本部

【悪人】罪科を数え、罪科に処す

形態
シリーズ(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/06/06 20:29

掲示板

オープニング

●悪人たち
 ──アストレアとの初対面時、レイモンドの館。
 館の主であるレイモンド・ガブリエルは広間へと戻ってアストレアの決定を伝えた。
「我々アストレアがこれから追うターゲットの名はキファ。
 武器の為に人を殺すこのヴィランを我々は長く『コレクター』と呼んでいる。彼を……捕らえることで救われる被害者は多い。
 我々は集めた情報を元に君たちへ依頼を行う。受けるかどうかは君たち次第だ。
 ──もっとも、ミュシャ、君はすでにキファに目を付けられている。必ず参加するだろう?」
「勿論です」
 ミュシャ・ラインハルトは頷いた。
「……」
 無言でその様子を眺める榊原・沙耶(aa1188)。後日、依頼の参加者たちへ彼女から連絡があった。
「ストックホルム症候群、っていうものあるからねぇ」
 彼女が示した情報は彼女がH.O.P.E.を通してレイモンドを調べたものだった。
「行動理念こそ理解は出来るが、被害者の復讐心に付け込み狩らせるやり口は常識を逸しているわ。ミイラ取りがミイラ、になりかねない」
 そこにはレイモンド氏が『元』政治家になるまでの経歴、徐々に過激化していく思想が見てとれた。
「ヴィランの私刑──こんな法案、通るわけない」



●調査
 その日、アストレアからの依頼がH.O.P.E.に入った。
 都合のついたエージェントたちはミュシャから状況の説明を改めて受けてレイモンドの館へ集まった。
 今回は情報提供者たちは居らず、レイモンド自身も仕事のために参加できないという。政治家として引退した彼は今は稼業を継いでいくつかの会社を経営している。
「どうぞご自由におくつろぎください」。
 客人たちに頭を下げて召使いが退出した。
 広間のテーブルには人数分の軽食とお茶と今回アストレアが調べた情報を綴ったファイルが置かれていた。
「通称『パオ』……アスカラポスの隠れ家の一つが見つかったんですね」
 ファイルをめくったミュシャがため息をついた。
「大分使われていないようですね。もしかすると、今回はこの隠れ家の探索をして終わるかもしれません。
 あたしは以前にもキファの隠れ家を調べたことがあります。そこでは大量の監視カメラが仕掛けられていました。今回もその可能性は多いにあります。用心するに越したことはないですね」
 そう言ってから、ミュシャは少し迷う。
「……これは役に立つかはわかりませんが──キファは私が最初に接触し正体がばれてからも、数度、エージェントと接触しています。その中には私より遙かに強い方たちも居ました。けれども、その都度、キファは逃げました」
 もう一度、迷い、それから彼女は話した。
「……少し前に催眠によって邪英化のような状態を作り出すヌルという愚神が居ました。
 あたしは──キファたちがその愚神と言葉を交わす場面を目撃しました」

 キファたちを追っていたミュシャとエルナーは山中で少年と話す三人のヴィランたちの見つけた。
「邪英化できるって聞いたけど強くなるわけじゃないんだ? 最近、H.O.P.E.に追われて辟易していたのに」
「……リライヴァーとライヴスリンカーが互いに躊躇いなく殺し合えるケースは想定していませんでしたので」
 四人の会話で少年が愚神ヌルであると気付いたミュシャが顔を強張らせる。ヌルはミュシャも因縁のある敵だ。
 突然、キファが笑いだした。
「は? 愚神と誓約? 馬鹿みたいなことを言うんだなあ」
 愚神の誘いに他の二人も笑い声を上げた。
「おかしいよね。愚神になんてなったら『人である優位性が失われる』よ? あっけなくH.O.P.E.とかに殺されるかもしれないじゃない。僕は『人のままで人を殺したいんだ』」
「そもそもキファみたいにH.O.P.E.に手を出さなきゃ、余計な力なんて要らないんだ。馬鹿らしい」
 彼の隣に佇む少女が吐き捨てる。
「帰ろう、キファ。こんなところに居たって面白くない。愚神と戦ったってつまらない。『非力な人間じゃない』からね」
 彼女はミュシャがずと探していた仇──リリスだ。飛び出そうとする彼女を英雄のエルナーが抑えた。

