本部

希望のカウンターアタック

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/09/12 10:50

掲示板

オープニング

●負の遺産
「リンカーヴィランに襲われて両脚を失った俺の前に、ロジェ・シャントゥールは現れた」
 人工心臓を埋め込み、何とか会話可能な状態まで回復した“アイアンレッド”。彼は澪河青藍に向かって、淡々と語る。
「自分が新しい任務を与える。その代わりにリンカーヴィランにも対抗出来る力を与えよう、と彼は言った」

「あいつはこう言ったんだ。人は二つの方法で世界を視ている……ってな」
 山奥の小さな小屋の中、紅茶を飲みながら下野平祐はウォルター・ドルイットに述懐した。
「だから手術してやるってさ。眼ではなく、もう一つの方法で世界を見られるように。だから新しい技術の実験台になってくれないかと持ち掛けてきた。ま、利用させてもらったわけだが」
 彼はアイマスクを付けたまま、薄らと自嘲気味に笑う。
「でもあいつの言う事も間違っちゃいないさ。愚神に憑依されていた時、俺は確かに世界を見ていた。凄絶に美しい世界を」

「金だ金。身体改造した上で金もくれるんだぞ。そりゃ乗るだろ……ぐえっ」
 巨大なバッテリーを横に置き、何とか全身の義肢を起動させたチンピラがテラスに向かって語る。テラスはいきなり目を赤色に光らせると、まるでスケバンのような声を発して詰め寄る。
『バカか? その結果が一生そのバッテリーを背負い続ける生活だぞ? 手元の金も、全部メンテの費用に充てるからな、覚えとけよ!』
「ひい……」


「……とまあ、聞き込みを進めたらこんな感じになりました。要するに、世間で窮地に陥ってる人々をあの手この手で篭絡して自分の実験に協力させてたってわけですね」
 ブリーフィングルームに集められた君達の前で、青藍は説明を始める。
「どれだけの人間がこの実験に協力していたのかはまだ調査中ですが、警察が把握していない案件も相当数あるようです。普段いるホームレスがいつの間にか居なくなっていたとか、小規模なヴィラングループが姿を見せなくなったとか、そんな感じの事件ですね。誰も彼らがいなくなっても気にしない……そのせいで今回の件が中々明るみに出ないまま実験が進んでしまったようです」
 彼女は手元のタブレットを見るように君達を促す。見ると、翻訳調の日本語がずらずらと並べられた論文が映し出される。数か月前に押収された、ケイゴ・ラングフォードの研究だ。
「そして、ヤツが人体を機械化させる実験を繰り返していたのは、この議論に追従していたためかと」
 君達がつらつらと論文を読み込んでみると、そこにはケイゴの狂気じみた精神が纏められていた。無尽蔵に世界へ供給される従魔や愚神の力を利用する事で、人類を進化させたいという熱意。それに突き動かされた彼は、あらゆる方法で従魔を利用しようとしていたらしい。青藍に代わり、今度は恭佳が説明を始める。
「ケイゴは自らの身で実践したように、人間が人格を確保したまま愚神化する方法の模索に傾倒していくようになりましたが、その過程でRGWドライブの大本の理論や、従魔、愚神召喚のプログラムなど、様々な技術を生み出しています。その中で開発されたのが、これです。ページをスライドしてください」
 言われたとおりに捲る。そこには、従魔なら機械にも憑依できるという特性を利用して、人体を機械化し、機械部分に従魔を憑依させることで人間と従魔を疑似的に融合させようとする試みが纏められていた。
「この試みはケイゴにとって全く興味の無いものへ落ち着きましたが、ロジェ・シャントゥールにとってはそうじゃなかった。だから方々から技術を盗み取ってまで、この試みを先鋭化させている」
 恭佳は顔を曇らせる。
「……彼の目標については不明瞭な部分も多いんで、今のところは明言を避けます。ただ一つ、事実として言えるのは、奴はフリークスという技術を用いて従魔を自由に操作しているし、私達の意識に干渉する技術も、その技術を開発する過程で見つけた可能性が高いだろう、という事です」

