本部

広き東の恵みをあなたと

十三番

形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
能力者
18人 / 1~25人
英雄
15人 / 0~25人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/06/28 21:39

掲示板

オープニング

●繁華街
 まばらながらも人の流れが途絶えない通りに面したその店は、道に面した壁が取っ払われているのをいいことに昼光色の明かりを爆発させ続けていた。あなたは看板を確認して、または鼻をくすぐる香ばしい匂いにそそられて、或いはほんのふらりと気が向いて、幾分天井が低いその店に足を踏み入れることとなる。
 広東料理店『龍龍亭(ろんろんてい)』。
 店主の名前にちなんだその店は、来客の満足を最優先とすることをモットーに掲げている。


●店内:カウンター付近
 ふわふわの黒い髪を靡かせて、店長の女――劉(リュウ)が料理と飲み物を運んできた。
「はい、酢豚と焼売、ハイボールね」
「はいはい、どうもどうも」
 カウンターに掛ける中年の男――御厨(みくりや)はひとつひとつを両手で受け取り、自分のテリトリーに並べていく。割り箸を取って料理に軽く会釈、キンキンに冷えたハイボールで喉を潤すと、海老の香りを振りまくぷりぷりの焼売を頬張り、長いこと、ゆっくり咀嚼して味わう。そしてこの間、店内はそれなりの賑わいであったにも関わらず、劉はずっと御厨の前から動かなかった。
「相変わらず結構なお手前で」
「お口に合いましたようで何より。毎度の御引立て厚く感謝致します」
「似合ってませんなァ、寒気がしますワ」
「死ね」
 フン、と鼻を鳴らし、劉はカウンターの内側、御厨の向かいに腰を降ろし、売り物のコーラの瓶を開け、そのままぐい、と煽った。
 劉も、御厨も、エージェントであり、ふたりはチームである。それなりに長い時間を共にしており、そこそこの数の死線を潜り抜けても来た。互いの事情をまあまあ把握しており、しかし最後の一歩は踏み込まない。でもたまに店を開けようとすれば連絡を入れるし、連絡が入れば軽い洋菓子を手土産に訪れる。よく言えば落ち着いた、悪く言えば煮え切らない間柄だった。
 ひと息ついた劉が御厨を軽く睨み付ける。
「あんまり湿布の臭いは油の香りに合わないわね」
「面目次第もございませんや。どうにも熱が出ちまいましてね」
 御厨はフォーマルな服装で来店したものの、今は背広とシャツを脱いでタンクトップ一枚となっている。その下には袈裟のように包帯を巻いていた。馴染みの店であるし、どうせなら今日という夜を楽しみたいので、壁際に掛けるということで、無作法を失礼している。亜熱帯特有の、絡みついてくるような湿気にも抗えて一石二鳥、と御厨は笑う。劉の表情はピクリとも動かなかった。
 御厨は咳払い。
「特に毒だとか、特別深かったとかってわけじゃないらしいんですがね。どうにも治りが悪くて、へへ、寄る年波にゃ勝てませんワ」
「何言ってるの。まだまだ働き盛りでしょうに」
「まあ、そりゃあそうなんですがね。いろいろ考えちまいますワ」
「娘さん、まだ学生なんでしょ」
「今年受験、でしたかね。息災だといいんですが」
「会えてないの?」
「会わせてもらえてないんですワ」
「……ごめんなさい」
「あいよ」
 無言で衝き出した空のジョッキを、劉は無言で受け取り、ハイボールを注ぎ直して静かに置いた。どうせ酔えないとわかっているのに、劉は少し濃く作ったし、御厨はそれも承知で、いつもより深くハイボールを喉に流し込んだ。


●店内:中央
「ね゛え゛え゛え゛え゛え゛姐御おおおおおおおおお!!」
 声を荒げたのは金の短髪と三白の碧眼をした少女である。彼女について特筆すべき点は、エージェントであり御厨らのチームの一員であること。加えて、その、すりこぎ棒のような体型には少し過分な、スリットの深い紅色のチャイナドレスと、小脇に抱えたシルバーのトレイ、そしてびっしりとメモが書かれた手帳。
「ひと息ついてないでいい加減仕事してくださいよ姐御! あたしメニュー取るので手一杯なんですから!」
「雇われが何店長に文句言ってんのよ」
「若い頃の苦労は買ってでもしろ、って言いますぜ」
「忙しすぎて売れねーっつってんの!!」
 わいわい、がやがやと賑わう店内のど真ん中で少女――成島(なるしま)は怒鳴った。怒鳴ったのだが、誰も彼も自分たちの時間を満喫しており、振り向いたのは数名に留まる。そのうちの半数は、ああまたやってらあ、とけらけら笑い、逆に成島に睨まれる始末。よく言えばアットホーム、悪く言えば無秩序。
「ほら姐御、調理お願いしますよ! 今日はここ最近で一番混んでるんですから!!」
「だ、そうですゼ。繁盛何より」
「馴染みのジジイ共がテーブル持ち込むから無駄に混むのよ……」
「ま、気持ちはわかりますがね」
 肩を引くつかせて笑い、御厨は酢豚を口いっぱい頬張った。まったくもう。大げさに肩を竦めて劉は立ち上がる。すぐに成島が駆け寄ってきた。うっすら汗をかいており、店内を走り回っていたのだと容易に想像できる。
「えっと、あっちのお客さんが海鮮チャーハンで、あそこのお客さんがサイダー。で、あのテーブルはみんなフカヒレのスープだって」
「……」
「姐御?」

 ずびしっ

「痛(ぃいった)ッ!! え、何!? なんのチョップっスか!?」
「気が利かない」
「ぇあ? よく聞こえない――」
「何でもないわよ。ほら、厨房入りなさい」
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよーっ!」
 どたばたと店の奥に入っていく二人を見送り、御厨は最後の焼売を口に運んだ。程なく厨房から聞こえてくる調理音に耳を傾け、ハイボールを飲み干そうとして、半ばで留めた。次を頼むのは少し後になるだろう。銜えた紙巻に火をつけ、文庫本を栞から開き、背中に壁を預けて、御厨は深まる夜に身を任せていく。



 活気、とでも言おうか。人が物を食べるときに放たれるエネルギーが、そこには充満していた。客の表情には差がある。笑っている女もいれば、涙を浮かべている男もいて、しかし無表情の者は誰一人いなかった。
 ようやく席を見つけたあなたは、店内を見渡して従業員を探した。だがそれらしい者が見つからず、困惑していると、さっきまで酒を煽っていた女がカウンターの内側からおしぼりと水を持ってきた。どうやらそういう店のようである。会釈をして、あなたは受け取った。
 黄色を基調としたメニューを開く。料理名の横には写真が添えられていた。確認しながらページをめくっていくと、いい具合に腹も減ってくる。
 他の客が大声を張り上げると、厨房から金髪の少女が飛び出してきた。少しきょろきょろしてからあなたと目を合わせ、頭を下げてから駆け寄ってくる。
「すいませんーお待たせしました! ご注文は?」

 さあ、ご注文は。

 夜はまだ、始まったばかりである。

解説

場所を限定したフリースタイルのシナリオです。
決闘から愛の告白までなんでもやってみてください。

●状況
夜8時から10時程度まで。晴れていますが、街の明かりで星は見えません。
アジア某所の広東料理店【龍龍亭(ろんろんてい)】にて過ごしていただきます。
テーブル席とカウンター席があります。店内はかなり混み合っていますが、座れないことはありません。
料理は焼売、ワンタン、酢豚、チャーハン、油淋鶏、マンゴープリン辺りが売れ筋ですが、他の広東料理も注文していただけます。
全席喫煙可。飲み物については1杯1000円以下が相場のものは取り揃えられているものとします。

