本部

闇に生まれ、闇に生き

桜淵 トオル

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/08/16 11:02

掲示板

オープニング

●凶兆の子供

――おまえは罪。おまえは死神。
――父と母を殺して生まれた子。
――凶兆を、山の神の御許に還せ。

 月明かりの中、風 寿神(az0036)の喉を大きな手が押さえつける。背中にはひんやりとした岩の感触。
 対する寿神の手はあまりに小さく、力ない。
 まるい月を背にした男の顔は、黒い影になって見えない。

――違う、違う。

 寿神は必死で何かを否定しようともがく。
 喉を締め付けられ、言葉ひとつ、呼吸ひとつ、ままならなくとも。
 男の手が、石の小刀を振り上げる。
 言葉は誰にも届かない。
 届いたとして、誰が凶兆を抱いたの子供を助けよう?
 その命を山に還し、凶を解くのが里のならわし。


「ボクがいるよ! スー!」
 小さな手が寿神を揺する。
 途端に、視界に光が溢れる。
「……フーリ……?」
 黒い耳をぴこぴこさせながら、ソロ デラクルス(az0036hero001)が覗き込んでいた。
 ベッドの上にはカーテンの隙間から朝日が射しこみ、寿神は全身びっしょりと寝汗で濡れている。
「スー、大丈夫? うなされてたよ」
 そうだ、と寿神は思う。
 あれは自分の畏れが生み出した幻影。あんな場面はなかった。その前に逃げ出した、ソロという友を得て。
 そして寿神の逃げ出した里は、愚神に滅ぼされた。
 言い伝えどおり凶兆たる自分が災いを呼んだのか?
 誰に聞いても、否と言うだろう。
 だがいまはもういない里のものに聞けば、是と言うだろう。
 何年経っても答えは出ないまま、ただ、祈る。
 罪が雪がれるように。
 災いが訪れないように。

 でも、本当に?
 それで運命は、手懐けられたのだろうか?

――死神の姐ちゃんに伝えとって。あんた、狙われとんで。

 東宅山の事件での協力者、リィという子供が残した伝言。 
 あの言葉は何を意味していた?
「……俺が、関わったことで」
 寿神はぽつりと言葉を漏らす。問いに答えがないことは、承知の上で。
「事件は凶に転じたか、吉に転じたか……?」


●大人になった闇っ子たち
「東宅山にあった隠れ家は、知っての通り、設置されていた爆薬によって破壊された。邸にいた蜥蜴市場の構成員も死亡が確認されたが……頭部と手を念入りに爆破されたリンカー二名と比べて、非リンカーの殺し方は雑じゃったの。体内で毒カプセルが弾けただけじゃった」
 一般人ならば小さなカプセルに入る量で十分に致死量に達する。
 どちらも口封じの手段が確されていることに変わりはないが、非リンカー構成員に関しては、かなり完全な状態の死体が残った。
「勿論この国は広く、出身地も不明なまま、顔と指紋だけで身元がわかるほど狭くはない。前科でもない限りは」
 逆に前科さえあれば、警察が顔写真と指紋データを保持していることになる。
「顔の割れた六人に対して調査中じゃが、ひとりだけ身元のようなものが割れた」
 東宅山の近くに、延寧という場所がある。
 男はそこで、工場務めをしていたのだった。あるとき窃盗の容疑がかかり、取調べを受けたが行方をくらませた。
 それが半年前のこと。
 次に見つかったのが、東宅山の瓦礫の下だった。
「使っていた名は江 若水じゃが、本名は知れぬ。否、おそらく存在しない」
 窃盗事件の際に、工場で使っていた身分証は偽造だということが当局に発覚した。
 工場側も、偽造身分証だということを知った上で働かせていた。通常以下の賃金で。
「つまり若水は黒戸だったらしいの」
 黒戸。
 独生子女政策下で戸籍を持たずに生まれ、そのまま大人になった者たち。
 あらゆる権利を制限され、大抵は公的教育を受けていない。
 子供のときは黒孩子(ヘイハイツ)――闇っ子と呼ばれる。
 偽造身分証で就業しても、低賃金で据え置かれる。
「黒戸の置かれた過酷な状況が、黒社会への入り口となっているのであろう、というのがH.O.P.E.側の見解じゃ。そこで依頼は、延寧市に赴き、若水と『蜥蜴市場』との接点を見出すこと」
 生まれ育った場所、家族、そして友人。
 どこから蜥蜴は入り込んだのか、そしていかにして若水を引き込んだのか。

