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冥府の支配者
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質問卓
最終発言2019/02/21 21:24:38 -
作戦会議室
最終発言2019/02/22 14:09:08 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2019/02/21 21:47:07
オープニング
●北陰大帝
「人類は王とひとつになり損ねたのだね、愚かなことだ」
少年の動画は、今回は国営放送ではなくネット上の動画サイトに投稿された。
場所は屋外。遠くの草に覆われた稜線がなだらかに続く。
「僕はその愚かさすら愛しているよ。あの《燻る灰》がそうだったように」
暗色の漢服を纏う少年の傍には、西洋風のスーツを着た中年紳士が寄り添っている。
「僕の手で人間を王の元へ送ってあげることで、慰めとしよう。《燻る灰》の眷属であった蛇がゆくよ。痛みも苦しみもない、新たな地平に旅立とう」
くるりと少年は身をひらめかす。小さな背に不似合いなほどの大剣が画面に映る。
「それより見てくれないか、この《燻る灰》と同じ目。僕では画面の向こうにいる君達に、この力を届けられないのが残念だけど」
微笑む少年の瞳がクローズアップされる。
青い瞳、禍々しく輝く光彩。
「実験を繰り返して、ようやく再現に成功した青だよ。大層美しいだろう。ふふ」
心底誇らしげに、青い瞳が画面を見据える。
「この青が恋しくなった者達は、僕に会いに来るといい。逃げも隠れもしない」
画面が引いて、また緑に覆われた稜線が映る。
「そうだ、申し添えておくと、この墓陵は《燻る灰》のためのもの。僕がここを荒らすことは決してない」
言葉の端々に潜む邪悪とは裏腹に、少年のしぐさはいっそ無邪気なほどだった。
「共に彼女を偲ぶこととしよう、愚かで愛しい人類達」
●試馬地区、墓陵
「ネット社会って怖いですね、どうしてこう愚神がぽんぽん動画投稿できちゃうんでしょうね。……あっ、件のアカウントは即停止して貰ってますよ? 当然」
柏木信哉はタブレットを操作しながら報告した。
動画のほうはアッシェグルートの前例もあり、投稿後30分ほどで元のサイトからは削除された。
しかし一度流れ出た情報は元に戻すことは出来ない。
静止画、内容まとめ、コメントまとめ、複製動画など、いまもコピーが出回り続けている。
「一応、動画そのものには洗脳などの目立った効果は認められませんでした。いまの段階では、ですが」
動画を通して《魅了》スキルを伝播した愚神アッシェグルート。
前回のテレビ出演で北陰大帝を名乗った少年愚神は《燻る灰》の通称でアッシェグルートとの繋がりを示唆した。
『黒蛇(ヘイシェ)』構成員であったリィの証言でも、同愚神が《燻る灰》と客人として遇していたとされる。
「事件も起こっています。試馬地区で冥蛇による死者が出ました。見た目は毒蛇に咬まれたものと区別がつきませんが、死因はライヴスを急速に失ったことです」
同地区は紛争地帯であり、外国人の立ち入りは厳しく制限されているが、今回は特例措置としてH.O.P.E.が現地入りして従魔の捜索を行っている。
「蛇は雲南の軍事施設に出没したものと同じであると確認されています。死者の出た地区は厳戒態勢が敷かれていますが、駆除できたのは数匹のみ。こちらは引き続き現地入りしたエージェントが対応しますが、問題なのは動画の撮影場所です」
柏木は録画しておいた動画を再生した。
削除されるまでの30分の間に、再生回数は記録的な数字をマークしている。同様に世界中で記録に残されていることは想像に難くない。