「……彼を野放しにしておけません。私達にとって、取り返しのつかない事が起こりそうな気がします」

●野望の燃え滓
「すまないな。君達には私達の至らなさ故に苦労をかけている」
 ブリーフィングを終えたその足で、君達はアルター社のロバート・アーウィンを訪ねていた。初めて彼がH.O.P.E.を訪ねた時よりはましだが、それでも少々やつれていた。
「調査を進めていた結果、一つの研究所の地下にどうやら随分と大きな地下ラインが密造されていた事が分かってね……一体いつからこんなものを作っていたのか……私はぞっとしている」
 ロバートは視線で秘書に指示を送る。秘書の女は静かに頷き、黙々とパソコンを操作しスクリーンに地図を映し出す。
「つい先日、君達が突き止めてくれたロジェ・シャントゥールの潜伏している座標ともこれが一致している。恐らく、フリークスへの改造実験が行われていたのはここで間違いないだろう。よって、君達にはこの地下ラインを破壊して欲しい。地上の研究所も破棄する事に決定したから、地上への被害も考えなくていい。……そうすれば、研究の進行はある程度食い止められるはずだ」
 早口でそこまで説明し終えると、ロバートは車椅子にもたれて深呼吸を始める。何度か深い息を吐き出すと、ようやく彼は再び話を始めた。
「ロジェは随分と羽振りがいい事は、そこの彼女の調査によって君達も知っているだろうが……この資金源についても現在調査している。そのうち明るみに出るだろう。……大方、君達にも予想がついているだろうがね」
 リオ・ベルデ。その名前が頭をよぎった人が、君達の中に何人かいたかもしれない。そんな君達を眼だけで見渡すと、ロバートは俯きがちに言葉を続ける。
「あと、少々勘違いされているかもしれないからね、改めて私のスタンスを説明しておこう。私は軍事産業のトップをアルター社から譲るつもりは無い。グロリア社その他も居るから完全な独占は厳しいが」
 彼は僅かに眼を上げる。疲れ切ってはいたが、その眼には強い意志が光っていた。
「マーケットリーダーとして、兵器の無軌道な売買や技術の発達を抑制する。それが私の立場だ。世の中から争いは決してなくならない。だが減らす事は出来る」

「その為にも、今回のような、誰もが無差別に兵器となり得る技術を見過ごすわけにはいかない。宜しく頼む」


●単子論と汎神論
 君達は武器を構え、工場へと素早く乗り込む。荷物をまとめた研究員達がバタバタと研究所の奥へと駆けていく。二つの姿をフリークス越しに見つめて、ロジェ・シャントゥールはぽつりと呟く。
「ライプニッツは考えた。全ては神の創造の時点で予定・調和されているのだと。……スピノザは考えた。一切のものは神の顕現だと」

「そして私は考えているんだ。……ライヴスこそが、“それ”だと」

解説

メイン 工場の破壊及び、守備隊の撃滅
サブ ロジェ・シャントゥールの捕縛(難易度高)

ENENY
☆フリークスΣ×30
 ほぼ全身が機械。精神が従魔の侵蝕によって殆ど破壊されている。
●脅威度 デクリオ級相当
●ステータス 物攻・移動A、その他は平凡
●スキル(PL情報)
・アサルトライフル
[射程1-20、物理]
・パルスグレネード×1
[射程1-10、範囲1、物理。回避不可。命中時、装備中の武器が3R使用不可能になる。また、アイアンパンクは10+1D3のダメージを受ける。]
・レセプター
[精神系BS無効]

☆機械従魔×20
 二足歩行の機械に憑依した従魔。殆ど動く壁扱いされている。
●脅威度 デクリオ級
●ステータス 物防・生命A、その他は平凡
●スキル
・ミニガン
[射程1-30、物理]
●特性
・無差別攻撃
[最も近い“PC”を攻撃する]

☆ロジェ・シャントゥール
 本事件の首謀者。数多のライヴス関連技術を掛け合わせ、『集合意識』の具現を志向している。
●脅威度 一般人
●スキル(PL情報)
・オーバーリンク
 研究所内に設置した装置を用いてライヴスネットワークを拡大、範囲内のリンカーの意識を混交させる。
[50%の確率で、直前に行動したPCと同じ行動を強制される。他職のアクティブスキルなど、それがPCには不可能な行動であった場合、そのターンの行動をスキップする。プレイングによって無効化できる。]

FIELD(単位はスクエア)
南:出入口及びシナリオ開始地点。フリークスΣが5体立って守っている。
中央:広さ30×30の製造ライン。機械従魔20体が並んでいる。
北:広さ5×10の研究室。ロジェがフリークスΣを操作している。
東:広さ20×10の性能試験室。フリークスΣが15体並んでいる。
西:広さはまちまちの様々な部屋。手術室や宿舎など。フリークスが合計10体居る。
※東西南北の部屋と中央の部屋がそれぞれ繋がっている。

