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質問卓
最終発言2018/09/25 14:27:46 -
相談卓
最終発言2018/09/25 21:26:07 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/09/24 18:39:25
オープニング
●デッドエンド
北極点を中心に現れた、膨大な数の従魔・愚神群。
対し、あらゆる支部の数多のH.O.P.E.エージェントがその侵攻を押し留めるべく出撃した。
君もその中の一人だ。真っ白い空、【白刃】の時に似た穢泥の大地の中、君は英雄と共鳴し、無尽蔵の侵略者と死闘を繰り広げんとしていた。
ハズ、だった。
君は、そして君の仲間の幾人かは、気が付けば静寂の空間にいた。
目の前にいたはずの敵はなく、そこには色を失った白い空と、淀んだ泥が延々と広がるのみ。見渡せど、君達以外は何もなく。
ここは、と君達の中の誰かが呟いた。あるいは君自身も同様の疑問を抱いただろう。
「分かりやすく言うならば――」
答えは間もなく訪れる。
君達の正面に、愚神商人が降り立つと共に。
「空間を切り貼りしたような場所ですね。そこに、君達英雄の目を通して補足と招待を行った……と言えば良いでしょうか。なにせ私は『王』の目ですから……皆様方『英雄/愚神』の目を自由に行き来できるのですよ」
先日の白昼夢の種明かしでもあった。あまりに荒唐無稽で出鱈目で、常識を逸脱していた。
「それで」
愚神商人は静かな声で続ける。それから視線を巡らせた――そちらを見るよう促すように。
君達は視線を巡らせる。
するとそこには、いつのまにか、気配もなく、一人の貴婦人が立っていたのだ。
――『王』。
なんてことはない、見た目はただの人間だ。着飾った麗人だ。
だが、異様だ。
人の形をしているが、およそ人らしさを感じない。
顔に笑みを浮かべたまま、喋ることもなく佇んでいる。
まるで……深淵がそのまま、人の形をして立っているような。
と、王が手にした大鎌の石突でトンと地面を突いた。
途端である。【白刃】にて出撃したレガトゥス級愚神「滅びの腕」――それよりもかなりサイズダウンしているが、同じモノが泥の中より幾つも、幾つも、幾つも、幾つも、現れるではないか。
滅びをもたらすこの腕こそ、王の指。王には、およそ人間が理解できるようなカタチはない。目の前で微笑む妖婦も、死者のような腕の群れも、流動する淀んだ泥も、充満するライヴスも――全てが王だ。
腕は三六〇度、君達を取り囲んでいる。
恐るべき輪の中、君達のほんの数メートル先に、王と愚神商人がいる。
王は変わらぬ笑みを湛えたまま――唇を微かに動かして。
「いいこ」
慈母のように、そう囁くと。
一斉に、王の指たる滅びの腕が、君達へと振り下ろされた――……。
王の御心を、商人は知らない。
確かに商人は王の欠片である。だが、抜け落ちた髪と本人とを完全同一人物とイコールで結べぬように、それは遠く隔絶していた。
ゆえに。戯れなのか。挑戦なのか。拷問なのか。慈愛なのか。実験なのか。どういう意図なのかは、分からなかった。
ただ、一つだけ愚神商人に理解できることがある。
この受難の時において、人間と英雄はより力を高めるか――できなければ死ぬか、である。
解説
●目標
生きて帰る。
つまり滅びの腕の包囲網を突破し、とにかく『王』から離れること。
●登場
『王』
それは完全であり、絶対であり、超越である。
・在るべき姿
ファーストスキル。範囲不明広範囲。1シナリオ1度。
リンカーの共鳴を強制解除する。メインアクションを消費し新たな誓約を結ぶことで再共鳴可能。
・etc
滅びの腕*∞
泥より這い出す巨大な腕。
人間一人を容易に掌で掴むことができるほどの大きさ。
叩きつける、握り潰す……攻撃方法は極めて原始的。なれど数は膨大、範囲は広大、破壊力は絶大。
愚神商人
攻撃技は無い。生命と特殊抵抗が超越的、攻撃0、防御皆無。
・灰は灰に
パッシブ。効果範囲は戦域まるごと。
回復技やアイテム効果を「回復はせずに、生命力にそのまま回復量分の実ダメージ」に変更する。クリアレイ系はランダムでバッドステータス付与、オートキュアクリンナップは通常通り発動。
・塵は塵に
パッシブ。受けたダメージ、罹患したバッドステータスをそのまま攻撃手にも発生させる。
・土は土に
戦闘不能になったリンカーに接触することで、それを邪英化させる。
●状況
北極点。
混沌とした泥が足元に満ちている。
泥に触れている者(愚神除く)は、クリンナップフェーズで生命力が2d6点減少する。これはリンクレートを-1すれば回避できる。
・泥に触れるの定義
ブーツ越し、ボート越しでも発動。物理的物体越しの接触がカウントされる。飛行状態など完全に接触していなければ不発動。
●特殊
このシナリオにおいて、ワールドガイドのリンクルール「リンクレートの増減(増加は各1回のみ)」を強く適用する。
※PL情報/
【特殊ルール:リンクブレイブ】
王に対しては『絆の力』を込めた攻撃のみが有効打となる。リンクレートとはまた異なる。
絆を強く想うことが重要。
※/PL情報
リプレイ
●LOTUS 01
絶体絶命――
そんな状況、エージェントであれば一度や二度は経験しているものだろう。
巨大で強大な愚神にも、何度だって遭遇した。“強い敵”はこれが初めてなんかじゃない。
だが。
これは、何もかもが、根本から違っていた。
「滅びの腕がこんなにも……」
『流石に全てがあのときの強さのままとは思えませんが、ね』
息を呑む零月 蕾菜(aa0058)、そのライヴス内で十三月 風架(aa0058hero001)が「そうであって欲しい」という希望も込めて呟いた。
一同を取り囲むのは、泥に穢れた滅びの腕。【白刃】の大規模作戦にて現れたレガトゥス級の愚神だ。それよりも大分と大きさはダウンしているものの、人間ぐらいならば容易に握り潰せるだろう程度には巨大。そして、無数。
そんな死の群れの只中に、愚神の『王』が佇んでいる。
見た目は美しい貴婦人。なれど、
「はは……ラスボスお出ましってわけですかい?」
沖 一真(aa3591)は本能的な恐怖を感じた。例えば底のない暗闇に突き落とされるような。真っ暗な深海へ引きずり込まれるような。いっそ冒涜的な外見をしたバケモノならば、まだ整理もついたんだろうか?
