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新・学校の七不思議
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最終発言2015/10/23 01:02:12 -
新・七不思議
最終発言2015/10/26 06:49:29
オープニング
●不可思議な七不思議
その小学校は、極めて普通だった。
取り立てて何があるというわけでもない、都心郊外にある平凡な小学校。全校生徒は五百人程度で、周辺の豊かな自然が子供たちを心優しく、自由な気持ちにさせていた。
その小学校が変容したのは、いつのころだったか。
――説明するよりも、実際に見てもらったほうが早いか。
『ウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……』
「先生、スピーカーがまたうなってます!」
「先生、音楽室のピアノがまた勝手に音を出しました!」
「先生、踊り場の姿見にお化けが映りました!」
「先生、図書室の本がまた荒らされてます! おととい買い足したばかりだったのに!」
「先生、校庭をマネキンがランニングしてます! そろそろ十キロに差し掛かりそうです!」
「先生、プールの水が風もないのに波打ってます!」
「……誰か、どうにかしてくれ……」
そう言って壮年の男性教師は、静かに教卓に突っ伏した。
●餅は餅屋
「……で? 俺たちのところに依頼が来たってわけか」
事態を聞いた男性担当官は、乱雑に積み上がったたばこの山に一本を加えた。その声は至極気だるげであり、山から漏れ出した灰の一部が担当官の机に零れ落ちた。
「そうです。HOPEから調査をよこしてほしいといわれたのですが、いかがでしょう」
今しがた説明した担当官の部下である眼鏡をかけた小柄な女性担当官が言った。だが、男の返答は到底良いものとは言えなかった。
「いかがもクソもあるかよ。俺たちはHOPE、能力者が事件の対応に当たる組織だぞ? そりゃ市民の要請にはできる限り応じるが、能力者の数は足りない、仕事は多い、俺は休めない、そんな状況でどうやってオカルトを解決するってんだ。成田山から坊さん呼んだほうがまだましだろ」
「別に先輩が休めないのは関係ないかと」
「とにかく、だ。今回の事例には人を割くことはできない。いいお祓いをしてくれるとこを紹介するからとだけ言っておけ」
そう言ってデスクに向き直る先輩に、後輩は動じることなく、静かに眼鏡を押し上げた。
「……『創造の二十年』以降、オカルトは一切人々の間から姿を消しました。あとに残ったのは愚神と従魔という新たなオカルトだけ。そしてそれに対応できるのはHOPEや能力者だけです。それぐらい先輩だってわかっているでしょう?」
避難をすることなく、淡々と事実を並べて同意を求める。その態度に、男はわずかに眉を吊り上げた。
「なるほど。この件には従魔、あるいは愚神が関わっていると、そういうことか。そうならそうだととっとと言えよ」
「申し訳ありません。ですが興味を持っていただかないことには、貴重な人員を割いていただくわけにもいかないと判断したので」
「そうだとしたら、お前の目論見は見事成功したな。……詳しく聞かせろ。状況次第では、あちらさんの要請通り、調査をしないこともない」
かくして、数日後に件の小学校へHOPEの調査部隊が派遣されることとなった。
●従魔の巣窟、親はどこに
「二か月前にうちの調査隊が、とある小学校に派遣されたことは知っているな。その件に関して、二週間前に調査結果が発表された」
場所は変わり、HOPEブリーフィングルーム内。そこで男性担当官が珍しくまじめな顔をして説明をしていた。
「調査の結果、学校内に多数の従魔が存在していることが判明。現状、彼らは無機物に憑依しているのみで積極的な攻撃行動に移ることはないとのことだが、いつ一般人に牙をむくとも限らない。そこで、早急な問題解決を求める――とのことだ。この提言に従って、君たちが集められている」
言うと、担当官の背後にあるスクリーンに小学校の画像が投影された。白を基調にし、コンクリートで作られた、何の変哲もない、普通の小学校だ。
こんなところに、『多数の従魔』がいるのだろうか。
「この小学校では、すでに一連の事件が『学校の七不思議』として噂になっている。生徒や教員の安全を確保するために、一刻も早く何とかしてほしいというのが学校側の要望だ」
七不思議? 説明された現象は六つしかないはずだが、と誰かが言った。
担当官はやや意表を突かれたような顔をすると、手元の資料をめくって答えた。
「実は、噂の中に『この出来事を裏で操っている誰かがいる』という七つ目の不思議がある。まあ、子供が作った数合わせの不思議だろうがな。気にするこたあねえよ」
オカルトが否定された世界で現れた、露骨なオカルト。それが今まさに人々に危害を加えそうであり、自分たち能力者でしか倒せない。
「レベルが低いとはいえ、従魔は従魔だ。一般人に被害が及ぶ前に事態を処理してくれ。頼んだぞ」
解説
●目標
小学校内にいる従魔の殲滅
●登場
従魔×?
