本部

【終極】連動シナリオ

【終極】ニア・エートゥスの忘れもの

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2019/01/27 11:52

掲示板

オープニング

●ある邂逅
 エスクラボというのがその少女が親につけられた名だ。
 これは現地公用語で『奴隷』を意味する。
 彼女が生まれた時、その家族は頭脳明晰だが病弱な子達を抱えた状態で、新しい子を養うにはあらゆるものが足りなかった。
 だから家族は妹として生まれた子を兄や姉の奴隷として育て、戸籍すら与えなかった。
 生まれながらの奴隷として扱われた子は、幼いころから捨てられる恐怖に怯えながらも学校にも行くことはなく、病弱な兄や姉を献身的に支え続けた。
 だがアイアンパンクといった技術によって兄や姉たちが病弱でなくなったとき。
 少女へと成長していた彼女は何も持っていなかった。
 得たのは兄や姉たちの生活を支えた苦労だけ。
 そして彼女の家族は自分の人生を捧げ尽くしてきた彼女をゴミ扱いし捨てた。
 用済みだったから。
 戸籍もなく、学校にも行けず何かの技術を学ぶ機会すら得られない奴隷の生活を強いられてきた彼女がまともな職に付けるはずもなく、スラムへと追い立てられ日々の糧も満足に得られない状況へと転落した。
 同じような境遇の人たちと支え合って暮らすにも限界があり、餓死寸前のところを愚神ニア・エートゥス(az0075)と遭遇する。
「取引しませんか。条件をのむなら貴方と貴方に似た境遇の人々をできるだけ拾い上げますよ」
 ニアの出した条件は、人間社会での自分の隠れ蓑になることだったが、後がない彼女はニアの取引に応じ、拾い上げられた。
 それからの彼女や同じスラムの住民達の境遇は劇的に変化した。
 住まいを与えられ、食べ物も悪臭のする残飯から新鮮で栄養価の高いものになり、ガリガリに痩せた手足も健康的な姿を取り戻した。
 そして取引の通り、ニアは相応の教育と技術指導を受ける機会を与えるが、皮肉なことにそれらは彼女たちが普通に人間扱いされていれば習得できる類のものだった。
 普通の人間として扱われることが、どれだけありがたいものなのか。
 ニアは悪だ。世界とは相容れない災厄だ。
 それでも人間が何かに心酔するには十分だった。

●火種
 ニアの消滅後、当初信奉者らはH.O.P.E.への報復に動こうとしたが、真継優輝(az0045)が彼女らのもとを訪れる。
 実はニアが討たれる前、ニアは資産の譲渡手続きを行っており、その譲渡先が優輝だった。
 優輝がH.O.P.E.情報部の協力を得て引き継いだ資産の中に、彼女らの『経歴』も記載されていたので、優輝は彼女らのもとに辿り着けた。
 敵意の目が向けられる中、優輝は自分がニアの保有していた資産を正式に継承した事を報告する。
「皆様の救いを求める声に長年応じなかったこと、本当に申し訳ありません」
 優輝は1個人として彼女らのリーダー格だったエスコラボこと『ソーニョ』達に頭を下げた。
 ニアを討ったことへの謝罪はしない。
 それは命がけでニアを討ったエージェント達やニアによって被害を受けた人々を否定するものだから。
 優輝は受け継いだ資産をフル活用して信奉者たちに今後生きる道を用意しようとしていた。
 そして交渉の末、ソーニョは信奉者たちにH.O.P.E.への報復を止めた。
 恨みはある。わだかまりも否定しない。
 だがそれ以上に、彼女らはニアによって被害を受けた人々と向き合う必要があることを自覚した。
「まずはニアの被害者達に謝罪し償いましょう。ニアが叶えられなかったことを、私達で少しでも叶えるんです」
 それがニアを信奉した者達の責務だから。
 ソーニョの決断に優輝は賛意を示し、以後優輝はH.O.P.E.と信奉者、被害者達の間を動き回る。
 H.O.P.E.は基本的には国や自治体の行政に介入することはしない。
 ただ優輝や情報部は彼女らが人間社会より捨てられニアに利用された経緯を重く見て、信奉者達の生まれた各国政府に働きかけ、彼女らの戸籍を回復、あるいは取得させた。
 同時に優輝達は、彼女らを奴隷扱いしてスラムに追いやった家族達を虐待の罪で逮捕するよう各国の警察に働きかけた。
「弱者を救済できる措置や対策をしっかりとらないと、また愚神に協力する人々を増やし愚神に支配される地域が出ますよ」
 一方でソーニャ達は、ニア達によって被害を受けた人々への補償を優輝や情報部の協力のもと行い続けた。
 情報部の調査では実害を与えたのはニア達愚神で、信奉者達は都市運営に協力したものの、被害は出していないことが分かっているので、信奉者たちへの糾弾を減らす意図もあった。
 信奉者達はこうして被害者達と和解することに成功した。
 わだかまりは残るものの、ソーニョ達は優輝やH.O.P.E.が自分達の罪の精算に協力してくれたことを感謝し、第二の人生を歩み始める。
 こうしてニアの遺した火種は消えたかに見えた。

