本部

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/04/24 21:21

掲示板

オープニング

●OO
「では、余計な小細工はお互い無用とのことでよろしいですね?」
 見事な金髪をポンパドールスタイル――サイドを刈り、長さを残したトップを七三に分けた髪型――に固め、下手をすれば野暮に堕ちるブリティッシュスタイルのダークスーツを完璧に着こなした青年が、碧眼をすがめて問うた。
「概ねは。しかし、なんらかの落としどころはいただきたい」
 南米を拠点とする海賊団の使者は、いかにも神経質そうな顔を笑みの形に引き歪める。
 とある女海賊の身柄と、ブラジルのストリートチルドレンの身柄。その安全を保証することはすでに決定していたが、そのために彼が所属する派閥は少なくないダメージを被った。少しでも代償を引き出さなければ今後に障る。
「――ああ、あなたのボスへの手土産がご入り用と」
 青年は革張りのソファへ深々と体を埋めたまま顎先を傾げる。
 横柄さは気にくわないが、とりあえずこちらの要求は正しく受け取ってくれたようだ。まあ、組織としての格差を考えれば過ぎるほどに当然なのだが――
「だったら靴の裏でも喰っとけ」
 テーブルを乗り越えてきた革靴の踵が使者の鼻先に食い込み、ぐしゃり。
 わけもわからず転がった使者は、自分の鼻の惨状に気づき、声にならない悲鳴をあげた。
「てめぇみてぇなどサンピン相手にオレが出張ってやってんだ。土下座しておありがとうございますってのがスジだろうが、ああ?」
 テーブルを踏みつけ、乗り越えた青年は、のたうちまわる使者に靴のつま先を幾度となく蹴り込んでいく。
「――彼、そろそろ死にそうだけど? 生かして帰すんじゃなかった?」
 戸口に控えていた長身痩躯のアフリカンがあきれ顔で言った。
 その言葉に顔を上げた青年は、自分のスーツばかりか白い肌にまで飛び散った返り血を見下ろし、息をついた。
 そして細い呻き声をあげるばかりとなった使者のそばにかがみ込み。
「飼い主に言っとけ。菓子には菓子を、血には血を。そいつがオレら『OO』の掟だってよ」
 立ち上がり、襟を正して。
「一張羅を汚してしまった。すまないが、あなたは客人を迎えに行ってくれる?」
 アフリカンは麻のスーツで鎧った肩をすくめ。
「手当はつくんだろうね?」
「それはもちろんだが、なぜそんなことを?」
「H.O.P.E.に情報をリークしただろう?」
 青年は口の端を吊り上げ、「あなたの真似をしただけさ」。アフリカンと同じように肩をすくめてみせた。
「石の縁と鋼の縁、だったね。あなたはさしずめ拳の縁? ――縁を結んだ相手とは刃弾だけでなく、言葉を交わしておくべきだ。後日の決闘を盛り上げるためにもね」

●入港
 深夜。
 アイルランド第二の都市と云われる南部の都市コーク。そのさらに南へ向かった先に、港町キンセールがある。
 カラフルな建造物が建ち並び、観光地として知られるこの小さな町は、英西戦争においては「キンセールの戦い」の舞台となったことでも有名だ。
 その港の一角、音もなく滑り込んだ強襲揚陸艦より降り立つ一団があった。
「揚陸艦が桟橋につくんじゃ盛り上がんねぇっすね」
 錆色の髪をオールバックになでつけた細身の男が、つまらなさそうに吐き捨てる。
「なんでしたら泳いでいただいてもよかったのですよ」
 銀のストレートヘアをきっちりと結い上げた女が笑みを傾けた。
「……ご冗談。今のオレじゃあ沈んじまいますよ」
“化粧”によって人を摸してはいるが、ふたりの体を構築するものは金属だ。少なくとも、浮くようには調整されていない。
 男の名はヒョルド。女の名はジェーニャ。ふたりは人ならぬ亡霊――狼たることを夢見た白アヒルの想いに捕らわれ、鉱石を繰る愚神の力によって世界に在り続けることとなった愚神なのだ。
 と。
「ロシア、ブラジル、そしてアイルランド。君たちも落ち着かないねぇ」
 夜闇をそのまま人型に象ったかのような漆黒のアフリカンが場へと染み出した。
「僕は長い戦いの歌。みんなからはソングって呼ばれてるよ。ボスの名代で来たんだけど、隊長さんは?」
 男と女が左右へ身を退き、ひとりの少女が進み出た。
 アフリカンとは対照的に、驚くほどに白い。肌ばかりではなく、髪までも。そして瞳の赤――ひと目でアルビノと知れる。
 少女がかるくソングへ目礼すると、その内からアルトボイスが流れ出した。
『顔を合わせるのは初めてか。ヴルダラク・ネウロイだ。故在って共鳴を解くことはできんが……』
「ああ、話は聞いてる。そっちの石の女神様のことも」
 ソングはリュミドラに護られた褐色の女に目線をやった。
「へぇ、それも“化粧”なんだ? でも確か、人を真似るのに硬い金属は使えないんだっけね。引っ越しってことはコアも持ってきてるんだろうに、大丈夫?」
 ソングとリュミドラの間にヒョルドとジェーニャがが割り込んだ。
「別になにもしやしないさ。っていうか、できないよ」
 体こそまがい物ながら、ケントゥリオ級愚神が2体。ましてや元トリブヌス級愚神を英雄とした高火力型ジャックポットたるリュミドラがいて、ウルカグアリーもいる。すべてを相手取って生き延びる自信は、残念ながらなかった。
「あたしの核は安全なとこにしまってあるわ。あんた悪党なんでしょ? 用心しとかないとね」
 つんけんした返答にソングは笑った。
「うん、用心はしておいてよ。僕はちゃんとわきまえてるけど、内の狂信者がね。愚神など認めぬわって暴れ出すかもだからさ」
 楽しげに言うソングの内で、その英雄わる老僧がおもしろくもなさげに吐き捨てる。
『天の座にあらせられる主を騙らねば、それでよい』
 それ以降、また押し黙る老いた声にウルカグアリーは顔をしかめ。
「あんた、めんどくさいのと契約してんのねぇ」
「気にしなきゃ気にならないさ。で、リュミドラって言ったっけね? 今出てるふたりは支えられるの? なんだったら僕が女神の護衛を替わるけど」
「そいつはもう断られたよ。あたしらじゃ足手まといだってさ」
 リュミドラの後方から言い放ったのは、両眼を眼帯で塞いだ盲目の女海賊、ラウラ・マリア・日日・ブラジレイロである。
 南米の組織から未だ謎の組織である『OO』に所属を移した彼女は、初仕事としてウルカグアリーたちの輸送を担ったのだった。
「オールスターキャストだねぇ」
 ソングはわざとらしく手を打ってみせ、その響きを追うように闇夜を見る。
「うちのボスの計らいで、運がよければH.O.P.E.の子たちが駆けつけてくるそうだ。会えるか会えないか知らないけど、朝が来るまで飯でも酒でも自由に楽しんでよ。この後またいそがしくなるからさ」

