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エイプリルフールIFシナリオ

【AP】執事・メイドの館へようこそ!

和倉眞吹

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~10人
英雄
5人 / 0~10人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2018/04/11 21:09

掲示板

オープニング

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この【AP】シナリオは「IFシナリオ」です。
IF世界を舞台としており、リンクブレイブの世界観とは関係ありません。
シナリオの内容は世界観に一切影響を与えませんのでご注意ください。

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「――様。朝でございますよ」
 そんな奇妙な呼び声に起こされて、意識が浮上する。
 現実と夢の狭間にある意識はまだ、眠りたい気持ちの方が強い。
 二度寝の心地よさに身を委ねたが最後、次に起きた時にはまるでタイムスリップしたかと思う程に時間が経っていたりする。起きた後の後悔を何度繰り返しても、二度寝の魅力には勝てないのだから始末が悪い。
「――様。起きて下さい」
 根気よく自分を起こす誰かは、シャッ、と小気味よい音を立ててカーテンを開いた。
 音の直後には、眩しい光が瞼の上から眠りを妨げようと、間接的に目を射す。そうなると、強引にでも夢の中へ戻りたくなるのも仕方がない。
「……もうちょっと……」
 光を遮断してくれそうな布団を引っ張って潜り込もうとするが、それより早く、その布団を取り上げた者がいる。
「何するの~……」
 まるで強い磁石のようにくっついていたがる上下の瞼を、苦労して引き剥がす。
「ダメですよ。もう七時半です。起きないと泣くのは――様ですから、私はちっとも構いませんけどね」
 相手は、よく見知った自分の相棒である英雄だ。しかし、格好がおかしい。
「……え?」
 寝ぼけているのだろうか。まだ夢の中だろうか。
「さあ、観念して起きて下さい。どうせ意識がはっきりしたら泣きながら仰るんですから。『何で起こしてくれなかったの~!!』って」
 ゴシゴシと、まるで子供の頃そうしていたように目を擦る。
 二、三度、目を瞬くと、やっと視界がはっきりする。
 見慣れた筈の相棒は、メイド服に身を包んでいた。
「え……ええっ??」
「ええっ? じゃありませんよ。早く着替えて下さい」
 テキパキと手に持った布団を元通りにする為に、相棒は自分をベッドから追い出しに掛かる。そのベッドはと言えば、天蓋付きの豪華なものだ。
「えーっと、ちょっと待って。何これ、何の冗談?」
「さっきから何仰ってんですか? ――様」
「いや、だって、様付けって、呼び方からおかしいでしょ!!」
 力一杯ツッコんだ直後、ノックの音が割り込んでくる。
「お早うございます、――様。あれ、まだ寝間着をお召しで?」
「そうなんですよー。執事さんからもビシッと言ってやって下さいな」
「――様、いけませんね。只今、七時四十五分です。後十五分で出ないと、遅刻確定ですよ?」
 顰め面しく、したり顔で諭したのは、執事と一言で表せるような黒い衣服に身を包んだ、仲間のエージェントだった。
 本当に、何の冗談? と再度言いたいが、もう口から出ない。
 唖然と立ち尽くすエージェントに、「ほら、急いで下さいよ」と執事の格好をした仲間が、至極真面目に、耳慣れない口調で言った。

解説

▼目標
執事・メイド、或いはお嬢様・若様になり切って過ごす。
もしくは、正気の頭のまま巻き込まれて右往左往する。

▼留意点
◆もしも、能力者・英雄が、執事・メイドorお嬢様・若様だったら、と言うパラレルです。
どちらがどの役になり切るかはお任せします。が、できればバランスよく配分して頂けると有難いです(が、この点は強制ではありません。基本、お任せしますので、ご自由にお書き下さい)。

