本部

紫陽花祭りへ行こう。

和倉眞吹

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~10人
英雄
6人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/06/14 19:28

掲示板

オープニング

「へえ。紫陽花祭りなんてやってるんだ」
 日本某所のH.O.P.E.支部で、掲示板の前を通りかかったエージェントは、足を止めた。
 その視線の先には、紫陽花の写真が前面に写ったポスターが貼られている。
「アジサイって、この写真?」
 一緒にいた、英雄のほうが、相棒に訊ねる。
「うん、そう。六月……ていうか、梅雨時に咲く花なんだよ。外国はちょっとよく知らないけど、日本ではね」
「ふーん」
 英雄も、改めてポスターを見上げる。
 写真の花は、緑を背景に、薄いピンクや紫、水色などの小さな花が、ボールのような形を取って配置されていた。少なくとも、英雄にはそのように見えた。
 それらが、透明な滴に濡れている様が、ひどく美しい。
「ねえ、見に行きたい」
 英雄は、相棒に向き直る。
「そうだね。ちょうど、依頼が途切れたトコだし、息抜きしに行こうか」
「どこでやってるの?」
「えーっとね。すぐ近くみたいだ。……へぇ、紫陽花園なんてあったんだ」
 それは流石に知らなかったなぁ、と言いながら、能力者は日付などをメモするべく、スマホを取り出した。

解説

▼目的
紫陽花祭りを楽しむ。

▼会場
支部近所にある紫陽花園。
規模は、二万平方m。紫陽花の品種は、六十種類。
遊歩道に沿って紫陽花が植わっていて、品種ごとにエリアが分かれている。合間合間には、休憩所を兼ねた東屋がある。

▼催し物(ポスターより)
6月某日 9時開場
※雨天でも、小雨程度なら中止はありません。雨にけぶる紫陽花をお楽しみ下さい。

・模擬店…花のないエリアに、軽食の店が色々。ドリンクの店もあり。
紫陽花をテーマにした飲食店も。例えば、紫陽花ソフトクリームなど(と言っても、本当に紫陽花が入っている訳ではない)。
・土産店…紫陽花の苗や、紫陽花にちなんだグッズ売場(例えば、紫陽花をかたどったキーホルダー、アクセサリーなど)。
・日本茶を振る舞う休憩所…日本茶と、お茶請けの菓子が無料で味わえます。

▼備考
・とにかく紫陽花祭りを楽しんで下さい。それが一番です。
・上記に記してある出し物以外でも、ご自由にプレイングにお書き下さい。あまりにも紫陽花祭りの出し物やイベントとして外れている、などがなければ採用致します。
・買い物によってアイテムが増えたり、通貨が減る事はありません。

リプレイ

『ふむ……歴史や、ゆかたとはなんぞや?』
 ある時、出し抜けに血濡姫(aa5258hero001)に訊ねられ、蝶埜 歴史(aa5258)は惰性で、
「え? これだけど」
 と、スマホで検索を掛けて出てきた画像を見せた。すると、彼女はなぜか『なあああ!』と絶叫する。
『これは下着ではないか! なんと破廉恥な……』
 確かに、彼女の元いた世界では、そうだったのだろう。
 日本でも昔はそうだったらしいし、などと思っている間に、彼女の絶叫は続いた。
『くうう! 裏切られたわ……これを着ろとは臣民どもめ! 妾がこの世界に疎いからと恥を掻かすつもりかや!』
 放置するとまずい傾向だ。
「フォロワーが?」
 多分違う、という歴史の言葉を完全に無視して、血濡姫は『これは謀反じゃ!!』と立ち上がる。
『く……帝の権威を失墜させて反乱を誘おうとは中々の策じゃが、妾を甘く見たな。謀反人ども呼び出して手ずから打ち首にしてくれるわ! 歴史よ、リンクじゃ!』
 ビシッと人差し指を立てた手を突き上げ、空いた手は腰に当てている。
 歴史は、呆れたように目を細めて彼女を見た。
「ご褒美あげてどうすんですか? ……違いますよ。これ下着じゃないです」
 言われて、血濡姫は彼のスマホを見直す。しかし、彼女から見れば、『……どこからどう見ても下着ではないか?』という結論にしかならない。
『歴史まで裏切るかや!』
 と、忽ち怒りのボルテージは元通りだ。
「落ち着いて下さい! ……確かに元は下着だったけど、今はむしろ華やかな時に……」
 と言いつつ、再度〈祭り 浴衣の画像〉で検索を掛けたものを見せる。
「祭りに行った時、何度も見てる筈なんだけどな……」
 という歴史の呟きは、新たに出てきた画像を見つめる血濡姫の耳を素通りした。
『む。そう言えば……そうか、言われてみれば素朴な中にも華やいだ雰囲気が感じられなくも……ん?』
 ふと、血濡姫が何かに気づいたように目を瞬く。
『これはH.O.P.E.の……』
 どうやら、〈祭り〉のほうに引っかかったらしいのは、紫陽花祭りのポスターだ。
「あの支部の掲示板に貼ってあるみたいだな」
 同じポスターが、いくつかヒットしている中に、H.O.P.E.支部の掲示板に貼り出されていると思しき画像もある。
『よし、行くぞえ! たとえひと時でも我が忠実な臣民を疑ったとあっては、帝王の沽券に関わる……妾が艶やかなゆかた姿を撮りまくるのじゃ!』
「ええー……」
 気の抜けた返事をする歴史を置いて、血濡姫は踵を返した。

