本部

Green Eyed Monsters

絢月滴

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/28 01:11

掲示板

オープニング

●奇怪な連続殺人事件
(またか……)
 ロシア第四の都市、エカテリンブルクの路地裏。
 デースケ・トルストイ警部補は目の前の遺体に顔をしかめていた。
「これで何人目だ……」
「五人目であります」
 側の若い警官がデースケの呟きに反応する。独り言なのに拾わなくてもいいのにと少しばかり辟易しながら、デースケはもう一度遺体を見た。
 真っ黒に焼け焦げた顔、体。
 そして――喉と手にある無数の傷。どの傷もかなり深い。もしこの被害者が一命をとりとめていたとしても、この傷では一般的な生活はできないだろう。
 手帳をぱらりとめくり、デースケはこれまで起きた事件の整理をする。
 一件目。被害者は女性。彼女の手はめちゃくちゃにされていた。
 二件目。被害者は男性。彼の手――特に指――は原型をとどめていなかった。
 三件目。被害者は男性。彼の足も切り刻まれていた。
 四件目。被害者は女性。彼女の喉も、他と同じように……。
「おい」
「は、トルストイ警部補!」
「被害者の身元確認はどうなっている」
「進んでおります。明日にはご報告出来るかと」
「頼んだぞ」
「は!」
 遺体から離れ、デースケは一旦署に戻ることにした。被害者の身元が分かれば、少しは捜査が進むだろう。
 そう思っているのに、デースケの刑事の勘が囁いている。

 これは普通の事件ではない――と。



●夢を追う者、買う者・1
 観客席から聞こえてくるアンコールの声に、真希はぞくぞくしていた。
 二年前までは、自分達を見てくれる人たちなんて、皆無に等しかった。
 それが今はどうだ。
 千五百人のキャパシティを持つこのライブハウスを満杯にしている。
 ようやく。
 ようやくここまで、バンドが育ったんだ。
(もしかしたらメジャーデビューだって……!)
 真希は振り返ってメンバーたちを見た。皆、やる気に満ちた笑顔を浮かべている。
「よし! ……皆、行くよ!」
「おお!」
 真希はステージに飛び出した。より一層大きな歓声が彼女達を包み込む。



 観客フロアの一番後ろ。
 サングラスをかけた大柄な男性が、呟く。
「うんうん、いい夢だ。……おじさんが大金で買ってあげよう」



●夢を追う者、買う者・2
 鳴りやまぬ拍手にヨーゼフは、泣きたいのを必死でこらえていた。
 学校を中退して、演劇の勉強を始めて五年。
 ようやく掴んだ初舞台。目が肥えたお客様たちを満足させられるかと心配していたけれど、それは杞憂に終わったようだ。
 カーテンコールを終え、舞台袖に戻ったヨーゼフに演出家が話しかける。
「いやあ、良かったよヨーゼフくん! 次にこういう話があるんだけど、是非」
「はい、もちろん!」
 やらせて下さい――と、ヨーゼフは笑顔で頷いた。



 一番前の観客席。端っこの席。
 ティアドロップのサングラスを身に着けた女性が、唇の端を上げて言う。
「いい夢ね……お姉さんがもっといい夢を見せてあげるわよ」



●悪夢に終止符を
 H.O.P.E.サンクトペテルブルク支部、ランチタイム。
 西原 純(az0122)は外のキッチンカーで購入したボルシチを自席で食べていた。この時間帯、周りは静かになる。皆、大抵外に食べに行ってしまうのだ。純は、慣れ親しんだ自分の席でゆっくりと食事をするのが隙だった。ビーツの赤で染まったスープに白のサワークリームを溶かす。付け合わせのパンを一口食べてから、スープを味わった。と、机の上に置いてある内線電話が鳴った。昼時に誰だ、と思いつつ、純は電話を取る。
 それは受付からだった。西原さんにお客様です、と受付女性の、若干興奮した声が聞こえる。
「客? 約束なんて――誰が来てるんだ?」
『城之内ケイさんです。あのイノセンスブルーの……!』
「……ケイが?」
 一体何の用だろう、と純は思う。今や大人気バンドとなったイノセンスブルーのボーカルであるケイは自分の百倍くらい忙しいはずだ。それなのに。
「……とりあえず、来客用の部屋に通しておいてくれ。ああ、一番小さいところでいい」



「ごめんね純くん。急に」
「いや、大丈夫だ。……というかお前、サングラスも何もしないでここまで来たのか? 気づかれるだろ」
 ケイは笑って首を振った。
「案外バレないもんだよ。……あのね、純くん。これ知ってる?」
 そう言ってケイが差し出したのは、新聞だった。そのトップ飾る記事を見て、純は知ってると答える。
「エカテリンブルクで起きてる連続殺人事件だろ。何でも、六件目と七件目が起きて、警察の無能ぶりを市民が責めてるとか。これがどうしたんだ」
「……殺されたの、僕の知り合いなんだ。皆、もうすぐ夢が叶うところだったのに」
「夢?」
「そうだよ。真希もヨーゼフも……。……純くん」
 ケイは一点の曇りもない瞳で純を見た。幼馴染の真剣な表情を久しぶりに見た気がして、純は自然と背筋を伸ばしていた。
「多分、犯人は今から”人気になりそう”……もっと言ってしまえば”売れそう”な人たちを殺してると思うんだ。――だから僕が変装して」
「待て、ケイ」
 強い口調で純はケイの話を遮った。
「お前まさか、囮になるとか言い出すんじゃないだろうな」
「……そうだよ」
「馬鹿か。やめとけ」
「それ警察にも言われた。……でも僕は犯人をどうしても許せないし、早くこの事件を解決したい。純くん」



