本部
【幻灯】ブランコ岬防衛戦
掲示板
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質問卓
最終発言2018/06/24 22:23:43 -
相談卓
最終発言2018/06/25 00:07:21 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/06/23 22:34:11
オープニング
●H.O.P.E.東京海上支部・ブランコ岬対策本部
『……ゾーンルーラーが言った“リサーチ”は終了した。そう考えてまちがいないね』
ニューヨーク本部の担当幹部がモニターの中で顔をしかめ、言葉を紡ぐ。
怪現象の狭間、海より襲来した魚人。それが3年前、ブランコ岬を襲ったあの愚神群の尖兵たる従魔と同じものであったことは、迎撃にあたったエージェントが持ち帰ったサンプルにより明らかとなっていた。
それを思い起こし、渋い顔をうなずかせたのは東京海上支部対策本部長である。
「最後にウチのエージェントが見せられた情景は、ブランコ岬防衛戦のIFってやつでした。それが仕上げってことでしょう」
『問題は、そこで目撃された特異型がIFの内に閉じこもってはいないだろうこと……だね』
幹部の言に、本部長はまたもや渋い顔をうなずかせた。
「ですな。そうでなきゃ2回もリハーサルする意味がありません。どいつも厄介ですが、特にシャドウルーカータイプのウミウシは要注意ですか。一定以上の成果を出させてしまいましたからな」
一作めは新要素であるエージェントを引き込んでの再演。二作めはエージェントに加え、特異型従魔を投入してのリメイク。程なく公開されるのだろう新作は、満を持しての逆襲編といったところか。主要キャストとしてウミウシ人が動員されるだろうことは容易に想像がついた。
『現状、岬の沿岸部に愚神及び従魔の姿は確認できていませんが、時折近隣を航行する船舶のレーダーにノイズがはしる案件が報告されています』
これまでふたりの言葉に耳を傾けるばかりであったジョアンペソア支部長“天鎚”が言葉を挟む。
『報告書は読ませてもらっているよ。ライヴスによるジャミングの影響……本部でも同意見だ』
「ウチの解析班も、ですな」
“天鎚”はふたりが言い終えるのを待ち、重い息をついた。
『海底で準備は着々と整えられているのでしょう。この後、近隣海域を緊急封鎖。ジョアンペソア支部は総員をもって警戒にあたります』
幹部は“天鎚”から送られた資料に目を落とし、小さくかぶりを振った。信じられないのではなく、信じたくない――願いを込めて。
『本当にこの戦力で攻め込んでくるんだろうか。いや、推察であることは承知しているが』
“天鎚”は幹部の祈りをあっさりと払い退ける。
『海上に現われた魚人は3年前とは異なり、デクリオ級にランクアップしていました。それが一個小隊がかりで5組のエージェントに撃破された以上、少なくとも数はそろえてくると見るべきです』
「デクリオ級が最低1000……後は数が知れないケントゥリオ級の特異型ですか。やれやれですな」
肩をすくめる本部長。3年前、増援としてブランコ岬へ駆けつけた彼は、ミーレス級という弱敵が数という暴力を振りかざすだけでなにを為せるものかを思い知っていた。H.O.P.E.史に語られるほど楽な戦いではけしてなかったのだ。
『本部から各支部へ要請し、速やかに人員を送る。……もっとも、どの支部でもトップクラスは難しい案件を抱えているからね。中堅が多くなるだろうが』
「ウチからはそこそこのが出せそうですが、数は期待しないどいてくださいよ。最近、でかい事件が多すぎてどうにも首が回りませんので」
“天鎚”は『感謝します』、そしてその目を本部長へ向けた。強く澄んだ光が、本部長の目をまっすぐに刺し貫いて。
『今度こそ退くことなく守り抜く――友が守ってくれたジョアンペソアを』
彼はずっと悔いてきたのだ。友である伊藤哲と共に死ねなかったことを。残された英雄ジュリア・イトウの心を救えなかったことを。しかし理解してもいたのだ。哲の死に関わった自分では、ジュリアの救いとはなりえないのだと。
だからこそ、哲と同じ東京海上支部に所属するエージェントへ託した。そしてそれは、果たされた。
だからって死んでもらっちゃ困りますよ。あなたにゃ長生きしてもらって、世界を守り続けてもらわねぇとね。
本部長は胸の内で唱え、内線を繋ぐ。
「――礼元堂、対策本部に来れるか? ちっとばっかガチでご相談させていただきてぇことがあんだわ」
● The very day
遠き海より、それは来たる。
数十の鷹が飛び、撃ち落とされる数秒の間に主へ視たものを告げ、それを指揮用装甲車の内で取りまとめた礼元堂深澪(az0016)が海岸に立つ500のエージェントたちへ通達。
『愚神群接近! デクリオ級の魚人タイプ約3000! 先頭にカニ型約100! ほぼ同数のイカ型が魚人の中に点在! 左翼にウツボ型が約100同行! ウミウシ型、姿確認できず! 最後尾に、スキュラ!!』
視認できるだけで3300の群れが、この岬に向けて押し寄せてくる。
「ったく、なにが欲しいんだか知らんがよ。団体さん過ぎじゃねぇか?」
この戦いの総隊長を務める本部長が、大盾を構えて踏み出した。
「東京海上支部は分担に合わせて好きにやれ! つか、来てくれた連中の面倒見なくちゃなんねぇからよ、そっちに合わせてる余裕がねぇ」
この場にある500のエージェントは、各支部から志願して集まってくれた者たちだ。が、半数はこの大戦へ臨むには少々経験が足りておらず、熟練者の指揮が不可欠である。
「隊長仕事もあなたに丸投げできたら突っ込めるんですがね」
本部長のぼやきに、通信機の向こうから“天鎚”が苦笑を返してきた。
『私を使い捨ての大砲にする案を通したのは本部長でしょう? 後衛は私が指揮します。前衛はお任せしましたよ』
内心、前線で戦えないことを苦にしているのだろうに、それを一切感じさせることなく“天鎚”は言う。
しょうがねぇんですよ。あなたの全力サンダーランスは強力だが、一発で全魔法の使用回数がゼロになる。ここぞってときまで温存させてもらわなくちゃあ。
「来るぞぉ、気合ぶっ込んでけぇ! あ、ウミウシに注意な!」
●兆候
「ジャミング対ジャミング開始――それでも通信阻害されたらメガホンで直伝えしなきゃだねぇ!」
残像を引く迅さでコンソールに指をはしらせていた深澪が、ふと。
「――誰?」
「黄金、って言えばわかる? 今は砂で作ったアバタだから黄金じゃないけどー」
風に乗って装甲車内へ忍び込んでいたらしい砂が寄せ集まり、小さな人型を成す。見間違えるはずもない、鉱石を繰る愚神ウルカグアリーの像を。
「ボクのこと殺す気?」
深澪は言いながら、本部長へのホットラインを開いた。これなら自分が死んでも情報は残る。
「殺す? だったらとっととやってるわよ」
