本部

【いつか】きっとあなたのそばで

一 一

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~10人
英雄
4人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2019/03/17 23:07

掲示板

オープニング

※注意
 このシナリオは、リンクブレイブ世界の未来を扱うシナリオです。
 シナリオにおける展開は実際にこの世界の未来に存在する出来事として扱われます。
 参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

●結婚生活10年目
 ある日の東京海上支部。
「――わぁ~! ひろ~い!!」
「あっ、こら一香! 他の人の迷惑だから、ロビーで走らない!!」
 一香と呼ばれた5歳くらいの女の子が、入り口から元気よく入ってきた。
 続けて、レティ(az0081hero001)が大声で叱りつけながら一香を捕まえようと後を追う。
「ふふっ、相変わらず2人とも元気いっぱいで楽しそうだ」
「最初はレティもどこか遠慮気味でしたが、今ではすっかり『お母さん』ですね」
 その後ろ姿を、私服の佐藤 信一(az0082)と碓氷 静香(az0081)が微笑を浮かべて見守っていた。
 杖をついてゆったりと歩く信一は、反対の腕を静香と絡めている。
 あの事件から10年が経っても変わらず仲がよいことに加えて、信一の『発作』を補助するためでもあった。
 すると、さんざん走り回った一香が信一と静香の前まで戻ってくる。
「パパもママも、ここでおしごとしてるんだよね?」
「そうだよ~。困っている人からのお願いを、すごい人たちに持って行くんだ」
「私たちは職員としてエージェントの方々に仕事を斡旋し、多くの問題を解決しているのですよ」
「ふ~ん……すごいね!」
 コテン、と首を傾けながら満面の笑みを見せた一香。
 自然と2人の表情もほころぶが、娘の後ろからは不穏な影が――。
「い~ち~か~?」
「――ぴゃっ!?」
 背後から低い声とともに突然両肩を掴まれ、一香の体がビクッと跳ねる。
 おそるおそる振り返れば、笑みをひきつらせたレティと対面した。
「ここではお行儀よく、って言わなかったっけ~?」
「えと、その……ごめんなさい、お母さん」
「謝る相手は私じゃないでしょ? 騒いだ一香が迷惑をかけたのは誰?」
 しどろもどろになっても容赦せず、レティがすごめば一香はロビーにいる全員へ頭を下げた。
「――うるさくして、ごめんなさいっ!!」
「声が大きい!!」
 が、すぐさまレティのダメ出しも飛ぶ。
「レティの声も大きいでしょう、落ち着いてください……一香、きちんとした謝罪ができて偉いですね」
「えへへ~」
「皆さん、お騒がせして申し訳ありません」
 さらなる説教が続く前に静香がやんわりと止め、一香の頭をなでて褒めた。
 その間に信一が親としての謝罪を行い、この場を収める。
「あれ、佐藤さんに碓氷さん? 今日は非番でしたよね? わっ! 娘さんですか? かわいい~!」
 すると、職員の中から小雪が現れ、上司への挨拶や疑問もそこそこに一香を構いだした。
「うん。今日は結婚記念日だから、家族でお出かけをね」
「せっかくですので、娘に私たちの職場を見せてあげれば喜ぶと思いまして」
「へ~、そ~ですか~、わぁプニプニしてる~!」
「ほっへはのいちゃうよ~(ほっぺたのびちゃうよ~)」
 さらに信一と静香の話を聞き流して生返事したあげく、一香の頬を摘んで遊び出す小雪。
 10年経っても自由人な部下に2人も苦笑を隠せない。
「一香。お姉ちゃんにご挨拶しようか」
「うん! うすい いちか! ごさいです!」
「小雪だよ、よろしくね~……あれ? この前名字は変えるって碓氷さん言ってませんでしたっけ?」
 信一に促されて一香が頭を下げれば、ふと小雪が何気なく爆弾を落とす。
「目下、家庭争議中です。公的手続きを経て親権は信一さんに委譲したので、佐藤姓が適切でしょう?」
「それは書面上の話だって。一香は母親似なんだから、碓氷の方が絶対似合うって」
「婚姻届を出さない事実婚に合意したとはいえ、私としては一香が佐藤姓を名乗るのに憧憬の念があります」
「それは僕だって同じだよ。佐藤より碓氷の方が響きも字面も綺麗じゃないか」
 普段は口論さえない2人だが、こと娘の名字に関してはお互い一歩も譲らない。
 実体は『愛する人の名字を娘に名乗って欲しい』という、ノロケと親バカが混じった反発だったりする。
「パパもママも、けんかはだめーっ!」
「一香の前で止めなさいよ、みっともない」
 なお、一香が2人へ突撃して制止し、姓がなく他人事なレティの仲裁までが名字論争のワンセットだ。
「見苦しいところを見せたね。じゃあこれから、仕事の邪魔をしない範囲で娘と支部内を回ってくるよ」
「小雪さんも早く仕事に戻ってください。ただでさえ貴女は事務仕事が不得意でしょう?」
「え゛ぇ~?! ……りょうかいで~す」
 そして、まだ信一たちについてきそうだった小雪を静香がしっかり釘を刺してからその場を立ち去る4人。
 ものすごく不服そうな声を上げ、小雪は結局持ち場へ戻った……仕事しましょうね。

