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【甘想】連動シナリオ

【甘想】ずっとあなたのそばに

一 一

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2019/02/27 20:49

掲示板

オープニング

●奇跡の代償
 病院のリハビリ室。
 ――ガシャンッ!!
『信一!』
 即座に反応したレティ(az0081hero001)の慌てた声が、共鳴した碓氷 静香(az0081)の口から放たれる。
 視線の先には、佐藤 信一(az0082)が先ほどまで押していた歩行器ごと倒れ、うつ伏せで横たわっていた。
 頭にはヘルメット、体には衝撃吸収する素材のプロテクターを装着していたため、怪我はなさそうだ。
「っぐ! レティ! 私は、いいですから、信一、さんをっ!!」
『ダメだって! 共鳴を解除したら、今度は静香が動けなくなる!!』
 一方、手すりにしがみついて歩行訓練中だった静香は、全身から脂汗をにじませ動けない。
 意識内での会話をする発想すら浮かばないのか、レティの大きな叱責に静香は唇を強くかみしめる。
「――何をやっているんですか!?」
 すると看護師が騒ぎに気づき、2人へ非難を向ける。
「今日のリハビリはもう終わったでしょう!? 無理を続けて状態が悪化したらどうするんですか!?」
「わかって、います」
「わかっていません! 休息もリハビリの内ですよ!? 貴方たちはまだボロボロなんですから!!」
 すぐさま他の看護師も集まり、静香の力ない反論が怒声でかき消された。
 そして、意識を失った信一とまともに動けない静香は病室まで運ばれていく。
(静香……、信一……)
 血を吐くようなレティのつぶやきが、誰にも届かない心中でこぼれた。

 その翌日。
「――また、無理をしたんだって?」
「……結果的には、そうなりますね」
 病院からの知らせで駆けつけた30代前後の女性の詰問に、ベッドで横になった信一は小さく頷く。
「私たち、何回も言ったでしょ!? 無理するなって!! 恋人まで巻き込んで、何やってんのよ!!」
「静香さんを無理に誘ったわけじゃありません。自主訓練に行くタイミングが同じだっただけで――」
「なおタチが悪い!! レティちゃんも、何で毎回止めてくれないの!? 頼りは貴女だけなのに!!」
『…………すみません』
 信一と静香への純粋な心配から怒りを振り乱す女性は、信一ではらちがあかないとレティへも詰め寄る。
 しかし、レティは静香と共鳴したまま、ただ謝ることしかしない。
 嘘でもいい、たった一言『次は止める』と言ってくれたら、どれだけ気が安まるだろうか……。
「っ!! 何でよ……何で大人しくしててくれないの?!」
「僕たちにも、僕たちの考え、が  」
 ますます声を荒らげる女性に信一が反論しようとして――途中で言葉が止まる。
「……昨日も『発作』だったんでしょ?」
『…………』
「この欠神(けっしん)発作ならまだしも、脱力発作は怪我の危険が高いって説明したはずなのに……」
 呆然と固まる信一へ視線を向ける女性の声はどんどん沈痛なものとなり、レティは何も言葉にできない。
 どちらも『てんかん』で見られる症状だが、信一の『発作』は憑依していた愚神が原因だ。
 一時は意識の回復は絶望的とまで言われていた中、奇跡的な覚醒を果たした先に発覚した後遺症。
 それが――愚神にライヴスを限界まで奪われたことによる意識障碍だった。
「静香ちゃんは?」
『……今は、私が『痛み』をすべて引き受けて、眠らせています』
「『眠れた』のね? それと、『食事』はまだ点滴?」
『いえ、数日前から栄養剤に変わりました』
「そう、よかった……でも、レティちゃんも無理しちゃだめだからね」
 それきり、また会話が途切れる。
 静香もまた邪英化の反動が強く残る体のため、未だ満身創痍なままだ。
 線維筋痛症が全身に激しい痛みをもたらし、吸収不良症候群でまともな食事さえ取れず、骨までボロボロ。
 本来なら邪英化だけでこれほど重症化しないが、『狂紅』の力を無理に引き出した代償は消せない。
「  ぁ、と……僕は、何を?」
「……とにかく、私たちとしては、もう見ていられない」
 そこでようやく信一が意識を取り戻し、女性は病室の入り口へ声をかけた。
 入ってきたのは、複数のエージェントたち。
「これから、この人たちにあんたたちを監視してもらう。異論は認めないから」
 女性から事情を聞いたエージェントたちは表情を固くし、信一の第一声を受け止めた。
「ああ、見舞いに来てくださった方もいますね。他は……『初めまして』、でいいんですか?」
「――会ったかどうかは知らないけど、H.O.P.E.職員のあんただったら『知ってるはず』よ」
「……すみません。佐藤さ――いえ、『姉さん』と同じで、よくわかりません」
 困ったように笑う『弟』からの言葉に、女性は拳を強く握りしめる。

 ――愚神は信一の『記憶』を、『静香とレティ』以外の繋がりをも、奪っていた。

「っ、そう……」
 無自覚の冷たい刃に刺され、信一から見て2人いる内の『上の姉』は席を立つ。
 そして、エージェントに一礼して病室を後にした。

解説

●目標
 信一/静香のリハビリ説得or補助

●佐藤 信一
 愚神から限界までライヴスを奪われ、長期の昏睡状態から覚醒し現在も入院中
 表面上は以前の通りに見えるが、無謀なリハビリを続けており家族から心配されている

 症状…ライヴス喪失が原因と思われる記憶・意識障碍(運動療法により症状の改善を確認)
・記憶障碍(静香やレティに関する記憶を除くエピソード記憶の欠落。日常生活に問題はない)
・脱力発作(筋肉が突然緩んで崩れ落ちる。信一の場合、意識はあるが数分~数十分続くことも)
・欠神発作(転倒などはしないが一時的な意識喪失が発生。会話が途切れる、動作が止まるなど)

●碓氷 静香
 邪英レティに取り込まれている間に生じたすべての負担を一身に背負い、現在も入院中
 肉体に残る負荷はかなり深刻だが、周囲の心配を振り切って歩行訓練を始めた

