本部

【異界逼迫】連動シナリオ

【界逼】カケヒキ

雪虫

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
12人 / 8~12人
英雄
12人 / 0~12人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/12/18 12:44

掲示板

オープニング


「キみァ、ボくォ、おドーと?」
 最初遭った時は宇宙人かと思ったよなあ。兄貴の身体に宇宙人が入り込んだのかって。まあ似たようなモンだったけど。
 馬鹿みたいに血まみれで、どう贔屓目に見てもバケモノで、でも兄ちゃん。アンタは俺がずっと望んだものだった。
 アンタがこのクソッタレ共をブッ殺してくれたらなあって、俺は願ってた。ずっと。 


「はい動かないで下さいねー。変な動きしたら即殺しちまいますので」
 母親の腕に抱かれながら少女はそれを眺めていた。少女はこの日近所の公園に遊びに来ていて、母親に見守られながら友達と走り回っていた。
 そこに通り掛かった男が数人。突然、獣染みた化け物に変わって、たまたま近くにいた人間へと襲い掛かった。逃げようとした人達も瞬く間に捕まって、今は一か所に集められて皆でこうして震えている。
「お願い、子供達だけでも助けて!」
「いやでーす。子供だからって差別はしませーん。俺の親も差別はいけないって言ってましたー」
 パーカー姿の少年がとても意地悪そうな顔で応えた。普通の人間、それも十代の子供にしか見えないが、どうやら自分達を取り囲む化け物達のリーダーらしい。一人の男が、隙を見て逃げ出そうとしたが、すぐに猿に捕まって右脚を反対側に折られた。
「ぎゃああああ!」
「変な動きしたら即殺って言ったよな? それだけで済ませる俺の温情に心底感謝してくれよ」
 パーカー姿の少年はそう言ってゲラゲラ笑った。
「ひきょうもの!」
 少女は思わず叫んでいた。それはまだ幼い少女が、知っている中でも最大の非難を込めた言葉だった。
 少年は少女に顔を向け、少女の方へと歩いてきた。母親は少女を庇う様に抱き締める。自分を睨んでくる少女に、少年はにこりと笑う。
「お嬢ちゃん、そんな言葉よく知ってるな。そんな顔で睨むなって。心配しなくてもヒーローが来てこんな卑怯者ブッ殺してくれるから。
 なんて卑怯者に言われても説得力ねえか。ハハハ」


 ステージが現れた、と聞き駆け付けたエージェント達が目にしたのは、一つ所に集められた三十人程の人々と、それを囲む数匹の従魔、そしてステージの姿だった。ステージはエージェント達を認めると、厭らしく笑いながら手をひらひら振って見せる。
「どうもヒーローのみなさーん。本日もご苦労様です」
 李永平は応えず、ただ己の得物を構えた。他のエージェント達もそれに倣った。ステージは「無視かよ」と呟いた後、「まあいいか」と肩を竦める。
「ところでさあ、今回はこういう趣向を考えてるんだけど、どう?」
 何を、と警戒するエージェント達のすぐ目の前で、ステージは右の手甲を自分の胸に突き刺した。自分の胸に、生身の人間の肉に赤黒い穴を開けた。これには永平も、エージェント達もさすがに反応せざるを得ない。
「何してんだお前!」
「ああ? お前らの望みを叶えてやろうと思ったんだよ。俺が人間なもんだから殺せなくって面倒だろ? ちょっとパンドラの話するけど、聞いてくれるかい?」
 脈絡のない言葉。だが『パンドラ』という単語は沈黙を作るには十分だった。ステージは、早くも口から血の筋を作りながら言葉を続ける。
「パンドラはラグナロクに横っ腹奪われたとか言ってたけど、あれ嘘だよ。おいおいんな顔すんなって。パンドラが嘘吐きなんて分かってた事じゃねえか。
 パンドラは自分でラグナロクに協力したのさ。その見返りとして人間の意識を残したまま、確実に愚神に出来る方法を研究していた。人間をそのまま愚神にしようとしたら、人間側の人格は大体消えちまうからな」
「なんでそんな事を」
「そこに関しては永久秘匿で。そんでまあ何が言いたいかと言うと、俺が、逆萩真人が死んだら、この手甲足甲が即俺を愚神にするっていう事だ。だからまあ俺が死ねば、お前らは大手を振って『愚神』をブッ殺せる。逆萩真人を殺さないようになんて面倒を考える必要はなくなる。ただしその場合、もう『俺』が一般人を襲わねえ理由はなくなるけどな」
 つまり状況はこういう事だ。ステージに……逆萩真人に憑いた手甲足甲を早急に撃破しなければ、逆萩真人は死に、同時に愚神と化して人々を襲う。だが逆萩真人と手甲足甲だけにかまければ、一般人を取り囲む従魔が人々を殺すだろう。
「一応言っておくけど、俺に回復魔法かけて延命させよう、ってのはナシだぜ。手甲足甲が即吸い取るからな。まあ手甲足甲が元気になっていいなら試せば……ッ、ゴホッ」
 ボタボタと、ステージの口から血が溢れる。穴の深さから見ても放置すれば永くない。回復スキルを使えば一時的に穴を塞ぎ、病院に運べるかもしれないが、そのためには手甲足甲を完全に引き剥がさねばならない。
 ステージは笑った。口元を己の血で黒赤く染めながら。いつものように、エージェント達を侮辱するように顔を歪めながら告げる。
「さあ今回の攻略法だ! 従魔を倒しながら一般人を巻き込まれない程遠くに逃がす。そんで逆萩真人が愚神になったら気持ちよくブッ殺す。超絶簡単なミッションだろ? え? それじゃあ逆萩真人が死んじまうって? 気にすんなって。『残念ながら間に合いませんでした』、それで言い訳は十分だろ?
 どうせ逆萩真人の命なんて、お前らどうでもいいだろう?」

●目標
 一般人の救出(逆萩真人含む)

●戦闘区域
 公園。処理上50×50sqで計算(場合によっては拡大)。配置は以下(空白は5sq)。PCが移動に使った車は戦闘区域から50sq先(15人乗り)(1台のみ)(追加を要請しても到着まで数分掛かる)
 一般人は30人で、内子供が10人、右脚を折られた男性が1人いる(他にも負傷者はいるが自力で動ける)

 雉 雉 雉  ☆:PC初期位置
        ★:ステージ
   ○    ○:一般人
        犬:カイジン・犬
 猿 猿 猿  猿:カイジン・猿
        雉:カイジン・雉
 犬 ★ 犬

   ☆
 
●NPC
 李永平&花陣
 ドレッドノート。従魔対応に当たろうとするがPCの指示があれば従う
 武器:釘バット「我道」
 スキル:ストレートブロウ×2、烈風波×3、スロートスラスト×2

解説

●敵情報
 ステージ
 従魔を憑けた「人間」で、従魔部分以外は生身(攻撃が当たると一撃で死亡)。リンカーのみ攻撃するが流れ弾発生の(一般人に当たる)可能性あり。死亡するor6R終了時点で愚神化/超広範囲攻撃を繰り出し逃亡する
・へらず口
 PCの発言に異論があると反論

 手甲足甲
 両手両足で1体ではなく個々に独立したアメーバ型従魔(計4体)。2体になるまでは逆萩真人への攻撃をカバーするが、2体になると逆萩真人「で」手甲足甲への攻撃をカバーする(この場合も「ヒトゴロシになる?」は発生し得る)。「逆萩真人」への生命力回復効果は全て吸収
・優秀な細胞
 触れた対象(逆萩真人含む)か自身のBS回復
・壊造(未熟)
 触れた対象か自身のステータスを強化or新たにスキル作成。1体につき1回使用可
・孕兆:跳
 細胞を飛ばし植え付け体内を少しずつ破壊。【減退(1d6)】付与。射程15sq。このスキルは重複する(例:減退1負荷中に減退2を喰らうと、重複して減退3になる)BS回復スキル以外回復不可
・衝撃吸収
 柔らかい肉で衝撃を吸収しダメージ軽減
・ヒトゴロシになる?
 牽制や足止めなど「殺害を意図していない攻撃」が、判定の結果逆萩真人を殺害し得る攻撃だった場合、攻撃者の意識が奪われる(【洗脳】付与)(「殺害を意図した攻撃」の場合この限りでない)

