本部

【愚神共宴】連動シナリオ

【共宴】好感度は電波に乗せて

桜淵 トオル

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/05/09 19:58

掲示板

オープニング

●東京支部にて
「結局、善性愚神ってなんなんですかねえ……」
 ここはH.O.P.E.東京支部の自販機コーナー。
 志雄野 誠はバイトの休憩中、偶然出会った柏木 信哉と立ち話を始めた。
「なんなんだろうねえ……」
 二人は先日、NYで行われたアッシェグルート司会のテレビ番組収録に参加した。
 アッシェグルートは多少面倒ではあるが、攻撃的な愚神には見えなかった。
 少なくとも、あの場では。
 収録後、検査を受けたサクラ参加のメンバーにも異常は見られなかった。

「意味わかんないですね」
「まあな」

 カップに注がれたコーヒーと、缶に入った清涼飲料水に、それぞれ口をつける。

 意味がわからない。
 それは、ここ最近の『善性愚神』達の動きを象徴する言葉。
 彼らは打ち込まれた楔。
 H.O.P.E.内部に深い亀裂を生みながら、ぎりぎりと食い込んでくる。
 ひとまず友好的に接しようとするもの、傍観するもの、反発するもの。
 エージェント達の反応も様々だ。

「お嬢は、そんなもんあるって言ってませんでしたけどねえ……」
 志雄野が『お嬢』と呼ぶのは、四国を騒がせた愚神の配下、ヨモツシコメ三姉妹の長女、朱天王。
 彼自身はごく初期に逮捕され病院で昏睡していたが、ウイルス従魔特有の繋がりによって、精神はずっと仲間達と一緒だった。
「まあ、『善性愚神』に転じたのはいまのとことヘイシズ、アッシェグルート、パンドラ、ヴァルヴァラとその眷属だけみたいだしな。誰でもできるって訳じゃないみたいだぞ」
「特別、ってわけですか」
「彼らはそう言ってる」
 人間側から、愚神の事情を検証することはできない。
 それが、疑念と疑心暗鬼を増幅させる。


「でも、番組で集まった一般の人たちは、すごく愚神に好意的でしたね」
 志雄野の言葉を聞きつつ、柏木はカップからコーヒーをひとくち啜る。
 不思議な姿をしたアッシェグルートが珍しいのはわかる。
 わざわざ応募してきたくらいだから、興味深々なのも当然だろう。
 それはわかるのだが……『愚神』という存在に対して、警戒心がなさすぎではないか?
「『善性愚神』の誰かが、魅了スキルとか持ってたりして」
「……は?」
 何の気なしの志雄野の言葉に、柏木ははっと顔を上げる。
「……いや、魅了スキル持ってる愚神はいるけど……あれは強力すぎる、はずだ……」
 柏木も過去の報告書は読んでいる。
 アッシェグルートのフォイルリヒト。エージェントを丸一日昏倒させる威力を持つ。
 昏倒したエージェントは、クリアレイの二重付与と仲間の呼びかけによってギリギリ意識を取り戻した。
 一般人に使えるスキルではないはずだが。

「弱める方法はないんですか? 例えば、電波に乗せるとか」
「……なんでここで電波?!」
 アッシェグルートの出演番組は、全米に放映された後なんだぞ?
 それ以外にも、愚神達は毎日のようにニュースや報道番組に顔を出したりしてるんだが。

「ほら、お嬢の妹で生意気なのがいたでしょ? そういやあいつが洗脳スキル持ってて、テレビ局を占拠して放映してたなーって。でも生に比べて、映像記録だと威力が落ちるって言ってました!」 
 志雄野は妙にいい笑顔で報告する。
 芽衣沙の洗脳スキル、『メイちゃんの言うとおり』。
 それは『あなたたちは死ぬ』と深層意識に呼びかけ、暗示を掛けるというもの。
 エージェント達はテレビ局を占拠した芽衣沙との戦いに手間取り、結果的に映像はたっぷりと放映され、その効果は薄く広く、長く残った。

「アッシェグルートは……『善性愚神』として名乗り出てからずっと……赤いヴェールで顔を隠してる……」
 それは人間にとって奇異な赤い顔の模様を隠しているのだと言った。
 しかし、魅了スキルの発動条件であるハート型の光彩も隠すことができる。
「ヴェールに仕掛けがあるか、そもそもスキルの威力を絞って使えるか、だったらやばいですね!」
「うわあああああ! なんで誰もいままでそこに突っ込まないんだ?!」
 あのトレーラーを止めた映像。あれもアッシェグルートが映っている。
 今までに何万回再生された? 世界中で何人の人が、アレを見た?
「早急に、検証が必要だ! ちょっと行ってくる!」
「どこへ?」
 廊下を走り出した柏木が、志雄野に答える。
「学校!」


●予備検証、結果報告
「……というわけで、取り急ぎ予備実験してきた。被験者はそのへんの研究室にいた奴ら10名。学食の食券で一時間ほど付き合わせた」
 翌日、やけに疲れた顔の柏木がH.O.P.E.東京支部に顔を出した。
 報告相手の志雄野は日中は毎日、雑務のバイト中である。
 研究漬けの学生の中には世の中の事情に疎く、テレビはおろかネット動画すら見ていない層もいる。
 今回の被験者はあえて、メディア情報に免疫のない人間だけを選んだ。
「人体実験っすか」
「行動科学では普通のことだから。例のバラエティ番組を30分間視聴させ、視聴前後に簡易アンケートで好感度を数値化。全10ポイント」
 ファイルケースから印刷された棒グラフの用紙が出てくる。実験結果を纏めたものらしい。
「結果――どん! 視聴前平均2ポイント、視聴後平均7ポイント。大幅好感度アップ」
「さすがにこれは不自然ですね」
 いや、と柏木は理系学生らしく慎重だ。
「変わった外見の相手が意外に友好的、だった場合、それだけで好感度が上がることもある。上昇幅は最大8ポイント。そこで上昇の大きかった上位3名に、こっそりクリアレイ」
 柏木は新人とはいえバトルメディックである。
「いいんですか、それ」
「人体に害はない。その後再度好感度調査をした結果はこちら。どん! 大幅好感度減! コメント:『なんか騙されてた感じ』」
 やはり棒グラフの用紙が出てくる。afterと書かれたほうはマイナス側にまで下がっている。
「皆さん思いっきりBS効果受けてるじゃないですか?! クリアレイでこんだけ変わるって、やばいですよ!」
 結果まとめ。アッシェグルートの映像は好印象を与える効果がある。そしてそれは、バフスキルで解除される。
「これはあくまで予備実験で、結果として何かを言うにはサンプル対象が少なすぎる。そしてここから言えるのは、『映像によって好印象を植えつけている』だけだ。そしてこれがBSだとして、効果は世界中に広がっている。スキル効果だけでどうこうできる数じゃないし……」
 難しい顔をする柏木に、志雄野は明るく答える。

