本部

欲望の船は地中海を根城とす

絢月滴

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/07/29 20:55

掲示板

オープニング

●幸せに忍び寄る影
 結婚前、最後の独身旅行と言えば、はしゃぐに決まっている。
 学生時代からの仲間た四人と一緒に、アレックスは最高の夜を楽しんでいた。
 今彼が居るのは豪華客船の甲板だった。ワインの力もあってか、吹き抜ける風が心地よい。
「いやあ、ほんとに来てよかったな!」
「貯金使ったかいがあった!」
「明日はいよいよモンテカルロだったな」
 ああ、とアレックスは頷いた。
「よーし、カジノの本場に乗り込む前に予行練習だ! アレックス、カジノ行こうぜ!
「おいおい、運は明日にとっておけよ?」
 陽気に五人はカジノへ向かった。きらびやかな照明の下、ルーレット、ポーカー、ブラックジャック、スロットマシーンと様々な遊びが繰り広げられている。友人たちはそれぞれ興味がある遊びに向かった。アレックスはチップを手に、ルーレットの台に近づく。
「まずは……赤の14!」
 所持しているチップの半分をアレックスは賭ける。ディーラーが玉をホイールに投げ入れた。くるくると回る赤と黒の円盤をアレックスはじっと見つめる。やがて玉が一か所に落ちた。
 赤の14。
「よっしゃああああっ!」
 思わずガッツポーズをとるアレックスに、周りの客が拍手を送る。
 その後も、アレックスは勝ち続けた。手元にはいつの間にかあふれんばかりのチップが積まれている。
「俺ついてるなー」
「お客様」
「ん?」
 アレックスは振り返った。カジノスタッフがにこにこと笑っている。その目元には泣きぼくろが二つあった。
「今宵、ラッキーなお客様だけを特別なルーレットにご招待しております。チップはこちらで持ちますので……いかがでしょうか? もちろん、お客様が稼いだ分は換金いたします」
 スタッフの誘いに、アレックスはすぐ頷いた。



「なあ、アレックスは?」
 翌日。
 カジノを楽しんだアレックスの友人たちは彼の姿が見えないことに不安になっていた。
「返信もねえし……」
「失礼します、お客様」
 スタッフの声に、友人たちは振り返った。
「アレックス様からご伝言を預かっております」
「伝言?」
「はい。『体調が悪くなったので、先に帰る。ごめん』と」
「あー……もしかして病院とか行ってるから、返信ねえのかも」
 友人たちは納得したように頷き合った。
 スタッフは一礼して、その場を去っていく。
 その目元には二つ、泣きぼくろがあった。


●消えゆく人々
「息子が……息子が帰ってこないんです……息子の友人も、知らないと言うんです……」
 目の前で泣き崩れる中年女性に、西原 純(az0122)は適度に相槌を打ちながら聞いた内容をまとめていた。先月から、こうした相談が相次いでいる。正確な数は把握していないけれど、もう二桁は報告されているような。
「息子から最後に連絡があったのは、何処だ?」
「地中海クルーズ……豪華客船、サレーユ号です。ああ、アレックス……」
(また、サレーユ号か……)



 数時間後。
 純はエージェント達を前に作戦の説明をし始めた。
「豪華客船サレーユ号で人が行方不明になる事件が多発している。警察の調査はもちろん始まっているが、これといった進展はなく、これは愚神、もしくはヴィランの仕業かもしれないとH.O.P.E.に依頼が来た」
 純はテーブルの上に人数分の豪華客船クルーズのチケットを置く。
「サレーユ号に乗船して、真相を究明してくれ。愚神が居た場合は討伐を。……説明は以上。あとは任せた」



●影は限りなく欲を喰らう
 薄暗い室内。チップが山のように積まれたテーブルの前で、彼はひひひ、と下品な笑いを浮かべていた。
「ああ……人間と言うのはなんと欲深い……。金、優越感……すぐに釣られる……」
 じゃらじゃらと、彼はチップを遊ばせる。ぬるぬると、触手のようなものが床を這った。キノコのようなシルエットがぼんやりと浮かぶ。
「さてさて、次の出航もそろそろだ……この触手でからめとり……毒で料理して、また人間を喰うとしよう。なあ、マルト?」
 彼の呼びかけに、泣きぼくろを二つ持つ青年は深くお辞儀をした。彼の手は鋭い刃に変化している。
「仰せのままに。ビュロウ様」

