたんだ。悪い奴じゃねえと思うぜ」
「知っている。時読みの術で、彼らがこの地にやってくる事は最初から知っていた」
 彼が微笑むと、近衛達は静かに銃を収めた。狐は顔を顰めて毛皮を掻きむしる。
「なら言えよ、だからお前はノーブルなんだ」
 獅子は肩を竦める。その表情は余りにも“彼”と瓜二つ、否、全く同じだ。耿太郎は目を見張り、思わず彼へと一歩踏み出す。
「もしや、貴方はヘイシズ卿ですか」
「ええ、いかにも。私はこのライカン王国にて宮宰を務める、ラサラスのヘイシズと申します。以後お見知りおきを。……それとも、既に私の事はご存じなのでしょうか」
 ヘイシズ。その名前を聞いた六花は思わず息を呑む。六花はよくよく覚えていた。彼の心臓を、氷の槍で貫いた時の事を。それを防ぎもせずに真正面から受け止め、散っていた彼の事を。今も昨日の事のように。
「ええ。私は……貴方を、確かにこの手で殺しました。……でも、貴方は、ここにいる……」
 殺した、の言葉に近衛達が一斉に反応した。再び小銃を構え、六花へ一斉に狙いを定めようとした。それを手で制したヘイシズは、神妙な顔で彼女と向かい合った。
「確かに、貴方の顔には見覚えがある。……夢の中で、ではありますが」

 一刻の後。ヘイシズやその供回りに連れられて、エージェントはぞろぞろと林道を歩いていた。話は宮廷ですべしというわけだ。
 カナメは足取りを緩め、最後尾を歩くライネケへと近づいていく。
『おい、ルナール』
「んだよ?」
 狐は眉間に皺を寄せる。いかにも怪訝そうな眼だ。カナメはむっと頬を膨らませ、所在なげに足元の石ころを蹴り飛ばした。
『何でもない。懐かしいと思っただけだ』
「はあ。そもそも、どうしてお前らまで俺の事を当たり前みてーにその名前で呼ぶんだ。その綽名を使うのはそこの獅子公や狼坊主だけなんだぞ」
 その口振りは全く不思議そうだ。その態度が、カナメ達の知るルナールと、目の前の狐が別人であると知らしめてくる。カナメは肩を落としながら答えた。
『お前が自分で名乗ったからだ。……私達の世界にやってきたお前が』
「はぁ? ……ん?」
 ふと狐は口を閉ざした。ひたすら首を傾げている彼に、杏子もぽつぽつと言葉を繰る。
「まあ、私達の世界で君は愚神となっていたがね。娘はお前の顎をぶん殴ったし、別の愚神に操られた時もまた頭をぶん殴ったし」
「散々な事してくれやがったんだな。何となく毛が逆立ちそうだ」
 ルナールは髭を震わせる。カナメはふと眉を開くと、再びその顔をじっと覗き込んだ。
『そういえば、お前の武器は洋剣なんだな。まあ、それが当たり前なんだろうが……』
「そりゃ安いからな」
『ふうん。……でもお前には、こういう武器の方が似合うと思うぞ?』
 カナメは幻想蝶から白拵えの太刀を取り出すと、そっとルナールへと差し出した。受け取り刀を抜き放った狐は、その強烈なエネルギーに思わず目を見張る。
「すっげえ……こんなもんばっかりで戦ってんのか、お前らの世界は。俺達の世界じゃ、こんな刀は世界のどこを探したって見つかんねえや」
『折角会えたんだ。受け取ってくれないか?』
「マジかよ。これがありゃあ……」
 思わずルナールは息を呑んだが、やがて苦虫を噛み潰した顔で刀を鞘に納め、カナメに突っ返す。
「いや……今は返しておく。こっちも色々身軽じゃなくなっちまったからな。こういう国宝モンの武器を勝手に提げるのはマズい。そのうちだな」
『……そうか』
 アーク達はヘイシズの供回りのすぐ後ろに従っていた。声を潜めて、二人は目配せする。
『この世界は一度愚神の侵攻を阻んだとヘイシズは言っていたが……今がその時なのか?』
「だとしたら、問題はその後っすよね……?」
『とりあえず話を聞いてみなければならんな』

