本部

【いつか】作戦コード『ラザロの復活』

影絵 企我

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2019/03/14 18:44

掲示板

オープニング

●新たなる戦い
 王との苛烈な戦いから、はや10年が過ぎた。アメリカとメキシコに挟まれた小国リオ・ベルデは、この10年の間に飛躍的な発展を遂げた。各国の援助を受けながら、新政府は速やかに政治基盤を固め、技術大国への道を模索した。
 ライヴス鉱石資源は大きな武器となった。H.O.P.E.の研究部門をはじめとする諸機関がリオ・ベルデに拠点を置いて研究を進めた結果、アイアンパンク研究における新たな地平は、リオ・ベルデの主導で切り拓かれたのだ。国際的な発言力も増し、アメリカの畑と揶揄されていた頃の影はなくなっていた。
 しかし、リオ・ベルデはその発展を何の障害も無く享受できたわけではなかった。霊石資源が豊富であるという事は、即ち異世界との接触も多いという事。畢竟、イントルージョナーや愚神の出現回数も他の国の比ではなかったのである。
 H.O.P.E.の支局も置かれ、ワープゲートも開設されたが、それでも万全な対応が出来ない事もある。独自の即応部隊の設置を求める声は、リオ・ベルデ国内で日に日に高まりつつあった。


 イザベラが収監されている、郊外の屋敷。床板を外し、一つの人影が忍び込む。それは白いコートとフルフェイスのヘルメットで頭から爪先まで覆い隠していた。
 深々と洩れる溜め息。静かにヘルメットに両手を当て、外す。白が交じった鳶色の髪。目元に深い皺の刻まれた、物憂げな表情。彼女こそが、この屋敷に閉じ込められている筈のイザベラ・クレイその人であった。
 彼女の目の前のデスクには、一人の女が座っている。眼鏡を掛け、うっすら笑みを浮かべて彼女はイザベラを見上げていた。
「ご苦労様です。イザベラ」
「御足労感謝する。フィオナ」
 10年の時が経ち、夢に溢れた年若き少女も、老獪ささえ秘めた外交官に生まれ変わっていた。イザベラは電子タバコを取り出すと、スイッチを入れて咥えようとする。
「して、今日はどんな用事だ。新しいアラートが発生したという話は聞いていないが」
「ええ。幸いにして平和なようです。ですので、今日は『ラザロ』にではなく、イザベラ自身に直接話をしようと思って参上したのです」
 目を丸くした。イザベラは急いでスイッチを切り、吸いかけたタバコをケースに戻した。それを見届けたフィオナは、笑みを潜めて彼女を見据える。
「貴女をここに収監してから10年が経ち、貴方をここから解き放つ時が来ました」
「これから自由の身になるのだという実感は無いがな」
「それはそうでしょうね。……ともあれ、貴方もご存知でしょう。近年イントルージョナーの出現が、国内で更に増加しつつあることを」
「ああ。H.O.P.E.には大変に助けられている事もな」
「ええ。ですが、国民はより確実にイントルージョナーの脅威から保護されることを求めています。……具体的に言えば、独自の即応部隊の設置を求める声が上がっているのですよ。確かな実力を持った人間により治安が維持されることを、皆望んでいるのです」
 イザベラは目を伏せる。その表情は少しやつれていた。
「言わんとすることは分かった。……が、皆はいいのか?」
「貴女は10年もの間、己の名誉にならない事を知りながら、正体を隠してリオ・ベルデの為に戦い続けました。……貴女を今一度信頼するに足る理由には十分です」
 言葉を切ると、フィオナは立ち上がって彼女を見据える。
「今度は表舞台で、その力を貸していただきます。いいですね」
「ああ。尽力しよう」