 ミュシャは冷静を装いながら続ける。
「彼らにとって殺人は趣味であり、特にキファ、サルガス、リリスの三人は『生き残ること』を優先するようです。生き残る為なら獲物とした一般人を殺さずに逃げることもやぶさかでは無い。
 ですが、あたしたちエージェントにとっては『被害者の救助』が第一であり、ヴィランは、殺害……より、捕縛が推奨されています」
 彼女は言った。
「ならば、『救助』が必要ない状況を作ることはできないでしょうか──こちらで全て用意した罠を仕掛ければあるいは」
 軽い音と共にデーメーテールの剣が引き抜かれた。
「レイモンドさんがくれたこの剣をキファは非常に気に入っています。また、キファの義手を落としたあたしの手首も欲しがっています。状況を作れば、あたしは囮になれます」



●アストレア資料:隠れ家「パオ」について
 平屋(内部は廊下のない続き部屋)
 二畳ほどの玄関ホール→六畳ほどのダイニングキッチン→十畳ほどの寝室(各部屋の間にドア、計二つ)
 玄関に半ば隠された監視カメラ一台を発見コードが屋内へと繋がっていることから建物の電源使用の可能性
 一ヵ月は使われていない様子だが、それ以前にはたまに出入りがあったらしい
 出入口は玄関のみ、窓は窓ガラスは見えるものの内部から目張りされて、外部から木の板を打ち付けてある
 合鍵を作成したが、調査は深夜が望ましい



●快楽殺人犯たち
 街外れの一軒家。アスカラポスの隠れ家『パオ』ににナンバープレートの曲がった古びたバンが停まる。
 車のドアが乱暴に開くと、目と口をガムテープで塞がれ手足を布で縛り上げられた青年が車内から放り出された。
「騒がない」
 唸る男の髪を掴んで黒づくめの女、アイニが囁いた。
「車どうする?」
「玄関前に停めとけ」
 同じく黒づくめの男、アイムとエイムがドアを開けた。
 ガチャリ、鍵を開けると三人は男を室内へと運び込んだ。
「楽しい、あそびの時間だぜ……」
 邪悪な笑い声が上がった。
 寝室は段ボールの山だった。入り口の前に天井まで積み上げられているそれを左右に避けて、彼らは部屋の中心に置かれたベッドへ向かった。
 目口を塞がれた青年、ジェイミーはドサリ、と寝台へ押し倒された。その瞬間、口に貼ったテープが外れる。
「たっ、助けてくれっ!」
「黙れ!」
 思わず叫んだジェイミーをエイムが殴り飛ばす。
「黙ったら、つまらない、だろ」
 アイムのナイフが動いて血飛沫が散った。
 ジェイミーの悲鳴、三人のヴィランたちは爆笑する。
「一晩じっくりかけて殺してやろうね」
 アイニが囁いた。

解説

●目的:調査及び、ヴィラン三組の捕縛

●特殊1:キファを捉える作戦の提案が可(次回用、一件のみ)※無くてもOK
全員で一つ、一名でいいのでプレイングに記載
二件以上、又は問題がある場合はマスタリング

・罠に使用できそうなもの
隠れ家『パオ』
ミュシャと彼女のデーメーテールの剣
レイモンド自身の存在(協力しますが色んな意味でのリスクがあります)
キファと顔見知りのPC自身(次回参加PCのみ)
今回の隠れ家から発掘されたキファのメールアドレス(次回までなら通信可能)
監視カメラ


●特殊2:既に出ているアスカラポスメンバーとの因縁設定が可能(前回と同じ)
ただし、彼らはPCの事を殆ど覚えていません
場合によりマスタリングが入る可能性有り(特に巨大過ぎる事件、世界観・NPC設定に関わる事件等MS個人の裁量で裁けないもの)


●ステージ:隠れ家「パオ」(深夜)
OP参照
PLたちが到着するのはアイムたちが家に入った数分後


●敵NPC
アスカラポスのメンバー
二十歳前後のシャドウルーカー、共にデクリオ級愚神相当の強さ
AGWのナイフを所持
・アイム 背の高い男、ナイフとは別にAGWの銃も所持
・エイム いかつい男
・アイニ 細めの女


