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【天獄】テレさんと結婚(疑似)するお話
掲示板
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相談卓
最終発言2018/10/21 01:21:20 -
質問卓
最終発言2018/10/21 15:21:50 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/10/19 18:57:51
オープニング
●暴論
大戦のにおいがその濃さを増しつつある今日この頃――エージェントたちは皆必死で日々を過ごし、生き抜いていた。
「ほぷこん?」
東京某所の路地裏に看板を出したクラシカルなカフェ、そこの看板メニューである“タワークリームふわふわパンケーキ”に食らいついていた礼元堂深澪(az0016)は、それはもう凄まじく渋~い顔で訊いたものだ。
「ええ、H.O.P.E.婚」
さらりとうなずいたのは、向かいに座すジーニアスヒロインことテレサ・バートレット(az0030)。
「生きているうちに形だけでも……っていうカップルが最近増えてるのよ。そのニーズに応える企画がこれ」
ようするにH.O.P.E.の主要支部を会場として貸し出し、仲間の祝福を受けながらの結婚式を挙げてもらおうという企画なわけだ。
「あ~。そゆの、いいっすねぇ」
実際、これからの戦いで命を落とす者もいるだろう。愛する者の胸によすがを残しておきたい。それも自分の命を預けたH.O.P.E.という場で。……そう考えるのは当然のこと。
「で、そのキャンペーンモデルにあたしが選ばれたってわけ」
テレサは特務エージェントだが、その合間を縫ってさまざまなタレント活動を展開している。立場的にも知名度的にもうってつけではある。
ただし。
「確認っすけど、モデルってなにするんすか?」
「第一弾はポスター撮影ね。ウエディングドレスが着れるって話だから楽しみ」
「――花婿役は?」
果たしてテレサは苦笑した面を左右に振り振り。
「残念ながら未定。やっぱり相手役もエージェントじゃないとって話にはなってるんだけど、さすがに急過ぎる話でしょ。でもポスターはすぐ作らないとだし……」
はい来た! キましたよぉ~!
深澪は怖気這い上る背をぶるりと震え上がらせた。
テレサは悪い意味でパパひと筋なので、自分を取り巻く恋愛環境にまるで気づいていない。そんなん言っちまったら殺到すんよ大量の男子ぃ!!
「いっそ深澪に男装してもらおうかしら? よけれ」
「ぜってぇやんねぇよ!?」
愚神との闘争で果てるならまだしも、男どもの怨恨に殺されるのはごめんだ。
しかし。
テのにおいを嗅ぎつけた酔人が来たりすれば、テレさんの料理いっぱい並べてアットホームな式を演出しましょうぜーとか言い出すに決まっている。後でおいしくいただくスタッフは、酔人を除けば深澪独り! 死ぬ。死んでしまう。ガチで反り死ぬ。
「パートナー役、ボクのツテで当たり障りないとこに声かけてみまっす。男の子でも男の娘でも女の子でも、この際いいっすよね?」
「ちょっと気になるワードがあったような……まあ、エージェントなら誰でも大丈夫よ」
トセイノギリを果たせればいいだけだもの。
「あ、参加してくれた人たちに配るお菓子を用意しなくちゃね。せっかくだから、パパの記念像をモチーフにしたケーキとか!」
ほのぼの笑うテレサに隠れ、深澪はテーブルの下で超高速フリック入力を開始した。
●暴挙
「テレさんと結婚(疑似)してぇかぁ~!?」
H.O.P.E.東京海上支部の入口前に集まったエージェントたちは応えない。
一部、凄絶な思いをライヴスに変えて噴き上げてる輩がいるにはいたが、だめだ。そいつらにゃ~触れちゃいけねぇのだ。
深澪はそっと輩から目を逸らし、話を進める。
「男子は白タキシード! 女子は白ウエディングドレス! 男の娘は……どっちでもよし!」
深澪はぐるりとエージェントを見渡して。
「ルールは簡単。こっからスタートして4階のチャペル(という名の会議室)まで行ってもらうだけ! ただし! テレさんとキャンペーンポスターに写れるのはひとりっきりだから! みんなにゃ~殺し合ってもらいまぁ~す」
唐突にぶっ込んだ。
「だけど、H.O.P.E.内で刃傷沙汰は御法度だからねぇ。あとは……わかるね?」
深澪が言葉を濁すとなればもう、アレしかなかろう。
そう、テレサの手料理――通称テ料理しか。
「1階、2階、3階、それぞれテレさんの焼いたジャスティン像型ケーキ置いといたんで、それ武器にしてちょ~だい。ちな、お残しは厳禁だよぉ。残ってたら、ポスターのエキストラしてくれてるお子様たちにテレさんが配っちゃうからねぇ……」
いやだから、なぜ食べると死んじゃう系の無関係者を呼んじゃうのか?