●Black Coat
「今回の任務はリオ・ベルデに出現したイントルージョナーの討伐です」
 ブリーフィングルームに集められた貴方達に、オペレーターが説明を始める。
「分析によれば、異世界に存在していた愚神がそのまま此方へ流れ込んできたものと考えられます。能力も相応に高いので、注意して事に当たってください」
 予知を再現した映像が流れる。大学のキャンパスに出現した愚神が、学生たちに襲い掛かろうとしていた。
「また、今回はリオ・ベルデから『ブラックコート』も出撃しています。適宜協力して作戦行動を遂行してください……」

 こうして貴方達は、リオ・ベルデへと足を踏み入れた。異世界へと続く空間の捻じれをくぐり、姿を現わそうとする愚神。鎧に身を包んだ騎士のような外見のそれは、剣を振り上げ周囲を威嚇する。
「我らの身を尽くしても、王を再び玉座へ!」
 貴方達は武器を手に取り、愚神の軍勢へと対峙する。そんな君達の下へ通信が飛んできた。
[此方ブラックコート、救援に感謝する。市民の避難誘導はこちらで行う故、敵の討伐をお願いしたい]
 落ち着き払った声色。周囲を見渡せば、黒いロングコートに身を包んだ隊員達がせわしなく動いて学生達を避難させていく。貴方達はその姿を背後に、愚神へと突進した。

解説

メイン リオ・ベルデに出現した愚神をエージェントとして撃破せよ
サブ H.O.P.E.の職員として任務のサポートに回れ

ENEMY
☆デクリオ級愚神×8
 騎士のような外見をした愚神。王を倒した人類にとっては一切苦戦しないだろう。
●ステータス
 物防A その他C以下
●スキル
・ぶん回し
 手にした剣を振り回す。[アクティブ、自己中心範囲1、物理]
・タワーシールド
 巨大な盾で身を守る。[パッシブ、防御成功時ダメージ半減]

NPC
☆イザベラ・クレイ(37)
 戦いから10年が経過し、刑の執行の免除及び復権を受けてリオ・ベルデ独自の対イントルージョナー特務機関『ブラックコート』の副所長に選ばれた。事実上の指揮官として隊員に指示を送っている。
☆キスク
 ブラックコート所長。表向きには彼が折衝に当たっている。
☆セオドラ
 イザベラの秘書。

●ブラックコート隊員
 ブラックコートに務めるエージェント。かつてイザベラの指揮下で働いていた者達も一部所属している。
●モブエージェント×n
 戦闘参加者が8人に満たない場合、代わりに戦っている。

FIELD
☆キャンパス
→平坦な道路。見通しは良く、戦いには苦労しない。

TIPS
・PCは戦闘要員としてだけでなく、オペレーターや医務など、任務に関わりそうな立場の人間として参加する事が可能。気になる場合は質問してください。
・敵は正直瞬殺する事も可能。リオ・ベルデ編のエピローグの一つという意味合いの方が強め。

