本部

【悪人】トラジェディ

形態
シリーズEX(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
4人 / 4~8人
英雄
4人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/12/09 20:28

掲示板

オープニング

●愚神アスカラポス
「あーあ、興醒めだよ」
 快楽殺人犯ヴィランズの一人、キファはそう言って隠れ家のソファに寝転がった。珈琲を淹れたリリスが覚めた眼差しを投げかける。
「”愚神”アスカラポスだよ。あんなにあっさりやられてしまって」
「私はお前があの愚神かと思ってたよ。まあ、元々『愚神になんてならない』って言ってたけどさ」
 リリスはせせら笑った。
 彼と彼女は愚神と対峙して愚神化を笑い飛ばした過去がある。
 ソファのスプリングが鳴った。
「あれが、ホンモノだって証拠は?」
「あんた……」
「ん? 僕はただ頭にうかんだことを言ってみただけだよ?
 まあ、いいさ。いまさらだよ。いい? 僕らのアスカラポスはあの『愚神アスカラポス』にやられたんだよ。もうここは、安心でひそやかなたのしい殺人サークルじゃないんだ。あーあ、乗せられやがって、馬鹿が」
 ドアが開き、暗緑色の上品なパンツスーツを着たセミロングの女……を模した男、サルガスが現れた。
「出来たぞ」
 ドアの向こうは赤く汚れていた。
 男が、女が、ずたずたに裂かれていた。
「おそかったね」
「楽しむなって言ったじゃん」
「途中で飽きたお前らに言われたくねえよ」
 煙草に火を点けると、サルガスはその香りで死臭を誤魔化した。
「あはは、本当にめんどうなことになったよねえ」
「お前が言うか。キファはさっさとケリつけて来いよ」
 小突き合いながらキファとリリスは外へと出ていく。一度振り返ったサルガスが吐き捨てた。
「アストレアの猟犬? 馬鹿じゃねーの」



●人である優位性、人ではない有利性
「愚神アスカラポスの出現、アスカラポスメンバーによるマガツヒの協力によって、連鎖的にヴィランズ『アスカラポス』の悪行と存在は世間の知る事となった」
 ヴィランを追う市民の集いを自称する『アストレア』へ資金提供を行い実質的なリーダーであるレイモンドは目の前の女へ微笑みを向けた。
「感謝します──棘薔薇の魔女」
 可憐な微笑みを浮かべながらもセラエノのアイテール(az0124)は小首を傾げた。
「わたくしも、素敵な結果が観測できて満足ですわ。愚神化しても『健全に』自我を保ち続けた人間が生まれてとても嬉しいんですのよ。まあ、それにはだいぶ失敗もありましたけど」
 アイテールは床を見て、その下に続く地下室へと想いを馳せた。
 レイモンドは黒い義手を差し出し半ば強引に彼女の手を掴んだ。
「ええ、本当に感謝しています。貴女がヴィランでさえなければ我らは共に手を取れたのに」
 レイモンドの周りに炎が吹きあがった。アイテールの目が細められる。
「まあ、それは残念。わたくしも、こんなに豊富に自ら取引してくださる方たちとお別れするのは寂しいですけど……満足したので不問にしてあげますわ。これからが楽しみですしね!」
 次の瞬間、アイテールの姿は燃え上がり、すぐ焦げた藁屑となった。
「……オーパーツか?」
 乱暴なノックの後、灰色のフード付きモッズコートを着た男が飛び込んで来た。
「顔を隠せ」
 刺々しいレイモンドの声に男はフードの下の顔を上げた。黒色に渦巻く面は『愚神アスカラポス』のそれであった。
「おっと、すまん」
 ジョニー・グラントは愚神の姿から人の姿を取り直した。
「慌てていてな。アスカラポスに潜入していた『猟犬』たちが全員死んだ」
「──気付いたか」
 嘆息して、レイモンドがコートハンガーからジョニーと揃いのモッズコートを掴み取る。
「棘薔薇の魔女は裁くことはできなかったが、元々セラエノは我々のターゲットではない。アスカラポスのキファたちはそのうちここへやってくるだろう。その前に我らがあいつらを殺し尽くす番だ」
「H.O.P.E.は」
「まだやることがあるだろう、足止めに使う」
「デヴィットとローズは怯えている。あいつらはエージェントが仇を取ってくれると信じている」
「ついこの間までは覚悟を決めたと言っていたのに、これだから女子供は。他人の手を汚すのは平気なのか、問い詰めてやれば落ちるだろう」
「問い詰める」
「エージェントには『人』は殺せないんだ。──始めよう、世界が終わる前に」
「……ああ」



●二つの依頼
 先の依頼で体調を崩したゼルマはソファの上からミュシャに何か言いたげな視線を送った。
「大丈夫、よく話したから……あたしからの一方的な話だったけど、エルナーは協力してくれるって」
 小さく手招きされて近づいたミュシャの両耳を掴んでゼルマは囁いた。
「いい? 今回は付き添えないけど私もこの子のパートナーよ。手を抜かないで欲しいわね? 第一英雄さん」
 反応は無く、二人は違う意味で苦笑を浮かべた。


