本部

【山茶郷】まぼろしの郷

桜淵 トオル

形態
シリーズ(新規)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/09/14 08:36

掲示板

オープニング

●天空の郷
「あらためて見ると、如何なる理由で、かように辺鄙な場所に住もうと思ったんじゃろうの……」
 風 寿神(az0036)はソロ デラクルス(az0036hero001)と連れ立って巨大な岩の壁の前にいた。
 ここは雲南省の奥地、崖の上にも下にも鬱蒼とした森が広がる。
 東西に広がるそれはゆるやかにうねりながら果てしなく広がり、どこまでも地表を分断するかに見える。
 高さはおよそ300m。下から見れば天空まで岩の壁が延びているようでもある。
「最初はそれなりの理由があったんだよ、きっとね」
 崖の上に広がっているのは、急峻な山地と深い森。
 一体誰がどういう理由でこの岸壁を登り、定住することになったのか、今となっては歴史の彼方でしかない。

 岸壁の上には険しい山が続くが、そのなかにぽっかりと平たく拓けた場所がある。
 そこが山茶郷。
 あまり広い土地ではなく、記録によれば住んでいたのはせいぜい三百人程度。
 外界との通路は崖に掘り込まれた狭い階段のみ。
 わずかな交易と行商のみで、ほとんどを自給自足で賄っていたという山岳民族。
   
 記録によれば、十年前に山茶郷は愚神に滅ぼされ、生存者は無し。
 その後の入植希望者はおらず、政府も開発費用などの点から同地域の維持を断念、今に至る。

「打ち捨てられた郷、のはずであったが」
 福建省の小羊路で蜥蜴市場と見られる市が立ち、いくつかの事件が起きた。
 いずれの事件にも従魔が使われており、蜥蜴市場には愚神が関わっていると推測されている。

 そして、複数の地点に残っていた『西に出来た新しい工場』への『求人』の噂。
 どれほどの人がそこに応募し、移動したのかわからない。
 東宅山での協力者、リィが山茶郷における寿神の古い名を使って「狙われている」と警告したこと。
 そして延寧では、求人先が『雲南省』であるという証言が出た。
 この状況で、真っ先に調査すべきは、滅んだはずの山茶郷がいまどうであるのか。

 そして、既存の航空写真の解析では、崖の上の土地に、何らかの人工的な建物があることが判明した。
 屋上緑化により、上空からは見つけにくいよう偽装されている。

「スー、あったよ! 昔通った階段!」
 ふたりは十二年前に、一度だけ通った岸壁の階段を見つけ出した。
 ただしその石段は降り積もった砂礫に覆われ、手すり代わりに張られていたロープは朽ちている。
「人の足跡もないのぅ」
 ここをまともに使えるようにするのは手間だろうと思いつつ、寿神は故郷へ続く階段を見上げた。
 
 そのとき二人は、背後にいた何者かに袖を引かれた。
 何者かは強い力でぐいぐいと、二人を暗い森の仲間で引き込んでいった。


●アルビノ×アルビノ
「自分ら、なにしよんねん。見つかる気ぃか」
 迷彩コートのフードを脱ぐと、下からは雪のように白い髪と勝気な赤い瞳があらわれた。
 頭にはまるい耳、東宅山で協力者となったリィだ。
「……アルビノか」
 寿神はなによりそこが気になるようだった。
 リィは『死神』という、寿神の故郷にかかわる符丁を残した。
 もしや山茶郷の生き残りか、とも考えたが、閉鎖的な郷にはワイルドブラッドはいなかったように記憶しているし、第一リィ自身も郷で不吉の象徴とされたアルビノである。住み着いたにしても不自然だ。
「耳の形からすると、フーリ(狐)ではないようじゃの。なんであろ?」
 寿神の興味を、リィはぴしゃりとはね付けた。
「詮索すんなや。仲良しこよしするために来たんちゃうわ。監視装置に映るやろ。上になにあるんか、わかっとるんか」
「わからないから調べに来たんだよ」
 ソロがあかるく言うと、リィはギロリと睨みつけた。
「こんな場所に隠すようにあるんや、大体わかるやろ」
「ある程度はね。でも絞りきれないし。教えてくれるといいけど」
 にこりと、ソロは人懐こい笑顔を浮かべる。リィはふんと鼻を鳴らした。
「金のなる木や。当然、周囲は監視されとる。ライヴスの鷹なんか飛ばしたら、一発で撃ち落されるで」
 それはリンカー、あるいはH.O.P.E.がここを調査することも想定内で、対策が取られているということ。