●判定
故意の備品破損、過度の暴力などがない場合、大成功とさせていただきます。

●お手伝い
アルバイト、というほどでもないのですが、大繁盛であり従業員の手が足りていない為、任意で臨時のお手伝いをしていただくこともできます。
僅かではありますが報酬が出ます。

●喫煙・飲酒について
本シナリオでは【公認である基礎設定で成人以上であると明確に記載されている方】のみ可能とさせていただきます。

●環境
全員にBS【場酔い】を付与します。
プレイングで宣言した直後から、アルコールを飲んでいなくても、むしろ何も飲んでいなくても、その瞬間から酩酊に酷似した状態になります。これは任意に解除、再開できます。

●その他
・質問にはお答えできません
・納期延長をいただいております。恐れ入りますが、なにとぞご容赦ください

リプレイ

●店外
「お腹すいた! もう動けない!!」
 通りのど真ん中で突然叫び、その場に座り込んでしまった春月(aa4200)に、レイオン(aa4200hero001)は相好を崩した。視界の半分を突き刺すのは大迫力の昼光色、耳に飛び込んでくるのは大音量の様々な声。鼻をくすぐる香ばしい香りは同じ場所からあふれ出ている。迎えに来ただけの自分でさえ空腹を煽られるのだ、ダンスのレッスンで長いこと、真剣に汗をかいてきた春月への影響は推して知るべしである。
『まあ、春月が望むなら』
「よっしゃーーー!!」


●店内
 半身での歩行を何度も繰り返し、ニノマエ(aa4381)はなんとか空席にたどり着いた。続くミツルギ サヤ(aa4381hero001)は一時的に拓かれたその道をするすると進み着席する。
『賑わってる! なんか熱気が!』
「さすが広東だなー。混ざるにこしたこたねぇよ」
 程なくして黄昏ひりょ(aa0118)がテーブルを訪れた。
「お待たせしてすみません」
「おぅ」
 水とおしぼりを置くひりょの顔がニノマエの目に映る。うっすらと汗をかいているのに清潔感を思わせるのはその人柄故だろうか。
 ひりょがここで手伝い始めたのはつい30分前のことである。通りから店内の様子を窺ったひりょはその多忙さに居ても立ってもいられなくなり、店内に飛び込み、手伝いを買って出たのだった。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、あぁ」ニノマエはメニュー表に視線を落とす。「そうだな……紹興酒2つと、ゆで海老、油淋鶏、焼売、海鮮炒飯、本日のスープつけてくれ」
『つけてくれ!』
「かしこまりました。少々お待ちください」
 頭を下げる所作は喫茶店のアルバイトで培った自然なものだった。踵を返し、ひりょはカウンターへ向かっていく。


 長いカウンターの中央付近に麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)が並んで掛けていた。
 そこにひりょが到着する。
「ご注文はお決まりですか?」
『……ん、これとこれと……あとは、これが良い!』
「チャーシューと油淋鶏、子豚の丸焼きですね」
「相変わらず肉塗れだな。じゃあ俺はこれとこれ……お、これは美味そうだな、頼む」
「海鮮チャーハンと焼売、蝦蛄の唐揚げに五蛇羹ですね」
 丁寧にメモを取ったひりょは、申し訳なさそうに声をすぼめた。
「すいません遊夜さん、ちょっと時間かかりそうなんですけど」
「まあ、この賑わいではな……」
 苦笑いを浮かべ、遊夜は店内を見渡す。テニスコートほどもある店内に空席は殆ど見当たらなかった。


「ご注文繰り返しまーす!」
 顔の正面にメモを持ってきた恋條 紅音(aa5141)が注文を読み上げる。
「青菜炒め、中華スープ、杏仁豆腐にジャスミンティー。
 あんかけ焼きそば、春雨サラダ、マンゴープリン、プーアル茶でお間違えないでしょうか!」
「はい、よろしくお願いします」
「ちょっと時間かかっちゃうかも知れないんですけどっ」
『はーい、よろしくねー』
 ぺこり、と頭を下げて紅音はその場を後にする。軽い靴音が店内によく響いた。
 忙しい≒困っている人を助ける、それはとても立派なことである。紅音は内心強く頷き、厨房から提出された料理を迎えに小走りする。
 一方、テーブルには微かな溜息がふたつ、同時に落ちていた。月鏡 由利菜(aa0873)とウィリディス(aa0873hero002)のものである。
「麻婆豆腐と回鍋肉が無いとは……盲点でした、すみません」
『気にしない気にしない。これも勉強だよ~。楽しも楽しも! 中華料理なんて久々~!』
 ウィリディスに肩を叩かれ、由利菜は頷き、切り替える。得られた味と経験は必ず己の力となるに違いない。あちらこちらから流れてくる香りに想像を膨らませながら、由利菜はウィリディスとの談笑を楽しんだ。


「あち、あち、あちちちち」
 口に出すことでなんとか指先の刺激を堪えながら、客の合間をとたとたと潜り抜けて目的のテーブルへ。
「お待たせしましたー! 餡かけチャーハンと油淋鶏でーす!」
 ジョッキを置いたジェフ 立川(aa3694hero001)が受け取り、五十嵐 七海(aa3694)の前に並べる。ごゆっくりそうぞ、と紅音は頭を下げて立ち去った。ジェフは手持無沙汰に開いている皿を重ね、七海はさっそく新たに運ばれてきた料理に箸を伸ばした。
 一口頬張り、ご満悦。
「餡かけチャーハン美味しいね。とろみとご飯がベストマッチだよー」
 喉を濃厚な風味が降りていく。程よく腹は満たされていたが、残すようなことは起こるまい。
『これだけ賑やかだと騒いでも迷惑に成らない。安心して話せるな。実はさっきの依頼、気になったことがある』
「うん、油淋鶏も美味しいよー」
『前衛の動きへの合せ方だ。仲間へ負担をかけずに手数を増やせる場面が少なくとも3か所はあった。今後の課題だぞ』
「うんうん、これはデザートにも期待が持てそうだよー」
 チャーハンを口に運ぶ七海、ジョッキを傾けるジェフ。とりとめのない会話(?)が喧騒の中で紡がれていく。


●厨房前
「はぁ……はぁ……はぁあ……っ」
 小宮 雅春(aa4756)は息を切らしてその場所へ駆け戻り、客の目につかない位置まで下がりハンカチで額の汗を拭いた。発汗はそこまで激しいものではなかったが、だとしても前髪が張り付いているようでは印象は悪いだろう。清潔感は雅春が最も気を配っていた要素であった。
「お疲れ様ですよ~♪ お水飲みます?」
「あ、すいません、いただきます」
「いえいえ☆」
 ウーフー(aa4625hero002)が差し出したコップを受け取ると、雅春はごくごくと喉を鳴らして飲み干した。体力づくりの一環として手伝いを名乗り出たはいいものの、まだまだ道は険しそうである。
 やがて厨房から料理が出てきた。ウーフーが確認し、雅春に手渡す。
「6番テーブル、ですね。お願いできますか?」
「あ、はい、がんばります。
 よし……脱・もやしっ子……!」
 受け取り、出発する雅春。入れ替わるようにひりょと紅音が戻ってきた。
「お疲れ様です」
「おつかれさまでーす!」
「はい、お疲れ様ですねぇ☆」
 暫し時間を持て余す。理由は明白であった。料理が出てくるまでが明らかに遅いのだ。それもそのはず、調理者は店長ひとりきり。注文票は既にのれんのようにぶら下がっている。