リプレイ

●突入
 進入口の扉を青藍が蹴破った瞬間、ヘルメットで顔を覆い隠した兵士が5人、エージェント達の目の前に姿を晒す。兵士は銃を構えると、柱の影へと素早く逃げ込もうとする。しかし、一人は赤城 龍哉(aa0090)が素早く投擲した雷槌の一撃、もう一人もバルタサール・デル・レイ(aa4199)の撃ち込んだ狙撃銃の一発で瞬殺される。
「Σか……最初から出して来るって事は、残りも」
『ですわね。油断は禁物ですわよ』
 龍哉とヴァルトラウテ(aa0090hero001)が警戒を強める間にも、兵士が手榴弾を取り出す。龍哉は大剣“烈華”を抜き放ち、衝撃波を兵士に向かって放った。狙い澄ました一撃は、手榴弾を明後日の方向へと弾き飛ばす。廊下の彼方で青い光が瞬いた。
 同じく青い光を左の瞳に宿したカイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)は、大剣を背負って一気に駆け出す。柱の影から身を乗り出す兵士達を見つめ、御童 紗希(aa0339)は声を暗くする。
「この人達も……」
『せめて俺らの手で息の根止めてやった方がいいだろう』
 遮蔽の背後に回り込むと、カイは背負った大剣を一息に振り下ろした。地獄の番犬の叫びと共に、義体を真っ二つにされた兵士がその場に崩れ落ちた。断末魔の言葉もない。
『……こいつらにはもう“苦しい”とか“痛い”なんて感情や感覚は残ってないだろうが』
 体の側面を晒したカイに、兵士は銃口を向ける。背中にニロ・アルム(aa0058hero002)のもがれた翼を背負った零月 蕾菜(aa0058)は、盾を構えてそこへ駆け込んだ。
 放たれる幾つもの弾丸を受け止めるが、蕾菜はびくともしない。周囲の雰囲気に気を配る余裕さえあった。
『(あるじ、何だかここ変な空気)』
「ええ。改造されてしまった人がわんさといるそうですよ。……それでも、私達のやることは変わりませんが」
 盾を構える蕾菜に向けて、別の兵士も銃を構えた。左の半面を機械で覆ったヴァイオレット メタボリック(aa0584)は、クロスボウを水平に構え、兵士の胸に輝くRGWドライブに向かって撃ち込む。急所を撃ち抜かれた兵士は、力無くその場に崩れ落ちた。プロテクターで全身を覆い隠した兵士を見下ろし、ヴィオは首を傾げる。
「オラもフリークスに成ったらこんなんだべか?」
『紫姉さんさぁ、人間辞める気なの? やめなよ、機械教会の皆に迷惑かける気?』
 フローラ メタボリック(aa0584hero002)はずけずけとヴィオに言ってのける。ヴィオはクロスボウの弦を巻き切り、溜め息を吐く。
「そんな、不義理はしないだぁよぉ」
 言いつつ、腰に備え付けたイメージプロジェクターのスイッチを入れる。全身の装備の表面に光が走り、フリークスのような姿へ変えてしまった。
 残り一体となった兵士。それは身を翻して部屋の奥へと逃れようとしたが、一足飛びで迫った八朔 カゲリ(aa0098)が、黒焔纏う刃でバックアタックを叩き込む。
「前よりも動きが拙いな」
『動きが拙かろうが、優れていようが、さして変わりはあるまい』
 ナラカ(aa0098hero001)も影俐も、兵士に対してあっさりとしていた。勿論、いついかなる戦場でどんな敵に相見えてもそうなのだが。
「そうだな。都合の良い餌に喰らい付く浅慮、縋り付かずにいられぬ無様……彼らは誰もが“弱い”」
 影俐がぽつりと呟いた瞬間、天井に取り付けられたスピーカーが震える。
[そう言ってやることは無いだろう? 彼らは私に利用されただけなのだからね]
 ロジェの声。紫苑(aa4199hero001)は真っ先に反応した。
『やれやれ。今回は耳に直接語り掛けてきたりはしないのかい?』
[洒落た手口は一回やれば十分だろう。コンピュータに余計な負荷をかけるのさ、あれは]
 聞いた瞬間、モスケールを背負ったカイは苛立ちのあまり壁を拳で殴る。
『クソ! 前からあの上から目線の物言いが気に食わねえんだ! いくらチェスが強くたって実戦じゃポーンがいきなりキングを取ることも可能って事、頭の毛毟りながらレクチャーしてやりてえな! 頭に毛が残ってるならの話だがな!』
「ちょっと! いくらなんでも失礼だよ」
 カイの罵り文句に紗希が笑いを堪えていると、スピーカーからはロジェの大きな溜め息が聞こえてくる。
