本部

【天獄】テレさんよ永遠に

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~10人
英雄
5人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
4日
完成日
2019/03/15 21:17

掲示板

オープニング

●女神爆誕
 王との決戦やら、縁の諸々やらがすかっとぶっちぎれた3月。
 礼元堂深澪はH.O.P.E.東京海上支部のロビーでいきなり、前のめりに倒れ伏した。
 共鳴もしねぇ~で厳しい戦場渡ってきたツケってやつかぁ。払わなきゃなんねぇ日はもうちょい先だって思ってたんだけどなぁ~。追いつかれちまったの、ぜ……
 ガクっと落とした首をぐいーっと引っぱり上げられ、深澪はとりあえず自分が生きていること、そして目の前になんかファンキーでアフロなゴッデスがいることに気がついた。
「あなたが逝くのは地獄ではありませんよぉ~」
 ちちち。女神は荒ぶる鷹のポーズ(半ひねり)をくわっとキメてビシっと深澪を視線で射貫き。
「天獄で~すっ!!」
「地獄の上のほうにあるってだけの超地獄っすよね!?」
 天獄の主であるテレサ・バートレットは深澪を“ズットモ”などと呼ぶが――まあ、友だちであることは確かだ。世界では“死神の鎌”と呼ばれ、ごく一部地域では“テ料理”と呼ばれるテレサの手料理を幾度となく喰らい、命を損ない続けて、それでも友情を投げ棄ててしまわない程度には。
 最初はお仕事だったんだけどねぇ~。ぶっこみ屋さんもこうなっちゃったらただの女の子だぁね。
 しみじみとうなずく深澪に、ゴッデスはちょいちょい。
「そろそろ話の続きをしてもよろしい?」
「すげ~勢いで忘れてましたわぁ。どぞどぞ」
 ゴッデスはポーズを取りなおし、深澪は膝をつきなおし、互いに体勢を取り戻したことを確認して、再開。
「ちなみに女神はあなたの幻覚です。ですのでほかの人に見えていませんよぉ?」
「マジっすか!? ってこた、今のボクっておひとり様で叫んでるやべぇ~ヤツぅ! つか、一人称が女神ってなかなかアレっすね! あと、う~ん、アフロでサンバ体型がボクの考えた理想のボク……人はどうして手の届かねぇもんを求めちまうのか」
「手は届かなくてもテは自動的に届きますけどねぇ」
 なんとも言い難い顔を突き合わせる、本体と幻影。
 その幻影のほうがにこやかに言葉を継いだ。
「どっちみち大丈夫です大丈夫!」
 天獄、ゴッデス、大丈夫……足し算なのかかけ算なのか知らないが、減る感じじゃない以上はろくなことにならないこと確定だ。
「とりあえず断固拒否するぅ!」
 本体が幻覚に負けてる場合じゃない。びしっと言い放つ。
「赦しませんけどぉ!?」
 凄まじい迫力で深澪を押し戻し、女神はおどろおどろ、恨み辛みという名の解説を開始した。
「女神は“テ”の権化ですからねぇ~」
 基本的な地頭がよろしくない深澪と女神なので、彼女らに代わって端的に説明しておこう。
 さんざんテ料理を喰わされたことで深澪の内に蓄積した毒素。それによって歪められたライヴスが疑似人格を育み、なんだか力を持ってしまった存在こそが女神の正体なんである。
「権化がなにしようって感じっすか?」
「ひとりでも多くの誰かを天獄に叩き込むのです! それがテに染め上げられた女神の使命……」
 ここで深澪はぽんと手を打って、納得。
「あ~。例の設定、形変えても回収しとかなきゃ~ってハナシっすね。で、当たり障りないボクが逝かされるってゆう」
「さすがは女神の本体。話が早くて助かります」
 がっしと握手を交わした後、左右に立ったふたりは両の人差し指をくっつけて両腕で輪を作り。
「どいつもこいつもテのずんどこに蹴り落としてやるのぜぇ~!!」

●君は1000パーセント
 H.O.P.E.東京海上支部のブリーフィングルームのただ中、テレサ・バートレットは苦渋刻まれる顔を巡らせて。
「ミオが邪英化って言えなくもないものになったわ。いったいなにがあったのかしら……昨日いっしょにタコヤキパーティーしたときは普通だったのよ! それどころか、いつもより元気だったのに!」
 それはもう見事な海老っぷりだったのよ! 信じられない顔を左右に振ったテレサの耳へ、そっとヘッドホンがあてがわれ、デスメタルが浴びせかけられる。
「なにも聞こえない!? ちがう、聴こえるわ……ミオの声!!」
 なぜか虚空へ手を振るテレサを置き去り、マイリン・アイゼラが一同へ告げる。
「テレサがぽんこつになってるとこで察してくれると思うアルけど、テ案件アル。深澪は深淵に堕ちたアルよ、テ料理食べ過ぎて」
 憶えている者もいるだろう。生命力300パーセント分のダメージをテで負った者は自動的に邪英化するという、テの掟を。
 同時に察してもらえるだろう。諸々の事情や都合で封印されたはずのその設定を、ここで回収しようという動きがあったりなかったりするのだと。
「って言っても、深澪は適当にテ料理喰わせてやれば滅びるそうアル。深澪はテに取り憑かれてるアルから、高純度のテが集まるとこに引き寄せられるアル。なんで、今回は花見で誘き出して迎撃する作戦で行くアルよ」
 すでに染井吉野がほころび始めている日本某所の公園が壁に投射され、次いでデフォルメされた地形図に切り替わる。
「テレサへ気づかせないようにしながら、テを餌にして深澪を引っぱり出して、口へテを突っ込む。基本、追っかけっこアルね」
 桜の狭間や障害物を利して疑似的に邪英化した深澪を引きつけ、テを喰わせる。オンラインゲームに一般人が力を合わせて殺人鬼から逃げる系のゲームがあるが、ルール的にはそれだ。
「それより、本部からの命令でテレサが作ったサンドイッチ200人分の処理アル。半分くらいは深澪の迎撃に使えるけど、残りは参加者で食べきらないといけないアルよ」
 深澪撃破のためにこしらえられた弾丸=サンドイッチ。100人分を喰わせれば深澪は斃れるわけだが……内通者により、この作戦の概要はもう各国の情報部へ伝えられている。国際条約に障らない新型兵器の開発を切望する彼らは、残弾を狙って集まり来るだろう。
 それを防ぐためには、スタッフがおいしくいただき切るしかないのだ。
「限界を超えた先にナニが見えるか、そいつは未知数アル……」
 サンドイッチひとり分で生命力100パーセント減。単純計算で10人分を食べなければならないから、生命力の減少度も1000パーセントとなる。
 邪英化や死へ逃げる道はない。
 それでもエージェントは挑まなければならないのだ。
 世界へ天獄を顕現させないための、報いなき戦いに――!

