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密林奥地の三人組(相談卓)
最終発言2018/03/22 02:46:49 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/03/17 17:26:41
オープニング
●
慣れた者でもろくな用意もせずに立ち入れば命を落としかねないアマゾンの奥地。
文明の影響が及ばない密林の中で、場違いにも程がある白と若草のドレスがひらりと揺れる。
「困ったわね。こんな事なら首輪をつけておけばよかったわ」
若草色の髪に大きな髪飾り。顔にはベールが掛かっていて素顔は分からないが、小柄な体格と鈴を転がすような声から推測するにまだ少女なのだろう。
髪色に合わせた若草色のドレスと鈴蘭のようなスカートの間にはごく薄い薄緑のレースが重なっている。
更にその左右を固めているのはコートにガスマスクと言った出で立ちの黒づくめの大男。なんとも奇妙な三人組である。
微動だにしない大男の間で少女が少しうろうろと歩き回っていたが、仕方ないわねと立ち止まった。
「あんまり長く離れていると文句を言われるだろうし、あの子たちの方から来てもらいましょう」
少女は大男に「あれを出して」と指示を出し、自分はもう一人の大男が用意した折り畳み椅子に座る。
その間も指示を出された大男は背負った荷物の中から多方面にスピーカーのような物がついた奇妙な機械を設置し、上部についているコンソールを操作している。
ややあって大男が戻って来ると、少女は満足そうに頷いた。
「これであとは待つだけね。お茶でもしましょうか」
少女がそう言うと、二人の大男は折り畳みのテーブルとティーセットを出して来た。
●
「善性愚神ですか……」
H.O.P.E.ニューヨーク本部に現れたヘイシズとの会談の情報は即座に各支部に共有された。
そろそろブラック企業指定されるんじゃないかと言うほど各職員が多忙を極めるギアナ支部も同様だ。
「ラグナロク戦の事後処理も調査もまだ終わってねえんだよ! やってられるか!」
連日徹夜でラグナロクの研究所から回収した資料の調査と解読を続けている上に胸の悪くなるような情報ばかり。
精神がささくれていたタオ・リーツェンは手にしたドリンク剤を机に叩きつける。
カフェインマシマシの薬臭い液体は飲み干された後だったのでこぼれなかったが、瓶に皹が入った。
「はあ……まったく次から次へと……」
叫んで多少気が晴れたタオは本部からの連絡が来る前に見ていたメールを再度確認する。
「さて、こちらも早めに片付けなければ」
メールの内容はギアナ支部の調査隊からの報告とプリセンサーが察知した愚神の出現情報だった。
●
「密林の一部で従魔の活動が原因と思われる跡が発見されました」
タオがスクリーンに表示した映像資料には、飛び散った毛や羽根などの動物の残骸が転がっていた。
森蝕によって大損害を受けたアマゾンの密林の調査をしていたギアナ支部の調査隊が発見したらしい。
その報告は別の調査隊からも届いており、情報を統合してみると複数の従魔がほぼ同時期に捕食活動もせずに一方向に移動を開始しているのが分かった。
「そのルートを予測してみると、この地域ですべての従魔が合流する事になります」
合流予測地点は密猟グループの拠点があると思われる地域だった。
その密猟グループはギアナ支部でもマークして拠点の大体の位置を割り出すまでは行っていたのだが、森蝕の最中担当者が殉職してしまったため現在は引継ぎが終わるまで要警戒で留まっていた。
「最初は密猟グループを狙っているのかと思ったのですがね。………残念です」
タオの最後の呟きが聞こえたエージェントが「えっ?」と言う顔をしたが、「何か?」と笑顔を向けられると聞かなかった事にした。
「同じ地域にプリセンサーから愚神出現の予知がありまして。予知を見る限り従魔はこの愚神の元に向かってるようなのです」
このあたりですねとタオがマーカーを表示する。