 カイジン・犬×2
 デクリオ級。体長2m
・塵穿ち
 直線5に突進攻撃
・爆牙
 通常+1d6固定ダメージ。稀に【拘束】付与
・禍の狂持
 パッシブ。1Rで2回行動可

 カイジン・猿×3
 デクリオ級。体長3m
・塵穿ち
 直線5に突進攻撃
・塵潰し
 腕を振り回し範囲5を攻撃
・塵払い
 掴んだ者を別の者に投擲。稀に【衝撃】付与
・禍の狂持
 1Rで2回行動可

 カイジン・雉×3
 デクリオ級。体長3m
・飛翔する悪意
 羽根の弾丸で攻撃。射程30sq
・塵潰し
 翼を振り回し範囲5を攻撃
・禍の狂持
 1Rで2回行動可

リプレイ


《永平、急いで車を取りに行ってくれ。そして従魔の少ない側から一般人を拾ってくれ。子供と怪我人を優先、乗り切れない人達は自力で走って貰うように》
 日暮仙寿(aa4519)はこっそりと永平にそう耳打ちした。駆け出した永平を見咎められる前に、不知火あけび(aa4519hero001)が眼前に立つステージへと語り掛ける。
『謝るよ。パンドラの事を良人って言った事。あの人はパンドラだった。まさか貴方が執着してたのがパンドラだったなんて。
 パンドラを無かった事にはしない。貴方の事もどうでも良くなんかない。
 貴方がここまでして私達に悪意を向けてくるとしても、パンドラと一緒にお饅頭を食べる日がもう来なくても』
《……俺達は揺らがない。今はまだ届かなくとも。
 誰も死なせないような、そういう“強さを目指し続ける”》
 仙寿が確と宣言し、その姿を薄れさせた。もしかすれば『逆萩真人』には見えているかもしれないが、従魔の目に映らなければそれでいい。潜伏を掛けた状態で西側の猿へと走り、同時に卸 蘿蔔(aa0405)も西側の、こちらは雉の下へと駆け出した。ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)と共鳴した無月(aa1531)は犬も猿もステージも無視し、東側の雉の所へ。
「彼には……ステージ君にはいくら言葉で言っても聞いてはくれまい。それも致し方ない事か……。
 だから、最早言葉はいらない。私達は皆を守りたいと言う想いを、覚悟を行動で示す!」
『いくら体と心が傷ついても。ボク達は自分の使命を果たして見せる!』
 バルタサール・デル・レイ(aa4199)もまた無月と同じ方向へ走った。雉の攻撃が一般人に向かわない位置を目指しつつ、雉にも一般人にも聞こえるような大声を張り上げる。
「流れ弾が当たらないように、安全確保できるまでは暫く動かないでいてくれ!」
「雉さん、あなた達の相手は私です!」
 蘿蔔もバルタサールと対極の位置で凛と声を響かせた。声を出し、雉の注意を此方に引き付ける事が目的。目論見通り左の雉は蘿蔔に、右の雉はバルタサールに狙いを定め、真ん中の雉は、無月がターゲットドロウで攪乱を。
 弾丸のごとく羽根が迫る。連続で来るそれを蘿蔔は全て躱したが、無月とバルタサールは一つ当たった。敵の命中力とこちらの回避力はほぼ同等であるらしい。
『大丈夫?』
 からかうような紫苑(aa4199hero001)の声にバルタサールは無言で応えた。無月は視線を逸らさぬままじりじりと足を動かす。一先ず敵の注意をこちらに引く事には成功した。
「行くぞ」
 短いが強い無月の言葉に、ジェネッサが『ああ』と声を返す。

 エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)は、ステージが話してる間に状況を確認していた。
 敵のボスが話していて隙だらけに見えるのに、一般人は逃げようとしない。
 動いたら殺すとでも脅されている?
『(いずれにせよ、ちょろちょろ動き回らないのは助かりますわぁ)』
 皆がいい子ちゃんですので、一般人を守りながらの戦闘はとても面倒でストレスが溜まるものでしたわ。
 今回は好きに攻撃出来ますね?
『さぁアトル、戦いの基本は何かしら?』
「はい母様! やられる前にやれ! です」
 エリズバークの問い掛けに、アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)は無邪気に答えた。『よく出来ました』と笑みながら、エリズバークは東側の犬と猿とに狙いを定める。
『せっかく一直線に並んでいるのですから、狙わなければ失礼ですわね?』
 召喚された多数の銃が、銃口を一斉に巨大な獣共へと合わせた。可能であれば雉も巻き込みたい所だが、流石にそこまでは届かぬようだ。射出された弾丸が嵐となって従魔を飲み込み、小山のような獣の身体を一息に薙ぎ払う。

『ステージちゃまこんにチハ。いっくヨー』
 シルミルテ(aa0340hero001)は八重桜の下からにぱっと笑みを覗かせて、手甲足甲のみを対象にゴーストウィンドを解き放った。いつもは佐倉 樹(aa0340)が主体だが、本日は故あってシルミルテ主体となっている。
 ステージは風に巻かれながらもシルミルテに手甲を向けようとしたが、直前、虎噛 千颯(aa0123)が飛盾「陰陽玉」を滑り込ませた。飛盾を通して孕兆が影響を与えるが、千颯は一切動じない。
「ステージちゃんとの相性は俺ちゃんの方がいいからな! あっちからの攻撃は俺ちゃんが全部受けるんだぜ!」
 孕兆は体内に細胞を植え付け少しずつ破壊するスキルだが、千颯のプリベントデクラインはそれを解除する事が出来る。とは言え解除の間のダメージまで防ぎきる事は出来ないが、それでもステージにとっては相性が悪い、というのは間違いない。
「大丈夫だぜ! お前の大好きな俺ちゃん達リンカーが助けるんだぜ!」
『うむ、例え敵とはいえ助けれる命は助けるでござる』
 千颯はとびきり快活に、白虎丸(aa0123hero001)は至極真面目にステージへとそう告げた。ステージは若干顔をしかめ、左の手甲も千颯へ向ける。
「そうかよ。男の啖呵に恥かかせちゃあいけねえよなァ!」
 挑発に乗ってやると言わんばかりに、ステージは残りの孕兆も飛盾へ、千颯へ叩き撃った。受けるのがAGWでも、AGWを構成するライヴスを通して能力者へと影響する。一気に埋め込まれた細胞が激しく内部で暴れるが、ダメージは千颯の足をふらつかせるにも至らない。