 若水の調査には、寿神も同行する。
「この件に関しては、俺も無関係とは言えぬ。十二で里を出たとき、自分に戸籍がないということを知った訳であるしな。……すなわち俺も、かつては黒孩子であったらしい」



●登場
江 若水(ジャン ルォシュイ;死亡)
・二十代の男性。戸籍のない黒戸。
・蜥蜴市場の構成員であり、誘拐した子供を監禁する東宅山の邸で監視役を勤めていた。
・服のボタンだけを生産する釦工場に勤務歴あり。中国では町単位で同じものを生産するケースが多く、周辺は釦工場ばかりが建つ釦町。
・窃盗容疑のまま逃走→東宅山で死体で発見。

風 寿神
・日本と中国を行き来し、最近の中国滞在時は蜥蜴市場の調査に関わっている。
・中国奥地の少数民族の出身。
・閉鎖的な分族の生まれで、アルビノを不吉とする風習により差別されていた。
・十二歳のときソロと誓約し、里を脱出。その後戸籍が存在していないことが発覚。里に公営の学校はなく、気づいていなかった。
・現在は独生子女政策に対する罰金を支払い、正規の戸籍を所持している。
・父親は生まれる前に、母親は産褥で死んだらしい。
・差別はただの迷信と知っているが罪の意識は消えず、贖罪のため司祭服を常に纏い、毎日祈りを捧げる。特定の教会に所属しているわけではなく割と自己流。暇があれば近場の日曜礼拝には出かける。
・ソロのことは『フーリ』(中国語で狐のこと)と呼ぶ。
・生まれや生育歴は特に秘密にしていない。聞かれれば答える。

ソロ デラクルス
・寿神の英雄。元の世界では黒い狐。
・寿神のことは『スー』と呼ぶ。
・見かけは子供だが、実年齢は高い。
・学校に行っていない寿神に教えるためこの世界のことや新しい流行についても常に勉強中。
・寿神がとにかく好き。寿神をいじめる奴は嫌い。

解説

目標:江 若水と蜥蜴市場のかかわりの調査。
副目標:風寿神が『狙われている』との伝言を残された背景について調査する。

●調査地
・福建省、延寧にある釦工場町。主にプラスチック製の釦を生産する。色・形はさまざま。
・工場は二百人あまりの中規模工場。うち八十人ほどが寮で暮らし、残りは地元から通う。
・江若水はここに一年半ほど勤務し、寮で暮らしていた。
・窃盗容疑がかかった後は失踪。警察により指紋と顔写真が保管されていた。
・その他の調査はこれから。

●関連事項

蜥蜴市場
・『蜥蜴市場』はこれを追跡する側が便宜的につけている名称、正式名称は不明。
・各地で市場を開設し、合法違法取り混ぜた取引を行うが、蜥蜴の尻尾切りのようにあらゆるものを切り捨てて逃げおおせる。
・構成員も、リンカーであっても容赦なく切り捨てる。江若水は施設の制圧時に遠隔操作で毒殺された。
・今までの事件では従魔を使用している。『胡蝶』『血鉤』、人間寄生型。
・古龍幇とは商圏が被っておらず、背後組織について掴みきれない。黒社会の中でも更に潜伏する性質がある模様。

黒孩子
・独生子女政策(一人っ子政策)下で戸籍登録されずに隠されて育った子供。成人すれば『黒戸』と呼ばれる。
・近年になって二人までに規制が緩められたが、一夫婦につきもてる子供は都会では一律一人、農村では第一子が女子だった場合に限り第二子が認められていた。超過分の子供には莫大な違反金が課せられるため出生しても政府に届け出ず、無戸籍のまま育てる場合がある。そうした子供を黒孩子と呼び、社会問題化している。
・都会では人の目があるため隠しておけないが、農村では目が届かないまま成人して黒戸となる。
・黒孩子が見つかった場合、保護ではなく違反金の取立てが始まる。政府には敵対意識を持ったまま育つ黒孩子が多いといわれている。