疑似とはいえ結婚式だからなんだろうが、せめて死んでも大丈夫な酔人とか会長とか……いやだめだ。それはそれで不安定な世界をさらに揺るがす案件が勃発してしまう。
「今回は共鳴状態から始めてもらうよ。で、4階にたどりついたコンビは、どっちがテレさんのとこ行くか決めてね。残ったほうがなにするか? 酔人とか互助会の足止めだよぉ」
それも確定しているのか。
行き先が天獄から天国ないし地獄に変わるだけということだ。
「生きても死んでも天獄。先に逝って待ってるぜぇ~?」
テレサからもらったテ焼きジャスティン像をひとかじり、深澪はきゅーっと海老反って……額から落ちた。
というわけで、血棍式のスタートです。
解説
●依頼
1、2、3階に置かれたテ焼きジャスティン像で殴り愛して、斃れたり先を目指したりしてください。
●テ焼きジャスティン像
※攻防に使用可。1本完食につき生命力25パーセント減。また、じゃんけんのような特性あり。
・やわらかい像(焼きが甘くてもろい。べたついた像の守りを無効化するよ)
・固い像(ドライフルーツ入りでカチカチ。やわらかい像なんてぽっきりだ)
・べたついた像(チョコでぬたぬた。高い粘性で固い像を絡め取るよ)
●状況等
・各階に3種類のジャスティン像が置かれています。特性を生かして自分や他のメンバーを戦闘不能ないし重体にしてください。
・3種類のどれでも選べますが、エージェントが持てるジャスティン像は右手と左手に1本ずつです(階を上がれば補充できます)。
・アクティブスキルは使用できません。パッシブとマスタリーは配慮しますが、役に立つか不明です。
・H.O.P.E.内なので走ること、AGW使用、その他良識に反する行為は禁止。OKなのは像で殴る(自動で食べさせることになります)ことと策を巡らせること、簡単なトラップをしかけること、さらには自分で像を食べることのみです。
・通路はふたり(ふた組)まで並ぶことができます。
・通路でも部屋でもシャッターでも、支部にありそうな仕様は活用可。
・とどめは3階で刺せばいいわけですが、1階で斃れても大丈夫。
●備考
・戦わなければ生き残れません=逃げ切りは赦しません。
・プレイングのよさが奇蹟やご都合を巻き起こします。
・力を入れたい階がありましたら、プレもそこに集中してください。
・流れによっては酔人が登場します。
・テレさんにたどり着いた方は、「あーん」してもらうことになるので結局天獄逝きです。
・依頼達成度はこれまでの【天獄】シリーズと同様です。
・今回はルールがちょっとわかりづらいので、質問卓を活用してください。
リプレイ
●全員集業
ブリーフィング(?)を終えたエージェントたちは控え室という名の監禁室へそれぞれ閉じ込められ、そのときを待たされていた。
どぐしゃぎちぃ。リィェン・ユー(aa0208)の太い指が、手の内にあった保温式のマグカップを握り潰す。
あー、「これは退けぬ戦いだ」とか盛り上がっとるんじゃろうなー。
冷めた目でイン・シェン(aa0208hero001)はリィェンを見やり、そして自らが練った胃薬を取り出した。
リィェンの幸せのためとはいえ、なんとも辛い役回りじゃのう。
内線電話へ向かいながら、インは重いため息をついた。
「テレサ様の少女時代に終幕を!」
リィェンと同じ頃合、ファリン(aa3137)は拳を握り締めていた。
彼女がまとうウェディングドレス【マーメイド】は、今回の参加者唯一の持ち込み品だ。名前どおりのマーメイドラインを描くスカート部分には深いスリットが入れられており、奥に隠れたサムシングブルーのガーターベルトがチラリ。
「革命の火蓋は切って落とされるか」
こちらは兄的存在であり、契約英雄のヤン・シーズィ(aa3137hero001)。
「誤りを正さねばならないのは政治ばかりではありませんわ」
インから『リィェンのため、共闘を頼めぬか?』との連絡を受けた彼女は「是ですわ!」、即答している。すべてはテレサの有り様を正すために。
「さて。彼の者曰く、独立するのは30歳だそうだが」
ファリンと同じ孔子の言を用いたヤンは、ただ口の端をわずかに上げるばかり。
「リィェンさんがテレさんにホの字らしい……しょうがないから少し手伝ってやるつもりだよ」
“神月の智将”、無尽の策をもってね!
最高の決め顔で言い切ったハーメル(aa0958)に、葵(aa0958hero002)は重くて暗いしかめっ面を向けて。
「ホの字っておっさんか」
右手でツッコんで。
「このテの話で策が炸裂したことないでしょ」
左手でツッコんだ。
「ふふふ。策はね、事前に仕込んでおくものなんだよ? 今まではちょっとそのあたりが足りてなかったけど、今回はしっかり用意してるから大丈夫! ――戦いは、始まる前に終わってるのさ」
始まる前に終わってる。自信満々なハーメルの言葉に、超イヤな予感しかない葵だった。
「ウエディングドレス姿でテレサ・バートレットと結婚式なポスター撮影……どーいうことですか!?」
フィオナ・アルマイヤー(aa5388)は相方のブルームーン(aa5388hero001)をがくがく揺すぶった。
が、ブルームーンはへらへら笑いながら。
「でもこーいうの好きでしょ? フ・リ・フ・リ」
「いいいやいやすすすきとか、そんなことないですけど!」
才媛であると同時に乙女なフィオナは“きゃわいいもの”が好き。せっかくの結婚式なんだし、フリフリのミニを着たって赦されるんじゃないだろうか?
「……どーしてもって、ブルームーンが言うんでしたら」
してやったり。ブルームーンは出自に恥じぬ悪魔的な笑みを浮かべ、うなずいた。
「今がそのときよ」
「――うぃ、んふ~。テレサたん、よく見るときゃわいいじゃないの」
どこから手に入れたものか、テレサの宣材写真を肴にグロリアビールを呷っていた風深 櫻子(aa1704)が、それはもう熱々粘々な声音を垂れ流す。
「ちょっと待てサクラ。テレサは23歳だぞ? 大好物の18歳以下じゃないんだぞ?」
ぞくりと背筋を震わせたシンシア リリエンソール(aa1704hero001)が思わず櫻子へ詰め寄った。
そう、櫻子は13歳から18歳までの美少女が大好物という、本人曰く“ロリ魂(ロリコン)”の所有者なんである。
「23歳……あたしは喰える……ガブリンチョ……」
ちなみに櫻子、酔っているとき限定で対象年齢が引き上げられる特異性癖の所有者でもあった。
隙の少ない変質者、それこそが櫻子というアラサーの真実。
巻き込まれたくない! 仲間だと思われたくない! シンシアの願いを聞き遂げてくれる神は、残念ながら天獄に存在しなかった。
「これがテレサ……なるほどなるほど、いいじゃない。滾るじゃない!」
櫻子同様、テレサの写真をためつすがめつながめやり、部屋の中央部をうろうろしているサキ・ミュライユ8aa5394hero002)が、ぐいーっと口元を拭った。
このへんでお察しかと思うが、サキはガチ百合勢。
しかし、隅っこに座す彼女の契約主、クロエ・ミュライユ(aa5394)はその事実にも、実は毎日狙われていることにも気づいていなくて。
「勝つと“あーん”してもらえるって話だけど……女の子同士だと盛り上がらないんじゃ」
「盛り上がるわよ!? だって“あぁん(はぁと)”ってしてもらえるんでしょ!?」
「なんでそんなピンクい感じになるのよ!? ジャスティンにぶっ飛ばされるわよ!?」
「どうせぶっ飛ばされるならお姉様にぃ! あと、テレサよりお姉様のほうが素敵だから! でもほら、味見は別腹!?」
サキにすがりつかれ、クロエは思うのだ。
なんだか寒気がするんだけど、気のせいかしら……?
