本部

【愚神狂宴】連動シナリオ

【狂宴】今日はただの飲み会だ

雪虫

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
15人 / 4~15人
英雄
14人 / 0~15人
報酬
無し
相談期間
4日
完成日
2018/07/30 09:18

掲示板

オープニング

●帰還
「永平殿! やっとカエッテきたでござる!」
 行方不明になっていた李永平の姿を認め、ガイル・アードレッドは鼻水を垂らしながら勢いよく抱き付いた。少し前の永平であれば、「まとわりつくな!」と言いながら引き剥がしていたに違いないが。
「わ、悪かった……な」
 思いがけない一言にガイルは目をぱちくりさせた。永平はガイルの肩を叩いて自分から離させた後、ナニカアリ荘の住人達へ深々と頭を下げる。
「勝手にいなくなって、すいませんでした。心配させたみたいで……悪かった、です……」
 自分の足で歩けるようになった花陣も、「すいませんでした!」と並び立って勢いよく頭を下げた。パンドラを倒し、呪いは解けたらしい事は聞いている。きっと色々あったのだろう。善性愚神騒動だけでなく、それ以前にあった事も、李永平という人間に様々な影響を与えてきたに違いない。
「と、帰って早々悪いんだが、すぐ行かないといけねえんだ。マガツヒがまたキナ臭い事してるらしくて……俺もすぐ行かねえと」
「ちょっとお待ちなさいな」
 挨拶もそこそこに再び出て行こうとする永平を、キャシーの一声が引き留めた。永平が振り返ると、キャシーが真剣な表情で永平の事を見つめている。
「永平ちゃん、今までお世話になった人達にちゃんとお礼は言ったのかしらん。色々事件が起こって忙しいのは分かるけど、その前にしなきゃいけない事があるんじゃないのん? それにずっと戦い続きじゃ疲れるわ~ん。疲れて倒れちゃったら救える世界も救えないわよん。ここはちょっと立ち止まるのもアリなんじゃないかしら~ん」
 そして悪戯っぽくバチコーンとウインクを投げ掛けた。キャシーはガイルや永平以外にも、エージェント達と何度も交流を持っている。だが所詮は一般人で、今回の騒動の全容を知っているわけではない。
 それでも思いを巡らすぐらいの事は出来る。改めて愚神を倒さねば、と決意を新たにした者もいるだろうし、愚神と和解出来るのではないかと希望を持ち、裏切られ、傷付いた者もいるだろう。いずれにしろ皆疲れたはずだ。そんな戦士達にキャシーが出来る事なんて、かぐやひめんに招待して存分に騒いでもらい、戦いに戻る背を見送るぐらいの事しかない。
 だからこの提案は自分のためでもあるのだが、どちらにせよやる事は一緒であり決まっている。
「あたしも久しぶりにエージェントちゃん達に会いたいのよ~ん。だからパーティーしましょ。もちろんかぐやひめんは貸し切りにさせて頂くわ~ん。ね?」

●今日はただの飲み会だ
「実はお店で衣装貸し出しサービスを始めたのよ~ん」
 キャシーはバチコーンとウインクを飛ばしつつ、豪奢な衣装の数々をエージェント達へと披露した。ドレスやタキシードはもちろんの事、着物や袴、かぶり物などバラエティーに富んでいる。お店がお店なので普段は成人用しかないが、今日は知り合いのツテで未成年用も用意した。無理に借りなくてもいいが、これを着てパーティーに参加してもいいらしい。
「もちろん女装男装OKよ~ん。興味ある子はぜひ利用して頂戴ね~ん」
 三十分後、衣装を借りた者はその格好で、そうでない者は各々の格好でかぐやひめんの席についた。本日の主催の一人である永平が、乾杯の音頭を取る為にステージ上に姿を現す。
「あっと……今日は、来てくれてサンキューな……」
 頭を掻きつつの歯切れ悪い口上がマイクを通して店内に響いた。そういやパンドラに呪いを掛けられた直後、ここでパーティーが開かれたっけ。食い物勧められたり、キツイ事も言われたり、色々あったようにも思えて、けれどあの日がつい最近の事のようにも感じられる。
 善性愚神騒動については、永平は一貫して愚神は倒すべきという立場だった。パンドラや呪いの件もあったし、連中がいかに狡猾かも知っていた。確実に何か裏があると、ずっと警戒し続けていた。
 だが愚神と和解出来ないか、手を取り合えないかと、望み続けていた者達がいた事ぐらい知っている。パンドラに対しても、そのように考えていた者がいた事を知っている。パンドラを倒した事が間違いだとは思わないし、こうやってしこりを残す事が、もしかしたらヤツの狙いだったのかと勘繰りたくもなってしまうが……それでも、ヤツと手を取り合いたかったと、願った者の想いまで否定しようとは思わない。永平は自分の頭があまりよくない事を知っているので、上手く言葉に表す事は出来ないが、強いて言うなら、そう簡単に割り切る事なんて出来ない、それが人間の感情だと思う。中には一生割り切れずに抱えていく者もいるだろうし、無理に割り切れと強制する必要はないと思っている。
 正確に言うなら「思っている」と言うより、「そのように思い始めた」と表現するのが適切で、それは今までのエージェント達との関わりが永平にもたらしたものだったが、少なくともそれが永平の今の思いだった。だから、永平はしばし考えた後、今日の集まりにこのような名目をつける事にした。
「今日はただの飲み会だ。それ以外の名目は何もねえ。何かつけたかったら個人個人で勝手につけてくれて構わねえ。
 今まで世話になった礼として、今日は俺が全額持つ。ただ食って騒げ。それだけだ。以上、勝手に飲み始めろ!」

解説

●やる事
 食べて飲んで騒ぐ 

●かぐやひめん
 キャシーの経営するオネェバー。貸し切りのため他の客はおらず、スタッフもキャシーのみ。
 今回入れるのは1階:ホール、ステージ、キッチン、お手洗い、更衣室(貸し出し衣装着替え用)。2階:ベランダ(1階奥の階段から行ける。キャシーが気付いて人払いしてくれるので内緒話にどうぞ)
 
●飲食物
 酒、ジュース、お茶類、お菓子、フルーツ、おつまみ等が各種取り揃えてある。本格的な食事は要望があればキャシーが用意する

●NPC情報
 李永平/花陣
 パンドラの呪いが解け、 永平はリンカーとしての能力を取り戻し、花陣は自分の脚で立てるようになった。今日の飲み会は今まで世話になった礼として開いたもの。一貫して愚神は倒すべきという立場だし、今まで励ましてくれた者達に心の底から感謝している。だが、愚神と共存を望んでいた者達を無理に否定するつもりはない。

 ガイル・アードレッド/デランジェ・シンドラー
 お騒がせNINJYA&忍ばぬASSASSIN。善性愚神騒動についてそれなりに思う所はあるようだが、出来れば今日は楽しく過ごしたいと思っている。

 キャシー
 身長192m、真っ赤なドレスのオネェさん殿。とにかくエージェント達を心配しており、少しでも気晴らしになればと思っている。

●その他
・未成年の飲酒・喫煙禁止
・人目につく所での暴力行為はお控え下さい
・NPCは特に要望がなければ描写は最小限orなし
・キッチンに入りたい方は要望あれば可
・NPCは最初貸し出し衣装を着ていませんが、PCが要望を出せば着てくれるかもしれません(マスタリング対象)
・英雄が二人いる場合は英雄の変更忘れにご注意下さい
・能力者と英雄の台詞は「」『』などで区別して頂けるとありがたいです
・プレイングの出し忘れにご注意下さい

リプレイ


『花陣チャーン!』
『ミス・キャシー。本日も変わらずお美しくいらっしゃるアナタにこうしてお会いすることができ大変光栄です』
 シルミルテ(aa0340hero001)が花陣の腰へどーん! したのと、ウェルラス(aa1538hero001)がキャシーの前で膝をついたのはほぼ同刻だった。少女漫画よろしく“騎士”の最敬礼を取る相棒に水落 葵(aa1538)は若干遠い目をし、元気なタックルを受けた花陣はシルミルテを笑顔で受け止める。
『おいおいうさ耳、んな激しくやられたらまた車椅子送りだっつーの』
『ゴメンなさイ! ゴ快復おめデトう!』
 うさ耳も快復を祝うがごとく勢いよくぶんぶん動いた。と、桃色の瞳に知り合いの姿が追加され、シルミルテは今度は彼女のドレスにどーんした。久しぶりの再会を喜び元気いっぱい纏わりつく。
『デランジェチャン!』
『ご無沙汰してたわねん』
『ねエ、二人トお手テ繋いデイイ?』
『ああ、構わねえぜ』
 シルミルテは右手を花陣と、左手をデランジェと繋ぎご満悦した。これぞ正に両手に花。しかしずっとは続けずに、しばし堪能した所で二人を解放。人気者を独占してはいけないのだ。うむ。

