本部

コクハク

雪虫

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
11人 / 4~15人
英雄
11人 / 0~15人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2019/03/09 00:08

掲示板

オープニング


「全部、俺の意志でやりました」
 逆萩真人の第一声は、担当弁護士の意表を突くには十分過ぎるものであった。真人の過去の言動は全て資料に記されている。てっきりその資料にあるように、「従魔に操られていた」と主張すると思っていたが。
「そう言うのも考えたけど、ちょっと見苦しいかなとも思ってさ。で、弁護士さん、俺の刑罰はどれぐらいになりそうなの。俺としては懲役二十年ぐらいが妥当かなと思うんだけど」
「それはまた、どうして」
「まず俺の罪状が多過ぎる。H.O.P.E.が把握しているだけでも、殺人未遂や傷害罪に相当しそうなのが数件あるだろ。自供するけどパンドラの『お友達』集めに加担したのもしょっちゅうだったし……まあ俺はまだ未成年だし、十三歳から愚神に育てられたようなものだし、実の母親に虐待されてたってカワイソ―な過去もあるから、抒情酌量の余地とかで短くなるかもしれないけど。
 でも懲役二十年ぐらいが一番いいと思うぜ。絶望的で。世の中のヤツラは終身刑や死刑が一番重いと思ってるかもしれないけれど、シャバに放り出すのだって、やりようによっちゃ十分残酷になり得るぜ。だって俺、実年齢は十八だけど、そこから二十年経ったら三十八になるだろう? 三十八にもなってろくに学校も行ってない、まともに働いた事もない、親に虐待されて愚神に家族を皆殺しにされてその愚神に五年もひっついて……そんなヤツが社会に放り出されてロクに生きていけると思う? 住む場所も職もまともになくて、頼れるヤツも誰もいなくて、ある日その辺の路地で行き倒れてそのまま……みたいな、そういうのが俺みたいなのにはお似合いだと思うんだよね」
 そう言った真人の表情は、笑って……はいなかった。口は達者に動いているが、目は泥のように濁っていて、視線は机の表面をなぞっているだけだった。憔悴、というのがもっとも近いその表情に、少なくとも『希望』も『未来』も見えはしない。
「君は、生きるつもりはないのか」
 弁護士の言葉に、真人は黙ったままだった。


 逆萩真人と面会がしたい……というエージェント達の希望が叶ったのは、逆萩真人が逮捕されてからしばらくしての事であった。『王』は討伐され最大の脅威は消え失せたが、その爪痕は多く深く、世界中が今もなお後始末に追われている。また逆萩真人の取り調べにもそれなりの時間が掛かった。結果面会が叶ったのは、真人逮捕から数週間が経過しての事であった。
「よう、久しぶり」
 手錠をかけられ、椅子に座った真人は別人のようだった。目の下には隈が出来、頬もこけ、以前のように叩き付けるような悪意はないが、同時に生気もなくなっていた。その様子の違いを尋ねた所、真人は笑いもせず、無表情なままこう返した。
「俺は元々はこういうヤツだよ。内気で根暗で……実の母親に虐待されても抵抗出来ない無力なガキ。それが従魔とか手足に憑けて、ちょっとハイになってただけさ」
 そして少しだけ笑った。自嘲的な笑みを零した。しかしそれ以外は何も変わらず、机の表面を見続けたまま、ほぼ投げやりと言っていいような調子で口を開く。
「聞きたい事あるなら聞けよ。その為の面会だろう? 俺の知ってる事なら答える。嘘は吐かない。……多分」

●逆萩真人
 現在の実年齢は十八歳。幼少期から十三歳まで母親に虐待されており、父親は放置状態、双子の兄の良人が学校や児童相談所に訴えるも取り合ってもらえなかったという。愚神パンドラは真人が十三歳の頃に逆萩家に現れ、両親と良人を殺害し、良人の肉体を乗っ取る。以降真人は十三歳から十八歳までの五年間、パンドラと行動を共にする事になる。
 現在は正真正銘ただの人間(従魔も愚神も憑いていないし残滓も一切残っていない)。質問には正直に答え、悪意は今の所はないが、PCの対応次第で態度が変わる可能性はある(嘘を吐く可能性もある)。へらず口は変わらず叩く。

解説

●やる事
 逆萩真人と話す
 希望時:逆萩真人を『救う』(この目標はPCの希望時のみ成功度判定基準に追加します。希望される場合プレイング冒頭に【希】と記載して下さい。過半数に達した場合のみ成功度判定基準に追加します)

●取調室
 机がひとつ、椅子が人数分ある以外はごくごく普通の部屋。外に出れば自販機ぐらいはある。面会可能時間は昼~夜七時まで

●その他
・取調室にお菓子やお茶の類はありませんが、持ち込みは可能です/持ち込んだ場合は該当アイテムの破壊か通貨使用で処理をします
・逃亡の可能性を否定出来ないため、真人の手錠は外せません/「手錠をつける」というのが仕切りのない部屋で真人と面会する条件となります(手錠を外す場合は、仕切りのある部屋に移動し真人とPCは分断する事になります)
・逆萩真人との会話内容は自由です。真人の事、パンドラの事、その他公序良俗に反しない限りは何を聞いても構いません。真人の答えられる範囲で答えます(真人にも知りようのない事は答えられません)
・他の参加者と内容が重複する可能性があるため、「質問内容」「真人へのアプローチ方法」等、すり合わせを推奨致します(重複しても構わないと言うのであればその限りではありません)
・「逆萩真人を『救う』」の達成難易度は不明とさせて頂きます
・逆萩真人を無罪(刑罰なし)にする事は出来ません
・「逆萩真人を『救う』」を目標にしない場合、「大成功判定(真人は救われず)」もあり得る事は一応述べさせて頂きます
・「20分間」「手錠付き」「PCが監視する」という条件で、真人を屋上に連れ出す事が出来ます。天候は晴れ、周りはビルばかりで夕陽や星などは見れない場所です。何かしたい事があればプレイングにご記入下さい(公序良俗に反する、実行不可能な場合は却下する場合があります)