◆執事・メイド役が、主に呼び掛ける際は、『お嬢様』『坊ちゃま』『若様』などでも構いませんし、『(名前)様』でも構いません。
ご自由にお書き下さい。

◆今回も、OPの能力者のように強制参加させられる側か、それともIF世界観に染まった側、どちらの立場でプレイングを書くかはお任せします。

◆とにかくIF世界を楽しんで下さい。それが一番です。

リプレイ

 猫井家のキッチンで、修羅姫(aa0501hero001)は密かに眉根を寄せた。
 彼女は、元々、フリーランスの“超絶完璧のスーパーメイド”の異名を持つ一人である。そんな彼女の特技の一つが、紅茶を淹れることだった。それも、ただ“紅茶を淹れるだけ”ではない。
 相手の表情や仕草を見ただけで、その人の気分に合った紅茶を淹れることができるのだ。
 しかし、朝食の準備時ばかりは、そうも行かない。肝心の紅茶を淹れる相手が、目の前にいないことの方が多いのだから。
 仕方がないので、朝食の供だけは、適当にスタンダードな紅茶を淹れている。
 ちなみに、本日の朝食メニューは、野菜サラダ、トーストサンドイッチ、手絞りフルーツジュースに季節のポタージュスープだ。
「少し……お願いしますね……」
 スープの様子を見ていた秋姫・フローズン(aa0501)が、オタマを置いて修羅姫に視線を向ける。そろそろ、主を起こしに行く時間だ。
『ああ……早く行け……やっておく……』
 彼女が頷くのを確認して、秋姫はキッチンを出た。

 同時刻。
「ねえ、スヴァン。そろそろお嬢さまを起こしましょうか」
 オリガ・スカウロンスカヤ(aa4368)は、夢洲家のキッチンへ、スヴァンフヴィート(aa4368hero001)と並んで向かっていた。
『どうせなかなか起きませんわよ』
 一発で起きない相手を起こすのは、結構な重労働だ。幾ら相手が仕える主人だからと言っても、限度というものがある。
「あらあら、それじゃあ……」
 含み笑いで言う頃、辿り着いたキッチンには、アールグレイ(aa0921hero002)が立っている。彼は、出入り口に背を向け、スープを掻き混ぜているようだった。
「おはようございます、アールグレイ」
『おはよございます』
 二人が挨拶すると、顔だけこちらへ向けた彼は、ニコリと微笑した。
「ああ、おはようございます。オリガ、スヴァンフヴィート」
 爽やかに挨拶した彼は、いつもの執事服姿ではない。背のないベストに黒いスーツのボトムと、ソムリエ・エプロン姿だ。今日は、調理当番だからだろう。
 それをまた、執事服と同じように、どこか優雅に着こなしている。見た目も性格も所作も全てがイケメンな彼は、言うなればイケメン執事という概念が服を着て歩いているような青年だ。
「準備中に申し訳ないんですけれど、アールグレイ。そろそろ、お嬢さまをお起こしする時間なんです」
 一緒に来て下さいませんか? という言外に含まれた意を、アールグレイは正確に汲み取ったらしい。分かりました、と嫌な顔一つせずに首肯し、火を止める。
 鍋に蓋をすると、エプロンだけ外し、二人に先立って歩き始めた。
 それにしても、と歩きながら、アールグレイは後に続いたメイド二人を振り返る。
「どうしていつも、お嬢さまを起こす役は私なんですか?」
「あら、お嫌ですか?」
「いえ、そういうワケではなくて、単純に疑問に思ったので」
『ご存じないの? あなたが起こすと、お嬢さま、いつも一発で起きるんですのよ』
「そうなんですか? ……ということは、私以外の人が起こす時は……」
「お察しの通りです。もの凄く寝起きが悪いんですよ。一度や二度呼んだくらいじゃ、絶対に起きて下さいません」
「へー……何ででしょう」
 首を傾げるアールグレイに、スヴァンフヴィートが眉根を寄せた。
『……なんで彼はああも鈍いのかしら。あり得ませんわ』
 オリガが今言ったことは、屋敷中の皆が知っている。評判になっているくらいなのに、アールグレイだけが気付いていないのだ。
『それとも、殿方って皆そうなのかしら。女性からしたら、やきもきしてしまいますわ。ねえ、お姉様』
 小さく言って溜息を吐くスヴァンフヴィートに、オリガは苦笑する。
「そうねえ……人それぞれだと思うけれど……まあ、彼がそういう方なんじゃないかしら」
 小声でのやり取りは、イケメンだけれど、ド天然の執事には、聞こえていないようだった。