●可能性の海
 大理石で出来たバルコニー。細かい装飾が施されたその塀にもたれ掛かって、ジーヤは恭佳に定期連絡を送っていた。
[なるほど。それでヘイシズのいる宮廷にお招きを受けた、と……]
「ああ。今目の前にいるヘイシズは随分と穏やかでさ。何だか拍子抜けしてるよ」
 ちらりと後ろを振り返る。ヴァルとアークが、ヘイシズ達の前で大仰な挨拶を難なくこなしていた。
[了解しました。とりあえず上に報告しておきます。まあ大体はそちらに対応を任せる事になると思いますが]
『こちらも了解よ。アークトゥルスが間に立ってくれているわ』
 まほらまはヘイシズをじっと見つめる。穏やかな笑みを浮かべ、円卓に座るように仲間達を促していた。そばでは小間使いがせわしなく動き、チャイを振る舞っている。
[あと、異世界に突入してそろそろ数時間は経つと思いますが、心臓の調子はどうです]
「問題ないよ。いつも通りだ」
 経年劣化や王の消失によるライヴスの変化で、試作品の人工心臓はかつて限界を迎えていた。現在胸の洞に埋まっているのは、その試作品から得たデータに、恭佳が考案したシステムを組み込み完成した二代目の人工心臓である。ジーヤが恭佳との連絡役を買って出たのも、その縁があっての事だった。
[なら良かった。万に一つも問題はないと思ってましたが……]
「戻ったら検査にいくよ」
[それが一番ですね。準備しておくので、必ず受けてください]
 通信が切れる。どうやら今日は無事に帰れそうだ。ジーヤとまほらまは目配せする。
『二人ともいい子にしているかしら?』
「そうだね。今は楽しく遊んでいるんじゃないかな……」

 円卓では、くらくらする程に濃い紅茶に舌鼓を打ちながら、アークや龍哉がヘイシズと口早に話を続けていた。
「なるほど。……そちらの世界で、“王”と呼ばれる愚神の首魁を討った……と仰いますか」
『容易に信じられる話ではないかも知れないが、事実だ』
 ビロードの敷かれた柔らかい椅子に腰掛け、ヘイシズとアークは正面に向かい合っている。ヘイシズは顎を撫でつつ、静かに首を振った。
「いや。それならば納得の行く事が多くあるのです。近頃、妙に愚神の動きが精彩を欠くようになりました。各地で略奪的な行動を繰り返すその様は、指揮官を喪い烏合の衆と化した兵と何ら変わる事がない」
「此方の残党愚神の動きと似たようなものですね……」
 耿太郎が呟くと、ヘイシズは彼をじっと見つめた。
「ええ。だからと言って、予断を許さぬ状況には違いありません。我々の武器は、貴方達の武器と比べると数段劣っている。大挙して攻撃を受ければ、それを防ぐのは難しいのです」
「それで、この世界でヴォルクは城を枕に……というわけか」
『そのあと、こちらに英雄として流れてきたのですわね』
「状況を併せて考えると、どうやらその様で。しかし、如何様な形であれ、彼が生きていてくれたのは僥倖です。テリオン大司教位が空位とならずに済む」
 獅子が振り返ると、壁際に控えていた狼は静かに頭を下げた。それを見遣り、龍哉は眉間の皺をさらに深める。
「そのレベルの連中がバタバタ死ぬってのは確かにマズい状況だな」
『権力の担い手がいなくなってしまいますものね』
「まさしくその通りです。現に、既に後継者問題で諸勢力間での小競り合いが始まりつつある有様。愚神の脅威も未だ去っていないというのに……」
 ヘイシズは疲れ切った表情を浮かべた。口元もすっかり弛んでいる。龍哉達の話を聞いていた耿太郎は、おずおずと身を乗り出した。誠実そのものの獅子を見て、いよいよ彼の中で一つの思いが膨らんでいた。
「……もしよければ、何かお力添え出来ないでしょうか。この時期に俺達が来たのも、きっと何かの縁と思うんです」
「なるほど。私も同様に考えていたところです。是非お力添えを頂きたい」

 物腰穏やかに、恭しく言葉を並べる獅子。壁際に座ってその姿をじっと見つめ、ヴィオは思わず声を洩らした。直接相対する事は無かったが、
「たまげただぁ、長生きするものぢゃな」
『お主は、大袈裟だぁ。珍しい事でもねぇ』
「そんなぁ姉者、知ったような事言うだども……」
 ぶつぶつとヴィオは文句を零す。そんな彼女を見てぽつりと笑った。
『しかし、もしかすると……あやつの生きている世界もあるかもしれんだな』
 ノエルの呟きを聞いたヴィオは、ふとその厚ぼったい目を見開くのだった。