「うちは利害が一致するときだけ、自分らを利用しとるんや。信用せんとき」
「ふうん。でもお陰で子供達は親元に帰れたよ。露芳もね、新しい心臓の移植に成功したよ。筋組織を相当喰われてたから、リハビリにはまだまだ掛かるだろうけど」
 ソロが東宅山で救出された子供達の消息を伝えると、リィは複雑な表情をして、ふいと顔を逸らした。
「以前の利害の一致が子供の救出なら、今回はどういう条件? 協力できるかもしれないよ」

「……人殺しの、道具を作って売り捌いとるっちゅうたら、どうする」
 リィは低く言った。

――西に。
――新しい工場が。

「兵器工場か。いままで集めてきた情報とも合うの。慎重に行動したのち、最終的には全て取り押さえる」
 これには寿神が答えた。違法組織の兵器工場ともなれば、見過ごすわけにはいかない。
「この上にはぎょうさん人がおる。戦闘員も非戦闘員も。……が、うちとしてはここさえ止まるなら、一気にバクダンとか落としてくれてもええで? 子供らのときとは違う、全員『印』がついてしもうとる」
「『印』とは証拠隠滅のための装置じゃろうか? どういったものなのじゃ? どのくらいの人がおる」
 寿神が問うたとき、リィはじゃらりと鎖を鳴らしてコートの下から古めかしいつくりの懐中時計を取り出した。
 ぱかりと蓋を開けて時間を確認する。
「一から十まで説明したりたいのはやまやまやけど、うち時間ないねん。抜け出したのがバレてまう」
 時計の針を見て、リィは急にそわそわし始めた。
「自分ら、見かけ変える道具持もっとるやろ。失業者のフリしいな。新入りとして入れるように手配したる」
 リィは早口で待ち合わせ場所と注意事項、脱出方法などをまくし立てる。
「来ても来んでもええ。あ、崖はどこでも監視あるで!」
 もう時間だ、行かねばならないと後ずさりしつつ、追うなと釘を刺す。
「くれぐれも言うとく。うちを信用したらあかん!」
 最後にそういい残すと、林床の茂みを掻き分け姿を消した。

「せわしいなあ。どうする? スー」
 迷彩コートの背中を見送って、ソロはあきれたように寿神に話しかけた。
「ふむ、俺はリィの話に乗ろうかと思っておる」
「結局信用するの?」  
「ヒントを貰ったと思えばよいのじゃ。警戒すべきはリィではなく、山茶郷にある謎の建造物ではなく、それを支配するもの」
 蜥蜴市場は容赦なく人も物も切り捨てる。東宅山でリィが激しい嫌悪と共に語ったのは、それを可能にする冷酷さではなく、むしろそれを愉しみとする悪意。
「一日で調べきるのに、俺達だけでは足りんじゃろう。増援を頼むかのう」 

解説

目標:山茶郷で観測された建造物の内部を調査する。

    【現場模式図】

                  森   ↑
 □□□□□ □□□□□      森   北
 □□□□□□□□□□□      森
 □□□□□□□□□□□      森
 □□□□□ □□□□□      森
                 森
                森
                森
               森
  崖崖崖崖崖崖崖崖崖階段崖崖崖崖崖
崖崖                崖崖
森森森森森森森森森森森森森森森森森森森

□;建造物。屋上緑化が施され、上空からは森に紛れて目立たない。1辺約10sq。
  建造物の周囲には集落の名残の廃墟が残る。
森;保護林で伐採は禁止されているが、少数民族の伝統的な狩りと狩猟は許可されている。
  車の走行可能な道が近くまである。
階段;岸壁に掘り込まれた階段。砂礫が積もる。
崖;落差およそ300m、東西に十数キロに渡って続く断層。


