本部

闇に消えた礎

一 一

形態
シリーズEX(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
7人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/10/04 20:13

掲示板

オープニング




●黒幕の名は
「トリノの神父がしくじりました。今頃、H.O.P.E.に情報が流れているでしょう」
「……そうか。彼らも中々に動きが早い――いや、実際は遅すぎるくらいなのかな?」

 イタリアのシチリア島にある、とある海運会社の一室。
 筋骨隆々なスーツ姿の男に頭を下げられている、紳士風の初老男性は小さく苦笑を漏らす。

「いや~、僕らも運が悪い。いつもなら無能の口封じを依頼するマガツヒが、清十郎様の意志で多くが活動中の身だろ? それなりに長い付き合いでも、そんな状況じゃ零細ヴィランの尻拭いなんて頼めないよ」

 茶目っ気をうかがわせながら肩をすくめた初老男性だが、スーツの男からの反応は小さい。

「いかがしますか、ボス?」
「ん~、とはいってもね。腰が重い彼らだってバカじゃないよ? 僕の読みじゃ、数日後にはここの存在もバレるだろうから、今さらもみ消そうったってムリムリ」

 愉快そうに笑って手を振るボスと呼ばれた男は、スーツの男から向けられる険しい視線に一切動じない。
 ……いや、それどころか自身の危機を面白がってさえいる。

「ちなみに、このことを知ってるのは?」
「私を含め、幹部には伝達済みですが構成員にはまだ」
「そっか。それならいいよ、何もしないで。『競り』の準備だけさせておいて」
「しかし――っ!」

 あまりにも適当な指示を出すボスに、さすがの幹部も意見しようと口を開く。

「聞こえなかった?
 僕は
 何も
 するなと
 言ったよ?」

 が、一言ずつゆっくりと区切られた台詞と、冷然とした笑みを前にした幹部は呼吸の仕方を忘れた。

「適当に集めた構成員とは違ってさ、君たち幹部には僕の意向を飲み込んだ上で誓ったはずだろう?
 この組織はヘマさえしなきゃ基本的に自由だけど、逆を言えばヘマをすれば終わりなんだ。
 マガツヒの下部組織として好き勝手してきたんだから、幕引きくらい筋は通すべきだよ。
 ほら、首に触れた死神の鎌ばかり気にしてないで、上を見てごらん?
 ――今まで殺してきた子供たちが、手ぐすね引いて待ってるよ?」

 顔がひきつり、足が思わず一歩下がった幹部の様子を見たボスは、直後唇をとがらせ吹き出した。

「ぷっ、あはは! ちょっと怖がらせる言い回しをしてみただけなのに、汗すごいよ、君?」

 からかうように指を指すボスだが、幹部が笑みを浮かべることはない。

「ま、ずいぶんサビが浮いた組織になったんだから、頃合いといったら頃合いじゃない?
 だから、最後はド派手に在庫一掃セールだ。
 今までの顧客全部に声かけてさ、H.O.P.E.を歓迎してやろう。
 喜ぶよ、きっと」

 なぜなら、ボスは一言も『冗談だ』とは口にしていない。
 敵対者を殺すようにあっけなく、客ごと自分たちの未来を手放せと平気で命じる姿に確かな狂気が見える。

『組織の最期は、後腐れなくみんなで心中だよ』

 組織発足時にボスが冗談のように告げたルールが、幹部の記憶から這い出てきた。
 よくある裏切りへの牽制だと誰もが思っていたそれは、ボスにとってのみ言葉通りの意味だったのだ。

「あ、別に逃げてもいいよ。清十郎様には僕からケジメを伝えとくから」
「っ!! し、しつれい、します……」

 そして、最後はプラプラと振られた手で退室を促され、幹部の男は顔を青くして部屋から出ていく。

「……まったく、10年も経つと我が身かわいくなるのかなぁ? それとも、10年以上無事だったから勘違いしてたのかも。ずっと暴力の庇護下にいられるなんて、あるはずないのにさ」

 1人になったボスはひとしきり笑った後、ガラス玉のような瞳を天井へ向けた。

「さて、僕の首はどこまで飛ぶかな、死神さん?」

 己の首にそっと触れ、ボスは組織の看板でもありスローガンでもある言葉を口にする。

「Sia la luce!」

 ――『光あれ』、と。



●裏オークションを潰せ
『皆さん、準備はいいですか?』
 通信機越しに聞こえるH.O.P.E.職員の声に、各々が短く返事をする。
 子供の万引きから明らかになった人身売買事件は、ついにヴィラン組織のアジトへ踏み込む段階に至った。
『警察の方々はヴィラン以外の関係者や子供たちの確保を、エージェントの方々はヴィランの拘束をしてください。エージェントの方々は人数から負担が大きいですが、よろしくお願いします』
 以前に逮捕した神父の供述から調査を進め、この日にオークションが開かれることを知った。
 警察は現地の協力を得られ大勢集まったが、エージェントは召集がうまくいかず少数精鋭の形となる。
『敵戦力に特筆すべき点はないようですが、10年以上も地下で活動してきた組織です。決して油断しないよう、速やかに制圧しましょう』
 あえて職員も口にはしなかったが、ここに至る流れがスムーズ過ぎて不気味さが拭えない。
 まるでここまで誘われたような感覚だけで、敵の罠を警戒するには十分な根拠といえる。
 しかし、ここで引くわけにはいかない。
 多くの幼い未来が、この作戦にかかっているのだから。
『それでは――突入開始!』
 そして、職員の号令で全員が倉庫へ走っていった。


解説

●目標
 人身売買ヴィラン組織の摘発
 孤児の救出

●登場
 ウーゴ…少なくとも15年以上前から活動している、マガツヒ傘下の中規模ヴィラン組織『Sia la luce』を統率するボス。仕草や口調はお茶らけた初老の紳士だが、比良坂清十郎の思想に賛同したサイコパス。

 護衛ヴィラン×100…数だけは多いが、実力はほとんどが格下のチンピラ。内、警戒すべき実力者は5人いる幹部クラスで、チンピラを指揮しつつウーゴの護衛として周囲を固めている。