「失礼……致します……」
 主である猫井 透真(aa3525)の寝室前に立った秋姫は、ドアを軽くノックした。
 しかし、当然ながら、主はまだ夢の中のようだ。
「おはよう……ございます……」
 一応、声を掛けながら、扉を開く。
 豪奢な天蓋付きベッドの中央部は、一人分の膨らみが緩やかに上下しているように見えた。
「透真様……お時間……ですよ……」
 微笑と共に揺り動かすも、透真は「あと五分……」と布団に潜りたがる。
「ですが……今日は……大学が……一限目から……」
 根気よく起こそうとする秋姫の後ろから、「あー、まどろっこしいな」とどこかドスの利いた声が割り込んだ。
「そんなんじゃ、若が起きる前に日が暮れちまうぜ?」
 秋姫を、半ば強引に下がらせたのは、猫井家の執事を務める夜城 黒塚(aa4625)だ。執事と言うより、SPが似合いそうな風体の彼は、容赦なくカーテンを引き開けた。
「おい、もう時間だ。さっさと起きろ、若」
 言いながら、秋姫にキッチンへ戻るよう促す。一礼した彼女が、透真の寝室を辞して行く。その背を、「あと五分……」と再度、往生際の悪い部屋の主の、眠たげな声が追った。
 カーテンのなくなった窓から射し込む朝陽を避けるべく、透真は布団の下へ避難しようとする。しかし、「却下だ」と素気なく返した黒塚は、遠慮なく布団を剥ぎ取った。
「今日は朝から授業だろう」
「うー……そうなんだけど……」
 面倒臭いな……と続けて、やっと薄く目を開ける。射し込む陽光は眩しくて、まだきちんと目を開き切れない。
(……って、お? 何か黒塚さんの顔が見える……)
 俺と大して歳変わらないはずなのに、何食べたらこんなに渋くなれるんだろ、という脈絡のない疑問が頭を素通りする。まだ、寝ぼけている証拠だ。
(というか、何で黒塚さんが俺の部屋にいるんだっけ……??)
 別に同居している訳でもなかった気がするけど、と軽く混乱する。
「おら、若。観念して起きやがれ」
 早くも苛立ったように続く言葉に、
(え、若? 若って何)
 と首を傾げる。しかし、その疑問に対する答えを自分の脳内から見つけるより先に、黒塚が最後通牒を突き付けた。
「何だ、着替えまで手伝って欲しいか?」
 冗談か本気か、判別不能の威圧が眼鏡越しに投げ掛けられるに至って、透真の目は、バチリと完全に開いた。
「え、ちょ、ま。いやいや、自分で着替えられます」
 フルフルと首を振る透真の言い分を、既に黒塚は聞いていない。
「ったく、仕方ねぇな……幾つになったんだよ、この若様は」
 と言いつつ、黒塚の手が寝間着に掛かる。
「いいいいや起きます起きますから止めて!?」
 一気に目が覚めた。と同時に、一度取り上げられた布団を抱え込み、盾にするように抱き締める。
 にやりと不遜な笑みを浮かべた黒塚は、一礼した。
「んじゃ、朝食が冷めねぇ内に、さっさと身支度しな」
 その礼だけは、芝居掛かってはいたが、妙に恭しい。
 そういえば、黒塚さんはうちの執事だったっけ……? と、当たり前のことが脳裏を過ぎる。本気で寝ぼけていたとしか言いようがない。
「……おい、いい加減にしろよ、若様。ホンットに着替え手伝わせたいのか?」
「あ、えと、朝食? だよね。あ、あの、今行くから」
 行くから布団剥がさないでー! という悲鳴に、耳を貸す使用人は、残念ながら屋敷内にはいなかった。

