本部

純悪

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/07/18 20:51

掲示板

オープニング


 つい最近経ったマンション同士が隣り合う路地裏の、不法投棄された箪笥に腰掛けてロマニが言った。
「生前、俺たちはどんな風に生きてたか覚えてるか」
 箪笥が暴れている。扉から激しく衝突音が聞こえる。アリサは腕を組んで、首を横に振った。
「まったく。ただ、仕方ないわ。こうなる事は分かってた。ならもう自分の運命を受け入れるしかないの」
「お前ならそう言ってくれると思ってた。お互いに、運命を受け入れるんだな」
 二人は紛争の絶えない地域でヒーローだった。
 政府軍に敬服を示し、人々のために戦っていた。マフィアや、殺し屋の跋扈した国は彼らの戦績で明らかに減少していた。たった二人の人間が為せる業ではない。人々は彼らの事を現代に生きるチェ・ゲバラだと語った。とりわけ二人には名前が無かったから、ロマニ・アリサと合わせて呼ばれていた。
 紛争も佳境に差し迫った時に、二人は忽然と姿を消した。
 今は日本で、死んだまま生きている。
 政府軍は、マフィアと何ら変わりなかった。自分らが優勢になると、マフィアと全く同じ行動を取った。それが正義たる者が下す報いなのだと、殺人を簡単に肯定した。ロマニは抵抗した。政府軍は抵抗を一蹴し、殺人は繰り返された。人々はその情報を快く受け入れ、パーティすらした。人の首を掲げ、楽しげに会合する。
 アリサは、人は人なのだと言った。マフィアも国も変わらない。
 では俺たちは何なのだと、ロマニは問う。
 英雄でも人間、蘇った革命家も人間。二人とも、首をパーティの肴にする者共と同じ人間なのだと。
 箪笥のドアを開けてアリサは中に入った。出てきた時、服の胸元がはだけていた。ロマニは苦笑して、彼女を見つめた。
「男は黙ったか」
「簡単よ。男は自分より強い女性に弱いの。フロイトはその事を、エディプス・コンプレックスとして語ってるわ。広義的に見ればだけどね」
「色気を使うのも程々に」
「最期くらい、いい夢を見させてあげましょうよ」
 箪笥の中に入っていた男は善たる市民だった。中年で、家族のために窮屈な箱に閉じ込められながら会社に通い、疲れた顔をして帰ってくる男だった。彼が二人の運命とも呼べる生命体の生贄になったのは偶然ではない。
 ロマニは二本の剣を取り出し、無作為に刺した。
 もう正義漢気取りはやめだ。
 祖国を出る時、ロマニはボートの上で言った。波と、アリッサだけが声を聴いていた。人を殺した時、ロマニはいつも自分に言い聞かせている言葉がある。
「俺たちは悪の性を持って生まれてきた。殺人衝動という物。英雄だった頃は、たまたま英雄だっただけのこと」
 例によって、アリサは頷いた。
 人間、誰も変わらない。心の中にはイドが住んでいて、邪悪な考えを持っている。警察も、特殊部隊も、リンカーも絶えず何かを壊しているが、それは一時的にイドを解放させているに過ぎない。直前で殺人ではなく拘束で終える者もいるだろう。
 善民ではない。それも結局、相手にとっては同じ意義を持つからだ。殺人も、降伏も。
 ロマニとアリサは、自我を失っていた。国に服従することによって、殺人の正当性を心に植え付けられて、それが当然であると何年も言い聞かされていたからだ。二人はマフィアを殺す時、悪を討つという正義感ではなく、イドが解放される快感に酔っていた。
 これからも延々と殺人を続けるだろう。自分達だけのために。
「次は派手な事をしよう。大丈夫、人なんて簡単に死ぬ」
 大統領でも、社長でも、市民でも。心臓に剣が刺されば死ぬ。

 ――俺たちはリンカーじゃない。だから分からない。だから問う。リンカーはどうして生物を殺す? イドの解放は快楽だと、それは認めなければならない。イドは常に抑圧され続けているから。自分の愛する者のためとか、正義のためではないだろう。
 時に、どうしようもなく殺したい相手がいるだろう。俺たちでよければ、どうしようもなく殺したい相手を殺すために手伝ってもいい。