リプレイ

●誓約
「日本で言うところの『無戸籍児』という存在でしょうかね」
 キース=ロロッカ(aa3593)は黒孩子、黒戸という存在に対してそう感想を漏らした。
 日本にも無戸籍児は存在し、多くは裁判によって救済されているが、いまだ法の網から零れたままの人たちもいる。
『人間として持つ当然の権利さえ、持てなかった人たち……』
 匂坂 紙姫(aa3593hero001)も沈痛な表情を浮かべた。
 黒孩子達は戸籍を持たないがゆえに様々な権利を制限され、基本的人権すらあやふやなまま。
「身元を辿るものはなく、失われて嘆くものも少ない。酷な言い方ですが、『駒』としては最上でしょう」
 延寧にある釦町、その中の釦工場のひとつで働いていた江 若水。
 彼は短期間で使い潰され、東宅山の瓦礫の下から発見された。
 かけられた窃盗容疑のため彼だけは以前の居所が知れたが、他の五名に関してはまだ手がかりさえ掴めていない。
 なお、リンカー構成員二名に関しては、以前と同様に頭部と両手首から先が埋め込み式の爆弾で破壊されていた。
『いくら黒孩子がたくさんいるとしても、『リンカーの素養がある』黒孩子さんはきっと珍しいと思うんだよぅ……?』
 紙姫の台詞で、同行の風 寿神に視線が集まる。

――死神の姐ちゃんに伝えとって。あんた、狙われとんで。

 東宅山で協力者となった、蜥蜴市場側の少女、リィが残した言葉。
 死神といい言葉が指し示すのは風寿神であろうと思われたし、本人も英雄のソロもそれを認めた。
 そして実は、寿神本人も過去には黒孩子だったと言い出す。
「フーリによればな、里の儀式で死ぬ予定であったので、届け出をしなかったのじゃろうと。親の戸籍に他の子がおったわけでも無いようなのじゃ」

「いや待て、オレ達はそれなりにアンタと行動を共にしてきたが、アンタの事を知らな過ぎる」
 ヴィーヴィル(aa4895)が制止する。
『強制するわけではありませんが……順を追って話していただいたほうが。特にリィが言ったのが寿神様のことであれば』
 カルディア(aa4895hero001)もリィには会った。その真意も含めて気になる。

「隠し立てすることでもないが、あまり愉快な話でもないかと思うての」
 二人に促され、少しばつが悪そうに話し始めた。

――俺が生まれたのは雲南省の山奥、山茶郷という場所じゃ。
 山茶とは椿のこと。里の者は皆、椿の刺繍を一族の印としておった。
 俺が里を離れてから、山茶郷は愚神に滅ぼされたそうじゃ。
 ただし人づてに聞いただけで、再び訪ねてはおらぬ。あまり良い思い出もないしの。

 幼い頃、俺は里のはずれの小屋でひとりきりで暮らしておった。
 食べ物は運ばれてくる。
 望めば、外にも出られる。
 じゃが、アルビノで肌の弱い俺は太陽の下には出られんかったし、他の子が俺と遊んでくれることも無かった。
 時の流れは暑いか寒いかだけで、特に何も思いはしなかった。

 世界に色がついたのは、フーリと出会ってからであろうな。

 ある夜、何かに呼ばれたような気がして小屋を出、森にまで分け入ってフーリを見つけた。
 当時の俺には外国名は難しくての。わかる名前で呼び始めたのじゃ。

 フーリと俺が誓約した頃は、俺も同じ位の背格好であったの。初めての友人じゃ。
 里の者にフーリは姿を見せぬようにしておったが、俺が独りになれば必ず出てきてくれた。
 二度とひとりきりにはならぬ、それがそのときの俺にとっては何より嬉しかった。

 ところで俺の里ではアルビノが大層不吉なものと思われておってな。しかも父は生まれる前に事故で、母は産褥で死んだのじゃ。
 それは俺が持って生まれた凶のせいだとされていた。俺もそう思っておった。
 里ではテレビもラジオもなかったしの。教えられたことがすべてじゃった。
 十二の歳を数えた誕生月に、俺の血はすべて山の神に捧げられる予定だったのじゃがの、フーリに言われるままに逃げた。
 そのときの俺に、フーリより大事なものなどなかったのじゃ。

