本部

明日に往くための今日

雪虫

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~15人
英雄
9人 / 0~15人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2019/02/27 18:47

掲示板

オープニング


 GLAIVEに申し渡された処分は二つ。一つはGLAIVEという組織の解体。当然元組織であるリオ・ベルデ能力者特殊部隊の再編成も不可とする。
 もう一つは主犯であるハワード・クレイ……を騙っていたイザベラ・クレイをリオ・ベルデ郊外の特別施設に十年間収監とする。GLAIVEの目的、及び『王』討伐時の働きを鑑みれば抒情酌量・恩赦の余地は十分あるも、人体実験及びRGW密造、リオ・ベルデ国民に刃を向けた罪は重く、何の懲罰もなく釈放という訳にはいかない。
 故にGLAIVE首魁、かつ主犯であるイザベラ・クレイは収監。他の者……GLAIVE兵士については放逐処分。GLAIVE兵士はある意味人体実験の「被害者」と言えるし、人体実験及びRGWの後遺症を負った者も多くいる。現在はRGWではない義肢に置き換えてはいるものの、RGW義肢化した部分があまりに多く、現在のアイアンパンク技術でも完全にカバーする事は出来ないそうだ。またGLAIVE及び特殊部隊が解体されるという事は、今までの職も、地位も、全て失うという事である。かくしてGLAIVEという剣戟は、この世界から完全に消滅する事になる。


「本日はよろしくお願いするのであります」
 作業服を着たマニー・マミーは、エージェント達の姿を認め右手でビシッと敬礼した。その背後に居並ぶ元兵士達も、一時作業の手を止めて苦み混じりの笑みを浮かべる。
「よお」
「助太刀感謝する」
「なんのなんの! 復興支援は我々H.O.P.E.の責務でもあるからな。過去のあれそれは汗と共に流してしまおうではないか!」
 と豪快な返事をしたのは、ギアナ兼インカ支部長、M・Aである。今日も今日とて上はベニコンゴウインコマスク、下は蔓一本とブーメランパンツ。初見の元兵士達の顔が若干引き攣ったのは言うまでもない。
 放逐処分の下された元GLAIVE兵の取った道は概ね二つ。一つは故郷に帰る事。もう一つは復興支援に携わる事。王は倒れたとは言えその爪痕は未だ深く、イントルージョナーと名付けられた新たな侵略者の影もある。人手は多い方がいい。……それが、後遺症により不自由を抱えた廃兵であろうとも。
「まあ飯炊きは出来るから安心しろ。残留従魔やイントルなんちゃらはお前らに任せたい所だが」
「存分に任せたまえ! それではまずは食事の準備だ! 見よ、ギアナ・インカ支部の技術の結晶、超万能炊事車『お調理夫人』だ!」
 M・Aが手をかざし、戸丸音弥の運転する超万能炊事車『お調理夫人』がその姿を現した。これ一台で二百人分の炊飯、調理が可能であり、なんとパンも焼ける。
「さあ復興支援だ! 今日はまだ小さな一歩だが、この一歩が明日へと繋がりやがては大きな道となる。皆の衆! 力を合わせこの困難を共に乗り越えようではないか!」
 M・Aが咆哮し拳を天に突き上げた。溢れんばかりの熱気に乗って共に燃え上がってもいい。別に乗らなくてもいい。

●NPC
 戸丸音弥&セプス・ベルベッド/M・A&エルエル
 ギアナ支部衛生兵/ギアナ兼インカ支部長。ギアナ支部代表として復興支援に参戦。戦闘行動可能

 元GLAIVE兵
 人体実験及びRGWの後遺症を負っており、とりあえず義肢はつけているが動作はぎこちないものである。炊事は出来るが戦闘行動不可能

 マニー・マミー
 元GLAIVE兵の一人。両脚が義肢で、やはり動きはぎこちなく、炊事は出来るが戦闘行動不可能。「復興支援」のため賃金は出ないはずだがやけに張り切っている

解説

●やる事
 ご飯を作る

●食材
 米・野菜・果物・肉・魚・卵・安全な水・調味料など必要と思われるものは揃っている(ただし高価過ぎる/珍し過ぎる食材は却下する場合がある。スーパー及びアマゾンで普通に入手出来る食材に限定されたし)

●お調理夫人
 大型かまどで飯炊き、汁物、煮物、揚げ物、焼き物、炒め物などのほとんどの調理が可能であり、オーブンではパンも焼ける。他にも調理台、食器棚、流し台など炊事に必要なものは揃っている。台数は予備も含めて二台

●食べに来る人
 リオ・ベルデ国民×いっぱい。支援部隊はトラックに乗り、一日掛けてあちこちの村や集落を回り支援を行う

●ハプニング(PL情報)
 リプレイ中盤でイマーゴ級従魔(数十体)がふよーっと現れ、放置するとお調理夫人に取り付き、お調理夫人ごとふよーっと何処かに飛んでいってしまう

●その他
・NPCに頼みたい事があれば頼んでもOKです(例:鍋をかき混ぜて欲しい、人員整理をして欲しい、など)可能不可能はNPC項目に書いている通りです/不可能事項は却下します
・NPC全員の料理の腕前は「きちんと指示を出せば実行するが、自発的にやらせると大味になる」レベルです
・食材や料理が余る可能性があります/余った分は賄いとしてPC・NPCで食べて頂いて大丈夫です
・必要物品があればリクエスト可(用意が難し過ぎるものは却下する場合あり)
・プレイングの出し忘れ/英雄の変更忘れ/装備・スキルの付け忘れにご注意下さい
・装備されていないアイテム・スキルはリプレイに反映する事が出来ません
・能力者と英雄の台詞は「」『』などで区別して頂けるとありがたいです

