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ありふれた戦い・再
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いつも通りの戦いを!
最終発言2019/02/26 17:53:00 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2019/02/23 21:09:42
オープニング
●某日
「王を倒したら少しはゆっくりできるかと思ったけれど、そうもいかなかったねぇ」
と、H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットは君達に肩を竦ませながら微笑んだ。
大規模作戦後ぐらいゆっくりできればよかったのだが――引き続き、H.O.P.E.は忙しさに包まれていた。急接近する数多の異世界、世界の亀裂と、新たな脅威イントルージョナーの出現。勝ち取った未来は、まだまだ騒がしいようである。
そして、エージェントの中で最も忙しいのがこのジャスティン・バートレットという男である。今日も今日とて世間に向けてのあれやこれやがあったのだ。
君達が彼に同行しているのは、護衛はもちろんそうだが、激戦を戦い抜いてくれた者達が実際にいる方がH.O.P.E.としての“説得力”が上がるからだ。同時に、エージェントと英雄は強いけれど人間なのだというアピールもある。
そんな訳で会長の仕事の一つも滞りなく終わり、君達は彼と共に大きなビルの立派なホールから外に出て……冒頭に戻る、というワケなのである。
周囲の風景は、いかにもハイソサエティな……といった趣だ。一張羅のスーツを着た者らが、生真面目な足音と刻んでいる。ありふれた都会の風景。春の近い、先月よりは少し暖かくなった気がする風が、街路樹の枝を揺らした。
さてと、と会長が君達を見渡す。
「後はH.O.P.E.東京海上支部に戻って――」
「ジャスティン、非常事態だ」
会長の声を遮ったのは、彼の第一英雄アマデウス・ヴィシャスだ。
「……このすぐ近くにイントルージョナーが発生する、とプリセンサーからの連絡が。詳細な場所と時間は――」
英雄の報告に、ジャスティンは眉根を寄せた。
今からエージェントを出動させては初動が遅れる。初動が遅れれば被害が出る。そしてここには戦える者がちょうど一定数。ならばどうすれば一番合理的か――会長の判断は早かった。
「諸君、出撃だ。今この場において、この事態に立ち向かえるのは我々だ」
「……ジャスティン、お前も行くのか?」
「そうだね。これでもH.O.P.E.のリンカーなんだから。それに、適度な運動だって大切さ!」
●とある、
ありふれた日。
ありふれた戦い。
状況はシンプル。現れたイントルージョナーを撃退せよ。一般人避難済。戦闘専念可能。異世界の穴も既に閉じている。
王が倒され、従魔や愚神の脅威がなくなりつつある中、イントルージョナーとの戦いは次世代の日常とでも呼ぶべきか。
無人の交差点に、巨大な怪物。
立ち向かうのは、たった数人。
英雄と結んだ誓約、そして絆によって共鳴を果たした君達は、手に手に武器を構えることだろう。
世界を救い、戦い抜いた武器であり、鍛え抜かれた絆である。
護り抜いた未来――それをこれからも護っていくために、今君達はここにいる。
「さぁ行こう『正義の味方』諸君――」
共鳴によって若き日の姿になったジャスティンが、兜の影から微笑んだ。その姿はアマデウスがまとう騎士鎧。手には騎士槍と大盾を構え、君達と足並みを揃える。そして彼は、彼方を見やった。
「――今日も、世界の明日を護る為に!」
解説
●目標
イントルージョナーの討伐
●登場
イントルージョナー『キマイラ』
像ほどの大きさがある、三つ首の怪物。獅子頭、山羊頭、龍頭、獅子体、鷲翼、蛇尾。
飛行能力はあるが、基本的に地上で戦闘行為を行う。
メインアクションを四回行うことができる。獅子頭、山羊頭、龍頭、蛇尾が部位破壊されるごとに、追加行動可能数は減る。
能力はバランス型。突出した点もないが、脆弱な部分もない。