●店内2
「お待たせしました。海鮮チャーハンです」
「わー! ありがと……おおおお!? 小宮さん!?」
「あ、春月さん。いらっしゃいませ」
「わーーー、びっくりした、別人みたいじゃないさ!」
 恐縮です、と雅春は頬をかく。清潔感に重きを置いた今の雅春の姿は、野暮ったいとも言えてしまう平素の姿とは真逆の仕上がりで一瞬春月が見紛うのも無理はないことだった。
「さてさて、それじゃあいただきます!」
 パン、と胸の前で手を鳴らし、春月は真っ白なレンゲをチャーハンに潜らせる。ぱらぱらのごはんの中にはエビや卵がごろごろと入っており、春月はそれらをレンゲの許容限界まで掬い上げて口へ運んだ。香ばしい香りが鼻を抜けて、色とりどりの味わいが口の中いっぱいに広がっていく。一度味わってしまうと、もう止まらなかった。
 ところで、と、お茶で口を湿らせたレイオンが雅春に顔を向ける。
『言いにくいのだけど、随分時間がかかっていたね』
「あはは……ご迷惑をおかけしてすみません」
 人手が明らかに足りていないことを説明する。その最中でもうレイオンは立ち上がり、ジャケットから袖を抜こうとしていた。
『手伝うよ』
「え、でも……」
『困っている人を放ってはおけない。それが知り合いなら猶更だよ』
「あ……ありがとうございます。じゃあ、こちらへ」
『そういうことだから、行ってくるよ、春月』
「いっへらっひゃーい」
 目を細めて口いっぱいのチャーハンを味わいなら、春月はひらひらと手を振った。


「お待たせしましたー、焼売でs『 遅  い  ! 』
 食い気味に大声を飛ばされ、紅音はびっくりして身を竦ませた。危うく落としそうになった焼売の皿はニノマエがキャッチ、テーブルに置く。
「あんまり大声出すなよ。ほら、食え」
『フン。これで味が悪かったら許さんからな(ぱくっ。もぐもぐ)旨いな。もう一枚追加で頼む』
 キラキラと目を輝かせるミツルギに、紅音は苦笑いを浮かべて首を傾ける。その仕草の原因に、ニノマエはあたりが付いていた。
「料理が出てくるペースが遅いな」
「鍋を振ってるのが店長ひとりなの」
「なるほど、人がいねぇんだなー」
「できたらすぐ持ってくるんで、もう少し待っててくださいーすみません!」
 頭を下げて走り去る紅音を見送り、大ぶりな焼売をひとくちで頬張る。ぷりぷりの食感と肉汁の旨味は永遠に味わえるクオリティであったが、ニノマエはやや急ぎ目に飲み込んだ。
「ほら、立て、ミツルギ」
『ハァン?』
「人手が足りねぇんだとよ。助っ人に行くぞ」
『断る。私は海鮮炒飯が届くまでここを一歩も動かんからな』
「スタッフに片足突っ込めば、料理が完成した瞬間に食えるだろ。長かった待ち時間が無くなるぞ」
『フッ、私はずっと、お前の口からその言葉が出るのを待っていたのだ、ニノマエ』
「キメ顔で何言ってんだ」
『ぐずぐずするな、行くぞ』
(「テンション高いな……この雰囲気のせいか?」)
 最後に焼売をひとつずつ頬張り、ニノマエとミツルギは遠く、小さくなった紅音の背を追った。


「は~い、お待たせしました、子豚の丸焼きで~す☆」
 ようやく運ばれてきた大皿を受け取ると、ユフォアリーヤは尻尾をふりふり、もう辛抱たまらん、という様子で、しかし慎重にパリパリに焼かれた皮にナイフを立て、一口サイズに切り分けた。
 口へ運ぶ。分厚い皮はまるで米菓のような香ばしさと食感だった。ほくほくに焼き上げられた真っ白な身は、ふー、と息を掛けただけでぷるぷると震えている。素材の味を楽しむためにそのまま一口。臭みなどはまるで無く、濃厚な肉そのものの味わいがユフォアリーヤの口内を所狭しと飛び回った。
『……ん、美味しい……』
 いそいそ、と新たに一口分を切り分けて、
『ユーヤ、はい、あーん』
「ん? おう……」顔を向け、首を伸ばし、差し出された皮と肉のセットを口で受け取る。
「……おお、こりゃ美味いな」
『でしょ? でしょ?』
「こっちはこれが美味いぞ」
 ほれ、と遊夜がスプーンを差し出す。とろり、としたスープに溶かれた卵が泳いでおり、その中に大振りの椎茸のようなものが浮いていた。風味から察するに肉のようではあるが、経験のない匂いにユフォアリーヤは僅かに戸惑い、しかしすぐさま頬張る。
『……ん……ドロドロ……美味しいけど、これ何?』
「ンーセーカン」
 聞き覚えのない発音にユフォアリーヤは首を傾げる。遊夜は小さく笑ってメニューを引っ張り出し、該当するページを開いて箸で指した。五蛇羮。
「つまり蛇のスープだな」
『(;´・ω・)』
「5種類入ってんだとさ。一応全部乗せたつもりだったが、漏れてたらすまん」
『……やーん……でも、美味しいかも』
 そこへウーフーがひょこ、とおどけるような挙動でやってきた。手ぶらである。
「ごめんなさ~い、海鮮チャーハンとマンゴープリン、ちょっと遅れちゃいそうなんですよ~」
 手を合わせながら伝えると、遊夜は小刻みに頷きながら席を立った。
「ああ、構わんさ。こっちもそろそろ限界だったんでな」
 しまった待たせ過ぎた、と内心眉を寄せるウーフー。ひくつく頬をなんとか抑えながら、同じく席を立ったユフォアリーヤを見遣る。むふー、と鼻息を荒げ、両目をキラキラと輝かせていた。
『……ん、忙しいんだよね……休めてない、よね……人手、足りてないよね……!』
「は、はい、まぁ」
 もう辛抱たまらん、という様子で尻尾を振り回すユフォアリーヤ。
『……ん、ボクにお任せ!』
「ま、慣れてるから任せてくれや」
 黒衣の夫婦は同時に袖を捲った。


 こくん、と青菜炒めを飲み込んだ由利菜は、二度瞬きを繰り返した。
「……お仕事のお手伝い、ですか?」
 ひりょは恐縮した様子で頷いた。
「現在、厨房の人手が不足していて、提供の時間に遅れが出ています。来店してくれた月鏡さんにこんなことをお願いするのは本当に心苦しいんですが、もし月鏡さんの力をお借りできれば心強い、と思ったので……」
 由利菜はあごに手を当てて一考、しかしそれも一瞬であった。
「はい、私にできることなら。他ならぬひりょさんの頼みですし」
『えぇ~、今日は客として来たのにお仕事するの~?』
 あんかけ焼きそばをもぐもぐしていたウィリディスがテーブルの上に垂れていく。ひりょは腹の前で手を重ねて深く頭を下げた。由利菜はまあまあ、とウィリディスの肩に手を置く。
「本場の調理を間近で学ぶまたとない機会ですから……ここはどうか、お願いします」
『む~~~、じゃあちょっとだけ待ってて! 焼きそばだけ食べさせてお願い!!』
 パンッ、と手を合わせるウィリディスに、由利菜はもちろん、と静かに頷く。


 レジの前で会計を待っていた七海とジェフの隣を、次々に人が逆流していく。
『これは手伝い甲斐がありそうだね』
 袖をめくり、エプロンの紐を後ろ手に縛るレイオン。
「おー、いかにも本場って感じの厨房だな」
『指示は私が出す。存分にやるといい』
 厨房を見渡すニノマエと、その背中を強く押すミツルギ。
『……ん、お皿、いっぱい……! 洗うよ……ボク、洗う!』
「店長さんってのは……アンタか。調理人が足りないらしいな、手を出させてもらうぞ」
 遊夜とユフォアリーヤが連れ立って厨房へ踏み入る。
「すみません、私も調理場に立たせていただけますか?」
『私は料理とか全然できないんだけど~、なんかできることあるならやるよ~』
 背筋を伸ばした由利菜と、彼女の背を全身で押すウィリディスが入っていく。
 更にその後ろから、前が見えなくなるほどに積み上がった空き皿を抱えて雅春が入っていくと、もう七海が足を止めている理由は霧散していた。
「あー、あーー、気を付けて、危ないんだよ、半分持つんだよー」
 言うが早いか、ととと、と駆け寄り、有言実行、空き皿を受け取る七海。
 ジェフはやれやれ、と微笑んで肩を竦めると、七海と共に厨房へ入っていった。