 H.O.P.E.に用意された一室でミュシャは資料を配ると淡々と説明を始めた。
 頻発するマガツヒ絡みの事件の間、連絡が途絶えたアストレアのレイモンドから電話があったのはつい先日だ。
「アストレアからの連絡はヴィランズ「アスカラポス」のキファから『招待状』が届いた事」
 スクリーンに文字が躍る。
 ──連絡が遅くなってごめんね。デーメーテールの仔たち。君たちとぜひ話し合いをしたい。もちろん、僕からの誘いだから逃げたりはしないよ キファ
 腸が煮えくり返る思いを押し殺して、ミュシャは続けた。
「そして、同時にH.O.P.E.からは異なる依頼が出ています」
 そこに表示されたのはアストレアなる『ヴィランズ』への調査依頼だった。
 以前のアストレアの依頼に参加したエージェントからの警告でH.O.P.E.によるアストレアへの調査は続いていた。
「アストレアとセラエノのアイテールの接触が確認された。アストレアはアイテールに協力して人間の愚神化実験を行っている。
 その事実をもって、『アストレア』はヴィランズと認定された」
 今度はレイモンド邸の地図と何もない部屋に牢がふたつ設置された写真が表示された。
「この地下室は申請されていない。匿名の情報提供者による密告だ。それによるとここで人体実験が行われていると」
 ミュシャは険しい表情でエージェントを見渡す。
「もちろん、あたしも参加する。どう動くか相談したい」




●資料
・隠れ家「パオ」 敵:キファ・リリス・サルガス
平屋(内部は廊下のない続き部屋)、シナリオ「【悪人】罪科を数え、罪科に処す」を参照
二畳ほどの玄関ホール→六畳ほどのダイニングキッチン→十畳ほどの寝室(各部屋の間にドア、計二つ)
出入口は玄関のみ、窓ガラスは無く外部から木の板を打ち付けてある
監視カメラ有
一部、大破していたが修理されている
合鍵使用可、敵はエージェントたちが来るのを知っている
話し合い→殺し合いの意味


・レイモンドの邸 敵:愚神アスカラポス×2(ジョニーとレイモンド)ケントゥリオ級
近代的な屋敷で3つの個室とレイモンドの私室、広間
レイモンドの部屋より地下室へ行ける

地下室(間口15sq、奥行10sq、高さ6sq)
入口1つ、牢2つしかない

解説

●目的:選択制
別行動も可能ですが一人で両方を回ることは不可
各ステージの敵を一人でも倒すためには適切なプレイングと実行可能な強さのエージェントが必要(目安は1ステージ4人以上)※撤退も工夫が必要
ミュシャも一人にカウントされるのでご相談の上プレイングに配置を書いてください
どちらかが正解ということはなく、後日別シナリオが出る予定です
※デヴィットとローズは愚神化した場合、次回、敵に回ります
愚神アスカラポスは元の自我が多少ありますが人に戻ることは無く共存も不可能
アドリブが入りますのでNG項目の記入をお願い致します


●敵
・隠れ家パオ
奥の部屋にヴィラン×3人、隙があるとキファ以外は逃げる
キファ(ドレッドノート)
サルガス(バトルメディック)
リリス(シャドウルーカー)
※【悪人】シリーズOP参照



・レイモンド邸
〇愚神アスカラポス×2(ジョニーとレイモンド)
※正体については簡単な推理要(【界逼】登場シナリオに参加した場合容易)
ケントゥリオ級 爆炎と銃撃で攻撃(建物破壊に躊躇無し)
物攻B/物防B/魔攻A/魔防B/命中B/回避A/移動C/特殊抵抗A/INT C/生命A
能力
余殃×1:自分中心に周囲で継続的に(リンカーを傷つけない・AGWではない)爆発を起こす
患禍×1:攻撃を停止させ1ターン行動不能
陥穽×1:自分とPCの一人を錯覚させて攻撃させる

地下室
牢の前にジョニー、エージェント侵入後レイモンドが入口を塞ぐ形で登場
入口から10sqに棘薔薇の紋のある巨大な砂時計付の牢2つ(それぞれデヴィットとローズが入牢)
砂が落ち切ると(スムーズに到着した場合約10R後)愚神化(敵+2)
砂時計は通常手段では壊せず、牢内から開けるか(要説得)5Rかけてこじ開けるしかない(方法はジョニーが暴露)