 症状…邪英レティのスキル『モルコル』が原因とされる自壊的症状(共鳴状態により症状が緩和)
・吸収不良症候群(各消化管の機能不全が原因の栄養失調状態で、現在自然治癒を待つ他ない)
・骨の脆弱化(転倒やくしゃみの衝撃で骨折など、骨粗しょう症に近い)
・線維筋痛症(爪や髪への接触など、小さな刺激で激痛が発生する状態)

●レティ
 邪英化から回復した後はほぼ無傷で退院
 信一や静香の意志を汲んで積極的にケアを行いながら、態度にはどこか影がある

 症状…なし

●状況
 信一・静香とも、寝食以外の時間をすべて自主訓練に費やす勢い
 家族・病院側は2人の自主性を尊重しつつも、過剰なリハビリには何度も注意喚起を行う
 レティだけは無理を指摘こそすれ、2人を止めることなく手助けに徹する

 意識の回復以降ずっとこの調子のため、信一の家族から2人の監視依頼がH.O.P.E.に出された
 依頼主は無茶なリハビリをやめるよう説得も希望している
(PL情報:力づくでの制止はレティが止めに入る)

リプレイ

●初めまして
 病院の入り口にて。
「和頼、希……来てくれてありがとう」
 五十嵐 七海(aa3694)は小走りできた麻端 和頼(aa3646)と華留 希(aa3646hero001)を微笑で迎えた。
「――あの二人が?! クソッ! 何でオレはその時いなかった!!」
「……もしかしタラ、レティが一番ショック受けてるカモ」
『2人が入院した』としか知らず、和頼は改めて経緯を聞くと自分の手のひらへ拳を打ちつけた。
 希は同時に受け取った一連の報告書と今回の依頼書を読むと、英雄の立場からの心配を見せる。
 今まで遠方で別件に対処していたため、衝撃も大きい。
「とにかく、直接会わなきゃ始まらねぇ。病室に行くぞ」
「ちょ、和頼!? 案内するから待って!」
 すぐに動き出した和頼の背を慌てて追い越し、七海はエレベーターへと向かう。
「――もう手を出さないのではなかったのですか、母様?」
「『ハッピーエンド』に悪い魔女はいらないのよ。でも、まだ『エンド』でないなら口を挟めるでしょう?」
 少し遅れ、病院を訪れたアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)が隣を見上げた。
 それにエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)が笑顔で応じ、ゆったりと歩き出す。
(まったく……手の掛かる方々ですねぇ)
 出来の悪い言い訳まで用意させた2人の顔を脳内に描き、ため息をこらえてエレベーターを待った。

 そうしてエージェントたちは、上の姉が去った病室に残される。
「某達の事が、分からぬか……」
 酉島 野乃(aa1163hero001)は去り際、床を睨み唇を噛みしめていた姉を見送って表情を曇らせる。
 涙を見せなかったのは意地か、何度も現実と直視して涸れ果てたのか……。
「『良かった』だよ、野乃」
 それでも安堵で相好を崩して首を振った三ッ也 槻右(aa1163)を見上げ、野乃は視線をたどる。
 信一も静香も――生きて、動いて、笑っていた。
「――そうじゃの。ならば皆に、心から良かったを噛み締めて貰わねば、な」
「うん……静香さんも信一さんもレティさんも、目が覚めて良かった。お慶びを申し上げるよ」
 思いは晴れずとも笑みを作った野乃に頷き、槻右は一歩前へ出て声をかけた。
「初めまして。アトルラーゼ・ウェンジェンスです。アトルとお呼びください」
「この子の母で、英雄のエリズバークですわ。エリーとお呼びくださいませ」
「これはご丁寧に。佐藤 信一です。よろしくお願いします、アトルさん、エリーさん」
 そこへ無邪気な笑顔のアトルラーゼが集団からひょっこりと顔を出し、エリズバークも自己紹介。
 一連の騒動で愚神と戦ったが、厳密に言えば信一と初対面であり毒気のない表情で信一を和ませる。
「私達の事も、覚えてないのよね?」
「なら、初めましてが良いね。こっちがメリッサ インガルズ(aa1049hero001)で、オレが荒木 拓海(aa1049)。忘れられて困る付き合いでもない同僚、って位置かな? 今から覚えてくれたら嬉しい!」
 続けて、メリッサと拓海がベッド脇の丸イスに腰掛けた。
「以前、お見舞いに来てくださった方、ですか? ぼんやりと、この病室で聞いた声に似ています」
「……すごいね。なんか安心したよ。前はオレが頼って、助けて貰ってたんだ。だから今度は、信一さんの手伝いをさせて欲しい」
 記憶障碍と知ったからか、以前の記憶力と変わらない信一に拓海は笑みを深める。
 一転、真剣な表情で向けた言葉は信一の虚をつき、首を傾げられてしまう。
「えと、マオ・キムリック(aa3951)です。は、初めまして」
「レイルース(aa3951hero001)……と、ソラさん。よろしく」
 その後ろからマオがおずおずと頭を下げ、レイルースの肩から頭に移動した青い鳥が静かに羽を広げた。
 知り合い以下の状態では説得も何もないと、2人(と1羽)は交流を深めるとっかかりを作る。
「オラとは初対面だな。ヴァイオレット メタボリック(aa0584)っつうんだが、ヴィオで良いだよ」
「あたしはフローラ メタボリック(aa0584hero002)。名前の通り、紫姉さんとは姉妹ね。よろしく~」
 最後の自己紹介が終わり、信一と一緒にレティも会釈を返す。
「実はオラもリハビリを受ける身だすが、見ての通りシスターの端くれだで、話し相手にはなれるだよ」
「あ、でもあたしにはそういうの期待しないでね。むしろ人を怒らせることの方が多いし」
 厚地のベール越しでもわかる好好爺(こうこうや)と、あけすけで自由奔放な女性。
 たった二言目のやりとりでおおよその性格が伝わり、どこからともなく笑みがこぼれる。
 それから監視の順番や時間を決めた後、担当以外は一度同じ階の談話スペースに集まった。
「お二人が目覚めた後、リハビリに励んでいると聞いた時は嬉しく思ったのですが……」
「寝食を除くすべての時間を費やしているのならやりすぎだ」
 双樹 辰美(aa3503hero001)の不安を聞き、腕を組む東江 刀護(aa3503)が伏し目がちに続ける。
「信一もレティも俺たちの前では平静を装っていたが……裏を返せば弱みを誰にも見せず、無茶をとがめられても強行するという意志の表れかもしれん。自主性は尊重するが、過剰なリハビリは逆効果にしかならん」
「それは……」
 予想にしては具体的な口振りに辰美が何かを言いかけるも、義手へ視線を落とす刀護に口をつぐんだ。
「でも、信一さんが静香さんとレティさんの事を忘れなかったのは良かったよ」
「忘れた記憶も、いつかきっと戻ると思います。関係性だって、これからまた築いていけばいいですから」
「そうだな」
 暗い話ばかりではないと前向きな七海とマオに、ジェフ 立川(aa3694hero001)が笑顔を向ける。
「だが、その状態で周囲の助言をどこまで聞くか……静香やレティも、色々と思い詰めていそうだな」
 それでもジェフの懸念通り、やはり課題の方が多いだろう。
 先ほど寝ていた静香とは話せてもいないため、それぞれの心をほぐすのも骨が折れそうだ。
「当人が辛いのはもちろんだけど、近しい人も、辛いです、よね。早く良くなって欲しいのに、いつまでって保証もないから、心配で、不安で……私たちが少しでも何か役に立てれば、いいんですけど」
 猫耳を伏せるマオが心配するのは、H.O.P.E.に頼るしかなかった信一の家族たち。
 何度言葉を尽くしても拒絶された心中は計り知れない。
「――あたしは、レティと二人で話してみたいナ」
 また希が当初から気にかけるレティへ言及したところ、和頼が明らかに眉間のしわを増やした。
「……静香はちゃんと、ベッドに横にさせておけよ」
「信用ないナー! あたしだッテ、時と場合はわきまえるヨ!」
「本当か?」
「絶対治シテ、二人に大人なデートさせるんだカラ! 隠し撮り用カメラに誓ッテ!」
「盗撮前提じゃねえか……」
「それジャ、レティの共鳴を解除デキるか静香の担当医に聞いてクルネ~♪」
 日頃の行いから疑り深い和頼の呆れ混じりな視線をすり抜け、希は照れ隠しの言葉を残して立ち去った。