解説

●依頼
 テレサと花見を楽しむ体で、襲来する深澪を引っぱり回してその口へサンドイッチを適当に突っ込んで撃破してください。

●ルール等
・会場は染井吉野がピンボール台の釘さながらに点在する、桜林のただ中です(晴天の昼時)。
・サンドイッチ10人分(10口)を食べた/食べさせられた時点でエージェントはあらゆる活動を停止します。
・エージェントが持てるサンドイッチ(深澪を倒せる唯一の武器)は3人分です。
・桜林の内で深澪と戦いつつ、交代でテレサの元へ戻ってください。ここでテレサに状況を悟らせないための目くらましとサンドイッチの補充を行います。
・目くらましの手段は自由。ただし、テレサの注意を強く引くほど効果は高まります。
・テレサが状況に気づいてしまった場合、達成度も失敗以下まで下がります。
・草木やロープ、ビニールシート等、花見会場にありそうなものは、AGWと共に自由に使えます。立木を活用するほか、スキルとトラップを駆使することで深澪の足を一時鈍らせられます。
・深澪に捕まると強制的にサンドイッチを1~2人分喰わされます。
・対深澪、対テレサ、共に連携が効果を引き上げてくれます。

●礼元堂深澪(ゴッデス)
・ゴッデス形態で普通に花見へ参加してきます。テレサの気を逸らして引き離しましょう。
・まっすぐ走ってくるのでトラップや障害物を越えることはできませんが、時折ワープして飛び越えてきます。
・かなり深刻におばかさんです。

●テレさん
・ぽんこつです。

●備考
・深澪への対処は適当にして、テレさんとの花見に全力を注いでいただいても可です。
・サンドイッチふたり分の完食で重体が確定しますが、食べないことを選択しても可です。
・10人分完食したエージェントは、好きな情景(幻覚)を見ていただけます(プレで指定してください)。
・互助会と酔人は共倒れ、すでに全滅しています。

リプレイ

●嵐前
「今日はいい日ですじゃ」
 20人で輪っかを作れるくらい大きなブルーシートの端っこにちょんと正座した天城 初春(aa5268)が、最高の笑顔で言葉を継いだ。
「天気よく、桜美しく、甘露溢れ、すばらしいですの」
 テの甘露味わうことかなわず天獄へ逝かれた兄様方、姉様方――僭越ながらわしが代わりにたらふく味わい、食レポに参じますぞ!
 ちなみに英雄は、危険を察して逃げ出した。兄姉たる酔人たちはどうやら、テの甘みを噛み分けられぬ無粋な互助会と相討ち、斃れた。
 そう、この場にある酔人は初春ひとりきり。誰に邪魔されることも分け与える必要もないシチュエーション!!
「それにしてもあの深澪殿ほどのテ慣れたお方を堕とすとは……いったいどれほど濃いテなんじゃろうか! こいつはサイコーですじゃあああああああ!!」
「……最高? なにそのサイコ」
 高笑う初春からそっと距離を取り、燐(aa4783hero001)がつぶやく。
「いやそんなことよりね」
 雨宮 葵(aa4783)は燐の両肩にそっと手を置いて。
「どうして私はここにいるんだろう?」
 それはもう真剣な顔を傾げて訊いた。
「え……それ、私のセリフだけど」
「1回でもテを食っちまったヤツぁもう逃げらんねぇ~のさぁ~。天獄逝きキメるまでねぇ~?」
 ダイナマイトバディの先っちょに見事なアフロをわさわささせて、礼元堂深澪(az0016)が割り込んてきた。
「今日のミオはなんだか大人っぽいわね。成長期?」
 テレサ・バートレット(az0030)――いや、“テレさん”は現状深刻なぽんこつと化しているので、今日は大概こんな感じである。
「けして来ることのない未来のボクっすわ……」
「哲学的ね!」
 ふたりの出口見えない会話に、イン・シェン(aa0208hero001)はなんとも言えない顔を向けた。
「深澪の奴め、いろいろと無茶しおってからに」
 対してリィェン・ユー(aa0208)は渋い表情を上げ。
「テレサのたこ焼きパーティー、なぜ俺は呼ばれてないんだ」
「今それを気にしおるのか……女友だちではないからじゃろ?」
 最近、想いを秘めるばかりでなく、テレサへのアプローチにがんばっているリィェンである。嫉妬するのもいい傾向だろうが……

『諸君! ついにこの時が来た! 大義と正義をもってちゃんミオにテ料理味わわせる聖戦の時が!』
 高らかに内で声を張り上げたハーメル(aa0958)へ、葵(aa0958hero002)がはいはい、ツッコんだ。
『諸君にはぜんぜん聞こえてないけどね』
『それも“神月の智将”の策さ! 敵へ隠すにはまず味方から!』
 うーん、味方に隠しちゃったら策になんないんじゃないかなー。思いつつも、葵は黙っておくことにした。ハーメルが策に溺れてテを喰らわされてくれれば、それだけ自分が生き残る確率も上がる。

 テの被害者たちがあれこれ思いを重ねる端で、未経験者たちもまたいろいろ重ねていたりする。
「テレサさんの、お料理。楽しみですね」
 ふんわり両手を合わせ、サンドイッチの包みが解かれていく様を見守る泉 杏樹(aa0045)。
 一方、用意を手伝う執事モードの榊 守(aa0045hero001)は胸中で言(ご)ちた。
 こっちはお嬢のダークマターで胃袋鍛えられてんだよ。テ料理なんか目じゃねぇさ。
 そして杏樹の耳元へさりげなく唇を寄せ。
「わたくしは礼元堂様の対処へ向かいます。お嬢様にはバートレット様の目くらましをお願いいたします」
「ん。よくわからないけど、杏樹に、どーんと、任せて」
 やばい。嵐の予感しかしねぇ!