小学校の中の無機物に憑依している従魔。総数は不明だが、調査隊の予測では多くても十体ほどとされる。
すべてミーレス級であり、確認されている中では、
・放送室(校舎一階)の放送用機器
・音楽室(校舎二階)のピアノ
・踊り場(二階と三階の間)の姿見
・図書室(校舎二階)の本棚
・理科室(校舎一階)のマネキン
・プール(プール棟屋上)の水
にいる。ライヴスを介した攻撃で引きはがすことが可能。
生徒に物理的被害を及ぼしていないところから見ると、あまり好戦的でない、バッドステータスを含む攻撃はしないと推測される。
ただし、従魔の特性上攻撃を受ければ反撃をすることはありうる。
愚神
詳細不明。
極めて情報量が少ないため、そもそも存在しているかどうかも怪しい。万一遭遇した場合は注意を怠らないこと。
*PL情報
レベルはデクリオ級。しかし長く小学校にとどまり、従魔を食らうなどして連続的にライヴスを獲得しているため、非常に強力になっている。現在は小学校の非常勤講師に憑依中。
隠密性に特化している。攻撃力はさほど高くないものの、土地勘に優れるために不意打ち、奇襲、罠の敷設などは簡単に行える。そのため、どこに何があるかを詳しく知っていなければ姿を見つけることすら困難。
作戦開始時は小学校にいない。自身が『育てている』ミーレス級従魔がすべて倒されたとき、校舎一階の職員室内に現れて下手人の捜索に動き出す。
●状況
都心郊外の小学校。週末の深夜に作戦を開始するため、生徒や教師はいない。
グラウンドを中心にして、正門、校舎、プール棟、体育館が置かれている。
正門から見て奥に校舎、右にプール棟、左に体育館がある。なお、すべての建築物は一階の連絡通路でつながっている。
リプレイ
●七不思議討伐組√A
夜の校舎に、青年男性と未成年女子が二人いる。
字面だけ見ればこれほど犯罪臭の漂うものはないが、それは青年男性である坂野 上太(aa0398)も承知のことだった。
(だから僕はこうして二人の後ろを歩いているわけですが。それにしても、学校の七不思議ですか。昔流行りましたね)
おっさんの回顧をよそに、前の女子二人はなかなかに騒がしい。
「いやあ……もう、ほんとにいや……帰りたい……」
「だ、大丈夫ですよ……私がついてます……」
月鏡 由利菜(aa0873)の右腕を御門 鈴音(aa0175)が命綱のように必死につかんでいるため、歩みは遅々としている。それが原因で御門はさらに怖がり、月鏡が励まし、坂野が回想に浸るというループが三人の中で延々と続いていた。
現在三人がいる場所は、小学校の敷地内にあるプール棟、その外階段である。捜索場所を回るのにこのルートが一番早いという理由で、先にプール棟に来ているのだ。
『鈴音の奴、怖がりすぎじゃねえのか? たかが夜の学校だぜ?』
「その割には声が震えてませんか?」
『ばっ、ちげーし! 別に震えてねーし! びびってなんかねーし!』
ぎゃーぎゃーと叫ぶ英雄・バイラヴァ(aa0398hero001)に、坂野はやんわりとした笑みだけを浮かべた。
かれこれ五分ほどで到着したプールサイドは、すでに水浸しになっていた。その原因は、三人の目の前にくっきりと示されている。
「これが、プール使用中に出なくてよかったですよ」
「……はい。とても授業なんてできません」
まるで台風が接近しているかのように激しく荒れ狂うプール。現在風は吹いていないが、どれほどの風が吹けばこれほどまでになるのだろうと考えさせられるレベルだった。
間違いなく従魔の仕業である。それも、一体や二体ではないだろう。
「……行きます」
そう言って、月鏡は水面にシルフィードを突き立てた。剣先が水に触れた瞬間。
水が大きく破裂した。舞い上げられた水は真上から、能力者たちに降り注ぐ。そして一時的に水量が減ったプールの中から出てきたのは、見るからにお化けの姿をした三体の従魔だった。
「ひっ……!?」
