本部

【白刃】天使の歔欷

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/29 17:14

掲示板

オープニング

●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
 H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
 老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。

 愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。

 H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
 広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
 H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗──
 つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。

「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
 廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。──直ちにエージェント召集を」
 傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
 その呟きは、増してゆく慌しさに掻き消される。


●ドロップゾーン深部
 アンゼルムは退屈していた。
 この山を制圧して数か月──周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
 かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では──正確には時期を同じくして複数の世界でも──イレギュラーが現れた。能力者だ。
 ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。

「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」

 それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
 アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
 わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
 愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
 それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
 流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた──。


●従魔討伐
 生駒山のふもとに観光向けの小さな遊園地があった。隣に建つ大きな観光ホテルのために建てられたもので、ホテルに飽きた子供たちの気を紛らわすための小さなメリーゴーランド、ゴーカートに展望台、上下運動をしながらくるくる回るであろうパステルカラーの太ったペガサスの乗り物、そして、夏場には水遊びができる小川があった。しかし、今、遊園地には人影は無い。季節はずれの小川も水が流れておらず、秋の冷たい風に枯れかけた背の高い雑草を揺らしていた。
「……それで、ヴィランはどこだ?」
 停まったペガサスの尻を蹴ってミュシャ・ラインハルト(az0004)はコンクリートで固められた小川の上に降り立った。高く縛った茶色の髪が大きく揺れる。
「今回の相手は従魔だよ。ヴィランじゃない。しかも、H.O.P.E.からの仲間がもうすぐ来るはずだから独断専行は良くないな」
 その後ろから、マントを羽織った青年──エルナー・ノヴァ(az0004hero001)が背中のバックパックを背負いなおしながら、少し困った笑みを浮かべて歩いて来た。
「誰が来るんだ?」
「H.O.P.E.の仲間だよ。僕たちの役目はここに出没する従魔の討伐だ。ここでは複数の従魔が確認されている」
 曇天の下、枯れた小川を眺めながらミュシャは呟いた。
「……つまらない」
 そのピンと張った背中を、その背に負うものを、彼女の英雄は黙って少し細めた緑の瞳で見つめた。しかし、復讐に囚われた彼女はそんな彼の眼差しになど気付かないのだった。
「きゃあ」
 その声は子供たちの歓声によく似ていた。
「きゃあ、きゃあ」
 複数の子供がはしゃぐ声だ。けれども、それはこんなに平坦なものだっただろうか。ばたばたと何かが落ちてきた。
「──前言撤回だ。これは随分……」
 彼女の言葉に、同じく眉をひそめて険しい表情を浮かべたエルナーの指先が幻想蝶に伸びる。ミュシャの声が一段と低くなり殺気が膨らむ。
「胸糞悪いゴミクズどもめ」
 ムクドリのような群れが雨だれのように空から降り注ぐ。羽音と共にきゃあと泣いて。それは小さな天使の姿をしていた。空には天使を吐く一体の大きな醜悪に太ったペガサスの姿。恐らくデクリオ級従魔。従魔は、およそ一人分のライヴスを食い尽くすとレベル1以上に認定される。
 誰も居ない遊園地。外れたペガサスを支えていた支柱が風に揺られてキイと鳴った。

解説

 先行したミュシャたちを助け、従魔を殲滅してください。この辺りは先のアンゼルムとの戦いでずっと人が居ないのですが、従魔たちを放っておけばライヴスを得るために市街地に進攻していくでしょう。どちらも通常攻撃が効きますが、空を飛んでいるので落下する天使型に気をつけながら遊具に登るなどして攻撃をしてください。ミュシャは協調性が低い性格ですが、戦闘には慣れているので皆さんの作戦に大体従った(沿った)行動を取ります。

