本部

【SE】私は子供しか愛せない

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/28 22:28

掲示板

オープニング

●警告
 このシナリオは後味が悪い結末になる可能性を含んでいます。

●条件付きの愛
 ある場所の豪邸と呼ばれる家に、数多くの子犬達が飼われていた。
 この家の持ち主である女性は資産家で、多くの子犬達に囲まれ、幸せな日々を送っている。
 犬の成長速度は人間よりも早く、最初の1年で人間でいう『青年』にまで成長する。
 そして成長を遂げ、子犬でなくなった犬たちは、飼い主である女性から捨てられていった。
 犬たちは何が起こったのかわからず、家の外で飼い主である女性を呼ぶが、女性はそんな犬達の声には耳を貸さず、懇意にしているブリーダーより、新たな子犬達を買い集め、可愛がる。
 そして周囲で泣き叫ぶ犬達を、周囲の住民達は『鳴き声がうるさい』と感じ、飼い主である女性に抗議するが、『あの犬達は自分とは無関係』の一点張りで、自分がかつて飼って可愛がっていた事を認めようとしない。
 本来犬などの愛玩動物を購入する際、所有者が誰であるか識別するマイクロチップを犬達に埋め込む処置が必要だが、この女性は、ブリーダーに依頼して、子犬でなくなった犬達からそのマイクロチップを強引に取り除く処置を行い、『自分が飼っていた犬ではない』との主張を崩さない。
 そして犬達は『所有者不明の犬』として扱われ、周辺住民からの苦情を受け、保健所の職員達の手で回収されていく。
 こうしてこの豪邸には常に子犬だけが存在し、子犬でなくなった犬達は捨てられるサイクルができあがる。
 資産家の女性は『子供しか愛せない』性格の持ち主だった。
 
●2つの願い
 その『願い』を聞いた『愚神』ラカオスは、即答を避け念を押すように相手に尋ねる。
「私達は愚神です。それは貴方がたが願ってはならない事だと思いますよ?」
 ラカオスの問いに、拳を強く握りしめていた人間――保健所の職員達は、こう答えた。
「この子たちは、灰になるために生まれてきたんじゃありません。それを分かってもらうのが一番ですが、『あの人達』には、言っても無駄ですから」
 そう語る職員の言葉には諦念と、自分達に『後始末』を押し付ける身勝手な人間達への憤りが含まれていた。
「貴方がたが私達の願いを叶えた結果、貴方がた『シュドゥント・エジクタンス』(ある筈のない存在達。以下SEと略)がH.O.P.E.の討伐を受ける事になったら、私達が全力で阻止します」
 ――殺すために、動物を世話する技術や知識を学んだんじゃない。
 そう嘆き、職を辞した元職員達の嘆きが彼らの願いを裏打ちし、SEを護る決意を固めさせていた。
 他の職員達もラカオスに『願い』を叶えるよう訴え、しばし間を置いたのち、ラカオスはこう応えた。
「先に申し上げますが、灰になる命をゼロにする事はできません。それでもH.O.P.E.の選択次第では、貴方がたの望みをH.O.P.E.がある程度叶える事はできるでしょう。『彼ら』からの願いもありますから」
 謎めいた言葉を残し、ラカオスは動き出した。途中不意に現れた2体の愚神にこう告げる。
「マニブス。今回は貴方の能力が必要になりそうです。ループスも一緒にいて下さい」