「俺、ちゃんとわかってますよ! こういうときは、誰かの力を借りればいいんです! 依頼出しましょう!」 

解説

主目標:電波に乗った魅了スキルの対策を考える
副目標1:群衆に対する魅了スキル解除の方法を考え、検証を行う
副目標2:魅了スキルに対策が必要であることをH.O.P.E.及び関係各機関に認めさせる

【登場】
・志雄野 誠
H.O.P.E.東京支部でバイトしながら夜間高校に通う苦学生。かつて四国で感染事件を起こした敵性体、朱天王の配下だった。初期に逮捕されたまま昏睡していたが、何が起こっていたかはウイルス従魔の特性で知っている。
 
・柏木 信哉
新米バトルメディック。日本の大学で植生学を専攻する植物オタク。理系脳で理屈っぽい。
今回の予備実験デザインは行動科学専攻の友人に食券と引き換えに協力させた。被験者は研究漬けの理系学生。
志雄野はどちらかというと後輩なので、丁寧口調は使わない。

【実験協力】
・効果検証については柏木の予備実験を参照。
・被験者はH.O.P.E.がアルバイト料を支払って集める一般市民。
・関係各機関を説得するのに充分な実験デザインに配慮すること。
・実験の大まかな結果予想は質問卓で質問可能。

【その他】
・これまでこのタイプのBSは呼びかけや説得で解除される例が多い。今回も同様の傾向が予想される。
・今回の予備実験では電波により効果が強まるか、弱まるかは評価されていない。
・全員で一致した結果を出す必要はないし、アイデアは一人一つとは限らないが、何人かで協力したほうが効果的と思われる。効果のありそうな実験が優先的に描写される。
・実験と関係各機関への対応を手分けしてもよい。

【参考】
フォイルリヒト:洗脳効果に似た特殊な状態異常【魅了】を引き起こす。これは意志決定の妨害、一定確率での洗脳付与などがあり、スキルや仲間からの呼びかけによって段階的に解除されるようである。
愚神の言によれば、能力者でも一度掛かれば丸一日は昏倒する。 

リプレイ


「確かに、これだけだと証拠能力が乏しい。追加の実証実験が必要でしょうね」
 プリントされた予備実験の棒グラフと元データを見ながら、キース=ロロッカ(aa3593)は呟いた。
『テレビ会社とかマスコミとか、おっきい会社を説得するのは無理だよぅ』 
 匂坂 紙姫(aa3593hero001)は別紙の数字の羅列に眉根を寄せている。
「事実関係をはっきりさせることは必要ですが、愚神が何らかの方法で好感度を上げているとして、それがすなわち悪と言えるのでしょうか……?」
 シェオル・アディシェス(aa4057)の立場はあくまで中庸。修道女の博愛は愚神にも向いている。
 結果を急がず、できればアッシェグルート本人に真意を問いただしたいところである。
 まずは対話してみないことには、疑いだけで罪とは決めつけられない。

「俺は、マスコミの偏向報道にもずっと疑問を持っていた。愚神との友好だなんて――愚神に蹂躙された地域や、愚神に大切な人を殺された人達にまで強要するなら、それは暴力でしかない」
 沖 一真(aa3591)は既に愚神への評価を不明から悪へと反転させていた。
「知らないうちに人々を洗脳していくやり方は邪悪だ。何かを成し遂げる前に殺すべきだ」
 騙されていたかもしれない自分自身への苛立ち、そして洗脳の事実を前にしてもその真意を読みきれない焦燥感。
 裏ではもっと何か大きなものが動いている。そんな気がしてならない。
『はいはい、ちょっと落ち着こうね』
 感情的になっている相棒を宥めるように、月夜(aa3591hero001)は一真の袖を引く。
 現状では、過剰な怒りは判断力を鈍らせるだけ。
 対してキースはあくまで冷徹に評価を下す。
「好感度を操作する――それが本当であっても、この時点で即座に有罪と決め付けるのは難しい。ですが、H.O.P.E.と互恵関係を結ぶための信頼構築に彼らは失敗したと判断します。当面は、捕縛して尋問あたりが適当かと」
「あ、捕縛と言えば……」
 柏木がスマホを操作する。
 検索すれば、『善性愚神』に関するニュースは溢れるほどにある。
「愚神パンドラが、アルター社製の香水の件で捕縛されたのは御存知ですよね? その頃から、アッシェグルートも行方が分からないそうです……?」
 確定情報ではないが、アッシェグルートが姿を消したとの噂がネット上で流れている。
 まだマスコミ報道ではその姿が見られるが、以前に録画されたものであるとも囁かれる。
「さすれば、すべて折りこみ済みだったのかもしれませぬの。この洗脳の件についても、まだなにか仕掛けがあるかもしれませぬ。洗脳解除に反発する仕組みがあるやも……」
 天城 初春(aa5268)は狐耳をぴこぴこさせる。
 魅了に疑いを持つように説得した場合、その相手に反発心を抱くようにあらかじめ仕掛けがあったとしたら? 
 その場合は、洗脳解除に動いたH.O.P.E.に自動的にヘイトが向くことになる。
「さすがにそこまで複雑な指示を織り込むのは、ひとつのスキルでは難しそうではありますが、注意はしておきましょう」
 キースの頭の中では、既に実験計画が構築されつつあるようだ。

 『善性愚神』とは、なんのために表舞台に出てきたのか?
 彼らの存在はなんなのか?
 彼らは何を為そうとしているのか? その真意は?