リプレイ


 最初の方で真人君と面会したい。そう言って無月(aa1531)とジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)は先陣を希望した。面会室の扉には一応鍵が掛かっているが、それは真人の逃亡を阻止するためのものであり、こちら側からノブを回せばあっさりと解除される。無月はノブを握り締め、しかし回しはしないまま、一度静かに目を閉じた。傍らにいるジェネッサにだけ聞こえるように音を零す。
「今のあの子に必要なのは生きる意志と意義を持つことだ。そのためには彼の側に寄り添う人が必要だ。しかし私達は……」
『ボク達は闇に生き、闇に散る定めの存在。あの子に寄り添うことはおろか、ずっと見守ることも出来ないかも知れない』
「仲間に託すことしか出来ない自分の無力さが恨めしい。それでも、あの子に生きる希望を持たせるきっかけなら私達でも作れる筈だ」
『いつも通りボク達に出来ることをやるだけ、だね』
 ジェネッサの声にこくりと頷き、そして無月は扉を開けた。机の向こうには俯く真人の姿があり、二人を一瞥しただけですぐに顔を戻してしまう。
 だが、構いはしなかった。無月はジェネッサと共に座り、「久しぶりだね」と声を掛けた。そして挨拶もそこそこに、さっそく真人に聞きたいことの一つ目を投げ掛ける。
「私達の……私とジェネッサだけでなく、仲間の皆も含めて私達のことをどう思っている」
「どうとも。どう思うか以前に、あんたらのことそんな知らねえし」
「そうか。少なくとも『嫌いではない』と捉えてもいいのかな」
 無月の言葉に真人は少し睨んできたが、無月は構わず「次、いいかな」と切り出した。真人が「どうぞ」と言ったので、次の質問に移行する。
「君はお兄さんのことが好きだったのか」
 これは「愚神と共にいたのはパンドラの外観が良人のものだったからではないか」と思った故の質問だ。真人は答えず俯いていたが、そこにジェネッサが『そうそう』とパンダクッキーを差し出した。真人はわずかに顔を上げ、ジェネッサはクッキーを差し出したまま笑みを浮かべる。
『せっかくだから、これでも食べながら話をしよう。美味しいよ』
 他の人達もお菓子を持ってきているようなので量は少しだけ。真人は一応クッキーを受け取り、しかし口にはしなかった。再び視線を机に落とし、聞き取りにくい声で呟く。
「好きだったよ。頼りにもしてた。でも、だから何? アンタに関係ないだろう」
「君は寂しいのか?」
 真人の生気のない顔を見て無月はそう問い掛けた。真人は反応しなかったが、強い否定を覚えた時はきちんとそれを口にする。だから肯定と仮定して、無月はそのまま言葉を続ける。
「私達ではだめだろうか。私達では君を想い、共に生きる仲間となることは出来ないだろうか」
『ボク達や皆が君を助けようと命懸けで戦ったのは、決して自己満足や功名のためじゃない。皆君のことを想っていたからなんだ』
「君の心の痛みを解っていたから命を懸けても君を助けようとしたんだ。後から来る仲間達の想い、聞いてくれたら嬉しい」
 クッキー食べてね、とジェネッサが言い添えて、そして二人は席を立った。自分達の役目は仲間達の話を聞いてもらうための、いわばお膳立てと言ったところ。功を奏すか否かは結果が出るまでわからない。
 扉が閉まり、鍵が掛かる。すぐに次の面会者が入るとしても、真人を逃がさないために鍵はその都度必要なのだ。無月は託すべき仲間達に視線を向ける。
「次を、頼む」
 柱に寄り掛かって瞼を閉じる。今日は他に依頼もない。だからギリギリまでここにいるつもりだ。寄り添うことは出来なくても、ならばせめて出来ることを。


 エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)は扉の前に立っていた。いつもは穏やかな、しかし狂気の滲む微笑みを形作る相貌は、今はまったく別物と言っていい表情を浮かべている。
『(自分の言葉など響かなくて構わない)』
『(この後の者の言葉に耳を傾けるきっかけになれば)』
 復讐の魔女としてはあまりに似つかわしくない思考。けれどこれが、今のエリズバークの偽らざる本心だった。アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)は母の傍らに寄り添って、その細くたおやかな指に自分の指を絡ませる。
「母様」
『大丈夫よアトル。さあ、行きましょう』
 ドアノブに手を掛けた時には、エリズバークの表情は魔女のそれへと変わっていた。隈のできた瞳がこちらを一瞥したと同時に、エリズバークはころころと愉快そうに笑みを漏らす。
『あらあら、今すぐにでも死にそうな酷い顔ですこと。安心しましたわぁ。キラキラした笑顔で迎えられたら、苛立って撃ち殺したくなったかもしれませんもの』
 くすくすと笑いながら、アトルラーゼと共にパイプ椅子に腰を下ろす。『自分の行った行為に対して、絶望的になる普通の少年だったようですねぇ』と述べた後、幻想蝶から優雅な所作でティーセットを出現させた。
『まずはお茶にしましょうか? ここでは不味いお茶しか出ないでしょう?』
 手錠をしたままでは飲みづらいかもしれませんが我慢してくださいね? と、エリズバークは真人の方へ淹れ立ての紅茶を差し出した。真人はカップに手をつけず、エリズバークとアトルラーゼは自分の紅茶を口にする。舌の上が潤ったところでエリズバークが語り始める。
『利用出来るものは利用すればいいでしょう。貴方の過去や従魔に取り憑かれていたことを利用すれば保護観察くらい狙えますわ』
「……」
『王を倒して株の上がっているH.O.P.E.で預かるというのもいいですわねぇ。真人様が人を殺してしまったのは私達の不手際……しいてはH.O.P.E.の責任ということで』
「……」
『貴方にばかり刑をきつくしては、暴動が起きかねないという問題もあるのですよ。愚神に協力してきた者の中には僅かな奉仕活動で許されている者もおりますので。貴方という例が出来てしまえば、「他の者にも極刑を!」と騒ぐ雑魚が出てきて面倒ですのよ』
 真人のために言ってるのではない、と思わせるような言い方をする。無月とは真逆のアプローチだが、同じ方法を取る必要はないだろう。真人が生きる意志を持つこと、それが最も重要なのだ。あの手この手を弄した方が成功率は高いはずだ。
 真人は黙ったままだった。その顔には生気もなく、以前のような張り合いもない。そんな真人を見つめるエリズバークの表情は、いつのまにか魔女のものから母のそれへと変わっていた。
 私達は正義か悪かと言われたら「悪」。
 綺麗な言葉を並べたり、彼を闇から救い出すなんて出来ないでしょう。
 私達も闇の中にいるのだから。
 でも……
『光が眩しすぎるというのなら私達のところに来なさいな。
 闇で足掻き続けるなんて面倒な道を選びたいなら、刑務所より上手く貴方を使ってあげますわ』
 その言葉に、真人は少しだけ顔を上げた。それを見てエリズバークは少しだけ頬を緩ませる。共に足掻くくらいは出来るかもしれませんねと、エリズバークは微笑の中にその想いを滲ませる。
 アトルラーゼはそれまでずっと成り行きを見守っていたが、真人の傍まで歩いていって「真人様」と呼び掛けた。そして眠り猫のぬいぐるみをその腕に押しつける。
「隈が酷いです。怖くて眠れないのなら、それをあげます。ぎゅっとして寝ると良く眠れるようにおまじないをかけておきました」
 渡してもいいと言われました、とアトルラーゼは言い添えた。それから、少々の憎まれ口も。
「次会う時はそのつまらない顔をマシにしておいてくださいね」
『それでは私達は帰りましょう。他にもお客様がいらっしゃるようですので』
 エリズバークは優雅に一礼し、アトルラーゼと共に出ていった。扉を閉めたエリズバークは口元に笑みを形作る。
 それは憎悪と狂気に彩られた復讐の魔女のものではなく、迷える子供の未来を願うひとりの母の笑みだった。