『ハル。もしこの場に盾にされる人達がいなかったとして、それでも真人を助けるか?』
「助けるよ」
 琥烏堂 為久(aa5425hero001)の問い掛けに琥烏堂 晴久(aa5425)は淀みなく答えた。
「(だってまだ、真人さんからちゃんと話を聞けてない。
 なのに愚神になったら、また、倒すしかなくなる……)」 
 人のまま助ける道があるのなら、全力でそれを選ぶ。
 晴久がそれを望むなら、その気持ちに為久は応える。
『分かったよ』
 共鳴し、麗しい女性に変じた姿で為久は周囲に目配せする。行動分担は出来ている。秘薬も既に使用した。ライヴスを声に乗せ、支配者の言葉で中央の猿へと命じる。
『動くな』
 命令は成功したようだ、従魔は動きをピタリと止めた。その間に木陰 黎夜(aa0061)が西側の猿の下へと走る。潜伏中の仙寿がいるが、潜伏しているが故に敵は仙寿に気付いていない。このままでは猿の攻撃が一般人に向きかねない。またステージの「流れ弾」が生じたら、遮る者は誰もいない。
「ステージが愚神になるのが先か、従魔が倒れるのが先か……」
『配分が難しいが、サクサクやるぞ。時間がない』
 アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)の声に頷き、黎夜はアルヴィスの書を開いた。位置は猿の目と鼻の先。猿の注意の引き付けと同時に、ステージの流れ弾から一般人を守れるように。
 魔法の剣が生成され、一直線に疾走してカイジンに深く突き刺さった。プリンセス☆エデン(aa4913)は左側に移動して、極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』を紐解く。
 左側に移動したのはステージからカイジンを引き離す為。だが猿本体には近付き過ぎない。ステージ対応に移れる位置を保持しつつ、十分に距離を取って従魔へと……既にダメージを負っているカイジンへと狙いを定める。
 魔法弾が宙を切り、カイジンと激突した。攻撃したのは先程黎夜が負傷させたカイジンだ。突進が出来なくなるようにと下半身を狙った攻撃は、目論見通りカイジンの下腿の一部を吹き飛ばす。
 温羅 五十鈴(aa5521)は目を見開き勢いよく駆け出した。手を伸ばす、伸ばせる。大丈夫。今回は違う。あの時とは、違う。
 さあ、その手を掴みにいこう。
『(ステージが何をしたいかは知らないが……)』
 沙治 栗花落(aa5521hero001)は思う。今日の主導は五十鈴だ。白魚のような細い手にメギンギョルズを巻き付けて、そこに立つ少年の手を掴もうと足を動かしている。
『(俺のやる事は変わらないし、五十鈴の目指すものも変わりはしない。何一つ。
 若しも愚神だ人間だで殺すか否かを判断していると思っているのなら、随分と此奴を軽視しているらしい)』
 五十鈴の狙いはステージの捕縛。ステージの四肢を抑え、味方の攻撃をサポートする事。反撃される可能性もあるが、今ステージは千颯に攻撃を叩き込んだばっかりだ。あと少し、あと少しで、ステージの腕に指が掛かる。
 その時、横合いから犬型従魔が突撃を仕掛けた。リンカー達の動きは以下のようになっている。蘿蔔、無月、バルタサールが雉型三体対応。西の猿型を黎夜とエデンが攻撃し、中央の猿は為久が支配者の言葉で止めている。東側の猿と犬はエリズバークが攻撃した。残りのリンカーはステージの対応に回り、あるいは次の攻撃に備えている。永平は仙寿の指示で車を取りに走っている。
 つまり『西側の犬型を止める者も、引き付ける者も誰もいない』。故に犬型は今最も目に付く者……ステージを拘束しようと動いた五十鈴に反応した。衝撃が五十鈴の華奢な身体を押し流し、その上鋭い牙が五十鈴の肉に喰らい付く。さらに喰い込んだ牙が内部で爆発。五十鈴の口から赤いものがわずかにだが吐き出される。
 また他のカイジンも動く。東側の犬と猿は攻撃を仕掛けたエリズバークに。西側の猿は目の前にいる黎夜に。目論見通りとは言える。もし引き付けに失敗すれば、一般人に矛先が向く可能性はあったのだから。しかしその代償は、当然支払わねばならない。
 迫る犬の突撃をエリズバークは躱したが、直後猿が、同じく突撃を仕掛けてエリズバークを撥ね飛ばした。落下する直前犬が大きく口を開け、エリズバークに喰らい付いた上で牙を爆発させる。
 黎夜も一度目の突撃は避けたが、掴まれて少し離れた地面へ叩きつけられた。仙寿は険を滲ませつつ敵の動きを分析する。どうやら最も注意を引いた者を優先的に攻撃するらしい。とは言え五十鈴の例もあるので、ステージのサポートに回ろうとする、というのも考えられるが……。
 いずれにしろ仙寿の行動は変わらない。ライヴスソウルを砕き、成長した己の姿から本来の仙寿の姿に戻る。だが瞳は仙寿の金ではなく、あけびの持つ赤い色。
《エリー、為久、ありがとう。確と受け取った》
 為久とエリズバークからのクロスリンクが、仙寿とあけびの覚悟をより強固にする。誰かを救う刃となれ。誰かを救う刃であれ。
「(元の姿で戦うのはダスティン以来だ。覚悟を見せるぞ、あけび!)」
『(了解、仙寿!)』
 一振りの刃は跳躍し、猿の巨大な背中へと守護刀「小烏丸」を突き立てた。無音の暗殺術ザ・キラー。仕留めるには至らぬものの、強大なダメージを従魔の背に刻み込む。
 無月はリボルバー「バルイネインST00」を出現させた。雉三体は全てリンカーに意識を向けている。ならば引き続き真ん中の雉を自分の方に。
「ジェネッサ!」
『了解! 任せといて!』 
 瞬間的にジェネッサに主導を委ね、ジェネッサは雉型カイジンを正面から狙撃した。その間に蘿蔔が、炎弓「チャンドラダヌス」の弦を限界まで引き絞る。
「先程も言いましたが、あなた達の相手は私です」
 そして射出されるトリオ。目にも留まらぬ早撃ちの乱射は、高熱を纏った矢は雉三体の肉を炙った。バルタサールは後退しつつ最も近いカイジンの、翼の付け根へ照準を合わせる。
 ロングショットは過たず従魔の関節を撃ち抜いた。西側の雉と中央の雉が蘿蔔に、そして東側の雉がバルタサールに羽根の弾丸を差し向ける。蘿蔔は危うげなく回避し、バルタサールもまた回避する。もっともバルタサールの狙いは「雉の射程範囲外から一方的に攻撃を行い此方に引き付け、一般人の逃げ道を作る事」なので、弾が自分まで届くのは少し目論見から外れている。
 だがロングショットは「攻撃の射程距離を伸張するスキル」であって、バルタサールと敵との距離を伸張する事は出来ない。今から雉の射程外に出ようとするなら、しばらく全力移動をする必要があるだろう。
「まあそれならそれで仕方ない。いずれにせよ、このまま引き寄せてみるか」


