本部

黒き鱗と重なる力と

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2018/03/30 16:29

掲示板

オープニング

●邂逅
「お疲れですね」
 船尾のデッキから白く波立つ航跡を見つめていたイリス・アーネットがかけられた声に振り返る。
「当直明けですので」
 そう応えてイリスは今回の依頼人であるレイモンドへと営業用の笑顔を向ける。
「では、一緒に食事でもいかがですか?」
 イリスと同じ笑顔を浮かべたレイモンドの言葉にイリスは苦笑して応えた。
「お誘いは嬉しいのですが、遠慮させていただきます」
 護衛対象であるこの大型クルーザーはレイモンドの個人所有で、乗り込んでいる客達はレイモンド同様の大富豪ばかりである。
 レイモンドの言う食事とはこの後の富豪達との会食の事だ。
「それは残念」
 大げさに残念がって見せるレイモンドに声がかけられる。
「レイモンド」
 声のした方に向けたイリスの視線が魅入られたようにその女性から離せなくなった。
 航海に出てから初めて見るその女性は陽光に輝く海のような青いドレスを纏っていた。
 そしてそのドレスに負けない女神のような美しさを湛えている。
「パートナーのローザリアだ」
 立ち尽くすイリスにレイモンドが女性を紹介する。
「イリス・アーネットです」
 その声に金縛りが解けた様に慌ててイリスが頭を下げる。
「あなたが……」
 そう口にしてローザリアが白く美しい手をイリスへと伸ばす。
 頬に触れたその手の深海の海水のような冷たさにイリスは反射的に身を引いていた。
「あ……すいません……」
 慌てるイリスに優しく微笑みを向けるとローザリアはレイモンドを振り返る。
「そろそろ時間ですわ」
 ローザリアの言葉にレイモンドは腕時計を確認して一度海に目を向けてからイリスへと視線を戻す。
「楽しみにしています」
 そう言ってレイモンドが船内に姿を消したのと船内に警報が鳴り響いたのは同時だった。