「ほんじつはるーしゃんとおでーとである! てをつないであるくのである! もちろん、あじさいをみながらであるぞ!」
 高らかな宣言通りに、泉興京 桜子(aa0936)はルーシャン(aa0784)の手を握り、スキップせんばかりの歩調で足を前へ踏み出している。
 彼女らは、ベルベット・ボア・ジィ(aa0936hero001)が、腕によりをかけて見繕った着物に身を包んでいた。
 桜子が身に着けているのは、赤、薄紅、桃色等、赤系のグラデーションが施された紫陽花柄の着物だ。帯は藤色、足袋は白、下駄はポックリで鼻緒は桃色である。
 二人に選んで貰った着物でお出かけ、と内心浮かれるルーシャンのそれは、やはり紫陽花柄だ。ただ、色は蒼から藤色のグラデーションで帯は桃色と、桜子の着物とは反転している。足下は同様だが、揃いで色違いの着物を着た少女二人は、楽しそうに紫陽花の園を歩いている。
 桜子と、我が女王と仰ぐルーシャンの姿は、アルセイド(aa0784hero001)には、花々よりも華やかに見えた。花はそっちのけで、そんな二人を、つい目で追ってしまう。
「桜子、ちょっと張り切りすぎてるわね~。ルーシャンちゃんもいっしょなんだから、もう少しゆっくり歩きなさいよ~」
 言われて我に返ると同時に、ベルベットの腕がするりと絡み付いてくる。
「今日は着物デートなんだから、もう少しお淑やかに歩きなさいな。ねーアルセイドちゃん」
「は……」
 いや~イケメンはいいわね~、などと口走るベルベットも、アルセイドも、今日は着物仕様だ。
 アルセイドのそれも、折角だからと、やはりベルベットに見立ててもらったもので、グレーの着流しに燕柄の帯、黒色の足袋に下駄を身に着けている。
「あまりこの世界の和装には詳しくないもので、助かりました」
 無理矢理腕を組まれて、しかも相手がおデート気分でいる、と当のアルセイドは勿論思っていないのか、律儀に礼を言って会釈した。空いた手には、不意の雨に備え、番傘を持っている(もっとも、今は出番がないようだが)。
「んーん、いいのよ~。お礼には及ばないわ」
 艶やかに手を振ったベルベットは、藤色に近いグレーの着物を上品に着こなしていた。帯はアルセイドと揃いだが、色は反転している。
 ベルベットの帯は、黒地に白い燕が舞う、優雅でいながら遊び心満載の帯だ。白地の足袋に、藤色の鼻緒が、着物とマッチしている。
「ん~、たまにはこういうのもいいわね~。紫陽花の色が雅やかで綺麗ね~」
 帯の結びの少し下辺りから、モフモフと出した尻尾を振りながら言うのへ、アルセイドも改めて自然の美しさを眺めやる。
「……そうですね。毎年咲く花としても、今日のこの光景は一度切り。この尊さは、記憶に刻むに値します」
 答えたアルセイドは、穏やかにベルベットに微笑み返した。