現場状況:航空写真により廃墟であるはずの『山茶郷』の中に上記のような建造物が確認された。建造物の届出は出ていない。

待ち合わせ及び注意事項:
・最寄の集落にひとつだけある食堂、『金鶏亭』で昼十二時に。
・イメージプロジェクターにより募集された失業者を偽装すること。これは後に『印』となる金属タグの装着を偽装するために必須。
・渡された金属タグは決して装着してはならない。ただし装着しているよう見せかけること。
・労働者には個室が与えられる。
・24時間以内に実労働はない。
・工場棟と居住棟があり、タグがあれば居住棟内の行動は制限されない。
・潜入24時間後に脱出を手配する。
・見つかった場合は自己責任。リィは助けない。

リプレイ


「着いたで」
 リィの声と共に幌の覆いが開き、外の光が差し込む。
 『金鶏亭』にリィは、黒服の運転手と共に幌つきトラックで現れた。
 先客の労働者も五名ほどいた。目隠しをされ、凹凸のある道を通って……おそらくはトラックごと機械式のエレベータで建物の中の倉庫に到着した。
 どこをどう通ったかは、後で九字原 昂(aa0919)とヤナギ・エヴァンス(aa5226)の懐に忍ばせたオートマッピングシートで確認することとしよう。
 広い倉庫には、大きなコンテナが所狭しと積まれている。
「後から乗った八人は待ちなや。外覗いとったやろ?」
 聴 ノスリ(aa5623)とサピア(aa5623hero001)は非共鳴でそれぞれに変装し、他は共鳴するか英雄を幻想蝶に入れているかで、寿神も入れて見かけ上計八名。
 坂を下ったり、舗装されたトンネルを通ったり……調査目的で覗かないわけがない。
 トラックに乗る前に、覗くなと注意はされたが。
「注意を守らん奴には、お仕置きが必要や。他のもんは先行っとき」
 リィは黒服にも当然のように指図する。
 先に乗っていた五人は同情の視線を投げて、そそくさと降りていった。

『……何をなさる気です?』
 ヴィーヴィル(aa4895)はカルディア(aa4895hero001)と共鳴し、カルディアの声で低めに喋っていた。
 外見は、試作プロジェクターにより浮浪者の中年女性である。
「ただの口実や」
 ちゃら、と音を立ててコートの下のベルトポーチから金属タグつきの革ベルトを取り出し、各人にぽいぽいと放って寄越す。
 革ベルトの先からは極細の針金が延びていて、金具部分に八桁の数字が刻印されている。
「これをな、こう輪にして。首周りにあわせて電極つないでから革を圧着すんねん。奴隷の首輪の一丁あがりや」
 電極を繋げば勝手に切ることも出来ない。普通は数字を登録して識別番号にするが、誤魔化しておくとリィは言った。
『リィ様は、これを着けていないのですね。一体何に繋がれているのです?』
 カルディアの声がリィを追求する。
「………………」
『寿神様が偵察にいらしたとき、どうやって察知されました?』
「答える義理あるか? 答えたら信じるんか。うちが嘘吐いたらどないすんねん」
 ふいと顔を逸らして懐中時計で時間を確認する。
「時間掛けすぎや。案内役が待ちくたびれとるで。なんかあってもうちは助けん、脱出は明日の正午。ええな?」
 リィはぱちんと時計の蓋を閉じて荷台から降り、コンクリートの床にかすかな足音を残して走り去った。 



 居住棟で案内された部屋は狭くベッドひとつでほぼ満杯だが、案内役は個室で窓もあるんですよと嬉しそうに言った。
 建物はほとんどが地下階だが中央に大きな吹き抜けがあり、息苦しさを感じさせない。
 天窓にあたる部分にはネットが張り巡らされ、蔓植物が茂って木漏れ日が揺れている。
 来てしばらくは自由時間。そう説明された。