「貴方にとって、うちの印象はすごく薄いと思う……。木陰黎夜。エージェントとしての名前。本名は、白野」
『アーテル・ウェスペル・ノクス。黎夜のリライヴァーだ』
 木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)はまずは自己紹介を行った。真人は二人を一瞥した後また視線を落としたが、その腕の中ではぬいぐるみが可愛い寝顔を見せている。
 多分誰かが置いていったんだろうと思いつつ、黎夜もアーテルも特に突っ込みはしなかった。黎夜は「答えたくない質問には答えなくていい」と前置きし、さっそく最初の質問に入る。
「突然だけど、逆萩……。中学校の勉強、どのくらいわかる……?」
「……は?」
 これにはさすがに真人も呆気に取られたようだ。黎夜は数学の問題集を取り出して、真人の方にずいと突き出す。
「うち……中学三年生なんだけど……わからないところあったら教えるよ。うちの復習も兼ねて……」
「いやいや、あんた何時間居座るつもりだよ。五年も前のことなんて忘れたし、それに元々、あんま学校行ってなかったし……」
 真人は途中で口ごもり、再び視線を落としてしまった。一度は反応してくれたが、また口を閉ざしてしまった。そんな真人の様子を、黎夜は向かい側から観察する。
 家族から虐待を受け、その後家族が死亡、育ての親を得て今を生きるという状況は黎夜と似たところもあるだろう。
 真人の境遇に可哀想とか、正直そういうことは思っていない。
 抵抗しても逃げても世界は簡単には変わらない。自分で世界を壊すか、誰かに世界を壊されるかのどちらかだと。
 黎夜は、そう思っている。
「逆萩は、お兄さんの良人のことは、好きだった……?」
「……」
「単純な話……、自分や他人の環境をどうにかしようと働きかける身内がいたのが、ほんの少しだけ羨ましいだけ……。変わったのは、パンドラに出会ってからだとしても……。
 答えたくないなら答えなくていいけど、なんでパンドラは逆萩を殺さなかったんだ? なんで逆萩はパンドラについていくことになったんだ?」
 真人は答えなかった。答えなくていいといいと言った手前、追及するつもりはない。黎夜は真人の代わりに口を開き、自分の想いを真人に聞かせる。
「うちは、パンドラに対して複雑な気持ちだった。善性愚神を名乗ってた時期くらいに。パンドラに写真を渡したこともあったけど……。……敵対した時が、一番ホッとした。……今思うと、敵か味方かはっきりとわかって、怖くなくなったからだと思う……。
 だから、愚神化した貴方を人へ戻そうとしたのは、パンドラへの負い目があった、からかもって……。……貴方の攻略法を聞いて、悔しかったのも、あるけどな……」
 真人を愚神として、ステージとして倒してしまうのが一番楽だったかもしれない。
 操られていたとしてもそうでなくとも関係なく。
 黎夜が戦う理由そのものは、アーテルのためと、『黎夜』を『白野』という日常へ持ち込んで壊れてしまうのが嫌だから。
 それでも楽ではない方へ進んだのは、まあ結局は悔しかったとか、そんな自分の感情のためなのだ。
「……さっきの質問だけど」
 真人が唐突に口を開いた。黎夜に視線を合わせようとはしなかったが、少しだけ伺うような素振りでぼそぼそと言葉を返す。
「パンドラが俺を殺さなかった理由は俺も知らない……俺がパンドラについていったのは、パンドラの外見が良人だったからだけど……。
 でも、それだけじゃない。俺を苦しめるだけだったあの二人を殺してくれて……それは、俺がずっと望んでいた、俺を助けてくれる『兄ちゃん』だった……でも、ずっと一緒にいたのは、いたかったのは、それだけじゃなくて……」
 言いながら、真人はぬいぐるみをきつく抱き締めた。言いたいことはいっぱいある。けれど言葉に出来ない、そんな感じだ。
「いいよ、無理しなくて」
 黎夜は言った。向き合うことが辛いこと、向き合うのに時間を要することがあることを黎夜は知っている。だから。
「答えてくれて、ありがとう」


『きみと真人は境遇が似てるよね。
 すべてを喪って、生きる意味や目標がなくなって。
 自棄になって。
 力を得て復讐に走った。
 そして王が倒され、今後に迷うきみと。
 力を喪って、将来が見えない彼。
 彼と話したら、きみも何かを得られるんじゃない?』
 と紫苑(aa4199hero001)が面会を申し込んだのが、バルタサール・デル・レイ(aa4199)がここにいる理由だった。机の上には
『手ぶらはダメだよ』
『食べ慣れてるものがいいんじゃない?』
 と紫苑がバルタサールに買わせたコンビニスイーツとペットボトルが鎮座しており、それを中心に二人は今真人と向かい合っている。真人は例のごとく視線を合わせず、バルタサールは仏頂面。なんとも重い空気の中、紫苑だけがにこにこ笑う。
『いつも共鳴してたから、会うのは初めてかな?
 僕は紫苑。この横のおじさんの保護者みたいなものだよ』
「……」
 バルタサールの仏頂面が「(-_-#)」に進化した。「おじさん」「保護者みたいなもの」という発言は誠に遺憾の意だが、紫苑に何か言っても無駄なことはわかっている。つまり何も言えない。「(-_-#)」という顔のバルタサールをすぐ横に添えたまま、紫苑は美しい顔でにこにこと話し続ける。
『実はこのおじさんもね、家族を殺されて、愚神に復讐してたけど、王が倒されて、将来を見失っちゃってる感じなんだよ』
「……」(-_-#)
『きみはお兄さんしか頼る人がいなくて。お兄さんを殺し、お兄さんと同じ顔のパンドラに縋らねばならないほど孤独だった。
 それで、今はすべて喪ってしまった』
「……」
『黙ってないできみも何か話しなよ』
 言って紫苑は横を向き、「きみ」……バルタサールの腕を小突いた。バルタサールはそれでもしばし黙っていたが、億劫そうに口を開いた。
「…………考える時間は、嫌になるほどたっぷりある。
 すぐには考えも纏まらんだろうし、できることも限られてくる。
 ただ、単調な生活を送り続け、自暴自棄を続けるのも、そのうち厭きてくるだろう。
 そんな中で、どんな道を見つけるのかは……興味がある」
『このおじさん、コミュ障ってやつだから、つまんないことしか言えないんだよね。許してね』
「……」
 話しなよと言われたので話したのに、話せばこの評価である。再び「(-_-#)」という顔になったバルタサールを放置して、紫苑は会話を再開させる。
『光り輝く未来はないかもしれないけど、失うものは何もないゼロの状態だから、これ以上ドン底はないから、これから何を見つけて感じていくかは、自分の気持ち次第になるんじゃないかな。
 このおじさんも捻くれてるからね、もっと素直になればいいのにね』
「……」(-_-#)
『世を恨むだけだと何も変われないから。
 苦しくてもまずは自分と向き合って、自分の悪いところもすべて認めて、運命を受け入れる覚悟を持って。
 そうしたら、やりたいことも見えてくるんじゃないのかな』
 紫苑はそう言って笑ったが、真人にだけ言っているのではないように感じられた。きっと真人以外に、その言葉をかけてあげたい誰かがいるのだろう。
 真人はそう思ったが、しかし口には出さなかった。少し顔を上げた真人に、紫苑は差し入れを指し示す。
『とりあえずそれ食べてね。美味しいと思うよ。たぶん』