解説

※子孫の登場
 このシナリオでは、PCの子孫(実子または養子、孫など)を一人だけ追加で登場させることができます。
 追加で登場するキャラクターは、PCとして登録されていないキャラクターに限定されます。
 子孫の設定は、必ずプレイング内で完結する形で記載してください。

●佐藤 信一
 30代半ばのH.O.P.E.職員
 10年前に愚神・リヤンの襲撃を受け、邪英化した静香・レティとともに死にかけたが奇跡的に復活
 代償として事件以前の思い出や寿命を失ったが、人間性は変わらず周囲もすぐ受け入れられた
 現在も後遺症は残るが、脱力発作は頻度が少なく欠神発作の時間も短いため、日常生活に支障はない

●碓氷 静香
 30代前半のH.O.P.E.職員
 退院後に改めて信一と話し合った結果、夫婦別姓を望み事実婚で夫婦に
 後遺症として繊維筋痛症や消化器の機能不全を抱えているが、日常生活は単独でも可能なレベル

●レティ
 静香の英雄
 一時期は自身の力への嫌悪と2人への罪悪感で心が潰れかけるが、現在はその傷も癒えてきた
 静香の要望で夫婦生活から一香出産まで共鳴状態で過ごし、一香は本当の娘のように思っている

●碓氷 一香
 5歳の女の子で能力者適正あり
 親権は信一にあり、名字は変更の可能性あり(信一は碓氷、静香は佐藤を希望)
 信一をパパ、静香をママ、レティをお母さんと呼びみんな大好き

 天真爛漫かつ大らかな性格で、3人の親も『よその家よりお得』という認識
 育児は信一・静香が甘やかし役、レティがしつけ役で分担

●状況
 信一・静香が東京海上支部の周辺でレティ・一香と10年目の結婚記念日を過ごす
 PCとは偶然or信一からお誘いの手紙を受けて出会う形
 支部見学・食事会・公園で遊ぶなど、特にやることは決まっていない

(PL情報:信一・静香は自身の死後、レティ・一香をPCや職員に気にかけてもらえるよう頼むのが目的)