『一真ビビらないの……何が相手だろうと、私達は生きて帰る』
鼓舞するように、ライヴス内で凛と月夜(aa3591hero001)が言う。「もちろんさ」と一真はしっかと頷いた。
「……まさしく、王の御謁見ですね……正直震えが収まりません」
Гарсия-К-Вампир(aa4706)は顔をしかめ、震える手を握り込んだ。だがガルシア以上に、ライヴスの中で震えていたのはЛетти-Ветер(aa4706hero001)だ。
『が、ガルシアぁ……怖いよぅ……』
「大丈夫ですよレティ。きっと今なら……ここにいる皆様がいれば。だからレティ。貴方も諦めてはいけません」
優しく、そして力強い物言いだった。
(もう、あの頃とは違う。もう寒くなんかない。レティが教えてくれたこの暖かさが……、そしてその温かさが繋いでくれたこの絆)
脈打つ心臓が、温かさを巡らせる。恐怖を飲み込み、ガルシアはレティと共に前を向いた。
「絶対に諦める訳にはいきません」
あまりにも異質で、あまりにも異常な状況――
イン・シェン(aa0208hero001)は一瞬、自らの感情に理解が追い付かなかった。
(なんじゃ、妾はあれに恐れておるのか。こんな感覚は初めてじゃ)
薄らと微笑む、人ではない何か。生き物と呼べるのかも分からないモノ。あらゆる理解を嘲笑するモノ。対峙した未知は原始的な本能を逆撫でする。
ゆえに、リィェン・ユー(aa0208)は本能のまま“危険に対する攻撃”を取ろうとして――踏み止まる。命綱を着けずに崖から身投げするような感覚を覚えたからだ。決してリィェンが臆病だからではない。武の寵児だからこそ、危険を理解し踏み止まれたのだ。
「あぁ……くそ。せっかくいい首があるってのに手が出せねぇかよ!!」
『流石にこの状況じゃ。今は我慢せい!!』
海神 藍(aa2518)も、仲間達と似たような感情だった。
「会話の叶う相手ではなさそうだね」
唾を飲み込み、一つ呟く。「アレと自分達は立つ位置が違う」。それでも、禮(aa2518hero001)は王へと問いかけた。
『おうさま、どうして世界を喰らうのですか?』
なぜ、何の為。そういうモノだとでもいうのだろうか。
禮の言葉に、王の瞳が動き、その目をじいと見つめる。
「――ィ――」
唇を動かす。それは喋るというよりも、形作った人という肉体を操作して、会話という機能を試みているような印象だった。寸の間の“調整”の後、それはこう語る。
「怖いのね。なんにも心配しなくていいのよ。良く頑張りましたね。もう大丈夫」
慈母のように、優しい声で。
だがそこには、致命的に“人間らしさ”が欠落していた。
同時に、およそ質問に対する返答ではなかった。それが「言葉の通じない相手」であることを決定付ける。
『なるほど。俺が異世界で面白おかしく大冒険するはめになった元凶が、アイツってわけか』
ニクノイーサ(aa0476hero001)は大宮 朝霞(aa0476)のライヴス内で目を細めた。朝霞は油断なく身構えたまま、相棒に応える。
「……ニックの仇ってわけね」
『あぁ、だが今は逃げの一手だ。戦うには王の能力が未知数だからな』
状況を鑑みて。
如何に精鋭揃いであろうと。
回復手段を完全に封印された上で、たった十組で、王の能力すら未知数な状態で、今この場で王と愚神商人を討ち取るなど。
不可能だ。
十組全ての命をなげうったとしても。
「――……」
八朔 カゲリ(aa0098)は常通りの様子で、状況をただ俯瞰していた。彼の前にしてみれば、この状況も流転する万象の“一片(そうしたもの)”に過ぎない。あちらもこちらも、全ては等しい――が。
『ふ、ふ』
彼のライヴス内でナラカ(aa0098hero001)が笑み身じろぐ。絆を通してカゲリに伝わってくるのは、彼女のいつにない昂揚感。善悪不二の光にして、三千世界を見通す俯瞰者であるナラカが、感情を波打たせている。
『く、く、く、く』
含み笑うのも当然。眼前にいるのは、愚かなる神々を従えし王。そしてナラカ・アヴァターラとは、神々の王を滅ぼす者。陽すら包む翼を持った鳥の王。不浄を祓う浄化の炎であるがゆえに、この『王』という混沌を前にして、湧き上がる激情を隠せなかった。
「モー! コーんなニ散らカシちゃッテ!」
一方で、シルミルテ(aa0340hero001)は大きく溜息を吐いた。佐倉 樹(aa0340)と共鳴したその姿は、今はシルミルテが主体。左瞼の上に咲いた八重桜がその証。
『一旦ここを抜けて、お片付け……だね』
樹が言う。「ウン!」とシルミルテは頷きながら、ウサギ型のお守りをそっと懐へとしまいこんだ。
クレア・マクミラン(aa1631)もまた――同じお守りを軍衣の中に忍ばせていた。さて。
「果てのない撤退戦か」
『一切の医療活動はできないわ。どうするの?』
リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)がライヴス内で懸念事項を述べる。愚神商人の能力は正に治癒者殺しであるが……。
「任せろ、私をどこの出身だと思ってる」
堂々とクレアは謳った。その右頬には、アザミの花が凛と咲いている。
「……紙姫」
一つした深呼吸の後。キース=ロロッカ(aa3593)はライヴス内の匂坂 紙姫(aa3593hero001)の名前を呼んだ。
『大丈夫、あたしは全部わかってるから』
返って来たのはあどけなさの残る少女の声、なれど、力強さと芯の在る声。ふ、とキースは薄く笑んだ。
「流石、ボクの片腕です」
『でしょ』
えへ、と張り詰め過ぎた気を解すように少女は笑んで――
『この陣形なら記憶にあるよっ! キース君、皆への指揮と配置をお願い! あたしは中からサポートに回るよっ!』
「承りました」
答えるや、キースは仲間達を見渡し、声を張り上げる。
「――冷静に! 突破すべき一点に集中攻撃をしつつ、妨害する敵を最小限度で妨害します。短期決戦で行きますよ!」
出口は見えない。
援軍も来ない。
穢泥の平野は限りない。
敵対者は計り知れない。
けれど「出口が必ずある」と希望を信じて。
絶望に握り潰されそうな心を奮い立たせて。
――“生きて帰る”。
それが、今この瞬間の絶対的オーダーである。
●LOTUS 02
撤退戦。
決して、惨めな敗走ではない。
断じて、臆病な選択ではない。
好機は命あればこそ。
蛮勇と勇気は対極にあることを、一同は知っていた。
作戦は即席。なれど緻密。統率は盤石。展開は一瞬。
『カンナエの戦い――』
紙姫が「記憶にある」と言った、この世界の歴史にして紀元前に起きた戦い。二倍もの大軍を包囲・殲滅してみせた戦いの記録。それを参考に作戦を組み立てる。弓形の布陣、正面に戦力を重く置き一点突破を狙いつつ、左右後方に彼らを護る為の戦力を配置。全員で一体となり、前進しつつ撤退を目指す。
理論上は理想的。懸念を述べるならば――こちらがかのカルタゴ軍と違い、たった十人ぽっちということ。
「厳しいことを言いますが、誰かが崩れれば全員が崩れかねません。愚神商人がいる以上、回復も不可能です……ですけど、ボクは心配してないんですよね」