尤も、戦闘力自体はデクリオ級従魔以下程度である。
・獅子頭
噛み付きによる物理攻撃に優れる。
・山羊頭
魔法による回復や、防御スキルなどを展開する支援型。
・龍頭
噛みつきによる物理攻撃、火焔ブレスによる直線魔法攻撃を行う。
硬い鱗を有する。
・蛇尾
長いリーチの噛みつき物理攻撃。命中対象に減退2を付与する。
細くしなるので攻撃を当て辛い。
ジャスティン・バートレット
味方。アマデウスと共鳴中。
防御適正×ブレイブナイト。立場相応に強く、戦局判断能力も高い。
主に防御行動によってPC達の支援を行う。
PCからの指示や作戦があれば柔軟に対応する。
●状況
某町、日中。
広い交差点。所々に乗り捨てられた車がある。
一般人避難済。迷い込む・逃げ遅れナシ。戦闘専念可能。
建物への侵入は許可されているが、物的被害ができるだけ発生しないことが望ましい。
イントルージョナーと相対したところからリプレイ開始。事前準備や罠の設置などは不可能。
リプレイ
●非日常的日常 01
状況は、いつになく理想的であった。
「どこかの誰かの未来の為に、ってな」
『……ん、“正義の味方”……だから、ね』
いつものように共鳴。麻生 遊夜(aa0452)はユフォアリーヤ(aa0452hero001)とライヴスを通じて言葉を交わす。
「ここまで来たら物的被害も出来る限りゼロでいきたいもんだが……」
『……ん、頑張ろう……ジャスティンも、見てるし』
後衛に位置する二人の目に映るのは、共鳴状態のジャスティン会長の背中だ。くつりと笑むユフォアリーヤは、いつになく張り切っていた。
「忙しいのはアイドルの宿命……商売繁盛ってことだよね☆」
張り切っているのはEzra(aa4913hero001)と共鳴したプリンセス☆エデン(aa4913)も同じく。
「会長が守ってくれてる間に、あたしはどんどん攻撃に専念しちゃうよ! よろしく!」
「ソフィスビショップの制圧力は頼もしいからねぇ。こちらこそ、よろしく」
少し振り返るジャスティン――共鳴によって若き日の顔だ――がエデンに笑んだ。
「会長の戦いっぷり、見せて貰います!」
会長の隣にはメリッサ インガルズ(aa1049hero001)と共鳴した荒木 拓海(aa1049)。並び戦える機会が嬉しい、大先輩から学べるチャンスだ。覚えられることは次に伝えなければならない。
次の為、という点においては、辺是 落児(aa0281)と共鳴した構築の魔女(aa0281hero001)も同様だ。愚神の『王』も滅び、英雄も愚神も従魔も過去に消える運命なれど。
「さて、次世代の為にも、情報収集含めしっかりと戦いましょうか」
「王はいなくなったけど、新たな敵が発生するようになったね」
「まさに“俺たちの戦いはこれからだ!”ってやつか?」
アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)の言葉に、マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)は明後日の方にダッシュするような仕草でおどけてみせる。「マンガの読み過ぎ」とアンジェリカは肩を竦めた。
「敵を目の前ににして馬鹿なことやってないでよ。いくよ!」
「はいよ」
言葉の終わりには共鳴を――宝玉剣グランドールを構える。
視線の先には識別名キマイラ。
異世界からの怪物が、一同へ暴力的な殺気を向けている。
「あれが、異世界からの……」
共鳴状態の魂置 薙(aa1688)が目を細める。
「ふむ、キメラ……いや、キメイラだったか?」
『……ん、合成獣……ファンタジーの定番、だね』
「元は聖獣らしいが、あちらでも怪物扱いなんかねぇ」
そう言ったのは遊夜達だ。構築の魔女も興味深げに見上げている。
「しかし、巨大ですね。攻撃範囲には十分注意いたしましょう」
一方、ライヴスを通じて、エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)は薙に警戒を促す。
『頭が三つ。……尾もあるか。毒持ちやもしれん。気を付けよ』
「すぐに終わらせるよ、エルル」
『無論じゃ。早く皆に平穏を戻してやらんとな』