「しっかし、記憶や意識の障碍が、体を動かして良くなるもんだべか?」
「担当医によると、短期間に大量のライヴスを奪われたことで、僕の魂と呼べる物が肉体から剥がれやすくなっているらしいです。つまり原因が脳ではなく霊的な部分にあるため、前例もほぼない極めて特殊な症例だとか。今の治療法も、運動によって再び肉体と魂が馴染むのでは? とした仮定が前提ですし」
「なるほど。かの愚神が放った『ほとんどのライヴスを奪った』という発言は、誇張ではなかったと」
 その頃、病室ではヴァイオレット・信一・エリズバークがリハビリに関する話を膨らませていた。
「レティ様はとてもお強かったですよ。あの後、僕もしばらく寝込んでしまって……」
「ご、ゴメンってば! あの時は私も理性が薄かったから、すぐにキレたというか――」
「ふ~ん? じゃあ、理性は残ってたんだ。信一と違って記憶もあるの?」
「そ、れは……」
 一方、邪気のない笑顔のアトルラーゼに慌てたレティは、フローラの追求に言葉を詰まらせる。
 明確に答えずとも、怪しい態度は肯定しているも同然だった。
「ただいま。主治医とリハビリ担当医に話を聞いてきたよ」
「信一さんは必要だからいいとして、静香さんはまだ骨折の危険が高いんだから歩行訓練は禁止ね!」
 そこで、医師の意見を聞きに行った拓海とメリッサが病室に戻ってきた。
 開口一番に釘を刺されたレティだが、話題が移って密かに安堵する。
「す、すみません。遅くなりました」
 また一緒に医師を尋ねていたマオとレイルースも、少し遅れて戻ってきた。
「リハビリの先生と意見を交換して、自主訓練の代替案を持ってきました」
「運動療法の効果が確かでも、体を動かすだけがリハビリじゃない」
 そう前置きして、マオはレティに、レイルースは信一に簡易訓練メニューを渡す。
 ベッドの上で膝を伸ばした状態から足を動かす、膝を曲げ胸に引き寄せるなど、内容はストレッチに近い。
 他にもアルバムを見て思い出話をするなど、静香や家族や知人と交流する機会を増やす案も記されていた。
「これなら佐藤さんの『発作』で転倒や怪我もしないでしょうし、碓氷さんの負担も減らせますよね?」
「リハビリ室に移動する手間も省けるよ」
 身振り手振りで説明するマオの横で、レイルースが冗談か本気か不明なフォローを入れる。
 それにソラさんが口をあんぐりと開けたため、病室に控えめな笑みがこぼれた。
(碓氷さんの自主訓練は、佐藤さんを見守る為の気もするし……これが療養に繋がればいいな)
 その後は交代時間まで雑談で過ごし、最後にマオが2人へ頭を下げて病室を後にする。
「僕が見たところ、彼らの間にある空気が少し澱んでた」
「3人とも責任感は強い。今回の事で何かしらを背負って、償おうとしてるのかも」
 それから槻右と合流した拓海は、互いに信一たちの状態を推察する。
「何にせよ、忍耐力だけは自信がある。根比べなら負けないぞ……具体例もここにいる!」
「わ! た、拓海///」
 空気を暗くさせすぎない配慮か、突然槻右の肩を抱いた拓海にメリッサの白い目が突き刺さる。
「それノロケ?」
「おぅっ、ノロケだw」
「うぎゃうぎゃ言ってたのに、喉元過ぎれば調子良いんだから……」
 現在の幸せがあってこその苦笑とため息を漏らすが、同時に病室での重いため息も思い出して表情が陰る。
「某達が常から傍らにおれんし、治療もできぬ。まして、記憶を戻す事などとてもできんじゃろう。他の誰でもない彼らの絆なくば、どれも実現できぬじゃろうて」
「でも、手助けならしてあげられる。喜びが彼らの大綱になって、帰れる場所になる事を祈るよ」
 野乃と槻右の言葉の後、気づけば無言で廊下を歩いていた。