『やあ、此処に来て長いのかい?』
 ヴィーヴィルは中年女性の姿と声で、吹き抜け下階の共用部分でのんびり碁を打っている老人達に話しかけた。
『アタシは新入りなんで、此処での仕事がどんなもんだか、教えて欲しくてサ』
 老人達の手元には小さな杯があり、安酒の瓶も置いてあった。
 下階にはちょっとした商店があり、飲食店や商店が軒を連ね、嗜好品や娯楽も手に入るらしい。
 持ち込んだ『九龍仲謀』を振舞うと、老人達は礼を言って美味そうに飲み干した。
 彼らは勤務時間を終え、眠る前の余暇をこうして過ごしているそうだ。
 仕事はきついことはきついが、給与が出てささやかな楽しみもあると語る。
『此処の親分さんには会えないのかね? 挨拶したいんだ』
「あんたは若くて美人だから、『女王様』に嫉妬されないよう気をつけるんじゃよ」 
 三十代、浮浪者らしく荒れた外見で……と意識した外見に設定しておいたが、皺だらけの老人に言わせればまだまだ若いのだろうか? 元締めは女?
 少し戸惑ったが、軽く流しておいた。
『よしな。おだてたって何も出やしないよ』

「調子はどうだい、若いの」
 ヤナギは下階の屋台風の飲食店で、手打ちの麺を啜っている男に声を掛けた。
 その姿は千祥公園で死んだ聶老人を映したもの。声帯模写で、老人に似せた声を出す。
「ん? まあまあかな」
「わしは福建省のほうから来たばかりなんじゃが、先に此処へ来た仲間がいるはずなんじゃよ」
 公園周辺にいた浮浪者には『西の工場』への求人が来ていたという。
 ここに、あの老人の知り合いがいれば何か反応があるかもしれない。
 静瑠(aa5226hero001)は幻想蝶で待機中。
「三交代制だから、勤務時間がずれてりゃなかなか会えないかもなあ。街の名前はなんだい?」
 ヤナギは千祥公園のあった街の名を答えた。男は知らないという。
「いつくらいの話だい?」
「半年ちょっとくらいかのう……」
 ふとその表情が曇った。
「何か、心当たりが?」
「いや……、ほら、他の工場もあるだろうし、もし会えなくとも気を落とすなよ、爺さん」
 食事を終えた男に煙草『麒麟』を勧めると、応じて一本だけ引き抜く。
「他の工場に移ってしもうたか」
「それはないが、まあ、まだ会えるかもしれんさ」
 ふうっと煙を吐いて、男は曖昧に言葉を濁す。
「あんたは? 力が抜けたり、変わったこともなく元気にやってるかい」
「元気さ。爺さんも、細かいことでくよくよせずやっていけよ?」
 濃い煙を吐き出し、彼は力なく笑った。



「建物のうちひとつは居住用、ひとつは工場と見てよさそうだね」
 昂は部屋に入るとき配られた作業服に着替え、金属タグの装着も偽装して工場棟に潜入していた。
 どちらの建物も地上部は一階程度、地下に深く掘られているようだ。
 居住棟は中央に吹き抜けがあって開放的、しかも商業施設のようなものも入っているのに対して、工場棟は閉鎖的で窓も出入り口も少ない。
「(ここは隠れて違法な武器を生産するには、絶好の隠れ場所だと思うよ)」
『(わざわざ潰れた集落に来る奴はいないだろうからな)』
 共鳴中のベルフ(aa0919hero001)も答える。
 トラックに乗って、最初に着いたのは工場棟だった。このあたりは案内役と共に一度通っている。
「(さすがに工場側は監視カメラが多い)」
『(それだけ、重要なものがあるってことだろ)』
 作業服を着ていても、作業に従事していない工員がうろうろしていれば目立つので、【潜伏】を使うため共鳴した。
 外見は、貸与された試作品のイメージプロジェクターによってそこらにいそうな工員に偽装はしているが、【地不知】も使って監視カメラの死角を縫って、なるべく見咎められないよう移動する。
 工場の中には小規模のラインがいくつも組まれていて、出来上がった銃器類がいくつもの小山を形づくっていた。
『(銃器類か、ここまでは予想通りだな)』
 ハンディカメラに証拠映像を収めつつ、昂はより詳細な情報を求め、地下に降りる。
 駐車スペースのあった地下倉庫から、外に出るために少なくとも五フロアは通過した。
「(地図、名簿、搬入と搬出の記録……)」
 ここが工場である以上、そういった記録を保持している場所が必ずあるはず。