PL情報
デヴィットとローズは愚神化に、ジョニーは二人の愚神化に迷い有
ジョニーは説得可(難易度高)、その場合は大幅に弱体化

リプレイ


●それぞれの依頼
 ──人の愚神化……。同種の技術を既に幾つか目の当たりにした事があるけれど、まさかヴィジランテ──、否、ヴィランズ『アストレア』もこの技術を確立していただなんて……、ね。
 鬼灯 佐千子(aa2526)は重い何かを飲み込んで資料と仲間達へ視線を戻した。
 アストレアはもう協力すべきヴィジランテではなく、セラエノに協力して人の道を外れたヴィランズなのだ。
 H.O.P.E.にはミュシャを含めた五組のエージェントが集まった。
「奴らを仕留める絶好の機会ではあるが……」
 渋面をつくるベルフ(aa0919hero001)の言い淀んだ言葉の先を九字原 昂(aa0919)が答える。
「まぁ、アストレアの方も放っておけないしね」
 ──……どう考えても、時間も人手も足りない。
「アストレア、まさか人間の愚神化を行ってたなんて」
 アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)も複雑な思いを口に出した。
 ヴィランを憎む被害者であったはずのアストレアが暴走の果てに自身がヴィランズと認定されたのは皮肉としか言いようが無かった。
 アンジェリカの脳裏にナイフを握って震えるデヴィット少年の姿が過った。
 ──お願い、僕の『猟犬』になってよ。
 そう言えば、デヴィットは言っていた。『アストレアの大人たちが仇を討つ』と。
 彼らは初めはH.O.P.E.のエージェントを使って、そして、今は愚神の力を使って仇を討とうとしているのだろう。
「どうする?」
 相棒へ問いかけるマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)。
 キファとリリスの居るパオ、そして、デヴィットが居るかもしれないレイモンド邸。どちらを選ぶのかと尋ねているのだ。
 アンジェリカは小さく首を振る。長い黒髪がゆっくりと揺れた。
「デヴィッド君達の事が気がかりだけどキファを釣る囮になった以上、その役割を全うしないと。あちらは皆に任せてボクとマルコさんはパオに集中しよう」
 あの日、震える少年を応援する気持ちで奏でた曲に嘘はない。むしろ、だからこそ、彼女はアストレアを歪めたヴィランズたちに挑む道を選んだ。
「ぼやいても仕方ない。今いる面子でどうにかするとしよう」
 ベルフの言葉に、改めて全員が頷いた。
 資料を読み込んでいた荒木 拓海(aa1049)が表情を曇らせた。
「アスカラポス……」
「どうしたの?」
 佐千子が尋ねると、拓海は困ったように頬を掻いた。
「あ、ゴメン。ロンドンのビッグ・ベンで同じ名前の愚神と戦ったから引っかかって」
「……ああ。私も知ってるわ」
 潮風と爆風を思い出す佐千子。
「その愚神、エジプトのファロス灯台にも出てきたわ。あの時はマガツヒに混じってアスカラポスのヴィランたちもいたようよ」
 ずっと黙っていたミュシャが口を挟む。
「……私もその時同行しましたが、あれは違和感がありました。アスカラポスは個人主義の快楽殺人犯の集まりです。なぜ、愚神が彼らを率いてマガツヒに従って居たのか……。
 アスカラポスがマガツヒに協力させられているのは以前パオを調べた時にわかりました。恐れ嫌々従っているのも、キファがそれに対して協力的ではないようなのも。でも、愚神がわざわざ『アスカラポス』を名乗る意味がわかりませんでした」
「だけど、あの愚神はもうビッグ・ベンで倒したよ」
「そう……ですよね。報告書はあたしも読みました。考え過ぎでしょうか」
「いや、ミュシャさんが気になるなら心に留めておくよ」
 拓海がそう言うと、佐千子は机の上へ資料を置いた。
「ということは、あなたはレイモンド邸へ向かうのね」
 頷く拓海。逡巡したミュシャへ佐千子は続けた。
「私も今回レイモンド邸へ向かうわ。もし、愚神化の実験が続いているなら救助もあるから人手が必要、ミュシャもこちらに来てくれると助かるわ」
「……わかりました」
「僕たちはパオへ向かいます」
 昂の言葉に、壁にもたれていたベルフが身を起こす。
 ──アンジェリカと昂。ドレッドノートとシャドウルーカーの二組のエージェントは、キファより招かれたヴィランズ『アスカラポス』の隠れ家、『パオ』へ。
 ──拓海、佐千子、ミュシャ。ドレッドノート、ジャックポット、ブレイブナイトの三組は、愚神化の人体実験の行われていると密告のあったヴィランズ『アストレア』のレイモンド邸へ。
 彼らは二手に分かれて任務を遂行するため、H.O.P.E.のワープゲートの前で別れた。
 それは、それぞれが抱えた想いと意思を尊重した結果でもあった。



●隠れ家パオ
 いつかと同じ道を、あの日より少し小さな車に揺られてゆく。
 車窓から見覚えのある道を眺めるアンジェリカは胸にすっきりしないものを抱えていた。
 ──人の愚神化実験。
 あの、ヴィランを憎む少年はそれを知っていたのだろうか? 彼もそれに加担しているのだろうか。
 考えてもわからないそれが胸に晴れない靄となって渦巻く。
「向こうに行かなくて良かったのか」
 唐突にマルコから掛けられた声にアンジェリカは振り向いた。
「そうですね……本当に良かったのですか」
 昂もまた、彼女の胸中を見通したようにそんなことを言う。
 皆の心配を受けてアンジェリカは小さく苦笑した。
「言ったよね。デヴィッド君達の事が気がかりだけど、あちらは皆に任せるって」
 その為にパートナーとしてマルコを連れて来たのだ。もう一人の英雄もそれは認めてくれた。
「ならいいんだ。こっちもドレッドノートが同行して貰えた方が心強い。
 ──見えたな」
 車が停まり、ベルフが先を指した。
 街外れの一軒家。周囲には前回のように古びたバンこそ止まっていなかったが──この中に待ち人がいるのは間違いないはずだ。
 アスカラポスの隠れ家『パオ』を前にして、昂の目が鋭くなる。
「今度こそキファを倒しましょう」
 目立たぬ所に車を停めた四人は遠巻きに建物を観察する。
 近付くほどにパオと名付けられた家を内包する異様な静けさが気にかかった。
 佐千子が破壊した窓には板が打ち付けてあった。
「キファが一人で待ってるとも思えんがな」
 周囲に気を配るマルコを追い抜いて、アンジェリカは振り返った。
「だとしてもこの機会を逃す訳にはいかないよ」
 入口の監視カメラは以前と変わらず設置され、動作しているように見えた。
「僕らが来ることは分かりきっています。正面から合鍵を使って乗り込んで構いませんか」
「構わないよ。H.O.P.E.にあれが届いたってことはボクたちが相手だってバレてるってことだしね」
 頷くと、昂は電線を指した。
「念の為、前と同じように電力を切っておきますか」
 ベルフとマルコも無防備な電線を目で追う。
「……無駄かもしれないが、できるならしておくのも手だな」
「そうだな。ただし、それは俺たちが着いたことを相手に知らせることでもある。いいのか」
 頷く、昂とアンジェリカ。
 共鳴を果たした二組のエージェントは武器を下げて建物へと近づいた。
「──行きます」
 昂の雪村の刃が雪片を撒き散らして閃いた。
 ──ふつりと電力を供給する線は物理的に断ち切られた。
 即座にノブを掴んだ昂が、一瞬、動きを止め、眼差しに冷ややかな光が増した。
「開いてます」
 電力が断たれたというのに、屋内は変わらず静かだった。
 窓の塞がれた屋内は薄暗かったが支障を来たすほどではなく、各部屋を区切るドアは開け放たれていて奥まで覗き込めた。
「いらっしゃい。待ちくたびれちゃったよ。そのまま入っておいで」
 足を踏み入れたエージェントたちを、笑みを含んだ軽薄な男の声が出迎えた。