キースは苦笑して見せる。だが、その眼差しには信頼があった。この場にいるのは確かに十人、しかしその一人一人が一騎当千であることを、彼は信じていた。
「……では、作戦開始です」
かくして。
戦いが始まる――泥飛沫を上げて、数多の腕がケダモノの群れのように襲いかかって来る。
動きとしては単調だ。攻撃方法も原始的。問題は数が多く、極めて暴力的であること。
「んんんぐぅううううっ!!」
魔法少女のステッキで、朝霞は叩き下ろされた腕を受け止める。まるで空が落ちて来たような重みだ。補助ブースターで浮遊していた脚が、泥で穢れた地面に押し付けられるほどに。
「ウラワンダーはッ……負けないんだからぁああッ……! パワー全開!!」
ブースターを全開に、ウラワンダー・ガントレットにひときわのライヴスを流し込み。なんとか暴威の腕を押し返す。そのまま、その腕に掌をかざした。
「正義の光、喰らいなさいっ!」
飛ばすピンクのキラキラハートは、本来ならば癒しの光。
『愚神商人の能力下なら――』
ニクノイーサの狙い通り、それは命を削る呪いとなる。防御も回避も意味を成さない、強烈無比な攻撃に。
「成程、考えましたね」
腕の奥で状況を見守る愚神商人が感心の声を漏らした。朝霞はそれをキッと睨み、
「ご招待どうも、愚神商人さん。せっかくだけどお暇させていただくわ!」
強い意志と共に突き付ける言葉。
朝霞は正面突破担当だ。足を止めている暇はない。
それは他の正面班も同様だ。
「切り開きますよ」
ガルシアは父の忘れ形見である小説「白冥」を開いた。途端、彼女の周囲に無数に展開されるのはナイフの形をしたライヴスの刃。それは刃の暴風となって、一直線上を切り刻む。巨大な腕の指を刎ね、ズタズタに刻み、その広い面積に残酷なほど突き刺さる。滅びの腕の傷口から血潮が出ることはない。ただ真っ黒い傷口が、深淵のようにパックリと開いているだけだ。
「もう一発――!」
ガルシアの攻撃と同時に、一真も攻撃姿勢に入る。その掌に在るのは赤い雫の魔血晶。握り込めば血晶は砕け、彼の白い手首に赤が伝った。それは霊力の奔流となり、血の色をした稲妻の槍へと変化する。激しい電光に、白銀の髪を赤く照らされながら――放つ雷槍。
轟と響く雷鳴。その残滓が消えぬ間に、リィェンは多連装ロケット砲フリーガーファウストG3を展開した。
「わらわら来るなら……まとめて吹っ飛ばすだけだ……!」
斉射開始。一真が放ったサンダーランスの雷音にも負けぬほどの音を上げ、次々とライヴス性ロケットが発射され、退路上の化物共を圧倒する。
爆煙――それを滅びの腕ごと切り裂いたのは、カゲリが振るった天剣「十二光」。焔にも似た黒光が刀身に踊る。
『征くぞ。足は止めるなよ』
「然も、ありなん」
神鳥の言葉の深き意図を汲み取りつつ、頷くカゲリは道を拓く鉾として泥野を駆ける。我に続けと言わんばかり、なびく銀の髪は翼にも似て。
そんな正面班を支えるのは両翼、側面対応班。
叩き下ろされるあまりに巨大な掌を、クレアは花槍アネモネランスの穂先で往なす。あの大質量だ。朝霞や蕾菜クラスの頑健さなら兎角、直撃した時の被害は計り知れない。
掌が地面を叩いて跳ねた泥がクレアの白衣を汚した。肌にも飛沫が着く。痛みなどはないが……顔をしかめたくなるような、「嫌な感じ」を直感する。
「この泥……」
『ええ。私達の“力”を奪ってる……!』
「まるで消化液だな。なるほど……ここはアレの胃の中と」
腰に取り付けたビデオカメラと共に、クレアとリリアンは状況を分析する。その間にも、無暗な反撃はせず、足を進めることを第一に。
「飛行すれば付着はいくらか防げそうですが……」
この泥についてはキースもクレアと同様の感想を抱いていた。その真横から巨大な拳が叩きつけられんとするが、電光よりも尚早い判断力に基づく予測によって回避してみせる。なれど、それが大地を叩いたことで周囲へ撒き散らされる泥の飛沫ひとつひとつまでは、流石にかわしきれない。
「……この手の動きが、泥飛沫を巻き上げるのが厄介ですね」
『かすったり受け止めたりしても泥がついちゃうよ……!』
その言葉通りだ。泥にまみれた滅びの腕の挙動の度に、周囲には雨のように黒い泥が散らされる。
藍はマジックブルームによって空に逃れ幾許かは安全だが、油断はできまい。なにせ手が下からわらわらと、飢えた肉食魚のように追い縋って来るのだ。
「掴まれたら一巻の終わりだな……!」
『集中していきますよ、兄さん!』
ぐ、と空気抵抗を減らすように身を屈めて、魔法の箒を握り締めて。立体的な機動で、藍は王の指から逃れ続ける。三半規管が回りそうな状態の最中――禮にとって重力から解放された状態は泳いでいるような心地に近くはある――【黒鱗】と銘打たれた、黒い鱗の柄をした海神の槍を天へと掲げる。
『「閉された海をここに。氷槍の森よ、静寂の海を成せ』」
重なる声の詠唱。蒼き三叉の切っ先をひと振るいすれば、深海よりも冷たい凍れる槍が滅びの腕を串刺してゆく。あるいはそれを凍て付かせ、動きを阻む。
次いでそれらを赤く焼いたのは、朱翼纏う蕾菜の右手より放たれた業火の羽撃。彼女もまた、霊力による箒――青い樹と蛇が絡んだ幻想的な見た目をしている――にまたがり、仲間に随行していた。
『来ますよ』
と、風架が短く蕾菜へ告げる。その直後にはもう、乙女は魔術型パイルバンカーの大装甲を防御の為に身構えていた。それを殴り付けるのは愚神の巨大な拳。空中がゆえに踏み止まれず吹っ飛ばされるが、地面に叩きつけられる前にすぐさま姿勢を立て直す。損害は軽微だ。ふうっ、と呼吸を整える。
眼下ではシルミルテもまた攻撃姿勢に入っていた。彼女が掌をかざせば、「森」の魔女の願いや想いが染み付いた冷魔――蒼氷を纏うジャック・オ・ランタン――が召喚される。
「ゴー!」
魔女が命じれば、冷たい南瓜頭はケタケタと声を上げておぞましき腕へと食らいつく。凍れる力を持つ一撃ではあるが、このジャックフロストはディープフリーズのような氷結による拘束能力までは持たない。またブラックボックスの術式とは異なる為、泥の平野を凍らせることもできなさそうだ。
「んムっ……」
シルミルテは口をへの字に曲げる。期待した効果は得られなかったが、裏を返せば“これは通用しない”という選択肢が一つ確立したということだ。
おそらくはこれと同様に、泥にサンダーランスを突き立てて感電させる、ブルームフレアで泥を蒸発させる、ということも難しいだろう。ウレタン噴射器……は量が足りないしこの巨大腕を封印するのは多分無理だ。水で薄めるのであれば大洪水レベルの水が必要だ。尤も――この一時的に泥と敬称している物質が、エージェント達の常識と科学が適用される物質であるのかは甚だ謎ではあるが。
そうしている間にも、数え切れないほどの暴威がエージェントへと襲いかかる。
一先ず。一先ずは、だ。部隊壊滅の気配はない。隊列に乱れはない。
一同は結託し、力の限り、王の指から逃れ続ける。
されども。
おぞましきは王の呪い。それとも祝福なのだろうか?