●リハビリと現実
 翌日、病院が定めたリハビリの時間にて。
 すでに信一は不在で、病室には訓練のお目付役として女性エージェントたちが静香を囲む。
「――とまあ、オラたちの事情はこんなもんだべ」
「だから、あんまり勝手しないでよね?」
 ちょうど、改めて自己紹介したヴァイオレットとフローラが依頼の説明を終えた。
「では、マオ様から提案された新しいリハビリ案も目を通されましたか?」
「はい……ですが、少々軽すぎるのでは?」
「今の静香さんには、これくらいでいいんだよ」
 続けてエリズバークが新メニュー表を差し出せば、静香の声に不服がにじみ七海がやんわり牽制。
「……信一さんだけ、ずるいです」
「あ、あちらは荒木さんたちが補助に回ってますから……」
 静香が露骨に口を尖らせると、マオはわたわたと説得した。
「アト、今晩カラ静香にメディックのスキルを試してもいいカナ? 非共鳴で眠れるカモしれないヨ?」
「レティの負担を減らせるのでしたら、是非」
 ただし、希が医師から許可をもぎ取ったスキル使用に関しては、静香もあっさりと頷いた。
「では、始めましょうか。もし痛みが強ければくれぐれも無理はせず、すぐに教えてくださいね」
「はい」
「最初はレティさんに痛覚を持ってもらって、徐々に感覚を戻していくんだね。じゃあ、まずは右足から」
 辰美に返事をしてから、静香はベッドに寝たままメリッサの補助で足首をゆっくり回す。
 徐々に膝の曲げ伸ばしや上半身の関節ほぐしていき、肉体の許容限界を探っていった。
「こうして落ち着いた状況でお話しするのは、これが初めてですね」
『……私、少し外そうか?』
「いえ、大丈夫ですよ」
 リハビリを終え、昼食の時間となった時。
 2人きりの病室で、辰美は静香を前に姿勢を正す。
 レティの気遣いを断ったのは、むやみに共鳴を解除するべき段階にないと辰美が判断したためだ。
「直接の交流は数える程で知らないでしょうが、かつて刀護さんも、あなた方のような経験をしたそうです」
 語り出したのは、辰美が以前本人から聞いたアイアンパンクになった経緯。
「当時の刀護さんは己の強さと流派を知らしめるため異種格闘技戦に参加し、リハビリを要する怪我を負ったそうです。そればかりか、焦りから無理に治そうとした結果、さらに悪化して再起不能になった、と」
 一度まぶたを閉じ、辰美はその話をした刀護の顔を――滅多に見ない後悔の色を思い出す。
「私も、刀護さんも、静香さんにはそうなってほしくない。だから、過剰なリハビリはやめてください」
「…………」
 懇願するように、まっすぐ静香の瞳を見返す説得への返事は、なかった。
「――私も話、いい?」
 気まずい沈黙の中、病室に戻ってきたメリッサは辰美との話を何となく察し、自身も静香と向かい合う。
「もしかして……信一さんに別れようとか言われた?」
「っ!! 彼から、そう、聞いたのですか……?」
「ただの当てずっぽう。その様子じゃ、違うのね」
 過剰なリハビリの心当たりを聞いたメリッサは、強く動揺した静香にふっと頬を緩める。
「出産や子育てもそうだけど、女はたとえその気が無くても身を削って世話をする――ううん、出来ちゃうものよ。信一さんと、将来の話とか、したことある?」
「……いえ」
「ならなおさら、無理はダメよ。自分の命も、彼の命も――新しい命も守れなくなるわ」
 天井を見つめる静香の腹部を布団越しにさすり、メリッサは努めて明るい声で冗談をこぼした。
「何なら信一さんにも『凄く世話をしてきたんだから、言うこと聞きなさい!』って叱ろうか? 嘘だけど」
「…………」
 空気が弛緩した病室とは反対に、扉から背を離したエリズバークは顔を伏せてその場を立ち去った。

「はぁ、っ!」
「慌てるな。ゆっくりでいい」
「疲れたら立ち止まって、休みながらでいいんだよ」
 静香のリハビリと同じ頃、信一は男性エージェントが見守る中で歩行訓練をしていた。
 長期入院で失った体力向上もかねており、手すりにつかまりつつリハビリ室を何度も往復する。
 隣には拓海と槻右が、『発作』に対処するため付き添っていた。
「見てるだけってのは、もどかしいな」
「リハビリは己との戦いでもある。下手な手助けは信一の邪魔になりかねん」
 少し離れた位置からは、和頼と刀護もその光景を眺めている。
 じっとしているのが焦れったいのか、和頼は信一の移動用に借りた車椅子をしきりにいじる。
「今日のリハビリ時間は終わったから、病室に戻ろうか」
「いえ、まだやれます!」
 何度か起こった脱力発作を拓海に介助された信一は、槻右から終了を告げられると食い下がった。
「続きは簡易メニューでね? 車椅子、お願いします!」
「おう!」
 しかし、抵抗する暇もなく槻右に体を抱き上げられ、和頼が押す車椅子に座らされた。
「どうやら、あちらも一段落ついたらしい」
 リハビリ室を出て戻る途中、刀護が病室から女性陣が出てくるのを目撃する。
 そのまま昼食を一緒にとなったが、リハビリとの時間調整により食事がやや遅めだと信一が辞退した。
「ならどうする? 散歩でもして時間つぶすか?」
 すると、ずっと屋内生活では窮屈だろうと和頼が気晴らしに外へ誘い、刀護も伴って中庭に出る。
「焦るな、信一。以前のように動きたければ、時間をかけ、ゆっくり行うことが本当の近道だ」
 くしくも辰美と同じタイミングで、刀護が機械化の経緯を話し出す。
「両腕がまだ生身だった頃だ。初めて参戦した異種格闘技戦で大敗し、両腕を複雑骨折した。無茶な戦い方が災いした結果だが、俺は懲りずに一刻も早く治そうと過剰なリハビリを続け、回復不能なまでに腕を壊した」
 詳細は省かれたが、回復の芽を潰すほど過酷で無謀なことをしたのは想像に難くない。
「過剰なリハビリは身体を酷使するだけだ。お前には俺のようになって欲しくない」
「……肝に銘じます」
 過信と焦燥で失ってなお、内に燃えた闘争本能に従って得た義手が信一の両肩に置かれる。
 自分は間違ったと忠告する刀護に、信一は小さく頷いた。