リプレイ

●10年後の姿
 信一たちが訪れる少し前。
「ここがパパ達の……」
「あーあ、ついに相棒を一人失うのか……なんて、ね」
 17歳の少女――芽生(メイ)がロビーを見渡す後ろで、スーツ姿の荒木 拓海(aa1049)がおどけてみせる。
 笑顔で振り返った芽生は、40歳が近い拓海の腕を引いて受付へせかした。
「……はい、これでエージェント登録は終了です」
「ありがとう。後はオレが引き継ぐよ」
「――芽生~! 拓海~! 実験抜けて来ちゃった♪」
 登録証をマジマジと見つめる芽生を促し、拓海が長椅子に腰掛けた時。
 白衣を羽織ったメリッサ インガルズ(aa1049hero001)が小走りで近寄ってきた。
「仕事の説明は今から? ついにエージェントに成った気分はどう?」
 ズレた眼鏡の位置を調節し、20代後半の知的な女性らしい笑みを芽生へ向ける。
「念願が叶った、って感じ。拓海パパやリサ姉みたいにありたいって、ずっと思ってたから」
「まだ少し複雑で寂しいけど、素直に自分を出せる相手と誓約してくれたのは嬉しいよ」
 メリッサに頭をなでられ、くすぐったそうにはにかむ芽生は拓海の養子だ。
 ある事件で黒結晶柱化した親が完全に回復するまでの5年間、友人だった拓海が親代わりになった。
 現在は実父と生活している芽生だが、拓海を父親として慕う気持ちは変わらない。
(しばらくはオレもフォローするか)
 ちなみに、芽生の誓約相手がかつての第二英雄ともあって、拓海は芽生の登録に否定的だった。
 しかし自分と同じ職で、気づけば実父を説得済みとなれば反対しきれなかったのだ。
 こうした強かさはメリッサの影響だろう……末恐ろしい義娘である。
「いっちばんのりー!」
「待て、武蔵!」
「慌てて走ると転びますよ」
 そこへやんちゃそうな男の子が駆け抜け、30代後半になった東江 刀護(aa3503)が後を追う。
 遅れて双樹 辰美(aa3503hero001)がたしなめると、刀護の腕が武蔵と呼ばれた子を捕まえた。
「まったく、しばらく大人しくしていろ」
「……おー! とーちゃんたけー!!」
 そのまま刀護が肩車してやれば、一気に高くなった視界に武蔵の興奮度は上昇。
 元気にはしゃぐ息子に、刀護は自然とため息を漏らす。
「本日は普段よりもにぎやかですね」
「男の子か……灯(あかり)もあんな風に、元気な子に育つといいね」
 そんな東江親子のやりとりを、お腹が目立つ詩乃(aa2951hero001)と宮ヶ匁 蛍丸(aa2951)が見つめる。
 手元のベビーカーに視線を落とせば、長男の灯がきょろきょろと支部を観察していた。
「蛍丸様ったら――私が灯を人様の迷惑となるような振る舞いをする子に育てるとでも?」
「……躾(しつけ)は大切だけどほどほどにね?」
 愛情深くも厳しさを覗かせる詩乃の笑顔に、蛍丸はやんわりとなだめた。
 そして、最近つたないながらも歩けるようになった我が子に、心中で密かなエールを送る。
「近頃は壊し甲斐のある相手が少なくて退屈です。平和というのも考え物ですね、母様」
 その傍らを、アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)が報告書を手に物騒なつぶやきをして横切った。
 エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)は、そんな20歳となった息子の背中を見送る。
「あんなに小さくて可愛かったアトルも、立派な男性になりましたねぇ」
 10年前から外見が変わらず、身長が175cmに伸びた我が子の顔を見上げるようになって久しい。
 他者からの第一印象も母子より姉弟と思われることが増え、母としては一抹の寂しさを覚えていた。

