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相談卓
最終発言2018/07/01 16:26:20 -
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最終発言2018/07/03 01:15:34 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/06/30 07:19:13
オープニング
●伝説の灯台
エジプトの地中海に面した港町アレクサンドリア。そのファロス島に存在したファロス灯台はその大きさなどから世界七不思議のひとつとして数えられている。
紀元前から存在したこの大灯台はギザの大ピラミッドに次ぐ大きさであり、その有名さから「灯台」を示す言葉の語源にもなった。
約百四十メートルの高さの塔に灯された光は約五十六キロメートル先に届き、遙か彼方の海上からも視認できたと言う。
しかし、その大灯台も地震によって崩れ、再建されることはなかった。
十五世紀後半にファロス灯台の跡地にはカイトベイ要塞が造られた。その建設には崩れた灯台の資材が使われたとも言われている。
そして、時は流れて二〇一八年。
西暦一九九五年一月に起こった『世界蝕《ワールド・エクリプス》』。それから起こった技術革新によって世界は新たな力を手に入れた。
ファロスの灯台はその恩恵を受けた。
軍事博物館として観光スポットとなったカイトベイ要塞の一部を繋ぐ形で新たなファロス灯台が再建されたのだ。
伝説のままとは行かなかったが、高さ百四十メートルもの石造りに似せた外観の灯台だ。
四隅に佇む海神トリートーンの像、そして、世界七不思議を再現した高層建築。
灯台としては機能しない観光施設ではあったがファロスの灯台は人々に夢とロマンを与えた。
●患禍の愚神アスカラポス
「私は不吉を告げる鳥──”愚神”アスカラポス」
濁ったような音でそれは告げた。
濃い灰のモッズコートを着てマスクを着けた集団、それを率いる男のようなモノも同じような服装をしていた。
アスカラポスと名乗った彼が他とは違うのは、彼がマスクを着けていないこと。
その顔は黒色に渦巻いていて一目で人ならざる者だと解った。
「我々はマガツヒに与すリンカー。この地を蹂躙する」
愚神がそう告げるとカイトベイ要塞のあちこちから爆炎が上がり、その頭上のファロスの灯台は崩れ落ちた。
倒れる巨塔──降り注ぐ瓦礫。
「こちらへ! 逃げてください!!」
アレクサンドリア支部から派遣された新人エージェントたちが必死に観光客に避難誘導するが、手が足りない。
建物のあちこちでヴィランに斬りつけられた人々の悲鳴があがる。
「応援が来るまで持ち堪えるんだ!」
現場のバンの中でオペレーターのアリスターが叫ぶ。
彼は非リンカーながら、必死に新人たちの指揮を執っていた。
「マガツヒに与する愚神がヴィランを率いて現れるとは……」
先日のアレクサンドリア支部周辺で起こった連続テロ。
今後テロが続く可能性を危惧したアリスターは、自らを発起人として周辺施設でリンカーを常時雇用しての警備を考え、そのために新米エージェントたちを集めて訓練を行っていたところだった。
ファロスの灯台に現れたマガツヒたちの襲撃は、当初、ぎこちないものだった。
最初、現れた三十人ほどのヴィランたちはアリスターが指揮する新米エージェントたちの動きにうまく対応できず、その隙にアリスターたちは塔の中の一般人をカイトベイ要塞まで逃がすことに成功した。
だが……。
突如現れた愚神により、戦況は一変した。
彼は爆炎の力によって塔を破壊したのだ。
折れた塔はカイトベイ要塞の頭上から海へと斜めに突き刺さり、依然として崩れた壁床を恐ろしい凶器として落としている。
