本部

虎穴に入らざれば虎子を得ず

雪虫

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/09/17 14:49

掲示板

オープニング


 リオ・ベルデ共和国。数か月前この国ではハワード・クレイ大佐の打倒を謳うレジスタンスによりクーデターが引き起こされたが、レジスタンスが使用していた武器が従魔憑きRGWである事が判明し、H.O.P.E.はこれを没収。結果としてレジスタンスは瓦解する事となった。
 従魔憑きRGWの配布、及びクーデターを扇動した黒幕は当時アルター社に所属していたケイゴ・ラングフォードとされ、愚神化したケイゴが倒された事もあり騒動は一気に沈静化。レジスタンスの大半は特赦され、リオ・ベルデはかつての平穏を完全に取り戻している。
「表向きはな。証拠不十分かつケイゴが黒幕扱いとなった事により、それ以上ハワード・クレイを追及する事は出来なかった。だが今なおラグナロクでの人体実験、及びRGW開発に関わっていたとされるD.D.が暗躍しているし、その他にも関連がありそうな事件が続いている。善性愚神騒動やマガツヒによるテロ活動等により大分遅れが生じていたが、ようやくギアナ・インカ支部、ニューヨーク支部の足並みも揃ってきた。君達にはここに潜入し、証拠を掴んできて欲しい」
 ニューヨーク支部のオペレーターは地図を数枚配布した。リオ・ベルデの全体地図、その北東側の地図、そして工場の写真と地図……。
「これは先日アルター社から提供された、ケイゴ・ラングフォードの遺したデータの一部だ。暗号化されていたがようやく解析出来たそうだ。この工場は人気のない森にぽつんと立っており、外見は廃工場だ。しかし空から撮影した所稼働している節がある。リオ・ベルデがRGWに関わっているのであれば開発を止めるとは思えない。国内でまだ製造している可能性は十分ある。
 中には警備がいるだろうが見つかっても構わない。正確に言えば証拠をきちんと掴めるなら見つかっても構わない。リオ・ベルデがRGWや人体実験に手を染めている証拠があれば、対国ではなく対ヴィランとして大々的に介入出来る。だが何も証拠が掴めなければ、その時は国際問題に発展させられるだろう。
 見つかっても構わない、だがその時は確実に証拠を持ち帰れ。以上だ。諸君らの健闘を祈る」


「見えたぞ、工場だ」
 戸丸音弥は闇の先の廃工場を指差した。リオ・ベルデは以前より入国審査が厳しくなり、賄賂等では到底侵入出来なくなっていた。よって航空機から闇夜のスカイダイビング、等という手段で入国し、それから自分達の足を駆使してここまで来たという訳だ。なお脱出時は国の外れに迎えが来る事になっているが……つまり今から潜入し、証拠を入手し、回収場所に無事に辿り着くまでが今回の任務となる。
 音弥が同行したのはギアナ支部の職員だから、という理由もあるのだが、RGWにアルター社の技術が使われているから、という理由もある。彼は幼い頃両手両足を事故で失くし、アルター社の義肢によって再び自由を得た過去がある。自分を、そして大勢の人間を救ってきたであろう技術が、大勢の人間の命を、人生を、奪っているという事が音弥には許せない。ラグナロク事件の後始末に追われ、今までは事態の推移を見守る事しか出来なかったが。
「リオ・ベルデが本当にクロであると言うのなら、必ず証拠を掴んでやる。ラグナロクのような悲劇を繰り返してはならんのだ!」
 

「暇であります」
 マニー・マミーは腰掛けたままふうと息を吐き出した。今回の任務は「侵入者がいた場合捕まえろ。生死は問わない」。それで数か月間ずっと、毎日毎日同じ椅子に座って出入口の扉をじいっっっっ……と眺めているのだが。
「暇ならお前も見回りをしろ。毎日毎日椅子に齧り付きやがって」
「マニーが受けた任務は『侵入者がいた場合捕まえろ。生死は問わない』であって、見回りは命じられていないであります。貴方様の話を聞く事も。お賃金を100万Gくれるのであれば、命令を一回お聞きするでありますが」
「この……っ!」
 兵士はマニーに銃口を突き付けようとしたが、それより早くマニーの銃が兵士の眉間に突き立てられた。マニーは即座に銃を下ろし、兵士を見もせずに言う。
「貴方様を殺す事も命じられていないでありますが、マニーを殺そうとするのであれば命は頂くのであります。これ以上お話するのであれば10万G頂きたいであります」
「金の亡者が」
 兵士は吐き捨て去って行った。マニーは扉を見続けた。ぶつけられた悪態等まるで気にも留めていない。
「マニーは頂いたお賃金分しか動かない。それがマニーの生き方であります」

●工場
 3階建ての工場。外観は廃工場だが内部は普通。各階横50×縦70sq。工場外は森/工場外に見張りはいない。夜。以下PL情報
・1階
 入口は南の一カ所であり、マニー他リンカー兵が50人待機している。リンカー兵の内訳はソフィスビショップ×10、バトルメディック×10、シャドウルーカー×10、ジャックポット×20
 リンカー兵の後方は工場エリアになっており、流れ作業でRGWを作成している。工場エリア作業員は非リンカー70人
 至る所に窓あり/奥に2階への階段があり

 □□□□□□□        
 □    B□ A:入口
 □     □ B:階段
 □     □ ★:リンカー兵
 □工場エリア□ 
 □     □ 
 □★★★★★□
 □     □
 □□AAA□□

・2階
 4人一部屋の病室が計10部屋ある。満床。ベッド上にいるリンカーは身体の何処かが機械化しており、意識はあり歩行は出来るが戦闘不能状態
 病室に窓あり。B向かいの詰所にはシャドウルーカー×5、D向かいの詰所にはジャックポット×5がいる。奥に3階に続く階段があるが、鍵が掛かっている
 
 □□□□□□□        
 □●●  B□ B:階段
 □CC CC□ C:病室
 □CC CC□ ●:リンカー兵詰所
 □CC CC□ D:階段
 □CC CC□ 
 □CC CC□
 □D  ●●□
 □□□□□□□

・3階
 医務室に非リンカーの医者が15人、シャドウルーカーが7人いる。手術室は無人で鍵が掛かっている。窓はなく屋上もない

 □□□□□□□        
 □     □ D:階段
 □     □ E:医務室
 □     □ 
 □―手術室―□ 
 □     □ 
 □  EEE□
 □D EEE□
 □□□□□□□