「……お嬢さま。お嬢さま」
 ――誰かの声が聞こえる。
 心地よい微睡みを妨げる――けれども、決して不快ではない、優しい声だ。
「朝です。起きて下さい」
「んー……」
 この声に起こされたのなら、起きないといけないような気がする。夢洲 蜜柑(aa0921)は、強力な磁石のようにくっついていたがる上下の瞼を、苦労して引き剥がし――
「……にゃっ!?」
 瞬時に真っ赤になった。
 視界一杯に映ったのは、整いすぎるほど整った美貌だ。当然、意識は一瞬でクリアになる。
「えええっと……あの……お、おはよう、アールグレイ」
 恥じ入るように口元を布団で覆いつつ、その端麗な容貌を上目遣いに見上げる。
 すると、彼は、それはそれは爽やかな笑みを浮かべて、「はい。おはようございます、お嬢さま」と返してくれた。
 朝から至福! と思うが、勿論口には出せない。
「それでは、私は朝食の準備がありますので、一度失礼致しますね」
 蜜柑にとっては、殺人的な微笑を浮かべたまま、「お食事、冷めない内に、お支度して来て下さい」と付け加えて、アールグレイは一礼する。
 入れ代わりに、オリガとスヴァンフヴィートの二人が、身支度を手伝う為に室内へ入って来た。
「おはようございます、お嬢さま。あら、どうされましたか? お顔が真っ赤ですよ?」
 くすくす、と楽しげな笑いを挟んで言うオリガに、「そそそ、そんなコトないもんっっ!!」と跳ね起きながら言い返す。胸元には、まだ布団を抱えたままだ。
「ううう……また寝起きの顔見られちゃったんだけど……」
 ぶつぶつと零しながら、ノロノロと掛け布団をベッドへ戻す。
 すると、透かさずスヴァンフヴィートが、『ここ最近、いつもそんな感じですわね』と、突っ込む。彼女の顔は、それはもう楽しそうに、にまにまと笑み崩れていた。
「あらあら、何があったか存じませんが、すっきりお目覚めのようで」
 オリガが、自分で仕掛けたクセに白々しく言えば、スヴァンフヴィートも『確か、最近はアールグレイが起こしに……』などと、オリガに囁くように相槌を打っている。
「な、なんでもない、なんでもないもん!!」
 むー!! と膨れながら言うも、まだ顔が真っ赤なこの状況では、説得力はゼロだ。
「はいはい、分かりましたよ。何もないんですよね」
『さ、身支度を始めますわ』
「もうー……オリガもスヴァンもいじわる……」
 唇を尖らせても、メイド二人は、相変わらず“はいはい”と軽くいなすだけだ。
 二人には小さな頃から世話して貰っているので、蜜柑もかなり信頼している。一人前のレディになりたい蜜柑には、密かな憧れだ。
 オリガは落ち着いた大人の女性で、教育係でもある。スヴァンフヴィートも、華やかな魅力を纏った、お姉さん的なメイドだ。
 そして、目下の悩みは、メイド二人の方が遙かにレディらしいことである。
(それにしても……)
「……やっぱ、変なのかな。執事のこと好きになるのって」
 思っただけのつもりだった呟きは、ぽつりと音になって、口の外へ落ちていたらしい。
「あらあら、人を好きになることは自然なことですし、大切なことですよ?」
「へ?」
 目の前で、ブラウスのボタンを留めていたオリガに言われ、蜜柑は思わず目を丸くした。
「お嬢さまも誰か、特別なお相手ができましたか?」
 からかうように微笑されると、またも体温が急上昇するのが嫌でも分かる。
「……な、なんでもないもん!! 何も言ってないもん!!」
「はいはい、独り言ですね」
 くすくす、と決して嫌みでない笑いを挟んで、オリガは、蜜柑に着せたハイネックのブラウスの襟元に、リボンを結ぶ。
「もお、オリガってば!」
「うふふっ、ご心配なく。私の方も独り言ですよ♪ 年頃のお嬢さまのお世話をさせて頂いている、メイドの独り言、です♪」
 結んだリボンの上を、ポンと軽く叩かれて、そのままドレッサーの前へ誘われる。
 スヴァンフヴィートも、面白がるような笑みを顔に浮かべたまま、化粧用具を持って来る。
『さ、お座り下さいな、お嬢さま』
 まだ若干むくれたまま、それでも蜜柑が椅子に腰を落とすと、一転、スヴァンフヴィートは真剣な表情で蜜柑と向き合った。
 後ろに立ったオリガが、蜜柑の髪を整えていく。痛くないように注意しながら、丁寧に櫛を入れ、リボンで愛らしく飾った。
 軽く化粧を施せば、可愛い可愛いお嬢さまの出来上がりだ。ヘアメイクの出来に満足して、スヴァンフヴィートとオリガは、顔を見合わせ、頷き合う。
『さ、朝のお食事ができていますわ』
「あ、ありがと」
 まだからかわれた後のモヤモヤが残ってはいたが、身支度の礼を短く言って、蜜柑は立ち上がる。
 しかし、導くように私室の出入り口を示すオリガが、「アールグレイが待っていますよ」と、蒸し返した。
「べべべ、別に関係ないもん!!」
 そう口では否定するが、今日起きてから何度目かで真っ赤になった顔では、やはり説得力など皆無に等しい。
『ええ、分かっていますわ。関係ありませんわね』
 首肯するスヴァンフヴィートの顔は、やはり楽しげな笑みを湛えていた。

