本部

【地獄アイドル地獄】奪取奪回逸脱!

電気石八生

形態
シリーズEX(続編)
難易度
普通
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 6~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/21 20:33

掲示板

オープニング

●みかん箱はひとつ
「ぜんいんめしまずあいどる……“どくみ★がーるず”とかどうでちかね?」
 シノワズリで統一した社長室のデスク上に正座、両手でパソコンのマウスを操作していた千客プロモーション社長、ウー・ルー・パパがつぶやいた。
 こんなことをしているのはもちろん、チェアに座ると画面が一切見えないからである。
 そのくらいちんまいんである。
 どう見てもロリである。
 しかし24歳なんである。
 ゆえに、合法なんである!
「社長ぉーっ!! まじやべぇネタをゲットして参りましたぞぉ!!」
 ばたばた駆け込んできた執事姿の細長い男が声を張り上げた。
「うるちぇーでちゅ。もっとちっちゃいこえだせでちゅよ」
 男はしばし小首を傾げ。
「社長ぉーっ! まじやべぇネタをゲットして参りましたぞぉ!」
 びっくりマークをひとつ減らし、あらためて報告した。
 めんどくさいので地の文で説明するが、ようするに千客プロと敵対する万来興業所属のアイドルグループ“BAN・RAY!”がデビューライブ(アランのこだわりは“ライヴ”)を行うとのこと。
「ばしょはどこでち? ぷらざでちか? ありーなでちか?」
「デパートですぞぉ!」
「でぱーと?」
「日曜日の午後1時、デパートの屋上ですぞぉ!」
 今時、デパートの屋上!? いったいステージはどうなっている!?
「みかん箱がひとつ申請されたとのことですぞぉ!」
 んー。ウーはしかめた眉根をもみもみ、絶句した。
 目的が今ひとつ知れないが、どうやら万来は昭和アイドルのどさまわり的なやつをやる気らしい。しかし、みかん箱ひとつきりで、あの人数をどうするつもりなのか?
 ……とにかく、奴らのデビューを最悪の黒歴史に変えてやらねばなるまい。
 しかし、こちらも客商売だし、あちらのバックにはH.O.P.E.がついている。裏工作などしかければ手痛いしっぺ返しを食うことになりかねない。
「せーこーほーでぶっちゅぶすしかねーでちね」
 ウーはぷりっと立ち上がり、イカ腹を反らして男に命じた。
「“ふくめんぎゃるず”をしょーしゅーするでち。まっしょーめんからしょーぶでちよ」

●万来興業社長室
「みかん箱はひとつ。つまり、みなさんには未来のファンへのアピールをしていただくと同時、センター争奪戦をしていただこうというわけです」
 万来不動産および万来興業社長アラン・ブロイズ(az0016hero001)は静かに語る。
 最後の最後、ひとつきりのみかん箱の上に立つ者こそが最初のセンター担当者なのだと。
「まあ、争奪とはいえ、アピールによってついたファンの方々の数を吟味しての決定となりますが」
 プロデューサーを勤めるエージェントに用意してもらった曲は、デビューライヴ用のスペシャルソング……今後もライヴの最初にかならず歌うことになる「自己紹介ソング」だ。
「アピールおよびパフォーマンスの方法は自由。歌詞の改変も自由。何番めに歌うかも自由。すべての戦術がひとつになった結果を見せていただきましょう」
 そして彼は、最近新たに大学生という身分を得たパートナー、礼元堂深澪(az0016)に視線を投げた。
「おそらく千客の邪魔が入るでしょう。護衛兼サクラのみなさんといっしょに、我らがエトワールたちを守り抜いてください」
「それってさぁ、ヤっちゃっていいんだよ――ねぇ?」
 かくり。横に倒した顔にイカれた笑みを映し、深澪が両眼を光らせた。
 いい表情ですよ、みおっち。このアイドル地獄にはこの上もなくふさわしい、向こう側の笑顔です。
 アランはいつしか深澪と同じ表情を湛え、応えた。
「連れて行ってあげてください。世界の向こう側へ」
 うなずいた深澪はふと顔を上げ。
「ちなみにさぁ、なんでみかん箱?」
「トラディショナルなしきたりを守ることこそ仁義というものですよ」
 単なる昭和趣味なのだった。

●自己紹介ソング例(深澪(元ヤン)ver)
az0016 礼元堂深澪 あだ名はみおっち 夜露死苦ね
見かけのお歳は15歳 子どもあつかいごめんなさい だってボクって天下御免
好きな言葉は死なすと殺す 侠気と凶器で天上天下 唯我独尊ぶっ飛ばす
ぶっこみ屋さんの金文字背負って 逢いに行くから 愛で逝ってね?