「わあ、綺麗……!」
 魂置 薙(aa1688)は、思わず目を瞠った。
 今日、この紫陽花園で行われる祭りには、エル・ル・アヴィシニア(aa1688hero001)に強く誘われて付いてきた。
 気乗りしないまでも、あまり興味がなかったのも正直なところだったが、紫陽花を目にした途端、それは忘れた。
「これ、見たことない!」
『ほう……これは見事な』
 様々な紫陽花が咲く風景を想像し、興味を引かれて参加したエルも、思わず感嘆の声を漏らす。
 薙を誘ったのは、最近、気分が内に向きがちな彼を心配してのことだった。気晴らしになれば、と思ったのと、たまには気持ちを外へ向けて欲しかったのもある。
 だが、どうやら思惑以上の効果があったらしい。
「エルル、見て! 綺麗な色のがある、よ!」
 普段、あまり感情を表に出さない彼が、大はしゃぎで手近にある花を示す。
 それを見たエルは、ホッと息を吐いた。
(連れて来て正解であったな)
 無意識に微笑し、スマホで時折写真を撮りつつ、ゆったりとした足取りで歩む。
「エルル! 早く!」
 先に行っていた薙が、駆け戻ってきてエルの手を引く。次のエリアが楽しみで仕方ない、と顔全体が言っていた。
『そう急くな、薙。紫陽花は逃げぬぞ』
 クスリ、と苦笑を落として、薙に引っ張られるまま、エルも歩を進めた。

「紫陽花は、好き、か?」
 園内の待ち合わせ場所で、手持ち無沙汰だったのか、ふとアリス(aa4688)は口を開いた。
『私は嫌いではありません。青色の紫陽花は、とても美しいですし』
 葵(aa4688hero001)が答えると、「ならば、来て良かったというモノ、だ、な」とアリスも頷く。
『そうですね。茨稀さん方も嫌いではないと良いですが』
「そうだ、な。っと、言ってい、る、間に来た、な」
 遠方から見え始めた茨稀(aa4720)とファルク(aa4720hero001)に、アリスは小さく手を振った。

「紫陽花……ですか」
 アリスと葵との待ち合わせ場所へ歩く途中、茨稀がポツリと零した。
『どした、茨稀?』
 呟きに気付いてファルクが訊ねると、「いえ、ファルクには似合わないな……と思って」と淡々とさり気なく失礼な答えが返ってくる。
 しかし、ファルクは、
『梅雨の雨が滴るイイオトコの背景には、ピッタリだぜ?』
 としゃあしゃあと言ってのけた。ちなみに、まだ雨は降っていない。降りそうな、曇り空ではあるけれど。
「それ、誰のことを言ってるんですか」
 真面目に返されるが、ファルクは『俺』ときっぱりはっきり即答した。
 時を同じくして、紫陽花園内の待ち合わせ場所で、アリスが小さく手を振っているのが見えた。隣には、葵もいる。
『よ、アリスの嬢ちゃんにアオ。元気そうだな』
 ファルクが手を挙げ返して挨拶すると、アリスも「態々すまん、な」と軽く会釈した。その傍で、茨稀と葵が、
「以前に引き続き、お誘い、有り難う御座います」
『息災のご様子で何よりです』
 と、互いに礼儀正しく頭を下げ合っている。
「気候的にも、そろそろ半裸、でも、過ごし易か、ろう」
 曇天を見上げて言うアリスに乗っかるように、ファルクが『……だからな、気候とか無関係。ポリシーだ!』となぜか拳を握って宣言した。
 しかし、その宣言は、全員に軽くスルーされてしまう。
「私は、茨稀の描く様子を観たく、てな」
 視線を向けられた茨稀は、「俺の……絵」と呟き、面映ゆそうに「有難う、御座います」と瞬時目を伏せた。
「そう、ですね。記憶に留めて置くだけでは勿体無い気もします……」
「まあ、描かずとも、紫陽花を見るだけで、も、それなりの価値は得られるやも、知らんしな」
「では……アリスさん。また、ご一緒願えますか?」
 うむ、と頷くアリスに、『では、アリス様は茨稀さんとご一緒ということで』と締めつつ、葵がファルクに目を転じる。
『ファルクさんは、如何なされますか?』
『ん? 俺、か?』
 水を向けられたファルクは、『俺はコレ、だ』と言いつつ、持参したカメラとパソコンを見せた。
 すると、葵が物珍しげに目を瞠る。
『不思議なモノをお持ちですね』
『いつもは家でやってんだけどな……偶にはこういう場所もイイだろ』
『はあ……』
 吐息を漏らすような返事は、気がないように聞こえたが、葵の目は興味津々といったところだ。
『アオも来る、か?』
 そう声を掛けると、一瞬目を瞬いた葵は、『では、お言葉に甘えて』と言ってフワリと淡く笑った。
『ご一緒させて頂きます』