 孤児…イタリアを中心にヨーロッパの国々から商品として集められた。現場にいる数百人は全員睡眠薬(人体に無害)を投与され意識はないが、何故か健康状態がいい。

●組織情報
 イタリアのシチリア島にあるダミー海運会社が本拠地
 表向きは小規模ながら運送業としての活動記録もあり、複数の倉庫を所有
 裏では各地で協力者を得て誘拐した子供を商品として売買
 主な顧客はヴィランとの繋がりがある医療機関で、個人よりも企業との取引が盛ん

●状況
 情報は教会の調査で発見された書類や、逮捕された神父やヴィランの証言が中心
 神父の取引に介入し、調査で行き着いた先がシチリア島
 襲撃当日、PCは警察と連携しオークションが行われる倉庫へ突入→戦闘・逮捕
 組織の持つ販路の全容がいまだ不明のため、少なくともリーダー格は殺さず逮捕が望ましい

(PL情報)
 過去に売られた子供は解剖・薬物治験・改造手術などによりほぼ全員死亡
『世界触』以降に認知された種族を研究対象とみなし、残虐非道な方法もいとわず多くの子供を犠牲にした
 ただし、一部の実験により社会貢献を果たした側面もある

・能力者・英雄→『過感覚』など、誓約で生じる希少事例の発見と治療法の研究
・ワイルドブラッド→動物の因子による種族特有の傷病に有効な治療法の確立
・アイアンパンク→人体を機械化する技術の発展(神経接続時の拒絶反応データなど)

リプレイ

●錆びた闇を照らす光
 依頼内容を聞いてすぐ。
「……どこにいっても、人の業は深いものですよね」
「ロロ」
 構築の魔女(aa0281hero001)と辺是 落児(aa0281)は、前回トリノの教会で押収した書類を確認していた。
 神父が荷物に紛れた子どもを搬入・搬出したらしき期日と頻度から、オークションの開催日を予測。
 情報を整理した一覧を資料としてH.O.P.E.や警察に提出した。

「う゛ぁひゃっひゃっ! ちぃと聞きたいことがあんだけどもよ!」
 別の日。
 こちらはヴァイオレット メタボリック(aa0584)が知り合いの元ヴィランの少年に連絡を取っていた。
 相手組織の情報を探るためだったが、正直さほど期待はしていなかった。
『イタリアの人身売買組織? ……まさかそこの頭、ウーゴって奴?』
 だが、電話口の少年から出た困惑の声にさらに尋ねる。
『確かH.O.P.E.発足の前からあるマガツヒの下部組織で、寿命の長さとボスのイカレっぷりで有名だよ』
 いわく、ウーゴは少しでも『仕事』の痕跡を残せば関係者ごと消すサイコパス。
 徹底的なやり口に賛否はあるが、今までH.O.P.E.の目を逃れてきた手腕からある種のカリスマ性を持つ。
 そして、安易なトカゲの尻尾切りさえなければ、大組織に匹敵する力があっただろうこと。
『さすがに内部事情までは無理。個人の好奇心で探るには、いろんな意味で相手がヤバすぎるよ』
「なぁにぃ、気にするでねぇだよ。危険なことやらせて死なれては困るだぁよぉ」
 そう締めくくった少年に礼を述べ、ヴァイオレットは通話を終えた。



 そうして集まった情報を携え、決行当日にエージェントたちは最終確認を行う。
「ヴィランズかかわりなら、『後片付け』は万全にするのでしょうね」
「せめて、自分を律するに留めてくれたら良いけど」
 まず、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)と荒木 拓海(aa1049)は敵の暴走を懸念に挙げた。
「拓海なら何処に何を仕掛けるかしら?」
「倉庫の周囲ごと巻き込む毒ガスとか、証拠隠滅なら爆破か火災……あたりかな」
 入手できたウーゴの顔写真に視線を落としつつ、伝え聞く性格や行動などから傾向を予測。
 メリッサの問いに淡々と答えた拓海だが、全滅を前提にした罠の候補ばかりで自然と表情に苦みが走った。
「おらたちの調べじゃ、ここに罠があるかまではわがんねがっただよ」
 同じようにノエル メタボリック(aa0584hero001)もため息をつく。
 倉庫の見取り図は見つかったが内部を改造している可能性もあり、参考程度にしかならない。
 長く裏社会に潜んでいただけあり、独自の情報網を駆使しても結局裏を取ることはできなかった。
「いいだか、六花? サイコパスってのは、異常者でねぇ。他人への考え方や感じ方が、ちぃとばかしちげぇだけだ。そんだけでこの世から排除する理由にゃ、ならねぇべよ」
 ヴァイオレットはウーゴの情報を伝えつつ、心の中に不安を飲み込み氷鏡 六花(aa4969)の安全を祈る。
「……ん、わかってる。ボスは、殺さない」
 孫娘のように想う少女は、戦いを経て日に日に殺意を表に出すようになっていた。
 今も無意識だろうが、敵がヴィランなら殺しても良心が痛まないという態度でいる。
 その姿がとても危うく、胸に拭えないしこりとして残った。
「子供達が一番の被害者なので、丁重に保護願います。子どもに何か仕掛けをされたり、幼いヴィランが紛れ潜んでる可能性もあります。目覚めたら挙動に注意して、気になる点は早めに知らせてもらえませんか?」
 すでに共鳴した拓海は警察にいくつか注意を残し、次に仲間へ振り返る。
「それと、倉庫内に愚神らしい反応はありませんが、かなり大勢の能力者が中にいるみたいです。どこから進入しても戦闘は避けられそうもありませんが、建物の構造や敵の配置から進入しやすそうなのは――」
 外からモスケールで調べて判明した倉庫内のライヴス反応や、確認された建物の構造的なもろさから別働班と突入方法を話し合った。
「了解した。ならば俺は、東側の側面から単独侵入を試みる」
 拓海からもたらされた追加情報から、侵入口として窓に目を付けたテジュ・シングレット(aa3681)。
 人が出入りするにはかなり高い位置にあるものの、自身の脚力なら届くと判断したためだ。
「敵ヴィランの事は俺達に任せろ。そちらはどうか、子供達を頼む」
『任せてください!』
 去り際、テジュは警官たちへ信頼を示す微笑を浮かべて待機位置へ向かっていった。
「アタシは敵陣の真ん中に突っ込みたいんだけど、壊すなら屋根か壁のどっちがいいと思う?」
「どちらかといえば壁かな? 下手に屋根を破壊して崩落すれば、子供に被害が出るかもしれないしね」
 一方、恋條 紅音(aa5141)はヴィクター・M・メルキオール(aa5141hero001)の返答に納得する。
 ライヴス反応から敵の配置は判明したが、正確な子どもの位置や状態まではわからない。
 倉庫の強度も信頼性に足るかは不明であり、子どもの安全を最優先としヴィクターの意見を採用した。
「少数精鋭とはいえ、流石に人手不足みたいだから参加したけど……」
『無差別の自爆もあり得る相手らしいからな、油断するなよサチコ』
 急遽召集を受けてスポット参戦する鬼灯 佐千子(aa2526)はすでにリタ(aa2526hero001)と共鳴。
 クリアリング用に火竜を取り出し、突入の準備と作戦の段取りを確認する。
「どうも、こちらに嗅ぎ付けられたことを前提としているような、違和感がありますね」
 構築の魔女は相手が古株のヴィランズとは思えない脇の甘さを警戒する。
 少なくとも10年以上は存在する組織が、H.O.P.E.との純粋な戦力差を理解していないはずがない。
「確か、マガツヒの『失敗を死で贖(あがな)う』を忠実に実行しているのでしたか……我々を迎え撃つことで、相手に何か利益があるでしょうか?」
 最終的に集まった組織の情報を思い出し、ここまで妨害がなかった裏を読もうとする。
「いえ……こちらを勝たせない、という意図があるかもしれませんね」
 資料の遺棄・重要人物の逃走か自死・拠点爆破などによる証拠隠滅。
 あらゆる可能性を警戒し、構築の魔女は二挺一対の『愚か者』を手に佐千子と裏口へ向かった。

