本部

心には届かない大嘘

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
3人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/28 23:33

掲示板

オープニング

●過去の出来事
 恐竜に似た形の雲が作られていた。青空だった。
 本郷香苗は夫の義史(よしふみ)と車で出かけていた。この日は香苗の誕生日で、デパートの中に新しく出来たケーキ屋にケーキを取りにいく予定だ。いつものルートでは並木通りを通る事はない。今日に限って、二人の気分が並木通りに向いていたのだ。
「君の誕生日なんだ。木々も歓迎してくれるに違いない」
「くす、良い言い回しね。ありがとう」
「そうかい? 詩人でも目指してみようかな」
「うーん、それほどではないかも」
 車は並木通りに向かった。
 木々は義史の言葉通り本当にめでたさを讃え始めた。風が木を揺らしているだけだが、香苗には違うように見えた。自然からもおめでとうと言われているのだと彼女は思った。
 後になって香苗は、あれは木のメッセージだった事には変わりないが、おめでとうとは言ってなかったのだと気づく。警告だったのだ。
 数分後、新聞紙に小さく乗る程の事故が起きた。突如として車の前に飛び出してきた人間に車の躯体が衝突したのだ。義史と香苗は飛び出して、すぐに様子を確認しにいった。恐ろしい事に、心中だったのだ。飛び出してきたのは大人の女性で、胸に赤ん坊を抱えていた。二人はすぐに救急車を呼んだが、女性は死亡してしまった。
 悩んだ挙句、二人は子供を預かる事にした。責任を持って育てると誓ったのだった。だが数年後義史は急性の病気で他界。香苗は一人で育てていく事になった。

●大嘘
 その赤ん坊も月日が立って成長すると、シングルマザーという状況に疑問を持ち始める。
「一つ聞きたいんだけどよ」
 美智佳(みちか)はある日の夕食時、思い切って切り出した。
「私が生まれてすぐ、親父はいなくなったんだよな」
「ええ。そうよ。父の顔を見させてあげられなくてごめんね。とても面白い人だったのよ」
「い、いや。別にそれはいいんだけどよ」
 不自然に歯切れを悪くしている美智佳は、言わずとも不審だった。彼女は何か相談事があるように香苗には思えた。だが言いづらく、香苗に気づいて欲しいのだ。
「どうかしたの?」
 香苗はすぐに尋ねた。
「昨日なんだけどさ。よくわかんない男が私の所に来たんだよ。私の父親だって言って。最初は嘘だと思ってたんだけど、なんつーか……。なあ、母さん。母さんって私に隠してる事ないよな」
「隠してる事?」
 香苗は食事が喉を通らなくなるという言葉を実感した。いくら咀嚼しても味がなく、いくら小さくしても飲み込み辛い。動揺を隠すのはこんなに大変なのだろうか。
 次に美智佳が取り出した物を見て、香苗は完全に動作を止めた。
「この記事に書かれてんのって、母さんだよな」
 美智佳は綺麗に切り取られた記事を取り出した。その記事には交通事故を起こして被害者として扱われていた時期の文章が書かれている。名前も記載している。
「ここ、引かれたのは女性と赤ん坊って書かれてる。この記事の年と私の年齢がちょうど一致してたり、母さんの名前が同じだったり……偶然だよな」
 嘘が下手な香苗は、自分の迂闊さを呪った。
「――ごめんなさい」
 ようやく出した声は、震えていた。唇の隙間から出てくる弱々しい音色は儚く響く。
 美智佳の母親は自分ではないこと。その母親を殺したのは自分であること。ずっと黙っておくつもりだったこと。全てを話した。香苗は話してる間ずっと、全てが夢のような気がした。美智佳も同じだった。そうであって欲しかった。夢でよかったのだ……。
 全てを話し終えた後の沈黙が、更に夢の雰囲気を醸しだした。今世界には二人しかいないようだ。
 夢でない事を認めたのは美智佳の方が早かった。そして全ての事実を聞き終わって美智佳はこう言った。
「私が殺人者の子供で……でも親は殺されて……。なんだよ、それ。どういう事だよ。母さん嘘だろ?!」
 香苗は答えられなかった。
「ずっとずっと母さんは母さんだと思ってたよッ! でも突然違うって言われて! ええッ?! なんだよ。今まであんたは私に嘘を吐いてきて、私はまんまとそれを信じてきたのかよ」
 頭についていた髪飾りを美智佳は取り外して、地面に叩きつけた。
 ――あれは遊園地に行った時、香苗がゲームセンターのコーナーで取った景品だ。
「大嘘つき。あんたの事なんか大嫌いだ」
 美智佳は立ち上がってリビングから出ていこうとした。
「どこに、行くの?」
「親父の所だよ。篠塚(しのづか)って言うんだろ? 警察に住所聞き出せば場所なんかすぐに分かる」
「待って! お願い。謝るから、謝るから許して」
 少しだけ美智佳の足が止まった。だが振り向かなかった。振り向かずに、そのまま走って外へと飛び出していった。