解説

●目的
 二人を擁護するか、倒すか。

 二人は昼間、銀行を襲う。金目的ではない。特殊部隊が来て二人を制圧する中、エージェント達にも召集がかかる。
 エージェント達を見つければ、二人は様々な問いを掛ける。だろう。特に、イドについて。更に、復讐を手伝うとも語る。リンカーは自ら決断を下し、二人の処遇を決める必要がある。
 リンカー同士で意見が決裂する場合もあるだろう。復讐を遂げたいリンカー、彼ら二人を止めたいリンカー……。話し合って意見を纏めるか、二人と一時的に協力者になるか。それはリンカー自身が決めることだ。
 最終的に二人がどうなるかは、全てリンカーにかかっている。

●ロマニ
 金髪で、二十八歳。長い髪は後ろで纏められ、貴公子に似た美貌と姿だ。 
 彼は普通の人間だが、祖国にいた頃リンカーから貰った愚神の腕と自身の腕を交換し、生きた愚神同様の力を持っている。愚神の手で剣を使い、卓越した捌きで攻撃を仕掛けてくるが、腕以外の防御力は人間と変わらない。
 急所をつけば一撃で倒れるだろうが、愚神の腕やアリサの護衛によってダメージを与えることは極端に難しくなっている。

●アリサ
 銀の髪で、短く切られた髪は所々跳ねている。白い肌と顔立ちの整った綺麗さと、黒いミニドレスが彼女の容姿を美しくしている。
 彼女は愚神と眼を交換している。彼女の視界の中にロマニがいる限り、彼の身体は常に鋼鉄のように硬くなる。彼女の武器は眼から放つ光線と、ナイフである。

●状況
 昼間の銀行はお年寄りが多く、二人は無差別に攻撃する。店員が非常のコールを警察にかけ、リンカーが到着する頃には銃撃戦となっているだろう。二人は銀行の二階に立て籠もり、警察の申し出には応答しない。
 警察や、市民の遺体が様々な場所に横たわっている。どれも心臓だけを狙われていて、即死させられている。

●師
 二人に愚神の一部を与えたリンカーは既に、二人に殺されている。

リプレイ


 目の前の男は鮮血で染まり喧しい声を響き渡らせたが、絶命はしなかった。ロマニは心臓ではなく肺を突いてしまい、即死には至らなかったのだ。
「悪いことをした。すぐに終わらせる」
 二回突かれた後、男は体を痙攣させて動かなくなった。
 二階は広々とした空間が完成されていて、受付の他にテレビモニターのある待合スペースがある。二人は受付カウンターを乗り越えて奥に留まり、押し寄せてきた特殊部隊に虚ろな目を向けていた。
 投降しろ。拡声器越しに聞こえてくる声は野太く二人を威嚇していたが、アリサが放った光線が声源を貫き、地面へと落とさせた。
「私達のいた国と違って、日本は優しい国ね。彼らは発砲許可があるまで絶対に撃たない」
「我慢強い国なんだろう。だが見ろ。もう彼らの抑圧された悪が解放される」
 隊員達は銃を構え、照準をロマニとアリサに向けていた。ロマニは彼女を庇うように前に出て両手を広げてみせた。