●永遠の幸せ
 内側は子犬達が飼い主に甘える声、外側は自分を捨てた飼い主を呼び求める声の群れに包まれた豪邸が、ある日を境に静かになった。
 周囲の住民達は不審に思ったが、家の中では女性が寝室で幸せそうな笑みを浮かべ、眠りについていた。
 ただ、H.O.P.E.リンカー達がこの場にいれば、その家にドロップゾーンが形成されている事に気付いただろう。
 ドロップゾーンの中では、この女性へ数多くの子犬達を斡旋し利益を得ていたブリーダーが巻き込まれ、通常の人間は覚めない眠りについている。
「今、ここにお住いの女性は『数多くの子犬達に囲まれている』という夢を、ブリーダーは『金持ちになった』夢を見ており、夢が続く間は皆様が犬に悩まされる事はありません」
 ラカオスは豪邸周囲の住民達にそう説明すると、住民達はドロップゾーンの怖さよりも、犬の鳴き声に解放された事に喜び、豪邸を包むドロップゾーンを黙認した。
 そんな中、ラカオスは一連の行動と結果を記録した記憶媒体をH.O.P.E.宛に送る。

●命の選択
 H.O.P.E.ブリーフィングルームのスクリーンに、ラカオスから届けられた記録媒体より、一連の情報が映し出され、スクリーン上にいるラカオスは『あなたたち』に告げる。
『ここと同じ『ルール』で作られたドロップゾーンがもう一か所あります。それは保健所の中にある処置室です』
 画面が、狭く仕切られた部屋の中に、無数の犬達がうず高く積み上げられている光景へと切り替わる。
『この部屋では1日に10頭ずつ処分されていました。愛護団体から処分の方法がガスでは動物を苦しめる残酷な方法だから、1頭1頭人の手で薬物を注射して処分しろと訴えがあり、この形になっています』
 この保健所では年間3000頭以上、所有者不明のまま処分されているが、直接手を下す人達の心が、腕の中で失われていく命の重さに耐えられなくなり、心を病み職を辞す人が多くなった。
『そこで私達がドロップゾーンによる処分を保健所の方々に提示しました。ドロップゾーンなら動物達を苦しませずに処分する事は可能ですと』
 愚神が生き物の命など何とも思いませんから、と画面上のラカオスはくせのある微笑で告げた。
『奪えるライヴスは恒常的かつ多量に供給されるため、共存関係が成立しました。そのライヴスを保健所に供給する方々の一部がこちらです』
 画面が自身の豪邸の中で眠る資産家の女性とブリーダーのいる空間に変わる。
『この方々が今の状態になった結果、保健所に送られていた動物達が激減しています。ここまで申し上げれば、私達が何を迫っているか、もうお気づきでしょう?』
 画面上のラカオスはそう言った後、本題を『あなたたち』につきつける。
『貴方がたH.O.P.E.は2つのドロップゾーンのうち、1つを今回消去することができます。それをどちらにするか、選択して下さい。とは言っても、貴方がたは本来人間を救う組織ですから答えは決まっているでしょうが』
 それは、多数の捨て犬を生み出し続けた資産家たちが囚われたドロップゾーンを消去するということでもあるが。
『救ったとしてもこの方々は反省など一切しませんから、再び罪のない動物達が多数保健所に放り込まれますよ』
 保健所のドロップゾーンも消去する場合、ドロップゾーンから動物達が解放されても、命を断つ役が人間に戻る事態は避けられない。
『それでも両方のドロップゾーンを消去させたいと仰るなら、両方の解除に応じましょう。ただし保健所に捨てられる命達をどうやればなくせるか、具体的方策をお示し下さい。それを無視しての力づくや根性論は抜きです』
 ――さあ、どうなさいますか?
 命の選択を、ラカオス達は突きつける。

解説

●目標
 ドロップゾーンに囚われた人達の救出
 両方のドロップゾーンを解除する場合、その後起こる事態に対処し被害拡大を防ぐこと
 失敗条件:ラカオス達と交戦状態となり人的被害が出る

