本部

冥府の川の渡し守

影絵 企我

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/15 23:16

掲示板

オープニング

●ブリーフィング
「今回の任務は、この頃出現と消滅を繰り返しているドロップゾーンの破壊です」
 君達は一つの部屋に集められ、スクリーンに映る世界地図を見つめていた。細いラインが無数に地図へと描かれていく。
「先日は山手線にてその存在が確認されましたが、各地の観測情報と照合したところ、様々な地点で類似するデータが確認できました。恐らくは、全て同じ愚神によって展開されたものと思われます」
 赤いラインは、蜘蛛の巣よりも密に地図上で絡まり合う。
「そのドロップゾーンは蒸気機関車の形をとり、様々な鉄道を深夜から明け方に行き来しています。アメリカ横断鉄道やシベリア鉄道といった巨大な路線から、TGVや中国高速鉄道といった高速鉄道。ロンドンのアンダーグラウンドでも一度観測されています」
 地図は日本へとフォーカスを当て、ズームインを繰り返す。東海地方全体をギリギリ収めた辺りで止まり、一本の青いラインを地図上に描いていく。
「これまでは被害を食い止めるので精一杯でしたが、この出現情報を加味して予知を行った結果、このドロップゾーン……通称幽霊列車は明朝に東海道新幹線を東京から新大阪まで突っ切る事が明らかになっています」
 オペレーターは君達を見渡す。
「よって、今回は皆さんにこの列車の中に乗り込み、ゾーンルーラーである愚神……通称カローンの討伐を行ってもらいます」
 地図は消え、先日エージェントが残していた幽霊列車の写真や映像が矢継ぎ早に流されていく。車掌の格好をした男が、幽霊列車の扉越しに、カメラをじっと見つめていた。その客車の中には、大勢の人影が漂っている。
「山手線に幽霊列車が現れた際は、一体のケントゥリオ級従魔によって“切符”と呼ばれる何かが配られ、それによって人々を洗脳し操っていた事が確認されています。共鳴した皆さんならば、全くの無効果とまでは言えませんが、それほどの影響はありません。なので、敢えてその従魔から切符を受け取る事で、列車内への進入を試みてください」
 続いて流れるのは、駅員従魔オボロスと、人影のような従魔ロールシャッハとの戦い。人影がうねうねと蠢きながら、エージェント達を翻弄したりしなかったりしている。
「これらはカローンの指揮下にあると考えられる従魔です。カメラを通した映像では分かりにくいですが、眼にした者に対して幻惑を見せるなど、様々な搦め手を用いて攻撃を行ってくるようです。カローンも似たような能力を行使する可能性があります。対策を考えておくといいかもしれません」
 再びホームの映像に戻る。エージェント達が列車に対して何度か攻撃を見舞ったが、どれもドロップゾーンの纏う不思議な重力に掻き消されてしまった。
「最後に、プリセンサーの予知によると、切符を手放した場合、最悪ドロップゾーンから弾き出されてしまう可能性が指摘されています。作戦を遂行する場合は、この点に留意してください」

「現状で報告できる点は以上です。皆さん、くれぐれもお気をつけて」

●冥銭を握りしめ
「列車に乗る方は切符をお取りください」
 機械のように、靄で出来た駅員は誰かれ構わず切符を差し出す。それがエージェントだとしても、気にも留めない。君達は難なく彼から切符を受け取ると、そのまま東京駅のホームへと向かう。切符を手にしていても、幻惑の類は見えない。しかし、どうにも目の奥が痛んでくる。階段を昇っただけなのに軽い動悸がする。余り時間をかけて戦えそうにはなかった。

「東京駅、東京駅。次は、終点、冥府」

 ホームで待っていると、朝霧を切り裂き漆黒の蒸気機関車がホームへと侵入してくる。十両編成、先頭の車両は濛々と黒い靄を吐き出している。切符を握りしめた君達の前に、客車はするすると入り口を開く。
 中に入ると、そこは宇宙のように真っ暗な世界が広がっていた。中で四列に席を並べ、ずらずらと座っている黒い影。その姿は何処か滑稽に見える。
「切符を確認いたします」
 現れたのは、車掌姿の青年。蒼白い肌をして、彼は君達へ向かって静かに手を差し伸べていた。君達は切符を青年――カローンへと見せつける。
「確認いたしました。……貴方達がこの列車に乗った理由は分かっています。力づくで止めれば宜しい」