●テレサ
 告げられた次の瞬間、H.O.P.E.の特務エージェントであるテレサ・バートレットは跳びだしていた。相棒たるマイリン・アイゼラすらも置いて、ただひとり、キンセールへ――

解説

●依頼
 ソング(+英雄)、リュミドラ(+ネウロイ)、ウルカグアリー、ヒョルド+ジェーニャ、ラウラ・マリアのいずれかと接触してください。

●状況
 H.O.P.E.東京海上支部に「キンセールへウルカグアリーと護衛の人狼群が入港。それを『OO』なる組織が受け入れた。どうやらソングもいるらしいので、彼らと縁のある東京海上支部のエージェントの派遣を求む」との匿名情報が入りました。みなさんは調査のためにキンセールへ向かいます。

●各員の場所と手持ち情報
・ソング(+英雄)=ホテルのロビーでくつろいでいます。情報は彼らの過去・現状、『OO』のことなど。
・リュミドラ(+ネウロイ)=そのまま埠頭で物思いに沈んでいます。情報は彼女とネウロイの過去・現状、群れの過去、『OO』との関係など。
・ウルカグアリー=カフェで煙草を吹かし、コーヒーを飲んでいます。情報は彼女自身の過去、引っ越し理由、今度の動き、『OO』との関係など。
・ヒョルド+ジェーニャ=埠頭から少し離れた公園にたまっています。情報は彼ら自身の過去・現状、群れの過去についてなど。
・ラウラ・マリア=アイリッシュパブで酒を飲んでいます。情報は彼女自身の過去・現状、『OO』との契約関連、今後の動きなど。

●備考
・誰の情報を得ても、今後有利になるわけではありません。ですので純粋に話がしてみたい相手を選んでください(情報を無理に引き出す必要はありません)。
・もちろん、彼らは語ることも語らないこともあります。
・彼らの内の誰かがウルカグアリーの核を持っています。もちろん、ウルカグアリー自身が持っている可能性も同等にあります。
・戦闘をしかけるのは自由です。ただし本気にならないよう注意してください(高確率で死亡します)。
・テレサはある人物の元へ向かいます。
・どこかに『OO』のボスが出現するかもしれません。

リプレイ

●点々
 果たしてエージェントたちはキンセールの夜気を押し割り、踏み入った。
 彼らの通信機を東京海上支部からのコール音がひっきりなしに鳴らし、愚神やヴィランの存在位置を告げる。そして。
 ロンドン支部を独り飛びだした、テレサ・バートレットの予想進路も。

 目線だけを交わし、エージェントは散っていく。
 それぞれが目ざす相手――明日には敵へと戻る、縁の糸に結ばれし相手へ。

●戦の縁
「縁結べとか言われてもっすけどね」
 ヒョルド・ミロノヴィチ・アジーモフが漏らし。
「私たちにとって、縁は切らなければならないものですから」
 傍らのジェーニャ・ルキーニシュナ・トルスタヤが苦い笑みを返した。
「そいつは言わねぇ約束っすよ――っと」
 ヒョルドが闇へとすがめた目線を投げた。
「バンバンババン晩餐!! であります」
 2文字ほど足せば問題になりそうなことを言いながらあっさり姿を現わしたのは、大きなリュックをしょった美空(aa4136)だった。
「ナニモン?」
「さあ……」
 首を傾げる人狼たちへ、美空はふんすと胸を張り。
「戦場の縁なのであります! 会ったことないかもですけど」
“お姉様”と共にリュミドラに集中してきた美空である。実は同じ戦場に立ちながら、一度も言葉を交わしたことはないのだった。
「じゃあ、ボクとの縁はどうだい?」
 美空の後ろから声音を投げるArcard Flawless(aa1024)。
 顔をしかめるヒョルドと、眉をひそめるジェーニャ。共に彼女と顔を合わせていたし、自身の死にも関わった相手だ。
「策士が自ら姿を晒す。迂闊ではありませんか?」
 Arcardはジェーニャの言葉を皮肉な笑みでいなし。
「刃弾を交わすのは明日からでも間に合うさ。今夜は話がしたくて来た。……中尉くんにもらったヒントを生かし切れなかった負い目もあることだし」
 シリアスなやりとりをよそに、美空はリュックからあれこれ取り出し、準備を進めていた。
「敵へ取り入るにはまず胃袋をつかめであります」
「……ダダ漏れてんじゃねぇか。てか、オレらもう生身じゃねぇぞ」
 ヒョルドの言葉に、美空はくわっと顔を上げた。
「美空はそれでもあきらめないのであります!」
「意味わかんねぇ! ま、食えるけどなぁ」