●カウンター
 御厨(みくりや)は文庫本を開こうとして、不意に声をかけられた。視線をそちらへ送ると、ひらひらと手を振られている。
『ここ、あいてますか?』
「ええ、今しがた」
 それでは失礼します、と紫苑(aa4199hero001)がバルタサール・デル・レイ(aa4199)を連れて腰を降ろす。
『初めて来たんですけど、オススメメニューってどれですか? あ、いま食べてるの何だろう? 美味しそう』
 黙ってメニューを眺めるバルタサールと対照的に、紫苑は飽く迄ナチュラルに御厨へ話を振る。こういう雰囲気も嫌いではない。御厨は文庫本を静かに自分の陰へ隠した。


●店内3
『すぐに座れてよかったね』
「うん。でも……すごく賑やかだね」
 応えながらきょろきょろと辺りを見渡すマオ・キムリック(aa3951)。あちらこちらから無限に噴き出る熱気と活気に若干押され気味のようで、肩に随分と力が入ってしまっている。対してレイルース(aa3951hero001)の様子は普段と変わらず穏やかそのもの。全方位から叩き付ける喧騒も何処吹く風である。肩の青い鳥――ソラさん――も首を前後に動かし続けているものの落ち着き払っている様子。
 近くに食事ができるところはないか、と支部で問うたところ、それなら、とこの店を紹介された。さてお味はいかがなものか。レイルースがメニューを取り出して開き、隣からマオが覗き込む。
「これ……なんて書いてあるのかな?」
『読み方は分からないけど……「蟹」の料理?』
「あ……隣の写真、これの事かな」
『きっとそうだね……蟹玉か』
「折角だから色んなの食べてみたいね」

 ダンッ

 強めの物音がした。マオは一も二もなくレイルースの陰に隠れる。それからゆっくりと目線を上げていく。メモを構えたニノマエと目が合った。
「注文は?」
 決して愛想がよいとは言えないニノマエの応対に、人見知りのマオはびっくりして身を竦ませ硬直してしまう。レイルースは捉えどころのない表情を浮かべていたが、肩に乗った青い鳥が攻防一体の構えを取りながら威嚇していた。そんなに怖がらせてしまったのか、マオをびっくりさせたことを怒っているのか、はたまたその両方かもしれない。
 咳を払い、なんとか柔和……とまではいかずとも、過度に表情をこわばらせないようにして。
「……決まってたら、ご注文を」
「あ……は、はい」
 おずおずとレイルースの陰から身を乗り出したマオが、肩をくっつけてメニューを追っていく。


●厨房
「注文だー。焼売、蟹肉炒蛋、清炒菜心、油淋鶏、雲呑麺」
 読み上げられる最中にも関わらず、既に調理担当一同は動き出していた。
「烏龍茶と芒果布丁を各2、だ。マンゴープリンはデザートだから後回しとして、烏龍茶は任せろ」
「油淋鶏の鶏、できたぞ」
『引き継ぐよ』
 遊夜から揚げた鶏肉を受け取り、レイオンが配膳に取り掛かる。切り置きされていたレタスを平皿に敷き詰め、食べやすいサイズに切り揃えた鶏肉を並べ、銀色の匙で掬ったソースを一周、漏れが無いように掛けた。
『どうぞ』
「おぅ」
 すぐさまニノマエが受け取り、烏龍茶と一緒に運んでいった。個々が経験した待機時間と比べれば、ゼロに等しいタイムである。
 由利菜は焼売の蒸し具合に気を配りながら油菜を炒めていた。ほぼ全ての工程が定められたファミリーレストランの業務と異なり、教えられた流れは感覚に因る部分も多かった。これもまた新たな経験と噛み締め、振る度につややかに、香ばしさを増していく鍋の中身に集中していく。
 遊夜の手元では、お玉が鉄鍋と擦れる音が高速で繰り返されていた。鍋の中では黄金色が軽やかに踊っている。手ごたえが変わったところで手を止めて火力を弱火へ調整。一度お玉を置いてスプーンを手にし、隣の鍋、ワンタンを潜らせたスープの味を見る。少し煮過ぎたかと思ったが杞憂だったようで、火を止めて器へよそい、さっと中央に三つ葉を添える。「雲呑麺だ、頼む」伝えながらかに玉の鍋を取り、腕を振って反転させた。じうう、と鳴る新円に近い黄金色は、仕上がりが待ちきれないかのように輪郭をぷるぷると振っている。


●店内4
 品々がテーブルに揃った様子は圧巻の一言であった。天井まで届きそうな湯気が全ての皿から昇り、今が食べごろであると声高に主張している。
「うわぁ……!」
『少し、頼み過ぎた……?』
 苦笑いを浮かべるレイルースに両目を輝かせたマオが首を振った。やや大きめの真っ白な取り皿に、かに玉、油淋鶏、焼売、清炒菜心を取り分けていく。ゆっくりながらも完成した小さなフルコースを、ことん、とレイルースの前に置いた。
「おまちどうさま」
『うん、ありがとう』
 笑みを合わせてから、いただきます。マオはかに玉を、レイルースは清炒菜心を頬張る。
「んー、おいしい♪」
『こっちも美味しいよ、食べてみて』
「ほんと? ……わぁ、ほんとだ、こっちもおいしい!」
『そっか……』
 満面の笑みを浮かべるマオと、それを微笑んで見守るレイルース。
 両者の間に新たな皿が置かれた。蒸し海老を添えた、レタスのオイスターソース掛けである。
 きょとん、と瞬いたマオが問いかける前に、目元を強張らせたニノマエが口を動かした。
「サービスだ。……悪かったな、怖がらせちまって」
「あ……その、私も――」
『ニノマエー。早く戻ってこーーい』
「ったく……」
 頭を掻き、踵を返したニノマエ――を、勢いよく立ち上がったマオが呼び止める。
「あの、よければ……その、何か手伝いますっ!」
「助かる。でも食べ終わってからでいいぞ。俺たちもそうしてるからな」
「あ……はい、いただきますっ!」
 ぺこり、と頭を下げるマオに、ごゆっくり、と言い残してニノマエはその場を後にする。鼻の下を擦りながら溜飲を下げて厨房前に戻ると、椅子に掛けて足を組んで酒瓶を煽りながらニヤリとした笑みを浮かべているミツルギの姿があった。
『どうだ、私の作戦は上手くいっただろう。感謝してもいいぞ。
 次。海鮮チャーハンだ。3番テーブル』
「……一応聞くが、自分で持っていくって選択肢は――」
『ほれほれ、止まるな休むな。油淋鶏ができたぞー。カウンターの5番だぞー』
「あー、ったく……!」
 楽しそうに見えるのに、微笑む気になれないのはなぜなのか。ニノマエは早々に考えるのを止め、ふんだくるように皿を受け取ると、小走りで遠くのテーブルに向かっていった。