解説

●任務
 ハワード・クレイの悪事の証拠を掴む

●敵情報
 マニー・マミー
 特殊部隊の一員と見られるリンカー。左手の機関銃で遠距離攻撃、両義足の仕込み刀で近距離攻撃を行う。左目と両脚に機械化が見られるのでアイアンバンクと思われるが……
 
 リンカー兵
 全身を装甲で覆った兵士。各クラスの装備/スキルは以下
・ソフィスビショップ
 杖系:リーサルダーク×1/ゴーストウィンド×2/ウィザードセンス×2
・バトルメディック
 魔道書系:ケアレイ×3/ブラッドオペレート×2/ライトアイ×2
・シャドウルーカー
 ナイフ系:ジェミニストライク×3/毒刃×2/地不知×1
・ジャックポット
 銃系:ストライク×3/妨害射撃×2/射手の矜持×2

 非リンカー作業員/病床リンカー/非リンカー医者
 エージェントに敵対行動を示し、証拠品を奪い取ろうとしたりリンカー兵を呼んだり、場合によっては手持ちの工具や手術用具等を振り回す。攻撃から身を守ろうとはするが工場外に逃げようとはしない

●NPC
 音弥&セプス
 ギアナ支部の衛生兵。PCの指示に従う
 スキル:ケアレイ×3/クリアレイ×3/ライトアイ×1(1回OPで使用済)
 武器:アサルトライフル&禁軍装甲

●その他
・マニー及びリンカー兵はエージェント達を見失うまで(工場外にも)追ってくる
・工場のダメージが一定数を越えると工場が爆発/崩壊し、(特に非リンカーに)死傷者が出る可能性あり
・従魔憑きRGWは従魔憑きのため幻想蝶には入らない/従魔が除かれていればその限りではないが収容限界はあり、かつ証拠能力は格段に下がる
・使用可能物品は装備・携帯品・工場にありそうなもの(マスタリング対象)
・装備されていないアイテム・スキルはリプレイに反映出来ません
・装備力超過にご注意下さい(詳しくはスポットルール【装備の注意点】)

リプレイ


「やれやれ、今更ながらキツイ任務だなぁ」
『……ん、映画みたいだねぇ……訳して任務遂行不可能?』
 麻生 遊夜(aa0452)は肩を竦め、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)はクスクス笑みつつそれぞれに言葉を漏らした。
 二人は……正確には共鳴して『一人』となっている「二人」は、リオ・ベルデ工場近くの茂みの中に潜んでいた。動画用ハンディカメラとモスケールを起動させ、外周を回りながら工場を伺っている。
 工場エリアはほぼ全面がガラス窓になっており、茂みに潜みながらでも内部を見る事は可能だった。入口側から20m程は壁に囲まれているのだが、それでも工場側から奥を覗く事は出来る。壁際に接近して下から探ればより多くの情報を得られるかもしれないが、およその全体像を掴むならこの程度でも十分だろう。
「……随分とまぁ厳重だな」
『……ん、一階だけで百以上……武装は、五十くらい?』
 情報を通信機で味方へと伝えた後、遊夜はカメラの映像から、似た背丈のリンカー兵をモデルとして一人選んだ。茂みのより奥に隠れ、フェイクスキンマスクや変装道具セットを駆使してその人物に成り済ます。実際に軽く傷を作り、血糊や血で顔や手を汚し、這いずった跡を付けた衣装をイメージプロジェクターで投影。モスケールをフォレストホッパーに換装。これで準備万端だ。
「喉をやられたって感じで行けば多少は違和感なくせるか?」
『……ん、拘束解いて……懸命に知らせに来た、って設定』

「こちら、月鏡由利菜。現地合流と向かいます」
『リーヴスラシルだ。リオ・ベルテの闇、暴かせて貰う』
 月鏡 由利菜(aa0873)もリーヴスラシル(aa0873hero001)と共鳴し、配布された地図で地形を確認しながら森の中を進んでいた。
 遊夜とはまた別方向から一階の様子を探り、イメージプロジェクターを使ってマニーの服装を投影する。イメージプロジェクターは服装の幻影を纏わせる装置であって、服装以外の部分まで変装させる事は出来ない。なので首から上はメイクで変装する事にした。とは言えメイクだけで別人に変装するのはかなり難しいものがあるが、素顔をごまかすぐらいの事は出来るだろう。
 
 秋原 仁希(aa2835)はグラディス(aa2835hero001)と共鳴後、同じくプロジェクターでリンカー兵に偽装した。身元がバレるのを防ぐため髪色は深い緑色、瞳は深い青、顔付きは年齢を加算するよう装っている。
「(なるべく顔を覚えられたくないしな……)」
『(色って重要だーよねー)』
 
 日暮仙寿(aa4519)はかつてケイゴに見せられた、四肢を失った男を思い出していた。
 アイアンパンク技術を活用し人体そのものをAGW回路とする技術。
 マニーもおそらく……
『ハワードにも何か事情がありそうだけど……頑張らないとね』
 仙寿の代弁をするように不知火あけび(aa4519hero001)が口を開いた。
 国を想って立ち上がったフィオナの為にも。
 ダスティン達の最期の意思に応える為にも。
「これ以上悲劇は起こさせない。それが俺達の正義だ」
 必ず真実を掴む。
 決意を握り締めて共鳴し、プロジェクターで作業員に変装。ノクトビジョン・ヴィゲンを活用して工場周囲の様子を見る。
 青白い視界の中に見張りの姿は見当たらず、一階だけでなく二階にも窓があるのが確認出来た。共に行動している十影夕(aa0890)も、暗視装置を駆使して周囲の様子をざっと窺う。
「三階だけ窓なさそうだね」
 呟いて、今度は二階から侵入出来ないかと各窓をチェックする。窓が開いてる部屋なら鍵を開けなくて済むし、電気が消えてる部屋ならすぐには気付かれにくいかな、と。
 消灯している部屋はいくつかあった。鍵は全て閉まっているようだ。外れの森に立っているとは言え、いやだからこそ侵入者を警戒しているのかもしれない。
「じゃ、よろしく仙寿」
 夕は当たり前のようにそう言って言外に「運んで」と頼んだ。意図を聞き返す事もなく、仙寿は小脇に抱えようとするが、胴に手を回す前に夕が仙寿の首に手を回す。
「脇に抱えるとか冗談でしょ。爆睡中の猫みたいになっちゃうよ」
 結羅織(aa0890hero002)がお姫様抱っこを激推しする可能性は考えていたが、まさかの真っ当な理由だった。もっとも共鳴中は夕と結羅織の意識は完全に同化しているので、夕と結羅織どちらの意見か定かでないが。
 とにかく運び方で時間を潰している暇はない。仙寿は夕を腕に抱え地不知を発動させた。音なく壁を駆け上がり、真ん中よりやや南寄りの窓の近くでしゃがみ込む。
 仙寿に抱えられたまま夕がシーフツールセットを取り出した。鍵をこっそり開けようとしたが、流石にピッキングツールや針金で窓の鍵は開けられない。小型ハンマーで割るのが一番早そうだ。