●懲りぬ者達
 それはソーニョ達が優輝達の仲介で就職した会社での出来事だった。
 突如銃弾状ライヴスが会社の建物内に飛び込んで爆発し、さらに業火の花が咲き、中にあったオフィス器具類を吹き飛ばす。
「てめえらのせいでどんだけ周りに迷惑かけたと思ってんだよ。愚神を支持する奴は人間じゃねえ。死んで償えゴミクズどもが」
「ニアを信奉するなんておぞましい連中、この世界にいてはならないゴミだよなあ。動機とか人権とか配慮する意味ないじゃん。泣き言なら死んでから言えっての」
「貴方がたってお馬鹿さん揃いですの? H.O.P.E.に迷惑かけずに死んで下さいませ。人でなしのゴミクズさん」
 攻撃した者達の名は友衛(ともえ)鉄男(てつお)。指宿(いぶすき)義亜(よしあ)。美年(みとせ)愛(あい)。
 彼らは過去ニアが救った孤児達に暴力を振るい、ニアが出没した地域に属する組織の人々を動員してニアに突撃し、返り討ちに遭い捕まり動員した人々を危険に晒したという曰くつきのエージェント達『だった』。
 過去形なのは、彼らはその性根が改善されずH.O.P.E.エージェントの資格を剥奪されたためだ。
「俺様達が正義! 弱虫どもは俺様達のために死ね! それがてめえら愚神に味方するクズどもの、悪の運命なんだ!」
 現場に居合わせ、ソーニョ達を庇う形になった優輝はそんな友衛達の主張に反論する。
「ニアは悪でしたが、彼女らにとっては自分達を救った『家族』でした。彼女らは既に償いを終えてますので貴方達の行動は的外れです」
 信奉者とニアの被害者達との間で和解が成立し、罪は精算されている以上、ソーニョ達を責める根拠は消えている。
 友衛達の行動は、関わった人々全ての努力を踏みにじるものだった。 
 優輝から連絡を受けた情報部は3人の行動が過去ニアに撃退された恨みを晴らす八つ当たりと、信奉者達を殺せばH.O.P.E.に返り咲けるとの妄想によるものと判断し、信奉者達を救うため緊急の依頼斡旋に動いた。
 全力で現場に急がなければ、彼女らは救えない。

解説

●目標
 元エージェント3人の逮捕
 失敗条件:下記の人々を一人でも死亡させる。

 登場
 ソーニョ
 旧名エスクラボ。
 ニア・エートゥスを信奉する人間達のリーダー。ニアに付けられた今の名(意味は「夢」)を名乗る。
 当初は報復も考えていたが、優輝やH.O.P.E.情報部がニアの被害者達との間で『戦後処理』に奔走した結果、ニアに被害をうけた人々に謝罪し、これ以上自分のような存在を出さないため不満を飲みこみ被害者達との和解に尽力した。