まるで万事は釈迦の掌上と言わんばかり。
一同に付着した泥は、彼らの命を奪い啜る。絆の一片を差し出せば霊力を食われることは免れるが……。
食われる量は微量、普段であれば回復も容易いだろう。だがこの場は愚神によって悉く穢されている。
「ッ……」
槍で追い縋る指を往なし、ブルームフレアで活路を切り開きながら。藍は状況に眉根を寄せる。
「……どうすれば帰還できるんだろうね」
出口らしい出口は見えない。ただ見えるのはどこまでも続く黒い泥の大地と、色のない曇白の空。そして破壊をまき散らす数多の腕。どこまで走ればいいんだろうか、果たして逃げられるのだろうか、そもそも脱出口が存在しているのだろうか、このまま時間だけが過ぎて行けば全滅の危険性も――そんな不安と絶望がジワジワと湧いてくるような状況だ。
『まずは前に進みましょう。あとで考えます』
そんな不安を一蹴するように禮が言い切る。ふ、と藍は共鳴によって乙女の形となったかんばせを笑ませた。
「至言だね、まったく。“これは撤退ではない、未来への進軍だ”……なんてね」
もう一人の英雄が待ってる。生きて帰ろう。絶対に。
「ふッ――」
鎖匣レーギャルンより天剣を居合抜きしつつ、カゲリが腕を切り伏せる。かの腕は、物理、魔法、いずれの耐性も同じぐらいといったところか。カゲリは真紅の瞳でモノクロの世界を見澄ます。リンクコントロールによって強度の保たれる降神礼装は、災禍の黒の中にあっても燦然と気高くなお漆黒。
同刻、カゲリが対応しきれぬ分の腕は、リィェンが疾風怒濤の勢いを以て、【極】なる別名を冠する屠剣によって木っ端に吹き飛ばす。
「くそ……手ばっかり出て来やがって、いい加減飽きるぞ」
『無駄口を叩く隙があるのじゃったら一体でも多く切り飛ばせぃ。ここを抜けれるかどうかは貴様にかかってると思うのじゃ!!』
「分かってるさ……!」
呼吸を整え、リィェンは実に大剣四本分の材質によって鍛え上げられた刃を構える。
そんな前衛班の火力支援をするべく、秘薬を飲み込んだばかりのガルシアは敵陣の渦中に銀の懐中時計を数多複製してみせる。銀の蓋が開くと共に、鳴り響くのは教会の鐘の音に似た厳かなる音。針は過去を刻み、鳴り響く音は滅びを押し返す。
できるだけ被害を抑えつつ、こちらにとって最も効率的な打撃を与えつつ、足は止めずに、三六〇度に警戒と対応を。言葉にすれば簡単だが、目まぐるしい状況に脳はフル回転しっ放しだ。これが終わったらジャムたっぷりのロシアンティーを――と思ったところで、ああ、これは日本では死亡フラグだとか言うらしい。自嘲めいて息を吐いた。
「各員、状況はどうだ!」
最中に良く通る声を張るのはクレアだ。常に全体の損耗に気を配っているが、隊列維持の為の声かけも忘れない。こんな状況だ、仲間の声が聞こえるだけで擦り切れそうな士気も保てる。返って来るのは九人分の返答。落伍者は未だいない。綿密な隊列と各人の大いなる努力によって、窮地は免れている。
かといって慢心も油断もしない。隙を晒さぬようにしつつもクレアを視線を戦場に巡らせる――その中で視界に入るのは、遥か後方、愚神商人と王だ。寸の間、クレアは強い意志と共に二つの災禍を睨み付ける。
「ろくでもない撤退戦はいくらでも越えてきたさ。なめるなよ、侵略者。誰一人たりとも、お前たちにくれてはやらん」
万民に平等な救いの手を。衛生兵と軍医が最初に交わした約束は、時を経ても違えない。
『あなたを信じるわ。いつまでも、どこまでも、あなたは人命のために武器を取る』
ゆえに。リリアンは、ライヴスの中で優しく微笑み、彼女に力を貸すのだ。
「美しい。ノウさんが執心した理由も分かります」
愚神商人が異形の瞳をわずかに細める。
そのやりとりを見守りつつ、一真は愚神商人への警戒を怠らない。
「ある意味一番やばい奴なんだがな、今は無視だ」
『このまま何もしでかさないといいのだけれど』
愚神商人は王の傍でこちらを見ているだけだ。おそらくその気になれば陣形のど真ん中に転移することもできるのだろう。アクティブな戦闘能力こそ持たないが――掴みかかる、攻撃の射線上に現れるなどして、その気になればエージェント達の妨害もできるだろうに、そういったこともしない。
キースもそのことを案じていた。愚神商人に加えて王も、自ら追ってくる動きは見せない。何もしてこない分にはありがたい、が……それはさておき、まるで箱に閉じ込めた実験動物を観察するような奴らの言動には、不快感を禁じ得ない。どこまでも、人を人として見るような、こちらの世界で言う“人間性”がアレらにはない。
だからこそ平然と人間を喰らうのか。およそ罪の意識や後ろめたさもなく。猛獣の獰猛さというよりも、肉食蟲のようなシステマチックな無慈悲さを感じる。
『……――』
怖いね、という言葉を紙姫は飲み込んだ。言葉にすれば、想いは強まる。だから、
『頑張ろっ!』
「勿論――!」
我武者羅なまでに前向きに。キースはArtemisと銘打たれたアサルトライフル――「女神の祝福と祈りが宿る」と称されるそれを活路へと向ける。超越的な集中力によって放たれる斉射が、同時に三つの腕に銃痕を焼き付ける。
「ウラワンダーの聖なる力、見せてあげる!」
そこに降り注ぐのは、朝霞が行使する治癒の光雨。本来ならば聖なる力、しかし今は呪われた力。命を蝕み奪う雫となって、前方の滅びの腕を退けさせる。
『……本来は回復の術を攻撃に使うなんて、やっぱり慣れないな』
「使えるものは全部使わなきゃ。でしょ、ニック?」
『そりゃあそうだ。出し惜しまずにいくぞ、朝霞!』
「任せて!」