 力を貸して。



 数時間後。
 集まったエージェント達を前に、純は任務の説明を始めた。
「今エカテリンブルクで起こっている連続殺人事件の解決依頼が来た。依頼人は城之内ケイ……イノセンスブルーのボーカルだ。あいつが言うには、犯人はこれから”売れそう”な人を殺している、と。だから自分が変装して、偽りのバンドを作って、メンバーやスタッフに協力してもらい”これから売れそうなバンド”として囮になる。そうしたらきっと犯人は出てくるだろうから、そこを捕まえて欲しい、と。……でもそんな危険なこと、H.O.P.E.はさせられない」
 だから一つ案を出した、と純は言う。
「エージェントで囮となるバンドを組んで、犯人をおびき出すから、と。その案は了承されたが”売れそうに見えるかはチェックする”、だと。……説明は以上。後は任せた」


解説

エカテリンブルクで発生している連続殺人事件を解決するのが今回の目的です。
以下の事柄に注意して目的を達成して下さい。

◆警察
 ・被害者の身元については調査済みです。
 ・デースケ・トルストイ警部補に会うことは可能です。

◆囮用バンド
 ・最低でもボーカル、ギター、ベース、ドラムで構成して下さい。
 ・他、入れたい楽器があったら入れて構いません。
 ・演奏曲はカバーでもオリジナルでも可能です。
 ・一か月ほど練習した後、エカテリンブルクの各ライヴハウスを周り、人気が出てきたように見せかけます。
 ・練習する時はイノセンスブルーのメンバーが付き合ってくれます。
 ・なお、最初のステージに立つ前に、ケイによるチェックが入ります。
  そのチェックに”合格”しないと、ケイが「囮役」を強行します。

◆その他
 分からないことがあれば、純が答えます。

リプレイ

●二つの新たなる音
 純からのメールにケイは作詞を中断した。スマートフォンを手にとり、メールを開いた。簡単な報告。囮となるバンドが二つ結成されたとのこと。そのバンド名は。
「紅琥珀に、碧瑠璃。うん、いいんじゃない」



●警察にて
 応接室に通されたデースケは面食らった。そこに居たエージェントは、想像とは全く違う人物だったから。
「もっと屈強なのが来ると思ってたが」
 そんなデースケの言葉を木霊・C・リュカ(aa0068)とオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)、ユエリャン・李(aa0076hero002)、そして美咲 喜久子(aa4759)は聞き流した。
「ズドラーストヴィチェ! 警部補、ちょっとお話聞かせてくださいなっ」
 ああ、とデースケは頷く。リュカの対面に腰かけた。
「知りたいのは、次の四点。被害者同士の共通の繋がりがあったのか。被害者の暴行された部位と職業はどう一致してるのか。焼いた痕は被害者全員にあるのか。被害者が殺されたタイミングは何時なのか」
『おや、木霊と聞きたい事が被ってしまったな』
 デースケは手帳を開いた。
「どの被害者も、ライヴハウスもしくは劇場に出入りしていた」
『バンド……もしくは、役者、か』
「次。暴行された部位と職業の一致だが……一件目の女性はギタリスト。二件目の男性はピアニスト。三件目の男性はドラマー。四件目の女性はボーカル。五件目の男性はシンガーソングライターだ」
『仕事で良く使うところを、と言ったところだな』
「後、焼いた痕があるか、どうかだったな。焼かれているのは男性の被害者だけだ。特に七人目……ヨーゼフは酷かった」
「その人たちってお兄さんみたいにかっこいい?」
「俺は男の顔の良しあしは分からん。後で被害者の生前の写真を提供してやるから、自分で確認し……おっとすまない。あんた目が悪いんだな」
「わざとじゃないなら、お兄さんは気にしないよ」
『俺が、確認する。問題ない』
 オリヴィエの言葉にデースケは安心したように息を吐いた。
「後は……被害者が殺されたタイミング、だったか。いずれもオフの日だった」
「追加の質問いいだろうか」
 喜久子が手を上げた。
「襲われた場所と時間帯の確認をしたい」
「場所と、時間帯か……」
 デースケが手帳の別のページをめくる。廊下からこつこつと誰かの革靴の音が聞こえた。
「場所は皆裏路地だな」
「何か共通点は?」
「何処もバーの近く、とのことだ」
 喜久子は少しだけ視線を落とし考える。バーはバンドや役者をやっている者であれば比較的身近な存在だ。犯人もそういったところに出入りしているのだろうか――。
「襲われた時間帯は真夜中の可能性が高い」
「断定は出来ていないと」
「ああ。目撃者がいなくてな。死亡推定時刻からの割り出しだ。……ああ、そうだ」
 デースケは手帳の1ページを破り、そしてもう1ページ破ってから差し出した。
「六人目の被害者、真希のバンドメンバーの連絡先だ。そしてこっちが、七人目の被害者、ヨーゼフの劇団主催者の連絡先。どちらも話したいことがあるそうだ」
 喜久子は真希のメンバーの連絡先が書かれたページを丁寧に折って、ポケットの中に仕舞った。オリヴィエはもう片方を受け取る。
「スパシーバ、警部補」
『情報、感謝する。……後は、俺たちに任せろ』
「ああ。さっきはあんな事言ったが……俺はH.O.P.E.を――あんたらを信頼している。この事件を頼んだ」



●現場周辺を歩いて
『……解ってません……こんなものはロックではありません』
 事件現場周辺を歩きつつ、用意した地図を皺が出来るほど握り締めながら、サーフィ アズリエル(aa2518hero002)は何度もそう呟いた。
「ロックはよく分からないが……気に食わないのは確かだね」
 海神 藍(aa2518)も彼女に同意する。と、藍のスマートフォンが着信を告げた。
『目にもの見せてあげましょう、サーフィのロック魂で!』
「サフィ」
『はいにいさま』
「ギターを破壊するのは無しだからね?」
『そんな、どうしてっ?』
 せっかくの機会なのに――と至極残念そうな顔をするサーフィを藍はなだめる。
「リュカさんからメールが来たよ。警部補の話をまとめてくれたみたいだ」
『なるほど。大切な場所を破壊していたのですね……ますますロックではありません』
「被害者の中には役者さんも居たみたいだけど……大体売れそうなバンド、と。……動機は妬み? だとすると愚神ではなく、ヒトの犯行か?」
 顎に手を当て、藍は考える。
 路地裏にあった遺体。襲われて逃げ延びたものは居ない。誘い出したところを囲ったのだろうか。
「……なら、先回りもできそうか。ますます城之内さんじゃなくて、私たちが囮になる必要が出てきたね」
『そのためにも――スタジオに戻りましょう、にいさま!」