解説

●依頼
1.例や実在アイドルの自己紹介ソングを参考に、自己紹介ソングの歌詞を自由に作ってください(この部分だけはアドリブ不可)。
2.自分が何番目に歌うかを決め、自由にアピールしてください。
3.(護衛や裏方の方のみ)攻め寄せる千客プロの“覆面ギャルズ”を撃退し、アイドルを守り抜いてください。

●状況等
・昼下がりのデパートの屋上です(晴天)。
・普通の親子連れ、ご老人、男子および女子学生、耳ざといドルオタな方々がいます。アピールの方法によってファン層の数と傾向が決まります。
・最後にみかん箱へ立ち、次回のセンターになる方はマスタリングで決定いたします。
・センターは狙わず、我が道を行くもよし。

●覆面ギャルズ
・様々な覆面をかぶったアイドル49人組です。
・それぞれ物騒な得物を持っています。
・彼女たちをどのような姿勢、パフォーマンスで撃退するかにこだわってください。
・センターを狙わないアイドルは、こちらの撃退に回っていただいても可です(ただし自己紹介ソングは絶対に歌うこと)。

●ウー・ルー・パパ
・ウーパールーパーのワイルドブラッドです。
・現状、ただのロリです。

リプレイ

●屋上
 日曜日の午前11時。
 キーステーションからほど近い古式ゆかしいデパートの屋上には、晴天ということもあって多くの人々がひなたぼっこを楽しんでいる。
「めざとい青田刈りフリークの方々もちらほらといらっしゃるようですね……その諜報力、侮れません」
 万来興業社長兼“BAN・RAY!”統括マネージャーのアラン・ブロイズは、屋上の隅に置いたプレハブの“楽屋”から様子を窺い、薄笑んだ。
「さあみなさん、そろそろ準備はいいですか?」
 思わず「はーい」と答えてしまいそうになるリズムとテンポで彼が言えば。
「やるからには本気と書いてマジなのじゃ!」
「そうなのじゃ! 我らの力、皆に見せつけてやるのじゃ!」
 青い瞳のアクチュエル(aa4966)と赤い瞳のアヴニール(aa4966hero001)が、鏡に映したかのようにそっくりな顔をうなずかせ、「おー!」と気合を入れた。
「うちのひかるんは負けませんわよー!」
 眼鏡くいっ、加賀谷 ゆら(aa0651)がおほほー。
「またお年を召した方が邪魔しに来たのじゃ~」
「アクチュエル、年の功には要注意じゃぞ!?」
「……24歳なんて娑婆じゃまだまだ産毛生えちらかしたど新人ですけどぉ!?」
 きー! 背後に猫やら蛇やら浮かべて相対する10歳コンビと23歳の間に、天城 稜(aa0314)が総合格闘技のレフリーよろしく割って入る。
「ブレイク! はいはい、どっちも若いですよー。若い若い!」
 グループ唯一のツッコミ(常識人)役を担う彼だったが、その格好はまあ、彼というか彼じゃないというか。
「あんまり暴れるとまくれて見えちゃいますよ?」
 リリア フォーゲル(aa0314hero001)がぽやんと登場、稜のトラディショナルなメイド服のスカートを整えた。
「うああ、忘れてた! 僕ほんとにこの格好で出ないとだめ? もう少しユニセックスな感じで」
 リリアはにこにこ、しかし強くうなずいた。
「おかしいですね。だって稜さんは稜さんじゃないですか? その稜さんをいちばん稜さんらしく飾る額縁がたまたまメイド服だっただけで、だとしたら」
 ちなみにこのとき、フィオナ・アルマイヤー(aa5388)は心に突き立ったぶっとい言葉の槍を引き抜くことかなわず、フリルいっぱいキラキラ鬼盛りのドレスから伸び出した膝をついていた。
 フィオナさんは25歳。それが新人アイドル! こんな姿を同僚やら学生やらに見られてしまったらもう!
「アイドルになっといて人前で歌うのはやですー、はないでしょ?」
 フィオナの懊悩を笑い飛ばすブルームーン(aa5388hero001)。フィオナの赤いドレスとおそろいの青ドレスをまとった彼女は堂々と生脚で仁王立ち。
「だってフリフリのきゃわいい衣装、みんなに見せたいんじゃないのぉ? ね~、あ・か・ば・ら、ちゃんっ♪」
 はうーっ! とフィオナをすくみあがらせておいて一転、それはそれはやさしい声で。
「研究のためのリサーチとか、いっそなんかの副作用で出てきた別人格とか言えば? 学問とかよくわかんないけど、学者先生なんだもん。おかしくないわよ」
 天啓を得たとばかり、救われた顔を上げるフィオナだったが。
「ま、やってるのがフィオナってのは変わんないんだけどね?」