 奥の部屋に進むまで特になんの妨害も罠も無かった。
 最奥の、大きく開いたドアの向こうに踏み込んで、アンジェリカは胸の中で頷く。
 ──やっぱり一人じゃなかったか。
 粗末なソファに脚を投げ出したキファ。その後ろには所在無げにサルガスとリリスが立っている。
「ふぅん、デーメーテールの仔はいないの。……だが、グランドールの黒薔薇、霞の雪村」
 キファの口角が上がった。
「これはなかなか、いいかんじだ」
 ヴィランのおぞましい視線から感じる言いようのない嫌悪感。
 アンジェリカはキファを睨めつけ、昂は冷たい眼差しを向けた。
「ハァ。変態、さっさと話はじめろよ」
 苛ついたように呟くのはリリスだ。
「話し合いって、いったい何を話し合うのさ」
 負けじとアンジェリカが剣呑な声を出す。
 ──どうせ碌でも無い事しか言わないんだろうし、受け入れる気は全くないけど。
 むっとしながら、内心毒づくアンジェリカ。その声を共有するマルコは苦笑した。
「和解、平和協定かな?」
「は? 本気で言ってるの」
「もちろん! 僕らは今日でアスカラポスを抜ける。いや、解散かな?」
 幼ささえ感じるような笑顔を向けられて、アンジェリカの声が一段低くなった。
「──それで? 赦されると思うの? すでに罪ある者が今後罪を犯さないと約束したからって一切償わずに反省もせずに終わると思うの? これから全く誰も傷つけないと約束できるの?」
 アンジェリカの瞳はキファからリリスへと向けられた。
 面倒そうに髪先を弄っていた少女はその視線に気付くと、妖艶に微笑んでみせた。
 部屋に沈黙が落ちる。
「だよねぇ?」
 沈黙を破ったのはキファの軽薄な声だった。すぐさま、サルガスとリリスのがさつな声が追う。
「……めんどくせーな。そもそも、俺たちはこれからのことを約束なんてしてねーよ」
「バカ。今は口だけでもそう言っときゃいいじゃん。どうせ、こいつらにもう会うことはないんだし」
 ソファの背もたれによりかかっていたリリスが身を起こし、壁に身を預けていたサルガスもまたゆらりと立った。
 殺気を受けながらも、怯まずアンジェリカは続けた。
「ちなみにグランドールを渡す気はないよ。お前なんかにはもったいない」
 共鳴した少女は身長より長い美しい大剣を軽々と振り抜く。
「ん。なんだか僕をカン違いしているみたいだ。僕はただの剣なんて、ほしくないよ」
 キファもまた、ソファの後ろから斧を軽々と持ち上げた。
「僕がほしいのは、付加価値。生きた武器は戦いのさなか──キミの手首でその剣にうつくしさを彩ってほしいな!」
 あばら家に剣戟の音が鳴り響く。
 キファが顔を歪めた。
「……『雪村』」
 振り下ろした斧の一撃を潜り抜けて、気配を殺し距離を詰めていた昂がライヴスの針を放った──《縫止》がキファを捕らえたのだ。
「一回だけだ」
 面倒臭そうにサルガスが《クリアレイ》をキファにかける。
「……つまんないことで一回つかっちゃったかな」
 一方、舌打ちをするリリス。彼女がアンジェリカに仕掛けた小剣の一撃はグランドールの刃で受け止められた。
『こちらのお嬢さんにも興味はつきないが』
 押し返され、軽やかに距離を取るリリスをちらりと見てマルコが嘯く。
『あれは文菜の得物だからな。勝手に何かしたら俺が殺される』
「そう言う事」
 大剣を振り回し、真直ぐにキファに突っ込むアンジェリカ。
 相手の動きを予測しながら、俊敏に《疾風怒濤》を繰り出す。
 ガシャン! と放置されていたランプが巻き込まれて吹っ飛んだ。
『今回は、大分アグレッシブだな』
「どうせ打ち捨てるキファのアジトだよ。気にする必要も無いだろうし──全力を尽くすよ!」
 アンジェリカの連撃を耐えたキファの目がぎらつく。
「二対一ってどうなのかなあ……ってね!」
「くっ!」
 風を切ってスキュラの斧がアンジェリカに叩き付けられた。口元を歪め、痛みを堪えてアンジェリカは更に踏み込む。
「三対二の間違いでは」
 キファを挟撃せんと、アンジェリカとの位置を調整しながら昂が雪村の冷たい刃を差し込む。ダメージは少ないが同時に仕掛けた《霊奪》によってキファの技力を削ぐ。
『もっと霊奪で削げればいいんだが』
 ドレッドノートの力強い攻撃を避けながらベルフが嘯いた。
「霊奪で霊奪を回復できればいいんですけどね」
 そうして、この男が散々振り翳してきた力をそぎ落としてやれればいい。
「だけど、充分です──当たらなければいいんですから」
 キファの顔が引きつった。
「それも道理、だねえ!」
 ヴィランの斧はアンジェリカを追う。
 アンジェリカの赤い瞳が燃え上がり、大剣がそれを迎え撃つ。
 火花を散らして噛み合ったそれらを見て、小剣を手にしたリリスがせせら笑った。



