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最終発言2018/04/08 08:29:39
オープニング
この【AP】シナリオは「IFシナリオ」です。
IF世界を舞台としており、リンクブレイブの世界観とは関係ありません。
シナリオの内容は世界観に一切影響を与えませんのでご注意ください。
●
明日この星が滅びるという知らせは、一瞬で世界中を恐怖の底に突き落とした。
その情報はあまりにも荒唐無稽で信用するに値しない、というかしたくないほどのものだったが、どうやら確実であるらしいことは誰もが知るところとなった。超巨大隕石が落下するとか、火山の爆発的噴火だとか、宇宙人襲来だとか、ディテールはともかくとして、だ。
それを否定する人間と、受け入れる人間がいた。
受け入れた人々は死人を送り出す遺族のように、粛々と世界最後の一日に向けて準備を進めた。なにぶん一日は二十四時間しかないから、準備といっても身の回りを整理したり、大切な人たちとの場所を用意したりといった簡単なものだ。とにかくその一日を悔いのないように生きることを目指して、彼らは静かに動き始めた。
否定しようとする人びとは、変わらない一日を変わらずに送るよう努めた。自暴自棄になって犯罪に走ろうとするものは職務に忠実であろうとした警察官が取り押さえたし、ビジネスパーソンは何も起こらなかったかのように職場へ向かった。
世界は淡々としていた。こんな事態を設定した神様が困惑するほどに。『少しは』犯罪率が各所で上昇したものの、世界最後の月曜日はあきれ返るほどの平和と、変わらない争いの業火に支配されていた。
●
あなたは何をしているだろう?
この特別な一日に、あなたたちはどこでどのように過ごしているだろうか。
何も変わっていないだろうか。すべての終わりを受け入れる準備をしているだろうか。それともやけになって罪に手を染めているだろうか。その結果は今まで積み上げてきた日々が証明してくれるだろう。
解説
目的:世界最後の月曜日を過ごす
詳細:最初に、『いつもと変わらない』か『特別な一日にする』か『犯罪に走る』かを宣言していただきます。その上で、各PLはその宣言にのっとったPCの行動を考えていただきます。例としては、
いつもと変わらない……普段通りの行動をする。アイドルであればライブに顔を出したり、手に職があれば職場に、学生であれば学校へ向かったりなど。この場合、職場や学校は『人が少ないけれども通常通り機能している』状態です。
特別な一日にする……普段はめったに行かないようなレストランに足を向けたり、奮発して何かを買ったり、行ける場所まで時間が許す限り行ってみたり。PCが考えそうな行動をさせてみてください。何らかの施設に向かう場合、『人が通常より多い』状態である、とします。
犯罪に走る……殺人や強盗傷害などの重犯罪は申し訳ありませんが表現をぼやかしたりカットする場合がございます(公序良俗に反するため)。また、この宣言をした場合、確定で警察に追跡されます。ご了承ください。
以上が例となりますが、あくまでも例ですので、自由な発想をしていただいて構いません。最初の宣言をお忘れなく。
注:他のPCと一緒に行動する際は代表者一名がその旨を宣言してください。
行動範囲:地球全域ではあるものの、移動時間の関係で海外に行く場合は一国のみ。最初は東京海上支部前で統一。
通達:万が一警察に現行犯逮捕もしくは補導されたとしても、H.O.P.E.が介入することはない。
備考:よい月曜日を。
リプレイ
●世界の終わり:御神恭也組の場合
自分の記憶にある場所を見てみたい、と不破 雫(aa0127hero002)が言ったのは、世界が終わると伝えられてすぐのことだった。
「異世界の出だろ? 類似点が多いといっても親族がいるとは思えんが」
『ええ、でもここまで類似点が多いと此方の世界の私がいるかもしれませんから。似た状況の異世界で、私がどのように育っているのか知りたいですし、妹がいれば顔だけでも見てみたいので』
御神 恭也(aa0127)の言葉に首を横に振る雫。彼はわずかに思案してから、彼女に向き直った。
「無駄足になるかもしれんが、いいのか?」
『単なる自己満足ですから。それよりもキョウの方はいいのですか?』
「俺は両親の墓に行くぐらいだからな、気にしないでいい」
かくして、世界最後の一日に、彼らは自分たちの思い出の巡礼に出たのだった。