 カローンは帽子のつばを撫でる。その瞬間に列車は動き出し、君達は一瞬で後ろへすっ飛ばされ、最後尾の壁に叩きつけられた。

「……出来るものなら」

 人影が立ち上がり、君達へと向かってくる。戦いの火蓋は切って落とされた。


以下解説


メイン カローンの討伐
サブ 一人も脱落者を出さない

ENEMY
☆ケントゥリオ級愚神カローン×1
 移動型の特殊ドロップゾーン幽霊列車を駆る愚神。人間を冥府に送るのが自分の使命と考えている。
●ステータス(PL情報)
 特殊抵抗B、他C以下
●スキル(PL情報)
・ゾーンルール『幽霊列車』
 蒸気機関車の形を取ったドロップゾーン。様々な線路を自在に行き来する能力を持っている。
[“切符”を持っていないPCが存在する場合、ドロップゾーンから離脱させられる]
・切符
 オボロスに託した切符。これを持っているとドロップゾーンへの侵入権が与えられるらしい。
[所有しているPCはEP毎に特殊抵抗判定。勝利した場合は0or1、敗北した場合は1~3、特殊抵抗を減少させる。特殊抵抗が0の場合は判定を行わず、生命力を5減少させる。]
・オルフェウス
 竪琴を奏でる。列車中に響き渡る音が、聞いた者の心を惑わせる。
[全PCに特殊抵抗判定。敗北したPCは“次の”メインフェイズをスキップする。奇数Rに行う]
・アエネーイス
 兵士の幻影を呼び出し、突撃させる。心が揺らげば防御は困難。
[魔法、DZ内全体が対象。全PCに特殊抵抗判定。敗北したPCは回避も防御も行えない。偶数Rに行う]

解説

☆ケントゥリオ級従魔オボロス×1
 黒い靄が駅員の制服を纏ったような姿をしている。運転席から現れ、君達の下へ向かっている。
●ステータス
 両防御C、他D以下
●スキル
・不定形
 定まった形を持たない肉体を直接斬るのは困難。
[単体攻撃のダメージが半減する。プレイングで無効化できる]
・混信
 従魔の放った靄に触れている間は様々な幻覚を見てしまう。
[自らを中心に、範囲1程度のエリアを生成する。PCがその地点に侵入した場合、命中と回避が半減し、エンドフェイズにダメージを受ける。このエリアは従魔撃破まで消滅しない]

☆デクリオ級従魔ロールシャッハ×10
 客車に座る乗客の集団を象る影。それを目にした者の心のままに変貌する。
●ステータス
 生命力のみ高め
●スキル
・変貌
 相対した者に応じて姿を変貌させる。
[キャラクターによってランダムに効果を発動させる。無効化も可能]

FIELD
・一般的な列車。二列×二の座席の並んだ車両が十両。一両の長さは10sqほど。
・ただし、ドロップゾーンの外殻は視認できない。適当に動くとぶつかってしまう。
・通路は人一人がやっと通れる程度。近接武器を適当に振り回すのはお勧めしない。
・八人が同時に戦う位置取りを確保するのは難しい。隊を分けるのも手。


TIPS
・特別なトラウマが無い場合、ロールシャッハは不思議な影絵のような姿を取る。
・非常時には切符を破ろう。離脱させてもらえる。
・列車内の椅子は壊せる。しかしアエネーイスに対する遮蔽としても使えるので一長一短。