 それからは……多少は苦労したが、俺達を拾ってくれた恩人のお陰で、こうしてここに居られる。
 その人は日本人で、商取引のため中国の田舎まで来ておった。名は笛吹 芽瑠。
 俺はいま、四国の愛媛に家を持っておるが、それはその人から譲られたものじゃな。
 ちょうど俺と同じくらいの娘を亡くしたそうでの。身代わりでも、惜しみない愛情を注いでくれた。
 その人が、俺の生きてゆくうえで必要な名前と戸籍をくれたのじゃ。
 俺が、故郷で呼ばれておった字(あざな)は死神、名は罪。姓は同じ風じゃ。
 それを同音の寿神と瑞に読み替えてくれたのじゃよ。
 なにやらめでたげな名で、気に入っておる。

「東宅山におったリィという子供は、俺を元の名で、死神(スシェン)と呼んだのじゃろう。俺の故郷のことを知っておるのかも知れぬ」

「リィって子、ボクのコト、見破ったし。肝も据わってたし。只者じゃなかった……と、思う」
 九龍 蓮(aa3949)は見かけ年齢で子供と偽って見たものの、煙草の残り香を指摘された。
 あの子こそ、もっと上の歳ではと思っている。
「リィが誰かの英雄ってコトは、ないかねェ?」
 東宅山の瓦礫の下にリィの遺体は見つからなかったと聞いて、聖陽(aa3949hero002)は東小寒路での事件を思い出していた。
 あのとき能力者の体は爆殺されたが、英雄は残った。
 彼らは何者かが運ぶ幻想蝶に入って回収された。
 リィが英雄で、能力者が別に居るとすれば、「行かれへんようなっとる」というリィの言葉も辻褄が合う。
 英雄は、能力者なしに存在できないのだから。
『ボクもそう思ってた』
 ソロ デラクルスが、同じく英雄として発言する。
「リィが尻尾を切ったと考えるのは……、穿ちすぎだと思うか?」
 ヴィーヴィルは、爆発と構成員の死のタイミングの良さが気になっていた。
『あるだろうね! リィは構成員は助けようとしてなかった。でも子供達は助けた。組織を抜けられないリィが、優先順位をつけたんじゃないかとボクは思ってる』
 子供達は無傷、とリィは言った。構成員には毒薬と爆薬。それを知っていたなら。
 意図はどうあれ、子供達は助かり、李露芳もかろうじて一命を取りとめた。


「そういえば、寿神殿は愛媛を第二の故郷と言っておられたの。その恩人とやらの縁ですかの」
 天城 初春(aa5268)は四国の事件での犠牲者のために、愛媛の石墨山に慰霊碑を建てた。
 そのときに愛媛に家があると、聞いた気がする。
「その方はいまどちらに?」
「行方不明なのじゃ。俺に諸々を贈与し、居なくなってしもうた。俺はエージェントとして各地を回る中で消息を追っておるのじゃが、全く見つからぬ」
 持ち家と財産を生前贈与、となると初春には悪い予感しかしなかったが、言うのは憚られた。
『では寿神殿は、その愚神に滅ぼされた里の生き残りというわけじゃな。なにか持ち出したものでもありはせぬか』
 辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)は里の生き残りとしてか、愚神関連を疑っていた。
「着の身着のままであったし、生き残りと言うても今更であろ」
 寿神が里を出たのは十二年前、里が滅ぼされたのが十年前。
 なぜ今になって、と言われればそうである。

「風、キミは何かのタイミングで蜥蜴市場の関係者と顔を合わせているのでは? それが原因ということは考えられませんか?」
 キースはこれまでの事件と関わることではないかと考えていた。
「それは非常にありそうじゃが、上には仔細報告してある。まだ何かあるとすれば、思い出せていないことじゃろうかの」
 リィの言葉は警告か誘導か。目的は記憶か因縁か血筋か。
 このまま闇に葬られる事態だけは避けたい、とキースは思った。