●登場NPC
・ジェイミー:被害者の青年。二十代学生(非リンカー)。パニック状態で建物に入ると彼の悲鳴と懇願が聞こえる
・ミュシャ:戦闘に補助的参加、シナリオの流れによって少しずつ憎しみを募らせていく。彼女にヴィランを殺させないこともゲームの目的の一つ。ゼルマは基本、静観。共鳴はする

●PL情報
・監視カメラ(電源は建物のものを使用)
(玄関外、玄関内側、ダイニングキッチン、寝室)×各1個
映像は半日ごとにインターネットを使って外部へ送信
カメラの仕組みについてはアイム達は知っています
外から呼び出した場合、アイニが対応。しかし、来客を他の二人も知り警戒
監視カメラの一日以上の不調はキファが警戒

リプレイ


●キャラバン
 エージェントたちは大型のバンに揺られて現場へ向かっていた。
「ヴィランを捕らえるのに否やは無いが、俺でよかったのか?」
 マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)の問いかけに、アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は頷く。少女は彼がもう一人の英雄の事を案じているのだとすぐにわかった。
「キファが興味を持つか解らないけど、マルコさんの大剣が一番囮に使えそうだし、それに文菜さんはまだ頭に血が登ってるから。今回のターゲットはリリスじゃないけど、他のヴィランにも必要以上に銃弾を叩き込みかねないよ」
 前回、デヴィットの話に憤慨した彼女の様子からして同行は危ないとアンジェリカは判断したのだ。
「なら、いいが。精々活躍して彼女に感謝感激してもらおうか」
「──それは難しいんじゃないかな」
 車中ライトで手元を照らしながら、もう一度、アストレアから渡された資料を繰る榊原・沙耶(aa1188)。
 そこには今向かっている建物の情報が綴られている。
 世の中には金さえ出せば敢えて身元も確かめずに不動産を用立てる者もいる。時に弱い誰かに必要とされ、多くは犯罪の温床として。
 今回の建物もそういった素性のものだった。
「……イヤな感じよね」
 小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)が顔をしかめた。
「そお? お金次第で動く裏の住人より、準備万端のシリアルキラーの方が世間的にはよっぽどよねぇ?」
「そりゃそうだけど……」
 沙耶の顔は言葉とは裏腹に冷ややかだ。
 ──あぁ、これは絶対自分ではそう思ってないやつ……。
 沙羅は内心呻いた。彼女は相棒の気質はある程度知っている。
 人を殺す事で欲求を満たす殺人鬼たちの存在なんて、きっと沙耶にはどうでもいいのだ。
 むしろ、それ自体に興味も無ければ憤りも感じていない。
「あら、その目はなに? ふふ」
 沙羅を揶揄いながら、沙耶はふと思う。
 己の欲求を満たすために、H.O.P.E.のエージェントというある種絶対的な立場を最大限に利用する自分、そして、同じくエージェントに紛れ込み、立場を利用して渇きを潤して来たキファ。
 ──本質的に変わりは無いのかもしれないわ。
「だからって、どうということもないのだけれど」
 沙耶は別に彼らに仲間意識を持つつもりもなければ、手心を加えるつもりもない。
「監視カメラ……いえ、防犯カメラの接続先も知りたいわね。H.O.P.E.で調べられないかしら」
 情報は多い方がいい。追えればこのヴィランたちを追い詰める更なる手が得らえるかもしれない。
「待て」
 助手席のリタ(aa2526hero001)が短く警告を発した。
 ドライバーは頷くとライトを消して静かに停車する。
「どうしたの……車?」
 鬼灯 佐千子(aa2526)が眉を顰めた。
 深夜のねっとりとした闇の中に目的地の一軒家が浮かぶ。その前に報告にはない古い車がうっすらと浮かび上がっていた。
 運転手は周囲に他に人影が無いことを確認すると無灯火のままそろそろと車を再スタートさせた。
「下調べだけで終わると思っていたけど……まさかばったり出くわすとはね」
 九字原 昂(aa0919)の呟きは全員の思いを現したものだった。
「そもそも、奴らの隠れ家だからな。それに、これくらいのトラブルは調査につきものだ」
 ベルフ(aa0919hero001)の言葉に昂はふと思う。
「でも逆に考えれば、他の面子もここで捕らえるチャンスでもあるのかな」
 今回の依頼は隠れ家の探索でキファ、ひいてはアスカラポスについての調査だったが……。
「面白そうよねェ」
 そう言ったのは蒲牢(aa0290hero001)だ。
「……」
 鯨間 睦(aa0290)は発言した英雄をちらりと見ると、すぐに無言で濃いスモークフィルムが張られた窓の向こうに視線を移した。
「そうね。ここで罠を仕掛けるつもりなら建物にはあまり傷つけないようにしなきゃね」
「ええ、僕も気になっていました。──それから、これを」
 昂は事前に手配しておいた簡易通信機を、ライヴス通信機を所持していない者に渡す。
「では、行きましょう」