「今日の任務は、くまたんの独身生活に終焉をもたらすことだ」
早くも白タキシードでその身を固めた熊田 進吾(aa5714)へ、重力を忘れた 奏楽(aa5714hero001)がびしーっと告げた。
「え? でもこれ、ただのポスター撮影だよね?」
のんびりと首を傾げた進吾にレバーブロウ。奏楽は子ども子どもした顔に大人びた皮肉を閃かせ。
「疑似でもなんでも、なんかそういう感じになったらもうオトモダチじゃいられない。愛なんてさ、その“感じ”から生えてくるもんなんだよ」
よくわからないけど、そういうものか。
独身一直線、順当に行けば孤独死まっしぐらな進吾はなんとなく納得した。ようはあっさり騙されたわけだが、ともあれ。
「死ぬのは殴り愛でじゃない! テレサさんのあーんでだ! 今日も元気に天獄逝くぞ、くまたん!!」
「お、おー?」
「俺様だ!」
パイプ椅子の上にすらりと立ち、ライガ(aa4573)は高らかに言い放った。
聞く者は当然ない。いや、実際は何者かに監視されているので、実際は聞く者ありなのだが。
「殴り愛か……おもしれぇ! 俺様の実力、見せつけてやろうじゃねぇか!!」
監視者は理解した。
とりあえずライガが状況も目的もほぼ理解していないことを。
「ま、見せつけるまでもねぇがな。なぜかって? 俺様だからだ!」
監視者の不安を知らず、すばらしい笑顔でサムズアップする“俺様”だった。
●逸界(いっかい)
時は来た。
控え室の自動ロックが解除され、それぞれ白衣装でその身を飾ったエージェントが踏み出してくる。
「三十六計ぃーっ!」
全員が出揃うよりも早く場を抜け出したハーメルは、一気に階段へと駆けた。
『どうするの!?』
『像集めながら3階まで行ってトラップしかける! 決めるよ、友の幸せのための秘策をね』
キリっとどやるハーメルに、葵は虚ろな表情で。
『1階ごとに持てる像は2つって決まってるんだけど、持ち越しってできるわけ?』
「え?」
神月の智将はすでに失策を犯していた。「お残し厳禁」と「戦わなければ生き残れない」、このスポットルールにより、殴り愛を回避した彼と葵は1階ごとに2つの像を喰べなければならない。追記しておけば、このルールが他の参加者に適用されるかは不明だ。
というわけで。
「えっと、3階行くまでにテ焼きジャスティン4人喰べる……?」
『智将おい智将ぉー!』
開始と同時、ハーメル・葵コンビの戦闘不能が確定、さらに。
『こちら互助か――H.O.P.E.東京海上支部風紀委員でーす。エージェントさんは廊下は走らないでくださいねー。殺すy』
「ハーメルがしくじった! とりあえず俺は固いのとべたついたのを使う!」
続くリィェンが後方のファリンに告げ。
「わかりましたわ!」
ファリンが応えた、そこへ。
『ゲテモノケーキで殴り愛って……私、一応アイドルなんですけど!!』
「いーじゃない、宣伝宣伝。熱湯入るCMみたいなもんで、しょっと!」
フィオナのぼやきを一蹴したブルームーンが超フリフリなミニ丈ドレスをフリフリさせながら割って入り、リィェンへべたついた像を振り下ろした。
『肚を据えて相打つよりあるまい』
インに言われるまでもなく、肚はとうに据えている。リィェンは腰を据え、左手のべたついた像を打ち返した。
のむしゅ! 体温を吸って溶け出したチョコ同士が互いを鳴らし合い、折れた像は魔法のように互いの口へと吸い込まれていく。
「んぼぉ!」
ブルームーンが野太い悲鳴と共に白目を剥いて錯乱のダブルピース!