●オペレーターより
「夜に呼び出してすみませんが、依頼です」
 いつもの口調でオペレーターは口を開き始めた。調子もいつもと変わらない。彼女をロボットにたとえてみても違和感は何もない。
「近頃R市で発生している連続殺人事件の犯人の居場所が特定できましたので、あなた方にそこに向かって確保してきてもらいます。R市で行われている連続殺人事件は無差別で、犯人は快楽のためだけに行っていると考えるのが穏当です。至急、対処をお願いします」
 締めの言葉を言い終えてから舌の根も乾かぬうちに彼女は「あっ」と声を出した。
「こちら、犯人の証拠となり得る写真です。被害にあった女性の後ろを、ナイフを持った犯人が背後に佇んでいる所を監視カメラが撮影したものです。もし犯行を否定した場合、これをご使用ください」

●不審
 警察から住所を聞き出して、ようやく美智佳は父親の所へ辿り着いた。夜の事だ。家は本郷家からはさほど遠くなく、一時間弱歩けば到着する所にあった。
「よくきてくれたね」
「あんたが、親父なんだよな」
 美智佳は家を飛び出したが、未だに信じられない気分だった。完全に香苗の事を母親じゃないと断言しきれないのは、数々の思い出のせいだろう。
「してあげたいお話はたくさんあるんだ。中へお入り」
 開けられた扉の中に吸い込まれるように美智佳は入っていった。
 扉を閉めて、男は鍵をかけた。
「さあ、今夜はパーティだ」

解説

●目的
 連続殺人犯の逮捕。もし犯人の家に被害者が監禁されていた場合、救助。

●犯人
 名前は篠塚(しのづか) 功(こう)。過去に母親と娘を失い重い精神病にかかる。人を一人殺めて快楽を見つけ出してから無差別に殺人を犯し始めた。
 最初、あなた達が訪ねてきた時は紳士的に対応。この時、もし犯人だと言われたら「証拠は?」と聞き返す。その時はオペレーターから預かった監視カメラに映った写真の拡大版を見せれば良い。その写真には迂闊にも手にナイフを持って歩きまわる犯人の姿が映しだされている。
 正体がバレるとリンク状態になりあなた達に襲ってくる。ナイフ術を使い、奇術師のように巧みに扱いながら攻撃してくる。俊敏性も高い。

●犯人の家
 三階建てで、そこそこ広い家。家は街から離れて孤立した場所に立っている。
 戦闘は一階のリビングで行われる。そこそこ頑丈な壁と床なので壊れる事は滅多にない。強い衝撃を与えればヒビが入る。

●監禁された女性
 戦闘中、二階もしくは三階のどこかから「助けてくれ!」と声が聞こえる。

●本郷香苗について
 新聞にはまるで彼女が殺したように書かれているが、実は母親が赤ん坊と心中しようとしただけであり、本郷は殺人犯ではない。だが美智佳は新聞のせいで香苗が殺人犯であると信じて疑わなかった。
 美智佳は最後、家に帰ろうとして香苗に怒られるのではないかと恐れるが、香苗は美智佳の帰りをずっと待っている。

●美智佳の行動
 実の父親も殺人犯であると分かり、行く場所を失う。だが、香苗が殺人犯ではないと分かるような情報を与えられれば本郷家に帰るだろう。それ以外の方法でも本郷家に帰る事ができるだろうが、美智佳は最後にはこういって帰宅を渋る。
「母さんにはあんな酷い事を言っちゃったんだ。もう、帰れないよ……」