●労働者たち
「あの泥棒のことを聞きに来たんですか。あいつを雇ったお陰でこっちは大損ですよ。死ぬなら金を返してから死ねばよかったのに」
 手分けをしてあたった調査で、太った工場長は江若水のことを完全に犯人扱いしていた。
 窃盗事件が起こったのは半年前。
 現金決済の必要のある取引に備えて、担当者が現金を鞄に入れて所持していた。
 そこへ急用が入り、ほんの数分のあいだ、鞄とは別の部屋に行った。
 戻ってきたときには鞄ごとなくなり、必死に探したが見つからず、数日後、近くの溝に空の鞄だけが捨てられていた。
 盗まれた金額は、およそ十万元。
 この町の一般的な労働者の年収の四倍であり、若水のような特殊な立場の労働者からすれば、一生掛かっても貯められない金額。
 そのとき急ぎの用で担当者を呼びに来たのが若水であり、鞄を置いて駆けつけるほどの勢いで担当者を急かしたこと、鞄を隠せる位置にいたこと、金に困っていたことなどから最有力の容疑者とされた。
「現金を返還すれば警察沙汰にはしない、と温情を掛けてやったのですがね、それがあだとなりました。結局、黒社会の一員として発見されたそうじゃないですか。きっと以前から繋がりがあったんだ。我々は騙されていた」
「決定的な証拠はその後、見つかったのですかの? 目撃者なり指紋なり、盗んだ金が見つかったり」
 工場長の一方的な言い草に、初春は疑問を投げかけた。
「目撃者ならいますよ! その夜、江の奴は特徴的な革の鞄を持って歩いていたのを見られています。金が入っていたものと同型です。そして警察が来る前に行方をくらませてしまった、これ以上の証拠が必要ですか?」
 工場では製品を汚すのを防ぐため、全員が薄いゴムの手袋を嵌めている。
 指紋は出なかったが、それは当然だろうと工場長は語った。


『どうも、捜査に真剣味が感じられないな。こういうもんかね、この国は』 
 ベルフ(aa0919hero001)は中年工場長の言動に違和感を感じていた。
 聞きたいことはまだあったが、これ以上有用な情報は得られそうもなかった。
「あの程度の証拠、いくらでも捏造できますじゃ。金の所在か流れを突き止めてから断定せいと言いたいんじゃが」
 初春も不快感を隠さない。
 そもそも本来宝として扱われるべき子供の存在を罪とし、闇へ追いやるような国のいびつな在り方が気に食わない。

 それでも捜査は正当な手続きを経たものであり、寮では手配された次の案内役が待っていた。
 江若水とは同室だったという男は、方 子均と名乗った。
 若水が住んでいたという部屋は、薄暗い半地下にあった。扉を開けると部屋の両側に四段式のベッドが並び、私物が所狭しと吊り下げられている。採光用の窓がついているが、そこから見える地面が余計に陰気な雰囲気を感じさせる。
「きみもここに住んでいるの? どのくらいになる?」
 小宮 雅春(aa4756)は当たり障りのない世間話から入った。
 四段ベッドは一段ごとの間隔が狭く、普通に起き上がれば上の段に顔面をぶつけそうだ。
「二年ちょっとです。もう少し仕事に慣れれば上の部屋に移れるんですよ」
 口ぶりからすればこの部屋は寮のなかでも最低ランクであり、彼はまだそこに留まっている自分に満足していないと見える。
「江さんとは親しかったんですか? 故郷の話とかはしましたか?」
 九字原 昂(aa0919)は初対面の相手に、笑みを絶やさずに聞く。
「……同期でしたよ。でもそこまで親しくはないです。お互い、言わないほうがいいこともありますし」
 それは暗に、若水が戸籍を持たない黒戸として雇われていたことを、知っていたと告げている。

「どんな人でしたか? 勤務態度は? 休日の過ごし方は? 変わった来客はありましたか?」
 キースも同僚からの印象、それと誰かの接触があったか、にヒントが隠れているのではと考えていた。
 結果、勤務態度は普通、労働基準とは別世界で休日らしい休日はなく、娯楽に費やす金もないため休める時間があれば外かこの部屋で寝ていた、らしい。よく見かけた場所は工場の中庭か近くの川岸。手製の竿で釣りをしていたこともあった。
 来客については、来客があるのを見たことはない、ただし外で会っていればわからないという。

