本部

たまには宴でひと時を

和倉眞吹

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/12/23 19:40

掲示板

オープニング

「カオル! 少し休憩しない?」
 今日のスイーツとティーセットを手に、レーナ=ネーベルは事務所の相方に声を掛ける。
 振り返った徳村馨は、レーナの手元を見てパッと顔を輝かせた。
「うわぁ、今日のスイーツも美味しそう!」
「でしょう? 作り方、ネットでたまたま見つけて作ってみたの」
 トレイに載っているのは、色とりどりのフルーツタルトだ。
 直径5センチほどのものが数種類、皿に並べられ、ティーカップからは紅茶が湯気を立てている。
 馨は、急いで手を洗い、応接用のローテーブルへ移動した。
 先頃の世界蝕のことは、馨も知っている。しかし、非戦闘要員の馨にできることは限られていた。だからこそ、やれる仕事はしっかりとこなしたい。
 その為にも息抜きは必要だ、という言い訳が脳内で終了すると、目の前のスイーツに思い切り笑み崩れる。
「いっただっきまーす♪」
「はい、どうぞ」
 定番の苺タルトにかぶりついた。
「んー、美味しーい」
「そう? よかった」
「あっ、後でSNSに載っけないと!」
 ミルクティを啜りながら、馨はスマホを取り出した。
「あ、そうだ。レーナ。H.O.P.E.からこんなメールが届いてるの。勿論、ちゃんと確認したから本物よ」
 はい、と写真を撮る前に馨は自身のスマホを差し出す。
 レーナが受け取ってみると、そこには、いつも馨の上げるレーナのスイーツの写真を見ている事と、来る12月某日、日本でH.O.P.E.支部主催のパーティーを開くから、スイーツで花を添えてくれないか、といった事が書かれていた。

 二度目の世界蝕が起きて以来、H.O.P.E.内部も、どことなく緊張感を孕んだ日々が続いている。
 そんな毎日に相応しく、この日持ち込まれた案件は――

「……パーティー?」
「うんっ、やりたい!」
「……やりたい??」

 とある能力者は、自身の相棒である英雄が示したポスターに、眉根を寄せた。同時に、思い切り首を傾げる。
 ポスターのタイトルは、『パーティー開催!』だ。
 だが、『パーティー』の前に何も付いていない。
 12月という時節柄、一般人はクリスマスやら忘年会やらのイベントごとが多くなる時期だ。しかし、そういうイベントごとのタイトルが何もない。ただの『パーティー』だ。
 しかも、その下にはこう続いている。

『コンセプトは自分たちで決めましょう。
但し、実際に開かれるパーティーの内容は、ただのドンチャン騒ぎです。
それがクリスマスのつもりでもいいし、忘年会のつもりでも構いません。
広めの会場を一つ借り切りますので、自分たちで企画して下さい。
立食パーティー、ダンスパーティー、仮面舞踏会、ビンゴゲームなどを催しても面白いかも知れませんね。
企画から準備から、全て自分たちでやって、リフレッシュしませんか』

 なんて、なんて平凡で、楽しそうな企画だろう。
 世界蝕? それが二度目ですが、何か? てゆーか、何それ、美味しいの? と息抜きを通り越して気が抜けそうだが、英雄は頓着しない。
「でも、ここに貼ってあるってコトは、やってもいいってことだと思うけど」
 英雄の言う「ここ」とは、目の前にあるH.O.P.E.支部の掲示板だ。
「でもなぁ……」
「差し迫った用事や、案件がなければ、参加してちょうだい」
 背後から掛かった声に振り返ると、この支部在勤の女性オペレーターが立っている。
「いいんですか?」
「ええ。こういう状況だからこそ、気分転換も大切よ。プリセンサーにも聞いて、近々に、その会場や周辺でおかしなことが起きる気配がない日を選んで貰ったの」
「……でも……」
 尚も躊躇う能力者に、オペレーターは微笑して小首を傾げた。
「ねえ。泳ぐ時って、あなたどうしてる?」
「へ?」
 いきなり話が飛んだような気がして、能力者は顔を上げた。
「ど、どうって」
「ノンブレスで永遠に泳いでいられる?」
 重ねて問われて、能力者は無言で首を振った。流石に無理だ。
 息を止め続ければ、いずれ死んでしまう。
「息継ぎできる時にしておくのも必要よ? まあ、あなたが必要でないと思うならそれでもいいけど」
 じゃあね、と微笑んで、踵を返し掛けたオペレーターは、「あ、そうそう」と言って顔をこちらへ向ける。
「当日は、欧州支部の徳村馨さんと相棒のレーナさんも来てくれるらしいわ。彼女のスイーツも振る舞われる予定よ」
「徳村さんとレーナさん?」
 能力者は首を傾げた。
 名は聞いたことがある。ひょんなことで、H.O.P.E.の一員となった二人だ。
「その写真のスイーツね。レーナさんのお手製なのよ。SNSにアップされていたのをプリントアウトしたの」
 オペレーターが指さした写真には、それは美味しそうなチョコレートケーキが写っている。
「当日は、ポルボロンを作ってくれるらしいわ」
 歌うように付け加えると、オペレーターはその場を後にした。

解説

▼目的
息抜きがてらのドンチャン騒ぎ。

▼会場
H.O.P.E.が押さえたパーティー会場

▼概要
・参加者が企画したパーティー。
OPの通り、名目は何でもよい(例:クリスマス、忘年会など)。
とにかく飲んで食べて、楽しむことが目的。
・会場の準備飾り付けや、料理等も自分たちですること。
(例:パーティー中の調理・給仕係を交代制にする、などしても可)
・準備の為に、七時から会場入りOK。
・格好等も自由。
・パーティー中にイベントを催すのも可(例:アイデアスイーツ対決、ビンゴゲームなど)。

▼登場NPC
■徳村 馨…『小トリアノンでティーパーティーを』他に登場。ひょんな事からH.O.P.E.に就職。
今は、欧州の城で観光促進を担っている。
■レーナ=ネーベル夫人…馨の相棒である英雄。中世ヨーロッパ貴族夫人風の女性。
※能力…霧を発生させて、特殊な空間に標的を誘い込む事ができる。普段はこの能力を制御し、観光の目玉として活用中。
結界の内部を把握する事も可能。

▼その他
・今回、事件らしい事件は起きない想定です。
休日の宴をお楽しみ下さい。
・パーティー中のイベントは、例に挙げてある以外の物でも構いません。
余りにこういったパーティーの催し物から外れている等がなければ採用致します。
ご自由にプレイングにお書き下さい。
・言うまでもないとは思いますが、未成年PCの飲酒・喫煙シーンはご遠慮下さい。