「(地上階は火薬の匂いがするわ)」
 慣れ親しんだ匂いに、鬼灯 佐千子(aa2526)は安心感すら覚えていた。
 アイアンパンクの露出部分は人工皮膚とメイクで隠している。
『(火薬を使った、通常武器が製造されているという証左か)』
 幻想蝶の中からリタ(aa2526hero001)が囁く。
 事前情報によれば周辺の森の枯死も、下流の川での汚染も確認されていない。
 ここには武器製造の全工程ではなく、最終工程のみが置かれていると見るのが妥当だろう。
 ただし魔法や神話ベースのAGWやRGW、直接的に従魔を組み込んだ兵器ならその限りではないが。
『(現代兵器、またはそれをベースにAGW化した兵器であれば、我々なら部品ひとつ、製造工程ひとつを一目見れば完成形を推測できる)』
 佐千子とリタの銃器類への愛は他に類を見ないレベルに達しており、拳銃9-SPを「奥ゆかしい可愛さがある」と愛で、一方でカチューシャの面的制圧力を愛し三連で惜しげもなく使う。
 幻想蝶の中には常に銃器と爆発物が並び、なお「銃器を持ち歩く為のスロットが足りない」と嘆く。
 当然、大切な銃器(コレクション)の手入れはほぼ日課である。
 自前のコレクションの部品は全て把握しているし、それ以外の部品でも大体の想像はつく。
「(弾薬の形状からして、有名モデルを真似た模造品の可能性が強いけれど)」
『(さすがに作業中の現場から部品を拝借する訳にはいかないな。それは次の機会を待とう)』
 物陰から、製造過程を盗み見る。見つかっても「迷った」で押し切るつもりだ。
 地下一階、通常武器、小型武器とライフル。
 地下二階、通常武器、マシンガンその他。
 地下三階、AGW銃器類。
「(そうよね、ヴィラン組織ですもの、AGWは必要でしょうね)」
 このくらいで、佐千子は驚かない。
 ざっと見たところ、地下三階と四階はAGW銃器類を製造しているようだった。
 S級品とまでは行かない、普通レベルの、更に模造品。
『我々ははじめに地下五階に到着した。問題はこの工場が、地下何階まであるかだ……』



『部屋は男女でエリア分け。でも、与えられた部屋番はバラバラ……? 何か意味があるのかしら』
 サピアは居住棟を調べていた。
 洗面と洗濯設備は共同。しかしさほど古びていもいない。
 個室は監視されていないが、廊下にはところどころ監視カメラがある。
 しかし新入りが居住施設をうろついていても、なんの不思議もないだろう。
 事実すれ違う人々は軽く挨拶を交わすだけで、咎められる気配もない。
『(タグがあれば自由、というのは本当ですのね。なにかあればこれで止められる、ということ)』
 ポケットに入れた金属タグをぎゅっと握る。勿論イメージプロジェクターで装着しているようには見せている。
『(監視カメラがあるなら、映像を管理している場所があるはず……)』
 ドアの並ぶ廊下は、中央の吹き抜けを囲んで回廊状になっている。
 そして一番下の階は、広場つきの商店街のようになっている。食事と日用品、ちょっとした娯楽は手に入るようだ。
『(意外と、待遇は良いのですね?)』
 ぼろぼろのローブで顔を隠し、スリルに満ちた探検を愉しむ。
『(……見つけました。こんな無防備な場所に作るなんて、愚の骨頂)』
 監視室は最下階のスタッフルームの一角にあった。関係者以外立入禁止とはあるが、鍵はかかっていない。
 見つかって追い出されたが、迷ったと言えばそれ以上の追求はなかった。

「ここにいる人達は、どこか普通じゃない……」
 兵器工場と聞いても聴 ノスリは、へぇ、そうなんだとしか思わなかった。
 力はそれ自体で善でも悪でもない。エージェントだって武器は持ってる。
 問題は……誰がどう使うかだ。