混乱した状況で新米エージェントたちでは一般人の避難が精一杯だ。
リンカーたちは岩に潰されることはないだろう。
しかし、一般人は違う。
統率が取れているとはいえ守るもののあるアリスターたちと、破壊しか考えていないマガツヒたちでは……。
アリスターはアレクサンドリア支部からの応援が来るのを待ちながら必死で指示を出す。
●魔女の誘い
アリスターからの要請を受け現場へ向かう軍用トラックの中でミュシャは険しい顔で呟いた。
「愚神──アスカラポスだと?」
それは、彼女と少なからぬ因縁のあるヴィランズと同じ名前だった。
勿論、同名の愚神が居てもおかしくない……しかし、不安のような苛立ちのような気持ちが彼女の心をかき乱す。
「……今はそれどころではない……ですよね」
アレクサンドリア支部に入った連絡によると、その愚神は未だ折れた塔の内部に居り、その愚神を中心にカイトベイ要塞では小規模な爆発が繰り返し起こっているのだ。それらはライヴスが篭ったものではないらしく、リンカーには影響は無いのだが、建物やリンカーではない一般人にとっては脅威だ。
「数ではどうしても不利──」
その時、トラックが急ブレーキをかけた。
ハッとして剣を掴んで外に出るミュシャの目の前に一人の女性が品よく微笑んだ。
「こんにちは。H.O.P.E.の皆様」
トラックの運転をする軍人は緊張した様子で説明した。
「急に道路に飛び出してきました。恐らく──リンカーです」
すっとミュシャの目が細まった。
「ヴィラン──マガツヒか」
しかし、女はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、そんな。わたくしはセラエノのアイテール。マガツヒなんて粗野な方々と一緒にして欲しくないわ」
「セラエノ──!」
ぱっと剣を抜くミュシャにアイテールは怯える真似をしてみせた。
「まあ、恐ろしい。わたくし、貴女方に協力をするために来ましたのよ。リヴィアの命で」
一瞬、アイテールの顔が歪んだような気がしたが、すぐに彼女は柔和な笑みを浮かべて言った。
「わたくしたち、『アヴィディテの薔薇』が遺跡の保護をお手伝い致しますわ。精々、後ろから襲うような卑怯な真似はなさらないでくださいね」
解説
●目的:敵を遺跡から撤退させる
●ステージ:ファロス灯台(再建)
カイトベイ要塞(石造りの迷路のような建物)の上に立つ半ば崩れた塔、その中に愚神はいる
塔の半分から折れており、それが海と塔の下半分を繋いでいる(リンカーならば駆け上がることもできる)
塔には一般人はいないが要塞内部には逃げ遅れた一般人が四十名ほどいる
塔の崩壊による落石、愚神によりあちこちで不規則に爆発が起こっている
●敵
〇愚神アスカラポス(を名乗る者)
ケントゥリオ級
爆炎と銃撃で攻撃する
物攻B/物防B/魔攻A/魔防B/命中B/回避A/移動C/特殊抵抗A/イニシアチブ値C/生命A
・能力※今回のみ
余殃(よおう)×1:自分を中心としてあちこちで継続的に(リンカーを傷つけない・AGWではない)爆発を起こす
患禍(かんか)×1:攻撃を停止させ1ターン行動不能
陥穽(かんせい)×1:自分とPCの一人を錯覚させて攻撃させる
※HPが半減すると撤退するが、そのことをPCは知らない
愚神撤退後はヴィランたちは再び統制を失い制圧が容易くなる
〇ヴィラン3名(ジャックポット)と共にいる
※トリオ、威嚇射撃、フラッシュバン使用
〇ヴィランたち×30(今回、マガツヒのヴィランと総称)
カイトベイ要塞内で活動中
マガツヒの下部組織「アスカラポス」のヴィランとマガツヒのヴィランが混在している
統制は全く取れていないが、ひとりひとりは狂暴
特にアスカラポスのヴィランは危険より一般人を害することを優先する
●仲間(?)