 蛇塚 連理(aa1708hero001)はしんでいた。いつも以上にしんでいた。
 本日のお召し物は金魚柄の浴衣(※女物)。足元は下駄。普段は三つ編みの髪は蛇塚 悠理(aa1708)の手によりアップして桜のかんざしで留められている。唇を派手になりすぎない赤い口紅、フラムルージュでほんのりと染め、どこの夏祭りに連れて行っても恥ずかしくないお嬢さん(※だが男)である。散々嫌がった。でもどうにもならなかった。結果魂が抜けた連理、の手を超うきうきで引き、悠理は運命共同体へいい笑顔で手を振った。
「やぁ、葵くん!」
「よう悠理サン。連理サンは……ウン。今日も見立てが良いな」
 葵は連理を見て頷いた。連理はめっちゃ笑顔でしんでいた。微笑みを貼り付けどこか遠い目をしている。覗く者はその瞳に虚無を見る事になるだろう。
『うぇーーるーーらーーすーーー』
 だが、ウェルラスの姿を認めた途端虚無に光が舞い戻り、光は透明な雫となって連理の瞳を潤ませた。早い話半泣き。一筋の救いを求め泣きついてきた連理へと、ウェルラスは朗らかな笑顔を浮かべる。
『連理さんどうしました……? あぁ、大丈夫ですよ。今日もしっかりお似合いです。素敵ですよ』
 笑顔から放たれた言葉は連理の希望をデストロイした。仕方ない。この店にいる間のウェルラスに何か期待した所でコレである。蜘蛛の糸を断たれた連理を「可愛いなあ」と悠理が激写し、そんな悠理に葵は何事かを耳打ちした。

『わーい! きっこサンにアキト!』
 美咲 喜久子(aa4759)とアキト(aa4759hero001)の姿を認め、カール シェーンハイド(aa0632hero001)は全力で手をぶんぶんした。アキトも手をぶんぶん振りつつカールとレイ(aa0632)に走り寄る。
『カールさんにレイさんも久し振りー!!』
「お互い、まだ生きているようだな」
 苦笑する喜久子につられ、レイもまた苦笑した。
「喜久子、急に誘って悪い、な」
「いや、誘いは一向に構わん。楽しい場も時には必要だ」
『笑顔の世界を作れるからね!』
「……アキトも元気にしてた……か?」
『もちろん。この通りだよ!』
『二人が居るなら今日はいつもの倍、楽しめそー!!』
 はしゃぐアキトとカールを眺めレイは表情を和らげた。ただ純粋に二人にも日々の依頼の疲れを取って欲しい、そう思って喜久子とアキトに声を掛けた。少しだけ善性愚神についても訊いてみたいと思っているが、メインはあくまでパーティーを楽しむ事にある。
 と、参加者が揃った所で、店主であるキャシーの声が響き渡った。
「それじゃあお店にご案内させて頂くわ~ん」
「久しぶりに、ここに来たな……。キャシーお姉さんに会うのも、久しぶり……」
『このところあちこちに行っていたからな。今日は楽しむか、黎夜』
 アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)の言葉に、木陰 黎夜(aa0061)は「もちろん」という感じに頷いた。店内へと入る一同。その中で、Le..(aa0203hero001)の銀の瞳がぎらりと光る。
 今日の目的はご飯。食べる。食べる。とにかく食べる。色々食べる。あっちのも食べる。沢山食べる。もぐもぐもぐもぐ。
 既に脳内がご飯でいっぱいの相棒に、東海林聖(aa0203)は額に手を当てた。Le..の好き勝手にさせた場合の惨劇がリアルに頭に浮かぶ。完全に抑える事は不可能だろうが、ちょっとでも被害が少なくなるよう留意しなければ。
『行くよヒジリー……じゅるり』
「いいか、今日は抑え気味だぞ」

 かくして色々な思惑をこみこみしながらただの飲み会は始まった。


「あんたが噂に聞くキャシーか……!」
『確かにわがままボディだね! 本日はお誘いありがとうございます!』
 永平の音頭が終わった後、日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)はキャシーの元を訪れていた。一体どんな噂が流れているか不明だが、キャシーは一切気にせずバチコーンとウインクする。
「こちらこそ来てくれてありがとう。今日は楽しんで頂戴ね~ん」

『キャシーおねえさんのおみせには、またきたいとおもっていたのだよ。レイヤのだいすきなキャシーおねえさんは、はなのあるじんぶつだね』
 シキ(aa0890hero001)の言葉に黎夜は嬉しげに笑みを零した。シキが行きたいというので付き添いで来た十影夕(aa0890)の表情は常と変わらず乏しいが、リラックスしている気配はある。息抜き、っていう程疲れてもいないけど。
「キャシーさんて、なんとなく癒される……」
『む、ユウもキャシーおねえさんがスキなのかね!? わたしと、どちらがスキなのだね!?』
 何気なく漏らした呟きにシキが高速で喰い付いた。繰り出される圧力に夕が心持ち後退する。
「えっ、なんで急に張り合うの……意味わかんない……」
『だいじなことなのだよ。ユウ、きちんとこたえるのだ!』
「あっちでドレス貸してくれるって。見に行こ」
 夕は何事もなかったようにドレスへと歩き出した。気を逸らすにしても力技だが、当のシキに気にした風は一切ない。
『ユウがきになるならしかたがないね。どれ、せっかくなのでドレスをみつくろうとしよう』
 言ってあっさりドレス探しに乗り出した。シキが着られそうな子供用ドレス、ではなく、成人男性用パウダー・ピンクカクテルドレスをしゃらり。
『これなど、どうかね。さ、きてみなさい。おちついたいろもいいが、いいきかいだからはなのあるものを』
「俺は着ないよ。かわいいシキが見たいなー」
『わたしはいつでもかわいいが、しかたないな』
 夕がすかさず話を逸らし、シキはあっさりそれに乗った。これでシキはしばらくドレスに夢中になるはずだ。店内で迷子になるわけもないし、この間にのんびりしとこう。ごはんとか出てたら食べたいし。あとフルーツも。
「さっきから知ってる人も見かけるし、日暮も来るって言ってたな。イチゴスキーだからフルーツのあるテーブルにくるかな?」
 夕はふと思い立ち、食事ついでに知り合いを探す事にした。あんまり依頼で一緒になることないから、最近なにしてんのか聞いてみたいし。
 程なくフルーツを発見し、軽食を頂きながらテーブル周囲をぼんやり眺める。しかし果物に寄ってくるのを待ってるなんて。
「……なんかカブトムシの仕掛けみたい?」
 一瞬、カブトムシの被り物をした仙寿の姿が浮かんだが、そこはかとなく失礼な気もする。本人には黙っておこう。