電車を乗り継いで雫の記憶が残る地へ向かう間、彼らはそれほど言葉を交わすことがなかった。レジャーランドに行くわけではなかったうえ、どちらも緊張していたのかもしれない。
電車を降りると、雫が先導してその場所へと向かった。そこは……彼女が思い描いていた校舎らしき巨大建造物が見当たらない、まばらに家屋が立ち並ぶだけの寒々しいところだった。
「周囲の人に聞いてみたが、不破という家は昔からなかったようだ」
『でしょうね。通っていた学園も、計画の段階で立ち消えてしまったとのことですから』
そう語る雫の目は、広大な空き地の上に向けられていた。その赤い目には、記憶の中野学園が悠然とそびえているのだろうか。
「まだ時間もある。雫の両親の故郷まで足を延ばしてみるか?」
だが、雫は恭也の提案をやんわりと断った。
『いえ、時間の無駄になるからやめておきましょう。今更ですが、いくら似ていてもここは異世界なんですね……』
「……寂しいのか?」
雫が恭也に振り向く。その表情は笑っていて、けれどどことなく影が差した、見る者の心をざわつかせる微笑みだった。
『少し……知っている人を、見たかっただけです』
空が茜色に染まる。着実に終わりに近づく中で、二人は恭也の両親の墓の前に立っていた。
周りを見渡してみても人の姿はなかった。山の中腹を切り開いた墓場から下界を見下ろしてみると、小さくパトカーのものらしきサイレンが聞こえてきた。
墓の周りを掃除してから、恭也は日本酒の蓋を開けた。つんとしたアルコールの匂い。彼はそれをまずひしゃくに注いでから、二杯墓石の上にかけた。それから自前のコップを取り出して、一杯注ぐ。
『お酒ですか?』
「ああ。祖父母に聞いたんだが、俺が成人したら酒を酌み交わすのが親父の夢だったらしい」
言って、恭也は透き通ったそれをぐいとあおった。途端に眉根にしわを寄せる。
『……美味しいですか?』
「いや、不味いな……年齢によるものなのか、状況によるものかはわからんが」
体が好んで酔いたくないのかもしれないな、と恭也が思っていると、雫が右手を差し出した。
『瓶を貸してください。お酌ぐらいはしてあげます』
彼女に酒瓶を預け、少し腰を落として再び酒を注いでもらう。もう一度飲んでみると、不思議と一度目よりは舌が受け付けるようになっていた。
『どうですか?』
「さっきよりは飲める。……雫も飲んでみるか。ここは人もあまり通らない、世界最後の一日ぐらい法を犯したところで誰も咎めないだろう」
『いえ。私は結構です』
「そうか」
とはいえ、恭也もそれ以上酒を進めることはなかった。酒瓶の蓋を閉じると、そのまま舌を見渡せる場所まで歩を進める。
『……綺麗ですね』
「ああ。いずれ終わるとは思えないほどに」
そうして、二人は最後の瞬間まで、沈みゆく夕日と街の風景を眺めていた。その瞳に、互いに異なる景色を重ねながら。
●世界の終わり:烏守暁組の場合
『アカツキー、世界が終わるんダッテサ』
「へえ」
テレビを見ていたキャス・ライジングサン(aa0306hero001)の間延びした報告に、鴉守 暁(aa0306)は興味が一切なさそうに返答した。実際彼女たちにとってみれば世界終焉などという文字の羅列は一切意味をなしていない。終わるからなんだというのか。それは日常と何が違うのだろう。
とはいえ。
「さすがに街も浮足立ってるな」
『トチ狂った連中がいろいろやらかしてるみたいデスネー』
「じゃあれだ、今日の仕事はこいつらを捕まえるって感じで」
『りょーかいデース!』
そういうわけで、ここぞとばかりに悪事を働くヴィランや自暴自棄になったリンカーにてこずる警察の手伝いをすることとなった。ちょうど暴徒化したリンカーが群れていたので、機動隊と一緒にこれを捕縛。常であれば多少なりとも手を焼くかもしれなかったが、頭に血が上ったリンカーは暁とキャスの敵ではなかった。
「これでよし、と」
最後の一人を暁が縄で縛りあげて機動隊に突き出す。それを輸送車に連行すると、経験を積んでいそうな男の機動隊員が頭を下げた。
「ありがとうございました。貴女たちがいなかったらどうなっていたことか。ご協力感謝します」
『ノープロブレムネー!』
ぐっとキャスが親指を立てる。暁は輸送車を見送りつつ口を開く。
「しかし、終末が来るったってパッとしないよねー」
『一日を犯罪でフイにするとか馬鹿デスネー』
けらけらと笑うキャス。そこに普段と変わった調子が混ざることはなかった。
それからいくつかの依頼をこなすと、日はとっくに沈みかけていた。お互いに腹の虫が抗議の声を上げていることを確認すると、もらった日当――常より実入りはよかった――を握って居酒屋へ繰り出した。