〇アイテール ※指示しかしない
〇セラエノのヴィランたち
新米リンカー及び今回のマガツヒのヴィランたちより強く統制が取れている
アイテールを通してエージェントの指示をこなす
ただし、愚神とは戦わない
●新米リンカー
カイトベイ要塞内部で交戦中
一般人の避難誘導をしており、PCが指示すれば助けた一般人を外まで運びだしてくれる
ヴィランとの交戦は押され気味である
リプレイ
●鳥
「……不吉を告げる鳥、でありますか……」
トラックに揺られ、サーラ・アートネット(aa4973)はぎゅっと唇を結んだ。
「不吉など今更、自分はどうせ悪運強いであります故、気にする必要など微塵もないであります」
彼女の英雄オブイエクト266試作型機(aa4973hero002)が揶揄う。
『おーおー、相変わらずのいきりっぷりでありますねー。それくらいの気持ちで常日頃も引き篭もってねーで外に出てくれりゃあなぁ……』
「うるせぇであります。貴様はせいぜいその身を持って肉壁しとれであります」
『蹴らねぇでくれでありまーす』
英雄を足蹴にするサーラを横目に、彼女の上官であるソーニャ・デグチャレフ(aa4829)は口元を歪めた。
「同志よ、果たして忙しい我らもまた、あのアスカラポスとかいう愚神を退治する顛末と相成ったわけだが」
巨大愚神に蹂躙された自分たちの国を思えば、本来なら無関係な敵を相手にする時間などはない。
──だが、しかし。大義にも結局はマニ―が必要なのだ。
時間と金銭を天秤にかけた結果としての、今。
「だが、人類の築き上げて来たものを破壊するしか能がないとは無粋であるな」
カイトベイ要塞を目前にして軍用トラックがブレーキをかけた。
それを追うセラエノの車も止まる。
『無事ですわね?』
「間に合ったか!? 状況はどうだ!」
ヴァルトラウテ(aa0090hero001)と共鳴した赤城 龍哉(aa0090)が叫ぶ。
一般車両に偽装していたバンのドアが開け放たれ、通信機を着けたままのアリスターが転がり出て来た。
「待っていた! だいぶまずい、被害が広がりそうだ!」
爆音と共に塔を見守っていた海神の像の一つが弾け飛んだ。
二メートルを優に超える逞しい老人が顔をしかめる。オールギン・マルケス(aa4969hero002)だ。
「観光施設とは言え、灯台を破壊する……か。海の神として看過できぬ。人々の命も……守らねばならん」
「……ん。誰も……死なせない。それに、愚神は、ぜんぶ……殺さなくちゃ……」
軽やかにトラックの荷台から降りながら氷鏡 六花(aa4969)が強い炎の灯った目を向けた。
「同士討ちを避けるためにも、先行しているリンカーたちと私たちとの通信を確保したいわ。彼らには継続して一般人の避難を」
「了解だ。だが、バラバラの通信では情報が混乱する。私が中継を行おう」
鬼灯 佐千子(aa2526)の要請に頷くアリスター。
手早く通信機を登録する彼に自身の通信機を渡しながら獅堂 一刀斎(aa5698)はアイテールへ声をかけた。
「セラエノとも情報を共有したいんだが──せめて、この戦いの間だけでも」
提案にアイテールは微笑む。
「では、わたくしがそこのオペレーターの役割をしますわ。こちら側の情報を集め、発信する役ですわね」
あっさり承諾した彼女へ龍哉もまた提案をする。
「アイテールとか言ったな。今回だけでも敵でないのなら、配下の連中にマガツヒじゃないと判る目印を何か付けさせておけ。
──でないと、まとめて薙ぎ払う事になり兼ねないからな」
一瞬、柳眉を逆立てたアイテールだったが、緊張した面持ちのアリスターから黄蘗(きはだ)色のバンダナを受け取ると仲間たちの腕に着けさせた。。
「これでよろしいかしら?」
「ああ。それではセラエノには要塞内のマガツヒとののを頼もう」
「あら? 愚神の相手は良いのね」
そう言いはしたものの本心から率先して向かう気は無いらしい。
佐千子は現場の状況を確認する。
「貴女たちは要塞の方が何かと良いでしょう。私たちで一気に仕掛けて迅速な愚神撃退を目指すわ」