●レイモンド邸
 まだ陽は落ちて居なかったが、厚い雲のせいで辺りは薄暗かった。
 共鳴したエージェントたちは周囲に注意を払いながら屋敷に近づいていた。
 彼の別宅であるというそこには特に警備も居らず、監視カメラも必要最低限だった。
「特に警戒しているようには感じないわね。むしろ、前居た使用人の気配すらない」
「……もし、愚神化が本当なら。彼らが愚神と化しているのなら、警戒する必要はないのかもしれませんね」
「……ぞっとしない話ね」
 佐千子とミュシャが暗く静かな屋敷を見上げた。
「……まずいかもしれない。反応は四つあるけど、うち二つは一般人のそれじゃない」
 レーダーユニット「モスケール」のゴーグルを外した拓海は、表情を引き締めた。
「愚神がすでに二体いるということですね」
「他に反応が無いからそうだと思うよ。そして、愚神化を行うこの邸に『この二体しかいない』ということは、この二体がそれなりの強さだということだろう」
 表情を引き締めるミュシャへ拓海もまた改めて襟を正す。
「急がないとね」
 そう言った佐千子の脳裏に、かつてレイモンドが彼女を嘲った言葉が過った。
  ──高潔なる Villain Eater。貴女の信念が我々を救えるのなら、どうぞお気のすむように。
 我知らず、佐千子の拳に力が入る。
 ──別に、誰かを救おうだなんて思い上がってはいない。……当然の権利として守られるべき人たちを、理を超えた力を持ったと言う、ただそれだけの理由で容易く踏みにじる連中から守る。己の手の届く範囲に居る誰かを、かつての己のような目に合わせない。私が武器を握る理由なんて、それだけよ。
「行きましょう」
 拓海に促され、佐千子は首肯して手近な窓に忍び寄った。
 開いた窓の両脇でカーテンが冷たい風に煽られ揺れていた。


 密告者の地図により、レイモンドの部屋から地下に降りる扉はすぐに見つかった。
 階段を降りた三人が扉から覗くと、そこには情報通りの二つの檻と一体の愚神がいた。
 檻にはご丁寧にセラエノの魔女、アイテールの棘薔薇の印が刻まれていてそれが何かは一目瞭然だった。中に入って俯いているのは女性と少年。アストレアのローズ・ジョーンとデヴィット・バーニエだ。
 そして、檻の前で佇む一体の愚神の姿に三人は言葉を失った。
 濃い灰のモッズコート、そして、人ならざる証である黒く渦巻く面。
「愚神アスカラポス──?」
『あの反応が『これ』ということか』
 眉を顰める佐千子と、モスケールで観測した反応を思い出すリタ(aa2526hero001)。
 ミュシャもまた唖然としてその名を呟いた。
『ビッグ・ベンの愚神がなぜ……』
 戸惑うメリッサ インガルズ(aa1049hero001)。拓海は愚神の持つ能力、特に《陥穽》について思い出して身を引き締めた。
「二人もあの愚神については知っているんだよね? だったらわかると思うけど、陥穽についてはまだ対処がわからない。仲間の位置に気を配って声を掛け合うしかないね」
 頷く二人へ拓海は厳しい顔で続けた。
「同士討ちはしたくない。おかしい? と感じたら……ミューちゃん・さっちゃんと呼ぶからタクミンと返して……」
「た、たくみん……」
『……アホ……と冷たい目で見てくれても良いわよ』
 復唱するミュシャと無言の佐千子へ、共鳴中のメリッサがすまなそうに、そして呆れ気味に言った。


 愚神とドアの間には遮るものはない。
 エージェントたちは思い切ってドアを開き素早く室内へと滑り込むと、愚神アスカラポスと牢目指して走り寄った。
「!!」
 殺気。
 背後で膨れ上がる熱量に一瞬早く気付いた三人はその場から飛び退る。
 直後に上がる火柱。
 間欠泉のように吹き上がる炎の向こうから一人の男がエージェント達の前に姿を現した。
「愚神アスカラポス……」
『二体目、か』
 ──……そう言うコト。へえ。
 佐千子とリタは瞬時に理解した。静まり返った地下室に佐千子の声が響く。
「随分と洒落た格好ね、アストレア代表レイモンド・ガブリエル。お身体にお変わりないかしら? 地中海の暑い空気と潮風は鋼の手足には堪えるわよね」
「レイモンド……?」
 顔を強張らせるミュシャ。
 ──人体実験と聞いていたけれど、それじゃ……。
 沈痛な表情を浮かべる拓海。
 乗り込む前に読み込んだ資料にはレイモンドが反ヴィランを掲げていたこの組織のリーダーであると記載されていた。人体実験は、組織内で自ら率先して行われていたのだろう。
 ……炎の向こうの愚神が低い笑い声をあげた。
 ──ビンゴね。
 鎌をかけた佐千子は、表情の読めない面で低く嗤う愚神をじっと見据える。
「ヴィランイーターめ」
 罵るその声はファロスの塔で聞いたそれと同じ──いや、あの時よりもずいぶんとレイモンドの声色を残していた。
 かつてレイモンドとして会った彼も、そして、ファロスの塔で戦った愚神アスカラポスも、彼女をその名で罵っていた。
「ヴィランだけでなく、遂には我らのような被害者をも喰らうか」
「被害者? いいえ、あなたたちはもうヴィジランテですらない。ただのヴィランズでしょう」
 背後で仲間が動く気配を感じて、佐千子は敵の目を集めるために愛用の火竜を大仰に構えて見せた。銃身を詰めたそれはしかし、広すぎない室内での戦闘にはあつらえ向きだ。
「私はヴィランの事情を斟酌なんてしない。私がすることはただひとつ」
 佐千子の動きに呼応するようにレイモンドが動く。
 火竜が散弾を吐き出すのと同時に、レイモンドの銃もまた弾丸を吐き出す。
 アスカラポスの弾丸が佐千子のヘッドギアを撃ち抜いたが、ヴイーヴルと銘打たれた堅牢なそれは彼女にダメージを与えない。
 そして、佐千子の弾丸のひとつは避けたレイモンドのモッズコートの端を撃ち抜いた。
「私の目の前で不法を働くヤツには必ず法の裁きを受けさせる。絶対に逃がさない。絶対に」
「……リンカーめ」