●襲撃
「交代したばかりで悪いが敵襲だ」
 通信機から当直の同僚の声が聞こえてくる。
「敵は?」
 指揮所として割り当てられている部屋に向かいながらイリスが問いかける。
「船尾側から三体、大きさからしてクジラ型ではなさそうだ」
 同僚の応えにイリスが眉をしかめる。
 クジラ型従魔以外にも船の速度に追いつける従魔がいることになる。
「デバウアーだ、海亀型の背に乗ってやがる」
 同僚が驚きの声を上げたのとイリスが指揮所に飛び込んだのは同時だった。
 船尾側の監視カメラが海面に顔を出した三体のデバウアーの姿を捉えている。
「第二班はこのまま迎撃に当たってもらう。第一班は別動隊を警戒して待機してくれ」
 同僚の言葉に頷いてイリスは担当の第一班に指示を送る。
 今回の依頼では二十四時間対応の為に六人ずつの二班、十二人のエージェントで八時間ごとの二交代の体制を取っている。
「接近を止められない……海に入る!」
 第二班からの通信が届く。
 海中での立体的な機動に狙いが定まらない上に海亀型従魔の甲羅の丸みは銃弾を弾く。
 デバウアーが腹側に回ると海上から有効打を与えることが出来ないのだ。
「了解した」
 同僚が第二班にそう声をかけるのを聞きながらイリスは船の外周に向けて設置されたカメラの画像を確認していく。
 突然、衝撃が船を襲った。
「くそ、スクリューを止められた!」
 第二班から慌てた声が届く。
 船底に取り付けたカメラにはスクリューに巻き付いた漁網が映っている。
「引き剥がせるか?」
 同僚の言葉に第二班が応じる。
「無理だ、そっちに手を裂くと船を護れなくなる」
 海中ではデバウアーライダーが縦横無尽に泳ぎ回り、その攻撃からエージェント達が何とか船を守っている状況だった。
「前からもだ!」
 響いた声にイリスは船主側の画像へと目を向ける。
 ゆっくりと速度を落とす船を待ち受けるように四つの黒い影が浮かんでいる。
「黒坊主……」
 その中の大きな個体の姿にイリスが言葉を零す。
 七体一組で行動するデバウアーには指揮官型の個体が存在している事が多い。
 そういった指揮官型にはそれぞれ特徴が有り、固有の呼称が割り当てられている。
「黒坊主……クラッシャーか」
 三メートルを超える巨体にその体と変わらぬ巨大な鉄槌。
 黒坊主が一緒にいる三体のデバウアーライダーの前に出る。
 その黒坊主の左目、過去の戦闘で失われた目から十センチメートル程の一対のもみの木のような物が生えていた。
「クリスマスツリーワーム型従魔……?」
 大きさは違うが同じ形状の従魔とイリスは昨年末に遭遇している。
 海中から頭だけを出した黒坊主の左側の海面が沸騰するように白く泡立ち始める。
「カニ型従魔の甲殻!?」
 同僚が悲鳴のような声を上げる。
 影のような漆黒の体の中で左腕だけが赤く輝いている。
 溶岩のように赤熱して輝きを放つその腕はカニの甲殻に鎧われているように見える。
 黒坊主が笑うかのように口を開ける。
「避けて!」
 嫌な予感にイリスが叫ぶ。
 黒坊主が操る水流が熱水を運ぶ。
 舵をきった船体を掠めて泡立つ水の帯が海中を奔る。
「ぐあぁぁぁ!」
 第二班の悲鳴が通信機から響く。
「大丈夫か!?」
 同僚の声に第二班のメンバーが応える。
「……何とか無事だが、そう何度も耐えられはしないな……」
 熱水の水流は第二班全員を巻き込んでいた。
 スキルで回復したとはいえ多少のダメージが残っているようではある。
「完全に停船した」
 操舵室からの連絡が届く。
 舵をきったために船は元の進行方向から九十度右を向いて止まっている。
「第一班で黒坊主達を引き受けるしかなさそうですね」
 イリスの言葉に同僚は第二班が映るカメラに視線を向ける。
 海中を縦横無尽に泳ぐデバウアーライダーに翻弄されて第二班の六人に黒坊主達に対処する余裕はない。
「厄介な相手だが大丈夫なのか?」
 同僚の言葉にイリスは第一班メンバーの顔を思い浮かべる。
 出来るならば十二人全員で連携したいところだが現状ではどうしようもない。
 こちらが合流するためにはどうやっても船が危険に晒される。
「大丈夫と信じます」
 デバウアー達は間違いなく強化されている。
 海亀型従魔は過去の情報通りならば海中での移動速度は早く、頑丈な体での体当たりは小型の船ならば破壊する威力が有る。
 さらに口には鮫のような歯がならび、船の船底ぐらいならば容易に噛み砕くだろう。
 だが、それよりも黒坊主の方が問題だった。
 カニ型従魔の甲殻の熱は実体弾を融かしてダメージを軽減する程で、リンカーの体を持ってしても脅威となりうる。
 そして、水流を操作する能力。
 以前出現した従魔はその能力で一切の遠距離攻撃を逸らし、リンカーの接近すら拒んでみせた。
 自分を落ち着かせるようにイリスは大きく息を一度吐き出す。
「黒坊主の対処をお願いします」
 イリスは通信機へと言葉を吹き込んだ。

解説

●目的
・船と乗員の護衛

●現状
・船はスクリューを固定されたため動くことは出来ません。
・船は戦場を分断するように横向きで停船しています。
・右舷側は第二班が三体のデバウアーライダーと戦闘しています。
 第二班は熱水のダメージも受けたため戦闘は膠着しており救援は期待できません。
※第二班の救援にPCが向かった場合、手が足らなくなるため確実に船は沈められます。
 逆に第二班が救援に来た場合も反対側で同じことが起きます。
・PCは左舷側で黒坊主を含む四体との戦闘になります。
※PCは八時間の当直明けで休憩に入る直前でした。

●デバウアー
・半魚人型従魔。
・六体の通常の個体と一体の大型の指揮官個体の七体で出現する。
・強力な爪と歯による攻撃の他に武器や道具を使うことが出来る。

●デバウアーライダー
・海亀の背に乗った投擲も出来る銛を装備したデバウアー。
・海亀は別個体でなくデバウアーの装備である。
 双方は大きく離れることは無く、デバウアーを倒せば活動を停止する。
・デバウアーの攻撃手段の他に海亀の体を用いた体当たり、噛みつきを行う。水中での移動速度は速い。