どんな時でもかっこよく。ヒーローが無様に転ぶなんてナンセンス。フットガードで姿勢を保ちつつ、ブースターで空を蹴り、ウラワンダーは白いマントを翻す。
「クレアしゃん、ゲンキ?」
掌の中に激しい稲妻を生み出しながら――殿を務めるシルミルテは、側面班のクレアに声をかけた。この衛生兵、こと他者に対する気配りは超一級のシッカリ屋さんだが、自分に気配りすることが頭からスルリと抜け落ちているウッカリ屋さんでもある。
「戦闘続行可能だ。消耗が激しい者と配置変更もできる」
クレアは淡々と的確に事実を告げる。「ソっかそっカ!」とシルミルテはニコリとして頷いた。
「ゲンキがイチバン!」
言いながら、シルミルテは掴みかかってこようとする腕の群れに、迸る稲妻の槍を投げつける。
雷光が、蕾菜の横顔を一瞬照らした。反対側に立て続けにもう一発、彼女が白獣の腕を宿した左手から放つのもまた、どこか神々しい光を帯びた御雷の槍。
着々と王との距離は離れつつある。
だが、なぜだろう。蕾菜を始めとして、誰しもの心に嫌な予感があった。
――このまま普通に逃げ切れるのだろうか?
「一糸乱れぬ動き。流石は数多の苦難を乗り越えてきただけはありますね」
そんな後ろ姿を、愚神商人は王と共に見守っている。
「如何なされますか、王よ」
商人が問う。すると、王は安らかに微笑んで――。
●LOTUS 03
それは唐突に起きた。
「怖がらないで」
王が愛し子に囁くように、そう呟いた瞬間。
絆の力で“一人”であった一同が、“二人”に別けられる。
「なん……」
「……じゃと!?」
リィェンとインは目を剥いた。共鳴しなければ、リンカーと英雄はAGWもスキルも用いることができない。つまり完全な無防備状態という訳だ。
「あれ? 共鳴が解除しちゃった?」
突然すぎる事態に、朝霞は目を白黒させた。ニクノイーサがすぐさま彼女の肩を掴む。
「なにしてる朝霞、はやく再共鳴だ」
「再変身! でしょ」
だが――再共鳴できない。なぜか。
「これは、リンクを切られたか……?」
顔をしかめた藍の言う通り。共鳴の為に必要な絆、誓約が無効化されていたからだ。
だったらどうすればいい?
答えは一つ。
今一度、互いに誓約を結べばいい。
可愛い英雄の足が泥で汚れないよう。ガルシアはすぐさま、レティを抱き上げた。英雄は目に不安をいっぱいにして彼女を見上げている。
「大丈夫――」
レティの白い頬に、ガルシアは頬を寄せた。冷たい、愛しい、“私の妖精”。北風のようなレティの体温も、不思議だ、温かく感じる。
「レティ。これまでよく一緒に頑張ってこられましたね。とても偉かったです。きっとあなたとなら、私はもっと強くなれます。だから、まだもう少しだけ、頑張りましょう」
オーロラを編んだようなレティの髪を、ガルシアは大切に大切に撫でた。
「もう一度、私と約束してくれますか? 私達が、皆様が、誰一人欠けないように――『守り紡いできた皆様との絆を護り続ける』と」
その言葉に。
レティは唇をきゅっと引き結ぶと、力強く頷き返した。勇気を灯した眼差しで。ガルシアは今一度、レティを抱きしめる。
「ありがとう」
奇しくもそれは二人が最初に出会った時、ガルシアがレティへ言った言葉。
泥が跳ねる。一真は、その身で月夜を飛沫から護ってみせる。
「たとえ、共鳴ができなくなろうとも、月夜を手放す理由にはならない……! 俺は、生きて、生きて月夜と添い遂げる! こんなところでくたばるわけにはいかないんだよ!!」
共鳴できるから、英雄だから、一緒にいるのではない。一真のその言葉を聴いて――月夜は、そっとその背を抱きしめる。
「私が夜空の月なら、あなたは私にとっての太陽……私が見つけた一つの輝き、だから私はこの世界に来ることができた……愛してます、一真。ここを出よう。一緒に」
「月夜――」
振り返る一真は、改めて彼女の体を抱きしめた。
「――愛してる。これまでも、これからも、ずっとずっと月夜を『愛し続ける』」
「私も。……一真、あなたを永遠に『愛し続けます』」
瞳を合わせ。
唇を重ねる。
二人を結ぶ絆の名前は、愛である。
結んだ誓約は過去ではなく、未来が為のものである。
「……病めル時モ、健やかナる時も?」
誓いの口付けから、相棒に視線を移し。シルミルテの右の目が、樹の左の目を見詰める。
「喜びの時も、悲しみの時も……?」
薄く笑んで、樹はそう続け。いいや、悲しい時なんてない。二人で一緒なら、毎日が楽しいハロウィンパーティだ。くすくす笑って、二人は小指を絡めた。
「「【これからも共に在り続ける】」」
なめてもらっては困る。藍は相棒へ凛然と振り返る。
「禮、行けるね?」
「愚問ですよ。兄さん」
真っ直ぐ答える禮の手には【黒鱗】。トン、と英雄はそれを地に突き立てる。
「絆とは、断てぬがゆえに絆なのです」
「ああ……征くぞ」
力強く、誇り高く。
藍は、禮の手に手を重ねるように、【黒鱗】に触れる。
「「『正義や組織の為でなく、小さく尊き幸せの為に』」」
蕾菜と風架にとって、誓約が途切れたのは初めてではなかった。
だから狼狽えなかった。どうすべきかもすぐに分かった。
「蕾菜、お前は何のために力を望む?」
風架は乙女の瞳を覗き込んだ。その言葉は、偶然に制約が結ばれたあの日、問うことのなかった言葉。黒い睫毛が影を落とす眼差しは霧中の湖畔のように静かで、深い海のように果てしない。そこに在るのは寝ぼけ眼の麗人ではなく、神と呼ばれた獣であり――かつて先代と共に在った“クロス”の姿。
「……私は、」
その圧倒されるような神気に、美しさに、畏敬に、蕾菜は寸の間だけ止めた息を飲み込んだ。