 夕から「窓を割る」との連絡を受け、遊夜は一騒動起こすべく工場入口へ移動した。侵入班のいる窓から反対方向も検討したが、万一敵が外に出て、侵入中の仲間と遭遇するような事があっては困る。故に工場正面入り口の扉を叩いて音を出し、怪我を押さえて息も絶え絶えなフリで中に入ろうとする。
「なんだ、何事だ」
「ガッ、ぐぅ……、っ! そいづから離れ゛ろ……いくらガネを積まれだ、ごの金の亡者め!」
『(……嘘は言ってない、ね?)』
 リンカー兵を誘引した後、兵士の向こうにマニーを見つけ、たフリをして、驚き逆上した風でマニーへと指を向けた。マニーは怪訝な顔をする。遊夜はそのまま演技を続ける。
「後ろがら殴られだ……気を付けろ、既に侵入者を……ゴホッ、ゴボッ!」
 近付いてきた兵には「ぐるな! ……おまえ゛も裏切っだんだろう?」と怒りや悲しみを含む複雑そうな表情を見せて煽りながら追い払い、咳き込んだり血糊を吐いたりして喋れないアピールで時間を稼ぐ。裏切りを糾弾するかのように喧伝して疑心暗鬼を誘い、その間に夕達に二階に侵入してもらう、それが遊夜の狙いだった。精々仲間割れして時間を浪費して頂きたい!
「貴方様は誰でありますか?」
 喧騒を沈めたのは、ぞっとする程冷たいマニーのたった一声だった。兵達に銃口を向けられながらも、餌を捕食する蜘蛛のような、一切の情のない瞳でマニーは遊夜を見据えている。
「マニーは貴方様を襲った覚えはないですし、この数か月この工場から出た覚えもないであります。それから貴方様の顔、そこにいる兵士とそっくりなのはどうしてでありますか?」
 遊夜はカメラの映像から似た背丈の兵士を選び取り、その人物に変装している。つまりモデルとなった兵士も一階にいるという事である。もっとも全くの別人に変装していた所で、続くマニーの言葉はまったく同じだったろう。
「この工場にいる全兵士のリストと照合したいのでありますが? リストになかったり、妙な素振りをしたり、顔の皮が剥がれたりしたら殺すであります」
 兵士の手が遊夜の顔に伸びかけた、瞬間、遊夜はフラッシュバンを炸裂させ全力で森に駆け込んだ。追おうとした者達をマニーが叫んで一時制する。
「仲間割れの芝居を打つ、ここまで来た目的がそれだけの筈はない。他に侵入者がいる可能性有り、全階警戒に当たるであります。任務は『侵入者がいた場合捕まえろ。生死は問わない』。見つけ次第全員殺すであります!」


 下が騒がしくなったと同時に夕がハンマーで窓を割った。寝ていた者達が起きる前に、夕がセーフティガスを使い再び眠りの中に落とす。
 ベッドにいた者達は全員眠り込んだようだ。夕がテープや布、ロープで彼らの口と手足を塞いで回り、その間にバルタサール・デル・レイ(aa4199)がロケットアンカー砲で窓から侵入。やはり変装道具セットとプロジェクターでリンカー兵風に変装している。
 同じくプリンセス☆エデン(aa4913)もロケットアンカー砲で二階の窓から忍び込む。なお今日も共鳴によるアイドルきらきらエフェクト全開、ではない。さすがに通常運転ではバレかねないのでエフェクトは消している。可愛いアイドルオーラもプロジェクターと変装道具セットで消している。可愛さ半減で残念だけど、お仕事だから仕方ないしね。
『(ご自分で仰いますか……)』
 Ezra(aa4913hero001)は心の中で突っ込んだが声には出さない事にした。ロケットアンカー砲はクローを引っかけ伝って登る事は可能だが、射出先に一気に移動する、というような事は出来ない。仙寿がバルタサールとエデンに手を貸して引っ張り上げ、上がったバルタサールもシーツで猿轡を作って病床リンカーに噛ませていった。これで目を覚ましても大騒ぎは出来ないはずだ。
 その間に仙寿がリンカーの機械化部位と、埋め込まれた霊石を撮影しようと布団を捲る。瞬間、仙寿の目に残骸が飛び込んできた。人間の残骸が。かつてケイゴに見せられた、四肢を失った男と同じ残骸が。
 だが、それは幻だった。ベッドの上に横たわっているリンカーにはきちんと四肢があった。ただし機械の四肢だったが。アイアンパンクにしても機械化部位があまりに多い。バルタサールも顔や機械化部位をスマホで撮影していったが、部位こそ違えどどの病床リンカーも一様に、アイアンパンクにしても機械化部位が多かった。
 気を取り直し、仙寿はベッド周りを確認する。可能なら彼らの名前を知りたかったがネームプレートは見つからなかった。
《此処でRGWを人体に繋げているのか?》
『だとしたら……“手術室“があるのかも』
 あけびの声に頷いた、直後外から音が響いた。黙って耳を澄ませると、どうやらリンカー兵達が何やら騒いでいるようだ。
「一階に侵入者! 仲間がいる可能性が高い。手分けして病室を調べろ!」
 下で何かあったらしい。遊夜に連絡をと思ったが、会話が漏れる危険がある。通信機を一度切り、音を頼りに様子を伺う。端の方から一部屋ずつ覗いて確認しているらしい。このまま潜んでいた所でいずれ発見されるだろう。
 