「じゃあ、なにしに来たの? 愚神の援護? 規約ってやつ?」
砂人形ははぐらかすように笑顔を左右に振り。
「あたしはあの子たちの援護もあんたたちの邪魔もしない。ま、近くまで来たからアイサツよアイサツ」
ウインクを残してばらりと崩れ落ちた。
解説
●依頼
タグ分けされたチームのいずれかに所属し、スキュラ型愚神を撃破。
●タグ
【守】=最前線で従魔の侵攻を止める。
【攻】=【盾】と連動、従魔を攻撃。
【突】=スキュラへの直接攻撃部隊。ただしエージェント側が一定の戦術的勝利を収めるまで待機。
【撃】=遠距離攻撃で後衛から敵を討つ。危険度は増すが突出も可。
【探】=主に隠れ潜む敵シャドウルーカーの索敵と殲滅を担う。予測を始めとする頭脳戦必須。
●魚人(デクリオ級従魔)
・三叉槍と水鉄砲(単体攻撃・最大射程5スクエア)で攻撃。
・知能は低いが簡単な連携行動は可能。
●特異型(ケントゥリオ級従魔)
・イカ人=20LVドレッドノートのスキル使用。触腕(射程2)で最大3名までを攻撃。
・カニ人=18LVブレイブナイトのスキル使用。固い。
・ウツボ人=15LVジャックポットのスキル使用。射程35の生体弾を吐く。近距離では噛みつきも。
・ウミウシ人=総数10。35LVシャドウルーカーのスキル使用。生命力は非常に低い。
●スキュラ(ケントゥリオ級愚神)
・会話可能。
・ドロップゾーン内に過去の情景を展開するが、効果は不明。
・8本の触腕で最大8人に同時攻撃(射程4)。
・電撃による拘束BS付き範囲攻撃(スキュラを中心に半径5スクエア)を行う。
●敵の基本的動向
・敵本隊はカニを長蛇陣に並べ、まっすぐ攻め込む。
・右翼はイカを主軸に車懸陣を展開。エージェント陣を巻き込むように動く。
・左翼はカニを護衛につけたウツボの長距離攻撃。
・スキュラは最後尾に固定。
●備考
・個人戦やコンビ行動等のほか、モブエージェント(最大24名)を指揮しての集団戦も可。
・各タグに全職業のエージェントが存在。
・一度だけ“天鎚”にサンダーランス発射を要請可。直線上(幅2スクエア)にいる従魔は特異型含め蒸発する(スキュラには効かない)。タイミングは相談で決定すること。
リプレイ
●突撃
魚人どもが駆け出した。海岸線に盾を並べて待ち受けるエージェント目がけ、一直線に。
「撃て!」
“天鎚”の号令で遠距離攻撃班のエージェントたちが矢弾の銀と、とりどりの魔法とを向かわせた。
ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)の外殻を成す英雄ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)は、頭部に装備した12.7mmカノン砲2A82改3型“ディェスイレ”の砲塔を固定し、ライヴス鉱石弾を砲身へと送り込んだ。
『少佐殿、いつでも行けます』
「……では、小官らも決戦を始めようではないか」
ソーニャの合図で小隊のジャックポット4組が一斉に火器を構え。
「てぇーっ!!」
味方陣の左方から巻きつこうとしていた敵右翼の先鋒を撃ち据え、生臭い肉を中空へと撒き散らした。そして。
味方陣後方からカオティックブレイド4組が駆け出し、敵の車懸の中心部へ刃の嵐を叩き込む。
「チャージ!!」
ソーニャと銃撃班が穿った陣の穴にドレッドノート、ブレイブナイト各4組が食い込み、他の従魔攻撃担当を呼び込んだ。
『ここまでは想定どおりですな』
ラストシルバーバタリオンにうなずきを返すソーニャ。
「想定とは覆されるものだ。小官らと敵、どちらがより多くを覆せるか……」
「今回の戦いは静かに、凪いだ心で」
一瞬前まで魚人だった血煙の向こうへ魔法刃を撃ち放つ加賀谷 ゆら(aa0651)。
『そうあってくれれば俺もやりやすい』
内のシド(aa0651hero001)が重々しくうなずけば、ゆらもまたうなずきを返した。
「信頼と絆。あの過去を共にくぐり抜けたことで、固く結びなおせた気がする」
互いの過去の傷を分かち合い、乗り越えた。それは愚神が幻(み)せた偽りの中で唯一の真実だから。
『ならばそれを愚神どもに知らしめてやろう』
ゆらは意識を後方の“天鎚”へ――その胸のアクアマリンに在るジュリアへ向けた。
あなたと哲さんの絆の固さも、ね。
シドが在る自らの胸に触れ、ゆらはラジエルの書を開く。
「気合ぶっ込めぇーっ!!」
本部長の声に応え、盾の裏へ肩を押しつけた守備班のエージェントたちが腰を据えた。直後、三叉槍があげる甲高い悲鳴と水鉄砲が爆ぜる湿った悲鳴とがその盾壁を揺らす。
「があっ!」
横列の一角がへこむ。敵長蛇陣の先鋒、カニに弾き飛ばされたのだ。
「負傷者を速やかに後方へ! 月鏡小隊は防御陣の援護と重傷者の回復に努めてください!」
空けられた穴に自ら飛び込んで塞いだ月鏡 由利菜(aa0873)が鋭い声音を飛ばし、まわりのエージェントと自らの指揮下にあるバトルメディック小隊へ指示した。
「っ!」
ミラージュシールドで爪を押し返した由利菜は、持ち替えた聖槍“スィエラ”の穂先でその腹の甲を撫で斬った。
一文字の軌跡から溢れだした浄化の緑風が逆巻き、嵐となってまわりのカニと魚人へ食らいつく。
『攻めながら癒やし、守る! 風の聖女流の戦いかた、見せちゃうよ~!』
由利菜の重い声音とは逆に、かろやかな声音を紡ぐのはウィリディス(aa0873hero002)である。
「ええ、行きます!」
「もう奪わせないって決めたから……絶対に退かない!」
左翼に位置取り、生体弾の雨へ向かうレイラ クロスロード(aa4236)が言い切った。
その右腕に固定されたV8-クロスパイルバンカーが先を示せば、その同胞たちが異世界より無数に這い出し、彼女の左右へ翼さながらに展開した。
目を塞いでいた包帯は解かれ、青き瞳は真っ向からウツボどもを見据えている。
車椅子を置き去った両足は砂を強く躙り、弾雨のただ中にそのか細い体を前へと運ぶ。
『こんなふざけた茶番、さっさと終わらせるわよ』
N.N.(aa4236hero002)の声に応えたパイルバンカーが8基のライヴスシリンダーをフル可動させ、装填されていた杭を一斉に吐き出した。
杭と生体弾とが交錯し、カニとウツボ、そしてレイラが共に弾け飛ぶ。
肩、腕、脚、腹。穿たれたレイラは砂をバウンド。さらに跳ねて砂に叩きつけられたが。
「――ダメージを負った特化型に攻撃を集中して!」
彼女の下についた12組のドレッドノートが他の従魔攻撃班と共に左翼へ突撃。12組のバトルメディックがレイラの傷を癒やすと共に攻撃班のサポートへ入った。
「今から先へ、未来を繋ぐ!」
『鉄火場へ突っ込んでピンゾロを出すだけの簡単な博打、乗る者がいれば手を挙げろ』
ニノマエ(aa4381)の内から言い放ったミツルギ サヤ(aa4381hero001)に応えたのは、よく言えば気合の入った――悪く言えば考えなしの馬鹿野郎どもだった。