「少年愚神が立っているのは、従魔が死体を乗っ取る事件があったときの埋葬地です。映っている景色から特定されています」
試馬地区で紛争があり、同時期に隣接する遊牧民の村が従魔に襲われた。そこで発生した死体には従魔が憑依し、死体を増やし、墓陵に運んだ。
埋葬されている遺体は、およそ八百体。
少年愚神はこの墓陵を荒らさないと宣言したが、信じてよいものか。
「『黒蛇』の研究所というところではアッシェグルートの能力を模倣する青い目の研究が行われていた、と崔麗妃の英雄が証言しました。また、映っている剣は同人物の与えられた『赤熱杭』と同型であるようです」
つらつらと、柏木は調査結果を報告する。
「一緒におるのは奏者であろうな。大帝との関連、合流の可能性はわかっておったが、揃って姿を現すとはの」
風 寿神(az0036)も映像を見て呟いた。もう笛吹芽瑠とは呼ばない。あれは死者の体を利用する愚神だ。
『今回は屋外かい。風があるんが面倒やな』
マパチェ・デルクス(az0036hero002)の視線は少年の傍らに無言で控える奏者に注がれている。
奏者の放つスキルは気流を生むことがわかった。
屋内の静かな環境ではわずかな気流の乱れでスキルの発動を見切ることも可能だったが、冬の風吹く草原ではまた勝手が違う、と眉を寄せる。
「面倒ではあるが、崩せぬほど強固というわけでもあるまい?」
『強がるのはやめえや。毎晩うなされとるくせに』
口は悪いが、マパチェなりに寿神を心配しての発言らしい。
「まあな。俺は弱いが、ひとりではない。フーリもリィもおるし、友人もおる。親代わりの『あの人』だけに頼っておった子供ではないよ」
英雄を安心させるように、寿神は微笑んでみせる。
自分が罪であるという意識は消えない。
他人に向けるべき心の刃を、常に自分へと向けてしまう性質も変わらない。
生き残るのは自分ではなく、兄ならよかったのにとも思う。
それでも。
「今度こそ、『あの人』を解放してやろう。きっとそれが、俺と『あの人』の再会した意味じゃと信じておる」
解説
●目標:北陰大帝、及び奏者の撃破
●現場状況
・なだらかに盛り上がった草原、地下は従魔『魄』の犠牲者およそ八百人が眠る
・草原の王の墓陵に形式が酷似しており、現地では掘り返すとよくないことが起きると信じられている
・付近で『冥蛇』の被害が出ているが駆除された個体は少ない
●登場
北陰大帝
・少年型愚神。組織『黒蛇』を支配する
・アッシェグルートを客人として遇し、紛争地帯に違法武器を売り捌いていた
・フォイルリヒトの力を宿した従魔を人間に寄生させ、変化した中で最も成績のよかった眼球を移植している
《青光》
フォイルリヒトを模したスキル。青く輝く光彩を直接見ると発動する。BS気絶[2]
《赤熱杭》
刃のない剣。ライヴスによって赤熱し、込めたライヴスを火球として飛ばす。本体に触れたものにBS減退[3]、火球の着弾地点1sqに火柱
奏者
・『黒蛇』に所属し蜥蜴市場と呼ばれた営利市場を運営する
・人間の悲嘆、苦痛を好む
・寿神の恩人、笛吹芽瑠を依代とするが体は死亡済み
《消音》
・本体の周囲を包む繭状の障壁
・障壁は音、気流、温度、水を防ぐが攻撃は通る
《見えない刃》
・範囲3、射程4で水平に不可視の刃が飛ぶ、方向は任意
・刃はライヴスを伴った真空あるいは圧縮空気、発動時にライヴスと空気の渦を生む
冥蛇(ミンシェ)×10
・牙によりライヴスを収奪、人間ならひと咬みで死亡
・動きは素早いが戦闘力は高くない
・色は黒、背中の一箇所に紋章のような赤い模様がある
胡蝶、血鉤、首なし従魔
・必要に応じ奏者が使役する。数は不明
●NPC
風寿神&マパチェ・デルクス(ジャックポット)