怯えたような声を上げた御門の後ろから坂野が叫ぶ。
「しゃがんでください!」
坂野の右手に握られた氷剣が横なぎに払われる。切り裂かれた空気の波は、従魔に接近した瞬間に勢いよく燃え盛る。
「そこです……!」
間髪入れずに、月鏡がブラッディランスで火炎を衝く。月鏡の手の中で、一体が消滅した手ごたえを感じた。
しかし、二体はいまだ健在である。火を体中にくすぶらせながら、従魔は御門の下に飛び掛かった。おびえてしゃがんでいる彼女がこの中で一番弱いと思ったのだろう。
少女はそんな『お化け』を目にし、小さく息をのんだ。
刹那。
「いやあああああああああッ!!」
大剣から振るわれた破壊の暴風は、矮小な従魔を数秒で飲み干した。
あっけにとられる能力者二人の前で、少女は大剣を傍らに力なく置いて呟いた。
「……もう、いやあ……」
プール棟の従魔を片付けた三人は、今度は校舎一階の放送室に向かった。
放送室の内部は様々な放送機器で雑然としていた。空の段ボールの山の中に、かろうじて細い道が入り口から続いていた。
『ここから、不気味な唸り声が学校中に流されているらしいな』
「放送機器か、マイクそのものか、それとも幽霊か、気になりますね」
月鏡の英雄であるリーヴスラシル(aa0873hero001)とそんなことを言い合いながら坂野がコントロールパネルを触った、その瞬間。
突如としてパネルの電源が入り、音量のつまみが勝手に最高まで引き上げられる。スピーカーから流れ出てきたのは、おどろおどろしい地の底から響くような唸り。
『ウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……』
「離れて……!」
月鏡がパネルを斬りつけると唸り声はぴたりとやみ、代わりに先ほどと似た従魔が勢いよく飛び出した。
坂野が氷剣でその体を切り裂こうとするも、従魔は勢いに乗って剣戟をひらりとかわす。襲いかかったその先にいたのは、またしても御門だった。
「ど、どうして、私だけ……!?」
顔中くしゃくしゃにしながら、御門は赤い歪な投擲斧を従魔めがけて投げつけた。縦に回転しながら突き進んだそれは、刃を従魔の体に突き立て、従魔を消滅させた。
「……、」
もはや何かをしゃべる気力もなくなったらしく、御門はその場にへたり込んで動かなくなってしまった。その様子に、月鏡が彼女の前にかがんで優しく励ます。
「御門さん、その……私たちがついてます。だから、怖がらなくても、大丈夫です。……すみません、こういう時何て言ったらいいか、わからなくて。でも、これだけはわかってほしかったから……」
『そうだぜ。なんかあったら俺様が守ってやるからよ。心配すんな!』
「月鏡さん……バイラヴァさん……」
御門は涙で腫らした目で月鏡と坂野の顔を見ると、ゆっくりと、力を込めて立ち上がった。
「……ありがとうございます。もう、平気です。すみません、ご迷惑をおかけしてしまいました」
「いいえ、構いませんよ。準備が出来たらここを離れましょう」
坂野は穏やかにほほ笑むと、少女が深呼吸をしている姿からそっと目をそらした。
(バイラヴァさんはああ言ってましたけど、実際御門さんを守るのは僕の役目になるんですよね。いや、まあ、いいですけど)
かくして、三人は再び真っ暗な廊下を進むことになった。だが、その旅もそう長くはなかった。
『ここだな』
リーヴスラシルの声にこたえ、月鏡が壁に向かって懐中電灯の光を向ける。筋肉と内臓をむき出しにした人体模型が薄明かりに照らし出されてその姿を浮き上がらせた。
「いやあああああああああああああ!?」
『うおおおおおおおおおおおおおお!?』
なぜか重なった二つの声に、坂野とリーヴスラシルは共通の思いを浮かべた。
(やっぱりビビりましたね)
(バイラヴァの奴、ビビりだったのか)
『ヒヒヒッ……人喰い鬼であるわらわに対するいつもの威勢はどうしたというのじゃ? 怪異そのものであるわらわと契約しておいてこの程度でビビるなど今更じゃろうて……!』