●黒坊主
・指揮官型デバウアーの固有名
・三メートル以上の大きさが有り体長と同じサイズの巨大な鉄槌を持っている。
・以前の目撃情報と異なり今回は左目にクリスマスツリーワーム型の従魔、左腕にカニ型従魔の甲殻を装備している。
・左腕の甲殻は高熱を発することが出来る。熱量は調整可能で約千度まで上昇する。
 熱量に応じて甲殻は赤熱して輝き、最大熱量時は太陽のような輝きを放ち周囲全てにダメージを与える。
・赤熱状態の甲殻は実体弾を融かしダメージを軽減する盾の機能を持つ。
・左目のクリスマスツリーワーム型従魔により水流操作を行うことが出来る。
※黒坊主が同時に扱える水流は一本のみです。この情報は戦闘後すぐに気付くことが出来ます。
・水流は強く銃弾すら流されるので泳いで横切るのは不可能です。

リプレイ

●海戦
「わー! お魚さんがいーっぱいだー!!」
 デッキへ駆け出したピピ・浦島・インベイド(aa3862)が手すりから身を乗り出して声を上げる。
「へへーん、みんなピピがガブガブしちゃうもんねー!!」
 楽しげな声を上げるピピに音姫(aa3862hero001)が声をかける。
「が、ガブガブはいいけど……むちゃは、ダメだから……」
 いつもの元気のない音姫にピピが振り返って首を傾げる。
「……うゆー? つかれてるのー? どしてー?」
 全く自覚のないピピの言葉に音姫はがっくりと頭を落とす。
「ぴ、ピピちゃんがさぼって寝てたから私が代わりに起きていたからだよー!!」
 音姫の叫びを聞きながらアリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)はイリスに状況を再確認する。
「……了解」
 イリスの情報と状況を確認して黒いアリスは赤いアリスへと視線を向ける。
「行こうかアリス」
 赤いアリスの言葉に黒いアリスが応える。
「そうだねAlice」
 当直明けの疲れなど一切見せずに二人は淡々と言葉を交わし互いに手を伸ばす。
 触れ合った二人の手が陽炎のように歪み融け合う。
 気が付くと二人の少女は消え髪も瞳も炎の様に、血の様に紅い色をした少女ただ一人だけが立っていた。
 一つになったアリスは『全てを灰塵に』とどこかの言葉で記された宝典を静かに開く。

「最悪……寄りにもよってこのタイミング? あたし疲れたんだけど」
 デバウアーライダーの姿を視界に収めて蒲牢(aa0290hero001)がため息交じりに言葉を吐き出す。
「まぁ、海に放り出されるのもね……」
 鯨間 睦(aa0290)の微かな反応に応えて蒲牢はもう一度大きく息を吐き出す。
「さっさと倒してゆっくり休みましょ? むっちゃん」
 厳めしい顔をデバウアーライダーに向けていた睦が小さく頷き二人が共鳴する。
「通信機のチェックよ。全員聞こえるかしら?」
 支給された水中用の通信機を装着した蒲牢が呼びかける。
「聞こえている」
 先行して出た晴海 嘉久也(aa0780)が蒲牢へと返事を返しながらすれ違うデバウアーライダーに視線を向ける。
「船に向かうか……」
 迂回するように距離を取っているとはいえALブーツ「レイジャル」で海上を疾走する嘉久也に三体のデバウアーライダーは反応を示さない。
『わたし達の相手は黒坊主のようですね』
 エスティア ヘレスティス(aa0780hero001)が動き出した黒坊主に嘉久也へと警戒の声をかける。
「水上戦対応の武装を持っての初仕事だ、どれほど出来るか分からないが頑張らせてもらおう」
 向かってくる黒坊主に嘉久也は魔導銃50AEの銃口を向ける。

「来たか、いよいよ縁があると見える」
 海神 藍(aa2518)が影色の鱗の半魚人の姿に言葉を零す。
「……黒い鱗。やはり相容れませんね」
 横に並ぶ禮(aa2518hero001)も以前相対した敵の姿へと視線を向けている。
「それにしても、なんて効果的なタイミングだ。最も戦力の落ちる今現れるとは……集中を切らさないようにしないと」
 当直明けの疲れの滲む声で藍が呟く。
「……まるで、交代時間を知っていたみたいですね」
 禮もどこか不安げに言葉を零す。
「確かに、随分タイミングのいい襲撃だが……今は目の前の事が先だな」
 藍と並んで黒坊主へと視線を向ける月影 飛翔(aa0224)が声をかける。
「疑問の解消はその後ですね」
 ルビナス フローリア(aa0224hero001)が飛翔に声をかけて二人が共鳴する。
「黒坊主を抑える」
 共鳴した飛翔が通信機で呼びかけて海面へと降りる。
「私達はライダーを仕留めましょう」
 禮の言葉に頷いて藍も共鳴して海中へと身を躍らせる。