「佐千子さんが時間をくれた。俺たちは彼らを救おう。ミュシャさんは鍵を」
 拓海とミュシャは檻──棘薔薇の刻まれた牢とその前にじっと立つ、もう一体の愚神アスカラポスと対峙する。
「……ジョニーさん?」
 先程の佐千子とレイモンドの会話を経て、ミュシャはもう一人の愚神へ硬い声で問いかけた。
「ジョニー・グラントはとっくに死んだ。相棒と共にとっくにな」
 答えた声はジョニーのものだった。
「どうして……いいえ」
 愚問だ。そんなことはわかりきっている。自分が彼らの猟犬として動けなかったからだ。
 剣先の下がったミュシャとは逆に拓海は一歩前へと踏み出でた。
「……理由があるのは判る、彼方を責められない……」
「じゃあ、見逃してくれるのか?」
 肩をすくめるジョニーの後ろの牢の中でローズとデヴィットが拓海を見た。
 二人はアストレアのメンバーとして資料に記載されていた。だが、目の前で二人は震え怯えていた。
 拓海は静かに頭を振った。
「……この方法は他の人達の生き方までも歪めてしまう……だから」
 彼の心をくんでメリッサもまた心を決めた。
『そうね……倒しましょう……その気持ちが無きゃ、この二人が満足する『猟犬』には成れないわ……ここで止めましょう』
 彼らが守るべきものは決まった。
「そうか、じゃあ、お前たちは『敵』だな」
 ジョニーはゆっくりと短銃を取り出した。



●キファ
「達者でね、キファ!」
「!!」
 突然、リリスの華奢な足がキファの背を蹴り飛ばした。
 バランスを崩すキファ。打ち合っていたアンジェリカもまたそれに巻き込まれた。
「……じゃあな」
 サルガスは室内で構えたまま動かない昂を見て、彼が自分たちを追うつもりがないのを確認するとリリスの後に続いた。
「……くっ」
「人望無いんだね」
 飛び退って距離を取るキファにアンジェリカが呆れたように言う。
「……言ったろ、アスカラポスは解散したんだ。もうあいつらとも仲間じゃない」
 そして、キファから目を離さずに構える昂をちらりと見て、毒づく。
「キミも、かんたんに見逃すんだねえ」
「三対二では余裕無いですから」
「へえ……僕だけでもゆるさないってこと?」
「そうですね」
「……は?」
 キファの顔色が変わった。
 ぶんと音を鳴らしてアンジェリカの《メーレーブロウ》がキファを乱戦へと引きずり込む。
「ほらほら、この剣が欲しいならもっと頑張らないとね!」
 アンジェリカの背後から昂の《女郎蜘蛛》がキファを捕らえた。
「うるせぇ!」
 横に大きく振り抜いたスキュラの斧。昂を巻き込んだそれは二人の身体を浅く裂いた。
「ムカつくシャドウルーカーがろくに捕らえられねえのはわかってる。まずはグランドール、おまえからころしてやる。その手首ごと剣をもらって雪村のまえにぶらさげてやるよ!」
 キファの連撃に体力を削りとられながらも、アンジェリカは口角を釣り上げた。
「……ふーん、余裕無くなって来たみたいね」
『馬脚をあらわす、とはこのことだな。余裕ぶっていても、相手は逃げるのがうまいだけの三流のシリアルキラーだ』
 マルコが冷静に指摘すると、昂も静かにキファとの距離を詰めた。
「おまえの粉雪のような攻撃なんて……っ!?」
 キファは目を見開く。彼の身体を裂いたのは雪村ではなく、射出された隠し刃ノーシ「ウヴィーツァ」。暗殺者の名をもつそれは深く彼の生身の腕に埋まっていた。
「二対一で僕たちに敵うとは思えないですね。見捨てられたのも当然です。──もう、逃がしはしません」
 キファは手荒く、刺さった刃を引き抜いて吼えた。
「たとえそうだとしても、最後に一発かましてやるよ! だってお前らは『僕を殺せない』!」
「おまえなんか、殺すまでもないよ!」
 昂の作ったキファの隙を突いて、アンジェリカは乾坤一擲の気概を込めて剣を振り切った。
「求めた剣で倒されるのも一興でしょ!?」
 渾身の《オーガドライブ》が、キファの身体を撃ち抜いた。
 床を滑り転がるキファ。あらぬ方向を向いた足を投げ出し、それでも、呻きながら起き上がろうとする。
「……おまえ……」
 昂が雪村の剣先をキファの鼻先に沿えるとそっと囁いた。
「──あまり甘く見ないでください。彼女はどうか知りませんが、僕は必要ならこの刃を下ろすことだってできます」
「……ひっ」
 キファの顔が情けなく歪み、その身体を床上に投げ出した。
『問答無用のシリアルキラーのくせに、……自分の命は惜しいのか』
 ベルフの声が氷のように冷たく響いた。


「せーのっ」
 縛り上げたキファを二人で車に押し込むと、アンジェリカは昂を見上げた。
「傷は?」
「ありがとう、大丈夫です。僕よりもあなたの方が重傷です」
 うん、と頷くと彼女は座席で救命救急バッグを開いた。一緒に持って来たチョコレートが目についてそれを食む。
「──派手にやったな」
「だね。……ありがと」
 共鳴を解くと、傷を一身に引き受けたアンジェリカの身体をマルコが手当てした。
 車が静かに動き出し──、回復効果のあるチョコレートを一口齧ってアンジェリカは車窓から空を見上げた。
 ──むこうは、大丈夫かな。
「あの面子だ、問題ないだろう」
 まるでアンジェリカの胸中を読んだかのようにマルコが呟く。
「少人数でよくやった。当初の目的通りキファは捕まえた。一先ずこっちは任務達成、だな」
「ああ……逃げた二人は気になるが、いずれ捕まえたキファから足取りを掴む手がかりも得られるだろうぜ」
 前の席で嘯くベルフ、そしてマルコもまた言った。
「なんにせよ──文菜には殺されずに済みそうだ」
 小さな穏やかな笑いが車内に起きた。