リプレイ

●犯人は誰だろうねぇ?
 突然の来客に篠塚は戸惑っていたようだが、すぐに客人をリビングへ招いた。質の良い高価そうな白銀色のソファーに最初に腰を下ろしたのは謂名 真枝(aa1144)だ。
「もう一度言うけど、ボク達はH.O.P.Eから来たエージェントだよぉ」
「既にお聞きしていました。そのエージェント様方が何故、私をお尋ねになられたのですかな」
 よっこらせと桂木 隼人(aa0120)もまた謂名の横に座った。
「手っ取り早く言うで。実はな、あんたさんに容疑が掛けられてんねや。その事について自分ら聞きにきたっちゅー事や。身に覚えあるやろ?」
 篠塚はかぶりを振った。
「覚えはありませんがね。何かの間違いと、いう訳ではありませんか?」
「うーん参ったねぇ。すぐ自白してくれれば簡単だったんだけど。少し調査してもいいかな、この部屋」
「それは困ります。大事な物も閉まってありますのでね。勝手に物色されてしまったら、こちらとしても相応の手を打つ必要があります」
 なかなかの厄介な対応に緊張が流れ始めた時、九字原 昂(aa0919)が携帯を取り出しモニターを確認した後、謂名にも共有した。
 篠塚に聞こえない声で九字原が言った。
「配置準備完了した模様です。そろそろ」
「はぁい」
 篠塚は手をこまねいて様子を見ていたが、机の上に出された一枚の写真を見て苦悶の声を漏らした。
「この写真はこの周辺で殺人事件が起きる前に監視カメラが撮影してた物だよぉ。この人をよく見てみれば、自然とキミだっていうのが分かるよねぇ? 手には何を持ってるのかなぁ。おや、ナイフを持ってるねぇ」
 ソファーに座らず身を立たせていた壬生屋 紗夜(aa1508)とヘルマン アンダーヒル(aa1508hero001)は、篠塚が立ち上がると同時に即時戦闘態勢に入った。
「犯人は……キミだね? 篠塚」
 謂名の顔面目掛け、ナイフが飛ばされた。
 壬生屋の刀に弾かれ、ナイフは天井に突き刺さった。
「これで決まりやな。現行犯逮捕や」
 壬生屋とヘルマンはリンクし、刀を構えた。
「こんなに早く正体がバレるとはね。私としたことが、少し不用心が過ぎたな。しかし全く問題ない。君たちにはここで消えてもらえばいいだけの話なのだからね」
「嗜好について何か言える身ではありませんがすでにあなたは己の意思で一線を越えています、お覚悟を」
 指と指の間にナイフを構えた篠塚は眼光を鋭く光らせた。

●空から聞こえた悲鳴
 机がひっくり返るような音が聞こえて、外で待機していた六人は戦闘が始まった事を知らされた。
「始まりましたね……」
「会社サボって来たのはいいんですが、場合によっては会社に居た方が良かった気もしますね。なかなか手を焼きそうです」
 木下 圭一(aa1634)達一行はしっかりと身を潜めて出番を待っている。彼らは犯人が逃走を図った時に備えて外を見張っているのだ。
 重体の怪我を多少和らげた源 沙織(aa1625)はケアレイを止め、中の様子を耳でしっかりと窺っている。
 すると、突然彼女の耳に声が届いた。
「皆さん、少しよろしいですか? 今二階か三階の方から助けを求める声が聞こえました。もしかしたら犯人に捕らえられている人がいるのかもしれません」
「上からか? ……ヴァル、直接行けそうか?」
 赤城 龍哉(aa0090)は暗がりに身を潜めてしっかりと周囲の様子を観察していたヴァルトラウテ(aa0090hero001)に言った。
「問題ありませんわ。ですが、二階と三階のどちらかが分からないのならもう一人欲しいですわね。私一人だけだと時間がかかります」
「それなら……ナハト、任せたぞ」
 ヴィント・ロストハート(aa0473)は彼の英雄、ナハト・ロストハート(aa0473hero001)に命じた。
「分かりました。それなら、敵の注意を向けないように気をつけなければなりません。特に侵入する時なんかは」
「ガラスを割るくらいなら大丈夫でしょうか」
「敵がいるのは一階で、ガラス張りの窓は三階にもある。三階からの侵入とすりゃ大丈夫だろ。裏口からの侵入経路も見つけたが、万が一バレたらって時の事考えると強引でもこっちの方が良さそうだしな」
「人質を取られると面倒ですからね。それでは参ります!」
 ヴァルトラウテ、ナハトがそれぞれ二階、三階の捜索へと向かう。彼女らは天高く舞い上がる。
「失礼しますわ!」