●出会い集う
 小雪をあしらった後、信一たちへ最初に声をかけたのは蛍丸だった。
「すみません。産休の届け出は1年前と同じで大丈夫でしたか?」
 エージェントの産休には、緊急依頼への対応が難しいという事前通知の意味も含む。
『王』の影響が強かった時代とは違い、大きな事件が珍しくなった昨今だと産休や育休の取得者は多い。
「おめでとうございます。手続きに変更はありませんよ。期間は、灯君の時と同じですか?」
「はい。妻の体調次第では長引くかもしれませんが……」
「その時は、電話で一報くだされば対応できますよ」
 信一は非番でも職員として対応し、静香を伴って蛍丸を誘導した。
「この大きさだと、出産予定日も近いの?」
「はい。経過も順調で、今から楽しみです」
「かわいい~!」
 手続きの間、レティは詩乃に椅子を勧めて雑談に入り、一香はベビーカーの灯を構いだした。
 主に育児に関する情報交換をしつつ、我が子への注意も切らさない2人はすっかり母親だ。
「あら、信一様に静香様。それにレティ様と一香様ではないですか」
「お元気そうでなによりです。私服で一香様も一緒となると、今日はお仕事ではないのですか?」
「エリーさんにアトルさん、お疲れさまです。今日は非番で、これから一香に職場を案内するんですよ」
 それからエリズバークとアトルラーゼが、次の仕事を探す途中で信一たちと居合わせたことに気づいた。
 2人は信一と静香の職場復帰後も交流はあり、互いの近況もある程度は知っている。
「おっと、エリーさんに先を越されていたか」
「久しぶりだな、信一。まだ頼りなさげだが、父親としてはしっかりしているようだな」
「ご無沙汰してます、荒木さん。刀護さんは、相変わらず手厳しいですね」
 そこへ拓海や刀護たちも集まり、一気に場がにぎやかとなった。
「静香さん、レティさん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、辰美さん」
「私と辰美は、お互い見た目が変わんないね」
 律儀な静香と外見が16歳のままなレティの軽口に笑みを返し、辰美は一香と目線を合わせる。
「一香ちゃんも、こんにちは」
「こんにちは!」
 にぱっ! と快活な笑顔の一香に辰美も笑みを深めて頭をなでる。
「それにしても、改めて考えれば信一さんの家系って女の子ばっかりね?」
「あ、あはは……」
 こちらでは、にま~、とメリッサの面白がった笑みが信一の苦笑を誘っていた。
「信一おじちゃん、お嫁さんが2人いるのかー」
「コラ! 失礼だろう!」
 さらに武蔵も話題に乗っかり信一を指させば、刀護がすかさず失言をたしなめる。
「ふふん、パパのかいしょーだよ! ママもお母さんも、パパがすきすき~! なんだから!」
 槍玉に挙がってコメントに困る信一だが、後ろめたさゼロの一香からから思わぬ追撃が入った。
 あたかも2人より3人がいいと自慢げなドヤ顔が、武蔵の対抗心に火をつけた。
「む~、とーちゃんも頑張れよ!」
「無茶を言うな!?」
 レガトゥス級の流れ弾を放った息子へ、刀護は自然と絶叫する。
 亡くなった養父から東江流琉球古武術の師範代を継いだ現在も、女性への強い苦手意識は残っているのだ。
 長年相棒だった辰美相手でも四苦八苦しながら克服したほどで、刀護には無理難題にすぎる。
「ってか、退屈ー! 下ろしてくれよ、とーちゃん!」
 とはいえ、すぐに大人の立ち話に飽きた武蔵がゴネ出したため話題は支部内見学へ移った。
「要は、社会科見学ですか」
「言われてみれば、細かいところまで入ったことがないな」
 落ち着きのない武蔵を押さえつつ辰美が感心し、刀護もぽつりとこぼす。
「どうです、母様? 差し支えなければ、僕たちもご一緒しては?」
「手頃な依頼はありませんでしたし、たまには悪くありませんね」
 アトルラーゼの提案に肯定しつつ、信一たちへ流し目を送って同行の許可を求めるエリズバーク。
 以前は母の言うことを聞くだけだったアトルラーゼも、今では対等に話すように成長していた。
「もちろん、皆さんのお時間がよろしければ大丈夫ですよ」
 信一が快諾すれば、支部見学は10人を超える大所帯に。
「一香ちゃん。お姉ちゃんも初めて来たのよ、一緒に探検しようか?」
「たんけん! いくー!」
「あ、ずりー! 一香ちゃん、一緒に行こうぜー!」
「うん! まずはねー、あっち!」
 早速、芽生に誘われた一香がはしゃぎだし、つられて声を上げた武蔵と手をつないで走り出した。
「コラ! 危ないから走るな~!」
 すかさずレティが深紅のツインテールをなびかせ2人の背を追い、大人組から笑いが漏れた。