●隠れ家「パオ」
 共鳴したエージェントたちは車を降りると静かに建物へ近づいた。
「玄関に一。恐らくマイクはなしだな。外には他に無さそうだぜ」
 周辺を調べた火蛾魅 塵(aa5095)が監視カメラを指摘した。
 カメラに映らないように意識しながら、ヴィランたちの車に近づくアンジェリカ。
 装飾の施された美しい銀の刃を持つグランドールを使って、タイヤに傷をつけてパンクさせる。
「……タイヤをバーストさせるために呼ばれたわけじゃないんだろうが」
「退路を断つのは重要なんだよ」
 異論はないがとマルコ。彼とアンジェリカが話している間に、塵は計画通り壁に這う電線を見つけて切った。
 そして、転がる木箱を踏みつぶして派手な物音を立てた。
 メーターが止まる。
 電線の切断によって締め切った屋内が一気に慌ただしくなったのがなんとなくわかった。
 少し間をあけて無造作にドアが開く。
「……なんであたしなんだよ……」
 ぶつくさ言いながら出て来たのはアイニだ。
 後ろ手でドアを閉め──瞬間、伏せていた塵と睦、ミュシャがアイニへ向かって襲い掛かった。抵抗する間もなく彼女は態勢を崩して悲鳴をあげた。
「誰か!」
 必死で塵にナイフを突き立て声を上げるアイニ。傷口はそのままに塵はアイニの頭を鷲掴みにした。
 アイニを映す、禍々しき竜人の眼が光を強めた。
 室内から慌てたような物音がしたが、塵に何事かを囁かれたアイニは再び開いたドアの向こうへ叫び返した。
「転んだだけよ!」
 アイニへ毒づく屋内のヴィランたち。
 音を立てて沙耶の手によってドアが閉められた。
 ──汗をびっしょりとかいたアイニは恐怖で口をパクパクとさせた。
 塵が彼女に使ったのは《支配者の言葉》だ。
 それは相手に一つの行動を強制することができるソフィスビショップの強力な魔法。しかし、アイニはその高度な術を知らず、恐怖と混乱で怯えきって戦意を失っていた。
 アスカラポスは非常に悪辣でたちの悪いヴィランズではあるが、そのターゲットが非リンカーであるために練度の高い者ばかりではない。リンカーは……非リンカー相手ならば傷一つ負わずに相手を殺すことが容易くできるからだ。
 しかし、容易く組み伏せる事の出来るヴィランは、それ故にH.O.P.E.のエージェントたちも全力を出すことが難しい。状況によって不殺は足を引っ張ることもある。
「さァて、ちぃと俺ちゃんの質問に答えて貰おうかァ?」
 無造作に頭を掴み脅しつけながら、塵は彼女を責め立てる。
「お前がイヤなら良いんだぜ? 返事は?」
 闇をたたえたぎらつく瞳に睨みつけられて彼女は震え上がった。
 アイニたちは仲間(アスカラポス)への忠誠心が高いわけではない。
 アスカラポスは元々非道な自分たちの癖をより安全に行いたいという、シリアルキラーの自衛から出来たヴィランズなのだ。
 監視カメラの位置や中の様子をアイニに吐かせると、塵は赫蛇杖セイムエルを閃かせて無造作に彼女へ追撃した。
 気を失って倒れるアイニ。
「行くぜ」
 なぜか共鳴を解く塵とぽつんと立ち尽くす人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)。塵は彼がトオイと呼ぶ英雄を置いて、非共鳴のままドアに近づく。トオイは一人、アイニと古びたバンをじっと見つめた。
 ドアの前に立つアンジェリカが顔色を変えた。鍵のはずれたままのドアを細く開けて、灯の消えた中の様子を伺おうとしたのだが、すぐにそれに気付く。彼女は慌てて小声で仲間に呼びかけた。
「誰かいるみたい」
 細く開いたドアの向こうから苦痛に歪む悲痛な声が微かに聞こえていた。
『やだ、いい声がしてるじゃない。でももうちょっと憐れがましい方があたしの好みなんだけど』
「……」
 蒲牢の楽しそうな声。
「──このまま突入すれば、中の奴等が逃げ出すかもしれない。そうすれば、周囲に危害を加える恐れもあります。退路を完全に断って奴等を『確実に』確保しなくては」
 佐千子の目はヴィランから鯱と恐れられるそれだ。彼女の瞳には無辜の人々を守る為ならヴィランを殺す覚悟すらある。
 一言、二言。計画を変更すると佐千子は闇に消えた。
「行きます」
「急いで救出体制に入るよ」
 昂とアンジェリカはドアからすぐに屋内へ侵入し、睦、沙耶も続く。
 そして。
「……ククク……いいねぇ連中は中でお楽しみってかい。楽しいよなぁ~、弱ェ奴を甚振んのはヨォ~?」
 ちらりとミュシャを見る塵。それに気付いたミュシャの瞳が剣呑としたものになる。
「お前は……」
 だが、ミュシャの前を小さな影が走り抜け、彼女は口を閉じた。
「……さーて、テメーを殺そうとしてた奴も居るかねぇ?」
 塵は戻って来たトオイの頭を撫でた。
「……ますた」
 トオイが小さく首を傾げたのを確認すると塵は英雄と共鳴した。
「……さぁ~て行くカァ」