「全員窓の外を確認。何かあれば撃ってよし。十名、二階と三階へ移動」
 指揮官の命に従って、一階の兵士達はそれぞれ行動を開始した。二階に増員されれば仲間達が発見され、捕らえられる危険性は各段に高くなる。
 由利菜と仁希はそう判断し、夕に同行を頼まれた音弥と共に窓を破って飛び込んだ。遊夜は逃走を続けており、追って計八人の兵士が出て行ったのを確認している。遊夜にはそのまま引き付けてもらった方がいいだろう。
 それが吉と出るか凶と出るかは結果を見なければ分からないが。
 一階の窓が割れたと同時に兵達の視線が集中した。兵達は素早く状況を把握し、一糸乱れぬ動きで侵入者達に銃を向ける。
「放て!」
 ジャックポット十八名が一挙に弾丸を撃ち出した。展開される弾幕を、しかし由利菜が目にも留まらぬ剣捌きで斬り落とす。心眼。二階に取っておきたかったがこの場合は仕方ない。現在由利菜が前衛で、仁希が中間、音弥が後衛となっている。ブレイブナイト一人にバトルメディック二人。指揮官は部隊を整えつつ侵入者達を観察する。
「心眼か。ならば魔法攻撃。放て!」
 敵も同じくリンカー集団、スキルは熟知しているらしい。今度はバトルメディック八名が魔法攻撃を仕掛けるが、由利菜の魔法防御力の前には微々たるダメージしか与えられない。由利菜の背後に守られている仁希と音弥にも影響はない。
「なるほど、丈夫だな」
 一筋縄ではいかぬと判断したらしい。ソフィスビショップがウィザードセンスで底上げし、シャドウルーカーが地不知を脚に纏わせる。居並ぶ四十人以上の兵士を前に、由利菜がカルンウェナンを構え直す。
 

「今回の任務は悪事の証拠を掴む、か。潜入任務はお手の物、と言いたい所だが……」
『随分と厳重な警備だね。気を引き締めていかないと足元を掬われそうだ』
 無月(aa1531)の呟きにジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)が苦笑混じりに声を返した。二人はまだ茂みに隠れタイミングを伺っていた。一階の兵士、及び作業員は全員由利菜達を注視している。上手く行けば飛び込んでも気付かれずに済むかもしれない。
 敵が銃声を轟かせた、それに合わせて無月はガラスを割って侵入した。誰もこちらを見てない事を確認し、プロジェクターで作業員に変装、工場エリアを駆け抜ける。
「二階に応援を呼んでくる!」
 他の作業員に叫んだ後階段を登っていき、リンカー達に出くわした所で「連絡です!」と大声を出す。詳しい様子は分からないが、既に仙寿達の捜索に乗り出しているらしい。
「一階の兵士から皆さん全員、至急援軍に来てくれとの事です!」
「こちらも捜索の最中だ。三人回す。それで足りなければ連絡しろ」
 リーダーらしき男は無月にではなくリンカー兵にそう告げた。作業員に告げるよりは理に適った行動だが、もしかしたら無月を怪しんでいるのかもしれない。出来れば二階の兵士全員下に行かせたい所だが、あまり粘り過ぎるとそれこそ怪しまれそうだ。
 大人しくシャドウルーカー三人と共に下へと戻る。リンカー兵は状況を見ると「これ以上の援軍は必要ない」と無月に言って駆けていった。怪しまれないよう物陰に身を隠し、今度はプロジェクターで兵士に変装。他の兵士に気付かれぬよう上に行こうとした、その時、作業員の幾人かが無月を見つけ呼び止めた。
「あの、侵入者はあちらですが、一体どちらに」
「上階から要請を受けたのだ。素人がこちらのやる事に口を出すな! 邪魔だから物陰に隠れていろ!」
『彼らを傷つけないために、だね』
 ジェネッサの声を受けながら、詰所から見えないように階段の間で待機する。もう一度誘き寄せる事も考えたが無理はしない方がいいだろう。そのまま仙寿達の行動を待つ事にする。
「急いては事を仕損じる、とも言うからな」


 リンカー兵は手分けして、左右から挟み込むように病室を確認しているようだ。どうやら詰所があったらしい、と廊下から聞こえてくる声で仙寿は予測する。自分達がいるのは真ん中より南寄り、すぐに発見されるだろう。敵がここに到達する前に飛び出すか、それとも覗き込んできたと同時に飛び出して攻撃するか。
「ぐ……う……!」
 気絶していた病床リンカーが侵入者達に気が付いた、と即座に夕がセーフティガスで再び全員眠らせた。だが兵士の足音は、声は、すぐそこまで迫っている。
「次はこの部屋か」
 ジャックポット五名が背中合わせに病室を覗き込んだ、瞬間、バルタサールがウレタン噴射器を五人全員に浴びせ掛けた。とは言えライヴスを媒介しないただのウレタン、一時的な足止めにしかならないが、その間に脇をすり抜け三階へとひた走る。
「待て!」
 北側からシャドウルーカーがナイフを手に駆けてきたが、仙寿が骸切に換装し女郎蜘蛛を射ち放った。敵が蜘蛛の巣に絡め取られたのを見て取って、無月が階段から姿を現し先の二人と合流する。
「侵入者発見、放て!」
 ジャックポットが銃を構え、一斉に銃弾を奔らせる。ウレタンや女郎蜘蛛に拘束されても攻撃する事は出来る。弾丸が当たったが三人はそのまま駆け続け、仙寿が鍵師で階段への扉を開錠する。三階に辿り着いたと同時にシャドウルーカーが飛び掛かるが、これは無月が女郎蜘蛛で捕縛して足止める。