[全くだよ。私はそんなに君達と年も離れていないのだけれど]
 モスケールを起動したカイは、ハンドサインで仲間達に敵の存在を報せる。仲間達は武器を構えると、中央の武器製造ラインへと足を踏み入れる。
[それに、ポーンは私さ。君達が“キングを取る”ために働くナイトやルークだとすればね]
 突如工場の照明が眩く灯る。ベルトコンベアに並んでいた20体の機械従魔が一斉に起動を始めた。全身から火花を散らしながら、手にしたミニガンをエージェント達へと向ける。桜小路 國光(aa4046)は両手に剣を握りしめると、ローブの裾を蹴って一気に駆け出した。
「あんなのは人の為の技術じゃない。悪趣味極まりない」
『人類が進化ではなく退化した様な行動ですね』
 國光とメテオバイザー(aa4046hero001)がチクリと刺す。
[進化と退化は必ずしも単方向的な現象ではないだろう?]
 機械従魔が一斉にミニガンを國光へと向ける。身を低くして弾丸を防ぐと、従魔の群れの懐へと潜り込んで剣を振り抜いた。膝や肘を穿たれバランスを崩したところへ、キース=ロロッカ(aa3593)が銀色に輝く矢を射ち込む。動力部を貫かれた従魔は、物言わぬガラクタと化してその場に倒れ込んだ。
「敵数およそ20体……流石に数は多いですね」
 キースは國光を追うように製造ラインへ足を踏み入れると、その傍に歩み寄ってこっそりと囁く。
「行って、サクラコ。……気を付けて」
 國光はキースのクールな笑みを横目に窺うと、僅かに目を伏せる。そのまま剣を握り直し、もう一度周囲の敵へ一閃を見舞った。分厚い装甲が切り裂かれ、ベルトコンベアに火花が散った。
 キースも身を翻して三矢をいっぺんに番え、死に損なった従魔を次々に討ち取っていく。それを見届けた國光は、キースへ静かに頭を下げる。
「……ありがとう、キース」
『そちらこそ気を付けて、紙姫ちゃん』
 剣を鞘に納めると、國光は研究室を目指して駆けていく。従魔は國光を追いかけようとしたが、一足先に回り込んだキースがそこに立ちはだかる。
『さぁて。メテオちゃん達の為に張り切っちゃうよぅ!』
「ボク達も誇りがありますからね。……ここは死守しますよ、紙姫」
 二人で決意を新たに、キースは幻想蝶からデスソニックを取り出して投げつける。頑丈な時計が床に墜落した瞬間、ジェット機のような爆音とライヴスの波が機械の従魔達に襲い掛かった。防ぐ間もなく直撃し、従魔はその場で硬直した。
[君達の力ならそう難しくもないだろうね]
 ロジェは呑気に言う。硬直した機械従魔の頭を背後から叩き潰しつつ、龍哉は唸った。
「まーた意識の接続ってやつか」
『自分の領域へようこそといったところですわね』
[厳密には私の意識は繋がれていないけれどね]
 西の廊下から、銃を構えたフリークスが部屋に乗り込んでくる。ベルトコンベアの影に身を潜めるなり、彼らは一斉にグレネードをエージェントへ向かって放り投げてきた。青い閃光が一斉に輝き、ヴィオを包み込む。本来義肢に当たる部分が、激しく火花を散らした。
「あばばばば……これは痺れるだぁよ」
『ばばあ、落ち着いてくれないかな。痺れるくらいいつものことでしょ』
 フローラははっきりと溜め息を吐く。そんな彼女の態度に、いきなりヴィオは憤激した。
「なんていうただぁ? ばばあと言わんかったか!? ノエル姉者の孫娘といえ、礼儀が成っておらんぞよ」
『うるさいよ。戦いの最中に礼儀とか気にしてらんないから』
 ヴィオの小言は丸無視、フローラは機能を停止したクロスボウを仕舞い、代わりにレーザーガンを取り出す。そんな態度も、やはり老婆の精神を逆撫でするのだった。
「全く、近頃の若いもんは……」
 フローラは仲間から離れるように駆け抜け、機械従魔の群れに向かってフラッシュバンを射ち込む。閃光が輝き、混乱した機械従魔は再び脚を止めた。
『西の方見てくるから、こっちはよろしく』
 仲間達へ手をひらひらさせると、フローラは兵士の射撃を躱しつつ、西の通路へと突き進んだ。薄い鉄扉を蹴破り、目についた部屋に彼女は足を踏み入れる。手術台のような設備や、人一人が中に入れるようなカプセルが設置されていた。銃を構えたまま、彼女は興味津々の眼差しを設備へと向ける。
『へえ。ここで改造とかしてたのかな?』