 蓄電池に繋いだホットプレートの上で、食材が焼ける。
「なんで肉全部青いんだよ? つか食わねぇよ石なんざよ」
 熟成肉と称する青カビまみれの肉、得体の知れない青肉、そしてラピスラズリを指すヒョルド。
 美空は心外そうな顔を振り向け、トングをカチカチ鳴らして威嚇して。
「ここに普通の豚バラさんが」
「むしろなんでそんだけ青くねぇんだよ……」
 それらに箸をつけることなく、Arcardは切り出した。
「時間は有限だ。探ることなくまずはボクの論を語ろう。中尉くんは一度目の死の間際に言ったね。自分たちはもう終わっていると。……妙な諦観だと思ったし、軍隊絡みの呼称も遊びに過ぎないと思っていた。でも、ちがったね」
 探りを入れることもできるが、それはしないよ。正解でも誤解でもいいんだ。次の式を解くためのヒントがもらえれば。だから隠すことなく言わせてもらおうか。
 肉の焼けゆく音ばかりが響く中、Arcardは言葉を継いだ。
「軍隊とは国の下にあるものだ。“王”からの絶対命令――否、実効支配の戒律に縛られた奴隷。それがおまえたち」
 彼女は視線をヒョルドとジェーニャに突きつけ、さらに。
「極北の終止符を誤りとネウロイが言ったのは、愚神に隷従する事実からの解放が必要だったから」
 はっ。ヒョルドが歪めた口から息を吐いた。
「アンタはアタマいいけどよ、やっぱ論に偏ってんだよなぁ」
 この後はヒョルドに代わり、ジェーニャが答える。
「ひとたび愚神に堕ちたものが、あなたの語る事実から逃れる術はありません。だからこそ願うのですよ。その首輪に繋がれるは私たちだけであれと」
 ふん、それが解説か。ならば答は明白だ。群れの内で首輪つきではないただひとりの存在、それは――
「願いの先にいるのはリュミドラか」
「愚神の首輪がついてないのはリュミドラちゃんだけでありますね」
 同時に美空が言った。そして。
「リュミドラちゃんって、人狼さんたちにとってどんな存在なのでありますか?」
 重ねられた問いに、ヒョルドは少しためらってから応えた。
「隊長が拾ってきたときにゃ、食いもんかと思ったけどよ。あんまり必死についてくるもんだからほだされちまった」
「妹の存在を繋いでくれた恩義もありますが」
 ジェーニャは言葉を切り、かぶりを振る。
「私たちは彼女を認めました。群れの一員として。あとのことは、そう。蛇足にしかなりません」
 美空は思う。人狼さんたちは実に“こっち側”なのでありますね。
 獲物でしかないはずの人間の子どもに入れ込んで群れ――家族の輪へ迎え入れてしまうほどに。それは、兄や姉と慕ったエージェントのために力を尽くしてしまう美空のそれと同じ「情」だ。
 人狼さんたちはリュミドラちゃんを救いたくてここにいるのであります。そしてリュミドラちゃんも人狼さんたちを思うあまり引き留めてしまった――家族だから。だとすれば、お姉様が救いたいと願うリュミドラちゃんを救うには……
「美空の考えがまとまるまで、ごちそうで繋ぐのであります。ささ、熟成肉が焼けましたのでどうぞでありますよ」
 青カビ肉の分厚い切れを人狼たちに勧める美空。
「一発で胃、やられそうだけどなぁ……」
「キリギスの戦いを思い出しますね……」
 ヒョルドとジェーニャがげんなり顔を見合わせる。
 と。誰かと通話していたArcardが両者に向かって、ぽつり。
「子どもに自分の欲を自覚させるにはね、本人の欲の対象――拠りどころを没収するのがいちばん手っ取り早い」
 誰に聞かせるでもなくArcardは語り続ける。
「宿敵って拠りどころを奪われたら、果たしてあの子は耐えられるのかな」
 そして夜空を見上げ。
「ボクの行為は、子どもたちふたりの人生を奪うだけに終始するんだろうか――」
 これに応えたのはジェーニャだった。
「あなたの意図がどうあれ、リュミドラ嬢はこれから多くを失うことになる」
「死んでるオレらはよ、生きてるお嬢のためになんだってやるんだよ。はっ、ガラにもねぇけどなぁ」
 苦そうに顔をしかめながら青肉をかじる――飲み込めずにいる――ヒョルドが言葉を重ねた。
「失うものは宿敵、というわけじゃなさそうだね。人狼はミスリードが苦手で助かるよ」
 Arcardが薄笑みに皮肉を閃かせた。
 人狼は今度こそ死ぬつもりだ。それがどのようにリュミドラのためとなるのかはわからないが、そう思い定めていることは過ぎるほどに知れる。
「丸ごと救うのでありますよ」
 豚バラをもっしもっしと噛み締めて、美空は立ち上がった。
「リュミドラちゃんを救いたいと願う美空の大事なお姉様のために、リュミドラちゃんが大事に思ってる人狼さんもまとめて救うのであります。生死問わず、ただし最良の形でかならずや」
 ちんまい手を握り締める美空に、ヒョルドは深く息をついた。
「やれるもんならやってみな……マジでよ」
 美空は大きくうなずき、トングをカチカチカチカチ。
「もちのろんであります。そして今夜は無礼講。お肉をもっと食べなさいでありますよ」
「だーから! なんでオマエは豚バラでオレらはカビ肉なんだっつーの!」
「タジキスタンの戦いも思い出しますね……」
 その傍ら、Arcardはひとり、自らの思いに沈みゆくのだった。

●鋼の縁
 埠頭の先に腰を下ろし、リュミドラ・ネウローエヴナ・パヴリヴィチは思いに沈む。
『迷うのはいい。しかし、踏み出す先だけは見据えておけ』
 内から静かに漏れ出したヴルダラク・ネウロイの声に顎先を揺らし。
「踏み出す先は戦場です」
 国にとって戦いとは、その先にある未来を掴むがためにある。しかし守るべき国なき軍人にとっては、戦うことこそが目的。勝利しようと敗北しようと、戦場以外に在ることを許される場所はないのだから――
「こんばんはです、リュミドラさん。ウルカグアリーさんはいっしょじゃないんですか」
 ふとかけられた声音。
 リュミドラは振り返らない。幾度となく聞いてきた柳生 楓(aa3403)の声音だ。
「今夜だけはね。どうせおまえらに女神は殺せない」
 ウルカグアリーの核は、もっとも信頼できる者たちの手で護られているのだから。
『これがあの男の仕組んだ縁結びというわけか』
 ネウロイの苦笑に氷室 詩乃(aa3403hero001)がかぶりを振り。
「縁を結ぶなんて思ってないよ、ボクも楓も」
 そして東海林聖(aa0203)が言葉を挟む。
「擦り合うだけでも縁は縁だぜ。よぉ、せっかくだしメシとかどうよ? こんなとこじゃ話にもなんねェし、いっつもレーションとかばっかなんだろ?」
 常の幼女体から女性体に変化したLe..(aa0203hero001)は後ろから見守りつつ思った。……ヒジリーにしては、言葉、選んでるよね。“OO”のボスのこと訊かないとことか。
 今、聖は敵にも目的にも最短距離で突っ込むアタッカーの信条を封印し、楓のサポートに徹している。
 ……見守るのが、大人の仕事かな。
「カネなら心配ねェぜ? うちの英雄の飯代からすりゃ、おまえらのメシ代とか余裕だしな!」
「Le..……別にそんなに食べないし……今は」
 一応ツッコんでおいて、Le..が夜闇の奥へ身を潜めようとした、そのとき。
 店先で売っていたと思しき軽食を詰め込んだ大きな袋を引きずり、ふらふらやってきたIriaがぱったり。倒れ伏したままにゅっとスケッチブックのカンペを掲げ。
『へるぷ!』
『買いすぎたの!』
『食べるの手伝って!』
 流暢(?)にカンペをめくってみせた。
「食べに行く手間ははぶけたみたいだけど……?」
 詩乃の発言に聖は「いや、でもさ」、それをLe..が押しとどめ。
「お残しは……有罪」
 まさに鶴のひと声で、埠頭の会食が始まったのだった。