ステージ:外回り螺旋階段付の6m塔型展望台を中心にした小さな遊園地。
 南に3mの入場門(電源有、鍵は預かっている)、門と塔の間に水遊び場(水はない)
 西に生駒山を背にした八台の1コインゴーカート乗り場
 東に高さ5m24名乗りのメリーゴーランド
 北にペガサスの乗り物(一台分外れている)、柱を中心にのろのろと地上から上下4m~2mに回りながら動く。

デクリオ級従魔:一体。空洞の両目を持つ歪なペガサスの姿をしている。口から内包する天使型従魔を吐く。空を飛び蹄で攻撃を仕掛けてくるが、遊具の名残か攻撃はパターン化している。上空で天使型を吐き、下降して攻撃後上昇、の繰り返し。高さは様々。基本的には塔の周りを回るように動くが、状況によってコースは変わる。

ミーレス級天使型従魔:15cm、15体ほどの白目の天使の姿をした従魔。硬く、ペガサス型の口から吐き出され突撃した後、またペガサスの目から口に戻り、また吐き出される。

リプレイ


●遊園地へようこそ
「あ、あの……」
 眼帯をした中性的な少女、木陰 黎夜(aa0061)が携帯電話を片手に何かを言いよどむ。それに気づいた彼女の英雄、アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は柔和な口調で一同に語りかけた。
「ごめんなさい、黎夜は男性が苦手なのよ。今は急ぎのようだから私から話すわね。園内での行動に際して皆さんの連絡先を交換しておきましょう」
 アーテルの言葉に、紫 征四郎(aa0076)が小さな箱を出す。中にはヘッドセット型の通信機が入っていた。
「HOPEに千颯と申請して、滑り込みで人数分借りることができました。携帯電話での連絡は便利ですから連絡先の交換はもちろんですが、こちらも併用すると良いと思います」
 凛とした征四郎の横で、虎噛 千颯(aa0123)がへらりと笑う。
「オレちゃんたちに感謝していいんだぜ~。おっ、リュカちゃん。最近リュカちゃんと依頼一緒なの多い気がする~。もしかして俺ちゃんの追っかけ~? あっ、もちろん、征四郎ちゃんも今回もよろろ~。俺ちゃん可愛い子の前なら頑張っちゃうぜ!」
 声をかけられた木霊・C・リュカ(aa0068)は、千颯の英雄であるセクシー武士の白虎丸(aa0123hero001)の魅力的な毛皮をもふもふと触りながらにこやかに笑みを返した。
「えへへー、確かに追っかけたくなるよね!」
「千颯、征四郎はかわいいよりかっこいいの方がうれしいのです」
 その横で大きめの学ランを着たこれまた少年姿のリュカの英雄、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は征四郎の英雄である青年、 ガルー・A・A(aa0076hero001)の上腕を軽く小突いた。
「おい、なんぱされてるぞ。何とかしたほうがいいんじゃないか」
「征四郎の馴染みの駄菓子屋の主人だし、いつものことだ」
「すまないでござる…うちの阿呆──相棒が……」
「白虎ちゃん……内心がダダ漏れだぜ……」
 『駄菓子屋』という言葉に今宮 真琴(aa0573)は顔を輝かせた。眼鏡の似合うショートボブのマフラーを巻いた痩せ型の女性だ……が、なぜか手には大量の甘いお菓子を抱えていた。
「どんなお菓子を売っているのかな……?」
「おう、甘いものもあるぜ! 今度真琴ちゃんもおいでー、大歓迎だぜー?」
「お菓子スナイパーの腕の見せ所……か……な?」
「それ称号であって職業じゃないからな?」
 狐耳をひょこりと動かしながら、和装姿の背中に背負う銃が違和感甚だしい真琴の英雄、奈良 ハル(aa0573hero001)が冷静に突っ込みをいれた。
「今回はお知り合いの方が多いのですね」
「気心の知れた相手が居るっていうのは、なにかとやりやすくていいもんだ」
 一同──特にその中の少年少女と保護者たちのやり取りを優しく見守っていたヴァルトラウテ(aa0090hero001)と、ヴァルキリーも斯くやという勇ましくも美しいかの英雄の相棒、赤城 龍哉(aa0090)はヘッドセットを受け取りながらそれぞれ口を開いた。
 そんなやりとりの中、華やかなペンギン……Masquerade(aa0033hero001)が声を上げた。
「余こそ帝王! Masqueradeである! 余が守るゆえ、大船に乗った気でいるがよい」
「Dominoッス。あ、自分は何も出来ねーッスから、共鳴した後は全部王様に任せて引っ込むッスよ。自分が居たら、天使一匹で即昇天しかねねーッス。そのかわり誘導や指摘なら任せとけッス」
 マスカレイドに続き、瞳の奥に通貨記号が浮かぶ性別不詳の長髪のDomino(aa0033)が名乗る。Dominoは名の通りドミノ牌を模したペンダントとアタッシュケースを持ち、どう見てもペンギンとしか見えないマスカレイドの従者よろしく付き従っている。
 ──皇帝……ペンギンなんだ!? 白い虎だけじゃなくてペンギンも狐もいるんだな……いや、うちにはロボットもいるけど。
 加賀谷 亮馬(aa0026)はなんとなく口に出しづらい思いを抱きながらその場をぐるりと見渡した。子供姿のメンバーが多いのも手伝って、遊園地の正門前は一見とても華やかだ。視線を受けて、少年たちに人気を集めそうなロボット然とした亮馬の相棒、Ebony Knight(aa0026hero001)が首を傾げる。
「どうした、亮馬」
「あれ? HOPEから派遣されたのは確か九組だったはずだよな──」
 亮馬がそう口に出した瞬間、静かな園内から激しい剣戟の音がした。
「随分と気の早い御仁がおられたようだ……でござる」