 それからも病室には誰かが常駐し、特に信一とは積極的に会話して交流を深めた。
 また、自主訓練の申し出には簡易メニューを行わせて溜飲を下げて落ち着かせた。
 他にもマオの提案もあり、拓海が本部から集めた映像資料をノートパソコンで見せ記憶の補完も試した。
 効果はなかったものの、信一はどれも興味深そうに眺めていた。
 しかし、その夜。
「――何をしておる馬鹿者!!」
 病室に入った野乃が、互いを支えながら室内を歩く信一と静香に怒鳴り声を上げる。
「何考えてるんだよー!」
「これ、は  」
「信一さ――ぐっ!?」
『静香っ!』
 次に駆けつけた七海が近寄った瞬間、信一がまた脱力発作に襲われた。
 一気に体への負荷が増した静香は顔を苦痛でゆがめ、レティの声にも反応できず倒れそうになる。
「担当医さんに症状のことは聞いてるんだよ!? こんなことしてたら……死んじゃう」
「看護師は呼んだ。ともかく、ベッドへ運ぶぞ」
 崩れ落ちる寸前、涙目の七海が静香を、後からきた拓海が信一を支えて事なきを得た。
「――っ!」
 パァンッ!!
 騒ぎを聞きつけた一同が集まると、辰美が静香の頬を平手で打った。
「……すみません」
 辰美はすぐに謝罪したが、その顔は静香よりも辛苦にゆがんでいる。
「レティ、何故止めない? 信一はともかく、共鳴状態なら静香を止める事も出来るだろう?」
 さすがに目に余る行動にジェフが非難を向けるも、レティも静香も沈黙したまま。
「静香は今まで体を鍛える事で不安を抑えてきたとしても、そこまで無理を通そうとする理由は何だ?」
「3人とも、何から進めたら良いか判らないから、身近な事から無理をするの? 信一さんが、静香さんが、ずっと隣に居てくれるだけじゃ、足りないの……?」
 ジェフに続けて七海も言い募るが、そこへヴァイオレットが割り込んだ。
「酷なことを言うだども、愛情が強いのは一時だ。日常に成ってしまうと、同じ気持ちのままいるのは難しい……おぬしらとて、気づいとるはずだ。病めるときも、富めるときもとは、本当に厳しい道のりだでな」
「じゃあヴィオさんは、2人が互いを想ってないって言いたいの!?」
「そうじゃねえ。いくら強い想いでも、いずれはすり減っちまうっつうことだ」
 感情的な七海をなだめるように、ヴァイオレットの声音や仕草はゆったりとして穏やかだった。
「オラのリハビリは……症状の進行を抑えるためで、治すためでねぇんだべさ。だどもそれは、医者から珍しい症例って言われた信一や静香にも、言えるんでねぇか?」
 まるで冷や水を浴びせられたように、しん、と静まりかえる。
 治療法が確立されていない以上、症状が改善傾向でも2人が完治する保証は……ない。
「良くなってるから治るっつって無理が出来ちまうのかもしんねぇが、急いだところでよくはならねぇだよ」
「俺もそう思うよ。意欲は認めるけど無茶しても意味がない」
 厳しい現実を示しながらも、過度なリハビリをたしなめたヴァイオレットにレイルースが同意する。
「碓氷さん。栄養失調で骨も脆弱化しているって状況を聞く限り、歩行訓練を始めるべき段階じゃない。いつ骨が折れるとも知れない状態でやるのは、どう考えても早計だ。
 佐藤さんも。脱力発作が欠神とあわせて起こったらどうする? きちんと補助できる人が一緒にいなければ、歩行訓練なんてもっての外だ。今まで怪我がなかったのはたまたま『運』が良かっただけで、下手をしたら怪我じゃ済まないかもしれない」
「……そんな事、私たちに言われなくても、分かってます、よね?」
 攻めるでも怒鳴るでもなく、普段通りの態度でレイルースが客観的意見を伝え、マオが様子をうかがう。
「本心を教えてくれ。過剰なリハビリを続ける理由を」
「……僕のわがまま、としか今は言えません」
「私も、納得させられる理由を、言葉にできないんです……」
 そして、この場の全員が抱く疑問を刀護が切り込めば、信一と静香が重い口を開いた。
 曖昧な返答だが、2人の態度に嘘はないため追求が難しい。
「……互いの記憶にすれ違いは無いかな?」
 誰もが言葉をためらう中、七海が沈黙を破った。
「正直な気持ちを言うね……信一さんが皆の事を忘れたのに、3人の事は全部覚えてるってのは……腑に落ちないんだ。たとえ同じ記憶を共有してても、そこに添うはずの感情が違ったら心もずれるよね? 2人が欲しいのは、気持ちが寄り添う安心感……じゃないのかな? だから、まず覚えてる事の整理をした方が――」
「待って。信一さん達も含めて、今の皆は少し、多くを望み過ぎてると思う」
 しかし、言葉の途中で槻右が遮って全員へ振り返る。
「あんな事があったから、何で私達の事は……ってご家族や友人の思いもわかる。
 前と同じように、前はこうだった……って思うのも、以前を知る者として否定しない。
 でも、それは全部、3人が生きてるから思える大事な気持ちなんだ。
 急ぐ必要なんてないんだから、全員が一度、冷静になるべきだと思う」
 再び、病室に静寂がのしかかった。
 無謀な信一たちも、それを止めたい周囲も、性急な変化を求めていたことは事実だったから。