 外では酷い騒ぎになっていた。マスコミや野次馬を抑えるために警察が一苦労を強いられ、銃弾の音が響くと市民達は近くの建物に逃げ込んでいく。パニックになった一人の年配者が道路に飛び出し、車に轢かれる寸前で運転手がブレーキを踏んだ。
 刑事が一人、到着したエージェント達に向かって頭を下げた。構築の魔女(aa0281hero001)も同様に頭を下げ、隣には九字原 昂(aa0919)も並んでいた。魔女は手短に挨拶を済ませると、すぐにこう言った。
「状況はどうなっているのでしょうか」
 中年刑事の男は眉に手を当てながら悲痛な声で返す。
「一階には死者多数。通報を受けて駆け付けてきたのですが、その時に犯人達は二階に移動、今は立て籠もっている状況ですね。膠着してます」
「犯人達、という事は複数人なのですね」
「ええ。男女のペア。日本人じゃありませんね――二階の人々も、内部からの情報によりますと壊滅的だとか。生存者は一応、いるにはいます。だが我々が到着した時には……ほとんどが」
 九字原は情報を端末越しに共有していたが、彼は顔を上げて男にこう訊いた。
「敵の武装はどのような物となっていますか」
 辺是 落児(aa0281)は下から窓を見上げていた。
 窓から、女性が一人通路を見下ろしていた。
「一人は剣で、もう一人は細かくは分からないのですが光線銃を持っている……だとか」
「光線銃ですか、ということは接近は難しいと」
「しかも、こっちの攻撃は全く通用してないんですよ。銃弾が男の身体に当たる前に弾かれてしまう。あいつらはただの犯人じゃありません」
「ひとまずは、内部潜入班からの情報待ちですね。詳しい情報を待機し、好機を見て我々も突入しましょう」
 潜入班は麻生 遊夜(aa0452)と白金 茶々子(aa5194)の二人が担っている。一人でも多くの人間が生きていれば。


 身長の小さい白金が潜入調査を任されるというのは、最早天命だとも言えよう。しかも彼女はしっかりと潜入の術を心得ており、内部に入ってからものの一分も経たず換気口の在処を見つけ、中に入り込んだ。
 一階には数名の隊員達がいるだけで、生存者はまだ隔離されていた。万が一外に出られたとしても、犯人達が追ってきたら歯が立たないからだ。今やこの銀行は完全なる支配下に置かれていたのだった。
 避難誘導は麻生とユフォアリーヤ(aa0452hero001)が担当していた。
「怪我のある人は俺の所に来るように。急がず、落ち着いて出口から出るんだ」
 モスケールはヴィランの居場所を二階と指していた。一階に戻ってくる気配がなければ、このまま救助活動は円滑に終わるはずだ。
 六十代くらいだろうか、男がその場に座り込んだまま麻生の方を見ていた。
「ん、あのお爺さん……怪我してるかも」
 麻生は誘導を近くの隊員に任せ、白髪の生えた男へと駆け寄った。
「大丈夫か?」
「これを見て大丈夫かだと。そんな訳ないだろう!」
 男は憔悴し、激昂していた。
「私はただ、金を降ろしにきただけだった。だというのに、どうしてこんな物に巻き込まれなくちゃならなんだ!」
「落ち着いて。大丈夫だ、俺たちが来たからにはもう安全だから」
「なら早く、あの犯罪者どもを殺してしまえ。私は絶対に許さん。どうしてこんな目に遭わなくちゃならんのだ!」
 男は足を捻っていた。逃げ惑う時に転んでしまったのだろう。麻生は男を背中に抱え、外へと避難させた。
「ん、さすが力持ち」
「お蔭様でな。――あのお爺さんも災難だったな。本来ならば、ゆっくりした休日を過ごしたかっただろうに」
「ん、そうだね。すごく怒ってたけど……仕方ない、のかな?」
 外からまた同じ怒声が聞こえてきた。今度は警察に不満を吐き散らしている。
「誘導が終わったら俺たちも二階にいこう。あのお爺さんの不満を片付けてやるためにな」
 一階のほとんどの遺体は隊員達の手で外に運び出されているのだろう。血痕や痛々しい傷跡が残っていたが、どこにも姿は無かった。血だまりが完成されており、麻生はふと目を逸らした。
 白金は換気口を通って二階へと上っていた。
 ――ここ、あんまり長居したくないなぁ。
 モフ(aa5194hero002)が愚痴をこぼすのは最もだ。換気口は人工物の匂いで満たされていて、暑く湿気もある。白金の意識の中にいるとはいえ、我慢も難しいのだ。
「我慢です、我慢。今は私に出来ることをするのみなのです。あ!」
 白金は咄嗟に口を押えた。
 ――どうしたの?!
「ね、ねずみ。ねずみが。可愛いけど、お休み中のねずみが私の行く手を防いでいるのです」
 ――起こしてあげて、どっか行ってもらうしかないよね。
 猫のモフからしてみれば絶好の捕縛チャンスだったが、どうしてか換気口にいるネズミは美味しそうに感じない。というよりも、猫とネズミの関係はそこまで悪くない……のかもしれない。
モフがトムという名前だったら話はまた変わっていたのだろうが。
 さておき、白金は対処に困っていた。おそるおそる指で突いてみたが、あまりにも小さい衝撃だったために起きる気配がない。
 最終手段だ。
 白金はお腹を膨らませ、強く息を吹いた。すると鼠は吃驚して飛び上がり、何を思ったか白金の顔面に猛突進してきたのだ。そのまま顔にぶつかり、同じように吃驚した白金は飛び上がって頭をぶつけてしまった。
 愉快そうにモフの笑い声が響く。鼠は方向転換してどこかへと走り去っていった。
「び、びっくりしたのです」
 ――こんな所でネズミと遊んでる場合じゃないでしょ。早く行こう。
「別に遊んでるわけじゃないのですよ?!」
 ――分かってるよ。ほら、早くいったいった。
 いつもは引っ張られてばかりのモフが逆転した瞬間だ。白金は道を進んでいたが、常に鼠に神経を張り詰める結果になってしまったことは言うまでもない。


