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刺青とミイラ
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相談卓だよ
最終発言2018/03/17 19:45:08 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/03/15 22:24:47
オープニング
●刺青のミイラ
エジプトの首都カイロ。旧市街を歩くキターブの足取りに淀みはない。勝手知ったる裏道を進むと、そこに小さく居を構えた店の中に入っていく。
キターブが入るとと同時くらいに、似たような年嵩の男が奥から出てきた。キターブもおうなどと気安く返事する。この古物商はキターブの昔なじみである。
「キターブ。よく来てくれた」
「ご無沙汰だな、エジル」
「大怪我したって聞いたぜ。大丈夫なのか」
「ちょっと荒事が続いてな。これくらいで済んでむしろ運がよかった」
軽い世間話を終えると、キターブはエジルに依頼の件を促した。
「それで、頼みってのは?」
「この奥に依頼人がいる。会って直接聞いてくれ」
カウンターはすぐにエジルの家となっている。設えの良いマシャラビアのローテーブルの前には、豊かな赤ひげを蓄えた壮年の紳士が座っていた。その顔立ちに覚えがあったキターブはすぐに駆け寄って深く礼をした。
「エドワード・レイネス教授ではありませんか。お初にお目にかかります」
赤ひげの紳士は、イギリス人として長年エジプト考古学を研究してきた、ロンドン大学に籍を置く教授だ。エジプト考古学に明るいものならまず憧れる名だ。
「君がH.O.P.E.の人かね。よろしく頼む」
「キターブ・アルセルフです。お会いできて光栄です、教授」
「噂は聞いているよ。魔術や考古学に明るいらしいじゃないか」
「ただのオカルティストですよ。お褒めいただくほどのことでは」
「そのオカルティストに鑑定してもらいたい代物があってね」
教授は手で机の包みを示す。開けるように促されたキターブが包みを開くと、そこには包帯で厳重に包装された人体らしきものが現れた。それを見ても眉一つ動かさず、むしろ懐かし気に目を細めてキターブが言った。
「ミイラですね。年代は……副葬品はどのような」
「それが既に墓泥棒にあったのか、何も残っていなかったんだ。カノポス壺も見つかっていない」
ミイラ自体の年代は炭素年代測定などに掛けねば分からない。ならば同じ墳墓に収められた副葬品、例えばミイラの内臓などを入れてあるカノポス壺や死者の書の様式などで探るしかない。
風化した無地の包帯を慎重に剥いでいく。乾燥してしわくちゃになった茶色の肌が見える。エジプト生まれのキターブにとって子供のころから博物館などで見慣れた代物だ。
暗く窪んだ眼窩、縮みあがった肌に彫られた刺青はもはや難解に過ぎる。固く、軽く、脆い質感。もはやこれは人ではない。だが確かに人であったと思わせる。だからこそミイラは妖しく人を魅了し続ける。
「私としては新王朝時代辺りだと思うのだが、どうだね。オカルティストとしては」
レイネスはカイロの南にあるベニスーフの東にある発掘現場でこのミイラを見つけたという。副葬品等がなく年代が特定できなかったものをエジルが見立てようとしたが結局は分からず、キターブならばあるいはとメールを送った次第だと言う。
一頻りミイラを観察し終えたキターブは、申し訳なさそうに切り出した。
「まあ、何と言いますか……そういう意味では偽物ですな」
二人が緊張したのが雰囲気で分かったが、気にした風もなくキターブはミイラの包みを乱暴に剥いでいく。
「これは古代のエジプト人ではありません。恐らくロシア人、それも犯罪者ですな」
「そこまで分かるのか!?」
慎重な手つきでミイラの肌を無理やり広げて刺青を見せる。
「この両肩の八芒星。これは窃盗犯が好んで彫ったものです。さらに首元は恐らくロシア語で『神よ、貴方の僕マクシムを守りたまえ』。どれもロシアの囚人たちが好んで彫る刺青のモチーフなんですよ」