●登場
 ラカオス
 愚神集団「シュドゥント・エジクタンス(ある筈のない存在達。略称SE)」所属の人間。SEの窓口役にあたる。

 愚神ループス
 SE所属の愚神。犬猫が殺処分される処置室にドロップゾーンを作り、苦痛を与えずライヴスを収奪中。

 愚神マニブス
 SE所属の愚神。今回ドロップゾーンを作り犬を捨て続ける資産家と売り続けるブリーダーを家ごと捕獲中。

 資産家とブリーダー
 この地域で捨て犬を増やす元凶。資産家は生後1年未満の動物しか愛せない性癖のため、生後1年以上経過した動物を捨ててはブリーダーより動物の赤ん坊を買いあさって可愛がる悪循環を形成中。
 PL情報:捨てる前に犬の所有者を示す埋め込みチップを業者に頼み犬の体から強引に除去し続けているため、自分が捨てていると認めない。

 保健所員
 資産家たちが捨てた動物達を収容し処分する施設の人達。ラカオスは否定するが今回の一件の解決をラカオスに願った。

 状況
 とある地方のドロップゾーンに半分飲みこまれた資産家の家。資産家は取引相手のブリーダーともども、マニブスの展開したドロップゾーン内で子犬や金に囲まれた夢を見ながらライヴスを収奪されている。保健所はこの資産家や身勝手な飼い主たちが捨てた動物達を回収するが、殺処分が追いつかずパンク寸前だった。現在これとは別に処置室に展開したドロップゾーンが1年間に3000頭以上の動物達のライヴスを収奪し、処分を代行しているため、辛うじて保健所の各業務は維持されている。ドロップゾーンは『あなたたち』がラカオスと交渉すれば解除されるが、周辺の保健所や愛護団体の施設も捨てられた動物達を限界以上に収容中のため、これ以上の受け入れは不可能。

リプレイ

●接触
 閑静な住宅街という表現が似合うとある地域の中を、10人のエージェント達がそれぞれの場所に進む。
 今回初任務となる朝霧 キリカ(aa5626)はプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、ギロチン(aa5626hero001)と共鳴して落ち着きを取り戻し、現場への歩を進める。
「目標としては両方のドロップゾーンの解除だけど……」
(じゃあ僕らは保健所の方に行こう。建物にドロップゾーンがある以上、保健所が愚神にある程度協力しているのは明らかだし、そこから保健所員が愚神と取引を行ったことくらいは類推出来るよね?)
 自分の予想と同じ推測を立てたギロチンの助言に支えられ、キリカは保健所へと向かう。
「両方開放するとは言ったものの……難題ですね」
「どう転んでもすぐに解決するような問題ではないな……。理解される時間が必要だ」
 月鏡 由利菜(aa0873)とリーヴスラシル(aa0873hero001)もまた両方のドロップゾーン解除が目標ではあったが、立ち塞がるのは人間を救えば捨てられる命が増えるという難しい課題だ。
「大まかな方策は、魔女さん達にお任せしましょう」
 由利菜が口にした魔女こと構築の魔女(aa0281hero001)は、捨て犬対策に関して辺是 落児(aa0281)と共に講じてきた幾つかの策に関する結果を関係する部署より受け取っていた。
 今回構築の魔女と落児は、飼養動物に埋め込まれるマイクロチップの扱いを厳格化する複数の提案をH.O.P.E.を介し、環境省などの関連部署へと事前に送っていた。
 提案した内容は、マイクロチップのナンバリングの実施や貸与・返却義務から紛失・投棄への罰金刑の追加、課税義務からマイクロチップ自体の性能向上と幅広かったが、窓口に立った部署からの回答は『頂いた提案は検討させてもらう』だった。
 エージェントは超法規的活動がとれる存在だが、法律を改正できるほどの権限はない。一般の人々と同じく陳情するのが限度だ。
「……」
「仕方ありません。できることから片付けましょう」
 落児をそう宥めながら、構築の魔女は気持ちを切り替えまずは保健所に向かう。
「清々しい程下劣な案件ですね。このままドロップゾーン内で一生を終えてもらって構わないのでは?」
「……やかましい。行くぞ」
 珍神 帆鳥(aa2214hero002)の不穏な物言いを嗜める宿輪 永(aa2214)だったが、永も犬達を捨てる資産家の女性や愚神に頼る保健所の人達を腹立たしく思っていた。
 そして幾つかのやり取りの後、帆鳥は資産家の家に、永は保健所へと手分けして向かう。
 一方カグヤ・アトラクア(aa0535)とクー・ナンナ(aa0535hero001)は、他の仲間達とは別の角度からの解決を試みるつもりだった。
(ふむ? 別にドロップゾーンを解除せずともよい話じゃろ)
 カグヤはそう思う一方で、人的被害が出ている以上対処する必要がある事は忘れていない。
「ドロップゾーンの有効活用の実績を残して、今後に繋げるよい形じゃな」
「カグヤの視点は今よりもずっとどこか遠い所見てるよね。まあボクはどっちでもいいけど」
 一方のクーもそう言いながらも、カグヤの意志を尊重する方向で動くつもりだ。
 そしてエージェント達はそれぞれの場所で、愚神集団『シュドゥント・エジクタンス(ある筈のない存在達。以下SEと略)やそれに関わる人々と対峙する。