リプレイ


『久しぶり! 元気そうで良かったよー!』
「M・Aは相変わらずその格好なんだな」
 不知火あけび(aa4519hero001)はエルエルのもふもふへと直球ダイブし、日暮仙寿(aa4519)は感嘆と呆れがないまぜになったような声を出した。その格好、とは言わずもがなブーメランパンツと蔓一本。M・Aは腰に手を当ててムキムキの胸を大きく逸らす。
「これが私のスタイルだからな! 仙寿君も一緒にどうだね!?」
「謹んで辞退させて頂く」
【お料理が苦手な方には私が指示をいたします。わからないことがありましたらどうぞ遠慮なくお聞きください】
 仙寿がM・Aのお誘いを丁重にお断りしたところで、ヴァイオレット メタボリック(aa0584)が全体に向けて声を発した。ギアナ支部組も元GLAIVE組もきちんと指示を出せば実行するが、自発的にやらせると大味になるレベルと聞く。人に提供した経験は多分ほとんどないだろう。
 よってヴァイオレットが年長者として指示役を買って出たのだ。なおノエル メタボリック(aa0584hero001)と共鳴したため外見年齢は半分以上若返っているのだが、体重は倍近くになっている。超マシュマロバディがハイパーウルトラマシュマロバディになっている。

「復興支援か~。よーし、頑張っちゃう! こういうときって、カレー作るといいんでしょ?」
 プリンセス☆エデン(aa4913)は天真爛漫、やる気いっぱいで両の拳を天に向かって突き上げた。が、やる気があったのは二秒だけで、すぐにストンと脇に落ちる。
「でもそういやあたしお嬢だから、料理は使用人がいつも作ってたから、料理は苦手なんだよね! エズラ、頼りにしてるよ!」
『今後はこのような復興支援の依頼も多くなるかと思いますし、この機会に料理を学ばれるのもいいかもしれませんね』
 主の華麗な手のひらクルーにEzra(aa4913hero001)はにこやかな笑みを返した。以前であればもう少し狼狽えていた気もするが、その態度も受け答えもすっかり立派な執事である。
 エデンは顎に指を当てた。Ezraの言う事は一理ある。それに料理ができたほうが、復興のみならずアイドルとしての活躍の場も広がったりして?
「よろしくね、エズラ先生! そんで、最後はみんなで作った料理で打ち上げしよ!」
 二度目の手のひらクルーの後、エデンは再度改めて拳を天に突き上げた。


「君達と会うのは久しぶりだな」
 調理へと取り掛かる前に、無月(aa1531)とジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)はマニー達を訪れていた。黒い瞳は常と同じくキリリとつり上がっているが、しかしマニー達を認めた瞬間嬉しそうに和らげられる。
「まずは君達に言わせて欲しい。生きていてくれてありがとう」
『可笑しいかい? それとも訳がわからないかな? 君達のことを想っている人は、君達が思う以上に多いってことさ。無論、ボク達以外の人もね』
 命を落とした子もいるのだろう。救えなかった無力感と後悔は当然ある。だが、今は生きてくれたこの子達に感謝をしたい。
 元兵士達はしばし顔を見合わせた後、改めて無月とジェネッサに向き直った。その内の一人が、代表して言葉を返す。
「ならば我々もこのように述べるべきだろう。ありがとう」
 短く無骨な言葉だったが、無月は目元で、ジェネッサは目元と口元の両方で微笑んだ。それから「今日は互いに頑張ろう」と元兵士達に言い添えて、今度こそ調理に取り掛かる。
「私は親子丼、材料があればうどんも作りたいな」
『ボクはオムライスにボロネーゼやペペロンチーノなどを作ろうかな。パスタは皆で分けて食べるのに最適だしね』
 リオ・ベルデの人達には馴染みのないものだろうが、彼らへの心を込めて作り、又、彼らに誠意を持って接したい。そのために必要な卵、玉ねぎ、鶏肉、麺、他にもうどんに添える山菜や油揚げ、パスタに使うひき肉や唐辛子などを膨大な食材の中から探す。
『頑張ろうと言った手前、彼らに負けないようにしなくちゃね』
「今日は美味しい料理を振る舞うことが、私達の任務だな」

「オーブンの数はこの通りだ! 余裕はあるから遠慮なく使ってくれたまえ!」
 迫間 央(aa1445)からの質問に、M・Aは両手を使ってズビシィッ! と二台のお調理夫人を指し示した。央は英雄であり妻のマイヤ 迫間 サーア(aa1445hero001)、そして友人である仙寿、あけびと共にサンドイッチを作ろうと思っているのだが、問題がひとつ。オーブンの使用が被ればパンを焼けなくなってしまう。その場合は出来合いを使うつもりだったが、M・Aの言う通りどうやら大丈夫そうである。
 なおサンドイッチは既に具の挟んであるタイプではなく、訪れた人達がパンも具材も好きに選び、好きに挟んで食べてもらうという方式を考えている。
「好きな物が食べれた方が多分嬉しいよな」
『……手間が大変そうね。頑張らないと』
 央の言葉にマイヤが控え目に、しかししっかりと気合いを入れた。その視線の先には切るべき敵が山積みだ。消毒用アルコールと調理用手袋で衛生面もきっちり整え、いざ、包丁片手に色とりどりの敵(お野菜)の下へと向かう。

 一方、バルタサール・デル・レイ(aa4199)は、早くも不景気な顔をしていた。
「なんで俺が料理をすることになったんだ」
『だって家にいたってやることないじゃない、きみ。たまには善行を積んでおいても損はしないと思うよ』
 などと紫苑(aa4199hero001)は宣いながら着物の袖をパタパタさせた。なにやらいいことを言っている風だが、紫苑はバルタサールを連れ回して遊んでいるだけである。別に他にも戦闘依頼だってあるじゃないか。
 と思いつつも、言っても無駄なのは知っているのでバルタサールは口を閉ざした。紫苑の気紛れには付き合うしかない。逃れる術はないのである。
 バルタサールは文句の代わりに溜息をひとつ吐くと、他の面々と同じく食材を取りに行った。玉ねぎに、牛ひき肉に、豆に、トマトソースにチリパウダーに……。
『何を作るの?』
「何もする気がないなら黙ってろ」
『誰が何もしないなんて言ったかな?』
 手伝うよ、との紫苑の言葉に、バルタサールは「どういう風の吹き回しだ」などと思った。だがまあ手伝うと言うのであれば遠慮なく利用させてもらおう。それでは、まずは玉ねぎを……。
「……玉ねぎのみじん切りはできるのか?」
『えーと、うーん……できるんじゃない? 多分』
「……とりあえず今は黙って見てろ」