 隊員達は全員が青い顔で殺人鬼を見ていた。心臓を壊された仲間が痛々しく顔を歪め、眼球はあらぬ場所へ向いている。
 ロマニは次の的を見定めていた。窓から離れ、一人の身長が低い隊員へと向かう。震える銃が彼の声の代わりに叫ぶが意味を成さない。ついに武器は落ち、腰すら崩れてしまう。無慈悲たる刃が掲げられた。死の呼応が彼の悲鳴を失わせる。
「待って!」
 階段側から聞こえてきた声に目をやると、女性と息を切らして立っていた。隣には背の高い男性がいる。ロマニは的を彼女へと変え、俊二に間合いに入り込む。ロマニは何も語らず、淡々としていた。
 恋條 紅音(aa5141)は咄嗟にアダーラレガースを嵌め、甲で刃を受け止めた。
「リンカーか」
 ロマニは片手に武器を持ち替え、愚神の腕で甲を掴んだ。装甲が軋んだ。メルキオールへは剣を伸ばし接近を拒む。
 排気口を旅していた白金の情報に誤りはない。強硬たる腕は圧倒する程の強さであり、更に不吉だった。
「俺達を殺しに来たのか」
「殺しに来たのじゃない、止めにきたんだ」
「止めるだけか」
 締め付けられる拳が骨を立て始める。
「中途半端な偽善じゃ人を救えない」
 片脚を振り上げ、恋條は腹に足を当てた。しかし違和感。人ではなく壁を蹴ったかのようだったのだ。
 窓ガラスが激しく割れた。ロマニの注意が逸れて拘束から逃れると距離を空けた。
「すみません! 遅くなりました」
 カル・ゾ・リベリアを手にエスト レミプリク(aa5116)がアリサの背後を取り、オルクス・ツヴィンガー(aa4593)と麻生は窓の位置を取り二人を囲んだ。
「急にすまんね、俺たちの相手もしてくれや」
 二階にはまだ生存者達が残っている。迂闊に動けば攻撃を巻き込む可能性もあり、最優先は人命救助だ。しかし、ロマニ達は市民に手の届く範囲を陣取っている。
「人気者ね、私達」
 アリサは不敵に笑みを振りまいた。オルクスは目を細め、語気を強めて言った。
「悪人共、武具を捨ててを上にあげるんだな」
「素直にきくと思うの?」
「でなけりゃ、痛い目をみるんだな」
 互いが互いを監視する。敵がどう先手を取るか見計らい、視線で牽制する。鬼灯 佐千子(aa2526)は注意が向いていない間に近くに倒れている隊員へ駆け寄り服を捲った。
「まだ脈はある。しかし、早く措置を取らなければ命に関わるだろう」
 リタ(aa2526hero001)は周囲の隊員に救命を任せ外へと避難させた。
「この人は……もうだめみたいね」
 鬼灯は次の隊員へと向かったが、眼で見ただけで助からないと理解が早かった。
 ただただ、怒りが彼女に募った。
 ロマニの周囲にはまだ複数の市民がいて、彼らは怖れのあまり涙や狼狽を浮かべていた。
「あなた達には野生を全く感じないわ。この完成された檻の中で何年も過ごしてきたせいね。でもね、それじゃあ私達には勝てない」
 ロマニは近くにいた男、その手を掴んだ。男は四十代くらいか。灰色のアンダーシャツを着ていて近くにいた子供が「パパ!」と叫んだ。アリサは邪魔立てをされないように周囲のリンカーに目を配り、その眼の色は何色でもなかった。
「今なら俺を殺せるぞ。この男ごと」
「僕達は人を殺めに来たんじゃありません。その男性は無関係なはずだ、今すぐ離して下さいッ」
 エストの透き通る声は耳に届いただろうか。男性は、父は脚を左右に振っていた。子供には恐怖を悟られまいと笑顔を見せようとしている。
 少年は喉を枯らしながら何かを叫んでいる。言葉が聞き取れない。
 瞬間、少年の世界は鮮血に染まった。彼は何が起きたか分からなかっただろう、初めて人間の肉体を見ただろう。
 気付かない内、エストはロマニに向けて雄叫びを上げて走り出していた。
「フラッシュボム! 皆眼を伏せろ!」
 麻生は叫び、一帯が閃光に包まれる。オルクスはパトリオットシールドを持ち駆け出し、エストの後に続いた。
 エストの剣とロマニの剣が交差し、怒りの形相を浮かべたエストが力任せに壁に押し込んだ。
「どうして殺したッ! お前達の敵は僕たちのはずだろ!」
「俺たちのイドがあの男を殺せと言った。俺はただ、自分の欲望に従っただけだ」
「そんな答えを聞きたかったんじゃないッ! なぜ僕たちを狙わなかったかを聞いている!」
「人を殺せるならば誰でもいい」
「この……!」
 愚神の腕がエストの腹を鷲掴み、地面に押しつけた。素早く腕を振り上げ拳骨を作り、その腹部に一撃を叩く。衝撃で浮いたエストの身体は剣戟の餌食となり、最後の一撃が入る直前に銃声がロマニの剣を弾いた。
 ラヴィーネを構えたオルクスが何発も撃ち込みエストから距離を取らせると、少しずつ立ち上がる彼の所へと急いだ。
「大丈夫か」
「平気です……。すみません、何も考えず走ってしまって」
「気にするな。お前の行動が全員を動かす切っ掛けになった」
 結果的に人質からロマニを引き離すことに成功していた。ロマニとアリサは窓際に立ち、無表情に彼らを見つめている。
 少年はまだ父親の前から動こうとしていなかった。拡声器が少年を呼ぶが、彼は微動だにせず地面の血だまりを見つめている。アリサの目が少年に向いた。再び武器をパトリオットシールドに持ち替え、オルクスが走った。
 視線を二人から逸らさずに少年の前に立ちふさがった彼は頭の上に手を置いた。
「ここは危険だ。私が避難させる。立てるか」
 首は横に振られた。無理もない。オルクスは抱えるために背中と足に両手をやった。
 ――まずい!
 本当の意味で、この二人が人間でないと知る。悪魔とも狂人とも。そうでなければ……キルライン・ギヨーヌ(aa4593hero001)は悔いた。
 アリサの狂ったような笑い声。
 オルクスが右肩に痛みを覚えた時、緑色の光線が見えた。抱いているものを見た時、それはもう、それは……。