「下に応援を要請しろ。四名は残った部屋の捜索、三名は三階に向かい侵入者を捕獲する」
 女郎蜘蛛を振り払い一人が踏み出そうとした、その時、病室から現れた影がシャドウルーカーの腕を斬った。転がり出た夕が聖槍「エヴァンジェリン」を構え、これ以上は進ませまいと兵の前に立ちはだかる。
「放て!」
 侵入者の一人と判断し、ジャックポット達は夕目掛けて銃弾を撃ち出した。一つは躱したが残り四つは命中し、さらにシャドウルーカーが距離を詰め夕の腕をナイフで払う。身を蝕む毒の気配を夕はクリアレイで除いた。迸る清浄な光に兵の一人が声を漏らす。
「バトルメディックか」
 そして苦々し気に顔を歪めた。仙寿が放った女郎蜘蛛は、今も兵達の生命力をじわじわ削り取っており、治す手段もない。味方のバトルメディックが来たとしても先延ばしをするだけで、いずれ生命力が尽きて戦闘不能になるだろう。
 だが引く気はないらしい。兵達は一瞬で表情を引き締め、「放て」の声と共に再び銃弾を射出した。合わせてシャドウルーカーが双方からナイフを振るう。彼らの攻撃力より夕の防御力が勝っているようではあるが、敵もリンカー。能力者と英雄との絆の分、リンクレート分のダメージを相手に与える事が出来る。重なれば確実に生命力を削られる。
 先程攻撃したシャドウルーカーを再びエヴァンジェリンで斬り払い、一人が戦闘不能で倒れた。だが間隙を埋めるように銃弾が飛翔して、夕の身のそこかしこにまた少し傷を負わせていく。
 それでも敵を行かせまいと別のシャドウルーカーに槍を向けるが、躱された上にすれ違いざまジェミニストライクを叩き込まれた。夕は一人。敵は六人だが減退を受けている。リンカー達は身を削りながら武器を手に対峙する。


 一階、二階、三階、外で戦闘が繰り広げられている頃、エデンは一人静かに最初の病室に隠れていた。病室のリンカーは皆寝ているし、目の前では夕と敵兵が戦闘中。ちょっとやそっとのトラブルではしばらくはバレない。はずだ。 
 エデンの個人的な目的は、支配者の言葉で病床リンカーを洗脳し、話をスマホに動画撮影して証拠の一つにする事である。といっても洗脳で出来る尋問は、イエス・ノーやワンフレーズで返答可能な、ごく単純で具体的な質問をひとつ行う程度が限界である。故に「人体実験受けた? イエスかノーか?」みたいな質問になるだろう。
「う……んー! んー!」
 と、病床リンカーの一人が目を覚まし、エデンの存在に気付いたようだ。即行支配者の言葉を掛け、「人体実験受けた? 受けたならイエスって言って」と命じてみる。
「イエス」
 様子をスマホで撮影した後、リンカーが正気に戻る前に猿轡を噛ませ直した。そして呻くリンカーを放置し病室内を探し回る。
 結果エデンの発見した物は以下の通り。手術日やリハビリ開始日、検査日や退院日などが書き込まれたカレンダー。病床リンカーが体調等を記した手帳、薬のカラ、本。
 人体実験を受けたなら拘束具とかも置いてあるかも? と思ったが、そのようなものはなかったし、RGWらしきものもなかった。詰所などの別室を探せばどうだったかはわからないが、廊下で夕と敵兵が戦闘を繰り広げている今、脱出して探しに行く事は出来ない。カルテやシュレッダー、機械修理の用具についても同様である。床頭台や冷蔵庫に鍵はついてなかったので一応探してみたのだが、着替えや飲みかけの茶が入っている程度だった。本の内容についてはスターライトスコープで一応確認してみたが、暇潰し用のただの小説のようである。とりあえず少しでも証拠品になりそうなものは、手当たり次第幻想蝶にぶち込んでいく事にする。
「これで大体完了かな。あとはみんなのお手伝い……」
 と行きたい所ではあるのだが、先にも述べたように廊下では戦闘の真っ最中。これをすり抜けて詰所や三階に行く事は難しい。夕の加勢を行うか? でも脱出の時用に手は残した方がいいような気も……。
 結局、エデンはその場で待つ事にした。手伝いの機会は脱出の時にもあるはずだ。


 由利菜は短剣を構えながら周囲に視線を巡らせた。一階の兵は由利菜達を囲むように位置している。二階、三階に向かい、人体実験を受けていると思われる者達の保護をしたいのだが、その余裕はなさそうだ。
「撃ち方用意、放て!」
 ジャックポット達が一斉に由利菜へ弾丸を奔らせる。心眼を見抜いていながらの射撃攻撃、どういうつもりだろうと思いながら弾丸を叩き落とす。どうせしばらくの間は守りに専念しているため、射撃攻撃を打ち払う以外の行動はほとんど出来ない。
 そこにソフィスビショップの一人がゴーストウィンドを放ってきた。ダメージ以外の影響は特にないようだが、範囲攻撃であるために仁希や音弥もダメージを喰らう。
 しかし由利菜に顧みる余裕はなかった。バトルメディックのブラッドオペレートが、三方向から同時に由利菜に突き刺さったからだ。傷口から出続ける血を仁希がクリアレイで即座に止めるが、再びブラッドオペレートが由利菜に刺さりより多くの血を流させる。
 眼前に並ぶのは訓練された「兵士」だった。機械的に動く従魔でも、場当たり的に暴れるだけの無法者でもない、訓練され、統率され、命令により一個体として動く軍兵が、計四十五名。リンカーであるが故にクラスやスキルの特性を熟知し、相手の力量を確かめつつ戦略的に攻撃してくる。
「たった三人で飛び込んできた、それは戦略故の行動か? それとも奢り故の無策無謀か? 戦略故なら披露して死ね。奢り故なら後悔して死ね!」
 指揮官が手を振り下ろした、直後残りのソフィスビショップとバトルメディックの魔法攻撃が一挙に飛んだ。わずかではあるが傷が重なる。リンクレート掛ける人数分のダメージが由利菜の身に刻まれる。音弥がケアレイで傷を癒すが、それを無に帰すように再び弾丸の波が迫る。
 由利菜が心眼でその全てを斬り伏せたが、直後天井から、地不知で移動していたシャドウルーカーがナイフと共に降ってきた。遊夜を追った二名を引き、二階の兵を分散させるため無月が連れてきた三名を足し、計十一人のシャドウルーカーがジェミニストライクを発動させる。二十二の影となって由利菜をナイフで斬り付ける。
 固まっているが故に集中攻撃を受けている、ように見えるが、しかし固まっている事がこの場合の最善手であるとも言えた。固まっていなければ、由利菜の心眼がなければ、仁希と音弥は即銃撃に倒れていたに違いない。仁希と音弥がいなければ、回復の手段もなく由利菜はじわじわ生命を削られ倒れていたに違いない。
 ソフィスビショップとバトルメディックがまたも魔法攻撃を放つ。傷を少しでも癒すべく音弥がケアレイを、仁希がリジェネーションを由利菜に掛けるが、無駄な足掻きと言わんばかりに指揮官の声が飛ぶ。
「放て!」
 心眼はもう使えず、ジャックポットの一斉射撃が由利菜の全身に撃ち込まれた。シャドウルーカーが距離を詰め、由利菜を仕留めようとナイフをかざす。由利菜はリーヴスラシルとの絆を強く意識する。リンクコントロールを重ね掛け、ライヴスは最大限に活性化されている。
「セラフィック・ディバイダー! 天使の羽よ、仇なす者達を切り裂け!」
 刹那、シャドウルーカー十一名が由利菜の一閃で吹き飛んだ。一息で複数の対象に鋭く振り払われた刃、そのたった一撃で全員が戦闘不能になった。床に転がったままピクリとも動かない。
 だがこれで、もう敵は迂闊に近寄ってはこないだろう。残っている者は全員遠距離攻撃ばかり。どの兵士も油断なく、三人の侵入者にそれぞれ武器を向けている。
 マニーは戦闘に参加せず窓の外を眺めていた。余裕あってのものではなく、他の侵入者を警戒しての行動だった。由利菜はマニーの注意を仲間達から引くためにも、リーヴスラシルと共に「金の亡者」へ言葉を投げる。
「私は今はエージェント収入や資産運用のおかげで、お金には困らないのですよね……」
『強化費用も潤沢だからな』
「重要なのは自分が何をしたいか、何ができるか。お金はそれを実現する為のものでしかありません」
 自分に言っていると気付き、マニーは由利菜に視線を向けた。マニーは不思議そうな顔をした。学校の授業が分からない時の子供と同じ顔だった。
「貴方様とマニーの価値観は、お金に対する考え方はどうやら違うようであります」