「なんていうか……きみから見た江さんというのは、泥棒をするような人だった? 危険な黒社会に入りたがるような人だったのかな?」
 彼らに比べ、自分自身はとても恵まれている、と雅春は感じていた。
 基本的人権とか、就学権が保障されているだけでも江若水のような黒戸とは別次元の存在だ。
 上から目線で何かを意見したり、誰かを断罪するのもきっと違う。
 自分の知らない世界を、そこにいる誰かの視点で見るべき。
 そういった言外の誠意のようなものを、子均も感じ取ったようだった。
 なにかを言おうと口を開き、しかし躊躇してまた閉じる。
 やがて、意を決したように話し始めた。
「正直……目の前に大金があれば、魔がさす事もある。でも」
 子均はためらっていたが、ぽつりぽつりと話し出した。
「江はあのとき仕事中でした。工場で機械が止まって、急いで上役を呼びに行ったんです。五分でも機械が止まればそれだけ生産が滞る。修理が必要ならもっと。皺寄せがくるのは俺たちのところです。他の事を考える余裕はなかった」
 そして、これは警察にも話したことだが、と前置きして続けた。
「一貫して、江は容疑を否認していました。俺達は病気でも、事故でも、なにかに躓けば人生は『終わり』です。その負債に耐え切れません。奴はそれがわからないほど馬鹿でもなかったし、冷静さを欠いていたわけでもなかった」
 警察も司法もいつでも資本家の味方をする、と子均は言った。
「最後に江の声を聞いたのは、彼が懲罰房に閉じ込められていたときです。『泥棒は俺じゃない、奴らだ!』と叫んでいました」
 今更ながら、釦工場でしかないこの施設に『懲罰房』などという単語が紛れてきて、言葉を失う。
 事情に詳しくない外国人のために子均は、若水は生まれただけで高額の罰金を取り上げようとする国か、容疑のみで大金を返還せよと迫る工場か、その両方の味方しかしない警察をそう呼んだのだろうと付け加えた。
「翌朝、部屋の鍵は壊され、江の姿は消えていました。誰が手引きをしたのか警察も捜査しましたが、はっきりしたことはわかりませんでした」


●毒を以って
「釦工場に勤めていた『江若水』の身分証を作成したのは、確かにウチですよ」
 二手に分かれた残りのメンバーは、古龍幇からの伝手を辿り、延寧で大手だという闇組織『西虎(シーフー)』を訪ねていた。
 西虎とは四神の白虎を意味し、古くは疫神として恐れられた神が、転じて病気からの守り神として崇められるようになったとの故事を受け、『毒を以って毒を制す』というありがちな理念を掲げた普通の(?)闇組織である。
 中華マフィアの映画に出てくるような悪人顔か、アクション映画に出てくるような筋肉質の組員を予想していただけに、応対に出てきた男には逆に驚かされた。
 どう見ても普通のビジネスマンである。着ているスーツも普通。多少ヨレ気味なところが普通っぽい。表情は常に笑顔。
 役職は答えなかったが、案内してくれた下っ端の態度を見れば、そこそこの地位にある人物だというのは一目瞭然であった。
「近頃は、カタギの会社のほうが余程悪どい。ウチなんか綺麗なモンです」
 あっさりと身分証の偽造を認めた上で、男はそう言ってのけた。どこまで本気かわからない。