リプレイ

『こういった申し出は今の状況ではありがたいな』
 パーティー開催のポスターを見て言った、アークトゥルス(aa4682hero001)に、君島 耿太郎(aa4682)も全面的に賛成だった。
「つい戦うことばっかり考えちゃうっすもんね。よし、当日は楽しむっすよー!」

 しかし、しかしである。
 開催数日前の今この時、耿太郎は嫌な予感を抱えていた。
 アイデアスイーツ対決の企画が持ち上がっていると耳にしたらしいアークトゥルスが、俄然張り切ってしまったのだ。
『菓子作りは準備が全て。レシピを揃え、材料を揃え、納得の味を見出すまで試行錯誤を繰り返す……』
 ブツブツと呟きながら台所で腕まくりをする背中に、耿太郎の不吉な予感は膨れ上がる一方だ。
 そんな相棒を余所に、アークトゥルスは真剣そのものである。
 楽しい時を――そう思うからこそ手は抜けない、やり切ってみせる。
『という訳で、最高の配分を考える。味見には付き合ってくれるな、耿太郎』
 真顔で振り返るアークトゥルスに、耿太郎は、己の予感が正しかったことを悟る。
「王さんのめんどくさいスイッチがー!」
 頭を抱える耿太郎に、アークトゥルスは最早頓着しない。
 そして、その“めんどくさいスイッチ”を解除する方法を、耿太郎が知る術はなかった。

「おはようございまーす!」
 当日、準備の為に、参加希望者が続々と集まって来た。大抵は皆、入場可能な七時を目指して来たらしい。
「息抜きしすぎてる感はあるが……ま、これから忙しくなるしいいか」
 まだガランとしている会場を見回して言う麻生 遊夜(aa0452)に、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)もクスクスと小さく笑って頷く。
『……ん、こういう機会が……多いのは良い事』
 踊る時には衣装替えがして貰えると聞いた遊夜とユフォアリーヤの服装は、雰囲気を壊さない程度に動き易そうなそれだ。最近、宴会系が続いているが、二人がそれを意に介する様子はない。
「うむ、宴を作り盛り上げる、これも一つの楽しみであるな!」
 頷いたのは、耿太郎、アークトゥルスと共に参加した、神門 和泉(aa4590)だ。
『私もされる側はあれど、用意する側はありませんでした。……一つの学びとしましょう』
 Jude=A(aa4590hero001)も淡々と呟いて、会場を見回している。
「仲良し親子の初ライヴ、仲良し友達との思い出作り……大切な、お友達との、思い出、増えるの嬉しいですね」
 ウキウキとした様子で言う泉 杏樹(aa0045)に、クローソー(aa0045hero002)も『そうだな』と頷く。
 杏樹にとって、荒木 拓海(aa1049)は大好きな兄同然(クローソーには飲み友達)だし、海神 藍(aa2518)は執事な相棒の親友だ。また、藍の相棒である禮(aa2518hero001)とは、何度も一緒にスイーツを食べに行った、大の仲良しだ。
 遊夜は昔から尊敬する人であり、五十嵐 七海(aa3694)は拓海の友人、耿太郎は何度も一緒に仕事をした仲間である。
 知り合いが多い中、麻端 和頼(aa3646)と華留 希(aa3646hero001)、和泉とJudeは初対面だ。
「あ、徳村さんとネーベル夫人?」
 見慣れない二人連れに気付いた遊夜は、確認して挨拶した。
「今日は宜しく」
「あっ、初めまして! 宜しくお願いします」
 徳村馨と思しき女性が、遊夜に応じてペコリと頭を下げた。レーナ=ネーベル夫人――まさに、某ベルサイユ漫画から抜け出たような出で立ちの女性も、ドレスの端を持ち上げて会釈する。
「宜しくお願いしますわ」
『……ん』
 ユフォアリーヤも尻尾を振って挨拶した。
「あーっ、馨さん! レーナさんも!」
 そこへ、きゃあ、とどこか黄色い悲鳴を上げて、七海が駆け寄る。彼女の履いたショートブーツの踵が、軽やかな音を立てた。
 花模様を暖かい彩りで編み込んだミニスカ仕様のセーターワンピの裾から、数段重なって見えるフリルが、ふわふわと揺れる。
「久し振りー! とっても会いたかったよ~」
 声に反応して振り返った馨に、七海は遠慮なく飛びついた。
「おっ、お久し振りです」
 何とか転ばずに七海を受け止めた馨は、腕をどうしていいのか迷った。コレって抱き返すべき? それとも失礼? とあたふたする馨を余所に、七海は構わず喋り続ける。
「お仕事はどう? 就職して後悔してない?」
 クスクスという小さな笑いを合いの手に、顔が見える距離まで離れた七海に、馨は「そんな事!」と慌てて両手を振った。
「あの時はその……本当に就活全滅して困ってたし……拾って貰って感謝してるんです。今させて貰ってる仕事も合ってるみたいで楽しいし」
「そっか。よかった」
「コラ、七海。馨も」
 一気に女同士のお喋りに突入しそうな二人に、ジェフ 立川(aa3694hero001)がストップを掛ける。
「話は後でもできるだろう」
「あっ、そうだね。まず準備しないと。馨さん、後で沢山お話聞かせてね」
「はい」
「早速だけど、厨房ってどこ?」
「こっちです」
 案内に歩き出した一行の足を、「馨さんとレーナさーん!」という希の声が止めた。先刻の七海と同じだ。
「久し振りー! 元気してた?」
「はっ、は、い?」
 ポンポンと叩かれた側の肩の方へ、無意識に顔を向けた馨の頬に、希の指先が刺さる。
「わーい、引っ掛かったー♪」
「の、希さん……?」
 悪戯成功、とばかりに飛び跳ねる希に対し、何をどう返していいか分からず、馨は頬を押さえてプルプルと震える。
 軽く放心した彼女の両肩を、七海が慌てて揺すった。
「あああっ、かっ、馨さん戻ってきて! ほら、ひとまず厨房行こ?」
「あっ、はっ、はい! そうですね」
 我に返った馨と、希の相棒・和頼も一緒に厨房へと足を向ける。
 その他、以前に氷鏡 六花(aa4969)が南極で獲ったマグロを担いだオールギン・マルケス(aa4969hero002)も、そのマグロを調理すべくさり気なく一行に続いた。直後。
「あーっ、待って待ってっ!」
 慌てて呼び止める声に皆が顔を振り向ける。視線の先にいたのは、拓海だ。まだ準備段階だからか、着衣はGパン・カーディガンの普段着上下である。
「えっと……君達が徳村馨さんとレーナ=ネーベルさん?」
「はい! 初めましてっ」
「宜しく、お見知り置き下さいませ」
 馨とレーナは、何度目かで同じ挨拶をして頭を下げる。七海、ジェフ、和頼、希を除いた全員と初対面だから、自然そうなった。
「荒木拓海です。こちらこそ、宜しくね。早速だけど、支部からの伝言、聞いてるかな。パーティとか飾り付けの相談もしたいんだけど」
「あ、はい。聞いてます。レーナ。七海さん達を先に厨房に案内、お願いできる?」
「ええ。じゃあ、後でね」
 七海達を先導するレーナを見送って、馨は拓海に向き直った。
「お待たせしました」
「ううん、大丈夫だよ。軽く決まってるのは、麻生さんとも話してたんだけど、クリスマスパーティーってコンセプトと、目玉は持ち寄りのオリジナルスイーツと料理。後は、歌と演奏かな」
「わあ、素敵」
 ポン、と馨が手を叩くと、拓海も微笑して「でしょう?」と頷く。
「後、中世ヨーロッパ調のダンスパーティーとか……衣装の方は、是非お願いしたいんだけど」
「はい、大丈夫です。共鳴すれば使える能力だし、ご希望があれば承ります」
「じゃあ、宜しく。もみの木とリースと、飾りの手配は済んでるから……後ヤドリギの飾りもその内届くと思うんだ」
「リボンやラメも飾ると華やかになりますよね」
「だと思って、そっちも手配済み。後、食器類やテーブルクロスのレンタルもね」
「わー……何か私、丸投げしちゃったっぽいですね……済みません」
 首を縮める馨に、拓海は再度笑って首を振った。
「大丈夫だよ、気にしなくて。馨さんにはそれでなくても本番、うんとお世話になるから」
「が、頑張ります!」
「後はじゃあ、歌声が響くようなステージの位置決めと……」
『それなら今、杏樹がやってるぞ』
 会話に入ってきたのは、クローソーだ。
「はい、クロトさんと、初ライヴです!」
 簡易的なステージを引きずっていた杏樹も、振り返って笑顔を浮かべる。次の瞬間にはもう、ライヴの準備に戻っていた。
『全面的に任せてよいだろう』
「でも……」
『というか、他の事は……飾り付けやパーティーの準備の手伝いはさせない方がいい』
 反駁し掛けた馨に、クローソーはなぜか声をひそめて言う。
『馨は知らんだろうが、その……杏樹の不器用は壊滅的でな』
「へ?」
『程度も比喩ではなく文字通りというか……破壊魔という異名が付いてるくらいだ。誓って本人に悪気はないのだが……とにかく、間違っても準備や料理などさせない方がいい。確実に足手纏いになる。ライヴの準備だけさせておく方が無難だ』
「何の、お話です?」
 コソコソと話しているのが気になったのか、杏樹がピョコリと顔を出す。
 すると、クローソーはしれっと笑顔を浮かべた。
『いや、何。クロトの作った歌で杏樹と演奏する日を楽しみにしていた、という話をしていただけだ。なあ?』
「そうそう。アンは気にせず準備続けて?」
 拓海も一緒になってしれっと笑う。馨は黙って微笑だけしていたが、頬が引きつりそうだ。
 一方、馴染んだ相手が余りにも普通に笑っている為か、杏樹も普通に「はい」と答えて作業に戻った。