リプレイ

●ホームにて
『あの影は乗客になって失踪してしまった人たちだったモノでしょうか……?』
 ホームで電車の到着を待つ間、時鳥 蛍(aa1371)は愛用のタブレットPCに言葉を打ち込む。戦いを前にして浮かんだ、小さな疑問。いつもならそれを隣のグラナータ(aa1371hero001)に見せるところだったが、今日は独りで画面に向き合っていた。
《この幽霊列車の主を倒せば、失踪事件は終わる寸法ッス。ここが頑張りどころッスな》
 グラナータは全力で目を凝らしてタブレットの文字を読み取り、余所見しながら上ずった声を発する。というのも、ついこの間の戦い以来、まともにコミュニケーションを取ってくれなくなってしまったのである。
「……」
 蛍はちらりとグラナータを振り返る。冷たい無表情。グラナータは必死に笑みを繕うが、結局蛍はタブレットに目を戻す。
『覗きましたね』
 その文字を見て、グラナータは肩を落とした。罪悪感やら寂しさやらで泣きたくなる。
《やっぱり簡単にごまかされてはくれないッスね》
 蛍とグラナータの距離は、今日も埋まりそうにない。隣で見ていた五十嵐 七海(aa3694)は、ちらりとジェフ 立川(aa3694hero001)に目を向ける。
「影の数は十体……あと少し早く動けば助けられたかも知れない人達かな……」
『自分を追い詰め過ぎるなよ。間に合わなかったものはもうどうしようもない』
 ジェフはアルミの携帯灰皿に吸い殻を強く押し付ける。七海は小さく肩を落とすが、その拳は固く握り締められていた。
「気合が抜けないよう自分を律するだけだよ」
 仕方ないと判っていても、気を許したら戦いに言い訳が出そうだから。影に惑わないように、戒める為に、心に刻む。深く息を吸い込むと、彼女は隣に寄り添う麻端 和頼(aa3646)の横顔を見上げる。
「影に惑わされたら、和頼に支えて貰う。和頼が惑わされたら私が支える……頼るから、頼ってね。和頼」
「……おう」
 和頼は小さく頷く。七海も頷き返すと、華留 希(aa3646hero001)にも目配せした。
「希も……頼りにしてるよ」
 希は満面の笑みを浮かべると、幻想蝶を手にして大きく伸びをした。
『ヨーシ、今度コソぶっ倒ーす!』
「盛り上がった所悪いが、今回はオレが前に出るぞ」
 そんな彼女の頭を押さえるようにして、和頼は希と共鳴する。炎が房のようになった尾が伸び、髪の毛も紅蓮のように揺らめく。
『エエエ?! 面白かったのニ!』
「たりめーだろ。ここは俺が行くっきゃないだろうが」
 彼女が戦意を固めたのに、その隣に自分が立たない選択肢など無かった。切符を幻想蝶に収めた瞬間、線路の彼方から汽笛が響く。和頼は歯を剥き出し、槍を握りしめる。
「さぁて、来やがった」

●先頭車両を目指せ
 列車が動き出した瞬間、最後列の壁に叩きつけられたエージェント達。手を突いて見えない壁に取り囲まれている事を確かめながら、御神 恭也(aa0127)は立ち上がる。
『銀貨の代わりが切符ですか……意外と現代に即してるのですね』
「線路が川、D51が船といったところか」
 不破 雫(aa0127hero002)と軽口を交わしつつも、剣を抜いて車内を歩き出した。椅子と椅子の間は狭く、武器を構えて歩く事すらままならない。
「列車内と聞いて覚悟はしていたが、予想以上に戦い辛いな」

「貴方達に問おう。……我々が、貴方達にはどう見える?」

 列車の彼方からカローンの声が響く。その瞬間、座席に座っていた人影が一斉に立ち上がり、通路の中心に集まった。恭也の眼には、その影が血まみれの両親に見えた。事故で今まさに死んだ両親に。その痛ましい姿に息を呑みかけたが、雫は何とかクールさを保つ。
『……あれは、幻影です。心を乱さずに対処してください』
「解っている……」
 無数の戦いを潜り抜けた恭也の心は揺れない。剣を構えると、素早く跳び上がった。地不知を発動し、その脚を天井に留める。
「解ってはいるが、死者を冒涜する輩を赦すつもりは無い」
 切符が歪な光を放ち、エージェント達のライヴスを蝕む。スーツの胸ポケットを押さえ、迫間 央(aa1445)は顔を顰めた。マイヤ サーア(aa1445hero001)は微かに声を絞り出す。
『……この切符、長く持っているのは危険かもしれないわね』
「なら、速攻でカタを付けるまでだ……!」
 央もまた地不知を発動して見えない壁に足を付けると、黒い幻影を他所に彼方に立つカローンを目指して走り出す。
「行くぞ御神」
「……承知した」
 央は客車内に漂う影をよそに、恭也と共に前方へと足を進める。その眼に映る影は、おぼろげな女性の影としか見えなかった。
『(……やっぱり、そういう事なのかしら)』
 意識の奥底で、マイヤは一人呟く。