【まずは強力粉と薄力粉をボウルに振るって。オリーブオイルを全体的に回しかけて、バターを入れてさっくりと切るように混ぜて下さい】
 ヴァイオレットは主に基本的な指示を出し、元GLAIVE兵達は黙々と、的確に作業をこなしていった。ヴァイオレットが選んだのは自身の出身でもある南米の家庭料理、エンパナーダ。パンのような生地にひき肉やシーフード、野菜やチーズなどをたっぷり詰めて焼く包み焼き料理。他にもスープ類としてプチェロ、甘いものとしてドルセ・デ・レチェなどを作るつもりでいる。

「料理を作るんだって、ダレン。大丈夫、上手くできるさ」
『……(いつも以上にはしゃいでいないだろうかこいつは)』
 そんなことを考えつつ、ダレン・クローバー(aa4365hero001)は相棒のエリカ・トリフォリウム(aa4365)を超ジト目で見上げた。絵に描いたようなジト目だがエリカは一切気にしない。むしろジト目だとしても、ダレンが自分を見てくれることが嬉し過ぎてたまらない。
 普段から自炊をしているため、エリカの料理の腕はそこそこである。材料からこうしたらこんな味付けになるという組み立てが上手い方で、お料理夫人の操作も比較的楽しんでいる。
 ダレンはそんなエリカの様子をしばしの間眺めていたが、手は足りていると判断し他の者達の手伝いに向かった。エリカは特に引き留めない。ダレンの行動に口出しはしない。だって彼女が動いているのを見ているだけで幸福なのだから。

『それじゃあパン作り頑張るぞ~!』
 たすき掛けで袖を留めた後、あけびはボウルに強力粉を投入した。仙寿とあけびはパンと野菜以外の具材作り担当で、今作るのはコッペパン。強力粉にドライイースト、きび砂糖に塩とバター。さらに牛乳とぬるま湯を加え、それを木べらでよく混ぜる。
「マニー、ちょっと来てくれないか」
 生地がまとまったところで仙寿がマニーに声を掛け、「なんでありますか」と言いながらマニーは素直にやってきた。仙寿は自分とあけびとの間にマニーを立たせ、次の作業を説明する。
「これはパンの生地なんだが、こんな感じでこねて欲しいんだ」
『私達も隣でやるから、手伝ってくれないかな?』
 あけびがにこっと笑いかけ、マニーは「了解したであります」と白い生地に手をかけた。あけびは元の世界で寮生活と自炊をしていたし、元々料理のセンスがあるため手際はかなり良いほうだ。仙寿は料理自体の経験は少ないが、菓子作りが得意だし問題なく調理できる。
 最初はぎこちなかったマニーだが、二人の先生の指導を受け徐々に動きが良くなった。生地がなめらかになったら、次は丸めて、とじめを下にしてボウルに入れる。乾燥しないようにラップをかけて……。
「これで終わりでありますか?」
『うーんと、ちょっとおやすみかな? 三十分ぐらい置いて発酵させなきゃいけないんだ。でも私達はおやすみじゃないよ。もっといっぱいパンを作らなくちゃいけないからね』
 それに一種類だけではない。アレルギー対策に小麦粉パンと米粉パンの二種類を作るつもりでいる。一日かけてあちこちの村や集落を回るのだから、今ここにある生地の何倍も、何十倍もの量を作らなければならないだろう。
『だから人手が欲しいんだ。手伝ってくれるかな?』
 覗き込んできたあけびに、「了解したであります」とマニーは頷いた。二人は共に追加材料を取りに行き、仙寿はその背中を見送りながら小さく呟く。
「……吹っ切れたような顔をしてるな。無事で良かった」
 一度は戦った相手だが、心からそう思える。マニーだけでなく、ここにいる他の元GLAIVE兵達に対しても。
「さて、このままのペースだと間に合わないな。手が空いていそうなヤツにもう少し声を掛けてくるか」

 マイヤはただひたすらに野菜のカットを行っていた。見事な包丁さばきでレタス、トマト、きゅうりにオニオンが次々と刻まれていき、瞬く間にザルの上に野菜の山ができていく。
 マイヤの生活能力は壊滅的なレベルであり、料理の方も全くと言っていいほどできないが、刃物の使い方には定評がある。過去に央と練習した成果もあってこれだけはバッチリだ。時々、まな板ごと切ってしまうのはご愛嬌ということで。
「(そのためにも調理器具と食器は自前でも持ち込んだんだからな)」
 まだ犠牲者、もとい犠牲まな板の出ていないことにうんうんと頷きつつ、央は鍋に湯を張ってゆで卵を作っていた。マイヤが切っている野菜は主にサンドイッチの具として使うが、一部はたまごサラダにするつもりだ。真っ白なウエディングドレス姿で野菜を切っていくマイヤの姿を、央は満足げに頷きつつしばらくの間眺めていた。

『えっと、今から色々作るので、焼く・揚げる・挟むをお願いしてもいいですか?』
 あけびの問いに元兵士数名は綺麗に揃った敬礼で応え、『そ、そんなにかしこまらなくていいですよ』とあけびはさすがにあたふたした。作るのはパンに挟む肉・魚類で、ローストビーフ、豚カツ、照り焼きチキンに海老・サーモン・白身魚のフライ。下味をつけたりなんだりとそれなりに凝ったものばかりで、しかも大量に作らなければならない。いくら料理の心得があろうとも、さすがに仙寿とあけびだけでまかなうのは難しい。
「生地が二倍に膨らんだであります」
 ひとまずの指示を出し終えたところでマニーが状況を報告しに来た。『はいはーい、ちょっと待ってー!』と生地の下へと赴けば、十分後には「次はどうすればいいんだ?」と元兵士達が聞いてくる。指示を出すだけでも、仙寿もあけびもあちらこちらに走らざるをえなくなる。
 