 狂気に満ちた笑い声が止まり、アリサはただ一言告げた。
「私達に罪の意識はないの。当然でしょ。人を殺すのが、私達の役目だったんだから。どうする? 手っ取り早く私達を殺しちゃった方が、被害は少なくて済むわ」
 一つの犠牲に、アリサの武器が目であることは知れた。この二人のペアはそれぞれ役目があるのだ。ならば分断するのが手っ取り早いだろう。
 ――でもどうするのぉ? 人質はまだ全員避難しきれていないのよ。このまま戦って、流れ弾が小市民に当たったらぁ?
 シーエ テルミドール(aa5116hero001)はエストに問いかける。彼は満足な答えを得るために黙した。
 二人とも至近距離で立っている。アリサだけを分断しようにも、ロマニに邪魔立てをされスムーズにはいかないだろう。エストは剣を構えながら額から汗を垂らした。
 途端、アリサの視線がリンカー以外を捉えた。真っ先に察知したオルクスが近くにいた隊員を庇い、足が焼けた。隊員は小さく悲鳴をあげた。
「あら残念」
 躊躇している暇はない。恋條は共鳴し、ロマニへと走り出した。アリサは素早く彼女を捉え光線を放つが、装甲で弾きロマニの剣と彼女の拳が重苦しい音を響かせた。
「どうしてこんな事するんだよ……! 罪もない人々を殺して、何が楽しいっていうんだよ!」
「言ったはずだ。イドの解放だと。何かを破壊し快楽を得ることは、人の生まれもった性だ」
「違う!! 快楽へ走るのは人の業かも知れない! けどそれを自分の心で決める事が出来るのもまた人間のはずだ!! お前達だって……最初からそうじゃなかったはずだろ!?」
 後ろからエストの声が聞こえた。彼は気合を入れ走り出し、恋條の隣に駆けだし剣を振るった。ロマニは咄嗟に愚神の腕を掲げ剣を防ぐと、横に回転し剣で二人を刻んだ。恋條はしゃがんで避けたが、愚神の腕はエストを掴み壁に放り投げた。
 エージェントの攻撃はまだ終わらない。
 突き破られたビルの窓からハングドマンが投擲された。
「なッ」
 鋼線はロマニの脚に巻き付き、思い切り背後に弾かれた。ロマニは一瞬で重力を失い、ビルから下へと落下する。
 九字原は恋條とエストが二人の注意を引いている間、壁から隙を伺っていたのだ。腕を使って大きく身を振った直後が絶好のタイミングだった。
 ロマニは腕を上に伸ばし、アリサはその手を掴もうと彼女もまた腕を伸ばしたが、銃弾が彼女の腕に命中した。
 Pride of foolsは魔女の手に握られており、銃口からは煙が噴いていた。魔女は高く跳躍して壁を蹴り、ビルの二階へ降り立つと呻くアリサに馬乗りになり顔を片手で抑えた。魔女は後ろを向き、エストと恋條に頷きかけるとアリサに視線を戻した。
「なるほど。これが貴女の武器ですね」
 至近距離で見れば、アリサの片目は真っ赤に染まっていた。
「ロマニを下に落としていいの? 彼は殺すためならリンカー以外もやるわよ」
「ええ、問題ありません。皆さんが争っていたおかげで近隣住民の避難指示と通行止めは済みました」
 アリサは片手で力強く、魔女の銃を持つ手を掴んだ。すると光線を放ち銃を弾き飛ばす。銃の方角を確認した魔女は、再びアリサへと視線を向けて片目を親指で覆った。
「残念ですが、貴方達の語るイドの理論に関しては全くの暴論だといってもいいでしょう」
「どうしてかしら。人は生まれながら破壊衝動を持つものよ。それを否定するの?」
「例えば、私が愚神や従魔……ヴィランを殺すのは目的を達成するための手段であるからですね。そこに快楽等は存在しない」
 魔女はどこからか再び銃を取り出した。グリュックハーネスがアリサの片目に向けられる。アリサは再び光線を放ったが、魔女は片手で受け止めた。焦げた血がアリサの服を汚す。
 トリガーに指が乗る。
 ビルには一発の銃声と、同時にアリサの悲鳴が走った。
「痛いッ!」
 アリサは懐からナイフを取り出し、魔女の脇腹に刺した。痛みで力が増えたアリサは魔女を退け、何とか立ち上がるとナイフを構えたままビルの下を見下ろした。
 下ではロマニと、さっきまで二階にいたエージェントが降りて戦っているのが見える。気付けば二階には魔女と、救助活動を続けている鬼灯と以外に姿が無かった。
 武器を無くした今、ナイフで勝負するしかない。アリサは鬼灯に向かって駆け出した。狙いは鬼灯ではなく、彼女の抱えている爺さんだ。
 しかし、脚を銃弾が貫き崩れるように地面に落ちた。
 更にもう一つ轟いた銃声が片方の脚を射抜き、狂気を感じさせる叫びがビルを彩る。
「自分自身の力に頼りすぎ、驕りを招いたな」
 リタはうつ伏せに倒れた彼女の腕を引き、割れた窓とは反対側の窓へと連れていき、ドアを開けた。アリサの上半身のみを外に乗り出させた。
「ここから私を落とすつもり?!」
 リタは無言で彼女を押し進めていく。
「やっぱりそうなんだわ。ここで私達を捕まえるだけでいいものを、こうして殺そうとする! やっぱりあんた達も私と同類なの!」
 上半身が半分以上押され、一瞬だけ感覚が死んだ。体が宙に浮き、地面が近づいた。
「人々に与えた恐怖は、この程度じゃ済まされない。体に刻み込め」
 掴んでいた足が離された。アリサは初めて最大の恐怖を感じ、声を荒げながら落ち行く。