──エージェントたちの目的は一般人の救出、安全確保、そして、新米リンカーたちの生存が優先される。必然的に遺跡を最優先に動くのはセラエノとなる。
「台風の目の如きヴィラン達の統制の要となっているのが愚神であるのなら、優先的に倒すのは自明の理である」
──そして、この状況においては立っている物は親でも使わざるを得ない状況なわけで、セラェノの前非については不問として利用させてもらおう。
ソーニャは後半の言葉を飲み込む。
「ボクたちも要塞とまわりの人々を守り抜くつもりだけど、その為にも佐千子ちゃんたちと愚神に向かうつもりだよ」
リリア・クラウン(aa3674)は手を挙げた。
「上にはヴィランも居るようだし」
杏子が前に進み出ると、ソーニャとサーラ、六花が続く。
一方、龍哉は要塞を見やる。
「俺はマガツヒのリンカー連中による凶行を阻止する。愚神を叩けばある程度静まる可能性はあれ、こっちを襲われるままにしては被害は確実に増すだろうからな」
「同行させて頂こう」
「……あたしもそちらへ回ろう」
一刀斎が声を上げると、複雑な表情でアイテールを見ていたミュシャも龍哉の側へと別れた。
「話はまとまったようね、じゃあ行きましょうか」
部下たちに指示を飛ばして自らは後方へ下がるアイテールを後目に見てカナメ(aa4344hero002)が杏子(aa4344)へ尋ねた。
「──セラエノ、という奴らは相手をしなくても良いのか?」
「ああ、少なくとも今は。……というより、これからは人間同士で争ってる場合じゃないんだけどね」
要塞側へは、龍哉、一刀斎、ミュシャ、そしてセラエノのヴィランたち。
灯台の愚神の下へ向かう、佐千子、リリア、六花、杏子、ソーニャ、サーラ。
「言うまでもないだろうが、気をつけてくれ」
龍哉たちと別れたサーニャが折れた塔に脚をかける。
「ああ。愚神死すべし、慈悲はない」
「うん、愚神を許すつもりはないよ!」
ぴょんと跳ねて飛び出たリリアがソーニャの隣を駆け抜けた。
『ああ、それに、ここにいる人々は絶対に守り抜くぞ!』
リリアと伊集院 翼(aa3674hero001)は心を一つにして折れた伝説の塔の外壁に飛び乗った。斜めになったそれは共鳴したリンカーならば駆け上ることができる。
続く佐千子は上に見える愚神と足元で走り回るヴィランたちを視界の隅に捕らえた。
――ヴィランズ「アスカラポス」は「マガツヒ」の下部組織だった、と見て間違い無さそうね。……そして、愚神アスカラポスに「セラエノ」、ねえ。
「まあ、良いわ。どのみち、私のやることに変わりはないわ」
『そうだな。私たちの誓約は』
「遠慮ナシ。いつも通り、出来ることを出来る限りやるだけ」
リタ(aa2526hero001)の言葉を継ぐ佐千子。
次々と塔を駆け上がる仲間達を追ってサーラが外壁にとりつく。
「……上官殿、突撃命令を」
サーラの言葉にソーニャが応える。
「これも我らが祖国へと繋がる仕事である。制圧、開始だ」
『祖国のために!』
ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)が祖国と上官への敬意を叫ぶ。
●要塞迷宮
一体何が起こったのだろう──テロが起きているという情報は知っていた。
「だけど、こんな……っ」
必死に走って走って、出口に向かって足を踏み出した彼女は力づくで引き倒された。
「ゲェムオーバー」
彼女を引き倒した男は笑っていた。あちこちの柱から同じような服装で顔を隠したヴィランたちが現れる。
「ひっ、やめて、何でも、協力する……っ」
彼女の懇願は哄笑で返された。
建物の内部でまた爆発が起こった。
彼女を引き倒した男の手にいつの間にか細いナイフが握られている。
──これが、テロだと言うのか。断じて違う。これは思想や信念に基づいてなんていない。
ここにあるのは、邪悪な快楽、恐ろしい愉悦。
瞼を無理矢理押えられた彼女は最後の悲鳴を──。
「何をとち狂ったか知らねぇが、力尽くで来るなら当然やり返される覚悟はあるんだろうな」
振り下ろされかけたナイフを拳が弾き飛ばした。
一気呵成、拳を振るったのは鬼神の腕「皇羅(おうら)」を纏った龍哉。
「こちらへ!」