「いえーい! 飲んでる~? 今日は無礼講でしょー? 楽しくやろうぜ!」
 開始からわずか五分。虎噛 千颯(aa0123)のテンションは既にアゲアゲになっていた。完全に酔っ払いのそれだが実はちっとも酔っていない。酔わずともテンションを上げる等千颯には造作もない。しかし酔っ払いと変わらぬテンションで永平に絡んでいく。
「永平ちゃん、ちゃんと飲んでる~?」
「始まってそんな経ってねえよ」
「永平ちゃんとは本当に色々あったね……ウェディングドレス着たり……粘土捏ねたり……洋館に迷いこんだり……水族館行ったり……イルミネーションみたり……ほっっっっっんと色々あったんだぜ~wwww」
「ドレスと粘土の話はやめろ」
「はっ! そういえばもしかして永平ちゃんの雄っぱい成長確認も今日が最後かもしれないのか!」
 今までの事を色々懐かしむ、振りをしつつ千颯は永平の胸部を揉んだ。触るじゃない、揉んだ。相棒の無体現行犯に白虎丸(aa0123hero001)が咄嗟に叫ぶ。
『千颯! お前は何やってるでござるか! 永平殿、遠慮はいらないでござる!』
「……いや、今日は世話になった礼だ……多少の事は……」
 永平は胸を揉まれながら耐えていた。ある意味男らしかった。だがやはりいつまでも耐えられるものでもないらしく「そろそろ離せ!」と腕を回した。千颯は永平の拳を華麗な動作で回避した。
「よぉ、永平! 調子は良くなったのかよ!」
 と、そこに聖がグラス片手に現れた。Le..には釘を刺してきたし、しばらくは大丈夫だろう。多分。まずは千颯も交えて杯を重ね「お疲れ様」と声を掛ける。
「来年になったらオレも酒が飲める歳になるんだけどなァ……飲めるようになったらなんかオススメのヤツでも教えてくれな。ところで、少しはこっちにも慣れたかよ」
 酒について少々残念そうに言った後、H.O.P.E.に来てからの事を少し思い出しながら尋ねてみる。考えるまでもなく、永平は苦笑気味に答えた。
「慣れたとか考える暇もなかったな」
「これからどうして行くんだ」
「マガツヒの件で兄貴と話をするつもりだ。パンドラは倒したが、マガツヒとの決着が付いた訳じゃねえからな」
「そっか。その内約束通り手合わせしようぜ。いまはやらねェけど、また今度やり合おうぜ」
「おう」
 聖は「じゃあ俺はこれで」と二人の元を離れていった。永平に飯を食わせたくもあったのだが、まだ序盤だし、何よりそろそろLe..が本領を発揮する頃。一度で利くとは思って無いので何度か言った方がいいと思うし、自分の目があった方がペースを少しでも抑えられる。はずだ。
(しかし“パンドラ”は倒したが……)
 パンドラとの戦いの幕は引いた。そう思うが、依代の「少年」を切り捨てたヤツがもしもまだ居るとしたら。
(……討つべき敵は……まだ居るのかもしれねェのか……)
 立ち止まってグラスを飲み干し、けれども、と考える。例えそうだとしてもこの場に居る仲間が居れば問題ないな、と。
「あらー相変わらず素敵な食べっぷりね~ん」
 キャシーの声に目線を向けると、そこには絵に描いたように料理を貪る相棒がいた。色々もぐもぐあっちももぐもぐ沢山もぐもぐ。見事過ぎる食べっぷりに聖は大きく肩を落とし、聖に気付いたLe..は心なしかペースを下げた。
「いや、今めちゃくちゃ食ってたよな」
『……してないよ……ヒジリーがうるさいから抑えてるよ……』
 口を動かしながらLe..が答え、そこでキャシーがお盆を持っている事に気が付いた。乗っているのはカクテルグラス。Le..の両目がきらんと光る。
『……お酒……もルゥは飲めるよ……』
「あら、ルゥちゃんお酒飲めるお年かしらん?」
『……大丈夫』
 瞬間、Le..は子供サイズから大人サイズへ変化した。人体なら神秘だが英雄なので問題ない。多分。ちゃんと成人していると説明し、「それなら」とキャシーはグラスを渡した。Le..は桃色のカクテルを受け取り、そのまま飲酒とおつまみに移行。
 する前に、Le..は永平へ瞳を向けた。グラスを掲げ、それから口へと傾ける。
『……永平、復活……おめでと……(ごきゅ)(もぐもぐ)』


「詳しいことは分からないけど。ま、飲みましょ!」
『お嬢様はノンアルコールですよ』
 プリンセス☆エデン(aa4913)のテンションをEzra(aa4913hero001)が笑顔でへし折った。執事の見本市のような笑顔にエデンが全力で抗議する。
「もう、エズラのいけず!」
『お嬢様が補導されるのは構いませんが、店主様にご迷惑をおかけしてしまいますからね』
「エズラ、最近、強気に出てない?」
『そのようなことは』
 エデンが「プンスコ」を発動した。Ezraは「ニコッ」で対応した。エデンはしばし恨めし気に執事役を睨んでいた。が。
「まあいいわ、楽しく過ごしましょ。シンデレラとかノンアルコールカクテルにしよーっと」
「はい、どうぞ~ん」
 頭上から声を掛けられエデンとEzraはびくっとした。見ればキャシーがシンデレラ……オレンジ、パイナップル、レモンジュースと氷をシェークしたノンアルカクテルをエデンへと差し出している。
「ありがとう!」
「リクエストがあったらなんでも言って頂戴ね~ん」
 ウインクを残しキャシーは立ち去ろうとしたが、Ezraが『お手伝いをさせて頂いても?』とすかさず声を掛けた。「ゆっくりして下さっていいのよ~ん」とキャシーが答えようとした、その時、黎夜とウェルラスが揃って二人を訪れた。
「お姉さん、うちもお手伝いさせて欲しい……」
『ミス・キャシー、僕もご一緒によろしいですか?』
「あらやだ、みんな遠慮しなくていいのよ~ん」
『遠慮といったものでは御座いません。僕が望んだコトがコレなのです』
 ウェルラスは貴婦人に礼を尽くす騎士のように頭を下げた。持参したエプロン(ドレス)姿故、床に膝はつけられないが、指の先の所作にまで溢れる想いを込めまくる。
 キャシーへの感情は敬愛である。生きる事への姿勢、心意気、視点、身嗜み、それらすべてが美しい。本日はそんなキャシーの手足となるべく精一杯サポートしたい。いや、させて頂きたい。
『私は裏方をしていると落ち着くもので……何かお手伝いする事はありますか。買い出しでも、洗い物でも、何でも仰ってくださいね』
「うちも遠慮じゃなくて……キャシーお姉さんと久しぶりにお料理したい……」
 Ezraと黎夜もウェルラスに続き畳み掛ける。そんな風に説得されて断る理由は微塵もなく。
「それじゃ、お願いしちゃおうかしらん」


 クレア・マクミラン(aa1631)は一人だった。通常であれば英雄のどちらかが一緒だが、今回は「リフレッシュしてこい」と単独で送り出された。二人の厚意には勿論応えるつもりだが、まずは永平の所に赴き、あの時と同じように煙草を差し出す。
「今日は気分ですか?」
 クレアの台詞に永平は目を細めた後、少し笑って煙草を取った。クレアは自分の分に火をつけて、ついでに永平のにもつけてやる。
「今回こそは、ちゃんと劉大人に連絡を入れましたか」
「ああ、治っていの一番にな」
「良かった。していないようなら頭を引っぱたく所でした。ところで古龍幇として、引き続きマガツヒと戦う意思はありますか」
 切り出された本題に永平は「ああ」と返事をした。淀みない返答にクレアも淀みなく続ける。
「実の所、今回の一件でエージェントは廃業して、フリーランスになりましてね。劉大人にもお伝えください。我々の信条と反するものでなければ、いつでも仕事は受け付けると。
 特に、マガツヒ関連であれば必ず。なに、安くしておきますよ。世界には様々な組織はありますが、それらの兵隊どもよりは腕はあると、自負しています」
 連絡先の書かれた名刺を残して去ろうとした時、「頼りにしてるぜ」と声があった。振り返ると永平が片手を挙げており、クレアも片手を挙げ返して今度こそ場を後にする。
 そしてシードルの瓶を何種類か掴んでもう一つの目的に向かおうとした、その時、目的である佐倉 樹(aa0340)がクレアの元へやってきた。何事も淡々としている彼女には珍しく、ややおずおずと口を開く。
「指南をお願いしたく……」
 手にはクレアが、樹の成人祝いにと贈った手帳が抱えられていた。気付いたクレアは嬉し気に目元を緩め、近くのテーブルに瓶を乗せ樹にも座るように促す。
「丁度貴女を探そうとしていた所です。さて、久しぶりに二人で飲むとしましょう。前も話したような気はしますが、貴女にはシードルのような、爽やかな果実酒がよく似合う」
 言って一本目の瓶を開ける。一番の目的は酒の楽しみ方を知ってもらう事。一杯ずつ楽しみ、地域や年代による風味や色合いの違いがある事を知ってもらい、その上で好みに合うものが見つかればよい。
 樹はお酒との良い付き合い方を学びつつ、ちまちまシードルを飲みながら、手帳に記載された中でも飲んだ事のある酒の感想を述べていった。クレアは感想を聞きながら、「それならこれはどうですか」と別の酒も勧めてみる。樹が興味を示すなら、ペリーやワインのようなその他の果実酒を試すのもいいかもしれないが、まだ始まったばかりだ。存分に楽しむとしよう。