 ニア信奉者×10
 ソーニョと同様人間社会にゴミ扱いされニアに救われた人々で一般人。全員下記3人の攻撃を受け負傷し周囲に昏倒中。

 元エージェント達
 友衛鉄男。ドレットノートの適正あり。人質を盾にしたがる。剣を装備。スキルは怒涛乱舞、チャージラッシュ、烈風波。
 指宿義亜。ジャックポットの適正あり。弱者(一般人)を優先して狙う。突撃銃を装備。スキルはダンシングバレット、フラッシュバン、アハトアハト。
 美年愛。ソフィスビショップの適正あり。自己中心的で自分以外の人間は踏み台。スキルは支配者の言葉、サンダーランス、ブルームフレア。

 真継優輝
 ニア・エートゥスの遺産継承者。ニアの信奉者と被害者救済のため情報部と共に奔走中に、今回の事件に巻き込まれる。
 現在ソーニョ達への攻撃を防いでいるが、全部は防ぎきれていない。

 状況
 南米のとある都市にある会社。ニアの信奉者たちが勤務する。
 会社の同僚はニアの信奉者達については過去も含め屈託なく受け入れている。また優輝やH.O.P.E.情報部の努力も知っているので元エージェント達の所業を怒っている。信奉者達を除き避難に成功。
 現在元エージェント達は信奉者たちの内3人を自分の体にくくって盾にし、残るソーニョ達を庇う優輝を攻撃中。想定戦場は縦横各40mの大部屋。
 使用可能品は装備や携帯品のみ。部隊派遣要請、道具類の借用は一切不可。