●奇術師
 縦横無尽に駆け巡るナイフが攻撃を妨害していた。奇術師のように操られたナイフはただ阻害するだけでなく、主さえも守るのだ。
 緩む事なく繰り出される高速のナイフを刀で弾きながら、壬生屋は篠塚の動きを捉えていた。
「私のナイフを全て捌く事がはたしてできるかな? 今夜のパーティメンバーに君たちも加えてあげよう。今日は賑やかで楽しいよ!」
「面倒だなぁ。ボク達はつまんないパーティに参加する気はないよ。一人で勝手にやってればいいんじゃないかな」
「無駄口を叩けるのも今の内だけだ!」
 すると篠塚はナイフの攻撃を止め、眼前に幾百ものナイフを空中で止めると、一斉に投げつけた。
 九字原と謂名は咄嗟の所で躱したが、壬生屋は足に深く三本の刃が突き刺さっている。
「くっ……やりますね……。そう簡単に決着を着ける事はできそうにありませんか」
「いや見てください、あれ」
 篠塚は今の攻撃で全てのナイフを使ったようだ。故に、次の行動までにワンテンポを要する。手元にナイフを失っているからだ。
「今見せた隙を利用するのです」
「それでも今の隙は一瞬だったよぉ。それに、万が一隙をつこうとしても、動きが素早いから避けられるかもしれないねぇ」
 壁に突き刺さったナイフだが、篠塚が肘を曲げるとワイヤーで繋がっていたか何かで一瞬にして持ち主へと戻っていったのだ。
「なら、こちらで攻撃を仕掛けつつ壁際に追い詰めて避けられなくすればいいのです」
 三人が即席の打ち合わせをしていると、全てのナイフを手元に戻した篠塚が口を笑みで歪めてナイフを両手で握った。
「何をしても無駄だ。君たちはここで終わるんだからね。ほらほら、無残にナイフで切り刻まれる所を想像してみたまえ!」
 一向に攻撃せず焦らす三人に、篠塚も感情が昂ぶっているようだった。

●美智佳には苗字がない
 彼女は縄で縛られ、薄暗く肌寒い部屋で下着以外の衣服を許されない姿でうつ伏せにさせられた状態で見つけられた。
 ヴァルトラウテを見た少女は驚いて身を固くする。
「驚かせて御免なさい。H.O.P.E.のエージェントはご存知?」
「エ、エージェント……?」
 一呼吸置いた後、彼女は大きく頷いた。
「し、知ってるぜ」
「なら話は早いですわ。私はあなたを助けに――」
「お、お願いだ! 早くここから出してくれ! 怖い、怖いんだ。死にたくない!」
 ヴァルトラウテの言葉を最後まで聞かず、叫ぶように言った。階下に聞こえないよう彼女の口はヴァルトラウテの手で塞がれる。
「大丈夫、これ以上危害など加えさせません。少し落ち着くといいのですわ。あなたのお名前は?」
 口から手を外され彼女は大きく息を吸って飲み込んだ。荒かった息が少しずつ落ち着きを取り戻す。
「美智佳」
「分かりました。それでは美智佳さん、拘束を解きますので動かないでください」
 手際よく縄は解かれ、美智佳の拘束は解かれた。ヴァルトラウテは周囲を見回し服を探す。
「これを着てください。風邪を引いてしまいますわ」
 美智佳は服を受け取ると、羞恥が出てきたのか顔を赤くしてセカセカと着替えを終えた。
「落ち着きましたか?」
「あ、ああ……落ち着いたけどよ」
 美智佳は地面に腰を下ろした。
「わりぃ、嘘だ」
 ヴァルトラウテが彼女と視線を揃えるために膝をついたところで、美智佳が突然、泣きついた。
「よしよし」
 恐怖の存在に気づかせないためか、彼女は声を必死に抑えながら泣く。ヴァルトラウテは彼女の背中を擦りながら、泣き止むのを待っていた。
 美智佳の泣き声を聞きつけて、その部屋にゆっくりとナハトが入室する。ヴァルトラウテはナハトに振り向いて唇に人差し指を乗せ、ナハトは静かに頷いた。