「ふー、やっと行ったか……」
 ――あの。車で登校とか、オカシクナイデスカ、調子狂うんだけど、と何故か散々ゴネまくる透真を、どうにか猫井家の黒塗りの車へ放り込んで見送った黒塚は、透真の寝室を兼ねた私室へ立ち寄った。
 朝のドタバタの後片付けをする為だ。
 秋姫と修羅姫は、この時刻、いつも朝食後の食器洗いや、掃除に忙しい。
 他、猫井家に務める使用人であるエクトル(aa4625hero001)は、もう一人の猫井家の主、白雪 沙羅(aa3525hero001)の世話に勤しんでいる筈だった。
「……ありゃ」
 ベッドを整えていると、ふと透真の忘れ物に気付く。
「やれやれ。仕方ない、届けてやるか」
 一度、部屋の片付けを中断すると、黒塚はキッチンへ足を向けた。

 その頃、キッチンでは黒塚の予想通り、秋姫と修羅姫が、掃除に精を出していた。
 朝食で出たゴミ掃除や、食器洗いをテキパキとこなしていく。室内外を含め、隅々まで徹底的に、ゴミや埃を“殲滅”するのがメイドの務めだ。
「素早く……てばやく……しましょう……」
 のんびりした口調と、その身ごなしの迅速さは、明らかに反比例している。
 そこへ、黒塚が顔を出した。
「おーい。ちょっと俺あ出掛けるぜ」
「どちらへ……?」
「若が忘れ物してやがったんだ。大学まで届けたら、すぐ戻るからよ」
「承知……致しました……」
 行ってらっしゃいませ、と緩やかな口調で言った秋姫が一礼する間に、黒塚はもうキッチンを後にしている。
『ところで……“気が付いて”いるか……?』
 黒塚の背中が、完全に視界から消えるのを見計らって、修羅姫がボソリと問う。
 何のことかは、秋姫も承知していた。
「はい……そちらは……私が……」
『……うむ』
 キッチンその他の掃除は任せ、秋姫は“そちら”へ足を向ける。
 猫井家は大きな屋敷で、その気になれば玄関以外からも入れる。その上、同じ理由で、急に現れるゴミ――もとい、侵入者が後を絶たないのも現実だ。
 徹底的に掃除を――それは、侵入者の駆逐も含まれる。それを、主に悟られずにやって退けるのもまた、メイドの務めだ(もっとも、世の平均的なメイドが考えることではないが)。
 本日の招かれざる客は、窓から侵入し、ちょうど手近な部屋の扉の前に立っていた。
 秋姫は侵入者の死角から接近し、素早くその手を捻り上げる。
「ひっ!」
 突然関節をキメられた侵入者は堪らない。しかし、秋姫は委細構わず、相手が仰け反ったところを、抱え込むようにしてその首に腕を回す。
「ようこそ……おいでに……なりました……ですが……」
 相変わらずの緩い口調で侵入者の耳元へ落としながら、締め上げる腕に力を込める。
 締め落とされ、既に気絶した相手に止めを刺すべく、秋姫は相手の身体を真上に放った。落ちて来た侵入者を、容赦のない胴廻し回転蹴りが受け止める。
「お引き取りを……お客様……」
 一瞬で相手を沈めた秋姫は、気絶した相手に微笑みながら、典雅にカーテシーをした。
「さて……警察に……引き渡し……ましょうか……」
 強引に夢の中へ“お引き取り”頂いた侵入者を、手早く拘束する。そうして、容易に逃げられないよう対策を施してから、警察へ引き渡すべく、スマートフォンを取り出した。