「……まさかこれが、信じられん」
「腕のいい贋作師ですな。ミイラの乾かし方や古色の付け方が素晴らしい。金は取れても考古学的価値はありません。エジル、お前なら捌けるだろ、こんなんばっか扱ってっから」
「余計なこと言うんじゃねえよ」
以上が私の見立てです。キターブは恭しく一礼して退き下がる。ロシア人、それも犯罪者のミイラ。あえて古色をつけてそれらしく整えた謎のミイラ。
「どういうことだ、一体」
「さあ? そればかりは何とも」
「分からないか。ならば確かめるほかないな!」
レイネスはかけられてハットとジャケットを手に取ると、店先のほうへと歩いて行ってしまった。
「何をしている、エジル。ベニスーフに行くぞ、車を出したまえ!」
●遺跡の谷
車を運転していたエジルは大いに気鬱だった。パンパンだの、タタタタッだの、谷のほうから聞こえてくるのはそんな戦場音楽ばかりだ。
レイネスは強引に車を準備させ、その日の夜のうちにベニスーフの発掘現場にキターブを連れてきたはいいが、そこで銃撃戦が始まっているなど誰も予想していなかった。
「なんだかやたら騒がしいな」
一体どういう神経をしているのか、夜陰を劈く銃撃を聞きながらレイネスはのんびりとそんなことを呟いた。
どう考えても盗掘団だかマフィアか何かの衝突である。関わる意味などない抗争だ。
「教授、とりあえず警察呼んで見つかる前に帰りましょう」
「……キターブくん、H.O.P.E.というのは警察力の行使権もあるのだったな」
エジルの言葉に取り合わず、レイネスは妙なことを口走る。驚きはしたが、キターブにとって興味を強く引いたのは事実だった。
「正確には違いますが、まあ、そのように理解してくださって結構です」
「ではここにエージェントを呼んでくれたまえ。この抗争を鎮圧してほしい」
「無理です。H.O.P.E.は異世界存在との関連がなければ活動できません」
キターブが毅然と言うと、レイネスは年季の入ったステッキで谷のほうを鷹揚に指し示した。
「ああいうのは異世界存在ではないのかね?」
指摘されてよく観察すれば、抗争に使われているのは銃ばかりではない。明らかに何も持っていない相手から炎や雷が飛び出す。中空に現れた氷柱が弾丸のように飛んでいく。
明らかな魔術現象。今代の魔術師、それも英雄の力を宿しながらH.O.P.E.に属さず非合法活動を行なう者たち――ヴィランだ。
谷底の北側に魔術を駆使するヴィランたちは恐らく三人ほど。その反対の南に布陣する相手はライフル銃を使う男たちが十人近く。
「失礼致しました、教授。すぐに作戦を策定いたします」
「頼む」
短く言ってレイネスは車のシートに身を沈める。そうした不遜な態度が全く似合っているので、文句を入れる気にもならない。それにキターブ個人としては、教授に恩を売っておくのも悪くはなかった。
解説
・目的
ヴィランとマフィアの抗争を止める。
・敵
ヴィラン:三人ほど。火炎や雷電、氷柱を放つ。
マフィア:十人ほど。全員が銃器で武装している。
・場所
エジプト、ベニスーフの東にある谷。
・状況
事情を聞く必要があるため、全員を生きた状態で捕えるのが望ましい。
リプレイ
●夜の谷にて
砂煙を盛大に巻き上げてティルトローター機が着陸する。プロペラがアイドリングで回る中、リンカーと英雄たちが素早く降りてくる。
「状況は既に送ってある通りだ! 北に三人のヴィラン、南は銃を持ったマフィアが十数人! まだドンパチやってやがる!」
出迎えたオペレーターのキターブがローター音に負けないよう声を張り上げる。
「……目標は現場の鎮圧、モメている連中全員の確保で良いのか?」
犬尉 善戎狼(aa5610)はさっそく契約内容の確認を行なう。H.O.P.E.に所属して日が浅くとも、傭兵として戦闘経験の豊富な彼としては作戦の要綱をしっかりと把握しておきたかった。
「そうだ。事情を聞かなくちゃだからな」
「生存は? 一人二人の死亡は問題ないか?」
「取り逃すよりはいいが、なるべくなら勘弁してくれ」