 わからないことが多すぎる。
 だから、わかるところから検証しなくてはならない。

 いつまでも、踊らされていると思うな。
 さあ、反撃のはじまりだ。



「杏樹は、歌にメッセージを込めて、皆さんにお届けします……アイドルリンカーとして」
 BSは呼びかけや説得で解除されるとは言っても、いま洗脳の効果を受けているのは一般市民。
 信頼関係があるわけでなく、権威者でもない泉 杏樹(aa0045)の言葉を、聞いて貰える方法があるとすればそれは歌なのだろうと思う。
 『善性愚神』を直接批判し、否定するのではなく、間接的な歌詞として入れ込んでエンタメ映像として拡散可能なものに出来れば……と作詞用のペンを走らせる。
「フウン……歌による説得か。面白いな。出来たら演奏組として参加させて貰えねーかな?」
 床に落ちた杏樹の歌詞の下書きをヤナギ・エヴァンス(aa5226)が拾う。
 ヤナギはエージェントになる以前は、プロバンドのベーシストをやっていたらしい。音楽での呼びかけという案に、興味を示す。
「わわ、凄く頼もしいです。ぜひ、お願いします、なの」
 藤の花の髪飾りを揺らして杏樹は、ヤナギを見上げる。
 長身に真紅のロングウルフカット、ロックミュージシャンらしい華やかさがある。
「イイ歌詞だな。コレにパンチの効いたロックな曲とか付けたらどうだろ? 歌姫が可愛いから、ハードな曲とのギャップで観客の興味を引けそうな気がするんだケド」
「褒めてくださって、嬉しい、の。ヤナギさんも素敵だし、アイデアも凄く、いいと思い、ます」
 さらりと出てきた褒め言葉にぽっ、と照れつつも、ミュージシャン同士の打ち合わせが始まる。

「過去の資料で、アッシェグルートの能力は掛けられた時に目に強烈な痛みを感じたとありましたの。あの能力由来の魅了なら多少なり目に違和感を感じた可能性がありますの」
『なら動画を見せたとき、目に違和感を感じた者を探してみるかの』
 初春の提案に、辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)も応える。
 懸念事項は、今回の発案者に屍国事件の生き残り、志雄野誠が絡んでいること。
 もし洗脳自体に罠が仕込んであり、解除者にヘイトが向くようであれば、誠も危ない。
「市民の覚えめでたき『善性愚神』と、いまだ爪痕深き屍国の関係者では……後者の分が悪いですからの」
『いくら隠そうとも口の軽い輩はいる……か』
 初春と稲荷姫は、四国事件の慰霊碑建立にも奔走した。
 誠はどちらかといえば愚神側に近くはあったが、痛みを抱えつつ生還した者であり、このまま何事もなく立ち直って欲しい相手でもある。

「そう、目だ。以前の戦闘では、アッシェグルートのスキルは直接目を見る必要があった。ヴェール越しでも効くのか?」
 一真は必死に記憶を呼び起こす。
 赤いヴェール越しに輝く青い瞳。
 自分はあれを直接見ただろうか?
 目に違和感……を、感じただろうか?
「最初の動画は? ラスベガスで、居合わせた人が撮ってアップした動画。あの動画でアッシェグルートの目は確実にカメラを向いていたか?」
 一真の疑問を、キースが整理する。
「時間も資源も有限ですので、実験の数は絞らないといけません。検証すべきは……『早急に対策を取るべき核の部分は何か』。これは具体的な対策を講じ、認めさせる為に必要です。目の映像の有無も必須でしょう。『洗脳解除の方法』については、手数的に泉とヤナギに任せるしかありませんが、よろしくお願いします」
「承りました……です。ヤナギさんが入ってくれて、凄く魅力的なステージになりそう、なの」
 杏樹はにこりと笑む。アーティスト同士、創造性を刺激しあうものがあったようだ。
「実験にはやっぱり、ライブじゃなくて映像のほうがいいのかねェ?」
 ヤナギがキースに問う。歌のインパクトとしては、直接観客の前で歌うのに勝るものはないのだが、今回の目的は魅了解除の効果検証。
「そうですね、最初に映像を見せて効果がなければライブで観せることも考えなければなりませんが、映像で効果が得られるならそれが最善になります」
 どこまでがアッシェグルートによる魅了スキルの効果なのかはこれからの検証にもよるが、必要があれば世界中への配信を視野に入れる必要もある。

「妾はもう少し細かく映像そのものを調べてみたいところですの。過去にアッシェグルートが使用したスキルは強烈なもの。一般人向きとは思えませぬ。動画での洗脳といえばサブリミナルと音波によるものですから、要素ごとに分解して調べてみますかの」
 初春と稲荷姫は別働で解析を行う。

「私は検証実験の被験者として参加しようかと思います。能力を電波に乗せるだけでなく、映像でも効果を発揮するというのは……少し、興味があります。それはスキルが永続的に効果を示すということですから」
 シェオルは言う。
「余裕があれば初春さんの映像解析のほうも興味があるのですが……。私は治癒スキルが使えますので、そちらでお役に立てるかと思います。ほかにも、手が足りないところがあれば仰ってください」
 人の手が必要であれば、誰であれどこであれ差し伸べる。雑用でも被検体でもスキルによる癒しでも。
 それがシェオルの根本的な行動原理だ。

「オレは口達者じゃないから、結果まとめのほうで協力するよ。考察を加えるにあたって、いくつか調べておきたいこともあるし」
 桜小路 國光(aa4046)はノートパソコンを開き、なにやら検索中。