●追い詰められた奇術師
 ナイフの連撃を躱しながら歩みを止めず、篠塚を壁際まで追い詰めた。
「ふん、小賢しい。これで終わりにしてやろう」
 篠塚は自分の周囲に回転するナイフを何十本も浮かし始めた。
「今宵のゲストは八つ裂きだな! 行けッ、しっかりと持て成すんだぞ?」
 回転していたナイフが突如として無限に屋内を動き始めた。石のように天井や壁にあたっては跳ね返る。三人はソファーの陰や家具に隠れながらやり過ごすが、壁際に追い詰めたものの攻撃ができなければ意味がない。
「つくづく面白い事をする敵さんだなぁ」
「まだまだ! 十本、また十本ッ! 更に十本!」
 篠塚は目を見開きながら十本ずつ飛び回るナイフを追加しはじめる。その最中、ソファーの後ろに隠れている壬生屋と九字原が小声でこそこそと何かを話し合っていた。
「隠れても無駄だな! ――見つけた、そこだ!」
 一本のナイフを篠塚は構えた。だが、彼が投げる前にソファーから九字原が顔をだす。
「ちょっとキミ! 危ないんじゃないのぉ?」
 二人の小声の会議が聞こえなかった謂名には、突然立ち上がった九字原を自殺行為としか思えなかった。
 すると彼は突然、二本の剣を篠塚に向かって投げ始めた。室内で踊っていたナイフは当たり前のように主を守るため二本の剣を弾こうと何本かが一箇所に集う。だが全てのナイフが集まった訳ではなく、たった数本。まだ多くのナイフが跳ね返り続けている。
 篠塚に向かって走り始めた九字原に向かって、十本のナイフが集まり始めた。四方八方からだ。
 九字原は前方から飛ばされたナイフを土台にして飛び上がると、天井に突き刺さっていた一本のナイフを掴んで抜いた。すると、九字原はナイフを素早い速度で篠塚に向かって投げつける。
 何本もあるナイフの中、一本が違う動きをしていても誰が気づく事ができるだろうか。
「な……くッ!」
 九字原の投げたナイフは何の妨害も受けず篠塚の腹に刺さった。集中力を大きく削がれたせいか、彼の操るナイフは突然動きを止め床に落ちた。
「そういうことかぁ。こんなにたくさんナイフが飛んでるんだから、一本くらい違う動きをしてたところで気づく訳もないもんねぇ」
 篠塚は再びナイフを起き上がらせようとするも、その努力は虚しく一本も動く気配がない。
「おとなしく投降してください」
「まだまだ足掻かさせてもらおうか……。君たちはこの家の主が私であるという事を忘れているらしい。残念だったな、またどこかで会おう」
 篠塚は逃げこむように右手側にある扉の中に入った。
 壬生屋は咄嗟に追いかけようとしたが、足の傷が痛む。
「ま、大丈夫でしょぉ」
 篠塚が逃げたというのに、謂名はやけに余裕だ。

 というのも、こうなる事が簡単予想できたからだろう。
「どうも」
 木下の放った銀の弾丸が、篠塚の体全体にダメージを行き渡らせた。
「ったく、出番をやったんだから感謝しろよ」
「はいはい、ありがとうございます」
 赤城が土木の肩を叩いた。
「まあ何はともあれ、これで事件解決だ」
「そうですね、お疲れ様です」