従魔の移動ルートを予測して書かれたラインの交差地点に重なった。
「ちなみに従魔なのですが、どうやら研究所の『不良品』と同じく異常が起きているらしく、壊死して落ちたと思われる体の一部が見付かっています」
それは一見すると獣毛に覆われた灰色に萎びた肉の塊のようだった。
調査隊と思われる人間の手がその獣毛を掻き分けると、変色しているため分かりにくかったがナンバリングが施されていた。
「全てがそうとは断言できませんが、生き延びたラグナロクの従魔だと思われます」
その従魔が一斉に同じ場所へと向かっており、その場所にはプリセンサーが察知した愚神の出現地点と重なっている。無関係とは思えなかった。
「ラグナロクの研究所から回収した資料で、改造従魔やバルドルはじめ幹部達の改造実験にパンドラ以外の愚神が関わっていた事は分かっています」
察知された愚神にはコートにガスマスクと言う黒づくめの大男が二人付いていると言う。
「この大男は人間だと判別されましたが、ただの人間が従魔の側に付き従っているとは思えません。十分に注意してください」
タイミング次第では複数の従魔と愚神、大男二人と全員を一気に相手にする事になるだろう。
従魔が愚神の元に集合する前に各個撃破すると言う手も考えられるが、愚神がそれに気付いて手を出してくるかも知れない。
「愚神の目的は従魔のようですが、集めて何を仕出かすか分かりません。従魔はすべて討伐するのが望ましいのですが、無理のない範囲でお願いします」
あなた方に死なれては色々困りますので。
にこりと笑うタオはただでさえ忙しいにも関わらず、人員不足であちこち引っ張り出される事にいい加減疲れていた。
解説
●目的
・従魔の撃破
・可能であれば愚神と大男の情報を得る
愚神と大男二人の撃破は成功条件に入っていません
●状況
・アマゾン奥地/曇り
従魔はそれぞれ違う方向から愚神のいる場所に向かって移動している
愚神は出現地点から基本的に動かないが、従魔との戦闘に気付き介入して来る可能性はある
大男も愚神の側から離れる事はない
・北側
愚神出現地点から見て北側にミーレス級三体、イマーゴ級二体がいる
・東側
愚神出現地点から見て東側にミーレス級二体、イマーゴ級二体がいる
●敵
・『ミーレス級? 従魔』×5
ゴリラのような体型のものと豹のような体型のものがいる
体に異常が起きているらしく、移動中に壊死が始まり能力も落ちている
攻撃は殴るか体当たり
・『イマーゴ級? 従魔』×4
植物と虫を合成したような異形の従魔
ミーレス級従魔と同じく体が崩壊し始めている
毒を噴出するが、毒素も弱くなっており共鳴すれば吸っても咳き込む程度
・『愚神』×1
等級、能力共に不明
ベールで顔が隠れているが、体格と声からドレス姿の少女と思われる
好戦的ではないようだが何故従魔を集めているのか不明
・『大男』×2
プリセンサーの判別では「人間」
二人とも2mを超す巨体にコートとガスマスクを付けていて顔は分からない
愚神に従い機械の組み立てからお茶の準備までこなす
●NPC
タオ・リーツェン
最近忙しい上に悩みもあって不眠気味。眉間の皺が増えたし気持ちが荒んで来た
今回は従魔と愚神の位置を探知し、エージェントの連絡役をするオペレーターとして参加
撤退が必要になった時はすぐ離脱できるように協力する
リプレイ
●場違いな香り
土と緑の香りと湿った空気。アマゾンの熱帯雨林は年中湿度が高いが、木々の間から見える曇り空を見るにいつ雨が降ってもおかしくないだろう。
「曇ってるね……嫌な感じ」
御童 紗希(aa0339)が空を見上げると、カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)も空模様を見て同意する。
「雨が降らなきゃいいんだけどな。密林でずぶ濡れはゴメンだ」
ここは熱帯雨林。一旦スコールが振り出せば濡れるどころの騒ぎではない。通ってきた道が水没してしまう事もあり得るのだ。
『今は雨季です。本来なら降っていない方がおかしいのですがね』