 はうーっ!!
 そんな中、着々と稜の洗脳も進行していて。
「僕は……僕で……僕らしく……」
「考えなきゃいけないことは、最高のパフォーマンスを見せること。それだけですよ。時間がありませんから早くお化粧、すませましょうか」
 すごい勢いで言いくるめられていく稜から目を逸らし、加賀谷 ひかる(aa0651hero002)は青ざめた顔を左右に振る。
「やばい。リリアさんガチじゃん」
 今日のデビューライブはセンターポジション争奪戦でもあるという。リリアやアクチュエル&アヴニールの気合を見れば、彼女たちがセンターを狙っていることは明白だ。
「わたしは左の隅っことかで――」
「センター以外にひかるんが生きて踏む場はないよー!」
 唐突に突きつけられたゆらの宣言に、ひかるはつられて右手を突き上げて。
「お、おー、お? いやいや、別にセンターはって、わたしの命ぃ!?」
 などという大騒ぎには目もくれず、レーヴ(aa4965)は“舞台”として用意されたみかん箱をじっくりと見分していた。
「なんの種もしかけもないみかん箱、だな」
 濡れておらず、潰れておらず、破れてもいない。もともとが重いみかんを詰め込む用のダンボール箱だから、強いは強い。しかしだからといって人ひとり、もしくはコンビふたりの体重を支えられるはずがない。
 現場監督を担うプロデューサーとしては、とても「これで行け」とは言えなかった。
「せめてりんごの箱とかがよかったのぅ」
 アヴニールが、むぅ。確かにそちらのほうが強度は高そうだが。
「支えにみかんを詰めるか……?」
 レーヴのつぶやきにかぶりを振ったのはソーニャ・デグチャレフ(aa4829)である。
「小官の重量をもってすれば、箱ごと内のみかんは瞬殺、500ミリリットル10本分のみかんジュースを屋上に吸わせることと成り果てよう」
 ライヴスの循環不全を患うソーニャの体重は実に400キロ。ダンボールなど容易く突き抜け、10キロのみかんを5リットルのジュースに変えるのはまちがいない。
「……例えなら別に10リットルでもいい気はするが」
「皮と身の一部は残すことになるゆえな。計測と測量は兵站の基本であるよ」
 カルハリニャタン共和国統合軍軍人として、そこだけは譲れないソーニャだった。
「大丈夫ですよ。それは確かにただのみかん箱ですが、みなさんのライヴスで鋼より固く、大地さながら揺るぎない舞台となってくれることでしょう。そう、SFパワーでね」
 いかにもな顔で語るアランだが、SFパワー――少し不思議パワーとか持ち出すあたり、あからさまな都合を感じずにはいられなかった。
「えすえふぱわーとやらは知らぬが、みかん箱とて勇気と気合をもってすれば100人乗っても大丈夫! であろう!」
 アクチュエルの言葉にアヴニールも強くうなずいた。
「うむ! 我らはなにせ100人力じゃからの!」
 勢いで納得する者あれば、あきらめて納得する者もある。
「すごいですの。あれではもうツッコめませんのじゃ……!」
「ああ、よりによって“少し不思議”とか言われちまったらな」
 天城 初春(aa5268)と天野 桜(aa5268hero001)は厳しい顔を見合わせ、額に浮いた冷たい汗をぬぐう。
「それはそれとして。下積みの定番とはいえこういう場所で歌えるのはワクワクしますの! 存分に力を試しましょうぞ、桜義姉様!」
 桜は盛り上がる初春を制し。
「お客さんに楽しんでもらうのが第一だぜ。聞いてくれる人たちには笑顔で帰ってもらいたいからな」
 前回、初春を踏みつけてサーフボードにした理不尽さなど欠片もない、澄んだ目で言い切った。しょうがないのだ。不条理とは実にこう、そういうものなのだから。
「ちょう狭いニッチな“同志”を狙って媚びまくれ! ですよー!」
「鼻栓を取れー! 奴らの臭いはコミュニズムの赤を黄色く汚すー!」
 セレティア(aa1695)とセラス(aa1695hero002)が鼻声で威勢を上げた。
 おそろいのフリフリミニ丈キュロットスカート人民服をまとった彼女たちに、センター奪取の野望はない。目ざすは初戦の勝利ならぬ、最後につかみ取る絶対的勝利なのだから。
「というわけで、わたしたち宣伝活動に行くのです」
 ふたりは名刺が詰まった大きな背嚢を背負い、プレハブを踏み出していく。
「――と、俺も出るか」
 宣伝用のビラを抱えてふたりに続くレーヴに、アランがふと。
「そういえばリリア様は?」
「外だ」