●ぐるぐる天馬と小さい天使と遊ぼう
 共鳴し入場門を飛び込んだ一同の目の前に、展望台を背にして剣を振るう少女の姿が現れる。少女は細かな何かに追われ、相棒の英雄と共鳴出来ていないようだった。
 すると、引き絞られた長弓から放たれた矢が風を切り裂く甲高い音を立てる。すると、驚いたのか少女を追っていた小さなムクドリの大群のようなモノが散り散りになる。
「ありがとう、助かったよ」
 エルナー・ノヴァ(az0004hero001)は礼を言うと相棒の少女、ミュシャ・ラインハルト (az0004)の腕を掴み、共鳴を果たす。幻想蝶が舞った後、黒髪を揺らしながら一同に合流した少女は矢を放った青年をちらりと見てからぶっきらぼうに名乗った。
「……ミュシャ・ラインハルトと相棒エルナー・ノヴァだ。よろしく頼む……」
「ああ、赤城龍哉 ヴァルトラウテだ。今回は宜しく頼むぜ。んじゃ行くとするか!」
 駆け出す一同。一瞬躊躇うミュシャに華麗なペンギンが近づき、彼女はぎょっとする。
「従者の言う作戦では、どうにもあのペガサスを全員で東に追い詰めるとの事である。貴公がどの位置から追い込むかはお主次第であるな」
 その他の細々とした作戦を大雑把に伝えたMasqueradeに、ミュシャはひとつ頷き剣を握って駆け出した。