通信機越しに聞こえて来たのはタオ・リーツェン(aX0092)の嬉しくない答えだった。
【森蝕】ではライヴスの異常で局地的な気候・地形変動が各地で起きており、影響が薄れて来た現在も完全に元に戻ったとは言い難い。
「あの戦いの傷痕はまだ残っているのですね……」
笹山平介(aa0342)はモスケールの表示を確認しながら、ラグナロクの戦いで犠牲になった人々を思う。
「フレイ……彼等も、実験台に過ぎなかったのでしょうか」
「報告を見る限りではそうね」
柳京香(aa0342hero001)もラグナロクの顛末と『研究所』の調査結果を知っている。
「……ダスティンは誰かを守る為の力で在りたかったんだ。俺達にかつて求めた正義を託して世を去った」
日暮仙寿(aa4519)が言う「ダスティン」とは、ラグナロクの幹部「トール」が人であった頃の名だ。
ラグナロクは壊滅し、幹部達も全てが倒された。生き残った者はいない。
不知火あけび(aa4519hero001)は友とパートナーの心に今も落ちる影を思って目を伏せる。
「ラグナロクの幹部達が実験体だったなんて……」
「首領であるバルドルですら実験体に過ぎなかった。俺はあいつらを狂わせた連中を許さない」
仙寿の気持ちはラグナロクの幹部であった者達の悲劇と結末を知るエージェント達とも同じだろう。
真壁 久朗(aa0032)もその一人だ。
「彼に、彼等に破滅しかない道を歩ませた誰かがいるんだ。俺はそれが許せない」
「クロさん……」
セラフィナ(aa0032hero001)は久朗の硬い決意と共に握り締めた拳を見下ろす。
「もしかしたら、違う結果もあったかもしれない……」
藤咲 仁菜(aa3237)も平介と久郎が何を思っているか何となく感じ取れた。
彼女自身もあの戦いで悩み、迷い、後悔している事がある。
「覚悟は決めたんだろう?」
リオン クロフォード(aa3237hero001)が仁菜の肩を叩き、ずっと心配していただろうあけびも仁菜を気遣う。
「……仁菜、あまり無茶はしないでね。難しいだろうけど、どうか思い詰めないで」
仁菜は二人に向かって無意識に俯いていた顔を上げ大丈夫だと少し微笑んで見せた。
「タオから連絡が来たわ」
そこにモスケールで周囲を捜査していた氷鏡 六花(aa4969)とアルヴィナ・ヴェラスネーシュカ(aa4969hero001)がやって来た。
「こちらもモスケールの計測結果が出ました」
「ずれがあるか確認してみましょう」
平介と六花がゴーグルをしたまま、従魔と愚神の位置を探っているタオと計測結果を見比べる。
「愚神は従魔の回収でもするつもりかな? あれだけ捨てておいて、今更な気はするけど」
志賀谷 京子(aa0150)が表示されたマーカーを見ながら首を傾げた。
反応が大きな一点と、弱い二点は殆ど動かない。おそらくこれが愚神とそれに付き従う大男二人だろう。
「見られたら困る個体でもいるのでしょうか」
アリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は北と東に離れた所にある複数のマーカーに注目した。
このマーカーが従魔を示しているのだろうが、その動きは思ったよりも遅い。
「壊死が進んで動きが鈍っているのか」
八朔 カゲリ(aa0098)はブリーフィングの時に見た灰色に萎びた肉片を思い出す。
あの映像が撮影された時から日も経っている。壊死が進んでいてもおかしくない。
ラグナロクの従魔が人から作られ、中には『失敗作』『不良品』として弱り崩れて行く結末が待っていた事をエージェント達は知っている。
「なに、愚神に構う時間が増えたと思えばよかろう」
ナラカ(aa0098hero001)が幼い見た目に似合わない口調で木々の奥へ視線を向ける。
湿った風に乗って密林にあるはずのない香りが届く。
紅茶の香りだった。
「ここであれこれ考えるより、本人に聞いてみるのが早いかな」
京子がアリッサと共鳴すると、他のエージェント達も共鳴し木々の向こうにいる愚神に向かって歩き出した。