 ……この場にて、杏樹を凌ぐ嵐の予感をまといし構築の魔女(aa0281hero001)。
 この世界へ召喚されて3年。ただただこの一瞬のため、私は在り続けてきました。
 忘却の彼方に垣間見えるばかりの愛しき故郷――愚神の王が消え、すべての障壁が払われた今こそが、最後の機会となるでしょう。
『ロロロロロ、ロロ』
 失くしてしまった故郷への帰還、その機会か。
 共鳴した辺是 落児(aa0281)の問いにかぶりを振り、魔女は内なる声を紡ぐ。
『私が還るべき世界はもう、愚神の王に飲まれて失せたのでしょう。だからこそ私は帰還ならず、再生を望むのです。たとえそれが一瞬で砕け散る夢幻に過ぎないのだとしても』
 魔女の手の内に握り込まれた8つのライヴスソウルが、互いにこすれ合って固い音をたてた。

 準備が終わったことを確かめ、テレサが紅茶の入った紙コップを掲げた。
「コップは行き渡った? 今日はゆっくり楽しみましょうね1」

●思惑
 始まった瞬間クライマックス! それがテ案件である。
 なにせひと口いただいただけで命はぼろぼろ砕け落ち、能力者、英雄、普通人、おそらくは愚神と従魔も等しく約束された死へ蹴り落とす「死神の鎌」だから。

「王との戦いも終わりましたが、最近はなにをされていますか?」
 ふと尋ねる魔女。
 テレサは少し考えてから、眉根を上げてかぶりを振った。
「いつもどおりよ。世界にはまだたくさんの問題がひしめいてるから」
「そうですか。異界からの来訪者は未だ絶えず、H.O.P.E.の役割も変わらずあり続ける。ええ、ありがたいことですね」
 押し隠した真意が喉元まで迫り上がり、こぼれ落ちてしまいそうだ。魔女はより強く自らを縛めて。
「サンドイッチですが、どのように錬成もとい製作しているのですか?」
 食べる雰囲気は出しつつも手はつけない。最近のテは肌から浸透してくるらしいので、それを用心してのことだ。
 ライヴスソウルを手の内で弄び、味について思いを馳せる。食品ではないことを除いても、きっと砂を噛むように不味いのだろう。それを8つ、一気に噛み砕いたら……それでも、理を超えて無理が通るのならば、私は通してみせましょう。
 そんな覚悟と落児の無言を跨ぎ越え、テレサの返事が魔女へと届く。
「え、普通よ? カリカリに焼いたベーコンとエッグマヨネーズとレタス。合わせて挟むだけ」
 これに反応したのは初春だ。
「切る刻む焼く和えるちぎる挟む! 実にテが多いですの!」
 テはテレサの調理作業が多いほどに濃さを増す。そこそこ以上の手間がかかるBLTは、テに魅せられし酔人たる初春にとってはたまらない一品だった。
「さて、天獄の美味を実食と参りましょうかの」
 神妙な顔という名の筆舌にしがたい顔を晒し、シッポをぱたぱたさせつつ姿勢を正し。神に捧げ物をするときさながら、作法に従って天へサンドイッチを伸べて後、深々と香りを吸い込んだ。
「ぬぅ、実にかぐわしく、すばらしきテ。いただきますのじゃ」
 しずしずと口へ運んで、ぱくー。
「おほほほおほほほこの純度っ――トロですじゃトロっトロぉぉぉぉぉお!!」
 きりもみながらブルーシート上をぴちぴち跳ね回る初春へ慈しい目を向けて、テレサはほんわり。
「マグロはツナサンドに入ってるわよー」
「おい~! 喰わせる前に喰うなよぉ~! ボクの存在意義に関わんだろぉお!?」
 紅茶にミルクをそっと混ぜる作業に没頭していたせいで出遅れた深澪が初春をキャッチ。頬骨の下に親指を突き入れて無理矢理口を開かせておいて、ザリガニとルッコラのサンドイッチをぶっ込んだ。
「自動摂取、これはこれで結果的にアリですじゃな!」
 2人前のサンドイッチと引き換えに命をふたり分喪ったとは思えない、すがしがしいイカレっぷりであった。
「というか、すでに味すら語られておらぬわけじゃが」
 インは深いため息をついてやれやれ、かぶりを振った。
 見た目こそ普通だが、テ料理は超絶に不味い。そしてその不味さは得も言われぬ代物だ。たまに突き抜けてハマる輩がいるわけだが、まさかこんな身近から出てしまうとは。
「あーん、か。そういえば前にきみへあんなふうに食べてもらったことがあったな」
「あれからもう結構経つのよね。でも、今日は深澪が起きててくれてうれしいわ」
 ああ、いつも真っ先に天獄逝きだからか。
 ち、今日もおとなしく逝っていればいいものを。
 微妙に苛立ちつつ、リィェンはチェダーチーズとブランストン・ピクルス(イギリスでは超メジャーな刻み野菜の甘酸っぱいペースト状漬物)のサンドイッチを口にし、目を見張る。
「……この歯ごたえ、手作りか」
「ええ。せっかくだから仕込んでみたの。お口に合えばいいんだけど」
「口どころか、五臓六腑に、染み渡る、味わいだっ」
 リィェンは秒でちぎれた内臓を力尽くで飲み下し、自らの血で染まった歯を隠しつつ、ぐっとサムズアップしてみせる。
 それはまあ浸透しておるのじゃから染みるじゃろうよ。
 インはもう一度息をついて、ハーメルへ目配せを送った。決行じゃ。
「礼元堂さん、ナイスアフロだね?」
 深澪に背を向け、ずいと立ち上がったハーメルが、くわっと上体をひねって振り返ると。
 その頭には青々しいアフロが!
「サンバイザーかっ!?」
 深澪のツッコミはごもっとも。頑なに帽子を脱ぐことを嫌った少年は、帽子の上からヅラをかぶるというひとり芸人ネタみたいな有様を晒しているのだった。
「でも、ネタより帽子の中がどうなってんのかのほうが気になるっすわぁ」
「いやいやそれはもうふさふさだよ!? ご不自由とかご不足とかありえないよ!?」
 一応お約束のやりとりを交わした後、ハーメルが深澪に人差し指を突きつける。
「勝負しようぜ!!」
「コーンフレークのCMに出てくるザコのセリフぅ!」
 ともあれ駆けていくふたりを追跡しながら、葵はこっそりつぶやいた。
「アフロで親近感出して、警戒されずに近づくって策じゃなかったっけ?」
 しょうがないのだ。だって誰も深澪を誘い出す策を考えていなくて、策士に全部被せるしかなかったのだ。だから報告官はなにも悪くないのだ。
 いや、言い訳はさておき。深澪滅殺班の一翼を担う葵は燐と共鳴、飛びだしかけたが――だだだっと後ろ走りで戻ってきて、深澪が走って行くのをちょっと寂しそうな顔で見ていたテレサへにっこり。
「大きな戦いが終わって疲れてるのに、こんないっぱいサンドイッチ作ってくれてありがとう!」
「え? ううん。あたしはアイルランドにいたし、みんなほどじゃないわ」
 これこれ! これが聞きたかったんだよ! そうじゃなくちゃ、私の策が成らないからね! 葵は思わせぶりに人差し指を立てて。
「うん、疲れてるんだよねぇ、疲れてるよぉ。だからこそ! テレサさんがみんなにあーんってしてあげたら喜ぶと思うんだぁ。ジーニアスヒロインにあーんしてもらえたら、今生思い残すことなしだよね! うんうん、喜ばない人なんかいない!」
 内で葵が漏らした悪い笑みを見やり、燐は思わずつぶやいた。
『自分以外の人にテを食べさせる策を巡らせるなんて……いつからそんな悪い子に』
 恐ろしい子! と言いたげな燐へ、葵は笑みをそのままに力強く応える。
『生き残るために最善を尽くす! ゴリラも邪英もインコもない、ジャングルの常識でしょ!』
 しかしながら、葵はすぐに気づかされることとなる。
「あたしなんかのあーんでよかったらいくらでも」
 その博愛をもってスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチを葵へと差し出すテレサの手によって。
『ちょまっ、これ、まさかの展開ーっ!?』
 内で悲鳴を上げた葵を置き去り、燐は共鳴を強制解除。がっしと葵を羽交い締めた。
「ななななんでこのタイミングで共鳴解除ぉ! おかしっ、おかしくない!?」
「お菓子でもないしおかしくもない。共鳴時のダメージは能力者負担。だったら私がテを喰らわせられる必要はない」
「燐、裏切ゃあああああ!!」
 出がけに凄絶なダメージを喰らわされた葵と再共鳴した燐は思い知る。
『あああああ……浸透……魂に、浸透して……』
『私独りじゃ死なないよおおおおおお!』
 そして。
「まったく、誰彼構わずするようなことじゃないだろうに」
 サンドイッチの乗った手をうろうろさせるテレサから他の者を遮り、そっとあーんされる機を窺うリィェンだった。