●宣伝
 サーラ・アートネット(aa4973)は、デパート一階の外に設けられた喫煙スペースでぼんやりしている。
 私がアイドルって……マジありえねーし。
 とは思えども、上官たるソーニャが祖国のため、ある意味苦界にその身を落としている以上、自分が逃げ出すわけにはいかない――のだが。
 投げやりに向こうを見れば、最近見慣れてきた人影が。
「……」
 通りかかった若い男性へ気配なく近寄り、無言で袖を引いて驚かせ、その隙にビラを握らせて、撤退。これを繰り返すリリア(aa4965hero001)である。
 たまにリリアの人形めいた美貌に魅せられ、握手を求める男子などもいたのだが。
 ささっとよけては、小首をかくり。
「リリアは妖精……だから。捕まえられない……の」
「おつかれだ。調子は?」
 合流したレーヴがぽんとリリアの頭を叩くと、彼女の頭が左へかくり。
「順、調……」
 やりかたはともかく、確かに目的はきっちり果たしているのでまちがいはない。
「我らもやるのじゃ! ――午後1時からこのでぱーとの屋上でらいぶをするのじゃ!」
「でびゅーらいぶゆえ一期一会じゃぞ? 我らの歌、聴きに来てくれるとうれしいのじゃ!」
 アクチュエルとアヴニールはレーヴが用意してくれた大量のビラを抱え、わーっと駆け出した。彼女たちの意図どおり、目の色以外そっくりなふたりは通行人の目を集める。
「我らはふたりでひとり。ぱふぉーまんすにもご期待あれじゃ」
 一方、セレティアとセラスはことさらにあどけない顔を作って敬礼。
「畑でとれた我が兵たち、御旗の下へ集うは今ですよー!」
 そして二次元系サブカルが好きそうな、いわゆるオタクっぽい男子や男性を狙って突撃し。
「粛清だー!」
 セラスが福々しいお腹をぽこぽこ乱打したりしている間に、セレティアがホームページとコミュニケーションツールのURLを印刷した名刺を差し出して。
「同志よ、ヒトサンマルマルに屋上で待ってますよー」
 名刺を受け取った男の手を両手でぎゅっと握り、軍靴代わりの安全靴をぽこぽこ鳴らしながら撤収。
(この調子で種をまくのです!)
(密植・深耕! これぞ大躍進政策よねっ!)
 そう、一連の行動は計算であり、作戦なのだ。
 女子の無邪気を演出し、絞りに絞ったターゲットに超近距離感をアピール。さらに選民思想をくすぐるお誘いで、一気に引っぱり込む!
 さらにセラスと共鳴したセレティアが名刺を持つ男たちに告げる。
「広めるのです……わたしたちの名前を……ありったけのフォロワーさんに……」
 紡ぎ出された支配者の言葉に従い、男たちはふらふらとスマホを取り出した。
「世界を赤き正義で満たす第一歩ですよ」