 エージェントと宰相の会談を見つめ、ヴォルクはふと窓の彼方を見つめた。城下では、今日も民達が日々の営みを続けている。
『世の流れが、変わろうとしている……か』
「ねえ、ヴォルク」
 そんな彼の目の前に、暮葉が陣取る。唇を結び、じっと彼の顔を見上げていた。
「白狼騎士団……だっけ。一緒に戦うからさ、力、貸してよ」
『何の為に』
「もちろん、神殺しの為によ」
 ヴォルクは眉間に皺を寄せた。暮葉は早口に言葉を切りだしていく。
「父さんとナラカに会った事があるんでしょ? あの二人が世界を攻撃しようとしてるのよ。神の意志に従って戦う、って方針からは外れるかもしれないけど、異界の神相手なら構わないでしょ?」
『つまり、私に十字軍になれと?』
「そういう事よ。アレがどこに行くかももう分かってる。何とかと煙は高い所が好きって言うでしょ?」
 眼を見張り、あまりにも真っ直ぐな視線を狼へと注ぐ。狼は困ったように尻尾を垂らした。
『いきなりそのような事を言われてもな……状況がよくわからんし、即答は出来んぞ』
「分かった。じゃあ今度ここに来てよ。全部話すから」
 暮葉が久遠に目配せすると、久遠は懐から一枚の封筒を取り出し、狼へと手渡した。彼は素早く封を切ると、中の手紙をじっと見つめる。彼は溜め息をつくと、手紙を突き返した。
『わかった。そんなに言われては無碍には出来ん』



 庭に植わった巨大な木の枝に腰を落ち着け、イリスは小さなCDノートを開いていた。その中には、今まさに異世界にいる彼女が思い浮かぶ限りのフレーズが書き込まれている。
「世界を繋げていく事がいいことなのか悪いことなのかはわからないけれど……」
 それでも、賽は投げられた。明朝、ヘイシズはルナールらと共にイリス達の世界へ向かうのだという。枝にその背を預け、アイリスはふっと笑みを浮かべた。
『まぁ、今は開拓の時代なのかもね』
「知っていかないことには始まらないよね」
『イリスがやるなら私は手伝うさ』

 空に浮かぶ巨大な月が、燐光を放って世界を見下ろしている。その静謐な輝きや、洋上で果てたはずの獅子との再会が、エージェント達に一つの可能性を思い起こさせつつあった。

 “ニューディール”の可能性を。

 Continue to New Deal.



 さらに10年が過ぎ去り、異世界転送技術がついに確立された頃。歩行杖を突きながら、ヴィオは供回りを連れて森の中を歩いていた。この世界の姿は住み慣れた地球世界と殆ど変わる事がない。そのカレンダーが、20数年も前を示している事を除いては。
「……まだ、綺麗なんじゃな」
 茂みの中で、ヴィオは呟く。スタッコ塗りの教会は、木漏れ日を受けて白く輝いている。ベールの奥で目を細めていたが、やがて遠くから声が聴こえ、ヴィオは慌てて木陰に身を潜める。
「ここか。見つけたぞ!」
 黒い肌をした美しい女鬼を連れ、ライダースーツに身を包んだ紫髪の少女が地図を握り潰して叫ぶ。彼女――ヴィオはばたばたと山道を駆け抜け、教会の扉を乱暴に叩く。
「おーい! 美佐! 出て来い!」
『はい、何でしょうか』
 扉を押し開き、エプロン姿の青年が姿を見せる。刹那、少女は青年に食って掛かった。
「美佐! この前の戦いは何だ? 一人で無茶をし過ぎではないか!?」
『い、いえ、そんな事を言われましても、これが私の仕事ですので……』
「そういう問題じゃない! 大体な……」
 青年を押し込むように、並行世界のヴィオはずかずかと彼を教会の中へと押し込んでいく。その姿を一頻り眺めたヴィオは、静かに踵を返す。
「帰るとするだか……」
 彼が生きている姿を見る事が出来た。それだけでも、ヴィオにとっては十分な収穫だった。

 END

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 蛇の王
    夜刀神 久遠aa0098hero002
    英雄|24才|女性|カオ
  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Be the Hope
    杏子aa4344
    人間|64才|女性|生命
  • Be the Hope
    カナメaa4344hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • 南氷洋の白鯨王
    オールギン・マルケスaa4969hero002
    英雄|72才|男性|バト
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