●叫び
「信一と静香は眠ったぞ」
「『リジェネーション』と『セーフティガス』が効いたミタイ」
 夜も更け、スキルを試した和頼と希が病室から出てきた。
 回復が痛みの緩和に、催眠ガスが強制ながらスムーズな入眠に効果が確認できて安堵する。
「お疲れ様だの」
「よかったらココア、どうぞ」
「……ありがとう」
 一方、連絡を受けて病院に駆けつけた信一の家族は、同じ階の談話スペースに集まっていた。
 野乃とメリッサからココアを受け取り、一口含んでため息をこぼす。
「信一殿が何も覚えておらぬ……のは某も驚いた。共の時間は家族たる貴殿らの方が長いのじゃし、恋人を――他の者を覚えておるなら尚の事、とても辛かろう」
「私達英雄も、過去を忘れてる人が大半だけど……嫌で忘れてる訳じゃないの。断片を思い出しては切なくなったり、何故思い出せないの? って焦って自分を責めたりもして……境遇が近いから、わかるの」
 身近に能力者がいないことも考慮し、野乃もメリッサも英雄としての言葉をかける。
「某の相方がの――『良かった』と、病床の2人を見て、言ったのだ」
 野乃は槻右との出会いを思い出し、優しげに微笑んだ。
「きっと、貴殿らも同じ気持ちなのだろうの。よう投げ出さず、見守って来られた。
 信一殿も理由があって無茶をするのじゃろ。
 大丈夫、彼は何も無くして居らぬ。
 貴殿らにとって、手のかかる頑固なご子息であり、弟殿であり、兄殿なのも変わらぬ。
 あまり気負い過ぎずに、御身も大事にな?」
「大切な程、辛いし苦しいから……今は少し空けて、皆さんも休んで下さい」
 メリッサが上の姉の背中を撫でると、ぽつり、と手の甲に水滴が落ちた。
「事件に巻き込まれて、植物状態になって、でも目覚めてくれて、嬉しかった……それは本当」
 2つ、3つと拳へ伝い落ち、スカートのしわが深くなる。
「記憶なんてなくていい、私たちが家族なのは変わらない……それも本当」
 拳は解かれ、顔が覆われる。
「ただっ、あの『3人』がもう、傷ついて欲しくないっ――それだけなのにっ!!」
 すすり泣く悲痛な思いに、野乃とメリッサは無言で寄り添った。

「ねえ。リハビリの強行を止めないのってさぁ、この世界にいられなくなるから? 罪滅ぼしかな?」
「……急に、何?」
 信一の家族も帰った深夜、フローラはえぐれた三日月を見上げるレティへ近づいた。
「主導権を奪えば、静香は止められる――ジェフが言ってたよね。何でしないの?」
「…………」
「大切なんでしょ? 痛みを引き受けて、見てるだけ? ――ああ、どうでもいいの?」
「っ!! アンタに何がっ!!」
「分かんないけど?」
 無遠慮な言葉に激昂したレティに胸ぐらを掴まれても、フローラは一切動じない。
「あたしはレティじゃない。せっかくこれからなのに、辛くすることなんて無いのにね、って思うだけ」
「――っ!」
「あら、フローラ様とレティ様。こんな夜分に大声とは、感心しませんね?」
 一触即発の空気を壊したのは、微笑を浮かべたエリズバーク。
 規則的な靴音と薄く開いた瞳が近づき、その後ろから希とメリッサも現れればレティの手から力が抜ける。
「レティ。アノ、さ、酷カモだケド……邪英化シタ時の記憶、残ってル?」
 珍しく歯切れの悪い希の問いかけに、レティは歯噛みし視線を床へ投げ捨てた。
「色々、思うコトはあると思うケド、悪いノハ愚神等だヨ……レティのせいジャないノ分かってるヨネ?」
「だとしても愚神と――リヤンとの縁を繋いだのは……私だよ」
「悪くないと言われても、気になるわよね。罪悪感、があっても、相手の言う事を全て叶えるのが償いじゃないわ。厳しさもたまに必要よ……もちろん、自分にも、ね」
「――私に何ができるって言うんだ!!」
 希とメリッサにも首を振り、レティは血を吐く勢いで叫んだ。
「私は壊して殺して奪うことしかできない! いくら守りたくても暴走して、『狂紅』なんて呼ばれて、隣にいてくれたリヤンを『狂黒』なんて呼ばせて、リヤンに守られて殺して、リヤンを守ろうとして殺して!!」
 それはレティの【大切だった人】を、2度も殺した絶望。
 2度目は愚神と理解しても、心の悲鳴は消えてくれない。
「静香にだって、【殺す】って言葉でしか【生きろ】って言えなかった! 信一からは、恋人だけで過ごす『時間』を奪ってた! それなのに、1人無事だった私は、2人の『健康』と『記憶』まで壊したんだ!!」
 そこへ、レティの【大切な人】を狂わせた絶望が重なる。
 静香を止められず邪英化し、2人を傷付けた分だけ心の傷は跳ね返った。
「何もかも狂わせることしかできない私に、2人を止める資格なんてないんだよっ!!」
 自分の意志を殺し、もう誰も壊さないように。
 レティは己が手を出し、狂わせることを怖れていた。
「……あたしにはレティの気持ち、分からないッテ思うカモだケド……レティだって、あたしの気持ちは分からないヨ。助けに行けなクテ……レティや信一、静香が苦しんでるノニ、何モ出来ない……最悪なキモチ」
 酷く臆病な吐露を引き出し、受け止めた希は、レティを腕の中に閉じこめる。
「モシ、行けてタラ、何かモット出来たカモって、思……ッ! あたしじゃ、ムリだケド……ケド……」
 悔しさに声が震え、目尻から涙があふれても、抱えた頭は離さない。
「後悔しないデ反省シヨ……! 繰り返さないヨーニ、次はドーしたらイイか考えテ、イッパイ、泣こ!」
「――う、ぅぅっ!!」
 嗚咽が染み込む病棟の窓から差し込む月光は、雲に阻まれけぶって散った。

