本部

【愚神共宴】連動シナリオ

【共宴】ゴウダツ

雪虫

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/04/28 09:37

掲示板

オープニング

●密かなる戦い
「限界だ。交代させてくれ……」
 モニターを凝視していた職員は立ち上がると、ふらふらと空いたスペースに赴きそのままバタリと倒れ込んだ。部屋は惨状と言うより他はなく、仮眠ベッド、ソファーはおろか床まで職員が占拠している。
 H.O.P.E.はヘイシズ達が善性愚神を名乗り出した頃からアルター社にハッキングを仕掛けていた。人類と和解したい、この世界の秩序と平穏を望んでいる……そんな事を嘯かれて、それでは共に平和の道を歩みましょう! ――などと手放しで歓迎していたわけでは当然ない。
 とは言え善性愚神にもアルター社にもこちらの動きがバレてはいけない。アルター社はグロリア社に並ぶ超多角的大企業。元々プロテクトが強固な上、見つかりそうになったら即逃げる隠れるの繰り返し。結果作業は遅々として進まず、職員達の神経をここぞとばかりに削りまくった。
「……、きた、きた、きたぞぉぉぉっ!」
 と、モニターにかじりついていた一人が天井に拳を突き上げた。ついにおかしくなったか、と生温い視線が送られたが、叫んだ当人自らがその可能性を否定する。
「アルター社のメインコンピューターに侵入出来ました!」
「なんだと!?」
「今、情報を入手します……」
 成功した職員はキーボードをカタカタ叩いていたが、「くそ、見つかった!」と奥歯をギリッと噛み締めた。
「これだけ……せめてこのファイルだけでも……!」
 タンッ、とエンターキーを押し、同時に糸が切れたように職員の首が傾いた。固唾を飲んで見守っていた同僚達が「どうだ!?」と駆け寄ってくる。
「すいません、一つだけしか……」 
「いや、よくやった。あとはこっちで確認しておく。少しの間休んでおけ」
 室長から肩を叩かれ、彼もまた椅子から去って床の住人に成り果てた。部下がようやく手に入れた「戦利品」を開き、室長は目を見開く。

●渦中のモノ
「こんにちはー。お饅頭持ってきたので会議室行ってもええですか?」
 完全に「遊びに来ました」と言わんばかりのパンドラに、オペレーターは頭痛を覚えつつ重苦しい息を吐いた。善性愚神などと名乗ってはいるものの、愚神が饅頭持参でH.O.P.E.に来るなど本当にどういう状況なんだ。そんなオペレーターの苦悩葛藤つゆ知らず、当の愚神は饅頭入り箱を腕に抱えてにこにこしている。
「オペレーターはんも食べますか? 疲れている時には甘いものがええって聞いたんですけれど」
 言って愚神が饅頭を出そうとした、その時、内線が鳴り響きオペレーターは受話器を取った。瞬時に表情が緊張を孕み、険しい目線が眼前の愚神へ向けられる。
「愚神パンドラ、お前に聞きたい事がある」
「はい、なんでしょう」
「アルター社が明日、新しい香水を発売するそうだ。そのパッケージに使われている箱が『お前の使役している箱型従魔とそっくり』だそうなんだが、どういう事だ?」
 オペレーターはパンドラを睨んだ。パンドラは小首を傾げた。相も変わらず饅頭入り箱を腕に抱え込んだまま、無邪気そうな微笑みでオペレーターを見つめている。
「へえ? 僕は知りませんよ?」
「これがその画像だが」
「確かに似ている気がしますね。でも僕は知りませんよ? アルター社ってヘイシズはんがいる会社ですよね? 僕の『奇箱』の外見を参考にしたんと違いますか?」
 それなら相談してくれればいいのに、と愚神は無邪気に笑った。場の空気は固く冷たいものに変わっていた。オペレーターは愚神を見据え、H.O.P.E.の一員として伝える。
「愚神パンドラ。いや、今は『善性愚神』と言っておこう。我々人類との共存を本当に望んでいるのなら、こちらの要望に応えてくれるな?」
「それ、会議室だとあきまへんか? どうせならエージェントの皆さんともっとおしゃべりしたい……」
 オペレーターの瞳が鋭さを増し、パンドラは肩をすくめた。残念そうな視線を腕の中の箱へと向ける。
「お土産頼まれていましたのに……届けられなくて残念ですね」