「子供は、未来の世界の宝だ。それを奪う事は、良くない事だからっ、悪の敵として戦う! 変身!!」
 そして、紅音は倉庫西側の壁面からの突入を決めて共鳴。
 マントをはためかせた黒鎧の腕には、悪魔のそれと見まがう黒と紅の鉤爪が不気味に光る。
「今回は全員壊していいのですよね、母様?」
 その背後には、きらきらと期待に満ちた表情のアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)がいた。
「えぇ。死んで終わりなんて優しさをかける価値がない連中ですもの」
 隣でエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)が頷いた後に共鳴し、魔導銃を握り締める。
「――むしろ、死んだ方がマシと泣き叫ぶくらいやってしまいましょうね」
 過去の経験から燃やすヴィランへの憎悪を、穏やかな笑みの仮面で隠す復讐の魔女。
 大切な人を奪われた母と、世界から拒絶された子にとって、今回の相手はとうてい許せる存在ではない。

「ごごのせけぇに何かを起こす予兆だベか。オラも元々孤児だ、誘拐して商品にするなんて許せねぇべ」
「子供を使うか、んだな。ぜってぇろくでもねぇごどにちげぇねぇだ。どめねぇと」
 そして、正面入り口の前ではヴァイオレットがノエルと軽く言葉を交わし、共鳴。
 隣にはメリッサと共鳴した拓海が控え、臨戦態勢は整っている。
「行こう、アルヴィナ……邪魔するものは、全部、凍らせる」
『ええ――六花が、それを望むなら』
 2人の前には六花がアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)と共鳴し、扉を見据える。
 展開された終焉之書絶零断章がライヴスを凍気に変え、ライヴスが膨れ上がった。

●惑う闇と揺れる灯火
 倉庫内ではすでにオークションは始まっており、大勢の人が集まっていた。
 すると、入り口の扉が静かに開く。
「あ? 誰だ――っが!?!?」
 蝶番がきしむ音に反応したヴィランが振り向くと、彼の視界はすぐに冷気の炎で埋め尽くされた。
『う、わああぁぁっ!?!?』
「……ん。荒木さん、ノエルさん、気をつけて」
『氷炎(ブルームフレア)』で混乱した客の絶叫に敵の声がかき消え、六花は数歩後退し道を開ける。
 氷炎の勢いが衰えれば、脱出経路と空気の逃げ道を作るため拓海が扉を破壊し中へ突入した。
「H.O.P.E.のエージェントだ! 全員、武装を解除――」
「――するわきゃねぇだろ!」
 続けて声を張った投降の勧告はすぐさま否定され、返答とばかりに向けられたのは怒気と銃口。
「やあ、いらっしゃい」
 穏やかな男性の声に反応して奥を見やれば、見世物のような鉄柵の檻に横たわる子どもたちの姿。
 そして、檻の隙間から友人の来訪を歓迎するかのようにウーゴが笑顔を浮かべていた。
「撃てぇっ!!」
「くっ、向こうの装備は銃器ばかりか!」
『射線に注意しないと、味方や子どもたちにも当たりそうね』
 連続で射出される弾丸をウコンバサラで防ぎながら、拓海は肉薄した1人を『戦闘不能』に。
 メリッサの懸念を聞いて、倒したヴィランを流れ弾から逃がすよう遠くへ放り投げた。
「経路を確保します! お2人は指揮系統をお願いします!」
 さらにシルバーシールドを前面に構えたノエルが突入。
 飛来する銃弾の衝撃を受け止めつつ、『フットガード』を六花と拓海も収めて自身に付与して前へ。
 手近なヴィランへ『気絶』を狙ったシールドバッシュを行い、突破口を開こうとする。
「……ぐっ!?」
 最後に、六花が壊れた扉をくぐったところで飛んできた銃弾を避けられず鮮血が舞った。
『六花!』
「威勢がいいね~。若い子は元気が一番だ」
 アルヴィナの声で六花が顔を上げると、銃撃した幹部の後ろからひどく愉快げなウーゴが笑っていた。
 バタバタと出口へ殺到する客らが立てる雑音の中でもその声はよく通り、妙な苛立ちを覚える。
「闇雲に撃つな! 同士討ちしてぇのか!?」
『は、はい!』
 ボスの余裕を受けて幹部が指示を出せば、浮き足だった空気が消えて体勢を立て直していく。