『“いんとるうじょなあ”、か』
ナラカ(aa0098hero001)は八朔 カゲリ(aa0098)のライヴス内より、状況を視界に収めていた。
なんでもアレは、リンカーでなくとも倒せる存在であるらしい。尤もその異能性から、対応はH.O.P.E.の管轄だが――それも今だけだろうとナラカは予測する。いずれH.O.P.E.の重要度は下がり、H.O.P.E.なくとも人類は闖入者問題を解決できる日が来るだろう。
『――“ほおぷ”が不要になる日は必ず訪れる。否、そうでなくてはならない』
そんな呟きを、カゲリは黙したまま聞いていた。語ることはない。敵ならば討つ。知性通わぬ相手ならば駆除と表するべきだろうか。『正義の味方』などではない己は、粛々と掴むべき勝利を掴むのみだ。
(サムライでありたい。誰かを救う刃でありたい)
不知火あけび(aa4519hero001)の気持ちは、いつだって、どこでだって変わらない。
『人々を日常を守るのがヒーローだから――そうだよね、仙寿?』
その言葉に、日暮仙寿(aa4519)は一つの笑みで応えた。手には椿の短剣。心は据えている。刺客の業を使うことも躊躇わない。なれど、濁を握り込み清の刃を振るう剣客なり。
――幻想怪獣の多重の咆哮が町に響いた。
H.O.P.E.エージェントとしての、当たり前のような非日常が幕を開ける。
●非日常的日常 02
まさに一陣の風。
誰よりも速くキマイラとの間合いを詰めたのは仙寿だ。
霊力の翼を翻せば、真白の羽根が百花繚乱のごとく千々に舞う。それはキマイラの視界を翻弄しつつ、その体を鋭い羽先で切り裂いてゆく。
敵の数は一、なれど範囲攻撃を行使すれば全ての部位にダメージが入った。
「視野が広く、どの方向からの攻撃にも対応できそうですが……それならば攪乱するのみです」
白羽根に紛れ、構築の魔女はガンホルダーより二丁拳銃Pride of foolsを抜きながらキマイラへと迫る。緋色のドレスを翻しながら――研ぎ澄ませる精神。脅威の動体視力と集中力によって、すれ違いざまに三発。翼骨へ、蛇尾の眉間へ、龍頭の瞳へ。
「ま、何にせよこっち来て暴れるってんなら……」
『……ん、やることは一つ』
神速の銃声を聴きながら、遊夜は既に射撃姿勢だった。手にはライヴスアサルトライフルDF72「ピースメイカー」。狼の赤き瞳は既に狙いを定めていた。
「最大火力だ、存分に喰らえや」
『……ん、絶対に……外さない、よ』
牛の目を射抜く(ブルズアイ)、その名に相応しき命中精度。放たれた弾丸は山羊の頭を確実に撃ち抜く。
精密性が要求される部位狙い、なれど超精度のジャックポット達の前では的も同然だ。
流石――と舌を巻きつつ、雷斧ウコンバサラを構え地を蹴るのは拓海だ。
「今までの敵と比べれば……」
『簡単とか言ったらシメるわよ……』
「いやいや、気は抜かないっ……」
ライヴス内でメリッサに叱られつつも、彼は霊力を込めて雷斧をひとふるい。キマイラの真正面より、眩い雷光に似た斬撃を飛ばす。
怪物がうめき声をあげた。それからいっそう、その凶暴性を露わにする。
移動を放棄し翻弄から立ち直るや否や、山羊の頭が何か呪文を紡げば、キマイラの傷が修復されていく。
その間に獅子の頭が狙うのは一番に攻撃を加えてきた仙寿、龍の頭が狙うのは正面の拓海、蛇の尾が狙うのは傍にいる構築の魔女である。
――獅子の牙は空を噛んだ。艶やかに舞う羽先すら捉えられない。
――龍の火焔は真っ向から受けられて、大した傷すら作れなかった。
――蛇の毒牙も魔女に一つ笑われたのみ、かすることすらできなくて。
「流石だねぇ!」
ジャスティンは彼らに称賛を送りつつ、騎士槍で山羊頭を攻撃した。
「よーし、あたしだって負けないんだから!」
声を弾ませたのはエデンだ。極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』を手に、魔法少女はキラキラ輝きながらピッと指先を掲げた。
「まとめて、いっくよー!」
途端、キマイラを包んだのは火焔の華だ。全ての部位を一気に、文字通りの大火力で焼く。
然らばとそこに上塗りされるのは、カゲリが放つ黒焔である。鎖匣レーギャルンより放たれる天剣「十二光」、それは浄化の王が示す究極の一。