『ふつうのおんなのこにもどりたい――』
息も絶え絶えつぶやくフィオナだが、どさくさ紛れに女の子を自称する25歳、なかなかの勇気である。
『はん、テを舐めるからじゃ』
吐き捨てるイン。
残念ながら彼女は気づいていなかったのだ。テを語れてしまう領域に至ってしまった自らの有様について。
「甘み控えめか。日本向けに考えてきたな、テレサ」
削り取ってきた深淵の最奥さながらなテを喰らい、なお味わうリィェンに比べたらマシだけれども。
「俺様のフルスイングに耐えられるのは……固いやつだな!」
そのへんに積まれているテ焼き像から固い像を引き出して両手に装備、ライガは高笑う。
覇王のマントをばっさばさたなびかせ、アクティブスキル使用禁止の掟なんてぶっちぎってくわっ。天獄から無数の固いテ焼き像を呼び出した。
ちなみに像はどれも形が不格好だったり欠けたりしていて、おそらくは失敗作なんだろうことが窺えた……。
「並のヤツなら知らねぇが、俺様クラスになったら武器なんぞ選ばねぇ! 行けジャスティーン!!」
「隙ありですわー!」
ファリンのべたついた像がライガの後頭部をぼぐしゃー。
ド派手=隙だらけなライガの背後を突き、さらに彼が2本とも「固い像」を選んだことを見て像をチョイスした。実に完璧な勝利である。
「うげあ!?」
後頭部に貼りついた像が、速やかにライガへ浸透していく。
「ぎゃあああああああなんか入って! 俺様に入ってくるううううううう!!」
『ついに経口摂取の理すら超えたのか……』
のたうつライガの様におののくヤン。これまでなかなかの回数テを口にしてきた彼をして、予想できる範疇を遙かに超えた進化ならぬ深化であった。
「やるな! でもな、俺様やられっぱなしじゃ終わらねぇんだよ! なぜなら俺様だからな!」
ぎちぎち振り向いたライガのまわり、ついにジャスティン像が降りしきる。
「ああああああ命が少しずつ削られていきますわあああああああ」
『固い像はべたついた像に負けるはずでは――というか、像のサイズと味がそのままでテが薄いとなれば、ただの生殺しだぞ!?』
ファリンとヤンの咆哮は、口に詰め込まれた固い毒によって塞がれていく。
「俺様にそうそう勝てると思うなぶぶぶべぶ」
ファリンを捕らえ損ねた像は、なぜか床へ落ちずにライガの口へ。
効き目の薄いテを大量に喰わされるという、物理より精神的超ダメージを与えられた両者だった。
『ちっ、もう始まってる!』
エージェントの阿鼻叫喚でかき消される奏楽の舌打ち。
「どうしよう?」
そして問うてきた進吾へ、迷わず応えた。
『剣と盾を持て! そいつがくまたんを花嫁さんまで連れてってくれる!』
剣も盾もテ焼きジャスティン像なわけだが、その花嫁が焼いたと思えばありがたみはある。前回あんな目に合っていながらなおテレサに夢を持てるのは、45歳独身力のおかげなんだろう。
「んふふー! 正面からやっちゃるわあ!」
『なんだそのテンションは!? 酔いに負けるな! 23歳に手を出して後悔するのはおまえだぞ!?』
「後で悔いるから後悔よおおおおおお!!」
像を手に取った進吾へ襲いかかる櫻子。ただし外見はほとんど内に在るはずのシンシアなので、ロングトレーンのドレスをまとう黒髪ロングの酔っ払いお嬢さんが白タキシードのおっさんに襲いかかるとかいうシュールな絵面に。
『考えなしに殴りかかってどうする気だ!?』
「進吾はチョコ像掴んでたから大丈夫! 相性のいい奴だけ狙いたい、そんなお年頃(20)のシンシア リリエンソールです!」
『どさくさに紛れてすり替えるなぁ!』
片手剣よろしく突き出したやわらかい像が進吾の喉元へ向かうが――途中でその切っ先というか頭頂部は固いものに阻まれ、無残に潰された。
『あのさ、手、2本あるんで……』
申し訳なさげに言う奏楽。
「その、なんだかすいません」
進吾もまた申し訳なさげに、固い像を装備していた左手を後ろに隠した。
「男はいつだってずるいことするのよ――」
『考えるべきだった……相性のいい者だけ狙えるなど、ありえないのだと』
櫻子は口に詰まったやわらかい像、それがもたらす無間地獄の味わいを噛み締めつつ、自ら突き込んだ勢いそのままにヘッドスライディング。先頭集団へと滑り込んでいった。
「道が拓いた!」
一同の最後尾にいたサキが、櫻子の軌道を見やって目を輝かせる。
「あの有様見といてまだやる気!?」
サキの笑みを押し退けて驚くクロエ。
このいそがしさは、ふたりがひとつの共鳴体に同時表出している状態であるがゆえのことだ。
「出足が遅いからこそのやりかたがあるのよ!」
櫻子を追い、サキはエンパイアラインを蹴立てて駆ける。
そう。彼女ら以外のエージェントは皆、攻撃を終了していた。イニシアチブ値6をあえてそのままにしておいたのは、こぞって先の先を取りに行くだろう他の連中に対して後の先を取るためだ。
「先走り過ぎたわね! 私の嫁のためにどきなさい!!」
最期は櫻子の尻をにゅうっと踏んで跳び、リィェンとフィオナへ狙いをつけた。
「うーん、ゴリゴリの男と圏外の女。どっちも気乗りしないのよねー」
「迷ってる場合じゃないでしょ!」
クロエの言うとおり、もうすぐ攻撃ポイントを行き過ぎて着地してしまう。
「じゃあ、しょうがないから櫻子でっ!」
適当に抜き取ってきたやわらかい像を、ちょっと海老反っている櫻子の背中へ振り下ろした。
「あたしわもう、四分の一殺され状態なのに……これで半殺され状態に……」
『形容しがたい毒が全身に染み渡る……コラーゲンだったら、よかっ……』
櫻子とシンシアにしてみればとんだとばっちりである。
「大丈夫、セキニン取るからうふうふふ」
なんの責任? 首を傾げるクロエを置き去り、サキは怪しい笑みを垂れ流す。
だがしかし。
「さて。2ラウンドめの開始だな」
ラウンドの進行で行動権を取り戻したリィェンが、鍛え抜いた体からライヴスを噴き上げた。
「つきあってらんない! ドロンするわよ!」
『なんであなたはいちいち昭和臭出すんですか……』
「失礼ね、私はピッチピチ(死語)よ! ていうか、わかるアンタも昭和でしょ!」
フィオナとキーキー言い合うブルームーンも、動く準備はとっくに整っている。
「リィェン様、この10秒は誰も先へ行かせないことを優先いたしましょう! そしてその身へ降りそそぐテの毒はわたくしが!」
リィェンと並び立ち、ブルームーンの前を塞ぐファリン。本当なら裾も踏んづけてこかしてやりたいところだったのだが……我操! ミニ丈、意外なほど実戦的でしたわね!