レイラが正面からカニとウツボを引きつけてくれたおかげで、横に回り込む時間ができた。これでピンゾロからゾロ目を出せばいいくらいには難易度も下がったはず。
果たして。横合いから敵左翼へと食らいついたシャドウルーカー2組が潜伏を解いてジェミニストライク、間髪入れずにソフィスビショップ2組がブルームフレアを燃え立たせ、散開。
「味方巻き込まねぇようにな!」
ニノマエ含むカオティックブレイド6組が、攻撃を終えた4組をカバーしつつ突撃、互いの射程範囲を削り合ってウェポンズレインを降りしきらせた。
刃の豪雨が先のレイラの攻撃で削れたカニの装甲を押し割り、その肉へと潜り込む。
「隊列整えろ!」
死出ノ御剣で反撃の爪を受け、傾いた体を強引に振り起こしたニノマエが敵陣へ食い込んだ。
それに合わせて8組のドレッドノートが彼の左右を固めるように敵陣へぶつかり、盾を構えた5組のブレイブナイトがその背を支えつつ、さらに後へ続くバトルメディック2組、後列へついたシャドウルーカーとソフィスビショップをカバーする。
「よし、このまま引っ掻き回すぜ!」
ウツボを乱戦に引きずり込んで射撃を阻む特攻。1回めの勝負はこちらがもらった。
『元より勝ち目のない博打。賽に賭けるよりは刃へすがるほうが目はあるか』
と。サヤのつぶやきへ応えるように、ニノマエが置いてきたカニの足元が大きく弾けた。
下から甲を突き上げたものは砂ならぬ25本の大剣、その切っ先。
足をとられた数体に、切っ先を追って飛びだしたドレッドノートたちが追撃の刃を叩きつける。
「カニの甲羅をぶち割るのがオレたちの仕事だ! ドレッドノートの防衛戦、見せつけてやれ!」
荒木 拓海(aa1049)に配下のドレッドノートたちが野太い声で応えた。
彼らは事前に砂中へ身を潜め、大剣を“屋根”にして偽装、このときを待っていたのだ。
『この勢い、なんとか維持したいわね』
と、メリッサ インガルズ(aa1049hero001)が渋い声で語る。
確かに奇襲は成功した。が、今の攻撃で討ち果たせた数はごくわずかで、残るカニどもは他の個体からのカバーリングを受け、体勢を立てなおそうとしている。
『盛り上げるさ、オレたちで!』
拓海が再び声を張り上げる。
「オレたちはこのまま敵の足狙いを続ける! 転ばせたら即追撃! 死ぬ気で戦うぞ、みんなで生きて帰るために!!」
「了解だ」
涼やかな声音が拓海の背後からすべり出し。
4発の銃声がそれを縁取った。
思わず浮き立つカニどもにライヴスの針が降りそそぎ、立ち上がりかけていたカニをそのまま砂へと縫い止める。そして。
機を得た従魔攻撃班が、味方の盾の間から攻撃を開始した。
「B班は戦線維持とカニ退治を続行。A班、出るぞ」
日暮仙寿(aa4519)がひとり、盾壁の裏から滑り出した。
『射撃、来るよ』
一斉に向けられたウツボの口先を見やり、不知火あけび(aa4519hero001)が平らかに告げる。
しかし仙寿は口の端を吊り上げ。
『ここにいるのは俺たちだけじゃない』
B班のブレイブナイトが守るべき誓いを発動させた。同班のブレイブナイトがそれを守って立ち、ウツボの弾を受け止める。
その隙間を縫って敵陣のただ中へ飛び込んだ仙寿が左の手刀を巡らせれば、指先よりこぼれ散った桜の花影がウツボどもへまとわりつき、翻弄。さらには潜伏して横合に回り込んでいたA班のシャドウルーカー10組が斬り込んだ。
『問題はここからだね』
『やるべきことはひとつだろう?』
仙寿の問いにあけびは強く。
『誰かを護る刃であれ!』
●狭間
『第一の暗殺目標は大砲役の“天鎚”だ』
ハーメル(aa0958)の内で墓守(aa0958hero001)がつぶやいた。
「問題はいつしかけてくるかだけど」
ハーメルの返事に仮面の奥の赤眼をすがめ、墓守は言葉を継いだ。
『屠るのが目的なら、撃たせた直後の隙を突くだろう。しかし、こちらの威勢をくじくためならば……』
「撃つ前に殺す?」
現状、ツーマンセルを組ませたエージェント20組に後衛付近の警戒を行わせている。職種の指定なしに集めた、一見効果の薄い手ではあったが。
荒い警戒体制だからこそ、効果はある。隙間をくぐるにせよ、罠と思い込んで裏をつくにせよ、「存在」する以上は無視できないのだから。
あとは、僕が敵の機先を読めるかだけど。
『砂浜はもともとが海水浴場……敵も味方も有用に使える地形ではない』
『だから、どこに隠れてるのか見当がつかないんだけどね』
内で答えたハーメルは、ライヴス通信機「雫」のヘッドセットに呼びかけた。
「月鏡さん? こちらハーメルです。前線でウミウシが狙うなら本部長さんしかいません。彼の安全確保、お願いします」
通信を切ったハーメルは空気を濁す気配を求めて耳をそば立てた。
捜索の手が足りていて、集まったエージェントがもっと強ければ……。この戦場には足りていないものが多すぎる。
『……正面が崩れない限りは大丈夫だろうがな』
『僕は臆病だからね、張れる予防線は全部張っておきたいんだ』
あらゆる事態を想定して、伸ばせる限りの手を伸ばす。
一方。スキュラ突撃を担う者たちは、陣の後方にて出陣を待っていた。
「なあ、俺にできることってなんだと思う?」
青き機械甲冑でその身を鎧った加賀谷 亮馬(aa0026)が内のEbony Knight(aa0026hero001)に問えば。
『義眼やら義腕やらを毎度毎度お釈迦にすることだ。世話と金がかかってならん』
それだけが原因ではないにせよ、亮馬が加賀谷家の大黒柱に就任できない理由のひとつではあった。
『その上揺るぎない頑なさと無鉄砲な闘志を備えているのだから仕末におえん』
「否定――できない」
思わず肩を落とす亮馬にEbonyはふんと鼻を鳴らし。
『脇目も振らずに突っ込むことで斬り拓ける可能性はあろうさ。我は確かに認めているよ。その枝毛の先よりも細い可能性とやらを』
「認められてないよな、それ……でも、そうだな」
亮馬はモニターアイを戦場の先へ、徐々に迫り来るスキュラへと向け、エクリクシスの柄を握り締める。
「ゆらを守る。みんなを守る。そのために斬り込んで、斬り拓く。これまでもこれからも、それが俺の闘いだ!」
亮馬の奮起を八朔 カゲリ(aa0098)の内より見やるナラカ(aa0098hero001)はひとつ、満足げな息をついた。
『自らの過去と対し、踏み越えた亮馬らは確かに“据わった”。上々の試練であったのだな。裁定者としてそれを下せなんだは、少々悔しくもあるがね』
「そうか」
カゲリは常のとおりにただ受け入れ、うなずく。絶対の肯定者たる彼が拒むものは、自らの前進を止めることのみ。
『石塊も何処かに潜んで成り行きをながめているのだろう。ならば幻灯の主と戯れてみるも一興か。どのみち問うべきこともある』
と。カゲリが携える“天剱”の銘を与えし天剣「十二光」、その刀身より鈍赤の錆がぼろりぼろりとこぼれ落ちた。