「あの……私は……なにをしたら……?」
 困り顔であちこちを行き来するのは、三木 弥生(aa4687)。
 御屋形様を御守りします! 
 ……といつもの意気込みでやって来たのだが、思いのほか難しい話になっていて、どこに入り込めばいいのかわからない。
 打ち合わせ中だった杏樹が気づいて、弥生の元にやってきた。
「もし良ければ、調査のお手伝い、していただけると、助かる、のです。BSには特殊抵抗がどのくらい効くのか、興味あります。愚神の映像を視聴中に装備を外したりして特殊抵抗を変化させて、なにかあったら、教えて欲しい、の」
 弥生の特殊抵抗はエージェントの中でもトップレベルだ。装備も特殊抵抗値の高いものを選んでいるので、装備によってかなりの変化が得られるはず。
「わかりました! お役に立てるのならば、この身で敵のBSとやら、受けて立ちます!」
 役割が与えられ、弥生は意気揚々と宣言する。
「もしもBSに特殊抵抗の効果が認められるならば、私の持っている装備にあるような物を模して、一般の方向けの護符とかあると良いかもしれないです……」
「護符か。面白そうな案だな」
 一真も弥生の案を褒める。魔除けの御札ともなれば、陰陽師の分野である。
「一真。インチキはなしでね」
 この自称陰陽師はときどき悪ノリして霊感商法めいたことを始めるので、月夜が目を光らせている。
 この場合、特殊抵抗を与えるライヴスの供給源が問題だな、などといって一真はお茶を濁す。

 メテオバイザー(aa4046hero001)は調べものをする國光の傍らで、浮かない表情をしている。
『(英雄と愚神が同じかもしれないと言われているのに、皆、共存だ……殲滅だ……あいつがこいつが……そればかり……)』
 真実を見極めるってなんなのか。検証すべきは何か。
『皆さん、英雄にはあまり興味ないんですね……』
 國光にそっと耳打ちすると、やはり小声で返事が返ってくる。
「怖いんだよ、真実は。なんでもね」
 怖いからこそ、目を逸らしていたいんだよと國光は言う。
 英雄と愚神は同じもの。
 南米での事件で愚神の発した言葉に、メテオは揺れている。
 異常事態の果てに邪英化があり、さらなる異常事態が起これば愚神化する。
 そうではなかったのか?
 こうして能力者と契約し、家族として傍にいる日常こそが実は異常で、エラーが正常化すれば一斉に……英雄が愚神に『戻る』のだとしたら……。
 そのとき真っ先に犠牲になるのが、一番傍にいるひとだとしたら……。
 もっと真剣に、そのことを究明したくはならないのか?
 愚神にも『善性』があると、縋りたくはならないのか?
『(怖い、かもしれない……)』
 究明したその先にあるものが、どうしようもない事実だったとしたら。
 もしもいまの皆と、一緒にいられなくなるとしたら。

 皆が善と信じているものは、このまま善であって欲しい。
 メテオは、そう願わずにはいられなかった。



「バラエティ番組の視聴では、視聴者に好感度上昇傾向が見られました。予備実験によればそれはバフスキルで解除されるものである可能性が高い。ならば、報道映像のような中立的な行動をしているものでも同じ効果があるのでしょうか?」
 実験でまず明らかにすべき点はそこだと、キースは主張する。放映されたバラエティ番組に仕掛けがあったのか、アッシェグルートの映像そのものに仕掛けがあるのか。
 映像差し止めの交渉のためには、まずそこを明らかにする必要がある。
「俺の撮った映像も使えるかねェ? コピーはH.O.P.E.に提出済みなんだケド」
 ラスベガスにアッシェグルートが現われたとき、ヤナギは腰に装着したカメラで自分の見た一部始終を撮影していた。
 愚神もそれには気づいていたはずなのに撮らせたままだったのは、自分の姿を撮らせるために出てきたからか――?
「撮影に第三者が関わっていない映像ということで、是非使わせていただきます。撮影や編集、放映時に細工が為されていないとも限らないので」
 ニュース映像も含め、なるべく『愚神と人間が交友を結ぶ』という印象を廃した映像を作成し、心理的効果は排したい所だ。
「撮影機材がアルター社製なんじゃないかとも思ったけど、どうやら違うみたいだ」
 國光は複数のテレビ局に撮影カメラのメーカーを問い合わせたが、アルター社製のものはなかった。
 いくつかの事件で報告されている、アルター社製品の不具合も気にはなるが、今回との関連性はいまのところ確認できない。

 実験は2セット。
 1セット目では最初に愚神の姿と音声を加工して誰だかわからない状態にした映像を見てもらう。
 次に映像と音声に加工を施していない元画像。最後に杏樹とヤナギの演奏映像。
 最初映像を一つ流すごと、計4回のアンケートを実施し、好感度の変化を調べる。

 2セット目は1セット目と同じ映像のうち、愚神の目を徹底的に隠す。
 最初の映像が誰だかわからない状態なのは同じ。
 次に、愚神の姿は映るが目だけは灰色で隠した映像を流す。そして演奏映像。
 アンケートの実施は同様。1セット目と2セット目の違いでスキル発動に光彩が影響しているかを評価する。 

 両セットとも、最後にスキルによる洗脳解除を試す。
 最後にアンケートで効果を計って、終了。

「被験者にギャラは弾んで貰うようお願いしておきましたが……」
 これは人間の心を試す実験、とキースは細心の注意を払う。
 同様の実験は科学的な手法として認められているが、途中で気分が悪くなったり、目に違和感を感じた場合には万全の体制を取ってある。

「なにかあったら、すぐにお知らせくださいね」
 観客席にいるシェオルはゲヘナ(aa4057hero001)と共鳴し、いつでもスキルが使える状態にしてある。
 場所は中規模の講堂。
「私は治癒すきるは使えませんが、退室が必要な場合は僭越ながら肩をお貸しできますので!」
 同じく観客席に座る弥生とはバラけて座り、咄嗟の事態に備える。
「オレも……できる限りは」
 國光も調査のため観客席に座る。
 できればH.O.P.E.に所属していないリンカーに被験者として参加して欲しかったのだが、短期間では集めきれなかった。かわりに、自分自身を使う。