「ハッ、俺様の前までたどり着けたか。だが、ここまでだなぁ!」
なんて言いつつ、もりもり歩み寄ってくるライガと。
『いっしょに食べると怨威死萎(オイシイ)ね♪』
「いや、誰と食べてもおいしくは……」
奏楽に言い返しきれないまま、進吾も到着。
「えっと、これってまさか」
うろたえるサキへため息を返したクロエがひと言。
「最悪」
●逃界(にかい)
謎の掟に強いられて、ハーメルは4本めのジャスティン像を手に3階を目ざしていた。
意外に速度が上がらないのは、1本喰うごとに凄絶なリアクションを演じていたせいだ。
「やわらかいの、固いの、べたついたの。で、またやわらかいの」
『なんでさぁ、全部ぅ、食べてぇ、みたのぉ、かなぁ?』
呂律怪しい葵の抗議に、ハーメルはふふり。
「いっそ全部味見してみたくってさー。どうせどれ喰べたって死ぬしね?」
葵もこれには納得せざるを得なかった。
非食の選択肢なきこの天獄、どれを選ぼうとちがいは――
『いやいや、あのメール無視してたら末路ちがってたよね!?』
「くそーっ! 礼元堂さんにテの込んだ料理を喰べさせたかった! そう思ってたら真っ先に斃れやがって……こうなったら生き返って絶対! テ焼きジャスティン詰め合わせでお見舞いしてやるぅ!」
行くほうのお見舞いと喰らわすほうのお見舞いをかけているのはともあれ、生き延びると言い出さないあたりはさすが弁えた智将だ。
「じゃ、そろそろ」
『こうなったらばっちこおおおおおい!!』
やわらかジャスティンぱくー。
「あばばばばば!」
『しぇしぇしぇ!』
しびびびびんと通路を跳ね回る智将(inボクっ娘)である。
一方、ハーメルの遙か後方。
「リィェン覚悟!」
低く体を縮めた櫻子がリィェンへ駆け、脇に構えた固い像を抜き打った。
「させませんわ!」
機を見誤ることなくカバーへ入るファリンだが。
「だよねぇ。そう来てくれると思ってたんだよファリンたんんんっ!」
べたついた像に打たれながらも櫻子はファリンへタックルし、一気にすっ転がした。
「ああん! やめてくださいましぃ!」
櫻子はファリンのスリットの隙間に頬を突っ込み、その絶対領域にすりすりすりすり。
「ええやないかええやないか! ききききキタワァーっ!! あたしのロリ魂チャート絶賛更新中やでぇ!」
『私の姿でそんな破廉恥なことを言うなぁっ!! すまないファリン! こいつは不治の病なのだ! 主に性癖方』
シンシアの謝罪は、次いで跳び込んできたサキの声でかき消される。
「これはこれで! これはこれでぇ!」
ファリンと櫻子にまみれてご満悦のサキから主導権をもぎ取り、クロエが体を引き剥がした。
「ちょっとサキ! 今日――だけじゃないけど、あんたテンションおかしいわよ!?」
クロエに対してサキは「ふふふ」。
「今まで黙ってたけど、こっちのテンションが私の素なのごめんねっ!」
「え、それはとっくに知ってるけど」
と、櫻子がむっくり起き上がり。
「これはこれで……? あたしはこれこそこれって感じよごちそうさまですっ!!」
「埒が明きませんわー!!」
リィェンから投げ渡された固い像2本を左右の手でフルスイング、櫻子とサキをぶっ飛ばしておいて、ファリンは荒い息と共にリィェンへ言い放った。
「ブルームーン様がお逃げになりますわ!」
「ぎくっ」
抜き足差し足で混戦の場を抜けだそうとしていたブルームーンが口で言い。
『昭和ですか』
フィオナにツッコまれて。
「あじゃぱー!」
『昭和26年ですか!』
今度は具体的にツッコまれた。
「いやだから、ツッコめるあんたも昭和26年だからね?」
『私まだ25です! ぴちぴちじゃなくてフレッシュレモンです!』
ふたりのかけあいにリィェンの内、インが首を傾げる。
『漫談はともあれ止めねばなるまいな。あの足、逃がすと厄介じゃぞ?』
リィェンは口の端を吊り上げ、内で応えた。
『ここは逃がしてから追う。ハーメルのしかけもそろそろできたころだろうしな』
その隙に備えつけの消火器へ手を伸べたブルームーンだが、煙幕を張るより早く、ファリンの飛ばした靴がこれを弾いた。
「フェイクよ♪」
伸べた手を起点に前転、混戦を抜けたブルームーンはそのまま早歩きで逃げだした。
競歩スタイルで追いかけるリィェンは一瞬、ファリンへ目線を送り。
「後を頼む」
『リィェンを先に送り出せたのはいいが、計算外だったな……』
ファリンの内でヤンが重いため息をつく。
「まっず!?」
「か、体の外から侵したあげく内から突き上げるとかいう檄マズぅ!」
じたじたと床を転げ回るクロエ/サキ。
「勝ったらこれを“あーん”って! サキ、あんた本気でされるつもり!?」
「そのつもりしかないわよお姉様っ! 嫁に直接、誤血葬(ごちそう)してもらうの!」
アンタどMでしょー、しょー、ょー、ー! クロエの絶叫響き渡り。
「そうか。勝ったらあたし、みんな(18歳以下の女子)になんでも言うこと聞かせられるんじゃない?」
サキの言葉を聞いた櫻子は強くうなずき。
「超お姉様に、あたしはなる!!」
『二度と私に近寄るな犯罪者ぁー!!』
シンシアの願いは固き誓約に阻まれてかき消えた。
後の彼女は語ったものだ。『すべてはあの有様でも破れない誓約を結んでしまった私の責任なのだ……って、なんのセキニンを取らされているのだ私はぁ!』と。
『……本物がふた組も混ざっていたのは』
この泥仕合は主に櫻子とサキのせい。
もちろん性癖のせいもあるわけだが、それより殴り愛がじゃんけんであり、彼女たちが目ざした「有利な相手とだけ戦う」戦術も他者の思惑によって結局は果たすことかなわず、混戦を導くばかりに終わってしまった。
「せめてわたくしたちが跳び出せていれば……」