 深澪を追う守を精いっぱい隠しながら、杏樹が「そう、でした」。いかにもたった今思いついたような顔を上げて。
「オーディションで、歌おうって思ってたら、事務所NGで、没になった歌があるの。せっかくの、お花見ですし。ここで歌っても、いいですか?」
「もちろんよ!」
 テレサのゴーサインを聞いた杏樹はぱんぱん、手を打った。
 途端、どどーっと駆け込んできたいかにもそれっぽい黒服サングラスの者々がちゃかちゃか部品を組み上げ、わずか数分でマイクとアンプ、さらにはバックミュージシャンや音響さんまで完璧に取りそろえられたライブステージを造り上げた。
 ツッコめる面子が残っていたなら、当然「お金とお手間をおかけになったご入念なご用意ですね?」と言ってくれただろう。しかしここにいるのはテレさんとテ中毒とテの主に恋する青年、自身のことで手いっぱいな魔女だけだ。
「ねぇリィェン君、あの人たちにもあーんしておくのよね?」
 バンドの人々に向かおうとするテレサをやんわり止め、リィェンは言い聞かせる。
「彼らはプロフェッショナルだからな。仕事中の飲食は御法度だ。幸い俺の口は空いているわけだが……今、両手が塞がっているからな。受け取ることができないんだ」
 なんていう露骨な誘導もありつつ、話は進む。
『癒しのアイドル、あんじゅーです』
「あんじゅー!」
 杏樹がマイク越しに手を振れば、いろいろなことを忘れ去って手を振り返すテレサ。しょうがない。今日の彼女はたまらないほどにぽんこつだから。
『私の心から溢れてきた、大切な気持ち、リリック(詞)にしました。聴いてください、「ゾンビでも恋シタイ」』
 バスドラムが空気を揺るがせ、ベースとギターの絶叫が濁った音流を重ね合わせる。そのただ中、杏樹は大きくうつむけた頭を強く弾ませ、長い茶髪を踏み乱して。
『死体死体 恋シタイ 怒気怒気 君にドキドキ
 だから無理心中でデート 三途の川をランデブー
 地獄の果てへLet's go』
 まさかの極縦ノリ、デスメタルでした。そりゃ事務所も全力で止めるだろうガチなやつ。
 ――そもそもなぜ杏樹がデスメタルを? そう思う方もいることだろうが、これはそう、必然である。
 トラディショナルな日本文化の申し子である杏樹にとって、リズムと言えば手拍子に代表される前拍。そして縦ノリとは奇数カウントで頭を振るので、リズムを前拍で取るのだ。
 と、それっぽい解説でごまかしておくとして。
 のんきに「Let's go!」とかコールしているテレサの胸元へずびしー。深澪がスライディングツッコミ。
「正気に戻るのぜ! あの歌どこにも癒しとかねぇ~から!」
「恋シタくてランデブーなのに!? せっかくだから深澪もいっしょに」
「ごいっしょしてるヒマなんかねぇ! ボカァずんどこでいそがしいんで! 実弾(サンドイッチ)補給してかねぇと!」
 きみがいちばん正気じゃないだろうが。リィェンは胸の内で返しておいて、ちゃっかりせしめたテレサの“あーん”を噛み締めた。
 伝統的なきゅうりのサンドイッチは、そのワインビネガーと胡椒の刺激で胃の腑を溶かし、腸を侵す。そうか、こんなにシンプルなレシピでもこの有様か。まったくもう、まったくだぜ、きみのテはまったく。