『獣臭いですわね』
 辛辣な言葉と共にエリズバークは顔をしかめた。巨猿と巨犬に囲まれて見下ろされている状況だ。歯を剥き出し、涎を垂らし、エリズバーク一人に喰らい付かんと獣共が飛び掛かる。
『獣は獣らしく地面に這いつくばって塵となりなさい』
 頭上に多数の魔導銃が出現し、従魔共に大量の弾丸の雨を降らせた。広範囲無差別攻撃ウェポンズレイン。弾丸は従魔の肉に穴を開け、生物の血液に似た赤いものを落とさせる。
 だが屠るまでには足りないようだ。デクリオ級の中には確かに、高火力であれば一撃で倒せるような個体も存在するが、同じデクリオ級でもステータスはSからFまで幅がある。またデクリオ級は本来「駆け出しのエージェントが基本単位八名で討伐する」事を標準としている敵だ。歴戦のリンカーと言えど、倒すのに数撃を要する個体も存在し得る。
 シルミルテは眉を顰めた。五十鈴に襲い掛かった犬型も巻き込めればいいのだが、五十鈴を押し流したついでに範囲外に出てしまった。
 それならそれで仕方がない。ステージから手甲足甲を引き剥がす事を優先させる。その他の従魔の対応は引き剥がしが終わってからでいい。
『ブルームフレア!』
『GーYAさん、行きますよ』
 従魔に炎が巻き付いたと同時に為久がGーYA(aa2289)に告げ、己が両手から手甲足甲へと幻影蝶を羽ばたかせた。光の蝶は従魔に取り付き、狼狽させてスキルを封じる。すかさずGーYAが距離を埋め、『逆萩真人』に視線を合わせ。
「言ったよね、君を救うって!」
 トップギアで火力を上げ、SHINGANN RODの効果で意識を研ぎ澄まし、GーYAは手甲足甲のみに怒涛乱舞を炸裂させた。打撃は狙い通り逆萩真人は傷付けず、従魔だけを打ち据えて細胞を地面に飛び散らさせる。
 だが、まだ剥がれない。手甲足甲の柔らかい肉が、衝撃を吸収しダメージを軽減してしまうからだ。
 けれど、それならただひたすらに攻撃を重ねていけばいい。千颯のライヴスリロードがあればもう一度怒涛乱舞が使える。その次の切り札も用意している。リンカー達は完全にステージを囲み切っていた。
 その時、犬型従魔が動いた。五十鈴に噛み付いていたカイジンが、五十鈴から牙を離して背後へと駆け出した。その先にはGーYAがいる。今ステージを攻撃したばかりのGーYAが。
 五十鈴は『それ』に気付き、飛び出して従魔を遮った。GーYAに向かっていた突進を我が身をもって遮った。傍から見ればGーYAを庇ったように見えたが、実際は違う。『五十鈴が庇ったのはGーYAではない』。庇った相手を見ようと振り返った五十鈴の目に、こちらに向かって駆けてくる猿型カイジンの姿が映る。
「……、……ッ!」
 声が出ない。五十鈴は元々、ある事件が切っ掛けでほとんどの声を失くし、その後無理に発した代償として完全に失った。心因性の為もしかすればいつか声が戻るかもしれないが、そんな未来は見えない。声を出さなければならない今この時においてさえも。
 しかし共鳴を解除して、栗花落に伝えてもらう暇もない。助けて。ステージさんを、真人さんを助けて。
「……て、……ひと……さ、……けてっ!」
 声が出たかどうかは分からない。五十鈴の必死な形相と唇の動きから、千颯がそのように読み取っただけの事かもしれない。
 五十鈴から視線を離し、千颯が首を向けたそこには、こちらに突撃しようとする猿型カイジンの姿があった。為久が『動くな』と命じた、中央にいた猿型だ。確かに為久の支配者の言葉は従魔の動きを止めていたが、洗脳は一時的なもの。行動を強制されれば回復する。故に自由になった従魔はこちらに突撃しようとしている。
 このまま攻撃を許せば、従魔はあの巨体をぶつけてリンカーを撥ね飛ばすだろう。『ステージごと』。カイジンの広範囲攻撃は全て無差別攻撃だ。「この相手は攻撃しない」「この部位は攻撃しない」と識別する事は出来ない。つまり攻撃を許せば、直前上にいるステージにも、逆萩真人にも。
 攻撃は当たる。
「……っ!」
 千颯は咄嗟に飛盾を繰り、ステージに当たる直前の猿型の巨体を逸らした。猿型は踵を返し、再びリンカーに……同じ直線上にいるステージごと突撃を仕掛けるが、カイジンに投げ飛ばされていた黎夜が、我が身を滑り込ませて禁軍装甲でガードする。
「よく気付いたなあ。そうさ、『従魔の攻撃に巻き込まれて逆萩真人が死ぬ可能性はある』。ボスが敵に襲われているんで助けようとしましたが、無差別の範囲攻撃のため勢い余って同士討ちし、ついでに従魔に取り憑かれた一般人を殺してしまいました……起こり得て当然だろう?」
 勝ち誇ったようなステージの声に、ようやくリンカー達は今回のカラクリを理解した。いや、リンカー全員が見落としていた訳ではない。範囲が無差別な以上、識別不可能である以上、ステージ……逆萩真人も巻き込む可能性を五十鈴は考えていた。だから即座に反応出来た。そしてそれを懸念していたのは五十鈴だけではない。エデンはステージからカイジンを引き離そうとしていたし、仙寿も潜伏が見破られた場合は、カイジンが一般人や真人を巻き込まないよう引き付けようと考えていた。
 だが『対応が足りなかった』。結果従魔二体が野放しになり、リンカー達を、ステージを、いつでも攻撃出来る位置で囲んでいる。従魔に逆萩真人を殺そうという意志があるか否かは分からない。もし殺すつもりがないのであれば、ステージのスキルが従魔を止める可能性はないでもない。
 だが「従魔に逆萩真人への殺意はないかもしれない」、などと賭ける事は出来ない。その賭けに負けた場合、逆萩真人は死ぬ事になるからだ。
 エデンは迷う。当初の予定通り負傷したカイジンを優先するか。それともステージの周囲にいるカイジンを攻撃するべきか。ステージ周囲の従魔のダメージはほぼ皆無と言っていい。他のカイジンがそうであるように、一撃で倒れてはくれないだろう。
 そこに西側のカイジンが、仙寿が攻撃した猿型がこちらに向かおうとするのが見えた。仙寿の姿が見えないので、標的をステージ周辺にいるリンカーに絞ったのだ。
『お嬢様!』
 Ezra(aa4913hero001)が叫んだ。迷っている暇はない。迷っている間にさらに状況は悪くなる。
「お願い、倒れて!」
 エデンは向かってくる猿型に狙いを定め、アルスマギカの魔法弾を下腿へと叩き込んだ。倒せなくてもせめてその足を止める事が出来れば。
 エデンの願いが通じたのか、従魔の下腿は砕け散り、そのままドタリと地に臥した。だが状況が良くなった訳ではない。ステージの笑い声が響く。
「はは、あはは、あははははははッ!」


「おい、持ってきたぞ!」
 永平は車から顔を出し蘿蔔へと呼び掛けた。永平と蘿蔔がいる西側には雉が二体集まっているが、東側ではバルタサールが雉を一体引き付けて徐々に遠ざかっている。と言うと東の方が適していたように聞こえるが、徐々に遠ざかっているという事は東側から乗り入れた場合、移動している雉に横っ腹を襲われかねないという事だ。それよりならまだ西側の方が対処が容易そうだったのだ。
 車の音に二体の雉は全く同時に首を向けた。流石に十五人乗りの車を持ってきて興味を惹かないのは無理がある。そして一般人もまた、現れた車に乗り込もうと騒ぎ始めた。その声に意識を引かれ雉が動き出そうとする。
 無月が駆ける。ジェミニストライクで分身を作り、中央にいた雉の背後から大典太光世で斬り付ける。先のトリオにより、雉二体は蘿蔔に近付き固まっている。
「無月さん、離れて下さい!」
 注意を飛ばした上で蘿蔔がアハトアハトを炸裂させた。矢弾に込められた大量のライヴスが爆発し、3mある雉の身体を衝撃波で吹き飛ばす。
「どうやら動くものや大きな音に優先して反応するようです。刺激しないよう、敵が倒れるまでそこで待機していて下さい。
 それと、あの少年に何か言われましたか? 動いたら殺すとか。逃げられなかったのはそのためですか?」
「確かに言われたが、逃げられなかったのは従魔に囲まれていたからだ。それにそいつは遠くまで攻撃出来るし」
 蘿蔔からの問い掛けに、一人が雉を指差しつつそのように答えを返した。雉が羽根を飛ばす距離は最長60m。一般人の中には脚を折られた者や子供もいる。彼らを抱えて逃げた所で、後ろから狙い撃ちされていた可能性は高い。
『ステージはあくまで俺達が原因で被害を出したいように見えるが』
 レオンハルト(aa0405hero001)が呟いた。蘿蔔もそれは同感である。リンカーへの悪意だけで一般人への殺意はなかった。本気で殺したい人は攻略法なんて考えない。自分を殺す方を優先させる事はあるかもだが。
「(今回もそう、だよね。この前は私も、嘘をつく形になってしまったけれど)」
 彼には言葉ではなく、救うという行動で示すべきなのだろう。
 愚神だから殺せるし、殺されて当然だと思っているようだが。
 彼らと話して知れば知るほど、自分達と同じところも沢山あって。
「(殺したくて殺した愚神なんていない。でも、生き残るために戦わなければいけない)」
 でも今も思う。
 あの人達と共存できる未来があったらと。
 桃太郎の鬼退治は本当に正しかったのだろうか?