 ただ、ここで暮らす人々の表情を見て、囚人の顔だ、と思った。
 ここは秘密を漏らさない監獄。与えられるのはかりそめの自由、外に羽ばたく力ではなく。
 広場にいる人々は、やわりとした絶望に絡みつかれているよう。
 それは致死の毒で、遠からず心を殺す。


「我が名は狐鈴(フーリン)。よろしくお願いしますじゃ……じゃなくて、よろしく!」
 長い前髪で紅い目を片側隠した少女が元気に自己紹介する。天城 初春(aa5268)だ。
 初春はまだ六歳、英雄の辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)も実年齢は重ねているが、見かけは九歳程度。労働年齢には程遠い。
 中国にも労働基準法にあたるものはある。「よく考えたら、妾では労働者に偽装するのは困難では……?」と困惑していたところに稲荷姫がイメージプロジェクターの試作品を借りてきた。異なった身長や容姿まで投影できる優れものである。
 初春の人間形態をベースに十六歳の黒戸設定を考え、古龍幇を通じて発注した偽身分証も携行している。

 初春は商店街のようなものがあるのを見て、食事処の主人に探りを入れてみよう、と思いたった。
 下界とは隔絶された土地にある工場、もっと無機質なものかと思っていたが、案外生活感がある。
 そして人の行き交うところに情報はある。
「今日着いたとこなんだけど、おじさんはずっとここでお店を開いてるの?」
 『狐鈴』はお年頃の十六歳、気合を入れて可愛く振舞う。
 食事の店はどれも小規模で、少人数で切り盛りしているようだ。
 偶然に入った店では、カウンターの大皿にお惣菜が盛られ、奥にある蒸し器が湯気を立てている。
 他の客に笑顔を向けていた主人は、初春を見た途端に同情を寄せてきた。
「お嬢ちゃん、そんなに若いのにここに来ちまったのかい? 可哀想に……」
「え、えっと、戸籍がなくて親に捨てられてワルやったりして路上で暮らしてたから……ここに来ればまともな職にありつけるって聞いて」
 目を泳がせつつ、用意しておいた偽経歴を並べる。この反応は予想していなかった。
「そうかい、苦労したんだねえ。おいちゃんの奢りだ、食べなよ」
 人の良さそうな主人は蒸し器からほかほかの饅頭を取り出し、ふたつに開いて豚の角煮をはさんで勧めてくれる。
 柔らかく煮込んだ肉は八角の香りがして、噛むとじゅわりと肉汁が溢れる。
「うまいよこれ! おじさんこそどうしてこんなとこで働いてるんだよ」
 初春が料理を褒めると、主人は涙ながらに身の上話をした。騙されて店を取り上げられたとか、身ぐるみ剥がれて命からがら逃げ出したとかそんなことを。
「ふーん、皆そんな風にしてここに来たのかな?」
「詮索はしないのが礼儀だけどね。この国で探せば商売で失敗した奴くらいいくらでもいるさ」
 主人はずずっと洟をすする。
「お嬢さん、来たばっかり? 女の子が来るなんてめずらしーね。俺達が案内してあげよーか?」
 近くに座っていた作業服の若い男が二人、初春を見て寄ってきた。若干チャラい。
「(そうじゃった……! 妾はいま妙齢の女子……!!)」
 初春はまだ子供、普段はナンパ対象にはならないので油断していたが、十六歳、しかも若い女が驚かれるほど珍しい環境では不埒な輩に絡まれても不思議ではない。
「結構ですじゃ! セクハラ反対!」
 偽の投影で身長も誤魔化しているのだ。肩でも触られたら大事になると、口調を作るのも忘れて全力で逃げ出す。
「(女子は意外とやばかったですじゃ! いまからでもおっさんに化けようかの?)」
 しかし周囲に人がいる状態で映像を切り替えるのはまずい。
 騒ぎが起きないよう、静かに商店を離れて……と手間取ったのが、更なる面倒を引き起こした。