リプレイ

●鎧袖一触
 盾を構え、剣を抜き放ち、異世界から遠征してきた愚神は列を揃えてエージェント達に対峙する。禮(aa2518hero001)と共鳴した海神 藍(aa2518)は、軽々と【黒鱗】を取り回しながらそれらを見据える。
「忠義の騎士と言ったところか。一応聞いては見るが……投降する気はないんだね?」
「何故貴様らに降らねばならん!」
 強情は相変わらずらしい。藍は溜め息交じりに槍を振るった。穂先から溢れた水の幻影から漁火が浮かび上がり、騎士へと押し寄せていく。騎士は咄嗟に盾で身を庇った。
『ファランクスなんて、今時流行ませんよ?』
 次の瞬間には、盾の死角を突いて藍が間合いを盗み取っていた。槍を振るって盾を引っ掛け、無理矢理愚神を手元へ引き寄せる。
「さようなら」
 藍は左手を突き出す。騎士の顔面に指先を当て、銀の魔弾を放つ。ライヴスが飛び散り、騎士はその場にどっと倒れた。
 一瞬の出来事にたじろぐ愚神達。赤城 龍哉(aa0090)は斧を担いで間合いを詰める。
「王を返り咲きさせれば、自分も偉くなれるとか思ってるクチか?」
『かの王も、今更望まぬ王座へ座らされて喜ぶわけもないでしょうに』
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)と一緒になって、立て続けに敵を挑発しにかかる龍哉。騎士はあっという間にその挑発へ乗った。
「戯言を! 我らは王の崇高なる使命を支えるために存在している者であるぞ! 王からの託宣は今もなお続いている!」
「やれやれ、話にならんな」
 龍哉は騎士の突き出した剣を半身になって躱し、そのまま身を翻した。ライヴスのチャージされた刃が一気に展開し、さらに厚みを増していく。騎士は盾を構えて身を守ろうとするが、到底間に合わない。
 鋭い横薙ぎ。騎士の身体はあっという間に真っ二つとなってしまった。澱んだライヴスを撒き散らしながら倒れた上半身は、そのまま水のように融けていく。
「軽いな。その程度じゃ、王を担ぐどころか潰れて終わるのが関の山だぜ?」
「おのれ!」
 騎士達は一斉に散開する。正面戦闘は不利と察したらしい。だが、そんな騎士の前に、君島 耿太郎(aa4682)は立ちはだかる。盾を構え、耿太郎は騎士の眼を睨みつけた。
「俺がここを通すと思うな。幾人束となろうと、全て受け切ってみせよう」
 騎士は剣を振りかざすと、ずんずんと踏み込み剣を振り下ろしてきた。耿太郎は盾を斜めに突き出すと、その剣先を滑らせ弾き落とす。そのまま盾の縁にライヴスを纏わせた耿太郎は、騎士をぶん殴ってよろめかせた。
「今だ!」
 叫びつつ振り返る。黒服のエージェント達が一斉にライフルを構え、愚神に向かって引き金を引く。手足も頭も次々と撃ち抜かれ、騎士はその場に力無く倒れ込んだ。
 エージェント達の囲いを抜けるべく、一目散に走る騎士。しかし、純白の装いに身を包んだ氷鏡 六花(aa4969)がふわりと目の前に飛び降りてきた。彼女は魔導書を開くと、憐れむような瞳を騎士へと向ける。
「貴方たちも……まだ王に囚われているのね。大丈夫。今、解放してあげる」
「解放? 何を言っている!」
 騎士は唸ると、剣を水平に構えて六花へと突っ込んでいく。六花は屈んでその突進を躱すと、素早く足払いをかけて騎士を床へと引き倒す。
「ぐぅっ……」
 倒れ込んだ騎士は、呻きながら立ち上がろうとする。しかし、それよりも早く、騎士の背中に六花の手が触れられた。
「さあ、せめて安らかに……眠りなさい」
 白い魔導書が輝きを放った瞬間、六花の背中にオーロラの翼が生える。手元から放たれた絶対零度の氷気が、騎士の身体を一瞬にして凍らせた。
 風が吹いた瞬間、愚神は罅割れ砕け散る。六花は空を見上げる。ライヴスと化して舞い散るその亡骸に、六花はささやかな哀悼の念を捧げた。
 一方、その傍ではノエル メタボリック(aa0584hero001)と共鳴し、一時的に若さを取り戻したヴァイオレット メタボリック(aa0584)が、紫色の盾を掲げ、騎士と正面切って対峙していた。
【本当にしつこいものですね。貴方達は】
「この戦いが我が身命を賭して果たすべき使命なれば!」
【愚かです。あるべき形へと還りなさい】
 ヴィオは騎士の刃を盾で弾き返すと、そのまま盾を背中へ背負い、代わりに傍に突き立てていた蛇矛を手に取った。風を切りながら騎士を柄で殴りつけ、燃え盛る炎の幻影を穂先に纏わせ騎士の腹に突き立てた。
【さあ、今です。六花】
 ヴィオは振り向き、孫娘に目配せする。六花は魔導書のページを素早く繰ると、騎士の頭に凍れる右手を押し当てた。
 ヘッドセットマイクを取り付けた泉 杏樹(aa0045)は、掃討の様相を呈した戦場をじっと見渡す。どんどん攻めかかるエージェントを前に、愚神は抵抗すらままならない。
「……圧倒的、ですね。回復する……必要、ないかな」
『何だかんだ、俺達も衰えてないってわけだ。色々と戦っては来たからな』
 榊 守(aa0045hero001)の言葉に頷くと、杏樹はふっと息を吸い込む。両手を広げ、杏樹は透き通る歌声を披露し始めた。アイドルとしての活動を積み重ね、今では歌手としての名声を高めつつある杏樹。その歌声は音符の幻影と化して広がり、愚神を攻め立てた。
「……力が入らぬ……!」
 盾を地面につき、騎士はその場に崩れ落ちる。ぐったりとした騎士は、最早立ち上がる事さえままならない。
 そこへ迫るは、一人の少女。腰まで伸びる銀色の髪を靡かせ、深紅の瞳を輝かせながら、八朔暮葉は迫る。銀の腕輪を撫でると、黒い炎を纏った銀色の狼が次々と飛び出した。
『さあ参りましょう、姫様』
「はい。今こそ姉様の力をお借りします」
 彼女と誓約を紡ぐは、かつて八朔 カゲリ(aa0098)――暮葉の父や一人目の英雄と誼を通じていた夜刀神 久遠(aa0098hero002)。何故影俐の娘と二人目の英雄が共に居るのか。それを知るのは彼女達ばかりである。
「なるほどなるほど。お前達の目的はかつて父が戦ったという“王”の復活か」
 銀の狼が疾駆し、崩れた騎士を強引に押さえつける。その首根っこに齧りつき、狼は騎士の身体を凍てつかせていく。
「誰しも命は一つなれば、好きに生きて好きに死んでみせればいいだろう」
 影俐という男は、敵の全てを肯定した上で、その屍の上を邁進した。しかし、暮葉は違う。他者の生きざまに特別の関心はない。邪魔か、そうでないかだけが大事なのだ。
「だが、そうして私の目の前に立ち塞がるなら、大人しくその道を開けてくれ」
 狼は再び吼え、騎士の首を食いちぎった。澱んだライヴスが迸って地面を穢し、騎士の身体は跡形も無く消え去る。