『なにかずいぶんと頼りないのお』
 歴史に買わせて着てみた浴衣だが、血濡姫は妙に恥ずかしいらしく、居心地悪そうにモゾモゾと小股で歩いている。
 それを呆れたように目を細めて見ながら、歴史は、「いつもの衣装のほうが、胸元とか開けてるでしょ?」ともっともなツッコミを入れる。
「全然大人しいと思うけど」
 すると、血濡姫はその発言を、斜め上に曲げて解釈したようだ。
『こ! この上胸元までとな! 妾を淫婦に仕立てるつもりかや!』
「だーれもそんなコト言ってないでしょう。ホラ、写真撮影するんじゃなかったんですか?」
 さり気なく話題を逸らすと、血濡姫は途端に上げ掛けた拳を下ろした。
『さ、撮影か……そうじゃな……』
「そーそー、はい、そこに立って下さい」
 適当な紫陽花の前を示し、彼女がそこに立ったところで、スマホのシャッターを切る。
 途端、血濡姫は慌てて顔を上げた。
『やっぱり消すのじゃ!』
 歴史の腕に飛びつくも、彼のスマホの画面は、どこぞへ写真を送信したあとの画面になっている。
『あ! 何を送信しておる!』
「さて、何でしょうねぇ」
 しれっと言いつつ、歴史は、追い縋って来る血濡姫を引きずって、歩を進めた。

(紫陽花のお花見てると、どんよりした雨の日でも楽しくなっちゃうの)
 ルーシャンは、にこにこしながら、周囲に目を投げていた。もっとも、今は降りそうで降らない、曇り空であるが、そんなことはルーシャンには関係ない。
(桜子ちゃんと一緒だと、もっともっと楽しい……♪)
 手を繋いで歩く桜子のほうを見ると、彼女の視線は、模擬店の看板に吸い寄せられていた。
 ルーシャンが見ているのに気付いたのか、桜子は慌てて、「わしは、あじさいそふとくりーむなるものがすこしだけきになるのである!」と正直に叫んだ。
「すこしだけ、ほんのすこしだけであるぞ!」
 どうも、何かに言い訳しているらしい。“少しだけ”をやたら強調している。
 ルーシャンは、愛らしく微笑すると、「私も食べてみたいと思ってたの」と言って、桜子の手を引いた。
 二人の少女が、アイスクリーム店に駆け寄っていく。彼女たちの動きのあとを追うように、着物の袖がヒラヒラとはためく様は、まるで蝶々が舞うようだ。
 ルーシャンが、オーダーしたソフトクリームを受け取り、桜子が支払った。
 支払いを終えた彼女に、一つソフトクリームを渡しながら、「あとで払うね」と言うルーシャンと、「よいのじゃ、わしのおごりである!」と返す桜子の間で、しばらく押し問答が続く。
 その間も、溶けては大変、と二人は、問答しながらもせっせとソフトクリームを口に運んだ。
「うむ、なかなかびみであるな!」
「ホント、美味しいー……」
 言いながら、ふと顔を上げたルーシャンは、思わず吹き出した。
「ん? どうかしたのであるか?」
「ふふっ……桜子ちゃんてば、ほっぺにクリーム付いてるよ」
 くすくすと笑いながら、巾着から取り出したハンカチで拭き取ってやる。
「あ……これは、かたじけないである」
「どういたしましてー」
 笑い合う二人の後ろから、「ふたりとも~」とベルベットの声が飛ぶ。
「お昼は予約してあるんだから、あんまり買い食いするんじゃないわよ!」
「は~い、なのである!」
「わ、ベルさんご飯も予約してくれてたの? 嬉しい! ありがとう! すごく楽しみなの!」
 二人の返事を聞きながら、アルセイドがベルベットに視線を向けた。
「食事の手配までお世話してくださったのですか」
「ええ。事前に園内の美味しいって評判の飲食店でね、紫陽花御膳を四人分、予約済みよ。あたしってできる狐だから」
 語尾にハートマークが見えそうな口調で、ウィンクをしたベルベットに、アルセイドが「恐縮です」と言いつつ、律儀にペコリと頭を下げる。
「細やかなお気遣い、敬服致します」