●暗がりでの戦い
 暗視装置ノクトビジョン・ヴィゲンを着けた昂、特殊ゴーグル暗視鏡「梟」を装着した睦が先行する。
 その後を沙耶から《ライトアイ》をかけてもらい視界を確保したアンジェリカ、塵、ミュシャが続く。
 乱雑に散らかった部屋を通過していく。
 奥に進めば進むほど大きくなる悲鳴。それはどうやら若い男性のもののようだ。
 アンジェリカの内心に焦りが生まれる。
「回復は勿論ヴィランにも有効よ。虫の息までなら許容するわ」
 本気か冗談のつもりか、沙耶が軽く肩をすくめた。
「……次だ……」
 銃を構えた睦が《射手の矜持》を己にかけた。
 佐千子と通信を繋いでいた昂が静かな瞳で頷く。
 睦が寝室へのドアノブに手をかけた。
 そっと開いたドアの隙間から室内を覗く。だが、乱雑に積んだ段ボールの山のせいでターゲットは見えない。
 ただ、暗い闇の中で小さなライトの光がチラチラと動いているようだった。
「ミュシャさん、落ち着いてください」
 小声で昂が注意すると、剣の柄を固く握りしめていたミュシャは無言で後ろに下がった。
「アイニの奴、何してるんだ」
「しばらく使ってなかったみたいだからな……断線だったらあいつに直せねえだろ」
 ヴィランたちの声だ。
「暇だなあ、ほら、続きやろうぜ」
 ──3,2,1……。
 舌打ちが聞こえた。
「うまくいかねえなあ!?」
 ベッドの上から一際、大きな叫びが上がった。
 ──ゼロ!
 屋内に激しい破壊音が響いた。
 佐千子がライヴスガンセイバーで窓を狙撃したのだ。木板が吹き飛び、窓硝子が割れる。
 同時に睦が素早くドアを開け、エージェントたちは屋内へ滑り込んだ。
「誰だ!?」
「クソ、何だ??」
 狼狽えたヴィランたちはバラバラに飛び退って窓から距離を取る。
 破壊された窓から差し込んだ弱い月光と街頭の光が暗い屋内の闇を少し薄めた……そう思った次の瞬間。
「大人しくなさい!」
 佐千子が放った《フラッシュバン》が強烈な閃光で部屋を満たす。
 先刻までの苦痛と慈悲を乞う声ではない、目を焼かれたヴィランたちの混乱の悲鳴と怒号。
 段ボールの山が雪崩を起こした。
「……三時方向、三メートル」
 積み上がった段ボールを蹴倒した睦の仕掛ける《ファストショット》。ブレイジングソウルの青い銃身が吐き出した弾丸は狙い過たずアイムを撃ち抜いた。
「ひぃっ!?」
 乱雑な闇の中を泳ぐ魚のように素早く縫って走る昂。
「静かにお願いしますね」
 そのまま、彼は蹲ったアイムへ《霊奪》を仕掛ける。
 ──この人たちも、痛みを知るべきだよね!
 飛び込んだアンジェリカが空箱を踏みつぶし、怒りを乗せた《電光石火》を繰り出した。その一撃は深くエイムを抉った。
 血痰を吐き捨てたエイムが床を蹴ってアンジェリカの脇腹をナイフで浅く裂く。
 ナイフを軽く振って血を払ったエイムだったが、気配を感じて動きを止める。
 振り返った彼の目に、吹き出した青黒い炎の気を纏った塵が映った。
 避ける間は無かった。
「死王招撫!」
 呪力を込めた闇のライヴス、《リーサルダーク》に呑み込まれ、エイムはがくりと膝を折った。
 破壊された窓から滑り込み、受け身を取って着地する佐千子の構えたPride of foolsの銃口がアイムに向けられる。
「──ああっ、たすけて……くれ……っ」
 実力差は明らかだった。
 窓から差し込む僅かな光が佐千子の冴え冴えとした横顔を照らし出した。
「──制圧、終了よ」
 佐千子の言葉を待たず、沙耶はまっすぐにベッドに縛り付けられていた青年の下へ向かっていた。
「H.O.P.E.よ、無事かしら?」
 きつい戒めを解きながら青年へ囁く沙耶。
「! ……あり、が……とう……、……あ……」
 青年の涙と血と涎にぐちゃぐちゃに濡れた顔が新たな涙で濡れた。呻くように繰り返される途切れ途切れの感謝の言葉。