 直後、倉庫の裏口からも轟音が響き扉のノブが鍵ごと吹き飛んだ。
「――こっちからも来るぞ!」
 付近に配備されたヴィランが銃を構えると扉がさらに蹴破られ、1人が素早く進入してきた。
(建物の形状とオークション会場から考えるに組織中枢は……っ)
「ぎゃあっ!?」
 先行したのは構築の魔女。
 手近にいた1人へ銃弾を叩き込んで『戦闘不能』にし、すぐさま目視で周囲を観察する。
 倉庫内部は遮蔽物がなく、ほぼ開けた空間。
 対面するは数十の銃口と、それに倍する瞳。
 奥から響く幹部らしき人間の声と、人垣の上にのぞく檻の天井部。
 そして、すでに包囲されている状況に目を細める。
「さて、これは強行突破しかないでしょうか?」
「――殺れぇっ!!」
 瞬間、銃から放たれた異口同音の咆哮と銃弾を前に、構築の魔女は不敵に笑う。
 もはや戦闘は不可避と安全圏へ身を踊らせ、破壊された裏口から離れていった。
『敵戦力が分散したようだ。私たちは今の内に、地下のクリアリングに向かうぞ』
「了解」
 裏口付近から一時的にヴィランが消えたところで、リタに短く答えた佐千子が小走りで倉庫内へ。
 先ほど扉を破壊した火竜を前方へ向けつつ、構築の魔女とは反対側にある地下への道を素早く移動する。

『(――視認範囲内の敵影は20人以上、指揮役は1人。4つの檻に囲まれた建物中央にウーゴらしき人物を確認。敵は現在、入口・裏口方向へ移動中。敵分布は不明、トラップのたぐいも未確認だ)』
 こちらは東側、地上から約4mの高さにある固定窓に張り付いたテジュ。
『罠師』で装置類の有無も確認して通信を飛ばす。
(ここから無音の隠密は不可能……ならばせめて、奇襲で先手を取る!)
 少し間をおき、眼下の人影が幾分か減ったタイミングでテジュは窓を破壊。
「――上だ!」
 音に反応した幹部が叫び、近くのヴィランが見上げると『女郎蜘蛛』のネットが開き落ちる。
 が、ヴィランたちはすんでのところで範囲外へ逃れ、テジュが舌を打つ。
「散開して包囲! 相手は1人だ、すぐにしとめろ!」
 軽い音で着地し、幹部の怒号を耳にしたテジュは顔を上げぬまま駆ける。
 記憶した敵の配置を頼りに迫る銃弾の網を抜け、銃声の大きさから人数を予測して『女郎蜘蛛』を投げた。
『う、おっ!?』
「――ぐ、っ!?」
 今度こそ5人を『拘束』するも、体勢が崩れたテジュは幹部の銃撃を『零距離回避』でも躱せず負傷。
「撃てぇ!!」
 さらに一瞬の硬直を見逃さない指示が飛び、ヴィランたちの銃撃がさらに加熱した。
「ぐあっ!?」
(追いつめられた敵は何をするかわからない。爆弾等での建物破壊や幹部殺害も、必要と断ずれば平気でやるだろう。責任も取らず闇に葬るなど、絶対にさせん)
 しかし、テジュはすぐに体勢を立て直し疾走。
 ある程度の敵を引きつけつつ、ヴィランとすれ違いざまに『極光・緋鷹』を振り抜く。
 さらに適宜『罠師』で倉庫内を警戒しつつ、ひるんだヴィランの脇をすり抜け敵の目を自身へ集めた。

「はああぁっ!!」
 こちらもテジュとほぼ同じタイミングにて。
 紅音の裂帛とともに、倉庫西側の壁も砕かれ風穴が開けられた。
「紅音様、私が先行します!」
 先にエリズバークが倉庫内へ姿を現し、スキルを使おうと正面に武器を複製しかけて中断する。
 瞬時に幹部や敵を確認し、巻き込みかねない距離に子どもが入れられた檻を見つけたためだ。
(子供達との距離が近い……無闇に蹴散らすのは好ましくないですね)
 ひとまずエリズバークは牽制に魔導銃を撃ち、最適な位置関係やタイミングを見定めることに。
「ありがちなセリフだけど……言って良いよね?」
 やや遅れて敵の前に姿を現した紅音は、小声でヴィクターにうかがいを立てる。
『お好きにどうぞ。ただ、口に出したら成し遂げないとカッコ悪いよ?』
「――燃えるじゃん! みんな! ここはアタシに任せて先に行けい!!」
 晴れてお墨付き(?)をもらった紅音は、あえて大声で注目を集めつつ『守るべき誓い』を発動。
 ライヴスと威圧を拡散させて、腕部に取り付けたスパーンシールドを掲げ敵へ突っ込んでいった。
(人質を盾にされては範囲攻撃は厳しいでしょうし、迅速に数を減らして余裕を奪いましょうか)
 とはいえ、徐々にヴィランの動きから混乱が抜けつつあることを察したエリズバークは前へ出る。
「覚悟はできていますか?」
『ぐああっ!?』
 目測で攻撃範囲を見極め、幹部を含む10人近いヴィランを『ウェポンズレイン』で攻撃した。

「そろそろ頃合いでしょうか?」
 その頃、ヴィランを引き連れ裏口から極力離れていた構築の魔女は、倉庫隅のコンテナ裏へ隠れる。
 しばらくしてわずかに空いた銃撃の隙間を見極めると、再び敵前へ身をさらした。
『げぇっ!?』
「――これだけ集まれば、効率的に叩けそうです」
 追いつめたはずのヴィランから漏れた驚愕の声に、構築の魔女は微笑み機械の翼を展開。
 カチューシャMRLの16連装ロケットが生む轟音の多重奏に紛れ、パージされた装備が床を跳ねた。
「元より時間はかけられません。道を開けてもらいます!」
 爆発の煙が晴れたところへ、構築の魔女は所持していたもう1つのカチューシャを展開・射出。
 抜け殻を捨て去り、再度双銃を握って数が減った敵の中へと飛び込んだ。