 気付けば、既に愚神達は討たれ尽くし、影も形も無くなっていた。

●『鉄の女』イザベラ
 ブラックコート本部、指令室。真っ先に訪れたのは藍と禮。イザベラや部隊長を前にして、その活躍を労っていた。
「また君たちと共に戦えるとは、喜ばしい限りだよ」
『おかえりなさい、イザベラさん』
 指令室の末席に腰を下ろし、イザベラはふっと微笑んだ。
「ああ、帰ってきてしまったよ。そちらの方こそ、何やら壮健に活躍していると伺っているが。そう。“海神会”……だったか。そんなのが古龍幇にコバンザメのようにくっつくヴィラン組織を片付けたとか、何とか聞いている」
「いやいや。そんな事は知りませんね」
「ええと、知りません」
 二人は顔を見合わせる。白々しいにも程があるが、イザベラは肩を竦めただけだった。
「そうか。……ならばそういう事にしておくか」
 三人が含み笑いを見せつけ合っていると、再び指令室の扉が開いた。大股で現れたのは、トレンチコートにフェドーラでバッチリ決めた龍哉である。
「赤城じゃないか」
「ああ。ラザロじゃなくてイザベラとしての新装開店だろう? 二月前も戦場じゃ一緒になったが、ついでに挨拶しておこうと思ってな」
 神出鬼没のエージェント、ラザロの正体を龍哉は早いうちから知っていた。知った上で、彼はイザベラと共闘を続けていたのである。今ではそれなりの知己と言えた。
「ここまで来るのに10年か。振り返ってみると長かったな」
『老けましたわね……』
 ヴァルの言葉に、龍哉は肩を落とす。今ではエージェントとしてよりも、道場の師範としての活躍が増えてきた。共鳴中はともかく、日々衰えを感じる年頃に差し掛かってきたのである。
「ここで改めて言うことか」
「英雄たる君が羨ましいものだ。こちらは毎朝白髪の数が増えていくというのに」
『私は戦乙女ですもの。老いたりはしませんわ』
 人間二人は再び溜め息をついた。
「何はともあれ、これからは大手を振って働けるわけか」
「ああ。そういう事にしてもらえたようだ」
『でも、だからこそこれからが肝心ですわ』
 ヴァルはイザベラを見据えて釘を刺す。イザベラも彼女を真っ直ぐ見つめて静かに頷く。
「わかっているとも。今度こそ、正道によってこの国を……いや、この世界を守ってみせるさ。君達とも今度は正しき形で手を取り合うことになるだろう。その時はよろしく頼む」
 立ち上がり、イザベラは四人へ手を伸ばす。彼らは笑みを浮かべると、そっとその手を握りしめるのだった。