リプレイ

●急行
 現場に6組のエージェント達が駆けつけた時には、既に戦闘が始まっていた。
 敵の名は友衛(ともえ)鉄男(てつお)。指宿(いぶすき)義亜(よしあ)。美年(みとせ)愛(あい)。
 いずれも素行や思考に問題があり、エージェントとしての資格を剥奪された。
 その後愚神ニア・エートゥス(az0075)を信奉する人間達を討てばエージェントに返り咲けると思い込み、今回の暴挙に出た。
 現在3人から信奉者たちを守っているのは真継優輝(az0045)だが……。
「ゴミクズ共に、正義の鉄拳制裁を届けてやるぜ!」
 友衛より怒涛乱舞が放たれる。
「避けてみろ。できるものならなぁ!」
 指宿よりダンシングバレットが射出される。
「その這いつくばる姿、お似合いですわ」
 美年がブルームフレアを発動する。
 弾丸状ライヴスが跳躍し、5条の剣閃が奔り、業火状ライヴスが火焔の花を咲かせ、信奉者達を襲う。
 噴き上がった火焔が姿を消した先には、全力移動で到達し、昏倒した人々を庇うエージェント達がいた。
『間に合ったなユリナ。悠長にしていては死人が出るという話は確かだったようだ』
「一般人への攻撃など、正気ですか!? ……馬鹿げた真似を……!」
 リーヴスラシル(aa0873hero001)と共鳴した月鏡 由利菜(aa0873)は、ハイカバーリングで信奉者の1人を庇い、守り抜いていた。
「優輝さん、大丈夫ですか!」
 由利菜が部屋に残る信奉者達や優輝の安否を確認する。
 今のところ負傷者は多いが死者は出ていない。
「やっと、ニアに分断された人々が手を取り合おうという時に……!」
 これが過去エージェントであった人間のやることかと、由利菜は憤る。
『今まで無理解な身内には散々足を引っ張られてきたからな……灸を据えてやる』
 リーヴスラシルの言葉にも、抑えてはいるが怒気がこもっていた。
「私はH.O.P.E.の騎士、月鏡由利菜。逃げも隠れもしません、堂々と参ります」 
 そう名乗った由利菜は『ナンナ』の銘を冠したイリヤ・メック+5を抜き放つ。
『……今は一旦下がって欲しい。人質奪還のチャンスが来るまで待ってくれ』
 リーヴスラシルは優輝に後方での活動を指示する。
「取込み中すまんが選手交代の時間だぜ?」
 ユフォアリーヤ(aa0452hero001)と共鳴した麻生 遊夜(aa0452)は、そう言ってLAR-DF72「ピースメイカー」+5を構える。
(資格剥奪されるほど酷い素行をしてるこいつらの方が、愚神支持だった人間より性質悪いんだよな)
 遊夜の内心の呟きに、ユフォアリーヤも同意する。
『……ん、やりすぎた……悪い子達は、ボク達が……お相手だよ』
 ユフォアリーヤも友衛達の暴挙を目の当たりにし、戦意を研ぎ澄ませる。
 リオン クロフォード(aa3237hero001)と共鳴した藤咲 仁菜(aa3237)は、負傷者達をケアレインで治療しつつ、優輝の状態を確認する。
 仁菜の見たところ、ソーニョ達を庇い続けて負傷しているが、まだ大丈夫そうだ。
『大丈夫だ。本人もまだいけると言ってる』
 リオンも優輝からの言葉を仁菜に伝え、仁菜のやりたいことを支援する。
「真継さん、あと少しお願いします!」
『そっちはまかせた!』
 だから仁菜やリオンは信奉者達の守りを引き続き優輝に頼み、飛盾「陰陽玉」+2を顕現して指宿へと疾駆する。
「既に事件は解決したはずです、これ以上の犠牲者は無駄にしかなりません」
 餅 望月(aa0843)は負傷した信奉者や、彼女らを庇い負傷したエージェント達をケアレインで治療しながら友衛達に忠告する。
 望月から見れば、他者に死を与える事で得られる達成感は『遊び』でしかない。
 迷惑がられる遊びをやりたがる者は、その嗜好を認識はされても嫌われるだけだ。
 マイヤ サーア(aa1445hero001)と共鳴した迫間 央(aa1445)は、破壊しつくされたこの部屋の惨状を見渡した。
「お前達の正義とやらは、ただ人や大切なものを踏みにじったり壊して目立ちたいだけの『遊び』だ」
 央は抑えた口調で望月の見解を肯定する。
『エージェントどころか、人としてどうなのかしらね』
 マイヤもまた平板な、冷血性すら感じさせる声音を友衛達に向ける。
 既に央もマイヤ、そして雨宮 葵(aa4783)は負傷者を搬送する為の救急車や医療チームの派遣を要請し、手配を終えている。
 後は3人を倒し、周囲に転がったり盾にされている信奉者達を救うだけだ。
 央は【SW(刀)】EMスカバードに納めた天叢雲剣+5を顕現し、美年に向け駆け出す。
「後は頼む、雨宮」
 そう言い残し。
「引き受けました、迫間さん。目途がつき次第、援護に向かいます」
 彩(aa4783hero002)と共鳴した葵は央にそう返答し、当面の方針を負傷者の救助に定める。
『正義とか悪とか、人は小さいものにこだわって生きているわね! 面白いわ!』
 彩から見ると今回の敵3人は『愛すべき弱い人間』の条件を満たすようで、楽しそうだ。
「結構笑えない状況だから空気読んで黙っててね!?」
 葵は彩の発言と抑えようとしていたが、一方で後方の護りに注意することも忘れない。
「真継さん、負傷者は私が運ぶ! きついだろうけど、もうちょっと守り続けて!」
 望月の治療を受けて負傷を回復した葵は優輝に後方の守りを頼むと、負傷者のもとへと急ぐ。
 元エージェントと現エージェントの両者が、ここに激突した。