 亮馬は展望台に向かって走っていた。入る前にHOPEから入ってきた連絡によって敵がペガサスの姿をした従魔とそのペガサスから吐き出される天使型の小さな従魔だということはわかっている。天使の数を減らし、遊園地の東にあるメリーゴーランドに追い詰めて倒す手筈になっている。亮馬の役割は展望台からの狙撃だ。
「遊園地か……きっと、在りし日には此処も子供達で一杯だったんだろうな。けど、今のここにあるのは人々を喰らおうとする従魔だけだ」
 ──気を引き締めよう、ここがまた、子供達にとって笑顔でいられる場所にする為に。
 亮馬の言葉に、今彼の纏う甲冑と変化したエボニーナイトが応える。
「ここまで大規模な機械の遊具を取り扱う此処は、元々人々の為の娯楽施設であったと聞く。我の世界には無かった文化だ。長らく平和であったからこそ、出来た代物と言えるのだろう」
「……そうだな。その平和を取り戻す。それが俺たちリンカーの役割だ──こういう奴らを倒すことが!」
 きゃあ、と子供の声が啼く。亮馬の眼前に虚ろな黒い穴がふたつ、闇の中でカサカサと羽音を生み出すなにかを蠢かせたそれが。
 亮馬の身体が、その中の血が嫌悪感と怒りで冷えるのをエボニーナイトは感じた気がした。
「括目せよ、名もなき従魔よ! 余の美しさに目を奪われよ!」
 朗々とした麗しき帝王の声が響く。その声に亮馬ははっと我に返った。そして、先程持ち替えたグレートソードをペガサスのだらしない口の中に叩き込んだ。
「っ、ダメか」
 ペガサスの口に吸いこまれたグレートソードはガンと強い音を立てた。しかし、ダメージにペガサスは揺れたが、その口が塞がることはなく、だらだらと天使を模した物体を吐き続けた。
「ありがとう、皇帝ペ……皇帝!」
「よきかな。しかし、余は皇帝ではなく帝王であるぞ」
 何事も無かったかのように、天使を吐き出しながら上昇し始めたペガサスを尻目に、ちょろちょろと追ってくる天使型を振り払いながら二人は展望台を駆けあがった。
 ──何か昔、こういう天使撃ち出す銃使うゲームあったッスよね?
「ゲーム、か」
 リンクしたDominoが思わず呟いたが、その声が聞こえるMasqueradeにはわからなかったのか鷹揚に笑っただけだった。

 ゴーカート場へ走り出した龍哉の前に今まさに飛び上がろうとするペガサスの後ろ脚が見えた。
「そこかしこに湧いてきやがって。デクリオ級ってことは、それだけ吸ったって事だな」
 ──ギルティ、ですわ。
「おし、ぶち壊す!」
 龍哉のへヴィアタックがペガサスの脇腹を捉える。ガツン! 手ごたえのある音がした……が、そのままペガサスはもう一度高く飛び上がってしまった。
「足場がないとダメだよな。手数は減るが、部位攻撃なら弓でも行けるか」
 仲間が言っていたように翼を潰して飛べなくなれば丁度いい。
「ヴァル、弓は任せる」
 静かに目を閉じた龍哉の中で何かが変わりヴァルトラウテが主導権を持ったのがわかった。
 「──狙い撃ちますわ!」
 きりりと絞って放った矢。しかし、それは、天使型従魔に邪魔をされてペガサスまで届くことはなかった。雲の下で一体の天使型従魔が弾ける。