●アストレア
 言葉や感情の代わりに、ただただ冷たい銃撃が飛び交う。
「……二体とも引き受けたかったけど……流石に難しいわね」
 レイモンドと撃ち合う佐千子は、ジョニーの方をちらりと見た。
 鋭い声でリタが注意を促す。
『右からまた火柱だ。どうする、このまま撃ち合うか』
 相手を視認できなければ、どこに『当たる』かわからない。
「──アスカラポスたちの拘束は一切考慮しなくていいわ。戦力の余裕もない」
『解った』
 額に汗を浮かべる佐千子。
 愚神となってしまった彼らよりも、今、拘束されている二人を助けることが優先だ。
 ──遠慮しない。
 それが佐千子たちの誓約である。


 拓海はジョニーに牢を見るように促す。
「彼方の思いは他人の手での復讐で叶うのですか……自身の手でしたいからこの道を選んだのでは?」
「あの二人も裁きを行う力を求めた『アストレア』の一員だ」
 同時にガシャン、と牢が鳴った。
 見ればローズが檻をしっかりと握って凝視している。
『……拓海』
 メリッサの囁きに彼は頷く。少なくともローズは愚神化について悩んでいる。
 なら、デヴィットは?
 この檻は中から開くことができるようだったが、二人の牢は未だ閉じたままだ。
 拓海は言葉を続けた。
「君達が猟犬になる必要は無い……オレが成ろう。君達のような人を作らない為の力をオレ達は持ってる。なのに……君達の家族が殺される時に救えなくて……すまない……」
「拓海さん……」
 アストレアの三人に呼び掛ける拓海をミュシャが見る。
「未熟ですまない。話を聞いた時、オレは悔しくて仕方なかった」
 唇を噛み、拓海は謝罪する。
「あんたが、ヴィランたちを殺せるのか」
 吐き捨てるようにジョニーが銃口を拓海に向けた。
「オレが正当と言われる方法で奴らを消す……だから復讐の為に生きないでくれ。権力を持ち人が変るように、愚神の能力を手にしたら、今は平気でも何時か飲まれる。手に負えない力は身を滅ぼす……力とはそう言うモノだ」
「だったら、それはリンカーも同じだろう!!」
 激昂したジョニーの叫びに、檻の中の二人が身体を震わせた。
『……まるで、泣いてるみたいだわ』
 ぽつりとメリッサが呟く。
「拓海さん、来ます!」
 ミュシャが短く叫んだ。
 炎の柱が拓海の目の前に現れた。
 とっさに下がった拓海の鼻先を銃弾が掠める。
 ──愚神アスカラポス。あの時だって俺一人で倒したワケじゃない。でも、もう少し時間が稼げれば──。
 柄を握りしめたウコンバサラが雷光のごとき眩い光を放った。


「くっ」
 《患禍》によって動きを止めた佐千子の身体をレイモンドの銃弾が襲う。
 痛みを堪えながらも彼女の心は何かがおかしいと騒めいた。その違和感の理由は、火柱の影に隠れたレイモンドの動きですぐに理解した。
「ああ、そう。立ち回りが解りきったこの状況じゃ、お得意の技は向かないわね」
 指摘したのは、以前の戦いでこの愚神が見せた視覚誤認の技《陥穽》だ。今までは《患禍》によって動きを止めた人間に重ねて使っていた。
 だが。
「ケントゥリオ級愚神二人に三人で挑む愚か者に言われたくないな」
「私たちには、三人で『充分』よ」
 重々しく答える愚神となった男へ、佐千子は冷たく言い放った。


 拓海は距離を取るジョニーを追いながら、檻の中の二人の様子を探る。
「これでどうだ!」
「……!」
 ジョニーが引鉄を引くのと同時に、拓海の身体が凍り付いたように動かなくなる。
 《患禍》で自由を奪われた拓海を見て、デヴィットが悲痛な叫びを上げた。
「お願い、僕はもういいから! 逃げて!」
 事実、少人数でのケントゥリオ級愚神との戦いはきつかった。
 それでも。
「……僕が君たちの猟犬と成るのなら──」
 ジョニーから目を離さずに拓海は背後の少年へ語り掛けた。
「諦めないで。家族が君へ向けた願いや夢。君じゃなきゃ手に出来ない事を、得てくれないか」
 そして、今度はローズの方へ声を張る。
「事情は知っています……オレは、たまらなく悔しいです……。でも、今、ここで泣いている子が居ます……どうか救って欲しい。貴女と逆に親を殺された子へ、今一度、貴女から愛情を注いで貰えないか?」
 呻くような女の声が牢から漏れた。
「……ええ、お願い……デヴィット……」
 炎の向こうでジョニーの動きが止まった。
「……まさか、ローズ、お前」
「ごめんなさい。子供を……デヴィットを愚神にすることはできなかった……それに、一瞬で殺すよりも、罪の重さを牢の中で思い知らせる方法だってある……」
 それはかつて彼女の心の吐露を聞いたエージェントから諭されたもの。
 H.O.P.E.へ密告したのは彼女であった。
 鉄の打ち合う、硬い音がした。
 鍵を開けたデヴィットが、牢から飛び出したのだ。
「ジョニーさん、ごめんなさい!」
 走り出したデヴィットを拓海が即座に背後に隠す。
「っ!」
 拓海の脇腹をジョニーの銃弾が抉ったが、彼は怯まず、愚神となった元エージェントへ訴えた。
「ジョニーさんは、今、幸せですか? 二人を今の彼方にしないでくれ……悲しさの連鎖はオレ達で止めよう」
「……」
 銃口が下がった。
 その隙に、ずっとローズの牢の鍵を破壊していたミュシャが、扉をこじ開けた。