「……自爆装置らしいものはなさそうね」
『悪趣味な物は多いがな』
 一方、地下室を一通り探索していた佐千子はリタの指摘に顔をしかめる。
 後から作られたらしい地下空間の中央には4本の柱が天井に伸びている。どうやら奈落のような仕掛けがあるらしく、子どもを集めた檻の床部分とつながっているようだ。それ以外には、大量の注射器と液体が入っていたらしき瓶が散乱。ラベルの表記は栄養剤や睡眠薬であり、ついさっき使用された形跡があった。
『特に、この惨状は何だ?』
「仲間割れ、かしらね?」
 他に見つかったのは、男たちの死体が十数人分。
 銃創から出た血だまりに倒れ、苦悶の表情を張り付けたまま放置されている。
 その後も調査を続けるが、懸念された爆発物は発見できなかった。
『……気になることはあるが、ひとまず私たちもヴィランズの制圧に向かうぞ』
 リタに促されて地下室を離れた佐千子は、すぐに十数人のヴィランと遭遇。
「テメェ、やりやがったなぁ!!」
「――っ!」
 問答無用で銃を撃ってきた敵へ、佐千子は散弾の『トリオ』をぶちまけ応戦した。

 再び、入り口付近。
「大丈夫ですか!」
 ノエルが飛ばした『ケアレイ』で立ち上がった六花は、一度強くウーゴを睨む。
「平気……です!」
『ぅぎゃあぁっ!?!?』
 しかし、敵を減らすことを優先させた六花は周囲へ『氷炎』を炸裂。
 密集したヴィランの中心で巻き起こった炎の威力はすさまじく、巻き込まれた者は例外なく倒れた。
『加減はしないのね?』
「――必要ない、から」
 2発の魔法に倒れたのは十数人。
 全員もれなく『重体』相当の傷と見たアルヴィナの短い確認に、六花の瞳と返答は冷め切っていた。
「不審物はなさそうだけど……っ、数が多い!」
『警察も逃げた客の確保で忙しそうだし、能力者以外がここにいたらさすがに危険ね』
 そんな中、罠を警戒する拓海は方々へ視線を投げていたが、ひとまずヴィランとの戦闘に集中。
 出入り口を横目にメリッサが警察の援護は厳しいと口にし、意識を早期制圧に切り替える。
「加減はする――死んだ子を思えば、これくらいで助かったと思え!」
 身を低く倉庫内を駆ける拓海は、銃弾をくぐりつつ幻想蝶からデストロイヤーを引きずり出し跳躍。
 インパクトで発生した大爆発で数名の意識を一度に奪った。
「ごっ……、がぇ……!!」
 さらに攻勢を強めようとした時、共鳴が解除された『重体』の能力者が突如苦しみ出した。
「あ~あ。君たちH.O.P.E.なのに容赦ないね~。いくらヴィランでも、毒で弱った人間にそこまでする?」
 苦悶の表情で息絶えた様子に酷く動揺する部下に構わず、ウーゴはヘラヘラと舌を動かした。
「試作の栄養剤をかねたドーピング薬って渡した毒でさ~、ライヴス由来じゃないけど結構強力でしょ? 能力者でも共鳴なしじゃキツい量だったし、重傷負ったらそりゃ死ぬって」
 初耳だったのだろう、幹部以外のヴィランは顔を青ざめさせる。
「安心して。解毒薬は提携組織にちゃんと保管してあるよ。ま、僕は1つも持ってないし、治療しちゃえそうな部下のバトルメディックはあらかじめ僕が命じて全員殺しちゃったけどね」
 一瞬ヴィランに戻った安堵の顔が、すぐさま絶望に落ちる。
 つまり、彼らが本当の意味で助かるには、目の前の精強なエージェントから逃げきるしかない。

「――なるほど、すでに口封じは仕込んでいた、と」
 聞こえてきたウーゴの挑発に『翻弄』され、わずかに意識を取られる構築の魔女。
 そこで子どもの販売先が医療系の組織だと思い出した。
 その話は、少し前に地下から戻っていた佐千子とリタも聞いていた。
『……地下の残骸や死体との矛盾はないな』
「ヴィラン連中に同情の余地なんてないけどね!」
 進行方向と後ろから追ってくる敵を見た佐千子は『シャープポジショニング』で周囲を睥睨。
『バレットストーム』で20人以上のヴィランを火竜の散弾で貫いた。

「さて、可哀想な雑魚構成員の皆様。貴方達には投降のチャンスを与えましょう」
 東側でも多くの敵が痛みにうずくまったところで、エリズバークは笑顔を投げかけた。
「貴方達の上司はずいぶん前から私達が手下を捕えて情報を入手し、ここへたどり着くと分かっていたはずです。それでも貴方達には教えず毒を盛った……貴方達の命なんてどうでもいいと思われていた証拠でしょう」
 明らかな挑発の言葉に表情をゆがませるも、ヴィランたちが反論する様子はない。
「そして、貴方達の命がどうでもいいのは私達も同じこと。話を聞くだけなら、貴方達のボスだけ生かして捕えればいいのですからね。その身に味わった痛みが、単なる脅しではないという証明です」
 エリズバークは笑みにわずかな狂気を混ぜた後、幹部へ銃口を向けた。
「武器を置いて降伏しなさい。命を落としてまで、こんな組織に従う必要はないでしょう?」
 現実を突きつけるような脅迫に、しかし幹部は乾いた笑いを返した。
「この組織がイカレてるなんてな、入っちまった時からわかってんだよ!」
 攻撃の音を聞きつけたヴィランへ位置を知らせるように、幹部の大声が倉庫内に響く。
「もう、後戻りなんてできるか!!」
 恐怖か反骨心か、あくまでもあらがう幹部にエリズバークは大量の足音がする真横へ銃口を向けた。
「そう……愚かですね」
 瞬間、増援を睨む大量の複製魔導銃から放たれた『ライヴスキャスター』がヴィランたちを飲み込んだ。
「あの女を先に始末しろ!」
「させるか!」
 強力な範囲攻撃に幹部がエリズバークを狙うよう指示を出すが、紅音が集中砲火の盾となる。
「っぐ、メルキオール、サポートよろしく!」
 幹部の銃撃のみを『クロスガード』で受け止め、部下の追撃は単純な防御で耐える。
 ガリガリと削られるライヴスに、紅音は『賢者の欠片』を飲み込みつつ持ちこたえた。
『これは中々――久しぶりに頭を使いそうだね。目を回さないように』
 また、ヴィクターは状況打破のため立ち回りの助言を求められて苦笑する。
 単純に敵の数が多いことに加え、一番近くにいる味方は無差別範囲攻撃が多いカオティックブレイド。
 下手に動けばエリズバークの行動も阻害しかねないため、五感をより研ぎ澄ませ思考を回した。