『みなさんに挨拶を残していくこともできませんか。水を差したくもありませんしね』
 絶望的な光景を前に、落児へ微妙な顔を向ける魔女。
『ロロ、ロロロロロ』
 それもまた、終わりかたとしては美しいだろうさ。
『ええ。会長にも自由にしたらいいとお墨付きをいただいていますし、私は私の目的を果たしましょう』

 そして初春は、こっそりせっせとサンドイッチを自分の前へ運び、丹念にラップをかけて仕上げている。極上のサンドイッチが乾いてしまっては台無しだし、深澪滅殺班が“弾”の補充に帰ってくれば、テの込んだものを根こそぎ持って行かれる危険性もある。
「これは道半ばで斃れた兄様を偲ぶ分、これは無念を抱えて朽ちた姉様に捧ぐ分、それからこれは、邪魔な――大切な兄姉を喪って歓喜――打ちひしがれるわらわを慰める分」
 特に選び抜いた3つを別皿に置いて、彼女はうっとり微笑んだ。
 わらわは今日こそやり遂げてみせるのじゃ!

●尺勝
 初春が見上げた大空の下、滅殺班は苦しい戦いを余儀なくされていた。
「聖なるアフロのこと侮辱する偽アフロ待てゴラアアアアアああああああ!?」
 桜の隙間を駆け抜け、ハーメルへ迫る深澪がずぶしゃー! 思いっきりすっころんだ。
「ふっ。僕の張り巡らせた知謀の無間陣、かわさせないのさ」
 ちょうど深澪の足首をさらう高さに張ったハングドマンの鋼線。彼女は基本的にまっすぐ突っ込んでくるだけなので、それはもうよく引っかかってくれるのだ。
『ねえ、ここからどうするの?』
 葵に疑問にふふり、ハーメルは余裕の笑みを返して言ってみせる。
「それはもちろん、引っくり返してこのアボカドエビサンドを詰め込むんだ!」
『……せっかく転ばしたのに、礼元堂さんの間合に入っちゃう?』
 果たして。
「きー! トラップにかかった人はサンドイッチ食べるのがルールなんだーっ!」
「今のボクは女神っすぅ! 人の作ったルールとか知る由もねぇ~っ!!」
 ハーメルと深澪、じたじたもだもだ泥仕合。そして泥仕合は外ばかりでなく、内でも勃発する。
『ぎゃー、ボクはやだやだ! ハーメルが食べろ! ハーメルが食べろよおおおおおおん!!』
『いーやーだーっ!! 僕なんてもーっとやだやだやだーっ!! 葵が食べろよおおおおおおん!!』
 激しいテのなすり合いに、深澪がすごい笑顔で割り込んで。
「口に入っちまえば仲良く天獄逝きだよぉおおおおおおん!!」
 ハーメルの口にエビ&タルタルのサンドイッチをダンクシュート!
「うぎゃあああああああああ!」
『うぎゃあああああああああ!』
 外のハーメルと内の葵をそろって海老反らせた。
「……おまえらの犠牲、ムダにしないぜ」
 その隙に深澪の背後を取った守は、彼女の顎先に腕を引っかけて後ろへ引き倒し、口へフルーツサンドをねじ込んだ。
「おほほおおほほダイナミックぅ~!!」
 ホラー映画の悪霊よろしくぎょくりと立ち上がった深澪が守にタイ風チキンサンドをお返しし、さらに追撃しようと手を振り上げた、そのとき。
「いいかげんに寝つけ!」
 震脚を響かせたインが、勁を乗せた掌打――正確には掌に乗せたローストビーフサンドを深澪の口へと叩きつける。
「食べ順悪すぎっすわぁ!」
 跳び退いたインにもりもり追いすがる深澪。キリングワイヤーのトラップで足をすくわれて再び転ぶが、ワープしてインへとしがみつき、ミートローフサンドを喰らわせた。
「テが込んでおるっ!!」
 盛大に吐血するインだが、幸いなのか生憎なのか、テには人一倍慣れ親しんでいる彼女である。なんとか耐え抜き、深澪を蹴り放して体勢を立てなおした。
 リィェンがテレサの手とテで逝くまで、時間を稼いでやらなければならぬからの。この程度で斃れてはおれぬ!
「込んでるとか込んでないとか、そういう問題かよ……」
 微妙に彼の岸を透かし幻(み)てきた守が頭を振り振り、深澪から距離を取る。
 噂には聞いていたが、これはあれだ。ダークマターとはまるで別ベクトルの、あってはならないなにかだ。
 感覚を喪った胃の上に手を置き、守は荒い息を切って気合を入れて。
 早くお嬢のとこに戻らねぇとな。死に別れなんざシャレにならねぇ。
「礼元堂さあああああん!! テの恨みぎゃあああああああああ!!」
『なにも考えずに突っ込むからあああああああああ』
 なんとか戦場に辿り着いた葵は燐もろとも、深澪の逆襲でさっそく海老反るんだった……。