 遊夜はプロジェクターを解除して、夜の森に紛れながら敵の様子を伺っていた。
 手持ちの武器は9-SPと17式20ミリ自動小銃。回避や移動力を取るか、威力や射程を取るかという点で性能の違いはあるが、どちらも消音に優れている。またノクトビジョン・ヴィゲンがあるため暗闇でも視界の確保は出来るし、モスケールを使えば周囲100m内の敵の位置は把握出来る。
 しかし敵は八人。かつバトルメディックのライトアイがあるため視界による制限はない。遊夜は敵の位置を確認しながら逃げ回る事が可能だが、敵は八人で遊夜を探し、追い詰める事が可能である。下手に動いて囲まれれば終わりと考えた方がいい。
『……本当に、映画みたいだね』
 ユフォアリーヤが呟いた。ならば遊夜はこう答える。
「それじゃあ映画みたいに、無事に家族の下に帰らないとな」


 無月の女郎蜘蛛が敵を絡め取ったと同時に、無月とバルタサールは医務室へ、仙寿は手術室へ駆け出した。手術室には鍵が掛かっていたが、仙寿は鍵師で開錠して滑り込む。一方、医務室では非リンカーの医者十五人が、見慣れぬ『兵士』の姿に怪訝な顔を見せていた。
「君達は新兵かね?」
 二人ともプロジェクターで兵士に変装しているため、そのままいけば医者達を騙し通せたかもしれないが、すぐに女郎蜘蛛を解いたリンカー兵が医務室へと飛び込んできた。侵入者だと気付いた医師達は、証拠品を奪われまいと机上の資料を集め始める。
 無月は資料へ手を伸ばそうと試みたが、シャドウルーカーが迫るのを見て身を翻して刃を止めた。下手に避ければ背後にいる医者にも被害が及びかねない。
『ボク達的には非リンカーの人達は守るべき対象だからね』
「私は貴方達を傷付けはしない。だが、罪なき人達を傷付ける武器やヴィランをそのままにしておく訳には行かないのだ」
 無月は医者を巻き込まないよう立ち回りつつ証拠品を得ようとしたが、そうすると自然医者との距離は開いてしまう。そしてその守るべき対象が証拠品を持って移動している。特にパソコン内のデータ……データだけが無理ならパソコンごとでも押収したい所だが、パソコンは医者が抱えて部屋の端へと逃げてしまった。追って傷付けないよう奪おうにも、敵兵が邪魔で思うように進めないし、下手に動けば医者達を巻き込む事になりかねない。

 バルタサールもまた医者の妨害に遭っていた。
 無月とバルタサールを「敵」と認めてからの医者達の行動は素早く、目ぼしいものは片っ端から抱え込んで逃げようとする。兵士に監視されているのであれば、この機に乗じて逃げ出しても良さそうなものなのに、そういった様子もなく資料を守ろうと奔走している。
「今の内に逃げようとはしないのか。ここにいる理由は忠誠心か? それとも逃げ出したらリオ・ベルデでは生きていけないからか。何か制裁でもあるのか。家族を人質にでもされているのか」
「我々は望んでここにいる。貴様らにはあの方の憂慮など分からんだろうがな」
 医者の中でも老齢の男がバルタサールの問いに答えた。洗脳されているとか、脅されているという風には見えないが……憂慮? ハワード・クレイは何かを憂いているというのか。
 とにかく今は証拠品をとバルタサールも腕を伸ばすが、重要そうな資料を持って医者は逃げ回ってしまう。ウレタン噴射器を掛けるにはやや距離が開いている。威嚇射撃等で脅すか? 死なないよう脚を負傷させ移動不能にさせるか? などと考えていると背後からシャドウルーカーが斬り掛かる。
「面倒臭いな」
 とりあえず威嚇のために医者の足下を銃撃し、兵士の攻撃を躱しながら回収に乗り出す事にした。書類、メモ、カルテ、PCデータ等を掴んで片っ端から幻想蝶に収納する。治療に使っている薬、病床リンカーを撮影している防犯カメラ等がないかも探したい所だが、避けて幻想蝶に突っ込んで以上をする余裕がない。
 ゴミ箱の中身も精査せずとにかく幻想蝶に入れまくる。重要でないものも混じっているだろうが仕方ない。
『変なものを幻想蝶に入れないでくれるかな』
 紫苑(aa4199hero001)の文句が脳に響いた。紫苑は怒哀の感情が麻痺しており、何事も柳のように受け流す性格だが、さすがにゴミを幻想蝶に入れられるのは思う所があったらしい。
 しかし非常事態だし。バルタサールは綺麗に無視する事にした。