「……ん、貴方たちが死んでも、関係ない」
 さらに、実際にヴィランへとどめを刺した形となった六花も、戦意が揺らいだ様子はない。
『高速詠唱』で多重展開させた『氷鏡(リフレクトミラー)』へ絶零断章の力をぶつけ、乱反射。
 スキルの魔法と見まがう規模の氷槍が雨となり、さらに多くのヴィランを『重体』へ追いこんだ。
「オレはボスを押さえる! 暫し頼む!」
 ヴィランの数がかなり減って余裕ができた拓海は、ヴァイオレットらへ声をかけて檻の方へ走る。
「邪魔だ!」
「く、そがぁ!」
『氷炎』を何とか回避し体勢が崩れた幹部の1人へ接近し、拓海は『一気呵成』で吠える男へ強打を見舞う。
 追撃は素手で行いダメージを『戦闘不能』にとどめ、返す刃でもう1人の幹部も無力化した。
「くそっ! あいつら化け物かよ!?」
 怒濤の勢いでなぎ倒される仲間を前に、ヴィランは恐怖を瞳に浮かべて銃を拓海や六花へ向けた。
「おや、私をお忘れにならないでください、ね!」
「――ぅ、ごっ!?」
 が、横からノエルが盾ごと突撃して吹っ飛び、頭が強く揺さぶられたため一時『気絶』する。
(荒木さんや六花さんの負担が少しでも減るよう、私も上手く立ち回らなければ)
 そのままノエルは盾で攻撃を受けつつ、適宜ヴィランへ攻撃を加えて統率を乱す。
 同時にウーゴが語った毒の存在から、倒れた敵へも意識を向けて通信機を起動した。
「すみませんが、救急車の手配を! 敵は全員、毒を飲まされているようです!」
『わかりました!』
 外部で待機する警察の素早い返事を聞いて、ノエルは再び集中した敵の攻撃を防いでしのぐ。
(懸念だった爆発物の罠はないにせよ、部下をだまして毒を打たせるなんて――)
 地べたの敵をどかして退路を確保しながら、事前に聞いたウーゴの評価がノエルの脳裏によぎる。
 ヴィランとエージェントの二足のわらじ状態にあるヴァイオレットの視点から、ふとある考えが浮かんだ。
(もしや、ウーゴも自刎(じふん)などの自殺手段を持っているのでは――?)
 と、ノエルが最後まで考えを形にする前。
「うわ、怖いね~。――怖すぎて、手が滑っちゃった」
 懐から銃を取り出したウーゴが、眠っている子どもへ向けて止める間もなく発砲した。

●闇の欠片とて世界の礎(いしずえ)
「私は善人ではありませんが――母として、子供達が無様に殺されるのを傍観するわけにはいきません!」
 その光景を目撃した瞬間、エリズバークの『フラグメンツエスカッション』が一番近くの檻の盾となった。
 しかし、檻の前にいる幹部が健在の状態では距離が遠く、全員を守ることはできない。
「貴様!!」
 怒りを露わにするテジュを含むエージェントたち。
 見せつけるように銃弾を撃ちきったウーゴはしかし、空の弾倉を捨てて一瞬不思議そうな顔をした。
「この子たちは『商品』だよ? 在庫一掃の『競り』をおじゃんにされたし、どう扱おうが勝手でしょ?」
 平然と返答して見せた後、大仰なため息をもらす。
「それにさぁ、子ども1人分の値段なんて案外大したことないよ? 商売を始めた当初は技術が未熟でね、アイアンパンク用の義肢パーツ1個の方が高価な時期もあったくらいさ。ま、義肢の神経接続手術用の練習台にしたり、売った臓器の空きスペースで人工臓器の適合実験をしたり、使い道は割とあったけどね~」
 さらには、どこか愚痴をこぼすように肩をすくめたと思えば。
「逆にワイルドブラッドは儲けたよ~。当時、知的好奇心の旺盛な闇医者が人間との違いを調べたいって、投薬実験用や解剖用素体にって発注が凄くてさ。特に希少な動物との雑種は高値だったね~。通常の人体に有害・無害関係なく投薬してたら、たまに獣人特有の病気の治療法が見つかったりして、面白かったな~」
 今度は過去を懐かしむように笑顔を見せる。
「あ、他にもAGWの試し撃ち用に英雄と誓約させた子どもに『過感覚』っていうのが見つかったりもしたかな。ぜ~んぶ偶然だけど、僕たちって意外と社会貢献してると思わない? ちなみに今の裏社会でのブームは『脳』の機械化だけど、失敗続きで廃人が量産されてるって話だよ? 技術の進歩ってすごいよね~」
「ッ――!! うるさいっ!!」
 ケラケラと笑うウーゴに、六花が真っ先に反応した。
 犠牲となった子どもと年齢も近く、孤児という境遇も共通していた六花にとって聞き流せる話ではない。
 芽生えた怒りの矛先は、『商品(もの)』の物流を語るようなウーゴをかばうヴィランへ向けられた。
 凶暴な『雪風(ゴーストウィンド)』が吹き荒(すさ)び、さらに『重体者』が増えていく。