 固形燃料の火を灯に、一同はアイルランド料理を食す。
「嫌いなものはありますか?」
「別にない」
 世話を焼く楓にリュミドラはそっけなく応え。
『ネウロイってほかの英雄のこと邪英化させられるの? 高位愚神が使うっていうけど、見たことなくて気になった』
『軍機だ、というほどのこともない。今の自分はただの英雄だぞ』
 Iriaのカンペにネウロイも淡々と返す。
「ヒジリー、ぜんぜん、減ってない……」
 Leに注意され、聖は紙皿に盛られたコルカノン(キャベツとベーコン入りのマッシュポテト)を口に突っ込んだ。
 もうちょい盛り上げねェとなぁ。胸中で唱えて、なんとか楓とリュミドラを会話させる手はないかと思案するが。
 と。スプーンの先でアイルランド式マッシュポテト(バターとクリームが大量に混ぜ込まれていてクリーミー)をつついていた楓が探るように切り出した。
「リュミドラさんの昔のこと、聞かせてほしいです」
「なんでそんなこと訊く?」
 ぞんざいな返しにも楓はめげず。
「聞いてみたいんです、私が」
 正直、聞きたいことが決まっているわけではなかった。ただ、戦場のリュミドラではない、別の場所に生きていた彼女のことを知りたくて。切り出さなければきっと、なにも進まないと思うから、覚悟を決めた。
 そんな楓の思いを察したわけではなく、あきらめた顔でリュミドラはぽつり。
「野良犬だった」
「のらいぬ?」
「今はウクライナの田舎になってるロシアの田舎で、捨て子のあたしは野良犬みたいに生きてた。雪かきわけて死んだ魚とか動物とかかすめとって、人の目盗んでゴミ漁りして――生きるために生きてた。それだけの話だよ」
 楓はただうなずいて、自らの義足を見下ろし。
「私は家族とこの脚を失くすまで、普通に暮らしていました……多分。もうずいぶん昔のことなので、はっきり言い切れないんですけど。それから詩乃と会うまでの私は、独りでうずくまって、誰も、なにも見ずに過ごして。生かされるまま生きていたんです」
 楓は詩乃を、聖を、Le..を、Iriaを見て薄笑む。
「今は詩乃とみんながいてくれるから生きていける。その中に、あなたもいてほしい」
 リュミドラは聞くともない態度でチャンプをたいらげ、ボクスティ(ポテトのパンケーキ)をつまんで口に放り込む。
「あたしは父さんに生きる場所をもらった。なのにあたしは――」
 リュミドラの表情が苦しげに歪み、噛み締めた歯がギヂリと鳴った。
「あたしは責任を取らなくちゃいけないんだよ。父さんに、母さんに、群れに」

 ジャックポテト(皮つきポテトのオーブン焼きにチーズやサワークリームをかけたもの)をかじりつつ、ふたりの様子を向かいから見守っていた聖が口を開く。
「おまえの誇り高さと責任感は立派だって思う。オレは嫌いじゃねェぜ。でもよ」
 メレディー(アイルランドの伝統的ミルク飲料)をひとすすり、聖は一拍置いた。攻撃も話も間合が重要だ。詰めたいからといって押し込むばかりでなく、引き込むことも駆け引きの内では必要となる。
「頑固だよな。見たくねェもんは見ねェって決め込んじまってるだろ」
 頑迷としか言い様のない群れへの帰属意識。それは生きる意味を教えてくれた父――ネウロイへの過ぎた敬愛がもたらしたものなのだろう。滅びた“群れ”をこの世界へ縛りつけ、不完全な復活を遂げさせるほどの。
 悪ぃな。オレ、やっぱアタッカーだからよ。考え込むよか突っ込んでくほうが性に合ってる。――だから踏み込むぜ、リュミドラ。おまえの真ん前に。
 息を整え、聖は次なる言の葉の刃を振り込んだ。
「それでもおまえをコッチの世界に引っぱり出してェって決め込んだ頑固モンが、そこにいる」
 楓に一瞬目線を送った聖が両腕を拡げた。さあ、行くぜ!
「おまえが楓の手を取ってくれんなら、オレも一生かけてセキニン持つぜ」
 言の葉の刃すら離した捨て身。
 リュミドラは疑念と驚愕を赤瞳に映し、聖をにらみつけた。
「なんでおまえがそんなことを言う?」
「決まってんだろ」
 もう一歩分、心の間合を詰め、聖がたたみ込む。
「オレが! 楓とおまえが並んで生きてくのを見てェんだよ!」
 どうだ!? 気づかいとか遠回しとかのカーブじゃねェ、こんだけまっすぐの本気ならかわせねェだろ?
 果たしてリュミドラは。
 立ち上がり、楓と聖に背を向けて海を見やる。
「あたしが並んで生きたかったのは……」
 ふと、その言葉が止まった。