 厨房に入った料理担当の一行は、早速準備に掛かった。
 杏樹を会場に残して厨房に来たクローソーは、早速腕まくりする。
『サラダはクロトの得意料理だ。100種類はレパートリーがあるぞ』
「まあ、サラダだけでそんなに?」
 皆を案内した後、一度その場を辞して戻って来ていたレーナが、それを聞いて目を瞠った。厨房で動き回る為か、エプロンを付けている。その格好は、中世ヨーロッパのメイド風だ。
『任せろ。杏樹の分までこちらで仕事をする。ただ、火が苦手でな……コンロ調理は頼んでもいいだろうか』
「大丈夫だよ~。お菓子は盛り合わせで、後で会場の隅に分けて置くね」
 七海達は菓子とオードブルの担当である。
「甘味は持ち寄るから塩味を多く……って一人じゃ手が回らないよ」
「レシピはある? 手伝いますわ」
「オレも」
 レーナと、今は恋人となった和頼も口々に言う。彼は、意外にも料理が得意なのだ。
「ん、ありがとう、ね」
 はにかんだように笑う七海の、あまりの可愛らしさに、和頼は準備に掛かる前に倒れそうになる。が、勿論、七海は言うまでもなくレーナにもそれは分かっていないだろう。
「でも、和頼も作るものあるでしょ?」
「先に七海の方、片付けてからでいい」
「はーい、二人ともっ! 無駄にイチャ付くだけなら余所行って?」
 二人の間をわざと割るように、材料を抱えた希がにっこり笑って通り過ぎた。
「い、イチャ付いてなんか!」
「そ、そうだ、オレ達は別にっっ!!」
 既に背を向けている希に、二人は大慌てで弁明する。が、あたふたとドモリながら返しては、説得力は皆無だ。
「それで、ナナミ。そろそろレシピは渡して頂けるのかしら?」
 それに冷水を掛けるように、レーナも淡々と言って七海に掌を差し出した。
「あっ、ああ、うんっ。ありがと、はいこれっ」
 まだ若干慌てつつも、七海はレシピのコピーをレーナ、和頼の他、手の空いた者に渡す。
 内容は、色々な種類を食べられるよう小さく切り分けたサンドイッチやおつまみだ。スモークサーモン・クリームチーズ、生ハムと大人向けカナッペもある。
「美味しそうね」
 並んで手を動かすレーナが言えば、七海も笑って頷いた。
「うん。バジルとキウイも添えて、彩りよくするんだ」
 ボウルに入れられたバジルは後で切る事にする。キウイの皮を剥いて輪切りにし、細く切っていった。
「こちらでは、普通の殿方も料理をなさるのね」
 『普通の』とは、『専門職のコックでない人』という意味だろう。七海はまた一つ首肯した。
「ジェフは私より器用なんだ。昨日の買い出しにも一緒に行ってくれたし、料理もするよ」
 自然、向けた視線の先には、エプロンをして調理に勤しむジェフの姿がある。
「男の人のエプロン姿って格好良いな……」
「あら。ナナミはカズヨリと恋人ではなかったの?」
 からかうように言われて、七海は頬を赤くした。
「い、いや、別にそんな、たっ、単純に格好良いって話をしただけで、浮気とかそういう……」
「はいはい、御馳走様。カズヨリのエプロン姿も、ナナミには格好良く映るのよね」
「そっ、そりゃ、和頼はもっと……!」
「なら、彼の手伝いをしてらっしゃいな、横目で見てないで」
 言うや、レーナは包丁とキウイを七海から取り上げる。
 数瞬、顔を赤くしたまま七海はウロウロと目を泳がせていたが、やがて首をすぼめたまま和頼の方へ足を向けた。
 後ろからそっと覗くと、彼はまだ七海に気付かないようで、手元に視線を向けている。
 彼の作るメニューは、中にピラフの入ったローストチキンとローストビーフだ。経過を見ただけでも美味しそうで、七海は思わず喉を鳴らす。
「お、七海か。どした?」
「あっ、う、うん。手伝う事ある?」
「そうだな……じゃ、そこの解凍したチキン取って」
「分かった」
(ん……集中しないと、パーティー開始に間に合わないよ)
 レーナにからかわれた余韻に火照る頬を冷えた指先で冷ましながら、七海は和頼にチキンを差し出した。