「ペガサスって飛ぶなら門なんて関係ないだろう?」
 不思議そうに尋ねるオリヴィエに、門を閉じるよう提案したリュカが答える。
 ──翼を狙って、可能なら飛行能力を奪う作戦だからね。
 融合し主人格となったオリヴィエが征四郎に声をかける。
「征四郎、真琴、待たせたな」
「私は大丈夫です」
 征四郎、と呼ばれて答えたのは一人の青年だった。ガルーの桃色の瞳を持ったその青年は征四郎の望む架空の『姿』だ。それから、ビターチョコを齧る獣耳を生やした和服の真琴。
「……ところで、ペガサスってアレか? 絵で見たモノと大分違うな」
 北へ走り出そうとしたふたりの視界に小さく件の従魔が見えた。入場門と展望台の間にある水の枯れた水遊び場を後に、ゆっくりと上下運動を繰り返しながら西のゴーカート場へ向かう醜悪なその姿。
 ──お兄さんあれがペガサスとか天使なんて断固認めないから! 美しくないー!
 リュカが悲鳴を上げた。
「あれは従魔だ、元よりどっちでもない」
 冷たくあしらいつつ、走り出すオリヴィエ。今からなら東回りで行けば回り込めるかもしれない。
 そんなオリヴィエに並び走りながら、リンクした征四郎と真琴の内面世界で彼女たちも英雄と似たような会話を繰り広げていた。
「なんといいますか、ずいぶんと……アクシュミなのですよ」
 ──あー……まぁ趣味なんざ関係ねぇ。倒しちまえばいいだけだろ、なぁ?」
「何あれ……? 空飛ぶ……豚??」
 ──いやあれペガサスらしいぞ?
「汚い……撃ち落とす……」
 ──ちょ、眼が怖いって。
「南からメリゴ方面へ追い込む作戦……じわりじわりと追い詰めたい」
 ──だから眼が怖いって!
 お菓子と殺意を抱えた真琴だけは、征四郎たちとは別の方向へ駆けていった。

●ゴーカート場にて
 生駒山を背にしたゴーカート乗り場で、眼帯を外した黎夜がウィザードセンスを使う。腰まで伸びた長い髪がぶわりと揺れた。
「きゃあ、きゃあ」
 通りすがりの子供たちの集団がよく上げるかしましい声によく似たそれが、風に乗って耳に届いた。本来ならそれは遊園地には当然の音なのに……。
「あたしもここで迎え討たせてもらうぞ」
 だだっ広く視界の広い平坦なゴーカート用のコースに、風に髪を巻き上げられた一人の少女が現れた。ミュシャだ。
「……どうぞ」
 風が吹き、子供たちの声によく似たそれがより一層大きくなり、それは姿を見せた。
「あのペガサス、好きじゃねー」
 ──あまり可愛げがあるとは言えないわねぇ、ペガサスも天使も。黎夜の方が可愛いと思うわよ?
「うちは可愛くねーっての」
 不満げに鼻を鳴らし、黎夜は魔法書を掲げると不思議と響く力の籠った声で宣言した。
「木陰黎夜。アーテル・ウェスペル・ノクスと共に討ち落とす」
 力を持った言葉が不浄の風を呼び、それが醜悪なペガサスと天使を包み込む。
「……効果はそこそこ、だな」
 劣化を促す魔法の力を確認した黎夜の横を走り抜けたミュシャは固い地面を蹴って無数の天使型の従魔に斬りかかる。めき、と音を立てて一体が地面に叩き付けられた。
「きゃあ?」
 最後の声を上げたそれは砂塵と帰す。いや、憑依の解けた状態で叩き付けられて砕け散った。
「意外とあっけない……? まあいいや」
 黎夜の魔法書マビノギオンが力を生み出す。強化され組み立てられた魔力の衝撃は、ペガサスの口から飛び出した天使型たちを次々に吹き飛ばす。弱体化したそれらのいくつかは先の一体と同じように弾け飛んだ。
「ここで天使の殲滅したいんだが──!?」
 半数ほどが弾けた瞬間、速度を上げて降りてきたペガサスの前脚が黎夜の額を掠める。
「きゃあきゃあ」
 やかましい天使と無言で襲い掛かるペガサス。二度三度と振り下ろされた前脚をミュシャの剣が弾いた。
 ──残念ながら、ここまでね。
 天使を減らされてもコースを守りたいのか、ペガサスは徐々により高く上昇し北へと向かうゴーカート場から離れていった。
「っ、足場が無いここではこれが限界だ」
 黎夜は辺りを見回して残った天使型が無いことを確かめると、ミュシャと一度頷き合う。そして、展望台を突っ切ってメリーゴーランドへと向かった。