●必要なのは具体的行動
 保健所ではSE所属のラカオスと、銀の髪と肌、真紅の瞳を持つ巨漢、愚神ループスが職員達の中にいた。
 キリカはまず保健所職員達に協力を求める。
「愚神に頼るやり方は対処療法にしかならないと思うんです。根本的な解決は人間がしなければならないので、協力をお願いできないでしょうか?」
 当初キリカは職員達を感動させる話を提示しようとしたが、具体的な内容を思いつかなかった。
 そこで内にいるギロチンが『感動的ではなく、感情に訴える話で仲間達を支援してはどうか』とキリカに助言し、それを容れたキリカは方針を幾分か軌道修正してこの形になった。
 具体策については、構築の魔女が職員達に提示する。
「捨てられる動物達の数を減らすため、協力をお願いできませんか?」
 そう言って構築の魔女は職員達の協力を得た上で、資産家の女性が飼っていたと思しき所有者不明のペットの体にあるマイクロチップの摘出痕をスマートフォンで撮影していく。
 殺処分対象の総数に対する元ペットや投棄ペットの割合を共に、撮影した内容を公開することで、安易な投棄を控えさせるという結果に繋げるつもりだ。
 撮影作業にはキリカも協力し、自分のスマートフォンに処分される動物達の映像を記録していく。
 また構築の魔女はH.O.P.E.を介し、然るべき機関へ動物達の処分方法によって動物達に与える苦痛に違いがあるかというデータを求めたが、回答は『薬殺の方が苦しまずに済む』というものだった。
「ガス殺で苦痛を感じていないか薬物殺と同等という結果が出れば望ましかったのですが……」
 構築の魔女は愛護団体の『ガス殺は残虐。薬殺が妥当』という主張を崩し、職員達の負担を減らしたかったため、この結果は残念だった。
「もう一度私達を信じて下さいませんか?」
 キリカがそう職員達に願う。
 構築の魔女とキリカ達の姿勢は、職員達の態度を軟化させた。
 永は職員達が聞く姿勢を持ったところで、億劫そうな口調で苦言を呈した。
「俺は、部外者だが……言わせてもらう。……お前達が、あの小さな命達を見放した事を……忘れるな。……愚神に頼んでやっていたのは……【思考放棄した末他者に任せた殺害】……だ」
 理解出来なくはない。だが許せない。
 永はさらに『他にできることはなかったのか』と職員達に言うつもりだったが、自身も調べた結果、職員達が収容した動物達を周囲の施設に斡旋するなど八方手を尽くした結果が今の状況だと判明したので、その言葉を飲み込む。
 その間にカグヤはラカオスやループスに利のある話を提示する。
「保健所に目をつけたのはよいことじゃな。あとは豚や牛の屠殺場や、普通に食材卸業に就くなどしたほうが、社会に溶け込むよい隠れ蓑になるぞ」
 ――わらわの行動理念は生きているものの救済じゃ。
 そこに人や獣や愚神の境はない。よって、わらわが今回望むのはSEの愚神達が生きる為への協力じゃな。
 クーもまた眠そうな様子で自分の意志を覆いながら、ラカオス達のみに聞こえる音量で助言を送る。
(……人を死なせたらH.O.P.E.も本気で討伐しに来ちゃうんだよね。だからその前に手を引いた方がいいと思うけど、どうなの?)
 実際クーの言う通り、構築の魔女は『境界がないとお互いが不幸ですし』という理由で、現在H.O.P.E.と協定を結んだ愚神ヒーリショナー(az0076)を除くSE全ての『愚神』の捜索および討滅をH.O.P.E.に進言し、H.O.P.E.もこれを承諾しているので、クーの話は説得力があった。
 カグヤとクーの助言を受けたラカオスはループスに何事かを話すとループスは頷き、保健所の中にあるドロップゾーンを解除した。
「ここでの解除条件は『保健所の職員の方々が納得できる解決策を提示する事』でした。ただ今回ループス達も納得する第三の道を示されましたので、解除させて頂きます」