『さすがに難しかったかな』
 車の音に反応し、雉がバルタサールに背を向けた所で紫苑が呟いた。だが焦る必要はない。背を向けたならむしろ好機。落ち着いて背後から狙い撃てばいいだけだ。
 バルタサールはステージについて、人の綺麗事や建前を憎み、醜い本音を引き出したいのだろうと考える。
 人に憎しみを燃やし、「助ける」「救う」と言われる事を嫌うのは、母親に虐待されたという過去のトラウマ故か。
 だが、その憎しみやトラウマこそが、ステージ自身が人間である証明であって皮肉である。
 それ故に死んで人とは違う愚神になりたいのか。
 もっともバルタサールの本音としてはステージに興味はない。仕事だから一般人を助けている。ただそれだけだ。
 余計な事を話すと面倒なのは目に見えている。ただ黙って雉の肩に銃弾を植え付ける。


「考えもしなかったかよ、『従魔の攻撃に巻き込まれて真人が死ぬ可能性』を! 自分達の攻撃は真人に当たらないよう注意を払っていたのにさあ、どうして従魔の雑な攻撃は注意しなかったんですかァ!?」
 ステージはここぞとばかりにリンカー達に罵声を浴びせた。顔を歪め、嘲り笑い、血を吐きながら言葉を続ける。
「いや別に、俺なんか護らなくていいと思うぜ? でも俺を護らなきゃ、従魔に殴り殺されて死んで愚神化しちまうからなァ。でも俺を護り続けても、早く手甲足甲を引き剥がさなきゃ結局俺は愚神化する。弱ったな。困ったな。一体どうすりゃいいんだろうなぁ!」
 仙寿はステージの口上を意識の外に締め出して、中央にいた猿型に背後からザ・キラーを仕掛けた。潜伏しているが故に威力は抜群、だが潜伏しているが故に注意を引く事は出来ない。
 リンクバーストの恩恵だろうか、もう一回動けそうだ。あけびとの絆を糧にして、もう一度ザ・キラーを同じ背中に叩き込む。だが足りない。背中に傷を二度負っても従魔はまだ膝をつかない。
 リンカー達は惑っていた。ステージの言う通り、ステージを従魔から護らなければ真人は死に愚神化する。倒すべき敵を護らなければならないとは奇妙な話だが、それが目論見だったのだと今は痛感せざるを得ない。
 だがカバーリングを行えば、それだけ攻撃する機会を、手甲足甲を剥がす為の手番を失う事になる。カバーリングでも手甲足甲でもなく、カイジンの撃破を優先するか? カイジンを先に撃破出来ればカバーリングの必要はなくなる。憂いを完全に絶ってから手甲足甲を倒せばいい。
 いやダメだ。カイジン一体を倒すのに数撃を要している。倒せない敵ではないがすぐに倒せる保証はない。もし倒しきれなければ、倒しきれないまま手番を消費してしまえば、カバーリングを行えず、真人は従魔に殺される事に。
「迷うなあ。従魔を先に倒すべきか。俺のカバーに回るべきか。手甲足甲を剥がすべきか! 俺は先に周りの従魔を倒した方がいいと思うぜ? でも倒しきれなかったら、俺が死んで愚神になったら、まだ逃げきれてない一般人もみんな死ぬかもしれないなあ!」
 リンカーを惑わそうとステージは喋り続けた。戦闘開始してから既に二十秒を過ぎている。あまり時間がない事は、青白い顔と出血量から十分に推察出来る。
 そうこうしている間に、エリズバークは猿と犬に囲まれ一人窮地に陥っていた。振り被られた猿の腕を寸での所で躱したが、横合いから犬が突撃し、そのまま牙を喰い込ませた。牙は爆発してエリズバークの内臓の一部を吹き飛ばし、再度迫った猿の腕がエリズバークを地に打ち付ける。
「母様!」
『ハァ……ハッ……』
 裂けたこめかみと腹の穴からボタボタと血が滴り落ちた。デクリオ級とは言え相手は二体、それも二回連続で攻撃してくる個体をエリズバーク一人で相手にしている。回避は行っているものの全てを避け切る事は出来ない。一度のダメージは軽度でも、受け続ければ重傷になる。あと一撃でも喰らってしまえば、もう動けなくなるだろう。