 マイヤは淡々と黙々と野菜を切り続けていた。たまに「ダァンッ!」とすごい音がするが、とりあえずいまだ被害まな板は出ていない。
「これ、持っていくよ」
 央はマイヤが切った後に出た、サンドイッチには使えないほど細かい野菜片を集めると、オリーブオイルを敷いた鍋の中へと投入した。木べらを使って炒めた後、持参したスープ用飲料水も投入して中火で十分。それからトマト缶を投入して焦げないようにかき混ぜて。
「ミネストローネか。良い匂いだな」
 ようやく一息つけるようになった仙寿が鍋を覗き込んだ。央は皿によそって味見をし、出来栄えに「美味い」と評価を下す。
「南米に近い気候とはいえ冬だしね、温まるものがあるといいと思って」
 央の言葉に仙寿はふむと声を漏らした。ほんのつい先程まではてんやわんやしていたが、揚げ物系は揚げる段階に来ているし、オーブンを使う系はオーブンに入れればいい段階。つまり元兵士達に任せても問題ない。何かあればあけびが対応してくれるだろうし……。
「M・A、ミキサーととうもろこしはあるか? なければコーン缶でも」
「全部あるぞ! 遠慮なく使ってくれたまえ!」
 仙寿が作ろうとしているのはコーンポタージュスープである。央のミネストローネがあるし、ヴァイオレットもスープを作っているようではあるが、選択肢がいっぱいあって悪いことはないだろう。
 必要物品をかき集めて調理台に戻ったところで、『お手伝いできることはありますか?』とエルエルがやってきた。エルエルにも調理を頼もうか、と考えたところであけびがふと思い出す。
『そういえばエルエルの料理はワイルドだったね』
「玉ねぎを炒めてみるか? 甘みが出るんだ」
『はい! ぜひ!』
 玉ねぎを切るのは仙寿がやり、エルエルには薄切り玉ねぎを焦げないように炒めてもらう。H.O.P.E.も元GLAIVEも、能力者も英雄も分け隔てなく作業を行っている。一時はお互いに武器を向けたこともあったが、こうやって肩を並べてってやれるのは悪くない。
 皆の様子を眺めながら、そう、央は思うのだった。


『これなに?』
「チリコンカンだ」
 バルタサールの、そして紫苑の目の前には、バルタサールの言う通りチリコンカンの皿があった。ひき肉と豆を使った料理であり、ご飯にもパンにも合う。バルタサールに生活感といったものは皆無だが、生活力が皆無というわけではない。簡単な料理なら普通に作れる。単に面倒だから普段は作らないだけで。
『なんだーきみ、そんなことも実はできるんじゃない。今度、家でも作ってよ』
 紫苑はいともあっさりとそんなことを宣ったが、「(だから言わなかったんだろうが)」とバルタサールは密かに思った。料理ができることを知られたら『あれ作って、これ作って』と要求されるに決まっている。それがわかっていたからこそ今の今まで隠していたのだ。
「とりあえずこれで『善行』とやらは積んだだろう」
『何言ってるの? お客さんが来るのは今からだよ?』
 それもいっぱい来るんだよ? と紫苑は付け足した。来るのは客ではないと思うが、とりあえずこれで終わりでないのは確かである。紫苑は率先して玉ねぎやら牛ひき肉やら材料を取りに行き、バルタサールにずいと突き出す。
『さ、手伝うから頑張って』
 こんな時ばかり颯爽と動きやがって……とは、バルタサールは言わなかった。

『お嬢様違います。包丁の持ち方はこう』
 エデンはEzraの指導の下、カレー作りに取り組んでいた。定番中の定番料理、と言ってもいいカレーだが、じゃがいもの皮むきとか、炒めたり煮込んだりとか、料理の基礎が色々と必要となる料理でもある。自分でそう言った通り、使用人任せだったエデンの包丁さばきはかなり拙いものであり、エデンが皮むきしたじゃがいもはEzraのそれより一回り小さい。
 だが、大事なのは技術より気持ち。技術も大事だけど気持ちも大事。ということでエデンはEzraの指導の下、一生懸命料理に取り組むのであった。
 そして一生懸命動いているのは包丁を握る手だけではなかった。
「ねえねえ、年は? 誕生日は? 血液型は? 趣味は? 休みはなにしてるの? 好きな食べ物は? 好きな女の子のタイプは? 彼女いるの?」
 エデンは手を動かしながら、たくさん元GLAIVE兵達と交流を深めようとしていた。と言えば聞こえはいいが、交流というより質問責めと言った方が適切レベル。さすがに元兵士達も若干引き気味になっており、Ezraは暴走状態のエデンをなんとか止めようとする。
『お嬢様……質問内容が、なんだかおっさん臭いですよ……』
「いいじゃん~今までは共闘くらいで、プライベートな交流なかったし、せっかくの機会なんだしね!」
『ですが、もう少し節度を持って……あとお口が動くと手がおろそかになりますよ』
 交流は深めたいが、手がおろそかになるのはまずい。スピードも落ちるし指を切ったら大変だ。エデンは「じゃああとで」としぶしぶ黙り、Ezraはふうと額を拭った。その時、誰かがEzraの袖をくいくいと引っ張った。視線を下ろすとダレンが、スマートフォンに打った文字をEzraへと向けている。
『手伝い 必要か? 共鳴していない時 喋れない 耳 聞こえる 何かあれば 言ってほしい』
『それでは、お肉や野菜を炒めて頂けますか? 結構な力仕事になりますが』
 Ezraの言葉にダレンは頷き、カレー作りに参戦した。エデンはおしゃべりをおやすみし皮むきに精を出していたが、そこにマニーが通り掛かった。エデンは一時手を止めて、明るくマニーに話し掛ける。
「そういやマニーさん、なんだか楽しそうだね! 少し雰囲気とか変わった感じする」
「そうでありますか?」
 マニーは淡々と答えたが、声の調子も前回までとは違うように感じられる。エデンは「うん、やっぱりなんか違う!」とはじけるような笑顔で答えた。
 そんな二人の会話の様子を、正確にはマニーのことを、HAL-200(aa0384)は近くで料理をしながら観察していた。