真の姿を顕わしゆく“天剱”が時の経過を告げる中、カゲリは直ぐに前を向いて立つ。
『いやあ、祭りに乱入とかいいよね。しがらみなく楽しめる』
内で言う逢見仙也(aa4472)にディオハルク(aa4472hero001)が渋い声を返した。
『話聞いたかぎり、祭りというより映画だろうに。しかも敵役は我らだ』
『いいじゃないの、モブ敵。いかにもエキストラって感じでさー』
仙也は指揮車からリアルアイムで送られてくる戦況アナウンスを聴きながら視線を巡らせ。
「ポイントM-3、イカが8杯固まって出てくる」
指揮車でオペレーションを担う礼元堂深澪(az0016)に告げ、小さく息をつく。
「まあ、始まるまでは観客だけどな。その間は見張りと情報整理くらい手伝うさ」
GーYA(aa2289)は指揮する21組のエージェントへ静かに語りかけた。
「俺たちの目的はスキュラ突貫の道を拓くことです。ですから命は大事に。無理に従魔を倒そうとしなくていいです」
他のエージェントをスキュラへ届ける最後の一手。従魔攻撃班に加わらなかったのは、その数十秒に全力を尽くすがためだ。
「はいはぁい、暗い顔には甘いお菓子のお薬よぉ?」
まほらま(aa2289hero001)が一枚のチョコレートを割り砕いた一粒をエージェントたちに配る。おずおず受け取った彼らに『食べて』、艶やかなゼスチャーで告げた。
「同じ一枚を分け合った俺たちは、たった今から仲間です。だから……全部終わったらご飯、みんなで食べに行きましょう」
●劣勢
「左翼が押されてる。戦争映画ならエキストラが大変ね」
“わたし”が両目をすがめて射撃部隊をながめ、口の端を歪めた。
「代わりが本隊に右の薄い。こちらは押し切れ」
対してがこともなげに応える“己”。
特化型を種別ごとに振り分けたのは、数の暴力の効率化に加え、人心への対策である。先のリハーサルでもそうだったが、人は脅威に対して順位づけをするもの。だからこそ隠さずに意図を晒した。……強力なエージェントの向かう先を偏らせるために。
「魚人くらいは足しといてよ」
“己”はすぐに正面攻撃部隊から魚人を向かわせた。
すべては“わたし”のために。
イカを主軸にした敵右翼が、触腕さながらにエージェントの防御陣へ絡みついた。
『ならばこちらも絡みつかせてやる』
シドの声音を合図に、ゆらの掲げた書から寂びた風が吹き出し、ライヴスの穢れで従魔どもの表皮を侵しゆく。
震えるイカの横っ面へ、多数の銃弾を共連れたライヴス鉱石砲弾が横殴りに叩き込まれ、吹き飛ばした。
『目標の撃破を確認』
追撃を触腕で払っていたイカが立ち上がることかなわぬまま沈んでいくのを目視、ラストシルバーバタリオンが報告する。
ソーニャは塞がれた右眼をしかめ、思う。
ただでさえ数に劣る防衛戦。定石に小石を積んで奇襲を為したはいいが、敵特化型のデータが少なすぎて、どれだけ対応できているものかがわからない。
「その上での、陣構えか」
本隊に防御特化型を据え、左右に異なる攻撃特化型を配した敵の陣は鶴翼だったわけだ。正面からこちらを押しつけ、左右の翼をすぼめて巻き取る。仮に左右が抑えられたとしても、その分薄くなったH.O.P.E.側の正面を蹂躙する。
多勢であるのに小賢しい真似をしてくれる。いや、多勢ゆえにこそか。戦争は数――その真理を思い知らされるな。
戦局の流れを頭の内で描きつつ、ソーニャは“天鎚”をコールする。
『こちらが食いついた部隊を捨て、抵抗の薄い箇所に配した部隊を主力とする、それが敵の策だ』
シドが苦い声で語った。
敵左翼には歴戦のエージェントが複数向かっているから、攻撃の主力は務まるまい。つまりは、この右翼が現状の主力。
ゆらは浸透する敵の足元をブルームフレアで焼き、ペイルブレイズを引き抜いた。もはや遠距離攻撃に徹してはいられない。
『盾の補強を要請したいところだが、正面の守りは下げられん。せめて援護射撃の集中を』
シドの指示を受け、ゆらはライヴス通信機「雫」で“天鎚”をコールした。
「緊急要請。敵右翼が浸透を開始している。援護射撃を」
『デグチャレフさんから同様の要請を受け、調整中です。もう少し耐えてください』
最後の『い』は途中でぶつ切れた。それだけ焦っているのだ。
「了解」
因縁の相手を前にして飛び出せない“天鎚”のために。その胸で劣勢を見続けているジュリアのために。そして。
死地へ突っ込もうとしている夫のために。
由利菜は踏み出してくるカニの前に、あえてその身を晒してみせた。
途端に振り込まれてくる爪、爪、爪。その隙間から突き出される槍、槍、槍。それらはすべて空を切り。
『本体だと思った? 残念、蜃気楼でした~!』
ウィリディスの明るい揶揄が、ミラージュシールドを覆う不可思議な揺らめきをさらに揺らめかせる。
「ふっ!」
最後の爪を盾の縁で押し上げた由利菜は一歩下がって間合を取った。
「“スィエラ”! 敵を斬り裂き、浄化せよ!!」
麗しき聖槍が嵐の牙を剥き、従魔どもへ食らいつく。
槍ごと腕を斬り飛ばされた魚人が倒れ込み――後ろから押し寄せる新たな魚人に躙られ、消えた。
『本当に、きりがありませんね』
内でうそぶく由利菜にウィリディスもまた『メディックが少なすぎるよ~』、重い息をついた。
正面を担当する従魔攻撃班は、その経験不足もあって防戦に回っていた。その中で、由利菜とウィリディスはまさに孤軍奮闘を演じている有様だ。
鈍った意気を再び研ぎ上げ、攻勢へ転じるには――!
由利菜は魚人どもを牽制しつつ聖槍を旗のごとくに掲げ。
「降りそそげ、生命の雨アクア・ヴィテ!」
ケアレインで他のエージェントを癒やした後、背中越しに小隊員へ告げた。
「布陣、ファランクス(密集陣形)! 互いにカバーして盾の穴を埋めてください!」
「おい、月鏡!?」
思わず声をあげる本部長へ応えたのはウィリディスだ。
『あたしはエピセティコス……ギリシャ語だとわかりにくいね。アグレッシブに行くタイプだから、あとよろしく~!』
友は戦場のどこかで死力を尽くしている。彼らへ、そして他のエージェントへ向かう敵を1体でも減らすことこそが、この場を託された自分の役目。
そのためにこそ、もう一歩を踏み出します。
生体弾を吐こうとしたウツボの口に小烏丸の切っ先を突き込み、喉を突き抜いた仙寿が体を回し、カニの爪を骸で受け止めた。そのカニは仙寿率いるB班のライヴスショットで弾かれ、さらにはA班のシャドウルーカーたちに甲の隙間を穿たれて動きを止める。
『ウツボが距離を取ろうとしないおかげで抑えられてはいるが』
仙寿が内で漏らした言葉にあけびはかぶりを振り。
『ソーニャが言ったとおりだと思う。敵はウツボ部隊を餌にしてイカ部隊を主力にしてる。……それがわかっても、私たちがそっちに向かえばこっちが主力になるだけだし』
それなりの数を屠っているはずだが、まだウツボは十分な数が健在だ。
「っ」
骸を蹴って跳んだ仙寿は、レイラへ向かったカニへ、引き抜いた刃を返さず振り込んだ。斬るのではなく、甲の継ぎ目に切っ先を引っかけて爪の一打を逸らす。