 彼女が自分の奥底を自ら見つめた今、魔女は二人の前に現れなかった。

 車内を優雅に飛び回る蝶。近寄ってくる影を往なしながら、世良 霧人(aa3803)と共鳴したクロード(aa3803hero001)は前線を押し上げていく。しかし、通路では盾を真正面に構える事さえ出来ない。
『座席があるのでかなり狭いですね。皆様の邪魔にならないようにしなくては……』
「通路に陣取っちゃうとぶつかりそうだし、座席を外した場所に陣取るのも手かな」
 和頼が丁度槍を振り抜き、座席を一つ吹っ飛ばした。クロードはその場に滑り込み、盾を構えて影の攻撃を引きつける。
『今です。攻撃を』
 クロードの言葉に応じるように、氷鏡 六花(aa4969)は魔導書を開く。氷の翼の幻影が、夜闇の中で白く輝いた。
 次の瞬間には何枚もの氷の鏡と共にダイヤモンドダストが舞い散り、氷の人影を冬の世界の中へと閉ざしていく。その影が微笑む両親を象っていようが、最早少女の心が揺らぐ事は無い。
 誰も悲しまずに済む平和な世界を創る為、愚神は全て殺し尽くす。絶対零度の誓いを胸に、六花は車内を薙ぎ払いながらドロップゾーンを進む。
 落ちた氷の羽根は、黒く澱んだ輝きを秘めて消えた。アルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)はライヴスの僅かな澱みを感じながら、密かに気を引き締める。
『(揺らいではいけない……私が踏み止まれなかったら、いよいよ……)』

『こんなに狭いんじゃ、弓を引くのはちょっと無理だな』
「ライフルを構えるのも結構大変だね……」
 車両の最後尾で銃を構えると、七海は一つ先の車両に陣取る影に狙いを定める。先行した仲間の背中を襲わせるつもりは無かった。
「和頼、左に避けて」
「頼んだぜ、七海」
 影と直接対峙していた和頼は、槍で影の中心を貫く。朧げに漂う影には、争いに明け暮れていた頃に出遭った無数の眼が浮かび上がる。恐れと蔑みに満ちた眼だ。和頼はその眼に笑みを向けてやった。
「……何てこたねえ。今の俺にとってはな」
 通路越しに、一発の弾丸が鋭く飛び抜ける。高らかな銃声と共に影は貫かれた。断末魔の叫びも無く、影は闇の中に消え去った。
『消滅確認! サッサと先に行こー♪』
「一々うるせえな……ったく」
 盛り上がる希に苦笑しつつ、背後の七海と目配せした和頼は駆け出した。次の車両に乗り込むと、先行組の後を追いかける影に向けて槍の穂先を叩きつける。切り裂かれた影は、ふわりと揺れて元の形を取り戻そうとする。
「させません……!」
 椅子の上に乗って低く構えた七海は、背もたれをバイポッド代わりにして反動を殺し、影に向かって何度も引き金を引く。跳弾して乱れ飛んだ弾丸は、影を容赦なく引き裂き、霧散させた。

「我らは影。貴方達の心のままに、形を変える者」

 汽笛がドロップゾーン全体に轟く。どこからともなく現れた影の兵士が、盾と槍を構えて列車内を駆け抜けた。クロードは盾からライヴスを放散させ、兵士を正面切って迎え撃つ。
 盾と盾がぶつかり合い、火花が散る。クロードは押し退けられそうになりながらも、必死にその場で踏みとどまった。
『ならば御引取下さい。影は影に……!』
 盾を振り抜き、兵士を振り払う。その隙に、六花はクロードの脇を縫って飛び出し、先の車両に立つ車掌姿の従魔、オボロスへと先制の吹雪を叩きつける。オボロスは身構えたが、椅子も吹き飛ばす強烈な一撃の前には無力。全身がこま切れの煙となって吹き飛んだ。傍で見ていた霧人は、その攻撃の苛烈さに思わず息を呑んでしまう。
「す、すごい……」
 その呟きを聞いたのか、六花はちらりと振り返る。その眼は極地のような冷たさを秘めていた。霧人が何も言えないでいるうちに、六花は先の車両へと踏み込んでいった。
「……あの子、前はあんな風だったかなぁ」
『いえ、決してそんな事は無かったと思います。御主人様』
 クロードと霧人は駆けていく少女の背中を見つめる。中学生の教師として、霧人は六花の心中を思わずにいられなかった。