 コーンと炒めた玉ねぎをミキサーでペースト状にして、生クリームやバターと一緒に鍋に入れて一煮立ち。ザルでこして、塩、胡椒で味を調えて……。
「エルエル、味見頼めるか?」
 仙寿はエルエルにスプーンを差し出し、エルエルはパクリと口に入れた。瞬間、とってもなめらかで上品なスープが舌の上に広がっていく。
『美味しいです! とろとろしてて濃厚で! 来てくれた人達も喜ぶと思います』
「どれ、たまごサラダの味見もお願いしようかな」
 今度は央がエルエルに小皿に盛ったサラダを出した。マイヤがカットした野菜達に、さらにコーンと、央特製のゆで卵を崩して作ったたまごサラダ。
『こっちも美味しいです! お野菜がシャキシャキで、卵もちょうどいいゆで加減で』
『そのサラダをこのパンに挟んで、さらに小エビを加えれば……じゃーん! たまごサラダ+小エビのえびたまサンド!』
 最後にあけびが一口サイズにカットしたサンドイッチを。このえびたまサンド(あけび案)をイチオシとして出すつもりだ。
 央は自分達の作品を眺めた。たまごサラダもミネストローネも、絶対に喜んでもらえると自負できる出来栄えである。
「仙寿君達の方も美味そうなのができてるな」
『……喜んで貰えるといいわね』
「さあ皆さんが来たぞ! 心を籠めておもてなししよう!」
 M・Aの示す先には、既に老若男女問わずの大行列ができていた。エージェントも元兵士達も、主に自分達の作った料理の配膳を開始する。
 水落 葵(aa1538)も自分の作ったおにぎりと厚焼き卵、それから焼きウインナーを訪れた人々の皿に乗せた。音弥が配膳を手伝いつつ、葵にこそりと話し掛ける。
「水落君は料理はできたのか?」
「これだけはまともに作れんだよ。まともに作れんのはこんぐらいともいうけどな」
『堂々と言うことじゃないと思うな! もう少しレパートリー増やそうよ!』
 実年齢(以下略)の発言にウェルラス(aa1538hero001)が即座に突っ込んだ。「ウェルラスが家事全般を請け負うことにも原因はある」とか言われそうだが、葵は放っておくとカップ麺しか食べないのだ。どう考えても一番の要因は葵のやる気のなさである。
 ウェルラスは溜息を吐いた後、介助の方に即座に気持ちを切り替えた。自力で動ける者もいれば、具合の悪い人や怪我等が原因で動くのが困難な人もいる。そういう人達は家から出るのもままならないので、元兵士の手も借りて一軒一軒訪ねて回る。
『水は飲めますか? 食べられそうなものがあったらおっしゃってください』
「粥とかなら……」
『わかりました。少し待っててくださいね』
 お粥を食べさせるだけでなく、保存食化した肉や魚、それから乾パンと氷砂糖の入った保存食缶も配布する。
『毎日来ることができるわけではないでしょう。彼らは自分達の力で歩んでいかなければならない……ですから。一時の助けも必要ですが、僕らが来れない間にどう動けるかがきっと一番重要です』
 そう言って、M・Aに事前に用意してもらったものだった。M・Aも共に家々を回りながら、ウェルラスの手際に感心したように言う。
「随分と手際がいいな」
『元の世界で経験していた……のだと思います。たぶん、ですけれども』
「そうか。なんにせよ助かる。だが気張り過ぎるなよ。こっちが倒れては元も子もないからな」
 ベニコンゴウインコマスクの下で白い歯がきらりと光る。ウェルラスはひとつ頷くと、お粥をひとさじ掬って老人の口へと持っていった。

 ゆきだるまとペンギンを中心に、一際大きな人だかりができていた。何故ゆきだるまとペンギンがいるのか。央がまるごとゆきだるま、マイヤがペンギンドライブを着込んでスープ配膳・お渡し係を行っているからである。
『……好きな具を選んで、焼き立てパンに挟んでお渡しします』
「パンがダメな人はサラダでも食べれますよ」
 マイヤが少々緊張気味に、央は公務員スマイルでサンドイッチを配っていく。人見知りするマイヤを気遣い、少しでもふれあいやすくという央の配慮でこのような格好をしているのだが、「場が和むといいなぁ」という思惑も入っている。ペンギンに扮したマイヤが短い手足でとてとて動く様はとても愛らしく、集まった子供達も同感であるらしい。
「ペンギンおねえさんかわいいね!」
『え? そ、そう? ありがとう……』
 マイヤの反応は控えめだったが、くちばしの下からのぞく頬は桃色に染まっていた。自分に縁遠い”可愛い”を言って貰えて軽く舞い上がってしまうマイヤさん。かわいい。
 メガネを掛けたゆきだるま、もとい央は思うのだった。

『マイヤさん、嬉しそうだね』
 えびたまサンドを激推ししながらあけびは仙寿に耳打ちした。ゆきだるまとペンギンの可愛らしさもさることながら、央とマイヤの仲睦まじさにこっちもほのぼのしてしまう。
 そう笑うあけびだって贔屓目を抜きにしても可愛いと、仙寿は心の中で思う。贔屓したら世界で一番可愛い。いややっぱり、贔屓しなくても世界で一番……いやいや、無限に存在するだろう異世界全部の中でだって一番可愛い。
 今までもこれからも、きっと延々とあけびの一挙手一投足に振り回されるんだろう。……悪くはないけどな。
『あれ? 仙寿今笑った?』
「いや、なんでもない……?」
 仙寿は違和感を覚え、すぐにその正体に気が付いた。あけびが「仙寿」に「様」を付けていないのだ。もちろん全然構わないし、むしろ嬉しいぐらいだが、今までは人目がある所では頑なに「様」を付けていたのに。
「『様』ってつけないのか?」
 仙寿は悪戯っぽくにやりと笑い、あけびは少し俯いた。しかしそれも一瞬で、悪戯っぽく笑い返す。顔を寄せ合う二人の声は周囲には届かない。
『だって、今はふたりきりでしょ?』