「ありがとう!」
砂を突いたカニの爪をくぐり、レイラは配下のドレッドノートに左右をカバーしてもらい、前へ。
『今は耐える時間よ』
N.N.の言葉に内でうなずき、レイラはドレッドノートの攻撃に合わせてパイルバンカーで魚人を吹き飛ばした。
無理矢理空気を吸い込んで、体に巡らせる。すでにドレッドノートは4人が倒れ、バトルメディックも3人が戦線を離脱した。ここで自分までもが倒れ臥すわけにはいかない。
『“天鎚”のサンダーランス発射、そのときが私たちの分水嶺』
そのときまで駆け続けなければ。たとえ造りものの脚がちぎれ飛んでも。
加勢の魚人群を見据え、レイラは口の端を吊り上げた。気持ちで負けたら一気に持って行かれる。だから、負けないために作りものの笑みを刻んで余裕のふりをするのだ。
「どれだけ数をそろえたって、まとめて薙ぎ払うだけだよ!」
カニの対処を主任務とする拓海は魔剣「ダーインスレイヴ」を掲げて叫んだ。
「前列は治療を受けに下がれ!」
二列横隊を組んでいたドレッドノートの前列が下がり、回復をすませた後列とスイッチ。ふたりひと組でカニへ向かうが……すでにその数は半数にまで減っている。
『厳しい戦況ね』
メリッサが奥歯を噛む。カニ、ウツボ、魚人――味方の姿は敵に覆い隠され、わずかに振り上げた得物の先が見えるばかりだ。
「後列は回復後、G3で支援攻撃! 前列はカニの足元狙い続行! 連携を忘れるな!」
拓海は肩に魔剣の腹を押しつけて踏み出した。鋼で鎧ったショルダータックルで先頭のカニをよろめかせ、柄頭で目を潰し、鍔元で甲の隙間を抉り、反動で浮き上がった重刃を一気に振り落として両断。
「出かけるのか?」
拓海を狙っていたウツボの目に握り込んだ砂をぶつけ、小烏丸で口先を斬り飛ばした仙寿が拓海と背を合わせ、口の端をかすかに上げる。
「ウミウシは?」
「不明だ。罠にもかかっていない」
拓海がしかけた防衛兼ウミウシ探索用の定置網は現状、なにがかかることもなく沈黙を保っている。それはまだ、味方がそこまで押し込まれていないことの証明でもあるのだが……あと数十秒で味方の邪魔になる。
『悪いけど付き合ってくれる?』
内でささやく拓海に、メリッサはひとつ息をついて。
『はいはい、お嫁さんの代わりにね』
「仙寿、オレはニノと連動してカニに穴を空けるよ。食い散らかした後の仕末頼む」
仙寿は友の決意にただひとつうなずいた。
「B班、余力のある者はカニを引きつけてくれ。動けるA班は攪乱を続行」
拓海の背から離れた仙寿が、拓海へ迫るカニの目をターゲットドロウで奪う。そのまわりにA班のシャドウルーカー5組が展開し、多対一を為して攻め立てた。
『もらった機は生かさないとね』
メリッサの促しに、拓海が薄笑んだ。
「ニノ、荒木だ。まだ生きてるか?」
『あと1分はな』
「ならその時間でウツボに反転攻撃頼む。俺は、カニパーティーだ」
拓海は左手に握り込んだライヴス結晶を砕いた。
「――何人残ってる?」
ニノマエの問いに、サヤが淡々と答えた。
『ドレッドノートが4、ブレイブナイトが3、バトルメディックが1。以上だ』
ウツボの射撃陣形を乱して統制を奪ったのはニノマエ小隊の手柄である。結果、味方の陣へ大量の遠距離射撃が降りそそぐ事態は回避できているのだが、しかし。単独特攻のツケはきっちり、命で支払わされたわけだ。
ニノマエは悔いを吹き飛ばすように声を張り上げ、「東京海上支部のすげぇ奴が突っ込んでくる! 挟み撃ちにするぜ! お互いカバーして俺に続け!」。
その鼻先を食いちぎろうとするウツボを、まわりの的ごとストームエッジの刃でずたずたに斬り裂けば、眼前には三歩分の隙間が拓く。
と同時、至近距離からの生体弾が噴きつけられ、彼の肉を穿って腸をかきまぜた。
死んじまいそうなくらい痛ぇけどな、だからどうしたよ!
最後の賢者の欠片を噛み砕いたニノマエはぎちりと笑み、ウツボのやわらかい腹へ金色の刃を突き立てた。
まだ終わらねぇ――ここまで付き合ってくれた奴らのためにも、まだまだ終われねぇ。
●暗刃
エージェントの防御陣、その左翼が大きく撓む。小さなほころびはすぐに穴となり、イカの触腕が潜り込んでさらに大きくこじ開けられた。
「イカに対しては正面から向かえ! 触腕の範囲を見誤らねば虚を突ける!」
浸透してきた魚人の両肩を掴んで固定、127mm砲弾のゼロ距離射撃でその頭をミンチに変えたソーニャが、小隊を含む味方左翼全体へ告げる。
彼女の当初の想定にはひとつだけ誤算があった。
前方視界の鮮明を犠牲とする代わり、360度をカバーするイカの目だ。
それにより、横合いから突き崩そうとした彼女の策は早々に効を失い、泥仕合に。それをして今も持ちこたえているのは、ひとえに彼女の粘り強い指揮と、遠距離攻撃班の援護あってのものである。
こうなっては遅かれ早かれだ。どうせ崩壊するなら、敗走ならぬ転進を演じようではないか。
「――こちらデグチャレフ、総隊長殿に具申する!」
敵右翼と対するエージェントは徐々に後退し、敵を中央部へ引き込みつつ回り込んで追い立てろ。それが本部長からの指令だった。
『挟撃の形を作って直線の“路”を作るつもりだ。“天鎚”のサンダーランスを通す軌道をな。この圧倒的不利を覆すには悪くない手だ。愚神への道をこじ開けるためにも』
『でも成功させるには誘導役が必要、だよね』
シドの言葉に継ぎ足しておいて、ゆらは青白の炎まとう剣身で魚人の眼を右から左へ貫き通し、その骸をイカへと蹴りとばした。
骸を踏んでたたらを踏んだイカへ追撃が殺到し。余韻も置かずに次の敵へと向かっていく。
みんな必死だ。後ろにある誰かを守るために。
「――全員、指令に従い後退を開始! 殿は私が務める!」
私だって同じだよ。りょーちゃんのこと守りたいから、必死でやるだけだ。
『さすが、甘くはない』
墓守が静かに息をついた。
攻勢に乗ることもなく、ウミウシは潜んだままだ。
『……敵が動かないのは、動く理由がないからかもしれないな』
動く理由がない?
ぞくりと肌を泡立てたハーメルは必死で思考する。
ウミウシが動かなくていい理由はなんだ? あれもこれもそれもちがう――ひとつしかないじゃないか!
「探索班! 全員で“天鎚”さんを護衛!! ウミウシが動かないのはターゲットが動かないから! 位置を固定しているからです!!」
正面本隊に防御特化型を固めた長期戦の構え。左右からの攻勢。それこそすべてが囮だったのだ。ウミウシに潜伏移動でターゲットへにじり寄る時間を与えるための――そして“数の集中”にこだわっているらしい敵が、ウミウシを分散させるはずもない。
全力で駆けるハーメルは、自らの仮説が正しかったことを見せつけられる。
すなわち“天鎚”に、幻影を含めた20の凶刃が襲いかかるのを。
――もっとうまく探索を指示できてたら! せめてこの場にあとひとり、熟練級のエージェントがいてくれてたら!