引き倒された彼女に乗っていた男を殴り飛ばすと、ミュシャは彼女と共に龍哉の後ろへ下がった。
だが、マスクを着けたヴィランたちも同じように龍哉から距離を取る。
「ホンモノの、エージェントか、逃げろ!」
「は!?」
まるで嵐を察知した船の鼠のようにさっと退却を始めるヴィランたち。
その数人に追いつき、ぶん殴りながらミュシャは叫ぶ。
「ここは任せて、一刀斎さんを! できるだけ捕縛したら追います!」
新米リンカーたちは疲弊していた。
禍津日……狂暴さを象徴するかのようなかのヴィラン相手に最早彼らは諦めすら感じていた。
「わかった」
ちらっと折れた塔台に目を向けてから、マガツヒのヴィランたちは未熟なリンカーたちを囲み、じりじりと追い詰めた。
一丸となれば彼らだけならば逃げることはできるかもしれない。
しかし──、彼らの背には逃げ遅れた人々が震えて蹲っていた。
「ぅ、うわあああ!」
遂に一人の新米リンカーががむしゃらに斧を振り上げ敵へと突っ込む。
「馬鹿な奴──」
笑いながら彼を斬ろうとしたマガツヒの動きが止まった。
背中から噴き出る血飛沫。
「待たせたな、援軍だ」
漆黒の刀剣へと姿を変えたディバイド・ゼロを振って血を払うのは、全力疾走でここまで駆け付けた一刀斎だ。
「じきにもっと大勢やってくる。よく耐えてくれた。今少し持ち堪えろ……!」
「あ、あんたは……」
マガツヒたちの表情が険しくなり、怯えていた新米たちの顔に生気が戻った。
黒色の獣毛、鋭い犬歯。すべて黒の、着物と袴に足袋と雪駄を履き羽織をはおったワイルドブラッドの男は答えた。
「獅堂 一刀斎。H.O.P.E.のエージェントだ」
忌々しそうに舌打ちしたヴィランたちだが、すぐに武器を構える。
「ちょっとはマシそうだが、禍津日にひとりで歯向かうとはいい度胸だな」
気付けば遺跡のあちこちにはマガツヒを示すマークが描かれている。
「ひとりではない、比佐理も居るからな」
一刀斎の持つ黒い刃が不思議なライヴスに包まれた。毒刃だ。
『一刀斎様……』
案じる比佐理(aa5698hero001)が何かの気配に気付く。
その直後に飛び込んで来た龍哉の怒涛乱舞がヴィランたちをなぎ倒す。
「まだ一般人が残っているな? 攻めて来る連中は俺たちが引き受ける。少しでも早く、多くの人を避難させることに注力してくれ」
「は、はい……!」
「両肩に担いで一度に二人ずつ運べ。共鳴中ならその位は楽にできる筈だ。全力移動で一気に駆け抜けろ。人手が足りなければ何度も往復すればいい。
今の内に、一人残らず安全な場所へ……!」
一刀斎の言葉に従った新米リンカーたちとセラエノの隊員たちが下がったのを見届けると、マガツヒと向き合ったまま龍哉は問う。
「遅れたか」
「いや──早過ぎたくらいだ」
大剣の腹でヴィランたちの攻撃をいなす一刀斎。
「だよな! さて、それじゃ、モグラ叩きを始めるとするか!」
『愚神退治を置いてもこちらに来たのですから、相応に働かなければ恥ずかしいですわよ』
「言われるまでもねぇ!」
戦乙女の鼓舞を受けて龍哉は改めて拳を固めた。
「そうだ、手加減をするって訳じゃないが遺跡を血で汚さないよう気をつけるつもりだ」
「残念だが、相手は悪名高きマガツヒ、生け捕りは考えない。代わりに例え、喉笛を斬る捨てても、俺は彼らを守るつもりだ」
そうか、ならばそれぞれのやり方で。頷くと龍哉と一刀斎はヴィランたちへと向かって駆けた。
『愚神には効かないけど気休めにはなると思うわ』
そう言って佐千子が渡した二つのエアーシェルをミュシャは抱きしめた。
「一時的にでも隠れられる場所があったら教えてください。確保します」
合流した新人だというリンカーたちと不本意ながら無言のセラエノの兵士たちと協力しながら、ミュシャは灯台の先と迷宮の奥をを眺めた。
●灯台へ
次々と大気を揺らしてリズミカルに鳴り響く轟音。
その度に上がる人々の悲鳴は、殺人鬼たちに追われた無辜なる人々の助けを求める声。
爆発で叩き折られた灯台は大地へ斜めに刺さっている。
そして、折れた塔の半ば、途切れた螺旋階段に囲まれた広間。露になったそこで愚神アスカラポスは下界の喧騒を眺めていた。