『(最上階といえば重要機密!)』
 あけびの声を聞きながら、仙寿は手術室の内部撮影を行っていた。ノクトビジョン・ヴィゲンを使い、患者資料や手術記録、未使用の義手義足を探す。
 乱雑に積まれた資料の一部に目を通そうと試みたが、三人のシャドウルーカーがナイフをかざして追ってきた。当然資料を撮影している暇もない。ナイフを躱し、部屋を回り、片っ端から資料を掴み幻想蝶に突っ込んで、一つだけあった未使用の義足を脇に抱え込む。 
《おい、撤退するぞ》
 引き返し医務室にいる二人へ声を掛けた所で、仙寿の抱えた義足を認め、医者二人が取り上げようと仙寿へと襲い掛かった。気を取られた所に背後からシャドウルーカーのナイフが刺さる。
《ぐ……》
 義足を落としはしなかったが、籠められた毒のライヴスが傷口から回り始めた。バルタサールが入口に威嚇の銃弾を叩き込みつつ走り出す。捕らえようと敵兵が迫るが、無月が二度目の女郎蜘蛛で逆に絡め取って突破する。
《今から脱出する》
 椿の短剣で敵を強引に払いつつ、通信機で皆に連絡するが一階組から返事がない。その頃、夕は二人目のシャドウルーカーを撃破していた。途中毒刃を喰らったが、毒のライヴスは浸透せず夕はそのまま立っている。これで敵は狙撃手五人。しかも今なお女郎蜘蛛により生命力を削られつつある。
 斬り込めば倒せるかもしれない。それとも下手に動かずに足止めに徹するべきか? 仙寿達が降りてくるまで持ち堪えられればそれでいい。
 そう思ったその時、一階に続く階段から足音が聞こえてきた。ジャックポットとソフィスビショップが増員され、さらにこのような声が聞こえた。
「下の侵入者は制圧した。今から二階の援護に当たる」
 制圧した? 遊夜さん達が倒されたという事か? 状況を把握しようとした、すると今度は背後から足音が響いてきた。夕が振り返るより早く、敵兵は仙寿達の姿を認め銃を構える。
「侵入者発見、構え!」
 そして銃弾と魔法攻撃が放たれようとした、瞬前、エデンが病室から顔を出しブルームフレアを炸裂させた。建物に被害が出ないようそれなりに加減はしていたが、ダメージを受けていた兵達は高火力に炙られ倒れ、他の者達も虚を突かれて狼狽する。その一瞬で仙寿達は最初の病室に滑り込む。
《よし、脱出するぞ》
「待って。一階のみんなが捕まったって」
 夕が仙寿にクリアレイを施し、自身はヒールアンプルを使いながら敵の言葉を皆に伝えた。通信機で呼び掛けるがやはり遊夜達からの返答はない。
 倒れた仲間を乗り越え、兵士達が病室に侵入しようと追ってくる。とにかくまずは脱出をと、全員窓から飛び降りた。


 シャドウルーカーが戦闘不能で倒れても、まだ三十四名の兵士達が周囲を取り囲んでいた。リジェネーションとケアレイでその都度傷を回復しても、由利菜のダメージは少しずつ、確実に増えていく。いずれスキルも尽きてしまう。敵に斬り込み一閃を振るえば、もう何人かぐらいは戦闘不能に出来るかもしれない。しかしそうすれば回復手の仁希と音弥が狙い撃たれ、すぐに由利菜も倒れるだろう。誰が先に倒れるか、それだけの違いでしかない。
 しかし付け入る隙が皆無だった訳ではない。リンカー兵達はクリアレイを持っていなかったので、状態異常に対する措置は全くなかったと言っていい。女郎蜘蛛の減退が放置されていたのはそういう理由だ。
 また分散する事が出来なかった訳でもない。例えばもう一人一階に囮要員がいただけで、それだけでも戦力を分散し、一人当たりのダメージを減らし、敵の状況把握を困難にさせる事は出来ただろう。人員を割けなかったと言うのであれば、例えば外から窓に向かって複数方向から襲撃し、襲撃者を実際人数より多く見せかけ、探索要員を外の方に割かせるというのはどうだろう。
 それとも机上の空論だろうか。結局こうなっていただろうか。多勢に少数しかいないなら、まともにやり合うよりも多勢を策で掻い潜る、そんな方法を模索する余地は一切なかっただろうか。
 由利菜はアイギスの盾をかざしてふらつきながら立っていた。非リンカーや工場へのダメージを防ぐのには一役買っていたが、リンクレートによるダメージまでゼロにする事は出来ない。
 カルンウェナンのフレーバー能力を活用する事も考えたが、カルンウェナンは攻撃の際、一瞬周囲を影のような闇が覆うというだけで、常時展開する訳ではない。もっとも常時展開型だったとしても、明かりのついた工場の中で常時闇に覆われれば、それはそれで目立って的になっていただろうが。
「攻撃用意、放てっ!」
 幾度目かの銃弾が、十数の魔法攻撃が、一切の躊躇なく由利菜へと襲い掛かった。仁希のケアレイが飛ぶが追い付かず、これ以上は耐え切れず、生命力を削られきって由利菜はその場に崩れ落ちた。直後一斉攻撃が仁希と音弥にも迫り、仁希は音弥をカバーしたが、どちらが先に倒れるかを先伸ばしにしただけだった。
「目標沈黙。ジャックポット五名、ソフィスビショップ五名は二階に移動し残りの侵入者を捕獲せよ」
 計十名が迅速に二階へと上がっていき、残った兵は由利菜達の身元を改めようとした。何処の所属だとしても交渉材料に成り得るし、見捨てられたとしてもそれはそれ、「実験材料」としては使える。
 兵士の手が三人の服に掛かった、その時一階の窓が割れ、同時にバルタサールのフラッシュバンが兵士達の目を焼いた。続けてエデンの重圧空間が一帯に圧し掛かる。
「敵の数も多いし、みんなと助け合って脱出しないとだね」
『お嬢様、味方も潰れておりますが』
 Ezraの指摘通り、重圧空間は無差別攻撃、かつ味方の中でもエデンの魔法防御が最も高かったため、敵味方問わずして全員重圧を喰らっていた。とは言え今が唯一無二のチャンスなのには変わりない。仙寿が捕らわれた三人へ駆け出し、その前にマニーが立ちはだかった。無間の護符で異世界の白い光を身に纏い、強化された女郎蜘蛛でマニーをその場に縫い付ける。
《構っている暇などない》
『RGWに従魔が憑いてる事は知ってる? 貴方の義肢、大丈夫?』
「貴方様に心配される理由がないであります」
 あけびの声に応えつつマニーは銃口を向けようとしたが、そこに「ひさしぶりじゃん、稼いでる?」と夕が声を割り込ませた。怪訝な顔をするマニーに、夕は屈託ない笑みを浮かべる。
「マニーって商品でしょ? 貸出なの? 買取りなの? D.D.がきみを作ってハワードが買ったの?」
「ハワード大佐がマニーを買った、というのは正しいであります」
 言いながらマニーは今度こそ引き金を引こうとしたが、その前にバルタサールの銃弾が、機械化されたマニーの脚の関節を撃ち抜いた。一階のRGWや、工場の作業マニュアル等も回収したい所だが、三人も重体のためそこまでしている余裕がない。仙寿や夕と手分けして三人を抱え上げ、全速力で窓から身を躍らせる。
「もう一度重圧空間!」
 エデンが重力を重ね掛け夕達を追って闇へと走る。「反対側から回れ!」という敵兵の声を背に受けつつ、四人は脇目も振らずに森の中を駆けていった。