●仇を討って
 喜久子の前で真希のバンドメンバーだったジェシカはぼろぼろと泣いていた。サンクトペテルブルクの一角にある、小さな喫茶店。頼んだコーヒーは少しずつ冷め始めていた。それでも喜久子はジェシカから話始めるのを待った。話したいと言ったのは相手だけれど、無理に急かしては精神的な負担がより多くなってしまう。
 誰かが注文したのか、焼き立てのケーキの匂いがした。
「……あたし、犯人に心当たりがある、んです」
 ナプキンで涙をぬぐい、ジェシカは話す。
「真希……殺される、三日前に……言ってたんです。”凄い人にスカウトされた”って」
「凄い人。大手レコード会社の人物とかか?」
 喜久子の問いにジェシカは首を振った。そこまでは分からないんです、と今にも消えそうな声で告げる。
「その人と明日会ってくるって……”もし私一人でデビューとか言われても皆でデビューできるように説得するから”って……ほんとに……ほんとに、凄くキラキラした笑顔でっ……」
 ぐす、とジェシカは大きくすすり上げた。周りの客が何事かと視線をこちらへ向ける。それを手で軽くいなし、喜久子はジェシカの肩に手を置いた。
「話してくれて感謝する」
「あ、の……!」
 ジェシカは喜久子の手をぎゅっと握った。
「絶対……絶対、真希を殺した犯人を捕まえて下さいっ……」
 喜久子はジェシカの手を握り返した。
「ああ、約束する」



 ジェシカと別れ、喜久子は皆が練習をしているスタジオに向かっていた。これまで手に入れた情報を整理する。今から売れそうなバンド、役者。そうしたものを狙う犯人……。
(一つ、おかしな点がある)
 子供をつれ、大きな買い物袋をもった父親と喜久子はすれ違った。その袋の中にお菓子や果物が入っているのを見て、差し入れに何か買っていこうかとも考えて。
(売れそうなバンドを狙うのであれば――何故、今までケイたちに被害がなかったんだ? まさか……)
 浮かんだ考えを喜久子は打ち消す。
 イノセンスブルーの誰かが犯人。
 そんなこと、あって欲しくない。



●被害は最小限に
 エカテリンブルクのホテルの一室。
 ソファでまったりと過ごしていたリュカに、音楽雑誌の記者から得た情報やネットの情報を整理してたオリヴィエが話かけた。
『これから一か月の間に若手バンドのフェスがある。あと……三か月前に封切られた映画で話題をかっさらった新人女優の次回作の公開撮影』
「”凄い人”がスカウトに来る可能性は高そうだね。皆が囮を開始する前に被害は防がないと」
『ああ』



●スタジオ前
 バンドの練習に、とケイが手配してくれたのは一つの建物の中に幾つものスタジオがある場所だった。誰よりも早く、レイ(aa0632)とカール シェーンハイド(aa0632hero001)は中に入った。
「……皆、次が見えていた、のか」
 被害者たちにレイは想いを馳せる。
『悔しかったよね、皆……きっと』
「当たり前だ。……しかも自身の一番大事な部分を滅茶苦茶にされて」
 喜久子から連携された情報の中にあった被害者たちの写真を二人は思い浮かべる。指も手も足も、演奏するには大切な場所。彼らはどれだけ無念だっただろう。
『……オレ、許せないかもしんない』
 カールの透明感があるアイスブルーの瞳に静かな怒りが宿る。それは俺も同じだと、レイは返した。
「俺たちの演奏で引きずりだしてやる」
『あったり前じゃん!』


●紅琥珀 in スタジオA
「こんな感じでどうでしょう」
 キーボードから指を離し、紫 征四郎(aa0076)はカールに尋ねた。んーと、と言いながらカールは傍らの壁に立てかけてあったベースを手にして、征四郎の曲を弾く。規則正しいコード進行。だが、規則正しすぎる。何処か硬い。
『んー少し暗いような気がするねー。ナイチンゲールの歌詞に合わないんじゃね?』
「確かにそうですね……えっと、じゃあ」
「こんなのはどうかな」
 そう言いながら征四郎に近づいてきたのはイノセンスブルーのベーシスト、月が丘ユメだった。カールからベースを受け取ると、弾き始める。先程カールが弾いたコードにほんの少し手を加えた演奏。規則正しさは失わず、その音はパレードのよう。
『おお、流石じゃん!』
「まあね。これで僕達食べてるし」
 ユメはカールにベースを返した。
「ベースってさ、地味だけど大事だよ。音を支える土台だから」
 ユメの助言に征四郎は頷く。聞いたばかりのその演奏を参考にしながら、楽譜を書き変えた。ようやくワンコーラス分が出来上がる。征四郎は顔を上げた。ガラスの向こう――レコーディングエリアではシルフィと共鳴した時鳥 蛍(aa1371)と同じく墓場鳥(aa4840hero001)と共鳴したナイチンゲール(aa4840)がハーモニーの練習をしている。二人が向き合うその姿はどことなく神々しく、征四郎は見とれてしまった。しかしそれではいけない。椅子から降りて、マイクを引き寄せる。
【ホタル、ナイチンゲール】
 征四郎の声がレコーディングエリアに響いた。蛍とナイチンゲールが歌うのを止める。
【ワンコーラスですが、曲が出来ました。まず、聴いてみて下さい!】
 征四郎にナイチンゲールは頷く。彼女の横顔を蛍は見て、それからガラスの向こうで懸命に機材を操作している征四郎を見た。
(征四郎は一人で立とうとしている……そんな征四郎が作った曲……)
 ぎゅ、と蛍は拳を握った。目を閉じれば、被害者たちの姿が浮かんでくる。売れそうな人たちを狙う犯人。嫉妬が原動力なのだとすれば、恐ろしい。
(……それでも、わたしはやり遂げる。後悔は、イヤ)
「ナイチンゲール様」
 蛍はナイチンゲールに呼びかけた。にっこりと笑い、一つ、小さなお辞儀をする。
「改めて――至らない点もありますが、よろしくお願いしますわ」
 蛍の桃色の瞳に先刻までは見られなかった凛とした光をナイチンゲールは見つけた。その光がナイチンゲールの決意を刺激する。もちろん彼女の決意が足りない訳ではない。囮とは言え、命をかけて唄うという決意が脆い訳などない。ただ、蛍の瞳に宿る光はまた一つ、ナイチンゲールの決意を固くした。
「ええ、こちらこそ」
【すいません。やっと用意が出来ました。いきます!】
 征四郎が再生ボタンを押した。レコーディングエリアが音に包み込まれる。メロディーが前面に押し出されたその曲は蛍とナイチンゲールの周りを震わせる。しかし心地よさの影に時折、闇が見えた。思わず蛍はその闇を払おうと手を動かしていた。しかし闇はサビの部分で加速するスピードとハーモニーにかき消される。ラストに向かって駆け上がる様は英雄と共鳴したリンカーの姿を彷彿とさせた。
【どうですかっ?】
 若干興奮した征四郎の声。
「素晴らしいです、征四郎」
「ほんと、かっこいいよ。これなら言いたいこと、伝えられる」
【ありがとうございます!】
「じゃあもう一回!」
【はい!】
 征四郎がもう一度、再生ボタンを押す。再び場を包み始めた音に合わせ唇を開いた。
 