『……ふふ、うふふ』
「おお、リーヤが力を溜めておられる……」
 笑みを漏らすユフォアリーヤ(aa0452hero001)に麻生 遊夜(aa0452)がごくりした。力のセーブが効かないらしく、ふさふさの狼尻尾がウズウズぶんぶん揺れている。
 色々終わったし永平は抱き着いても怒らなそうだしガイルとは久々に会うし双子が生まれた報告をしたいし、と色々重なってユフォアリーヤのテンションは降り切れていらっしゃる模様。まずは古龍幇に帰還する永平に突撃するようで、ユフォアリーヤのナイスバディがロケットのごとく発射される。
『……よん、ぴょー……!』
 ダイブしてきたユフォアリーヤに永平は見事に押し潰された。労っているのだろう、永平の頭を掻き抱いてユフォアリーヤはよしよし撫でる。
『……ん、よしよし……頑張った、お疲れ様』
「あ、ああ、あんがとよ……」
 見立て通りと言うべきか、普段は抗う永平も今日の所は大人しい。若干顔が赤い気もするが。
 と、黒い瞳に近くにいた花陣の姿が映り込んだ。狼の瞳がきらーんと光り、花陣の前へ瞬間移動。両手を伸ばして花陣の方にジリジリと近寄っていく。
『……ふふふ、よしよし……なでなで……』
『ね、姉ちゃん、俺は逃げないから普通にしてくれていいんだぜ?』
 心なし花陣が引いているような気がしたが、言葉通りその場を動かずユフォアリーヤを待ってくれた。ユフォアリーヤは心おきなくハグをして、花陣の頭をなでなでする。
『……ん、ふぁちんも、頑張った頑張った』
『あ、ありがと、姉ちゃん』
『……ん、それと……これ見て欲しいな……』
 ユフォアリーヤは花陣を永平の所へ引っ張ると、二人を横に侍らせて胸から写真を取り出した。邪険にされないので今までの分くっ付きたい! という願望を満たしつつ、先月産まれた双子の写真を見せびらかしたい! 親馬鹿を体現するのだ!
『……ん、ふふ……可愛い、可愛いの……ぷにぷに、ぷにぷにだよ』
「そっか、産まれたんだな」
『そいつはめでてえな。おめでとさん』
 やーん、とデレデレなユフォアリーヤに、永平と花陣はそれぞれ表情を緩めてみせた。存分に二人を堪能し、十分満足したユフォアリーヤは、次の標的に狙いを定め再びロケットのごとく発射。
『……んー、ご・ざ・るーーーー!!』
 久しぶりな分を貯めに貯め、ユフォアリーヤはガイルの胴にもドーンした。突如飛来したユフォアリーヤにガイルもまた押し潰され、ユフォアリーヤは潰れたガイルをギュッと抱き締めスリスリなでなで。
『……ん、久しぶりの……ござる、ござるだ』
「お、オヒサシブリでござる……」
『……ん、元気にしてた? ……ご飯食べてる? これ美味しいよ……はい、あーん』
 ユフォアリーヤはガイルを起こして着席させると、流れるようにガイルの口に小籠包を持っていった。流れが良過ぎて何が起こったのかわからない。久しぶりのガイルであり、色々あってテンション高く、さらに場に酔っている。いつも以上のべったり感がユフォアリーヤから溢れていた。
『……ござる、ござるも写真見て……』
「なんと! オメデトウでござる!」
『……ん、目元はキリッと……ユーヤに、似ててねー……耳と尻尾は、ボクとお揃い……だよー。……もうね、可愛くてね……家族もいっぱいで、寂しくないよ』
 恒例になりそうな写真を眺め、再びユフォアリーヤがデレデレした。群れを失った一匹狼が手に入れた、愛しい家族。にへらと緩みっぱなしのユフォアリーヤにガイルが拳をぐっと握る。
「遊夜殿もユフォアリーヤ殿もお優しいから、ハッピーなファミリーになるでござる!」
 笑顔で言い切ったガイルを、ユフォアリーヤはぎゅっと抱き締めた。今宵の! おかーさんは! 母性が! 溢れております!
『……ん、満足』

 遊夜は少し離れた所で一人グラスを舐めていた。こうなったリーヤは止まらないので、酒の肴に眺めながらちびちびやる魂胆である。
「やれやれ、なかなか止まりそうにないな……ま、こういうのも良いもんだ」
 普段美味しく感じない酒も今日は美味しく飲めそうだ。見計らったようにキャシーが様子見にやってきたので、片手を挙げて呼び止める。
「何かオススメあるかい」
「どんなのをご所望かしらん」
 希望を伝えるとベリーニを勧められた。シャンパングラスにピーチネクター、グレナデンシロップ、スパークリングワインを注いだもので、シャンパンが苦手な者でも楽しめる味わいとなっている。
「度数は普通だから飲み過ぎには注意してねん」
 遊夜はキャシーに礼を述べ、試しに一口飲んでみた。この日のために頑張った、それで良かろうさ。
「……ああ、酒が美味いな」


『小夜、楽しんでる?』
 あけびに声を掛けられて、ナイチンゲール(aa4840)は表情を少し和らげた。弟分と親友の元気な姿にほっとした顔で「お疲れ様」と言葉を返す。まっすぐな二人にはいつも元気を貰っている。だからいつも元気でいて欲しい。感情の起伏を見せるのが稀な墓場鳥(aa4840hero001)も、『変わりなさそうだな』と少し笑みを零してみせる。
 と、急にナイチンゲールが何かを見つけ、「じゃあ私はこれで」とわたわたと去っていった。仙寿とあけびが疑問に顔を見合わせると、真壁 久朗(aa0032)とセラフィナ(aa0032hero001)が二人の後ろからやってきた。
『お二人とも、こんばんは!』
「久しぶりだな」
 セラフィナはぺこりと頭を下げながら、久朗は常のごとく淡々と声を掛けてきた。ナイチンゲールが去った理由は不明だが、とりあえず二人は久朗とセラフィナに向き直る。
『こんばんは、本当に久しぶり』
「折角の機会だ。久朗もちゃんと羽を伸ばせよ?」
「ああ」
 久朗がそう答えた瞬間、あけびの赤い瞳がガイルとデランジェをロックオン。『私、ちょっと行ってくる!』とだけ言い残し、あけびは疾風となって目標へと突撃した。
『初めまして! 私不知火あけびと言います! NINJYA仲間がいると聞いて! ぜひお会いしたかったんです!』
 ハイテンション極まるあけびにガイルはしばし硬直した。あけびは一切構わずに自己紹介を推し進める。
『私、家業が忍者なんですよー! 今はサムライガールを目指してるんですけどね! サムライハートと忍術を併せ持つ女剣士です!』
「誠でござるか! NINJYAでサムライとはイッツジャパニーズ! ワンダフル!」
 始めこそびっくりしたようだが、お騒がせNINJYAのテンションはすぐにあけびに追い付いた。盛り上がりを増す一角に、「それじゃあ後で」と断って仙寿もまた足を運ぶ。テンション高いあけびの様子に(場酔いしてないか? いや何時もこんな感じか)と思いつつ、仙寿も自己紹介を述べる。
「急にすまない。俺は日暮仙寿。こいつの能力者だ」
『あらはじめましてーん。忍ばぬASSASSINデランジェちゃんよ~ん。暗殺ならまかせて頂戴ね~ん』
 ASSASSINという一言に仙寿は内心「えっ」と思った。仙寿は暗殺任務を遂行する一族の次期当主であり、つまりデランジェとは同種。のはずだ。だが目の前にいるデランジェにはひっそり感が微塵もなく、同じ刺客でもここまで違うのか……とあけびと初めて会った時とは別の意味で衝撃が走る。(一応忍者と刺客のコンビ同士になるのか……?)と思うのだが、ジャンルが違う。そんな気がする。
「あけび殿はなぜサムライガールに?」
『昔から侍に憧れてて……デランジェさんはいつもその格好を?』
『そうよーん、だって可愛いでしょ? ドレス姿のASSASSINがいてもいいじゃない?』
 盛り上がりはさらに勢いを増し、仙寿は一人取り残される。やはり何かジャンルが違う。三人のボケに振り回される予感を拭えない仙寿であった。