「……そうか。H.O.P.E.とは面倒な所だな……善処するが状況において対象の命の保証は出来ない。あと、全員無事確保できた場合には、報酬は上乗せして貰おうか」
『おっかね! おっかね! 美味しいもの食べるのじゃー!』
「ああ、善処するよ」
戌本 涙子(aa5610hero001)が大げさに喜ぶ。その横で現場についた麻生 遊夜(aa0452)とユフォアリーヤ(aa0452hero001)が谷を睥睨する。
『……ん、また発掘現場……前と同じ、曰く付き?』
「さてな、それを知ってる奴から聞こうって事さ」
そこでキターブに目を向けると、大仰に首を振って答えた。
「違う違う! 今回は俺じゃないって」
「今回はって……まあいい。確かロシア人のミイラ、しかも偽物が見つかったのがそもそもの原因だっけ?」
「偽物というか、古代エジプトのものではないというだけさ。考古学的価値のない、ただの乾いた死体ってわけ」
「偽物をわざわざ発掘させるだなんて、教授に恨みでもあるのかしら」
「私に? 恨みよりもファラオの呪いとかなら当てはあるが……」
近くで聞いていた梶木 千尋(aa4353)が訊ねてみるが、レイネス教授も特に思い当るところはないようでそれらしい答えは得られなかった。
『意外と本物だったりして。そのロシア人がタイムトラベラーなのかもしれないよ?』
高野 香菜(aa4353hero001)が真面目くさった顔つきで言うと、梶木は呆れたように肩を竦めた。
「やめてよね。貴方、現代文化に毒されすぎよ」
『それくらいのほうが面白いじゃない。つまらない抗争ならゴメンだな』
雪室 チルル(aa5177)とスネグラチカ(aa5177hero001)がうんうん頷く。面白い云々はともかく、こんなところで夜な夜な戦闘する神経は全く疑わしいと思っていた。
「せっかくの発掘作業なのに戦闘しているなんて空気の読めない奴等よね!」
『わざわざこんな所で戦わなくていいのに。何か理由でもあるのかな?』
「そんなのあいつらから聞くのが手っ取り早いわ! 全員突撃ー!」
『できるだけ情報を集めるために全員生きたまま捕まえるよ!』
二人が威勢のいい雄たけびを上げるなか、望月 雫(aa4747)と夕日(aa4747hero002)は少し落ち着かない様子で深呼吸を繰り返したり、尻尾をしきりに揺らしたりしている。
『そういえばこういう依頼ってやつは初めてなんだっけ~。緊張する?』
「まあ、流石にするさ。やれることをやるだけと考えれば、多少は楽になるけどね」
実際の谷の様子と地図を見比べ、地形や位置関係を頭に叩き込んでおく。こうしていれば作戦への不安も少しは解消された。
「そんなに肩肘張んなってぇ~。雑魚ぶっ飛ばしてふんじばってなんもかんも吐かせりゃいいだけだからよぉ~」
二人の様子を見ていた火蛾魅 塵(aa5095)が胡乱な様子で話しかける。よほど濃い酒が入っているのだろう、スキットルの蓋を開けるだけでアルコールの匂いが漂ってくる。
「オラァッ! 行くぞトオイぃ~」
その後をトテトテと歩く人造天使壱拾壱号(aa5095hero001)。去り際にぺこりと頭を下げたので、望月と夕日も釣られて頭を下げてあいさつした。
「……ベテランになるとああいう感じになるのかな?」
『いや、あの人の性格だと思うよ?』
如何せん初めてのことのため確信は持てないが、そういうことで二人は納得した。
「はい。手持ちのライトとロープ。こんなもんで足りるかな」
「十分です。お手数をかけました。ありがとうございます」
エリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)はキターブの車に積んであったライトと縄を受け取ると、丁寧に礼を述べた。遅れて近くにいたアトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)もこくりと頭を下げる。そうして二人は手の繋いで現場へと向かう。
「母様、あれは全部壊していいのですか?」
谷の上から抗争の現場を指差し、アトルラーゼが無邪気に訊ねる。
『本当は壊したいのだけど、今回はお預けね。壊しちゃいけないお仕事なのよ?』