「アッシェグルートも他の善性愚神も危険な奴だ。今すぐにでも殺すべきだと俺は思っている。どうだ、賛同するか?」
 実験の開始を別室で待ちながら、一真は月夜に話しかける。
 それはあたかも自分自身に問うているかのようで。
 月夜はゆっくりとかぶりを振る。
『……一真、エージェント一人で倒せるほど、彼女は甘くないよ』
 アッシェグルートは掴み所のない性格だが、それでもトリブヌス級。
 ひとりで先走っても、どうこうできる相手ではない。
 しかも柏木の調べた情報では、行方知れずらしい――?
『機会はいずれ来るから。そのときを待とう』
 それはあてのない約束のようでもあり、決戦の前の牙を研ぐ張りつめた時間のようでもあり。
 ただひとつ確かなことは、その機会はいまではないということ。



「では、妾は件のバラエティ番組の映像を調べましょうかの」
『ならわしは音響方面じゃの。あやしい音が混じっていないか解析してみよう』
 初春と稲荷姫は別室で予備実験に使ったアッシェグルートのバラエティ番組を調べ始める。
 映像はコマ送りにして別の情報を含んだ画像が紛れ込んでいないかをひたすら探す。
 サブリミナル映像は、認識できない短時間での映像を紛れ込ませて深層意識に訴える手法、各国で法により禁止されている。
 音声の中にも、通常は認識できない音を紛れこませて意識下に影響を与える手法がある。
『ひとつのスキルでそこまで複雑な指示の折り込みは難しいのではと言われたが……一筋縄ではいかない相手ゆえ、用心には用心をの』
 いままで様々な敵に裏の裏を掻かれて悔しい思いを重ねてきただけに、腹の中の読めない相手・アッシェグルートへの警戒は強い。
「もしも洗脳解除に反発し、解除しようとしたものにヘイトが向く罠が仕掛けられていた場合、妾が真っ先にこの軽い頭を下げればよいようにしておりますからの」
『自ら道化になるか。業の深い一族じゃのう』
 初春の覚悟に、稲荷姫はくくくと笑う。
『というか、一応共存派じゃろうに』
「共存の意思は本気ですぞ? ……ただし、先日まで敵だった相手を無条件で信用する脳内お花畑ではないのですじゃ。笑顔で握手しつつも、有事には備えておくのが賢明ですじゃろ?」
 初春は争わずに済む愚神がいればそれに越したことはないと思ってはいるが、それで安易に騙されるたちではない。
 心にいつも刃を。
 そうやって相手を見極めることこそが、相互理解の第一歩であるはず。


 スクリーンには、画面の一部が灰色のモザイクで隠された映像が映る。
 元映像を知っていれば愚神アッシェグルートの姿が隠されたものとわかるが、そうでなければクイズ映像のよう。よくテレビである、『モザイクの答えはコマーシャルのあとで!』のような。
 
『(人間として手段を褒められぬのは解るが、持てる力を使う事の何が悪い?)』
 観客席に座るシェオルの中、核心を見せない映像を見ながらゲヘナは嗤う。
「(……ゲヘナ)」
 ゲヘナもわかっている。いまこれを言うのはシェオルに利しない。
 だからこそ、シェオルの中でだけ呟く。
『(愚神は危険と言う結果ありきだな。重要なのはそこに敵意悪意があるか否かだろう? 人間とて魅力的に見られたいが為、装飾や化粧と繕いもすれば、整形と身に手を加える事も厭わぬもの。それが良くも他を咎められる?)』
 最初にキースも認めたとおり、現時点でこれを悪と認定して断罪することは難しい。
 なのになぜ、参加者のほとんどが愚神の行為を悪と見做すのか。
『(……ああいや、これも人間の真理であったな)』
 努力に貴賤を求める。猜疑心を擡げれば染みの一つも認められぬが人の性。

『(獅子がどれだけ兎と友誼を結ぼうと声をかけた所で、身を震わせる咆哮にしか聞こえぬのなら、そして獅子の手の内に、斯様な困難よりも容易く縁を形作る術があるとするなら――それを使わぬ道理などあるまい)』
 もしもゲヘナが強大な力を持つトリブヌス級愚神だったとして。
 友好の手段に、他に何があるのか。
 獅子と兎では理が違うように、愚神と人間では理が違うのは自明。

 髑髏の王は皮肉と毒舌に満ちているが、その実、公明正大を旨とする。
 現時点では、愚神に罪ありとは認められない。
 エージェント達の反応は、公平さを欠いていないか?
 むしろ逆に、なんらかの情報操作に踊らされてはいないか?


 映像が途切れ、ライトが点く。
 アンケート用紙が配られ、一斉に鉛筆を走らせる音が響く。
 間接的な設問で、採点によって好感度を評価する。
  

「(さて……どう出るか……)」
 國光はふたたび照明が落ちるのと同時に、ライヴスゴーグルを装着し直す。
 最初のモザイク映像では、特になにも感じなかった。
 アンケートの結果と照らし合わせる必要があるが、周囲を見回してみても1回目の映像はむしろ『これは何?』的なものになっていたのではないだろうか。
「(答え合わせの時間だ)」
 2回目の映像が始まる。
 画面には、鮮烈な赤。金色の髪をした女性型愚神が、片手でトレーラーを止める。
 それから映像が切り替わり、こちらを向いてにこやかに話す。
「(どう思う、メテオ)」
 共鳴して自分の中にいるメテオに問う。
『(なんでしょう……濁って、いる、ような……)』
 そう、はっきりとではないが、何かが視えるような気がする。
 ライヴスゴーグルは、『強いライヴスの流れを可視化する』アイテム。ゴーグルで視るには弱い何かが……きっとある。 
 赤いヴェール越にこちらを見る青い瞳、そして光彩。
「(危険……)」
 ゴーグルには依然として、ライヴスの流れのようなものは視えない。漠然と、視界が濁ったような印象を受けるだけ。
 ただ、予備試験の結果を知っているせいか、背筋にぞわりとしたものが走る。
 なにかがおかしい。なにがとはいえないけれど、なにかが。  