 そしてラカオスは真摯な口調で、永や構築の魔女、キリカ達に謎めいた忠告を送る。
「法や道徳で職員を責めるのは貴方がたの自由ですが、ここのドロップゾーンを解除したのは貴方がたの選択です。ですから『ご自分がなされた結果から逃げないで下さいね』」
 そう言い残すとラカオスはループスと共に保健所から去っていく。
 ドロップゾーン解除の情報は無線やスマートフォンを介し、資産家の女性宅にいるエージェント達にも伝えられる。
 その資産家の女性宅の前にいたのは、魔女めいた装束の女愚神マニブスだった。
「……SEの愚神達よ、初めに言っておく。私は貴様達も、善性愚神も信用していない。そちらの流儀に則って動くのは、ユリナの意思を尊重しているからだ」
 リーヴスラシルがそう言ってマニブスの注意をひいている間に、帆鳥は持参したインスタントカメラで資産家の家や周囲の撮影にとりかかる。
(ここにいる犬達がいつか捨て犬になるなら女性宅に居た証拠になるはずですが……)
「ただちにこちらのドロップゾーンも解除しなさい」
 帆鳥が捜索も兼ねた撮影を続ける中、由利菜はマニブスに宣言する。
 するとマニブスはあっさりとドロップゾーン解除に動いた。
「随分素直ですね?」
 周囲を撮影し終えた帆鳥は、ドロップゾーンを消したマニブスの動向に疑問を呈する。
「貴方が言う流儀とやらは、もともと『貴方達H.O.P.E.』が指定したもの。いつまで知らないふりを続ける気?」
 マニブスは首を傾げて謎の問いをエージェント達に送り、それをリーヴスラシルが問いただす。
「何のことだ?」
「これは『貴方達H.O.P.E.がラカオス達人間を人間と認めず愚神扱いして引き起こしている』茶番劇。私達はそれにつきあってるだけ」
 奇しくもそれは、かつて由利菜やリーヴスラシル、この場にはいないが永やカグヤ、クー達が遭遇したトリブヌス級愚神ニア・エートゥスが語った内容と同じだった。
 思い当たる節のない由利菜、リーヴスラシル、帆鳥が訝しむ中、マニブスは宣告する。
「貴方達は今後『知らなかった』と自分達の罪を否定する。でも私達は断言する。『貴方達は知っていた』」
 そう言い残すとマニブスの姿が陽炎のように揺らいで消え、謎を残したままSEと2つのドロップゾーンはこの街から姿を消した。
 やがて帆鳥が解放された家の中を捜索し、放逐寸前だった犬達を発見する。
「マイクロチップを除去したまま手当もなしに放置ですか。言い訳の余地もないほどここにいらっしゃる方々が下劣で助かりましたよ」
 帆鳥は酷薄にそう言いながら、スマートフォンで傷ついた犬達の映像を撮影し、保健所の仲間達に情報を送る。
 除去されたマイクロチップの行方は、リーヴスラシルと共鳴した由利菜が追跡していた。
「形状はこんな感じなのですね。わかりました」
『……よろしく……頼む』
 スマートフォンを介し保健所にいる永から情報を送ってもらった由利菜は短く礼を述べると、ダウジングロッドなどを駆使して家の周囲を調べていく。
 やがてリーヴスラシルが掘り返した痕跡がある場所を発見すると、由利菜は持参したメトロニウムシャベルを使ってそこを掘り、地中に埋められたマイクロチップの束を回収する事に成功する。
 そして構築の魔女やキリカが撮影した映像にあった動物達の摘出痕と、帆鳥が撮影した犬達の傷が一致することが、カグヤとカグヤに付き合わされてしぶしぶ協力したクーによる照合作業で明らかとなる。
「これであの連中も終わりなのかな?」
「それは仲間達の奮闘次第じゃが、まあほぼ『詰み』じゃろう」
 クーとカグヤの推測通りエージェント達の数々の活動によって、資産家の女性とブリーダーは言い逃れできなくなった。