 ロケットアンカー砲が爆炎を噴き上げ、炎の中から飛び出したロマニが麻生に走った。腕を前に掲げ、剣で突く。麻生はアンカー砲で剣を弾くと瞬時に17式20ミリ自動小銃に持ち替え接射するが、腕が容易く弾を弾いた。
 背後からは恋條とエストが接近し、一つの剣と爪が彼の胴体を貫いた。
 ――やはり、あの女性がこの男を護っていたんだね。
 ヴィクター・M・メルキオール(aa5141hero001)が恋條に語り掛ける。
「どういうこと?」
 ――仕組みは私も分からないが、男が防壁を発動している時、女は必ず彼を見ていたからね。確信はなかったけれど、これで明らかにはなった。
「なら、もう遠慮はいらないっていうことだね!」
 ロマニは体に突き刺さった刃達を抜き、前のめりに倒れると地面を腕で叩いた。すると地面が割れ、その衝撃がロマニを弾き飛ばしオルクスに剣を掲げ突進した。エッケザックスが剣同士の火花を散らし、片手でオートマチック「ラヴィーネWS」を持つと愚神の腕に向けて薬莢に入っている弾丸分全てを撃ち尽くした。しかし腕はダメージが通っているとは思えない――途端、その腕がオルクスの腹部を強打し、空に打ち上げた。続けざまに剣を構えるが、腕に鋼線が引っ掛かり強い力で地面に倒された。九字原は倒れたロマニの胴体に白夜丸を刻むが、恐るべき生命力の彼は剣で九字原の脚をはらい、再び腕を地面に打ち付けて立ち上がった。
「女の方はもう抑えています、もうあなた達に勝ち目はない。これ以上抵抗を重ねるのは、あなたが辛いだけです!」
「辛いだと。アリサを救えるのは俺だけになったというだけだ。お前達全員を殺し、アリサを救い、イドに従って生きる。それの何が辛いというんだ――」
 彼の言葉を遮るように口を開いたのはエストだった。
「僕には後悔が……ある、悔やみきれないことがある。だけど! どれほど悔んでも、あれは僕自身が行った結果、責任だ! イドだなんて【仕方のない要因】のせいにするつもりはない!」
 ロマニはエストを見つめた。今や少年の言葉は、力強く響き渡っていた。
「お前たちが人を殺す理由はイドの開放なんかじゃない、イドの開放に溺れて人殺しを自分で選んだからだ!」
 そうだ……忘れちゃいけない。この後悔まで忘れたら、本当に合わせる顔がないじゃないか……。
 ロマニは空を向いた。雲がかかっていて、太陽が照らしている。
 すると、どこからともなく丸っこい物体が飛んできて、それは途中で少女に変身してロマニの頭に覆いかぶさってきた。思わず仰向けに倒れた彼が目を開けると、和服を着た少女――白金が映っていた。
「投降しましょう! あなた達の事情は、アリサさんから聞いたのです。確かにあなた達はすっごい凶悪犯です。けど、なんかこう――もう、これ以上傷つくところは私みたくないです! だってもう、ボロボロじゃないですか」
 ロマニは自分の、自分自身の手のひらを見つめた。至る所から血は流れている。
 白金の後ろを見ると、鬼灯がアリスを抱えていた。いつの間にだろう。アリサも傷だらけで、至る所から血が流れていた。でも息はしているから、生きているんだろう。
 傷だらけのアリサを見た彼は、途端に力を失って剣を落とした。
「生まれてから、今まで……知らない感情が俺の中に芽生えた。なんなのだろう、これは」
「もう戦わなくていいって、私が宣言してあげますです。……あ、その、なんか偉そうに言っちゃってますけど、はい」
 白金がロマニから離れ、彼はすぐに取り押さえられた。