 ミニガンを構えたまま、機械従魔が獣脚型の下肢を唸らせ突っ込んでくる。龍哉は凱謳を振るって従魔を弾き飛ばし、傍のカイに目配せする。
「すまねぇが、俺も向こうへ上がる。後は任せるぜ」
『分かった。ここは死守するから安心してろよ』
 カイはヘルハウンドを一気に振り抜く。刃が地獄の唸りを上げ、周囲の従魔もフリークスも脚を止めた。その隙にカイは力強く一歩踏み込み、従魔を叩き伏せた。
「助かる」
 龍哉は踵を返すと、研究室目指してひた走った。

●主の在処
『次はあっちだよ!』
「了解です」
 中央の空間全てを見渡し、紙姫が叫ぶ。キースは素早く弓を引き、機械従魔の動力部を撃ち抜いてみせた。兄妹らしい強力な役割分担である。
[巧みな戦いぶりだ。少し人手を増やそうか]
 ロジェが言った瞬間、東から兵士が雪崩れ込んでくる。カイは長柄の鎌を担ぐと、大回りに駆けて兵士の脇へと回り込んだ。そのまま地を這うように鎌を振り上げ、敵を切り裂いていく。
『何人来ようが同じだ!』
 兵士は素早く銃を構え、カイに狙いを定める。蕾菜がすかさず間へと割って入り、半ば兵士達を押し潰さんばかりに盾を突き出し、銃弾を抑え込んだ。
「他者の意識が繋がる……とは聞いていましたが」
 蕾菜はそのまま大振りに盾をぶん回し、兵士を床に叩きつける。
「流石に行動までは阻害されませんか」
[今の所はね。お嬢さん]
『何だか、やな感じする……』
 ロジェの言葉を耳にし、ニロは不快感を露わにする。兵士が投げつけてきたグレネードを盾で弾き返し、蕾菜は周囲にライヴスを放った。機械従魔はすぐさま反応し、一斉にミニガンの銃口を彼女へ向けた。
「なら、そうなる前に片を付けてしまうだけです」
 目の前を覆わんばかりに放たれる無数の弾丸。蕾菜は数歩後ろへと下がりつつ、全ての銃弾を盾で受け止める。彼女の堅牢な守りは、豆鉄砲をいくら浴びせたところでびくともしなかった。

 バルタサールは東の部屋に足を踏み入れた。フリークスが同時に何かを叫び、銃を構えて彼に狙いを定める。彼は機材の影に身を隠し、銃弾を躱していく。
「テレパシーか。確かに通信機が使えない時なんかに役に立ちそうだな。戦闘でも連携を取りやすそうだ」
[そう言ってくれるとありがたいよ]
 ロジェに尋ねる。興味があるよう装い、ロジェがとっとと逃げないよう気を引き付ける算段だ。ロジェが反応するたび、兵士の動きも僅かに緩む。その隙をついて、バルタサールは兵士の腕を撃ち抜いた。
「ライヴスというものの真理か。興味があるな。で、真理の解明は出来たのか?」
[ああ。王と呼ばれる存在の正体についても、いくらか仮説が出来た]
『へえ。それを僕達に教えてくれたりはしないかい?』
[お断りする。まだ他人に語れるほどの価値はないよ]
 あっさりとロジェは会話を打ち切ってくる。バルタサールも一旦言葉を切り、遮蔽を変えながら周囲を見渡す。近くにはかつて廃棄された水道があるところまでは調べていた。その水路を利用した抜け道が無いか、彼は目を光らせ続けていた。
「……クライアントの依頼より自らの研究が優先のようだが、クライアントはいい顔をしないんじゃないか?」
[確かにいい顔はしなかった。けどもう私の使命も完了している。後はクライアントが自分で上手い事やるさ。君達が考えているよりはね]
「……リオベルデか?」
 兵士が再び動き出す前に止めを刺し、バルタサールは何気なく尋ねる。しばし黙った後、ロジェは静かに応えた。
[まあ、すぐにわかる事じゃないのかな]