●幸せの軌跡
 支部の外へ出ていた詩乃と蛍丸は、近くの公園を散歩していた。
「蛍丸様。私、幸せです」
「どうしたの、急に?」
「実際のところ、蛍丸様と結ばれることになるなんて、予想もしていませんでした」
 暖かい日差しと程良い振動に包まれてウトウトする灯へ視線を落とし、詩乃は言葉を噛みしめる。
「私は『異性』として、蛍丸様は『家族』として……抱いた想いは長く変わらず、恋愛関係へ至るには遠い愛情でした。しかし、見果てぬ夢とかつては諦めた『今』がある幸せを、折(おり)に触れて感じるのです」
 過去のある依頼で一度、詩乃は蛍丸に告白し振られている。
 理由は、『前の世界に詩乃が残しただろう繋がりを絶たせぬため』。
 その時は詩乃も『蛍丸の家族として傍らで支える』と受け入れ、気持ちに区切りをつけた。
「……そうだね。詩乃と同じではないだろうけど、僕も時々『今』が夢のように感じることがあるよ」
 しかし、それでも詩乃が愛情を消すに至らなかったのは、全てを拒絶しなかった蛍丸にある。
 意識してか無意識か、蛍丸の示す優しさは常に『自己犠牲』をいとわない。
 以前の誓約が【皆の笑顔を守る】だったように、他者を優先するあまり自身への配慮はとかく不器用だ。
 それは『王』と戦う前、実家との縁を切った行動からも見て取れる。
「詩乃との関係もそうだけど、『黒金』家との溝を埋められるなんて思ってなかったな」
「蛍丸様の死で悲しむ人を減らすため――などと聞かされれば、こっぴどく叱られて当然です」
「……そういえば『自分で決めたケジメだから『宮ヶ匁』のままでいる』って言って、また揉めたっけ」
「『黒金』のご家族が、蛍丸様を大切に想っている証拠ですよ」
 生き残った蛍丸が実家を再び訪れ、真実と胸中を打ち明けた時の怒声は詩乃の記憶にも強く残っている。
「またそれは、私が抱く蛍丸様への想いと似ていました」
「詩乃から二度目の告白を受けたのは、5年くらい前だっけ……」
 頑固な一面がある蛍丸が実家と和解できた後も、詩乃が一途に抱く恋慕はくすぶっていた。
 色々な葛藤や困難を越えて恋人となれたのは、ひとえに意志を貫き通した詩乃の粘り勝ちと言えよう。
「しかし、2年経った今も、蛍丸様から結婚を申し込まれた事実に現実味を持てませんね」
「僕なんかのことを10年近く想ってくれた女の子に、少しでも報いたいと思ったんだ」
「あの時は一瞬の驚きと、胸いっぱいの嬉しさで感極まってしまって……女性泣かせなお方ですね?」
「あはは……」
 詩乃にクスクスとからかわれ、困り顔ながら蛍丸も笑う。
「蛍丸様。これからも末永く、お傍においてくださいね?」
「もちろん。大切にするよ、詩乃」
 穏やかで温かい、これからも続いていく時間。
 過去の自分が信じないだろう幸せを、詩乃は強く感じていた。