 同じ頃、弥生はがっしゃがっしゃと装備をつけたり外したりしていた。
 最初から何らかのBS傾向を感じれば、装備を『銀晶のタリスマン』に変更して魔防を高めてみようかと計画していたが、特に感じるものはなかったので特殊抵抗数値が2のブレスレットから外し、次に3のオベリスクリングを外してブレスレットをつけて……と数値が1ずつ変化するようにやりくりしていたのだが、あまりにも変化が見られないので、数値の低いものからどんどん外してみる。
 ブレスレットとリング、かんざし、靴、避来矢、マスク、護符。
「……?」
 装備の数値を計算するのに夢中で、映像から気を逸らしていたせいだろうか?
 特に、変化は見られない。
 最後に、一番数値の大きい盾を置く。
「(……は! もしや、気づかぬうちに魅了の効果を受けてしまっているのでは?)」
 ぺたぺたと自分の顔を触ってみるが、BSを受けているかを判別できるわけでなく。
「どうすれば……」
 手持ち無沙汰になっておろおろしているうちに、2回目の映像は終わった。



「癒しのアイドル、あんじゅーです!」
 アンケートの記入を挟んで、杏樹達のライブ映像が始まる。
 榊 守(aa0045hero001)がヴァイオリンを激しく掻き鳴らす。
 不気味さを孕む音色に、短調な編集映像に飽きた人々は意識をざわつかせる。
 杏樹の衣装は、ふんだんにフリルとレースをあしらった純白の和風アイドル衣装。
 服に赤、黄、青のライトが当たるたびにその色に染まり、色が複雑に混じってくるくると色を変え、価値観のめまぐるしい変化を暗示する。
 ハードなロック調の前奏に合わせて、キレのあるステップを踏む。
 映像の左上にタイトルフリップ、『偽りの愛』。

   テレビにネットに電子の海に
   Fake News に踊らされる
   神の愛? 本気? 嘘でしょ?

 スマイルはなく、映像の向こう側から観客を見据えるようにして、歌い出す。
 普段の可愛らしいアイドル調から変更して、ハード気味のアイドルロック。
 歌詞に織り込んでいるのは、愚神達による情報操作と魅了スキルに対抗するメッセージ。

   愚かな神に 誤摩化されないで
   本気で貴方が好きな人
   隣にいるじゃない

   こっちを向いてよ

 『善性愚神』を名乗って人々の前に姿を現したヘイシズ、アッシェグルート、パンドラ、ヴァルヴァラ。
 彼らは『降伏宣言』の裏で、従魔を憑依させたRGWでエージェントを邪英化させ、動画を使って人々の心を変化させ、従魔『奇箱』を使って洗脳を試みた。
 このまま、彼らの『善性』を信じてもいいのか?

   Break Down Fake Love
   隠れた疑う心晒し
   素直になって叫ぼうよ

   偽りの愛に惑わされないで
   私を好きだと言って

 エージェント達は最初から共存派と反対派に真っ二つに分かれていた。
 人々も愚神の魅了に惑わされず、疑問を持ってくれたら。
 本当は、もう心のどこかに疑問を抱えているかもしれない。
 だったらそれを、口に出してみて。
 洗脳から脱することができるかもしれない。

   Break Down Fake News
   大丈夫希望はココにある
   正義の味方はココにいる

 愚神たちの言葉には、嘘がある。
 このまま信じていたら……どこへ連れて行かれてしまうのか。
 疑って、偽りの平和を。そして信じて、私達H.O.P.E.を。

   偽りの神に騙されないで
   人を愛してると言って


 ここで杏樹の歌は終わり、暗転。
 舞台袖で榊と共鳴し、次のステージに備える。
 ちなみに照明等の効果を操作しているのは静瑠(aa5226hero001)である。

 闇の中、ステージ上にドラムの音が響く。
 そして地の底から響くような、哀しく恐ろしげな三味線の早弾きが、何故か不安を掻き立てる。
 細いスポットライトの中を、ひらひらと、幻想的なプシューケーの蝶が一匹ずつ舞う。
 低音のベーシックギターが疾走感のあるビートを刻む。
 とりどりの色のライトが一斉に点灯し、杏樹がジェットブーツで空中に登場、『藤神ノ扇』に持ち換えて藤の花弁を散らしながらふわりと降り立つ。

   Hi! レディス&ジェントルメン
   作られたディスティ二ー
   おままごとは楽しいかい?
 
 『You are…』のタイトルフリップが表示され、マイクを手に、さらにハードな曲を歌い出す。

   Hi! レディス&ジェントルメン
   夜ごとの狂おうレイヴ
   刹那の昂り、ホンモノかい?

 スポットライトを浴びながらベーシストのヤナギが中央から登場、男女デュオで次のパートを甘めのハスキーな声が歌う。
 杏樹と同じく白一色のタイトなスーツ、ライトの色を受けて七色に変わる。

   愚かな神々、愚かな人々
   手と手を取り気儘に遊ぶ

 杏樹のシャウトするような思い切った高音と、ヤナギのハスキーな低音がぶつかり合うようなハーモニー。
 愚神は人間を殺す。どう赦すのか。
 それに答えがないまま、こんなに簡単に、こんなに不自然に、偽りの蜜月を押し付けられていい訳がない。

   それってちょっと楽しいんじゃない?

 カメラがヤナギに寄り、画面の向こうに呼びかけるように歌う。 

   それってちょっとヤバいんじゃない?

 続いて杏樹のアップ。愛嬌たっぷりにウインクする。

   リアルに目を伏せ
   色を失うこの世界

 ふたりは背中合わせに立ち、ヤナギと杏樹がそれぞれに逆の方向を見つめ、順に歌う。
 
   リアルを見詰めて
   咲き始めるこの世界

 息を合わせ、カメラに向かってポーズをキメる。声を合わせ、メッセージを送る。

   どっちがキモチイイって
   愚問だ、本当は……

 どうしたい?
 本当は、どうしたい?
 自分の頭で、考えて!
 杏樹が呼びかける。世界中の、すべての人たちに。

   Hi! レディス&ジェントルメン

 ヤナギが呼びかける。洗脳から抜け出し、本来の自分を取り戻して欲しいと。 

   ――Who are you?