●潜入と強奪
「一応アルター社にも電話を掛けたが、『本日の営業は終了しました』だそうだ。もっとも、こちらもハッキングで得た情報だ。まともな答えが得られるとも思っていないが……」
 エージェント達は通信機越しに職員の説明を聞いていた。現在時刻は午後八時。今から十二時間後……つまり明日の朝八時にはパンドラの使役従魔、奇箱そっくりの箱に入った香水が発売されるという事だ。発売日前日にも関わらず宣伝さえされていないのは、やはりこれがアルター社、いや『善性愚神』の策だからか……いずれにしろ、今は推測の域を出ない。
「今から君達が向かうのは売り場の一つであるアルター社系列のデパートだ。そこだけ唯一見取り図を得る事が出来た……奇箱そっくりの箱が本当に従魔かは分からない。パンドラが言ったように似せて作っただけの、ただの普通の箱かもしれない。
 だが従魔だとしたら、アルター社は従魔を人々にバラ撒こうとしている事になる。その場合箱の中身もただの香水ではないだろう。君達の任務は『箱と香水の回収』だ。従魔だと証明するだけなら現場でも方法はあるだろうが、連中が一体何を企んでいるのか完全に暴く必要がある。故に出来るだけ多くサンプルを入手して欲しい。解析結果をアルター社、もしくは直接世間に公表すれば販売を差し止める事は可能なはずだ。
 だがデパートへ潜入したのがH.O.P.E.であると突き止められた場合、立場が悪くなるのは我々の方だ。アルター社が警戒を払っているのならデパートに警備員ぐらいは当然置いているだろう」
 もしかしたらパンドラが現れたのも計算の内か? もしパンドラが雲隠れしていたのなら、それを怪しむ口実にアルター社を強制調査する事も出来たかもしれない。いや、どう足掻いても推測だ。もし本当に奇箱なら、従魔なら、それが善性愚神とアルター社の化けの皮を剥がす一手になる。
「難しい事を頼んで申し訳ない。だが君達に任せるしかない。頼んだぞ!」

●デパート構造
1階
□□□□□□□□□        
□BB E BB□ A:自動ドア
□BB   BB□ B:テナント
□       □ C:階段
□BB   BB□ D:エレベーター(稼働中)
□BB   BB□ E:エスカレーター(停止中)
C       D F:トイレ(ダクトに入れる)(ダクトはデパートの四隅と中央に繋がっている)
□F□AAA□□□ 

2~4階
自動ドアがない以外は1階と一緒

5階
□□□□□□□□□
□HG E II□ G:ゲーセン
□GG   II□ H:電気室
□GG   II□ I:レストラン
□GG   II□
□GG   II□
C       D
□F□□□□□□□

解説

●デパート概要
 5階建て。入口は1階自動ドア(閉鎖中)と屋上扉(施錠中)のみ。至る所に監視カメラあり
1階:スーツ、貴金属系フロア
2階:男性服フロア
3階:女性服フロア
4階:子供服フロア
5階:食事、ゲーセンフロア。階段を上がると屋上へ着く

●目標
 H.O.P.E.のエージェントである事がバレないよう立ち回りつつ奇箱を出来るだけ多く入手する

●敵NPC
 リンカー警備員×20
 各階
・ジャックポット×2(銃装備:トリオ×1所持)
・ドレッドノート×1(斧装備:怒涛乱舞×1所持)
・バトルメディック×1(魔道書装備:ライトアイ×2所持)
の4人1組で巡回警備に当たっている。侵入者を発見した場合は捕縛、奇箱を奪われた場合は破壊するよう命令されている。
 全員通信機を所持、連絡を取り合える。
 