ブルームーンを逃がさないためにはリィェンとふたりで通路を塞ぐ必要があり、そのせいで櫻子とサキ相手に消耗戦を強いられた。そしてあと数十秒、その状況は変えられない。
「風深様、ミュライユ様、こっちですわー」
「ファリンたんがあたしを呼んでるっ!」
「よっしゃー! 捕まえちゃうぞうー!」
リィェンをテレサの元へ行かせるため、ファリンは死力を尽くして笑む。
『俺たちも急がなきゃ』
奏楽が押し詰めた声で進吾を急かす。
「うん。わかってる。わかってるんだけどね」
彼らの前に仁王立つライガがばさぁっ、マントを拡げて高笑った。
「はははははあっ! 俺様が本気で機動力を出せばこんなモンだぜ!」
進吾が進もうとする先をすかさずブロックしてきたライガである。イニシアチブ14、移動力17は伊達じゃない……のだが。
『どうせならユーさんとかに行ってくれたらよかったのに』
「女といっしょに男ひとりを囲んで殴る。そんな卑怯な真似すんのは俺様じゃねぇ。男はタイマン! 以上っ!」
リィェンというか、ファリン狙いのガチ百合勢がハッスルしていたことから、あえてそのへんの連中をスルーしたライガ。まあまあ見上げた男気ではある。
ただ、それを讃えられる余裕は、進吾という中年男子の保護者たる奏楽にはなくて。
『くまたん、そのまま殴っちゃえ』
「う、うん」
べたついた像を振り上げる進吾に対してライガは余裕まんまん、両手の固い像を十字に組んで防御の姿勢。
「十字受けは最強の防御! 俺さ」
言い切ることもできないうちに、チョコの重さで押し切られて脳天にぐしゃー。
「なっ、バカなっ!?」
がっくり膝をついたライガに、奏楽はため息まじりの声音を投げかけた。
『バカのせいっていうか、ムダな男気パッシブしてるせいですけどね』
「貴様の言いてぇこたぁきっちりわかった」
ゆらり立ち上がったライガは折れ砕けた固い像の根元で進吾を指し。
「だがな、譲れねぇもんが俺様にはあるんだよ。たとえば……あー、なんかこういうのとか、ああいうのとか、な」
『あ、はい。そうですね』
奏楽は本音を隠し、とりあえずうなずいた。彼の幼い体の半分はやさしさでできているから。
「よし! わかったとこで次だ次!」
果たして。
廊下に正座、進吾とライガは役目を終えた像と、下に敷いておいた皿へこぼれ落ちたカケラをもそもそ喰べる。
男気と真面目は、たとえ殴り愛が終わっても「お残し厳禁」の掟を守り抜くのだ。
「やべぇ……味の正体わかんねぇのにクソまじいのだけわかる……コレ、ほんとに食いもんかよ……」
ビクビク痙攣しながら食べ続けていたライガが思いっきり海老反って床へダイブした。
「うふ。うふふふふ」
『くまたん狂気に逃げるな! あああああ口がぬかぬかするぅ! べたついてんのは苦手なんだよ! 固いの喰べるから! 全部喰べるから!』
「好き嫌いはだめだよ? 調理の結果はともかく、過程にはテレサさんの愛が封じられてるし……ほら、コーヒーにつけて食べたらおいしいよ?」
『くまたんそれは存在しないコーヒーだ!!』
「うめぇですわぁ。コーヒーとチョコって相性抜群だぜわよ」
『ライガさんもめんどくさいオプションいらないんで!!』
「わめいてるヒマがあったら喰え。俺様はコレ(コーヒー)だけで十分なんだがな。こんだけあると処理もひと苦労だぜ」
『正気っぽいこと言うならせめてコーヒー幻(み)ないでくれます!? あとべたついたやつやさしく差し出すなあああああ!!』
●惨界(さんかい)
逃げるブルームーンは舌を打つ。
「よーするに挟み討ちね」
リィェンはファリンのみならず、先に行ったハーメルとも結託している。ここでぶっちぎったところで意味はない。
『うう。私はただ、きゃわいいドレスで決め決めな私を撮ってほしいだけなのに……』
「欲望だだ漏れよにじゅうごさい」
ブルームーンは稼いだアドバンテージのいくらかを捧げて給湯室へ。
「悪魔の経験値、見せたげるわ」
『追い詰めるには追うよりない。相手がそれを悟っておれば』
「逆手を取りに来るだろうな」
インの言葉の続きを口にしたリィェンは、すでに姿の見えなくなったブルームーンの気配を探りながら早足をさらに速めた。
「だが、それを計るためには結局踏み込むよりない」
3階への階段に足をかけ、2段跳ばしで駆け上がると。
「いらっしゃーい♪」
上から水がぶちまけられて、踊り場を踏んだリィェンの足がずるりと滑った。
「っ!?」
踊り場に薄く塗られて乾かされていた中性洗剤。水分を得たそれは速やかに本来の姿を取り戻し、彼の足を奪ったのだ。
「今よーっ!」
壁を駆けて跳び降り、3階で適当に仕込んできた固い像でリィェンを強襲するブルームーン。
「これぞ知略っ★」
『小悪党の悪知恵なんじゃ……』
「勝ちゃーいいのよ! さっきのしかえしお召し上がれー!」
像の一撃がリィェンの眉間へ突き立つ――
「まはまははな」
リィェンがぎちり、口の端を吊り上げた。
首を伸ばし、その口で像をくわえ込んで。
『こやつ、テレサ絡みでは常に正気を失っておるゆえな』
インの説明もなかなかにひどかったが、それよりもリィェンだ。
「少しばかり焼きすぎだが、ドライフルーツがうまく効いてる。茶と合わせるならこれはこれで悪くない」
舌を焦され、食道を焼かれ、胃の腑を溶かされながら、平然と言ってのける。
『ここここの人おかしいですよっ!?』
「気合の入ったヘンタイなんでしょ! ヤられる前に退散よ!」
リィェンの肩を蹴ってグラン・ジュテ、階段に着地して一気に4階を目ざす。
そして3階に到達した途端、フィオナが『え?』。
視線の先には純銀のジャスティン像、純金のジャスティン像、ジャスティン像(クリスマス仕様)が並んでいて……さっきまでこんなのなかったはずなのに。