「子供達を利用した人体実験……相変わらずヴィランのやる事は反吐(へど)が出ますわ」
『母様に嫌な思いをさせたなら、あの人達はいりません。全部壊しましょう!』
 苦々しく吐き捨てたエリズバークに聞こえたアトルラーゼの声にあったのは、純粋な残酷さ。
「ふふ。事件の全容を吐いて頂かなければなりませんから、全部は難しいですけれどね」
 それを微笑ましいと笑ったエリズバークは、捕縛も必要と含みつつまだ動く標的へ銃口を向けた。
「どんな風に笑われても、アタシは悪の敵だ! 自分の信じた道のため、良くないと感じたものと戦う!」
 断続的に鎧から伝わる衝撃に顔をしかめ、紅音は『賢者の欠片』を再び含む。
「ウェンジェンスさんに攻撃を届かせたいなら、アタシを倒していけ!! ……倒せるものなら!!」
 途切れぬ銃撃を一身に受け、前には進めずとも後退はしない。
 時にエリズバークへ射線を譲り、時に隙を見て鉤爪で殴りかかり、紅音は揺るがぬ盾として相対し続けた。

「子供達は――お前たちの玩具じゃない!!」
 テジュも自然と獣化の特徴たる犬耳や鱗がざわめき、怒りに任せウーゴへの道をふさぐ敵を斬り伏せた。
「近づくんじゃねぇ!」
「っ! ――くっ」
 さらに距離を縮めるべく直進するが、途中で幹部たちの弾幕に阻まれる。
 1発被弾したテジュは『翻弄』で欠いた冷静さを取り戻し、『ヒールアンプル』を打ちつつ後退。
 主力がウーゴを捕縛してくれると信じ、少しでも多くの戦力をそぐことに注力する。

「これはますます、制圧に時間をかけられませんね!」
 構築の魔女も長く息を吐き出し、『翻弄』を振り払い『シャープポジショニング』で射撃体勢を整える。
 中央へ合わせた双銃の射線上には複数のヴィランが立ちふさがるが、構わず銃弾を撃ちだした。
「ぐ、ぁっ!?」
 数瞬後、ヴィランたちが変わらず攻撃を続ける中で彼らの背後から苦悶の吐息が聞こえる。
 数人が振り返れば、死角からの『テレポートショット』で困惑する幹部が周囲を見渡していた。
「数が減って、ようやく指揮官が見えてきましたね」
 幹部の指示が途切れ、構築の魔女は動きがやや雑になったヴィラン集団の中へ飛び込む。
 敵の射線が同士討ちになる位置で移動し、1人ずつ双銃で殴りつけるように接射。
 流れ弾の発生を抑えつつ着実に『戦闘不能』へ落とし込み、一気に敵勢力の瓦解にかかった。
『しかし、しぶとい』
「っ! 子どもの命をさんざん食い物にしてきた奴らに、今さら惜しむ命なんてないでしょうが!」
 それでもまだ多く残る敵の数に辟易するリタの声とともに、佐千子は『賢者の欠片』でライヴスを補充。
「うぎゃあっ!?」
「そんなに死にたくないなら、武器を捨てて投降しなさいよ!」
 続けて持ち替えたSMGリアールを連射し、防御を固めつつ次々とヴィランを『戦闘不能』にしていった。
『共鳴状態が奴らの生命線という強迫観念がある以上、武装解除が己の死を連想させるのだろう』
「はっ! 暴力でしか身を守れない状況なのは自業自得でしょうに!」
 リタが推測した敵の行動理由を鼻で笑い、佐千子は終わりが見えた掃討に前へ踏み出した。