 ちょこちょこ戻ってくる深澪滅殺班からきっちり自分の分を守り抜きつつ、初春は指先で“クライマックスまでに食べていい分”の残りを数える。
 あと4つしかないのじゃ。ほんに、楽しい時とは瞬時に過ぎるものよほほほほほおおおおお!
 ぴちぴちぴちぴち! ガンギマった初春は元気に跳ね回り、テレサに「春を満喫してるわね! 初春だけに!」とか斜め上のコメントをされるんだった。

「僕のぉっ! 張り巡らせたぁっ! 知謀の無間陣んっ! かわさせないのさぁあああああ!」
 ひと言ごとに深澪からサンドイッチを喰わされたハーメル、天に向かって高く叫ぶ。
「なんで僕ばっかりこんな目にぃーっ!?」
『あ、アフロだから、狙われるんじゃ、ない、かな……?』
 瀕死――とっくに瀕死の域はぶっちぎっているわけだが――の葵が告げ。
「アフロを穢す帽子坊主は必殺なのぜ!?」
 荒ぶる深澪も言葉を添えた。
「気にすんなハーメル! アフロで生まれてきたんじゃねぇかってくらい似合ってるぜ!」
「うむ! 深澪の戯言に耳を貸すでないぞ! そちほど見事なアフロはそうそうおらぬ!」
 守とインが口々に言うが……ふたりがほぼほぼ無傷を保っていることからして、その真意は知れよう。
「とはいえ、このままじゃ耐久力で押し切られるな」
 ハーメルがやられている間に守が深澪の足をロープでさらい。
「無傷で済むとは始めから思うておらぬ」
 その隙にインがサンドイッチを喰わせる。
「ハーメル、葵。おまえらのこと、なるべく忘れねぇからな」
「おお、わらわも約束しよう。たまに思い出せるようなら思い出すと」
「ふたりとも忘れる気まんまんだね!?」
『記憶に残るより現世に残りたいんだけどぉ!?』
 むにゅる。ハーメルと葵の抗議を頭ごと踏みにじり、ワイルドブラッドのほうの葵が深澪へと襲いかかった。
「ジャングルの掟を召し上がれ!!」
『さっきもだけど、どうしてジャングル……?』
 燐の疑問は完全無視! 深澪の口に左手のサンドイッチを突っ込み、さらに右手のサンドイッチを突っ込んだ。すでに体勢を大きく崩した敵への一気呵成である。
「回避適性の礼元堂さんは簡単に崩せない! だったら崩れてるとこをもっと崩してシュートしたらいいだけ! うーん、今日の私は知略が冴えてるっ!」
『知恵熱、出さないでね』
 燐のコメントは極冷だが、一応策は成っているのでそれ以上言わずにおく。
「ここここいつはキくのぜぇ~! だがしかしっ! これしきで鎮む女神じゃねぇっ!」
 ここで問題です。
「右と左、どっちがいいっすかい?」
 唐突な深澪の問いに、葵と燐は悩む。
『どういうことだと思う?』
『右と左でダメージがちがう……のでは?』
 わからないので訊いてみた。
「右だとどうなるの?」
「ツナサンドお見舞いするのぜ!」
「じゃあ、左は?」
「BLTサンドお見舞いするのぜ!」
「どっちでもいっしょだよーっ!!」
 ただのお約束だった。
『燐! 私、サンドイッチの補充に行ってくるね!』
『そう。生まれてすぐ両親に売られた私は、ここで葵に売られて朽ちていく……』
『ここで重たい過去絡めた話とかずーるーいーっ!』
「どっちも選べねぇ子にはどっちもプレゼントだよぉおおおおおお!!」
 というわけで、どっちも喰わされました。
 そして、ハーメルと葵がやられている隙に、守とインは弾の補充に帰るのだった。

『阿鼻叫喚は恋が始まる Melody
 僕は君だけのCuteなゾンビ 腐りかけの心臓プレゼント 僕は腐臭が漂うジュリエット』
 デスボイスなのになぜかキュートな杏樹の歌声が響く花見会場。
 リィェンに支えられたテレサは歓声をあげるのにいそがしく、深澪のことを思い出している暇はなさげだ。
 その中で魔女は、こちらへ戻ってくる仲間の気配を察し、テレサの視線を塞ぐように位置取りをずらし、それと同時に、素手で触らぬよう注意しながら盛りつけたサンドイッチの皿を取りやすい位置へ押しやる。
 模範的なエージェントであり続け、模範的な仲間であり続けた私は、もうすぐその仮面を脱ぎ落とすこととなるでしょう。それがこのような場になってしまったのは……皮肉なものですね。
 苦笑を漏らし、守とインがサンドイッチを持って行くのを横目で見送る。
『……』
 落児は相変わらず無言だ。魔女のすべてに同意し、その上でここに在る彼は、すべてを見届けるばかりである。