解説

サレーユ号で起きた事件の真相解明が今回の目的です。
以下の情報に注意して、目的を達成して下さい。

・サレーユ号は最大乗客数二千人の大型客船です。動く最高級ホテルとも呼ばれています。
・船内にはカジノや映画館、プールといった娯楽施設が充実しています。
 ただし、カジノに未成年は入場できません。
 カジノで賭け事を楽しむ場合は1000G所持金からマイナスされます。
・クルーズコースは以下の通りです。
  1日目:チビタベッキア(イタリア)
  2日目:終日クルーズ
  3日目:バルセロナ(スペイン)
  4日目:終日クルーズ
  5日目:終日クルーズ
  6日目:モンテカルロ(モナコ)
  7日目:チビタベッキア(イタリア)
  

・何か不明点があれば、純が答えます。

リプレイ

●旅も事件も事前準備から
「さぁ、楽しい楽しい船旅の始まりだ!」
 港に向かう大型タクシーの中で、木霊・C・リュカ(aa0068)は待ちきれないといった様子で笑っていた。その向かいには、具合が少し悪そうな獅堂 一刀斎(aa5698)と、比佐理(aa5698hero001)が座っている。
「獅堂さん、大丈夫?」
「あ……ああ」
『先日の任務は厳しかった、らしいな』
 リュカの隣に座るオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)も心配そうだ。
『一刀斎様。無理は』
「大丈夫だ」
 比佐理を心配させるかと、一刀斎はいつもと変わらぬ声で答える。そして純から渡された失踪者リストを見て。
「年齢や性別に失踪者の共通点はなさそうだ」
「んーじゃああと怪しいのは、その消えた人たちが最後に目撃された場所と時間、かな?」
『それについては、拓海達が調べてる、はずだ』
「じゃあ、合流後に情報交換するとして……」
 リュカはサレーユ号のパンフレットを鞄の中から取り出した。
「カジノについて確認しておこう!」
『……仕事を忘れる、なよ』
「当然!」



 三ッ也 槻右(aa1163)は旅行鞄の中をもう一度確認した。忘れ物は特にない。側でノートパソコンを開いていた隠鬼 千(aa1163hero002)に声をかける。
「千、そろそろ迎えが来るよ」
『主! もうそんな時間でしたか!』
 スリープモードにしたパソコンを抱え、千は立ち上がる。二人連れ立ってホテルの部屋を出た。近くのエレベーターに乗り込む。
「監視カメラの映像から何か分かった?」
『まだ解析途中ですが……やはり、五日目。モンテカルロ寄港前に居なくなっている人が多いのです。一人客の人も、集団客も。……でも一度に居なくなるのは、一人』
 エレベーターの速度が落ちる。チン、と軽い音がしてドアが開いた。行ってらっしゃいませ、と礼をするホテルのドアマンに軽く会釈しながら、二人は外に出た。玄関から少し離れた場所。黄色い車の側で待っているのは、荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)。
「槻右」
 名前を呼ばれ、槻右は頬を緩めた。荷物をトランクに放り込んで、助手席に座る。隣に居るのは、もちろん拓海だ。車が静かに発進する。
『千ちゃん。何か分かりましたか?』
『はいリサ姉!』
 先程の調査で判明した事を千は皆に伝えた。何かに乗り上げたのか、車が大きく揺れた。おっと、と拓海がハンドルを握り直す。
「なるほど。じゃあ船ではグループを装った方がいいのかな」
『オリヴィエ君からの情報によると、年齢や性別に共通点は見られないみたい』
「あとは現地調査。……千」
『何ですか主』
「情報収集頼める? ……船にはプールにビュッフェもあるんだって。解決したら好きなだけっ」
『好きなだけ……確かに言いましたね! お任せ下さいっ!』
 情報戦は経験済みですから! と千は胸を張る。もちろん、娯楽に釣られた訳ではない。
(皆様の表情が曇るのが嫌です!)
「見えた。あれがサレーユ号だ」
 港に泊まる、白く美しく、優美な船体。
(あれが事件の舞台……)
 遺体は発見されていない。だからまだ希望はある。
 拓海は一つ深呼吸をして、再びアクセルを踏み込んだ。



