本部

アン・ラッキーバースデイ

雪虫

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 6~9人
英雄
7人 / 0~9人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/11/01 22:55

掲示板

オープニング


 ただ、娘の喜ぶ顔が、見たかっただけなのだ。

 その日、石橋亮太は妻の佐重子と娘の愛理と共に、家から車で一時間程の所にあるショッピングモールを訪れていた。今日は娘の七歳の誕生日。今日一日の休みを何としてでももぎ取るために、他の休日返上でそれこそ死ぬ気で頑張った。急に仕事の電話が入り、妻と娘をガッカリさせるような事があってはならない。その甲斐あって上司からも部下からも「気兼ねなく奥さんと娘さんのために休みを使うように」との言葉を貰い、妻と二人で娘の手を繋ぐ事が出来ている。今日の予定はおいしいと評判のクレープ屋でクレープを食べ、それから愛理が前から欲しいと言っていたクマのぬいぐるみを買いに行く。夜はレストランで愛理の好きなものを注文し、途中で観覧車に乗って家族三人で夜景を見て……
「ギギャアアアアアッ!」
 予兆など、まるでなかった。『それ』はまさに降って湧いた、突然過ぎる災厄だった。亮太にはそれが何かなど、判断する時間さえなかった。ただ亮太の頭にあったのは、愛する妻と娘を守る事だけだった。
「危ない、逃げろっ!」
 佐重子が娘と共に夫の腕に突き飛ばされた瞬間、亮太の姿は化け物の巨大な足に押し潰された。佐重子はそれから、一体どうしたのかよく覚えていない。多分娘の愛理を連れて無我夢中で逃げたのだろう。
「きょ、今日は娘の、愛理の誕生日を一緒に祝おうって……それなのに、それなのに、うう、うううっ……」
「他の客や店員は全員無事に逃げおおせる事が出来たらしい。従魔が亮太さんを踏み潰すのに集中していたためか……目標は従魔の討伐。……そして石橋亮太さんの救出だ。総員、心して任務に当たってくれ」
 石橋亮太の救出。絶望的とも言える目標を、しかしオペレーターは外す事は出来なかった。泣き崩れる佐重子とその服の裾を握り締めている七歳の幼い少女を前に、望みはないなどと言う事はあまりにも困難な事だった。


 亮太はうっすらと目を開けた。体が痛い。腕と足が妙な形に曲がっているような気がする。化け物に何度も踏み潰されたのだから当たり前か。むしろまだ生きているのが不思議なぐらいだとさえ思う。
 佐重子と愛理は無事だろうか。誕生日なのに、可哀想な事をしてしまった。夜景、見に行きたかったな。二人共、どうか、無事で……
 そして亮太は、動かなくなった。巨大な瓦礫に押し潰されたまま。瓦礫まみれのショッピングモールには、異形の怪物が震動を生み出しながら不気味に闊歩し続けていた。

解説

●目標
 従魔『ガトリングレックス』3体の討伐、及び石橋亮太の救出

●敵情報
ガトリングレックス×3
 背にガトリングを背負った恐竜型従魔。高さ6m程。二本足で歩行し、攻撃する際は体制を低くする。
・踏みつけ
 太い足を持ち上げて足元にあるものを踏み潰す。
・突進
 巨体で前方に突進する。ぶつかるとダメージを受ける他3スクエア後退する。
・ガトリングナップ
 そのラウンドで最初に行動する。背負ったガトリング銃をそのラウンドの間乱射し、広範囲・複数対象へ攻撃を行う。複数ヒットする可能性あり。一度発動すればバッドステータスやスキルなどでは阻止出来ない。乱射後は1ラウンドのクールダウンが必要である。

●救出対象
石橋亮太
 娘の誕生日を祝いに妻と共にショッピングモールを訪れ事件に巻き込まれてしまった。現在ショッピングモールの何処にいるかは不明。夫とはぐれたのは一階だと妻の佐重子から証言あり。

●マップ情報
ショッピングモール
 10×14スクエアの楕円形のショッピングモール。一階はガトリングレックスが闊歩しており、瓦礫まみれになっている。二階は吹き抜けになっており、楕円に沿うような形でテナントが入っている。テナントは服屋、おもちゃ屋、飲食店など。