●箱
 見た目はパンドラの従魔『奇箱』にそっくりな箱。一辺7センチメートル程。3階の中央に200個積まれている。非常に脆く攻撃を一発でも受ければ中の香水ごと簡単に壊れ、消滅する。幻想蝶には入らない。動かない。
 
●PCの状況
・各自デパートの見取り図を持っている
・希望があれば覆面、ロープ、風呂敷、リュック、懐中電灯が支給される(それ以外は支給なし)

●その他
・香水は従魔・愚神ではない(香水に攻撃される可能性は考えなくてよい)
・パンドラはリプレイには出てこない
・車での移動を想定しているが希望があればヘリも出せる。ただしデパートに近付き過ぎた場合、ヘリの音を敵に気付かれる可能性は考慮する事(警備員がヘリを発見した場合AGWで容赦なく撃つ)
・捕まった場合、事実上の拘束期間として重体とする
・デパート内部や商品は出来るだけ傷付けないよう配慮する事
・デパート内の商品を利用しても構わないが、持って帰ったりはしない事

リプレイ


 エージェント達の格好はなかなかバラエティーに富んでいた。
 共鳴し木陰 黎夜(aa0061)の姿となったアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は、リュックを腹側に抱えての覆面姿。不知火 轍(aa1641)は髪を黒に染め、化粧をし、服装はイメージプロジェクターで春トレンドカジュアル系女性服。
 ファリン(aa3137)は覆面の上に龍虎魂と暗視鏡「梟」を重ね掛け、首から下は忍装束「影夜」。沖 一真(aa3591)もイメージプロジェクター使用だが、こちらは髪を解きぼさぼさにした上でヴィランぽい荒々しい服装を。
 バルタサール・デル・レイ(aa4199)は覆面を被り、変装道具セットを活用してのヴィラン風。栗花落(aa5521hero001)は覆面にライヴスゴーグル。上は192m48歳、下は146cm15歳、そんな六人が会した絵面は蛍光灯の光の下では結構なインパクトがあった。
『後で調べられたら面倒だ。侵入後は互いの名は呼ばない方がいいだろうな』
「声を出さずに済むよう合図を決めておくのはどうだ。モールス信号のように通信機を叩く回数や長さで伝える、とかな」
 栗花落の言にバルタサールが案を続け、突入時や撤退時などその他簡単な合図を作成。詳細なやり取りが必要な際はスマホのワイヤレス通話を使うという事でまとまった。
「(パンドラさんと、お話が出来たら一番良いんだろうけど……)」
 見取り図を頭に叩き込んでいると、栗花落の内から温羅 五十鈴(aa5521)が声を漏らした。共鳴しているが故に伝わる、筆談でも手話でもない五十鈴のありのままの声。あるいは思念。栗花落は紙面に視線を落としたまま返す。
『本当の事を言うとは限らんがな』
 でも、お友達だから。そんな言葉と共に五十鈴が笑んだ気配がした。怪しいと思っていないわけではなく、でも「お友達だから」。少し大人びた笑みは覚悟の証。もう決めたのだから、と。
 栗花落はそれに対し今度は沈黙のみで応えた。五十鈴がそう、決めたなら。
 自分はそれに付き合うだけだ。


 『本日の営業は終了しました』、自動ドアにはそのように看板が下げられていた。だが中からは煌々と灯りが漏れ、これみよがしと言える程に警備員の姿も見える。
「一般人向けの愚神に関する品。もしやこれが情報操作の種……なのでしょうか」
『しくじるなよ。これは不法行為だ。捕まれば前科がつく』
 ヤン・シーズィ(aa3137hero001)の声にファリンはこくりと頷いた。外部に監視カメラはない、と言い切る事は出来ない。ジャングルランナーのマーカーをビルの外壁へ射出して、飛んだと同時に吸盤でべたりとへばりつく。周囲に警戒を払いつつ外壁をよじ登っていく。