●策謀
「いっくよー!」
 専用のアサルトユニット「ゲシュペンスト」の波を足元に従えて疾走するピピがデバウアーライダーの正面から凄竹のつりざおを振るう。
 それを合図にするようにデバウアーライダーが左右と下に向かい散開する。
「逃がさないよー!」
 ピピが釣り糸を鞭のようにしならせて下に逃げるデバウアーライダーの黒い鱗を切り裂く。
 傷口から入り込んだピピの毒刃がデバウアーライダーのライブスを蝕み輝く粒子が傷口から零れ落ちる。
『近づけさせるわけにはいかないわよ』
 船底を背に海中に浮かぶ睦に蒲牢が声をかける。
 睦が構えるスナイパーライフル「アルコンDC7」のオプティカルサイトの中にピピの攻撃を受けたデバウアーライダーの姿が捉えられている。
『そうね、まずは足を潰すべきね』
 照準を微調整する睦の考えに同意する言葉を蒲牢がかける。
 海中の僅かな波が睦の体を揺らす。
 放たれた弾丸が海亀の前ヒレを掠めて甲羅の縁に当たる。
 砕けた甲羅の破片をまき散らしながらデバウアーライダーが反転して距離を取る。
『動くものを撃つのは鴨撃ちと変わらないけど、こっちが動きにくいのが難点ねぇ』
 照準を微調整して次に備える睦に蒲牢が声をかける。

 船上から全体を俯瞰するアリスは散開したデバウアーライダーの動きを全て見ることが出来た。
「そうね……そうしましょう」
 アリスと会話するようにアリスはそう口にして三体全てが一定の距離まで近づくと同時にゴーストウィンドを放つ。
 吹き付ける不浄の風に海中のデバウアーライダー達が一瞬動きを止める。
「覚えておいてください、そこから先は私の狩場です」
 淡々としたその言葉が届いたかのようにデバウアーライダー達が船から距離を取る。

「ずいぶんと変な姿になったものですね、デバウアー」
 デバウアーライダーを追いながら誰にともなく禮が言葉を零す。
「まるでキメラだな」
 独り言のような禮の言葉に飛翔が通信で応える。
『愚神か何かに手を加えられたか……?』
 新たな能力を得た黒坊主とデバウアーに藍も意識を向ける。
「どんな姿だろうと我が冠と鱗に懸けて、あなたたちを倒します」
 追いついた禮の言葉にデバウアーライダーが迎え撃つように銛の先を禮へと向ける。
『姿形がどうであれ倒すだけです』
 嘉久也と戦闘を始めている黒坊主を射程に捉えたルビナスも飛翔に声をかける。
「分かっている」
 黒坊主の右側へと回り込みながら飛翔が応える。
 飛翔の接近に気付いた黒坊主が嘉久也の銃弾を水流で逸らしながら飛翔へと目を向ける。
 左右に展開する二人と船の位置を確認して黒坊主が左腕の甲殻を赤熱させ始める。
『あの熱水を船に撃たせるわけにはいきません』
 ルビナスが声を上げる。
「ああ、狙いをこちらに惹き付けるか、接敵して撃たせないようにするぞ」
 飛翔がフリーガーファウストG3を黒坊主へと向ける。
「あの左腕は厄介だな」
 熱水以外の攻撃方の可能性を想定しつつ嘉久也も黒坊主に向けて弾丸を放つ。
 左右から撃ち出された攻撃に黒坊主が動く。
 巻き起こした水流で飛翔の弾頭を逸らし、嘉久也の弾丸は左腕で受ける。
 標的を逸れた弾頭が海中で爆発して海水をかき回すが、水流を操る黒坊主には届かない。
 だが、熱水の攻撃が放たれることは無かった。