リプレイ

●車中
 H.O.P.E.より出動要請を受けたリンカー達は、貸し出されたマイクロバスに揺られ目的地へと移動していた。事態は一刻を争う。そう判断した榛名 縁(aa1575)は仲間達に力説し、一同はそれに同意し、本部から借り受けた無線機を使い移動中に必要な情報を収集する事を選択したのだ。
「先程要望があったモールの見取り図は各端末に送ったから確認してくれ。他に聞きたい事はあるか」
 無線機からのオペレーターの声に、古代・新(aa0156)は仲間達に了解を取るべく一番最初に手を挙げた。皆が頷いたのを確認してから、無線機へと語り掛ける。
「石橋さんの情報が欲しい。見た目、背格好、服装、それから石橋さんの携帯の電話番号もだ。コール音が手掛かりになるかもしれない。理想としてはGPS機能による携帯位置の特定が出来れば嬉しいんだが……」
「ふむ、他には」
「石橋氏の所持品をお願いします。靴の色や形状、鞄や車の鍵、外れやすそうな服飾品とか……あとは香水を付けてたとか、どんな些細な事でもいいんです。従魔が石橋氏だけを狙ったのには、他の人とは違う何かがあったんじゃないかと思うから……」
 新に続いた縁の言葉に、無線機はしばらく沈黙した。恐らくメモか何かを取っているのだろう。
「了解した。他には」
「石橋さんが何処で襲われたかを奥様に確認出来るでしょうか?」
 クレア・マクミラン(aa1631)が無線機に語り掛け、それから仲間達の顔を見渡した。仲間達は首を横に振って質問はない事を伝え、クレアが「以上です」と締めくくる。
「奥さんから話を聞き出すのはもうしばらく掛かりそうだ。到着する頃には情報は揃っているだろうから、詳細は端末に送っておく。ただ、石橋さんが特別襲われやすいといった特徴はなさそうだ。恐らく従魔が出現した位置にたまたま石橋さんがいたのだろう。従魔や愚神は何の前触れもなく出現する事もあるからな……」
「……分かった。情報が揃い次第頼む。今足りないのは情報だ。例え瓦礫に挟まれていても、僅かでも手掛かりがあれば探せるはずだ。能力者の視覚も腕力も、救助には十分だからな」
「……ああ、そうだな。よろしく頼む」
 新の声を受け、オペレーターは一度通信を切った。やり取りを黙って聞いていた月影 飛翔(aa0224)が口を開く。
「執拗に踏み潰していたなら最後に蹴飛ばした可能性がある。俺はまずは壁際から捜索しようと思うんだが……」
「じゃあ、あたしは榛名さんと一緒に、亮太さんが襲われた辺りを探してみるよ」
 飛翔の言葉を受け、シルヴィア・ティリット(aa0184)は緊張した面持ちで自分の意見を仲間に伝えた。他の面々も自分の行動について仲間達に述べていく中、佐藤 咲雪(aa0040)は窓に頬をつけ無気力そうに外を見ていた。
「……めんどくさい」
 それは、惰性で生きている彼女の、すでに習慣化している口癖だった。基本的に面倒臭がりで、何をするにしろ一言目には「めんどくさい」。このミッションだって生活費を稼ぐための仕事でしかなく、逃げ遅れた人間の救助は愚神を殲滅するだけの単純なミッションより手間が掛かるという認識しかない。
 しかし
「家族、は、大切だから、がんばる、けど」
「咲雪の口から頑張るなんて言葉が出るのは驚きね」
 咲雪の隣に座っていたアリス(aa0040hero001)は思わず咲雪を振り返った。咲雪は気怠げにアリスを一瞥した後、再び窓の外へと視線を向ける。
「……ん、親、いない、からよくわからない、けど、居なくなるのは、さびしい?」
「そう」
 咲雪は、物心付く前に両親を失っている。故に親子という関係は知らないが、大切なモノという事はなんとなくだが理解していた。複雑な心境で窓の外を見やる咲雪とリンカー達を乗せ、バスはやがて従魔の闊歩する地と化したショッピングモールへと辿り着いた。