中は初老近い店主が一人で仕事帰りらしき男性客グループや女性客をさばいていた。二人が適当にカウンター席に座ると、キャスが開口一番、
『トリアエズナマ!』
「はいよ、生ね。そっちの嬢ちゃんは……」
「あ、年齢は大丈夫。私も生で」
しばらくしてジョッキが二人の前に運ばれてきた。二人はジョッキを掲げて、
「乾杯」
『カンパーイ!』
かつん、と小気味よい音が響いた。
それから二人でとりとめのない話をのんびりと続けた。今日の戦いはどうだったとか、あの敵が嫌味ったらしかったとか、スーパーに行ったら食料が全然なかった、とか。そんなことを続けていると、やがて周りの客たちも彼女たちの会話に加わっていき、今日あった話を語るという報告会が出来上がっていた。
それを聞いていたキャスは、ジョッキを一気に飲み干していった。
『確カニー、世界が終わるナンテパッとしないデスネー』
周りの客たちも大同小異にうなずく。今日という日はあまりにも、彼らにとっては変わり映えしなかった。暁はビールをのどに流し込むと、少しだけ息を吐いた。
「今日という日が終わるなんて普通のことだし、今日をいい日にしようだなんて誰もが考えてることだよ」
『ンー』
「私たちが眠るってことは、今日一日の自分の世界が終わったってことじゃん。
そんで起きたってことは、自分の世界が始まったってことじゃん。
それの繰り返しじゃん。
明日が来ないことを考えるより、明日が来ると考えて行動した方が建設的じゃん」
『デスネー』
「隕石が落ちても、火山が噴火しても、洪水が起こったとしても生き残るかもしれないじゃん。だったら悲観するより、明日のことを考えて生活してる方がいいと思わない?」
『デスネー。アトカラ「うっそぴょーん!」って言われテモ怒るコトもナイデスネー』
「せやなー」
『何かのために、サバイバルセットだけ確認デスネー』
「それなー」
ごそごそとポーチをあさり始めたキャスをよそに、暁はちびちびと酒を進めた。
そろそろ店が閉まる、というときに二人は外へ出た。春の夜の風はまだ少し冷たくて、それが余計に日常を感じさせるのだった。
「んじゃ、明日もよき日であることを信じて家に帰ろうか―」
『ラジャー!』
都会の夜には星はなかったけれど。彼女らの明日は、いつだって煌めいて。
●世界の終わり:餅望月組の場合
『あと一日で世界が終わるんだって』
餅 望月(aa0843)がベランダで洗濯物を干していると、隣でハンガーにシャツをかけていた百薬(aa0843hero001)がふとそんなことを言ってきた。今日は夕方に雨が降る、ぐらいのテンションで告げられたその言葉に望月が百薬に振り返る。
「え? 順番にじゃなくって、みんないっぺんにかな」
『そうだと思うよ。だからお洗濯のお手伝いしてもしょうがないね』
苦行から解放された百薬を横目で見つつ、望月が外を眺める。普段と変わらないように見えたけれど、どことなく宙に浮いたような雰囲気が感じ取れた。
さて、百薬の言うことが本当だとして、どうしたものだろう。一日分なら問題ないが、みんなが百薬のようであればお店は営業しないだろう。ただまあ、ライフラインは無人でも回るだろうか。文明万歳だ。
『それでもワタシはお腹がすきます』
「これがマイペースってやつだね」
突っ込みを入れる望月だが、空腹であるのは事実。けれど今日が世界最後の一日であるならば最後の晩餐になるのだ。慎重に決めたい。
「外食は……近くのレストランは一杯だろうなあ」
『ねー、どうするのー?』
「そうだね……そうだ!」
望月は冷蔵庫の前まで歩いていくと、扉を開いていった。
「家にあるもので一番好きなもの作ろうか。お手伝いしなさいよ」
『きっとプリンの素しかないよ?』
「ん。プリンが食べたいだけだね」
そんなわけで、午後の食事にする目的で、今までで一番大きいプリンを作り始める。どうせ今日一日しかないのだ、やれることは全部やっておいた方がいい。
プリンの素をボウルに放り込み、牛乳を流し入れてがちゃがちゃとかき混ぜる。冷蔵庫に巨大プリンをそっと置いて冷えるまで待つ。カラメルも家にあるものをすべてかき集めておいた。ついでに普通サイズのプリンもボウルの周りに、王を守る騎士のように配置しておいた。
「冷蔵庫の酢昆布、全部食べちゃおうか」
『全部?』
「うん。ちょうどボウルを入れるときに抜き取ってたんだ。どうせなら食べきっちゃおうかなあって」
『おっけー。へへ、楽しいね』