●店内5
「はーい、お待たせですよ~焼売で~す♪」
 舞うような足取りでウーフーが運んだ白い皿を、夜城 黒塚(aa4625)は一瞥、無言で受け取った。ウーフーは構わず空になった皿を回収、その場から離れずニコニコと笑みを転がす。長いこと無視していた黒塚だったが、やがて気まぐれのように顔を向けた。ウーフーは腰を捻り、キレのあるポーズを取る。
「ふっふ~♪ マスター、チャイナ服似合ってます?」
 頭の天辺から、青いチャイナ服、白い七分丈のレギンス、黒い中華靴のつま先まで眺めて、黒塚は一言。
「似合ってるも何も、お前いつもアオザイみたいなの着てるだろ……」
「ううっ、マスターの歪みなき塩対応ェ……」
「黒塚さん!」
 喧騒を大声が貫いてきた。聞き馴染んだ声にウーフーは笑顔で振り向き、黒塚は手を上げて呼び寄せる。
「おう、お前らも来たか」
「いらっしゃいませ~☆」
 テーブルまで到着した猫井 透真(aa3525)は、どこか興奮した様子で席についた。
「今日はお誘いありがとうございます!」
「ウーフーの奴が“売り上げに貢献して下さいv”とか言いやがるんでな」
「本格中華なんて初めてだ。嬉しいなあ。今日は沢山食べよう!」
「ね~ね~聞いてくださいよ~、マスターがこの服全然褒めてくれないんですよ~」
 クラッカーのような涙を垂らすウーフー。その背をバシバシ! と白雪 沙羅(aa3525hero001)が叩く。
「ウーフー! 安心するのにゃ! とっても良く似合ってるのにゃ!」
「ありがとうございます♪ 沙羅さんは優しいですね☆」
「泣いた烏がもう笑いやがる」
「お二人は相変わらずですね。本当に仲良しだ」
「ふざけろよ……」
「ウーフー! 沙羅姐さんにも同じの着せて欲しいのにゃ! 手伝ってやるのにゃ!」
「わ~、ホントですか?」
「もちろんにゃ! 沙羅姐さんは有能な化け猫だから、給仕から用心棒までバッチリなのにゃ! ビールジョッキ6個くらい一気に持てるのにゃ!」
「早く頼まねぇと、こいつらすっ飛んで行っちまうぞ」
「わ、わ、え、黒塚さんは何を?」
「紹興酒だ」
「わ、がぶ飲みしてる。すごいな……俺、成人はしてるけど酒はそんなに強くないんだよな……」
「エージェントが何言ってやがる。……この辺りなら軽いんじゃねェか?」
「そうなんですか? じゃあ、この杏露酒のソーダ割、お願いします!」
「は~い☆ ちょっと待っててくださいね♪
 行きましょう沙羅さん。実は衣装も用意してあるんです♪」
「さっすがウーフーにゃ! さっそく行くのにゃー!!」


●店内6
「ここがあの連中のお店ね!」
『あの連中って……。挨拶はしなくていいのか?』
「いらないわよ。変に気を遣わせたら悪いし、気を遣うのもごめんだし」
 入口の遠く、壁際の席を確保した六道 夜宵(aa4897)と若杉 英斗(aa4897hero001)の許を七海が訪れる。
「いらっしゃいませー。当店のお勧めは八宝菜と蟹玉だよ」
『お、とろみ系ですね』
「とろみ美味しいよ~」
 さり気なく伝えたかったことが無事伝わり、七海は一層笑顔を深める。
 メニューを眺めていた英斗が、やがて顔を上げて一言。
『麻婆豆腐は?』
「あーいいよねー、ご飯によく合うんだよー」
『じゃあ、麻婆豆腐ひとつ』
 指を立てて注文した英斗。その側頭部を夜宵が少し強めに小突いた。
「広東料理だって言ってんでしょ! ちゃんとメニューみなさいよ!」
『ああ、そっか。それじゃあ……海鮮チャーハンとふかひれスープ、それと子豚の丸焼きください』
「かしこまりましただよー」
「丸焼きって……ちょっと! そんなに食べられるわけないでしょ!? そもそもそんなのあるの?」
『あるある、ほらここ。きっと大丈夫だろ、三人で食べればさ!』
 内心小首を傾げながら七海はメモを取っていく。
 この時はまだ、英斗の台詞にどれ程の業(カルマ)が込められているのか、知る由もなかった。


●厨房2
 泡だらけになったシンクに手を入れると、すぐに指先が食器に当たった。ジェフは思わず鼻を鳴らしてしまい、正面のユフォアリーヤが反応、小首を傾げられてしまう。いや、失礼。ジェフはかぶりを振る。
『大した繁盛ぶりだ、と思ってな。幾ら洗っても、片付く気がしない』
『……ん、ホントに……』
 そこへ七海が戻ってきた。
「うーん」
『何かあったか?』
 手を止めずにジェフが問うと、七海が唸りながら問いかけた。
「麻婆豆腐ってなかったよね~?」
『……ん、なかった……』
「実は今、お客さんにないの~? って聞かれちゃったんだよ~。あのとろみを味わってもらえないのは、ちょっと残念だなー、と思ったんだよ~」
 エプロンで手を拭きながら、店長が通りかかる。
「作りましょうか?」
「できるの~?」
「一応ね。どうせならたくさん作ってお客さんにサービスしましょうか」
「あの」
 身を乗り出す由利菜。
「その……もしよろしければ、私にも手伝わせていただけませんか? 是非とも、ご手腕を学ばせていただきたいのですが……」
「いいわよ、一緒にやりましょうか。あ、でも豆腐があったかな」
「僕が買ってきますよ」
 背伸びし、挙手をしてきたのはひりょ。
「ちょっと遠いけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあお願い。ちゃんと領収書もらってきてね」
 快活に頷き、ひりょは厨房、そして龍龍亭を飛び出した。
 夜が更けてきたこともあり、さしもの表通りも人の流れが引いてきた。これ幸いとひりょは走り出し、しかしやや行ってから足を止め、何も見えない空を見上げる。
 ひとつ息をついた。店内で火照った頭が、冷えた空気で冷静さを取り戻していく。
「……よし」
 取り戻しすぎそうになり、ひりょは頬を両手で叩き、腕を大きく振って通りをひた走った。


●カウンター2
『あなたもエージェント?』
「下っ端も下っ端ですがね」
『英雄はどんな方?』
「人見知りの引きこもりですワ。ろくに出て気やしません」
『お一人でよく来られるんですか?』
「開いてるときは寄らせてもらうようにしてますワ。店長が知り合いだもんで」
『あぁ、そうだったんですか』
「そちらさんは初めてのご来店ですかい? いかがですか、この店は?」
『とても気に入りました。お料理もとても美味しくて、飲み過ぎてしまいそうです』
「だそうですゼ」
「え? ああ、ありがとうございます」
 ちょうど調理器具を取り出しに来た劉が軽く頭を下げる。紫苑は目を細めて会釈。
『店長さんもエージェント? 英雄はどんな方?』
「三十路前の女ですよ。今は他所で仕事を」
『そうなんですか。ここ、もしかしてエージェントが集まる場所ですか?』
「だとしたら、こんな傷、恥ずかしくて見せびらかせませんワ」
 自嘲した御厨が紙巻を銜える。劉が屈んでカウンターの向こうに消えた。
 紫苑は紹興酒で口を湿らせてから頬杖をつく。
『怪我、大丈夫ですか。ご家族の方とか、心配されたんじゃ』
 カウンターの奥から何かを落としたような物音が届いた。
(「飽きずによくやる」)
 バルタサールがあごを上げて紫煙を吐き出した。
「嫁にゃ三行半をいただいてましてね。娘もそっちについていきまして」
『そう、だったんですか。すみません、事情も知らずに』
「いえいえ、どうかお気になさらんでください」
 ぐい、と腰から上を傾けて、
「そちらの旦那、ご家族は?」
 紫煙を擦過音と共に長く細く。
「いるように見えるか?」
「さておき、背やら年ごろやら、親近感を抱きましてね」
「光栄なことだ」
 グラスを傾けたバルタサールに紫苑が被る。
『ジョッキが空ですよ。えっと……』
「御厨、と申しやす」
『僕は紫苑と言います。これも何かのご縁、一杯おごらせてください。
 店長さん、こちらの方におかわりと、僕にも同じものを』
 無反応。
『店長さん?』
「おい、劉?」
 御厨の声がスイッチであったかのように、はっとした様子の劉が飛び出してくる。
「あ、はい。少々お待ちください」
 ぺこり、と頭を下げて劉は去っていく。背中を見送ってから御厨に向き直り、紫苑は笑顔。
『店主さん気っ風がよくて素敵な方ですね。僕も常連になっちゃおうかな』
「是非そうしてやってください。その時はあっしが奢らせていただきますワ」
 飽く迄朗らかに交わされていく会話を聞き流しながら、バルタサールは半分ほど残っていた琥珀色をひと息に飲み干した。


