本部

冥界行きの急行列車

影絵 企我

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
7人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/07/25 17:18

掲示板

オープニング

●妙な噂
 近頃妙な噂がネット界隈を彷徨っていた。日の出の時刻に、一本の電車がとある駅に停車する、というものだ。その駅は何故か日の出前に解放され、一人の駅員が切符を売り始めるのだという。その切符に記されているのは「現世発、冥界行」。これを持って電車に乗れば、死後の世界に旅立つ事が出来るらしい。
 当然都市伝説だと思われた。背後にだんだん近づいてくるメリーさんとか、ムラサキカガミの言葉を二十歳になるまで知っていたら死ぬだとか、そういう類の話だと思われていた。

「はい、現在私はですね、日の出前に何故か開くという駅の前にやってきております……」
 一人の男がスマートフォンに向かって話しかけている。巷で話題の動画配信者。制覇したお化け屋敷は数知れず、踏破した心霊スポットも手では数えきれないほどだ。霊感を売りにして笑われたり嗤われたりして注目を集める彼は、とうとう巷で有名な都市伝説にも眼を付けたのである。
「現在朝の4時20分。特にこれといった変化は見られないみたいですが……でも感じますよ。今までとは比べ物にならないくらい、私の魂が震えているんです。今まさにとんでもないものが近づいてきますよ」
 特に面白くもない言い回しで配信を続ける彼。その滑稽な姿を見ていた視聴者達は、いつもの事と思って聞き流していた。
「む……?」
 男は気が付く。駅前に黒い靄のような人影が次々に集まってきているのだ。それに混じって、何人かの男女も半ば茫然とした顔でやってくる。男はカメラの中身を見るが、靄はそこに映っていない。
「やばい来た。今日は本当の本当に来た! 物理カメラには映ってませんが、私の心のカメラにははっきりと映ってます。黒い幽霊が、人々に混じって此処に居るんです!」
 そんな事を言っている場合でもない。世の中のフシギと言えば、大体従魔か愚神、運が良くて英雄が絡んでいると相場が決まっている。一般人が居合わせていいような状況ではない。しかし、男は一世一代のチャンスとばかり、その場に踏みとどまってカメラを回し続けていた。
「都市伝説と一致してます。駅が開く前に、沢山黒い影が駅前にやってくるという噂と! ああ、何でカメラには映らないんでしょうか。皆さんに直接お届けできないのが勿体ない」
 不意に言葉の抑揚が小さくなる。ぶつぶつと何事か聞き取れない声を洩らした後、彼はやがて、溜め息と共に再び言葉を紡ぐ。
「……そう、とても勿体ない」

「パソコンの前の皆さんも、ここに居れば、一緒に行くことが出来たのに」

 不意にスマートフォンが投げ捨てられる。画面が一気に地面に落ち、白む空を映す。その事に持ち主が気付く事は、永遠になかった。

●無効な切符
「列車に乗る方は切符をどうぞ」
 黒い靄が駅員の制服を着て、窓口に立っている。
「列車に乗る方は切符をどうぞ」
 機械のようにその言葉を繰り返し、改札口に並ぼうとする人々に切符を配り続けている。それを受け取った人は、その姿が靄のように朧げとなり、そのままのそのそと駅のホームへ向かう。
 君達は武器を構え、その後を慌てて追いかける。出現の報は聞いても中々都市伝説の尻尾を掴めずにいたが、同じ駅で待ち伏せを続けてようやく不思議な駅に殴り込みをかける事が出来たのである。
「列車に乗る方は切符をどうぞ」
 しかし、窓口に立っていた駅員が急に飛び出し、君達の前に立ちはだかって切符を差し出す。
「乗らないならば御引取ください」
 君達が抵抗の意志を見せた事に気付いたのか、駅員はその全身から黒い靄を発した。改札口の前に靄は漂い、君達の行く手を遮ろうとしている。