優しく言い聞かすエリズバーグに、アトルラーゼが唇を突き出して少しふくれる。
「つまらないです」
『あんな雑魚を壊してもしょうがないのよ。あとでもっと壊しがいのあるものを見つけましょうね』
エリズバーグは微笑みながらアトルラーゼの頭を優しく撫でる。その風景だけを切り取れば、連れ立って歩く微笑ましい親子そのものだ。
●深夜堂々
谷の上に控えている犬尉はノクトヴィジョンで様子を窺う。近くに控えている麻生と望月以外のリンカーたちは、それぞれマフィア側とヴィラン側に分かれ、その後方へ潜んでいる。既に皆リンクを完了し、準備は整っていた。
「よし、そろそろ行こうか」
麻生の言葉に二人が頷くと、彼らは谷の斜面を一気に駆け下りた。麻生はウェポンライトで周囲を照らすと、突然の闖入者に驚いたマフィアとヴィランが一旦攻撃をやめた。
麻生はここぞとばかりに声を張り上げた。
「こんな時間に何やってんだ? ちっとご同行願おうか!」
『……ん、言うこと聞かない子は……オシオキ、だよ?』
麻生の鼻先を氷の破片が掠める。マフィア側からは何語か知れない早口の罵倒が飛んでくる。
「……勧告を聞き入れず、と」
犬尉がわずかに嘆息する。予想していた通りの反応に呆れる思いだった。
『分かってたけどね。どうする?』
「予定通りさ。他の班も準備できたようだし……」
夕日の問いに鼻先を掻きながら麻生が答える。そして犬尉と望月に目顔だけで合図した。
麻生がライトのスイッチを切ると、辺りは再び闇に包まれる。同時に望月はさきほど確認しておいたヴィランの位置へフラッシュバンを投げ込んだ。閃光を背にする形で構えた犬尉が、マフィアたちに向けてアサルトライフルによる銃撃を開始する。
それを合図として、敵の後方に浸透していた他のメンバーが一気に行動を開始した。
谷の南側、マフィアたちの背後に控えていた梶木が飛び出す。展開したシールドにライフル弾が連射されるが、表面のライブスで全て弾き返す。そのまま突進し、ライフルを砕きながらマフィアもろとも突き飛ばした。
「乱暴な真似はしたくないけれど、次は剣を抜くわよ」
『僕らだって暴力装置には違いない。そんなにぬるい対応は期待しないほうがいいよ』
マフィアたちが一瞬怯むが、それでも戦意を失っていない者が銃口を向ける。だがその瞬間、梶木たちに向けて構えたライフルが全て弾き落とされた。
彼女の後方に控えていたエリズバーグの魔導銃が、マフィアたちの持つライフルを撃ち落としたのだ。
『動かないで。残念ながら貴方達は既に私の射程に入っています。これ以上無駄な抵抗をしますか?』
進退窮まったマフィアたちは動けない。ただリンカーたちを睨むばかりである。それを抵抗と受け取ったエリズバーグは、口角を上げて笑いかける。
『あらあら命が要らないのかしら? 貴方達が選べるのはここで死ぬか、降伏するかしかないのですよ?』
言いながら空いている左手をゆるりと振るう。すると幻想蝶に格納されていた玻璃がにわかに展開し、彼女の周囲で輝きだした。
『人の言葉が通じぬ獣なら殺ってしまっても問題ないですよね? 獣なら利用価値ないですしねぇ』
ライヴスの光が弥増していく様子に、マフィアたちが目に見えて色を失う。一人が銃を放ってからは、あとは我先にと降伏するだけだった。
『半端なところで諦めるのですね。意気地のないこと』
エリズバーグは大げさに嘆息し、失望を隠せない顔つきで魔導銃と玻璃を幻想蝶へとしまった。
●ヴィランズとの戦い
「あー? 大人の飲み物だぜ、クク……」
任務中だと言うのにチビチビと酒を舐めている火蛾魅だが、やたらに光を跳ね返す緑の目は獰猛にぎらついている。
「まぁちィとどいてなぁ……近寄ると仲良くぅ~……」放り投げたスキットルから酒が零れる。それに向かって指を弾くと、ライブスが火花となって迸た。「ウェルダンだぜッ!」
アルコール度数ばかり高い酒に引火した炎が降り注ぐ。辺りが明るくなり、ヴィラン達を一瞬だけ浮かび上がらせる。
ヴィランの一人がローブをかざして火を避ける。その後ろに浮かんだ人影に気づき、振り返った。