「にゃう」
 彼女にしがみつくIria。
 彼女は思ったのだ。リュミドラは寂しそうだなと。だから考えた。元気にしてあげるにはなにが必要? ――おいしいごはん!
 で、店や屋台でテイクアウトを敢行したはいいが、行き違いから十倍量を渡されて……という話はともあれ、Iriaは精いっぱい、リュミドラを元気づけようとがんばっているのだった。
『今の自分に、いつの頃か同胞であった貴様の心は受け取れんよ』
 ネウロイが言い、リュミドラはIriaの手から離れる。
「みゃあ……」
 ネウロイは「自分たち」ではなく、「自分」と言った。ならばリュミドラは――ここでスマホが着信を告げた。かけてきたのはもちろん、スマホの本当の持ち主だ。
 通話状態にしてスピーカーモードにすれば、Arcardの声がすべり出す。
『名乗るつもりはないが、シベリアからの付き合いだ。あえて宣告しておくよ。近く、ボクはおまえたちの希望をいただきに行く』
『なにを差しているのかわからんな』
 ネウロイの返答に構わず、Arcardは声音を研ぎ澄まし。
『鋼の決意をまとっておけ。さもなくばすべてを喪うことになる』
 対してネウロイは。
『そう願いたいものだな』
 あいまいに締めくくった。
「父さん」
 リュミドラが顔を上げてネウロイを呼ぶ。その視線の先には、ヒョルドとジェーニャがいる公園があった。
『女神が動いたか。両名と合流後、速やかに護衛の任へ復帰する』
「了解」
 そのまま歩み去ろうとするリュミドラの背に、楓が声音を投げる。
「ほんの少しの間でしたけど、あなたのとなりに座れたこの時間、うれしかったです」
「無意味だったとまでは言わない……イモ尽くしだったけどな」
「次に会うのは戦場ですね。全力で戦いますよ。そうでなければあなたを辱めることになりますから」
「勝てるつもりか」
 リュミドラの嘲笑に楓は揺るがず。
「勝つまであきらめませんから。あなたが戦場に立つかぎり追いかけます。立ちはだかって、食らいついて、しがみついて、逃さない」
 ついにリュミドラが振り向いた。
 その赤い瞳に青き瞳を直ぐに合わせ、楓は笑む。
「それくらい強い固結びだからこその宿縁、でしょう?」
 詩乃の言ったとおり、縁を結ぶつもりなどなかった。すでにこれほどに固く、楓はリュミドラに自らを縛りつけているのだから。
 そして詩乃は、楓の背を視線で支えて語らない。
 ボクは干渉しないよ。これは楓とあの子の物語だから。ボクはただそれを見て、語り継ぐだけさ。悲劇じゃない、強くてやさしい物語を。
 対するリュミドラは顔をしかめ。
「……うざい」
 今度こそ街の夜闇へとその身を潜らせた。

「こんなありきたりのことしか言えねェけどよ。行かせちまってよかったのか?」
 聖に問われた楓はうなずき、「いいんです」。少しだけ元気がないのは、きっとリュミドラにうざいと言われたせいなのだろうが、ともあれ。
 楓の返答を聞いた聖は深いため息をついた。
 うざいのは置いといて……そりゃそうか。繋がってるんじゃなくて、繋ぎ続けてやるんだって決めてんだもんな。そんな相手オレには――いないこともないけどさ。こういうのってもっとこう、うれしかったり楽しかったりするもんじゃねェのかよ。いや、ちがうな。そうじゃねェよな。
 聖は自らの頬を両手で挟み叩き、気合を入れなおす。
 ったく。似たもの同士、姉妹みてェだよな、楓とリュミドラはよ。素直じゃねぇおまえらの手、オレががっちり握らせてやんぜ。うれしいのも楽しいのもそこからやってけよ。なあ。
「……ヒジリー、おかわり」
 え? 思いの底からあわてて浮上すれば、幼女体に戻ったLe..がいて、空になった容器が積み重なっていて……どうやらお残し防止のためにやらかしてしまったようだ。
「しゃあねェ。ここは一発、グルメツアー行っとくか!」

●拳の縁
「今夜は手を出したくとも出せんのう」
 色とりどりの壁が建ち並ぶ路を行くイン・シェン(aa0208hero001)が、思わせぶりに言った。
「“縁のあるヤツをよこせ”だなんて、ずいぶんと図々しい匿名情報だけどね」
 高野 香菜(aa4353hero001)がシニカルに笑み、梶木 千尋(aa4353)はひとつ鼻を鳴らして薄笑みを返す。
「鬼が出るか蛇が出るか――仏が出ないことはわかってるんだから、むしろ気楽にお招きにあずかりましょう」
「まあ、こんなネタをぶら下げられたら釣られずにいられないわな」
 ため息をつくリィェン・ユー(aa0208)。あえて語らぬ主語が誰なのかは言わずもがなだ。

 たどり着いた先は石造りのラグジュアリー(最高級)ホテルである。
 リィェンはロビーに視線を巡らせて……見つけた。
 豪奢な和装の袖で風を切り、まっすぐ歩み寄った千尋が笑みを傾ける。
「お久しぶりね。相席させてもらってもよろしいかしら?」
 ソファに深く腰を埋めた長身痩躯のアフリカン――ソングが麻のスーツの襟を正してみせ。
「助かったよ。今にも泣き出しそうな女の子の相手は荷が重い」
 向かいで固い顔をうつむけるテレサ・バートレットを顎の先で差した。
「彼女を心配する必要はないさ」
「助太刀が要るようなら勝手にするだけじゃがな」
 テレサを挟み、リィェンとインが座した。
 青ざめたテレサの顔は、思い詰めていることがひと目で知れる。しかし、激昂の熱はなかった。
 間に合ったようだな。リィェンはテレサの座すソファのアームを握り、自らの存在を知らせた。
「武術家君とは前に会ったっけ? そっちのゲイシャさんは?」
 ボーイの運んできてくれた追加のソファへ香菜と共に腰を下ろした千尋は「梶木 千尋よ」とかぶりを振り。
「招待してくださったあなたの関係者に感謝を。血の臭いがしない場所であなたとゆっくり話せる機会をもらえたのだもの――伊達男さん」
「僕は高野 香菜。子ども相手じゃつまらないかもしれないけど、よろしくお願いするよ」
 香菜の言葉に、今度はソングがかぶりを振った。
「気負った大人より、きみらのほうが楽しく話せそうだ。ああ、僕のことはソングと呼んでくれる? そういえばそちらのご婦人、功夫を嗜むのかな?」
 指されたインはかるく肩をすくめてみせる。この男、わらわの“練り”をあっさり見て取りおった。
 その狭間、テレサはリィェンの手にささやきを伝わせる。
「リィェン君、どうしてここに」
 それを目線で遮り、リィェンは低く応えた。
「ひとつだけ俺は怒っている」
 アームから手を離し、テレサの手に重ね。
「きみは言ったね。『あたしにそんな価値はない』。きみの価値を決めるのはきみじゃない。きみの胸の内に在る光を信じる、俺だ」
 だから俺の存在を知れ。考えるよりも感じろ。きみを守る……ただそのために在る剣を。
 そして思い出せ。考えるよりも信じろ。きみがその胸に抱いた、きみだけの正義を。
 テレサはリィェンの想いが込められた手をとまどいの目で見下ろし、自らの手をあわてて引き抜いた。
「それでもあたしには価値なんてない。だから――」
 と、ここでソングが大きなため息をつく。
「メロドラマだねぇ」
 彼はリィェンからテレサへ目を移し。
「ジーニアスヒロイン、君は大人にならなくちゃ。今の君に僕の拳を買う価値はないよ」
 テレサは言い返せない。取るものも取りあえずこの場に駆け込んできて、できたことは自分の無力を噛み締めることだけだったのだから。
「彼女になにを言った……?」
 リィェンの問いにソングはハーブティーをひとすすり、「別になにも」。
「訊いただけさ。君の正義は僕の不義を撃ち抜けるだけのもの? ってね」
 ああ。リィェンは胸中で嘆息する。父からもらった正義を掲げて世界を駆けてきたテレサは、ソングという“個”と出遭い、揺らいだのだ。父の人形でしかない自分が、この敵に心身とも遙か及ばないことを突きつけられて。
「撃ち抜くさ。テレサ・バートレットの正義が、おまえの不義を」
 それでも。ありったけの力を込めて、言葉を突き込んだ。
 俺はテレサの真価を知っている。彼女がそれを思い出すまで、なにをしてでも支えてみせる。
 ソングは燃え立つリィェンの瞳から目を逸らし、苦笑した。やめてくれる? そんな目向けられたら試してみたくなるじゃないか。