ご飯を温め直し、二人で酢昆布をかじる。外はすでに日が暮れかかっていて、外の喧騒もだいぶ収まりを見せていた。
一時間ほどたってから、冷蔵庫を開けてプリンの状態を確認する。軽くつついてみるとそれこそ『ぷるん』と揺れてくれた。その出来栄えに、望月と百役は顔を見合わせて笑いあった。
ひとまずボウルを冷蔵庫においてから、二人は小さなプリンを近所の人々に配り始めた。普段ならこの時間に電気がついていない家も、今日はついていたせいで、プリンは案外早く配り切ることができた。
家に戻ると、二人はボウルを運びだしてテーブルに乗せた。皿の上には移し替えずに、平べったい黄色の大地にカラメルをたっぷりと浸して、二人はスプーンを突き刺した。
「……」
『……』
「おいしい」
『だね』
くふふっ、と二人して笑いあう。最後の晩餐がプリンというのもなかなかパンチのきいたものだろう。
そういえば、と望月がプリンを口に運びながら言った。
「あたしがプリンを配った人たち、みんないつもより元気がなかったんだよ」
『まあ、そりゃそうじゃない? もう明日は来ませーん、なんて言われたらさ』
「そんなものかなあ……」
まあ確かに、その話を聞いた後でも望月は真っ先にライフラインの心配をしていた。少しずれてるのかもしれないな、などとカラメルが付いた口をぬぐってふと思った。
「でも、ちょっと楽しかったね」
『うん。少なくとも暗い顔してるよりはずっと良かったよ』
「ほんとだね」
『あ、でもさ。今度最後の日があるときはもうちょっと事前に連絡が欲しいよね』
「なにそれ」
望月がくすくすと笑った。予告がある世界最後の一日ってなんだ。町内会の催しものじゃないんだから。
これが、彼女たちの物語。
少しずつ切り取られていくプリンは、まるで今の世界を象徴しているかのようで。
それでも彼女たちは、楽しそうに笑うのだった。
●世界最後の一日:荒木拓海組の場合
結局のところ、彼らの場合は明日が二度とこないとわかってもやることが変わらなかった。
大規模なヴィランの破壊活動の鎮圧に投入された荒木 拓海(aa1049)とメリッサ インガルズ(aa1049hero001)は、慣れた動きで敵を無力化していく。殴りかかってきた相手を払いのけ、腕を締め上げ、地面に落とし伏せさせる。一切のケガもそこにはなかった。
「……くそ。おい、アンタ。アンタいつまで、こんな正義の味方ごっこやってるつもりなんだ」
コンクリートの数センチメートル上で呻くヴィランに、拓海は迷いなく答える。
「オレは、オレのしたいことをしてるだけだよ。限られた時間を思うまま生きる、それはみんなに平等であってほしい。従魔も、ヴィランズも」
「だったら……!」
「だがお前にしたいことがあるように、オレにもそれがある。それを形にしていいなら、オレもそうさせてもらう」
そのまま相手の意識を刈り取る。それで、この地域で暴れていたヴィランの鎮圧はすべて完了した。
エージェントとして生きることを選んだ二人がしなければいけないことは、文字通り山積みだった。過激化したデモ隊の無力化、従魔による混乱の収拾といった戦闘を含むものから、騒ぎで被害を受けた人たちを病院へ護送したり、それが終われば街に出てボランティアをしたり。息つく暇もなかった。
『大丈夫?』
「ああ。……まだいける」
かすかに震える指先で、ポケットの中のライヴス結晶に触れる。もしもこれ以上の事態が起ころうものなら、その時はこれを砕くしかない。ここの地域からは離れているが、一連の暴動を扇動しているリンカーがいるらしい、という情報も小耳にはさんだ。そこへの出撃命令が下ったら、その時は。
「……、」
結論から言って、そうはならなかった。日が暮れるころには東京海上支部から業務を解かれたことが連絡され、二人はようやく体を休めることができた。
公園のベンチに体を預け、拓海は深く息を吐く。メリッサはその隣で、何かを言いたげな表情をして彼の横顔を見つめていた。
どれぐらいそうしていただろうか。拓海が落ち着いてきたらしいことを確認すると、メリッサはそっと口を開いた。
『ねえ、もう十分助けたわよね? 本命が待ってると思うわ……帰りましょう』
「……そうだな、そろそろいいか」
腰を上げて、家路につく。太陽が沈みゆくのと入れ替わるようにして、街はその顔を変えていった。その景色は、まるで生き急いでいるように普段よりも輝いて見えた。
もう終わり、と考えてみると余計に拓海の心が沈みそうになった。新婚三か月で世界の方が終わるなんて、一体だれが想像できる?