●拷問、及び調査の末
「ようやっと吐いてくれたわ。骨折れるでほんま。全然喋らんかったからな最初」
「あんたの行き過ぎた拷問を止めるのも一苦労だがな」
「おお、すまんかったな」
「実際、篠塚さんは骨折れてたのですけれどね……」
 風呂場からヴィント、桂木、九字原が出てきた。
「拷問の結果を聞かせてもらおうかなぁ」
 メモを取っていた九字原が率先してズタボロのソファーでくつろぐ謂名に取り調べの成果を発表した。
「言わなくても分かる事ですが、犯人は精神異常者でした。それから事前調べ通り、彼は昔に家族を無くしています。娘さんと、お嫁さんですね。精神を犯された原因はそれだと予想がつきます。人を殺し始めたのはそれから、とおっしゃってましたから」
「ふぅん、なるほどねぇ。つまり罪を認めたんだねぇ」
「そうなりますね。後はH.O.P.Eにお任せしましょう」
「そうだねぇ。ところできみ、ボク達が戦ってる間どこにいたのかなぁ?」
 謂名は桂木と目を合わせた。
「前の依頼のせいで体がまともに動かんくてな。隠れさせてもらっとったわ。すまんかったな」
「いいんだけどねぇ。守ろうと思ったらいなかったからぁ」
 ヴィントは横目で、ヴァルトラウテに肩を借りている美智佳を見た。
「あれからは何か聞けたのか」
 源が声を出した。
「はい。彼女はこう言ってました。――実は、彼女は犯人の娘だったのです」
 今まで血の繋がってない人物に育てられた。
 その人物は人殺しだった。
 今まで嘘をつかれていた事に憤りを覚え、家を抜け出し、ここに来た。
 ――結果、実の親も人殺しだった。
「帰る場所がない、と」
 源は美智佳が語るべき言葉を全て代弁した。美智佳は涙を枯らしていて、目は赤く腫れている。
「でも、どうすんだよ。帰らないとだめだろ」
 赤城が美智佳にいった。赤城の言う通り、帰らないとだめなのだ。
「無理に、決まってんだろ……。母さんにはあんな酷い事を言っちゃったんだ。もう、帰れないよ……」
 悲しみに暮れる美智佳の額に痛覚が走った。
「いてっ」
 驚いた美智佳は顔を上げた。そこには、笑顔で美智佳を見ている赤城の姿があった。デコピンだ。普段ならなんだなんだと美智佳は騒ぐ所だが、今は静かだった。餌をしっかりと待つ子犬のようだ。
「自分の思い込みだけで相手の反応まで決め付けるもんじゃねぇよ」
 赤城は続けた。
「母親に悪い事したと思ってるなら、まず謝るこった。話はそれからだ」
「思ったんだけどさぁ。きみの母親って本当に殺人犯だったの?」
 謂名の突拍子もない意見に、ナハトが同調した。
「そうですね。あなたの母親が殺人犯だって書いてあったのは記事なんでしょう」
 美智佳は頷いた。
「新聞に書いてある事が全部本当だとは限らんで」
「私もそう思います。……なので、今ここでH.O.P.E本部に連絡を取ってみて、その事件の情報を貰えないか聞いてみませんか?」
「自分が聞いてみましょう。ちょっと待ってくださいね」
 木下が携帯機を取り出してH.O.P.Eと連絡を取った。十分程で通信は終わる。
「警察に確認を取ってもらったのですが、本郷香苗さん――美智佳さんのお母さんは無実だそうです」
 美智佳はまた驚いた。デコピンされた時よりも驚いていた。
「本当かよ?!」
 どこか嬉しそうな驚き方だ。
「な、言ったやろ」
 でも――美智佳の言葉はそこから紡がれた。
「でも、人殺しなんて言っちゃったんだ……。本当に許してくれるのかな」
 すると、腕を組んで目を瞑りながら美智佳の言葉を聞いていたヘルマンが口を開いた。
「少女よ」
 美智佳は厳格な声のした方に少し目を背けながらも体ごと向けた。
「我が神の教えに互いに赦しあえとある。この赦しとは曖昧な誤魔かしではない。赦しも裁きも相手と己に正しく向き合った先にしかないのだ」
 難しい言葉だが、美智佳の心には届いてるだろうか。
「下手を見れば、本郷香苗は悲しみの果てに死を持って安らぎを得る事も考えうる」
「死ぬって事かよ?!」
「ま、まあそれは言い過ぎですよ」
 九字原が苦笑いを浮かべて、すぐに弁解に入った。
 ヴァルトラウテがここで、人差し指を立てて美智佳にこう提案した。
「目を閉じて思い出すと良いですわ。あなたの母親が、今までどうあなたを育ててきたのかを」
 美智佳は言われた通り目を閉じ、思い出を振り返った。その時、遊園地に行った時の楽しい思い出がふと蘇った。投げ捨てた髪飾りはその時手に入れた物ではなかったか。
 枯れたはずの涙が頬を伝った。
「血が繋がってなくても親なんだろぉ? 親らしい親がいるならさっさとそこに帰ればいいんじゃないかなぁ」
 退屈そうにソファに寝転がっていた謂名が言う。親らしい親がいない謂名だからこその言葉だ。
 美智佳は目を開けると、よしっ! と涙で濡れた頬を叩いた。
「帰るわ、私」
「おう、それでいい」
 美智佳の背中を、赤城が優しく叩いた。
「じゃあな! ……そんで、ありがとな」
 美智佳は表玄関から走って帰路を辿っていった。護衛が必要かと剣を握る手を抑えながら壬生屋が提案したが、美智佳は走り去ってしまったのだった。
「これでよしっと……お疲れ様でした、みなさん」
 源が壬生屋の足に出来た傷を治し立ち上がりながら言った。
 解散の雰囲気が流れ始め、寝転がっていた謂名も身を起こした。
「もうこの家には用無しかな? 他の被害者とかの情報は特に無し?」
「特に情報となるものは何も見つかりませんでした。――あ、ですがただ」
 木下は一枚の写真立てを取り出した。
 その写真には赤ん坊を抱く若い夫妻の姿が写っている。
「使用目的のよくわからない部屋に、これが」
 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。即ち、エージェントのお役御免の時が近づいてきたということだ。もしエージェントが何かを見落としていたとしても、警察が上手く探してくれるだろう。
 古びた写真は机の上に置かれた。恐ろしいくらい、その光景は自然のように思えた。