「切符を確認します」
 ようやく人の形を取り戻したオボロスは、機械のように一つの言葉を繰り返しながらエージェント達へと迫る。恭也は武器を熱持つサーベルに持ち替えると、オボロスに向かって突きを見舞った。熱として放散したライヴスが、再びオボロスの身体を吹き散らす。六花の吹雪ほどのダメージは無いが、無策に斬りつけるよりはマシだった。
「服を依り代にして形を保っているなら、依り代を破壊すれば倒せるんだが……」
 しかし、次の瞬間には切り裂かれた服も元通りになってしまう。オボロスはその両腕から靄を噴き出し、車両を満たしていく。視界が歪み、黒いインクを垂らされたように景色が塗り潰された。
『これでは……まともに目の前が見えませんよ』
「前回の戦いと違って逃げ場がないからな……」
 恭也は武器を構え直すと、口を押さえてオボロスの脇を抜けてカローンの居る車両を目指す。カローンは感情の無い眼で彼を見据え、どこからともなく取り出した竪琴を構える。
『貴方は竪琴の奏者ではなく、観客だったはずですよ』
 靄から抜けた恭也は、ロールシャッハの生み出した影を突き破り、通路の脇でライフルを構える。
 竪琴を狙った正確無比な一射。鈍い音と共に弦は弾け、竪琴は床に落ちて闇へと消えた。
「いいぞ、御神」
 恭也の傍に付き、央は経巻を取り出す。オボロスが二人へと振り返った瞬間、央は経巻から光を放つ。オボロスが光に貫かれて動きを止めた瞬間、畳みかけるようにライヴスの針を投げつけた。
「きっ……符を、拝見」
 オボロスの身体は複雑に歪んだまま、ウレタンか何かのように固着する。カローンは恭也達の肩越しにその姿を見遣り、手を天井へ翳す。闇の中を突き抜けるように汽笛が轟き、再びどこからともなく兵士の幻影が湧き出した。幻影は飛び退いた央と恭也の脇を抜け、後ろの客車に居たエージェント達に襲い掛かる。
 オボロスへと突き掛かろうとしていた蛍は、咄嗟に身を翻して座席の影に身を潜める。兵士が突き出した短槍は、座席によって弾かれた。蛍はそのまま立ち上がり、座席を切り裂いてオボロスへと迫る。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、とも言いますね。戦うのは好きではありませんが、相手が愚神と分かれば正体不明の怪異よりも怖くありません」
 身を躍らせてオボロスを蹴っ飛ばすと、そのままカローンのいる客車へと踏み込んでいく。己の身長ほどもある長剣の刃にライヴスを纏わせると、カローンに正面切って踏み込んでいく。
「覚悟してください」
 上から下へと、カローンの肩口めがけて刃を振り下ろす。愚神は咄嗟に椅子の影へと身を隠した。渾身の一撃は椅子を半分ほども断ち割るが、カローンには致命傷を与えられない。
「貴方には、我々がどのように見える?」
「さあ。……ただの愚神にしか見えません」
 蛍は剣を振り抜いて椅子を脇へと投げ飛ばし、そのまま剣を脇に構えてカローンの懐へと潜り込む。愚神は飛び退いたが、蛍はその小柄な体躯を生かして追い縋り、カローンの顎を剣の柄で打ち抜いた。愚神は呻き、その場で仰け反る。
《相手に隙を与えちゃダメっすよ》
「はい」
《返事が、淡白っす……》