「……夢で見たのは、ここじゃったか」
 寿神は建物を離れ、打ち捨てられた郷を抜けて険しい岩山の麓まで来た。
 山茶郷はほんのわずかな盆地、周囲は険しい岩山だ。
 途中に『立入禁止』の札が下がった縄が張ってあったが、監視装置はなさそうだった。
 調査に来たのではあったが、どうしても確かめたいこともあった。
「まるで同じじゃ。俺は、ここに横たわったことがあったかの?」
 岩山を背に広がる、大きく平たい天然岩は祭壇。
 生贄となるときにはここで……と遠くから見せられたことはあったが、近づいたことはなかったはず。
 なのに、先日夢で見た風景は、ここからのものと同じ。
「気のせいじゃろうか……?」
 夜の夢だった。月が出ていた。
 勝手に頭の中でそれらしい風景を想像したのだろうと思っても、違和感が拭えない。

「……死神か。運命を、やり直しに来たのか」
 男の声がして振り返り、寿神は小さく声を上げた。
 朝に見た鏡に似ていた。髪を黒く染め、瞳を茶にした自分の顔。
 男の表情にはおよそ感情というものがなく、映った鏡と見紛うとまではいかないが、明らかに同じ血を感じる。
 そして寿神の元の名を知っている。
「同族か? 山茶族に、生き残りがいたのか?」
 男はライフルを持っていた、問いの答えより先に、銃口が寿神を捉える。
 突然にして、明確な殺意。
「御託はいい、死ね。ここで間違いを正せ」


     *


「若い女がいたそうじゃないか。今日着いた? そんな奴は登録されてないよ!」
 かつかつと広場にヒールの音が響く。威圧的な怒鳴り声と共に現れたのは、真っ赤なチャイナ服の女。
 両脇に黒服の男を連れている。
「どこのどいつだ! 私の王国で、勝手は許さない! 隠す奴も同罪だ!」
 女は右手と右脚が機械化されたアイアンパンクだった。メリハリのあるボディラインを見せつけるように堂々と立ち、声を張り上げる。
「(まずい……!)」
 リィが登録を誤魔化すと言ったのが裏目に出た。よく気をつけて周囲をみれば、なるほど若い女は珍しい。
「女王様! ここです!」
 それが女を呼ぶ声だった。アイアンパンクの女が初春を見る。
「(女王様?! とんでもない呼び名じゃな?! もしやこいつがここのボスか?!)」
「……認識番号を言いな。事と次第によっちゃあ、首を刎ねる!」
 背中に背負った重そうな片刃の大刀を、女は軽々と抜いた。
 初春はいまやピンチに陥っていた。タグに記された八桁の数字が認識番号なのだろうが、登録されていなければ大刀で首を刎ねられるのだろうか?
 いや、ここに映し出されているのは実際よりも随分背が高い姿なので、大刀は初春の頭の上を通り過ぎるのかもしれない。

 ターン、ターン……とどこか遠くで銃声が響いた。
 山の向こうで狩りでもしているような銃声。
 一瞬、赤服の女王様の注意が逸れる。

『逃げるぞお初!』
 その隙に乗じて幻想蝶から稲荷姫が飛び出し、共鳴した。
 吹き抜けの広場に走り出し、装着しておいたジャングルランナーのマーカーを射程ぎりぎりまで上に向けて射出する。
「撃て!」
 黒服は銃を持っていた。上階のバルコニーに着地した初春の脇を、銃弾が掠める。
「本当に容赦ないでござるな!」
 バルコニーの先の部屋に人はなく、窓の鍵は閉まっている。
 吹き抜け天井はネットと蔓植物が覆っており、逃げるならアレに風穴を開けるしかない。
「一か八かでござる!」
 被弾覚悟で緑のネットにマーカーを射出し、吹き抜けに踊り出る。
 被覆ネットを掴み、白夜丸で蔓植物ごと大きく裂く。

 黒服は初春を狙ったが、大きく動く標的に当てられないまま裂け目から逃げられてしまった。
「曲者だったか。すぐに首を刎ねるべきだったね」
 『女王様』はそう言って首に掛けていた銀の鎖を引き出す。その先には、銀の笛。
「逃がすものか!」
 赤い唇で笛を吹いても、音は出ない。
 ただ、それを見た周囲の人々は、誰もが蒼白になって凍りついた。