「――」
そもそも会話のできぬ相手、ならば言葉を紡ぐ必要もなかろう。そして慈悲をかけるつもりもない。己は脅威の敵だ。カゲリは沈黙のまま、次手に備えて納刀する。狙うは胴だ。頭部は数多あれど、その根は胴。根を潰せば仕舞いである。
『……脆いな』
イントルージョナーに対し、ナラカはそう感想を呟いた。従魔よりも弱い。天剣解放など使うまでもなし。錆びた剣なれど、カゲリの黒き焔を宿せば十二分。
すぐにでも決着は付くだろう。ナラカはそう思いながら、見守り続ける――子らへの期待は常のようにあるけれど、それも無聊の慰めでしかなく。
「ボク達は前に出て攻め立てるから、会長さん、支援お願いね!」
アンジェリカは会長にそう声を張りつつ、キマイラへと踏み込んだ。
「こいつら、頭がそれぞれ別々に動くんだよね。気持ち悪!」
など眉根を寄せつつも、躊躇はしない。敵の動きを予測した剣閃は電光石火、山羊頭を鋭く斬り付け、集中力を掻き乱す。
連弾のように雷斧ウコンバサラで追撃を叩き込んだのは薙だ。集中狙いに、山羊の頭がひしゃげて沈黙する。
(翼がある。飛ぶのかも? 建物の方に行かないように……)
懸念は尽きない。戦いとは何が起きてもおかしくない場所であることを、薙は既に知っている。
『薙は攻撃に専念せよ。遠距離ならば信の置けるジャックポットが二人もおる。拓海殿も何かと手札が多い、臨機応変は任せよう』
彼の冷静さを保つために、エルがライヴスを通じて言葉を尽くす。優秀なシャドウルーカーもいる、周りは音に聞こえた猛者ばかり。何よりこの場には会長もいる。
『相手は未知なれど、これだけ揃えば万事杞憂だ。――薙は薙の為すべきことに全力で当たるが良い』
「了解!」
『……ん、これで、あっちの回復はなくなった』
「プリセンサーも言ってたが、従魔よりも弱いな。ま、油断はせんが」
ユフォアリーヤと遊夜が言葉を交わす。相手は多彩な手札を持つが、その脅威度はこれまで各人が戦ってきた愚神や従魔よりうんと低い。
『……ん、だったらまとめて、すぐ済ませよう』
「短期決戦、一番合理的だ」
手には大型リボルバー、アルター・カラバン.44マグナム。
その刹那だった。超常すらも超越せしめる神速の早撃ち連射が、銃弾の嵐が、キマイラを襲う。全ての頭に、手足に翼に胴に尾に。大口径に見合った反動すらものとせず、想像を絶する精密さで一つ一つ撃ち抜いていく。
立て続け、銃声はやまない。アスファルトの上、まるで舞踏のようにステップを踏みながら、構築の魔女が差し向ける銃口からは、文字通り“魔弾”めいた精度の弾丸がキマイラの翼の根元を砕いていく。
「巨体と重量は勢いが付けばそれだけで脅威ですから、飛ばせるわけにはいきませんね。……もちろん、飛んで逃がすわけにもいかないので」
キマイラの動きはまさに動物的だ。そこに知性はない。逃走の考えはないようで、ただただ破壊に荒れ狂う。
その衝動に任せた単調な動きは、目の前にいる仙寿、構築の魔女に翻弄され、拓海と会長の堅牢さに成す術もない。
――悪意がないことは分かっている。
だが共存が不可能ならば、致し方ない。
「迷い込んだけだろうに……すまない……せめて苦しまず」
拓海はそう呟いて、雷の斧を力の限り振り被った。疾風怒濤の連撃が、龍の頭をズタズタに引き裂く。
「この世界にやってきたのが運の尽きだね!」
さながら返す刃、アンジェリカが刃を轟と揮えば宝玉の軌跡。怒涛の乱舞は豪快でいて、絹のように繊細で。アンジェリカの天性のセンスは的確に切り裂くべき弱点を狙い、切り裂いていた。剣技を以て、キマイラを跪かせる。
エデンは今一度の火焔を咲かせつつ――ふと思う。
己はこれからも歌って踊れて戦える、可愛いアイドルエージェントを続けていくことを決めて。エズラとは、戦いのパートナーとして、アイドルユニットとして、兄として家族として、傍にいて貰うことを約束した。
(そういえばもう一人ともお話しないとな~)
第二英雄のことを思い出しつつ。
「世の中は、あたしみたいな可愛い戦えるアイドルを欲しているから、あたしは戦い続ける!」
絶対的な自信、迷いなし。
(ここにいる人たちも、戦い続けることを選んだのかな?)