「真実に迫るこの緊張感、悪くないぜ」
『はいはい。楽しくて仕方ないのはわかったけど、深追いしないようにね』
 緊張と共にある種の期待を示す一真に月夜(aa3591hero001)は静かに釘を刺した。ヘリを申請した一真はビル側から怪しまれない位置まで飛行を頼み、ビル上空を通過した時点でドアを開ける。
「気を付けて帰ってくれよ」
 送ってくれた職員に一言告げ、そのままマジックブルームを使って降下。さながら流星のごとく夜の中を駆け滑る。

「……キナ臭ぇ事、やってんなとは、思ってたけど……まぁ、やる事、するだけ……だな」
『さぁさぁ、お仕事頑張りましょうか』
 雪道 イザード(aa1641hero001)の声に轍はふうと息を吐き、地不知を纏った足で壁を低姿勢で駆け上がった。窓際を避けて走る表情は普段と変わらぬように見えるが、本業の隠密行動に実はやる気が高めである。
 屋上に到着し、轍は扉に作業用手袋で覆った右手を押し当てた。気配がない事を確かめた後、鍵師で開錠を試みる。
「普通の鍵……みたいだな」
 ならば難しい事は何もない。鍵はいとも簡単に開き、上がってきたファリンが扉を薄く開いてモスケールを起動させる。ライヴスの反応で敵の位置を探る間に、着地した一真が通信機で潜伏班に開始を伝える。
「階段にはいないようですわね」
 良家令嬢に相応しい言葉遣いで告げた後、ファリンはPAEスーツに換装していの一番に突入した。階段に身を潜めこっそり五階を伺うと、武器を手に歩き回る警備員が四人見える。臨戦態勢と言うには遠く、単に巡回警備中と判断してもいいだろう。
「わたくしが先に参りますわ。お二人とも、ご武運を」
 警備員が背を向けた、と同時にファリンは床を蹴り、改造キリングワイヤー、銘【蔡文姫】を発射した。ワイヤーが接着と同時に取り付けられた改造エレクトリクス、銘【打神鞭】が敵のライヴスを逆流させ、警備員は脳天を打たれたような衝撃に倒れ込む。
「おい、どうした!」
 ドタンという物音に他の警備員が気付いたが、その前に一真が口角を上げて立ち塞がった。突然の“ヴィラン”に怯む二人へ一真は錫杖「金剛夜叉明王」をかざす。
「二人まとめて頂きだ!」
 魔血晶が砕け紅い奔流が疾走した、次の瞬間、 文字通り火力を増したブルームフレアが警備員達に襲い掛かった。そのまま通信機を奪い、異常なしと各階に装いたかった所だが、敵もそう簡単に倒れてはくれないらしい。
「侵入者だ、四階は応援頼む。三階以下は例の物を!」
 ファリンと一真が注意を引いている隙に、轍は一人電気室兼警備室を目指していた。遭遇を避けるべくゲーム機の影に隠れつつ、シーフツールの手鏡で左右後方を確認しながら移動する。
「休憩を回せってよ」
 室内に人の気配はないが、念のため声色を変えてノックする。伏兵のない事を確信した後、鍵師で開錠し部屋の中へと滑り込んだ。電気設備、監視カメラや防犯ブザーなどの警備系をオフにするため関連の電源を落としていく。代わりにエスカレーター等の一部の設備はオンにする。
 急に視界が真っ暗になり、電気室の電源が落とされたと判断した。一真は通信機を数回叩き、潜伏班に「突入せよ」と指示を出す。
「ライトアイ、参ります」
 ファリンは一真へ呼び掛けた後、視界を確保させるべくその目にライヴスを纏わせた。先程衝撃を与えた警備員はサブミッションで拘束後、ロープで捕縛、風呂敷で目隠しして隅の方に転がしてある。敵が慌てている隙にファリンはゲームセンターへ走り、両替機に手を掛けた。そしてわざと音を立て、両替機に何か細工しているように見せかける。
「誰だ! そこで何をしている!」
 声のする方向へファリンは鷹揚に振り向いた。目的は細工中の姿を故意に発見され、狙いは金品であると誤認を誘発させる事。顔には虎の顔を完全再現したマスク、その名も轟け龍虎魂。インパクトを与えて真の狙いをカモフラージュするために、虎顔忍者ガールは両替機を背に華麗なポーズを決めてみせる。
「わたくしの名は義賊『タイガー忍者』。どうぞお見知りおき下さいませ!」