●店内7
『四大中華料理、広東・上海・北京・四川の違いって知ってるかな?』
 大河右京(aa5467hero001)の問いかけに、大河千乃(aa5467)は白いれんげを甘噛みしながら首を振る。
「お兄ちゃん判るの?」
『お待たせしましたぁ、マンゴープリンでぇすぅ』
 どこかぼんやりした様子のウィリディスが運んできたそれを受け取り、千乃の前にスライドさせながら、右京は記憶の浅い部分の記述を口に出していく。
『北京料理は元は宮廷料理で手の込んだ豪華なのが多くて、四川料理は盆地で湿度が高い地域なので熱に負けないよう辛いのが多いんだ。上海料理は魚介が豊富で醤油をよく使って濃厚、そして広東料理は家庭料理の流れを汲むあっさりした味のものが多い』
「へぇー」
 話への興味と、プリンの甘味で千乃の両目は見る見る輝き、それが右京を更に饒舌にさせていく。
『食は広州から、という言葉もあるほど扱う食材が多彩なのも特徴なんだ。フカヒレはサメの鰭だけれど、あの大きな体の、よりによってそんな場所を食べてしまう。他にも燕が巣を作る為に固めた唾液を煮込んだり、まだ幼い子豚を丸ごと焼いてしまったり。
 もしかしたら、人によっては残酷だと捕えたり、野蛮だと断言するかもしれない。でもね、千乃。俺はそんな、広東の人たちの探求心が、今の広東料理、ひいては中国料理の地位の礎になったんだと思う。「広東人は飛ぶものは飛行機以外、泳ぐものは潜水艦以外、四つ足は机と椅子以外、二本足は親以外なんでも食べる」なんて言葉もあるくらいなんだ。今より少しでも豊かなものを自分で、そして誰かと共有したい。誰かがそう思い続けた結果だと、そう思えて仕方がないんだよ』
 千乃が熱の籠った息を吐く。透明な器の上に鎮座した琥珀色のそれが、とても眩いものに見えていた。
「そっか。じゃあ私がこうして甘いプリンを食べられるのも、その誰かのお陰なんだね」
 千乃の笑顔を受け、右京は微笑みの裏で胸を撫で下ろす。広東料理店で夕食を取ると決まった昼過ぎから猛勉強して蓄えた知識は、しっかりと結果を出せたようだ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
『うん?』
「今のも、私のために調べてくれたんでしょ?」
『……いいや、俺の為だよ。千乃は何でも喜んでくれるから、教えたくて勉強したんだよ』
「うん、わかった。
 私ね、知らない事を知るのって、自由に自分で確かめられるって、それをお兄ちゃんが一緒してくれて、とっても楽しいよ」
 真正面で炸裂した、千乃の濁り一つない満面の笑みに、右京は一瞬呼吸を忘れるほどの衝撃を受ける。
「……お兄ちゃん?」
『……場の熱気に酔ったかな』
 照れたように頭を掻く右京に、千乃が器を手にしながら身を乗り出してきた。
「暑いの? マンゴープリン、冷たくて美味しいよ。
 はい、あーん」
『……ぁ……あーん』
 痛むくらい熱い顔をなんとか引き締めながら右京は千乃の指示に従う。口の中に落とされたデザートは、本来の何倍もの甘みを右京に届けた。


●店内8
「すいませーん」
「はいはーい、今行くのにゃー」
 軽やかな足取りで沙羅が近付くと、雁屋 和(aa0035)がメニューを添えて極めて真剣な表情を寄せてきた。
「芙蓉蛋と、酢豚。清炒菜心と蛇羹――」
 流ちょうに注文を重ねていた和だったが、その瞬間大きな呼気を上げ、ぎちぎちと首を鳴らしながら谷野 静(aa0035hero002)を顧みた。
「静、ここ堅焼きそばないわよ」
『そんなっ! ……じゃあ広東炒麺を』
「あと土鍋飯の椎茸と鶏肉って出来ます? 出来るならみんな食べる?」
 テーブルのあちこちからの挙手を見受けて力強く頷く和。その肩を木霊・C・リュカ(aa0068)がゆっさゆっさと揺らす。
「俺はねぇ、焼売と油淋鶏」
「肉と肉ね。いいわよ」
「あ、和ちゃんお酒は? お酒は?(ゆさゆさ)」
「好きなの頼みなさいよ……とりあえず果実酒を適当に!」
「ノドカ、ノドカ」
 少し離れた席で、紫 征四郎(aa0076)が挙手をしたままぴょんぴょん飛び跳ねている。
「征四郎はお肉が良いです。ノドカ、お肉を注文して欲しいです」
「そうね、確かに今のままだと肉が足りないわね。じゃあ丸鶏の塩蒸し焼き……は多いか、写真だと。広州文昌鶏もー」
【和さんその調子でじゃんじゃこ注文してくださいまし!】椅子を前後にがっこんがっこん揺らしながらシルフィード=キサナドゥ(aa1371hero002)が猛る。【食べますわー! 今日は食べますわー!!】
 この宣誓を受け、和は力強く頷き、沙羅の前に指を三本立てて見せた。
「今の注文、全部3つずつお願い」


●厨房3
「っていう注文もらってきたにゃ!」
『……厳しくなってきたね』
「繁盛しているのは何よりだがな……!」
 レイオンは菜箸とビニール手袋を駆使して配膳を続けていたし、遊夜に至っては両手でそれぞれの中華鍋を振っていた。
『……ん、ユーヤ、大丈夫?』
「なんとかな……リーヤも無理するなよ」
「はいは~い、ちょっと通してくださいね~☆」
「あっ! それ美味しそうなのにゃ!」
 厨房を後にするウーフーと沙羅。
 入れ替わるように戻ってきたウィリディスを、小鉢を携えた由利菜が出迎える。
「あっ。おかえりなさい。
 見てください。麻婆豆腐です。たった今仕上がりました。是非一緒に味見を……リディス?」
 ふわふわとした足取りで距離を詰めてきたウィリディスが、由利菜の鎖骨あたりに額を預けた。
「リ、リディス?」
『……ほわ~……』
「リディス……なんだか酔ってません?」
『……お酒の匂いがきついから貰い酔いしちゃったかも~……でも、もう少し頑張る~』
 撫でた水浅葱色の髪はほんのりと熱を帯びていた。
「ええ、閉店までもう少しです。今水を貰ってきますから、少し待っていてください」
 ぽふ、と頭を撫でると、ウィリディスは額を離さず、こくんと頷いてきた。