 このまま人々を放っておくと何が起こるかわからない。速やかに押し通らなければならないだろう。

解説

メイン 駅員の姿を取る従魔を撃破する
サブ 洗脳された一般人を救出する&建物に被害を出さない

☆ケントゥリオ級従魔×1
 黒い靄が駅員の制服を纏ったような姿をしている。日の出の前後に出没し、天国に行けるという切符をやってきた人間に配っているという。
●ステータス
 攻撃力も防御力も控えめ
●スキル(PL情報)  
不定形
 定まった形を持たない肉体を直接斬るのは困難。
[単体攻撃のダメージが半減する]
混信
 従魔の放った靄に触れている間は様々な幻覚を見てしまう。
[自らを中心に、範囲1程度のエリアを生成する。PCがその地点に侵入した場合、命中と回避が半減し、エンドフェイズにダメージを受ける。このエリアは従魔撃破まで消滅しない]

☆デクリオ級従魔ロールシャッハ×8
 その姿は影のようにおぼろげ。それを目にした者の心のままに、様々な形を取る。
・ステータス
 生命力のみ高め
・スキル
 変貌:相対した者に応じて姿を変貌させる。[キャラクターによってランダムに効果を発動させる]

☆一般人
 オボロスから謎の切符を受け取り、ロールシャッハと共に夢見心地でホームに立っている。靄のように姿がおぼろげ。
(以下PL情報)
 後生大事に切符を握りしめている。
 呼びかけても反応は帰って来ない。
 強引に引っ張ろうとしても抵抗される。
 ステータスは一般人なので、下手すると怪我させてしまう。

☆フィールド:駅構内
 安易に範囲攻撃を叩き込むとその余波で様々なものが壊れかねないので注意。
 主戦場は改札口前。改札口や柱、階段などが障害物として存在する。広さはおよそ30sq四方程度。
 高さは2,3sq。

☆TIPS(PL情報)
 作戦開始時間はAM4:20。4:40に“ドロップゾーン反応が”急速に近づいてくる旨の連絡を受ける。
 時間までに駅のホームにいると、今回の事件に関する新たな情報を得る事が出来る。

リプレイ

●4:20
「ここは駅で、従魔に切符を貰った人達はホームで立っている……。これさ、ホントに幽霊列車来ちゃうんじゃない? みんな列車に乗せて連れてっちゃうんじゃない?」
 深夜テンションならぬ明け方テンションか、世良 霧人(aa3803)の口調はどこか上ずっていた。クロード(aa3803hero001)は盾を構えると、駅員の放った靄を躱しながら駅の構内を駆け抜ける。
『そうならマズいですね。早く決着を付けて、ホームの皆さんを連れ戻さなくては!』
 階段を一足で飛び降り、彼はホームを見渡す。切符を片手に握りしめた人々が、黒い影と共に立って列車を待ち続けていた。
 靄は不意にクロードへ向き直り、その姿を一斉に霧人へと変えていく。
『あの……旦那様がたくさんいるように見えるのですが……?』
「ひええナンデ! 僕はここに居るよ!」
 霧人が慌てて叫ぶまでもない。旦那様がたくさん目の前にいる訳がないのだ。
『そうですよね。ですので今見えているコレは、従魔が見せている幻という事になります』