●救出
 つい数時間前には親子連れで賑わっていただろうショッピングモールは、瓦礫にまみれ、恐竜の姿を模した化け物が闊歩する廃墟とすでに成り果てていた。怪獣映画に関わる立場の者がこの光景を目に映したら、このロケーションをそのまま映画に使いたいと思うかもしれない。だが、これは特撮映画などではなく、今こうしている間にも命の灯が消え失せるかもしれない現実なのだ。三傘 光司(aa0154)は足場の崩落に備えるため、一階の柱の位置を正確に頭に叩きこみつつ、自分の腰に抱き着いている松葉 いそみ(aa0154hero001)に声を掛ける。
「怪獣か何かかね、いそみちゃんや」
「害獣の間違いじゃないんですかね、光司さんや」
 意図がないくせに的確な毒舌をかましつつ、いそみは光司と共鳴を果たした。リンカー達はそれぞれ瓦礫や物陰に潜みながら、3体の従魔に視線を向ける。
「それじゃあ、一丁行くとしようか」
 王 紅花(aa0218hero001)と共鳴したカトレヤ シェーン(aa0218)はいの一番に駆け出すと、外壁側に設置された屋内階段を駆け上がり、二階に辿り着くやすぐにそっと一階へと視線を向けた。パッと見には人の腕や足は見えない。だがそこから導き出される情報もある。
「パッと見て見つからないって事は、人が埋まっちまうぐらいの瓦礫に隠れているっていう事だ。そこをチェックして捜索班に知らせれば……」
「ギャアアアア!」
 手をかざして階下を探すカトレヤの耳に、獲物の姿に猛り吠える従魔の声が聞こえてきた。ガトリングレックスが体勢を低くし、背に負ったガトリングを獲物に向けた、その瞬間、同じく二階に上がった光司の放ったアサルトライフルの弾が従魔の腹に直撃し、従魔の意識はカトレヤから弾の飛んできた方向に向いた。
「よし! ……ってうおお!」
 ガトリングの銃口は確かにカトレヤからは外れたが、今度は光司の方を向き勢いよく襲い掛かった。幸いすぐに離れたため直撃こそ免れたが、少し掠ってしまったのだろう、頬からは一筋血が流れていた。
「分かってたけど俺らの銃と破壊力も連射も違うなオイ!?」
『私たちもアレくらいの銃欲しいね!』
「手に入れる前にお陀仏にならなければいいけどな!」
 一方、カトレヤから情報を受けたシルヴィア、縁、飛翔、クレアは、従魔のクールダウンを見計らってそれぞれ行動を開始していた。
『捜索が長引くほど危険よ。急がないとよね』
「一縷の望みに掛けている人がいる以上は、出来るだけのことはやらないとね」
 ヴァレリア(aa0184hero001)の言葉に頷きながら、シルヴィアは縁と共にショッピングモール内側の探索に当たっていた。現在二階では仲間達が従魔を引きつける囮として動いているが、いつ従魔達がこちらに気付くかは分からない。自分達が攻撃される可能性もあるし、そしてそれ以上に、救出対象である石橋亮太が埋まっている瓦礫を攻撃される危険性がある。シルヴィアは足音や物音を立てないよう注意しつつ、用意したペンライトで慎重に瓦礫の中を覗き込む。ヴァレリアも亮太や敵を見落とさないよう、視界の隅に意識を集中させて捜索を行っていた。
「不運なんてものじゃないよ、こんなの……」
 縁もまた探索を行いながら、胸に去来した思いを吐露せずにはいられなかった。先程オペレーターが言っていたように、亮太はたまたま従魔の出現地点にいてたまたま襲われただけなのだろう。だが、それを不運の一言で片付けるには、現実はあまりに惨過ぎる。
『しかし、まだ運命は定められた訳ではない。そうでしょう?』
 縁の嘆きに、しかしウィンクルム(aa1575hero001)は励ますように言葉を返した。起こってしまった事は変えられない、けれどこの先の運命を変えるために自分達は今ここにいる、そう、強い意志をもって。
「そうだね、掴み取りに行こう。一番幸せになれる運命を」
 縁はウィンに頷き返すと、オペレーターから届いた情報を思い出しつつ瓦礫に視線を走らせた。車の鍵でも、不自然にへこんだ場所でも何でもいい。運命を変えるための手掛かりを見つけだすために。