と、ブルームーンも首を傾げた直後、豪快にすっ転んだ。
「冷たっ!?」
次いで凍りついた床からびょんと跳ね上がる。
「ふっふっふ。策は策で凌駕する! それが智将のやりかたさ!」
4階への階段から顔を出したのはハーメルだ。
そう、彼はリィェンから連絡を受けて先回り。フロストウルフで凍りつかせた床トラップをブルームーンとフィオナに意識させないよう、秘蔵のジャスティン像コレクションで虚をついたのだ。
「ちなみに僕はもう死んでるんだけどね……1回も殴り愛してないのに」
『もう4ジャスティン喰べさせられてるからね……掟、厳しすぎだよ……』
ハーメルと葵はがっくり肩を落として言いながら、像以外の得物を使ってしまったペナルティのジャスティン像を凄絶な顔で平らげる。
「ICUへ逝く前に、やっておかなきゃいけないことがある!」
両手にべたつく像を構えたハーメルがするーっと床を滑ってブルームーンへ。
『独りで逝くのはさみしいからさ――道連れだよおおおおお!!』
つるつるしながらあがくブルームーンだったが、時すでに遅く。
「V.S.O.P(ベリースペシャルおいしくないっぽい)ぃぃぃ」
『あああ、直接食べてないはずなのに、脳に直接ぅぅぅ』
ばったり斃れ伏した。
「ってことで、止まるんじゃないぞリィェンさん……」
『今度生き返るときはテのない平和な世界希望……』
ブルームーンと折り重なって斃れた友へ、リィェンは包拳礼。
「ハーメル、葵、きみたちの尽くしてくれた義はけして忘れんぞ」
『いや、そんないい話じゃないじゃろ? ほぼほぼ自爆じゃぞ?』
インのツッコミにも揺らがず、意をさらに強く固めるリィェンであった。
ファリンは3階の一角に背を預け、後続の気配を探る。
『俺たちの仕事もあと少しだ』
ライヴス通信機を通してハーメルが告げてきたのは、リィェンは無事4階へ向かったという報告。
「ん」
ファリンはケアレイを自らに突き立てる。これでしばらくの間、声音の平静を保てるはずだ。そして通信機の回線をテレサに合わせ。
「おいそがしいところ失礼しますわ。ファリンです」
『今メイクが終わったところだけど、どうしたの?』
声の調子からして、階下で繰り広げられている殴り愛のことは知らないようだが、それは予測していることなので驚かない。
「いえ。今、花婿役がそちらへ向かっておりますの。テレサ様にとてもお似合いの方ですから、最高の絵が撮れますわ」
『ん、期待しとく』
会長の名前が出ないことに眉をひそめるファリン。
「トセイノギリだそうですけれど、気乗りしてらっしゃいませんの?」
『今のあたしに花嫁役は荷が重いかなって』
言葉を濁し、テレサは通信を切った。
「状況、あまりよろしくないようですわね……」
ため息をつくファリンに、大音量の名乗りが叩きつけられる。
「俺様だ!」
どん。固い像を両手に握ったライガであった。
「……予想外のお客様ですわね」
『そうだな。本物たちが来るものと思っていた』
ファリンとヤンのつぶやきを笑い飛ばし、ライガはぐいっと胸を張る。
「意外性も俺様の魅力のひとつ! 今度こそジャスティンズレインでしとめてやるぜ――え、スキル使うんだったらペナルティ? いいぜ、俺様逃げも隠れもしげぇぇぇぇえ! こんなもんで俺様をぅえええええ!」
なにもいないはずの中空へ言い返しておいて、彼は左手の固い像を嘔吐きながら完食。涙をそっとぬぐって、あらためてキリっ。
「今度こそ喰らっとけ、固焼きジャスティンー!!」
が。
ファリンはすでに範囲外へ避難を終えていて。
結果としてジャスティン像はもれなくライガの口へ。
『いや、前口上があれだけ長ければな』
斃れ伏したライガは突っ伏したままヤンに言い返した。
「なかなかやるな……いいぜ、先へ進め。俺様はもう、腹いっぱ(ガクリ)」
なにもしていないファリンはライガを置き去り、先へ進もうとして――奏楽に呼び止められた。
『行かせませんよ、ファリンさん』
『4階よりも俺たちを優先していいのか?』
ヤンの問いに奏楽はにやり。
『全員倒してかなきゃ花嫁さんまで届かないでしょ。こっちは必死なんですよ。くまたんの賞味期限(婚期)が切れるから!」
切実すぎる彼の叫びが打ち据えたのは、守りたい存在であるはずの進吾だ。
「あー、切れるのかぁ。僕の賞味期限ぅ」
『あきらめちゃだめだくまたん! まだ消費期限が残ってるよ!』
「消費期限? そうか。僕はまだ……食べられる!」
奏楽に騙さ――励まされ、進吾はべたついた像を構えるが。
「だまされてはなりませんわ! 熊田様の婚期(賞味期限どころか消費期限)は、残念ながらもうっ!」
『やめたげてー! 普通の声と心の声を入れ替えるのはー!』
『同じことだと思うがな』
ヤンのため息と共に、ファリンが進吾の前で跳び、脳天に固い像を振り下ろした。
「甘いですね!」
べたつく像でガードする進吾。しかし。
ゴギン! あっさりべたつく像をへし折った像が、進吾の頭蓋を固く打ち鳴らし。
「わたくし、目的のためなら手段は選びませんの」
イメージプロジェクターで偽装されていた純金のジャスティン像が、その姿を現わした。
『大当たり。銀なら5撃、金なら1撃ということだ』
まさかの物理ダメージで斃れ伏した進吾の内、奏楽がささやく。
『これで、くまたんの独身生活……物理的に、終焉だ……ね』
「みなさん応援、ありがとう……ございました。ごちそうさま、です……」
残されたファリンはとどめのべたついた像で彼の口を塞ぎ、立ち上がる。
「では、わたくしたちも参りましょうか」
進吾の残した像とペナルティのもう1本を手にして4階を振り仰ぎ。
「たとえ死の命運は避けられずとも、それまでにひと口でも多くの“あ~ん”をお召し上がりくださいませ」