「母様、あいつ悪いやつなのに殺さないのですか?」

 戦闘開始直後、アトルラーゼはエリズバークにそう尋ねた。
 ヴィランならば殺す、最初はエリズバークもそう考えていた。
 でもあれは。
『悪いやつというより、駄々をこねて泣き叫ぶ子供ねぇ。
 泣き止ませてあげなくちゃいけないわよ?』
 大切なものを失って苦しいと。
 自分も大切なものと同じように死にたいと。
 弱さを、虚勢を張って隠す、普通の子供。
『私は母ですからねぇ』
 アトルと過ごすうちに子供に甘くなってしまったかしら?
 母なんて、この子を駒にするための方便だったはずなのに。
 私の中にあるのは狂気と憎悪のはずなのに。
『(子供が一人で立ち上がれない時、手を差し伸べるのも母の役目でしょう?)』
 復讐の魔女の私がこんな事を言うのは滑稽ですけど。
『彼が戻れる様に全員無事に帰してあげましょう』
 エリズバークは手を掲げ、頭上に多数の魔導銃を呼び寄せた。一斉に放たれた弾雨は獣共に降り注ぐ。
 だが地に伏せさせるには、まだもう少し足りないらしい。犬の牙が再び迫る。一度目はなんとか躱したが、二度目の牙は魔女の胸深くへと喰い込んだ。一般人の防護用に、と残しておいたフラグメンツエスカッションを展開するが、牙が胸の内で爆発する。エリズバークの口から大量の血が溢れ出す。
『(好きに攻撃出来ると思っていたのですけどねぇ。まぁ戦場で状況が変わるのはよくある事ですわ)』
 一瞬、エリズバークの瞳にステージの姿が映ったが、自らの血で汚れた瞼がすぐにその姿を消した。猿は崩れ落ちた少女に見向きもせず、ステージの下へと突っ込んできた。もっとも、目的はステージの周囲に立つリンカーかもしれないが、ステージも攻撃範囲に入る事には変わりない。
「ほらまた来るぞ。どうする? どうする?」
 ステージは醜く笑った。『無事に帰してあげましょう』と、呟きながら倒れた者がそこにいる事も露知らず。従魔は三体。行われる攻撃は六回。エリズバークの所から来た猿型は既にボロボロだ。あれだけなら、攻撃を集中させればすぐに倒せるかもしれない。
 けれど倒せないかもしれない。攻撃を避けられるかもしれない。いや倒せずとも当たらずとも、攻撃する事で注意を引き付け、ステージが巻き込まれるのを阻止する事が出来るかもしれない。
 だが確実とは言えない。絶対に成功する、という保証は何処にもない。もし失敗すれば、ステージが攻撃に巻き込まれれば、真人は死に、愚神化し、まだ逃げられていない一般人三十人の命が一瞬で消え失せる。
 賭ける事は出来なかった。チップは自分達ではない。真人と、そして子供も含めた一般人三十人の命だ。どうして賭ける事が出来ようか!
 犬が地を蹴り突撃する。為久は隠神刑部の編笠に換装し、幻影を盾にしてステージをその後ろに庇った。犬は踵を返し、再び突撃を仕掛けるが、今度は五十鈴が割り込んでステージの代わりに衝撃を受ける。
 逆から猿の腕が迫る。GーYAはツヴァイハンダー・アスガルに武器を換え、刃で猿の拳を弾いた。その次に来た突進は黎夜が禁軍装甲で逸らす。
 最後にエリズバークの所から来た猿が。千颯が飛盾「陰陽玉」を繰って巨体の突撃の進路をずらし、二度目の攻撃はエデンが魔術型パイルバンカーで押し留めた。普段は「かよわい後衛」と自身を称するエデンだが、今はそうも言っていられない。
 シルミルテはステージと、最も負傷の大きい猿型へゴーストウィンドを解き放った。敵全てを範囲に収められれば良かったが、従魔は方々からめちゃくちゃに突撃を仕掛けてきた。範囲内に入れられるのは一体が限界だ。
 不浄なライヴスを含んだ風が従魔へ叩きつけられる。だが手甲足甲は剥がれない。猿型もまだ崩れない。
「一撃二撃で吹っ飛ぶような超ザコばかりと思ってた? 世の中舐め過ぎだろ、お前ら」
 ステージの嘲りには応えず、仙寿は先の猿型へザ・キラーをもう一度叩き込んだ。スキル回数を回復させればその分リンクが弱まるが、ここは惜しまず連続で攻撃を重ねていくしかない。
 甲斐あって今度こそカイジンは倒れたが、即座にエリズバークの所にいたもう一匹が奔ってきた。エリズバークにトドメを刺さない、その点においては不幸中の幸いと言えるかもしれない。
 だがこれでステージを取り巻く従魔はまた三体に戻ってしまった。しかも取り巻いているくせに、リンカー達の範囲攻撃の内部には収まらない。間合いが広範囲であるが故に密集する必要がないのだ。一度に攻撃を仕掛けてくれば、範囲に上手く入った所で一網打尽に出来るだろうが、敵はタイミングをズラしてバラバラに攻撃してくる。
 とにかく従魔の攻撃からステージを庇うしかなかった。ステージから離れて攻撃し自分に注意を向けさせるという方法も、確実とは言えない。またステージから離れるという事はステージを野放しにするという事だ。それで一般人に「流れ弾」を撃たれたら目も当てられない。
 先の六人が全く同じようにカバーに走る。犬の突撃を、猿の拳を、ステージに当てないようにと武器や我が身を盾に使う。
 シルミルテがステージと、最もダメージの大きい従魔にブルームフレアを放とうとした。最善ではないかもしれないと頭の隅で思っても、相談している暇もない。反射的に動き、場当たり的に対処するより他に仕様がない!
 雨が降ってきた。雨など降っていなかったのに、リンカーと敵の頭上から温かい雨が降ってきた。この雨をリンカー達は知っている。癒しの雨ケアレイン。この雨によって、今まで何度ピンチを切り抜けてきた事だろう。
 だがこの雨が今ここに降り注ぐはずがない。今この場にいる唯一のバトルメディック、千颯が装備していないからだ。なのに雨は降り注ぎ、リンカーの、『そして敵の』、傷を徐々に癒していく。
「……ヒヒヒ」
 ステージが、両の手甲を空に向けて気味の悪い笑みを漏らした。まさか、と誰かが言った。雨を浴び、手甲足甲の傷を癒しながら、ステージは顔を上げ歪んだ笑みを見せびらかす。
「言ってなかったかな。手甲足甲は一体につき一回スキルを作成出来るんだよ。つまり傷を癒すスキルだって作る事が可能なのさ。
 つっても未熟だから使い勝手は悪いけどな。見ろよ、無差別になっちまった。従魔だけでなくお前らリンカーの傷まで癒すような劣悪品だ」
 ステージの言う通り、模造ケアレインは従魔だけでなくリンカーの傷まで癒している。ケアレインより少し範囲が広く、回復量も少し多いようだが、無差別である以上劣悪品と言うしかない。敵も味方も同時に回復させるなんて、通常の戦闘であれば然程役には立たないだろう。
 だが現状を悪化させるには十分過ぎるスキルだった。早く従魔を倒さなければいけないのに、その従魔に負わせたダメージが徐々に回復されていく。
 さらに悪い事に『逆萩真人』の回復分は手甲足甲が吸収している。つまり手甲足甲はより効率よくダメージを回復させてしまう。ステージの行動を、非難する暇さえない。
『ブルームフレア!』
 シルミルテが炎の花を手甲足甲に炸裂させるが、従魔はまだステージの手足にこびりついたままだった。巻き込めたカイジンも火傷を負うが倒れない。
「……ヒ、ヒヒヒッ、ハハハハハハハ!」


「そっちの状況はどうだ!」
 無月は通信機に呼び掛けたが返事は一切来なかった。向こうで何かあったらしい事は明白。だが雉を倒し、一般人を逃がすまではこちらも手を離せない。
 無月は再度雉に向けジェミニストライクを叩き込んだ。二人の無月に惑わされ、雉は狼狽して動きを止める。その間に蘿蔔がもう一体をチャンドラダヌスで穿ち抜く。バルタサールは引き寄せていたカイジンの頭を撃ち砕くと、元いた方向へ駆け出した。そして残り二体に全く同時に狙いを定める。
 トリオによって弾丸が一挙に二つ疾走し、雉二体の喉を全く同時に貫いた。無月が三度目のジェミニストライクを、蘿蔔が炎弓の先をそれぞれ眼前の敵に向ける。
「そろそろお引き取り頂こう」
「あなた達にこれ以上、あの人達は傷付けさせない」
 無月の刃が首を落とし、蘿蔔の矢が従魔の心臓を焼き尽くした。雉型カイジンはこれで全て撃破したが、息をついている暇はない。ステージ対応の応援もそうだが、それより先に一般人を逃がさなければ。
「子供と怪我人を先に乗せろ。揉めてる間にみな逃げ遅れる。子供を押し退けた腰抜けだと言われ、社会的に死ぬぜ」 
 我先に乗ろうとした男をバルタサールが説得(?)し、蘿蔔と無月が子供や怪我人を車へと誘導する。
 戦闘開始から既に五十秒が経っていた。