 ここで曲はフィナーレ。
 ライトが二人に集中し、重なり合って白になる。
 それは本来の色を取り戻して欲しいとの、二人の願い。


 実験会場で、被験者達は観客になっていた。
 割れるような拍手が巻き起こり、次々に立ち上がって、最後にはほぼ全員がスタンディングオベーション。



「杏樹は、ヘイシズさんや、ラグナロク事件、リオ・ベルデ事件を、この目で見ました……! テレビや、ネットと違う、現実が、そこにあります。愚神と人間の共存は、難しいの」
 演奏後のフリートークで、杏樹は訴える。
 共存が可能なら、殺したくなかった相手もいた。
 そして、想像以上に厳しい現実もあった。
「でも杏樹は、まだ希望あると、信じてます。皆も、情報に惑わされず、心を強く持って、何が正しいか常に問いかけて……! アイドルリンカーとして、今後も世界の真実を、お届けします」
 愚神との共存は不可能だと、まだ断じたくはない。
 ただ、洗脳で人々の心を操るやり方は違う。絶対に違う。
 それだけは、人々の心に届いて欲しい。

「なんてェかさ……、『善性』愚神って言っても、人間をいっぱい殺してるヤツとかもいるじゃん? そのへんどう考えんのかなーってトコ、近頃妙に抜けてて、愚神と仲良くしてます――って報道ばっかあって、ヘンだなって思うンだケドさ……」
 ヤナギも、間違っているとは言わない。
 敵のスキルが人間の考え方を恣意的に捻じ曲げるやり方なら、反対に捻じ曲げるのではなく、自分の力で戻って欲しい。
「殺人鬼はどうやって殺人をやめンのか、それってホントなのかとか、もっと考えて欲しいワケ。じゃな」
 挨拶代わりにギターのコードを鳴らして、手を振る。
 カメラがロングに切り替わり、二人が手を振って、ライブ映像は終了。
 
 照明が点灯し、アンケート用紙が配られても、一部からアンコールの声が上がる。
「皆さん、これはコンサートじゃなくて、実験、なの。アンケートは書いていただかないと、色々困る、です」
 共鳴した本物の杏樹が近くのドアから現われて、歓声と拍手が上がる。
 映像は生放送ではなく録画なので、終わるのを待っていたのだ。
「書いていただけたら、癒しをお届けします」
 頃合いを見計らって、中央に進み出る。
 クリアプラスを付与したケアレインで、BS解除を試みる。
 さあ、結果はどうなる?
 もう1セット、愚神の目を隠した映像を使っての実験を行い、実験終了だ。



「あの……それで私は、魅了に掛かっておりましたでしょうか……?」
 1セット目の実験では装備をすべて外しても弥生に特に変化は見られなかったため、2セット目では共鳴解除して参加した。英雄の三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)は面倒臭がって幻想蝶に引っ込んでしまったが。
 國光とシェオルも同じように共鳴を解除して参加した。
「そうだね、今回協力してくれたエージェントはどうやら全員、BSは効いていないみたいだ。考えてみれば一般人が気づかず侵蝕される強度のBSだし、エージェントには効かないのかもしれないね」
 解析を終えた國光が言った。H.O.P.E.内部でも善性愚神に対する反応は様々で、いま蔓延している『魅了』スキルがエージェントにまで効果があるとは考えにくい。
「そうですか……せっかくお役に立てると思いましたのに……」
 弥生はしょんぼりとうなだれる。
「がっかりする必要はないと思いますよ。アル=イスカンダリーヤ遺跡群に現れたときの戦闘では、アッシェグルートのフォイルリヒトには特殊抵抗の効果が見られたようです。弥生の特殊抵抗は特別に高いので、戦闘になれば有利だと思います」
 キースが助け舟を出すと、弥生はぱあっと明るい顔になる。
「そうですか! ではもしアッシェグルートと戦闘にでもなれば、私が御屋形様を御守りします!」
「うん、まあそうだな。そん時はよろしくな」
 一真もわずかに笑む。
 すぐにあの愚神を殺しに行くことは叶わない。
 だがいずれは必ず闘うことになる。そういう予感がする。
 あれは敵だ。倒すべき敵だと、強く思っている。

「アンケートの好感度は小数点以下は誤差として四捨五入、最大値は10。初期値が高めだね。5だ」
 ノートパソコンを操作しながら國光が話す。
「1セット目。最初のモザイク映像で変化なし。2番目の愚神映像で好感度8。3番目のライブ映像は……結構効果ありかな、4に下がってる。最後のクリアプラス付与のケアレインで2まで下がった」
「0とかにはならないんですね」
 キースが少し残念そうに言う。
「まあね。初期値が高めってことは、繰り返しBS効果を受けている可能性が高いよ。こちらも繰り返し解除すれば、効果が出るかも」
 國光はひっきりなしにキーボードを叩き、マウスを操作してデータ処理を続けている。
「ではH.O.P.E.に予算を申請して、動画配信の広告に捻じ込んで貰いましょうか……」
 真面目な顔で、キースが予算の計算を始めた。國光は気にせず続ける。
「2セット目。やはり最初のモザイク映像で効果なし。2番目の目隠し愚神映像で……8。小数点以下は下がってるけど、誤差範囲だね」
「直接目を見る必要はないってことか?」
「データ的には」
 一真の問いに、國光はさらりと答える。
「なあ、ソレって俺の撮った映像も使った結果? ……ってことは、常時全方位発動型ってことかねェ?」
 いつのまにか、ヤナギがノートパソコンを覗き込んでいた。
「常時かどうかはわからないけど、少なくとも録画時には発動してた可能性が高いね」
 ライヴスゴーグルで國光が強い違和感を感じた映像は、ちょうどヤナギが録画したものだった。
 至近距離で、アッシェグルートがカメラを見ていた。
 映像に保存されるライヴスについては他の方法で解析して貰うほかないが、なにかがあるとは感じている。
「続きの結果はほぼ同じ。ライブ映像で4、スキルで2。誤差範囲の差はあるけど、これはあまり意味がないってことで」
 実は、ライブ映像は2回録画した。歌の最後にクリアレイを放つものと、歌だけのもの。
 1セット目に使ったものがクリアレイ有り、2セット目のものがなしだが、これは差が見られない。
 クリアレイについては、映像を介した効果はなしと見ていいだろう。
「魅了に掛かりやすい年齢・職業その他の傾向は無し。ライブ映像で解除されやすい年齢は若い世代。つまりはロックやアイドルに興味がある世代かな」
「じゃあ、爺さん世代には演歌にでもして聞かせればいいってコトか?」
 ヤナギが冗談めかして言うと、國光が真面目に聞き返す。
「演歌バージョンも作れる?」
「いや、本当に必要なら曲作れるヤツと歌えるヤツ連れてくるケドな?」