「乗らないならば御引取下ください」
 駅員は機械のように同じ言葉を繰り返す。呪符を取り出した琥烏堂 為久(aa5425hero001)は、スカートの裾をひらりと払って駅員と対峙する。
『御引取願うのは其方です』
「天国行きの切符? どー見ても地獄行きでしょ」
 琥烏堂 晴久(aa5425)も挑発的に言い放った。駅員は首を傾げ、両腕を振るう。袖口から靄が溢れだし、構内を少しずつ埋め尽くしていく。
「兄様、気を付けて。変なモヤがあるよ」
『あれは吹き散らかさない方が良さそうだね』
 呪符を人差し指と中指で挟み、為久は駅員へ狙いを定める。時間をかけている暇は無い。込められるだけのライヴスを込めた呪符は、牡丹のように紅く染まった。
「これでもくらえ!」
 晴久の叫びと共にとんだ呪符は、靄を切り裂きながら駅員の顔面に張り付いた。呪符は突如燃え上がり、熱と風で駅員の身体を噴き散らしていく。駅員は仰け反りながら、咄嗟にその場を逃れた。その間にも靄が広まり、構内を埋め尽くしていく。五十嵐 七海(aa3694)は改札口をひとっ跳びで乗り越え、そのまま靄の漂う構内を突っ切った。
『少し前に似た件の報告があったな』
《幻影を見せてくれる従魔だったね。愚神が後ろに居るのかな?》
 階段を駆け下りながら、ジェフ 立川(aa3694hero001)と軽く言葉を交わす。仲間がこの任務に参加するとあって、少し調査しておいたのだ。
『だとしたら、行きつく先は【愚神ノ腹駅】ってとこか』
《ザワッとするよ……》
 七海は苦笑しながら、矢を弓に番えてホームに降り立つ。佇む黒い人影は獅子のような狼のような姿へ変わり、七海に向き直った。その姿はどこか見慣れたもので。
《(……夢でも良いから会いたい人って、居るよね……)》
 七海は弓を一気に弾くと、目の前の影の足下へ向けて矢を放った。

『アハ! 和頼に任せたら七海に見えちゃうネ』
 一足先にホームへ向かった恋人を追う麻端 和頼(aa3646)。いつものように華留 希(aa3646hero001)は彼を揶揄っていた。
「……同行してんだ、んな事ねえだろ」
『言い寄って来たり、エッチな七海トカだったラ?』
 一瞬そんな彼女の姿が脳裏を過ぎるが、慌てて和頼はそれを掻き消す。
「んな七海は七海じゃねぇ!」
『デモあたしは見たいモノがないシ確実だよネ! あたしが今日は前に出るヨ』
「あーあー、判った。任せっから」
 和頼は任せると、意識の奥に引き下がる。希は一気に階段を飛び降りると、七海に駆け寄りその肩をぽんと叩いた。
『イェイ♪ 今日はあたしが喋るカラ、七海達にも判りやすいッショ?』
《うんうん……希が前に出てくれたらよく判るね》
 七海は屈託なく笑っているが、和頼自身は気が気でない。
「……終わったら忘れてくれ……頼む……」
『サ! サクッとヤっちゃオー♪』
 希は盾を構えると、ホームの中でぼんやりと佇む一般人へと駆け出した。七海もその背中を追いかける。
《(でも、そうじゃなくても……本物は判るよ。絶対に間違えないもん)》

「(幻影を見せられる前に倒せばいいだけ……できたらの話ですけど)」
 共鳴すると少々強気になれる時鳥 蛍(aa1371)だったが、脅かしてくるような雰囲気はやはり苦手だった。グラナータ(aa1371hero001)は蛍に囁く。
【まずは人助けッスね。攻撃に巻き込んだりするわけにはいかないッス】
「……はい」
 人影を見ないように気を付けながら、蛍は剣を抜いて立ち尽くす人々の傍に駆け寄る。
「大丈夫ですか」
【助けに来たッスけど……?】
 しかし反応はない。切符をその手に握りしめたまま、彼らは動く気配がない。傍では戦いが始まっているのに、ホログラムのようになってしまった彼らは一歩もそこから動こうとしない。
 ふと、背後に忍び寄る影を見つけて振り返る。影はグラナータによく似た少女の姿へ変わり、剣を鋭く振り下ろしてくる。蛍は刃の腹で受け止める。黒い毛先がふわりと揺れた。
【こういう安いトラップに掛かるのは嫌いって言ってたッス】
 代えを買って出るほど溺愛してきた妹。だからこそそれを斬るに躊躇いはない。だが、蛍の動きがやや鈍る。
「……何、でしょう。これ」
 彼女との繋がりを通じてグラナータに伝わる、もう一つのイメージ。得体の知れない薄闇が、蛍に向かって押し寄せてきている。グラナータはそっと蛍に囁いた。
【落ち着いて、あれは夢だから】
「はい……大丈夫、わかってます」
 蛍は胸いっぱいに息を吸い込むと、ざわつく心を押さえつけて影へと踏み込む。影の傍を駆け抜け、自らの後を追わせて人々から影を引き離した。