 ファリン、一真、轍が屋上に向かっていた頃、栗花落、アーテル、バルタサールは一階を覗き込んでいた。警備員の様子を少しでも目に焼き付けながら栗花落はぽつりと呟く。
『優先すべきは箱とこちらの情報か。移動と解析の時間も考えれば、あまり時間はなさそうだな』
「素性をバラさずに任務っていうの、初めて、だな……」
『ああ。バレたら日常にも支障が出るかもしれない。気は抜けないな』
 黎夜の言葉にアーテルが応えた――直後、突如デパートの電気が消え全てが暗闇の中に落ちた。ほぼ同じくして一真から連絡が入り、バルタサールが自動ドアの隙間に両の指をねじ込む。
 もしもの場合は音の立たないやり方でガラスを蹴破る事も考えたが、電源が落とされたと共にロックも解除されたらしい。扉は呆気なく開き、三人は即座に雪崩れ込む。バルタサールがモスケールで、アーテルが戦屍の腕輪で警備の位置と反応を確認。
「ジャックポット一名、三階の応援に」
「おい、自動ドアが開かなかったか」
「ライトアイ、早くしてくれ!」
 栗花落は耳を活用し、警備員の話声や足音などを聞き取った。どうやら五階に“侵入者”が現れたため配置を変更しているようだ。
 栗花落は先のエネミー戦後、ヘイシズによる声明発表での世論の反応に違和感を覚えていた。だからこそ一層、エージェントだとバレるわけにはいかない。もしもの場合に備え、エージェント登録証や制式コートなど、エージェントと解るものは置いてきた。
 それでももしバレた後、ヘイシズが声明発表を出したとして、それが悪感情であった場合世論は如何傾いてしまうのか。
「……何事もなかったら、いいんだ……。H.O.P.E.の勘違いなら……」
 アーテルの内から黎夜がぽつりと声を漏らした。パンドラの言い分はオペレーターから聞いている。言い分通り、あの箱は善性愚神をPRするためだけのものなら。
「でも……従魔や……狂化薬みてーに、誰かに影響を与えるものだったら……イヤだ……」
『歓迎の声は不自然だと思う。それに、マガツヒの構成員がどんな関係性を築いているかは知らないが……パンドラの行動に気付いているなら泳がせているか、それともグルか。俺の思い違いなら良いんだがな』
 アーテルは声を返しつつ闇の中を音なく動いた。警備員達は体制を整えるのに手間取っているらしい。ダミーに貴金属の一つでも確保しようかと思ったが、鍵付きケースに保管されているようだし、時間が掛かりそうだと判断し先を急ぐ事にする。
『魔法系の罠はないようですね』
 三階に到達後、マジックアンロックを施行してアーテルは結果を告げた。箱周辺に至る前に再度試す必要はあるが、とりあえず見える範囲はこのまま進んで大丈夫だろう。
「……警備が七人いるようだな」
 モスケールのゴーグルを眺めバルタサールは呟いた。どうやら侵入者の知らせを受け、警備員を三階にも集中させているようだ。
 バルタサールは先日、アルター社のAGW『フェニックスブレイズ』を試用した。その際ライヴスの不調があった。……というより、邪英化の危険性があるように見受けられた。
 香水の警備にこれだけの人員を割くのも不自然だ。しかし、あからさまに怪しげな行動をするのも不自然であるし……世間のH.O.P.E.への印象を悪化させるために、陥れようとしているのだろうか?
『どちらにせよ、このままじゃ埒が明かないね』
 ゴーグルに映るライヴスの動きに紫苑(aa4199hero001)がふむと声を漏らす。トイレや交代休憩の隙でも狙いたい所だが、さすがにこの状況でそれを待つ余裕はないだろう。
「ならば、こちらも陽動と行くか。お前達は先に行け」
 バルタサールは単身一階の貴金属フロアに下り、SSVD-13Us「ドラグノフ・アゾフ」でガラスケースを破壊した。ガンライトに一瞬照らされた光景を目に焼き付け、九陽神弓に武器を替え別方向へ矢を射掛ける。
「一階に侵入者!」
「狙いは貴金属類なのか?」
 かなり派手に動いているらしく、栗花落やアーテルの耳にもガシャンパリンと音が聞こえた。バルタサールは光源としてガンライトと懐中電灯を所持しており、モスケールで敵の位置を把握する事も出来る。だが灯りは自分の位置を教える諸刃の刃になりえるし、モスケールは障害物の場所については示さない。
『つまり無茶は禁物、という事だね』
 紫苑が愉快そうに笑い、バルタサールは沈黙を貫く。この程度、過去の『仕事』に比べれば無茶と言うにはあまりに遠い。乗るためではなく囮のためにエレベーターを作動させ、警備員が来る前に再び闇の中に沈む。
 幾人かの足音が下に降りたのを確認した後、アーテルは栗花落の袖を引き、四階への踊り場から三階へと引き返した。懐中電灯を使えば敵にバレる危険が上がる。暗視鏡の視界と暗記した見取り図を頼りに遮蔽物を利用しながら、浮足立っている警備員の間を掻い潜って進む。
『これだな』
 周辺に魔法罠がない事を再度確かめた後、アーテルは積まれている箱の一つを手に取った。触ってもぴくりとも動かず、変な装飾がある以外はただの箱に見えなくもない。だがアーテルがダストスポットの簡易マテリアルカード、栗花落が幻想蝶に入れようとしても入らない。
 アーテルはダストスポットを緩衝材代わりに奥に詰め、破損させないよう注意しつつリュックに箱を詰め込んだ。栗花落も風呂敷に箱を包み、ポケットにも一つぐらい入れようと試みる。
「いたぞ、侵入者だ!」
 警備員の声が響いた、と同時に銃のガチャリという音がした。