 九重院 麗羽(aa5664)はサレーユ号を間近で見上げていた。
「話には聞いていましたが……迫力がありますわね」
 麗羽は小さく喉を鳴らす。それに目ざとく気づいた烏丸(aa5664hero001)は彼女の肩を軽く叩いた。小さな衝撃。しかし麗羽は大きく反応した。
「っ、何ですの」
『初の戦闘依頼ってわけだけど、そんなに肩の力を入れてたら足元を掬われるわよ?』
「わ、分かってますわ」
 麗羽は烏丸から視線を逸らした。と、こっちに駆け寄ってくる二人に気づく。
 黒金 蛍丸(aa2951)と詩乃(aa2951hero001)だ。
「ごめんなさい九重院さん、遅くなりました!」
『まさか渋滞に捕まってしまうとは。想定外でした』
「……まあそれなら仕方ないですわ。行きましょう」
 船のタラップを麗羽は昇る。その後に、烏丸、詩乃と続く。
「ようこそ、サレーユ号へ」
 四人を迎え入れたのはスタッフに扮した無月(aa1531)とジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)。デッキでは恋條 紅音(aa5141)とヴィクター・M・メルキオール(aa5141hero001)が海を眺めている。



 そしてサレーユ号は定刻通り、出航した。



●船の中の探索
 出航してから数時間後。
 無月はスタッフとして船内の案内をしていた。
(……さて)
 無月はこれから確認すべきことを脳内に思い浮かべた。
(監視カメラは……千君が解析しているだろうから、その結果を待つか)
 無月はスタッフルームに戻った。もう少ししたら夕飯の時刻だ。また色々な事をやらなければいけないだろうから、それまで――。
『あ、無月戻ってきた!』
「……ジェネッサ、それは何だ?」
 ウサギの耳がついたカチューシャ。ウサギの尻尾がついたボディースーツ。網タイツに、ピンヒール。
『せっかくだから今からボク達はバニーガールとして働こうか、せっかく美人が二人もいるんだから皆にサービスしないとね』
「いや私は自分が美人だとは……それに、今日は客案内として」
「いいからいいから!」
 ジェネッサの勢いに押され、無月は渋々その衣装に着替える。
『はは、よく似合うよ無月。お色気をふりまいておけば鼻の下を伸ばしたスタッフの人達から何か噂話を聞けるかもしれないし、ギャンブルをやっている仲間達に情報を伝える為の接近もしやすいから』
 ボクも着替えよう、とジェネッサは明るい口調で言った。
(お色気たぶらかしはジェネッサに任せるとして……)
 とりあえずスタッフのカードキーで何処まで行けるかの確認だ。