 救出班が亮太の捜索に当たっている中、鈴飛 梢(aa0217)もまた、物陰に身を隠しつつ、駆け足気味に二階を回りながら被害者の姿を探していた。残念ながらそれらしい場所を発見する事は出来なかったが、人が隠れてしまう程の瓦礫はない、つまり亮太が攻撃される可能性の低い場所に辿り着いた。梢は手元にあった瓦礫を拾い、それを力を込めて直線に従魔に向かって投げつける。その結果を見る前に再び身を伏せ、少し離れた場所からまた顔を出す。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ~」
 従魔が頭に当たった瓦礫と声に首を彷徨わせているさらに別方向から、咲雪と新が顔を出し、従魔に向かってそれぞれ梢と同じように瓦礫の破片を投げつけた。そして身を伏せ、従魔の注意を救助班から逸らしつつ、しかしガトリングは撃たせないよう心掛ける。
『咲雪、ガトリングの砲身回転を確認したら射線軸を視界に出すわ、軸線上に乗らないように注意して』
「……ん、了解」
「とりあえず、このままこっちに引きつけている内に……」
「見つけたぞ! 石橋さんを発見した!」
 アリス、咲雪、新の呟きを遮るように、無線機から飛翔の声が聞こえてきた。壁際を探索していた飛翔とクレアの目の前の瓦礫からは携帯の着信音が微かに聞こえ、さらに赤黒く固まった血と人間の指が隙間からわずかに覗いている。
「今瓦礫を退けるから、救助のための時間稼ぎを頼む!」
「了解、そっちは頼んだぜ」
 カトレヤは無線機に返事をしスナイパーライフルを取り出すと、飛翔とクレアに最も近いレックスへと狙いを定めた。一発放ち、従魔がこちらに気付く前に再び物陰に身を伏せる。
「うっひゃ~、モグラ叩きのモグラの気持ちがわかるな」
『我は叩く方がいいのじゃ』
「そりゃ、俺もだよ」
 紅花と軽口を叩きつつ、カトレヤは再び顔を出しスナイパーライフルの狙いを定めた。他の仲間達もそれぞれ従魔の注意を引くべく動く中、飛翔はブラッディランスを出現させ、瓦礫に差し入れ梃子の原理で持ち上げる。
「亮太さん、石橋亮太さん、私の声が聞こえますか」
 亮太の体が瓦礫の下から現れたと同時にクレアは頭側から近付き、亮太を揺らさないように注意しながら肩を叩いた。亮太は目を開けないまでも、「う……」と呻き声を上げ、とりあえず反応がある事にクレアはほっと息を吐く。
「とりあえず心肺停止ではないようだが、外傷が酷い……ケアレイ!」
 亮太の骨折を確認したクレアは回復魔法を亮太に放った。うっすらと瞼を持ち上げた亮太に、クレアは安心させようと微笑み掛ける。
「お目覚めですね。大丈夫、幸運な事にあなたは生きています。娘さんへの最高の誕生日プレゼントになるでしょう」
「よし、そうと決まればさっさとここから……」
「グギャアアアア!」
 飛翔の声を遮るように、ガトリングレックスの一体がクレア達を発見しその銃口を敵へと向けた。ガトリングレックスが体勢を低くし、砲身が回転する直前で、光司の放ったトリオが従魔の腹にぶち当たる。
「リーサルダーク!」
 光司に続いてシルヴィアが、クレア達を狙ったレックスに対し魔力の闇を打ち放った。呪いに取り憑かれ、ふらついた従魔の視界をすり抜け、新が二階から身を乗り出し亮太にリンクバリアを放つ。
「今だ、行け!」
「頑張れ、娘の誕生日を悲しい思い出だけで終わらせるなよ!」
 飛翔は亮太を励ましつつクレアと共に肩に担ぐと、従魔達と仲間に背を向け入口へと走っていった。入口を潜り抜けるとここまでリンカー達を連れてきたH.O.P.Eの職員が、三人の姿を認め駆け寄りつつ敬礼する。
「この方は我々が病院まで送り届けます。あなた方は引き続き従魔の討伐を」
「分かった、彼をよろしく頼む」
 クレアも衛生兵らしく毅然と職員に敬礼を返し、そして無線機で亮太の無事を仲間に知らせた。とりあえず一難去ったが、まだ一難残っている。飛翔とクレアは仲間達に加勢すべく、再びショッピングモールの中へと勢いよく駆けていった。