 どんどんヴィランが倒れていくも、ウーゴの調子は変わらない。
「博愛精神は立派だけど、早くしないとどんどん死ぬよ?」
 流れる動作で弾倉を交換し、再び子どもへ銃を向けた。
「やめろ! 人は、その子たちの命は、消耗品じゃないんだぞ!!」
 拓海は今度こそロケットアンカー砲で阻止しようとする。
 が、ウーゴの指示で移動してきた2人の幹部に止められた。
「消耗品だよ。死ねばまた捨ててあるのを拾えばいいし」
 発砲。
「人を助けられる技術を見つけながら、どうして無意味に人を犠牲にする!?」
 発砲。
「お金になるからね。微力でも社会に貢献してきたんだし、少しくらい旨みは欲しいだろ?」
 発砲。
「――ウーゴ!!」
 発砲。
「ぐあっ!」
「ボス!」
 頭に血が上った拓海は『一気呵成』で幹部の1人を倒し、檻を飛び越える高さまで跳躍。
「力加減には気をつけなよ? 僕は能力者だけど、英雄はずいぶん前に好奇心で殺しちゃったから共鳴できないんだ。確か……15歳くらいの女の子だったかなぁ?」
「――ッ!!」
 最後まで神経を逆なでするウーゴに奥歯をかみしめた拓海は、それでも『一気呵成』で素の拳を握る。
 その瞬間。
「 バ イ バ イ 」
 ウーゴは笑って『頭』を差し出した。
「な……っ!?」
 勢いが乗った拓海の拳はウーゴをのけぞらせ、地面を跳ねた後頭部が鈍い音をたてて脱力する。
 自殺するための手段として感情と力を利用された拓海は、わき上がる悔しさと怒りで叫んだ。
「っ、ここで死ぬのは許さない! 聞かせて貰う事が沢山有るんだ!!」
「あの動き、わざと致命傷になるよう動いたようですが――そう簡単には、死なせません」
 防御も受け身もせず、自らダメージを重ねるようにして倒れたウーゴへ、ノエルは即座に反応。
 ウーゴ自身も服毒している可能性を考慮し、『クリアプラス』を付与した『ケアレイ』を飛ばす。
『っ、ありがとう! 下手に動かれないよう、厳重に縛っておきます!』
「お願いします!」
 拓海の通信から一命を取り留めたと伝えられ、ノエルは残るヴィランの無力化に意識を傾けた。
「ボス!!」
『――ひっ、うわあぁっ!?』
 残り3人となった幹部の1人がウーゴの捕縛に気づき、部下たちにも瞬く間に伝わっていく。
 良くも悪くも組織の支柱だったボスの敗北は急速にヴィランの敵意をそぎ、一部は逃げだそうとした。
「……ん、逃がすわけ、ない」
『ぎゃあああ!』
 しかし、正面出口の前にいた六花が見逃すはずもなく。
 完全に散開されてしまう前に『雪風』がヴィランへ襲いかかり、悲鳴が上がる。
 その中には幹部2人も含まれ、指揮役がいなくなったことでますます混乱に拍車がかかった。
「殺しはしない。死なせたくもない。けど命の保証もしない。……だが、ただ一つ、お前達のしてきた事の重さはわからせてやる!!」
 同じく紅音が開けた穴から逃走しようとするヴィランへ、紅音は『守るべき誓い』で立ちふさがった。
 敵の注意を引きつけるためだった先ほどまでとは違い、敵に己の罪や責任から逃げさせないように。
 恐怖に駆られるヴィランを、盾で押し返し鉤爪でつかみかかって止めていく。
「後ろへの注意がおろそかですよ?」
 そうして押しとどめられたヴィランは、エリズバークの『ウェポンズレイン』で意識が刈り取られた。
「逃げるな!」
 テジュもまた、統率を失い裏口方面へ逃げようとするヴィランを追撃。
 構築の魔女や佐千子と合流し、撃退速度がさらに上がった。
「まだ残っていましたか」
「ぎゃあぁっ!?」
 そこへエリズバークが合流し、油断していたヴィランを容赦なく撃ち抜いた。
『戦闘ももうすぐ終わりが近い。もうひと踏ん張りできるかな?』
「当然!」
 ヴィクターに茶化されつつ、『ヒールアンプル』の残骸を投げ捨てた紅音は手近な1人へ接近。
 最後まで抵抗を続ける残党を鎮圧するため、血色紅水晶の鉤爪で殴り意識を奪う。
「無駄な抵抗はやめろ!」
 さらに、再びデストロイヤーを握った拓海も裏口側の檻を飛び越えてきた。
 着地と同時の『怒濤乱舞』から、ヴィラン一掃に拍車をかける。
「貴方で最後ですよ」
 そこから速やかに制圧が進み、エリズバークが最後の1人を沈めて戦闘は終わった。

●抱えた闇は忘れず、進む先の光を見据えて
『おや、苦しい場面をよく乗り切ったものだ……頑張ったね、紅音』
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 ヴィラン全員が倒れた後、ヴィクターの素直な褒め言葉に紅音は息切れで答える。
 適宜ライヴスの補充をしたおかげか、肉体の消耗は低く精神的な疲弊の方が強かった。
 だが、精神的負担がより大きかった役割のヴィクターからは余裕が感じられる。
 それが英雄との差なのだと痛感し、紅音はもっと強くならねばと息を吐き出した。
「子供達は!?」
 他方、テジュは真っ先に檻へ近づき鉄格子を素早く破壊し、子どもの容態を確認する。
「応急処置を施します!」
「頼む!」
 すかさずノエルが救命救急バッグを取り出し、撃たれた子どもへ治療を開始。
 テジュもそれを補助し、負傷した子どもを優先して運び出した。
「こっちです! 早く!」
 少しして到着した救急隊へ拓海が呼びかけ、まだ息がある子どもの搬送を手伝う。
(もしかしたらオレたちも、知らずの内にあの子達の犠牲を利用していたのか……っ!)
 拓海の心中には、なおも悔しさや怒りが残っている。
 それはヴィランだけでなく、無自覚に技術を利用していたかもしれない自分に対しても向けられていた。
「拓海殿、情報を集めよう。どれだけ凄惨な結果でも、事件の全容は暴く……でなければ、彼らが浮かばれない」
 テジュが拓海を促した後、エージェントたちが手分けして見つけた書類などを集めた。
 その他、警察も加わってヴィランたちも病院へ連れて行かれ、1つの組織が終わりを迎えた。



 後日、病院へ搬送されたヴィランには30名、子どもには25名の死者が出た。
 直接の死因はヴィランが毒死、子どもが急所を撃たれての即死だったという。
 幸い、残る大勢の子どもは健康状態に問題はなく、投与された睡眠薬も正常の範囲内。
 取り調べた幹部によると、『健康体でないと商品にならない』という理由だった。
 追跡調査ですべての売買ルートも明らかになったが、結局ウーゴは最後まで黙秘を貫いたらしい。
 救出された子どもたちの処遇も決まった。
 病院でしばらく治療した後、それぞれ正規の孤児院へ預けられることになる。
 そして、H.O.P.E.支部に保護されていた子どもたちもまた、まっとうな保護施設へ引き取られることに。
「……世話になったな」
「最後くらい愛想良くしようよ」
 ぶっきらぼうなアドルフォに苦笑するソフィアは、相棒の分まで頭を下げる。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、みんないろいろありがとう」
「僕、勇気を出して、話してよかった」
 前回の依頼で拓海や六花へ教会の情報を伝えたアガタとティノは、恥ずかしそうにお礼を述べる。
「連れて行かれた子たちはもう会えないでしょうけど、私たちはその分まで生きるわ」
「だな。ま、いざとなればまた盗みでも――ってぇ!?」
 事件の経緯を聞いて神妙なアロンザは、横でふざけたイラーリの頭へ平手を落とし笑いを咲かせた。
『それじゃあ!』
 そして、存在しなかった子どもたちは晴れやかな表情で新たな一歩を踏み出した。
 人の未来に沈む犠牲者ではなく、人の未来を継ぐ担い手として。

 ――Fin.


結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049

重体一覧

参加者

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避



  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    恋條 紅音aa5141
    人間|18才|女性|防御
  • エージェント
    ヴィクター・M・メルキオールaa5141hero001
    英雄|27才|男性|ブレ
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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