 影俐は部屋の中央に居座り、炎揺らめく刃の腹で銃弾を受け止めつつ、果断にフリークスの身体を切り裂いていく。その合間にも、ナラカはひたすらにぼやいた。
『それにしても退屈だ。辟易する。このように、人の弱さの顕現のような存在と刃を交え続ける事になろうとは』
[そのように改造したからね。肉体を奪い、精神を脅かし、この世におけるアイデンティティを喪失させる。それがどうしても必要だった]
『人から意志の輝きを奪い去る。そんな事に一体如何なる意味があるというのか』
[“神”の存在を証明できる。全ての生きとし生けるものを形作り、また形作られる存在が]
 ナラカは溜め息を吐いた。影俐はナラカの不満を叩きつけるかのように、目の前の機械従魔の頭部を斬り飛ばす。オイルが噴き出し、機械は力無くその場に崩れ落ちた。
『稚児の如く未だ神など求めおって、己が足で独り満足にも立てぬのか』
[少し違う。私はただ探しているだけさ]
 ロジェは不意に声を張り上げた。生き残ったフリークスが一斉にグレネードを手に取る。影俐は剣を収め、素早くその場を飛び退いた。眩い蒼光が、中央の部屋を埋め尽くしていく。
[ライヴスが見つかり、嘗て神と言われた者が現世に顕現し得ると判明したのはつい20年ほど前なのに。それでも人類は、昔々に神が存在していると信じていた。何故だろうね]

[だから私は、ライヴスと人の意識とを研究してきたんだ]

 勢いよく研究室の扉が押し開かれる。メザニンに設けられた椅子に腰かけていたロジェは、入り口の方へくるりと向き直った。
「……貴方が、ロジェ・シャントゥールですか」
 國光が問うと、彼はそっと頷いた。

●For the science
「よく来たね、こんなところまで」
 ロジェはメザニンから國光を見下ろし、静かに微笑む。國光は眉一つ動かさぬまま、静かに彼の足下へ歩み寄っていく。
「出来れば投降してほしいです。正直、貴方は凄いですから。崇高な目的掲げて三流で終わるより、この研究はよっぽど凄い功績だ」
「おや。認めてくれるのか」
「研究は」
 國光はにべもなく応える。ロジェの眉間を指差し、國光は声を低くした。
「でも、貴方は許されない事をした。どんなに素晴らしい人間でも、自由の上にルールが来ることはありません」
「わかっているさ、そんな事は」
 ロジェが溜め息交じりに答えた瞬間、龍哉が研究室に駆け込んでくる。そのままメザニンへと跳び上がろうとしたが、足元に鉛の塊でも押し込められたような感覚と共に地面へ転がる。國光も、その場でいきなり足を踏み外して地面に倒れた。
「何だ」
『一瞬……身体が言う事を聞きませんでしたわ』
「オーバーリンク。ライヴスを介して意識が一個体を跳び越え、他の個体にも干渉するんだ。ドナーもアクセプタも、それなりの出力が必要だけどね」
 ロジェが呟いた瞬間、龍哉とヴァルが共鳴を解く。二人は素早く跳ね起きると、再びロジェへと走り出す。既に干渉は受けていない。
「つまりは出力を下げりゃいいってわけだ」
「おっと……」
 二人は一足飛びでメザニンへと跳び上がる。ロジェは特に抵抗もせず、二人に引き倒され、腕を捻り上げられた。
『抵抗する暇もありませんでしたか?』
「私は運動が苦手でね……そんな手を取られたら、どうしようもないさ」
 観念したように呟くと、首だけ捻って龍哉を見上げる。
「起こしてくれないか。彼と少し話をしたい」
「……」
 二人は僅かに手に掛けた力を緩める。おもむろに起き上がったロジェは、口元に悠々と笑みを浮かべたまま國光を見つめた。國光も苦笑いで応える。
「皆……オレの知ってる研究者は、たった一人のためだけに血の川の畔まで平然と花摘みに出かけちゃうんです。……馬鹿みたいですよ」
「……君も、研究者じゃないのかい?」
 他人事ではない物言いに、ロジェはふと眉を寄せる。國光は静かに頷いた。
「まだ学生ですが。それで……貴方は楽しかったですか? 一人きりの、城への山道は」
「一人じゃないさ。常に私の傍には主がいる。科学という名の主が。私はその奴隷だ。私だけじゃない。およそ研究を行う者は全てそう。誰もが科学を主に戴いている」
 座ったままで身を乗り出し、ロジェは確信めいた眼差しで國光の眼を覗き込んだ。
「君にはわかるんじゃないのかな。私の言いたい事が」
「……誤るのは人間であり、常に科学は無謬である、とでも?」
 國光の答えに、ロジェは深々と頷いた。
「そうさ。だから奴隷の罪によって主が貶められてはならない」
 ロジェは懐からUSBを取り出すと、國光に向かって放り投げた。國光は咄嗟に手を伸ばし、そのUSBを手にする。
「陽の下に生きる君達の傍には、必ず影がある。だから私はその役割を果たした。……その選択が許されなくても、間違っているとは思わない」
 彼は國光を見据える。その眼の輝きは歪んでいても、眩いばかりの強さを秘めていた。
「君や彼女なら、理解出来るだろう。だから、これからは君達が私の主の世話をするんだ。そうすれば私の主は、まだ旅を続けられる」