●店内9
「猫井、酒進んでねーぞ」
 言うが早いか、黒塚は半ばほど残っている透真のグラスを満タンにしていく。慌てて止める透真だったが、期待していた効果は得られない。
「大丈夫です! 飲んでますし食べてますよ! 餡かけも美味しそうd……あちちっ」
「あんかけは意外と熱が篭ってるもんだ。口ン中火傷してねーか?」
「あー、はい、大丈夫だと思います」慎重にグラスを手に取り、口の中を湿らせる。「……紹興酒って初めてなんですけど、度数強くないですか?」
「そうか? そのうち慣れるだろ」
「お待たせしました~、芒果布丁です☆」
「おう」
 応え、器を受け取る黒塚。ウーフーは笑みを打ってその場を去り、沙羅はテーブルにかじりついてプルプルと震えるそれをガン見する。
「黒塚、それは何だにゃ?」
「マンゴープリンだ。白雪も食うか? お前のまたたび程じゃねえが、イイもんだぜ」
「食うにゃ!!」
 ぱかー、と口を開ける沙羅。黒塚はそこにプリンをひと掬い、滑り込ませた。まぐまぐと口を動かしていた沙羅は、やがて両目を見開き、白い両耳を飛んで行ってしまいそうなほどピーン! と立てる。
「美味しいのにゃ……! もっと食べたいのにゃ!!」
「だろ。もうひとつ頼むか」
 沙羅はぴょん、と椅子に飛び乗り、手を振って店員を指名した。
「ウーフー! 芒果布丁もうひとつにゃー!!」
 くだんの店員はフロアではなく柱の陰にいて、仕事ではなく観察をしていた。
「ああ~^、甘味好きなマスターが芒果布丁に幸せオーラを発しています……尊いですね~♪」
「とーまー、ウーフーがニヤニヤしてて気持ち悪いにゃ」
「あはははははは」
 腰から上を総動員してやたらに円を描く透真。
「あはははははは世界がまわってるううううあはははははは」
「黒塚ー。とーまがヘラヘラしてて気持ち悪いにゃ」
「なんだ、もう酔ったのか……歩けなくなる前に引き上げるか」
 残りのプリンを口の中に滑らせ、黒塚はジャケットを小脇に立ち上がる。
「おい、ちゃんと掴まれ」
「あはははははは」
「ウーフー、勘定だ」
「は~い☆」
 透真に肩を貸し、レジ前に進む黒塚と、付き添う沙羅。
 会計は可及的速やかに済まされ、お土産です、とウーフーが小さな包みを手渡した。
「月餅です。サービスにしときますよ♪」
「おう」
「ウーフー! これ着て帰ってもいいのにゃ?」
「ええ、どうぞ☆」
「やったにゃ!!」白地に銀で刺繍が施されたチャイナドレスをひらりと翻す。
「とーま、とーまー。どうにゃ、似合ってるかにゃ?」
「あはははははは(上体旋回)」
「とーーーーまーーーー!」
「まとわりつくな、歩き辛ぇ……ほら、月餅やるからおとなしくしてろ」
「にゃー!」
 眉を寄せる黒塚、ぐいんぐいん回る透真、笑顔で手を振る沙羅を、ウーフーは笑顔の横で小さく手を振って見送った。


●店内10
『あれ。どうして麻婆豆腐が?』
「店長さんが作ってくれたんだよー。サービスだからどうぞだよー」
「何よ、やればできるんじゃない」
『じゃあ、せっかくですしいただきます』
 ここでも英斗は3人分を要求した。七海は深く考えず応対する。様々な想像を巡らせ、しかしどれとも大きくかけ離れていることを、この後七海は、隣のテーブルの応対をしている最中、背中に当たる会話で知ることとなる。
「ちょっと……まさかまたいるの? 例のエア彼女」
 いきなり炸裂したパワーワードに七海は振り返る。
『エアとはなんだ、失礼なやつだな。あー、大丈夫、君は何も気にすることはないさ』
(「何もない空間に話しかけてるよ……」)
 早くも仕事どころではなくなった七海は夜宵らをガン見していたが、場の雰囲気に呑まれ、すっかり染まり切ったふたりは止まらない。
「こないだ2人で映画に行ったときも”すみません、大人3枚”とかぬかすし!」
『ごめん、夜宵はまだ学生だったな。学生1枚、大人2枚でよかったか』
「そこじゃないわよ!
 他にも! 上映までの待ち時間の間にクレープ食べた時もひとりで“はい、あーん”、“俺はいいよ、恥ずかしいだろ”とかずーーーっとやってるし! こっちが恥ずかしいわ!!」
『美味しかっただろ、クレープ』
「生き地獄だったわよ!!」
『まったく、夜宵もすこしは彼女を見習ってお淑やかにだな』
「みえないわよ! そもそも私が隣りにいるのにエア彼女とか、失礼にも程があるでしょ!」
『両手に花で、俺は幸せ者だよ』
「私は不幸のどん底よ!!」
『……ちょっとお腹いっぱいになってきたな』
「でしょうね! 3人前だからね! ことごとく3人前だからね!」
『仕方ない、なんとか完食できるよう頑張ろう。ああ、君は無理しなくていいからね』
「だーーーーーかーーーーーらーーーーー!!!」
 いたたまれなくなった七海は全てを聴かなかったことにしてその場を亜音速で離れた。


●店内11
「よっしゃ!」
 なんの前触れもなく春月は手を叩くと、椅子を倒してしまいそうな勢いで立ち上がった。
「そこのあなた! 踊ろう!」
「いいよ!!」
 快諾した紅音が正面に立つと、自然と人がどけて広場ができた。油まみれの昼光色がアングラな雰囲気を醸し出す。
 春月が手拍子を煽ると、周囲の客が応えた。秒間二拍という馴染みやすいテンポに、春月が少しずつ体を揺らしていく。
 そして踊り出す。キレがあり、迫力があり、見るものを魅了する力があった。生業にするべく日々研鑽を重ねているだけあり、地元客が惜しみない拍手を鳴らしてくる。
『すいません、ちょっと通してください!』
 応じた紅音のそれは、春月に比べればやや愛らしいものであった。しかし元気さ、勢いでは春月にひけを取らず、心得がないからこその無茶な動き、チャレンジが周囲の客を更に沸かせる。
『すいません、通して!』
 そしてフィニッシュ。即興のそれとは思えぬほど見事に決まり、今宵最大の拍手の爆発が起こる。
 肩でそれを拓いて進んできたレイオンが慌てて春月の肩に手を置き撤収を促した。
『ちょっと春月!』
「なになに、レイオンも踊る~? よし、皆で踊る!」
『踊らない! もう帰るよ。
 ごめん、恋條さん。そういうことだから僕たちはこれで……』
「気にしないで、楽しかったよ!」
 手を振る紅音に何度も頭を下げながら、レイオンは未だ陽気に酔っぱらう春月をなんとか抑え込み、空腹を噛み締めながら店を後にした。


●店内12
 和の食事風景は、『捕食』と言い表すのが適切なように思えた。テーブルの上にずらりと並んだ料理を口いっぱいに頬張り、咀嚼し、大半を飲み込んだところで腕を伸ばし、箸で捉え、また頬張る。料理の上質さと店の雰囲気に因るところが大きかったものの、獣とも言えてしまいそうな食べっぷりに、見かねた時鳥 蛍(aa1371)がタブレットを操作した。
『雁屋さん……食べ過ぎでは?』
 友人たちとの外食という非日常が楽しいのは確固たる事実である。しかし薬も過ぎれば毒となる。和の体を気遣っての、精いっぱいの主張であった。
 和はいったん口の中を空にすると、力強い頷きを返してきた。
「時鳥さん、大丈夫よ……デザートもあるものね!」
 そうじゃない、という思いを中々文字にできなかった蛍にリュカがふんわり覆い被さってくる。潰してしまわないように力は加減しているが手には果実酒の入ったグラスを握っていた。
『木霊さん止めてください!』見せつけてからすぐさま一文字付け足した。『木霊さんも止めてください!』
「え? 止めちゃうの? 可愛いから良くない?」
『何事も適量というものg』
「あーーー料理届かなくなっちゃったーーー! 誰かーーー俺の゛料゛理゛ーーー!!」
『ほらリュカ、酢豚』
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が大皿を寄せると、リュカは表情をころ、と変えて箸を伸ばし始めた。これ幸い、と蛍を救い出し、比較的平和に過ごしていた静の許へ送り出す。清炒菜心をつまんでいた静が笑顔で迎えてくれた。
『時鳥さん、なにか食べる? 頼むわよ、和が』
『3倍頼まれてしまいますから……』
『そう? じゃあ少し早いけど、甘いものは?』
『では……マンゴープリンを』
『わかったわ。
 あっすみませーん』
「は~い☆」
『芒果布丁2つとしょうがミルクプリン。それと龍江煎堆と牛乳プリン。最後に擂茶人数分おねがいしまーす!』
 蛍の手からタブレットが滑り落ちた。
 