「差し入れ持ってきたよ」
 という言葉と共に、プリンセス☆エデン(aa4913)はジャンクフードの紙袋をぽすりと置いた。先客のコンビニスイーツとペットボトルも合わせると、いかにも現代の若者といったメニューである。真人はエデンの来訪にも特に反応しなかったが、エデンは一切気にせずに質問を投げ掛ける。
「ここの食事ってどう? あなたはどんな食べ物が好きなのかな?」
「悪くはないんじゃないの? 好きなものは特に……食べられればなんでも……」
 顔色は冴えないが、応える気はあるらしい。Ezra(aa4913hero001)は二人の様子を眺めた後エデンの横に腰を下ろした。エデンは軽く息を吐いて、俯いたままの真人を見つめる。
 エデンは何不自由なく育ったし、ポジティブな性格なので、真人とは環境も性格も何もかもが正反対。
 だから、真に彼の心情を理解することは出来ないかもしれない。
 ただ、彼の望みは、自分のことをわかってほしいのか。
 それとも友達がほしいのか。
 それを知りたいと思った。
 あとは、今後どうしたいかを、見つけてほしいと思っている。
「今も、あたしたちのこととか、自分のこととか、みんな嫌い?」
「忍者のお姉さんにも聞かれたけど、あんた達のことは別にどうとも思ってないよ」
「それじゃ、あたし達のことは別に嫌いじゃないんだね。でも自分のことはまだ嫌い、ってことでいいのかな」
「……」
「なんでパンドラは、あなただけ殺さなかったのかな?」
「知らない」
「この前、あなたが持ってた写真立て、証拠品として押収されてたから借りてきたんだ」
 その言葉に真人は顔を上げ、エデンは借りてきた写真立てを真人へと差し出した。黎夜がこの写真を見たらすぐに気付いていただろう。それが自分とパンドラの写った……黎夜がパンドラに渡した写真であるということに。
「これをあなたはどうするつもりだったの? できる範囲で、望み通りにしておくよ」
 エデンはそう尋ねたが、真人はまた俯いて口を完全に閉ざしてしまった。喋り出す気配はなく、気まずい空気が流れたが、エデンはこういった雰囲気は御免被りたいタチである。真人に話す気がないのならと、エデンは自分から話し始める。
「望めば、いつからだって勉強は始められるし。刑務所内で友達を作ることもできるし。手紙を書いたり、日記をつけたり、本を読んだり。やろうと思えば、色々とできると思うんだ。
 でもその前に、あなたに必要なのは、自分のことを好きになることなのかなって」
「……」
「ご両親が大切にしてくれなかったから、自分に自信がなくなっちゃったんだよね。
 でも、お兄さんは大切にしてくれた。
 お兄さんの顔をしたパンドラは力を与えてくれた。
 でも今は一人になってしまって、力もなくなってしまった」
 真人は何も言わなかった。反論もしない。怒りもしない。だからエデンはそのまま続ける。
「あたしたちはエージェントとしての能力があるけど。他にも戦う力はたくさんあると思うんだ。
 あなたは表現力があるから、アーティストとか向いているかもしれないし。
 色々と勉強して、できること、興味があること、得意なことを見つけて。
 そうしたら、やりたいことが見つかったり、自信もつくのかなって。
 自分に自信をもって、頑張って素直に心を開いたら、わかりあえる友達もできて、寂しさもなくなるかなって」
 真人は黙ったままだった。これ以上言葉を重ねるより、次にまかせた方がいいかもしれない。そう思い席を立ちかけた、その時だった。真人が口を開いたのは。
「写真だけど……出来れば取っておいてくれないかな。パンドラの姿見れるもの、あんまり残ってないから……」
 真人は俯いたままだったが、確かにエデンにそう言った。湿った声から、もしかしたら泣いているのかとも思ったが、エデンはそこには触れなかった。
「うん、わかった。職員さんに伝えておくよ」