●救出
 由利菜は友衛と対峙しながら、陽動も兼ねて説得を続ける。
「……H.O.P.E.の原則は人命優先。それを遵守せずして、エージェント復帰の道はあり得ません」
『このままヴィランに身を堕とすか? ……お前達の未来が閉ざされるだけだがな』
 リーヴスラシルも周囲の状況を確認しながら、由利菜の説得に加勢する。
「私達がどれほどの修羅場を潜ってきたか、あなた達はご存じの筈。……人質を解放しなさい」
「なぁ月鏡さんよー。俺様を責めるより、自分を見返してみろや。てめーこそ腐りきった膿だぜ」
『……ユリナが膿だと? 気は確かか?』
 友衛の暴論でリーヴスラシルの声に底冷えする響きが籠り、由利菜が冷静に事実を指摘する。
「あなた達の所業には法的根拠がありません」
「クズは赦せねーんだよ」
 友衛は由利菜達の指摘を一蹴するが、友衛の背後から1条の刺突が襲いかかる。
 それは望月の聖槍「エヴァンジェリン」+5だった。
「資格を剥奪されたのは辛かったかもしれません。それでも誰かを傷つけていい理由にはなるはずはありません」
 そう告げ、望月の聖槍「エヴァンジェリン」が神々しい輝きを纏い、友衛に吹き伸びる。
「望月さん、合わせます!」
 由利菜も装備を【SW】ノーシ「ウヴィーツァ」+1 に切り替え、手首をひねって刺突用の薄刃をせり出し、友衛と激突する。
 望月と由利菜が信奉者を拘束する器具を破断する音が響く。
 重なり合った影が離れた先に、友衛より解放した信奉者を抱える望月の姿と、友衛を牽制する由利菜の姿があった。
「由利菜ちゃん。ワタシの方は、最悪少々当たっても動けますから、任せてください」
「救出ありがとうございます、望月さん。背中はお任せください」
 望月は由利菜と短く言い交すと、信奉者を抱えて走り去っていく。
 慌てて友衛が追撃しようとするも、望月を庇うように由利菜が割って入る。
「己が行いを恥じ、悔い改めよ! ヴァニティ・ファイル!」
 由利菜の叫びと共に放たれたライヴスリッパーが友衛のライヴスを乱し、その意識を刈り取って友衛を妨害した。
 他の方面でも人質解放は進む。
「ああ、人質はこれ以上怪我させないよう丁重に扱えよー?」
『……ん、人質の姿が……今後の貴方達の、姿になるから……ね』
 遊夜もユフォアリーヤも、言っても無駄と知りつつ抵抗する指宿に笑顔で忠告を送る。
 ただし遊夜もユフォアリーヤも、目は笑っていない。
「これはゴミクズへの制裁だぜ。何言ってやがるんだ?」
 だが指宿の答えは噛み合わない。
「なるほどなるほど、そういう理屈な訳だ」
 遊夜が見た限りでは、友衛も指宿も美年も、その理屈や根拠いずれも破たんしている。
『……ん、なら……今現在H.O.P.E.に、迷惑かけてる……貴方達のほうが、人でなしのゴミクズ?』
 ユフォアリーヤは3人の元エージェントの性根をバッサリと切り捨てる。
 たとえどんな凶悪なヴィランでも殺しはご法度だが……。
「どうしようもない状況での殺害は、黙認されてるんだぜ?」
 もちろんそれは最後の手段で、この場では指宿への牽制だ。
「その通り。だから俺の行動も黙認されるのさ」
 指宿はそう言って突撃銃を遊夜へ向け、発砲する。
 だがそれは遊夜の誘いだった。
 遊夜は真横へ跳躍して銃弾状ライブスを躱し、入れ違いに別方向から低く身を屈めた仁菜が指宿に襲いかかる。
 仁菜の両手が、指宿と盾にされた人を繋ぐ器具を掴みとって一気に引きちぎり、人質の体を指宿より分離した。
 そのまま人質の体を抱え込んだ仁菜は、するすると後退する。
『自分のために罪の消えた人達を平然と踏みつけ、その人達の痛みと嘆きに目もくれない』
「その一方で自分の痛みや不快感には人一倍敏感に喚き立て、こんな真似をするあなた達は」