『ほら、もっと食え、いっぱい食え』
「食べる食べるー。よそって、よそって」
 リュカの世話を焼くオリヴィエ。そこにグラスを持った征四郎が移動してくる。
「リュカ、リュカ! かんぱーい!」
「はいはーいかんぱーい!」
「ふふー、おいしいです、ね!」
「美味しいよね~もう一杯いっちゃう?」
「いきましょう! いきましょう!」
 この様子を眺めていたのはユエリャン・李(aa0076hero002)。視界の中央には征四郎の姿。普段と異なり、雰囲気に流される姿は、もう一人の英雄の姿を厭が応にも彷彿とさせた。
『付き合いが長くなる、とはそういうことであろうが』
 不意に陰った表情をオリヴィエが覗き込んでくる。仕草で察したユエリャンはパっと目つきを柔らかく整え、息子であるオリヴィエに肩を寄せた。
『何か食べれるものはあるかね? デザートにする?』
 あまり箸が進んでいなかったオリヴィエにごま団子を出しだす。オリヴィエはこれを箸で半分に割って頬張ると、細かく何度も頷いた。
『お母さん、これ美味しい』
『 お  母  さ  ん ゛  ん ゛  ……っ  !? 』
 心臓を抑えて幸せいっぱいに硬直したユエリャンを、オリヴィエが再び不思議そうな顔で覗き込んだ。

【征四郎さん! ちょいと! 征四郎さん!】
 ガコガコガコガコと椅子を鳴らしながらシルフィードがやってきた。かと思うと征四郎の腕に手を回して、強引に空席まで引っ張っていってしまう。
「どうしました? ほっぺにナルトがついてます」
【あら、いやですわわたくしったら。どうもありがとうござ――じゃありませんわ!】
 大声にびくっとなる征四郎。身構えていたものの、二の句が出るには相応の時間が要った。
【……その……あなたは、よく蛍と一緒にいらっしゃるでしょう?】
「? はい、友達ですから」
【……それで、その……】
 場の雰囲気の勢いを借りようとしたが、なかなかうまくいかない。最後に踏み出すのは結局自分であるということを顔に昇る熱で痛感しながら、それでも言葉を待っていてくれる征四郎の眼差しに背中を押される心地がしていて、だからこそシルフィードは思いを打ち明けずにはいられなかった。
【蛍は、あれでいろいろ抱えていて……でも、あのとおり表情も多くなって……】
「はい」
【それはきっと、わたくしの力だけではなくて……みなさんが、そばにいてくれたからだと思って……】
「はい」
【だから、その……蛍と仲良くしてくださってありが……悔し……はそうでもなく……うらやま……ううん……】
「だいじょうぶです。なみだふいてください」
【泣゛い゛て゛な゛ん゛か゛い゛ま゛せ゛ん゛わ゛!!
 だから、その……これからも良いお友達でいてくださしましね!!】
「はい。征四郎からもお願いします。
 さあ、のみましょう。今日はのみましょう!」
【フン、ごめんあそばせ! わたくし、まだラーメンが残っていましてよ!
 ですから……ですから、その……その後でしたら、付き合ってあげてもよろしいですわよ!!】
 ラーメンの邪魔をしてはいけない、と征四郎は既に自分の席に戻っていた。もう食べ過ぎです、と蛍が確保したメニューを和とリュカが取り返そうとしており、それがなんとも微笑ましくて、征四郎は頬を緩めてしまう。
「ん? どうかした、せーちゃん?」
「リュカ。改めて、おかえりなさい。そんな気がします」
「征四郎?」
「ノドカ。いつも支えてくれてありがとう」
 そして蛍に向き直る。思っていることは伝えなくてはならない。大切なことを、たった今、教わった。
「蛍。これからも、友達でいてくださいね」
「……はい」
 笑みを綻ばせて紡がれたその言葉は、喧騒の只中であっても真っすぐ征四郎の許へ届いた。








 数十ものテーブルの拭き掃除と、うん百枚という皿洗い、だだっ広い床掃除が終わる頃には、もう夜はとっぷりと暮れてしまっていた。
 軒先で紫煙をくねらせるジェフの許に、身支度を整えた七海が到着する。お疲れ様、と慣れ親しんだ距離感で労い合った。
「お手伝い楽しかったよー。でも仕事をしたらお腹が空いちゃった」
『食べに来たのに減ったのか、太るから朝までガマンだな』
 短い笑いを混ぜ合い、深い夜の中、帰路についていく。

 軒先のベンチに掛け、自販機で買ってきたドリンクで喉を湿らせるのはマオとレイルース。ふたりは暫し無言で疲労に身を任せていたが、やがてマオが立ち上がり、店の看板を見上げた。味わった料理の旨味と感動は、今なお鮮明に思い出せる。
『美味しかったね』
「……うん♪」
 歴史が練り上げた料理と飲料が全ての誰かを笑顔にした店。
 この朗らかを形にしたような場所に、今度は友人らと訪れよう。彼らはどんな表情を浮かべるだろう、どんなことを話してくれるだろうか。
 その時の様子を想像して、春と夏の狭間の夜で、マオは目を細くして微笑んだのだった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 【晶砕樹】
    雁屋 和aa0035
    人間|21才|女性|攻撃
  • エージェント
    谷野 静aa0035hero002
    英雄|16才|女性|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 全てを最期まで見つめる銀
    ユエリャン・李aa0076hero002
    英雄|28才|?|シャド
  • ほつれた愛と絆の結び手
    黄昏ひりょaa0118
    人間|18才|男性|回避



  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 花の守護者
    ウィリディスaa0873hero002
    英雄|18才|女性|バト
  • 暗夜の蛍火
    時鳥 蛍aa1371
    人間|13才|女性|生命
  • 優しき盾
    シルフィード=キサナドゥaa1371hero002
    英雄|13才|女性|カオ
  • エージェント
    猫井 透真aa3525
    人間|20才|男性|命中
  • エージェント
    白雪 沙羅aa3525hero001
    英雄|12才|女性|ソフィ
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 希望の守り人
    マオ・キムリックaa3951
    獣人|17才|女性|回避
  • 絶望を越えた絆
    レイルースaa3951hero001
    英雄|21才|男性|シャド
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • そうだよ、楽しくやるよ!
    春月aa4200
    人間|19才|女性|生命
  • 変わらない保護者
    レイオンaa4200hero001
    英雄|28才|男性|バト
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
  • LinkBrave
    夜城 黒塚aa4625
    人間|26才|男性|攻撃
  • これからも、ずっと
    ウーフーaa4625hero002
    英雄|20才|?|シャド
  • やさしさの光
    小宮 雅春aa4756
    人間|24才|男性|生命



  • スク水☆JK
    六道 夜宵aa4897
    人間|17才|女性|生命
  • エージェント
    若杉 英斗aa4897hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • エージェント
    恋條 紅音aa5141
    人間|18才|女性|防御



  • 希望の守り人
    大河千乃aa5467
    機械|16才|女性|攻撃
  • 絶望を越えた絆
    大河右京aa5467hero001
    英雄|20才|男性|ブレ
前に戻る
ページトップへ戻る