「その『江若水』、その後どうなったかご存知かしら?」
 鬼灯 佐千子(aa2526)は相手に与える情報に注意しつつ、男に質問した。
 いまのところ、基本的に友好姿勢である。
「金を盗んだ容疑を掛けられて、逃げたんでしょう? 可哀想に」
「可哀想? それは、どういう意味だ」
 闇組織らしからぬ余分な感想に、リタ(aa2526hero001)は鋭く反応する。
「黒戸が多少の金を持って逃げても、碌な結末にはならない。一度は縁のあったお客様を哀れに思うのはいけませんかね?」
 『江若水』のその後辿った運命を知ってか知らずか、男はそう言う。自分は情に溢れる男だと言いたいようだ。
「身分証以外にも色々、お世話してたってこと? 逃亡のお世話とか、その後の就職先とか?」
 蓮は共鳴し、大人の姿で座っていた。
 蓮自身も闇社会を束ねる首領、威厳では負けてはいない。『西虎』の男は言った。
「まさか。ウチは荒事には関わらない主義でして」
 古龍幇の前情報では、『西虎』は合法と違法の隙間の商売を追及する営利組織。
 荒事に関わらないというのも、あながち嘘ではないだろう。おそらく利潤的な意味で。
 決して『できない』とは言っていない。それがなければならない場面も、闇組織……中国の黒社会に属する限り、必ずある。
「平和的なのはいいことじゃねェか? それよか、煙草でもどうだい?」
 ヤナギ・エヴァンス(aa5226)が『麒麟』の箱を差し出した。男は短く礼を述べて一本抜き取る。いい傾向だ。
 男に火を貸してやり、ヤナギも一本咥えて点火する。
「じゃ、ボクも」
 蓮も煙管に煙草を詰め、火をつけてゆっくり吸った。
 ぷかりと煙を吐くと、あたりが紫煙色に染まる。
 佐千子もリタも、静瑠(aa5226hero001)も吸いはしないが、この社会での交渉ごとでの煙草の重要性は弁えていたので黙って室内に紫煙で満ちるのを眺めていた。
「……で、身分証を売る商売って、うまく行ってるのかな?」
 商売っ気の強い相手には金回りの話から始める。これも、蓮なりの処世術である。
「まあ、ぼちぼちですね」
 男は無難な答えを返した。高利潤ではないが、そこそこの利益を生んでいる、という雰囲気。
「それって、身分証が無くって困ってる人が沢山いるってこと?」
「数え切れないほど。ウチは困っている人達の味方です」
 身分証が無い、つまり無戸籍かそれに近い状態。彼らの多くはこういった闇組織の偽造身分証が頼りだということ。
「沢山いるなら、この組織でも雇われてる?」
「それはご想像にお任せします。カタギの会社で働きたいなら、そっちにお世話しますよ」
 否定しないということは、『いる』ということ。
 ただし、黒社会で生きてゆくにはそれなりの素質が要る。闇雲にスカウトするわけではないらしい。

「あんた、蜥蜴市場って聞いたことあンのか?」
 ヤナギの問いに、男の眉がわずかに動く。
「……この部屋の盗聴器は調べたんでしたね?」
 話する前に、『西虎』側の許可を得て盗聴器の有無は調べてあった。
 ライヴス製の機器の可能性も考え、『罠師』も使用したが何も見つからなかった。
「まあ、この界隈にいれば噂程度は。私の知る限り、延寧にその市が立ったことはないはずです」
 蜥蜴市場は、毎回との市の立つ場所の名前で呼ばれる。
 直近で認知されているのは、小羊路市場。胡蝶の玩具に擬態した従魔を売り捌き、人々が倒れるまでライヴスを吸い尽くした。
「んじゃ、蜥蜴っぽいヤツらと会ったことは?」
「彼らは多少シマを荒らすが、すぐにいなくなる。もし会ったら、去るのを待てと上からは言われています」
 男はそれなりの地位にはあるがトップではない。
 もし会ったら『去るのを待て』ということは、必ずしも商売上の良い取引相手ではないということか。
「あなたが身分証を売ったという『江若水』は、とある事件で蜥蜴市場の構成員として発見されたわ。死体となってね。御存知だったかしら?」
 佐千子の言葉に男はほんの少し動揺したそぶりを見せ、それから目を伏せた。
「なるほど。それでウチを調べに来たんですね。理屈が合った」
 声はあくまで平坦だ。だが、何も感じていないわけではなさそうだった。
「H.O.P.E.は蜥蜴市場を追っている。些細なことでもいい、よそよりも高い情報料で買おう」
 思い出せば、あるいは新たな情報があればいつでも、と言うリタを前にして、男はしばらく逡巡する。
「……情報の出元は秘密でお願いします。実に些細なことではありますが」
 釦工場で窃盗事件が起こる少し前、『西虎』の事務所に若い男がやってきた。
 一見して『関わるべきでない相手だ』と思った。理由は長年の勘としか言えない。
 奇妙なほど表情を動かさない男だった。煙草『香蘭』を差し出し、情報を買いたいと申し出た。
 男は釦工場の経営がうまく行っていないこと、それから何人かの黒戸の情報を買い、それ以上はなにもなく帰って行った。
「工場の経営はうまく行っていなかった? ならば、運転資金を盗まれたら大変だっただろうな」
 リタが疑問を挟むと、『西虎』の男は短く答えた。
「その金が実在しいれば、そうでしょうが」
 十万元は個人にとっては大金だが、工場経営にとってははした金だ。
 帳簿をごまかしても、賄賂を贈っても、あるいは身内の横領でもすぐに消える。
「……その話、警察にはしたのか」
「我々は、相手の欲しい情報を売るのが商売ですので」
 警察は、余分な情報を欲していなかった。『江若水』が不利になる情報だけを欲した。
「多謝、色々わかったよ、蜥蜴はボクらが追い詰める。他にも何かわかったら連絡して」
「では、これを」
 蓮が席を立つと、『西虎』の男は小さな紙切れを差し出してきた。
 そこには振込先と、情報料の金額が書き入れてある。
(……経費で落ちるよね?)
 一応は受け取りながらも、蓮はそう思いを巡らせた。