「なにか悩みとかあるだか?」
 共鳴を解いたヴァイオレットは、配膳の片手間に元兵士達にそう聞いていた。共鳴を解いているのは休憩がてらだが、この姿の方が適している言葉もある。
「年老いたものとして、担い手達の言葉は聞いておきてぇだ」
 道を指し示せるとは限らないし、老婆心だけと言うよりは、自身もアイアンパンクであること、そして彼らのためとは言え騙し討ちをしたことなど様々な理由がある。
 だが、彼らのことを、これからを、気に掛けているのは本当だ。夢でも、漠然とした悩みでも、ままならない悩みでも、聞くことで糸口が見つかることがあるかもしれない。彼らの現状や状況を知り出来得る限りのことをしたい。そんな想いで準備時間や移動中などの時間に話し掛けているのだが、彼らから返ってくる答えはほぼ同じだった。
「これだな」
「義肢だか?」
「ああ。覚悟はしていたし、むしろこうして生き残れるなんて思ってはいなかったが、やはり思い通りに動けないというのは辛い。できることなら自由に動かせるようになりたい。その他のことはそれからだな」
 故郷への思いや家族への思いといったナイーブな事柄を漏らす者も多かったが、一番の願いは「自由に動かせる手足が欲しい」。それが解決しない限り、野望にしろ願望にしろ、先にあるものに手を伸ばすのは難しいことだろう。
『ヴィオ、いつになるかわからねぇけど……。首領に言伝の様なモノがねぇかきくだ』
「そうだべな。いつか遭うこともあるかもしれねぇだ」
 ノエルの言葉にヴァイオレットは「よっこいしょ」と腰を上げた。老いた身体となり、認知機能も徐々に蝕まれつつある。
 けれど、為すべきこと、為せることはまだまだきっとあるはずだ。

 ひと段落したのを見計らい、バルタサールは隅の方で休んでいた。
 その表情はサングラスに隠れ、外したとしても常となんら変わるところはないだろうが、しかし心は違っていた。
 王とやらが撃破されて、元GLAIVE兵達は新たなステップへと踏み出した。
 それを見て、自身の今後についても思うところはある。
 今後も自分は戦いの中に身を置く生き方しかできないだろう。
 ただ、王撃破によって、世の空気が変わり……何かにひとつ区切りがつき。
 自身は停滞したまま、時代に取り残されたような感もする。
 世界のためではなく自分のために戦い始めたが、今後は……?
 あの仇を探し続ける? もはや存在するかもわからない……

「おい」
 マニーが通り掛かった時、バルタサールは思わず声を掛けていた。バルタサールは普段は他人の人生に興味を持つタイプではないが、マニーには少し興味を持った。
 金の亡者のように見えたマニーが戦闘不能の身体となり。
 しかし世を儚むでもなく、逆に復興支援に精を出している。いったいどのような心境なのか少し探りを入れてみようと。
「あんたは今後は何を目標に生きていくつもりなんだね?」
 バルタサールはそう聞いた。マニーはしばし迷ったが、しかしバルタサールをまっすぐ見据えてこう答えた。
「ハワード大佐が……イザベラ様が出てくるのを、その時を待って生きるであります」
「あんたは金のために戦っていたんじゃないのか?」
 バルタサールの感情が動くことはそうないが、この返答はさすがに意外なものだった。マニーは表情を一切変えず、淡々と言葉を紡ぐ。
「マニーはお金のためではなく、『お金を払ってくれるほどマニーを買ってくれる』人のために働くのであります。お金は大切なものであります。その大切なお金を払ってまでマニーを買ってくれる。必要としてくれる。だからマニーはそれに見合うだけの働きをするのであります。
 そして、マニーはこれまで、一生仕えたいと思うほどのお賃金を頂きました。だからイザベラ様が出てくるのを待つであります。そして今度こそ、その隣に立つのであります」
 復興支援に精を出しているのも、イザベラの傍に立つためのリハビリ代わり。バルタサールは煙草に火をつけ、細く煙を吐き出した。
「そうか」

「歌って踊れる魔女っ娘アイドル、プリンセス☆エデンだよ! 今の生活で困っていることとかある? 次はどんなものが食べたい? カレーどうかな? おいしい? それともおいしい?」
『お嬢様……少し質問のスピードを落としましょう』
 エデンはリオ・ベルデ国民に交流、という名の質問責めをする魔女っ娘アイドルと化しており、Ezraはカレーをよそいながらなんとか止めようとしていた。子供達はカレーを食べながらお味についての答えを返す。
「ちょっと甘い」
「そ、そっか……」
「でもあたし、甘いの好き!」
「そう!? それじゃあもっと食べて!」
 一瞬下がり掛けたテンションだったがあっというまに上昇し、エデンは子供からお年寄りまで、幅広くカレーと話題を振りまいた。無月やヴァイオレットも自分達の作った料理を人々に配り、支援会場は和やかな雰囲気に包まれていた。
 その時だった。
「うわ! なんだあれ!」
 最初に気付いたのは一人の少年。見ればふよっとしたものが、数十体ほどふよっと現れふよーっとこちらに近付いてくる。緊迫感がほとんどないが実際そうなのだから仕方ない。そしてふよっとしているからと、放置しておいて大丈夫なわけではない。
「従魔だ!」
『国民のみなさんはこっちに!』
「元GLAIVE兵はこっちだ!」
 ウェルラスは一般国民を、葵はマニー含む元兵士達を背中にかばうように動いた。その間に央と仙寿がいち早く共鳴し、出現した従魔の群れへためらわずに突っ込んでいく。
『皆のご飯を狙うなんて、不届き千万ね』
「従魔も釣られるくらい美味しくできたってことかな」
 などとマイヤと言いながら、一気に片を付けるため、場の混乱を防ぐためにも央は繚乱を炸裂させた。仙寿もまた繚乱で、こちらは桜の花弁を模したもので、美しく演出しながら複数体を一挙に屠る。
「炊事車を持っていかれてはたまらない。お引取り願うとしよう」
 無月は遥「彼岸花」を出現させると、炊事車へと向かっていく一体に投擲した。簪に貫かれた一体が爆ぜたと同時に、エデンが笑みを浮かべながらブルームフレアを解き放つ。
「やっぱあたしは、料理より、こっちの方が得意かも~」