実体化していれば腹を抱えて笑い転げていたであろう御門の英雄・輝夜(aa0175hero001)の笑声に月鏡は首をかしげつつ、人体模型のほうを見据えた。
「ええと、これが従魔の憑依した人体模型でしょうか……?」
「そうみたいですね。ですが、動く気配はなさそうです」
厳然と立ち尽くす人形を前に、うーんと考え込んだ月鏡は、しばらくして両手をぱんと叩いた。
「強いライヴス反応で、目覚めさせるというのは、どうでしょう……? 具体的には、私がリンクコントロールを使って、ラシルとのリンクレートを上げて、その時に出る強いライヴスでおびき寄せるんです。……どうでしょう、か?」
「いいアイデアだと思います。私たちが援護に回りましょう。御門さん、よろしいですか?」
「……は、はい」
武器を構え、王女を守る騎士のように月鏡の両脇に侍する二人。月鏡は目を閉じると、静かにつぶやいた。
「いきます。――ラシル」
『了解した』
グン、と月鏡の体から朧げな光が発せられる。艶やかな金色の髪から、粒子となってライヴスが漏れだした。
変化はすぐに訪れた。人体模型が右手をショーウインドウにかけ、自ら扉を開けて三人には目もくれず廊下を走りだしたのだ。
「待ってください!」
坂野が駆けだすも、人体模型との差は開くばかりだ。かなり速い。このままでは取り逃がしてしまう――!
「避けて、ください……!」
背後から聞こえたか細い声。しかし、その声は確かに小さな芯を感じさせた。
「私だって……みんなの、役に、立ちたいッ!」
『外すでないぞ、鈴音!』
御門の手にある書物から白いカードのような刃が吹き荒れる。それらは廊下の壁に避けた坂野を通り過ぎ、人体模型を正確に攻撃した。
模型から従魔が耐えかねたように飛び出した。三度、御門に向かって牙をむこうとする。
だが。
『てめえ。鈴音にそこまで手え出そうとするつもりなら、まず俺様を倒してから行けや』
(バイラヴァさん!?)
『悪いな。少し借りるぞ』
バイラヴァが坂野の肉体を奪い、巨大な弓を引き絞る。銀色に輝く魔矢でもって、少女の勇気を砕こうとする不埒者を叩き潰すために。
『消えろォ!!』
ドシュウ!! と空気を斬る轟音とともに放たれたそれは、従魔の中心部を正確に貫いてその体を霧散させた。あとに残ったのは暗闇の静けさのみ。
『カッ。一昨日きやがれ』
バイラヴァが吐き捨てた後、坂野のスマートフォンが規則的な着信音を鳴らした。弓をしまい、スマートフォンを手に取る。三ツ也からの着信だ。
「はい、坂野です。……なんですって?」
その報告を受け取った坂野は、思わず声を低くして聞き直した。
●七不思議討伐組√B
ここで時間は、坂野たちがプール棟に向かっていた時までさかのぼる。
三ッ也 槻右(aa1163)たち三人は、共同で校舎の二階と三階を捜索していた。屋上まで一気に登り、そこから下の階に向かって教室を捜索していく作戦である。
現在三人は、二階と三階の踊り場にいた。壁には二メートルはあろうかという姿見が備え付けられている。その前で、琴平 ゆず(aa1613)が勝手気ままにポーズを決めていた。
「ここに従魔がいるんですよね」
中城 凱(aa0406)の問いに、三ツ也が頷いた。
「ですが、あちらに動きはないようですね」
言いながらも、三ツ也の目は常に琴平の方を向いていた。
あの少女に何かあっては困る。自分たちと比べて技量が劣る彼女を危険にさらしてはならないのだ。少なくとも三ツ也は、大きなお世話だと言われようともそう決めていた。
そして、事態は動いた。
「お?」
琴平がポーズをへんてこな動きで止める。彼女の視線の先、つまり姿見の向こうでは、琴平と全く同じ姿をした何者かがこちらに向かって弓を引き絞っていた。
「琴平さん!」
反射的に琴平の手を引っ張り、自分の方に引き寄せる三ツ也。次の瞬間、鏡の奥から放たれた矢は先ほどまで琴平の頭があった位置を正確に通過した。