ライフル所持、主に援護射撃
柏木信哉(バトルメディック)
ケアレイ、クリアレイ、ケアレイン所持、武器は弓、主に後方支援
※NPCは指示があれば従います
リプレイ
●
草を撫でながら、風が草原を渡ってゆく。
遠くに町が見える。それ以外はなだらかな丘が地平線まで続き、水気のある場所には草地が、乾いた場所には砂地が広がる。
小高い丘の中央には背広の中年紳士と漢服の子供が立っている。
その姿は完全に人間のそれであり、草原を散歩する親子連れにも見える。
しかし、彼らは王に仕える愚神。
『蜥蜴市場』を運営し、ヴィラン組織『黒蛇』を使って人間社会のなかの愚神達を裏から支援してきた。
「遠慮しないわよ、私は」
追い続けた敵の首魁を目の前に、鬼灯 佐千子(aa2526)は決意を込めてその言葉を口にする。
遠慮をしない。それは、英雄リタ(aa2526hero001)と交わした誓約。
彼女は自分の弱さを知っている。
力も技も知性もまだまだ足りない。財力も権力もカリスマもあるわけじゃない。
なら――、自分でない誰かの手を借りればいい。
自分だけで何かがやれるとは思わない。仲間あっての作戦だから。
「まったく……王を倒してもまだまだ暇にはならないな」
佐千子の要請を請けて加勢に駆けつけたリィェン・ユー(aa0208)は、刈るべき首の存在を喜んでいるかのよう。
「俺は、どちらの首から刈ればいい?」
「可能ならば奏者から。従魔を操られるのが面倒だわ」
佐千子が答える間に、丘の影から首なし従魔たちが姿を現す。
首のない白い体に槍と盾。あるじを守る兵士達のように統制の取れた動きで列をなす。
その足元を、子犬ほどの大きさの鼠従魔が縫うように駆け回る。
「ここで北陰大帝が出てくるってことは……」
『どうやら、こちらが思っている以上に敵は追い詰められているのかもしれんな』
九字原 昂(aa0919)はベルフ(aa0919hero001)と目配せした。
蜥蜴市場の連中は、嫌になるほど用心深かった。
どれだけの犠牲を払っても、本体にだけは逃がす狡猾さがあった。
それが、ここへ来て支配権を持つ愚神が自ら姿を現すとは。
「それなら猶更、ここで決着をつけないとね」
昂は鋭さを押し殺した柔和な笑みを浮かべる。
「ぎしぎしする音楽はもう終わりだ……」
ヤナギ・エヴァンス(aa5226)は離れた場所から奏者を見ていた。
奏でる者、の名を持ちながら、愚神の奏でるのは不快な音ばかり。
『ええ……永遠に音の無い場所へ、お送りさせて頂きましょう』
唯一の解は奏者の撃破だろう、と静瑠(aa5226hero001)も頷く。
愚神の王は退けた。
残る愚神たちにも、そろそろ幕引きが必要だ。
●
「久し振り。の、仕事だ……ク。ふ」
共鳴した廿枝 詩(aa0299)は、ヴュールトーレンのスコープを覗きながら思わず笑みを零した。
戦闘行為に血が滾る。
王との戦いを終えたあとも、まだ愚神という敵がいる。
しかも、今回の目的は敵の殲滅。
敵二体とはアンチマテリアルライフルの射程を生かして充分に取ってある。イノセンスブレイドを使うなら、精神系BSには脆弱となる。特に大帝の青い目は危険だ。
「……こっちは早めに、畳みたい。けれど」
詩もまず奏者を仕留める作戦だが、敵は未知数。どう出るか。
おそらく遠距離からの狙撃を警戒しているのだろう、奏者も従魔も一箇所に留まらず、動き回っている。
「まずは一発」
狙いすましてライフル弾をお見舞いすると、盾役の従魔に弾かれた。
首なしは奏者の周囲に六体、北陰大帝の周囲に六体。
「盾役から削るのが確実かな? 急がば回れ……ってね?」
詩はひとり呟いて、ライフルを構え直す。
「……目の前で爆破された人のこと、忘れてないから」