●紅茶の香りと愚神の笑み
「ごきげんよう。お客様かしら?」
踏み均したらしいほんの少しの平らな地面に折り畳み式の椅子とテーブルを置き、その愚神は悠々とエージェント達を迎えた。
プリセンサーの予知と違わぬ若草色の髪とドレス。その手にはティーカップ。
傍らに控えるのはガスマスクとコートを身に着けた黒づくめの大男。内一人がティーカップに茶を注ぐ。
「私は志賀谷京子。お嬢さん、こんなところでお茶会とは優雅だね」
まずは軽く一言。
京子は話しかけながら他のエージェント達がそれぞれの思う立ち位置に収まるのを確認した。
「もうすぐ此処に壊れかけの人形がやってくるってさ。もしかして、貴方達が集めてお片付けしてくれるのかな」
「それはこちらのセリフじゃないかしら?」
くすくすと笑い、暗にエージェント達の目的を看破している事を示している。
しかしそれに対して思う所がないのか愚神は椅子から立ち上がる素振りさえない。
「こっちも仕事だからさ、おいそれと従魔を見逃せないんだ。譲ってくれない? 」
「ふふふ、どうしようかしら?」
そう言いながらもティーカップを傾ける。
余裕の態度に警戒しながらも次は六花が話しかけてみる。
「わたしは六花。氷鏡六花。ねえ、こんな所で変な機械出して従魔を集めて、何をしようとしてるの?」
六花に変な機械、と言われた物は愚神から少し離れた場所にある。
多方面にスピーカーのような物を付けたそれは、プリセンサーの予知では何をする物か分からなかった。
モスケールのゴーグル越しに見ればその機械から微量のライヴスが放出されているのが分かるが、見た目で分かるのはそれだけだ。
「ご想像にお任せするわ。わたしが何か言ったとして、あなたたちそれを素直に信じられる?」
楽しげですらある声音で言われて、確かにその通りだと一瞬沈黙が落ちた。
しかしそう言いながらも愚神はゆったりと茶を飲み、大男は空になったカップに茶を注ぐのみ。
敵対的な態度を取らない愚神に、今度は仁菜が話しかける。
「初めまして。私はH.O.P.E.所属の藤咲仁菜、共鳴してるのは英雄のリオンです。貴女の名前を教えてくれますか?」
仁菜が敵意の無い事を示すために武器を収めカーテシーを行う。
「あら、そう言えば名乗ってなかったわね」
愚神は片手にティーカップを持ったまま、もう片方の手でドレスの端をつまんで体を軽く傾けた。カーテシーのつもりだろうか。
「わたしはディー・ディー。今後もご縁があるかは分からないけど、よろしくね」
愚神が名乗った直後、ガシャン! と、通信機から大きな音が聞こえて来た。
『すみません、落としてしまいました』
驚いたエージェント達に、通信機の向こう側からタオが小声で謝罪する。
愚神がそれに対して特に反応しないのを見て内心胸を撫で下ろし、京子は大男の方に視線を移した。
「照れ屋さんじゃないなら、そちらの大男さんのお顔も拝見したいけど、どう?」
「出来れば、そちらの貴方とそちらのお二人も、お互い顔をみてお話ししたいです」
仁菜も京子に合わせてディー・ディーと大男の素顔を探ろうとする。
プリセンサーが「人間」と判断した大男二人だが、相対して見ればその威容に疑問が浮かぶ。
「わざわざ顔を隠している相手に見せろだなんて不躾ね。遠慮してちょうだい」
これにはディー・ディーが答えた。遠慮しろと言いつつ不愉快には思っていなさそうだが、ベールを外す気はないようだ。大男二人はディー・ディーに茶を入れる以外には動かず喋る様子もない。
護衛とも小間使いともとれる大男の振る舞いを見て今度は六花が問い掛ける。
「その大男は、従魔じゃないみたいだけど……貴女の召使?」
「ええ、最近雇ったんだけど従順でかわいい子よ」
淀むことなく打てば響くように受け答えをするディー・ディーを、紗希とカイはじっと観察する。
『……どう思う? マリ、あの愚神』
『う~ん……』
敵意がない事は確かなようだが、それが逆に不気味とも思える。
『ジャングルの奥地で大男二人と少女とは……何とも奇妙な取り合わせだが……』