●列車を止めろ
『行けー! 和頼!』
「わかってるっての」
 和頼は盾を構えると、動きがぎこちないオボロスを正面から叩き潰した。冷気と熱と光を受け、さらにその能力も封じ込められた従魔は、為す術もなく消滅する。同時に七海はロールシャッハを踊り狂う弾丸で打ち抜き、跡形もなく消し去ってみせた。
『ナーイス、七海!』
「うん。このままあの愚神も……!」
 和頼と七海は目配せすると、従魔に射撃に刺突を打ち込みながら先の車両へと踏み込んだ。七海は座席の影からカローンに向かって銃を構え、和頼は槍を構えたまま蛍へ向けてケアレイを飛ばす。
「あともう少しだ。つまらねえ怪我しないように気を付けろよ」
「ありがとうございます」
 蛍は小さく頭を下げると、剣を構えて椅子の影から飛び出す。エージェントに囲まれて身動きの取れないカローンに、全体重を乗せた刺突を見舞う。肩口から血を流しながら、愚神は通路に倒れ込んだ。
「貴方達は……」
 愚神は何かを言いかけながら立ち上がろうとするが、そこへ更に恭也が剣を突き立てる。虚ろな眼の愚神は、頬をピクリとも動かさず、じっと恭也の眼を見つめる。
「我々を恐れないのですか」
「紛い物を恐れる謂れは無い」
 足元で一際大きな音が響き、列車が跳ねる。その隙に愚神は刃を撥ね退け立ち上がる。
「紛い物。……確かに我々は紛い物なのでしょう」
 愚神は何処からともなく竪琴を取り出す。
「それでも、貴方達の心の奥底にあるものは理解しております」
 弦を素早く指で弾く。奏でられたノクターンは、エージェント達の心へと這い寄ってきた。
「……」
 六花は顔を顰める。脳裏に一つの記憶がまざまざと蘇る。雪娘と、彼女の傍らに立つ“彼”の姿。並び立つ二人の幸せそうな影。その姿を思い出す度に、彼女の心は得体の知れない憎悪に縛られる。
「ふざけないで」
 魔導書を開くと、六花は素早くカローンへと手を翳す。周囲が霧氷に包まれたかと思うと、次々に氷の蝶が飛び出し、竪琴を奏でる愚神へと纏わりついた。蝶はカローンの全身を凍てつかせていく。
「そんなものを抱えて生き続けるのは、お辛くありませんか」
 口から血を吐きながら、愚神は六花に振り返った。ロールシャッハの影が、背後の車両から次々と迫ってくる。クロードは再び盾へとライヴスの光を纏わせ、迫る影を通路で押し留めた。
「クロード、大丈夫かい?」
『問題ありません。あと二、三分はもちます。それだけあれば、恐らく十分なはず……』
 ロールシャッハが一体、カローンもエージェント達もすり抜けて先頭車両の端にまで回り込んでくる。央は素早く向き直る。
「御神、愚神の方は任せた。俺がこいつは片付けておく」
「了解した」
 央は刃にライヴスを纏わせると、周囲に蒼薔薇の花弁を振り撒く。花弁は従魔も愚神も包み込み、彼らを惑わせる。その隙に央は踏み込み、従魔を細かい太刀筋で切り裂いた。
 六花が魔導書を開き、氷の炎で愚神に従魔を纏めて焼き払う。
『早く……死んでよ』
「貴方はこの車両の中で特に苦しんでいるように見える。この汽車は……そんな貴方のような方の為に存在しているのです」
 愚神は炎に巻かれたまま手を天井へ掲げる。車両の外から、次々と兵士が飛び込んでくる。和頼とクロードが盾を構え、兵士の攻撃を自らの手に引き受ける。混戦極める空間の中で、愚神は淡々と言葉を繰り出した。
「……消す事を止めはしません。それが貴方の選択なら。ですが、それで貴方達は本当に後悔しませんか?」
「後悔なんて、ありませんよ」
 蛍が兵士の隙間を縫って飛び込み、カローンの背中を切り裂く。愚神は咄嗟に振り向くと、革のグローブを嵌めた手で蛍の二撃目を受け止めた。小さいその身で愚神を押し込めながら、蛍はその黒い瞳を覗き込んだ。
「一体なぜ、そこまで心の影に拘るのです」
「……誰しも、心の奥底に影を抱えているものです。そんなものが無い、という人は、ただその事実を受け容れられないでいるだけなのです」
 蛍が剣を振り抜くと、愚神は床へと投げ出された。起き上がったところに、和頼が胸元へ槍を突き出す。愚神は咄嗟に手を伸ばし、槍の穂先を僅かに逸らした。
「故に人は惑い、苦しむ。己の中の影に引きずられて。……その苦しみから逃れるには、その影と永遠に切り離された世界に至る他にありません」
 和頼は七海と目配せした。愚神が咄嗟に庇った胸元のポケットには、呪文のような文字の書き連ねられた名札が光っている。七海はマガジンを換えると、銃を座席の背もたれにそっと乗せる。
「故に私は皆を冥府に送って差し上げているのです」
 血に塗れた手をのばし、愚神はエージェント達を見渡す。その蒼白い顔には、哀しみの色が満ちていた。
「貴方達も、そうして欲しいと思った事はありませんか?」
 カローンの言葉を最後まで聞き終えた七海は、そっと引き金に指を掛け、スコープを覗き込んだ。誰にでもある不安や心配。それを利用した愚神は赦せなかった。
「冥府に送るなんて、余計なお世話だよ。そういうのは時が来たら自分で行くんだ」
 クロスヘアの中心を、ぴたりと愚神の胸ポケットに合わせる。
「貴方も、切符を持たされたのかな……」
 ドロップゾーンに轟く銃声。名札が砕け、胸から鮮血が噴き出した。愚神は呻き、その場でたたらを踏む。
「私は……貴方達を……」
 譫言のように呟き、愚神は崩れ落ちる。刹那、最期の汽笛がドロップゾーン内に鋭く響き渡った。四方から差し込んだ光が闇を引き裂き、エージェント達の眼を眩ませていく。