 遊夜は一人、正確にはユフォアリーヤと二人で暗闇の中に潜んでいた。敵はまだ遊夜に気付いていないが、徐々に距離を埋めつつある。
「敵はフラッシュバンを使った。ジャックポットだ。残るスキルは最大二種。ダンシングバレットの可能性もあるから弾道からの予測はするな。とにかく本体を目視にして確認せよ」
 撹乱しながら逃げ回る事を考えたが、下手に動くと目視で姿を見られてしまう危険がある。しかし何もしなくてもいずれ発見されるだろう。隠れたまま一発撃つか? 近くにいると教える事にならないか? フォレストホッパーで逃げ回るか? 八人相手に逃げきれるか? 
 結局、遊夜は当初の考え通り撹乱しながら逃げ回り、時間を稼ぐ事を選択した。フォレストホッパーを起動して樹々を足場に跳び回り、当てるよりも目晦ましを念頭にして銃を撃つ。
「近いぞ、慌てず姿を目視しろ。発見したら攻撃、とにかく当てて足止めろ!」
「いたぞ!」
 二人のジャックポットが射手の矜持で命中を高め、二方向から遊夜へ向けて妨害射撃を撃ち出した。退路を塞いだ隙にソフィスビショップ二名がゴーストウィンドで遊夜を囲み、肉薄したシャドウルーカーがジェミニストライクで斬り掛かる。
「ぐっ……!」
 四方八方から迫る兵士に、遊夜は銃を天に向けバレットストームを展開したが、命中しても敵兵を仕留めるには至らなかった。攻撃を受けながらさらにトリオも撃ち放つが、兵士達は怯まずに遊夜にトドメを刺そうとする。
「今のでスキルは使い切ったはずだ。問題ない、そのまま攻撃しろ!」
 銃弾が、魔法攻撃が、一気に遊夜の全身を打った。遠距離組は距離を保ったまま武器を向け、シャドウルーカーが確認のため遊夜の手にナイフを突き立てる。
「完全に沈黙。回収して工場に戻る……」
 シャドウルーカーが言い掛けた、瞬間、その肩から生温いものが音もなく噴き出した。忍の眼帯で隠していた目で闇夜を駆けてきた無月が、敵兵を斬った勢いのまま遊夜を担いで疾走する。
「新手だ、撃て、殺しても構わん!」
 片目を隠して闇に慣れさせる、というのは忍びの技の一つだが、暗視装置やライトアイ程明瞭な視界は得られない。手足を撃たれた痛みがあったが、顧みずに走る事だけに専念する。
「こっちだよ」
 と、エデンが呼び掛けながら、無月の手を取り誘導した。スターライトスコープは戦闘には不向きだが、暗闇での視界を得る分には問題ない。
 バルタサールは音を立てて場所を誤認させる事を考えたが、一人担いでいるし、攻撃して足を鈍らせるよりは走った方がいいだろう。回収場所まで脇目も振らず全力で走り切り、夕が一番怪我が酷い無月へケアレイを施した。重体者四人の姿を認め、迎えに来た職員が「担架を」と叫んでいた。


 結論として。
 工場から奪取した物品、及びエージェント達が各自撮った映像など証拠はそれなりに得られたが、敵兵や医者の妨害もあり飛び飛びの資料も多く、整理や精査に多少の時間を要するそうだ。もっとも各国の承認も必要なので、どう足掻いても即リオ・ベルデに乗り込む事は出来ないらしいが。
「整理や精査が終了すれば証拠としては十分だがな。とにかく今は身体を休めてくれ」
 意識を取り戻した仁希は動画データを提出しつつ、マニーの声紋類の照合とマニーが過去別の名で活動していなかったかの確認をH.O.P.E.に求めたが、マニーがリンカーや傭兵として活動していた記録はなかった。マニーは自分を商品で、大佐に買われたと言ってたが……思い出しつつ夕は自分の手を擦る。
『お兄様、手。やっぱり震えてますね』
「依頼の前後だけだし共鳴中は大丈夫だし……」
『声も掠れていますよ』
「まあ大丈夫」
 淡々と夕は言うが、結羅織は眉間に皺を寄せた。夕に聞こえるか聞こえないかの小さな声でぽつりと呟く。
『……自分に鈍感なのが一番タチが悪いんじゃないかしら』

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

  • 来世でも誓う“愛”・
    麻生 遊夜aa0452
  • 永遠に共に・
    月鏡 由利菜aa0873
  • 日々を生き足掻く・
    秋原 仁希aa2835

参加者

  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    結羅織aa0890hero002
    英雄|15才|女性|バト
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 日々を生き足掻く
    秋原 仁希aa2835
    人間|21才|男性|防御
  • 切り裂きレディ
    グラディスaa2835hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
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