 飛盾「陰陽玉」を旋転して指宿からの銃撃を弾きながら、リオンも仁菜も容赦なく断言する。
 ――人々の、世界の『希望』ではない。
 断言された指宿の顔が怒りに染まり、銃口を仁菜に向けるが、遊夜が指宿へダンシングバレットを発動する方が早い。
「分かってるよな? 俺達にとって遮蔽物に意味はない、だろう?」
『……ん、ボク達の眼からは……絶対に、逃げられないの』
 ユフォアリーヤの含み笑いと共に、遊夜のLAR-DF72「ピースメイカー」が銃声を響かせる。
 大気を貫いて飛翔したダンシングバレットが、部屋中に跳弾の痕を残しながら指宿の死角へと跳躍。
 そのまま指宿の突撃銃、正確には引き金に指をかけた指宿の右手を貫いて狼狽させ、仁菜の行動を支援した。
 その間にも葵は優輝と手分けして、周囲に転がる負傷者達の回収に奔走していた。
 葵は負傷者を抱えては、仁菜や望月と共に、部屋の外で待機する救急隊員達へと順次引き渡し、病院へと搬送させている。
 全員を救出できる目途がつきそうなところで、葵は残りを優輝に託す。
「真継さん、この人達の搬送をお願いします! 葵は盾にされた残りの人を解放してきます!」
 そう言い残し、葵は指宿のいる方向へ疾駆する。
「人質を盾にするのがエージェントのやることか?」
「私こそ偉大にして至高な存在ですから、私に尽くさせることがこのゴミの幸せですわよ?」
 人質を取る意味を央に問われた美年は、尊大に言い放つ。
『央。隙間を突くように攻撃してもうまくいくとは限らないわ』
「恐らくあいつもそう思ってるだろう。だからうまくいく」
 マイヤの指摘に央はそう応え、ジェミニストライクを発動する。
 央の姿が2つに割れた。
 一対と化した天叢雲剣の刀身が【SW(刀)】EMスカバードによって高速で射出され、美年へと振り下ろされる。
 美年は信奉者の体を盾にして2筋の剣閃を防ぐが、盾にされた人間が斬られた様子はない。
「あら、外しましたの?」
「そう思えるのなら、成功だな」
 美年の顔が愉悦に歪むが、央が不敵な笑みを美年に向ける。
 央の言葉と共に、美年の体と人質を繋ぐ器具が音もなく切れ、人質の体が美年より分離する。
 央の攻撃は美年を欺き、人質を拘束する器具を断つことが狙いだった。
 そこへ葵の姿をした一陣の風が美年へと突っ込んだ。
『何が正しいかなんて結果が出るまで分からないじゃない? 英雄と愚神だって、もし愚神が勝てば英雄は異世界の住人に手を貸した悪者だわ!』
「正義が勝つって言うのは勝者しか正義を語れないからって言う話もあるからね」
 葵は彩の言う『勝てば正義』の論理を否定はしない。
『そんな不確かなものに縋るこの人間達は、やっぱり弱くて可愛らしいわ!』
 彩の価値基準においては、美年達の暴挙も肯定できる事柄らしい。
(……頭痛がしてきた)
 一瞬遠い目をした後、葵は美年から離れた人質を抱きかかえ、彩と共に詠唱する。
「『地の神よ! か弱き我らに守りの力を!」』
 葵と彩の発動した金の掌が、葵と美年の間に土壁を構築し、美年の視界を遮る。
 眼前に土壁を突きつけられた美年は一瞬対処できず、そのまま葵は走りぬけ離脱する。
 その隙に武器をヌアザの銀腕+5に替えていた央は、剣の形状に収束したビーム状ライヴスを美年の顔面に叩き込んだ。
 央の攻撃を受けた美年は派手に吹き飛び、床を転がっていく。
「いくら人質を盾にしたところで、俺達はそれ以上の策を講じる。雨宮を見る為に俺から視線をずらした時点で狙うには十分だ」
『でも、1撃で戦闘不能にはならないみたいよ』
 マイヤの指摘の先で、美年が憎悪の顔を央に向け立ち上がる中、後方の優輝より『負傷者全員搬出完了』の連絡が届いた。