「こんな子供でもH.O.P.E.のエージェントになれるのか。へー」
 驚き半分、興味半分と言った感じでこちらを見つめてくるスタッフ達。
 蛍丸が反応する前に、麗羽がスタッフを睨みつける。
「今はそんな事関係ないでしょう? ……黒金君も、そんなにおどおどしないでいだけません? わたくしが虐めているみたいじゃないですの?」
「そ、そんなことないですよ、九重院さん!」
 大きく首を横に振り、蛍丸は一歩前に出た。側にはいつもと変わらず詩乃が控えている。
「え、えっと、オーナーさんから僕たちの事は聞いていると思います。あの、最近、何か……変わった事はありませんか?」
 蛍丸の問いにそうだなあ、とスタッフの一人が頭をかく。
「ちょっと前に制服を無くしてクビになった奴らが居たな」
「制服が?」
「ああ。カジノスタッフとディーラーのな。そいつら、特別なカードキーも一緒に無くしてさ。オーナー大激怒」
「あの時は怖かったよなー」
「そう。大変参考になりましたわ。黒金君、行きますわよ」
 麗羽は颯爽と歩き出した。蛍丸は慌ててスタッフにお礼を言って、彼女の後を追いかける。少し前までは明瞭だった空と海の境界線は既に何処にあるのか分からない。
「黒金君。さっきの場面、わたくしが居て良かったですわね」
「は、はい」
「人に助けを借りたら、お礼くらいいいなさいな。だから世間知らずと言われるのよ? あなた。……わたくしは、レストランに行きますわ。黒金君は?」
「あ、僕はもうちょっと、調査します」
「そう。また後で」
 ひらひらと手を振って、麗羽は蛍丸と別れる。
(本当、頼りなさげだこと……でも)
 麗羽は足を止めた。彼女の艶やかな黒髪が潮風に揺れる。
「本当のところはどうなのかしらね?」
『もしかしたら、私達が心配される方かもしれないわよ?』
「……烏丸」
 いつの間にか側に居た烏丸に麗羽は眉根を寄せる。
 一瞬の沈黙。
 しかしすぐに、歩き出す。
(確かに、そうかもしれませんわ)



 その頃。
 オリヴィエと共鳴したリュカは、船内の構造を調べていた。
 ――チェックがなかったら、イメプロ使ってカジノの裏側に潜入したのに。ディーラー姿のお兄さん、絶対かっこ良かったよね!
 ライヴスの中で騒ぐリュカに適当な相槌を打ちつつ、オリヴィエは船の構造を調べた。
『案外単純な作り、だな』
 ――まあこういうところは分かりやすくないと。
 オリヴィエは天井近くの壁にあるダクトに注目する。床から伸び何処に続いてるのかと追えば、甲板近くの通風孔に繋がっていた。蓋はしっかりと閉じていて、こじあけるのは難しそう。
 ――無月ちゃんからの連絡で、スタッフのカードキーで入れないのは船長室と機関室って言ってたよね?
『ああ』
 ――それじゃあ調査は一旦ここまでにして……。
 オリヴィエはリュカが笑ったが分かった。次に出るであろう一言は容易に予測できる。
 ――カジノ! カジノ行こうオリヴィエ!
『……全く』



●カジノ! カジノ! カジノ!
『さあ、紅音。遊んできたまえ』
 サレーユ号。カジノ。
 二階テラスにあるテーブルの上に、どん、とメルキオールは大量のチップを置いた。
「えっ? でも遊んでる場合じゃ……調査した方が良いんじゃない?」
 至極全うなことを言う紅音にメルキオールは緩く首を振る。
『まぁまぁ、こういう場で気を張り過ぎると寧ろ浮いてしまう。犯人が警戒する恐れもある』
「なるほど、分かった!」
 行ってくるよ! と階段を駆け下りていく紅音を見送り、メルキオールはカジノ全体を見渡す。
『たぶんちょうど良い感じに船内の欲望が高まれば……思うんだよねぇ……カジノに限らず……』
 同じ頃。
 年齢のチェックを無事にクリアしたメリッサ、拓海、槻右はカジノに足を踏み入れていた。乗船した時から作動させているモスケールが僅かに反応を示す。ちょうどこの真下。おそらく船底近く。何かが居る。けれどこの反応からするとドロップゾーンではない。
「敵はそこ、か」
「確か黒金さんがオーナに確認してたよね。立ち入り禁止の区域がないかどうか」
『そうね。今無理に動くことはないわ。最初の手筈通り、カジノで目立ちましょう』
 こほん、とメリッサは一つ咳払いをする。
『ここがカジノなのね! さあ、遊びましょう!』
 スロットマシンに意気揚々と近づくメリッサを見て、拓海はあ、と声を出した。そうだ、今からはメリッサがお嬢様で自分はその友人。
「待ってリサさん。チップ、まずお金をチップに換えなきゃ!」
 メリッサの後を追いかける拓海を、槻右は微笑ましく思う。そして自分も、と意気込んだ。
「よし稼ぐぞ! 稼いで拓海にお礼をするんだ!」
 うきうきと槻右はブラックジャックの卓に向かう。そこで数回遊び、勝って負けてを繰り返していると、スタッフが話しかけてきた。
「お楽しみいただけてますか?」
「はいとても。こういう場所だと凄い腕のディーラーさんとか居るんでしょう?」
 槻右の問いにスタッフは曖昧に笑った。それは分からない、といった表情ではなく、さあどうでしょう? と言った顔。一礼して、スタッフは去っていった。
(もう少し観察しよう)
 怪しまれぬように槻右は再び、ブラックジャックに興じ始めた。