王はなく、いずれ愚神は絶滅するだろう。
(そうしたら、薙は……)
もう戦わなくて済むと、エルは思っていた。
戦いがなくなれば、奪われていた日常に戻れるかもしれない。学校に通って、友達と遊んで、戦いのない日々を謳歌できる。
だが、薙にとってはもう、戦うことが日常になっていた。
復讐ではなく、今は守る為に戦うのだから良いのだが……少しだけ複雑だ。
(けれど。薙がそれを望むなら、私は誓約の通り――【力を貸そう】)
絆を通じてライヴスを送る。
薙の一閃が、キマイラへと揮われる。
『斬るも忍ぶもお任せを! ってね!』
「そろそろ終いだ」
猛攻は止まぬ。仙寿はそれに紛れて潜伏し――小烏丸による必殺の一突を、蛇の眉間へと突き立てた。暗殺術、なれど誇りあるがゆえ恥じるところなど一切なし。
残るは獅子の頭のみだ。半死半生の怪物へ、カゲリは居合姿勢で狙いを定める。
抜刀され放たれるのは黒い炎だ――それはナラカとの絆の力の数だけ編まれた、絶殺の火焔。
――炎に巻かれ、キマイラの断末魔は途絶える。
●非日常的日常 03
完勝、完封、ストレート勝ちだ。
銘々がキマイラの動きを阻害するように立ち回ったこと、なにより早々に決着を付けたために、物的被害は限りなく少ない。まあガードレールや標識がちょっとひしゃげていたりするが、これは到着前には既にこうなっていたので、不可抗力である。
戦いが終わったならば、剣を収めるのみ。カゲリは納刀と同時に共鳴を解除した。ふわり、傍らにナラカが降り立つ。
「平和は尊いな」
見渡した静寂、取り戻された平穏にナラカはそう言った。だがその言葉に含まれた意味を、カゲリは察していた。
平和こそ、人の魂を受動に肥えた豚に変える。
護られることを当然とし、その権利を主張し、不利益を被ればいかなる批判も厭わない。飽和に重なる飽和を求める貪食者。無間地獄に落ちた畜生。
もちろん、そういった堕落に抗う輝きを“子ら”が持っていることは信じているし、それを疑いはしない。
だがしかし――『王』ですら直面したように、人間とは欲の前では酷く弱い。善悪の天秤は放っておけば悪の方へと傾いていく……それは人の本質だ。
……もし、いつか、掴み取った“存在証明”を“当然のこと”と、全ての子らが思ってしまったのならば。
その時、ナラカは試練を下すだろう。
だからこそ――今は。この目に確かに、焼き付けておこう。今という存在を。
「これからは、こんなのがどんどんやってくるのかなぁ」
アンジェリカは共鳴を説きながら、倒れて動かなくなったキマイラを見やった。「そうだろうな」とマルコが答える。
「嫌ならリンカーを引退するか? お前の一番の目標は、世界の歌姫になることだろう? それに専念するのもいいかと思うぞ」
「甘いね……マルコさん」
ちっちっちっ。アンジェリカは指を振り、得意気に胸を張った。
「ボクの目標は歌って踊って”戦える”歌姫だよ。それにまだまだ知名度を上げないとといけないからね」
「――なら、俺も付き合わねばならんか。何しろ一番傍でお前の歌を聞くという契約だからな」
「そういうこと!」
ニッ、と笑みを交わした。
「「これからもよろしく、相棒!」」
声を重ねて、拳を合わせた。
「世界は変わりましたね。二度の変革を超えた気分というのはいかがでしょうか?」
構築の魔女は――イントルージョナーの意外な脆さに驚きつつ――共鳴を解除したジャスティンへ問うた。
「いやぁ……事実は小説よりもなんとやら、という気持ちだよ。でも、これまでたくさん“大変なこと”を乗り越えて来たんだ。これからも、うまくやっていけるさ」
「……なるほど、応援させて頂きますね」
その言葉を、構築の魔女は“生きてきた軌跡”として確かに記憶する。