「わあ、エルル。紫陽花の、ソフトクリームだって」
 紫陽花テーマの飲食店を回っている最中、ふと足を止めた薙が、ある模擬店を指さした。
 確かに、ソフトクリームの店で、差してある旗には、“紫陽花ソフトクリーム”の文字と、薄紫色のソフトクリームの写真がデカデカと踊っている。
『ふむ。また、珍妙な……』
「何の味、なんだろ?」
『食べてみれば分かるであろう。買ってみるか?』
「うん!」
 満面の笑顔で頷いた薙に微笑を返すと、エルは彼を伴って、ソフトクリーム屋に足を向けた。
 二つオーダーし、支払いを済ませると、薙は既に口を付けている。
「ん、美味しい♪」
 歩いていると、自然暑くなってくる。そんな中に、ヒンヤリした口当たりは嬉しかろう。
 エルは、自分もソフトクリームを一口、口に含んだ。
『うむ、美味いな』
「紫陽花の味じゃ、ないっぽいけど、ね」
『それは言ってはいけないのでは?』
 もっともなツッコミに、薙は「えへへ」と笑って舌を出した。
『おお、あっちにも面白そうな店があるぞ』
 ソフトクリームを食べつつ、薙と共に歩を進める。
 覗いてみると、こちらは“紫陽花団子”なる、パステルカラーの三色団子だ。しかも、どれ一つとして同じ色合いの組み合わせはなく、どれにしようか目移りしてしまう。
 結局、薙と話し合って、それぞれで違うものを買った。
 右手にソフトクリーム、左手に荷物の状態になったエルは、『しまった、両手が塞がっては写真が撮れぬ……!』と唸っている。
 さっさと食べ終わらねば、と平らげたら平らげたで、隣接する模擬店を次々回ってしまい、気付けば花より団子状態だ。
 流石に、薙もそれに思い至ったらしい。
「……紫陽花、見てない!」
 深刻な顔でエルを見る薙の口元には、たこ焼きを食べた際に付いたと思しき青ノリがひっついている。
『このペースでは回り切れぬ! 次に急ぐぞ!』
 そう言ってダッシュするエルの手には、スマホと、紫陽花を模したらしいパステルカラーの綿飴がしっかりと握られていた。

「紫陽花の花弁の数って、安定しないなあ……」
 ブツブツ呟きながら、紫陽花の花を見つつ、スマホで撮影しつつしていると、『おおおお! バズっておる……』と背後から悲鳴が上がった。
『なんじゃ、この拡散数は!』
 チラリと彼女の端末を覗くと、確かに凄いことになっている。
 恐らく、いつになく恥じらう浴衣姿が、特定層に受けたのだろう。
「ふーん……専門じゃないけど、ちょっと調べてみるか? パラメは地形と被覆率?」
 計算に入ってしまった歴史を余所に、血濡姫の何だか分からない呟きは続いていた。
『ふ……民を信じられぬ妾にこのような形だけの栄誉など……これ歴史! 聞いておるのか??』
 リアクションのない歴史を振り向くと、彼は一人スマホに向き合っている。
 無視された、と思った途端、文句が叫びとなって口から迸った。
『なんで相談に乗ってくれぬのじゃあ!』
「へ?」
 唐突に肩を掴まれ、揺すられた歴史は、「バズって良かったんじゃ??」と血濡姫には見当違いな確認を取っていた。