●残る障害は『人』
 SEが去った後、エージェント達は残された課題に取り組むが、ドロップゾーンより解放された資産家の家には、ある意味愚神より厄介な『敵』が残っていた。
「私はあなた達より優れてるの。だから私が愛されて幸せになるのは当然なの」
「その結果、今回のような事件に巻きこまれたとしてもか?」
「愛される人間が多少のトラブルに遭うのは仕方ないわ」
「……あなたは自分が捨ててきた動物たちの悲しみと怒りが分からないのですか」
「私だって苦労したんだもの。愛せなくなった犬達は不幸になるべきだわ」
 リーヴスラシルや由利菜の問いに、解放された資産家の女性はそう言い切る。
 女性は無条件で愛し、愛されるものを求めていた。だが同時に『不幸にできる』存在も求めていた。
 彼女の中では他者を愛する事と不幸にする事は矛盾なく両立しているのだろう。
「自分も同じ目に遭ったのか……? そうでもなければここまで冷徹になれる理由が思いつかん」
「彼女について知っている人物が見つかれば……ラシル、交友関係の調査をお願いできますか?」
「分かった、動機の裏付けにも必要だろう」 
 リーヴスラシルや由利菜はこれ以上の女性からの聞き取りは無理と判断してそう言い交し、周辺住民達への聞き込みなどの調査を行う。
 だが2人の調査でも、資産家の女性がここまで歪んだ理由は見つからなかった。
 不条理な過去や経緯がなくても、ここまで人間は冷酷になれるという『闇』を、資産家の女性は体現していた。
「……人間の闇の部分を見るのは、嫌な気持ちです……。人は世界蝕が起きる前も、その後も自ら業を重ねていくことに変わりはない……」
 女性の『闇』を肌で感じた由利菜はそう嘆息する。
 その間にも帆鳥は、同じく解放されたブリーダー達への尋問を進めていた。
「この家には沢山『マイクロチップが除去された』犬が飼われていますね。不思議な事に家の周辺にも捨て犬が多いとか。そしてマイクロチップ除去の痕跡が保健所に収容された犬達と一致している。おまけにこの家の庭からマイクロチップが発見された。ここまで言えば、もうわかりますよね?」
 帆鳥は逃げ道を塞ぐ形で、自分や仲間達が撮影した数々の映像や由利菜達が発見したマイクロチップの一部を見せながら、ブリーダー達を追い詰める。
「あの女性から手を引き、ブリーダー内であの女性に犬を紹介しないよう情報を回すか、より重い罪に問われお金も社会的地位も全て失うか、どちらが宜しいですか?」
 顔面蒼白になったブリーダー達は震えながらも答えず、帆鳥はさらに畳み掛ける。
 もちろん帆鳥はスマートフォンの録画機能を使って音声や映像を記録しておくことも忘れない。
「実際罪に問われるのは貴方達のほうです。あの女性は自らの欲望の為なら貴方達を切り捨てると思いますよ? 今自白すれば問われる罪状も軽く済むと思いますが」
 帆鳥の容赦ない追及にブリーダー達はがっくりと項垂れて自白を始め、帆鳥はそれを録画し由利菜やリーヴスラシルの通報によって駆けつけた警察に証拠として提出する。
 資産家の女性とブリーダー達が警察に連行される中、保健所でも罪に問われる者達がいた。
「愚神と私的に取り引きを行った、保健所職員を『例外なく』捕縛すると言っているように聞こえたのだけれど、大丈夫ですか? 保健所パンクしませんか?」
(建物内に堂々とドロップゾーンがあったんですから、全員グルだって考えるのが自然ですよね)