「私個人としては、“英雄”の役目は終わったかと思っておりまして……少しばかり“人間”として生きてみようかなと……こちらに来て三年、この世界の人間に望まれ、不思議なことに王にすら望まれていた“英雄”の使命は十分に果たしたかと思いまして」
いつも通りの雰囲気で、その物言いは楽し気に――そして感慨深げに、浮かべた笑みは悪戯気に。
「普通の報酬は頂いておりますが……それに足して、ちょっとくらいのワガママなら許していただけるでしょう?」
「もちろんだとも。生きたいように生きるのは、人間の特権だからねぇ」
ジャスティンは快活に笑んだ。
と、そこへ「会長……!」と満面の笑顔を浮かべて尻尾をぐるぐる回して、やってきたのはユフォアリーヤである。
「……ん、どうだった? ……ボク頑張った、嬉しい?」
「見ていたとも、流石の手腕だね! 今回もお疲れ様だよ」
褒められるとムフーと誇らし気なユフォアリーヤである。
そんな妻の表情を穏やかに眺めつつ、遊夜はチラとキマイラの亡骸を見る。
(今回みたいに、被害が出にくい敵ばかりなら良いんだがね……)
とはいえ。その被害が出ないように頑張るのがH.O.P.E.エージェントなのだ。
「……ま、皆が笑顔でいられるよう今後も気張るとしようかね」
「そういや会長の後任って、やっぱ娘さんなのかなー?」
会長と皆のやりとりを眺めつつ、エデンはアマデウスに尋ねた。
「ああ、その点についてだがな。H.O.P.E.は世襲制にはしない、というのがジャスティンの意見だ。尤も、これから数年、テレサがH.O.P.E.会長に相応しい人材になればまた変わって来るだろうが」
娘だから会長に、ということはしないとアマデウスは語った。実力を見て次の会長を決めるとのことである。「ふーん」とエデンは頷いた。
「次期会長かぁ……でもあたしはアイドル一本で頑張っていくしな……もしあたしが候補にあがってたら、ごめんね! エヘ!」
「何を言ってるんだお前は」
「むふふー。ねえ、会長って、娘さんとはプライベートで一緒にゴハン行ったり飲みに行ったりするのかなー?」
「ああ……時折は。ここ最近は多忙でそれも叶わなかったがな」
「アマデウスさんは今後はどうするのか会長と語り合ったの~?」
「私か? ……私はずっと、ジャスティンの傍にいるさ。私の相棒は、後にも先にも彼一人だと決めている」
その横顔は誇らし気だった。会長が天寿を全うする時、彼もまた運命を共にするだろうことをほのめかす。
「ふぅン……ねえねえ、アマデウスさんって、戦い以外に趣味とかあるの?」
「……料理など好きだが」
「え、意外。ねえねえもし良かったら今度あたしのライブ来てよ、チケットサービスしちゃうし! 会長と一緒にぜひぜひ!」
「ふむ……まあ いいだろう」
「……、」
共鳴を解除した拓海は、アマデウスとエデンのやりとりを傍から聞いていた。アマデウスが自らの最期を決めていることを知った。
会長と英雄の関係は自分達と似ている――年を経る人間と、出会ったままの英雄と。
「あの、」
心臓がどくどくするのを感じながら、拓海は一人、ジャスティンに声をかけた。
「……ご自身の亡き後、英雄の身の振りを考えてたら、聞かせて貰えませんか?」
「おっとぉ、何を言うのかね君ィ。私はまだまだ長生きするぞ?」
「あっいやその、すいません……ええと、」
「……君の不安は分かるよ」
会長は肩を竦めた。
「アマデウスについては話を聴いていたようだね。彼の想いを止めるつもりはないよ。ヴィルヘルムについては……“お前が寿命ごときで死ぬワケねーだろッ”て言って聞かなくてねぇ、ははは……」
いつか人間は死んでしまう。
誓約の切れた英雄はほどなくして消えてしまう。
“猶予”の間に新しい誓約者が都合よく現れるとは限らない。