 おお、と一刀斎の周りに集まっていた観客達が声を上げる。
「ストレートフラッシュ! またこの兄ちゃんの勝ちだ!」
「すげえなあ!」
 比佐理と共鳴し、黒豹と形容してもおかしくない姿となった彼は少し前からポーカーで遊んでいた。席に着く前に発動させた鷹の目で相手の手札を覗き見、少しでも不利だと分かれば降り、有利ならそのままカードをオープンする。
(イカサマだがこれも事件解決の為)
 賭けに興じる一刀斎の体から比佐理が顔を出す。興奮している観客達はそれに気づくことはない。
(どうだ、比佐理)
『……特に異常はありません。一刀斎様』



 オリヴィエはルーレット卓に居た。と言っても、賭けに興じているのは彼ではなくライヴス内のリュカ。
 ――赤の7! ほらオリヴィエ、賭けて賭けて!
 リュカに言われるまま、オリヴィエはそこにチップを置いた。ルーレットが回る。カラカラと音を立てて、白球が入ったのは、黒の8。
 ――あー惜しかった!
「あら残念ね」
 オリヴィエの近くに居た妙齢の夫人が紫煙をくゆらせる。彼女の手元にはチップの山が出来ていた。
『……あんたは順調そう、だ』
「ええ。今夜のあたし、ついてるの」
 ふふふ……と彼女は笑う。オリヴィエは彼女と距離を詰めた。
『その運、貰いたい』
「あら。駄目よ。あたしの運はあたしだけのものよ」
『それは残念だ。……ああ、そうだ。’ここだけの噂’にしてほしいんだが……』
 声のトーンを抑え、オリヴィエは彼女に囁く。
 この船で行方不明者が続いていること。
 このカジノが関係しているかもしれないこと。
『……だから、うますぎる話には、注意しろ』
「そんな話をあたしにするなんて……」
 彼女はオリヴィエを頭の先からつま先まで見つめる。そして何かを考えたように視線を宙に彷徨わせ、また煙草を深く深く吸って、煙を吐いて。
「とりあえず、ありがとう、って言っておくわ」
 彼女は立ち上がり、カジノから出ていった。
 ――さてさて、信じてくれたかな。
『信じるも何も……内緒話、は、話したくなるだろ』



「千。監視カメラの映像解析は終わった?」
 カジノで十分遊んだ後、自分の客室内で槻右は千に話しかけた。
『はい主。ノーパソ様を沢山展開して頑張ったです!』
 千は大きく頷いた。
『行方不明になった人達はやっぱりカジノで大当たりしてたみたいです。そして……最後に目元に二つ、泣き黒子があるスタッフと話してます』
「なるほど。……やっぱりまずはカジノで勝たないとだね」
『その通りです』