「申し訳ない、敵に見つかった。一足先に離脱する」
 寿神から妙に簡潔な通信が入る。

「拙者も逃げるでござる!!」
 居住棟の屋上緑化帯を抜け出した初春は、バレた以上崖を降りて逃げるしかないだろうと覚悟を決めた。
 その前に、立ちはだかる人影がある。いくつも集まって来る。
「な……、なんじゃあれは?!」
 人影は、槍と盾を捧げ持ってはいるが、人ではなかった。
 全身を枝分かれした白い触手のようなものが覆い、ところどころで触手の先端がうねうねと動いている。
 そして、その首の上には、頭がなかった。
 頭の無い人型が、槍を突き出す。
 槍に裂かれた初春の腕から、血が吹き出した。
『(頭が無いのに、どうやって見ておるんじゃろうの?)』
 稲荷姫はあまりの事態に、かえって冷静になるしかない。
 首なし兵は確実に初春を狙って、集まってくる。
 その数、およそ十体。
「近寄るな!!」
 初春は白夜丸を振り回し、全速力で崖に向かって走った。

 間もなく朽ちた木柵が見えた。蹴散らし、迷わずその向こうに飛び降りる。
 振り返ったとき、白い首なしの数が増えていたのはきっと気のせいだ。
「(なんじゃなんじゃなんじゃありゃあああああ!!)」
 絶壁の高さに恐怖する間もなかった。降って来る槍は、ジャングルランナーの機動力で避けた。



「率直に聞く。お前が黒幕か?」
「なんでやねん。うちが黒幕やったら、自分ら纏めて一網打尽やろ」
 翌日の正午。
 ヴィーヴィルの思い切った問いは、リィに冷たく返された。

 潜入後間もなく、寿神と初春は見つかって敵に追われ、離脱した。
 密告があったのでは――と決め付けるには、他のメンバーに追求の手が及んでいないのが不自然だ。

『でしたらリィ様、取りあえずH.O.P.E.に御同行願います』
「それもありえんわ。行かれんようなっとる言うたろ。殺す気ぃか」
 カルディアが手を取ろうとするが、するりと躱した。

「アンタさ、時々幹部の男と歩いてるの見られてるらしいジャン。ソイツと誓約してる……トカ?」
 ヤナギは聞き込みでリィが目撃されているかも聞いていたのだった。
 『白い髪の少女』は時々居住棟の店にも来ているようだった。幹部の男と共に。
 リィが英雄なら、能力者と引き離せば死ぬ。何の仕掛けも要らない。
 ギロリと、リィはヤナギを睨みつける。
「詮索すんなて、何遍言うたらわかる」


 佐千子は倉庫のコンテナを回り、納入された銃器類の部品を抜き取ってきた。
 倉庫が地下五階、これより下は今回は未捜索。
 昂もデータ室に辿り着き、いくばくかのデータをカメラに収めたらしい。
 
「見つかるで、もう帰れ。トンネルは一本道、出口は跳ね上げ式で内側から押せば開く。最後の奴はバレへんようにしっかり閉めるんやで」
 エレベータのボタンを押し、素っ気無いながらも懐中電灯をひとつ投げてきた。
 隠し通路のトンネルは暗闇で、常設ライトはないらしい。

『リィ様の願いは一体何でしょうか? そろそろ教えてくださってもよいのでは?』
 車両仕様のエレベータの扉が閉まる寸前、カルディアが最後の問いを投げかけた。
「自分らは、やるべきことをやればええねん」
 そして大きな扉は閉まる。


 扉が閉じたあと、リィはぽつりと呟いた。
「願えばその通りに叶えてくれるん? そんな筈ないやろ……?」

 


結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 捻れた救いを拒む者
    ヴィーヴィルaa4895
    機械|22才|男性|命中
  • ただ想いのみがそこにある
    カルディアaa4895hero001
    英雄|14才|女性|カオ
  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226
    人間|21才|男性|攻撃
  • 祈りを君に
    静瑠aa5226hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
  • エージェント
    聴 ノスリaa5623
    獣人|19才|男性|攻撃
  • 同胞の果てに救いあれ
    サピアaa5623hero001
    英雄|24才|女性|カオ
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