 キリカやギロチンはそう構築の魔女に懸念を伝えていたが、構築の魔女はこう切り返す。
「保健所がパンクするのと、職員が犯罪を犯したのは切り離して考えるべきと思っています」
 構築の魔女の言い分は間違っていない。
 ただ実際に保健所が立ち行かなくなった場合どう保健所を運営させるのか、という具体的手段を構築の魔女は用意しなかったので、キリカ達の懸念は的中する。
「……本当に……全員……とは……な」
 警察に連行されていく保健所職員達と、職員がいなくなり処分予定の動物達だけとなった保健所の中を眺めながら、永は感情を殺した声で呻く。
 構築の魔女や落児が、愚神との取引による一般人への傷害を犯罪として『例外者無しで』検挙する活動を行ったので、保健所に勤務する職員全員が逮捕される結果となった。
 もしエージェント達が、例えばより遠方にある愛護団体や動物を引き取る施設へと連絡し、処分を待つ動物達を引き取ってもらえるよう働きかけるなど、保健所がSEと組んだ理由でもある『収容されている動物達を処分せずに救う』方法を提示し、実行できたなら。
 あるいは引き継ぎの職員達が来るまでの間、司法取引という形で保健所職員達を一部残すという方策をとっていれば、残された問題は速やかに解決できたかもしれない。
「是非もなしじゃの。引継ぎが来るまでどうにかするぞよ」
「……面倒くさいけど、カグヤがそう言うなら仕方ないよね」
 カグヤとクーはそう言いながらも、H.O.P.E.を介して保健所の職員派遣を関係部署に要請し、永にも協力を求め、応援の職員が来るまでの間の業務に取り組む。
「……俺は……おまえ達……の、よう……には……なら……ない」
 連行されていった職員達が『後悔はしていません』と言い残していったことを思い返してそう呟き、永は保健所の各業務を行う。
 それでもどうしても避けられない業務があった。当日中に殺処分が決定された動物達への処置だ。
「少し堪えるの。命が愛しいと思う一方で命を奪うというのは」
「……」
「大丈夫じゃ。生きるためにこれからも、こうしなければいけないこともあるじゃろうから」
 クーは黙って、カグヤの頭を不器用にポンポンと撫でる。
「……一人で……背負う……ことは……ない」
 細々とした口調ながらも、永も『痛み』を共に受け入れる覚悟を示した。
 こうした仲間達の努力を無駄にさせまいと、構築の魔女や落児、キリカとギロチンは投棄される動物達を減らすための活動も兼ね、動いていた。
 まず構築の魔女は、以前SE所属の愚神エンヌがとある漁師の街で活動していた時に住民達への放映用に作成した映像の数々を取り寄せ、自分達が撮影して得た情報と共に周知にあたっていた。
「……」
「二番煎じですが繰り返すことも必要でしょう」
 落児の声なき意志に構築の魔女はそう応じ、愚神がいかに危険で安易に利用できるものでない事を住民達に広めていく。
(刺激は強いが、これを見せて感情に揺さぶりをかければ安易に動物達が捨てられなくなるはずだよ)
 ギロチンの助言に従い、キリカは保健所で処分される瞬間の動物達の映像を編集した上で、周囲の住民達に見せて回る。
「殺処分されたのは、諸君が捨てた家族の命です。自分の家族を他人に殺させるのは最低だと思います」
 構築の魔女とキリカの周知活動は幾分刺激の強い箇所もあったが、住民達が安易に動物達を捨てたり、愚神に頼る意識を変え、逮捕された保健所の職員達の願った『殺処分される動物達を少しでも減らす』ことに幾分か貢献した。