 真人への刑罰は懲役十五年程度になるだろう。ただし生い立ちを考慮すれば更生保護施設に収容し、その後特定施設で奉仕活動という道もあるかもしれない。それが担当弁護士からの回答だった。GーYA(aa2289)はエージェントが身元を引き受けることは出来ないかと尋ねたが、難しいだろうと首を振られた。真人の年齢と罪状を考慮すれば、この程度が限界だろうと。
『それでも、申請はするのねぇ』
「もしもってこともあるし、未来はどうなるかわからないから」
 まほらま(aa2289hero001)の言葉にGーYAは苦めの笑みを見せた。自分の保証人に許可を貰い、一緒に住むことも含め申請は出してある。担当弁護士の言によれば無駄になる可能性が高そうだが、選択肢はいくつあってもいいと思う。だから。
「王との戦いから生きて帰れたら真人に会おうって思ってたんだ」
 再会して開口一番、GーYAは真人にそう告げた。他のエージェント達にそうしたように、真人は一瞥しただけで後は顔を伏せているが、GーYAは構わず自分の胸に手を当てて切り出した。
「俺の心臓壊れててさ、大人になる前に機能しなくなるって知った時、全てを諦めて、諦めさせられて……いらないって言われてる気がして世界を呪った。
 だから愚神に殺されて、違う世界に行こうって実行してさ。
 まほらまが愚神だったら……とか考えたりもしたけれど」
 そこで一度言葉を切り、GーYAは真人に視線を向けた。こちらを見ないままの真人へ、力強く声を掛ける。
「その先を生きてみないか?
 そこで見える世界があるってこと、知って欲しいんだ。
 最後の攻撃の後、愚神もろとも真人が死んでしまったかと思った。
 欠けら吐き出して殺す気かって悪態聞けた時はホッとして力抜けた。
 嬉しかった。救えたんだって。伝えられるって」
「……」
「なぁ真人。選択肢の提示やいろんな言葉かけてもらったよな。どう感じた?
 まったく羨ましいよ、いくつもの手がお前に差し伸べられている」
 真人はそれでも黙っていたが、話はちゃんと聞いてくれている、そう感じた。だからGーYAはこう言った。
「真人、誓約を結ばないか?」
 顔を上げた真人に、GーYAはまっすぐ言葉をぶつける。
「そうだな、二十歳まで『生きる』って」
 絆を結ぶ、その意味を感じてほしい。
 新たな絶望が真人を包んでいても、支えようとする人達が居るってことを知っているから。
 近い未来への目標を提示してその先へつながるように。
 ただ、世界に絶望したまま生きるのは辛いから、
「二十歳の誕生日、その時真人が死にたいって言うなら殺してやるよ」
 まほらまが死ぬ自由を約束してくれたから俺が生きられたように。
 真人には期限をつけて生きてもらおう。
 未来なんて遠い目標じゃ迷ってしまうから。
 真人はGーYAの言葉を聞き、うっすらと笑みを浮かべた。しかしそれは明るい色のものではなく、戦っている時に散々見せつけた、GーYAの言葉を嘲笑うような笑みだった。
「二十歳って、あと二年しかないけれど、そんなこと言って大丈夫? 希望とか持たせようとするにはあまりに短すぎるんじゃねえの? それに俺がアンタを人殺しにしたくて『どうぞ殺して下さい』って言う可能性だってあるんだぜ? 妥当に行けば刑務所か、もしくは少年院にいると思うし、そしたらアンタ刑務所破りして俺を殺してくれるのか? 俺のために犯罪者に成り下がるってそう言うの?」
 真人は悪意たっぷりにGーYAの瞳を覗き込み、しかし、すぐに表情を戻した。相変わらず瞳に光はないが、悪意は欠片も見えはしない。
「そこまで考えてなかったのかな? それとも考えた上での発言? いやどっちにしろ……アンタ馬鹿だろ」
「……ばっ!?」
『ジーヤはね、零れそうな命が目の前にあるなら無茶も厭わないのよ。でもまあば……と言えばそうかもしれないわねぇ』
「まほらままで!? 全然フォローになってないけど!?」
「ふふっ」
 その声はまほらまでも、そしてGーYAのものでもなかった。真人はおかしそうに笑みを零し、からかうような口調で告げる。
「まあ、考えておくよ。アンタに刑務所破りさせるのもおもしろそうだし」
「……」
「何」
「いや、真人の笑顔見たいと思ってたから、見れて嬉しいよ」
 GーYAは微笑みながら告げ、真人は呆気にとられた顔をした。そしてGーYAから顔を背け、小さな声でぽつりと呟く。
「やっぱアンタ、馬鹿だわ」
 

「【こんにちは、お久しぶりですね】」
『お前、声が出るようになったんじゃなかったのか』
 沙治 栗花落(aa5521hero001)からのツッコミに温羅 五十鈴(aa5521)は「……(ハッ)!」とした。今二人は他のエージェント達と同じように真人の面会に訪れており、五十鈴はぺこーと一礼した後紙に書いた文字を見せた。そして栗花落に突っ込まれた。
「……」
 真人は特に何も言わなかった。まだ若干俯き気味だが、一応五十鈴と栗花落の方にわずかに視線を向けている。今まで訪れたエージェント達の言葉は、真人に顔を上げさせることには成功したようだ。
 だが、そこで畳み掛けられるような五十鈴ではなく、むしろ「(ええと……)」と恥ずかしそうにもじもじしていた。気まずいお見合いみたいな時間がしばし流れたところで、五十鈴がようやく意を決し、紙に書いた文字を見せた。
「……【好きな食べ物は……?】」
『(今?)』
 栗花落は心の中で突っ込んだ。面会で聞く内容ではないし、質問内容まで気まずいお見合いみたいである。
 しかし五十鈴にも理由はある。色々考えてみたのだが、聞きたいことはそういう他愛ない内容くらいで。それでもお話はしたいな、という想いに偽りはなく、五十鈴は真剣な表情で真人のことをじっと見つめる。
「魔女っ子にも聞かれたけど、食べられればなんでもいいよ……強いて言うなら、飴かな」
「【飴?】」
「昔兄ちゃんが……良人がくれて……強いて言えばそれぐらい……」
 先程エデンが聞いた時は「特にない」と言っていたが、これも真人が徐々に心を開きつつある証拠だろう。返事をもらえたことに五十鈴は嬉しそうに笑い、そうだ、と思い付いて紙に書いた文字を見せた。
「【屋上出ても良いんですって、行ってみましょう】」
 屋上には真人の手を引いて上がっていった。真人の腕には手錠があるが、手を掴んで引いていくことへの影響はひとつもない。
 周りはビルばかりで特に何も見えないが、天気は良く、暖かく、外の匂いは感じられた。五十鈴は紙に文字を書いては嬉しそうに真人に見せる。
「【もうすぐ桃の花が咲きますよ。いつか一緒に見に行きましょう】
 【お二人で暮らしている時は、どういう風に過ごされていたんですか?】」
「……あんま、気持ちいい話じゃないよ」
「【でも、聞きたいです。聞かせてください】」
 思い出話にするにはまだ早いけれど、少しずつ、少しずつ。
 パンドラさんのお話ができるの、真人さんだけだから。
「【ひとつお話したら、続きは“また今度”、聞かせて下さいね】」
 よく笑いかけよく話しかけ、五十鈴は今度は白い指を動かした。首を傾げた真人を見て、栗花落が手話を通訳する。
「[未来は何もありませんか。この先どうでもいいですか?]」
 身受け先についてはいくつかお話を受けたと聞いています。
 だから私は、
「[もしもそうなら、私のお話相手になってくださいな。パンドラさんのお話出来なくなるのは悲しいですので。何にもないなら断る理由もありませんよね?]」
 ふふ、と笑いかけながら、約束ですよと小指を立てて真人の方にそっと差し出す。真人はしばし迷った後、躊躇いがちに手を出した。その小指に指を絡ませ、その後五十鈴は自分の番号を紙に書いて真人に渡す。
「[これ、私の番号です。出てくる時に電話してください。それまでちゃんと持っていてくださいね]」
 それから、と五十鈴はこんこんと咳払いをした。風邪でもひいたのかと真人が思った、その時、
「ぁ、のっ! 刑期は、どの位になりそうなんですか?」
 五十鈴は自分の喉から声を出した。しばらく出ていなかったとは思えないほどしっかりとした声だった。だからだろう。筆談や手話ばかりで意表を突かれた真人が、正直に答えたのは。
「俺は懲役十五年ぐらいだと思うけど、弁護士は保護観察も狙えるはずだって」
「わかり、ました、それじゃあ、待っていますね!」
 五十鈴は嬉し気ににこりと笑った。真人は毒気を抜かれたような、きまり悪そうな顔をした。面会室に戻り、真人に別れを告げてから、栗花落が半ば呆れたように五十鈴へと話し掛ける。
『それにしても、お前は時折強引だよな』
 五十鈴はまた笑みを浮かべた。真人を救えるかはわからない。けれど、少しでも心が軽くなるといい。
「[何も変わらないかもしれないけれど、何かが変わるかもしれない。でしょう?]」
 さて、と五十鈴は歩き出す。時折会いに来れると良いけれど聞いてみないとわからない。ヴィラン関係の法は詳しくないけどやれるだけはやってみる。
 栗花落は五十鈴の後をただ黙ってついていく。真人に対してはもとより悪感情は抱いていない。故に五十鈴の行動を咎める理由もない。
 今日と同じく、今までと同じく、五十鈴の意志に付き添うだけだ。