「ジョニー・グラント!」
 レイモンドからの叱責に我に返ったジョニーは銃をミュシャに向け構え直す。
「甘い」
 レイモンドは短く舌打ちすると、自分の銃を拓海の後ろで見え隠れするデヴィット目がけて発砲した。
 飛び散る血飛沫。
 だが、その傷口すら浅いと粗く拭って、射線に立ち塞がった佐千子はレイモンドを睨んだ。
「堕ちたわね、レイモンド」
 佐千子の肩から天井へ向けて、爆導索のワイヤーが飛び出した。
 爆音が起こった。
 愚神たちの能力によって館はすでに炎に包まれていたが、佐千子による爆発で天井は脆くも崩れ落ちた。
 それを見計らって拓海も何かを放り投げる。着弾と同時に殺人的な音を地下室へと鳴り響かせるそれは、エージェント御用達、目覚まし時計「デスソニック」だ。
「何だ!?」
 崩れた天井からの瓦礫、舞い上がる埃、そして耳をつんざく爆音。
 狼狽するジョニーに隙が生まれた。
 獣のようにしなやかな動きで近付いた拓海の《一気呵成》がジョニーの体勢を崩し、床へ這いつくばらせた。
「……」
 起き上がろうとしたジョニーの体が一瞬止まる。
 目前を、ローズを抱えたミュシャとデヴィットを抱えた拓海が駆け抜けて行った。 
「ヴィランイーターめ!」
「評価頂いて光栄だと思うべきかしら、レイモンド。でも、あなたを喰らうのは今じゃない」
 二階へと飛び上がった佐千子はミュシャからローズを受け取ると、冷たい眼差して眼下の愚神と化した男を一瞥した。
 彼女たちにとって最優先は一般人であるローズとデヴィットの救出なのだ。
 ……それが、復讐を優先したアストレアとの違い。
 デヴィットたちを伴ってエージェントたちが階上に上がると同時に中途半端に破壊された天井が大きく崩れ落ちた。


 地下から這い上がると、館はすでに炎に包まれていた。
 愚神たちの《余殃》の炎のせいだ。
 火の勢いは弱まっているようにも見えたが、充満した煙は喉を焼く。
 一般人の二人が煙に巻かれないようにエージェントたちは彼らを庇いながら、一階を突き進んだ。
「こっちよ! バックドラフトに警戒して!」
 佐千子は玄関のドアノブを掴む。熱せられたノブが手のひらを焼く熱さだったが、共鳴した彼女はそれを耐えきった。
 拓海はデヴィットを、再びローズを抱えたミュシャは彼女を庇う。
「お兄ちゃん……僕……、お姉ちゃんにごめんなさいって言わないと。それから、お兄ちゃんやお姉ちゃん、ローズさん……」
 力無く縋りつくデヴィットが朦朧とした様子でぽつりと言った。
 拓海はそんな少年を炎から庇いながら、言葉の代わりに力一杯抱きしめた。




●魔女との契約
 ……燃え盛る屋敷から外に出たレイモンドとジョニーは嘆息した。
 暗くなった空の下、エージェントたちの姿はすでにない。
「……愚神の身体は共鳴と同じだな。物理的な炎の影響を受けない」
 元リンカーのジョニーが呟くと、レイモンドが立ち止まって彼を振り返った。
「ああ。これで我らは自身の手でヴィラン共を殺すことができる。この身体は愚神のものだが、セミ・グライヴァーの我らは王や他の愚神の影響も受けない。自由だ……」
 まずはキファだ、と拳を握りしめるレイモンド。彼になにか言いかけたジョニーはレイモンドの背後に現れたそれを見て言葉を失った。
「自由、素敵な響きですわね」
 軽やかで涼やかな声で、華やかな笑みを浮かべたアイテールがそこに立っていた。
 振り返ったレイモンドは怪訝そうに尋ねる。
「……棘薔薇の魔女。なぜここへ? まだ語り足りない話でもありましたか」
 ヴィランである彼女とは決別したばかりだ。レイモンドとジョニーはアイテールと戦うべく身構えた。
「ええ! もう少しだけ、わたくし、お話したくて」
 アイテールは笑みを崩さず、その手を掲げた。華奢な手甲に埋め込まれた二粒の赤い宝石が燃えるように輝く。
「──人である愚神たちよ。傅きなさい。王ではなく、この魔女に」




 H.O.P.E.にて、五人のエージェントによって二つのアスカラポスに関する報告が提出された。
 受け取ったオペレーターはそれらをデータベースへと打ち込んだ。


 ──愚神アスカラポス、そしてヴィランズ『アストレア』について。


 ヴィランズ『アストレア』のメンバーが利用していたレイモンド邸は、愚神の炎によって焼け落ちた。
 エージェントたちは現地でケントゥリオ級愚神『アスカラポス』と化したレイモンド・ガブリエルとジョニー・グラントと交戦したものの倒すには至らず。H.O.P.E.は現在も彼らの行方を捜索中である。また、この二体の呼称を『愚神アスカラポス』から『ガブリエル』『グラント』と改める。
 ローズ・ジョーンとデヴィット・バーニエはエージェントの手によって救出された。収容した医療機関からは、二人は心身ともに傷を負っており静養が必要だがいずれ回復するだろうとの報告があった。二人はヴィランズとしての罪状はほぼなく、この二人が罰せられることは無いだろうと思われる。また、彼らからの聞き取りの結果、ガブリエル・グラント以外の稼働する愚神アスカラポスの存在は確認できず。


 ヴィランズ『アスカラポス』は組織としての形を失った。
 キファの捕縛によりアスカラポスの使用した隠れ家などが判明。続く調査で、サルガスらを含めた元『アスカラポス』の快楽殺人犯たちの追跡を続行。


 こうして、エージェントたちの活躍により、事実上、二つの『アスカラポス』は消えた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
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