『素敵な衣装ですね。どちらで仕立てられていらっしゃるのですか』
「お得意さんがいてねん。良かったらお店教えましょうか」
 Ezraはキャシーを手伝いつつ合間に会話を弾ませていた。なんでもリクエストがあったらしく、つまみを用意する傍らでそちらの準備も進めている。
『料理も手慣れていらっしゃる。レシピ参考になります。それと改めて、素敵な場所と機会のご提供、ありがとうございます。お嬢様も、とても楽しんでいるようです。きっと、皆さまもこの機会に、色々な思いを昇華させるのでしょう』
「お役に立てたら嬉しいわ~ん。Ezraちゃんも今日はめいっぱい楽しんで頂戴ね~ん」
『はい、是非』
 Ezraが笑顔で答えた所で誰かの注文の声が聞こえた。『伺って参ります』とEzraが手を拭きながら出て行って、黎夜が洗い物の報告がてらキャシーにホワイトデーの礼を言う。
「えっと、ホワイトデー……お手紙、ありがとう……」
「お姉さんこそ、黎夜ちゃんにプレゼント貰えてとっても嬉しかったわ~ん」
「それと、近況報告っていうか……アーテル、素の口調で話すようになったんだ……。前にお寿司食べにいった後に、お願いして……。
 うちは、男の人が苦手っていうよりも怖かったんだ……。今もまだ少し怖いけど、全員が怖いわけじゃないって、わかったから……もう大丈夫だよって」
「……」
「うちなりに、頑張って、少し前進してた……」
 黎夜の報告にキャシーは目を潤ませた。出来れば頭を撫でてあげたい。だがそれをして大丈夫なのかキャシーには分からない。
「本当に、よく頑張ったわね黎夜ちゃん」
 だから、精一杯優しい声でそう言った。黎夜が「うん」と頷いた、と同時にくううと可愛い音が響く。
「ちょっとお休みしてきなさいな。いっぱいごちそうするって約束したものね。お姉さんももうちょっとしたらお邪魔させて頂くわ~ん」
 キャシーは黎夜を送り出し、ウェルラスや戻ってきたEzraにも声を掛けようとした。そこにカールがひょっこりと顔を出す。
『キャシーおねーサン、キッチン貸して欲しいんだけど』
「遠慮なく使っていいわよ~ん。何か欲しい食材ある?」
『えっと、それじゃ法蓮草と~』


『セラフィナー!』
 セラフィナが振り返ると、シルミルテが両手に何かを持ってやってきた。右手には兎型かき氷器(持ち込み)。左手にはしろくま(動物)型しろくま(かき氷)。大好きで大切な友人を想い作られた渾身の力作に、セラフィナの顔がぱあっと輝く。
『しろくまさん! すごいです!』
『イッショに食べヨー』
 シルミルテがスプーンを取り出した。二人でしろくまを分け合った。ゆったりと堪能し満足満足、した所で、天の川のごときセラフィナの瞳にかき氷器が映り込む。
『折角ですし皆さんにも何か作りませんか?』
『……! ナイスアイディア! やロウ!』
 かくして急遽かき氷祭りが始まった。飲み物用の氷を使い、セラフィナは飾り付け担当。小さめな小皿にフルーツとシロップを乗せていき、見た目にも爽やかで涼しげにを演出する。
 一方、シルミルテは芸術面は基本的にセラフィナに任せ、ちょいちょいなにかをつまみつつひたすらしろくま(かき氷)作成。手だけでなくうさ耳でのハンドル回しにチャレンジする。流石うさ耳。器用。
『僕は……やる時はやる英雄です……!』
 かき氷作りに火がついたのかセラフィナはぐっと拳を握った。かき氷は冷たいがやる気は熱い。めらめら。フルーツの配置を工夫してひたすらうさぎ、パンダ、アルパカ等……アニマルかき氷が次々量産されていく。

「カールがいないな」
 レイの一言にそういえば、と喜久子やアキトも周囲を見回す。先程からちょこちょこ酒やつまみを取りに行っているので気付かなかったが、確かに随分姿が見えない。
 何処かに遊びに行っているのか、と三人が思った、その時、カールがカートを押しつつホールへと入ってきた。『はいみんなちゅうもーく』、と陽気に声を響かせる。
『こんだけ人数居ると、やっぱつまみも無くなるの、早いじゃん? ってワケでキャシーおねーサンにキッチン借りてきましたー!』
「……今度は何作ってきたんだ……?」
『それは見てのお楽しみ! 皆、良ければ食べてやってねー!』
 すれ違い様レイの呟きに答えた後、『レイときっこサン達には別であるから、さ』と小声でウィンクを飛ばしてきた。そして中央で掛け布を取りはらう。
 乗っていたのは法蓮草と玉葱、ベーコンのキッシュと、桃のヨーグルトムースだった。『出来立てをどうぞー』と言い残しカールは再びキッチンに戻る。そして今度はキッシュとムースにプラスして、色々な種類を取り揃えたカナッペを持ってきた。
『わーカールさんの手作り? 手作り??』
 アキトが目を輝かせさっそくキッシュを口へと運ぶ。実はカールは料理や菓子作りが得意なのだ。レイが少食の為作り甲斐の無い思いをしているが。喜久子もカナッペを口に入れ、素直に称賛の言葉を述べる。
「うん。良い味だ。私も菓子位は作りはするが、まだまだと言った所だな」
『お、このムースとか最高かも!!』
「折角なら、ベランダで食べないか?」
 レイの提案に頷いて、四人用の料理とワインを持ってベランダへと赴いた。夜風に当たりながら頂く酒はまた格別で、カールの料理がいっそうの華を添えてくる。
『カールさんは他にも色々作れるの? デザート系とか! 俺甘いもの好きなんだよね。今度家に作りに来てよ!!』
「アキト、無理を言うな」
『え? 俺は構わないよ?』
 困った様子で諫める喜久子にカールはきょとんとして返した。やり取りに苦笑を浮かべた後、レイは表情を引き締めて喜久子とアキトに瞳を向ける。
「訊いても……いい、か?」
『アレ? 今日は真面目モード無しなんじゃないの?』
「煩い、黙っとけ。……喜久子とアキトは……善性愚神をどう思った?」
 その問いに、喜久子は口元を引き結んでワインへと視線を落とした。
「善性愚神、か……。そうだな、それ関連の依頼には縁無く傍観の姿勢だったが、急と言う所は引っ掛りはしたな。
 ……レイ、もし善性が、奴らの言う事が本当であり、我々と共存出来たとしたら如何思う……?」
「……本当に共存出来たら、か。喜久子は面白い事を言う……」
 問いに問いで返されて、レイは指で顎をなぞった。本当に共存出来たら。その前に自分は、善性愚神をどのように思っていただろうか。
「俺は善性愚神の事を……ずっと疑ってたな。もしまた同じ事が起きても、きっと同じように疑うだろう。その上で共存出来たとしたら……そうだな、決して気は抜かず、但し手探りは怠らず、かな。今までにヤツらに幸せを奪われた者も多い、だろう。手放しで歓迎体制は作れないかもしれない……時代に逆行しても。敵と見做されても。だ……」
「善であれ悪であれ、お互い累々とした屍の上に立つモノだ。もし洗脳ではなく、一般人が己の意志で、歓迎するのならば、それはそれで構わん。きっと私はそう思うだろう。
 然し、善性と名乗っていた愚神がこれ以上に一般人の洗脳的状態を強めたら……一般人でない、我々リンカーは脅威でしかなくなるかも知れん。その先は言わずと知れた所だろう。実に恐ろしきは……と言う所だな」
『でもさーホントだったら、今以上に楽しめたかもしれないのにねー』
 二人の固い声を和らげるように、カールが陽気に声を張った。無理に装ったわけでなく、本当にそうなったら楽しかっただろう、そんな無邪気な声だった。
「そんなに簡単に行くとは思えんが、な……」
『でもでも! 楽しい、って正義だから! ね、アキト!!』
 カールはアキトに顔を向け、アキトはうんうんと頷いた。そして難しい顔の相棒を覗き込む。
『きっこさんは色々考えてるんだね。難しい事ばっかり考えると疲れちゃうよー? レイさんもほら! 笑って笑って!!
 善性愚神については、俺はカールさんに倣え、ってトコかな。細かい事は解かんないけど、皆が笑顔の世界が一番良いしね!
 ……でもさ、愚神も何考えてるか分からないよね。現にここに居る、レイさん、カールさん、きっこさんの事だって全然知らないワケだし。
 本当に、愚神と人と混じって日々を送れる様になってたら……って考えさせられはしたかなぁ』
 アキトが夜空を見上げ、他の三人もそれにつられる。
 愚神と人とが共に日々を送れたら。それは叶わぬ夢物語だったのだろう。
 だがここで、四人で、共有している今現在は紛れもない現実だ。
『とにかく今日は楽しもうぜ! いつもの倍、三倍四倍!』
「そうだな……どうだ、折角ステージがある事だし」
 カールの『楽しい』を受け、レイがアキトに水を向けた。アキトの顔がこれ以上ない程ぱっと輝く。
『ステージ! 勿論勿論!』