【徒花咲き乱る夜を駆け抜け 二つと無い苑守れ 諸手穢して 軽やかに散る命 まるで翅のよう 背負って羽搏いて光を目指せ】

 ナイチンゲールの声に蛍はじっと聞き入っていた。
 彼女とは親しい間柄ではない。
 だからこそ、相手と向き合い異なる歌声と楽器がハーモニーを奏でることを目指す。
(征四郎が作った曲で……わたしなりに心を飛躍させる……!)



●ドラム特訓 in スタジオB
 卸 蘿蔔(aa0405)はゆっくりとドラムスティックを手にしていた。
「また誰かと一緒に演奏できるなんて夢みたいです! ……状況が状況でなければ、素直に喜べたのですけど」
 少し肩を落とす彼女にレオンハルト(aa0405hero001)が声をかける。
『焦る気持ちはわかるが、これも立派な任務だよ』
「ん、そうですね。予定が前倒しになる勢いで頑張りましょうか」
「……あんたが、ドラム担当?」
 蘿蔔の背後に身長2メートルほどの大男が近づいてきた。反射的に蘿蔔は振り向いて、そして固まってしまった。男はそれ以上何も言わない。蘿蔔の言葉を待っているようだ。
『蘿蔔』
 レオンハルトに促され、は! と蘿蔔は我に返った。
「え、は、はい! えっと、卸 蘿蔔です! よろしくお願いします!」
「……イノセンスブルーのドラマー。トドロキ。まず、あんたの実力を見せてくれ」
 トドロキがドラムセットを示す。はい! と蘿蔔は大声で返事をした。椅子に座って、すぅはぁと深呼吸してから、スネアドラムとロータムにスティックをおいた。自分の中でカウントして、ドラムを叩き始める。簡単なリズムを続け、裏打ち。半秒ずらしてシンバルを叩く。フロアタムの重みのある音を混ぜて、そこから最所のスネアドラムとロータムのリズムに戻った。暫く続けてから、演奏を止める。
 蘿蔔はちらりとトドロキを見た。以前大規模な音楽の祭典の出場許可を得たこともあるのだ。自信はそこそこある。蘿蔔はトドロキの言葉を待った。しかし彼は中々言葉を発しない。
「あ、あの……」
「……だめだ」
「え?」
 大きく首を横に振るトドロキに蘿蔔はきょとん、としてしまった。
「……あんたたち……紅琥珀と碧瑠璃の曲に、あんたのドラムは軽すぎる。もっとずしんずしんとくるリズムとドラム使いをした方が、いい」
 トドロキは蘿蔔と場所を変わった。自前のドラムスティックを抱え、叩く。
 それは先程蘿蔔が演奏したものよりも、強烈だった。
 男女の差、という訳ではない。一音一音が、こちらの奥底にずんずんと響いてくる。自身が高揚し始めているのを感じ取りながら、蘿蔔は何処が違うのかを観察した。スネアドラム。ロータム。フロアタムを何度か叩いて、バスドラムとシンバルを――。
「……分かったか?」
「あ、は、はいっ」
「……やってみろ」
「はい!」
 蘿蔔は再びドラムセットの前に座った。スティックを鳴らし、バスドラムとロータムを中心にしたリズムを叩く。一音一音に自分の全てを乗せるつもりで――。
 蘿蔔の演奏が終わるたびにトドロキが彼女にアドバイスをする。レオンハルトはそのアドバイスを全て記録した。
『後で合わせる際に、他のメンバーのも記録しよう』
 早く上達して、これ以上犠牲者が出る前に演奏できるように。



●碧瑠璃 in スタジオC
『ロックの時間です!』
 ギュイーン、とサーフィがギターを鳴らす。アキト(aa4759hero001)もまたわくわくしながら、レイが書いた曲に目を通していた。激しいドラムとそれに絡みつくベース。割れた音で始まるその曲は少しずつ完成形を目指し、サビで最高潮に弾ける。歌詞も見れば、これまたレイさんらしいと息を吐きだした。
「人そろってないけど、ひとまず合わせてみるか」
『はい!』
『うん、やろう!』
 レイがピックを手にする。ワン、トゥ、スリーのカウント後、まずはサーフィがギターの鋭く、低い音を響かせた。綺麗な、しかしどことなく歪でともすれば割れてしまいそうな音。それを追いかけるように、レイのギターが鳴る。サーフィが前に出たと思えば、すぐにレイが追い抜く。これぞツインギターの醍醐味。まるでレースを見ているかのような、疾走感。それはどんどん増していって、どちらが勝つのかと、目が釘付けになってしまう。そこにアキトが声を乗せる。