だからだろうか、それは殺気には気付かなかった──。
強力なSMGリアールから放たれた攻撃が愚神とその背後に控える二人のジャックポットたちを襲った。
折れた塔台の先端から狙いをつけた佐千子のトリオだ。
突然の狙撃を喰らった愚神は天を見上げ、舌打ちした。
「ヴィランイーターめ」
「!」
今度は屠剣「神斬」が生み出したリリアの斬撃、それをギリギリで躱して愚神はエージェントたちの来訪を理解した。
「……ね、つーちゃん。こんな時になんだけど、あれが鳥なんて名乗るからボクもうローストチキンにしか見えないんだよね」
『落ち着け、どう見ても人型の『チュウニビョウ』ってやつだ』
腹ペコのリリアを諫める翼。
冷気を含んだ風と共に氷の槍が打ち込まれた。六花の終焉之書絶零断章である。
最後に戦場に入り込んだ杏子は愚神の背後のヴィランたちに狙いをつけた。
──さて。控えのジャックポットはずいぶんピンピンしてるな。もう少し弱っていればセーフティガスでも振る舞ってやろうかと思ったが、さすがに新人リンカーには荷が勝った仕事だったか。
球体の飛盾「陰陽玉」を纏った杏子は戦場に降り立つ。
「この爆発はリンカーには効果が無いようだけど、一般人に当たればタダでは済まない。一気に勝負を付けようか」
コクリと頷く六花。
「……H.O.P.E.が人命を守りたいように、セラエノは遺跡を守りたいはず。六花は、共闘するなら……お互いの目的を尊重、したいの」
「……六花ちゃんらしい」
『愚神』そのものへの憎しみに凍えたような六花の中にこの少女本来の優しさを垣間見て、杏子は微笑を浮かべた。
佐千子のダンシングバレットが敵を貫く。
「さて──戦場というのは弱い者から脱落する、それが真理だ」
ガシャン。
ジャックポットたちがハッと顔を上げる。だが、遅かった。
四脚の人型戦車形態へと変わったソーニャが足場の悪い塔を一気に駆け上って来たのだ。
隠れ蓑にしていた瓦礫を吹き飛ばし、ソーニャの改3型ディェスイレの砲弾が愚神へ叩き込まれた。
「まだ居たのか!」
愚神が呻く。
「上官殿、続くであります!」
同じく瓦礫が崩れ、新たに戦車形態を取ったサーラも潜伏先から姿を現した。
サーラはゆっくりと、他のふたりのジャックポットの射線から他のエージェントたちを庇うように前へ進み、37mmAGC「メルカバ」からのトリオがヴィランたちを狙う。
襲撃を理解した三名のヴィランたちはそれぞれ、新たな弾丸を、巨大な砲弾を用意する。
「──危ない!」
上部から狙っていた佐千子が警告の声を上げたが、間に合わない。
──目から溢れるほどの眩しさ……ヴィラン側のフラッシュバンがエージェントたちの目を焼いた。
続け様に敵側の砲弾が降り注ぐ。
被弾しながらソーニャは声を上げた。
「精度を上げよ!」
上官からの叱咤を受けながらサーラはヴィランたちへの攻撃と愚神へ露骨な挑発を繰り返す。
「遺跡云々への二次被害を考慮して装備を考えよ。機先を制したのちは速やかに2足歩行形態に移行し、ファルシャによる白兵戦に持ち込むぞ!」
「了解であります!」
二足歩行へと変化したソーニャはサーラと並んで愚神を支援するヴィランたちの対処にあたった。
エージェント側の愚神とヴィランたちへの畳みかけるような攻撃が続く。
斬撃を弾かれた翼が叫ぶ。
『リリア、このまま自分のちからを試してみたい!』
「わかった! いくよー!」
トップギアをかけ距離を詰めたリリアの、渾身のオーガドライブが放たれた。
「くっ!」
躱し切れない鋭い一撃によって叩きのめされた愚神は後退しながら呪詛を吐く。
「人ならざる化物が!」
爆発が起きた。
……火の粉が舞う。
けれども、それはこの場の誰もが傷つくことはない、AGWとは呼べない炎……。
「愚神は──?」
さっきまでそこに居たはずの敵の姿が消えていた。
舞い散る火の粉の中で慌てて周囲を見る杏子。
「っ、六花ちゃん!」
杏子の叫びに振り返る六花。振り返ると歪んだ顔の愚神が立ち、こちらを狙っている。
「氷の……っ!?」
氷槍を出そうとした六花だったが違和感にその手を止めた。
おかしい、この方角には──?