『切符を受け取った人達の姿が霞んでいる……』
「どうやら今度は幻覚だけでは済まないようだな」
 最後にホームへ降りてきた迫間 央(aa1445)は遠目でホームを見渡す。姿が薄れかかっている人々の姿を確かめると、仲間達と対峙する影の群れへと突っ込んでいく。その影は、揃って“魔女”の姿へ変わっていく。
「俺の動揺を誘うなら、その姿は一人だけに留めておくべきだったな……」
 影から蒼い薔薇の束を取り出すと、宙へと放って剣を振り抜く。飛び散った薔薇の花びらが、魔女達の眼を泳がせた。
「(今の俺には……マイヤが居てくれる。マイヤの前で揺らいだりは……しない)」
 剣にライヴスを纏わせると、央は目の前の魔女に向かって袈裟懸けに剣を振り抜いた。ライヴスを抉り取られた影は、魔女の姿を失い崩れ落ちる。
「翻弄されるなよ。こいつらの姿はあくまで幻だ」
 央は和頼と七海を一瞥する。和頼が防ぎ、七海が一撃を与える息の合った連携を見せている。その眼に動揺の色は見えなかった。マイヤは安堵して呟く。
『……種も割れているし、問題無さそうね』

『さて……現在二対一か。程無く戻ってくるだろうけど』
「列車に乗る方は切符をどうぞ。乗らないならば御引取下さい」
 壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返す駅員。イリス・レイバルド(aa0124)は隣の為久をちらと見遣りつつ、宝石の盾を高々と振り翳す。
「ケントゥリオ級くらい、今なら二人でも何とかなるよ」
 盾を振り下ろして風を巻き起こすが、靄はその場に漂ったままだ。イリスは黄金の宝剣に持ち替えると、翼を広げて突っ込んでいく。
『それも道理だが……』
 アイリス(aa0124hero001)は呟く。振り下ろした剣は、一撃で駅員の従魔を切り裂く。しかし、靄で出来たその身体は直ぐに元通りだ。
『ふむ、見た目のイメージそのままに剣での攻撃は通りが悪そうだね』
「面倒だねお姉ちゃん……どうする?」
『とりあえず、面制圧で全身を叩き潰してみるとしようか』
 イリスは剣を収めて盾を取り出すと、小さな身を宙に躍らせ、脳天から靄に向かってシールドバッシュを見舞った。砂漠に風が吹くように、靄は吹き散らされる。
「列車に乗……る方はき、っぷをどうぞ」
 すぐにその形を取り戻した従魔だったが、その言葉は不安定に途切れる。
『成程、こっちは多少効いているようだね』
 駅員はふらりとよろめくと、その手からイリスに向けて靄を発した。靄を吸い込んだ途端、目の前に大量の人影が立ちはだかる。
「これは……」
『成程、幻覚か』
 駅員従魔は黒い人影の中に紛れていく。しかし、イリスたちは幻覚使いの相手など慣れたものだった。幻影を掻き分けながら、イリスは駅員へ迷わず突進する。
 助けるべき人々がいる間は、まごついている理由など無かった。