●暗雲近づく
 クルーズが始まって、三日目の夜。
 バルセロナを出発したサレーユ号は、少し速度を落としていた。少し弱い風が吹き、月が見え隠れしている。
 メリッサはわざと一人でバーに居た。周りのスタッフと話をする。
『お兄さんかっこいい。流石船に合わせ、船員も粒揃いね』
「ありがとうございます、お客様」
 眼鏡をかけたスタッフがメリッサに一礼する。近くでは、バニーガールの恰好をしたジェネッサが小太りの中年男性に口説かれていた。
「姉ちゃん可愛いなあ。どうだ? こんなところで働くのをやめて俺と一緒によぉ……」
『うーん、おじさん悪くないんだけど……ごめんね、ボクどーしても男の人の好みで譲れない部分があってさ』
 男性の隣にジェネッサは座り、優雅に足を組む。網タイツが作り出す脚線美に男性の目は釘付けだ。
『ボクね、泣き黒子がある男性が大好きなんだよ。残念だけど、おじさんはないんだよねー』
 その発言にメリッサは乗っかった。
『あら、奇遇ね。私もよ』
 ちらりと、メリッサは先程のスタッフに視線を送る。
『ねえ。スタッフの中にそういう人居ないの? 泣き黒子がある、セクシーな人』
 そういう人、好みなのに。
 妖艶に微笑むメリッサに対して、スタッフはご希望に応えられず申し訳ありませんと言った。
 その頃カジノでは、紅音はビギナーズラックもあってか、調子が良すぎるくらいに勝ち続けていた。能力者の運動能力を生かして、スロットマシンの目をそろえる。どんどんどんどん、賭ける金額が大きくなっていく。
「……よし、また当たったー!」
 マシンから大量に吐き出されるチップに、紅音だけでなく周りも歓声を上げる。
 それをカジノの片隅から見ているスタッフが居た。目元には二つの泣き黒子。
(どうやら、今回はディーラー役を演じなくても良さそうですよ。ビュロウ様)



『蛍丸様。オーナー様からです』
 麗羽に頼まれ、戦闘の狙撃ポイントを探していた蛍丸は詩乃から紙の束を渡された。メールを印刷してきてくれたのだろう。
「ありがとう、詩乃」
 笑顔でお礼を言い、蛍丸は紙の束に目を通す。冒頭はサレーユ号への賛美の言葉で始まっていた。
「確かにこの船は自慢したくなるよね」
『はい。白く、美しい。百合の花のようですから』
 その後にようやく本題。
「……倉庫があるって。そこには行くには特別なカードキーが必要……あ」
『消えたカードキーは特別だった、とおっしゃってましたね』
「うん。まちがいなくここだ。場所は……機関室を通り抜けて、その先。皆さんに連絡しないと」