●本郷美智佳
 本郷家のチャイムが鳴ると、香苗はすぐに扉を開けた。
「……た、ただい、ま」
 美智佳は緊張して舌が上手く動かなさそうにしている。
 香苗は黙っていた。どうして黙っているのか、何かに恐れて目を瞑っている美智佳には分からない。怒るのを堪えているのか、それとも今まさに怒ろうとしているのか。
 美智佳は怒られる前に、先に謝ろうとした。
「ご、ごめんな――」
 彼女の体は、暖かな体に歓迎された。
「よかった、よかった。――生きててくれてありがとう、ありがとう……」
「母さん……? 怒らないのかよ……」
 美智佳は母の胸に抱きしめられながら言った。まだ頭が展開に追いつかず、感情がぼんやりとしている。
「怒る訳ないでしょ」
 香苗は一度言葉を切った。切ってそして、もう一度口を開いた時、そこには母の愛があった。
「迷子になった娘が無事に帰ってきてくれて怒る母親が、どこにいるもんですか」
 ぼんやりとした感情は、やがて明確な物になっていった。枯れても枯れても流れる涙のせいで、美智佳の目は真っ赤だ。
「ありがとう、母さん」
 本郷美智佳は言った。
 恐竜に似た形の雲が浮いていた。綺麗な夜空だ。まあるい月も出ている。こんなにも綺麗なのだから、恐竜も時代を飛び越えてきたのだろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ただのデブとちゃうんやで
    桂木 隼人aa0120
    人間|30才|男性|攻撃



  • 恐怖を刻む者
    ヴィント・ロストハートaa0473
    人間|18才|男性|命中
  • 願い叶えし者
    ナハト・ロストハートaa0473hero001
    英雄|18才|女性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • 名探偵
    謂名 真枝aa1144
    人間|17才|男性|回避



  • ヘイジーキラー
    壬生屋 紗夜aa1508
    人間|17才|女性|命中
  • エージェント
    ヘルマン アンダーヒルaa1508hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
  • エージェント
    源 沙織aa1625
    機械|16才|女性|攻撃



  • エージェント
    木下 圭一aa1634
    人間|28才|男性|攻撃



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