●絶望の川を越えて
『どうも、江って奴は嵌められたらしいな。話を聞く限り』
 ベルフ自身も、この世界に来る前には裏社会と呼ばれるものに属していた。
 だから、その手の流儀は良く知っている。
 騙しやすそうな奴から騙す。弱い奴から奪う。
 江若水という男は、もともとほとんど持たずに生まれた。そして、使い潰される死に行き着いた。
『厄介じゃのう、この国の黒孩子、黒戸というのはやたらと数が居る』
 稲荷姫は眉を顰める。黒戸は政府の統計でも1300万、別の推計ではその十倍にも上る。
 蜥蜴の尻尾の供給源がそれであるなら……いや、本体を叩けば済むこと。

「よォ。同室の奴が言ってたみたいに、外で昼寝する工員って結構居るのナ。気になったんで軽く聞き込みしてきた」
 眠りを妨げても、酒か煙草、あるいはその両方をヤナギが差し出すと、大抵の工員は気前良く話してくれた。
 休みが少ないことや、賃金がよくないこと。
 特に半年前の窃盗事件の後は、扱いに不満が溜まっていた工員がいたらしく、纏まって辞めたこと。
「『西で工場が出来て、求人があった』……トカな、どっかで聞いた話が出てきた。こう言ってた奴もいたゼ。『みんな雲南に行った』」
 寿神の故郷があると言った雲南省。福建省から見て西にある。
「……で、その山茶郷ってトコ、どこにあるンだ?」


●闇に蠢く
「福建省では派手にやったらしいね。いつもの君らしくもない」
 少年は光のない部屋の中、ソプラノの声で謳うように言った。
 彼の前には、人の形を保てなくなった異形のなにかが蠢いている。
「申し訳ありません、大帝」
 中年紳士は不動の姿勢で少年の背後に控えている。
「別に責めているわけじゃないよ。君はいままでよくやってくれた。ただ何があったのかと、聞いているだけさ」
 ぐちゅる、となにかが弾け、異形の中からかぼそい悲鳴が上がる。
「可愛い養い子が……ようやく追いついてきたのですよ、この私に」
 紳士の答えに少年は興味なさげにふうん、と頷く。
「《燻る灰》はその身を王に捧げた、王の降臨もそう遠くはない。悔いのないようにするといいよ、笛吹」

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 任侠の流儀
    九龍 蓮aa3949
  • 捻れた救いを拒む者
    ヴィーヴィルaa4895
  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 任侠の流儀
    九龍 蓮aa3949
    獣人|12才|?|防御
  • 首領の片銃
    聖陽aa3949hero002
    英雄|35才|男性|カオ
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命



  • 捻れた救いを拒む者
    ヴィーヴィルaa4895
    機械|22才|男性|命中
  • ただ想いのみがそこにある
    カルディアaa4895hero001
    英雄|14才|女性|カオ
  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226
    人間|21才|男性|攻撃
  • 祈りを君に
    静瑠aa5226hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
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