『足りなかったものを数えるよりも走れ!』
ハーメルは“天鎚”へと手を伸べる。冷魔「フロストウルフ」より凍れる狼が駆け出し、ウミウシの刃をその体ごと凍りつかせた。
それと同時、ハーメルの指示を受けたエージェントがいくつかの刃を弾き。
いくつかの刃が、“天鎚”の体に吸い込まれた。
「“天鎚”さん!!」
ようやくたどりついたハーメルの手を、砂に倒れた“天鎚”が止める。
「大丈夫。あなたが間に合ってくださったおかげで、まだ働けます。しかし、あなたという戦力が私のために働きを止めているのは、いけませんね」
彼は苦しげに笑み、体を起こした。
その間にも、ウミウシとエージェントたちは死闘を繰り広げている。
「あなたが成すべきを、為しなさい。私は私が、成すべきを為す」
ハーメルは立ち上がった。
『再潜伏される前に片づけるぞ』
「――成すべきを為すよ」
『突撃班、準備いい!?』
スキュラ突撃班へ、ついに深澪の声が届いた。
『ほんとはもっといい状況で行ってほしかったんだけど、一気にいろんなことしなくちゃいけなくなったから! みんなはまっすぐ味方の真ん中、突っ切って! サンダーランスの発射合図、聞き逃さないでね!』
ナラカは『ふむ』、鼻を鳴らし。
『我らは皆が繋いでくれる寸毫を渡りきり、届かせるばかりだよ』
“天鎚”が重傷を押して道を拓こうとしていることは知れている。そのために、エージェントたちが、仲間が、命を賭けて奮迅していることも。
「ああ」
すべてを飲み込んでカゲリがうなずき、かすかな錆を残す“天剱”を手に踏み出した。
「足を止めるなよ、狙うはスキュラだけだ。みんなの命は俺が預かる……行くぞ!!」
先陣を切るべく駆け出したのは、亮馬と24組のドレッドノート。
『すごいな。“天鎚”さんは』
GーYAが内でまほらまに漏らした。
倒れゆく仲間を後方から見送り、さらには自らが傷ついてなお任を遂行せんとする覚悟。
『力や能力、強力な武器を持ってるからヒーローになれるわけじゃないのよぉ』
まほらまは記憶の霞の向こうに垣間見る。いつの日にかヒーローと呼ばれた誰かの背、その影を。
「行こう」
小隊員の命を預かる覚悟と最後まで戦いぬく決意の重みを背に、GーYAが顔を上げた。
『……最後尾でいいのか?』
ディオハルクの問いに仙也が内で肩をすくめ。
『みんな前向いてるからな。後ろから飛んでくるサンダーランスに気づかない奴もいるだろ。急ぐのは雷が通り過ぎてからでいい』
しがらみを残しては戦いを楽しめなくなるからこそ万難を排す。
実にシンプルな仙也の回りくどさに、ディオハルクは無言で小首を傾げた。
●雷
『ユリナ、突撃班が来るよ!』
ウィリディスに告げられた由利菜が体を引き起こす。
圧倒的な物量を誇る敵を率先して引き受けているのだ。かわしきれず、防ぎきれず、傷ついて……それでもたおやかな肢体に滾る意志はさらに強く逆巻き、他のエージェントたちを護り続けていた。
『あたしたちのやることは決まってるよね』
「ええ」
賢者の欠片を噛んだ由利菜は押し寄せる従魔群へまっすぐその瞳を向け。
「雷が届く瞬間まで、特化型を引きつけて抑えます!」
呼気を吹き、腰の高さに構えた“スィエラ”をカニへふわりと突き出した。
釣られて振り込まれる巨大な爪を穂先で巻き取り、引き落とす。柄のひねりで爪の関節の逆を取りつつ、穂先を砂に突き込んで固定。柄を軸に回転して、後ろ回し横蹴りを叩き込んだ。
「押し通りたいなら、相応の覚悟をお願いします」
かくて従魔群が殺到する。
『味方左翼が後退開始したよ』
息つく間もなく戦い続ける仙寿の代わり、情報の取得と整理を担っているあけびが告げた。
「わかった」
応えた仙寿の眼前に、1体のカニを押し立てた魚人の一群が迫る。
「っ」
仙寿はカニの爪を小烏丸の鍔元で受けて体を回し、肩越しに爪の継ぎ目へ切っ先を突き込んで体重を預けた。
果たして、ぼろり。巨大な爪がカニから離れて転がり落ちる。
その間に守るべき誓いを発動させたブレイブナイトが魚人の目を奪って釘づけ、シャドウルーカーたちが攻防の術を失ったカニへ群がり、とどめを刺す。
『1匹だって行かせない!』
そうだ。そのために俺たちはいる。倒れた仲間たちへ――友へ応えるために。
ニノマエは生き残りの小隊員と一丸を為し、ウツボの射撃陣形を後ろから突き崩す。
「味方の反撃が始まる! ウツボの弾、中央に撃ち込ませるな!」
くそ、目の前が暗いぜ。ぬめった皮で塞がってやがる。
流れ込んだ血で霞む目をこらし、御剣を突き出したその手が空を切った。やべぇ――見誤ったことを悟った直後。
数十のエージェントがニノマエたちをカバーし、ウツボどもへの特攻を開始した。
従魔攻撃班、ここまで抜けてきたのか!? カニは!?
『死に損なったようだが、さてどうする?』
サヤの平らかな声で我に返った。
決まってんだろ。1分でも1秒でも、生きてる間は戦うんだよ。
「まだピンゾロ、出せてねぇしな」
満身創痍のわずか数組が、ニノマエを追って駆け出した。
そう。彼らの博打もまた、まだ終わってなどいないのだから。
時は少々遡る。
「うおおおおお!!」
ウツボの射撃を肩で受け止め、拓海は進路を阻むカニへ魔剣を叩きつけた。
カニの巨体がビーチボールさながら吹っ飛ばされ、もう一体を巻き込んでガシャガシャ崩れ落ちる。
「オレたちは壁だ! 後退する味方の背中、絶対に守り抜け!」
起き上がろうとするカニを三連突きで沈め、自らの体に突き立つ魚人の槍を振りほどきもせず、吼える。
――もう少し私たちががんばれば、あとはなんとかなる。
重ね合った魂にメリッサの思考が響く。その内に包まれた、誰かのためにここで己を使い尽くす決意が。
でもそれは死ぬためなんかじゃない。みんなで生きて帰るために、オレたちはオレたちを尽くすんだ。
回復させた疾風怒濤でカニを打ち、斬り上げ、貫き、そして拓海とメリッサは背で聞いた。
ふたりが拓いた道を辿り、他のエージェントたちが敵へ攻めかかる鬨の声を。
「荒木小隊、陣形整えて、追撃」
拓海は魔剣を支えに両脚を踏んばった。
倒れられない。皆で重ねて繋いだ攻勢に、自分たちが倒れて水を差すなんて――
『行ってきます』
その横を駆け抜けた仙寿の内で、あけびが静かに言葉を残す。
拓海、メリッサ、あんたらに膝なんてつかせやしない……かならず迎えに来る。だから、もう少しだけ待っててくれ。
そして、レイラ。
彼女は正面から敵左翼へ向かった拓海の右方――味方後衛寄りに位置し、ウツボの強襲どもを抑えていた。
あのウツボどもはカニの護衛をつけず、じわじわ詰め寄ることでH.O.P.E.サイドの察知を遅らせたのだ。そこにレイラが間に合ったのは、カオティックブレイドの力で他のエージェントを損なわないため、距離を保っていたからに他ならない。
生体弾が降りそそぎ、レイラたちが盾として展開したAGWを、そして生身を穿つ。レイラをサポートしてくれていたカオティックブレイドが、大剣を盾にしていたドレッドノートが倒れ、その数を減らしていく。
『ここを抜けられたら“天鎚”が危ないわ!』
「みんな、援護お願い!」
N.N.の言葉で飛びだしたレイラは賢者の欠片を無理矢理飲み下し、駆ける。回復させたなけなしの命は見る間に削り落とされるが、それでも。
レイラは極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』を引きちぎって内のライヴスをその手に吸わせ、前へ転がって。
「これが! 私と“私”の本気! いっけぇぇぇえええっ!!」
ライヴスキャスターの奔流がウツボどもを飲み下し、押し流し、引き裂いた。
背後から飛びだした小隊員が他のエージェントを呼び込んでウツボ退治へかかる中、レイラは多数の弾痕を隠すように倒れ臥して大きくあえぐ。
「反撃まで、時間、稼げたよね?」
『ええ。あとはみんなに、任せましょ、う』
「中央は横列を崩さず、敵の攻めに合わせて下がれ! 左右は全速をもって敵の後方へ! 挟み込んで押しつけろ!」
臨時で味方左翼の指示を受け持ったソーニャは“ディェスイレ”の援護射撃と共に指示を飛ばす。――車懸をできうる限り押し潰してイカをのし、カニまで雷の串を通すために。
“天鎚”は傷を癒やしに下がることなく、ポジションについた。
恐れるべきはウミウシの生き残りによる再度の奇襲だが、おそらくそれはあるまい。数の集中がスキュラの戦術らしいし、今度こそハーメルたちが護衛についてもいる。
「ここが正念場である……!」
後退する中央陣のただ中にゆらはいた。
体はすでに限界だ。でも――やらなくちゃいけないことがあるから!