●4:30
《大丈夫ですか? こちらへ……》
 七海はホームに並ぶ一人を引き離そうとするが、彼は無言のまま彼女の手を払い除けてしまった。七海は眼を丸くする。
『狙いが生きた人間なら、無下に死なせるような真似はしないはずだ。先に元を仕留めに行こう』
《うん……そうね》
 ジェフのアドバイス。七海は頷くと、弓を構えて和頼達に目配せする。
《この場はお願い》
『まっかせといてヨ。七海が戻ってくる前に終わりにしちゃうカラ!』
 希は小さく手を振る。七海も振り返すと、一気に改札へと続く階段を駆け登った。階上に辿り着いた瞬間、七海は踏み切って高く跳び上がる。そのまま彼女は弓を引き、靄に包まれた駅員に狙いを定めた。赤い眼が血のように光り、従魔を見据える。しかし、ピンとくるものは見えない。
『(うむ……どうやら真正面から叩き潰すしか無さそうだな)』
《なら》
 七海は矢を放つと、弓を収めて代わりに呪符を取り出す。駅員は七海に向き直る。七海は駆けて的を絞らせないようにしながら、駅員の肩越しに為久を見る。
《琥烏堂さん、同時に攻撃しましょう》
『ふふ……ええ、わかりましたよ』
 女性ぶって静かに笑い、為久も呪符を構える。七海は腕に巻いた数珠を引くと、蒼白く光る不気味な霊魂を呼び寄せた。霊魂は空気を震わせる咆哮を放つと、蛇のようにするすると蠢きながら駅員に纏わりついた。駅員は靄となって逃れようとするが、為久の放った炎がそれを阻止する。
「切符を、切符をお取り、取り、と……」
 駅員は壊れたレコーダーのように言葉を繰り返す。その姿を見て口角を優美に持ち上げ、隣で盾を構えたイリスを見遣る。
『今です。止めは宜しくお願いしますね』
『ああ。見ていたまえ』
 イリスは盾を構えて低く身構えると、一気に駅員の懐へと飛び込んだ。背中に広げた翼が眩く輝いた瞬間、イリスは霊体ごと駅員を叩きのめしていた。だが、ライヴスを纏って加速した彼女の攻撃は終わらない。
『(たまには変わり種の攻撃も試してみようか)』
「うん」
 イリスは踏み込むと、その場で回転し盾を叩きつける。ワルツのリズムで次々に殴りつけたイリスは、さらに従魔の目の前に盾を構える。
「迎芽吹の要領で……」
 一瞬のタメを解き放ち、イリスは寸勁のような動作で従魔を打ち抜いた。二つの魔法で押さえつけられていた従魔は、その衝撃を余すことなくその全身に浴びる。
「御引取……おひき……」
 ただ言葉を繰り返し続けた従魔は、消え去る魔法と共に霧散した。
「よしっ! 今日もやったね、兄様!」
『ああ。……けどまだ終わりじゃないね』
 為久と晴久がやり取りしている間に、七海とイリスはホームへと駆け出していた。為久もその後について一気に階段を飛び降りる。スカートの裾がふわりと揺れた。
 メンバーに取り囲まれた影が、ゆらりと二人の方に振り向いたような気がした。為久はそっと胸元に手を当てる。
『ハル、しばらく眠っておいで』
「(え……?)」
 晴久は意識の海の奥底へと沈んでいく。それを確かめた為久は、目の前に漂う影を見据えた。仮面を被った少年が、揃って為久を眺めている。その姿、晴久に見せるわけにはいかなかった。
『偽物だが丁度いい。僕もお前とやりたかったんだ。……ハルの顔にも心にも傷を残した事、僕は赦すつもりなど無いからね』
 呪符を取り出すと、彼は影へ向かって鋭く投げつけた。