「ダレン。従魔だ。君が戦う? いいとも。早速共鳴だ」
 嬉々とするエリカと共鳴し、ダレンもまた戦場へと躍り出た。被害が出る前に倒したい。従魔以外は誰もいないエリアを狙い、ストームエッジで刀剣系の武器を多数呼び寄せる。
『敵、排除。放置して、成長されても、困る……支部長。先に断っておくが、車、壊さないようにするが、壊れたらすまない』
「え!? う、う~ん……壊さないよう頑張ってくれ!」
 M・Aがサムズアップし、ダレンはこくんと頷いた。そして刃の嵐を放ち従魔を細切れに斬り刻んだ。バルタサールはSSVD-13Us「ドラグノフ・アゾフ」を構え、目にも留まらぬ早撃ちの乱射で三体を穿ち抜く。朱殷(aa0384hero001)は幻想蝶から姿を現し、こちらを見ようともしないHALの背中に問い掛ける。
『行くか?』
「聞くまでもないよね。あたしには戦闘しかないんだ」
 急くように共鳴したHALは地面を強く蹴り付けると、身の丈程もあるヴァルキュリアを豪快に振り下ろした。瞳も相貌も常と変わらず作り物めいてはいるが、料理をしている時よりは張り切っているように見える。
 従魔の数は多く、次から次へと湧き出るが、『王』を倒し終えたエージェント達の敵ではない。ヴァイオレットはふくよかバディでインドラの槍を握り締め、お調理夫人に近付こうとする従魔へと狙いを定める。
【貸与された物品はきちんと返すべきですからね】
 雷鳴と共に槍が一直線に飛び、跡形も残さぬ程に従魔の身を焼き尽くした。その後もしばらくの間従魔は現れ続けたが、出現した端からエージェント達に倒されていき……結果一人の怪我人もなく、お調理夫人への被害もなく戦いは終了した。


【サンバダンスをいたします。皆さんも遠慮なく、参加してくださると嬉しいです】
 ヴァイオレットは菫色の踊り子衣装を身にまとうと、人だかりの中心でサンバを披露し始めた。狙いは現地住民との交流のためであり、テーマはリオ・ベルデの今やこれから、テーマカラーには緑色を使用。200kg越えの身体を揺らし情熱的に踊るヴァイオレット。その前に、一人の男が立ちはだかった。
「サンバか! 私も参加しよう!」
【M・Aさん、よろしいのですか?】
「もちろんだとも! それに情熱では私も負けんぞお嬢さん。さあ皆さんも一緒にどうぞ!」
【ええ、皆さんもご一緒に】
 最初は見ているだけだった人々も、一人、また一人と踊り始め、ついにサンバダンスの巨大な輪ができあがった。従魔を倒した後、集まった人達に別れを告げ、支援部隊は別の村、別の集落へと渡っていった。今いる場所は今日の最終地点であり、HALは踊る人々をぼんやりと眺めていた。
 料理は得意ではないので、元GLAIVE兵達と共にヴァイオレットに習って作業していた。
 器用だし飲み込みは早い方なので、苦も無く調理できていたが、その表情は精彩を欠いている。常から作り物めいた顔立ちだが、今のHALはそれ以上に。
 何もなかったように見えたのに、マニーには大事なものがあったんだな。
 元GLAIVE兵は、壊れても、戦えなくなっても棄てられないんだな……。
「あたしには、なにもない」
 無感情な微笑みで無感情な言葉を零す。HALはそのまま一人立ち尽くしていたが、その背中に『きゃっ』とエルエルが突撃してきた。
『ご、ごめんなさい! つまずいちゃいました!』
 足を取るようなものは特に見当たらないのだが、エルエルはそのように説明した。そしてさも思い付いたようにポンと両の手を合わせた。
『あの、一緒にご飯食べませんか?』
「え?」
『向こうでみなさんがまかない? を作っているそうなんです。私エルエルです。よろしくお願いいたします!』
 気が付けばHALの右手はエルエルの右手に掴まれていた。何故掴まれているのかわからないが、振り払う理由も特にない。
『あなたのお名前は?』
「……HAL-200」
『ハルさん! よろしくお願いします!』

『手際が良いですね! 央さんと練習したんでしたっけ』
 あけびはマイヤの包丁さばきを覗き込みながらにやにやし、マイヤは『もう……からかわないで』と若干頬を赤らめていた。央はその様子を眺めながら「マイヤさんかわいい」と思い、仙寿は今日来られなかった友人のことを想った。彼女に話し掛けるように小さく呟く。
「この国も、世界も変わっていくんだな」
『みなさーん! サンドイッチくださーい!』
 そこにHALの手を引きながらエルエルが現れた。あけびは『はい、私イチオシ』とえびたまサンドを二つ渡し、仙寿はコーンポタージュのためのカップを人数分取りに行く。

「どうぞ」
『食べてくれると嬉しいな』
 無月とジェネッサはうどんや親子丼、パスタをマニーや元GLAIVE兵士一人一人に配っていた。今まで沢山苦労して、今も皆のために汗を流した彼らのためにと作った食事だ。
「以前私が言ったことを覚えているだろうか。心から笑える瞬間を見つけるまで生きていて欲しい、と」
 無月はそう切り出した。マニーや元兵士達が戦えなくなったことを、戦わないでいいことをとても嬉しく思っている。ジェネッサも同じ想いだった。だって、もうこの子達は進んで傷つかなくても良くなったんだから。
「これから君達は何をしたいのか。もし見つかっていないなら、美味しいものを食べるでも何でもいいから見つけて欲しい」
『美味しいものを作ったのはこれを言いたいためだったんだ』
「やりたいことを見つけ、成し遂げた時、君達は心からの喜びを知ると思う……だから、見つけて欲しい。未来は君達のものなのだから」
 この子達に幸多からんことを祈りながら別れよう。私とジェネッサの命があれば又会う時もあるだろう。
 遮って済まなかった、どうぞと、無月は元兵士達に食べるよう促した。そこに今度は葵が、すいか(持参)を三つ器用に抱えて現れる。
「ほーれ、おにーさんからのご褒美だぞー。うまいぞー。たぶん。ん、うどんとパスタ中か。それじゃあのんびり食べ終わったら突発スイカ割り大会だ!」
『え、決定なの』
 ウェルラスが即座に突っ込んだが、当然止まるわけがない。そこにサンバをしながらM・Aがスイカを持って乱入した。
「スイカ割りはいいぞ! 他にもあるから遠慮なく使ってくれたまえ!」
「よし、それじゃあ第一弾戸丸&セプス!」
 かくして葵とM・Aによりスイカ割り大会は始まった。セプスは断固として拒否し、音弥が目隠しの上棒を持ってぐるぐる回る。