 轍は電気室にある机を一人漁っていた。探しているのは『警備日誌』『警備員名簿』『セキュリティレベル』『箱の製造情報』。その四つの入手を最重要目標に素早く手を動かしていく。
 日誌と名簿は目ぼしいページをスマートフォンのカメラで撮影。結構探してみたのだが製造情報はないようだ。
『ふむ、警備員の数がこれだけ多いのは今日だけのようですね』
 イザードの声に轍はこくりと頷いた。その他のセキュリティについては特筆すべきものはなく、急遽人員を増やして強化したと見受けられた。
 
「どうされました。遠慮なくかかっていらっしゃい!」
 その頃義賊タイガー忍者、もといファリンは全力で暴れ回っていた。一人は縛って転がしたが、四階からの増援もあり実質対峙数七名。敵の攻撃は回避力を生かしてとにかく躱し、【蔡文姫】を振るって衝撃を与え、また躱してを繰り返す。
「もう一丁!」
 一真はブルームフレアで数人を炎に巻いた後、銀の魔弾で追い打ちを掛け一人を戦闘不能にした。エレベーターの封鎖に行きたいがそれは許してもらえなさそうだ。退路を断たれないために、ファリンと二人で屋上への階段を背に守り戦う。
「なんだ貴様ら、強盗か!?」
「先に申し上げました通り、わたくしは義賊タイガー忍者ですわ!」
「俺様は怪盗……そう、ドーマンとでも名乗っておこうか。まさかリンカーまで雇って警備してるとはなぁ。どっかにダイヤか金塊でも隠してあるんじゃねぇかい?」
 ファリンの名乗りに引き続き、金品目当てのヴィランと誤認させるべく一真は親指で己を差した。そしてこれまたファリンに倣い怪盗ポーズを決めてみせる。
「この世のお宝は俺様のものだぜ。捕まえれるもんなら捕まえてみろぉ!」
 それを聞いて月夜は思った。
『(……こそ泥の演技が様になってる)』