『何故逃げ出した』
「だ、だって……」
 墓場鳥の影に隠れてナイチンゲールはしゅんとしていた。今回参加した目的の一つは、以前久朗から借りたジャケットを返す事。持参したタータン柄の包みの中身がそれである。
 しかし借りた経緯の羞恥故、久朗に直行する事は出来なかった。先程仙寿とあけびから……正確には近付いてきた久朗から逃げた理由もそれである。千颯や夕、クレア達とすれ違った時は「こんばんは、お疲れ様です」と屈託なく挨拶出来たのだが、久朗にだけはどうしても、どうしても無理だった。現在絶賛進行形で英雄の後ろでステルス中。
『いい加減覚悟を決めろ』
「や、ま、まだ心の準備が!」
 しかしその状態が長く続くはずもなく、ナイチンゲールはステルス先に無理矢理引きずられていった。そして会場の中心からやや離れた場所にいた久朗の前へ放り出される。覚悟は全然決まっていない。が確かに逃げ回っている訳にもいかない。勇気を振り絞って「あっ、あの!」と、おずおずと包みを差し出す。
「……これ、ありがとう(ございました)」
 徐々に声がフェードアウトし「ございました」がステルスした。久朗は烏龍茶片手に軽食を摂っていたが、どこか内気な様相の茶髪の少女に包みを差し出され首を傾げた。こんな知り合いが居ただろうか。
 だがとりあえず包みを受け取り、中身で合点がいったようだ。「ああ」と声を出した後、久朗は改めてじっと彼女の顔を見る。
「……そういえばあの時言ってたな。“今の私がただの私”だって。風邪は引かなかったか?」
 今更な問いかと思いつつ尋ねてみると、ナイチンゲールの顔の辺りでぼふっと妙な音がした。音の理由は定かでないが、赤面した事も理由なのかろくに目も合わせてこない。「だ、大丈夫……です」とナイチンゲールが消え入りそうな声で呟くと、墓場鳥がウィスキーボトルを卓上に置き踵を返した。
「え」
『積もる話もあるだろう』
「いや、ちょ」
『飲みすぎるなよ』
 墓場鳥は振り向きもせずカウンター席へ去って行った。積もる話が何なのか、久朗にはさっぱりわからないが、何と無しにとりあえずテーブルのスペースは空けておく。この状況で「じゃあこれで」と逃げられる訳もなく、ナイチンゲールはばつが悪そうに相席させて貰う事にした。
「どうしたら、いいのかな」
 しばらく経っての事だった。押し黙っていたナイチンゲールがそんな事を言い出したのは。何をとは言わず曖昧な言葉を呟いた後、ただ楽しそうな喧騒に眩しそうに目を細める。
「この光景。きっと誰もが望む“正しい”世界。戦いの後、そこに立ってるのはいつだって私達。大切な人のいる優しい場所。……だけど、私は」
 互いを想うあまり愚神になったアセビ、オルリア。
 人に寄り過ぎて愚神になったセーメイオン――タナトス、ヘイシズ。
 言葉に出来ない想いが水分となり、青い瞳に膜を張る。
「なんとか、したかったです……なんとかしたいんですっ……!」
 真意を問うにはとりとめのない、しかし無視するには激情に焦がれ過ぎた声だった。久朗は黙し、彼女の言葉に耳を傾け、そうして何処か遠くを見るように、言った。
「俺は……正直自分の手の届く所、目に付いた物の事しか考えられない。『誰もが』とか『世界』とか、そんな曖昧な向こう側に共感するほど、自分を余らせていないから。
 けど、何も無い人間にだって……理不尽だと憤る事だって、ある」
 “あいつらもきっと一緒に居たかっただけだろうに”
 そんな想いを誰かに吐露する気はないけれど。
 行く道、目指す場所が、同じか異なるかはわからないが、彼女とはとても近い所にいる気がする。
 俺の勘はあまり当たった事が無いけれど。
 久朗は再び沈黙した。元々言葉の自由な方ではない。ナイチンゲールは指だけで目元を拭うと、今までの全てを誤魔化すように笑顔を見せた。
「ごめんなさい。飲みましょっか」
 そして酒瓶に気付くとグラスに注いで一気に煽った。墓場鳥が置いたウィスキーを。「……え。いや俺は」という久朗の返事を一切待たずに。ダン、と卓上に勢いよくグラスが置かれ、俯いたナイチンゲールがくすくす不穏に笑い出す。
「……で? 久朗さんは大切な人っているんですか? 好きな人は?」
 酒を飲ませちゃいけない見本市みたいな酔い方だった。段々と目が据わってくる様子に久朗はやや気圧されながら、「そんなのいな……」と言いかけたが、「あー……」と記憶の海を辿るように視線を上げた。それが良くなかった。気付いたら眼前にグラスを掲げ、超笑顔のナイチンゲールが肩に寄りかかっていた。身の危険を感じて立ち上がりかけるも俊敏な手つきで口元にグラスを置かれ、至近距離で超笑顔のナイチンゲールが口を開く。
「いない? 飲めば正直になりますか?」
「ぅ……ぇ」
「飲もう」
 そしてグラスは傾けられた。久朗は何の業か超が付く程下戸である。業の名は鈍感かもしれないが、流石に女性の前で戻す訳にはいかない。断じて。無理矢理酒を飲み込んで、何事かを呻いた後テーブルへと突っ伏した。早々に沈んだ二十四歳に見向きもせず、ナイチンゲールはグラスを掲げる。
「今日はいっぱいのみましょーう!」
 ナイチンゲールは据わった目で再び一気に中身を煽った。その後久朗を叩きつつ何事かを喋っていたが、いつのまにか潰れて夢の世界に旅立っていた。

『未熟者め』
 カウンター席に座した墓場鳥は素知らぬ顔でぽつりと呟き、ナッツを数粒摘まんだ後グラスの中身で流し込んだ。そこに、かき氷を配って回るセラフィナとシルミルテが参上する。
『アヒルさんです!』
『ヨロしけレバドうゾ!』
 嘴はレモンシロップで染めたのだろう、手が込んでいて可愛らしい。『ありがとう』と礼を述べ、墓場鳥はスプーンで口に運んだ。さっぱりとした甘みが舌と喉を潤していく。 


「今、誰かいる?」
 キャシーに確認を取った後、千颯は一人でひっそりと二階のベランダに赴いた。永平に声を掛けようかと思ったが、少し戸惑い、結局声は掛けなかった。盛り上がる一階をBGMに今までの事を思い出す。
 パンドラに関しては、自分でも驚く程に何の感情も湧かなかった。善性愚神も最初から信じていなかったし、この顛末は予想の範囲内だったからかもしれないが。
「うーん……俺ちゃんってもしかして結構冷たい人間かもな~」
 冗談っぽく独りごちると、階段を上がってくる誰かの足音が聞こえてきた。「千颯、いいか?」との声に、相手が永平だと気付く。
「あっれ~? 今日の主役がこんな所で油売ってていいの~? なになに? 俺ちゃんがいなくて寂しかった~? も~永平ちゃんの寂しんぼ~」
 態とらしくオーバーアクションで揶揄ってみる。今生の別れでもないし、会おうと思えば何時でも会えるだろう。
 ただ……こちらから行くかどうかは別にして。
「とりま、おめでとう。大願叶ってこれで胸張って帰れるな。今度は暴走するなよ~」
「ああ、気を付けるよ」
「これは俺ちゃんからの快気祝い~」
 千颯は奇蹟のメダルを指で弾き、永平の手へと飛ばした。永平が掴んだと同時に聞こえるか聞こえないかの声で言う。
「永平……死ぬなよ。……っと、俺ちゃんは下に行こうかな~。永平ちゃんもブラブラしてたら駄目なんだぜ~」
 一瞬真剣な顔をするが、しかし本当に一瞬で、その後は何時も通りの表情と声音に戻っていた。
 永平の頭を撫でてから降り、適当な席へと向かう。座っていた白虎丸が相棒へと問い掛ける。
『で、千颯。ちゃんと自分の思いは伝えられたでござるか?』
 千颯はニッと笑みを浮かべ、「お酒貰ってくるんだぜ~」と手を振って離れていった。千颯の背を見送りつつ、白虎丸は息を吐く。
『はぁ……あの不器用め……仕方ない奴でござるな』