雨宮 葵(aa4783)は唇を噛む。
『……失敗を死で償うのは珍しくもない。あの人だって、闇組織の一員。殺されてもしょうがない事をやってきた』
燐(aa4783hero001)は冷たく言い放つ。
それは燐の優しさ。目の前で起こった組織構成員の爆死、その重荷が葵に掛かることのないように。
「奪われてもしょうがない命も自由もない! 珍しくなくても、悔しい!!」
蜥蜴市場は、関わるものすべてを証拠隠滅の為に切り捨てる。構成員の命も、顔も、素性も、その望みも。
殺さないでと怯えた若者に、組織を抜ける自由はなかった。結局は愚神に支配されていた。
「ここで倒して、終わらせる」
まずは邪魔な取り巻きから、とカチューシャを構える。
ロケット砲が次々に発射され、爆煙と共に土煙が舞い上がる。
土埃を切り裂くように、斬撃が飛ぶ。
奏者の見えない刃ではなく、リィェン仕様の屠剣『神斬』。
見えない刃の射程外から圧倒的破壊力で繰り出された攻撃が、地面ごと従魔を抉る。
重ねて巻き上げられた土が、あたりを覆う。
「……闇討ち御免!」
巻き上げられた土に潜伏して近づいた天城 初春(aa5268)が跳躍し、奏者の背後から『毒刃』を込めた刃を振り下ろす。
手ごたえはあった。しかしその直後、土埃が激しく舞い、その中に透明な水平三日月型の刃が浮かび上がる。
「見えるぞ、粉塵の中に透明な刃が」
スキルの刃が飛ぶ寸前に地面に伏せ、攻撃を避ける。
しかし伏せたその上に、従魔の投擲した槍が刺さった。
「ぐっ!」
「君達が集団で攻撃してくるように、私の攻撃も一種類ではない」
奏者の背広は大きく裂け、背中にははっきりと袈裟斬りの傷が出来ていた。
だがその傷口は乾き、血の一滴も流れない。愚神は嗤う。
「弱いものいじめかね? 君達の予想通り、私は弱い。スー、助けておくれ」
「……貴方の養い子は来ないわ。戦線を乱されても困るもの」
佐千子の役割は奏者と北陰大帝の分断。盾となるよう二者の間に立ちはだかる。
寿神は信哉と共に、あえてきつめの言葉を使って後方に下がらせた。
粘着質の執着を持つ奏者のこと、寿神が近くにいればそれこそ最後の力をすべて使ってでも切り刻みかねない。
リィも寿神も、納得して下がった。仲間に全てを託し、援護に徹する。
「私とスーは、親子も同然。親子の対面を阻むとは、なんて酷いんだろう」
「アンタが人間ならな」
奏者の注意が逸れた隙に、ヤナギも一気に距離を詰める。パレンティアレガースを装着した脚を高く蹴り上げ、頭がけて踵落としをお見舞いする。
側頭部に直撃し、脆い欠片が飛び散った。頭蓋骨の。
漏れる脳漿はなく、暗い空洞が覗いている。
表面上は生きているよう取り繕ってはいるが、内部はミイラのように乾いていた。
それ以上は、硬い物の入った腕でガードされた。
「もう少し、生きてンじゃねェかと思ったときもあったケドな」
動いてはいるが、体は完全に死体だ。
「何が何でも止める!」
葵が突進と同時に妖刀を抜き、奏者の胴めがけて振り抜く。
ここまで死体なら、もう急所とか気にしても仕方がない。思い切り両断すればいい。
奏者は退くが、切っ先が背広の胸を裂く。骨を絶つ感触が手に伝わる。
「邪魔……」
奏者への攻撃を排除しようとする従魔を、詩が狙撃した。
首なし従魔は盾持ちだが、こちらに注意が向いていなければ狙うのも容易だ。
攻撃により、奏者を守る首なしは二体にまで数を減らしていた。
後方からの援護もある。小さくて早い鼠は後回し、このまま一気に――
「……っ……」
足首に、鋭い痛みが走る。
蛇だ。黒に赤い模様。
銃床で叩き落とすと、蛇はするすると土中に消えた。
「蛇が出た。咬まれた」
詩は通信機で味方に情報を回す。