じゃあ先に次の相手を――そんな相談も、あまりにドライで悲しいし、本音を言うと離れて欲しくない。
最終的に英雄が決めることだとメリッサに話してみたが、答えは貰えなかった。
「心配するには早過ぎますね……」
「……何を話してるかと思えば」
拓海の呟きに答えたのは、メリッサ本人だった。深い溜息の後、言葉を続ける。
「すぐに話さなかったのは、誤解させそうで言葉を選んでたから。誓約は大切だけれど……だからこそ、
“お前の命はオレの手中”と言われてるようで凄く嫌で……切れたら消滅? ふざけないで!」
眉を吊り上げて一喝。それから一間、メリッサは続ける。
「でも拓海達との暮らしは好きだから、今はこのままで、時が来たら消えて良いと思った。……第二英雄が来るまで……ね。あの子の未来も考えたいの」
だから、と彼女は会長に向き直った。
「会長、H.O.P.E.で英雄が消滅するまでの期間を伸ばすか、消えない方法を研究してませんか? 私はその研究がしたい、関りたいから、大学に行きたいの」
「そういった分野の研究は、あるにはあるね。まだ成果は上がっていないが」
それが聴ければ十分だった。メリッサは、拓海の正面に立つ。
「そういうことだから。……成功まで無事で居るのよ……」
「……リサらしいなぁ。うん、応援するよ。リサの夢を」
可能性なら探せばいいんだ。そんな希望を信じながら、二人は笑みを交わした。
共鳴を解除したあけびは、自らの簪に触れていた。
お師匠様にいつか笑って手を差し伸べたい。そう思っていたあけびに、仙寿は笑って手を差し伸べてくれた。
多くの世界が守られた。あけびの元の世界も、そこにいる大切な人達も、平穏も、もう大丈夫だ。皆、笑って生きている。
深呼吸をして。あけびはジャスティンへ振り返った。
「ジャスティンさん。私はこの世界に来る前、久遠ヶ原学園の撃退士で、鬼道忍軍だったんです。今はH.O.P.E.のエージェントで、仙寿の英雄のシャドウルーカー。これからもずっと……正義の味方として、明日を守っていきたいです」
その為に、もっと強くなる。
あけびは、大好きな“暮れる日”の少年に笑いかけた。忍生まれのサムライガールは――“明ける日”の少女は明日を見据える。彼と共に在る明日を。
仙寿はしっかと頷きを返した。そして、ジャスティンへ向く。
「何かあれば呼んでくれ。いつでも駆けつける」
そう言った二人の幻想蝶は、黎明と黄昏の紫を湛えた宝玉は、昇る日のように、沈む日のように、美しく煌いていた。
「あとは、海上支部に、戻るんだっけ」
共鳴を解除し、伸びをしながら薙が言った。事後処理は後続部隊が行ってくれるとのことである。「早く帰りたそうだの?」とエルが片眉を上げた。
「ん、まぁ、ちょっと、用事が、ね」
「やけに嬉しそうな……ああ、これから会いに行くのか」
「そ、そんなんじゃ……! いや、会いには、行くけど」
ごにょごにょと尻すぼみな小声だ。初々しさに、エルはくつくつと笑ってしまう。すると薙の頬が赤くなる。
「……顔に、出てる?」
「会えるのが嬉しいと書いてあるの」
「……」
薙は火照る顔を両手で押さえた。そんな彼を促すように、エルはぽんと背を叩く。
「ふふ。ということは、行き先は同じだの」
「あ、エルルも?」
「うむ。ゆえに、気持ちはよく分かるとも」
二人には恋人がいる。今から愛する人に会いに行く。
行先は同じだ。これからも互いに良きパートナーとして、共に歩んでいく。
愚神がいなくなった世界にも、復讐が終わった世界にも、明日はやって来るのだから――。
『了』
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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