「……まぁ、こんなもの……かな」
 轍は目当てのモノを奪取し終え、鍵師で電気室の鍵を変えて外に出た。警備員は仲間のいる階段側、轍とは逆方向に集中している。轍は誰に見咎められる事もなく、悠々と稼働させたエスカレーターを降りていった。


「放て!」
 鋭い声が一つ鳴り、銃弾と魔法攻撃とが雨あられと降り注いだ。アーテルと栗花落は咄嗟に箱の乗る台へと隠れ、頭上から砕けた箱の破片と香水とが降り注ぐ。
「(! ……普通に壊してきた、ね。只の箱、なのかな……)」
『(……いや、それなら態々破壊する必要もないだろう)』
 五十鈴の声に栗花落は即座に言葉を返す。そも幻想蝶に入らない時点で普通の箱とは考え難い。この反応は奪われるくらいなら壊せといった所だろうか……幾らパンドラの箱に似ているといっても随分と徹底している。
 ライヴスゴーグルで破壊された箱・香水による影響の有無を確認したいが、暗闇ではライヴスを可視化する事は出来ない。とりあえず異常は感じない。ならば少なくとも中身がぶちまけられてどうというものではない。
『そちらの状況はどうですか? ……分かりました。二手に別れましょう。俺は五階から脱出します』
 一真に連絡を取ったアーテルは、アガトラムを装備しながら栗花落へとそう告げた。警備員が手薄な方から脱出をと思ったが、この状況ではどちらが薄いか判断しにくい。二手に別れて今自分達を追っている敵を分散させる、それが一番包囲を薄く出来る方法のはずだ。
 アーテルは栗花落を連れ階段まで走り抜けると、そのまま脇目も振らずに五階まで上がっていった。一方の栗花落は懐中電灯で足元を照らし、全速力で階段を駆け下りていく。
「待て! 逃がすな!」

 三階から誰もいなくなり静寂が一帯を支配した。そこにエスカレーターに乗った轍が悠々と降りてきた。仲間達の奮戦により警備員は誘き出され、ここは完全にもぬけの殻。破片を退ければ結構な数の無事な箱が乗っている。
 壊れた箱から『脆い』と見て取り、またその特性から洗脳の箱の類似品だと推定し、細心の注意を払って風呂敷で包んでいく。
 二枚申請していた風呂敷両方に包み終え、肩と腰に括り付け……と、天井から垂れ幕が下がっている事に気が付いた。商品として売るのであれば広告等の商品情報が無いと販売出来ない、故にチラシの類がないかと一応探していたのだが。
「……これでも、いいか」
 垂れ幕を一つ引き剥がし、小さく畳んで風呂敷へ。スマホのライトで足元を適宜確かめつつ、轍はやはり悠々とエスカレーターを降りていった。


「さすがに少々、人数が多いですわね」
 ファリンと一真は少しずつ追い詰められていた。追い詰められていると言ってもこちらのダメージはかすり傷程度、一方警備員は戦闘不能も視野に入れての猛攻に少なくないダメージを負っている。退路はきちんと確保しているし、いざとなれば背中を向けて屋上に逃げ込めばいい。
 だが多勢に無勢は間違いなく、捨て身で一気に飛び掛かられれば捕まる危険は否めない。隠密班から任務終了の報告は受けた。ここは一か八か全力で屋上に駆け込むか?
 その時、階段を駆け上がってくる誰かの靴音が聞こえてきた。新たな侵入者かと警備員が首を向けた――瞬間、アーテルの放ったブルームフレアが警備員達を焼き焦がす。
『今です。撤退しますよ』
 アーテルの攻撃に乗じてファリンはガーンデーヴァの弦を絞り、転がした消火器を破壊して中身を一気に噴出させた。簡易煙幕に敵が封じられた隙に三人は屋上へ疾走し、ファリンは地上へそのまま飛び降り、アーテルもまた身を投げ出してマジックブルームで宙を舞う。
 一真も同じく空中ダイブを決めようとしたが、その前に追ってきた警備員達を振り返った。ギリギリの位置に立ちながら右手をひらひら軽く振る。
「あばよ、とっつぁん!」
『(まーた調子に乗って……)』
 月夜は内心溜息を吐き、一真は背中から闇の中へと落下する。警備員達は悔し気に大きく床を踏み締めた。