 クリスマスチキンパンを持ち込んだユフォアリーヤも、仕上げに入っていた。
 ローストチキンを牛乳やバター、小麦粉、コンソメ、白ワインに塩コショウを混ぜ込んで冷やし、パン生地に包んで形を整える。焼き卵を塗り、焼いたローストチキンな見た目にしたものを置いておく算段だ。
『……ん、本物そっくりにした……自信作』
 フンス、と鼻息も荒く腰に手を当てたユフォアリーヤの背後からそれを覗き込んだ希が、「でもそれって普通にローストチキンでも良いんじゃ」と言い掛ける。
「わーっ、それは禁句!!」
 音量を落とした声で叫んだ遊夜は、慌てて希の口を両手で塞いだ。

 他方、マグロを厨房へ担ぎ込んだオールギンは、てきぱきと解体を始めた。
 各部位を切り分けられ、慣れた手つきで火に掛けられたマグロは、次々と美味しそうなバターソテーやステーキ風の塩味、カルパッチョに変わっていく。
 手際よく調理する傍らには、六花が離れず、助手のようにあれこれとオールギンの指示に従って動いていた。
 そもそも彼女は、パーティーへの参加を渋っていた。が、気分転換になれば、とオールギンが半ば強引に連れ出したのである。
 最初は本当に嫌々ながらだった彼女だが、調理が進んで美味しそうな匂いが漂い始めると、僅かに嬉しそうな表情になった。元々、魚は大好物の彼女である。食欲が刺激されたのだろう。
 完成した料理を先に手に持ち、会場へ向かう後ろ姿を、オールギンは柔らかく微笑して見送った。

 会場でも、同時進行で準備が進められていた。
「パーティと一言に言っても色々あるが……一先ずは動こう!」
 一人、ぐっと拳を握った和泉は、キョロキョロと周囲を見回す。
 会場内では、拓海が力仕事や高位置の飾り付けに積極的に動き、レミア・フォン・W(aa1049hero002)は、馨と言葉少なに話し合いながら、テーブルセッティングや小さな飾りを配置している。
 Judeはアークトゥルスの手伝いに付きっきりなのだろう。まだ、会場には姿を見せていない。その間にできる事はしなくては、と思うが、手先の器用さに自信はない。
「それでもできる事があるなら、私がしよう!」
 気合いを入れるが、高い所には普通にやっても届かない。
(む、こういう時ばかりは身長の小ささを恨まずにはいられないな……)
 脚立が欲しい、と思ったタイミングで、目の前に滑るようにそれが差し出された。
「これ、必要じゃないっすか?」
 言ったのは、設営と飾り付けをしていた一人、耿太郎だ。
「か、かたじけない……そこに付けるのを手伝って欲しいのだが」
「りょーかいっす」
 満面の笑顔を浮かべて応えた耿太郎と共に、周囲とのバランスを見ながら飾り付けを進めていく。
 そうする内に、料理も順次、運び込まれ始めた。
 ワゴンで運び込んだ料理を、七海は華やかに見えるようにと並びを考える。
「お代わりはすぐ出せるようにラップして厨房に置いてあるから……流れを見て、私とジェフで追加するね」
「一応、牛肉の赤ワイン煮込みも持って来てるから、安心しろ!」
 皿に装ったそれを高々と掲げる遊夜に、希が「何を?」とツッコんでいる。一緒に食べ物を運んできた和頼は、並べるのを七海に任せ、高位置の飾り付けの残っている場所へ手伝いに走った。
「飲み物はどうします?」
 馨が訊ねるのへ、拓海が「ケーキと一緒に手配済み!」と答える。
「炭酸水にブルーベリー・ラズベリーを浮かべたベリージュースもあるよ」
 遊夜も、幻想蝶からクーラーボックスを引っ張り出した。
「でも、このまま床に置いといたんじゃ、見た目的に台無しだよな……」
「飲み物お代わりは、各テーブル下にクーラーボックス隠しといて、半分セルフでいいんじゃないかな。立食形式にすれば」
「ああ、なるほど」
 頷いた遊夜は、「じゃ、残りの飾り付けも済ませよう」と、またも幻想蝶へ手を突っ込む。使えそうなアイテムを取り出し、飾り付けの続きに掛かった。
「誰も演奏してない時は、オルゴールでクリスマスっぽい音楽を流すようにして……ふむ、こんなもんか」
『……ん、準備は万端……大丈夫』
 もう一度、フンスと鼻息も荒く、ユフォアリーヤも満足げに頷いた。

『もうすぐ大きな戦いです。ここで鋭気を養いましょう! 乾杯!』
 真面目なことを言いつつ乾杯の音頭をとった禮に、「かんぱーい!」の合唱が続く。
 しかし、そんな彼女の視線は既にスイーツに釘付けだ。
「……禮、よだれが」
 さり気ない藍のツッコみに、禮は『はっ!?』と慌てて口元を拭う。
 馨は既にレーナと共鳴していた。会場の仕上げは、馨達の能力頼みなので、リンクしないとどうにもならない。
 場内の者達は、それぞれ希望の服装を伝え、ドレスアップしている。
 レミアだけは一度帰宅して、自前の衣装に着替えて戻ってきた。プロムボールドレスにボレロを羽織り、髪もセットされたその姿は、プチお姫様と言っていい程愛らしい。
『かわいくて……うれしい……』
「目の保養だな」
 拓海が満足げに言ってレミアの頭を撫でると、レミアも微笑した。

 程なく、中世お姫様風のピンクドレスを身に纏った杏樹が、慎重に選んだ場所へ設置したステージへ向かう。彼女が舞台へ立つと同時に、その衣装は馨達の能力によって、雪のような純白のミニスカ和風アイドル衣装に変じた。
 ジプシー踊り子風の衣装に身を包んだクローソーが、舞台に設えられた椅子に座り、竪琴に指を滑らせると、杏樹とクローソーが作詞作曲した“幻想クリスマス”のイントロが会場内に流れた。
 それに釣られるように、皆の視線がステージへ向く。その瞬間を逃さず、杏樹は微笑し、マイクを手に取った。