『悲しそうね?』
拓海をからかうように口元を緩ませるメリッサ。そんな子供のような顔に一瞬反論しかけて……拓海は口をつぐんだ。
『……どうしたの?』
「なあ。もうエージェント業はここまでにするから……オレから離れて自由に生きてほしい」
拓海の唐突な言葉で、メリッサの額に青筋が浮かぶ。
『何それ。もう私は不要だってこと?』
「ちがーーう! ……一緒にいてほしい、です。リサに助けられて、生き延びたことでみんなと出会えて、幸せだった。でもそれはオレの話で……リサにもしてほしいことがあるならそうして欲しい……」
メリッサは眉根にしわを寄せて彼の言葉をかみ砕いてから、あきれたようにため息をついた。
『なら、一緒に生き抜きましょう』
「……え?」
『私はね。拓海が誰かのSOSに応えることにやりがいを感じるように、私も誰かの助けに応えることがうれしいのよ。生き残れる可能性も最後まで捨てないの。……私は拓海と出会えて幸せよ』
きらきらとした人口の光を背にそんなことを口にするメリッサの頬は、どこか赤い。それを隠すように彼女は拓海の前へ出る。
『ほら、奥様が待ってるわ。抱・き・し・め・て、その時を待つのよね?』
「……意地悪いぞ」
むふー、と本当におかしそうに笑うメリッサから目を背ける拓海。すると、ふと彼の目の前を若いカップルが通り過ぎていった。
そもそも、どうしてこんな日に拓海はわざわざエージェントとして働いていたのか。妻のそばにいることも、当然できた。
けれど、顔を見て過ごすと泣きそうに思えた。独占して、彼のしたいことを邪魔しそうだった。それに、拓海自身、ほかの人がどう過ごすのか見たかった。自分たち以外の人々がどう今日という日を生きるのか。
『ねえ、拓海』
「ん?」
『やりたいことはできた?』
「ああ」
家に帰ったら、真っ先に伝えよう。出会えたこと、短くても共に生きられたこと、今も当然幸せだと。一人でしたいことはできたか、どんな風に過ごしたいか。ちゃんと聞かないと。
「なあ……一緒に笑って最後を迎え……いや」
拓海は言葉を止めてから、自分にまとわりつく暗いものすべてを振り払うようにしてもう一度口を開いた。
「奇跡は起きるかもな。その瞬間まであきらめずに、みんなで一緒に過ごそう」
『ええ、もちろん。……ああ、キスの時は横を向いててあげる』
顔が熱くなる。初めて出会った時と同じように、メリッサは拓海の一歩上をいく。
家の屋根が見えてきた。その中には、もう彼らが戻っていることだろう。
拓海はメリッサの隣まで歩を進めると、彼女にしか聞こえないような声で言った。
「リサ。楽しい気持ちを、ありがとう」
『……ええ。こちらこそ』
拓海の一番したいこと。最愛の人も自分も笑顔にすること。やるべきことはまだ残っている。
二人は玄関までの歩調を、もう少しだけ速めた。
●世界最後の一日:ウェンディ・フローレンス組の場合
はっきり言ってしまえば、ウェンディ・フローレンス(aa4019)の英雄……ブラックローズ(aa4019hero002)の本質は、正義の側にはない。ウェンディの闇の面に呼ばれてこの世界に顕現したのがブラックローズであるので、『こう』なることは必然ともいえた。
「そんな……ずっと生きていられるって、自由になれるって……なんで……!」
世界の終わりを告げるニュースを聞いて、ウェンディがへたり込む。彼女の周りにもそんなふうに絶望に暮れる者はいたが、少なくともウェンディのそれには及ぶまい。
だって、やっと生きていけると思ったのに。
英雄と契約を交わし、病気を忘れて。愚神と戦い、大学生にもなれたのに。これから先、彼女が思い描くすべての未来があったはずなのに。
それが、目の前で切り刻まれた。
「なんで、なんで……」
金色の瞳が涙で濡れる。とめどなく悲しさと悔しさがあふれて止まらない。
だが。
『……もう、すべてはおしまい。病を得て、命を懸けて戦って、それでも不条理に死ぬ』
悪魔が、ウェンディの隣で口を開いた。
『貴女は気高く戦った。人のために。世界のために。……でも、世界の仕打ちはこれ』
ぐい、とブラックローズがウェンディを無理やり立たせる。涙でにじんだ宝石のようなウェンディの瞳を、ブラックローズの青いそれがえぐるように見つめる。
『自由になりたい? この馬鹿げた世界の宿命から。……それとも、何も考えられないかしら』
手を取りなさい、とウェンディの耳に唇が触れるほどの距離でブラックローズがささやく。普通であれば払いのけるはずの、白くほっそりとした指をウェンディはとってしまった。
『最後の共鳴……』
二人のあいだから光が膨らむ。それは彼らを包み込んで……後には黒いドレスをまとったウェンディだけが立っていた。