【開けた匣 齧った林檎 痛みは走り出した お前の中から クレイジーな世の中 敵は己 もがく虫けら 立ち尽くす身体】

 ワンコーラス歌いあげ、アキトは息を吐く。突然拍手が響いた。いつの間に入ってきたのか、髪を真っ赤に染めた青年が立っている。
「いやいや中々だねぇ。これはあんまり、俺が見る必要もなさそ。……あ、失礼。自己紹介がまだだったねぇ。俺はリキ。イノセンスブルーのギター担当ぉ」
 よろしくぅ、と頭を下げたリキに皆、合わせて頭を下げた。
『リキさん、率直な感想聞かせて』
 アキトの質問にリキはそうだねぇと、左耳のピアスをいじりながら。
「足りない」
 そう言った。
『足りないってどういう』
「言葉通り。……こういうハードロック系統の曲は、激しさがウリ。……だけどぉ、こういう曲はコール&レスポンスも大事。今のまま、突っ走った演奏だと、目と耳と心が飢えた客は満足しない。自分たちが暴れられないからねぇ」
「つまり――間奏やサビの部分で客を煽るような演奏をした方がいい、と」
 レイの発言に、リキはそういう事ぉと答えた。
『もう少し曲構成を考えた方がよさそうですね』
『サーフィさんの言う通りだと思うよ。あの、リキさん』
「何だい?」
『ケイさんは見にきたりしない? 相談とかしたい』
 リキはぽりぽりと頭を掻いた。
「来ないよぉ。……あいつ、チェックするまであんたらのこと、見ないってさぁ」
 リキの発言がサーフィの闘志に火をつける。
『ある意味、一発勝負ですね……は! サーフィは紅琥珀の曲も練習しなくては!』
 あわただしくサーフィが出ていく。彼女と入れ替わるようにして、蘿蔔とナイチンゲールが現れた。
「えっと、碧瑠璃の練習に来ました!」
「あっちはいい感じだから、こっちも弾けるよ!」
 ナイチンゲールの発言にレイはにやりと笑った。
「当然だろ。……おい皆」
 レイはメンバーを見渡す。
「さっきよりもアゲていく」
『もちろん!』
 アキトはマイクを握り直して、しっかりと頷いた。



 一方の熱にもう一方もあてられ、更に高みを目指す。
 そんな濃厚な練習を続け――三週間後。
 とうとうチェックの日がやってきた。



●華々しく咲くために
 チェックのために、ケイは小さなライヴハウスを貸し切りにした。観客エリアにパイプ椅子を並べて、ステージと向き合う。ケイの隣にはリュカが座り、それにオリヴィエ、ユエリャン、喜久子が続く。その後ろにはイノセンスブルーのメンバーが居た。
 最初にステージに立ったのは紅琥珀のメンバーだった。衣装はお揃いではなく、皆腕や胸元など、思い思いの場所に赤みを帯びた琥珀を身に着けている。ケイの表情が変わった。
「ワンコーラスだけでいいよ。――始めて」
 征四郎がキーボードに指を置く。軽やかに弾き始めた。サーフィのほんの少し重みのあるギター音がそれに乗っかる。マイナス方面に引きずられそうな曲に明るいカールのベースが加わった。蘿蔔がロータムを叩く。ギターが一際高い音を出した。蛍が口を開く。
【徒花咲き乱る夜を駆け抜け 背負って羽搏いて光を目指せ】
 次はナイチンゲールの番だ。走るギターに背中を押されるように、歌う。
【なぜ目を逸らすの? “彼ら”はもう居ない 胸を張りなさい あなたは生きている 大切な幻を糧に偲んで 剣戟に明け暮れて胸を焼いて】
 藍のヴァイオリンの音が加わる。サーフィのギターとハーモニーを奏で始めた。
「――まさに共鳴だね」
 ケイの邪魔をしないようにリュカは呟いた。
 そのハーモニーに蛍が声を乗せる。
(これは戦士の詩……。こちらの姿での戦闘経験はほぼ皆無、いえ、だからこそ記憶を振り絞り想いを乗せる!)
【思えば血煙の青春時代 慚愧も未練さえも今は尊い】
 サーフィのギターが唸る。蘿蔔はバスドラムを連続でたたき、シンバルを一つ叩く。征四郎のキーボードが鮮やかなアルペジオを奏でる。蛍とナイチンゲールがいよいよ”共鳴”する。
【徒花咲き乱る夜を駆け抜け 二つと無い苑守れ 諸手穢して 軽やかに散る命 まるで翅のよう 背負って羽搏いて光を目指せ】
 紅琥珀の演奏が終わった。ケイは何も言わない。まさか駄目だったかと、紅琥珀の面々に不安が走る。と、リキが口を開いた。
「次、碧瑠璃演奏して。ケイのやつ、最後にコメントするつもりだからさぁ」
 ステージの転換が行われ、碧瑠璃のメンバーが姿を現した。紅琥珀とは違い、こちらは全員が白い服を着ている。そして照明は青一色だ。
『青に染まる、という訳か』
 感心したようにオリヴィエは言った。
 ナイチンゲールのベースと蘿蔔のドラムで曲が始まる。サーフィのギターとレイのギターが絡み、もつれ、低音で何処までも走る。
【開けた匣 齧った林檎 痛みは走り出した お前の中から クレイジーな世の中 敵は己 もがく虫けら 立ち尽くす身体 運命を切り開け 見えない敵から クレイジーな世の中 嘘と欲望】
 旋律となった二つのギターは燃え上がるような音の掛け合いを見せる。滑らかに徐々に音程を変えつつ、アキトは叫んだ。
【break the chain】
 蘿蔔がハイハットを連続して叩く。
【cry out! cry out! 引き返せない 呪われた未来 誰が本当で何が本当なのか cry out!cry out! 引き返せない 銀の剣を持て 誰が本当で何が本当なのか】
 レイのギターが曲を〆る。暑い、と碧瑠璃のメンバー誰もが思った。袖に引っ込んでいた紅琥珀のメンバーが出てくる。全員がケイに注目している。
 息苦しく重い沈黙が場を支配した。
 ケイが一つ息を吐きだし、呟く。
「……合格!」
 笑い、そう言った。
 