 エントランスホールまで来ると、階段下で、いつもの執事服に着替えたアールグレイが待っていた。
「お嬢さま。今日も、とてもお似合いですよ」
 柔らかな微笑と共に、開口一番こう言われて、蜜柑は早くも夢の中へ逆戻りしそうになった。ハートをぶち抜かれるとは、正にこのことだ。
 想いを寄せる相手に、“お似合いですよ”なんて言われたら、たとえリップサービスだったとしても、目眩を感じない乙女などいないだろう。
 オリガとスヴァンフヴィートが、さり気なく後ろから支えてくれなかったら、とっくに背後へ倒れ込んだ挙げ句に、階段落ちを披露しているところだ。
 そんな様子に、欠片も気付かないアールグレイは、艶やかに頭を下げた。
「さあ、お食事の時間です。今日は、とても良い野菜と果物が届いたんですよ」
「う、うん」
 調理当番が彼だと、野菜・果物系の料理が多い。
 結果、やたらと美容や健康に良い料理が並ぶ。屋敷内の使用人もメニューは同じ為か、女性陣には概ね好評のようだ。
「お嬢さまのお好きなトマトもありますよ。さ、食堂へどうぞ」
 ごく自然にエスコートされ、蜜柑は再度、ハートをぶち抜かれた気分になった。全く、身が持たない。
 幼い頃から、彼はこの夢洲家の執事だったのだから、とっくに慣れっこになっていないといけない筈なのに、いちいちときめいてしまう。
 彼に手を取られれば、自然浮かれて熱が上る。
 クラクラしながらどうにか歩く後ろで、オリガとスヴァンフヴィートが小さく笑っているのが聞こえた。
(むー! 何笑ってるのー!!)
 言い返したいが、声に出せばアールグレイにも聞かれてしまう。突然叫んだら、ド天然の彼のことだから、単純に心配するだろう。
 フワフワとした気持ちと、メイド二人に笑われる気恥ずかしさで、朝から倒れそうになりながら、蜜柑はどうにか食堂へ歩いた。

『……あれで、誰にも気付かれていないつもりのようですわね』
 やや離れて後ろを歩きながら、スヴァンフヴィートはボソリとオリガに囁く。
 普段から傍で見ていれば、蜜柑はアールグレイにメロメロで、有り体に言って好きなのは瞭然だ。だのに、蜜柑本人は、自身の気持ちを誰にも知られていないと思っているらしい。
 肝心の想い人、つまりアールグレイだけが、例によって全く気付いていない所為だろう。好きな相手が気付いていないのだから、周囲も気付いていないに違いない――という、安直な二元論に至ってしまうのは、無理もないと言えば無理もないのだが。
「あら、とっても可愛らしいと思うけど」
 奥手な蜜柑と、激鈍プラス天然のアールグレイ。ある意味でお似合いではないだろうか。
 そんな意を含み、オリガはそっと微笑んだ。