カイは少女の出で立ちにかつて見た愚神の姿を重ねた。
顔の半分をベールで隠し、喪服のようなドレスを纏っていたラグナロクの幹部、フレイヤ。
カイと同じ事を感じていた平介が直接ディー・ディーに疑問をぶつける。
「貴方の服装とよく似た愚神を知っています。フレイヤを、もしくはフレイの事を知っていますか?」
「フレイヤ、フレイ……聞いた事があるような、ないような……ごめんなさい、よく分からないわ」
「では貴方は……善性愚神を知っていますか?」
ニューヨーク本部に現れた愚神ヘイシズは『善性愚神』の存在と、人類との共存を望む事を伝えた。
現在は善性愚神を名乗る者達がH.O.P.E.と接触しているが、その中にはラグナロクの改造従魔に細胞を使用された『パンドラ』もいた。
ならば改造従魔の生き残りを集めてようとしているこの愚神はどちらなのか。
「人間との共存を目指しているのが善性愚神です。貴方はその考え方に賛同できますか?」
「いいんじゃない? 考え方は人それぞれだもの」
良くも悪くもふんわりとしたディー・ディーの答えに、平介は焦れた。まだ聞きたい事、知りたい事はあると言うのに、モスケールのゴーグルに映る従魔を示すマーカーが近づいて来ている。
六花の方も同じものを見ているのだろう。近くにいる仲間にそれとなく合図を送っていた。
仙寿もそろそろ時間切れだろうとこれまでになく突っ込んだ事を聞く。
「お前達は何処の組織に属している? 最近では愚神が人間組織にいても不思議では無いからな。ヘイシズのように人類に降伏する者もいる」
あえて愚神が人類に降伏したと下に見る事を言って様子を窺うが、反応は特にない。
ならばと更に続ける。
「一部の改造従魔はRGWを持たされていた。リオ・ベルデでは工場にRGWドライヴが運ばれていた。お前とあの国にも繋がりはあるのか? 」
「組織とか国とか言われても分からないわ。わたしはわたしのやりたい事しかしない主義なの」
「それがどんな非道な事であってもか」
そう言ったのはそれまでじっとやりとりを聞いていた久郎だった。
「お前達の試作品は期待通りの成果を上げたか?」
アマゾンの奥地でさえドレス姿でお茶会と洒落込むディー・ディーに、久郎はわざと貶すような言葉をぶつける。
「あの出来損ないの従魔は俺達が壊す」
「俺達が」の所で視線を巡らせた久郎にエージェント達は了解したと視線を返す。
「あなたは……」
仁菜は口を開き、ディー・ディーに言うべき言葉を探す。
仁菜が思い出すのはオルリア―――ラグナロクの幹部であったフレイヤの事だ。
彼女との戦いも話がしたいのであれば攻撃をしないと言う選択肢があった。しかし、あの状況では躊躇えば仲間達の命が危険に晒されるのは確実。だから仁菜は武器を向けた。
「最後に、ひとつだけ……」
もし別の道があればと、自分以外にも後悔している人達がいるだろう。
だから愚神にアプローチをと言う意見が出た時、仁菜も賛成したのだ。
「どうして愚神を集めるのでしょうか? パンドラ細胞がどう変質したかの調査ですか?」
もし戦う以外に別の道があったとしたら、今度は手を伸ばしたい。
そんな仁菜の願いは鈴を転がすような声によって砕かれる。
「調査はもう終わってるわ。わたしはあの子たちを手元で愛でたいの」
「愛でる……?」
「最初は私の趣味じゃなかったけど、今のあの子たちは萎びて腐って崩れて死ぬわ。みすぼらしくて汚くて哀れで惨め。ああ……とっても可愛いわ」
頬に手を当て声には熱が籠り、その言葉が心からのものだと誰もが感じた。
「仁菜」
あまりの返答に茫然とした仁菜の肩に仙寿の手が置かれた。
その視線が横に動いたのを見て、仁菜は次の行動に移る時だと悟る。
「ごめんなさい。貴女が敵として今ここに立つなら、今回は私達も手荒な行動にでます」
直後、カイが放ったストレートブロウにテーブルとティーセットが巻き込まれた破壊音が密林に響く。
●新たな異形
「あらあら、乱暴なのね」
飛び散るテーブルとティーセットの向こうにディー・ディーはいない。
「そんな恰好をしている割に素早いな」