●反撃
「速い!?」
 海中に浮かんでいた黒坊主が弾かれたように船へ向かって飛び出す。
『水流を移動に使っているんです!』
 エスティアの言葉を聞きながら嘉久也は海面を走り黒坊主を追う。
「船の下に入られるとまずい!」
 嘉久也が声を上げて魔導銃50AEを黒坊主に向けて放つが、赤熱した左腕の甲殻に攻撃を阻まれる。
「進路上を狙って」
 飛翔の通信機にアリスの声が届く。
 アリスの指示に飛翔がフリーガーファウストG3を放ち黒坊主の眼前で炸裂した弾頭が海水をかき乱す。
 押し寄せる衝撃波を水流で逃がして黒坊主が停止する。
「やっぱり」
 そう呟いてアリスは極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』を降ろす。
 さっき示した線を黒坊主はまだ越えていない。
「どうやら操れる水流は1本だけのようだな」
 飛翔の言葉にアリスも同意の言葉を返す。
『それもワームの能力なら、潰してしまえば熱水流は撃てなくなります』
 ルビナスの意識は左目から生えたクリスマスツリーワームへと向いている。
「蟹甲殻は厄介だが、別角度から狙えば」
 そう言って飛翔は嘉久也へと視線を送る。
 それだけで理解した嘉久也が牽制の銃撃を放ちつつ黒坊主の左側へと回り込む。
 連続する攻撃に黒坊主の意識が嘉久也へと向かう。

「狙えますか?」
 アリスの言葉に睦が「……無理だ」と応える。
 睦の視線の先には黒坊主の突進に隠れて密かに海底を進む海亀の姿が有る。
 一瞬だけ黒坊主の左目に視線を向けて睦はアルコンDC7を海亀に向けて引き金を引く。
 だが、甲羅に弾かれ腹側に隠れたデバウアーには届かない。
『向こうと合流するつもりね……』
 蒲牢の言葉に船の反対側に視線を向けて睦は船底を離れる。
「この距離なら……外さない」
 威嚇射撃で海亀の足を止めて必中の距離まで接近した睦が海亀の頭部に狙いを定める。
 放たれた弾丸が海亀の頭部を貫き動きを止める。
『まだよ、むっちゃん!』
 蒲牢が警告の声を上げる。
 動かなくなった海亀の下から飛び出したデバウアーが睦に銛を投擲する。
 避けきれなかった睦の脚を銛が切り裂く。
 迫りくるデバウアーに突き出した睦の銃をデバウアーが払いのける。
 睦の眼前に鋭い牙の並んだデバウアーの大きな口が迫る。
『そのまま!』
 音姫の声が通信機から響く。
「うにゅー? 逃がさないんだよー!」
 ピピの浦島のつりざおの針がデバウアーの背を捉え睦の眼前に迫ったデバウアーを引き剥がし海面へと引き上げる。
「ピピがガブガブしちゃうんだよー!!」
 釣り上げられた勢いのまま空中に投げ出されたデバウアーに歯を剥いて見せるピピに対抗するようにデバウアーも鋭い牙の並ぶ口を開く。
『ピピちゃん、ガブガブするならあっちの早いほうを……』
 船上からの法撃でアリスが抑えているデバウアーライダーへとピピの意識を音姫が誘導する。
「にゅー? あっちかー!! まてまてー!!」
 興味を移されたピピが海上を走り出す。
 目標を失ったデバウアーが開いた口から海面に落下する。
「哀れですね」
『少しだけ同情するわ』
 アリスと蒲牢が海面に叩き付けられたデバウアーに言葉と攻撃を向ける。
 睦が放った弾丸に口の中を撃ちぬかれ、アリスの放った炎に焼かれてデバウアーの体が輝く粒子となって砕け散る。

「騎兵は速さが命ですからね。どうしても一撃離脱が基本戦略になります」
 かすめた銛の穂先が禮の血で海中に紅い線を引く。
 反転して再び突撃の構えを取るデバウアーライダーにつけたマーカーを確認して禮はトリアイナ『黒鱗』を構え直す。
『なら、出端を挫こう』
 藍の言葉に禮が頷く。
 加速を始めるべく海亀のヒレが動き始めた瞬間を狙ってブルームフレアが炸裂する。
 拡がった爆炎に視界を奪われデバウアーライダーが突撃のタイミングを見失う。
「今のわたしにヒレはありませんが、人魚の戦士を舐めてもらっては困りますよ」
 デバウアーライダーに付けたジャングルランナーのマーカーに導かれて禮が突撃する。
 突進の勢いを乗せた禮の黒鱗がデバウアーライダーの右肩を貫く。
『禮!』
 藍の警告に禮は躊躇いなく黒鱗を手放す。
 直前まで禮が言た空間を海亀の鋭い牙が噛み砕く。
 距離を取った禮に目を向けたままデバウアーは右肩に刺さった黒鱗を引き抜き海中へ投げ捨てる。