 そこへばたばたと稲荷姫がやってきた。
「大変じゃ! お初が倒れた!」
 


「……結局、サブリミナルとかでやられたんですか?」
 ぐったりして寝かされている初春を眺めながら、駆けつけたキースが言った。
「映像のサブリミナル効果は実質否定されてますよ。近年新しい結果が出てますけど、普通のコマーシャルよりちょっと劣る程度の効果しかないです。長時間根詰めてやってたから、むしろ視聴時間の関係じゃないですかね」
 柏木が横から答える。理系の彼は、科学的根拠のないものには冷淡だ。
「そういえば、だいぶ根詰めてやっておったのう」
 稲荷姫は解析した音の波形、初春はコマ送りの映像を見続けていた。
「何時間くらいです?」
「5~6時間くらいか……?」
 キースが時計を見て経過時間と現在時間をメモする。
「大変! 癒しますね! ゲヘナ、ちょっと来て!」
 心配してやって来たシェオルを、キースが片手で制する。
「待ってください。この状態で、精神的には『魅了』の効果は出ているんですか?」
「……え」
「貴重なエージェントの症例じゃないでしょうか?」
「お初、しっかりするのじゃ!」
 困惑顔のシェオルと、必死に呼びかけを続ける稲荷姫。
 ギリギリ受け答えが出来るようになったところに無理矢理アンケート用紙とペンを握らせると初春は、「 も う 見 た く な い 」と大きく斜めに殴り書き、そのまま昏倒した。
 さながらダイイングメッセージのようであった。
 


「さっき言ったサブリミナル映像ですけど、科学的根拠はない――つまり、実験効果は再現できなかったのに『もしも』『知らないうちに深層心理を操作されたとしたら』『気持ち悪い』という、多分に感情的な理由で各国で規正法が整備されています。今回確認された魅了効果についても、サブリミナル的表現方法ってことで同規正法が適用できませんかね?」
 倒れた初春をシェオルが介抱している間に、柏木はキースと別の相談をしていた。
「なるほど、調べておきます」
 実験結果で捻じ込もうとは思っていたが、根拠法にあたるものがあるならそれに越したことはない。
 幸い、サブリミナル映像に関しては各国に規正法があるし、類似する表現手法についても法廷で争われた実績がある。争うまでも無く、世間の非難の集中で陳謝に至った例も数多くある。
「ボク達は四国の事件で発生した悲劇から学ばなければならない……。関連法があるなら、最大限に生かして見せますよ」  
 四国では洗脳電波の拡大を許し、それが次の事件や社会不安を引き起こした。
 いま『善性』を名乗る愚神たちが何を企むのかはまだ不明だが、このままにしておくわけにはいかない。


「お、マスコミに映像差し止めの交渉に行くか? なら俺も連れて行ってくれよ」
「沖。感情論ではなく法律的な交渉になりそうですからね?」
 キースは早速釘を刺すが、一真の熱意を大いに買っている。
 交渉の場面では論理よりも、熱意こそが人を動かす場面もあるのだ。
 複数のマスコミに文書での申し入れを行うとして、直接足を運んで説得する必要も出てくるだろう。  
 まずはどこから攻めるべきか?
「再生回数から言うと、ネット動画の会社かと思うよ。まずは回り続けてる再生数カウントを止めたいね」
 パソコンで検索しながら、國光は意見を述べる。
 テレビ局による一挙放映も厄介だが、いまの時代、常時アクセス可能なネット動画は脅威だ。
 それに、こちらで作成した音楽映像の配信交渉もある。
「杏樹には休んでおいて貰うとして、シェオルと柏木は同行をお願いできますか? 今回の被験者の初期値が高かったのが気になります。交渉の場にも、バフスキルが必要になるかもしれません」
 マスコミであっても動画配信会社であっても、人気の高い映像を責任者が見ていないということは無いだろう。
 もしも責任者が『魅了』スキルの影響を受けていたら……解除用スキルの有無が交渉の成否を分けるかもしれない。
「あの、私にお手伝いできることでしたら」
 シェオルの立場はあくまで中庸だが、役割が癒しであれば断る理由はない。

「慌てる必要はありません。しっかりと準備をして、法と理論とデータで理性的に交渉しましょう」
 『魅了』スキルに対して、対抗の準備は整った。

 愚神たちは『善性』を名乗り、何を目論むのか?
 本当に人類との共存? それとも――?


 宴は、まだ続く。



結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 救いの光
    シェオル・アディシェスaa4057
    獣人|14才|女性|生命
  • 救いの闇
    ゲヘナaa4057hero001
    英雄|25才|?|バト
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
  • ダウンタウン・ロッカー
    ヤナギ・エヴァンスaa5226
    人間|21才|男性|攻撃
  • 祈りを君に
    静瑠aa5226hero001
    英雄|27才|男性|シャド
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
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