 その頃、ヴィオは外務長官のフィオナに呼び出されていた。彼女は書類の束を差し出し、小さく首を振った。
「申し訳ありませんが、外交を担当する者として、こんな事を認める訳にはいかないのです」
 そこには、ヴィオが取り組もうとしていたささやかな試みが纏められていた。ラザロの活躍がイザベラの活躍であった事を伝え、イザベラの刑罰免除と復権の日にささやかな祝いを催そうというものであった。フィオナは苦虫を噛み潰した顔をしている。
「ラザロの活躍は、確かに国家間では公然の秘密かもしれない。ですが、一般市民達は知らない事です。そして、ラザロは時として、政府との癒着があるヴィラン組織など、H.O.P.E.では手が出しにくい領域にまで踏み込んで仕事を果たしてきました。ラザロの正体を衆目の下に晒すというのは、他の国家の恥部をも衆目へ晒す事になりかねない」
「けんども……それじゃあイザベラは浮かばれねえだよ」
 ヴィオは信じていた。外交カードとしてリオ・ベルデを影から支えたイザベラは、少なからず感謝されるべきだと。彼女は報われねばならないと。
「その気持ちがあるなら、猶の事諦めてくれ」
 そこへ、イザベラ本人が滑り込んで来た。
「しかし……おぬしの為したことは皆が知らねばならぬと思うだよ」
「だが、それによって我々が積み上げてきたもの全てが崩れる可能性がある。未だ我々の地盤は完全ではないのだからな」
 ヴィオは憮然と黙り込む。イザベラは眼鏡を掛け直すと、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「それに、私は最期まで『鉄の女』で居ると決めたのだ。国民達には多少怖がられているくらいが丁度良かろう」
「『鉄の女』……」
「感謝しようとしてくれたことには感謝する。だが、ラザロはラザロ。私は私だ。いいな」
「……分かっただよ。じゃが、リオ・ベルデの立場が完全となった時には、覚悟するだ」
 ヴィオの言葉に肩を縮めると、イザベラは踵を返すのだった。

 テラスに立ったイザベラは、電子タバコを取り出し、スイッチを入れる。そんな彼女の背後に、すらりとしたシルエットの女が歩み寄っていく。
「こんにちは」
「君は、いつかの……」
 10年が経ち、すっかり大人になった六花は微笑む。
「……顔を隠すの、やめた……んですね」
「語弊があるな。“私”が公務員として復職したというだけだ」
 イザベラはふっと煙を吐き出す。
「……10年前、貴方達から死に場所を奪った、私達の事……恨んでます?」
「いや。敗北したというなら文句の一つも出るが、勝ったのだから称賛する他あるまい」
「でしょうね。……でも、私は。愚神への復讐を願う人達を騙した貴方の演説、今でも……恨んでます」
 六花はあくまで微笑みを崩さずに言い放つ。イザベラはタバコを咥えたまま、僅かに目を伏せた。そんな彼女の横顔を見て、六花はクスリと笑った。
「……嘘です。私がもし、能力者じゃなければ、復讐の為の力をくれた貴方に、きっと感謝しました。だから……多分。あの演説に共感して、貴方の下に集まった人達は……それで死ぬ事になっても、みんな、貴方を恨んではいないはずです」
 イザベラは眉間に皺を寄せた。ずり落ちかけた眼鏡を、彼女はそっと元に戻す。
「やっと、嘘も偽悪も要らない……イザベラさんのままで、イザベラさんの、護りたいものの為に、戦えるようになって……良かった、です」
 嘆息交じりに、イザベラは煙を吐いた。突き抜けるような青い空を見上げ、彼女は応える。
「その言葉、戒めとして受け取っておこう」