 サンタが魔法でプレゼント
 一夜限りの夢パーティー
 暖かな幻の雪が降り注ぎ
 ロマンティックなwhite Christmas
 夜明けまで踊り明かそう
 Merry Merry Christmas

 伸びやかな歌声に拍手が沸き起こり、杏樹が頭を下げる。
『あんじゅーの唄付き……! なんて豪華な!』
 周囲と同じように拍手する禮は、マーメイドラインのドレスにいつもの冠を身に着けている。
「皆様も、よければどうぞ、ステージへお越しを!」
 と杏樹が呼び掛ける。
 じゃあ早速、と駆け寄る禮と藍に席を譲ったクローソーは、代わりに譜面立てに簡単な楽譜と、三味線も置いた。誰でも演奏できるようにだ。
 中世風な黒い貴族風の正装に身を包んだ藍がヴァイオリンを構え、空いた椅子に着いた禮が竪琴の弦を震わせる。
(禮さんと、一緒に歌えて、嬉しいの)
 杏樹も微笑み、改めてマイクを握る。
 明るく華やかなクリスマスソングの伴奏に乗せて、杏樹の歌声が再度会場を満たす。
『藍も中々芸達者だな。新たな一面を発見できて面白いぞ』
 一度ステージを降りたクローソーは、通り掛かったジェフの持っていたトレイから、シャンパングラスを一つ取り上げる。
「同感だね。H.O.P.E.は芸達者ばかりだ」
 拓海もリズムを取りながら、グラスを受け取った。レミアはその傍で、演奏に合わせて小さくハミングしている。
 流れを見て、料理を出したり出席者の案内をしたりとホスト役を買って出たジェフは、クローソー達に一つ会釈をした。すぐ近くにいたJudeにも、トレイを差し出す。
『クリスマス……ですか。祝う、という事は……そう言えばしませんでしたね』
 ふと思うとしても、野暮な事ではある。
 ワイングラスを一先ず受け取りながら、ポツリと一人呟いた彼の着衣は、普段のスーツを少し変更した程度の、所謂正装だ。あくまで、彼自身が居た時代のものではあるが。
 ジェフは、淡々としたJudeにも一礼すると、馨達に目を向けた。
「馨……いや、ネーベル夫人と呼ぶべきか?」
 グラスの載ったトレイを、馨達にも示す。
 彼の身に着けている衣装は、以前、小トリアノンで着ていた、某漫画のフェルゼンの出で立ちである。
「有り難う存じます。今表に出ているのは、わたくしですわ」
 艶やかな仕草でグラスを一つ受け取りながら答えた口調は、レーナのものだ。
「今日は、代わる代わる表面に出る事にしていますの。ですから、いつどちらが、というのは何とも申せませんけど……やはり折角のパーティ、皆で楽しみたいですもの」
「そうか。そうだな」
 ジェフは小さく頷いて、トレイを自身の方へ引き戻す。流石、前世は役者だっただけあって、その仕草はレーナに劣らず優雅だ。
「ところで、ナナミは? ご一緒じゃないんですの?」
「ああ……彼女なら」
 顎をしゃくった先には、モジモジと俯く七海と、なぜか表情を強張らせた和頼が向かい合っている。
「まあ、微笑ましい」
 レーナが小さく笑うと、ジェフも釣られるように微笑した。
「七海は仕事があると、和頼を置いて動いてしまう所があるからな……それこそ、折角の休日だ。今日は二人で過ごせば良い」
「同感ですわ」

(……可愛いって言ってくれるかな?)
 結い上げた髪には小さなリボンを散らし、ドレスはベルベット――馨達と初めて出会ったあの時、小トリアノンで身に着けていたのと同じ意匠のドレスを身に纏って、七海はドキドキしながら和頼の前に立つ。
 準備中に着ていた服もそうだったが、時々しか会えない恋人とのクリスマスだ。うんとオメカシして、離れずに過ごし、話も沢山したい。
 他方、慣れない正装(やはり馨達の能力仕様)に違和感を感じていた和頼だったが、ドレス姿の七海の可愛らしさに惚れ直してしまう。しかしそれを口にうまく乗せられず、結果、外から見るといつもの(どちらかと言えば怖い寄りの)無表情にしか見えない。
「あ、あの……和頼。似合ってる、かな」
 向かい合っての沈黙が長すぎたのか、七海が怖ず怖ずといった様子で口を開いた。
「に、似合ってる……すげえ……か、可愛い……」
 和頼は、猛然と首肯しながら、ようやくそれだけ絞り出す。
「そう? 嬉しい」
 ホッとしたように緩んだその微笑は、和頼の心臓にあっさりと止めを刺した。
(っつーか、可愛すぎだろーが!! 他の野郎に見せたくねえええ!!)
 世の大半の男性が、恋人のお洒落姿に抱くであろう例に漏れない内心の感想(絶叫口調)に、七海は勿論気付くことはなく、「あ、飲み物取ってくるねっ」とこれまた可愛らしく微笑して踵を返す。
(うわぁあ、ダメ、一人歩き危険!)
 彼女の背に手を伸ばしつつ、「い、一緒に行くから!」とだけ叫んで後を追った。

 一通り歌い終えた杏樹が、観衆に喜んで感謝し一礼する。特に、大好きな兄――拓海に手を振って笑顔を浮かべた。
(兄様、いつも応援、ありがとです。杏樹、嬉しいの)
 万感の思いを込めて、もう一度深々と頭を下げる。
 演奏が一段落した頃、主食も一段落し、デザートが運ばれて来た。
 希望者にとっては、アイデアスイーツ披露の時間だ。
 先刻、準備中に作った者、この場で調理や、調理したものの仕上げの様子を披露する者と様々である。

「題はクリスマスツリーパフェ、だろうか」
 遊夜とユフォアリーヤは、後者の一組だ。
 パフェグラスにコーンフレーク、ロールケーキ、ココアホイップを入れて幹に見立て、その上へツリー本体となる抹茶ソフトをのせる。そこに、抹茶チョコで作った枝を刺していき、金粉や綿飴、粉砂糖でそれらしくデコレーションを施していった。
『……ん、天辺の星も……頑張った!』
 ユフォアリーヤは、今日何度目かでフンスと満足げな鼻息を漏らし、腰に手を当てた。