「何を争ってるのか知らないけど、こんな夜中に仕事熱心だね。お腹すいたでしょ」
ニヤリと笑いながら近づくアンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)が、ヴィランの手から放たれる火炎を潜ってアッパー気味にターキーハンマーを振り抜いた。
パカンと小気味いい音を立てて顎が跳ね上がる。さらに横から頭を叩こうとハンマーを翻した瞬間、ヴィランの右手がほのかに光を帯びる。
『ッ!?』
咄嗟に屈んだアンジェリカの背を炎が熱する。さらに横合いから氷の礫が飛来し、岩陰に飛んで避けるほかなかった。
「おかしいなあ。このターキーの匂いで一発KOだったはずなのに」
『いや、無理だろう』
冷静につっこむマルコ・マカーリオ(aa0121hero001)。ついでに戦況を冷静に分析すれば、ヴィランたちはなかなか奮戦していた。こちらに劣らず連携し、炎や氷といった単純な魔術をよく応用している。よき使い手だ。
こういった手合いに小細工はむしろ足元をすくわれる。順当に力で押していくほかない。幸いこちらのほうが人数は多い。奇襲のアドバンテージを消化しきったとしてもまだ有利だ。
火蛾魅は自分が火をつけたスキットルを悠々と拾い上げ、僅かに残った酒を舐めていた。
「ちっ、しけてやがんぜぇ」
せっかく隙を見せてやっているというのに仕掛けてこない。奇襲で一気に制圧したかったが、なかなかに利口な連中だ。
視界の外でバチリと小さな破裂音。幻想蝶を用意して振り返れば、岩陰から雷電が奔る。
幻想蝶から引き抜いたアスクレピオスの杖から蛇のようなライヴスが浮かび上がり、火蛾魅を守るように取り巻いて雷電を防ぐ。
よくライヴスの乗った良い魔術だ。本来盾の用途ではないアスクレピオスの杖では拮抗させるのが精一杯――と、相手は考えるだろう。
口の端を舌で一舐めする火蛾魅。その後方から氷を剣のように砥いだヴィランが一気に近づいてきた。
しかし火蛾魅は振り向きもしない。そちらに関する心配は一切していないためだ。
「釣れたぜぇ! 雪室ちゃんよぉ!」
ヴィランのさらに後方から、雪のように白いライヴスを伴って走る影。スネグラチカとリンクした雪室が一気に間合いを詰める。
「シィッ!」
呼気一閃。ウルスラグナがヴィランの持っていた氷柱を砕き、さらに肘と蹴りで延髄と横腹を撃する。一息に痛打されたヴィランが無様に地面を転がった。
アスクレピオスの杖で雷電と拮抗していた火蛾魅が、残った手で魔導書を開く。それを見たヴィランが咄嗟に体を引いた。
「もう遅ぇよバァ~カ……《死王招撫》ッ!」
夜陰より暗い闇色の塊がヴィランを直撃する。痺れるように全身を痙攣させた男は、白目を向いてその場に昏倒した。
「……くそっ、まさかH.O.P.E.が来るとは」
残ったヴィランの男は吐き捨てる。あのままいけばマフィアの連中を皆殺しにできたというのに――
ここは逃げるしかない。岩陰に隠れながら移動していると、どこからか焼いた鶏肉の香ばしい匂いが漂ってきた。
「!?」
匂いの方へ振り向くと、さきほど襲ってきた黒髪の女性が立っていた。
「だーめ。逃がさないよ」
振り抜かれたターキーハンマーが男の意識を刈り取り、地面にぐったりと身を横たえた。
その様子にアンジェリカは鼻を鳴らして踏ん反り返った。
「ほら。一発KOだったでしょ」
満足げに言う彼女に、マルコは溜息しか返せなかった。どうあれヴィランは全員制圧できたので、十分な戦果だった。
●尋問と調査
マフィアとヴィランは手錠で拘束され、足りないものはザイルやロープで縛られていた。
「……で? テメェ等は何モンなワケ?」
火蛾魅はヴィランの前に立ち、鷹揚に訊ねた。しかし彼らからの返答がないと分かると、手近にいた者の顔面にいきなり蹴りを入れた。
「おいおい! テメェ等状況分かってますかァ!? 『交渉』じゃあねぇぜ? 俺ぁ吐けって『命令』してんの」
ただでさえ胡乱な雰囲気の火蛾魅が取り乱したように叫ぶ。演技だろうとは分かっていても、本当にやりかねない危うさがあるので周囲の者たちは気が抜けない。