蛇は一般人には脅威。一咬みでライヴスを吸収。しかし鈍い。攻撃力は高くない。
それほど脅威な従魔とは認識していなかった。
「こちらもじゃ。地中に穴が。別の生物の掘った穴かも知れぬ。気をつけられたし」
通信機から別の声がする。寿神も同じく蛇にやられたようだ。
ライヴスを急激に抜かれたことによる倦怠感がわずかにあるが、問題となるほどではない。
「……、掘り起こすと良からぬことがあるんじゃなかったっけ」
この下は墓陵。そう聞いた気がするが。
「草が生えてるでしょう? 横から掘られていて、実際の墓は深いところにあります。この何メートルも下です」
通信機越しに、当時の事件を担当した信哉が答える。
それはもっと早く言ってくれ、と詩はぼやく。
踵で詩の辺りの土を踏むと、確かに空洞らしきものがあった。出来る限り土を崩して埋めておく。
そしてライフルを構え直す。
「じゃあ……遠慮なく」
うろうろと動く盾持ちは、片っ端から撃ち抜いてやる。
●
そこに立つ愚神は、映像よりも幼く見えた。
華奢な体躯に、漢服の幅広の袖と裾が靡く。
「まずははじめまして、でしょうか?」
昂は笑顔を浮かべて挨拶する。
『まぁ、じきに今生の別れになるがな』
ベルフが共鳴し、柔和な笑みは跡形もなく消え去る。
そこに立つのは、冷徹に任務を遂行するシャドウルーカー。装備した白夜丸の柄に手を掛ける。
「ようこそ。歓迎するよ、人間達」
少年愚神も笑顔を浮かべ、背に負った大剣を引き抜く。
そしてその瞳は青く輝いている。かつて世間の人間を惑わせた《燻る灰》アッシェグルートの『フォイルリヒト』と同質のものである。直視すれば昏倒する。
少年愚神を守るように動く首なし従魔、その一体の懐に素早く踏み込み、スカバードの加速で白刃を抜きざまに従魔を斜めに斬りあげた。従魔は槍を振りおろす間もなく、二つに分かれて地に落ちる。
まずは愚神達を引き離すため、北陰大帝の注意をこちらに向ける必要がある。多少のパフォーマンスも込みだ。
「貴方は『何』ですか?」
藤咲 仁菜(aa3237)は言葉に怒りを乗せて愚神に話しかけた。
異常なほど澄んだ瞳で、少年は仁菜を見上げる。青い瞳から、あえて視線は逸らさない。
「従魔を使い、人を消耗して……そんなに手間隙掛けても、本物には到底及ばない模造品」
挑発と時間稼ぎを兼ねた会話。
奏者へ振り向けた戦力を考えれば、そう時間は掛からずに撃破し大帝に向かえるはず。
「理解は求めてないよ」
ふふ、とあどけなく愚神は笑んだ。
「貴方の我儘でどれだけの人が犠牲になったの? 母親に相手にされずに駄々を捏ねてる子供みたい」
「人間達は本当に外見に惑わされるのが好きだね。人間の姿だと人間と同じと思うし、子供の姿は子供だと思う。何度失敗しても繰り返す」
愚神は真っ赤に灼けた剣をもたげる。
振り抜かせない。仁菜は距離を詰めてアイギスの盾で剣を受ける。
ライヴスの鏡面に愚神が映り込む。
「ふぅん。攻撃を跳ね返す盾くらいで、僕をどうこうできるとでも?」
灼熱した剣の強い熱で、周囲の空気も焦げる。盾が熱を持つ。
「貴方の我儘を終わらせます!」
仁菜の眉間がズキリと痛んだ。
痛みという概念を濃縮したような、純粋な痛みが脳髄を包む。
そして、ブラックアウト。
佐千子の二挺拳銃が火を吹き、少年愚神の視線が逸れる。
「私、難しいことはわからないけど」
非透過型HMD越しに愚神の青い目が佐千子を直視する。彼自身が言ったように、ディスプレイ越しではスキルは発動しないようだ。
「どうやら、貴方がたのやり方は私と相容れないようなのよね。貴方が組織のトップなら、全力で潰すわ」
「シンプルでいいね。そうこなくちゃ」
逆方向から狙いを定めてひらめく昂の刃を、愚神は赤熱する剣で受ける。
「僕達を殺しに来たんだろう? 君達の覚悟を、見せてごらんよ」