 耿太郎とアークトゥルス(aa4682hero001)は、ブラックコート本部の休憩室の隅に腰を落ち着け、寛いでいる隊員達の姿を眺めていた。
「あの時守ったものの一つがこれっすよね」
『そう思いたいな。……無論、彼女の意志の強さがあればこそ、だが』
 彼らがしんみりと物思いに耽っていると、お盆に四つコーヒーカップを載せたセオドラがやってくる。テーブルにコーヒーを置き、さっさと並べた彼女はエプロンの裾を払って腰を落ち着ける。
『すみません。イザベラは今ちょっとした用事で本部を空けておりまして。もうすぐ戻られる予定のはずですが』
「了解です。幸い時間はありますので、しばらくのんびりさせていただきます」
『わかりました』
 セオドラはぽつりと応えると、耿太郎の取り出したパウンドケーキをじっと見つめ始める。ケーキは既に綺麗に切り分けられ、ベリー系の果実が彩りよく詰まっていた。彼女は眼をきらりと光らせ、一切れを素早くひったくる。
「ちょっと、何してんすか。勝手に食わないでください!」
『はぁ。……あ、美味しいですね、これ』
 もそもそとセオドラは口を動かす。反省の色はゼロだ。アークは思わず苦笑する。
『病院で会った時も思ったが、君はどうにもマイペースだな』
「おい、私が来る前に食ってたのか、お前は」
 そうこうしている間に、イザベラ本人が現れる。耿太郎とアークは恭しく頭を下げた。
「お久しぶりです。イザベラさん」
『お茶請けにでもと思って……二人で作って来たのだが。いかがだろうか?』
「ああ、是非頂こう」
 腰を落ち着け、イザベラはふっと微笑んでみせた。

●それぞれの行く道へ
 耿太郎達が談笑していた頃、ブラックコート本部の前で、杏樹と守は並んでその黒いビルを見つめていた。
「イザベラさんは、司令として、復帰されたのですね。これからも、応援しないと」
 そう呟く杏樹も、10年の間にほんの僅か背が伸び、顔立ちも母のそれに近づいていた。27歳となった彼女は、今でもリオ・ベルデや諸国の為にチャリティーコンサートを行うなど精力的に活動を続けている。最近ではアイドルというよりも、シンガーソングライターとして認知されるようになりつつあった。
『……そろそろ、年貢の納め時かもな。深窓の姫君に、会いに行くとするか』
 一方の守は、リオ・ベルデで対イントルージョナーの部隊として戦っていた。共鳴せずとも、実弾で駆除できる場合も少なくないからだ。
 戦い続ければ、ラザロと共闘する機会もたまにはある。それを頼りにして彼は一介の兵士として戦場に立ち続けていた。
 だが、それももう終わりだ。ラザロは復活した。戦場にはもう戻ってこない。どこかまごついている守を見遣り、杏樹は励ますように微笑んでみせた。
「杏樹は、もう大丈夫、です。どれだけ離れても、榊さんとの絆は消えません」
『ああ。そうだな……』
 そんな所へ、藍と禮がやってくる。
「おや、榊と杏樹さんじゃないか」
『おっと。藍か。お前もまだここに残ってたんだな』
 守は肩をびくりと震わせ、笑みを取り繕いつつ首を傾げた。いかにも怪しい振る舞い。藍と禮はちらりと顔を見合わせると、傍の酒場を指差した。
「ああ。来たついでに、ちょっと観光でもしようと思ってね。どうだい。久しぶりにどこかで飲まないか? 杏樹さんも良ければ来ないかい?」
「ええ。御一緒、させていただきます」
 一も二も無く頷いた杏樹の一方、守は若干答えを迷っていた。禮がその顔を覗き込む。
『それとも、何か約束でもありました?』
『まあな。……いやだが、景気づけくらいには飲むか……』
 帽子を目深に被り直すと、守は三人について酒場へと向かうのだった。