●歩み寄る一歩
 次の日から、信一と静香は指示に従うようになり、エージェントも急かすことを止めた。
「伝えたい気持ちを、ゆっくり言葉にしない? どうしたらいいかも、整理できるよ」
 最初に七海の提案でベッドにタブレットが設置され、2人が操作する様子だけでも周囲を安心させた。
「体を動かすだけがリハビリではありませんわ。手のリハビリも行いましょう。指先が動くようになれば、デスクワークは出来るでしょう?」
 他にもエリズバークが、トランプでのリハビリを提案した。
「……とらんぷ?」
「リハビリも真面目すぎてはしんどいだけだべ。お年寄り扱いされたくねぇだで、オラもやるだよ」
「いや、ばばあじゃん」
 その際、人里離れた森での生活が長いマオは、初めて見るトランプに興味津々。
 多少喰い気味なヴァイオレットには、フローラが呆れていたが。
「信一は、静香と向かい合う位置へ」
「ベッドがお隣同士ですし、お二人も楽でしょう」
 その間に刀護と辰美の誘導で、2人のベッドの間に机が置かれる。
「細かい作業が難しいかもだから、私は静香さんを補助するね」
「信一の『発作』は、俺がフォローしよう」
 さらに七海が静香の、ジェフが信一の隣に座ってゲームの手助けに回った。
「ふふー、どれがババが判るか?」
「わざわざ持つ宣言する?」
 最初のババ抜きでは、拓海が初っぱなから駆け引きを仕掛けメリッサにジト目をもらう。
「――っ!」
 そして、初トランプでおそるおそるカードを取ったマオの反応は劇的だった。
 表情は驚きに染まり、猫耳がピーン! と立てば所在なさげに尻尾がユラユラ……バレバレである。
「……ど、どうぞ」
「うん」
 次のレイルースは至って冷静。
 腕をプルプルしながら差し出されたマオの手札から1枚抜き、そろったカードを場に出した。
 トランプ歴は同じはずの対照的な2人に、自然と笑みがこぼれる。
「病は気から。笑う事も立派なリハビリだよ」
「善処します」
 レイルースは向かいにいる信一の笑みを指し、無表情の静香へ手札を差し出した。
 初戦は当然(?)マオが負け、2ゲーム目はメンバーが入れ替わる。
「ここだべ……おんやぁ、間違えただ」
「ったく。1回パスしてチャラでいい?」
 すると早速、ヴァイオレットがいきなり隣の手札を引いてフローラにダメ出しを食らった。
 あり得ないミスにヘコむ姉を見かね、フローラが救済案を出してゲームが進む。
「母様――残念です」
「ポーカーフェイスがうまくなったわねぇ、アトル……?」
 また、にぱー! と笑うアトルラーゼからババを引いたエリズバークの笑顔がひきつる一面も。
(少しは気が紛れると良いのだが……)
(二人に関わった方もいるから、大丈夫でしょう)
 和気藹々とゲームに興じる中、刀護と辰美は時折アイコンタクトを交わしていた。
 信一と静香の様子をさりげなく気にかけつつ、刀護が信一からカードを引く。
「――む」
(あ、ババを引きましたね)
 おかげで、静香の隣にいた辰美が刀護の変化にすぐ気づいた。

 また次の日も、トランプや他のボードゲームでのリハビリが行われた。
「――クソッ! また負けた!」
「和頼……弱ッちいネ!」
「うるせえ!!」
 なお、他のゲームを持参した和頼は苦手分野の勝負に惨敗。
 顔に出るマオやルールをトチるヴァイオレットが相手でも負けたため、希への反論さえ弱かった。
「ふぅ……衰えは隠せぬようだ。休憩してええかのぉ?」
「あ、そういえば2人が無茶してた理由って、聞いてたっけ?」
 そしてヴァイオレットが疲労を訴えた直後、何気なく放ったフローラの一言で空気が変わる。
「――僕はここに入った時、嬉しかった」
 言葉を出しあぐねる信一と静香より先に、槻右が口を開いた。
「過去は変わらないし、因果なんて考えても仕方ない……」
 自分の機械化した足を見下ろし、隣の拓海の手を握って顔を上げた、
「自分の事で相手の顔が曇るのは辛いだろうし、早くって気がせくのも、自分のせいでって思うのもわかる。
 でも、差異を見つけて落ち込むより、自分が生きてる事を素直に喜んで。
 自分の身を案じる人の為にも、喜んでくれた人の表情を思い出して。
 ――全員が目を覚ました時の感動を、もっと噛み締めて欲しいな。
 生きていれば一緒に居られるんだ。思い出す事も笑う事もきっと出来るし、一緒に歩く未来も見られるよ」
 それが槻右の願いで、伝えたいありったけのエール。
 繋がれた手の力に応じ、今度は拓海が信一へ声をかける。
「切っ掛けは信一の憑依でも、誰にも無い責任を背負おうとすれば静香達も責任を感じるぞ。
 応じるも答えるも、急がば回れで良い。まず3人で話し合って、でも厳しかったら相談しろよ」
「道は、一つじゃありません。3人も納得して、皆も安心して、応援できる方法を考えましょう」
 それにマオが何度も首肯し後押しすれば、今度は七海が微笑み口を開いた。
「和頼ね。私の為にって突っ走っちゃうんだよ……時々、凄く困るの」
「う……」
「でもね、気持ちが有るのが判るから嬉しいんだ」
 居心地悪そうな和頼に構わず、七海は思うまま続ける。
「三人も、お互いの為にって頑張り過ぎてたんじゃないかな? 早く守れるようにって、気持ちが先走って隣の人を置いて行ってさ」
「自分がしっかりしてればと、1人で必要以上に抱えなくていい。もし重荷が3人の誰かにあっても誰も責めないし、支え合うだろう」
 ジェフも、励ますように信一の背中をポンと押した。
「静香さんも信一さんもレティさんも、お互いに一杯、甘えるんだよ。我侭と思っても言うんだよ」
「レティは重体の二人に甘え難いなら、俺達みたいな世話好きに話すと良い。大喜びで力になるぞ」
 七海とジェフの言葉で全員が頷き、されど3人は言葉に迷う。
「まったく貴方達は……今更そんなに互いから逃げて、どうするのですか?」
 そんなぐずぐずした様子をとがめたのは、エリズバークだった。
「【大切な人】を傷つけた上に後遺症まで与えてしまい、どんな顔をして話せばいいか分からない……そんな思いを無茶な行いで誤魔化しているようにしか見えません。逃げれば逃げるほど離れてしまうのに、滑稽ですわね。まだ貴方達には命があるのですから、話し合って共に歩むことが出来ますでしょう?」
 ――私と違って。
 誰もが気づかぬほど小さいノイズが魔女の笑顔に混じり、細い指が信一へ向けられた。
「信一様。貴方は一般人でありながら愚神に打ち勝った自分を、もっと誇りに思いなさい」
 指先は次に、静香を捉える。
「静香様。貴女は愛のために全てを捨てても構わないと知らしめた一途さを、もっと誇りなさい」
 さらに共鳴中のレティも名指しし、目を細めた。
「レティ様。貴女は英雄として全てをかけ、【大切な人】の願いを叶えてみせた自分をもっと誇りなさい。
 貴女は成すべき事を成しただけ――邪英化を気に止む必要などありませんわ」
 今までの戦いや監視を含め、見聞きしたすべてから抱いた想いを叩きつけて、微笑む。
「今のまま進もうとしても、足手まといにしかなりません。まずは互いの思いをぶつけ合いなさいな」
 半端な逃避など無意味だと、エリズバークは3人の葛藤に言葉の刃を突き立てた。
「――わかりました」
 果たして信一は、あえて含みがある言い方で問いかけた。