従魔の圧を受け止め続けてきた盾陣の一部がついに崩壊した。ここで押し崩されれば“天鎚”の雷はイカの背後を行き過ぎ、エージェントたちは従魔の挟撃で壊滅する。
「全員、あと3歩退け!」
最後のサンダーランスを進み出てきた従魔群へ投げつけた直後、ゆらは宙に弾き飛ばされた。が、内のシドは薄笑み、動きを止めた従魔群を指して。
『ここだ』
後退を完了したエージェントたちの成す“路”を、文字どおりの“天鎚”が駆け抜けた。
イカが、魚人が、塵すらも残さずかき消えていく。
――りょーちゃん。あと、よろしくね。
左右に立ち並ぶ味方の背。その隙間を突撃班が駆け抜ける。
「雷が来るぞ!! 散開!!」
最後尾について“天鎚”の挙動を見守っていた仙也が轟と吼え。
突撃班、そして正面を抑える盾が、呼吸を合わせて割れた。
唐突な散開に、一瞬動きを止めた従魔群が――再び踏み出す間もなく蒸発し、消え失せる。
『脚の限りに駆けよ! 敵首魁はこの先にある!』
雷がこじ開けた路の先に今、砂浜の端に8本の触腕をかけたスキュラを見据え、ナラカが高く告げた。
「路を塞がれたら負けだ! 行くぞ!」
GーYAの指示で小隊のジャックポットが路の左右へ威嚇射撃を撃ち込み、シャドウルーカーの縫止の針、そしてブレイブナイトの盾が補強する。
「ジーヤさんは先へ!」
守備班と共に補強を開始した由利菜がGーYAへ先を示した。傷ついた指で、まっすぐと。
『ジーヤ、わかってるわねぇ?』
まほらまに強くうなずいたGーYAは、路を塞ぎにかかる魚人へツヴァイハンダー・アスガルの切っ先を突き込み、振り捨てた。
「みんなの思いに応える……!」
かくてGーYAはスキュラを目ざす。
●幻灯
『仙也、挨拶はどうする?』
ディオハルクの問い。そんなの考えるまでもないだろ?
砂を割って突き出した一期一振吉光の群れが嵐となり、スキュラとそのまわりの魚人を刃の嵐で巻き取った。
「ツーマンセルのパートナーは見失うなよ!」
その嵐がやまぬうちに、ドレッドノートたちを伴った亮馬がスキュラへ突撃をかける。
『ゆら嬢の奮闘を無駄にはできんぞ』
Ebonyの重々しい言葉に亮馬は奥歯を噛んだ。
ゆらは俺を行かせるために倒れた。守るって言った俺が守られて……情けない夫だよな。でも。おまえがくれた思いだけは守り抜いてみせるから。
「おおおおおおお!!」
駆けている間、トップギアで高めたライヴスを終一閃へ注ぎ込んでいた。守りたいものを守るためにこそ、この“光”を得たのだ。だから。
魚人の穂先とスキュラの伸ばした触腕が届く寸前、その先へライヴスの光刃を打ち込んだ。
胴を両断された魚人どもが腸をぶちまけながら吹っ飛び、スキュラの上体――“わたし”のしかめ面が剥き出される。
ああ、やっと見えたな。
「おまえのFilme、見に来たぜ」
「あっは! じゃあ、上映まで今しばらくお待ちくださいってね」
“わたし”が口の端を吊り上げ、“己”が触腕を蠢かせる。撓む腕が織り上げたものは、電撃の網だ。
『椅子に観客を縛りつけるような真似、無粋と言わざるをえんな』
加賀谷小隊が電撃に捕らわれる中、ナラカが息をつく。
「この映画館はそうしたものなんだろう」
亮馬の後方にて機を窺っていたカゲリはレーギャルンの鍵を外す。
抜き打たれた“天剱”から伸び出す黒き劫火は、雷を繰るスキュラの触腕の一本に、是生滅法の印を灼きつけた。
『奥歯を噛み締め、命を削ぎ合う前に問おうか。ここまで積み上げてきたきざはしを踏み、彼の都を得んとする汝の真意はなんだ?』
“わたし”は小首を傾げて薄笑み。
「復讐劇にFinalを! 幾多の苦難を越えて、“己”は古き都より大海を統べるRei(王)となる……Japones好みの浪花節じゃない?」
しかし“己”は触腕を蠢かせ。
「“わたし”へ損ねろ彼な都で復讐に。すべてが命はすり潰そ、“わたし”と舞く舞台やせむ」
聞き終えたナラカは肩をすくめてみせた。
『ともあれ汝にはふたつの意思が在り、どちらも互いのためにジョアンペソアを陥落させたいことは知れたよ』
「やらせるわけにはいかない!」
亮馬をかばって飛び込んだGーYAが振りかざしたアスガルを斜めに振り下ろす。ただそれだけの、しかし神速の袈裟斬りが文字どおりの電光石火を為し、スキュラの触腕へ食い込んだ。
――まだだ! 黒き瘴気を芯にはらんだ刃は、砂を踏みつけた反動とGーYAの自重を吸い込んでさらに重さを増し、より深く潜り込んでダメージとBSとを吸い込ませていく。
「うるさきことに」
残る7本の触腕がGーYAを薙ぎ、吹き飛ばした。
『やられたわねぇ』
砂へ落ちたGーYAに、内のまほらまが苦笑を見せる。
『骨、何本か折れたな……でも、あの足は無敵じゃない』
彼が斬り込んだ触腕は確かに動きを鈍らせていた。
『1本ずつ別計算ってのは面倒だけど、やりようはある』
迫る触腕をGーYAは転がって避け、その勢いで立ち上がる。
『行けるわよねぇ、ジーヤ?』
「ああ。痛みは生きてる証、痛いうちはまだ動く!」
“わたし”はそんな彼を見やり、淡々と語る。
「あの病院の中でも走り回ってたわね。人間は自分のためなら強くなれる。わたしもそうだったらよかったのにね」
一音ごとに空気が黒ずみ、温度を下げる。まるでそう、冷房を効かせた映画館のように。
「これがわたしのFilme」
そこは2年半前、ジョアンペソアの夜。
国産映画のヒロインに抜擢された女優である“わたし”は今、心を病んだ演劇仲間に詰め寄られている。
あんただけが売れるなんておかしい。あんただけが成功するなんてゆるせない。あんただけがあんただけがあんただけがあんただけが。
仲間の手にナイフが現われた。この直後、73の傷を“わたし”に刻む凶刃。
“わたし”が感じたのは怒りでも恐怖でもなく、寂しさだった。
わたしに光をくれたはずのこの町はわたしを見殺そうとしてる。代わりはいくらでもいるから? 結局見捨てるなら、わたしなんか生まなければよかったのに。
と。仲間の顔が“わたし”に変わり、笑む。
「あとは下水に流されて行方不明。よくあるつまらない話よね。でも、これがわたしの終わり。さあ、よく見て。あなたを終わらせる最後のシーンを」
“わたし”は今、カゲリだった。
その手に“天剱”はなく、突き立てられるナイフを見ていることしかできず――凄まじい痛みに、声を上げることも――
『幻灯か映画か知らぬが、ようは五感を騙す幻に過ぎん。在るのだよ。意志も剣も、損なわれることなくその手の内に』
ナラカの導きが、カゲリの右手に確かな重さを灯した。
「ああ。“俺”の全部は、ここに在る」
“わたし”は今、GーYAだった。
『あのときも今も同じ。ジーヤの手には、明日を拓く刃があるの』
まほらまの微笑みが、傷ついたGーYAの手に見えぬ剣を映した。
「俺は迷わないよ。まほらまといっしょに、踏み出す」
“わたし”は今、亮馬だった。
『なるほど、悲劇ではあるな。しかし、踏み越えてきた過去に届くほどのものではあるまい』
Ebonyの声が幾度となく突き刺された亮馬の体を鎧い、青を取り戻す。
「このくらいであきらめられる人生ならとっくに死んでるさ」
“わたし”は今、仙也だった。
『観客から主演女優に成り仰せて、このまま終わってみるか?』
ディオハルクの揶揄に、仙也は今なお自分に突き立ち続ける刃を見下ろして鼻を鳴らし。