『約束通り、貴方のことを教えてよ。そうだなぁ、とりあえずそのお饅頭美味しい?』
 そう言って不知火あけび(aa4519hero001)は饅頭と緑茶を指し示した。日暮仙寿(aa4519)と共に手作りしたものであり、緑茶からはほこほこと白い湯気が立っている。
 真人はしばし饅頭と緑茶を眺めていたが、饅頭を一口食べ、緑茶でそれを流し込んだ。今まで差し入れには手をつけていなかったが、直接饅頭の味を尋ねられては食べないというわけにもいかない。
「いいんじゃないの」
『それは美味しいってことでいいのかな』
「悪くはないと思うよ」
『素直じゃないなあ』
 などと会話を交わした後、とりあえず屋上に連れて行くことにした。先程来たと言うので、空気を吸わせるのはそこそこにさっそく質問に取り掛かる。
『ステージの名前の由来だけど、パンドラに付けて貰ったの?』
「俺の自称。真人って呼ばれたくなかったから、まあ適当に」
「写真立てについて。どんな写真だったんだ」
「アンタらのお仲間の……木陰ってヤツがパンドラに渡した写真だよ」
『パンドラが人間の意識を残したまま、確実に愚神に出来る方法が欲しかったのは何故? 永久秘匿って言ってたけど聞いてみたい』
「端的に言うと、お前らときちんと『友達』になるためだよ。そうだな、もし能力者も英雄も両方とも消えずに済んで、かつ今の人格を完璧に残したまま愚神になれるとしたら、愚神化を拒む理由はあるか?」
 真人はそう尋ねた後「いや、あるな」と自分で言った。そしてこう続けた。
「パンドラはさ、馬鹿なんだよ。馬鹿だからこう考えた。『人類と愚神が争っているのは人類が愚神になるのを嫌がっているからで、嫌がっているのは愚神になると人格が消えてなくなるからだ。だから今の人格を失うことなく愚神になれる方法があれば、みんな愚神になって仲良く共存出来るはずだ』……アンタらの言いたいことはわかる。ものすごい暴論だし、土台無理な話でもある。意識を完璧に保持して愚神になれたところで、愚神はライヴスを……生命を奪わなければ生きていけない。この世界の生命全部が愚神化してそれで争いが止まったところで、また別の世界を襲って争いが始まるだけだ。そして襲う世界もなくなって最期は全滅……ってな。
 でも、あいつはあいつで、割と真剣にアンタらと『友達』になれる方法を……共存出来る方法を考えていたんだぜ? どこまでも馬鹿で、どこまでも狂っていたけどな」
 真人は悲しそうに口元を吊り上げた。嘘の多いパンドラだったが、少なくとも「仲良くなりたい」という言葉に偽りはなかったのだろう。
 結局、決別する以外の道はなかったのだとしても。
『……最初からこうなっても良いと思ってた?』
「俺ばっか答えるのも不公平だろ。そうだな、俺のことどう思ってる?」
 あけびの問い掛けに対し、真人は至極適当な調子でそう返した。実際、誤魔化すための質問だろう。ただ、教えてと言うばかりは不公平なのは同感なので、質問には正直に答える。
『私は結局、真人のことを嫌いじゃないんだと思う。やったことは罰を受けてしかるべきことだけど、傍に大切な人がいて欲しかっただけなんだろうなって。その気持ちには覚えがあるから。それが人類にとって敵側の人だったっていうことも含めて』
「お前の望み通りに死なせることは出来ない。お前のためだけじゃない、お前に傷つけられた奴等のためにもだ。
 俺とあけびの信念はある意味究極の我儘ともいえるが、ここまで付き合ったんだ。最後まで付き合って貰おう」
 あけびと仙寿はそう言って、真人はただ黙っていた。仙寿は真人を見据えたまま、真人に伝えたいことを告げる。
「こういう状況になるとは思っていたが、それでも投げやりになっているお前の望み通りに刑を受けさせるのは違うと思う。お前には未来の選択肢がある。自ら選んで“生きる”べきだと、俺はそう思っている。そのためにもお前が従魔に操られていたと主張し、減刑と保護観察処分を求めるつもりだ」
 それと、と仙寿は言い掛けて一度口を閉ざした。誇るべきものではない、むしろ逃げたいとさえ思っていた自分の荷を真人に告げる。
「言ってなかったが、俺は元々人殺しだ。人殺しでも、誰かを救いたいと願ってエージェントをやっている。
 裏家業は廃止するつもりだし、剣術道場の門下生が泊まる部屋なら沢山ある。行くべき場所が無かったら家に来い。その時は門下生だ。いや俺が身元引受人にならなくても、道場には来い。鍛えてやる」
 もし真人の保護観察処分が認められれば、身元引受人はH.O.P.E.か、仲間達か。きっと俺達より真人を想ってる奴もいるだろうが……。
 だが、選択肢を広げる意味でも俺達も手を挙げる。勿論来るなら責任を持って支えるつもりだ。
「見捨てる気は無いってことだ」
『傍にいるよって伝えたかった。それだけだよ』
 仙寿は真剣に真人を見据え、いつか心から笑って欲しい、とあけびは笑顔を見せた。真人は二人を一瞥し、きまり悪そうに肩をすくめた。