街が不安に押しつぶされそうでも、まだぎりぎりのラインで平穏を保っていた。『彼女』さえ現れなければ、一日ぐらいは至極無事に終わるはずだったのだ。
それが、壊れた。
『統制が取れなければ、脆いものですわね』
自分に向かってきたリンカーを切り伏せて、『ウェンディ』は涼しい顔であたりを見回す。
彼女を中心にして、混乱の嵐はますます吹き荒れていた。恐怖におびえる群衆やリンカーを扇動するのは、ただ一言と善良そうな警官を切り殺すだけでよかった。あとはただただ破壊の味を楽しむだけ。彼らは勝手に怯えて、狂って、目的のない暴動に押し流されている。
さらにもう一度、『ウェンディ』が若い女のリンカーの腹を突き刺した。純度の高いルビーにも似た血液が、彼女のドレスと剣を染め上げる。
(『どう、ただの人間に無数の剣を突き立てる感触は』)
『ウェンディ』……否、ブラックローズが心の中に抑え込んだ本物のウェンディに問う。ウェンディはまともな言葉も発さず、熱のこもった荒い息を繰り返すだけだ。
(「……っ、は、あっ……!!」)
(『理性と快楽がせめぎあっている、といったところかしら』)
ブラックローズは改めて現実に目を向けると、快感に打ち震えるように言った。
『さあ、まだ足りませんわね。次は……どなたかしら?』
そうして、彼女は無数の敵と戦った。
斬って、斬られて、撃たれて、切手、殴られて斬って蹴られて斬って突き刺されて斬って縛られて斬って闇討ちされて斬って氷漬けにされて斬って燃やされて斬って雷に打たれて斬って――――。
最後に、共鳴が解けた。
ウェンディは、もうボロボロだった。肉体も、精神も。あまりに多くの血と苦悶と恐怖と死を見すぎてしまった。見させられてしまった。
眼前に広がる数多のリンカーたちの亡骸を前に、ウェンディが膝を折る。
「あ……わたくしは、なんてことを……」
ブラックローズは彼女の前まで歩いて行って、無表情に見下ろした。
『いい子ちゃんぶるのはよしなさいな。確かに、貴女はあの時流れる血に高揚を、感じていた。違う?』
「違う、違う……!! そんな……」
『どちらにしろ、貴女の体はもうおしまい。放っておいても世界が終わるけど。……その前に、契約の代償を払ってもらうわ』
ブラックローズの背中を夕焼けが照らす。ウェンディの側からでは逆光で、彼女の表情はよく見ることができなかった。
けれど。剣を振りかぶったブラックローズは、生贄を前にした悪魔のようにぞっとする笑みを浮かべていた。
そして、どこかの世界に一人の剣士が現れた。
暗い闇を体現したようなその女剣士は、その手に持つ剣の刀身だけが流麗に輝いていたという。
●世界最後の一日:ヴィーヴィル組の場合
彼らの自宅は、マンションの高層階にあった。大きな窓からは街の全景が見下ろせる、羽振りのよさそうな部屋。
その窓の前のソファで、ヴィーヴィル(aa4895)は紫煙をくゆらせて切り取られた空をぼんやりと眺めていた。
カルディア(aa4895hero001)は静かに彼の前のテーブルにコーヒーカップを置いて、彼の視線を追いかけた。
『……いい天気です』
「そうだな。雲一つない。今日にはピッタリな気がするな」
お互いに言葉もなく、ただ空を眺める。二人だけの部屋はそれだけで、彼ら以外のすべての雑音を遮断してしまう。
ヴィーヴィルはふと、この空は明日もあるだろうか、という考えを持った。明日も日は昇り、沈むであろうか。ニュースを見る限り、何もなくなるという。その真意は何だろうか。
おそらく真意など何もないのだろう。明日、すべてなくなる。ただそれだけのことだ。
ヴィーヴィルが煙草の先を灰皿に押し付ける。自分も世界もなくなって、その先などあるのだろうか。そもそも、この世界は初めから存在などしていなかったのではないだろうか。そんな他愛もないことを考えてしまう。
コーヒーに口をつけ、また新しい煙草に火をつける。ヴィーヴィルは白い煙を吐き出して、ぽつりと言った。
「お前にとって、この世界は……この世界での存在は、どうだった?」
『難しく、簡単な質問です』
カルディアは目を閉じて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
『一度の死、二度の誕生。悪くはなかったと思います』
「そういえば、あの時も雲一つない日だったな」
使い古された人形のように打ち捨てられていたカルディアを、ヴィーヴィルが拾い上げたあの日。あの日からカルディアにとってヴィーヴィルは『マスター』となったのだ。
カルディアは、そうでしたでしょうか、と首をかしげてから続けた。
『マスターにとって、マスターの存在とは何に値するのでしょうか?』
「それはオレにとってのオレの価値か? それともお前にとってのか?」