「風にあたってきます」
「大丈夫か」
「はい、ちょっと休憩で」
 しばらく飲んだ後クレアに断り、頃合いを見て樹は一度席を立った。永平がベランダにおり、今一人である事は知っている。
「やぁ、少し……いい?」
 表情筋をいつもよりややにこやかモードに設定し、それ以外はいつも通りの調子で話し掛けてみた。永平が頷いたので傍に寄り、「まずは……おつかれさま。かな」と労いを口にする。
「私ね、ずっと永平に言いたかったことがあるんだ」
 一拍置いて大きく息を吸い込んで、「ごめんなさい」と深く頭を下げた。突然の謝罪に目を見開く永平に、樹はさらに言葉を重ねる。
「アレは決して“私”だけの責ではないことはわかっている。けれど私の責が決してなかったわけではない。だから、ごめん」
 そこで樹は姿勢を戻し、正面から永平を見た。
「謝るのは、キミが“呪い”から解放されたらって決めてたんだ。自己満足でしかないけど、ずっと謝りたかったんだ……うん。ちょっとすっきり」
 ふぅと息を吐き出して、樹は言葉通り少し気が晴れたような顔をした。永平としては樹に謝られる理由はない。だが、樹がそういった言葉を望んでいない事もわかる。
 話は終わったと言わんばかりに、樹は「この後はどうするの? 古龍幇に戻る?」とあっさり話題を変えてきた。いよいよ蒸し返す機会もなくなり、永平は半ば仕方なくそのまま会話に乗る事にする。
「ああ。マガツヒの件で兄貴も出張ってるらしいから、まずは顔を出すつもりだ」
「できれば……私はもう少し永平と一緒に居たいと思っているよ」
 その言葉の真意を考えさせる間も置かず、樹は右手を差し出した。無言で握手を求める樹に、永平は応える。
「じゃあ、私は戻るよ」
 握られた手をあっさり離し、樹は永平に背を向けた。先日飲み込んだ言葉は喉の奥に仕舞っておく。
 涙と同じでこの想いも感情も“私”だけのモノだ。

 樹が去った後しばらくして永平も階段を降りて行った。そして席に戻ろう、とした所で、現れた葵と悠理に腕をがっしり掴まれた。
「!?」
 話は冒頭に遡る。葵が悠理に耳打ちした件、それは永平の着せ替え計画であった。わりと真面目なお気遣い故の計画でもあるのだが、気遣いを全力でセルフ悪用する所存。 人生“愉しい”ことが一番だ。うむ。
 それを聞かされた悠理はいい笑顔でサムズアップした。任せといて! かくして捕獲した永平の前に連理(かわいい)をずいっと押し出す。
「ほら、連理も可愛い恰好してるし、永平くんもどうかな」
「目が死んでる気がするが」
「せっかくこの店が会場なんだから、ちったぁそれらしくしたってバチはあたんねぇだろ」
「俺はこの店の住人じゃねえ」
「ほら、男なら一度はって感じで。ね?」
「褌持って迫ってくるな!」
「任せろ、需要はココに在る。何より愉しい(サムズアップ)」
 悠理、葵、悠理、葵で二人は交互に畳み掛けた。悠理が飴で葵が鞭役。どっちも鞭の気もするが細かい事は気にしない。
「花陣さんも一緒にドレスとか浴衣、どうかな? せっかくだし、酒飲みのバカ騒ぎなら思いっきりやらないとって思うし。ね?」
「ガイルサン、女装に慣れる事で忍者の修行になるらしいぜ」
「お前ら乗せられんじゃねえぞ!」
 悠理はにこやかにドレスを持ち、葵はマジ顔を作成して外堀を埋めに掛かった。永平が即止めに入るが、永平の思い通りになってくれる外堀ではない。
『いいじゃん、面白そうだし』
「修行となるならヤルでござる!」
「必要とあらば俺もやるからさ。な?」
 葵がさらにダメ押しし、永平は大きく肩を落とした。
「分かったよ。で、どうすりゃいいんだ?」
「候補はミニウェディングか浴衣か褌」
「候補はミニウェディングか浴衣か褌か全部」
「もうちょっとマシなもんはねえのか!?」

 葵と悠理の提案は却下され、キャシーが用意したドレスを物色する事となった。浴衣ならマシな気もするが二人が言っているのは「月下美人」。濃藍色の上に白い月下美人の花が描かれた、気品ある一品。麗しい。
『(おや、ほんじつのホストのヨンピョウと……ほかのふたりも、どこかでみたな)……やあ、わたしだ。ドレスをえらんでいるのかね?』
 凸凹な五人組に気付きシキがしゅっと寄ってきた。葵と悠理がかくかくしかじか説明すると、シキが頼もしく胸を叩く。
『どれ、かわいくなるように、わたしもてつだってあげよう』
 そして三人はノリノリでドレスを選び始めた。丈はこれ、色はこっちときゃいきゃいする三人に、永平は思った。
 弄ばれる気しかしねえ。


「あ、日暮」
 夕が果物を堪能しているとテンションが常より高いあけびと、心なしか疲れたような顔の仙寿がやってきた。
「どうしたの?」
「ああ、いや、ちょっとな」
「お待たせ~ん。ご注文の品をお届けに来たわ~ん」
 そこにキャシーがカートを押して現れた。カート上にあったのは苺のタルトとチョコレートのホールケーキ。二つ並んだケーキを見て、仙寿とあけびが同時に驚く。
「……あ」
『もしかして』
 仙寿は今月初め十八歳になった受験生で、あけびは八月初めの高認試験に向け勉強中。あけびは元の世界では学校に通っており、大学部への進級試験がある予定だった。なので元の世界の高等部は卒業してる筈である。
 しかしその主張だけでこの世界の大学には行けない。大学に……出来れば仙寿と同じ所に行く為に、あけびは一生懸命頑張っていた。
 それで二人とも相手の為にケーキを頼んでいたのだが、どうやらお互い同じ事を考えていたらしい。あけびは満面の笑みを見せ、仙寿は苦笑しつつ応える。
『全部食べないとだね!』
「流石に全部は無理だろ……キャシーと夕も一緒に食べないか?」
 互いの気遣いに感謝しつつ、仙寿とあけびは自分の為に作られたケーキを口へと運んだ。夕もご相伴に預かりながら、ふとキャシーに尋ねてみる。
「そういえば、キャシーさんは洗脳とか大丈夫だった?」
「ええ、エージェントの皆様ちゃんのおかげでねん」
 ありがとう、とキャシーに言われ、夕はむず痒そうな顔をした。苺タルトを飲み込んだ後、もごもごと口を動かす。
「俺、友達もリンカーばっかりだから一般の人の状況とかよくわかんなくて……まあ、いろんな人がいるから一人に聞いても仕方ないんだけど、とりあえず、こうやって労ってもらえるのは嬉しいし、きっと役に立ててるってこと、だよね」
「ええ、もちろん。お姉さんが保証するわん」
 夕の呟きにキャシーは微笑み、さあもっと食べてと飲み物等を勧め始めた。二人の様子を眺めながら、あけびはパンドラの事を想う。
(お饅頭頼んでたんだけど、結局貰えなかったなー……)
 仙寿様も私もずっと見定める立場でいた。会議室に留まったのは情報収集の為だった。
 パンドラが口約束を果たさなくても、仕方ないと思ってたし気にしなかった。
 だけど、「お土産頼まれていましたのに……届けられなくて残念ですね」と彼は言ったそうだ。
 仲良く出来るに越した事は無かったし、会議室でも友人だったらこう、という振る舞いをした。
 どんな味だったんだろう。
 異種族だった、天使だったお師匠様と同じように手を差し伸べたいと願う事は出来なかったのか。
(天使と愚神の違いは……王という意思なのかな?)
 だが考えても仕方ない。頭を切り替えて明日からも頑張ろう、とあけびはまたケーキを口にした。優しい甘さが口いっぱいに広がっていく。


「何してんだテメエ!」
 一方その頃、永平は葵と格闘していた。理由は葵が着替え中の永平を撮っていたから。ハンディカメラを取り上げられたらインスタントカメラを、没収されたらスマートフォンを。破壊はされなかったが代わりに拳骨を一撃貰い、沈んだ葵を尻目に永平は衣装を着始める。
「次やったらマジで壊すからな」
「はぁい」
 葵はぶすくれたフリをしつつ悠理と親指を立てあった。実際に撮りもしているが葵は所謂カモフラージュ、本命は悠理のカメラである。かくして葵の尊い犠牲と没収されたカメラを代償に、悠理のカメラと二人の企みは死守される事となる(※盗撮を真似してはいけません)。
「ドレスや浴衣は着付けが必要だし、褌も着方があるんだよ」
 等と言う名目で着替えに潜り込んだ悠理は、気付かれないよう注意しつつこっそり永平の背中を撮った。上半身裸のものや、着た後の写真なども。
 と、そこで悠理はある事に気が付いた。永平についてではなく、同じように着替えようとしている花陣についてである。
 花陣さん、ちょっとお胸がありませんか?
『ん? どうした兄ちゃん』
 悠理は一つの可能性に気付き、天を仰いで目を閉じた。それから花陣を手で招き外に出つつこう言った。
「ちょっとキャシーさんに相談してくる」