●決着
 先の遊夜のダンシングバレットによる狼狽から立ち直る隙を与えることなく、再び仁菜が指宿に肉薄した。
『大丈夫。人質がいなければこいつらは脅威でもないよ』
 リオンの指摘通り、元エージェント3人はまともにぶつかれば弱い。
 リオンに背を押され、仁菜は飛盾「陰陽玉」を振りかざす。
「これ以上、人に迷惑をかけるのは止めて下さい!」
 仁菜の叫びと共に飛盾「陰陽玉」の唸りが大気を裂き、肉と骨を打ち砕く異音が響く。
「ほあべっ!」
 仁菜の飛盾「陰陽玉」に顔を殴打された指宿の体が、妙な悲鳴をあげて宙を舞い、顔面から床に衝突して倒れ込む。
「俺達が今現在の正義だ、馬鹿共は大人しく縄につけ!」
『……ん、それが貴方達の……運命だよ。返り咲きは……ないの!』
 オシオキの時間です! おかーさんはお怒りですよ!
 遊夜とユフォアリーヤ、2人分の怒りが籠もったブルズアイが指宿へと発動した。
 弾道予測が収束され、高精度の狙撃と化した遊夜の銃弾状ライヴスが銃声と共に放たれ、倒れた指宿の頭部に命中。
 遊夜のブルズアイの1撃で、倒れた指宿の両足が跳ね上がり、次いでぱたりと落ちて力尽きた。
「……死んだ方がいい人も、この世界にいてはいけない人もいないんですよ」
 静かに怒りをこめ、仁菜は倒れた指宿を見おろし告げる。
「誰かを殺すのが正義なら、そんな正義はいりません。そんな悲しい世界じゃなくて……皆で笑って手を取り合える世界を目指したいです」
 そう言うと仁菜は、今しがた倒した指宿への応急手当を始める。
『……多分こいつは感謝なんてしないんだろう?』
「それでも、です」
 リオンの指摘に頷くも、仁菜の作業に淀みはない。
 残りは2人。
「よくも私の聖なる血を流させましたわね!」
 激昂した美年は央に向けサンダーランスを放つ。
 閃く雷電状ライヴスが槍の形を取って央に殺到し、央の体に喰らいつく。
 攻撃を受けた央の体がゆらぎ、影に変換され美年は央の姿を見失う。
 央の影渡だ。
 美年の背後で央の姿が実体を取り戻したところで、残る負傷者を運び終えた葵が、再び美年へと突っ込んだ。
『あおいちゃん! アレは壊していいものなのかしら! お姉さん頑張っちゃうわ!』
「待って待って! あれは生かしておく必要があるから!」
 その間にも、彩と葵の間で美年の生存をかけた『攻防』があったらしい。
「『蒼の神よ! 我に仇なす者に氷の戒めを!」』
 葵と彩は、蒼の王を発動した。
 冷気を伴うライヴスを周囲に発生させ、ライヴスの吹雪で包み込む。
『凍って頭を冷やせばいいのだわ!』
 蒼の王の効果が消えぬうちに、彩の叫びと共に葵は蒼の舌を発動。
 その場に顕現したライヴスを含む水の流れが、葵の操作で美年の脚や体に絡みつき、蒼の王との相乗効果で美年の動きを戒める。
 そこに美年の背後より央のザ・キラーが放たれ、不可視の一撃が美年の背に炸裂した。
 央のザ・キラーに背を深々と斬り割られ、美年は血煙をあげ転倒し沈黙する。
「正義も権利も誰もが心に大事に持っていなければならない大切なモノ。だが、振りかざした時点で、それはもう悪でしかない……覚えておく事だ」
 央は倒れた美年にそう告げた。 
『この顔触れを見て抵抗しようなんて考えたのがそもそも間違いよ』
 マイヤの指摘通り、この場に集ったエージェント達はいずれも歴戦の猛者ばかりだ。
 倒れた美年を手早く拘束した央は、残る友衛との戦いへと向かう。
 残る友衛も、負傷者を運び終えた望月が由利菜に加勢した結果、既に押し崩されていた。
「……俺様こそ、エージェントにふさわしいんだ」
 なおも友衛は剣を振るい、烈風波を発動する。
 友衛より放たれたライヴスの衝撃波は由利菜を狙うも、割り込んだ望月がレアメタルシールド+1を掲げ、友衛の衝撃波を受け止めた。
「エージェントの資格は簡単ですよ。この世界と人々が好きなことです」
 友衛の攻撃を無傷で防ぎ止めた望月は、友衛の主張に応じた。
 もちろんこれ以外にも様々な条件はあるが、望月が言ったのは大前提だ。
 友衛達にはそれすらない。好きなのは自分だけだ。
 そして望月は、自分達と友衛達の決定的な違いを突きつける。
「他人を傷つけたり足を引っ張って悦に入る人生なんて、ワタシは送りたくないです」
 明朗快活な望月から突き付けられた内容に、友衛は絶句し、望月に剣を押し返される。
 友衛の剣が跳ね上げられた瞬間、入れ違いに由利菜の『ナンナ』が吹き伸びた。
 由利菜より伸びた剣閃が、純白の剣光の軌跡を宙に描いて友衛の胴を大きく切り裂き、友衛が血煙をあげて床へと倒れ伏す。
『お前達には以前「組織の足元をすくう真似は止めろ」と忠告したはずだったが……』
 過去ニアから彼らを救出した時の状況を思い出し、リーヴスラシルは嘆息する。
「過去あなた達をニアから救い出し、更生の機会も差し上げましたが、残念です」
 ――贖罪を終えた後は、今度こそ更生して下さい。
 由利菜は戦闘不能になった友衛に最後の忠告を送り、拘束と搬送にとりかかる。
 こうして因縁を孕んだ争いは幕を閉じた。