「来たか」
 響く複数の足音にバルタサールは視線を向けた。階段から懐中電灯を持った栗花落が姿を見せ、物陰に身を潜めた後通信機をコツコツ叩く。
「そこにいるのは分かってる! 抵抗せずに大人しく出て来い!」
 警告が聞こえたが当然従うつもりはない。栗花落とバルタサールは再度通信機を叩き合うと、警備員に姿を晒しつつ別方向に得物を向けた。栗花落は光弓「サルンガ」を。バルタサールは九陽神弓を。放たれた矢はライヴスを纏い、閃光を炸裂させる。
「!!」
 フラッシュバン。それも暗闇、それもダブル。警備員達の目を眩ますにはあまりにも効果的。
 栗花落とバルタサールは快哉を叫ぶ事もなく、身を翻して獣のように自動ドアから走り去った。警備員達は外に出て、白く焼かれた目を必死に四方へ巡らせるが、既に二人の姿は影も形も残っていない。
「まだ遠くへは行っていないはずだ! 探せ!」
 警備員達は逃亡者を追ってそれぞれの方角へ駆けていき……その、誰もいなくなった自動ドアから春トレンドカジュアル系が、女装した轍が堂々と姿を現した。轍はこそこそせずに堂々と道を歩き、堂々と仲間達と合流し、堂々と車でその場から去って行った。


「想像以上の大漁だ。これなら解析のサンプルとしては十分だろう」
 エージェント達が手に入れた箱と香水は早急に検査に回された。黎夜は箱が幻想蝶やダストスポットのマテリアルカードに入らなかった事、警備員の動き、その他不審点を撮影していたカメラの記録と共に報告、提出。轍も得た情報はコピーを取り報告した。
 ファリンに傷を癒してもらいながら待つ事数時間、解析の結果、箱はやはり従魔だったと告げられた。轍の予測通り洗脳系……正確には『善性愚神へ好感を抱くような』ライヴスを周囲に発散しており、リンカーはともかく非リンカーへの影響は甚大と考えられる。
「香水に関しては詳細不明だが、従魔か愚神由来と思われる成分が含まれている事が分かった。こちらは専門家に回して綿密な分析を頼むつもりだ」
「善性愚神への好意的な世論は、情報操作ではなく人心操作の可能性があるという事ですの?」
「そういう事になるな。とにかくこれで販売を差し止められるはずだ」
 ファリンの問いに答えた後、オペレーターは報告を上げるため一時その場を離れていった。一真は一層強まった緊張と期待に笑みを漏らす。
「さて、次は一体どんな『宴』になるのやら」

『五十鈴。お前、もし彼奴が裏切ったら如何するつもりだ?』
 栗花落の問い掛けはオブラートに包まれていた。「もし」などと言ってはいるが、箱が従魔であった以上、裏切る可能性はとうの昔に「もし」の域を越えている。
「……」
 五十鈴は少しの間だけ目元を伏せ、そしてふんわりと笑顔を見せた。その可憐な笑みには、ただ覚悟だけがあった。
 もう、決めたのだからと。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • その血は酒で出来ている
    不知火 轍aa1641
    人間|21才|男性|生命
  • Survivor
    雪道 イザードaa1641hero001
    英雄|26才|男性|シャド
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 命の守り人
    温羅 五十鈴aa5521
    人間|15才|女性|生命
  • 絶望の檻を壊す者
    沙治 栗花落aa5521hero001
    英雄|17才|男性|ジャ
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