 研究室の扉が開く。ロジェは後ろ手に手錠を嵌められ、龍哉とヴァルトラウテに挟まれ神妙な顔で歩き去っていった。その後に続き、國光がのっそりと姿を見せる。キースは弓を背負ったまま、彼の顔色を窺う。
「お疲れ様。どうでしたか?」
 國光は力無く微笑むと、ポケットから黒いUSBを取り出した。そこに詰め込まれているのは、魂の抜かれた、純然たる知識。
「彼も、“馬鹿な研究者”の一人なのかもしれない」

●セットアップ完結
 青藍は柱の根元に屈みこみ、設置型の爆弾を取り付ける。電源もセットし、後はスイッチで遠隔起爆するだけだ。
「とりあえず設置完了しました。そちらはどうです」
『待って待って、今見てるとこだから』
 フローラは青藍を手で制し、手元のファイルをぱらぱらとめくる。資料室の本棚から見つけてきたらしい。
「多少急ぎなんで、適当なタイミングでやめてくださいよ?」
『でもフリークスもロボットもやっつけたし』
「まぁそりゃ」
 マイペースなフローラに、青藍はバツが悪そうな顔で頭を掻いた。ヴィオは小さく唸った。
「あんま困らせるでねえだよ、フローラ」
『分かったってば。……にしても、こいつらってこうなってまで手に入れたいものってあったのかな?』
「……」
 たとえ束の間でも、フローラはフリークスとなってしまった者達に疑問を示さずにはいられなかった。

「爆弾を設置するのはこの辺り?」
「そーね。その辺に付けておけば綺麗に吹っ飛ばしてくれるはず」
「だって」
 まな板女子高生二人が背後の大男を振り返る。肩を縮めると、カイは爆弾を取り出し柱の傍に屈みこむ。
『設置は俺かよ……』
「あ、配線繋ぎ間違えないでくださいね。じゃないと不発するんで」
『わかったわかった』
 恭佳に何だかんだと言われながら、カイはどうにか爆弾の準備を続ける。その間にも、彼は思案を続けていた。
『なぁマリ。お前、大佐の部隊と戦った時の事、覚えてるか?』
「うん……強かったね。凄く統率も取れてて。あんなに信頼されてる人が何であんな事やってるんだろうって」
 カイは眉間に皺を寄せる。
『もし……あの時に既にロジェの研究の成果が出ていたのだとしたら……』
「え?」
『いや、まさかな……』
 脳裏にふと過ぎった想像をカイは掻き消す。ライフルを担いだまま、恭佳も頷いた。
「まー、そいつらは腐っても軍隊ですから、ただ強いだけですよ。でも、四肢を切り取られたっていう被験者が数か月前にもういたって事を考えると……」
 フリークスへの改造がリオ・ベルデで進んでいる。そうとしか三人は思えなかった。
『奴らが本気で動いたら、止めんのは骨が折れそうだな』

 一方、蕾菜は兵士達の亡骸を傍らで眺めていた。彼らは担架に載せられ、応援に来たリンカー達によって外へと運び出されていく。
「(この人達に施されている改造って……)」
 人手が要りそうだからと、何となくバックアップにやってきた蕾菜。だから戦いの間は気にも留めていなかったが、全身を改造されたその姿には見覚えがあった。
「まさかまた目にする事になるなんて」
『よくわかんないよ~』
 ニロがふと呟く。
「どうしたんですか?」
『お腹が無かったら、もう美味しいものが食べられなくなっちゃうよ? 勿体ないよ、そんなの……どうしてそんな事するのかなぁ?』
 蕾菜は目を閉じる。嘗て現れたフリークスは、神との合一を掲げて狂った改造を受け容れていた。しかし彼らにその動機は存在しないだろう。彼女は難しい顔をした。
「どうしてなのでしょうね……」