「こう沢山あると、圧倒だ、な」
 紫陽花でできた小道のような場所を歩きながら、アリスは周囲を見回す。
「……圧倒。確かにこれは勝るもの無し、と言った存在感ですね」
 茨稀も、足を止めて首肯する。
「紫陽花は……がくの部分が花に見えるのでしたっけ」
 薄紫のそれにそっと触れながら、感嘆の息を吐いた。
「脇役が主役になる瞬間……どう映るのでしょうね。その様を描いてみたい。俺の目にはどう映ったのか、を」
「描いてみたい、か。茨稀のその言葉は、貴重な気が、する、な」
 言われて、茨稀は視線をアリスに転じる。
「アリスさんには……どう映っているのでしょうか」
「そうだな……色は匂へど散りぬるを。紫陽花の季節、は短い。全てに通ずる事ではあるが、な」
 クスリ、とどこか自嘲気味に笑って、アリスは花に目を落とした。
「花言葉は、色によっても違うだろうが、“移り気”だった、か?」
 それを受けて、茨稀は目を瞬く。
「移ろう、そう……ですね」
 茨稀も、目を伏せるようにして、花に視線を戻した。
「俺は……何かが足りない。きっと……故に、移ろうのだと思います」
「茨稀は、移ろう、か? 何か、が」
 真摯に見つめるアリスに、茨稀は苦笑を浮かべる。
「アリスさんのように……強くない、んでしょうね」
「強さか。誰にでも何にでも、強さと弱さが、あ、る。表裏一体」
 答えるように、アリスも静かに口を開いた。
「だから色付かずにいられない……一色では終われない……」
「私は移ろわ、ん」
「でも、変わらぬモノもあるのだと思います。この紫陽花の美しさのように」
 アリスさんの考え方のように、と口には出さずに付け加えた茨稀の思考には気づかず、アリスは「確たるモノは無、い」と前言を翻すようなことも言う。
「全ては移ろい、変わりゆくモノ、だ」
 そうですね、と茨稀も否定せずに、淡く微笑した。

『ファルクさんは、何をなさっておられるのですか?』
 アリスと茨稀からやや離れ、道中にあった東屋に座ってパソコンをいじるファルクに、葵は首を傾げる。
『ん? ああ、ネット配信だ。歌がメインだけどな。これでこの周囲を映して……』
 ファルクは、周囲の紫陽花にカメラを向けながら、『それを世界に向けて放つ』と続けた。
『世界へ向けて……壮大なモノなのですね』
『俺の歌と一緒に、な。折角だ、アオも映ってみるか?』
 言われて、葵は苦笑を浮かべた。
『映るのは流石に遠慮しておきますが……』
 肩を竦めるも、ファルクの手元を、やはり興味津々で眺めている。
『不思議な道具? です……映るモノは、永遠に近いかも知れませんね』
 感心したように言って、葵はふと周囲の紫陽花に目を移しながら、半ば独白のように言葉を継いだ。
『記憶も同じでしょうか。果たすべき事が、果たされぬ記憶も……』
『記憶も……永遠か……』
 どこか寂しげに響いた声に、ファルクも作業の手を止めて、立ったままの葵を見上げる。
『けど、それは紫陽花のように塗り替えられていくんじゃねーか? 確固たる記憶の証なんて、何処にもない』
 どこか、悟ったように答えたファルクに、葵も目を落とす。
『塗り替えですか……放っておくと、汚れてしまう様に……?』
 しかし、葵が発した後半の問いに、ファルクは敢えて答えなかった。
『だが、アオは覚えているんだな……変わらぬ何かを』
 葵も、それには答えずに、問いを返す。
『ファルクさんは、覚えていらっしゃいますか? この世界に在る以前の事を』
『俺は……空っぽだ』
 ファルクは肩を竦めて、手元に視線を戻した。ファルクの視線から外れた葵は、どこか痛ましげに目尻を下げる。
『空っぽ……それは一つの救いの形やも知れませんね……』
『だから……取り入れるのかも知れない。永遠と言う名の記憶を……』
 二人の間に沈黙が落ち、ファルクがパソコンを操作する音だけが、静寂の中に響く。
『本当に、不思議な道具ですね……自らだけでなく、世界への永遠でもある様に……』
 感嘆の吐息と共に言った葵に、ファルクは視線だけを向けて、唇の端を吊り上げる。
 パソコンの画面に目を戻したファルクは、口を開いた。
 その声が、明るいが故に、何処か物悲しい歌を紡ぎ出した。