「ハロ~どう? 元気に死んでる?」
『千颯! 冗談でもそういうことを言ってはいけないでござる』
 虎噛 千颯(aa0123)の軽口に、白虎丸(aa0123hero001)はブレることなく生真面目過ぎるツッコミを入れた。半ば呆れたような顔でこちらを見る真人へと、千颯はウインク付きで親指を立てる。
「とりあえず屋上行こうぜ」
 屋上には机がいくつか並べられており、その上には千颯持参の駄菓子が広げられていた。無月も参加したいと言ってきたので、無月とジェネッサの手も借りて既に準備はばっちりである。
「快晴の空で駄菓子パーティーだぜ!」
『因みにその菓子代は千颯の小遣いから引いておくでござる』
「まって!? そこは経費で落ちるよね? 接待費とか」
『これは違うでござる』
 白虎丸が無慈悲に告げ、かくして千颯の小遣いから一万Gが消え失せた。千颯は肩を落としたが、肩を落としている間に時間はどんどん過ぎていく。そこのところは後で話し合うとして、とりあえず改めて自己紹介することにした。
「俺ちゃんの名前は虎噛千颯。ちーちゃんって呼んでくれていいんだぜ。ちな、俺ちゃんの名前はパンドラちゃんにだって教えなかったんだからレアもんだぜ~。教えなかった理由は内緒なんだぜ。
 そいや、ステージちゃんと真人ちゃん、どっちで呼んで欲しいんだぜ?」
「真人で。ただの一般人に戻ったのに、悪役名名乗るとかダセェだろ?」
 言って真人はそっぽを向いた。千颯は笑顔でありながら、しかしどこか痛ましさも滲む表情で真人を眺めた。
 救うと言っても本人にその気が無いなら何を言っても無駄。
 だからと言って見捨てるつもりも無い。
 あいつに出来なかったことを、あいつと似た目をした奴がいたから今度こそと思った。
 あの全てに絶望した目を見ていたのにあの時は気がつかなかった。
 だからこそ今度こそは助けたいと、救いたいと思った。
 自分勝手な思い込みだとしても。
「いや~きっと引く手あまただと思うけど、お前誰のとこにも行く気無いだろ? だってそれじゃ罪にも罰にもならねぇもんな。
 あ、別にそれを責めてる訳じゃねぇよ。ま、お前の気持ちもわからねぇでもないしな」
 こちらを見た真人へと、千颯は茶化すように両手を挙げた。それから顎に指を添えそのままの調子で言葉を続ける。
「え~何? 助けられた理由知りたいの~? 欲しがるね~。あんな明白に『僕を助けて!』なんて言われたら助けたくなっちゃうでしょ~? 心情的に」
「いや、何も言ってませんけど」
 真人は一瞬ムッとしたが、『そうでござったのか!』と白虎丸が遮った。真人の表情には気付かずに白虎丸は拳を握る。
『真人殿は其処まで助けを求め苦しんでいたでござるか。ではこの不肖白虎丸、これからも全力で助けるでござるよ!』
 一歩間違えば嫌味にも聞こえかねない台詞だが、白虎丸から嫌味の空気は一ミリたりとも感じられない。さすがに反応に戸惑う真人へ、「天然だろうちの白虎ちゃん」と千颯が茶目っ気たっぷりに告げる。
「ま、うちの天然さんもこう言ってるし、助けられた宿命として皆さんの有難い手は掴んでおきなさいな。早々に手放して貰えないんだからな。
 うちの駄菓子屋に見習い店員として来るのも歓迎するぜ?」
『是非来るといいでござるよ! 皆いい人ばかりでござるからな! きっと真人殿も歓迎でござるよ!』
 いつのまにか、屋上には【希望(HOPE)】が流れていた。無月が借りてきた再生機で、駄菓子パーティーの開始と共に流した曲だ。
 音楽はいい。希望を与えるために歌ったリンカー達の想いは、きっと彼に届くと信じている。命が続く限り、彼と機会があれば会いたいと思う。彼が心からの笑顔を取り戻すまでこの生命、持って欲しいと願わずにはいられない。
『さっきのクッキー食べてくれたかな? これもどうぞ。おいしいよ』
 ジェネッサがボンボンショコラを差し出し、千颯も「そうそう、食べて食べてー」と大量の駄菓子を真人に持たせた。真人は大量の菓子を抱え、困惑したような顔をした。


「真人さん……?」
 琥烏堂 晴久(aa5425)は真人の姿に驚くと、そのまま駆け寄り真人の頬を両手で挟んだ。至近距離から真人の顔を心配そうに覗き込む。
「ちゃんと寝てる!? ご飯食べてる!? もしかして愚神化の反動でやつれちゃった!? 助けるのが遅くなって、ごめん。生きててよかったんだよ……」
 晴久は泣き出しそうに俯き、その横から琥烏堂 為久(aa5425hero001)がコーンポタージュを差し出した。自販機で買ったばかりなのでまだ十分温かい。
『食欲が無いならこれだけでも飲んでおけ。体が温まれば気持ちも少しは落ち着く』
「食べたい物ある? 次来る時に持って来るよ。大抵の料理は作れるから、何でも言って」
 晴久に顔を挟まれながら、真人は「……どうも」と呟いた。晴久は顔を挟んだまま、至近距離で笑みを浮かべる。
「ここは狭いね。外で話そうか」
 もしかしたらもう誰かと来たかもしれないけど、何度だって外に出ればいいんだよと、晴久も屋上へと場を移すことにした。支えようとした晴久を「いいよ」と真人は断ったが、「ふらついたら大変でしょ」と晴久はそのまま押し切った。為久は逆側で、いつでも支えられるよう近くに添い、屋上が近付いたところで羽織っていた着物を真人にかける。
「いいって、別に」
『もう日が暮れたから着ておいた方がいい』
「そうそう、寒くて風邪でもひいたら大変なんだよ」
 と二人に畳み掛けられ、「じゃあ……」と真人は着物を受け取った。橙に染まった空を一度見上げた後、晴久は改めて真人へ満面の笑みを向ける。
「真人さんと良人さん、パンドラさんでもいい、楽しかった思い出を聞かせて?」
 真人は視線をさ迷わせたが、きちんと言うと決めたらしい。聞きとり辛い声ではあったが、それでも思い出を語り始める。
「良人とは、子供の時が一番楽しかったな。何をするのも一緒で……」
「うん」
「パンドラは何も知らなくてさ。切符の買い方とか教えると、俺がいてくれてよかったって……それが嬉しかった。俺、いてくれてよかったって言われたこと、なかったから」
 そこで真人は口を閉ざした。楽しい思い出のはずなのに、とても寂しそうだった。「そっか」と一言述べた後、晴久は次の質問をする。
「ここを出たらどうするの?」
『望むことは口にするといい。君の周りには手を差し伸べる者が大勢いる。何でも叶うとは言わないが、これだけいれば大抵のことは叶うだろう』
「何も決まってなかったらうちに来るといいんだよ。部屋も余ってるし、仕事は家業を手伝ってくれたら助かるな」
『琥烏堂にいるなら素性を詮索されることも無い。秘匿を旨とする変わった家なんだ』
 為久が言葉を継ぎ、真人は黙って聞いていた。晴久は息をひとつ吸って、笑顔を消して、告げる。
「隠し事は常だけど……これだけは言っておかないとね。
 ……パンドラさんに、最後に……止めを刺したのは、ボクだ」
『僕もね』
「黙ったまま選ばせるのは、騙すみたいだからさ。この先は、真人さんが選ぶといいんだよ」
 真人はしばらく黙っていたが、そのうちに口を開いた。その表情に怒りはなく、口調も淡々としたものだった。
「パンドラを倒したことについては、別に恨んじゃいないよ。愚神は敵だったし、共存は無理だった。取るべき道はひとつしかないだろう。
 俺からも聞きたいんだけど、アンタ、パンドラといた時、楽しかった?」
 真人からの質問に晴久は目を見開いた。しかしそれは一瞬で、当たり前のようにこう言った。
「楽しかったよ」
 真人はやはり怒りもせず、笑いもせず、淡々とこう言った。
「そうか」