 ダレンは以前共闘したことのある元兵士達に近付いた。服の裾を引っ張ってこちらに視線を向けさせた後、スマホに入力した文字を見せる。
『貫き通した戦士たち 先の旅路に 祝福あれ』
「……ああ、ありがとう」
 元兵士達の返事に頷くと、ダレンは背を向け彼らの下を立ち去った。誓約の日まで三ヶ月を切った。ほんの短い時間しか残っていない。短い期間では彼らの行く末を見守ることすら難しい。
 だから言葉を贈る。エリカは延命だと言ったが、未来を生きるのであれば幸福を祈るのも悪くないだろう。
「ダレン。誓約は覚えてる?」
 エリカが尋ねた。いつもと同じように嬉しそうに。土と花の香りを撒きながら、心から愛おしそうにダレンへと話し掛ける。
「後一ヶ月以上もある。後一ヶ月以上一緒にいられる。それまでボクの生に付き合ってくれると嬉しいな」
『誓約は 守らせてもらう』
 ダレンはスマホに入力し、それをエリカの瞳に映した。エリカは書かれた文字の羅列に、一層嬉しげに瞳を細める。

『食べないの?』
 紫苑は様々な料理と共に、沈黙したままのバルタサールのすぐ隣に腰を下ろした。
 バルタサールは食にあまり興味がない。料理をしていなかったのも面倒だから、という理由もあるが、生きる気力が前向きなものではなく、後ろ向きなものだから、という理由もあるかもしれない。
 栄養を摂るだけなら味はなんだっていいし、作る手間より買った方が楽という思考で。
『約束。チリコンカンだっけ? 忘れずに家でも作ってよ』
 漂う空気を断ち切るように紫苑はそんなことを言った。バルタサールは息を吐き、そこで紫苑の持ってきた料理の量に初めて気付く。
「おい」
『なに?』
「この量を誰が食うんだ?」
『きみでしょ? 当たり前でしょ?』
 あっけらかんと言う紫苑に、バルタサールの表情は一切変わりはしなかった。言っても無駄なことは知っているので、諦めて料理のひとつを取って口に運び出す。

「ほい、今回のおつかれさん賞」
 サンバとスイカ割り大会が同時平行で盛り上がる中、葵は密かにマニーを呼び、桜のお守りと結びのお守りをその手のひらに乗せていた。
「特に桜の方はものすごく特別だからな、大事にとっておいてくれると嬉しい」
「貴方様からは貰ってばかりであります」
「俺がしてぇからさせてもらってるだけだって言ったろ。俺ぁ一回間違えてっからなぁ……。せめてお前さんぐらいはちゃんと褒めさせてくれ。うん、よくやったな」
 言ってマニーの頭をわしゃわしゃなでなで。そこに音弥がやってきた。マニー絡みかと思ったら、どうやら目的は葵の方であるらしい。
「水落君! 君に言いたいことがあった! あの後無茶はしてないだろうな!?」
「ああそうだ、おまえさんもよーがんばったな。よーしよしよし」
 葵は音弥の頭を抱え込み、マニーとまとめてわしゃわしゃなでなで。犬のような扱いをされ音弥がきゃんきゃん騒ぎ出す。
「き、君は反省しているのか!」
「いや、あん時は悪かったって。反省? したした」
「ぬうう……何か信用ならん……」

【さあ、あなた方も一緒に踊りましょう】
 ヴァイオレットは元兵士達もサンバの輪に引っ張り込んだ。言伝がないかも聞いて回ってみたのだが、「言いたいことは自分で伝える」「どうぞお元気でと伝えてくれれば」、それが元兵士達の回答だった。とりあえず今ヴァイオレットにできることは、全力で人々と踊り明かすことである。
 ウェルラスは座って人々の様子を眺め、そこに葵が戻ってきた。楽しそうな人々とは対照的に、ウェルラスの表情は浮かない。
『本当の正念場はここからだから……』
「……んー……だな」
 『王』は倒した。従魔や愚神は徐々に消えていくという。けれどそれでハッピーエンドではなくて、この世界の人々はこれからも生きていかねばならない。もしかしたらもっと大変な明日が訪れるかもしれない。
 それでも。
「よっし! あたしも踊ってくる! スイカ割りもやってくるよ!」
 エデンは輪へと駆け出した。死を覚悟していた元GLAIVE兵達がRGWの後遺症も残る中、前向きに復興支援に取り組んでいる。そのことがとても嬉しい。
 葵はひとつ息を吐いて立ち上がった。そして見事に割れたスイカ達を指し示す。
「とりあえずスイカ配りに行こうぜ。多分めちゃくちゃ量産されると思うから」
『うん……まあ、そうだね』



 明日がどんなものになるか、それは誰にもわからない。
 それでも今日のこの日が、あなたの望む明日に繋がる道となりますように。
 それがどんな明日でも。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • エージェント
    HAL-200aa0384
    機械|15才|女性|攻撃
  • エージェント
    朱殷aa0384hero001
    英雄|38才|男性|ブレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • クラッシュバーグ
    エリカ・トリフォリウムaa4365
    機械|18才|男性|生命
  • クラッシュバーグ
    ダレン・クローバーaa4365hero001
    英雄|11才|女性|カオ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃



  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
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