「皆を守るだけの力がほしいです。……私は、きっとあの人みたいにはなれません。だけど」
先代とは力の適正も違う、守る力でさえ届かないことも分かっている。それでも。蕾菜の心にあるのは劣等感でも惨めさでもなく、憧れだった。目指す先にある背中は――ずっとずっと、同じだった。
「それでも、クロス……もう一度、『力を貸してください』」
戸惑いながら。それでも心からの言葉。
神獣は瞳を細めた。一人目ほど乱暴な言葉ではなく、二人目ほど大きな望みでなく、そして始まりほど無謀ではなく――しかし揃いも揃って真っ直ぐで。
美しい。
「えぇ、いいでしょう。久しぶりに、目を覚ましましょうか」
――少し照れ臭いかも。キースは心の片隅でそんなことを思いながら。でも、本当の想いこそ、きちんと言わないと伝わらないこともまた、彼は知っていた。
「共に探究し続けること」
言葉と共に、ヒラリと向ける手。自分よりも背が低い彼女にも届く位置で。
「共に探究し続ける……」
英雄は円らな瞳を瞬きさせた。じっと見上げるキースの笑みは、兄のように優しくて。
「そう、一緒に」
「……わかった! そのためにもここで全力を出さないとね!」
キースよりも小さな掌で。キースと同じぐらいの想いを込めて。紙姫は、彼の掌とハイタッチを交わす。
「あいつのせいでニックが地球に飛ばされたのなら、あいつをやっつけてニックを元の世界に帰してあげる! そのためにも、いまは絶対この窮地を脱してみせる!」
朝霞は力強く英雄へ振り返った。変身が解けても、“大宮 朝霞(聖霊紫帝闘士ウラワンダー)”の瞳が宿した情熱は変わらない。
ああ、本当に、変わらないよなぁコイツ――ニクノイーサは小さく笑んで。
「こんなところで朝霞を死なせるわけにはいかない。朝霞は絶対に生かして帰す。そのためにはもう一度共鳴だ!」
無事に帰ろう。両手一杯の希望を込めて。
「いくわよ、ニック! 王に変身シーンの神髄を魅せてやる!」
「おまえはこんなときに……いや、それでこそ朝霞か」
苦笑しながらも、ニクノイーサは準備動作に入っていた。交わす視線、交わす笑み。
「「変身! マジカル☆トランスフォーム!!」」
ずっとずっと変わらない変身ポーズ。キラキラ輝くハートが舞い、目にはバイザー、スカートは夢とフリルをたっぷりと、指先には白いグローブ、つま先には可愛いブーツ、そして最後にマントを華麗に翻し。
「聖霊紫帝闘士ウラワンダー、再び参上! 悪いけど、ウラワンダーの最終回にはまだちょっと早いわね!」
二人に隔たれた体。インはまじまじと己の両手を眺めていた。
「なるほど……さすがは王じゃ。何でもありじゃな」
「感心してる場合か!!」
すぐ共鳴を、とリィェンが語気を強める。対して、インの物言いは優雅であり、静かであった。
「のぅ、リィェンよ。敵ながらあれはまさに王じゃ。それどころか一つの世界と言えるのじゃ。あれを前にして貴様は覚悟を持てるか? 武の鬼程度では太刀打ちできぬ世界を相手にする覚悟を」
「なにを今更、言ってやがる」
笑止と言わんばかり、男の瞳は燃え滾る刃のようで。
「あぁ、確かにアレがやばいのは、分かりきってるよ。だからと言って俺が殺ることは変わらねぇ。王だろうが世界だろうが――邪魔する奴を狩る鬼となるだけだ」
「なんの為にじゃ」
「俺を救った光のために」
「……ふ」
武姫は軽やかに笑み、目を伏せた。次の瞬間には、その金色絢爛の眼差しを以て、彼女は鬼に応える。
「迷いもせずよく言うた。ならばこの時を以て契約を更新するのじゃ!!」
インが掲げる屠剣。リィェンはそれに手を伸ばし――
「「『万敵断つ鬼となる』」」
握り締める剣。銀の陽炎を纏いながら、振り返りざまに“リィェンとイン”は滅びの腕を斬り捨てる。
立て続けに巻き起こるのは華のような大火。リィェンに並ぶのは、気高き鉾を手にした“藍と禮”だ。
「やらせるものかよ、黒鱗の人魚の名に懸けて」
黒鱗をひゅるんと一回し、王に向ける切っ先を以て、叛逆を奉る。
「我らが名は“H.O.P.E.”、たとえ絶望に塗れようとも、誇り高きその光は、けして潰えぬものと知れ」
負けはしない。負けやしない。負ける訳にはいかない。
次々、新たな誓約を以て再共鳴を果たした“英雄”達がひた並ぶ。
しかし――だ。
この状況の中、それに倣わぬ者がいた。
「逃げの一手も、先を見据えて然りと言うもの――本当に?」
くつくつと、笑んだのはナラカである。
「まさか。力が足りぬ時期が合わぬと口にするは惰弱な戯言であろう。覇を称え王道を征く我等には不要のもの」
その瞳は真っ直ぐと王へと向けられていた。丁度、王から離れんとする仲間達に背を向ける形である。その隣にはカゲリが、神鳥の傍らに控えていた。
「決めたのならば果てなく進みて遂げるのみ。例えそれが黄泉路に続く坂であったとしても」
どんな敵にも、どんな受難にも、背を向けたことはなかった。何よりも、ナラカが昂揚しているのだ。然れば付き合わない訳にもいくまい。
例えそれが、人々に試練をもたらす道であったとしても。
例えそれが、邪英化であったとしても。
犠牲にあらず。この道が、未来を切り開くものであると信じている。
仲間に、人類に、未来に、希望に、尽くすのみ。
ゆえに――二人は迷わない。
「愚神商人よ。取引だ。我等を代価に皆を逃がせ。……アッシェグルートとの約束もあってな、私も敵として人類と対峙したいのだよ。その真なる輝きを知る為に」
ナラカは美しく残酷に微笑んだ。カゲリは是と唇を結んだ。
人類と対峙したい――? その言葉に、エージェント達に動揺が走る。が。
直後のことである。
ぱん。
破裂音? 炸裂音?