 長剣を抜き放ったクロードは、立ち尽くす人々の間を縫うように駆け抜けながら、霧人の姿を取った影に袈裟斬りを見舞う。影だからか手応えも少ない。しかし、主人の姿が切れ切れになる様を見つめるのはいい気持ちがしなかった。
『従魔だという事が分かっていても、旦那様の姿を斬るのは複雑な気持ちですね……』
「うん、偽物だと分かってても嫌だね……」
 霧人も心で頷いた。能面を付けたような無表情で斬られる様を見る度、胸の奥がひやりとする。クロードが守るべき誓いで影を自らに引き寄せても、影は無表情のまま押し寄せてくる。鳥肌が立ってしまいそうだ。
「……もう僕は知らないから、すぐにやっつけて!」
『承知しました!』
 クロードはその全身にライヴスを纏わせる。腰を落として低く構えると、一薙ぎで押し寄せてくる影を切り裂いた。一人の首が斬り飛ばされて霧散し、他の影も靄を吐き出しながら仰け反った。
 和頼は素早く槍を取ると、軽く振り回しながら影へと迫る。彼の眼の代わりとなっていた希は、不意にへらへらと笑い出す。
『アハ♪ スッゴい能力! あたしを聖水の海に封印しよーとシタ英雄らに見えるヨ♪』
「お、おい大丈夫か?」
 影を槍の柄で打ち据え、そのまま防御姿勢を取り直す。
『平気平気♪ ダッテ意識飛ぶ前に、周囲を下僕達毎燃やし尽くしちゃったシ♪』
「……てめえは……」
 素早く槍を突き出し、影を貫き掻き消す。悪びれない希には呆れるしかなかった。
『ソレでコッチ来れたカモダシ、今は感謝してるケドネ♪』
《和頼、希!》
 丁度七海もやってくる。
「終わったのか」
《うん。……こっちもあと一息、みたいだね》
 戦場のカップルが並び立つ。央もそれを遠くで見ると、剣を構え直す。
「どうやら片付いてしまったみたいだな」
『アガートラムの攻撃、試してみたかったのだけれど』
「……まあ、早く終わるに越したことはないさ」
 央は駄目押しのように蒼薔薇の花弁を影に叩きつけた。魔女の姿は一瞬にして吹き飛び、黒い靄だけが宙に漂う。
「もうすぐ時間だ。一気に仕留めるぞ!」
 蛍は剣を正眼に構えると、全身にライヴスを漲らせながら敵の間を駆け抜けた。小さな体で、吹き寄せる嵐のように蛍は剣を次々に振り抜く。
「影は、影に……」
 纏めて叩き切られた影は、跡形もなく霧散した。残るは、相も変わらず切符を握りしめた人々のみ。駅員従魔を倒しても、ロールシャッハを倒しても、彼らの洗脳が解けた様子はない。
「……洗脳をしていたのは、今倒した従魔じゃない……?」
【かもしれねえッスね。というかほぼ確実か……】
 蛍がそっと女の腕をつつくが、やはりその場から動こうとしない。ただの彫像のようだ。和頼は人々から一歩離れると、列に向かって手を翳す。
「とりあえずここから下げようぜ。このままじゃ何をするかわからねえ」
 放たれるセーフティガス。薄い霧のように、ホームをガスが満たしていく。洗脳されていると言えど一般人、ガスを受ければ昏倒する。
 はずだったのだが。
『アレレ。おかしいネ?』
 希はぽつりと呟く。倒れるはずだった人々は、なおもその場に佇み続けている。ジェフは溜め息を吐いた。
『こいつはあれか。……セーフティガスが効かねえくらい強力な洗脳なのか?』
『どうしましょう。敵ももういませんし、無理矢理連れていくという事も出来るでしょうが』
 クロード達が顔を見合わせている横で、蛍は人々の手にしかと握りしめられた切符を見つめる。駅員が配っていた切符。駅員が消えても、切符だけは残っている。
「……ごめんなさい」
 蛍は咄嗟に手を伸ばすと、女が抵抗する間もなく切符をひったくった。その瞬間、女は眼を見開いた。靄のかかったようなその姿も、やがて元に戻る。
「あれ、何してたんだろ……?」
 女性はぽつりと呟き、そのまま気を失って倒れる。
【なぁるほど、この切符が媒介になってたんスね】
『そうとなったら……失礼』
 クロードも素早く駆け寄ると、男から切符をひったくろうとする。男が抵抗したおかげで切符は破れたが、それでも効果はあったらしい。男も気を失って倒れ込んだ。クロードは男をそのまま抱え上げる。
 誰からともなく、エージェント達は一斉に駆け寄り人々から切符を奪い取る。洗脳と変異を解かれて次々に倒れる人々。彼らを抱え上げると、エージェントは素早く駅のホームを後にした。