 仙寿の視界がぐらりと揺れた。スキルを回復させるのにリンクレートを使い過ぎ、あけびとの共鳴が不安定になっているのだ。
 だが躊躇っている暇はない。戦える時間をより短くすると分かっていても、絆を代償にザ・キラーを猿型従魔へ叩き込む。ただひたすらに剣を振り、敵の数を減らす事に注力するより他にない。
 猿の身体は傾きかけ、しかし足を踏み締め堪えきった。あと少しの手応えはあるが、模造ケアレインがギリギリの所で踏み止まらせてしまっている。
 カイジンではなく手甲足甲を先に倒せばどうだろう。手甲足甲を引き剥がし、真人を救出さえ出来れば時間制限は消え失せる。手甲足甲さえ引き剥がせば真人は愚神化せずに済む。
 だが次の一撃で手甲足甲を倒せるとは限らない。二撃三撃と重ねるにしても、攻撃に回ればその分カバーリングが疎かになる。手甲足甲を倒せてもカバーリングが足りなければ、従魔の攻撃が真人に及べば結局死なせる事になる。
「悩むのは止めようぜ。従魔が俺を殺すのを黙って見ている事にしようぜ。そんで愚神になった俺を気持ちよくブッ殺す。なんだよ予定通りじゃねえか!」
『ネェ……見捨てテモらえるホど、自分ガ“特別”だト思っテル?』
 シルミルテの声に、ステージはギョロリと瞳を向けた。その歪んだ、醜い笑顔に、シルミルテはいつもの調子で語る。
『アナタも、アナタが言っタ通リに他の人……他ノ“一般人”ト一緒デ同じだカラ安心しテイイよ! チャあんト“助ける”ヨ。
 ソンデ……モウ、パンドラちゃんはワタシの……「森」ノ友達だモノ! アノ子が「嘘でした」ッテ言うまデそレは嘘ジャないノヨ!』
「(……アナタの言う事が本当とも限りませんからね)」
 樹がシルミルテの内で呟く。樹の言葉は当然ステージには届かないが、ステージは樹の言葉にも応えるような返事を寄越した。
「まあどうぞご勝手に。『信じてえもんだけ信じる』、それはアンタの権利だからな。
 でもそれじゃ、本当か嘘かは永遠に分からねえな。だってパンドラはもういねえもん。
 もう会えねえんだよ。アンタも、俺も」
 従魔が再びステージを、ステージごと巻き込んでリンカー達を襲おうとする。『エデンしゃん、チェンジ!』とシルミルテがカバーに回った。幻影蝶がまだ残っているが、エデンも幻影蝶を残しているし自分より火力が高い。
 エデンは幻影蝶にさらにライヴスを浸透させ、手甲足甲と犬型従魔一体に向けて解き放った。手甲足甲は既に幻影蝶を受けている、故にダメージ以外の効果はないが、犬は蝶に翻弄されて動きを止めた。また状態以上は起こらなくても、霊力浸透の効果が敵の魔法防御を下げる。手甲足甲がライヴスを浴びじゅうじゅうと爛れて落ちる。
 だが直後ステージが再度癒しの雨を降らせた。幻影蝶のダメージはそれでも十分残っているが、模造ケアレインの回復量を上回っているのだが、こちらの攻撃を妨害されてしまうのは事実である。自身も傷を癒されながら、エデンはステージに問い掛ける。
「犬猿雉、この場合、桃太郎は誰で、鬼は誰なの?」
 真人への回復量は手甲足甲に吸収される。だからステージの、真人の顔は死人のように真っ青だ。話す事で体力を消耗する可能性はある。
 だがステージはこちらを惑わそうと自分から喋り続けている。これでは口を噤む意味がないし、もしかしたら話し掛ける事で意識を逸らし、時間を稼げるかもしれない。だからこちらの思いを話すのではなく、ステージの感情を引き出すように問い掛ける。
「鬼退治の話、きっと嫌いだよね。勧善懲悪のオハナシだから」
「いや好きだぜ。たまたま力を持ったヤツが『悪』を倒せばそれだけで正義と呼ばれる、『正義』をこの上なく表しているとってもいい話じゃねえか」
「もしあなたが愚神になっちゃった場合は、人間の意識を残したままなの? あなたは人間の意識を残したままを望むの?」
「俺が言ったのは『パンドラが人間の意識を残したまま愚神にする研究をしていた』だ。俺がそれを望んだなんて一言も言ってねえよ」
「色んなことたくさん話すのに、家族のこととかになると黙っちゃうよね」
 へらへらとさえしていたステージの顔が一瞬で強張った。ここが核だと判断し、エデンはさらに言葉を紡ぐ。
「パンドラのことは話しても、お兄さんの……良人さんのことは、あんまり話してないような……?」
「なんで話さないかって? 嫌いだからだよ。助けてやるだのなんだの言ってその癖何も出来やしねえ、口先だけのあいつがな」
「母親の虐待を誰も『救って』くれなくて、人間が嫌いだけど、復讐する勇気も力もなくて、人間に復讐する力ときっかけをくれたパンドラに感謝しているのかな……?」
 ステージがはっきりと感情を露わにした。顔を怒りに歪め、憎々し気にエデンを睨み吠え立てる。
「よく知りもしねえくせに勝手な事抜かすんじゃねえよ! 俺が兄ちゃんを好きなのはそんな理由じゃねえ! 力なんてくれなくても、そんなものなくても、俺は、俺は……」
 その時、北から飛来した矢が……蘿蔔の放ったファストショットが猿の心臓を貫いた。カイジンが一体倒れ、仙寿がもう一度リンクレートを消費してザ・キラーを犬型へ仕掛ける。それでも膝をつかないが、無月が前に出ながらリボルバー「バルイネインST00」の照準を合わせた。ステージの下まで駆けている余裕はない。
『それでも、少しでも手助けを!』
 主導を請け負ったジェネッサが的確に犬型の胸を撃ち抜き、バルタサールのSSVD-13Us「ドラグノフ・アゾフ」が後を追って従魔を屠った。これで残るは一体で、エデンの幻影蝶によりスキルを封印されている。つまり手甲足甲に集中しても問題ない。
『幻影蝶、行くヨ!』
 シルミルテが蝶を手甲足甲へ羽ばたかせた。黎夜はブルームフレアにライヴスを浸透させつつ口を開く。
「死んで、なんか言わない……。……貴方は、壊したいの? それとも、逆萩真人を殺したいの?
 うちらがどうでもいいって思ってるって思ってるんなら、それでいいんじゃねーかな……。ただ、ステージが、逆萩真人をどうでもいいって思ってるように聞こえるけど……」
 答えはない。催促する余裕もない。黎夜は手甲足甲に向けて炎を炸裂させた。為久がライヴスソウルを砕いてリンクバーストし、晴久との絆を代償にもう一度蝶を召喚する。
『あなたの兄は、あなたを大切に思っていたのだと思いますよ』
 話を聞き、パンドラの人柄と併せて為久はそう感じた。
 自身に対して投げやりに見える真人に伝えようと思ったのだが、ステージは歯を剥き出して醜く笑う。
「だからなんだ。ありがとうとでも言えばいいのか。救われてねえのに救われたフリとかすりゃあ満足かッ!?」
 為久は思う。真人は自分を悪役、H.O.P.E.をヒーローとして語りはするが、実際はH.O.P.E.を悪役にしようとする行動が目立つ。犬猿雉をH.O.P.E.の敵に配したのも、悪はそっちだと思っているからだろうか。
『(少なくとも真人にとってヒーローと呼べるのは、僕らではないということだろう )』
 晴久は思う。聞きたい事は沢山ある。だけど今は助けるのが最優先。生きてさえいれば、また話す事が出来るんだから。
 だから。
 為久の手から蝶が飛び立ち手甲足甲を覆い隠した。炎と蝶に巻かれるステージを前にして、五十鈴は声にならぬまま口を動かす。
「(大丈夫、大丈夫)」
 大丈夫、掴む、掴める。
 絶対に 死なせはしない。
 たとえ貴方がそれを望んだとしても。

 全部、終わったら
 貴方とお話が

 手を伸ばし、今度こそステージにしがみついて四肢を完全に抑え込む。反撃されてもいい。孕兆を叩き込まれてもいい。全部終わる迄もてばいい。兎に角最優先は真人を含む一般人の生存、次いで味方の無事。それが成るなら何だって。
「その子を盾にしないで!」
 エデンは支配者の言葉を手甲足甲の一つにぶつけた。支配者の言葉の対象は一体だけ。だから、残り三つに命令する事は出来ない。それでも。
「G-YAちゃん!」
 千颯はGーYAにライヴスを流し込み、スキル回数を回復させた。ステージに時間がない事は分かっている。恐らくこれが最後のチャンス。
「いけぇ!」
「うおおおおォッ!」
 GーYAは咆哮を上げてツヴァイハンダー・アスガルを振り被り、渾身の怒涛乱舞を手甲足甲へ叩きつけた。瘴気を染み込ませた刃が、手甲足甲とぶつかって肉を引き千切り飛散させる。
 