一方、ファリンを追っていたはずの櫻子とサキは3階に上がったすぐのところで対峙していた。
「なんで見落としてたかな、あたし。真っ先に持ち帰るべきロリがとなりにいたのに」
「嫁がひとりとか誰が決めたの? 第一夫人で足りなきゃ第二第三第四でしょ!」
共に、ガチ勢。
男は眼中になく、移動力差でファリンを逃がしたふたりに残された獲物は、もう互いしかいないんだった。
『実に申し訳ないが、犠牲は最少に抑えたい。おとなしくサクラの毒牙にかかってくれ!』
血を吐く勢いなシンシアの申し出にクロエは全力でかぶりを振って。
「いやよ! 誰がヘンタイの餌食に――ってサキ! あんたなに抵抗してんのよ!?」
「退けないのよ! これは退けない戦いなの!」
『サクラもいいかげんにしろ!』
「実はあたし、酔いが醒めてきちゃっててね。ロリ魂チャージが要るわけよ」
意味がわからない! 頭を抱えるクロエとシンシアだったが、やる気のふたりは相方の意向を置き去り互いへ向かう。
櫻子が鋭く踏み込み、やわらかい像で突き込めば。
サキはそれをやわらかい像でいなしながらローキック。櫻子の膝裏へ打ち込んだ足を支点にまとわりつくように体を巡らせ、固い像を斬り込ませた。
喉を薙がれながらも櫻子は腰を落としてこらえ、サキへショルダータックル。間合を確保しておいて、固い像をその胸元へと叩きつける。
果たして。
「この程度の刑期(ケーキ)、なんでことないわぁ……」
「終身刑通り越して死刑執行されてるわけだが……」
共鳴が解けて床へ転がった櫻子とシンシアが虫の息で言い合い。
「これが浮気の天罰……お姉様ごめんなさい。私やっぱりお姉様じゃないと……」
「げほげふっ! 素材は全部いいっぽいのに、なんでかけ算するとこんな――なんか、言った?」
同じく共鳴解除状態で斃れたサキの懺悔は、クロエの咳き込みの影へと消えて。
「この風深櫻子、戦いの内でロリ魂を忘れたかっ」
「認めたくないものね……自分自身の、若さゆえの過ちってものを」
内実は置いておいて、言ってみたかったらしいセリフを最期になかよく息絶えた。
●花婿
ひとり4階へ至ったリィェンからインがその身を離す。
「イン?」
「テレサのおる式場までもうすぐじゃ。介添人が女では無粋じゃろう?」
行け。手で追い払えば、なにかを察したリィェンはすぐに式場へ向かった。
「あとは彼奴らを抑えるだけじゃな」
テのにおいに惹かれて集まりつつある酔人の気配を感じながら、インは式場の扉へ向けて歩き出す。
手持ちのジャスティンは2本。それほどの時間は稼げまいが、その後は扉の前に自らを据え置き、骸をもって敵を防ぐ。
「さあ、馬に蹴られたい奴はどいつじゃ!?」
リィェンが会場の扉を開くと――閉じ込められていた光が廊下へ溢れだし、その目をくらませた。
目をしばたたき、こらす。
「リィェン君が花婿役?」
光の内から浮き上がる彩は小麦。徐々にそれを飾る白いプリンセスラインが現われて、ひとりの花嫁を描き出した。
「よく似合ってる」
「リィェン君も決まってる」
ファリンの尽力とハーメルの自爆、そして彼自身の口で受ける防御術により、タキシードは純白を保っていた。
しかし。衿を正し、リィェンはかぶりを振って。
「俺は着せられてるだけさ。でも、きみはちがう」
今日はここで立ち止まらない。この先へ、進む。
「本当に綺麗だ」
テレサの正面に立ち、まっすぐに告げた。
「ん、ありがと」
対する彼女はあいまいに笑んだ。信じ切れない顔をしている。リィェンではなく、自分自身を。
リィェンは苦い思いを噛み殺す。いくら思い当たることあっても、武辺に過ぎない俺は正解を言い当てることはできないし、きみを導くこともできないんだ。だから。
「――俺はいつだってここにいる。それだけは信じてほしい」
「リィェン君? それって」
「じゃあ写真撮影に入りますのでおふたりともお願いしまーす」
機材の調整を終えたカメラマンが割り込んで。
「最初のシーンはっと、花嫁が花婿に手作りケーキ食べさせるシーンですねー」
「なっ」
最初からクライマックスだと!?
「撮影用のケーキは見栄えも考えてスペシャルよ」
ようやく笑みを見せたテレサが差し出した、極彩色のクリーム盛り盛りテ焼きジャスティン像の有様に、リィェンは自らの10秒後を垣間見た。
「カメラマン、撮ってもらう前に頼みがある。……この写真が使えるよう、一発で決めてくれ」
●予感
「参加エージェント、全員ICUへ収容されました」
おなじみとなりつつある互助会の謎会議。その一席へついた覆面が他の覆面たちへ告げる。
「今回は参加メンバーが激しく偏っていたからね……。それに、3組が結託するというイレギュラーのおかげでまんまとタッチダウンされてしまった」
議長席の覆面が唸る。
参加者全員で潰し合わせ、弱らせたところで互助会投入、すべてを闇へ葬る。それが本来のシナリオだったのだ。
「会ちょ――議長、今度も治療費多めってことでよろしいです?」
「H.O.P.E.まんを添えてくれたまえ。せめてもの口なおしにね」
互助会はもちろん、酔人も参加エージェントたちも、このときに知る術はなかった。
H.O.P.E.東京海上支部のロビーで海老反る礼元堂深澪、その身に異変が起こりつつあることを。
しかし。知らずにすむならそれでいい話だ。このつかの間の平和は、終局へ向かう戦いの内ですぐに血風をもって塗り潰されるだろうから……
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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