「……なら、試すだけ、なの!」
彼女から生まれたライヴスの光が愚神へと進む。パニッシュメントだ。
「っう!? あれ? 何なの?」
直撃した光に愚神アスカラポスは両腕で顔を覆う。だが、それはすぐ砕けた硝子のように崩れ、佐千子の姿へと変わる。
「……驚かせて、ごめんなさい。佐千子さん」
パニッシュメントは愚神や従魔以外にはダメージを与えることはできない。戸惑う佐千子へ謝ると六花は強い眼差しで再び姿を現した愚神を見た。
あんなに舞っていた火の粉は消えていた。
同じ幻を見ていた杏子へクリアレイをかけようとした六花へ、果たして杏子本人が手を上げて見せる。
「もう、大丈夫」
「ふむ、始末してもらおうかと思ったのだが。陥穽のはまだ不慣れのようだ」
悪びれも無く愚神は言ってコートの裾を翻すと赤黒い短銃の引鉄を引いて六花へ弾丸を放った。
「よくも──つぅっ」
「杏子さんっ」
飛び出した杏子がカバーリングで六花を庇った。銃弾が彼女の身体を貫き、膝を着く。
「ちっ、残念だが今日はここまでだ」
短銃をコートの下へしまう愚神へ向かって六花が駆ける。
「……いいえ、逃がさない……ここで、殺す」
瞳の奥に冷たい殺意を漲らせた六花の終焉之書絶零断章が掲げられる。
「零に捧ぐ……決意と全ての悲哀を零に、絶つ祈りを以て鋭き氷槍よ穿て──!」
しかし、六花の攻撃が届く前に愚神の周囲にあがった爆炎を冷気が掻き消す。しかし、炎もまたすぐに氷に鎮められ灰色の煙と化した。
『……撤退したようだ』
オールキンの声を無視して愚神が居た辺りから飛び降りようとする六花。
「!!」
しかし、その細い手首をしっかりと掴む者があった。傷を受けた杏子である。
「この人数ではおそらく倒し切れない、今は残ったヴィラン達を何とかするのが先だよ!」
彼女の傷は自分と六花にかけたリジェネーションで癒え始めていた。
「だけど……だけど、愚神は……」
抵抗したが、振り払うことはできなかった。
一方、愚神の撤退を確認した佐千子が淡々と告げる。
「私は戻るわよ。ヴィランの無力化と一般人の救助が残っているわ」
踵を返し、最短距離で地上へ戻る佐千子とは逆に、六花と杏子は少し遅れて愚神に従っていたマガツヒたちの元へ駆ける。
●ファロスの灯
「あら、終わったみたい。じゃあ、わたくしはこれで失礼するわね」
微笑みを浮かべたアイテールはセラエノの車に乗り込もうとした。
「待つであります!」
オブイエクトに乗った共鳴状態のまま現れたのはサーラだ。
「ご協力の程感謝したであります。ですが、自分から一つ」
「なにかしら?」
「先にいっておくが……自分にとってセラエノもマガツヒも関係ないのであります。この遺跡を護ろうとする意志は別に是も非も……どうでもいいことであります」
ぴくりと眉を動かす魔女。その表情に不快感が広がる。
「だが……だが、何故貴様がそこまでしてここを護りたかったのだ? 慈善事業のつもりなのか? ならば何故ここが狙われたのを知っていた? 偶然、と白を切るつもりなら、あまりにも状況が出来過ぎではないか」
「思ったより面白くないお話でしたわ」
「貴様にとって面白くなくても、自分にとっては必要な情報であります。──単刀直入に聞く。ここには何がある?」
アイテールは折れた塔を見上げた。
「偽物の塔なんて壊れても別にいいんですわ。セラエノが守りたいのはこの土地、海と建物内に残された本物のファロスの塔。でも、それはあちらも同じよう。蹂躙したいのは眠っているファロスの亡骸。ここに何があるか、それはこの星が刻んだ歴史の痕跡ですわ」