●欲望の船
 五日目の夜。
 昨日と変わらずスロットで大儲けしている紅音に、一人のスタッフが音もなく近づいた。彼の目元には、二つの泣き黒子。
(……来たね)
 紅音は二階のテラスでこちらを見ているメルキオールと槻右に視線を送った。槻右はまずライヴス通信機でカジノに居る全員――オリヴィエ、拓海、一刀斎、無月――に連絡をする。
【来た、か】
【釣られてくれたね】
【何かあった時の乗客への対応は任せてくれ】
【分かった】
 そして外に居る、蛍丸と麗羽にも。
【そっちに向かうよ】
【狙撃ポイントでスタンバイしてますわ】
「お客様」
 スタッフが紅音に話しかける。
「今宵、ラッキーなお客様だけを特別なルーレットにご招待しております。チップはこちらで持ちますので……いかがでしょうか? もちろん、お客様が稼いだ分は換金いたします」
「もちろん、やるよ!」
 紅音はスタッフの後についていった。その更に後ろをメルキオールは気づかれぬようついていく。スタッフはカジノを出て、左に曲がり、階段を下へ。突き当りの扉をカードキーで開ければ、そこは機関室だった。彼がドアを再ロックしようとしている事に気づき、紅音は叫んだ。
「正体見せたな! メルキオール!」
『了解!』
 メルキオールが中に飛び込んでくる。彼は紅音のベルトのバックルにつけられた紅の宝石に触れ、二人は共鳴した。
「変身!」
 紅音の全身が黒い劫火で燃え上がる。そして彼女は黒い鎧の姿となった。
「H.O.P.E.のエージェント……!」
 しまった、という顔をしてスタッフは奥へと逃げていく。その後を紅音は追った。奥にある扉――倉庫の中へ彼が消える。そして聞こえてきたのは慌てた声。
「ビュロウ様! H.O.P.E.が!」
「なんだと? 気づかなかったのかマルト!」
 紅音は倉庫の中に飛び込んだ。そこに居たのはクラゲの姿をした5メートルほどの体躯を持った愚神。紅音は拳を掌に叩きつけた。
「さぁ食ってきた人間の分だけ拳を叩き込むから覚悟しろ!」
 守るべき誓いを発動させ、紅音はクラゲ――ビュロウに近づいた。足先に装着したアダーラレガースで攻撃する。しかしその間にスタッフ――マルトが割って入った。鋭い刃に変化した両手で紅音を弾く。
 一発の銃弾。オリヴィエが放ったそれは、ビュロウの触手を貫き威力を失って床へと落ちた。拓海、無月、蛍丸、槻右も合流する。
『覚悟しろ!』
 拓海が部屋に飛び込んだ勢いそのまま、マルトへとウコンバサラで切りかかる。マルトはその攻撃を弾き、逆に拓海に突きを繰り出す。それは拓海の腕を掠めた。
「わしの毒をくらえ!」
 ビュロウがオリヴィエと紅音、槻右に触手を向け、その先端から毒を放った。三人は直撃はしなかったものの、飛沫を浴びてしまう。
『っ……』
「なかなか痛いね、これ!」
「皆、一気にいこう!」
 槻右が大きく救国の聖旗を振る。皆の防御力が向上した。無月が女郎蜘蛛を使って、マルトの動きを止める。
「罪なき命を弄ぶ者よ。去れ! ここは貴方の居るべき場所ではない。疾く、あるべき世界に還るがいい!」
 無月の毒刃による攻撃と同時に、蛍丸も槍を振るう。赤くなった左目が強く光った。
「これで終わりだよ」
 二人の攻撃がマルトを貫く。部下の断末魔の悲鳴にこれは勝てないと思ったのか、ビュロウが後退する。触手をぐるぐると回し、毒を振りまいた。それを腕に受けながらも、蛍丸が気づく。ビュロウの上、網が外れた通風孔。まずい。
「逃がすか!」
 蛍丸は陰陽玉で攻撃する。しかしその攻撃がビュロウに当たることはなかった。通風孔の中へビュロウは飛び込む。蛍丸は麗羽に連絡した。
「九重院さん! 敵が外に出る!」



 船の甲板の戦闘に麗羽は立っていた。共鳴した彼女の姿は平常時と変わらない。違うのは、ミストフォロスDRDを扱えるようになること。武器を構え、麗羽はその時を待った。甲板近くの通風孔。がたん! と大きく音を立てて、蓋が外れ、中からビュロウが飛び出してくる。
 照準を合わせ、麗羽は逃げるビュロウに銃弾を叩き込む。一発、二発、三発。ビュロウが、海へ。
「逃がしませんわ」
 残りの弾を全て、麗羽は放つ。


 絶命したビュロウは、そのまま海へ落下した。



●後はこの穏やかな夜を
「比佐理」
 一刀斎に促され、比佐理は橙色に染まりつつある海に目を向けた。小さく穏やかな波。聞こえてくるのは魚が跳ねる音。比佐理は紫色の瞳を少し見開いた。確かな情感が胸に浮かぶ。ふと、一刀斎を見上げれば彼は比佐理の視線に気づいていないのか、眉根を寄せていた。比佐理はそっと一刀斎の手に自分の手を重ねる。彼の手を包み込むには、自分の手は小さい。
『……一刀斎様。本当は、傷……まだ、痛むのですよね?』
「いや」
『無理は……しないでください。まだ少し早いですが……船室に帰りましょう?』
 一刀斎の手を引き、比佐理は船室へと向かう。中に入った途端、一刀斎はベッドに横になった。そんな彼に比佐理は膝枕をする。
 視線を合わせるのは、と窓の外を見ている比佐理を見上げ、一刀斎はああ、と溜息をついた。彼女の黒髪を柔らかく指で梳く。
 二人の耳には波の音だけが届いていた。