「はっ!」
中城がすかさず短剣で姿見を突き刺す。その鏡面に傷は一切つかず、そのダメージをすべて肩代わりした従魔がはじかれたように飛び出してきた。霊体化した体は大きくぐらついており、傷の大きさを如実に物語っている。
「そこだ!」
中城の後を引き継ぎ、三ツ也が鋭い曲刀で従魔の体を貫く。従魔は霧散し、あたりは元の静けさを取り戻す。
「三ツ也さん、あざっす!」
「大丈夫です。……先を急ぎましょう」
屋上に上がり、三階の教室を順に回っていく。しかし、どの教室にも従魔の気配らしき感覚はなかった。
校舎二階、音楽室。従魔の仕業と思しき怪現象が確認された場所だ。
「入ります」
刃の腹に金色の獅子を持つ大剣をつかんだ三ツ也を先頭に、三人が中へと足を踏み入れる。
通常の教室を二つ横に並べたほどの空間。三ツ也たちの対角線上にそのピアノはあった。背中合わせになり、三方をそれぞれ警戒する。すでにここは敵のテリトリーだ。どこから現れても不思議ではない。
三ツ也が大剣を構えなおす。刃が空を切ると同時に、獅子の咆哮が音楽室を埋め尽くした。その怒号に触発されたのか。
「来ました!」
中城が警戒した声を上げるや否や、ピアノがけたたましいまでに音楽を奏で始める。まるでドレミが何かをわかっていない子供が力任せに鍵盤をたたいているかのような不協和音。
従魔が動き出した。
「じゃあ、ちょっと狩ってみるっすよ!」
弓の弦を引き絞りながら、琴平が興奮で上ずった声を上げる。
少女の手から放たれた矢は、まっすぐにピアノに突き刺さった。無傷のピアノから飛び出してきた従魔は、憤怒の表情そのままに琴平に襲いかかる。
「させない!」
三ツ也が大剣を寝かせ、腹で攻撃を受け止める。両足を踏ん張って押し切られるのに耐えている間に、中城はすでに化け物の背後に回り込んでいる。
『失せろ、従魔』
礼野 智美(aa0406hero001)の冷え切った声と同時に短剣が従魔を貫いた。輪郭が消えうせ、音楽室にもまた平穏が訪れる。
「やったあ! これ、チョー順調じゃないっすか!? 七不思議狩り、案外すぐ終わっちゃうのかな? かな!?」
うっきゃー、とはしゃぎまわる琴平を前に、三ツ也は重たい息を吐いた。
「……心配だ」
『すみません……うちの子が、ご迷惑をおかけします……』
落ち着きのない小学生男子の親のような声で、霧華魑 ルコ(aa1613hero001)が謝罪した。
三ツ也が窓の外に目を向けながら、図書室に移動する。外では何も動きはないようだ。
中城が図書室の扉を開け放った瞬間、内側から文庫本が顔めがけて飛来してきた。
「うわっ!?」
『気を緩めるな、もう奴らは動いてるぞ!』
礼野の言葉の通り、すでに中は書籍が所狭しと飛び回る混沌と化していた。本棚の片っ端から本が取り出され、あちこちにぶん投げられている。
騒動の主犯は、憑依もせずに実体化して図書室の中心にいた。扉が開いたことを察知してか、三匹の顔がこちらを向く。
『槻右、一気に片づけてしまえ!』
「分かってるよ!」
三ツ也はシルフィードをゆっくりと構え、直後に鬼神となって三匹を切り裂いた。三ツ也の猛攻に負傷した従魔は大きく体制を崩したが、一匹だけ無傷で残った従魔は反撃とばかりに三ツ也に食らいつこうとする。
三ツ也がこれを回避すると、背後で弓とクロスボウを構える中城と琴平が一斉に射撃を始めた。
「そこから離れろ!」
「三ツ也さんを狩ろうなんて、百年早いよ!」
様々な矢が突き刺さった従魔は、すぐに消滅した。しかし、敵は一体ではない。三ツ也の目に飛び込んできたのは、二人を屠ろうと今まさに背後から攻撃を加えようとする従魔の姿だった。
三ツ也と二人の距離は大きく離れており、また二人も危機に気づいている様子はない。対応できるのは一人だけだ。
(でもどうやって!? ここからじゃライオンハートも届かない!)