●
丈の短い草が、渦を巻くようにうねる。
ヤナギが足元の土を蹴り上げると、風で巻き上げられた土粒子が空中の刃を浮かび上がらせた。
「避けろ!」
葵に警告すると同時に、陰陽玉を飛ばして弾く。
不可視かつ不特定方向に発動とはいえ、実体のある攻撃。
空気の刃を形成するのに風が動くのなら、避けるのは不可能ではない。
「スー、そこにいるだろう。出ておいで。君がこの体に引導を渡しなさい」
頭蓋骨には穴があき、体の前後に大きな傷を開かせたまま、愚神は変化もなく話す。
「君は自分が傷つく時より、傷つける時により心を痛める。私の最期を心に刻むといい」
優しく呼びかけるように話すが、その内容は寒気のするもの。
「引導なら俺が渡してやる。それで我慢しろ」
空気の刃のスキル射程外から、超硬質ワイヤーが飛来する。
リィェンのキリングワイヤー。
愚神は腕をかざして防御しようとするが、それも織り込み済み。
ワイヤーの一本が、肩から腕を切り落とす。
「年貢の納め時であろう!」
ジェミニストライクで分身した初春が、両側から膝関節を狙う。
膝をついた愚神に、葵の妖刀が迫る。
「流石に首と胴体が離れれば!」
水平の軌跡を描き、チャージラッシュを載せたの刀身が愚神の首を跳ねる。
首は遠くに転がった。
愚神の切り落とされた右腕と、倒れ伏した体の左腕の袖から、極彩色の翅を持つ胡蝶が舞う。
ひらひら、ひらひらと、悪夢のように美しい色と光を撒き散らして。
「従魔がまだ動いてる……?」
草原に倒れた愚神の体を調べようとするヤナギを、蝶の乱舞が阻む。
ガサガサと、小さなものが動く。背骨の辺りから何かを抜き取って走り出したそれは、子犬ほどの小さな鼠従魔。
動きはすばしこく、草原を横切って走る。
あどけない少年の姿をした、もうひとりの愚神の元へ。
●
「仁菜さん! 盾役が倒れちゃ駄目ですよ! 気絶はプリベントデクラインでは防げません!」
仁菜が倒れてすぐ、信哉は佐千子から貸与を受けたインジェクション・ガンでクリアレイを仁菜に打ち込み、駆けつけた。
いかに特殊抵抗が高くとも、立て続けにスキルを受け続ければ立っていられる確率は加速度的に下がる。
頭を振って、仁菜は立ち上がった。
「私はあの子のことを知らない。だから、気持ちで負けちゃ駄目だと思って」
仁菜は怒っていた。
愚神が人の命を踏みにじったことは勿論、その行為が十三騎の意思を踏みにじっているように思えて。
「もう大丈夫。盾役は、立っていてこそ、だよね」
少年愚神が足元に走り寄った鼠従魔から小さな棒のようなものを受け取る。
ぱたぱたと埃のようなものを払うと、翡翠で作られた横笛だった。
「大儀である。脆い人間の体を着ているのも一苦労だったろう」
愚神は笛に語りかける。そして笛を懐に仕舞う。
「何か、良からぬコトが起こったようね」
佐千子は非透過型ヘルメットの奥で眉をひそめた。
「大したことじゃないよ。弱い愚神が二体、合流しただけさ」
少年の笑顔で、愚神はほがらかに答える。
「人間の皮の中に本体を隠し持っている愚神って、珍しい? 他にもいると思うんだけどな」
嫌な気配を感じて、佐千子は飛び退く。
腕に脚に、鋭い裂傷が走る。奏者のスキル、見えない刃だ。
「つまり、まとめてぶった切ればいいってわけか」
リィェンは『神斬』を構える。愚神は微笑んでいた。
「そうだね、とても簡単だろう?」
そのときリィェンの足元に軽い痛みが走る。冥蛇だ。スーツ越しに咬まれている。
叩き落として、頭を踏み潰す。その間に、愚神は次の攻撃に入っていた。火球がリィェンに直撃する。
「高射程に、高威力。ねえ君、大層強いね」
一同に緊張が走る。
ようやく奏者を倒したかと思えば、本体が逃れて合流した、だと?