 かくて沈黙が押し詰まる。
 勧められたハーブティーの香りに鼻先をなぜさせて、香菜は小さく息を吐いた。
「どっちも思いとどまってくれてよかったよ。H.O.P.E.がこれ以上安く見られるのは心外だし、“OO”にも失望しなくてすんだし」
 含められた牽制はソングならぬテレサへ向けたものだ。
 ソングは自らを正義と偽るような真似をしない。だからこそテレサと、彼女へ過剰に肩入れするリィェンよりも冷静で、信用できる。
「僕のせいで組織の評判を下げずにすんだのは幸いだね」
 このソングの返事を引き継いだのは千尋だ。
「“OO”はそもそもアルゼンチンの組織だったそうだけど、こっちに移ってきた理由は?」
「戻ってきたってのが正しい。元は禁酒法時代にアメリカで沸き出したアイリッシュ・マフィアの一派だったそうだよ。アルゼンチンに仮住まいしてたのは、ブラジルに直接入れる政治ルートがなかったからさ」
「ブラジル――ジョアンペソア」
 千尋のつぶやきにソングは首肯した。
「僕が南米に行かされたのは縁を繋ぐためさ。あの鏡面体のゾーンルーラー、もしくはインカの石女神とね」
「誰ぞの過去へ潜り込むが目的か。たとえば“OO”のボスとやらの」
 インが差し挟んだ問いにソングはかぶりを振り。
「もうじきわかるよ。そのときはせめて、殺し合う価値のある子と会いたいね」
 ソングが何気なく手を握れば、数多の命を打ち割ってきた昏き拳が現われる。
 その圧を肌で感じた千尋は息に乗せて緊張を抜き、あらためて口を開いた。
「あなたはなにに価値を見いだすの?」
「心」
 と。
『我らの驕心砕かれしときにこそ、主の御心は愚僧を打ち据えるだろう』
 ソングの内から老いた声が流れ出し、それきり途絶えた。
「今のはハンドラー(ボクシングにおけるトレーナー)。彼はいわゆる狂信者でさ。酷いことをすれば叱ってもらえるだろうって大罪人になったお坊さんだよ」
 遠い目を中空へ向けたソングに千尋は疑問を募らせる。
 その拳で最高最悪の暴力を体現し、それでいて価値あるものは心――しかもそれを砕かれたいと望んでいるようだ――と語るこの男は。
「いったいどんな人生を過ごしたら、そんな境地に達するのかしら?」
「君も簡単に達するさ。素手でライオンと殺し合うだけでいいんだから。彼らに雑念はないから迷わない。そして、雑念がないからつまらない」
 代わりにカウンターを取るのがうまくなったし、いい買い物ではあったけど。ソングは肩をすくめて言葉を継いだ。
「恐さ、怒り、悔い……人の心はいつだっていろんなドラマで満ち満ちてる。心ない僕は、せめてそれを彩る悪役でありたいんだ」
 リィェンが丹田に落とし込んだライヴスを全身に巡らせ、張り詰めさせた。
 この男がしたいことは、ドラマの主役を育てることか。そのために舞台を整え、主役候補に指導し、闘いを演出し、最後にはすべてを打ち砕く。
「きみの思うようにはいかんぞ」
 肩をすくめるソングに視線を向けたまま、リィェンはテレサへ静かに告げた。
「テレサ、何度でも言うよ。迷うならきみの正義に救われた俺を見ろ。俺の拳に握り込まれた義はきみにもらったものだから。きみの正義は――きみは、孤独じゃない」
 この拳が――この俺があるかぎり。
「ありがとう、リィェン君」
 テレサがためらい、迷い、意を決し、リィェンの熱い背に触れて、立ち上がった。
「次は戦場で」
 ソングに言い置いて、行く。確かな足取りでまっすぐと。
 もらいものではない彼女の正義がこの胸にあるのなら、それは不義を称する男へ届く。ひとりでは為せずとも、その正義を信じてくれる仲間がいる限り、かならず。
「肚は据わったようじゃな。少なくとも、今このときには」
 微量の揶揄を含めたインの言葉にリィェンは強くうなずいた。
「過保護だねぇ」
 次いでソングは千尋へ横目を投げる。
「さて。僕の話はすんだけど、次は君の話を聞かせてくれるのかな?」
 千尋は最高の笑顔を傾けて。
「女は秘めるくらいでちょうどいいんじゃなくて?」
 ソングは哄笑。
「いいね、実にいい女だ――と、失礼。すばらしい女性だ。殺し合いでも僕を楽しませてくれるかな?」
 千尋は優美にかぶりを振ってソングの問いを払い落とす。
「できれば闘いたくないわね。あなたの拳は怖いもの」
 香菜もまた「僕も嫌だね。闘うのは好きじゃないしさ」と否定した。
 ソングはくつくつ笑いながら、ソファにその身を投げ出す。
「だったら今日は帰ってくれる? これ以上は我慢できそうにないから」
 立ち上がった千尋はソングにかるく手を振り。
「がっつく男は無粋よ?」
 テレサを追って駆け出したリィェンとインを追い、香菜と共にロビーを後にした。