「……終わったか」
 瞼も貫く眩い光が消えた頃、恭也はようやく目を開く。そこは古びた客車の中。従魔も愚神も、跡形もなく消えている。列車の振動を感じながら、クロードはほっと溜息をつく。
『とりあえず、これで事件は解決でしょうか』
「みたいだね」
 朝日に照らされた青い海だけが、エージェント達の活躍を労っていた。

●朝の日差し
 汽笛を鳴らしながら、蒸気機関車が新幹線のレールを走る。元は標準軌に対応したモデルだったらしく、彼方まで続く線路を問題無く走り続けていた。
「SLに乗るのはガキの頃の夢だったが……望んだのはこんな鬱屈したモノじゃないんだよな」
 後方の席に陣取った央は、窓の外を見て嘆息する。今回の犠牲者を思うと、素直に楽しめなかった。隣に座ったマイヤもまた、央に寄りかかるようにして流れていく景色を見つめる。
『……都内で噴煙撒き散らす訳にもいかないもの、ね』
「田舎の方では復活したりもしているんだがな」
 ぽつぽつと取り留めも無い会話を続けながら、マイヤは静かに目を伏せる。ちらりと脳裏を過ぎる、靄のかかった人影。
 “魔女”が自分達の前に現れたのは、央ではなく、自分のせい。そうマイヤは確信する。自分がその可能性に思い至った時、魔女は影へと消え去ったのがその証明だ。央はもう、魔女に未練など無かった。
 マイヤ自身が、魔女の影を畏れていたのだ。
「……マイヤ?」
 いつになく虚ろ気なマイヤの顔を、央はそっと覗き込む。マイヤは眼を閉じると、そっと央に肩を預けた。
『ごめんなさい。大丈夫よ』
「マイヤが落ち着くまで隣に居るさ」
 そっと手を伸ばし、マイヤは央の胸元にしがみつく。
『いつかは、央の乗りたかった列車に乗りたいわね』

「……あの列車に、あのまま乗り続けていたら……行けたのかな。……死んだ後の世界に」
 ボックス席にちょこんと座り、六花はぽつりと呟く。アルヴィナは顔を曇らせると、六花の俯きがちの顔を覗き込もうとする。
『ねえ、六花』
「……ん。大丈夫……まだ、向こうに行くつもりはない……から。六花が死んだら……ママとパパは、悲しむと思うし……ムラサキカガミさんとアバドンも……二人に会うのは、二人を愚神に変えた、愚神の王を殺してから……仇を討ってからがいい。狒村さんと雪娘は……きっとあの世で一緒に暮らしてるから、邪魔……したくないし」
 六花は顔を上げてアルヴィナに微笑む。アルヴィナは唇を結ぶと、何も言わないまま六花の肩を抱きしめた。

「(……あの子がああならないよう、生きて帰したつもりだったんだがな)」
 央は二人の様子を遠目に見つめ、微かに溜め息を吐く。ヘイシズと一戦交えた時以来、少女はすっかり心を閉ざしてしまったらしい。それを見ていると、子供を見守る大人として、央は自分の決断のミスをも考えてしまうのだった。

「(これで終わり……きっと)」
 蛍は彼方に見える山の尾根を見つめていた。これでもう、幽霊列車に人々が引き込まれる事もないだろう。その実感が、彼女にほんの少しの達成感を与えていた。グラナータはその横顔を見つめ、恐る恐る話しかける。
《よ、よくやったッスね、蛍……》
 僅かに顔を持ち上げ、蛍はグラナータと目を合わせる。互いに目を瞬かせる。しかし、蛍はタブレットを小脇に抱え、再び外へと目を戻してしまった。
「……はい」
《まだダメッスか……》
 蛍のちょっとした反抗期は、まだまだ終わらないようである。