●雪解け
 遊夜とユフォアリーヤは、拘束された友衛達に釘を刺す。
「刑罰が重くなるかはまぁ、ここにいる人たちが証明してくれるだろうさ」
 ハッタリではあるが今後の牽制にはなるか?
『……ん、貴方達の味方が……いると良い、ね?』
 ユフォアリーヤも愉しそうに言い添える。
「落ち着いて考える時間が出来るはずです。皆でご飯に困らない毎日を迎えるために、できることを見つけて行きましょう」
 望月もまた、友衛達が逆恨みを起こさぬよう助言を送り、そのまま友衛達は連行されていく。
 優輝や情報部は『戦後処理』に奔走していたが、職業上事務処理に長けた央(とマイヤ)も処理を手伝っていた。
「礼には及ばないぞ。あの連中が他人の会社内を我が物顔で暴れたこと自体が問題なだけだ」
 感謝された央はそう応じる。
 今回エージェント達は現場の被害が抑えられるよう動き、会社への被害も少なく済んだが……。
『この被害への賠償は当然あの3人に請求されるのよね?』
 マイヤの問いに、情報部員達はいい笑顔で頷いた。 
 葵や仁菜、由利菜は病院を訪れ、入院中の信奉者達と面会していた。
「病院って暇だよねー。トランプでもする?」
 葵は明るく振舞い、信奉者たちが暗い雰囲気に包まれないよう努めていた。
 その中でリーヴスラシルと由利菜は、複雑な表情を見せるソーニョ達に言う。
『私は今でも、人々の心を分断したニアの行いを許せはしないが……彼に救われた者達が多いのもまた事実なのは認めよう』
「何を言われても仕方ない身ではありますが……これだけ言わせて下さい」
 そして2人は伝えた。
「……例えどのような状況でも、あなた達に手を差し伸べる人達はいるのです」
『相互理解の為に支えてくれる存在があるのは……心強いことなのだぞ』
 例えば、今彼女達が勤めている会社の同僚たちのように。
 仁菜もまた、ソーニョ達を肯定する。
「きっと、これからも貴方達に心ない事を言ってくる人はいるでしょう。でも貴方達がニアを好きなら、好きなまま生きていていいんだと思います」
 恐らくソーニョ達はニアを慕った事を後悔していない。
『だからみんなもニアからもらった名前で、今の人生を送っているんでしょ?』
 リオンの言葉に、ソーニョ達は頷いた。
 ――貴方がたが民の、貴方がた自身の幸せを守ってくれませんか。
 『監察』は消滅の直前、仁菜達に人々の幸せの守護を願った。
 人々に害をなす矛盾を抱えても、ニアは『民の幸せを守る』使命には忠実だった。
「ニアの犠牲になった人は少なくないけど、ニアの願った幸せもあって欲しいの」
 ――どうか彼女らも幸せに生きる未来を。
 仁菜はそう願う。
 世界はいまだ平穏には遠い。
 それでも今回掴み取れた平和は、かけがえのないものだった。
 今過ごしているこの時間もまた、誰かが待ち望んでいた日常の1つである。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命



  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • その背に【暁】を刻みて
    藤咲 仁菜aa3237
    獣人|14才|女性|生命
  • 守護する“盾”
    リオン クロフォードaa3237hero001
    英雄|14才|男性|バト
  • 心に翼宿し
    雨宮 葵aa4783
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 桜色の鬼姫
    aa4783hero002
    英雄|21才|女性|ブラ
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