 中央官庁を後にした六花は、そのビルの佇まいをアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と共に見上げる。中では、多くの人々が今もせわしなく動き回っているのだろう。日傘を開きながら、アルヴィナは溜め息をついた。
『豊かになったとはいえ、中々この国も大変そうね』
「でも、異界からの脅威が続いてる事で、かえって、救われてる部分も……ある、のかな」
 異界からの脅威が続いたからこそ、ラザロは雄飛し、彼女を最大限活用したリオ・ベルデは諸国との強いコネクションを得るに至った。イントルージョナーや愚神に悩まされているとはいえ、その成果とは表裏一体なのである。アルヴィナは神妙な顔をした。
『私達もその一人かしらね』
「そうかも、ね。……今の私には、目的がある。……だから、後ろを振り返らずに、前だけを見つめていられるんだもの」
 世界に抱いた恨みも今は昔。今も王に縛り付けられている者達を救うために、その恨みにかかずらってはいられないのだ。六花はワンピースの裾を翻す。
「……そろそろ行こう。私達は、私達の戦いをするの。最後の1人の愚神も殺して、皆を世界の涯まで、送り届けてあげないと」
『ええ。その為なら、いくらだって力を貸すわ』

 六花達が戦いへの意志を固める一方、ヴィオとノエルは医務室の一角でのんびり会話を続けていた。
「六花もすっかり大人になっただなぁ。幼さも無くなって、美しくなっただよ」
『だな。どこに出ても恥ずかしくねぇべ』
「……でなあ、姉者。今日は話すべき事があるだよ」
 改まった老婆に、ノエルは首を傾げる。
『どうした、ヴィオよ、』
「姉妹になれた事、オラはずっと感謝してるだよ。……だから姉者、惚れた男のいた世界に、行ってよいだよ。オラには子ども達も居るしな」
『そうか。……そう言ってくれるだな。ありがてえだよ』
 老婆二人の運命は、ここで二つの道へと分かれようとしていた。

 その頃、お茶会を終えた耿太郎とアークは、セオドラに見送られつつリオ・ベルデ支部のワープゲートに立っていた。
『すまないな。見送りにまで出てこさせてしまって』
 アークが恭しく頭を下げると、セオドラはぼんやりした顔のまま首を振る。
『いえ。秘書役ではありますが……基本的にイザベラ様は何でもこなしてしまわれるので、割とする事が無いのです。お茶汲みをするか、書類の整理をするかくらいで。これもイザベラ様に仰せつかった仕事ですから』
「共同演習の話、前向きに検討して頂けて感謝しているって、改めて伝えてください」
『ええ。こちらとしても心強い限りです。よろしくお願いします。では』
 イザベラはそっと敬礼し、踵を返して去っていく。その背中を見送りながら、耿太郎はふっと息を吐き出した。
「トールと会って、ヘイシズと会って、イザベラさん達と会って……いや、本当すごい時期だったっす」
『そうして前向きに振り返れる未来に至れたことは、誇りに思いたいものだな』
 若きエースは微笑み合うと、ワープゲートの光の中へと消えた。