 ベルフ(aa0919hero001)と九字原がロマニを抑え、虫の息であったアリサは簡単な治療が施された。
「どうして、私を殺さなかったのよ」
「あんた達の言うことは間違ってる、その証明のためよ」
 鬼灯は簡単に答えた。これから彼女たちには終身刑が待っているだろう。元居た国に送り返され、一生牢獄の中で過ごすことになるだろう。彼らは自分達の罪を悔やむだろうか。
 近くに停めてあった車に寄りかかっていたベルフは、ロマニに向けて口を開いた。
「さっきお前さんが言ってた感情、その正体は分かったか」
「分からん。ただその感情のせいで、俺は戦意を失った」
「じゃあ、牢屋の中で必死に考えるんだな。その感情の正体を知るのが、お前の人生の意味だ」
 騒ぎが終わると、今度は違った騒ぎが訪れる。記者達がこぞって詰め寄ってきたのだ。警察が必死に抑えているが、彼らも人生がかかっているせいで躍起になってカメラを回している。魔女は報道陣を一瞥し、銀行の中へと戻った。
 中では麻生とユフォアリーヤが黙祷を捧げていた。
「あいつらは愚神の一部を身に着けて、それで強化していたみたいだな」
「そのようですね。お陰で制圧に手間取りました」
「ん……」
 ユフォアリーヤは自然と二階に足を運んでいた。麻生と魔女はそれに続き、まだ遺体の運び終わっていない二階に到着した。
 犠牲になった父と子は、まだ二階に倒れている。救急隊達が遺体を運び出しているから、邪魔にならないようにそっと彼らの傍に寄った。そして二人の手を繋ぎ合わせた。
「ん、多分、天国でも会える」
「だな」
 割れた窓ガラスを踏みながら、麻生は窓に近づいた。見下ろせば、ロマニとアリサは項垂れていた。
 その隣では、傷ついたエージェント達の治療が施されている。
 