●展望台より
「従魔退治である! 余の美しき姿が何処からでも見られる場所ならば、彼の従魔とて目を奪われる事であろう!」
 ──王様、そもそも目がないッスよ、その従魔。
「とはいえ、空を飛ぶ彼奴に当てられるような得物を持っていないのもまた事実。余に出来る事と言えば余の美しき姿を見せる事と傷付いた近場の仲間をケアレイで癒やす事、そして此方に向けられて射出された出来損ないの天使を切り捨てる事ぐらいであろう」
「ありがとうございます、皇帝」
「帝王だな」
 麗しき皇帝と話しながら、目的を探す亮馬はスナイパーライフルのスコープごしに、ぐんぐんと高度を上げる敵影を認める。
「ちっ……狙い難いなぁ……ペガサスを先に落とすのは駄目なのか?」
 ──駄目だ。作戦通りに行け……当てればいいのだ。撃て。
 相棒の合図に亮馬のスナイパーライフルが火を噴いた。
「きゃあ?」
「……へー、距離を離すとますます小さく見えるなー……」
 ──あの体面積だ。胴体に風穴を開ければ一撃だろう。
 いくつかの銃弾が天使の小さな体を射抜く。弾けた天使たちを見ながら、想定よりずいぶん少ないその数に内心安堵する。
「ここで殲滅できそうだな」
「括目せよ、名もなき従魔よ! 余の美しさに目を奪われよ!」
 突然、名乗りを上げたMasqueradeの声に、亮馬はハッとする。
 ──さっきと同じだ!
 咄嗟に傍らに置いていたシルフィードを掴み、振り向きざまに斬る。無言で迫っていた穴の開いた眼窩にその刃が食い込む。そこへ、Dominoの獅子の描かれた大剣が振るわれた。
「余は帝王、決して武人ではない。帝王たるもの他者に華を持たせる事も忘れてはいかんからな」
「了解だ、皇帝!」
 ドレッドノートの火力が存分に振るわれる。亮馬の一撃が天使たちを薙ぎ払う。
「くそ、ペガサスに逃げられた」
 急降下するペガサスの尻を睨みながら思わず毒づく亮馬。
「不確定な要素を排除し、確実なものを選別する事こそ帝王の仕事よ。故にあれだけ天使型を排除すれば良いだろう」
「すみません、皇帝」
「うむ、帝王は呼称などの些事にいつまでもこだわらないのだ」

●ペガサスの巣
 コミカルな太ったペガサスたちが一本の柱を中心に繋がれている。以前はこれも子供たちの喜ぶ楽しい乗り物だったのだろう。一本だけペガサスを繋いでない支柱を見て、征四郎は複雑な思いを抱いた。
「きゃ……あ」
 聞こえる小さな声。その方を見れば、上空から降りてくる醜悪なペガサスと、その口と眼窩をうろうろとするかなり減った天使の姿。
「とりあず天使共の翼を狙えばいいんだろう? もし、翼無しでも飛ぶ場合は、はしゃぐ声もでない様顔面からヘッドショットだ」
 緑の髪を風に遊ばせたリュカがスナイパーライフルを構える。オリヴィエに主人格を渡したリュカは黙って従魔たちの動きを観察する。
 ブラッディランスを構えた征四郎は敵との距離を測る。すぐに遊具に登れるよう、位置を調整した。
「ペガサスの内部で天使が自動生産されなくてよかったです」
 征四郎の言葉が先頭の合図になった。リュカのスナイパーライフルが天使たちを確実に狙う。そして、止めとばかりに放ったトリオがペガサスの口から出てきた天使型を塵にした。
 ──オリヴィエ!
「──しまった!」
「きなさい! あなたの相手は私がします!」
 オリヴィエがリュカの声に無言のペガサスの存在を思い出したのと同時に、遊具に登った征四郎が声を張り上げる。すると、リュカの後ろにまで迫っていたペガサスが、軌道を変えた。
 ──征四郎ちゃんに後でお礼しないと駄目だよね。
「わかってる!」
 バトルメディックとは言え、研鑽を積んだ征四郎はペガサスの攻撃を躱た。そして、遊具から飛び降り様に一撃を浴びせかける。