「人間を堕落に誘う蛇、《燻る灰》らしいだろう? 彼女が去ったとき、この蛇だけが僕の手元に残った。僕の思いのままに動くよ」
「(何話してるんだろう?)」
スコープ越しに愚神に狙いをつける詩は、彼の口が動いているのを見ていた。
話に夢中になっている、いまなら……と思った瞬間に、青い目がはっきりと詩を見る。
「(しまった!)」
脳に激痛が走る。視界が暗くなる。
「スコープは光を反射するから、遠くからでもよく見える」
他を牽制するように、愚神はぽつりと零す。
「所詮は真似事です! 本物には及びません!」
仁菜が愚神の視界を遮るようにジャンヌをはためかせる。
リオン クロフォード(aa3237hero001)も強く決意する。
『(もう誰も、お前らの犠牲にはしない!)』
そしてスキルで治癒の雨を降らせる。
「(燐、ここで熱くなるな、退けって言う?)」
葵は共鳴中の英雄に話しかける。
『(……言ったら退くの? やるなら、徹底的に)』
叩くチャンスだと、鬼教官は答える。
「(さすが燐、私をわかってるね!)」
葵はライヴスソウルを砕く。リンクバースト。
「そうね、出し惜しみしてる場合じゃないわね」
佐千子もライヴス結晶を砕く。リンクバースト。
少年愚神は彼らを静かに見つめ、呟いた。
「すべては、王の為に」
●
草原に、灼熱杭による火柱が立て続けに上がる。
少年愚神は、軽やかに駆けた。
駆けた後から、残像のように不可視の刃が襲ってくる。
死角を覆い隠すように、色とりどりの胡蝶が舞う。
そして動き続ける限り、遠距離攻撃は当たりにくくなる。
「移動力勝負? 受けて立つよ!」
葵も鮮やかな色の髪を靡かせ、併走した。
一気呵成の斬撃を入れると。愚神は受け流して後方に飛び退る。
佐千子のイグニスの炎がその後を追うが、《消音》の繭が熱気を防ぐ。
「残念な奴だな君は。二番煎じだと結局はそれなりの威力か」
リィェンは遠距離攻撃を捨て、疾風怒濤の連続攻撃で手足を狙う。
火柱の直撃でも即重体に至る威力ではなかった。十三騎のそれには遠く及ばない。
「残念で結構。人間に評価されようとは、はなから思っていない」
神斬の攻撃で傷ついた愚神は、血を流していた。奏者とは違うようだ。
昂の女郎蜘蛛が、愚神の動きを絡め取る。
すかさず白夜丸が、愚神の懐の笛を狙う。灼熱杭が、それを阻む。
「……粘りますね」
「王は不滅にして不屈。僕達は王といまだ繋がっている。王の御前に立ったとき、恥ずかしい思いをするのは御免だ」
王の本体は退けたが、王の残滓はまだ世界の隙間に残存している。愚神達は、王の残滓と繋がることで存在している。
大帝の袖から冥蛇が顔を出し、昂の腕に牙を立てる。あやうく太刀を取り落としそうになる。
しかしそこに、詩のヴュールトーレンの弾丸が届く。
弾は愚神の頭ではなく、脚に命中した。
ふらつく愚神の目を、初春の居合い斬りが狙う。
「冥府にて王の傍に侍るがよい!」
眼前に迫る刃を、愚神の左腕が受けた。肉が断たれ、鮮血が散る。
そのまま初春の空いた胴を、灼熱杭が払う。
「……目はやらせない」
「似せてもあの愚神のものには到底及ばぬ。力も、宿す輝きもな」
初春はアッシェグルートと交戦し、フォイルリヒトをまともに食らったことがあった。
出来の悪い模造品には、吐き気がする。
「コピーに意味なんてあンの? アンタさ、素でも強ェンだろ?」