「……なぁ。俺ちゃん気が短ぇの。雑魚が一人二人消えたって構やしねぇ……『吐かねぇ奴から消す』かぁ?」
かざした右手に展開したライヴスの刃が、まるでチェーンソーのように音を立てて旋転する。
「で、誰から死にてぇのよ?」
『あらあら塵様、悪いお顔ですね』
堪らないといった様子でクスクスと笑うエリズバーグがヴィランに近づき、妖艶な手つきでその頬を撫であげる。
『情報を聞くために殺すな……という話でしたが、腕や足の数本無くなっても口はきけますよね? 魔法の銃で撃ち抜かれるか、炎の剣で焼かれながら切り刻まれるか、玻璃で串刺しもいいですね』
恍惚とした様子で呟くエリズバーグ。火蛾魅とはまた違った彼女の危うさは、間近にいるもの以外にも十全に伝わっている。
『粋がった男の断末魔っていいですよねぇ。うっかり出力間違えて殺しちゃったらごめんなさいね?』
「おい、何してる……やれやれ、最近の若者は血の気が多くていかんな」
『……ん、ダメよ……大人しくなさい、可哀そうでしょう? ……それに、お腹の子に……良くない』
麻生とユフォアリーヤがようやく制止に入る。
『遊夜様がそう言うならば……少しは待ってあげてもいいですけど」
「……クク、なら仕方ねぇなぁ……」
火蛾魅がライヴス刃を収め、エリズバーグも退き下がる。ヴィランたちは目に見えて安堵していた。麻生は彼らの前に座り込むと、優し気に笑って語り掛けた。
「ウチのツレはこう言ってることだし、あまり刺激したくないんだ……もう一度聞こう、ここで何をやってる? 何が目的だ?」
それでもヴィランたちが頑ななのを見て麻生が目顔を険しくするが、すぐに感じ取ったユフォアリーヤが肩を叩く。
『……もっと優しく、ね?』
分かっているよと優しく頷き、麻生はもう一度ヴィランたちに訊ねる。
「早く言ってくれないか? ……あまり血を見せたくないが、俺もこいつらも気は長くないんでね」
『……ダメだってば、もう!』
「……我々は、ここの墓守の一族だ。ここを守るため、戦ったに過ぎない……」
男の一人がぽつぽつと話し出し、麻生とユフォアリーヤは促すように頷いていた。
ヴィラン側のリンカーたちが尋問している間、犬尉や雪室はマフィアたちに訊ねることもせず彼らの荷物や銃から色々と探っていた。
「ボクたちも拷問? 尋問? したほうがいいんじゃないの?」
アンジェリカがそう訊ねると、犬尉は首を横に振った。
「マフィアとかは軍人崩れがいたりするから、情報を吐かせるのは大変だ。それより簡単に情報が入るなら、それにこしたことはない」
マフィアたちが使っていた銃を取って調べる。PMCで傭兵として働いていた犬尉には容易に特定できた。
「AK-12だな。七年前くらいにロシアで開発されたAK-47シリーズの最新モデルだ」
犬尉が淀みなく答えるのを見て、マフィアの何人かが顔を苦くした。
「じゃあやっぱりロシアンマフィアに間違いないんだね」
アンジェリカがなるほどと頷く。ロシア人のミイラを追って出くわしたので何となく関連付けていたが、これで確証が持てた。
「ああ、それも相当裕福で、軍部との繋がりも強い」
「そうなの? この銃って高いんだ」
雪室にも銃を渡し、犬尉が丁寧に解説しだした。
「AK-12は確かまだ正式採用が決定していない。本格的な量産体制にある銃ではないんだ。そんなものをこれだけ手に入れられるのは軍と深く繋がっていて、金持ちでなきゃ無理だろう。そうだよなあ、マフィアの方々」
答える者はいないが、その頬を引きつらせる様子だけで犬尉には十分だった。
「……ちっ、こんなの、H.O.P.E.が首突っ込むことじゃねえだろうが」
マフィアの一人が苦々しく吐き捨てる。
『どういう意味だ? 単なる内輪もめだってのか』
マルコが上から覗き込むように訊ねる。長身でがっしりとした体躯は、それだけで威圧感がある。
「あいつら、俺たちの仲間を殺したんだ。その報復だ。何が悪ぃ!」
『ふうん。もしかしてミイラみたいにされちゃったとか』
高野がからかうように言うと、マフィアたちは総じて顔を青くした。
「……し、知ってんならさっさとあいつら逮捕しやがれ!」