『馬鹿者、お主が持っているものはそれだけか!?』
頭の中に直接響いた酉島 野乃(aa1163hero001)の叱咤が、彼にある武器を思い起こさせた。
唯一保持していた、彼の飛び道具を。
「届けぇ!!」
普段の彼からは想像もできない大声とともに、クリスタルファンが縦に勢いよく振り下ろされる。クリスタルを骨子とするその扇は、まばゆく輝いたのちにライヴスを荒れ狂う暴風として射出した。
『な、なに……!?』
状況を理解できていない霧華魑がおろおろとした声を上げる。その声が引き金となったのか、二匹の従魔はその体を自壊させた。
風が収まったのを見計らって、三ツ也は立ち上がって中城たちの下に戻っていく。
「お怪我は?」
「大丈夫です。それと、ありがとうございました。助けていただいて」
「いえ、お構いなく」
「え? 私たちいつ三ツ也さんに助けられたんすか?」
まだ事情をよく分かっていないらしい琴平が素っ頓狂な声を出した。
とにかく、これで確認されている事象はすべて取り除けたはずだ。あとは別行動をしている三人と連絡を取り、経過を確認するだけである。
三ツ也たちは図書室から出ると、一回外へ出るために階段の方へ光を向けた。
と。
「……?」
『どうかしたか?』
「酉島、見えなかった?」
『何がだ』
「……いや、何でもない」
確かに何かがあそこにいた、ような気がした。瞬きをした間に消えてしまったので確証は持てないが。
首をかしげながらもそちらへ歩みを進めた、
瞬間。
ドッ!! と、真正面から何者かにボディブローを叩きつけられた。三ツ也はよろめきながら周囲に素早く視線をさまよわせるが、犯人の姿はどこにも見えない。
確信はしていない。しかし、わかる。
「――まさか、愚神!?」
『槻右! 走れ、あ奴はやばい!』
酉島の切羽詰まった声に、三ツ也は勢いよく琴平の方を向いた。
「琴平さん、後方の援護を頼みます!」
「おっけー、ってうおお!? いきなり持ち上げられたっすよ私!」
肩で騒ぐ琴平は無視した。
三人は出たばかりの図書室に再び飛び込む。礼野が硬い声で叫んだ。
『狭い場所だと俺たちのほうが不利になる、広い場所……体育館か運動場に誘導しろ!』
「分かりました!」
速度を落とさず、体当たりして窓を突き破る。空中に跳躍した三ツ也たちは、減速材に使えそうな樹木がなかったために何の対策もなく運動場に飛び出した。
着地し、運動場の中央まで走ると、三ツ也は琴平を下ろして校舎を指さした。
「あっちに向かって懐中電灯を大きく振ってください、坂野さんたちに見えるぐらい大きく! それと中城さん、援護を頼みます!」
「わかったっす!」
「了解です!」
二人の返事を聞くと、三ツ也はケータイを操作して坂野の番号を呼び出した。応答した声に耳もくれず、早口でまくしたてる。
「愚神の奇襲を受けました! 今は全員運動場にいます、すぐに来てください!」
●七不思議討伐組√U
「がっ!?」
坂野たちが合流する前に、中城が苦しげな声を上げる。背後からの強襲を受けたのか、後ろに向かって勢いよく槍を突き出す。
しかし、その空間には何もない。礼野が忌々しげに舌打ちした。
『一所にまとまったほうがよさそうだぞ』
「そうですね。背中合わせになりましょう」
音楽室の時と同じく、三方向を警戒する態勢に移行する。しかし、間もなく琴平が空中にかち上げられた。
「ああっ!?」
『ど、どうして……? 下から攻撃なんてできないはずなのに……』
霧華魑が混乱した声を出したとき、校舎から男の声が聞こえてきた。
「三ツ也さん、大丈夫ですか!?」
「私たちも、お供します……!」
月鏡の声に三ツ也は安堵しかけて、眼を見開いた。
彼女の後ろに、暗闇とはまた違う影が蠢いていることに。
「月鏡さん、伏せて!」
水晶の扇で影を払おうとするが、一歩遅い。影の一撃は月鏡の体を大きくのけぞらせ、三ツ也の攻撃は虚空を吹き流しただけに終わった。