『そういうのはもっと芝居っ気のある美人に任せる。たとえば銀髪の剣士とかね』
ジョアンペソアが揺れる。小さく、小さく、小さく、しかしその揺れは1秒ごとにいや増し、仙也の足元にまで到達した。
『仙也の三文芝居に怒った客が外へ詰めかけてるんじゃないか?』
『返す金なんかあるかい。だからせめて、顔くらいは出しときますかー』
端から欠けゆく夜闇に向け、刃の嵐を叩き込んだ。
果たして、幻灯が割れる。
「ドロップゾーン消滅! 手が空いてる奴は突撃班の援護を続行しろ!!」
本部長の声に応えたエージェントたちが従魔を押し退け、スキュラへの遠距離射撃を再開した。
『主演女優にじゃなく、興行主へクレームを入れ続けてくれていたわけだ。仙也はどうする? 観客に戻るか?』
「主演はごめんだが、助演くらいはな――!」
最後に残されたストームエッジでスキュラの触腕を打ち据えれば、先にGーYAが傷つけていた1本がちぎれ、波打ち際でのたうち回る。
『援護が切れぬうちに迫るぞ!』
「おうっ!!」
Ebonyと亮馬がエクリクシスを押し立て、跳んだ。
「やっぱりライヴスリンカーにはわかんないのね……だって英雄と出会って、救われたんだもんねぇ!?」
スキュラの迎撃を寸手で受け止めた亮馬の義腕がきしみ、ついには爆ぜたが。Ebonyはかまわず言葉を紡ぐ。
『孤独ゆえに愚神と組んだのか? いや、喰われたのだな。3年前に敗走した“己”とやらに。意識を残されたは“己”の気まぐれか。ふん、まったく安い三流映画だ』
憤怒を映すスキュラの触腕が次々と亮馬へ振り込まれた。
打たれ、穿たれ、裂かれながら、それでも亮馬は右足で砂を躙って1ミリ、また1ミリと進み。
「おまえが役を放り出しても、俺は俺の役を全うする。絶望を覆す希望の象徴、装甲騎士リョウマを!」
疾風怒濤の三連斬で触腕の1本を断ち斬った。
「中も外もうるさいのよ!」
力を失い、倒れ込む亮馬をスキュラが追撃する。
その無意味な時間が、エージェントに猛攻の準備を整えさせたことにも気づかぬまま。
『女優もひと皮剥けばただの女。生きてる内に逢いたかったな』
軽口を叩きながらも、ディオハルクのライヴスは鋭く研ぎ澄まされていた。その魂の奥底に埋もれていた武具としての本能が彼を激しく滾らせ、酷いほどに冷ます。
「演技はともかく、オレの実力は上位に及ばない。が、それなり以上には痛いぜ?」
仙也が構えを取った瞬間、バスタードソードがスキュラの頭上へ降り落ちてくる。
「刃に嵐!?」
“己”が急ぎ触腕をかざして防御するが、その剣は嵐ならぬただの1本で。
「言ったろう。演技はともかくってな」
アジアンズウエポンはただの囮だ。これまで「ストームエッジを使う」ことをスキュラに見せつけ、最後の1回を温存してきたのはこの一手のためにこそ。
「それなり以上に痛いのは嘘じゃない」
通常よりも穂先を伸ばして調整した、仙也専用のアラドヴァル。そこから生み出された複製を伴った4連突きがスキュラの触腕を2本、その猛毒をもって焼き切った。
『嘘でも本当でもいいが、味方を焼くのは避けろよ』
『そこはまあ気をつけるとして。結局はアラドヴァルしだいですなぁ』
触腕と三叉槍に肉を削られながらも、ディオハルクと仙也は己のペースを崩さない。
まとわりつくエージェントの攻撃でさらに腕を失ったスキュラが天を仰ぐ。
「わたしを食べて!」
喰らった女の魂をかき消さぬため、その欠片を寄せ集めたレンズ。その主たる“わたし”を喰らえば“己”が情景を編める。
しかし、“己”はうなずかない。
――エージェントに討たれた後、下水に潜んで飢えをしのぐばかりであった“己”。そこへ流れ着いた“わたし”は言った。
『わたしを食べるの? じゃあ、せめて教えてよ。どんな役を演じれば、あなたの寂しい顔を解いておいしく食べてもらえるのか』
“己”は気づく。この世界にて意識を持ったときからずっと感じてきた孤独を。
目先の光に心奪われ攻め寄せたのも、すべては寂しさからのことだったのだと。
そして“己”は死にゆく“わたし”とひとつになった――
残る2本の触腕で電撃を編み、“己”はやさしくささやいた。
共に逝こう。
ナラカはその意志に対し、どこか諦念を含めて語る。
『たとえ幻の内で覆そうとも、今という場所より過去を変じることなどできはしないのだよ。過去あればこそ今があり、進むべき先があるのだ。進むを望まぬ汝らには無意味な言だがね』
エージェントたちの援護攻撃を共連れ、カゲリが電撃の網へと踏み込んだ。しかしその足が止まることはなく、触腕に打たれてもなお進む。
前へ進むことをためらわない。それが俺の願いで、誓いだから。
1、2、3、4567――“天剱”が閃き、スキュラの体を裂き、心を崩し、魂を穿つ。
その中で触腕のすべてを失い、青き血を噴くスキュラに、カゲリが黒焔の刃を振り上げて。
“わたし”と“己”をまっすぐに斬り裂いた。
●幻灯機
統率を失った従魔群は逃走すらできず、数時間の後全滅した。
それだけの時間を必要としたのは、この場に立つエージェントの数が100にも届かなかったためだ。
すべてが終わり、重体となった拓海、ゆら、亮馬。そして戦闘不能となったレイラが搬送される。
「終わってみれば、とは言えんか」
ウミウシが確かに死んでいることを確かめていた仙也が顔を上げる。
「ああ。200以上のエージェントが死亡した。同じ数が重体と戦闘不能……生きていてくれたことを喜ぶしかないが」
重い息をつく仙寿の脚をソーニャがかるく叩き。
「悔いるよりも学び、進まねばならん。死者の魂をこの背に負って」
そして。血に汚れた砂に座り込んだニノマエはただ唇を噛み締める。彼を除く小隊員は全員がもう、いない。
憶えとくぜ。おまえらの顔も、おまえらがやり遂げたことも。
その背にGーYAが手を置いた。喪われた命への思いは同じだから。
それでも。哲さんと3年前のみんな、今の俺たち、みんなで守り抜いた明日があるから――俺は行きます。
目を閉ざした“天鎚”がハーメルに語りかけた。
「あなたは優しい人だ。しかし、すべてにその手を伸べることはできない。本当に手を伸べなければならないものを選ばなければ」
そして託したのは、ジュリアが内に宿るアクアマリン。
「彼女に伝えてください。新しい絆を見つけて、楽しく生きてほしいと」
ハーメルは歩き出す。けして振り返ることなく、涙を流すこともなく、まっすぐと。
『“天鎚”もまた、ひとつの願いを叶えたということだ』
ナラカは多くを語らず、“天鎚”の笑みから目線を外す。
カゲリもまた問うことなく、ただうなずいた。
「お帰りですか?」
戦場から離れた波打ち際。由利菜の発した問いに、悪びれた様子もなくウルカグアリーが振り向いた。
「するべきことはしたわ」
と、砂の指で黒色のレンズ2枚をつまんで見せる。
「幻灯機のレンズ。死んだらもらうって約束してたから」
「まさか、この一件に関与しなかったのはスキュラを討たせるため――」
「真相はパート2をお楽しみに!」
砂が解け、由利菜が追う間もなく波に溶け……消えた。
かくて幻灯は終幕する。
薄暗い予感ばかりを残して。
結果
シナリオ成功度 | 普通 |
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