●戦闘
 従魔や愚神が一体何処から来るのか、そしていつ現れるのか、それを正確に説明する事も、把握する事も難しい。その脅威を少しでも減らすべくH.O.P.E.ではプリセンサーと呼ばれる能力者を配置し、ライヴスの異常を感知する事でいち早く対応に当たろうとしている。
 しかし、それでも感知出来る事件は一部に限られ、ある日突然災厄に見舞われる事も少なくない。それでも、少しでも被害を食い止めるべくエージェント達は戦うのだ。
 亮太救出の知らせを無線機から受け取った新は、その場にスッと立ち上がり愛用の武器を軽く振るった。そして、眼下にいる従魔達から隠れる事なく、むしろ自分の存在を誇示するように凛々しく声を張り上げる。
「俺の名前は古代・新! 世界を旅する高校生冒険家見習い! 動く恐竜型とか全世界の男の子の夢ぶち壊しやがってこの野郎! ああもうそれ自体で有罪だコンチクショウ! とっととあっちの世界に逝きやがれ!」
(滅茶苦茶私怨……じゃない、本当の理由を隠してますね)
 新と共鳴しているレイミア(aa0156hero001)は、新にさえ語り掛ける事なく胸の内だけで呟いた。恐らく、真正面から行動する事を好み、隠れてこそこそ動く事を苦手とする正直な相棒は、今本音をレイミアに指摘される事を快くは思わないだろう。だから、レイミアはあえて黙った。そして胸の内で呟いた。「私も『家族の日常を奪った事』は許せない」と。レイミアの力と意思をその身に宿した新は、従魔達を殲滅すべく二階のテラスから躍り出る。
「ギャアアアアッ!」
 完全にその身を晒した新に対し、三体の従魔は一斉にその背に負った砲身を向けた。その内の一匹の頭にカトレヤの放った弾が当たり、さらにもう一匹の目に光司の放ったストライクが命中する。
『フッフッ、攻守交代じゃな』
「いや、俺らはこのまま対応するぞ」
『なっ!』
「最後に、叩かしてやるよ」
 カトレヤは不敵に笑い、さらに従魔に狙いを定めた。二人の狙撃に敵が気を取られている隙に、新と同じく一階に降りた梢が、光司に目を射抜かれたレックスへと肉薄する。すれ違い様にその鱗状の足へと剣を振るい、そしてレックスの前足膝部分から緑色の血が噴き上がった。そのまま円を描き、後ろ足も狙おうとした梢に向かい、別のガトリングレックスが銃口を向ける。
「ギギャアアアッ!」
 しかし、梢に向けられたガトリングが発射される事はなかった。咲雪の放った毒刃がガトリングレックスの身を冒し、従魔は肉体の異常を示すアラートとしての雄叫びを上げた。その隙に梢が先程攻撃したレックスの後ろ足も切り付け、ガトリングレックスの巨体は左側へとわずかに傾ぐ。
「……ん、弓は、使いにくい」
 咲雪は年不相応に豊かな胸に疲れたように肩を回し、フェイルノートで毒矢を放った従魔へと視線を向けた。足を切られた従魔、毒に冒された従魔、この好機を逃さずにシルヴィアが魔法を放つ。
「ブルームフレア!」
 瞬間、ライヴスの炎が二匹の従魔を飲み込み勢いよく燃え盛った。光司に目を射抜かれ、梢に足を切られたガトリングレックスは炎の中で灰と化す。しかし、毒に冒されている方はまだ余力があるらしく、炎の中から体勢を低くしシルヴィアに突進しようとする。
「させないよ!」
 後衛への突進を警戒していた縁が、突進のために体勢を低くした従魔の前へと踏み込んだ。新たな敵に気付いたレックスは、縁を踏み付けようと巨大な足を持ち上げる。しかし、それを予測していた縁はフラメアを縦に構え、足が落ちてくるタイミングに合わせて槍を勢いよく突き刺した。
「ギャアアアア!」
 もう一匹残っていたレックスは、悲鳴を上げた「仲間」を助けるべく銃口を縁に向けようとしたが、戦場へと戻った飛翔とクレアが、従魔を翻弄するべくその足元へと駆け出した。新たな敵の出現に混乱を来たしたレックスを尻目に、新がシルフィードで横薙ぎに、毒に冒されたレックスにライヴスブローを叩き込む。
「よし、あと一匹!」
「ギ……ギ、ギギャアアアッ!」
 追い詰められた最後の一匹は、狙いを定める事もなく背に負ったガトリングを乱射した。飛翔とクレアは咄嗟に瓦礫の影に潜み、その隙に光司はレックスの腹を狙いアサルトライフルの弾を放った。腹を撃たれた事に従魔の意識が逸れた所で、駆け出した飛翔とクレアが左右からそれぞれ足を攻撃する。
「ギャアアアッ!」
「一丁いくぞ!」
「迷惑掛けやがって」
 従魔が吠えながら瓦礫に膝を着いたと同時に、梢がジャンプしてコンユンクシオを、カトレヤが二階から落ちつつフルンティングを、同時にガトリングレックスの脳天へと叩き込んだ。重みに潰れ逝く従魔に、紅花が呟く。
『天誅じゃ』
 そして最後のガトリングレックスも、灰と化して瓦礫の中へと音も無く崩れていった。