●刃の縁
 アイリッシュパブ。カウンターの喧噪から遠い木製のテーブル席に、ふたりの女が向き合って座していた。
 ただし片方は眼帯、片方は包帯、共に両目を塞いでいるので、互いの顔も見えまいが。
「奥の席を空けてもらおうか」
 和装の袖をゆるりとからげ、腕を組んだナラカ(aa0098hero001)が言う。いつもの少女体ではなく、成熟した女性体である。
「あんたか……話がしたいなら、もっと核心にいる連中としたらどうだい?」
 眼帯の女――ラウラ・マリア・日日・ブラジレイロが皮肉な笑みを閃かせる。
 この席の奥は壁際だ。それを自分たちに開けろとは、すなわち話をしようという誘いであり、いつでも立ち去ってくれてかまわないというアピールである。
「現状、もっとも気を惹かれるは汝だよ。人となりはもちろん、“OO”とやらとの契約もな」
「ふむ。縁があるかは怪しいが、歩を交えたのは偶然じゃないんだろう」
 包帯の女――ジオヴァーナが席を立ち、ナラカと八朔 カゲリ(aa0098)を招き入れる。
「俺は酒につきあえる歳じゃない。ミルクをもらおう」
「私には汝らと同じものを」
 カゲリとナラカが席につき、一同はあらためて向き合った。
「……契約の話が訊きたいんだっけ? 別に普通さ。あたしの1年を売った。金と、サンパウロの路地1本分……324メートル分の安全でね」
 その324メートルが、ストリートチルドレンの救いということだ。
 ナラカはストレートグラスに注がれたアイラモルトを舐めて間を作り。
「汝の過去もそこにあるか」
「血の繋がらない兄貴たちや姉貴たちがそれでも守ってくれた。もう、みんな死んじまったけどね」
 目の見えぬ捨て子がどれほどの苦渋を舐めたかは想像に難くないが、それでも縁に恵まれ、生き延びた。
 ジオヴァーナと出逢い、海賊となった後、彼女はその力をもって与えられた情に報いようとしたはずだ。しかし。
「護りきれなかったのだな。海賊としても、りんかぁとしてしても」
 ラウラ・マリアはグラスを呷った。込められた意思は肯定。
 ゆえに抱え込んだのだな、血の繋がらぬ弟妹と弱き手下どもを。今度こそ守り抜くがために。
「……その上で問おう。ここへ来た理由は金と子らの安全と、あとはなんだ?」
「後悔するため」
 ナラカは万物を俯瞰する鷲の眼をもって真意を見極めんとしかけたが……やめた。
 この場は言の葉を交わす決闘場。向けられてもいない刃を見切るなど無粋に過ぎる。
「見るために。そう答えるものと思っていたよ」
 素直に白旗をかざせば、ラウラ・マリアはジオヴァーナを促した。
「……私たちは確かになにかを持っていた。でも、失くしたものの形も価値も知らない私たちには、後悔することすらできないのさ。この先なにを失くしてもだ」
 カゲリは静かにその言葉を噛み締めた。
 未だ目覚めぬ妹に思うことがある。それをして先へ進むと決めた今がある。彼女らはそうして顧みることも前を向くことも自分たちにはできず、だからこそ眼を開きたいのだと言っている。
 ずいぶんと小さな願いだ。しかし嗤ったりはしない。彼が絶対の肯定者であるばかりでなく、踏み出した足がかりは同じ「悔い」だったのだから。
「先に光があるとは限らないがな」
 自嘲を含めて言うカゲリに、ラウラ・マリアはさらりと返した。
「それでも信じて行くしかないだろ。しがらみしょっちまってる分、自由にってわけにゃいかないけどね」
 ナラカは両目をかるくすがめて思う。
 すべてを抱えて行く覚者と、すべてを背負って行く女海賊。ふたりは存外に似ているのかもしれない。
 が、今は感慨に浸るときではあるまいよ。
 バーマンに頼んだアイラモルトの瓶を透かし、ナラカはラウラ・マリアへまた問うた。
「どこへ向かう? 組織の看板を背負う以上、汝の言うとおり自由には動けまい」
 ラウラ・マリアの返答は謎めいていた。
「もうすぐここは悲喜劇の舞台になる。“OO”主催、演出はインカの女愚神で、主要キャストは人狼どもだ」
 そしてラウラ・マリアは眼帯に隠した盲いた目をナラカへ向け、口の端を吊り上げた。
「でも、最後にかっさらうのはあたしらさ」
 ラウラ・マリアと“OO”の担う役割は知れないが、ブランコ岬の次の舞台はすでに決まっているということだ。
「まあ、なんにしてもせっかくの機会だろう。今夜だけは飲もうじゃないか」
 ナラカはラウラ・マリアが掲げたグラスに自らのグラスを触れさせた。
「汝が盲目に灯る意志の輝きへ」
 乾杯。