●メリーゴーランドの決戦
 もう一度空高く羽ばたこうと徐々に高度を上げていくペガザスに冷笑を向けた者がいた。元は遊具であったペガサスも子供の声を模した天使たちも、彼の大事な存在を思わせて、心は静かな怒りに満ちていた。
「天使吐き出すペガサスとかマジウケる」
 ──何だか醜悪なものを見ている気分だ。だが、その天使ももうほとんど居ない。
「ま、依頼だしサクッと倒しちゃおうぜ、白虎丸」
 無線機のマイク部分を指先で軽く撫でた千颯は、金の瞳を煌めかせラジエルの書を開いた。同時に白いカードが従魔たちに襲い掛かる。ガンガン! 鉄がへこむような音を立ててカードはペガサスの身体を嬲った。
「ミュシャちゃんそっちよろろ~! 厳しかったら言ってなー? 俺ちゃん応援するぜー」
「厳しくはない……が」
 そう言って上昇するペガサスを見上げたミュシャの目の前で、従魔の片翼の根元が鈍い音とともに小さく弾けた。
 豚には羽狙いでいくよ、と英雄のハルに告げて、スナイパーライフルを構えるのは真琴だ。
「……消し飛べ……」
 ぐらり、バランスを失った身体は傾き、上昇をやめた。ミュシャが即座にもうひとつの翼に斬りかかる。そして、弾丸を放った真琴を見た。真琴はビターチョコを頬張りながらサムズアップを返した。
「不思議パワーで浮いてる訳じゃねぇのか。翼を壊したら飛べなくなるとか、妙な所で律儀だな」
 ──それじゃま、一気に畳み掛けるとしますか。
「確かに的は小さいが……動きはそこまで複雑でもなし。先読みすりゃ、行けそうだな!」
 じゃり、と靴底を鳴らして龍哉が怒涛乱舞の構えを取る。素早い拳が残った天使型従魔を全て撃墜した。
「……きゃあ」
 それが、不気味な天使型従魔の最後の一匹が発した声だった。
「残りはあの醜悪なペガサスだけだ」
 ミュシャの後から駆け付けた黎矢が呟く。
「ここは皆の遊び場ですよ、従魔はお帰り願います!」
「俺ちゃん達の新スキルお披露目だぜ!」
 ──そう大層なものでは無いがいくぞ!
 ペガサス乗り場から駆け付けた征四郎が叫び、ブラッドオペレートを発動した。同時に千颯も同じ技を重ねる。ふたつ重なったそれは──共に成功した。顔色などあるはずのない虚ろなペガサスがのろのろと動きを弱めていく。血などなくても生命力が失われているのだ。
「急急如律令……白螺の舞(トリオ)!」
 ──まだ気に入っているんか、その設定。
「気分の問題……」
 ぐあああああっ!
 今まで気配すらない虚ろな無言を貫いていたペガサスがドラム缶を叩くような音を上げた。そして、精一杯上昇すると、真琴目がけて突っ込んでいった。
「当たらない……ね……」
 ──ちょっと無茶しすぎじゃな。
 焦ったハルの声がする。真琴も冷や汗をかきながら、スナイパーライフルを足元に捨ててクリスタルファンを構える。
「! ……あぶなっ」
 ──かすった! 今かすったからな!
「この……!」
 こら、落ち着けっ! ハルの声は真琴に届かず、彼女はクリスタルファンでペガサスを殴りつけた。固い音が振動が扇子を握った腕に従魔の息遣いを伝える。その腕を怒り狂ったペガサスの冷たい鋼の蹄が殴りつける。
「っう……!」
 痛みに顔を歪め、腕を抱えて倒れこむ真琴。
「ここが勝負所だろう!」
 飛び込む人影が拳を掲げた。龍哉のオーガドライブがペガサスの鋼の身体を殴る。拳は弾丸よりも早く強く、その一撃は空洞の身体を大きく揺らし鳴らして醜くへこませた。次の瞬間、ペガサスは弾け飛んだ。