三人が合流し、六人となる。だが、いまだ影を掴めていない状況ではじり貧になるだけだ。三ツ也が低く呻く。
「どうすれば……」
すると、隣にいた坂野が氷剣をつい、と掲げた。
「なら、こういうのはどうでしょう?」
いうと、坂野は刀身によどんだ風をまとわせ、思い切り振り回して風を拡散させた。拡散したよどみは愚神にとっての毒となり、影を蝕む。
そして、捉えた。
「そこ……ッ!」
「逃がさない!」
「いっちょ、狩られて!」
御門、中城、そして琴平が揺らめいた影に向けて射撃を叩きこむ。攻撃は一点で終結したが、その場所にはもう影はなかった。
再び、振出しに戻った状況。すると、霧華魑が見かねて声を上げた。
『……ゆず、あなた、その懐中電灯を持って囮になったらいかが? 灯りがあればわかりやすい誘導になるでしょうし』
「んー? よくわかんないけどいーよー!」
深く考えず、英雄の提案をのむ琴平。それに目を向いたのは、今まで彼女に気を配り続けてきた三ツ也だ。
「な……そんなことをしたら、きみが危険にさらされるぞ!」
「えー、でもいいじゃないっすか。それに、囮になるってことは一番近いところで愚神を狩れるってことじゃないっすか。それってチョーかっこよくないっすか!?」
夜闇でもわかるほど目を輝かせる少女に、男は静かに息を吐いた。
「……わかった。そのかわり、きみの安全が第一だ。それだけは忘れないでくれよ」
「愚神さーん、いないのー? 私はここだよー?」
ぶんぶん、と懐中電灯を振りながら声を発し続ける琴平。だが、その表情にはいささか退屈気な色があった。
「そろそろ私帰っちゃおうかなー――!」
挑発的な言葉が言い終わらぬうちに、何かから腕を掴まれて後ろに引っ張られる。こんなことをする人物は、琴平の中では一人しかいない。
「そこだ!」
「逃がしま、せん……!」
三ツ也と月鏡が虚空に向けて刃を突き出す。闇しかないと思われていた空間がわずかに身をよじるように歪んでいた。
『斃れよ、愚神!』
輝夜の声とともに、御門が追い打ちをかける。だが、影を大剣の刃が貫いた瞬間、彼女の足元で盛大な爆発が巻き起こった。
「きゃあっ!?」
「御門さん!」
吹き飛ばされた体を月鏡が抱きとめる。御門は突然のことに目を白黒させていたが、目立った外傷はない。リンカーには通常の攻撃は効かない。せいぜい目くらまし程度の攻撃だったのだろう。
『今のが愚神の罠か? ……だとしたら! ユリナ、周りを見てみろ!』
リーヴスラシルの緊迫した声に押され、月鏡は目を閉じて周囲を観察する。そして、驚愕した。
そこにあったのは、圧倒的なまでの罠の数。それもただの罠ではない、悪意に満ちたライヴスが込められた殺傷力のあるものだ。罠の上を何かが通過すれば最後、それらが一斉に起動するようになっている。
(これは――!)
この事実を全員に伝えようとした瞬間、中城の声が彼女の耳に流れ込んだ。
「見つけました、そこです!」
すでに中城はクロスボウを構え、罠の先に立ち尽くす愚神に狙いを定めている。月鏡には、その愚神がかすかに笑っているようにさえ思えた。
「ま、って……!」
声は届かない。矢は無情にも、悪意の塊を通り抜ける。
刹那、能力者たちを円形に取り囲むようにして真下から爆発が巻き起こった。
足元で火山が噴火を起こしたのかとさえ見まがうほどの強烈な爆発。
痛みにかすむ視界の中で、月鏡は確かに見た。
愚神がこちらを見上げ、悠然と構えているところを。
そして、中城や御門、琴平のような年若い者たちが傷つくところを。
(……許せない)
未来ある若者に傷を負わせ、笑みを浮かべるような輩を、許すわけにはいかない。
右手の槍を強く握りしめる。まだこの槍は届く。
届かせてみせる。
そして、二人は叫ぶ。
『教育に、愚神の干渉は不要だ!』
「消え失せなさい、下劣者!」
穂先は迎撃しようとした愚神の手をわずかにすり抜け、その体を正確に貫いた。
そして、教師の体から愚神が消滅した瞬間。
東の空から、新しい朝を告げる陽光が世界を照らした。