 戦場を見渡してアリスは小さく首を傾げる。
「……船が目的じゃない?」
 最初の接近以降、デバウアーライダーはアリスが示した範囲から内側に入って来る気配が無く、黒坊主は睦の射程にすら入ろうとしていない。
 さらに言えば海底を進んでいたデバウアーライダーが目指していたのは船ではなく反対側の戦場だった。
「……もし、これが意図した状況だとすれば?」
 思考が言葉になって零れる。
 様々な可能性と戦略がアリスの思考を駆け巡る。
「だめだね、情報が足りない」
 何かが欠けているのは確かだが、それが何かが分からない。
「けど、だからと言ってこのままでいいはずはないよね」
 アリスの言葉に応えるようにアリスは小さく頷く。
「私達の狩りをしましょう」
 その口元に微かに楽しげな笑みが浮かぶ。
「全てまとめて焼き尽くしましょう」
 そう言ってアリスは仲間達へと言葉を送る。

「へへーん、お魚さん逃げられると思ってるの―?」
 デバウアーライダーを追いかけるピピに音姫が声をかける。
『ピピちゃん、作戦変更』
 音姫の言葉にピピの意識がデバウアーライダーから逸れる。
 その瞬間を待っていたかのようにデバウアーライダーが海中で反転する。
『ピピちゃん!』
 音姫が声を上げる。
 アリスが予測した通りの行動ではあったが反応が早すぎる。
 回避が間に合わない。
 ピピが振るった凄竹のつりざおから放たれた釣り糸に鱗を切り裂かれてもデバウアーライダーの速度は緩まない。
 海面を割って突き出された銛を体を反らせてピピがギリギリで避ける。
「わぁぁ!」
 バランスを崩したピピに海上に飛び出してきたデバウアーが覆いかぶさるように組み付く。
 押し倒すようにピピを海中に引き摺り込んでデバウアーが鋭い牙の並んだ口でピピの腕に噛みつく。
 一瞬だけ痛みと驚きに顔をしかめたピピだったがその顔にすぐに笑顔が浮かぶ。
「ピピだってガブガブするんだよ!」
 ギザギザの歯が並んだ口を大きく開いてピピが目の前のデバウアーの首筋に噛みつく。
 予想外の行動に驚いたデバウアーの力が緩む。
「ぷは!」
 その瞬間を逃さずにデバウアーを振りほどいてピピが海面に顔を出す。
「硬すぎだよ!!」
 ピピは不満げに声を上げるが、デバウアーの首筋にはしっかりとピピの歯型がついている。
『ピピちゃん……お魚は鱗を取ってからにしようね』
 音姫の言葉にピピは不満げにふくれて見せる。
「大丈夫か?」
 嘉久也からの通信にピピが「元気だよ!」と答える。
「ならば、魚釣りは任せたぞ」
 その言葉にピピはもう一度海面に立ち上がる。
「任せてよ!」
 声を上げて投げ入れたAGルアーにデバウアーライダーが反応する。