ヤナギが離れて立っていた。拳銃は持っているが、銃口は下ろしている。
「僕の独自の能力は放棄したよ。《青光》と《灼熱杭》を使いこなすためにね」
愚神は平静を装うが、その立ち姿からは余裕が失せていた。
「《燻る灰》と僕は互いによき理解者であり、よき仲間であった。だが彼女は十三騎として王に身を捧げ、最期を共にすることは叶わなかった」
目を閉じて、息をつく。何かの感情に耐えるように。
「王が退き、『黒蛇』は愚神の支援組織としての使命を終えた。あとはこの身を王に捧げるだけ。最期くらい、僕の好きにする」
「そう。貴方にも覚悟はあるんだね。今まで殺した人達のことは、許さないけど」
葵が『華樂紅』の鯉口を切る。リンクバーストによって、BSは無効化されている。
「全知の神のようなことを言う。愚神が存在するために磨り潰す命のことを、すべて把握済みだとでも? その穢れた正義感、人間らしくてとても好きだよ」
「そうだね、私は不完全な人間。だから許さない。許さないものは、許さない」
確かなことは、この愚神は多くの人を不幸にしてきたこと。それだけでいい。
「葵ちゃん。ここで終わらせて、皆で帰ろう。私の力も託すよ!」
仁菜のクロスリンクで、葵に力が流れ込む。
「紙の蝶は、焼き払ってきたわ。幻覚で邪魔はさせない」
イグニスを二挺拳銃に持ち替え、佐千子も並ぶ。
そして続けざまに愚神の腹に向かって銃弾を撃ち込む。
「見えない刃は近づくのに厄介だわ。破壊できたかしら?」
「……は。あれも古代から祀られる神器、なんだけどね」
腹を撃たれた愚神は、弱々しく笑いながらごぼりと血を吐く。
「遠慮はしない。今更そんなこと、何の役にも立たない」
「……いいね。シンプルで」
血と共に翡翠の欠片が零れる。そしてぼろぼろに崩れてゆく。
スカバードの電磁加速で押し出された妖刀が、愚神の胴を斬りあげる。
同時に仁菜がアイギスの盾で剣の動きを妨害する。
「せっかくだ、最後に首はやらせろ」
リィェンの神斬が、崩れる直前の首を跳ねる。
流れた血も砂のようになり、墓陵の草原に散っていった。
●
「無念じゃの、終ぞ分かり合えることはなかったか」
戦いの終わった草原を眺めつつ、初春はぼやいた。
『頑なじゃったのう』
辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)もその隣に座る。
「王は斃れ、愚神も英雄も新たに現れることはなし」
愚神と理解しあえれば共存の道も拓けるのではないかと模索し続けたが、成果はなく何もかも消えていった。
『新たな異界の存在、イントルージョナーとやらはまた別の可能性を秘めておるかもしれんぞ』
世界は回り続ける。消えて行ったものもあれば、新たに生じるものもある。
「ちいとは感傷に浸らせてくだされ」
時は流れてゆくが、掴めそうなのに手から零れていったものたちが哀しい。そんなときもある。
「奏者は笛そのもの、か……」
ヤナギは草が風に揺れるのを見ていた。
『人の心がない、とは思っていましたが』
神に捧げる楽器として、古代に玉笛が作られていたことは静瑠も知っている。
「愚神達はここに眠るつもりで出てきたのかねェ?」
持ってきた楽器ケースから、ヤナギは愛用のベースを取り出し、思いつくままに爪弾く。
それは鎮魂の歌。
――眠れ、眠れ、この土地で。音のない世界で。
永遠に。