「……くりすますぷてぃんぐだ。私達にはそれが必要なんだ」
『すごいやる気ですね! 兄さん!』
 演奏からスイーツ作りに移ってきた藍と禮も、調理の様子を披露する組である。着衣の上から、エプロンをしっかりと締めている。
 横に長い机の上に色々と調理の道具を並べると、藍は牛脂でなく焦がしたバターを、持ち運び用のコンロで熱したフライパンへ投じた。
 その為、ナツメグやシナモンは控えめである。
『あれ? 柚子なんですか?』
「オレンジピールの代わりだ」
 さらにドライフルーツには、ドライ蜜柑を混入する。更に、取り出されたものを見て、禮は目を瞠った。
『え? それは?』
「水気を飛ばした黒豆の煮物、搗栗入りだよ」
 プラス、更に食感のアクセントに胡桃を炒って混ぜ込む。
『えっと、これって?』
 禮は首を捻るばかりだ。先刻、藍は“クリスマスプティング”を作る、と言った気がしたが、何だか材料が違う気がする。
 が、藍は頓着しない。
「だから、くりすますぷてぃんぐだよ。めりーくりすます、あんどはっぴぃにゅういやー」
 歌うように付け加えられた言葉は、全てひらがな表記に聞こえる。要は、クリスマスプティング“らしき”もの――和風のそれのつもりらしい。
 だが、最後はやっぱり温めたブランデーをかけて火を付けてご提供だ。
『わぁ……あれ? そこは普通なんですね』
「残念だが……日本酒じゃ火が付かなくて」
 ばつが悪そうに言った藍は、微妙に目線を逸らした。

 食事の準備中は、担当者の補助に徹していたアークトゥルスだが、彼の本番はここからだった。
 チョイスしたのはチョコフォンデュだ。
 チョコソースに一口サイズのマシュマロやフルーツ、クリスマスらしいクッキー型でパンケーキを抜くつもりだ。
 特に気合いを入れたのは、チョコソースの配分である。
 甘さ控えめカカオの風味重視のミルクチョコソースと、甘めでミルクの風味重視のホワイトチョコソースを作る。
 その傍では、Judeが甲斐甲斐しく助手を務めている。
『チョコレートフォンデュ……調べた限りでは、マシュマロにバナナ、後は苺等が定番のようですね。簡単なカットだけで済みそうです』
『ジュード。パンケーキの型抜きも頼めるか』
『お任せを』
『少し摘んでもいいぞ? 作る者の特権だからな』
『……そうですか?』
 折角なので、一つ口に運ぶ。覚えず、ほんの少し、頬が緩む感じがした。
『……何とも安らぐ味ですね』
『そうか?』
『はい。甘いものなど、久しく口にしていませんでしたので』
『ならよかった。苦労の甲斐があったというものだ。耿太郎も遠慮しなくていいぞ』
「いやー、ははは」
 一応手伝う事があればと傍にいた耿太郎は、乾いた笑いを返す。
(昨日めちゃくちゃ味見したというかさせられたでしょ……)
 おかげで彼としては、少々食傷気味なのだった。

 気合いの入った超イケメン風の男装をした希は、ムースケーキだ。
 苺果汁入り生クリームやベリー系中心の果物、ホワイトチョコなどで飾り付けしてあり、一見豪華で美味しそうである。が、中身はグレープ味のパチパチキャンディ入りチョコムース、果汁グミキャンディ入りストロベリームースとタピオカぎっしり紅茶味の三層になっている。
 味はいいだろうが、ビックリしたり、食感に違和感を感じたりで微妙な表情になることは請け合いだ。
 それを想像した希は、一人にんまりとほくそ笑みながら、出来上がったスイーツを運び込んだ。

 スイーツが出揃ったからには、自然選評会の様相になった。
『藍、これ美味いな。今度Barで作れるか?』
 酒を楽しみつつ、色々と摘んでいたクローソーが、藍に訊ねる。藍は、行きつけのBarの主人であり、飲み友達だ。
「そうですねぇ。考えてみます」
 藍が答える横で、杏樹も禮に「禮さん。お勧めは、どれですか?」と訊いていた。
 甘いものが大好きな杏樹としては、沢山食べたい。
「禮さんが選ぶなら、間違いないの。兄様に、持って、くです」
『んー、やっぱり、兄さんが作ったモノを真っ先にお勧めしたいかな。創作くりすますぷてぃんぐですけど、これはこれでイケます』
「あ、本当。美味しい、です」
 早速拓海にも、と振り返ると、拓海もまさにレミアと個人品評会の真っ最中だ。
『どれもおいしい……ね』
「旨い……が」
 拓海の顔色は、なぜか冴えない。
 甘味を大量に食せない為、片手には塩モノの載った皿を持ち、時折摘んでいる。正直な所、胃がややピンチだ。
「飲み物でもどうだ。それとも、今はやめておくか?」
 目の前に差し出されたのは、シャンパングラスの載ったトレイだ。顔を上げるとジェフがいる。
「ううん、貰うよ。アルコールは別腹だから」
 笑って受け取って一口啜り、「隙間に浸み込むぅ」などと口走りつつグラスを上げた。

「これはこれで美味しいけど……」
 持ち寄ったスイーツ自慢に耳を傾けていた七海は、希お手製のムースケーキにやはり微妙な顔になった。
 その場にいた藍と禮も似たような有様だ。
「激写!♪」
 パシャリとシャッターを押すと、希は飛び跳ねた。
 さり気ない気遣いで女性をメロメロにする気満々な男装な割には、要所要所に仕掛けた悪戯を成功させる事に余念がない。カメラもセット済みだが、どうも、女性をメロメロにするという目的は達せそうになかった。
 三人が微妙な顔つきになっている所へ、慌てて飲み物を取りに行っていた和頼が戻る。
「だっ、大丈夫か、七海」
 いそいそと、七海だけにウーロン茶を差し出した。
「あ、ありがと」
 不自然に見えない程度に、藍と禮は一歩下がった。
 七海は気付いていないようだが、和頼は七海と常時一緒で、ぴったりと寄り添って離れない。甲斐甲斐しく食べ物を運び、特にヤドリギには絶対に近付かせないように警戒している。基本がヤキモチ焼きなのは、周りにはバレバレだが、肝心の恋人が全く気付いていない典型だ。
 もっとも先刻、七海にチラとヤドリギの話題を禮が振ってみたところ、真っ赤になって“恥ずかしいから近付かないもん”と返ってきたので、七海も意識していない訳ではないらしいが。
『……なーんか、見てて微笑ましいは微笑ましいんですけど』
「……暑いな。暖房は要らないかもしれない」
『兄さん、冷やかしはダメです』
「言われずとも」
 冷やかしに入った途端、和頼に殴られそうだ。それは遠慮したい、と思った藍だった。