ヴィーヴィルはもう一度息を吐いて、
「値なんてない。在るだけだ」
けれどそれももう終わりだ。そう考えると、今まで引っかかっていたような何かがするりとほどけたような気がした。
「……運命ってヤツかねェ」
ため息と一緒に吐き出された言葉で、カルディアが振り向いた。
『マスターは運命論者ではないと思っていました』
「ああ。実際違う。だが、運命、偶然、奇跡、すべては廻り続けるだろうとは思う。ああ……輪廻……生まれ変わり、か」
『死は生への過程でしかない、ということでしょうか』
「そうかもしれねェし、そうじゃないかもしれん」
素直に考えた結果、自分でも答えのないことをしゃべることになるとは。人間というのは、なるほどままならないものらしい。
しばらく言葉が途切れる。やがてカルディアが、空に目を奪われたまま口を開いた。
『マスター、未練というものはあるのでしょうか。マスターはどう思われますか?』
「お前はどう思う?」
それは、今日一日で答えを出すにはあまりにも奥が深すぎる問いだっただろう。
答えを置き去りにして、二人はただ空を見上げていた。
●世界最後の一日:雪室チルル組の場合
信じるか信じないかはあなた次第、というお決まりの言葉がある。
『明日世界が滅ぶって! やばいじゃん! どうするどうする?』
恐ろしいスピードで雪室 チルル(aa5177)の部屋に飛び込んできたスネグラチカ(aa5177hero001)。しかしチルルの反応は彼女の故郷さながらに冷めたものだった。
「あたい知ってるよ。これはエイプリルフールよ。四月だしみんな暇そうね」
『ほんと? でもでもテレビで言ってたけど……』
「最近はテレビとかラジオとか国も一丸となってエイプリルフールやってるのよ。知らないの?」
『そうなのかなあ……?』
やけに自信満々のチルルの弁に押し負けて首をひねってしまったスネグラチカ。しかしチルルはそれを気にすることもせず、「そうだ!」と手を叩いた。
「四月といえば桜満開の季節。今日はお花見に行くことにしよう」
『お花見?』
「H.O.P.E.の公園で桜を見ながらお弁当を食べるんだよ」
『いいね、楽しそう! じゃあまずはお弁当の準備だね!』
そんなわけで、二人でキッチンに向かう。
『なにつくろっか?』
「やっぱり……ここは王道のサンドイッチよ!」
とりあえず家にあるサンドイッチに使えそうな具材――ハム、卵、レタス、ベーコン、などなど――を集めて調理に取り掛かる。
のだが。
『……ねえ、あたしの分は?』
「だってあんた、料理あまり得意じゃないでしょ」
『そんなこと言ったってサンドイッチぐらい誰でも作れるよ。ほら、貸してみ?』
「ふーん。じゃああんたもやってみたら?」
ほら、と与えられたパンとレタスを握ったスネグラチカ。そして数秒後には……。
『……、』
「なんでおにぎり作ってるの?」
そんなことがあったが、とりあえずサンドイッチはすべて完成した。
「じゃあ出発よ!」
『おー!』
家から公園までは距離があるので、電車に乗って向かうことになった。普段ならこの時間の電車は席が一つも空いていないはずだが、今日に限っては空白が目立った。
「そういえば、スネグラチカはここに来てだいぶ経つけど、電車には慣れた?」
『うーん、いつになってもこういう床が動く感じが慣れないんだよね。なんだか落ち着かないよ』
わざと床から足を浮かせてスネグラチカが答える。そんなものか、とチルルは一人で納得すると、きょろきょろと周囲を見渡した。
「電車も気のせいか空いてるわね。いつもは混雑してるから助かるわ!」
『……やっぱりみんな避難してるんじゃないの?』
「そんなわけないじゃーん」
『今後ろで爆発音したんだけど』
「それは割とよくあるでしょ」
目的地である公園は、中心の桜の大樹を中心にして、桜の木々があちこちに満開の花をつけていた。風が吹くたびにその花びらが宙を舞い、青い空に色どりを加えている。
四月初めではあるがもともと月曜日だから、公園に人はちらほらとしかいなかった。つまりチルルとスネグラチカがこの一面の桜をほとんど一人占めしていることになる。
「コップ持った?」
『持ったよ!』
「おっけー。じゃあ、せーの……」
「『かんぱーい!』」
かつ、と桜の木の下でコップをぶつける。広げたレジャーシートの上には作ってきたサンドイッチとジュースが二人では食べきれないほど所狭しと置かれている。
スネグラチカは、んーっと伸びをして、春の陽気にあてられたのかのんびりとした声で言った。
『天気もいい感じだから絶好のお花見日和だよね。今日が世界最後の日でなければ』
「あんたはまたそういうこと言うんだからー。エイプリルフールだって言ってるじゃん」
『そうなのかなー?』