「フィオナさんは、杏樹が守るから、信じて欲しい……そう言ったのを、覚えていますか?」
 中央官庁では、今度は杏樹がフィオナと面会していた。リオ・ベルデに活動の拠点を移した彼女は、すっかりこの国の住人となっていた。
「これからも、約束通り、杏樹が出来る事を、頑張ります。守るための戦いも、リオ・ベルデの広報も。……戦場の歌姫として、活動していきたい、と思っています」
「……ええ。よろしくお願いします。我々は泉さんを歓迎いたしますよ」
 フィオナはそっと杏樹へ手を伸ばす。若き才英二人は、固く握手を交わすのだった。

 その一方、半ばくたびれた男女二人はバーの隅でグラスを傾けていた。
『お嬢はもう一人立ちして、俺は執事失業だ。これからは、俺も生きたいように生きる』
「そうか」
 イザベラはロックグラスを傾ける。仕事が終わり、すっかり気が抜けていた。
『まあだが、やる事は変わらん。俺もこの国とは色々縁があるしな。……だからイザベラ。俺を雇わないか? 執事兼ボディーガードとして。守の名にかけて、お前を守りたいんだ。何かを守るために戦い続ける、その姿に惚れた』
 聞いた瞬間、思わずイザベラはむせ返る。信じられないという顔で守を見た。彼はショットグラスを呷り、構わず続ける。
『返事は一生かかっても構わん。最後まで共にいられれば、それでいい』
「……趣味が悪いとは思わなかったか、貴様」
 顔をひきつらせたまま、イザベラは頬杖をつく。指でカウンターを叩きながら、彼女はぼそぼそと呟く。
「ボディーガードは間に合ってるんだが……。まあ、アイツにも同じ立場の同僚がいれば何かいい影響があるかもしれんか」
 指を止める。観念したとでも言わんばかりの顔で振り向き、その鼻先を指差した。
「いいだろう。お前の実力はよくよく分かっている。働いてくれるというなら、働いてくれ。返事は……そのうち考えよう」
『聞いたぞ、その言葉』
 第一関門は突破。守はクールに振る舞いつつ、内心でほっと胸を撫で下ろすのだった。

 その頃、藍と禮は街灯が眩しく光る夜の市街地を歩いていた。
「上手く行っただろうか」
『さぁ。どうでしょうね?』
 冗談めかしてやり取りしつつ、二人は街を見渡した。すっかり都会の様相である。
「この国も変わったな……良い雰囲気だ」
『む、スイーツの気配がします、兄さん』
 禮はくんくんと鼻を動かしながら、一つのレストランへ歩き出す。藍は溜め息をつくと、その腕を引いて支部へとUターンする。
「もう三十路なんだから我慢しなさい。帰るよ」
『ふええ……』
 平和な日常。英雄のとぼけた横顔を見ながら、この平和を守りたいと、藍は気持ちを新たにするのだった。

 終



 暮葉と久遠は仲間達から離れ、リオ・ベルデ一高いビルの屋上で、じっと耳を澄まし続けていた。
「姉様、感じますか。何かが変わりつつあるのを」
『ええ。姫様。……かの王が全き意味でこの世に帰還せしめたようですね』
 久遠は血が滲むほどに拳を固める。嘗ては天の光と表裏一体となった時もあったが、今となっては嫌悪の対象でしかない。この娘に負わせた悲しみの深さを、久遠は痛いほどに知っているのだ。
「……行きましょう。今度こそ、我らが誓約を果たすべき時です」
『全世界にいる、影俐の戦友であった者に向けて檄文を放ちました。……あの王も既に送っているとは思いますが』
「ありがとうございます。果たして、どれだけ集まって頂けるか……でも、やらねばならないのです」
 神鳥に人間の輝きを示し、「余計な世話」をしてくれたものだと言わなければならない。影俐にも言わなければならない。叔母が既に目覚めた事を。自分がこの世に生を享け、ここまで育ったことを。それを、彼らに示さなければならない。
「母様と私を置いて、一体何処をほっつき歩いているのですか!」
 彼女は吼えると、久遠の手を取り共鳴し、ビルを真っ逆さまに飛び降りていった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 蛇の王
    夜刀神 久遠aa0098hero002
    英雄|24才|女性|カオ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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