「……僕の灰色の脳細胞が算出した結果予想、言うよ!?」
 守とインに贄とされたハーメルは、すごい速度で迫り来る深澪に冷魔「フロストウルフ」の狼を噛みつかせて足止め、葵へ声音を投げつけた。
「なに、秘策っ!? それとも奇策ぅ!?」
 こうなればズラにもすがりたい気持ちである。わくわく問えば。
「僕たち、もうおしまいだ」
 無の笑みでそっと告げた。
 共に移動力15、イニシアチブに至ってはハーメルが16、葵など23あるのに、それでもぶっちぎれない回避適性な女神の足。
『共鳴解除しよう!』
 葵(青髪)が唐突に提案し、説明を加える。
『いい!? サンドイッチを一斉に投げるんだよ! ちゃんミオをテ殺するしかない!』
『すごく嫌な予感しかしないんだけど……』
 燐の言葉は予言なのだが、さすがにそれを知る術はなく。一同はタイミングを見計らって共鳴解除。手にしたサンドイッチを「「今だよ!!」」、ふたりの葵の号令で深澪へ投げつけた!
「ふん!!」
 深澪の口元に殺到したサンドイッチが、彼女を押し包むライヴスの弾力で弾き飛ばされ、正確に4人の口へダイブ!
「ボクのライヴスはゴムみたいなもんでねぇ~、別名は猪目――日本に伝わるハート型――っていうのさぁ~」
 大層な設定の割にすぐやられた某悪役みたいなことを言いつつ、深澪が一歩、海老反る4人へ踏み寄った。
「死ぬ――ほんとに死ぬ――」
 びっくんびっくんする葵(金髪)。残念ながら、数値的には相方共々もう8回くらい死んでる感じなので手遅れだ。
「で、でも、ちゃんミオが猪目様ならテじゃなくて手はある……!」
 ハーメルがごにょごにょ一同へ耳打ち、そして。
「たあああああああ」
 再共鳴したふた組は深澪へ突っ込み、そのライヴスを足の裏で思いっきりこする。
「ら、ライヴスが!!」
 ゴムみたいなライヴスならこすってこすってかき分ければいい。そして口にサンドイッチを突っ込むのだ!
『で、サンドイッチは!?』
 葵(青髪)にふるふる、燐がかぶりを振って。
『補充してないから、ない』
「捕まえたぁ~!!」
 徒手空拳で闇雲に肉迫しただけだったふた組を左右の腕で抱え込み、深澪はゆっくりサンドイッチを押しつけて、もぐもぐさせる。
「たた食べたくないのに! 食べたくないのにいいいいいいい!!」
「お残し厳禁の掟が憎いいいいいいいいい!!」
「うふはははぁ~っ! このまま天獄の一丁目にご案内だよぉおおおおおおお!!」
 ハーメルと葵(金髪)の断末魔の隙間から伸び来たる2本の腕。その手に掴まれたサンドイッチが、深澪のかっ開いた大口へ吸い込まれ……
「これで多分100個は喰わせただろう」
「うむ、尺の関係もあるでの。そろそろ滅してもらおうか、深澪」
 守とインの言葉に押されるがごとく、贄どもを離した深澪が一歩、二歩とよろめき後じさる。
「あ、間になに起きたとかぜんぜん語れてねぇのに……尺の話とかされたら、滅するしかねぇのぜぇ~」
 ゴッデス体に無数の罅がはしり、砕け落ちていく。
「ゴッデス死すともテは死なずぅぅぅううう! ……あれ? それだとボクってばまたゴッデスになるんじゃ? あ、それよりボクだけが死ぬわけがなぃ~!! きさまの心も連れてくよぉ~偽アフロぉぉぉぉぉおおお!!」
 とっくに元の形に戻った深澪は、白目で残るサンドイッチをハーメルの口に詰め詰めしていく。
「いやいや! いくらなんでもついでのネタで殺されるとがぼぼぼべべべべ」
『連れてくのはハーメルだけにしべべぶぶ』
 深澪と共に斃れ伏したハーメルと内の葵はジューシーなコンビーフサンドに巻かれて溺れ、ついに、すべての活動を停止した。
「敵に回すとちょろい奴だったぜ……」
 立ち往生を決めた深澪から視線を外し、守はハーメルの足を引っ掴んで歩き出す。
「ま、わらわたちの天獄は始まったばかりじゃがな」
 かろうじて死んでいない葵(金髪)の足を掴んだインがしみじみ息をついた。
 お残し厳禁のテ案件において、生き残る道などありえない。赦された自由は、どこで逝くかを選ぶことくらいのものだ。

●幻道・王道・酔道・常道
 宴の場から離れ、魔女は桜たちへと語り聞かせる。
「私はみなさんと運命を共にすることはできません。テではなく、別のものを喰らう必要がありますので」
 手の内に握り込んできたライヴスソウルは、すでに台座から外してある。あとはいつか誰かが約束した奇蹟を現世に顕現させるのみ。
「私はよるべなき英雄です」
 ライヴスソウルをひとつ噛み締め、バーストリンク。
「だからこそ、これを喰らえば私は即座に爆ぜながら堕ち……あのときの様を取り戻すでしょう」
 ふたつめを噛み締め、加速。
「“私”という残滓から絞り出されるあのときの私を」
 三つめを噛み締め、さらに加速。
「創られた英雄としての役目は果たしました。ですので」
 四つめを噛み締め、共鳴体を爆ぜさせ。
「最期の一瞬ばかりは人として、愛する故郷へ還らせていただきます」
 五つめを噛み締め、噴き上がるライヴスの奔流に飲まれ。
「さあ、“構築の魔女”の仮面を脱ぎ捨てた愚しいばかりの者、緋崎咎女は願い、叫びましょう」
 六つめを噛み締め、流れそのものと化し。
「想いの果てに理想を描き、想いを糧に力と成し、深き夜たるこの世界に一浄の暁を!」
 七つめを噛み締め、流れを追い越し。
 あぁ、還りたい。逢いたいよ――
 八つめを噛み締めて堕ちて、墜ちて、落ちて。
 その果てに見た。
 還りたい先と、逢いたいものを。
 けして今このときの手が届くことない、愛しき過去を。
「ああ」
 気がつけば彼女は咎女ならぬ魔女として桜の狭間に膝をついていて。
「こんなものが、私に与えられた報い?」
 時間を越えること、たとえ神であろうともかなわない。わかっていた。わかっていたのだ。しかし、だからといって見せられるばかりで引き戻されるなど……私は、これからどうすればいいというのですか。
 共鳴を解いた落児は呆然とつぶやく魔女の後ろに立ち、震える肩をいつまでも見下ろしていた。