「なんだろう、何故かこの二人を叩くだけじゃ全てが解決しない気がする。なんかその奥の……もっと何か根本があると思うんだ。よくわからないんだけど」
 恋條は痛々しい傷跡の残る壁に手を当てていた。そこには血がついていて、殺された人間の恐怖が手から伝わってくる様だった。
「メルキオール。アタシ、決めた」
「うん?」
 メルキオールは目を瞑る彼女を見つめていた。
「アタシは“悪の敵”になるよ。アタシのライヴスの見た目はまるで闇だけど、だからってアイツらみたいになる訳じゃない……力は使い方だって、メルキオールが教えてくれたから。やっぱりこの力で人を護って、悲しむ目に遭う人を、減らしたいって思うから」
「それが紅音の望みなら。私はどこまででも付き合うだけだよ。君の紡ぐ一生を見せてくれる限り、ね」
 いつになれば、この世界に本当の平和が訪れるのだろう。この事件は、一端に過ぎない。今も、こうしている間も人間は殺されているし、新しく生まれた命がこの二人のように悪人になる可能性もある。
 自分がやるしかないのだ。悲しむ人を減らしたい。
 いつになれば、本当の平和が訪れるのだろう――

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • エージェント
    オルクス・ツヴィンガーaa4593
    機械|20才|男性|攻撃
  • エージェント
    キルライン・ギヨーヌaa4593hero001
    英雄|35才|男性|ジャ
  • 決意を胸に
    エスト レミプリクaa5116
    人間|14才|男性|回避
  • 『星』を追う者
    シーエ テルミドールaa5116hero001
    英雄|15才|女性|カオ
  • エージェント
    恋條 紅音aa5141
    人間|18才|女性|防御
  • エージェント
    ヴィクター・M・メルキオールaa5141hero001
    英雄|27才|男性|ブレ
  • 希望の守り人
    白金 茶々子aa5194
    人間|8才|女性|生命
  • エージェント
    モフaa5194hero002
    英雄|6才|女性|シャド
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