『まぁ、紅音はそれなりに運が良いと思ったんだよねぇ』
「あ、うん……ううん……?」
 メルキオールの発言に、トマトのスープを堪能しようとした紅音は手を止めた。今のはどういう意味だろう。運が良い? それなりに? ……あ!
「ひどいなぁ!」
 詰め寄る紅音を適当にあしらい、メルキオールは幻想蝶の中へ消える。
『後は好きに遊んできたまえ』
「もう……」
 紅音はトマトのスープを一口飲んだ。
「ん、絶品!」
 トマトが使われた料理はまだまだあった。これは食べ尽くさなければ、気が済まない。
 紅音がそうしてメニュー制覇に気合を入れている頃、リュカとオリヴィエはプールサイドに居た。
『もう、カジノはいいのか』
「たくさん楽しんだからね。でももう一回くらい行くかもっ。あ、無月ちゃん、ビール頂戴!」
 無月の気配を感じ取り、リュカはその方向に声をかけた。普通の船員スタッフの恰好に戻った無月は分かった、と返事をする。近くで見ていたジェネッサは勿体ないなあ、と思う。
(せっかくだからバニーガールのままで居ればいいのに。……でも、嬉しそうだからいいか)
 ボクも嬉しいしね、とジェネッサもまた客に呼ばれた。
『リサ姉、きれい』
 可愛らしい水着を着た千が、セクシーな水着を着たメリッサを見て照れたような表情を浮かべる。椅子二つをキープして、近くに居たスタッフに果物一杯のソーダフロートを頼む。そして千はメリッサの腕を引いた。
『リサ姉、泳ごう!』
『そうね!』
 二人は思いっきりプールに飛び込んだ。予想以上の水の冷たさに声をあげつつも、二人はこれ以上ないくらい笑う。
 まだ。
 まだこの楽しい時間は、終わらない。



「黒金君」
 蛍丸と詩乃は足を止めた。麗羽と烏丸が近づいてくる。
「あ、九重院さん。その、お疲れ様です」
 まだおどおどしている蛍丸に、麗羽は溜息をつきつつも告げる。
「頼りないと思いましたけれど、少しだけ見直しましたわ。……また次があったら、お願いしますわ」
 そう言って麗羽は踵を返す。烏丸は二人に囁いた。
『ありがとう、黒金君、詩乃ちゃん。あの子に花を持たせてくれて』
「い、いえ……」
『撃ち落としたのは九重院様の実力です』
 軽く頭を下げ、二人は船室に消えていく。烏丸は麗羽を追いかけた。
(でも……最後の最後まで底が分からない子だったわね)



 拓海と槻右は甲板で目を閉じ、黙祷をささげていた。愚神は無事に討伐できたけれど、遺体すら見つからなかった犠牲になった人達が魂だけでも元に戻れますように、と。目を開けたのは槻右が少し早かった。周りでは、乗客が酒に食事にショーにと楽しんでいる。拓海も目を開けているのを確認してから、槻右は彼に寄りかかった。二人の指に同じデザインの指輪が光る。
「平和だね」
「うん。……これを奪おうとする愚神も、ヴィランも、許せない」
「同感だよ、拓海」
 見上げれば、そこには無数の星。
 槻右はちょっとだけ拓海にかける体重を増やして、もう一度祈った。
(人の欲望は限りがない……でも)



 願わくば、それが二度と悲劇の引き金となりませんように。



結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 苦悩と覚悟に寄り添い前へ
    荒木 拓海aa1049
    人間|28才|男性|防御
  • 未来を導き得る者
    メリッサ インガルズaa1049hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 分かち合う幸せ
    隠鬼 千aa1163hero002
    英雄|15才|女性|カオ
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • エージェント
    恋條 紅音aa5141
    人間|18才|女性|防御
  • エージェント
    ヴィクター・M・メルキオールaa5141hero001
    英雄|27才|男性|ブレ
  • 働くお嬢様奮闘劇
    九重院 麗羽aa5664
    人間|18才|女性|攻撃
  • お嬢様のお目付け役?
    烏丸aa5664hero001
    英雄|20才|女性|ジャ
  • 黒ネコ
    獅堂 一刀斎aa5698
    獣人|38才|男性|攻撃
  • おねえちゃん
    比佐理aa5698hero001
    英雄|12才|女性|シャド
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