『何度でも蘇ってILoveYou 喰らいたい喰らい君がスキ』
 バンドメンバーとそろって決めのヘッドバンキングをかまし、顔を上げた杏樹は……いつもどおりのほんわり笑顔で。
『ありがとう、ございました』
 骸を含めて全員――なぜか深澪も自力で還ってきていた――が戻ってきたのを確かめて、杏樹はステージを駆け下りた。
「すごくよかった! 杏樹さんもあーん」
「ありがと、です。あーん」
 テレサの手からフレッシュベジタブルサンドを食べさせてもらった杏樹は笑顔のまま「ぐぅ」。しおしお横倒しにぶっ倒れた。
「お嬢様ぁ、それは!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 すぐさま守が駆けつけるが、泣きながらもぐもぐ食べ続ける杏樹はどうやら、散々に食べものを粗末にした過去をなにかに責め立てられているようで。
 苦しみは短いほうがいいよな。
「お供いたしますよ、お嬢様」
 守は肚を据えて杏樹の口にサンドイッチを運び、息を引き取ったことを確かめた後、自らも行って、逝った。
 そんな主従の物語に気づかないまま、テレサは這々の体な深澪へふくれ面を突きつける。
「ミオ! そんなになるまではしゃいでくるとか、どうして誘ってくれなかったの!?」
「そいつにゃ~、深くもねぇわけがあるんすわぁ……」
「ミオの分、ちゃんとキープしておいたわ! だってズットモに食べてほしかったし! はい、あーん」
「ちくしょい(ちくしょうとわっしょいの合成語)! ズットモ言われたら逝くしかねぇっすわ! どんとこいやわげぶくじぃ!!」
 テレサの手とテできっちり天獄へ逝かされて、深澪は海老反ったまま固まった。
「あ、そういえば葵さんと燐さんにも喜んでもらいたいから、もう一回あーん、ね?」
「え、あとひと口で私、越えちゃう感じなんだけど! 確かにあーんはうれしいよ!? ジーニアスヒロインのはレアものだよ!? 三国一の果報だよ!? でもね、もう一回ってのはちょっとアレかなぁって! ――アレ、アれ、あれ? 私、あの生き地獄で見事に生き延びたはずじ(ぶつん)」
『テの運命はざんこ(ぶつん)』
 深刻なダメージ防御姿勢も取れないままに葵はサンドイッチ喰らわされ、内の燐ともども天獄へ。
 この最期を招いたのは自分自身の咎とはいえ、夢見る隙すらなく息絶えるのは……うん、本望だっただろう。なにせプレイングに「自分の策で自分も死ぬ」、「燐も死ぬ」って書いてあったしな!
 ……とどめを刺されたか。リィェンは飽きる様子なく深澪の口を両手で上下させ、もぐもぐさせるテレサへ語りかけた。
「テレサ。あのときの再現じゃないが、あーんだ。きみはその、今いそがしそうだしな」
「ん」
 素直に顔を振り向けて口を小さく開けるテレサ。
 リィェンはその口のサイズに合わせてサンドイッチをちぎり、くわえさせる。
「んー、これ、あたしの作ったやつじゃない!」
「わかるか? いや、うまく似せたつもりだったんだがな」
 見た目ばかりでなく、味つけ――さすがに味わいではないものの――も完全に再現したはずのクラブハウスサンドイッチ。
「わかるわよ。リィェン君の料理は結構食べさせてもらってるし、お手本にもしてるんだから」
「そうか。わかっちまうか」
 参ったな。これじゃ逝くのが惜しくなっちまう。
 インはすでに自分の担当分を喰らい尽くし、果てていた。
「よければテレサのを食わせてくれ。せっかくの陽気だし、気持ちよく昼寝を決め込みたいんだ」

「さて。ようようと落ち着きましたのじゃ」
 一同皆テに斃れ、陽気に誘われたテレサが深澪のとなりでうたたねしていることを確かめ、初春は茶をすすってひと息ついた。
 よし、呼吸は荒ぶることなく平静を保っている。
 そっと兄姉の面影を偲んで体裁も整えた。いや、酔人どもは死んでいないだろうから、こうして初春が独り占めしたことを知れば狂ったように襲い来るだろうが、彼らが知るときにはもう遅い。ああ、遅すぎる。
 数十秒の先、初春は飛ぶ。誰の手も届かない、テばかりが伸べられる天獄へ。
「いざ逝かん、さらなるテの境地へ!!」
 ぱーん! 手を合わせてこの世界に別離を告げて、とっておきのサンドイッチ3つへ一気にかぶりついた。
 果たして。
 損傷率1200パーセントを突破した狐は飛んだ。誰も達することかなわぬ、普通は達したいとも思うはずのないテの新境地へ。
 まあ、実際は地面をずりずりしているだけなのだが……これが後に「凶狐」と恐れられる初春の酔人史、その第一頁に記されるエピソードとなること、今は当人すらも知る由はなかった。

「参加者が損耗したものはすべて補填! それからテは欠片も残すなよ! これは会長――互助会長の命令だ!」
「おこぼれをくださーい! テのおこぼれー!!」
「ちょっとおおおおお! 末妹の狐が純トロ独り占めしたわああああああ!」
 緊急車両の列の合間から、復活を遂げたらしい互助会と酔人の声が飛び出してくる。
「みんなうたたねして風邪引くなんて、ちょっとたるんでるわねー」
 テレサは苦笑し、ICUを目ざす緊急車両を見送った。なにやら物々しい雰囲気だが、救急隊員がそう言うんだからそういうことなんだろう。
「平和なのはいいことだわ」
 うんと伸びをして、テレサは歩き出す。
 たとえ王が滅んでも、H.O.P.E.の仕事はまだまだ尽きまい。今日はみんな、少しだけ休んでくれたらいい。明日にまた踏み出すために。

 ――今日は明日にそのまま続く。天獄もまた、そのままの形で在り続ける。
 これはそう、たったそれだけのことを、エージェントたちが命を捨てて綴った小話。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

  • 藤の華・
    泉 杏樹aa0045
  • 義の拳客・
    リィェン・ユーaa0208
  • 神月の智将・
    ハーメルaa0958
  • 心に翼宿し・
    雨宮 葵aa4783
  • 鎮魂の巫女・
    天城 初春aa5268

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 神月の智将
    ハーメルaa0958
    人間|16才|男性|防御
  • 惰眠晴らす必殺の一手!
    aa0958hero002
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 広い空へと羽ばたいて
    aa4783hero001
    英雄|16才|女性|ドレ
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避



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