『新幹線の線路をよく蒸気機関車が走れますね』
「軌間が合っていたんだろう。もし合わない車両だったら脱線して大変な事になっているところだったな」
 恭也と雫は向かい合うようにして座り、ぽつぽつと言葉を交わしていた。雫はじっと彼の顔色を窺う。特に何事もなく、平然としていた。
『大丈夫ですか?』
「問題無い。……この程度で心を乱していては、戦い続ける事は出来ないからな」
『なら、良いのですが』
 雫はそっと背もたれにもたれ掛かる。幾多の戦いを潜り抜けてきた二人にとって、多くの言葉は必要ないらしい。

「何とか、終わったね……お疲れ様。和頼、希も」
 七海とジェフ、和頼と希は向かい合うようにして一つのボックス席に座る。朝日の差し込む車内で、彼らは共に無事を労っていた。
『お疲れ! 最後の一発、とっても格好良かったヨ♪』
「どこも怪我はしてねえか」
 和頼は横目に七海を窺う。七海も視線を合わせると、彼女もにっこりと頷いた。
「大丈夫だよ。和頼達が守ってくれたお陰だね」
「そうか。……な、なら、良かった」
 彼女の微笑みを間近で見て、思わず和頼は声を上ずらせる。恋人になってそこそこ時間が経ったが、二人は相変わらず付き合いたての仲睦まじさである。ジェフは窓の外に煙草の煙を流し、ふっと頬を緩める。
『自分の奥にある心の影、か。結局七海にはただの影しか見えなかったみたいだな』
「だって、今は和頼が隣にいてくれるもの。……今の不安は……もっと漠然としてるのかな。これからもっともっと強い愚神がやってくるかもしれないとか、大変な事件が起こるかもしれないとか……だから、はっきりした形にはならなかったのかもね」
『大丈夫だヨ! 何があったって、皆で頑張ればきっと何とかなるもんネ! あ、和頼、今日は自分で戦ってみて何が見えたノー? やっぱりエッチな七海が見えた?』
 希の質問を聞いて、ジェフはにやりと笑い、七海は赤面して顔を覆う。和頼は歯を剥き出すと、希の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。
「分かってるくせに揶揄うんじゃねえよ。大したもんは見えてねえ」
 そっと和頼は七海の手を握る。その温もりが、荒む彼の心を癒してくれるのだった。
「俺にも……今は七海が居るからな」

「大丈夫かい、クロード」
『ええ。多少のダメージは受けましたが、問題ありません。それよりもこれから急いで家に帰って、午前中のうちに何を済ませてしまおうか、という事の方が気がかりでございます』
 クロードは燕尾服の内ポケットから懐中時計を取り出す。霧人が覗き込むと、未だ時計は6時台を示していた。戦っている間はすっかり忘れていたが、その時計を見ると何となく頭の回転が鈍ってくる。
「まだこんな時間かぁ……考えてみたら、ちょっと寝足りない気分になって来たかな……」
『夏休みなのですから、お休みになってしまってもよろしいのでは?』
 霧人は苦笑する。
「そうだね。たまにはお昼まで寝ていてもいいのかな……」

 かくして、朝の日を浴びながらエージェント達は日常へと帰っていく。彼らの活躍によって、世界中を飛び回る幽霊列車も、次第にただの都市伝説として語り継がれるようになるのだった。
 日の出の時に切符を持ってホームに立つと、デゴイチが魂を連れ去りにやってくる、と。試す時は、H.O.P.E.に連絡しておくのを忘れるな、と。


 冥府の川の渡し守 終

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969

重体一覧

参加者

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 久遠ヶ原学園の英雄
    不破 雫aa0127hero002
    英雄|13才|女性|シャド
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 希望を胸に
    グラナータaa1371hero001
    英雄|19才|?|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • Iris
    伴 日々輝aa4591
    人間|19才|男性|生命
  • Star Gazer
    イーヴァンaa4591hero002
    英雄|21才|男性|バト
  • 絶対零度の氷雪華
    氷鏡 六花aa4969
    獣人|11才|女性|攻撃
  • シベリアの女神
    アルヴィナ・ヴェラスネーシュカaa4969hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
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