●それでも後味は悪く
 やがて引き継ぎを終えた新たな職員達が保健所へと配属され、エージェント達の任務は完了する。
「……全部の動物を救うのは現実的な回答ではなかったな。それに、既に失われた命は戻らない」
「……ええ。ですから、救えた命があったことを良しとしましょう」
 失われた命の数は忘れないが考えない。きりがないから。
 リーヴスラシルと由利菜はそう言って、今回の一件を締めくくる。
 なおリーヴスラシルが提案していた『資産家の女性の資産凍結』については、そこまでできる法律がなく、あっても動物愛護法などの違反で幾分かの罰金刑に留まるだろう、との回答が警察より届いている。
「……」
「衝動より熟慮、ですか。その通りですね」
 今回の一件をそう評した落児の意志に、構築の魔女は頷く。
「結局のところ、多くの方々を巻き込んで共感や協力をしてもらい、取り組みを積み重ねるのが一番の近道とわかったのはよかったです」
 そう言いながら落児と構築の魔女は帰路に就く。
「気力とやる気が尽きたのじゃー。あとは頼むのじゃー」
「はいはい。カグヤにしては頑張ったほうだよね」
 業務をやり終え、クーにおざなりな口調で労われながら、カグヤもまた職員達への引き継ぎを終えて、帰路に就く。
 同じく帰路に就いた永の腕の中には、帆鳥と共に保健所や関係部署ととかけあって辛うじて引き取ることのできた犬が眠っていた。
「……偽善じゃないかって思ってます?」
 帆鳥の問いに永は頷き、それ以上の言葉を避ける。
 ――偽善と思われようと、これが今の自分に出来る最大限だろうから。
 そんな永の意志を察したのか、帆鳥はそれ以上の言葉を噤み、2人は事件のあった街を後にする。
 同じような光景は、同様の手段で猫を1匹引き取る事ができたキリカや、共鳴を解いたギロチンの間でも繰り広げられていた。
「……こうしておいた方が、収まりはいいよね」
「『終生飼育』だよ。それを忘れなければ、僕からキリカに言うことはないよ」
「……ふん」
 キリカはギロチンの助言にそう応じながら、猫を抱く腕の強さを心持ち優しくして、保健所からの家路につく。
 こうしてSE絡みの事件はドロップゾーンが全て消滅し、幾分後味の悪さを残しながらも解決された。
 なおSE所属の愚神マニブスが立ち去り際に残した奇妙な内容は、ニア・エートゥスが過去に残した物証から追跡調査を行っている部署にも伝えられる。
 H.O.P.E.は今回もまたマニブスの言い残した内容を否定したが、それらの一部が明らかになるのは、所在不明の愚神エンヌと周囲の人々の抱える『闇』と『あなたたち』が対峙した時になる。
 それは別の話だが、今申し上げられる事があるとすれば。
 『地獄』はこれから。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 死すべき命など認めない
    宿輪 永aa2214
    人間|25才|男性|防御
  • 闇を暴く
    珍神 帆鳥aa2214hero002
    英雄|25才|男性|ブレ
  • エージェント
    朝霧 キリカaa5626
    機械|19才|女性|回避
  • エージェント
    ギロチンaa5626hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
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