否、違う。
平手打ちの音だ。
クレアが、カゲリとナラカの顔面を、容赦なしに打ったのだ。
「お前のそれが他を殺すと言っている。多くの戦いの中で何も学ばなかったか、青二才」
鋼鉄のような無表情だ。淀みなき言葉だ。
しかしクレアの瞳と脳は煮え滾っていた。リリアンとの再共鳴の誓約すら吹っ飛ぶほどに。
邪英化して人類と敵対したい。それは甚大なまでの裏切りである。
今この状況から言えば、邪英が発生することは、エージェント側にとって貴重な戦力が一つ欠けた上に強力な敵が増えることを示す。
例え愚神商人が取引を呑んだとして。今この場で、九組が脱出できたとして。では、発生した邪英はどうする? 放置する訳にもいくまい。結局、人類はそれと対峙して戦力を消費せねばならない。そもそも、強力な邪英が人里に降臨したらどうなる? 何百何千もの死人が出よう。犠牲になるのは、罪なき力なき市民だ。
だからこそ、クレアはカゲリとナラカの前に立ち塞がる。数多の民を守る為に。ここを通りたければまず私を殺してみせろと言わんばかりに。次は平手ではなく拳だと、筋が浮かび肌が白むほど掌を握り込みながら。
「――……」
カゲリは目を細めた。クレアに打たれた横っ面がジンと痛み、赤くなっている。まあ、容赦なくやってくれたものだ。
「ふむ」
愚神商人が興味深げに呟いた。気が付けば、その異形はそんなカゲリとナラカのすぐ傍にいた。
「私としてはやぶさかではありませんよ。それに、カゲリさん・ナラカさんの交渉にNOとは言っておりません」
「そレじゃあ、いっぱイ邪魔スるヨ!」
割り込むように声を張ったのは共鳴姿のシルミルテだ。言い終わりには、ライヴス結晶を愚神商人の手に目がけて投げつける。愚神商人の手を鋭角で弾いた結晶は、そのまま泥の中に落ちた。
その間に、だ。キースはカゲリへフック付きワイヤーを射出し、引っかけ、強制的に愚神商人から引き離す――やれやれ。観念したナラカも、引っ張られるカゲリに掴まり愚神共から離脱した。こうまで仲間に阻止されては、邪英化も叶うまい。流石に仲間を殺してまで邪英化するのは本末転倒と理解していた。
ようやっとクレアは拳から力を抜き、愚神商人から跳び下がる。溜息と共に、独り言ちた。
「……そうだな。日本には魔法の言葉がある。年長者の言うことは黙って聞け」
「年上を敬え、なんて言葉もあったかしら。好きじゃないけど、こういう時はいい言葉ね」
クレアを迎えたリリアンは肩を竦めた。それじゃあ引き続き頑張りましょう、と再誓約を促す。
「オじゃマ成功!」
ニッ、とシルミルテは悪戯っぽく笑む隻眼を愚神商人に向けていた。
「コノ間の取引、ワタシが要求しタ問いに答えは無かッタ。コレ以上は過払いヨ」
『私の分含めて』
「目ノ返却はイラナイ! かラ、ワタシと樹のリンクを変に弄ったノだけ戻しテ」
その言葉に、愚神商人は自らの顎をひと撫でして。
「その眼の、“治らずの呪い”を解いて欲しい と」
樹とシルミルテの目は治らない。回復魔法を施しても、アイアンパンク化しても、見る力は戻らない。それはライヴスの繋がりへの干渉、邪英化術の応用ではないか、とシルミルテ達は導き出していた。
愚神商人は肩を竦める。
「ああ――申し訳ない。私、能動的に“治す”ことは一切できないのです。しないのではなく、能力として備わっていない。御覧の通り、ご存知の通り、治そうと思えば破壊してしまいますので」
例えるなら、キーボード全てがデリートキーのような。商人は終始、紳士的な物言いだった。
「ですが手段はあります。私が死すれば治るようになります。大丈夫……きっとできますよ。私は人一人殺せないような弱い愚神ですから」
「ふゥん、あっソ」
素っ気なく応える。もとよりNOは大前提だった。
だが、その上で。
魔女の顔から表情が失せた。
『【“魔女の子”の瞳の対価に相応しき贄が その手から零れることになる。一つ欠けたるは儀にあらじ】』
それは“ソレ”の真の声。
ただの言葉だ、音の羅列、しかしながら。
込めたのは渾身、“最悪たる災厄(本当の姿)”、魔女の呪い。
言霊は風のように、霧のように、世界に響く。王と商人に届く。
「貴方の“呪い(想い)”は――」
愚神商人が含み笑う。
「刃に込めれば。王にも届くことでしょう。裏を返せば、呪いなき攻撃で、王は一切揺るぎません」
その言葉を聴いて、シルミルテはマナチェイサーを起動する。も、次の瞬間には「うッ」と顔をしかめて目を閉じた。この空間に充満するライヴスがあまりに濃すぎて、眩し過ぎるほどだったのだ。流れも痕跡もあったものではない。
「ふゥ」
ぱちぱちと目を元に戻して。次の時にはもう、魔女は嘲笑を浮かべ王を見詰めていた。
「自分以外のヨソかラ! 盗ルことシカでキナいノネ! ヨソかラ盗ってどウスルの? 張りぼてノオ城でも造ルツもり?