 雨が降っていた。最初に、二度目に降ったものより、より激しさを増した雨が。最初の雨は両手甲の。次の雨は両足甲の。そして今の雨は、全手甲足甲の降らせる雨。
「今回の攻略法だけどさあ」
 ステージが間近で言った。手甲足甲はほぼ姿を崩しながら、けれどほんのわずか手足にへばりついていた。あと十秒、あと一撃二撃範囲攻撃を叩き込めれば。けれどもう遅いと、死人のような顔色でステージが覗き込む。
「肝心だったのは『従魔が勝手しないようきちんと抑えておく事』だったんだ。俺だけじゃなく一般人に襲い掛かる危険もあったしな。一人で一体抑えても、攻撃で誘き寄せて数人で数体抑えてもいいけど、従魔に勝手させない、っていうのが肝心だったんだ。
 そんで俺としては五、六人掛かりで雉を先に倒して……じゃないと一般人逃がせないからな、それから俺の近くの従魔、俺、俺を逃がしつつ残りの従魔って想定でいたんだけど、要するにお前らの敗因はザコを見逃していた事だ。だから俺を庇うのに手番を浪費する羽目になった。手番を浪費しなければ、十分時間内に倒せるザコだったのにさあ!」
「危ない!」
 誰かが叫び、直後何かがリンカー達を撃ち叩いた。細かいものが複数。それはリンカー達の身の内に潜り込み、しかしすぐに消失した。少なくないダメージをリンカー達への置き土産にして。
 黎夜と千颯は咄嗟に一般人のカバーに回った。永平が車を出していたので、車に乗った一般人は既にここから離れているが、乗り切れていない一般人はまだこの場に留まっていた。黎夜達の背後では、無月や蘿蔔やバルタサールも一般人のカバーに回っていたが、彼らにも少なからずダメージが及んでいた。もし一般人がこの場に全員残っていたら、咄嗟にカバーに回らなければ、一般人の中から死者が出ていただろう。
 エリズバークの前には仙寿が壁と立っていた。戦闘不能の彼女に当たれば最悪死にかねないから。そしてそれが限界だった。仙寿とあけびは力尽きてその場にどたりと倒れ伏す。
 そこに立っていたステージは、何も変わらぬように見えた。だがそう思ったのは一瞬で、顔色は死人のままだった。手甲足甲は消え失せていた。代わりに胸に空いた穴の中で、手甲足甲だったものがぐじゅぐじゅと蠢いていた。
 GーYAはライヴスソウルを砕いて絆の聖剣を出現させた。愚神を討伐しようと大剣を振り被るGーYAに、愚神となった少年は嘲りの笑みを浮かべる。
「いいねえ、救えないなら即殺か。正義ってヤツはそうでなくっちゃ」
「救うさ。倒すのは君じゃなくて愚神だ、真人!」
 聖剣の刃が愚神に迫る。そのまま行けばステージの、愚神の首を斬り飛ばして宙に舞わせていただろう。
 だが、刃はぴたりと止まった。首に触れる寸前で。ステージは両手を倒れ伏す仙寿とエリズバークに向けていた。二人に孕兆を放てる体勢のまま愚神は嗤う。
「なんだよ、殺さねえの? 殺せばいいじゃん。転がってるお仲間二人見捨てて俺を殺せばいい」
「……」
「何の為のパワーアップだ。なあ殺せって。仲間二人見捨てて俺を殺せって!」
 剣を下ろさざるを得なかった。ステージは両手を仙寿とエリズバークに向けたまま一歩、一歩と後退する。
「そうそう、俺が毎度攻略法を教える理由だけどさ、一体何の為だと思う?」
 ステージが出し抜けに聞いてきた。蘿蔔は攻略法がある理由を「一般人への殺意はないから」と考えたが、ステージは顔を歪め、その行為に籠めていた悪辣を叩き付ける。
「『これは攻略可能なゲームです』ってお前らに教える為さ。助けるだの救うだのカッコつけて言ってるけど、本当だったらそれは普通に叶ってた事なんだよ。だってそう出来るよう俺が設えていたんだから。
 でもお前らはこんな三文舞台のヒーロー役もこなせない。なんでだ? 俺のパフォーマンスに目が眩んだ? ザコだからって甘く見た? お前らのしたい事が終わるまで待ってもらえるとでも思ってた?
 ああそうか、やっぱ時間切れを装って俺をブッ殺す算段だったんだ。でも一般人が見てるから、一応救おうとしてるってポーズしといた方がいいもんなあ」
「違う!」
「実際の伴わねえ言葉に説得力があるとでも?」
 咄嗟に出た否定の言葉も即座に悪意に踏み躙られる。ステージは、マガツヒの面を嵌めた愚神は、立ち去る前に最後の言葉を吐き捨てた。
「俺を救うとか言ったよな。
 嘘つきって、当たってただろう?

 言い訳の機会はもうないよ」


 仙寿の指示で永平が回した車、そしてリンカー達のカバーにより、一般人の犠牲者は出なかった。逆萩真人以外には。戻ってからも共鳴を解かないシルミルテに、永平が声を掛ける。
「おい、今日は、樹はどうした」
 シルミルテはニッとした、余裕のある、とても悪い笑みのみで返した。樹の今の姿も意思も、特に永平の前で明かす訳にはいかないから。

「助けるって言ったのにな」
 千颯は椅子に座り項垂れていた。千颯は自分の事を結構いい性格だと思っている。今までのステージの行動が全て悪意と理解しつつ、その上で救出を宣っていた。白虎丸の天然をぶつけていたのもほぼ計算の内である。
 だからこそこの結果は、あまりに苦いものだった。一般人は救出出来た。けれど苦い。あまりに苦い。仙寿もまた、重傷の身体を引きずって呟く。
「何でステージって名乗ったんだって、聞けなかったな」

「(またなの? また、倒すしかもう道はないの?)」
 晴久は顔を覆う。職員の話では、まだ可能性はあるという事だ。完全に愚神化していなければ。まだ憑依の段階なら、愚神部分を討伐すれば助けられるかもしれないと。
 だが根拠のない、希望的観測。為久は影から晴久を見守りながら、桃柄の結びのお守りを握り締める。
『(渡せなかったな。このお守りに籠められた想いも)』

『行動の全部が従魔の仕業ってわけじゃなさそうよね』
 まほらまの声にGーYAは応えられなかった。どんな経緯があるか分からないが、パンドラの行動に真人は光を見たんだろう。エデンに激昂した時の様子からそのように感じた。
 真人にとってパンドラは救いに、ヒーローに成り得たのだろうか。
 それが消えてしまったから、彼は終わりを選んだのだろうか。
『否定しながら期待している感じがしたわぁ。あの時のジーヤのように』
 それはあくまでまほらまの私見だが、それが当たっていたとしたら、その期待をこれ以上なく踏み躙った事になる。
「(君の本当の笑顔、見てみたいと思ったよ。嘘じゃない。本当に。本当に……)」
 GーYAの胸の内で吐かれた言葉は、当の真人には届かない。

 五十鈴はステージの言動に漠然とした疑問を感じていた。
 ただそれを言葉に出来なかった。
 もし引っかかりを言葉に出来ていたら、きちんとその手を取れていた?
 
 ステージの行方は知れない。

結果

シナリオ成功度 大失敗(報酬無)

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • ハートを君に
    GーYAaa2289
    機械|18才|男性|攻撃
  • ハートを貴方に
    まほらまaa2289hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
  • 命の守り人
    温羅 五十鈴aa5521
    人間|15才|女性|生命
  • 絶望の檻を壊す者
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