カイの台詞はディー・ディーではなく大男に向けられていた。
ストレートブロウが放たれた時、二人の大男の内一人がディー・ディーの代わりに攻撃を受け、もう一人がディー・ディーを抱えて跳び退ったのだ。
「そうそう思い通りにはいかないか」
『まあ汝のやる事は変わるまい』
カゲリが戦闘態勢に入る。ナラカは問題あるまいと鷹揚に言った。
『しかしまあ、愚神と言うのはやはり宿業からの解脱は難しいか』
「善性愚神に期待でもしているのか」
『さて……。期待と言うのは少々語弊があろう』
カゲリはそれ以上ナラカを追求しなかった。
そんな状況ではないと言うより興味がなかったのだろう。
カゲリは鎖が撒きついた鞘と、納められた剣の柄に手を掛けて抜くべきタイミングを計る。
今は他の仲間が行動する番だ。
「動き回られると厄介なのでな」
仙寿の縫止がその場に残った方の大男を狙う。
ライヴスの針が大男の動きを鈍らせ、そこに仁菜が放ったパニッシュメンの光が包み込んだ。
「あら? 別に痛そうじゃないわね」
不思議そうにディー・ディーが首を傾げる。
大男は無傷だった。
「やっぱり人間だったんでしょうか」
「本当に人間か? プリセンサーが判別できない従魔か?」
仁菜と仙寿は従魔と愚神以外には効果のないパニッシュメントに無反応な大男に、改めて疑問を抱く。
「ただの人間とは思えません。手心は加えずに行きます」
平介が狙ったのは大男のガスマスクだ。
一撃粉砕を狙った攻撃だったが、それは大男の腕から突如現れた盾によって威力を削られてしまう。
「RGW!」
大男は両腕に頭部から足元まで隠れるほどの大盾を装着し、ディー・ディーを庇うように立っている。
武器らしい武器は見えないが、あれほどの大盾で殴り付けるなら十分な威力があるだろう。
「そのまま抑えてろ!」
「手伝うわ!」
盾と剣の鍔迫り合いになった平介の後ろからカイと京子が援護に加わる。
狙うのは平介と同じくガスマスクだ。
二人の間を縫うように振り下ろされた大剣と京子のテレポートショットがガスマスクに叩きつけられる。
バキン、と金属音が鳴り宙を舞ったのは吸収缶と真っ二つになったゴーグル部分。大男の正体を探ろうとしていた面々がその素顔に注目し、息を飲んだ。
頭部はのっぺりとしていて凹凸が殆どない。鼻も耳も唇もなく、何らかの機械と思われる器物とそれと繋がった管が埋め込まれ、カイと平介を眼球の代わりに埋め込まれたらしいレーダーが見下ろしていた。
「もう一人戻ってきた!」
従魔の接近に注意していた六花だったが、近間のライヴス反応を見て警告する。
「攻撃来るぞ!」
久郎が警告を受けてキリングワイヤーを放つ。
先程カイのストレートブロウで吹き飛ばされた大男を発見し、何かを構えた事に気付いたのだ。
ワイヤーは大男の肩口を切り裂くも、大男の攻撃は止まらず光弾が放たれる。
レーザー銃、またはショットガンのような物だろうか。光弾を受けたのは平介とカイだ。
「今度は俺の出番だ!」
ディー・ディーと話しをしている間仁菜に主導権を譲っていたリオンが手をかざす。
今度は盾もちの大男が盾を振り回したが、リオンが展開したライヴスのシールドに防がれる。
「防ぐだけじゃないんだよな」
鏡面のようなシールドは攻撃を受け止めるだけでなく、攻撃を行った者に反撃を返すのだ。
「回収を!」
大男が二人揃い、従魔も近い。
乱戦に入る前にと平介とカイ、京子が盾持ちの大男を、久郎と六花が銃持ちの大男を抑え、カゲリと仁菜が動きを見せない愚神を警戒しながら仙寿を促す。
仙寿は少し離れた場所に置かれた機械の元に走った。
大男がそれに気付いて阻止しようとするが、京子の二丁拳銃が注意を反らす。
「こっちから目をそらさないで欲しいんだけどな!」
二人の大男は体格から考えても力が強く、エージェント達をシールドバッシュで跳ね飛ばす。
京子は距離を取りつつ、仲間を掴ませないよう手や顔面を狙い撃ちにする。
その間に仙寿が機械の元に辿り着くが、愚神は動かない。
(愚神にとってはさほど重要な物ではないのか?)