●4:40
「だめだよ、得体の知れないものなんか追いかけたら」
 駅の構内。共鳴を解いた晴久は、救急車の到着を待つ間に人々に向かって目を吊り上がらせていた。和頼は彼らの目の前に跪くと、眼の血行や脈拍を確かめる。
「都市伝説に準えて引き込むたあ、やる事が凝ってやがるな。……まあ、顔色は良さそうか」
『何で人間って危険が好きナノカナ? 不思議―!』
「……七海は大丈夫か?」
 立ち上がると、和頼は背後で人々を心配そうに見守っていた七海に尋ねる。七海はふわりと笑うと、小さく頷く。
「うん、和頼は?」
「問題ねえさ」
 二人は寄り添い――他人がいるから少し遠慮して――そっと抱きしめる。ジェフは苦笑する。
『やれやれ……ごちそうさん』
「ジェフもな」
 彼女と一頻り心を交わした和頼は、ジェフとも拳を突き合わせる。七海と離れた和頼は、ポケットの中を探りながら駅の外へ出ようとする。
「そろそろ救急車も来るだろ。迎えるついでに事情を説明してくる」
『そんな事言って、吸いたいだけナンデショ? デモココは歩きタバコ禁止ダヨ?』
「げ……」
 和頼はうんざりしたような顔をする。央はふっと揶揄うような笑みを浮かべる。
「まあこれからも肩身は狭くなっていくだろうが、諦めるんだな」
「……ロクに吸わないからって気楽な事言いやがって」
『吸う時と吸わない時はきっちり分けると良いぞ』
 他愛もないやり取りをしていた彼らだったが、不意に通信機が反応を始めた。アイリスは真っ先に通信機を取る。
『どうしたんだい?』
[気を付けてください。小規模ですが、ドロップゾーンが突如発生、線路に沿って急速にそちらへ近づいています]
『おやおや……』
 ドロップゾーン、の言葉を聞いた人々が色を失う。狂宴事件以来、愚神の有する能力などが改めて周知される機会が増えたのだ。のろけていたカップルも、表情を素早く引き締め再び共鳴する。イリスとアイリスは素早く共鳴し、その場にリンクバリアを張った。
『噂を追ってきたというのに、備えをしない迂闊はしないさ。……私はここで彼らを守っておくから、様子を見てきてくれないかな』
「わかった。行こう」
 央も共鳴し直すと、同じ隊の仲間である七海と和頼に呼びかけ、素早くホームへと向かう。
『彼女の姿を斬る事……央は平気なの?』
 階段を下りている間に、マイヤは央に尋ねる。
「見ようによってはマイヤにも似ているから、いい気はせん。だがな……」
 ホームに立った央は、剣を抜きながら応える。
「前の時もそうだが……こいつらが見せてくるのは、表面的な魔女の姿だけだ」
『姿……だけ?』
「相対して感じるものがない……彼女が自らを魔女と名乗り、俺が何の躊躇いもなくそれを受け容れられた“凄みを感じない”」
 蒸気機関車の轟くような警笛が聞こえる。眉間に皺を寄せ、央は線路の彼方を見つめる。
「もはや有り得ない事だが、本当に本物がそこにいたなら……思わず手を伸ばしてしまうくらいの存在だったから……な」
『(……敵は、央の記憶からあの姿を取っている訳ではない?)』
 彼の答えに、マイヤはふと心の奥がざわりとする。
『(としたら、あの従魔の姿は“私の心”を写したモノ。付け入られたのは央ではなく、私?)』

「4時44分……」
【確かに、すっごくそれっぽいッスね】
 無事な切符を手に、蛍も線路の彼方に眼を向ける。黒い影が、次第に駅へと近づいていた。
「何か飛び出してきたりするでしょうか……」
【自分は多少のホラー展開くらい大丈夫ッスから、いざという時には変わるッス】
 蛍は聖剣に手を掛け、片脚を引いて身構える。満ちる気力には隙が無い。
【まあ、大丈夫だとは思うッスが】
 再び警笛。デゴイチにも似た厳めしい風貌の黒い車体。黒い靄を吐き出しながら、汽車はスピードを落としてホームに滑り込んでくる。盾を構えたクロードと霧人は息を呑んだ。
「……これが、幽霊列車……?」