 オールギンは、アイデアスイーツも全種少しずつ皿に盛り、会場の隅の方に陣取った六花の元へ戻った。
『美味しそうだぞ。食べてみないか』
「……ん」
 六花は、言葉少なに受け取って、フォークを取る。
 これまでオールギンが運んできてくれた料理は、どれも美味しかった。今流れているオルゴールのBGMも綺麗だ。
 しかし、何気なく口に運んだムースケーキは、何とも微妙な食感と味わいだ。いや、味は間違いなく美味しい。美味しいのだが。
「わーい、またまた激写!♪ これで全員分撮れたっ」
 瞬間、パシャリという音と共に、目の前が光る。顔を上げると、そこには希がいた。
「ムースケーキご試食有り難うございまあす♪」
 イケメン風の男装女子が、典雅にお辞儀をし、高笑いしながら駆けていく後ろ姿を、六花は唖然と見送った。
 リアクションに悩む内に、『あっ、とうさま!』という声が耳に飛び込んできた。
『さっきの演奏、いかがでしたか?』
 マーメイドドレスの裾を、人魚の尾鰭のようにひらめかせながら、禮が駆け寄ってくる。
『うむ。中々聞き応えがあったぞ』
 人魚の禮は、海の神たるオールギンにとっては、愛娘のような存在だ。相対すれば、自然表情が綻ぶ。
『竪琴の音には、聴き入らせて貰った』
『えへへー』
 褒められて、禮もはにかんだように微笑した。
『ところで、とうさま』
『ん?』
『氷鏡さんのこと、よく見てあげてくださいね』
 まだ皿に残る食事をつついている六花にチラと視線を投げつつ、声を潜めた禮は気遣わしげに続ける。
『兄さんも気にしてました』
『うむ……』
 パフェを口にして、微かに頬を緩ませている六花に、オールギンは目をやる。
 そもそも、彼女はH.O.P.E.に辟易しているらしい。今は愚神を殺す事、王を滅ぼす事で頭は一杯なのだ。
 禮も、それを察しているかのように言葉を継いだ。
『愚神の王を討ったとして、そのあとが問題ですけど――』
 彼女も、王に負けることなど、まるで考えていないようだ。
 ふと、顔を上げた六花と目が合う。オールギンは、厳しい人相ながらも優しく紳士的に彼女を楽しませようと努めてきたこれまでと同じように、柔らかく微笑んだ。
 そのタイミングで、BGMがクローソーの竪琴の音色に変わった。

「では、アンを少しお借りします」
 拓海は、そう演奏担当のクローソーに断りを入れる。
 『ああ、任せた』という許可を得て、まずは杏樹を相手に、深々と礼をした。
 その着衣は、白と青を基調にした青年貴族風のモノに変じている。
 ダンスは何度か経験しているので、お手の物だ。
「歌は、どうでしたか」
 拓海の手を取って、杏樹が上目遣いに感想を求める。何や彼やで、ここまでゆっくり話をする機会がなかったのだ。
 素直で、一生懸命さが可愛い彼女に、拓海は微笑する。
「良い歌だった……お兄ちゃんは鼻が高いよ」
 笑みを深めた彼女とご機嫌で手を取り合い、歩調を合わせて小さな足運びから始めた。
 やがて慣れてきたら、杏樹が大きく伸びやかに動けるよう、エスコートする。
(兄様と、一緒に、踊るの、嬉しいの)
 そんな彼女の心情を代弁するかのように、ピンクのドレスが、春の花のように舞った。

「では、踊りましょうかお嬢様」
『……ん』
 にへら、と淑女らしからぬ笑みを浮かべたユフォアリーヤの手を取って、遊夜も広場へ躍り出る。
 夫婦の着衣も、黒系のパーティードレスとスーツだ。

 他方、黒をベースにした赤のリボンのミニドレスを着た和泉は、恥ずかしげに壁際に下がっていた。
『和泉嬢。一曲お相手願えませんか』
 手を差し伸べたのは、アークトゥルスだ。
「えっ、まっ、ダンス!?」
 中世の貴族風の衣装は、彼にしっくりと馴染み、衣装負けしていない。
『傍に立つ淑女を見逃す等、騎士の名折れですので』
 いや、私はその辺りは全く……! と断り掛けるが、指名を受けたのであればそれもはばかられた。
 精一杯出来る事はしよう、と向き直る。
「う、うむ! 神門和泉、喜んでお応えしよう……!」
 台詞がダンスではなく、まるで決闘に向かうそれなのはご愛敬だろう。
 それに頓着した様子もなく、アークトゥルスは優雅に和泉をエスコートし、踊りの輪に加わる。
 アークトゥルスのリードが巧いのか、和泉もそれなりに踊っているように見える。
「……ジュードさんも、あんな感じで踊れるんっすか?」
 様になっている騎士二人に、耿太郎はキラキラした視線を向けっ放しだ。その彼の着衣も、アークトゥルスと同様、中世貴族風である。
『ええ、一通りは……いえ、我が王には及びませんが』
 淡々と答えたJudeも、踊る二人――というよりアークトゥルスを見つめていた。
(いつになっても、私の理想は表現されている。それだけで、私は幸せだ)
 王に忠実な騎士は、その場で控えるように無言で、しかしどこか柔らかい表情で佇んでいた。

「今はどちらかな」
 ジェフは、微笑を浮かべて馨達に近付いた。
「あ、あの」
「はいはいちょーっと待ったぁあ!」
 答えかけた(口調から推察すると)馨を遮るように、二人の間に希が割って入る。
「馨さん……オレを差し置いて、他の男とダンスなんてする気か?」
「え、えっ?」
 オロオロとおたつく馨と、イケメンになりきる希らしさに小さく笑うと、ジェフは「まだ時間はあるから」と一旦引き下がる。
「なーんだ、張り合いないの。取り合いがしたかったのにぃ」
 唇を尖らせてジェフを見送った希は、「じゃ、折角だから踊ろ!」と馨の手を取った。

『姫君。一曲、お相手を願えませぬか』
 恭しく六花の前に跪くその様は、さながらお姫様をダンスに誘う騎士そのものだ。
 紳士的なオールギンの誘いを無碍には出来ず、六花は差し出された手を取る。
 彼に手を引かれて広間に出ると、それまでは頑なに普段着のままだった着衣が、蒼白のドレスに変わった。雪の結晶のようなティアラが、六花の頭を愛らしく飾る。
 巨躯たるオールギンと小柄な六花では、歩幅も慎重も体格も違う。しかし、オールギンは優しくエスコートして六花に合わせ、巧みにリードしていく。
 ダンスの心得など全くない六花だが、彼のおかげでどこかのお姫様のようにダンスを楽しんだ。