 どうにか一限目を終えた透真は、教室で深い溜息を吐いた。
 わざわざ車で、しかも黒塗りのそれで登校するなど、今まで経験がないような気がする。まるきり、ヤのつく職業の御曹司だ。
 休み時間に入った教室内は、次の授業の準備をする音や、お喋りに興じる者の声で、適度にざわついている。
 そのざわつきが、殊更大きくなったのに気付いて、透真は目を瞬いた。
「……ねえ、何あの人……」
「何か怖いよな」
 そんな囁きまで聞こえて来て、反射で沸いた好奇心で、周囲に目を投げる。
「おい、若」
「え」
 何と、大きくなったざわめきの原因は、猫井家の執事だ。
「あ! 黒塚さん、何で教室に……!?」
「何でじゃねぇよ、おらっ」
 ポフッ、と痛くない程度の強さで頭に振り下ろされた紙の束を、反射で受け取る。
「レポート……?」
「提出する奴だろう。大事なもん忘れんな」
「あ、それは、届けてくれて――」
 ありがとう、とナチュラルに言い掛けて、改めて周囲の視線に気付く。
 ――何だか、痛い。視線って、本当に痛いモノだったんだ、なんて初めて知った。
「あ、有り難いけど!」
 叫ぶなり、透真は素早く立ち上がり、黒塚を教室から引っ張り出す。
 人気のない廊下の突き当たりまで来て、誰も聞いていないのを確認すると、黒塚に向き直った。
「有り難いけど、黒塚さん完全にそっちの人で、俺絶対ヤのつく職業の御曹司と思われたよねこれっっ!!?」
 あああ、完璧にこれから学校に居辛くなるよどうすれば、と懊悩する透真に、黒塚は頓着しない。
「……そう言われりゃ、何かやたら目立ったような気はしたが……」
 教室に向かう途中、妙に視線を感じた――とは思う。が。
「ま、気にするな」
「気にするよっっ!!」
 顔を上げた透真は、既に涙目だ。
 しかし、黒塚は、自身の言葉通り、とことん気にしなかった。
「俺の風体が他人にどう映ろうと、若は俺達の若だ。堂々として貰いたいもんだな」
「って言ったって!!」
 透真の反論を軽くいなして、黒塚は透真の頭をポンポンと叩いた。
「さて、用も済んだし、俺は帰るわ」
 どこまでもマイペースに言って、踵を返す。
「あ、そうだ。夕食は、春野菜のスープとローストビーフ、ガーリックシュリンプのサラダなんだが」
「え、ローストビーフ?」
 と聞いて、それまでの落ち込みと取り乱し様が嘘のように、透真が顔を輝かせた。
「もし外食するなら、早めに連絡を寄越せ、若」
 じゃーな、と背を向けて手を振る黒塚に、見えぬと承知で、透真はブンブンと勢いよく首を横に振った。
 冗談じゃない。ローストビーフと聞いて、外食なんてできるか。
「直帰します絶対直帰します!!」
 ノンブレスで答えた透真の叫びは、無人の廊下に響き渡る。次の授業の始業の鐘が、五分程前に鳴り終えていたと透真が気付くのは、この直後のことだった。

「沙羅は化け猫界トップクラスの令嬢なのにゃ。令嬢にはメイドがいて当然なのにゃ♪」
 昼下がりの猫井家では、もう一人の主――令嬢である沙羅が、屋敷の廊下をスキップしていた。歌うように言った後、彼女は自室の前で足を止める。
「エクトル! お腹空いたのにゃー!!」
 ピョコリ、とドアの陰から顔を出すと、目的のエクトルが振り返る。
 何故かメイドの格好をした彼は、それがまた違和感なく似合っており、可愛らしい。膝下丈のスカートが、彼の挙動に合わせて、クルリと回るように揺れた。
「お嬢様っ。ちょうど良かった。アフタヌーンティーの時間ですよー!」
「わーいわーい! お茶にするのにゃ!!」
 クルクルとその場で踊るように回転した沙羅は、室内に設えられたテーブルセットの椅子に、ポンと身軽く飛び乗った。
「エクトルはいつもぬるめのお茶と、沙羅の大好物を出してくれるのにゃ! とっても有能なメイドなのにゃ」
 満面の笑顔で言えば、彼は面映ゆそうに微笑する。
「有能かどうかは分からないけど……お嬢様は猫舌だからね。丁度良い温度でお出ししなきゃ」
 彼曰くの“丁度良い温度”に温まった紅茶を、ポッドからティーカップへと注ぎ入れる。
「さ、どうぞ、お嬢様」
「わあい、今日のお茶請けは何かにゃー♪」
「サンドイッチに、フランボワーズのムース、ショコラカヌレ、白魚の包み焼きパイもあるよー!」
 ズラリとテーブルに並んだ甘味に、沙羅は歓喜の声と共に、両手を上へ突き上げた。
「うわぁ、美味しそうにゃ! 偉いメイドには、ご褒美をあげなきゃいけないのにゃー!」
「そんな、ご褒美だなんて……」
「沙羅様の特製を何か考えるにゃ。うふふ」
 早速、サンドイッチを頬張る沙羅に、エクトルも微笑する。
「お嬢様のお気持ちも嬉しいけど……お嬢様が美味しそうに食べてくれるのが、僕は嬉しいんだ~♪」
 ニコニコと微笑み合いながら、ティータイムを過ごすこと、しばし。
「……あー、美味しかったぁ。ごちそうさまなのにゃ!」
「それは良かった。おなかいっぱい食べたら、お昼寝かな? ボール遊びかな?」
 食器を片付けながら言うエクトルに、沙羅は、「どこか連れてって欲しいにゃ!」と答える。
「どこに連れてってくれるにゃ?」
「そうですねぇ……じゃあ、お嬢様。折角ですから春の花がいっぱい咲いてる丘におでかけしませんか?」
「お花畑……? 行くにゃ!」
「では、支度をして参りますね」
 ワゴンに食後の食器を乗せて、一度退出して行くエクトルの後ろ姿を見送る。
(そうだ! 沙羅様、いいこと思いついたのにゃ!!)
 一人、残った部屋の中で、沙羅は手を打った。