●決着
「本当に大丈夫なんだろうな?」
 船を背にする位置に立って嘉久也は少し不安げにアリスに声をかける。
「大丈夫だよ」
 そう応えるアリスの言う通り黒坊主は嘉久也を船との間に入れるのを嫌うように動いている。
「熱源が左腕なら、熱水流の発生地点もそこだ。自分の体を挟んだ反対側へは自分がまきこまれるから撃てないだろ」
 黒坊主を中心に嘉久也と九十度離れた右腕側に位置取った飛翔がフリーガーファウストG3を放つが、その攻撃は尽く水流に阻まれて逸らされる。
「徐々に船に近付いているんだが問題ないんだよな?」
「それで問題ないよ」
 飛翔の言葉にアリスが淡々と言葉を返す。
『アリスさんの判断に間違いはないと思います』
 黒坊主の動きを観察していたエスティアもアリスに同意する。
「ガァアアアア!」
 思い通りにならない状況に苛立つかのように声を上げて黒坊主が左腕の熱量を上げる。
「はったりです」
 アリスの声が届く。
「とはいえ放っておくわけにもいかないな……」
 そう呟いて嘉久也は飛翔に合図を送る。
 その合図に合わせて嘉久也と飛翔が位置を入れ替える。
『熱しているなら冷やせば』
 ルビナスの言葉を聞きながら飛翔はフリーガーファウストG3の弾頭を黒坊主の左腕の外側で炸裂させる。
 押し出された海水が熱せられた甲殻に触れて熱を奪う。
 だが、沸騰する海水が気泡となり海中の視界を奪う。
「……逃げる……」
 睦の声が通信機から届く。
「多少熱いが、水蒸気を突っ切るぞ」
 水蒸気を突っ切って熱せられた海中へと飛翔が身を躍らせる。
「……左下方向」
「左腕の光が目印だよ」
 睦とアリスの言葉に従い飛翔は泡に包まれた海中を見渡す。
『いました!』
 ルビナスの示す方向に見える光に向けて魔剣「ダーインスレイヴ」を振るう。
 その一撃を鉄槌で受けて黒坊主が水流を使って飛翔を押し流す。
「その位置」 
 アリスの言葉が合図だったかのように再び黒坊主の左腕が輝くような光を放ち始める。
 射線上に並んだ飛翔、嘉久也、ピピ、禮に向けて黒坊主が手を掲げる。
「それを待っていた」
 嘉久也が魔導銃50AEを黒坊主に向ける。
「左へ五度」
 アリスの指示に従い嘉久也が放った銃弾が黒坊主の左腕の甲殻付け根に着弾する。
 着弾の衝撃がほんの僅かに黒坊主の腕の方向をずらす。
 放たれた熱水が飛翔と嘉久也の間近を通過する。
「ああぁ! 融けちゃった!?」
 ピピの悲鳴のような声が響く。
 その視線の先で二体のデバウアーライダーが熱水に焼かれて輝く粒子へと変わり海に溶けるように消えていく。

「久しぶりですね。黒坊主」
 残された黒坊主に禮が声をかける。
 禮の姿に失った左目へと黒坊主が手を伸ばす。
「さて、あの日の借りを返させて貰おうか。私達の誓約に懸けて」
 藍がさらに言葉を重ねる。
「”左腕の甲殻で目を覆え“」
 ライブスを乗せた支配者の言葉が黒坊主に届く。
 赤熱したままの左腕がゆっくりとクリスマスツリーワームへと近付く。
「だめよ」
 どこからか声が届く。
 誰の物とも分からない声に黒坊主の甲殻が眩いばかりに発光し、急激に熱せられた海水が爆発する。
 その衝撃に海中も海上もかき回される。
『下です!』
 ルビナスの声に飛翔は逆巻く波頭を蹴るように跳躍する。
 真下から跳ね上がって来る黒坊主の鉄槌を魔剣「ダーインスレイヴ」で撃ち払う。
 だが、そのせいで体勢が崩れる。
 赤熱した黒坊主の左腕が飛翔の顔に迫る。
 熱気を感じるほどに近付いた腕が突然弾かれた。
『流石よ、むっちゃん』
 睦の狙撃が黒坊主の腕を撃ちぬいたのだ。
「……壊せなかった……」
 直撃した銃弾は衝撃だけを伝えて瞬時に蒸発したせいで十分なダメージを与えられていない。
 黒坊主が睦のいる船の方角に目を向ける。
 その瞬間、左目のクリスマスツリーワームが燃え上がる。
「そこまで攻撃が届かないとは言ってませんよ」
 船上のアリスが放った魔法が黒坊主の新たな力を焼いていく。
「逃がさないんだよー!」
 ピピの凄竹のつりざおの釣り糸が黒坊主へと絡みつく。
「おぉ! すごい引きだよ!」
 左目に炎を灯したまま黒坊主は釣り糸が体に喰い込み切り裂くのも構わず暴れる。
「えぇ!?」
 楽しげな声を上げていたピピが急に手応えを失って海面で尻餅をつく。
「ガァァァ!」
 左腕の熱で自らの体ごと釣り糸を焼き切った黒坊主がバランスを崩したピピへと鉄槌を振りかぶる。
 ピピが咄嗟に口に含んだ海水を黒坊主の顔めがけて噴き出す。
 思わず顔を庇った黒坊主の攻撃がピピを逸れて海面を叩き水しぶきを舞い上げる。
 その水しぶきの中を幻影の蝶が舞う。
「もう終わりにしましょう」
 禮が黒坊主に声をかける。
「グゥゥ……ガァァァ!」
 クリスマスツリーワームが燃え尽きる寸前の最後の力を振り絞り黒坊主が水流を操る。
 海中を漂っていた黒鱗が水流に捉えられて禮に向けて撃ち出される。
「そちらが水流を扱うのなら」
 禮が龍宮宝典「海帝」を開き、生み出した水流を黒坊主の水流にぶつける。
 互いの水流がぶつかり相殺して消える。
 漂う黒鱗越しに黒鱗の人魚と影鱗の半魚人の視線が交錯する。
 だがそれは一瞬で、黒坊主は鉄槌を海中へ向けて振るう。
 繰り出された嘉久也のグランブレード「NAGATO」と黒坊主の鉄槌が噛み合う。
 幻影蝶に蝕まれた黒坊主の体が衝撃に耐えきれず鉄槌が弾き返される。
 続く嘉久也の疾風怒濤の攻撃が黒坊主を再び海面へと押し上げる。
「タイミングを合わせるぞ。水中から追い出されたところに集中で一気に叩く」
 飛翔の言葉にアリスと睦が応じる。
 嘉久也に弾き上げられた黒坊主を待ち受ける飛翔が疾風怒濤の三連撃で海面から弾き出す。
「奴が水中に落ちる前に止めを!」
 飛翔が声を上げる。
 まだ抗うよう赤熱する黒坊主の甲殻の付け根を睦の銃弾が貫く。
 肩口から甲殻の内側に入った銃弾が中から甲殻を砕き輝きを奪う。
「その程度の熱では足りないよ」
 アリスの灼熱の劫火がもがく黒坊主の体を包み込む。
 再び海に戻ること無く黒坊主の体は輝く粒子となって焼失した。