「あ、誰だろ。歌」
『ああ。物悲しいが……美しいな』
 歩き疲れて休憩に立ち寄った、日本茶を振る舞う休憩所で、紫陽花を眺めていた薙とエルは、どこからともなく聞こえてくる歌にしばし耳を傾けた。
『たまにはこういうのも良いな』
「うん。のんびりするのもいい、ね」
 茶請けの菓子を摘みながら、薙はホッと吐息を漏らす。
「エルルが紫陽花好きなんて、知らなかった」
『ふふ、私も知らなかったぞ』
 言われて、エルは小さく笑う。
 ポスターを見て、少し興味を引かれたから来ただけの筈だったのに。
『中々に魅力のある花よ。すっかり好きになってしまった』
 お喋りの合間に、日本茶を啜って、独白のように呟く。
『これだけの種類を一度に見て回るのも、面白いものだな』
「そうだね」
 薙も微笑しながら、エルに倣うように日本茶を口に含んだ。

「みちすがら、よきおみやげもみてまわるのである!」
 ベルベットの予約した紫陽花御膳で腹を満たしたあと、こう高らかに宣言する桜子に先導される形で、一行は園内の土産屋に立ち寄っていた。
「ふふっ、お揃いの髪飾り、嬉しいね」
 購入後、早速二人して付けた髪飾りを見て、ルーシャンはご機嫌だ。もっとも、自身が付けたところは、鏡でもないと見られないが。
「あじさいがらのはんかちもこうにゅうするのである!」
 やはり、二人揃いのものだ。
「おでーとといえば、おもいでづくりもたいせつであるぞ!」
「そうだね。お写真も撮って、思い出いっぱい……♪」
 土産屋で支払いを済ませた二人は、紫陽花と写真を撮ろうと、外で待つアルセイドとベルベットの元へ向かう。
「こんなこともあろうかとおもって! じどりぼうをもってきたのである!」
 桜子が、撮影準備を進める間に、ルーシャンは、アルセイド達に駆け寄った。
「はい、これ。アリスとベルさんにも」
「まあ」
 目を瞠ったベルベットが受け取ったのは、紫陽花のチャームが付いた根付けだ。
「あたしにも?」
「うん。ベルさん、ご飯予約してくれたし」
「もお、そんなの当然のコトしただけなのに。でも、折角だからいただくわ。ありがと」
 にこやかにルーシャンとベルベットがやり取りする横で、同じ根付けを受け取ったアルセイドはと言えば、感激のあまり震えている。
「なんと、俺にも土産の品を下さるのですか、我が女王……!」
「うん。プレゼント」
「恐悦至極! このアルセイド、大切に身に着けさせていただきます!」
 ガバッと両手を上げたアルセイドに、ベルベットが素早く「は~い、ストップ~」と待ったを掛けた。
「感動したのは充分分かったから、平伏するのはやめときましょ~? 人目もあるし」
 そのタイミングで、桜子が、「ささ! よういできたぞ、るーしゃんよ!」と自撮り棒を装着したスマホを片手に、手招いた。
「あじさいをせにいっしょにうつるのであるぞ!」
「あらっ、待ってよ~。折角自撮り棒付けたなら、皆で写りましょうよ~。ほらっ、アルセイドちゃんもっ」
 平伏を防ぐべく掴んだアルセイドの手をそのまま引きずって、ベルベットはルーシャンと共に桜子の元へ急ぐ。
 このあと、一行は閉園まで、紫陽花を堪能したのだった。