●ハッピーバースデイ
「一先ず、任務終了の報告をしておきましょうか」
 クレアは仲間達に確認を取った後、無線機のスイッチを入れた。戦場では状況は刻々と変化する。どんな些細な事であろうと、報告出来るなら即時報告。それが、衛生兵として永らく戦場に立ち続けたクレアの常識でもあった。
「こちら、クレア・マクラミン。従魔の討伐、及び石橋亮太さんの救出完了致しました」
「ああ、石橋亮太さんの無事は病院から連絡をもらっている。それで、彼からお礼の電話を頂いたんだ。と言っても録音だが、意識を失う前にどうしても君達にお礼が言いたかったそうだ。今聞くか? それとも、こちらに戻ってきてから聞くか?」
 クレアは仲間達へと視線を移し全員の意志を確認した。今ここで聞く旨を伝え、そして音量を上げた無線機からは、わずかにノイズの入った男性の声が聞こえてきた。
『リンカーの皆さん、助けて下さって本当にありがとうございました。皆さん全員の姿を見る事は叶いませんでしたが、あなた達のおかげで、また家族で過ごす事が出来ます。本当にありがとう……』
『りんかーのみなさん!』
 突然、男性の声に被さるように、少女の声が聞こえてきた。距離が掴みきれていないのか、ややくぐもった聞き辛い声で、少女は一生懸命に叫ぶ。
『お父さんを返してくれて、本当にありがとうございました! 一番のたんじょうびプレゼントです! 本当に本当にありがとう!』
 プチッという音が、無線機の向こうから聞こえてきた。続いてオペレーターがリンカー達に声を掛ける。
「だ、そうだ。私からも礼を言わせてくれ。希望を繋いでくれてありがとう。もう少しでバスが到着するはずだ。気を付けて戻ってきて欲しい」
 そして、無線機は沈黙した。腕を組んで聞いていた飛翔が、口元に笑みを浮かべて呟く。
「俺達が繋いだ希望……か。いや、それ以上に、家族の絆が生んだ奇跡って言ってもいいだろうな」
「どんなに美味しいお料理よりも、可愛いぬいぐるみよりも、大好きなお父さんの元気な姿こそがきっといちばんの贈り物になったと思うな……」
 呟く縁の頬を、涙が一筋伝っていった。亮太と娘の愛理の言葉に、今は亡き両親の姿が縁の脳裏に思い浮かんだ。ウィンは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、縁の涙を指で拭う。縁はウィンを見上げると、「ん、ありがと」と言いながらくしゃりと微笑みを返して見せた。
「で、咲雪はどうなの?」
 アリスは口を開きつつ、「めんどくさい」が口癖の相棒の顔を覗き込んだ。手のかかる妹のような相棒は、常日頃の眠たげな目で気怠そうに立っている。
「……ん、やっと終わったって、感じ……めんどくさい、ミッションだった……」
「もう、またそういう事言って」
「でも……良かったとは……思う……」
 その言葉に、アリスは目を丸くした。何が具体的に「良かった」かまでは言わないが、その言葉が出る事自体が咲雪にとっては珍しい事だった。
「そう」
 アリスは、それだけ呟いた。そっけなく、けれど何処か嬉しそうに。この無気力な少女が「良かった」と思えるような事が、今後も増えていけばいいと心密かに願いながら。
「これが、愚神達との戦いの一端……」
「正確には従魔との戦い、だけどね」
 一方、共鳴を解いた光司はいそみを肩車しながら、廃墟と化したショッピングモールの写真をパシャりと撮っていた。傍から見れば和装の少女を肩車しながら写真を撮る赤いアロハシャツの男……胡散臭い事この上なく、ロリコン疑惑を掛けられたとしても無理からぬ事なのかもしれない。
 しかしこのいそみという少女の姿の英雄は、何故か90kgは超えているだろう異常な重さの持ち主なのだ。そんないそみを共鳴もせずに肩車して写真を撮っている光司は、人知れず意外な所でその猛者ぶりを披露していた。
「我にも、あんな家族がいたのかのう」