 外のアイニを含めた三人を野戦用ザイルできつく縛り上げるアンジェリカ。
 彼らが完全に戦意喪失したことを確認すると、彼女は救命救急バッグを掴んで捕まっていた青年ジェイミーの下へ駆け寄った。
「何か必要なものはない?」
「ありがとう」
 バトルメディックの能力で治療を施す沙耶は、バッグを受け取って礼を言う。
「傷は塞がったけど錯乱していたから眠って貰ったわ。……病院で警察に引き継ぐまで付き添うつもりよ」
 《セーフティガス》で意識を失った青年の身体の傷は沙耶によって綺麗に拭われていた。それでも、未だ歪んだままの表情が、彼が抱えてしまった恐怖を物語っている。
「うん……お願いするよ」
 辛そうな表情を浮かべるアンジェリカ。
 昂や睦たちが割れたガラス片を集めて、窓を段ボールで覆う。
「……あとでこの辺の廃材で外から塞いでカムフラージュしとくか」
 煙草を唇に当ててベルフが唸る。
「お嬢さん、キファという男について何か情報はないか?」
 いつの間にかアイニに近付いたマルコが尋ねる。アイニは濡れた瞳でマルコを見上げたが、こびりついた血の匂いのせいで誰の同情を引くこともできなかった。
「マルコさん、尋問はいいけど口説かないでよ。……エロ坊主」
「これは愛を広め試す神の思し召しだぜ」
 痛烈な一言を軽く肩を竦めて流すマルコに、ため息をつくアンジェリカ。そして、シーフツールセットで不器用に鍵のかかった引き出しを弄り始めた。
 気付いたマルコもすぐにアンジェリカを手伝う。
「ありがと。……さっき建物とかあちこち、スマートフォンで録画してきたんだよ。後で何か罠に使えそうな仕掛けを思いつくか……も……」
「《鍵師》を使いましょうか」
 簡素な鍵のようだとは言え、流石にライトアイの視界では難しいのだろうかと、黙り込んだアンジェリカたちへ近づいた昂。だが彼もまた言葉を詰まらせた。
「……おい……なんなんだ」
 後を追ったベルフが開いた引き出しから一枚の紙を掴み、仲間へ見せた。