サーラの顔を正面から見て、アイテールは意味ありげに笑った。
「なぜ来たのか、それはコロッセオでセラエノの……リヴィアと蜜月を交わした貴方達のロンドン支部長にお尋ねになって。そのせいで、わたくしもここへ向かう羽目になりましたの。慈善事業と言われればそうかもしれませんわ。わたくしの研究ジャンルから少し離れている気もしますし。
──お互い、組織に所属すると忙しいですわね? これは預かっておきますわ」
魔女は畳んだ黄蘗色のバンダナを見せると窓を締めて車を発進させた。
「同志、魔女は去ったか」
ソーニャの声にサーラは振り向く。
「はっ、真に重要なのは周辺の遺跡、詳細な情報は持っていないようであります」
「ふむ、まあよいだろう」
残ったリンカーたちはマガツヒの残党処理を行った後、カイトベイ要塞の前へと自然と集まっていた。
「これからの尋問によりますが、マガツヒたちの殆どは命令で暴れただけで詳しい事情は知らないようです」
生きたまま捕らえることが出来た数名のヴィランたちを無事アレクサンドリア支部のスタッフに引き渡した。
マガツヒのヴィランたちの大よそはすでに自害、もしくは口を封じられていたがアスカラポスと名乗るヴィランたちの幾人かは逃げ切って捕らえることができた。
また、愚神に従っていたジャックポットのうち一名も、六花と杏子によって自害を封じて捕らえることができた。
「アスカラポスのヴィランは存外楽に口を割りそうなのですが……あの愚神に指示されて一般人を害しに来ただけのようです」
アリスターの説明に佐千子が問う。
「アスカラポスは一般人相手の快楽殺人犯だったはずでしょう。あの愚神は何なの?」
「それが、ヴィランたちもマガツヒから派遣された愚神だと」
「……」
数の欠けた海神の像に見守られながら、手当を受けるリンカーと軽度の怪我人たち。彼らがふと顔を上げた。
「……音楽ですわね?」
「そうだな」
不思議そうなヴァルトラウテへ龍哉が笑って発生源を示す。
「あら、素敵ですね」
「む……」
疲れ切った杏子もそれに気付く。
倒れた灯台をステージにして、リリアと翼が演奏をしていたのだ。
一曲歌い終えて、リリアは笑顔で周囲を見渡した。
「普段は三人で演奏してるんだ。今日はドラムが来てないんだけど『マカロンズ』よろしくだよ~!」
いつの間にか集まっていた人々から上がる歓声、それに応えて再び始まるあたらしい歌。
無力さを嘆いて俯いていた新米リンカーたちも元気な彼女たちのステージに魅かれていく。
「美しい、な」
一刀斎の呟きに頷く比佐理。だが、彼が見ているのは人々を興味深く眺める比佐理自身だ。
逞しいオールキンの肩に乗った六花が折れた塔台を見上げた。
「愚神、を逃がしてしまったの……」
黒髪を垂らして俯いた六花は英雄の首に静かにしがみつき、オールキンはそんな能力者の背中を優しく撫でた。
「見よ、あの銀波を。救われた海は感謝を告げ、助かった人々の生命は輝いているぞ」
海風が髪を吹き上げ、戦士たちの頬を優しく撫でた。
沈み始めた太陽が、戦いに踏み躙られ煤けた戦場を煌めかせた。
「でも……次は……愚神は、殺さなくちゃ……」
冷たい呟き。
心配そうに六花の様子を伺っていた杏子の隣で、カナメが杏子の言葉を繰り返す。
セラエノ、マガツヒ、ヴィランたち……そして、H.O.P.E.。
「今はヒト同士でそんな争いをしている場合ではない、か」
しかし──そんなエージェントたちの憂いをよそに、世界は動き始めていた。