●石の縁
 天城 初春(aa5268)と辰宮 稲荷姫(aa5268hero002)は目ざすカフェに着いたのだが。
 まわりの大人は、場違いな子どもたちに奇異の目を殺到させる。
「目立っていかんのぅ」
「ここはひとつ、石の御神を母御ということに」
 稲荷姫と初春がこそこそ言い合っていると。
「そこのリンカー、うろついてないでこっち来なさい」
 テラス席から石の御神――ウルカグアリーの声が飛んできた。
「あい、お言葉に甘えさせていただきますじゃ」
 初春はくるりと一回転。正体を現わして、ウルカグアリーの向かいの椅子へよじ登った。そしてメイク用の筆で三本線のヒゲを頬へ描きつけ、息をつく。
「落ち着きましたのじゃ」
「石の神が店の中におらんで助かった」
 初春のとなりの席で足をぶらつかせる稲荷姫。
「店ん中で煙草吸えない決まりなのよ。代わりに」
 ウルカグアリーはチャーチワーデンの先でまわりを示した。なるほど、テラスにも道にも喫煙者が群れている。
「それよりあんたたち、港町へ遊びにでも来たわけ?」
 意地悪く問うウルカグアリーに、初春はぺこりと頭を下げ。
「パナマでお会いしたときには名乗っておりませんでしたの。狐の天城 初春と申しますじゃ。しがない社の巫女ですが、以後よしなに。で、こっちは相方の」
「故あって異界より参った土地神にして守護神獣が一柱、辰宮 稲荷姫という。石の神よ、以後よしなに」
 そして沈黙。
「子狐と子鬼……ほんとに遊びに来た?」
 ふたりはそろって、こくり。
 ウルカグアリーは深いため息をついて。
「ま、いいわ。奢ったげるから好きなもん頼みなさい」
 と、彼女の言葉尻をかき消す速さでふたりは手を振ってウエイターを呼んだ。
「申し訳ない。冷たい牛乳を氷なしでお願いいたしますじゃ」
「わしにはコーヒーを頼む。砂糖とミルクをたっぷりでの」
 苦笑したウルカグアリーが言葉を添える。
「いっしょにケーキも出したげて」
「あ、わらわ油揚げのほうが」
「ナイワヨー、ナイナイ」

「にしても、インカに定住、されるものかと、思っており、ましたのに。世界一周でも、されるおつもり、ですかの?」
 アイリッシュ・アップルケーキを出してもらった初春が食べる合間に言葉を綴る。
「規約を守るのに必要ならね」
 デメララシュガーの歯ごたえとたっぷり詰め込まれたリンゴの風味を楽しんでいた稲荷姫が問いを挟んだ。
「いくらアバタがあるとはいえ、そんな長旅じゃと核たるものも持ち運ばねばならんじゃろうに。あの小狼の巫女との規約か? そこまで入れ込むとは良き縁なのじゃな」
 ベリーの香りがする紫煙を吐き出し、ウルカグアリーはかすかに眉をひそめた。
「子鬼はわかるんじゃないの? 神の名を持つ者には守るものが要るんだって。あたしは自我が薄いから。規約で縛っとかないと存在が消えちゃうし、守るものがなきゃ力も失くなる。いいも悪いもないのよ」
 稲荷姫は首肯した。神であれ魔であれ、そうと認識し、畏れてくれるものがなければ無と同じだ。
「愚神とは存外不確かなものなのじゃな」
「あたしはね。規約にすがって転々としなくちゃいけないくらいに」
 その言葉に首を傾げる初春。
「御神が言われる規約は愚神同士のものですじゃろ? 小狼の巫女への過ぎるほどの濃やかさが解せぬのですじゃ」
 いくつかの戦場で対し、他のエージェントによる報告書にも目を通した。その中でウルカグアリーはリュミドラを守護ならず庇護していた。
「見てみたいのよ。あの執念が行き着く先。規約じゃなくてただの興味だけど」
 初春と稲荷姫は顔を見合わせた。今、自分たちは石の女神の本音を垣間見ている。
「ここが戦場になるからあの子を連れてきた。ただ、必要なもうひとつが足りてないから、そろえてからが本番よ」
 稲荷姫が息を飲み。
「足りておらぬものとは……?」
 ウルカグアリーは彼方を見やり。
「幻灯機」
 その続きを流麗なテナーが遮った。
「女神、お迎えにあがりました」
 古式ゆかしいズートスーツ姿の青年がウルカグアリーへ一礼する。
「幼子を供にハイ・ティー(夜の茶会)とは、酔狂ですね」
「ボスがひとりで迎えに来るほうが酔狂でしょ?」
 苦笑した青年は目を剥く初春と稲荷姫に目を向けた。
「“OO”の顔役、オーウェン・オールドマンだ」
 名ばかりを聞いてきた“OO”、そのボスが目の前に現われた。さすがに引き留めることはできまいが、少しでも情報を得ておかなければ。
 初春は名乗りを返してオーウェンに向かい。
「石の御神が言われた幻灯機とはあの鏡面体のことですじゃろ? 誰ぞを過去の情景に引っぱり込んで、いかがするおつもりかの?」
 オーウェンは鷹揚に初春の追求を止め、答えた。
「入るのは私たちだがね」
 そして面に湛えた上品をすべて剥ぎ落とし。
「邪魔してぇなら来いよ。菓子には菓子で、血には血で、全返しだぜ?」
 ウルカグアリーをエスコートして店を出て行く彼を、初春と稲荷姫はただ見送るよりなかった。

●灯の縁
「あんたの思うようにいろいろ進んだみたいだけど?」
 人狼たちの応答を聞き終えたウルカグアリーが傍らへ声音を投げ。
 こちらもスマホを手にソングと話していたオーウェンは通話を切ってウルカグアリーにやわらかな笑みを向けた。
「それは幸いですね。相手の顔が見えない決闘ほどつまらないものはありませんから」
 ふーん。ウルカグアリーはオーウェンをながめやる。
「あんたの縁はどうなの? これから決闘しようって相手と縁結びした感じしないんだけど?」
 オーウェンの笑みが獰猛に引き歪んだ。
「オレの相手はH.O.P.E.じゃねぇ。女神サマにゃ感謝してますよ、オレにケジメつけるチャンスくれて」
 ウルカグアリーはかぶりを振り、オーウェンの崩れた言葉を遮る。
「あげるばっかじゃないわよ。対価はちゃんともらうしね。だから感謝はあんたの神様にしときなさい」
 我に返ったオーウェンが苦笑し、一礼した。
「ならば、あなたと引き合わせてくださったダグザの思し召しに感謝を、ということで」
 オーウェンは胸の滾りを鎮めるべく、夜気を吸い込んだ。
 今はまだ始めるときではないから、あともう少し、待つ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • 神鳥射落す《狂気》
    Arcard Flawlessaa1024
    機械|22才|女性|防御
  • 赤い瞳のハンター
    Iria Hunteraa1024hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
    機械|20才|女性|生命
  • これからも、ずっと
    氷室 詩乃aa3403hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御



  • 崩れぬ者
    梶木 千尋aa4353
    機械|18才|女性|防御
  • 誇り高き者
    高野 香菜aa4353hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 天より降り立つ龍狐
    辰宮 稲荷姫aa5268hero002
    英雄|9才|女性|シャド
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