●ヒトツメ
 白い用紙に印刷された図柄──黒丸に一つ目。
 それは、ヴィランズの中でも最も凶悪な集団の証、暴力の為の暴力を振るうヴィランズ「禍津日(マガツヒ)」の印だ。
「どういうことだ?」
 リタがヴィランたちに詰め寄る。
「ひっ、ち、ちが……」
「これは、あなたたちみたいな小さな組織が持っているものじゃないんじゃないかしら? それとも、あなたたちも多くのマガツヒの下部組織の一つなの?」
 蒲牢の笑顔の下に自分たちと同じ嗜好を感じて、エイムたちは顔を背けようとした。
「ひぃいいっ!」
「あら、それ好みだわァ、哀れがましくて。もっと歌って欲しいくらい」
 きゅっと上がった蒲牢の口角。
 蒲牢があらわしたその感情を彼らはよく知っていたが、それが自分たちに向けられることには慣れていなかった。
「やめろ、そ、それを見るな……見るなあっ」
「それは無理ね」
 佐千子は冷ややかに恐慌状態のアイム達へ、手に入れたタブレットを突きつけた。
 それはずっと惨状を録画していたもので、先刻の戦闘で放り出されて部屋の隅に転がっていたのだ。
「……これも……だ」
「あら、こっちもなの?」
 アイニのスマートフォンを調べていた睦も、それを蒲牢に押し付けた。
「ふぅん、『マガツヒは怖い、嫌』?」
 蒲牢にちらりと見られて、持ち主のアイニは怯えたように顔を伏せた。
「こちらはキファからのメールのようよ。礼のマガツヒの印の画像ファイルが添付されてる」
 佐千子がタブレットの上に指を滑らせた。
 覗き込んだ沙耶がタブレットのメールの文面を読み上げた。
「あらあら、『例の印送るよ。僕は知らないからね』……どういう事かしら?」
「わかんねぇよ! 俺らみたいな文系はひっそり楽しみたかったんだ」
「キファが悪いんだよ! あいつがH.O.P.E.とコトなんて構えるから! だから、目をつけられたんだ」
「俺達だってストレス溜まってたんだよぉっ、わかるだろ!?」
 涙声で訴えるヴィランたちに塵はニヤリと笑いかけた。
「ああ、分かるぜ俺ちゃん、テメーらと同類だかんナァ。楽しいよナァ? 嬲るのはヨォ?」
 塵の瞳の光が一層強く見えた。
 蒲牢が「まあ、怖いわあァ」と嘯く。
 塵がぐいっとヴィランたちへ顔を近づけた。
「けど俺ちゃんオメーらとちょっと違ぇのはサ。──イキってる連中を嬲る方が、もーちょい楽しいんだよナ」
 ヴィランたちは小さく悲鳴を上げて逃げようとしたが、それは叶わなかった。
 だが、唐突に塵の纏う空気はふっと緩んだ。
「でもやっちゃいけねーんだって」
 H.O.P.E.は人道的・合法的組織である。無暗な暴力や虐待、すなわち拷問という残虐行為は処罰対象として禁じられているのだ。
 安堵するヴィランたちに塵は笑いかけた。
「……だから、ツマンネーから『睨めっこ』しよーぜ」
 そう言って塵の指がエイムの両耳を酷く強く摘まみ上げる。どうしようもない痛みに鋭い悲鳴を上げるエイム。
 塵の緑の瞳が光を増したように見えた。
 悲鳴がさらに大きく高く。
「やめろ!」
 打ち込まれた拳を掌で受け止める塵。足元に涙を流したエイムがえずきながら床をのたうつ。
「どういうつもりだ? コイツらはアンタの嫌いなヴィランだぜェ?」
 拳の主、ミュシャへ皮肉気な笑みと冷たい眼差しを向ける塵。
「……だが……っ」
「あらぁ? 悠長にそんなことやっているなら私は彼を病院に連れて行きたいわねぇ」
 眠ったままのジェイミーの傍らで沙耶が声を上げた。
「ええ、そのヴィランたちもH.O.P.E.に届けた後にしかるべき手順で警察に引き渡さねばならないのよ」
 佐千子が苦言を呈す。
 ミュシャは逡巡した後、視線は外したまま「すまない」と塵へ謝罪した。
「さーて? 謝る必要なんてあったのかねェ?」
「……ヴィランなんて殺してもいいと思っていたはずなんだ」
 答えず、ミュシャは呟き頭を垂れた。
 それをつまらなそうに一瞥すると、塵は再び怯えるヴィランたちへ視線を戻した。
「アスカラポス、マガツヒ、……そして、アストレアだとよ、トオイ」
『……』
 トオイは答えない。
「そろそろ、私たちも出よう。あまり長い停電は怪しまれるんじゃないの?」
 そう言って怪我人のジェイミーを抱えようとした佐千子を、マルコが押し止める。
「彼は俺が運ぼう。佐千子はサポートを頼むぜ」
「共鳴したから平気よ? ──まあそう言うのなら任せるわね」
「アナタたちは歩いて欲しいわぁ。さぁ、行きましょう」
 ヴィランたちを立たせた沙耶にもう一度促されて、エージェントたちは自分たちのバンへと向かう。
 無事に自分たちの車へ戻ると、応急修理セットを抱えてアンジェリカは建物を振り返った。
「ボクは外の電線を直してくるよ」
「待て、道具があってもアンジェリカ一人じゃ無理だろうよ。俺も行くぜ」
「……そうだね。あと、囮。ボクもなってみようと思うんだよ」
「……」
 黙ったままの睦をちらりと見て蒲牢がアンジェリカに声をかけた。
「慎重にって相方が言ってるわァ」
「うん、気をつけるよ」
 ふたりが去ると、沙耶は車内灯の下でジェイミーの傷を確認した。
「そこまで深くはないけど治療が必要ねぇ。主にメンタルの」
「そうですね。……考えたのですが、異常を感知される前に、ミュシャさんをダシにしてキファへ誘いのメールを送ってもいいでしょうか」
 昂の視線は蒲牢が持つアイニのスマートフォンに向けられている。
「……勿論です」
「そう、じゃあ文面は考えてみるよ」
 佐千子がミュシャとヴィランたちを交互に見てしばらく考えた後、受け取ったアイニのスマートフォンに文面を打ち込む。
「そのままじゃわかってしまいそうよ。──そうねェ、こんな感じかしらァ?」
 蒲牢がアイニの口調を真似た文面を突きつけると、女ヴィランは視線を反らした。その両肩が細かく震えている。
「……わかったから。早く、警察に連れて行って。もううんざり……」
「自分たちがやって来たことを棚に上げて、大層な口を利くんですね」
 怯えるヴィランたちを厳しい口調で斬り捨てる昂。