●悪夢の終了
「ハルちゃんは心配性……」
 ──心配もするわ、無理しおってから。
「……っ、はあっ」
「大丈夫か!?」
 近くに居たミュシャが黎夜が、真琴へ駆け寄る。そして、真琴の傷と、傍の龍哉の身体にばらばらに散らばった破片が刺さっているのを見つけ、顔色を無くした。
「傷は勲章とは言うが」
「余としては傷は無い方が美しいと思っているからな──そう、この余のように!」
「さすが皇帝!」
 堂々たる帝王の登場にあっけにとられていると、ライフルを背負った亮馬がひょっこりと顔を出した。
「俺も役に立ったか?」
 やがて、征四郎と千颯といったバトルメデックたちが揃い、真琴や龍哉を始め、一同の細かな傷も治していった。
「俺ちゃん回復させるよ~。こう見えて瘉し系ですので!」
 ──その件いい加減くどいぞ。
「白虎ちゃん冷たい!!」
 賑やかに笑う千颯の後ろで、呆然と座り込むミュシャの隣に、一通りの治療が終わり共鳴を解いた征四郎がぽふんと座った。
「ミュシャはおつよいのですね。おつかれさまでしたよ」
「……っ!」
 顔を背けてどこかへ行ってしまったミュシャを見送ったあと、彼女は遊園地を改めて見渡した。そんな彼女にガルーが尋ねる。
「そういえば随分な機械仕掛けだよなここ。いったいなんの研究所なんだ?」
「ちがいますガルー。ゆうえんちは遊びにくるところです」
「へぇぇ……」
「……」
「……もしかして、遊びたかっ」
「別に!!」
 照れ隠しにばしばしと叩く征四郎を見ながら、ガルーは改めて今回の仲間には彼女に似た年頃のメンバーが多いことに気づく。
「んじゃーあれか、オリヴィエも遊びたかったりして……ないか」

 一方、傷の治った真琴はほくほく顔でマカロンを食べていた。
「とっておきの……マカロン!」
 そんなパートナーを見て、ハルは大きくため息をついた。
「……一番元気なのが今じゃな……」
「豚とかもどきとか……見ていて疲れた……気持ち悪かった」
「……ペガサスと天使じゃ」
「ハルちゃん……・・突っ込みすぎて疲れない?」
「誰のせいじゃ!」
 思わず叫んだハルの後ろで、遠慮がちに声をかけた者がいる。
「ん? どうしたの?」
 なんとなく、一同の視線が集まる。思いもよらず注目を集めてしまったミュシャは気まずそうに視線をそらしてこういった。
「ありがとうござい、ます。先に動いて、すみませんでした」
 高く結ったポニーテールを大きく揺らして頭を下げると、彼女は即座に歩き出した。あっけにとられた一同と一緒に彼女を見ていたパートナーのエルナーは困ったような笑顔を浮かべて、改めて礼を述べた。
「どうもありがとう。──HOPEから来てくれたのが君たちで本当によかったよ」
 また会うこともあるだろうから、その時はよろしくね。そう言って彼は残された荷物を背負い、ミュシャの後を歩いていった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123

重体一覧

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中
  • 守護の決意
    Ebony Knightaa0026hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • 罠師
    Dominoaa0033
    人間|18才|?|防御
  • 第三舞踏帝国帝王
    Masqueradeaa0033hero001
    英雄|28才|?|バト
  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 撃ち貫くは二槍
    今宮 真琴aa0573
    人間|15才|女性|回避
  • あなたを守る一矢に
    奈良 ハルaa0573hero001
    英雄|23才|女性|ジャ
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