 心なしか寂しそうに呟いた紅花の言葉に、カトレヤは眼帯をしていない左眼を相棒の方へと向けた。普段は尊大な態度の紅花だが、己の名前以外全ての記憶を失ってしまった彼女の立ち振る舞いは見た目よりずっと幼いものだ。カトレヤは少しため息を吐き、長身の自分よりさらに背の高い傾奇者の御嬢を見上げる。
「何処か、パーラーにでも寄って帰るか」
「大盛りじゃぞ」
「パーラーかあ、あたしの今日の夕食は牡丹鍋だよ~」
 カトレヤと紅花の話を聞いていた梢が食事ネタに乗り出してきた。さらにそれを聞きつけたシルヴィアとヴァレリアも割り込んでくる。
「そう言えばお腹空いてるかも……あたしは、あたしは……ヴァレ姉! 今日のご飯は何にしよう!」
「そうねえ、バスの中で考えましょうか」
「ごはんと聞いたら私も黙っていられません! 今日のごはんは何ですか?」
 くりっとした瞳で自分に視線を向けてきたレイミアに、新は右手で頬を掻いた。このレイミアという少女、お嬢様的な雰囲気を裏切って大食漢だったりするのである。だが、自分の作るものを幸せそうに食べてくれる相棒の願いを断る理由は新にはない。
「何を食べたいか考えておけよ」
「バスが来たみたいだよ」
 梢の言葉に、一同は一度H.O.P.E.に戻るべくバスに向かって歩き出した。その最中、リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)がAEDを携えているクレアへと声を掛ける。
「それ、使いませんでしたね」
 クレアが持っているAEDは、亮太が心肺停止状態になっていた場合を想定し、H.O.P.E.から借り受けたものだった。使う事のなかったそれに、しかしクレアは胸を張る。
「一応持ってはきたけれど、でも、使うような事態じゃなくて良かったよ。もしこれを使うような事態だったら、あの子は意識の戻らない父親と誕生日を過ごす事になっていたかもしれない。救うべき人間が無事だった。それは人を救うべき衛生兵として何より喜ばしい事じゃないか」 
「……そうね。とりあえず、お疲れクレアちゃん」
「お疲れ、ドクター」
 そして二人は笑みを交わしてバスに乗り込み、バスはリンカー達を乗せH.O.P.E.へと走っていった。こうしてまた日常が始まる。特別な記念日ではないかもしれない、しかし命を懸けて守るべき日常が。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 魅惑のパイスラ
    佐藤 咲雪aa0040
    機械|15才|女性|回避
  • 貴腐人
    アリスaa0040hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • シャークハンター
    三傘 光司aa0154
    人間|21才|男性|命中
  • トーチャー
    松葉 いそみaa0154hero001
    英雄|12才|女性|ジャ
  • 再生者を滅する者
    古代・新aa0156
    人間|18才|男性|攻撃
  • エージェント
    レイミアaa0156hero001
    英雄|16才|女性|ブレ
  • エージェント
    シルヴィア・ティリットaa0184
    人間|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    ヴァレリアaa0184hero001
    英雄|19才|女性|ソフィ
  • エージェント
    鈴飛 梢aa0217
    人間|15才|女性|攻撃



  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃



  • 水鏡
    榛名 縁aa1575
    人間|20才|男性|生命
  • エージェント
    ウィンクルムaa1575hero001
    英雄|28才|男性|バト
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
前に戻る
ページトップへ戻る