「レティちゃん。僕も静香さんも、あえて聞かなかったことを、この場を借りて聞くよ。
 正直に教えて欲しい――僕たちは、あと何年生きられる?」

『っ?!』
 まるで出来の悪い悲劇のような台詞に、誰もが息を呑む。

『……医者の話だと、どれだけ長くても――『10年』が、限界だって』

 そして告げられた、あまりに短い命の刻限。
『ずっと、2人の無茶を止めたかった。でも、『2人の寿命を奪った』私には、止められなかった……ゴメン』
「……これが僕と、たぶん静香さんの、無茶をしてきた一番の理由です」
 レティの懺悔を聞き届けた信一と静香に――驚愕や悲嘆はなかった。
「病院で目覚めた僕には、静香さんやレティちゃんとの記憶の他、愚神への強い負の感情がありました」
 信一は己を愚神のエサにしてでも静香たちとの『絆』を死守し、結果として記憶を残せたのだろう。
 それほど2人を想うからこそ、『邪英化』のリスクを2人に強要した愚神への『殺意』も強く刻まれた。
「目覚めた『僕』は、家族や友人から聞く『佐藤 信一』との落差に躊躇しました」
 他人事のように、信一は語る。
 かつての自分になかった『殺意』が、【大切な人】を傷つけるのではないか? と。
「だから『僕』は、静香さんやレティちゃんに『佐藤 信一』を取り戻してあげたかったんです」
『今の自分』を否定してでも、信一は静香たちのために無理を通そうとした。
 しかし、それは静香も同じだった。
「私は……信一さんとレティの不安や恐怖に、漠然と気づいていました」
 震える右手を胸元に当て、まっすぐ、信一を見つめる。
 少しでも2人の心痛を和らげたいと、静香が思い出したのは『タクティールケア』だった。
「目覚めた時に感じた、信一さんと繋げてくれた手の温もりを、安心感を、心強さを伝えたい。
 ぎゅっと2人を抱きしめてあげられれば、私は治らなくてもいい――そう、思ったのです」
 それには、全身を蝕む痛みが邪魔だった。
 苦痛が表情に表れれば、逆に2人を苦しめてしまうから。
「余生が短いと予感があればなおのこと、少しでも長く私がそばにいて、安心させてあげたかったんです」
【大切な人】のため、3人ともが自己犠牲をいとわなかった。
 周りに何を言われようと貫こうとした思いは、言葉にしたことで変化を遂げる。
「でも、もう少しゆっくり、将来について考えてみます」
「互いに甘えて、周りに頼って、よりよい答えを探します」
『私も、後悔するのはやめる……これからを見ていくよ』
 信一と静香とレティ。
 3人の止まっていた時間が、ようやく、進み出した。

●共に進む一歩
「本当に世話が焼ける方々だったわねぇ」
「今度こそ『ハッピーエンド』ですか、母様?」
「それは、これからの選択次第でしょうね」
 病室を後にしたエリズバークは、疑問を浮かべるアトルラーゼに肩をすくめる。
 もう一度歩めるようにと背は押したが、3人の結末などまだわからない。
「寄り添う事が出来ればいいな」
「そだネ♪」
 ジェフと希もひとまずの決着に安堵するが、後ろの七海と和頼は表情が硬い。
「戦って救うより、気持ちを救う方がずっと難しいね。もっと、頑張らないと」
「……オレから見れば、七海も頑張りすぎてると思うけどな」
 苦悩する3人と向き合い奮起する七海に、和頼は苦悩する3人と七海を重ね不安をこぼす。
 意図せず触れた恋人の本音にどう寄り添えるか……和頼の心もまた、揺らいでいた。
「偽善かも知れねぇだども、幸せに成って欲しいだべな……オラは、まだまだだ」
「大丈夫だよ、姉さん。受け入れるのはつらいだろうけど、あたしも似たようなものだよ」
 他方、メタボリック姉妹は一足先に病院を出た。
 ついぞ明かさなかったが、ヴァイオレットは認知症を、フローラは短期記憶の問題を抱えている。
 フローラは悩む時間が惜しいと悩むことを止めているが、ヴァイオレットは違う。
 病気と受け入れつつも、症状の進行に気づけば心の片隅で動揺するのだ。
 今回は信一が近い症状と知り結びつきを支えようとしたが、己の迷いは晴れなかった。

 そして、誰もいなくなった病室で。
「退院したら言うつもりだったけど、今、言うよ――静香さん。貴女の人生を、僕にも分けてください」
「でしたら、私も――信一さん。貴方の人生を、私にも背負わせてください」
『病室でプロポーズ? ま、いっか――2人の人生を、私にも付き合わせてよね』
 ベッドを繋ぐ3人の手は、固く固く、結ばれていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646

重体一覧

参加者

  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    フローラ メタボリックaa0584hero002
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • その背に【暁】を刻みて
    東江 刀護aa3503
    機械|29才|男性|攻撃
  • 優しい剣士
    双樹 辰美aa3503hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 希望の守り人
    マオ・キムリックaa3951
    獣人|17才|女性|回避
  • 絶望を越えた絆
    レイルースaa3951hero001
    英雄|21才|男性|シャド
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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