●宣伝!
 ドラムの練習の合間を縫い、スタジオの片隅で蘿蔔は各バンドのロゴを作成していた。
「見せかけるじゃなくて、知って、もらいたいです。こんなに素敵なのですからきっと大丈夫」
『ああ、俺もそう思う。……実はこの前、ケイのチェックの時に後方からライヴ映像を録画した』
 レオンハルトの言葉に、蘿蔔はいいですね! と笑う。
「後でSNSで配信しましょう」
「蘿蔔ちゃん、レオンハルトくんもお疲れ様ー!」
『……差し入れ、だ』
 スタジオにリュカとオリヴィエが入ってくる。ありがとうございます、と蘿蔔はお礼を言った。
「お兄さんたちはこれくらいしか出来ないし」
「そんな事言わないでください。お二人は被害が拡大しないように動いてくれているじゃないですか」
『蘿蔔の言う通りです。フェスと公開撮影の警護をしたこと、聞いてます』
『何も起こらなかったのはいいことだ。……が』
 オリヴィエが厳しい顔をする。その表情が意味することを、皆がくみ取った。
「改めて気合を入れなければいけませんね」



 初ライヴを行うライヴハウスの前で、レイとカールは路上ライヴをしていた。もちろん紅琥珀と碧瑠璃のフライヤーを配ることも忘れない。二人の演奏はすぐに小さな人だかりを生んだ。ベースとギターの掛け合いに歓声が沸く。
「今度、ここで対バン形式のライヴをやる。是非来てくれ」
『おにーさんもおねーさんも皆、来てよね? 絶対に損はさせないから……っ!」
 きゃあ、と女性が黄色い声を上げる。



 その様子を離れた場所から、サングラスをかけた誰かが唇をかみしめて、見ていた。



●勇敢に
 観客エリアがざわついている。大体の人の手には、先日レイとカールが配ったフライヤーが握られていた。開演時間までもうすぐだと、皆気持ちが急いていた。それはステージ脇で控えている紅琥珀のメンバーにも伝わっていた。特に蛍は全身を硬くしていた。怖い、とマスクの下で呟く。それが聞こえたのかどうかは分からないが、征四郎が蛍の手を握った。
「いよいよだね」
 藍の言葉にサーフィは頷いた。
「じゃあサフィ。楽器は壊さないようにね」
『べつに弦は切っても構わないのですね?』
「え?」
『……いえ……冗談ですよ』
 ふふ、と笑うサーフィに藍は思った。
(冗談に聞こえない)
 と、客席照明が落ちる。
 わあああああああと歓声が上がった。
 行進曲に似たSEに合わせ、紅琥珀のメンバーがステージに立つ。
 始まりはもちろん、征四郎のキーボードだ。ナイチンゲールと蛍がシンメトリーに踊る。
【徒花咲き乱る夜を駆け抜け 背負って羽搏いて光を目指せ】
【なぜ目を逸らすの? “彼ら”はもう居ない 胸を張りなさい あなたは生きている 大切な幻を糧に偲んで 剣戟に明け暮れて胸を焼いて】
 蘿蔔とカールが紡ぎ出すリズムに合わせ、観客が揺れる。
【思えば血煙の青春時代 慚愧も未練さえも今は尊い】
 蛍。ナイチンゲール。
 二人の声が互いに響き合う。
【徒花咲き乱る夜を駆け抜け 二つと無い苑守れ 諸手穢して 軽やかに散る命 まるで翅のよう 背負って羽搏いて光を目指せ】
 藍のヴァイオリンが前に出る。二人の声の余韻を生かして、次へと繋ぐ。カールと蘿蔔はアイコンタクトをした。曲の根底を支えるリズムに変化が生まれる。うねるように、もう一つ、上を目指すかのように。
 ナイチンゲールと背中合わせになり、蛍が歌う。
【黄金の暁が訪れたなら 此岸と彼岸とが重なり遊ぶ 交わせど語れど落日に消ゆ 夜露に泣き濡れた剣を慰め】
 蛍が右手を上げるのに合わせ、ナイチンゲールもまた同じ動きをした。それに触発された訳ではないだろうけれど、観客の中、何人かが拳を突き上げ始めた。次はナイチンゲールの番だ。
【饒舌な風は問う ただ咎を裁く為 救えぬ魂を想うは月ばかり】
 そして、また二人は声を重ねる。
【徒花も散り逝く夜に独り凍え 優しき輩の思い出が寄り添う 瞬く星の唄をせめて伴い 闇路の果てに兆す光を目指せ】
 少し長い間奏に、サーフィのギターソロが響く。ステージのぎりぎりまで前に出て、サーフィは観客達にアピールをした。征四郎のキーボードが色を添える。汗で指が滑るが、懸命に弾く。その熱が伝わったのか、観客エリアからわあ、と声が巻き起こった。紅琥珀のメンバー、全員が思う。

 さあ、最後まで走り抜け!