 郊外の花畑へ着くと、沙羅は大喜びで蝶々を追い掛けたり、花と戯れたりして、はしゃぎ回った。
 エクトルは、その様を見守りながら、終始ニコニコしていた。
 沙羅が喜んでくれるのが、とにかく嬉しい。
 陽が少し傾いて来た頃、沙羅はベンチに座りたいと言い出した。
「あー、ちょうちょ、いっぱい追い掛けたのにゃー! 楽しかったのにゃ!」
「それは良かったです」
 見つけたベンチへ腰を落とすと、春の日差しに眠気を誘われたのか、沙羅がコシコシと目を擦り出した。
「お嬢様? 疲れましたか?」
「うーん……お腹いっぱいだし、走り回ったら眠くなっちゃったのにゃ……ちょっと寝るにゃ……」
 ムニュムニュと呟きながら、当然のように彼女はエクトルの膝に頭を乗せる。エクトルは、クスリと笑いながら、日傘を差し掛けた。
 すると、「あ、そうにゃ」と沙羅は、思い出したように一度起き上がる。
「その前に、エクトルにこれあげるにゃ。お花で冠作ったにゃ」
 先刻、花畑で駆け回っている間に、材料にする花を摘んでいたらしい。
「わあ、僕に?」
「いい子のエクトルにご褒美なのにゃ」
「えへへ、ありがとうございますっ」
「とーまと黒塚の分も……後、秋姫と修羅姫にも……作ったから、帰ったらあげるにゃ……」
 言いながらも、彼女はうつらうつらと船を漕ぎ始める。
「むにゃ……目、開けていられないにゃ……」
 お休み、と言ったのかどうか。
 今度こそ、ポテリとエクトルの膝に頭を乗せた沙羅は、すやすやと寝息を立て始めた。
 エクトルは、再度小さく笑って、改めて日傘を彼女に差し掛ける。愛らしい寝顔が、何とも微笑ましい。
(無邪気で可愛いお嬢様……これからも僕がお守りして差し上げねば)
 ぐ、と空いた手で拳を握って、決意を新たにする。
「若様やクロが帰って来たら、皆で晩ご飯にしましょうね……♪」
 まだ、陽が暮れるには、もう少し間がある。それまで、どうぞ良い夢を――柔らかく微笑して、エクトルはしばしの微睡みを貪る沙羅の頭を、優しく撫でていた。

 日没も近くなった頃。
 あまりにも愛らしい寝顔に、起こすのも忍びなくなったエクトルは、眠る沙羅を負ぶって帰ろうとした。――が、体格差があまりない為、断念せざるを得ず、黒塚に車で迎えに来て貰う仕儀になったのは、また別の話。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 誇り高きメイド
    秋姫・フローズンaa0501
    人間|17才|女性|命中
  • 触らぬ姫にたたりなし
    修羅姫aa0501hero001
    英雄|17才|女性|ジャ
  • きゃわいい系花嫁
    夢洲 蜜柑aa0921
    人間|14才|女性|回避
  • 天然騎士様
    アールグレイaa0921hero002
    英雄|22才|男性|シャド
  • エージェント
    猫井 透真aa3525
    人間|20才|男性|命中
  • エージェント
    白雪 沙羅aa3525hero001
    英雄|12才|女性|ソフィ
  • ダーリンガール
    オリガ・スカウロンスカヤaa4368
    獣人|32才|女性|攻撃
  • ダーリンガール
    スヴァンフヴィートaa4368hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • LinkBrave
    夜城 黒塚aa4625
    人間|26才|男性|攻撃
  • 感謝と笑顔を
    エクトルaa4625hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
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