 同時刻、同じ土産屋で、わらわらと桜子とルーシャンが出て行くのを横目で見送りつつ、薙とエルも土産を物色していた。
「みんなにも、何か買って帰ろう」
『金平糖はないかの?』
「紫陽花っぽいのありそうだよね。探してみよう」
 友人への土産に、紫陽花を模した菓子を探し、店内を歩く。
「あ、あった。紫陽花金平糖」
 やはり、紫陽花を模しているのだろう。パステルカラーの金平糖が、ビニルに包まれ、丸く形を整えられて陳列してある。
『こっちにもあるぞ。紫陽花餅?』
 餅は、パステルカラーで着色され、包装紙に葉っぱが描かれたデザインだ。
 そして、土産屋、というからには、商品は食べ物ばかりではない。
 エルは、紫陽花をテーマにしたアクセサリーのブースで足を止めた。
 それに気付いたのか、薙も傍に寄ってくる。
「可愛い、ね」
『うむ。全て欲しくなって、困るの』
 エルの言う通り、種類は豊富だ。
 どれもテーマは紫陽花のようだが、同じネックレスやイヤリングでも、色や、花の数などが違う。
 ペンダントやブレスレットは、デザインも様々だ。
 他には指輪や、最近付けている人を時折見かけるようになったチョーカー、アンクレットやバレッタも置いてある。
 確かに目移りしてしまう。
 散々迷って結局決められず、エルはアクセサリーを手に取ることなくその場を離れた。

「ありがとうございましたー」
 支払いを終え、店員の定番の台詞に送られ、薙とエルも店をあとにする。
『さて、回るところもあと僅かか。少し、名残惜しい気もするの』
「うん」
 エルと並んで歩いていた薙は、「ちょっと待って」と足を止めた。
 通行の邪魔にならない場所にエルを導き、先刻、土産屋でこっそり購入しておいたものを、彼女に差し出す。
『これは?』
「プレゼント」
『ほう』
 エルは、若干目を丸くして受け取ると、『開けてみてもいいかの?』と訊ねる。薙が、嬉しそうに頷くのを確認し、エルは包みをそっと開ける。
 手に落としたそれは、イヤリングだった。
 白い紫陽花を丸ごと摘んで、耳を飾るサイズに小さくしたようなデザインだ。
『貰ってしまっていいのか?』
「うん。今日の、お礼」
 薙は、はにかむように微笑んで、また一つ首肯した。
「誘ってくれて、ありがと」
 礼を言われて、目を瞬いたエルも、薙に釣られるように微笑する。
『……楽しかったか?』
「うん! とっても。来年も、また来よう、よ」
『そうだな』
 微笑を深くして、連れてきて本当に良かった、と思う。
『つけてみてもいいかの?』
「うん! 貸して。僕、つけてあげる」
 薙が、白い小さな紫陽花を手に取る。
 エルは、耳を露出させるように、髪を掛けて差し出した。
「はい、できた」
『ありがとう。似合うかの?』
「当たり前、でしょ。僕が、選んだんだから」
 どこか、ドヤ顔にも見える、満面の笑みがエルを見つめる。
 エルは、それにまた微笑を返して、『では、続きを回ろうかの』と促した。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 希望の守り人
    ルーシャンaa0784
    人間|7才|女性|生命
  • 絶望を越えた絆
    アルセイドaa0784hero001
    英雄|25才|男性|ブレ
  • もふもふは正義
    泉興京 桜子aa0936
    人間|7才|女性|攻撃
  • 美の匠
    ベルベット・ボア・ジィaa0936hero001
    英雄|26才|?|ブレ
  • 共に歩みだす
    魂置 薙aa1688
    機械|18才|男性|生命
  • 温もりはそばに
    エル・ル・アヴィシニアaa1688hero001
    英雄|25才|女性|ドレ
  • クールビューティ
    アリスaa4688
    人間|18才|女性|攻撃
  • 運命の輪が重なって
    aa4688hero001
    英雄|19才|男性|ドレ
  • ひとひらの想い
    茨稀aa4720
    機械|17才|男性|回避
  • 一つの漂着点を見た者
    ファルクaa4720hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • エージェント
    蝶埜 歴史aa5258
    機械|27才|男性|攻撃
  • エージェント
    血濡姫aa5258hero001
    英雄|13才|女性|カオ
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