【明日さえ葬られ尚戦う者よ どうか忘れないで 孤独は泡沫】
 ナイチンゲールの声を合図に弱くなるギターとヴァイオリン。静かになったドラムとベース。しかしそれは刹那のこと。再び、勇猛なる歌が響く。
【徒花咲き乱る夜を駆け抜け 二つと無い苑守れ 諸手穢して 軽やかに散る命 まるで翅のよう 背負って羽搏いて光を目指せ 徒花も散り逝く夜に独り凍え 優しき輩の思い出が寄り添う 瞬く星の唄をせめて伴い 闇路の果てに兆す光を目指せ】
 ナイチンゲールと蛍が向き合う。二人手を合わせ、最後の一小節を謳う。
【帰途の無い旅路を異形(神)が蝕んでも あなた(私)と共に私(あなた)は光になる】
【勇敢に……】
 余韻を残し、ドラムとギターが後奏を追える。拍手と歓声がその場に響き渡った。



●carry on
 ステージの転換が終わり、観客達は次の演奏はまだかまだかとそわそわしていた。それはこのライヴに招待されたジェシカも同じだった。心臓が気持ち悪いという表現はきっと他の人には理解してもらえない。でもそれほど、高揚していた。
 最初、リュカという人に誘われた時はあまり乗り気ではなかった。
 反撃の狼煙だと言われても、ライヴハウスという場所が、楽器の音が今は痛かったから。
 けれど今は来てよかった、と思える。やっぱり音楽は凄い。
 再び客席照明が落ちる。聞こえてきたのは、派手なSEではなく、カウントダウンだ。
【ten nine eight seven six five four three two one ――zero!】
 ステージが青一色に染まる。
 先程とは違い、白一色の衣装を身にまとったサーフィが飛び出す。
『今日は少し、弾けて行きましょう。皆様、ロックの時間です。……урааааааааа!!』
 サーフィの声に観客のボルテージが一気に上がる。ずどん、と腹に響くような音を蘿蔔とナイチンゲールが紡ぐ。レイとサーフィのギターも低音で激しい音の流れを生み出す。アキトはシャウトして観客を煽る、煽る。
【開けた匣 齧った林檎 痛みは走り出した お前の中から クレイジーな世の中 敵は己 もがく虫けら 立ち尽くす身体】
 シンバルが鳴る。バスドラムが裏打ちのリズムを刻む。曲の合間合間でナイチンゲールは観客達に拳を上げるように煽った。オーディエンスはすぐに応じる。そう、ここは誰にも邪魔されず、自由になれる空間だから。
【運命を切り開け 見えない敵から クレイジーな世の中 嘘と欲望】
 レイのギターが鋭い音を奏でる。一瞬の無音。
【break the chain】
 サーフィの音とレイの音がまた縺れる。ナイチンゲールと蘿蔔は彼らの邪魔をせず、けれど縺れた二つの音に遅れることのないリズムを生む。
【cry out! cry out!】
 アキトの声にレイとナイチンゲールの声が重なる。一人では消して出せない調和。そしてアキトはステージの右側前方を注視する。こちらに向けて拳を振り上げる観客にもっともってこいと言わんばかりに、歌った。
【引き返せない 呪われた未来 誰が本当で何が本当なのか】
 次は左側。アキトが来るのを待っていたかのように、観客達が手を伸ばす。
【cry out! cry out! 引き返せない 銀の剣を持て 誰が本当で何が本当なのか】
 レイとサーフィは目を合わせた。より一層二つのギターの音が響く。一つの旋律を二つの音色が違うギターが奏でる様は鮮やかだ。しかしそれを少しずつ蘿蔔とナイチンゲールが生み出す激しいリズムが覆っていく。はあはあと息苦しい。でもこの息苦しさは決して不快ではない。碧瑠璃のメンバーが心を一つにする。

 さあ、弾けろ!

【暗闇の中 お前が見極めるんだ】
 潔いという言葉が似合う、レイのギターの音が会場全体に響き渡った。
【break out!】
 アキトが歌いきると同時に音が止み、ステージが暗転する。
 代わりに割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がった。



●discoverd
「申し訳ないがその日はもう別のライヴハウスでの出演が決まっていて……ああ、またの機会に」
 紅琥珀と碧瑠璃が初ライヴを終えた翌日。
 両方のマネージャーとして舞台裏で警備に当たっていた喜久子の元にはひっきりなしに電話がかかってきていた。どちらかの人気が出ればいいと考えていたのだけれど、観客の反応はこちらを大きく上回った。紅琥珀と碧瑠璃。二つのバンドはそのファン層を重ねながらも、人気を獲得した。喜久子はメンバーの負担にならないようスケジュールを組み、出演交渉の対応をしていた。大変だが、きっこサン本当のマネージャーみたいじゃん! とカールに言われ、悪い気はしなかった。
(それに、こちら側から提案できるという点は作戦上大きい)
 リュカの提案を喜久子は思い出す。大きいハコと小さいハコを交互にしてもらい、小さいハコでのライヴ時、モスケールと監視カメラでのチェックをしよう、と。
 その作戦を開始してから、三週間後。
 モスケールに収穫はなかったが、監視カメラで成果があった。
『リュカ。何度もカメラに写っている女が居る』
 処理が施され見やすくなった映像の中、映り込むティアドロップのサングラスの女にオリヴィエは注目する。
『紅琥珀の時も……碧瑠璃の時も、居る。ライヴ、なのに、楽しんでいない、みたいだ』
「まあライヴハウスの一番後ろで腕組してみる人もいるけど――あやしいねえ、その人」
 警戒はしようか、とリュカとオリヴィエは頷きあった。
 その頃、紅琥珀は五本目のライヴを終了していた。
 関係者出入口から外に出たカールにサングラスをかけた大柄な男性と監視カメラに写っていた女が近づく。
「いやあ、いい演奏だったよ。ああ、私は怪しい者ではない。こういう者だ」
 男が差し出した名刺には、ある大手レコード会社の名前が書いてあった。そしてその横に営業部長の肩書も。
(こいつ)
 カールは少し身構えた。相手はそれを大手レコード会社の名前に対する緊張と受け取ったようだった。
「君の演奏、とてもいいと思ってね。どうだろう、うちの会社からデビューしないか?」
『あーオレだけだったらお断り。皆とじゃなきゃ意味ないし』
「まあそう言わずに……今度の君のオフの日に話そうじゃないか。是非連絡をくれ。ここのバーで待っているよ」
「ああそう、来るのは君一人で……お願いね?」
 女は艶っぽく笑った。男は名刺の裏にバーの場所と電話番号を走り書きして、カールに渡すそして二人は去っていった。その姿が見えなくなってから、カールは喜久子に電話をした。
「きっこサン、犯人が接触してきたぜ」