「これだけ撮っても、何だかただの汽車に見えちゃうね」
 構内の窓から線路を見下ろし、為久はハンディカメラを汽車に向ける。無骨な汽車の運転席は、横から見ても中を覗く事は出来そうにない。
『運転席は……どうやら見えないようだね』
 傍では召喚した黒猫が飛び回っている。為久はちらりと猫に目を遣った。
「こいつにスマートフォンを持たせて突入、とか出来ればよかったのに」
『ライヴスで出来た存在だからねえ。まあ、出来る事もあるさ』
 為久は猫に向かって指を振る。猫は身を低くすると、素早く階段を駆け下りていった。

 汽車は止まる。煙突から濛々と煙を吐き出す先頭車両。後ろの客車は二台。窓から中を覗いてみると、席に黒い影がずらりと座っている。ちらりと振り向いた影は、そのままの姿で漂っている。
[現在皆さんの前にある存在がドロップゾーンそのものです]
《この汽車が、ですか》
 弓を構え、七海は車体を見渡す。影は特に慄く様子もなく、ぼんやりと彼女を見つめ返していた。隣で槍を構え、汽車を睨む和頼。しかし客車の扉は一向に開かない。
「こっちに雪崩れ込んでくるつもりはねえってか」
「……切符を持っていない方は、乗車を認めません」
 影に紛れて、一人の男が客車の中からエージェント達を見渡していた。クロードはじりじりと間合いを詰める。
『なるほど。彼がこの一連の事件の黒幕、といったところでしょうか』
 蛍は剣を頭上で振るうと、ライヴスと風を纏わせ衝撃波を放つ。しかし、一直線に男を狙ったそれは車体に弾き返されてしまった。
【随分と固いッスね……】
《それなら……》
 今度は七海が弓を引き絞った。天に向かって放たれた矢は、宙に生まれた歪みへと消え、ホームの影から再び現れる。車軸を狙っての一発だったが、これも効いた様子が無い。ジェフは唸る。
『ドロップゾーンだしな……。外から攻撃したくらいじゃびくともしないか』
「この列車は人々を冥府へと導く事が役目。その使命は容易には覆されない」
 窓越しに男は首を振る。車掌の制服に身を包んだ男は、蒼白い顔を曇らせ客車の最後尾へと向かう。列車は再び警笛を鳴らした。和頼は腰を落として構える。
「どうする? 突っ込むか?」
「今は止めておいた方がいい。準備も無しにドロップゾーンの中に突っ込むのは危険だ。中で何が起こるか分からん」
 央が首を振る間にも、静かに列車は動き出す。
「もし、貴方がたが冥府への旅を望むのなら……」
 突如スピーカーから車掌の声が響く。列車は速度を増しながら、駅の彼方へと去っていく。

「まずは切符をお取りください」

 ホームに佇んでいたオヴィンニクが、列車の屋根へと飛び移ろうとする。だが、列車の纏うライヴスに呑み込まれ、そのまま消え去ってしまった。列車はいよいよ加速して、都会の景色へと融け込んでいく。
 イリスはリンクバリアを解くと、素早く窓辺へと駆け寄る。線路の上を駆け抜けた列車は、やがて歪んだ空間の中に消えていった。
「……お姉ちゃん」
『空間を自在に動き回って、一般人を掻き集めるドロップゾーンか。早くに片付けた方が良さそうだねえ』
 彼女の纏う鎧は、静かに輝きを強めるのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371

重体一覧

参加者

  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 希望を胸に
    グラナータaa1371hero001
    英雄|19才|?|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • 絆を胸に
    麻端 和頼aa3646
    獣人|25才|男性|攻撃
  • 絆を胸に
    華留 希aa3646hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 心優しき教師
    世良 霧人aa3803
    人間|30才|男性|防御
  • 献身のテンペランス
    クロードaa3803hero001
    英雄|6才|男性|ブレ
  • 奪還屋
    琥烏堂 晴久aa5425
    人間|15才|?|命中
  • 思いは一つ
    琥烏堂 為久aa5425hero001
    英雄|18才|男性|ソフィ
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