● 幕
「これで終わり、よね?」
 船に戻り戦闘が終わった海を見渡して蒲牢がそう口にする。
「やっと、休めますね」
 エスティアの言葉に嘉久也も「そうだな」と答える。
「従魔は何とかなったが、もう一つ問題があるな」
 飛翔の言葉に全員の視線が集まる。
「名前の件ですね」
 ルビナスの言葉に未だ共鳴を解いていないアリスが説明を促す。
「ローザリア……」
 説明を聞いたアリスがその名前を繰り返す。
「皆さん、お疲れ様でした」
 イリスの声に全員が視線を向ける。
 船内から出て来るイリスの後ろには二人の人影が有った。
「……あれ? すみません、もしかしてどこかでお会いしませんでしたか?」
 青いドレス姿の女性に禮が尋ねる。
「どこかで見た彫像に似ているような?」
 呟くような藍の小さな言葉に禮もささやくように返す。
「なんとなく海の香りがする気がしますけど……海に纏わる英雄なんでしょうか?」
 ひそひそ話をする藍達にイリスがローザリアを紹介する。
「以前クジラ型従魔と戦った時、その中に潜んでいた船の船名を見たんだが、その名がローザリア号だったんだ……すごい偶然もあったもんだな」
 挨拶を返した飛翔がそう言葉を続ける。
 飛翔の言葉にローザリアが微笑む。
 その一瞬だけ滲み出るように別の気配が拡がる。
「欠けていたピース……」
 動こうとしたアリスを睦が止める。
「すごい偶然ですわね」
 そう応えたローザリアからはすでに気配は消えている。
「ローザリア、そろそろ」
 レイモンドの言葉にローザリアはアリスと睦に微笑んで見せるとイリスを含めたエージェント達に順に視線を向ける。
「今日は楽しかったですわ。またどこかで」
 そう言ってローザリアはレイモンドと共に船の中へと姿を消す。
「あの声……」
 嘉久也が何かに気付いたように呟く。
「さっき聞いた声と一緒だよー」
 ピピの言う通りその声は黒坊主の洗脳を解いた声と一緒だった。
「安心して休めそうにはないわね」
 ため息交じりに蒲牢がそう呟くが、この後は何事もなく船は港へと無事帰還した。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • エージェント
    鯨間 睦aa0290
    人間|20才|男性|命中
  • エージェント
    蒲牢aa0290hero001
    英雄|26才|?|ジャ
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • お魚ガブガブ噛みまくり
    ピピ・浦島・インベイドaa3862
    獣人|6才|女性|攻撃
  • エージェント
    音姫aa3862hero001
    英雄|6才|女性|シャド
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