――支配? ハッ! 何 ヲ ?」
なるほど、王は強大にして絶大である。なれど、そのやり口だけは、決して満ちることのない貧者のような行為は、嗤わずにはいられなかった。
その時にはもう、シルミルテは手を翳していた。浮かび上がる魔方陣より放たれるのは大輪の烈火である。愚神商人の眼前で炸裂したそれは、その炎の揺らめきをもって目晦ましとなる。
「よろしいので?」
火の粉を払いながら、愚神商人は後方の王へ問うた。あのままではエージェント達は逃げられるだろう。このまま逃亡させても良いのか、と。
「少し戯れられては。彼らも喜びましょう」
嘘ではない。王の攻撃手段という情報を得られるのだから。そう、もう少し手の内を見せた方がきっとフェアだし――もう少し絶望に浸らせた方が、良い絆を生みそうだ。
そんな商人の意図を、王がどこまで汲み取ったかは分からない。
ただ、それは一つの言葉を口にした。
「エレン・シュキガル――」
愚神とは王の駒。王の道具。王の武器。
しからば【神月】において情報の断片として語られた愚神を、王が“武器として揮うことができる”のは道理。かくしてそれは王の掌の中、収穫者の象徴たる大鎌というカタチへと、その身を変成させる。
「備えて――!」
キースは素早く一同を見渡した。見渡して……つい、困ったように笑ってしまった。
誰も彼も、その多くが。
いざという時はこの身を贄に、餌にしてでも、自分という命を終わらせてでも、危険を冒してでも、皆を帰す。
そんな目をしていたのだ。
かくいうキースもその一人で。密かに一真へ指揮のバックアップを頼んでいたほどで……。
「……紙姫、悪いね」
もし一人で王の足止めをしたならば、絶対に死んでいただろう。自分の作戦で殺していたかもしれない英雄に、キースは小さく謝罪を述べた。
『何があってもあたしだけはキース君の味方だよっ!』
なれど、紙姫は鮮やかに微笑むのだ。『みんなを信じよう?』と続けられた言葉に、キースは頷く。
そこまで全員の肝が据わっているならば上等。
“踏み止まって自分を犠牲に他を生かす”ことを、ほとんどのエージェントが思っているならば。それを各人が決行してしまえば、結果としてほぼ全員が踏み止まって壊滅することになる。そんなこと、本末転倒限りない。誰かが皆を出し抜いて敢行しても、その誰かを救う為に、雪崩れるように全員が自己犠牲に奔るだろう。
では今から、誰が残るか相談する? 時間がないし、そもそも結論が出るまい、「自分が残る」と全員が口を揃えることが目に見えているからだ。
だったら、もう、いっそ。
自分を殺してでも生かしたい“皆”で、帰ろう。
次の瞬間にエージェント達の肌を奔ったのは、レガトゥス級愚神という武装より放たれた斬撃。エレン・シュキガルという決定者の権能は決定という裁き。動作は要らぬ不可知の攻撃。王は優雅に微笑むのみ。
血花が咲く。咲き乱れる。
それよりも心に奔るのは、「こんな相手から逃げられるのだろうか」と不安の傷。もう足を折って諦めた方が楽なのではないかという絶望の膿。どうせ勝てないという諦めの痛み。
されど――。
クレアは肩を竦めた。馬鹿ばかりだ。そして自分のそんな馬鹿の一人だった。全員生還を至上の結果と知りながら。落伍者を出さない手段に知恵を巡らせ、倒れた者が出れば担いででも帰ろうとしていた己を知りながら。じゃあもう、全員で生きて帰るしかないじゃないか。
「帰りましょう、レティ。私とレティと、それから、皆も一緒に……必ず!」
ガルシアは、もう自分が逃げられない時にはレティだけでも生かして帰そうと考えていた。でも、誰も欠けないことが一番いい。そこには自分も含まれているのだ。誰かが、自分を殺してでも生かそうとしている命なのだから。
『うん。だって、“約束”だから!』
レティが想いを込めてガルシアに応える。帰還への強い誓いは、二人だけのものではない。活路への希望を込めて、ガルシアは銀時計から響かせる鐘の音で襲いかかる腕を迎撃する。
ただ、ただ、皆を守り、守りきって生き延びる。
それは蕾菜と風架も同じ。そして知った。自分達もまた、皆からそのように思われている対象だったと。
「私は――足を止める訳には、行かないのです……!」
巨大な拳が仲間に届かぬように受け止め、泥の中に叩きつけられても。泥だらけになって汚れても。希望に輝くその瞳は、星のように輝いている。
「全力全開! ウラワンダー☆アタック!」
迫る掌を、朝霞は真っ向から見澄まして。レインメイカーを力の限り振り被る。この一撃は自分が生きる為であり、皆が生きる為と心を込めて。
確かに、彼らを繋ぎ勇気を与えたそれの名前は――絆だった。
「邪魔をするな……俺達は生きて帰らなきゃならないんだよ!」
『私は王の支配なんて受け入れない。この人と共に生きるって、決めたから!!』
一真と月夜は声を心を力を重ねる。後方の王は射程外、なれどこの腕が王の指であるというのなら。渾身の稲妻の槍を、その指先に突き立てる。
リィェンも同様に。届かぬ、なれど狙いは真っ直ぐ王へ、屠剣の斬撃を飛ばし、奉ろわぬ意志を示した。己は王に搾取される奴隷ではない。奪い、壊し、狩り尽くす鬼だ。
「今は無理だが……その首、絶対に狩らせてもらうぜ」
王。絶対に、斃さねばならない相手。
その姿を、その脅威を、一同は心に焼き付ける。
「玉砕覚悟で仕掛けるのも一興だろうが……」
『いまは撤退を。それはまたの機会です。……おうさまもその心算ではないでしょう』
黒鱗を以て活路を切り開きながら、藍と禮は遥かの王を見やる。
(私たちを、殺そうと思えば、殺せていた……)
禮はライヴス内で唇を結ぶ。共鳴が解かれた刹那に滅びの腕を振るわれれば、エージェントは成す術なく全滅していたことだろう。今だってそうだ。追いかけてこない。エレン・シュキガルによる攻撃も一度だけ。
『……まだ、同じ舞台にも立てていません。でも』
これは、諦めではない。
だからこそ、禮は告げる。
『……おうさま、私たちは、あなたを否定します。ごめんなさいね』
災禍の姿は遠退いていく。
少しずつ、滅びの腕の追撃も疎らになって来たように思う。
キースは最後に、“見て”いるのだろう商人に告げた。
「いずれまた会う時が来るでしょう。その時はまた、持てる知恵の全てを使ってお相手します」
●LOTUS 04
背後から迫る暴力を振り払いながら。
終わらない泥道を、どれだけ、どれだけ、どれだけ走ったことだろう――。
――そして。一同がハッと目を覚ましたのは、北極付近のベースキャンプだった。
飛び起きる。周囲を見渡す。H.O.P.E.医療班がこちらに気付き、「ご無事ですか?」と心配そうに声をかけてきた。
なんでも、いつの間にやら、ベースキャンプ付近で一同が倒れていたそうだ。落伍者はなし。全員、命に別状はない。負傷は酷いが、幾許か治療も施されている。
ゆっくりと頭を整理している時間はなかった。キャンプ内は慌ただしく撤収の準備が進められていた。
というのも。無尽蔵に湧き続ける従魔、愚神の猛攻に、北極は陥落間近。H.O.P.E.側勢力の被害は甚大。……急ぎ撤退せねばならなかった。
空は死人のように白い。
この世界の混沌が、加速していく。
知れ。終わりの時は来たれり。
されど知れ。未だ、完結ではないことを。
重ねて信じよ。未来とは、切り拓くものである。
『了』
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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