●将来への軌跡
 さて、信一と静香を案内役に支部を順番に見学する一行。
 元気に走り回る5歳コンビはもちろん、姉役として面倒を見る芽生も施設に興味津々だ。
「すげー! リンカーヒーローの研究所みてー!」
 特に、特撮ヒーローが大好きな武蔵は大興奮。
 刀護直々の古武術稽古で培った体力を遺憾なく発揮し、バタバタと忙しない。
「(母様、3人と話をしたいので一香様をお願いできますか?)」
「(分かったわ。上手くやりなさい)」
 わいわいと一通り回ったところで、アトルラーゼに小さく耳打ちされたエリズバーク。
 ちょうど支部内のカフェが見え、一香の手を取り優しく微笑んだ。
「一香様。美味しいお茶とお菓子があるらしいので、ちょっと休憩に致しませんか?」
「おかし! でも、お母さんが……」
「他の人に迷惑をかけないならよし!」
「うんっ! いこっ、エリーおねーちゃん!!」
 一度レティを上目遣いでうかがい、許可をもらった一香は繋いだ手を引き扉をくぐる。
「ありがとうございます、レティ様」
「……で? 何か話があるんでしょ?」
 こちらの機微を察してフォローしたレティに頭を下げ、アトルラーゼは笑みを引いて告げた。
「では、単刀直入に聞きます。信一様、静香様、残された時間はどのくらいですか?」
「えっ……?」
 漂う不穏な空気に、事情を知らない芽生が息をのむ。
「わかりません。すでに聞かされていた余命以上の日数を生きているのは確かです」
「結婚もそうだが、あの事件から10年か……」
「突然、信一さんから直筆の手紙が届いた時には驚きましたよ」
 信一の言葉は、内容に反して声音が明るい。
 重苦しく腕を組んだ刀護の横で、はしゃぎ疲れて眠る武蔵を抱っこする辰美が片手で手紙を取り出した。
 それは拓海も同様で、アトルラーゼは目を丸くする。
「おや、僕と母様だけ仲間外れとは寂しいですね」
「アトル君達は今も各地を転々としてるだろう?」
「私達みたいに定住先があるわけでもなさそうだし、仕方ないんじゃない?」
 冗談めかした様子に答えた拓海は現在、自身が立ち上げたNPO「Second pledge」の活動が中心。
 肩をすくめるメリッサも大学で形而上学・量子力学・統計学・ライヴス学と広く学び、博士号を取得。
 H.O.P.E.で『未誓約および誓約解除時における英雄の消滅を阻止する研究』に携わっている。
 刀護も門下生の師として、また辰美も彼らの良き母や姉として面倒を見る時間が増えた。
 エージェント業が主体のアトルラーゼと比べ、連絡がしやすいのは確かだろう。
「それはさておき。お2人の余命宣告からもう10年です……手紙も、それと無関係ではないでしょう?」
 沈黙の肯定を聞いて、再び口を開く。
「信一様と静香様が結ばれて、一香様も生まれて、その中へ自然にレティ様もいて……僕は少し歪で、でも前向きに進む貴方達家族を見るのが、結構好きだったのですよ」
 ただ、と前置きしたアトルラーゼからまた微笑が消えた。
「そちらの武蔵様もそうですが、能力者適性があるとはいえ一香様はまだ5歳。今は英雄も少なくなり、アメイジングスという存在の出現で今後さらに能力者は稀有なものとなっていくでしょう」
 見学のさなか、一香と武蔵が『一緒だ!』と盛り上がっていたのは全員が聞いている。
 身じろぎした武蔵を支え直し、辰美も無言で耳を傾ける。
「それはつまり……誓約を結んだ瞬間から『普通の枠』から外れてしまうことでもあります」
 物心つく前から外れていた青年は、自分が『普通の人』と違う生き物だと何度も思い知らされた。
 故に、母が全てだと、母しか信じられないのだと、長く自分の殻に閉じこもったのだ。
「静香様がいなくなっても、一香様と誓約をかわせばレティ様は消えずにすむでしょう。
 しかし僕は、一香様に幼くして誓約を結ばせるのは酷だと思います」
 すでに一般の認識でも、昔ほど能力者や英雄に対する差別はほとんどない。
 凝り固まった偏見から過激で心ない言動をする者もいるが、ごく一部だ。
 それでも、差別を受けたかつて少年だった青年は、世界を信用できない。
「オレも同意見だ。多くの適性者と英雄を繋いできたが、子どもとの誓約は簡単に決めるべきじゃない」
 さらに、拓海もNPO活動で得た経験から忠告する。
「誓約は将来的に2人で結ぶと安心ですが、今すぐにと無理強いはしませんよ」
「ただ、私たちの死後に残される一香やレティを気にかけて欲しいと頼むつもりでした」
「……私も?」
「レティは気が強いようで繊細ですから、自棄にならないか心配するのは当然です」
 信一の答えに空気が緩むが、続く静香にはレティも口をつぐむ。
「レティには新たな生きる理由がいる――そこで私たちは子どもを授かるための不妊治療を始めました」
「通院時の検査で両方に不妊症が発覚してて、医者からはずいぶん止められましたけどね」
『妊娠や出産に耐えうる母体ではない』と、何度も反対されながら一香は生まれた。
 それは3人にとって、最後の『奇跡』。
「妊娠中や出産時も共鳴して、一香はレティの子でもあると意識させました。
 加えて、一香はレティの子なのだと社会的に認めさせる下地として事実婚を選びました。
 親権を信一さんへ委譲したのは、レティに佐藤家との繋がりを残すためでした」
「僕たちがいない世界でも『生きよう』って、レティちゃんが思えるように」
 子はかすがい、なのだろう。
 家族にとっても、遺族にとっても。
「信一と静香は、死後のことも考えていたのか……」
「気を回しすぎ――とも、言い切れないか」
 信一と静香の告白に刀護が目を細め、レティは1つも反論しなかった。
「私たちは、お二人が決めたことに異論はありません。一香ちゃんには酷でしょうが……」
「どうするかは一香次第だ。俺達には口を挟む資格がない」
 そして、一香の誓約ついて辰美と刀護から肯定や否定はない。
 武蔵の場合はいずれ、名付け親として懐いている刀護の第二英雄と誓約するだろう。
 近く選択を迫られる幼い一香に思うところはあるが、口出しは控える。
「だが、困ったことがあれば力になる。これだけは約束しよう」
「オレもだ。レティには出来る限り長く居て欲しいし、よければ新しい第二英雄として迎えよう。一香ちゃんが大人に成っても、変わらず誓約を望む時は応援する。必要なら、オレが父親の代理をやってもいい」
 代わりにと、刀護と拓海が3人の力に成りたいと想いを伝えた。
「レティ様。一香様のためになら、まだこの世界に残ると誓えませんか? 【一香様の支えとなる】、と」
 そしてアトルラーゼも、胸に手を当てレティに微笑む。
「僕の第二英雄枠も、まだ空いています。一香様が両親の死と向き合い、落ち着いて考えて、自分で決心出来るようになるまで――僕を繋ぎとして使っても構いませんよ?」
「……ありがとう。でも、少し考えさせて」
 家族や友人の声を受け止め、レティは素直な気持ちを告げた。
「一香を嫁に出すまで死ぬつもりはないけどさ……さすがに、すぐ決められることじゃないから」
【生きる】、と。