 一曲目が終息して、七海と和頼は互いに一礼した。
 周りも踊りのパートナーに一礼して、演奏者であるクローソーへの拍手と共に歓声が上がる。
「あー、楽しかったぁ。和頼、意外にダンス上手なんだね」
「意外は失礼だろ……少し休むか」
「うん」
 七海の手を引いた彼が、さり気なく足を向けたのはヤドリギの下だ。
 さっきまでは七海自身、恥ずかしくて近付こうとしなかったけれど、彼が手を引いてくれるなら行ってもいいと、心のどこかで思っていた。
 パーティーの最中も熱々だった二人がヤドリギの下に行けば、皆が見ない振りをしてくれる。
 頬に彼の手が触れて、七海は反射でキュッと目を瞑った。
 こういう事をするのは、まだ少し照れ臭い。でも、嫌ではない――というか、寧ろ嬉しい事だ。
(……ずっと一緒にいたいな)
 そう思うのと、唇に温もりが触れるのとは、ほぼ同時だった。

「次の一曲、氷花姫をお借りできますか?」
 六花のドレスアップした出で立ちを指してか、おどけたように言いながら、拓海は彼女とオールギンの元へ歩み寄った。
 六花の問うような視線を受けて、オールギンは頷く。
『では……名残惜しいですが、姫君。荒木拓海殿のお誘いとあらば、譲らぬ訳にも参りますまい』
 冗談めかして恭しく言うと、取った手を拓海の方へ導く。
 おずおずと自身の前へ歩み寄る六花の手を、拓海も優しく握った。
『我が姫君をよろしく頼む』
「お任せを」
 オールギンに合わせるように言って、六花に視線を移す。
「受けて頂けて光栄です、姫」
 六花も、空いた手でドレスの裾を摘むと、辿々しく返した。
「……ん。六花……へたくそ、です……けど。よろしく、お願い……します」
「こちらこそ」
 喜び、労る様に手を取ると、小柄な六花をそっと踊りの中央へ導く。
 ターンは片腕で軽く浮かせると、彼女の身体に翼が生えたようにふわりと回った。
 動きを伝える足運びでリードすれば、拓海に応えるようにドレスの裾が舞う。
「下手だなんてとんでもない。雪が舞うように軽やかだよ」
 小さく褒めてやると、六花も微かに頬を緩ませた。

「この不肖者にも一曲の栄誉を賜れるか?」
 希と踊った後、ジェフに手を取られた馨は、照れ臭そうにしながらも頷いた。
「でも、実はダンスなんてした事ないんです」
「そうなのか?」
 目を丸くしたジェフと踊りつつ、首肯する。
「漫画とか映画で見た事があるだけで……きっと、レーナの方が上手だと思いますよ。さっき希さんと踊った時も、見様見真似だったっていうか」
「……表情が明るい方に変わったな」
「そうですか?」
「ああ。生き生きしてる」
 ジェフは、無意識に口元を綻ばせた。
 初めて会った時はともかく、二度目の時は戦闘の最中だったし、何より馨は戦いで傷を負っていたので、話らしい話もできなかった。
「芸術的空間だ。前より手が込んでないか?」
「あ……えへへ。前の時はとにかく漫画にハマってた私の、漠然としたイメージだけだったんですよね。能力使う前提で、そういう資料とかも漁るようになったから……進歩してるって事なら嬉しいです」
 はにかんだように笑った彼女に釣られて、ジェフもまた一つ微笑する。
「素晴らしい時をありがとう」
 まるでそのタイミングを狙ったかのように、二曲目が終わる。馨も「こちらこそ」と返し、ドレスを持ち上げ一礼した。

 次の曲に入る時、ジェフは「一曲如何ですか?」と禮に声を掛けた。
 拓海もレミアに、改まった挨拶をする。
「お嬢様、お待たせしました」
 それにカテーシーで応えたレミアの手を取って、ふと気付く。
 遊夜は先刻から、ユフォアリーヤとしか踊っていない。
「麻生さん、他の子とは踊らないんですか?」
 ひそっと落とすと、遊夜は何とも複雑な表情で「基本はリーヤとしかしない」と答えた。
「嫉妬がすごいので!」
 付け加えられた小さな叫びは、どこか涙が混じっているように思えたのは、気のせいではないだろう。
「他の女性と踊る場合は、噛まれる覚悟を決める」
「噛まれるの?」
「俺が!」
「……そう」
 としか言えずに、拓海はレミアに向き直った。
 黙って待っていたレミアも、迷いなく拓海について足を運ぶ。そして、踊りが始まって驚いた。
「前より上手い……」
『おそわって、きたの』
 覚えず漏れた呟きに、レミアは得意顔だ。
 軽やかなステップが、板に付いてきている。ターンも息がぴったりだ。
 日々出来る事が増える様には、驚かされるばかりである。
 三曲目も楽しく終えて、拓海はレミアと一礼し合う。
 その後もフリーな子は積極的に誘い、大いにダンスパーティーを堪能した。

 楽しい時が過ぎるのがあっという間なのは世の常だ。
 まして、馨達がリンクを解いてしまえば、そこはまさしく魔法の解けた夢の跡だ。
 そして、楽しい時間の後には、片付けという苦行が待っているのも、世の常である。
「ま、立つ鳥跡を濁さずと言うしな……片付けだ」
 ジェフが呟けば、「明日でもいいんじゃないかな」と拓海も口を開く。
「それも皆となら楽しいだろうし」
「……それもそうか」
「余った料理は持って帰るぞ、特に肉を! 食費節約は家計を助けるのだ!」
 今日の終盤は、なぜか切実な事ばかり叫んでいる遊夜の隣で、ユフォアリーヤも主婦の鑑宜しく、しっかりとタッパーを持って控えている。
「あっ、すいません。じゃあ、ポルボロンも今配りますねっ」
 馨とレーナが慌てて厨房へ駆けて行く。
 そんな光景は、この非常時にあっても平和そのものだ。今が、非常時だという事を忘れそうなくらいに。
『……藍。この幸せを、護り切らねばなりませんね』
 感慨深げに言う禮に、藍も頷いた。
「ああ。正義や組織の為でなく」

 ――そこに在るものの為に。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 解れた絆を断ち切る者
    炉威aa0996
    人間|18才|男性|攻撃
  • 白く染まる世界の中に
    エレナaa0996hero002
    英雄|11才|女性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 願い叶えて
    レミア・フォン・Waa1049hero002
    英雄|13才|女性|ブラ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • エージェント
    神門 和泉aa4590
    人間|17才|女性|攻撃
  • エージェント
    Jude=Aaa4590hero001
    英雄|24才|男性|ブレ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • 南氷洋の白鯨王
    オールギン・マルケスaa4969hero002
    英雄|72才|男性|バト
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