「(……たいへんそうだな……)」
 浴衣姿の永平を見て聖は素直にそう思った。幾度とパンドラ戦を共にした黎夜や樹と「お疲れ様」と乾杯したり、他の参加者、特に未成年組とノンアルドリンクを頂きながら交流したりしていたのだが、永平が出てきた瞬間一瞬で視線が集中した。なおミニウェディングドレスは色々あってキャシーが着用する事になり、褌はガイルが担当した。
「イッツジャパニーズ男子でござる!」
『やっぱり。くいしんぼうのチビスケは、たべものにつられていたね』
 と、一仕事終えたシキが夕の元に戻ってきた。杜鵑草のような紫と白のグラデーションが美しいドレス着用。かわいい。
『イチゴをそんなにならべて。ところで、こんどこそチョコレートファウンテンはあるかね?』
「今回は用意させて頂いたわ~ん」
 シキの要望を聞きつけてキャシーが声を掛けてきた。ミニから覗く太腿がすごい。
『ふむ、レイヤとアーテルもさそってやろうかね』

「ねえねえ、ぜんぶオゴリってマジで? 太っ腹! お言葉に甘えてどんどん注文するね!」
「ナニカアリ荘ってアパートなの? なんかあった? 恋の予感とか!」
 スマホであちこちを撮影しまくったエデンは、次の被写体も兼ねて永平へと突撃していた。なお画像はアドレスを聞いて全員に送付しまくる予定。
 月下美人に彩られ永平は遠い目をしていたが、エデンは構わず浴衣を眺めた。そして陳列しているドレス達にも視線を向ける。
「色んな衣装があるんだ、カワイイ! せっかくだし着てみよっかな。こんな機会はプライスレスだよ!
 お店の名前がかぐやひめんだし、かぐや姫の格好とか……」
「もちろんあるわよ~ん。今ご案内するからちょっと待ってて頂戴ね~ん」
 チョコファウンテンを押しながらキャシーがウインクと共に回答。と、突然店内にギターの音が響き渡った。全員が一斉に向いた先にはレイとアキトの姿があり、アキトがステージ上からマイクを握り締め、告げる。
『歌わせてもらうからぜひ聞いてね! みんなの飛び入り参加も待ってるよ!』
 レイがギターを鳴らし始める。穏やかな曲調から始まって、一転して激しくなるようなハードロック。楽しく華やかで激しい曲に、喜久子と共鳴し声が二重になったアキトが歌を添える。何処かこの世界の虚ろを思わせるが、同時に希望をも乗せた歌。
 サビに差し掛かった所でレイがボーカルとしても参入し、Bメロでカールもベースで参加。音が一つ弾ける度に盛り上がりを増していく。
「……それ、綺麗だね。似合うよ……」
 エデンがキャシーと衣装を見に行き、永平が一人になった所で黎夜がつと近付いた。女装に関しては純粋な気持ちの称賛であり、流石に永平も「……ありがとよ」と言うしかない。
「呪いが解けて、おめでとう……士文には、呪い解けたこと、伝えた?」
「ああ」
 永平が答えたと同時に、黎夜は手を差し出した。握手を求めていると永平が気付く前に、黎夜は告げるため口を開く。今まで言おうと思ってタイミングを逃していたこと。告げても変わらないかもしれないこと。
 自分が男性恐怖症であること。
 “普段”の永平に、それを告げる。
「前に歓迎会をした時に、うちが永平を怖いって言ったの、覚えてる……?」
「……ああ」
「うちは、エージェントになる前から男の人が怖くて……アーテルにも、女の人のしゃべり方で話してもらわないとダメだったくらいで……。
 今は、お話もできるし、一緒に戦ったりできるけど……触れるのは慣れてないから、ちょっと震えるかもしれない……。でも、貴方を信用してる、これからも戦えたら…そんな意味も含めて、握手、いいかな……?」
「……ああ」
 永平は黎夜の手を取った。恐怖症に配慮してか、力は全くこもっていない。だから黎夜が握り返す。また少し前進するために。
 パンドラに関しては『パンドラと踊っていたかった』――もう少し戦いたかった。けれど倒した事で永平の呪いが解けた。なら、これでよかったんだ。
 それにマガツヒはまだ存在する。黎夜も今後、マガツヒの動向を追うつもりだ。
『良ければ、写真どうですか』
 写真を撮って回っていたアーテルが、二人に気付いてカメラを見せた。無理強いするつもりはないので『嫌じゃなければ』と言葉を添える。永平は自分の恰好を見、仕方なさそうに息を吐く。
「まあ、いいぜ」
『それじゃあ花陣さんも一緒に……背、黎夜より少し高いくらいだったんですねぇ』
 花陣も手招きして三人で並ばせつつ、アーテルは素直な感想を述べた。おめでとうございます、と永平や花陣に解呪の祝辞を呟いて、
『はい、チーズ』

「アガってきた、歌お!」
 かぐや姫となったエデンが十二単を翻し、レイやアキト、カールと共にステージで熱唱する。Le..は赤い顔をして卓上に転がっていた。
『……ルゥ……よってないひ……』
「いや確実に酔ってんだろ」
 すかさず聖のツッコミが入る。大人状態になると驚く程小食になり、また酒はそこまで強く無い為、飲み始めるとご飯を食べる勢いも落ちる。結果進撃の食欲は止まったが。
「結果オーライか? でもま、しっかりしろ、ほら」
『……むにゃ~』

「むにゃ~」
 墓場鳥は潰れているナイチンゲールを一瞥した。その隣では久朗が静かになって撃沈している。思わぬハプニングに見舞われた悠理は、今はのんびり飲みに混ざったり、葵や連理の写真を撮ったりして穏やかに過ごしている。
「連理可愛いよ、ちーず」
『もう……どうにでもなれ……』
 酒を酌み交わしたり、料理やかき氷やチョコファウンテンにはしゃいだり、皆思い思いに、楽しそうに、今この時を過ごしていた。皆の様子を眺めながらラストオーダーまで飲み続け、墓場鳥は最後に杯を掲げ、呟く。
『人の可能性に』
 乾杯。


【永平さんの近況です。追伸:劉大人が写真を拝見された時の感想を知ると彼は喜ぶと思います】
 H.O.P.E.の回線を通して悠理から送られたFAXに、劉士文はなんとも言えぬ顔をした。目の前には永平の浴衣姿の写真がある。
 葵と悠理が考えた「お気遣い」がこれだった。呪いについて自分でも報告しているだろうが、第三者(?)からも報せる事でより現実味を増してもらおう、という狙いである。また言葉にするのも野暮かなとこんな手段を取る事にした。
 とは言え先にも述べたようにセルフ悪用マシマシだが、女装や着せ替えタイム中等衝撃映像ばかりではない。呪いが消えた背中の写真、エージェント達と騒いでいる顔、立って歩く花陣の姿も。
「浴衣は、今回も見なかったことにしてあげようか」
 苦笑ではあるが、しかし確かに笑みを漏らして士文は一枚の写真を取った。エージェント達に囲まれて、不器用に笑う永平の顔。
「さて、気の利いた感想を考えておかねばな」

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 深淵を見る者
    佐倉 樹aa0340
    人間|19才|女性|命中
  • 深淵を識る者
    シルミルテaa0340hero001
    英雄|9才|?|ソフィ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • Sound Holic
    レイaa0632
    人間|20才|男性|回避
  • 本領発揮
    カール シェーンハイドaa0632hero001
    英雄|23才|男性|ジャ
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    シキaa0890hero001
    英雄|7才|?|ジャ
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命



  • 聖夜の女装男子
    蛇塚 悠理aa1708
    人間|26才|男性|攻撃
  • 聖夜の女装男子
    蛇塚 連理aa1708hero001
    英雄|18才|男性|ブレ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • エージェント
    美咲 喜久子aa4759
    人間|22才|女性|生命
  • エージェント
    アキトaa4759hero001
    英雄|20才|男性|バト
  • 明日に希望を
    ナイチンゲールaa4840
    機械|20才|女性|攻撃
  • 【能】となる者
    墓場鳥aa4840hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • Peachblossom
    プリンセス☆エデンaa4913
    人間|16才|女性|攻撃
  • Silver lace
    Ezraaa4913hero001
    英雄|27才|男性|ソフィ
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