一瞬絶句した男が逆上して叫ぶ。どうやら事前の報告にあったロシア人のミイラは、このマフィアの仲間で間違いないらしい。
『逮捕しろって……マフィアが言うとどうもなあ』
高野が他人事のように呟くと、梶木が少し意地悪そうな顔をして言った。
「残念だったわね。タイムトラベラーじゃなくて」
『ホント残念。抗争というより諍いってレベルだよ』
肩を竦めておどける高野。しかしどこか訝しんでいた。仲間を一人殺されたのが動機というが、そもそもどうして殺したのか。わざわざミイラにするなどという方法で。
ヴィランにしてもマフィアにしても、まだ隠していることがある。高野は静かにそう確信していた。
●新たなミイラたち
リンカーたちに尋問を任せている間、キターブはレイネス教授と共に発掘現場を回っていた。先の戦闘で遺跡に被害が出ていないか調査するためだ。
そこで新たな横穴を発見した二人がその内部を調査すると、そこには大量のミイラが部屋いっぱいに敷き詰められていた。
「教授、これは……」
「ミイラだな。だが――」
無造作に過ぎる。五メートル四方ほどの部屋がミイラで埋まり、ところによっては重ね置きされている。明らかに異常であった。
横穴墳墓などでミイラが大量に見つかることはあるが、それらはきちんと岩をくりぬいたベッドなどに一体一体寝かせられている。ミイラは再生を願う儀式なのだから、このように粗雑な扱いなど出来ようはずがない。
墓荒らしがミイラを集めて保管していたのだろう。あるいはあのマフィアかヴィランのどちらかがーー
「またロシア人だろうか」
「いえ、肌の色合いから言ってエジプト人でしょう。でも、何で――」
「……これ、なんです?」
「うおう!?」
耳元でぼそりと呟かれ、キターブは声を上げて驚いた。見れば、トオイが興味深そうにミイラを見つめている。
「ミイラだよ。古代の埋葬方法だ」
「何で……こんな風に?」
トオイに問われ、キターブは困った風に首を傾げた。子供に改めて問われると答えるのが難しい。
「古代の人が復活を願って、なるべく姿形を崩さないようにしたんだよ。死んじゃうにしても体が腐ったり崩れたりしたら、魂が戻ってこれないと考えたんだ」
納得したのかしていないのか、反応の薄いトオイは頷きもせず勝手気ままに歩き、ミイラを触ったりしていた。
「……柔らかい。カチカチだと思いました」
トオイの言葉に、キターブは強い怖気を走らせた。すぐに自分も触って確かめる。彼の言った通り、そのミイラたちには弾力があった。まだ乾燥しきっていない証拠だ。
「教授、これも古いミイラじゃありません」
恐らくあのロシア人のミイラと同じ、最近作られたものだ。
「人間一人がミイラになるには、環境次第だが三ヶ月あれば十分だ。別にミイラだからといって古いものとは限らない、ということか」
「あ、いたいた。キターブさん、あいつら色々喋って……ってなにここぉ!?」
横穴に入ってきたアンジェリカが元気に呼びかけてきたが、ミイラが敷き詰められた様子を見て軽く悲鳴を上げた。
「二組とも喋ってくれたかい」
「うん。マフィアたちのほうはやっぱりロシアの人たちで間違いないみたいだよ。犬尉さんが言ってた。軍と繋がりが強くて金持ちだって」
『ヴィランたちはエジプト人だそうだ。自分たちは墓守の一族で、この谷を守ってきたのだと。そして報告にあったロシア人のミイラ。あれはマフィアの一員で、その墓守の一族が殺したのだそうだ』
アンジェリカとマルコの報告を受け、キターブは満足げに頷いた。最初にそれだけ情報が引き出せれば十分だ。特にロシアンマフィアの確証が取れたのが大きい。軍部と関係が強く、資金も潤沢となればかなり絞り込める。反社会的組織とはいえH.O.P.E.ほどの大看板を無視はできないのだから、圧力の掛け方は幾らでも存在する。
そしてロシア人のミイラも出所が判明した。だが再び謎のミイラが現れた。横穴に大量に詰められたミイラたちは、一体何を意味するのか。
「またミイラか……」
今回はよほど縁があると見える。むせかえる没薬の匂いをいっぱいに吸い込み、キターブは皮肉げに微笑んだ。