「わ~、エリーおねーちゃん、おっきい……」
「あの、一香様? 恥ずかしいのでそろそろ……」
「って! 何やってんの一香ぁ!!」
 全員がカフェに入ると、一香がエリズバークの母性を両手に収める光景が。
 レティの激怒で男性陣は目をそらし、静香はレティと同じく控えめな胸をこっそり見下ろす。
「あの時は心の底から『おめでとう』と言えなかったけど……幸せは本人次第なのが今を見て良く判るわね」
「リサが研究を始めたきっかけは、元々芽生の英雄に自由な未来を選ばせる為だったな。子供って偉大だ」
 一香の頭を下げさせ、母親としてエリズバークへ謝罪するレティにメリッサは笑みを漏らした。
 つられて笑う拓海の脳裏に、研究の被験者として誓約を解除しデータを集めていたメリッサの姿が浮かぶ。
 消滅寸前まで粘る臨床実験を熱心に繰り返し、手応えを覚えても研究は前途多難。
 さらにメリッサの消滅を危惧して酷く参った拓海を見かね、芽生の英雄までもが拓海との誓約を解除した。
 そして『メリッサが再誓約するまで自分も誓約しない』との要求で、ようやく研究熱は緩和されたのだ。
「親の姿勢はもっと大切よ。独りに成った時の怖さや寂しさと向き合う強さは、パパ達がくれたものだもの」
 一香を見てしみじみするメリッサと拓海へ、芽生が娘としての意見を口にする。
 そして、改めて一香を囲む信一・静香・レティの笑顔に目尻を下げた。
「――ん、このお店はいい仕事をしますね」
 ついでに、密かにメガ盛りパフェを堪能していた辰美も笑顔をこぼしていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611

重体一覧

参加者

  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503
    機械|29才|男性|攻撃
  • 優しい剣士
    双樹 辰美aa3503hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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