怪しみながらも素早く幻想蝶を機械に向けると、抵抗なく幻想蝶の中に納まった。
どうやらRGWではなかったようだと安心した仙寿の脇を、突然カゲリが駆け抜けて行った。
「乱戦になるぞ」
カゲリに少し遅れて六花が後に続く。
「従魔ご一行の到着ね」
プリセンサーが察知したのは愚神の出現だけではない。
北と東、二方向から愚神に向かって集まって来た従魔の足音がほぼ同時にエージェント達の耳に届いた。
『まずは一撃食らわせてやろうぞ』
ナラカの楽し気な声を聞きながらカゲリは剣を抜く。
一見すればそれは錆び付き役に立つのか分からない代物に見えたが、鞘から抜き放たれた剣は光を纏い先頭の従魔を薙ぎ払った。
「まとめて凍らせてあげる」
六花のゴーストウィンド―――否、絶対零度のライヴスで構成されたそれは「雪風」となって複数の従魔を凍てつかせる。
ゴリラや豹のような個体と、植物と虫を合成したような個体がいる。
その全てが腕や足など体のどこかが欠損しているのは、ここに来る途中に壊死した部分が崩れ落ちたためだろうか。
「この子たちを全部殺すの?」
空中から声が聞こえた。
六花とカゲリが見上げると、樹上にディー・ディーがいた。
「あれ、羽根だったのか」
カゲリが呟く。若草色のドレスとスカートの間に重ねられた半透明のレースが羽ばたいていた。鳥よりも昆虫が飛ぶ様子に似ている。
「志賀谷さんが言ってたけど、仕事なの。できれば邪魔しないで欲しいのよ」
ディー・ディーの能力は不明だ。
好戦的ではないようだが、自分の目的を邪魔されてどう出るか。
「そう……仕方ないわね。それじゃここで眺めるだけで我慢するわ」
「えっ?」
邪魔するなと言った六花の方が驚くほどあっさりと言い、ディー・ディーはふわりと舞い上がり手近な木の枝に座った。
『邪魔をしないと言うなら丁度いいのではいかしら?』
「そ、そうだね。うん、片付けちゃおう!」
戸惑う六花だったが、アルヴィナに背中を押され改めて周囲を取り巻く従魔に向かってライヴスを練る。
二度目の雪風が、カゲリの黒い光を纏う斬撃が従魔を文字通り薙ぎ払って行く。
「そろそろ帰る時間ね」
戦闘音に混じって聞こえたディー・ディーの言葉に久郎が気付いた。
「『不良品』の片付けは俺達に押し付けるわけか」
「ええ。回収は諦めたし、もうそろそろ帰らないと文句を言われるわ。さあ、あなたたちも帰るわよ」
ディー・ディーが手を叩くと、大男二人が反応した。
「逃がすか!」
カイが放ったナイフが突き刺さるが、大男は反撃せずにディー・ディーに向かう。
そのポケットに久朗がスマートフォンを滑り込ませたが、大男は気付かなかったようだ。
「それじゃあ、ごめんあそばせ。この子達はまだ元気みたいだし、うっかりやられないようにね」
木の枝に座っていたディー・ディーが器用にカーテシーを送って来た。
止めようとしたエージェント達の前に従魔が雪崩れ込む。
「従魔を片付けるのが先だな」
カイは肩にカチューシャを構えた。
「では纏めようか」
仙寿が女郎蜘蛛を駆使して従魔の足を止めて行く。
それを見たエージェント達も好き放題に動き回る従魔に攻撃し、あるいは攻撃を避けながら徐々に一か所に集めて行く。