『ソンなわケデ、今回もオ付き合イオねがイシまス』
「かしこまりまして」
 シルミルテ(aa0340hero001)と佐倉 樹(aa0340)は互いに『ぺこり』「ぺこり」しあい、そして面会室に入っていった。シルミルテは椅子に座ると持ってきた紙袋を逆さにし、真人の目の前で中身をバサバサとぶちまけた。
『マズはコチラの資料ヲご覧くだサイ』
 それはシルミルテの言う通りに「資料」だった。それも本格的なもの。シルミルテは適切なものを紙の中から探し出し、ぺいぺいと手際よく真人の前に並べていく。
『ワタシ今ネ、樹ノ親戚サンかラオ仕事モラってて、出所後にソレのお手伝イしてモライたいノネ。
 コレ福利厚生ー。トリあえズ現時点ノ仮条件。出所シタらゴ時世トカに合わセテ上向きニ見直しマス。社会保険ト社員寮トカ完備ヨ』
「……その資料作成したのは親戚の会社。前科があっても出所後なら歓迎だっていうのは確認済」
 今日はシルミルテが主体、樹は補足肯定係だ。真人は沈黙していたがシルミルテは構わず話を進める。
『お仕事内容はネー。特殊清掃ノ後ノ特殊清掃! 簡単ナノだト、お掃除シタ後の事故物件に住んダリー、真っ当ダケど綺麗ナお仕事ジャないノ。真人チャン、オバケとかダイジブ? ダメでモ事務トかモアルから安心ヨ。
 真人チャンをスカウトしタイ理由は色々ダけドー、ナントいってモー、美味しソウな「ゴハン」ヲー、食べ損なっタのーデー、少しデモー元を取りターイ。
 タップリ二十年とカソレ以上デモ待ってルヨ。短くッテモいいヨ。お手紙チョウだいネ』
 途中でじたばたしたりもしたが、そんなこんなでスカウトの説明は終わった。そしてシルミルテは真面目な顔に切り替えて、ジッと真人の目を見つめる。
『……樹ガ死んダ時に、ワタシと誓約シテ欲しイ』
「……は?」
『樹ガ死んダ時に、ワタシと誓約シテ欲しイ』
 真人はさすがに聞き返し、シルミルテは二度言った。シルミルテは真面目な表情のまま、真人を見つめて話を続ける。
『ホントは、樹ガ死んダラ回収シてオシマイだっタケド、ワタシはキミに「森」へノ「招待状」ヲ渡しタかラ。
 ワタシはパンドラちゃん……良人チャン? とキミヲ「一緒」に「お茶会」へ招くヨ。【シルミルテ】ノ名に誓っテ「約束」スル。ソレを履行スルたメニもキミを強く望ム』
「……」
『ア、今更ナシは受付られマセン! 「森」ノ招待状の受取拒否は手渡し時ノミでスノデ!』
 シルミルテは表情を切り替えて、大きなバッテンを作ってみせた。視線を寄越してきた真人へ、樹は肩をすくめてみせる。
「一応、私が現在病気とかでは無いよ。両親ともう一人、家族全員事故死してて……多分私も早死にってだけ」
『マァ真人チャン人気者みたイダし、時間はタップリあるかラそノ間ニ考えとイテネ。ドっちかダケでモ受けてクレルとうれシイ! 両方ダトもっとうれシイ!!』
 言ってシルミルテはにぱっと笑った。真人は今日一番複雑そうな顔を見せた。そして大きな溜息と共にお馴染みのへらず口を叩く。
「モテ期って、実際来たらめちゃくちゃ困るもんだな」


「俺の処分についてですけど」
 判決が下った後、エージェント達は再度真人の面会に訪れていた。真人の顔は相変わらずやつれていたが、先日の面会時よりはいくらかよくなったように見える。やはりこれも相変わらず、真人はこちらに視線を合わせようとはしなかったが、塞いでいると言うよりも、どういう顔をしていいのかわからないといった様子だった。
「俺の保護観察処分を求めたおせっかいさんがいたらしくて、まず更生保護施設に入って、それからH.O.P.E.で数年間奉仕活動ってことになりました。多分全部終わるまで、短くても十年かかると思う……あと色々お誘い受けたけど、今は答えられません。今すぐに決められるほどお前らのこと知らないし。
 ただ、その……俺のこと、考えてくれてあ、あり、ありが……」
 真人は言い掛けて一度口を閉ざしたが、しばらくしてから「……とう」と、蚊の鳴くような声で呟いた。相変わらずの調子だが、エージェントの内の何人かは真人の様子に笑みを浮かべた。エデンが「そうそう」と思い出し、写真の件を真人に告げる。
「職員さんに伝えたら、保管しておいてくれるって」
「パンドラさんのお面とかも残ってたから、私物は全部ってお願いしておいたんだよ」
 晴久も言葉を続け、真人は「……そう」と呟いた。真人は相変わらず気まずそうにしていたが、エージェント達に伝えるべきことをぽつぽつと話し出す。
「とりあえず、奉仕活動が終わるまでは生きてみるよ。その後のことはどうするか、まだ全然決めてないけど……その時まだ『うちに来い』って思ってくれてるなら、その時声をかけて下さい……。
 あと差し入れの件だけど、一応全部食べました。どうもごちそうさまでした……と、とりあえず、それだけ……」
 真人はようやくそれだけ告げると、今度こそ完全に顔を背けた。真人の様子に大きく変化したところはない。顔色は相変わらずだし、キラキラした笑顔も見せはしない。この先ずっと生きていくことを選択したわけでもない。
 それでも。真人が踏み出した道は、今まで歩んできた道とはまったく別のものである。その先にどんな未来があるのか、それは今はわからない。けれど暗いものではないだろう。
 彼に手を差し伸べようとする者達がいるかぎり。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
  • 命の守り人
    温羅 五十鈴aa5521
    人間|15才|女性|生命
  • 絶望の檻を壊す者
    沙治 栗花落aa5521hero001
    英雄|17才|男性|ジャ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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