●Green Eyed Monsters
 カールと男が合う約束を決めたその日。
 リュカはオリヴィエと共鳴した状態で路地裏近くの屋根の上に居た。デースケに頼み、付近には規制線を引いてもらっている。また何があったらまずいと、バーの中に刑事も何人か待機させてもらった。
 ――警部補に感謝だね。
『ああ』
 その近くでユエリャンと共鳴した征四郎も控えている。その反対側の屋根の上には、同じく共鳴済みの蛍が居る。
 蘿蔔もレオンハルトと共鳴し、その姿を借りた状態で、バーから二、三軒離れた場所の軒下で待機していた。その隣にはナイチンゲールも居る。少し離れた場所には藍とサーフィ。
 喜久子とアキト、レイはもし犯人が逃げ出した場合に備え、バーの入口側で待機。
「君よくワイン飲むねえ」
『このくらい楽勝楽勝ー』
 バーから出てきたカールの足はおぼつかない。しかしそれはもちろん演技だ。少し風に当たろうかと男がカールを路地裏へと誘いこむ。カールは皆が待機している路地裏へと男を誘導した。
「……で、考えてくれたかい? デビューの話。メンバーにも話たんだろ?」
『あー……まだ。今はまだ回らなきゃいけないライヴハウスがいっぱいあるんで! だからこの話はーそれが終わってからでもいいじゃん? オレたちの腕が確かなことはあんたも分かったじゃんか』
 わざとカールは言葉に挑発の色をにじませる。
 と、男の気配が変わった。
「……そうか。デビューする気がないのか……それなら」
 男はサングラスを放り投げた。その瞳の色は、緑。
「今すぐ死ね! お前が居なくなれば、私がスポットライトを浴びる!」
 男の右手が炎を纏う。男が攻撃に移ろうとした瞬間、眩い光が辺りを包む。
「っ、なんだっ?」
『しつこい入待ち出待ちはマナー違反だ』
 屋根から飛び降りオリヴィエは相手に銃を向ける。その隙にユエリャン、蛍も降りてきた。ユエリャンはライヴス通信機を使用して、入口側で待機していた三人を呼び寄せる。走りながら、喜久子はアキトと共鳴した。アキトの外見に外はチョコレート色、内側は白の犬耳が生える。そしてその喉から生み出される声は。
『逃がさないからね!』
 アキトと喜久子、二人のもの。
 カールは男の脇を通り抜け、やってきたレイと共鳴する。ところどころに青メッシュが入った美しく長い銀髪。アシンメトリーの前髪。そしてタトゥーが出現する。左目周りから頬にかけて、某部族のシンボルをトライバル化したもの、右首筋には薔薇、左腕には蝶をメインとしたトライバル。
『……んじゃ、一仕事しようか』
 カールは男に銃口を向けた。
「ふん、数できたところで私に……いや私たちに勝てるわけが」
『それは君と同じくサングラスをかけた女性の事を言っているのかね?』
 ユエリャンが喉の奥で笑う。
『もしそうなら――彼女がここに来ることはない。何故なら、我輩達の仲間がおそらく』
「っ、馬鹿な!」
『お喋りは、そこまで、だ』
 オリヴィエは男の喉に狙いを定める。オリヴィエの意図を理解したのだろう、カールは男の足に狙いを定めた。ユエリャンは手を、蛍とアキトは顔を。
『ちょっとおいたが過ぎたねえ』
『我輩が彼らと同じにしてあげよう』
『許せませんわ』
『皆がどんな目にあったのか……身をもって知りなよっ』



「ちっ、なんなのあんたら!」
 緑の目を輝かせ、周りに無数の武器を展開した女が蘿蔔に向かって吠える。
「皆さん夢に向かって努力して……叶うはずだったのに。どうして」
「うるさいね!」
 女が蘿蔔に向かって、武器を飛ばす。それはナイチンゲールによって、全て叩き落された。退路を塞ぐように、藍とサーフィが女の背後に立つ。
『ロックは素晴らしいものです。……しかし、あなたにはそれが足りませんね』
「さて。もう一度聞いおこうか。……なぜこんな真似を?」
「ふん、そんなこと決まってるだろ! あいつらがいなくなれば、あたしが輝けるからさ!」
『……にいさま。潰しましょう』
 サーフィが怒りを滲ませた声で言う。同意の返事をする代わりに、藍は彼女と共鳴した。祭服のような衣装を纏い、紺色の目をした少年のような姿となる。すぐさま武器を構え、女の手足を狙った。女が藍の攻撃を避ける。しかし対応出来たのはそこまでだった。ナイチンゲールが女に重い一撃を叩き込む。
 女は戦闘不能となった。



●事件解決を迎えて
 サンクトペテルブルク警察署。
 藍とサーフィを前にして、デースケは話し始める。
「犯人は愚神ではなく、ヴィランだった。取り調べの結果、あいつらの動機は”嫉妬”。あいつさえいなければ……あの子さえいなければ、と。ちなみに男は活動十年目の売れないバンド、女の方は下積み中の女優だった」
 サーフィは緩く首を振った。
『……そんなことだから魂に響く音が紡げないのですよ。愚かな』



「皆さん、今回は色々とお世話になりました」
 イノセンスブルーのメンバーを含めた皆の前で蘿蔔は頭を下げた。
「いや、助かったのはこっちだよ。ありがとう」
「また機会があったら一緒に演奏しようよ」
「……あんたのドラム、回を重ねるごとに良くなっていった……また」
「そうだねぇ。また今度、事件なんて関係なく、やりたいねぇ」
 レオンハルトは今一度、全員の顔を見て。
『これで解散なのは寂しいね』
「うん。でもよかったです。すごく楽しかった」
 蘿蔔の言葉に、皆、やりきったと笑顔を浮かべた。



結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命



  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 難局を覆す者
    サーフィ アズリエルaa2518hero002
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    美咲 喜久子aa4759
    人間|22才|女性|生命
  • エージェント
    アキトaa4759hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
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