「カイさん、手伝います!」
六花が最大の一撃を放つため準備を整える。
他の面々もそれぞれが強烈な攻撃をとタイミングを計っている。
「行くぞ!」
それを合図に放たれた攻撃が密林の木々を揺らし空気を震わせた。
舞い上がった土埃や木の葉の乱舞が収まると、集まっていた従魔はただの一体も残っていなかった。
『……反応が消えました』
通信機からタオの報告が入る。
平介と六花のモスケールも沈黙していた。
●残された物
愚神ディー・ディーと大男二人は逃げおおせたが、エージェント達はただでは逃がさなかった。
仙寿が回収した機械の他、戦闘に紛れて回収した大男の荷物、そして武器に付着した体液をライヴスコールドボックスに保存した持ち帰る事に成功している。
また破壊されたガスマスクも戦闘後に回収され、他の物と一緒に解析が始まっている。
愚神ディー・ディーとの会話から、ラグナロクの改造従魔に関わっていた愚神が彼女であるのはほぼ間違いないだろう。
ヘイシズの言う『善性愚神』『悪性愚神』としてどこかの組織あるいは国に所属しているかどうかは不明だが、ディー・ディー自身が言っていたように素直に話したとしてそれを信じられるかどうか。
「ラグナロクに関わっていた以上、背後関係はある程度絞れます。こちらでエージェントの皆さんが持ち帰った体液と機械の解析を中心に進めますので、他はお願いします」
外部と連絡を取っていたタオは会話を終えると受話器を置いて溜息を吐く。
目の前に並べられたディスプレイには解析真っ最中の機械や大男の体液の情報がずらりと並んでいるが、タオはテーブルの端に置いた報告書を手に取った。
何枚かある内の一枚にはディー・ディーとの会話内容が書き写されている。
「ディー・ディー……まさかと思いますが……」
タオが山積みになったファイルの一つに手を伸ばそうとすると、インターホンが鳴った。
「タオさん眉間にシワよってますよ」
「根を詰めすぎもよくないぞー」
入ってきたのは仁菜とリオン、後ろには平介もいた。
「……良かったらこれを」
平介が手にしているのは毛布と温かいスープだ。
タオがいる部屋は研究解析などに使うコンピューター類を最優先で復旧させたが、冷暖房などはまだ復旧していなかった。
実の所、平介はラグナロクとの関わりを疑っていた事がある。
目元にクマを作りドリンク剤で腹を膨らませるタオを見ていると申し訳なくなっての行動だった。
「疲れた時は甘いものがいいですよ」
仁菜からもキャンディが手渡され、思わぬ差し入れにタオはくすぐったそうにする。
「ありがとうございます。あなた達も日々のお勤めがあるのですから、あまり遅くまで残らないように。人手が足りないからと捕まりますよ」
私が今捕まえてもいいですが。
そう言いつつ三人を帰したタオだったが、三人の足音が聞こえなくなるとその場に座り込んだ。
「ディー・ディーと、D.D.。……無関係な訳がない……」
テーブルの上に広げられたファイルには、ラグナロクの『研究所』で見つかった研究者の名前が綴られている。
その内の一つに『D.D.』と言う名前があった。
元ギアナ支部職員、今はリオ・ベルデにいると思われる研究者の名前である。