●コレクター
 ──数日後。
 椅子のスプリングが小さく鳴る。
「『グランドールの黒薔薇』。うん、中々良いね」
 画面に映っているのは剣を構える共鳴したアンジェリカだ。
 まるで隠れ家の周辺を何か探すかのようにうろついている姿がしっかりと映っている。
 ノートPCのウィンドウが切り替わり、今度はアイニからのメールが表示される。
『キファ、あんたが執着してるデーメーテールの仔を見掛けたわ。そいつを襲うのを手伝ってやるよ。隠れ家に来て作戦を立てよう』
 メールを舐めるように見返して、彼は笑いをかみ殺す。
「H.O.P.E.のエージェントとデーメーテールの仔。これは欲張りすぎ? ……危険かなあ?」
 監視カメラの映像を確認しているキファを彼の英雄ラリスが胡乱気に見た。
「いつだって、警戒は必要だろ」
「ああ、僕もそろそろあいつをぐちゃぐちゃにしたい──うん、逃げるのはやめたんだ」
 新たに揃えたコレクションが並ぶ壁の中心には何かを待つような空白があった。
「──面倒事なんてやりたくない。早く、あそこに飾りたいなぁ」
 自分の手首をさすりながら、そんなことを呟く彼にラリスが「馬鹿が……」と吐き捨てた。


結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 希望を胸に
    アンジェリカ・カノーヴァaa0121
    人間|11才|女性|命中
  • コンメディア・デラルテ
    マルコ・マカーリオaa0121hero001
    英雄|38才|男性|ドレ
  • エージェント
    鯨間 睦aa0290
    人間|20才|男性|命中
  • エージェント
    蒲牢aa0290hero001
    英雄|26才|?|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 悪性敵性者
    火蛾魅 塵aa5095
    人間|22才|男性|命中
  • 怨嗟連ねる失楽天使
    人造天使壱拾壱号aa5095hero001
    英雄|11才|?|ソフィ
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