 東に位置する性能試験場。バルタサールは、部屋の隅の機材に隠された小さな通路を見つけていた。裏社会の一員として培った観察眼をもってすれば、造作もない事だ。何者かが慌てて逃げ出したのか、埃の積もり方にムラが出来ていた。
「一応隠し通路は用意していたか」
『使う暇が無かったのか、使う気も無かったのか……』
 曰くありげに呟きつつ、紫苑はちらりと相方の横顔を窺う。彼は冷然としていた。
『まあ、君にとっては関係の無い事なんだろう?』
「奴は捕縛した。それだけの事だ」

『こうもあっさり捕まるとはな。拍子抜けとでも言うべきか』
 小型のバンに乗せられ、一足先に護送されていくロジェを見送りつつ、ナラカはぽつりと呟く。己の研究を成し遂げるため、彼は四方手を尽くすものと思っていたのだ。
「奴の目的は己の研究を完成させる事だった。だが、己の手である必要は無かったという事だろう。だから、他人の研究を拘りなく盗み、己の研究を拘りなく託した」
 影俐は淡々と分析する。ナラカは口を尖らせた。
『つまらないと思わんのかな』
 彼女は意志を尊ぶ者。人は己の意志で歩まねばならぬと固く信ずる者。故に彼女は思う。
『私はつまらんと思うぞ。己が為したいと思った事を、己の手で為さないというのはな』

「澪河さん」
 ベルトコンベアの脇に座っている青藍を見つけ、國光は早足で歩み寄っていく。気付いた青藍は、慌てて立ち上がった。
「はい、なんでしょう?」
「これを妹さんに渡しておいてください」
 國光は黒いUSBを取り出し、青藍に手渡す。彼女は目を瞬かせた。
「これって……」
「多分、オレの専門外なんで。……何かわかったら教えてください」
『メテオ達はまたすぐロンドンに戻らなければいけないので……よろしくなのです』
 メテオもぺこりとお辞儀する。青藍はそっと手の内で握りしめると、小さく頷いた。
「わかりました。伝えておきます」

 ヴィオやカイが爆弾を仕掛けに回っている間、キース達は研究室のPCを検めていた。
「彼の資金源に繋がるものがあればいいんですけど」
『あたしなら、仮にあってもパスワードかけるけどねぇ。……ほら』
 紙姫はモニターを指差す。PCは淡々とパスワードの要求をしていた。キースはふむと唸り、椅子の背もたれに寄りかかる。
「まあ、一般的な危機感の持ち主なら、誰でもそうしますよね」
『ねぇ恭佳ちゃん、このパソコンのパスワード解除って、出来る?』
 傍を通りかかった恭佳を手招きし、紙姫は再びモニターを指差した。恭佳はPCの裏やら表やらをきょろきょろ見渡し、得意げに笑う。
「ま、天才ですし。専用のツール持ってきてないんでここじゃ無理っすけど」
「なるほど……なら、このパソコン、持ち帰っちゃいますか」

 キース達の手によって情報資源が回収され、全ての爆弾の設置も完了した。エージェント達はヘリに乗り込み、研究所を後にする。
「とりあえず一段落、ってとこか」
『ですが全ての問題が解決した、とはとても言えそうにありませんわね』
 龍哉はヴァルと共に晴れない顔をしていた。リオ・ベルデの調査も既に始まっている。まだ戦いは続く。そんな気しかしなかった。
「覚悟はしとかないとな」
 オレンジ色の閃光が、狂研究者のアジトを吹き飛ばす。地上の研究所も地下へと沈み、空高く土煙が立ち昇っていく。龍哉達はヘリコプターの窓から、その光景を見下ろしていた。

 その後、アジトで確保したデータから、ロジェの研究に関わっていた他の研究者や技術者の存在が明らかになった。エージェントのみならず警察も動員され、早晩彼らも逮捕されることとなった。人倫を踏み越えた実験の連続は、一旦の終結を迎えたのである。

 しかし、誰もが気付いていた。これは始まりの終わりだと。

 これからは、終わりが始まるのだと。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 料理の素質はアリ
    ニロ・アルムaa0058hero002
    英雄|10才|?|ブレ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    フローラ メタボリックaa0584hero002
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
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