「そうよー」
『今まさに公園の前でリンカー同士が戦ってるように見えるんだけど』
「エイプリルフールのネタで撮影とかしてるんでしょ」
さて。世界最後の一日とは言ったけれども。信じるか信じないかは当人に任せられている。
なので、こんなどこにでもあるような一日の楽しみ方を実践したとしても、誰にとがめられることもないだろう。
「このレタスサンドイッチおにぎり、なかなかおいしいわね」
『え、ほんと?』
●世界最後の一日:砌宵理組の場合
世界が終わるらしい。というあまりにも唐突なニュースを、砌 宵理(aa5518)がセンノサンオウ(aa5518hero001)に言ってみたものの、センの反応は至極あっさりしたものだった。どうでもいい、という意味で。
『まあわたくしは/元よりヒトではありませんし』
「だから関係ないって?」
『ええ/そういうものは、ヒトらしい/方々の特権かと』
まあそんなものか、と宵理は大学に向かう道すがら適当に納得しておいた。そもそも幻想蝶から一度として出てこなかった存在である。それぐらいの認識をしていても不思議ではない。
一方、宵理は宵理でこの唐突な事実をどうしたものかと持て余しているところだった。一応は受け入れたものの、じゃあどうなんだという状態である。具体的にそれを念頭に置いて行動することができない、というか。
「なかなか実感わかねえよなあ」
ぢゅー、とパックのジュースをすすりながらけだるげにつぶやく。周りにいた宵理の友人たちもうなずいたり同じようなことを言ったりしている。
「ぶっちゃけ嘘だって言われたほうがまだ信じられるよな」
「それなー」
だんだん話がずれてきているのを横目に、宵理は少し離れたところを見ながらじっと考えを巡らせていた。今日の講義は昼までだから、学食を食べてから遊びに行くのもいいかもしれない。そうなるとどこに行くのだろう。ゲーセン? それともバッティングセンター?
(……そーいや運動部に入るつもりだったけど、部活決める前に終わっちまうのかなあ……)
「おーい、宵理?」
「ん、え?」
「講義終わったらカラオケ行くけど。宵理も来る?」
「ああ、うん。行くよ」
結局六人ほどで大学近くのカラオケへ行って、日が暮れかかるころまで遊び倒した。カラオケの点数で一番低かった奴がポテトを買う賭けをして一点差で宵理がそれを免れたり、友達の一人が隣室の女子大生をナンパして、フラれて帰ってきたところを笑ったり。明日世界が終わるなんて関係ないほど平凡な一日だった。
「そんじゃあまた明日!」
カラオケの前で友達と別れる。笑って手を振る宵理の真下で、センが楽しげな声を漏らした。
『”また明日”/成程、成程』
「なんだよ、セン?」
『いいえ?/貴殿らしくて何よりで、ええ』
男なのか女なのかもあいまいな声で語るセンは、明確な答えを示さなかった。けれど宵理は、なんとなくそれがどういうものなのかに気づいていた。
いつも通り。希望を、あるいは明日が本当にあるかもしれないというわずかばかりの可能性。それらをすべてごった煮にした”また明日”。
結局今日が最後の一日になるかはその時になってからでないとわからないのだが、だからこそそう言えるのだろう。また明日、と。
「さって、帰るか!」
ぐーっと伸びをした宵理にセンが問う。
『おや、今日は/終いでいいのですか?』
「まあ依頼も受けてねえし、いまさら他に出来ることなんて……」
そこで、見てしまった。
茜さす空、沈みゆく太陽。昼と夜の境目に、幼馴染が駆けていく姿を見た。
――もはやどこにいるのかもわからない。幼馴染の家が消えて以来、どんな服を着て、どんな顔なのかも定かではない遠い昔からの思い出の一つ。宵理がリンカーとなったきっかけになった重要な存在。
失われた明日が来た瞬間、幼馴染は本当に宵理に自分を見つけさせないまま溶け消えてしまうかもしれない。その前に、見つけないと。
明日があるかなんてわからない。どこにいるのかもわからない、見つけられるのかもわからない。
それでも、そんなもの全部投げ捨ててでも探さないといけない。
「セン」
『はい』
「悪い。やること、見つかった」
『そうですか』
「付き合ってくれるか?」
『ええ、どうぞ/貴殿の思うままに。わたくしは/その旅路を見届けましょう』
宵理は静かにうなずいて、勢いよく駆けだした。
行く当てもないままに、遠い昔の記憶を見つけに行く。
もう一度再会しなければ、この胸の焦燥は治まることがないだろうから。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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