「同志サーラ!」
 向こうから杖をついているとは思えない速度で接近してくるソーニャの姿に、サーラは直立不動の構えをとった。
「上官殿、お疲れさまであります」
「うむ。しかし今はそれどころではない。あのふたりを見よ……小官らがアピールすべき人員を喰われている」
 セレティアたちは二次元ロリヒロインを演じつつ、さらには人民軍風の衣装をまとうことで、もともとアニオタ系とかぶりの大きいミリオタ層をも取り込みにかかっている。――正統軍人アイドルのソーニャとサーラが抑えなければならないファン層をだ。
 ふたりの目的は祖国奪還の攻勢、それをかけるための資金づくりである。
 そうだ、やさぐれている場合ではない。上官殿と心を合わせ、祖国へ続く道を拓く!
「畏れながら申し上げます。自分が国家紹介歌を唸らせていただきますので、上官殿はその間に宣伝を」
 訝しい顔のソーニャを後にサーラは進み出て、左右で形の異なる眼鏡を鼻先から押し上げた。スイッチング完了。今、伍長サーラはアイドル“さーらん”となる。
「……かっ、カルハリニャタン共和国、知ってるかな? 絶対、愚神から取り戻す、ぞー」
 特にスイッチングできていなかったわけだが、ともあれ。
「あぁ 壮大な 我が故郷
 永劫のカルハリニャタン
 永遠(とわ)に 栄えよ 輝け
 我らに希望を 人々に夢を
 降りそそぎし光は 消えやまぬ」
 意外なほど荘厳な曲に驚きながらも、ソーニャは「13時より歌の会を行うゆえ、お待ちしている」とビラを配る。
 こうしてミリオタは外しながらも広い層にアピールはできたのだが……募金と勘違いされて小銭が集まったりなんだり。

「ここ、こんなところでこんなかっこで――拡散される! 同僚とか生徒からいろいろ脅されたりして……」
 ぐるぐるするフィオナを置き去り、ブルームーンはぶりっこ(死語)全開、ビラを撒く。
「みんなよろしくね~! 来ないと……ね?」
 特定の反応を示す男どもを的確に捕まえてみせるのは生来のどSゆえか。

「よろしくお願いいたしますね」
「ママが監視してなきゃこんなこと――うふふー! 端っこアイドルのひかるんでーす! デビューライブよろしくお願いしまーす!」
 シスター服のリリアといっしょにビラ配りするジャージ姿のひかる。やけっぱちながら、なんとか役目を全うしようとするあたりが実に涙ぐましい。
「将来、悪い男に引っかかりそうですよね……」
 そんなひかるの姿に稜はかぶりを振るが、彼は彼で先ほどからしつこく小学生の一団に「おとこ? おとこだろ?」と絡まれ、昏い目をした紳士たちに「あれほどまでに可憐な子が女であろうはずはない」と噂されていた。
「あら、稜さん人気者ですねぇ」
 リリアの笑顔に稜はいやいや!
「これ、出ちゃいけないタイプの人気だよ!?」

「みんながんばってますわね」
 ハンディカメラで宣伝活動を記録していたゆらがアランに笑みを向けた。
「ええ、頼もしい限りですね。フライヤーを用意してくださったレーヴ様にも感謝を」
 アイドルに興味がありそうな女子を狙って声をかけ、ちょっとした人だかりを作っていたレーヴが振り向いて、にやり。
「ま、最初は地道にやっていくしかないからな。デビューライブの映像が撮れれば、それを餌にもう少ししかけられることも増えるだろうさ」
 アランはうなずき、後方のデパートを見る。
「7階のレストラン街で、幼女に連れられた怪しい覆面の集団が目撃されました」
 その集団はウー・ルー・パパと千客プロのアイドルたちでまちがいあるまい。目的がこちらの邪魔であることも。
「細かいいやがらせではなく、直接押し潰しにくるなら、こちらにもやりようはありますのじゃ」
 新しいビラを取りに来た初春がぽんと胸を叩く。
「そういうことですわ。わたくし、誠心誠意を尽くしてお話しますもの」
 桜もやわらかく言葉を添えた。……握りが手の形を映してへこむくらい使い込まれた、傷だらけの木刀を手にしながら。
 以前の特訓回でもそうだったが、彼女がいた世界の近衛衛士はいったいどんなシステムで運営されているのだろう? 北斗の某の修羅的なあれなんだろうか?
「わたくしほんの少々、滾ってまいりましたわー」
 桜がうふふふふ。
「歌ばかりか和術までお見せする機会が来ようとは……ウキウキしますのじゃ」
 和弓「弓張月」から弦を外し、なんかこう、曲がった硬い棒にしたやつを振り回す初春。風切り音が「びゅん」とか「ひゅう」じゃなく、「ぶぉう」なところに必ず殺る気を感じさせるわけだが。話術ならぬ和術とは、どうやら和弓でぶん殴る術のことらしい。
「アラン様、憂い顔が絵になりますわー。イケメンいただきですわー」
 ゆらの連写に一応応え、アランは静かに息をついた。

●序盤
 12時50分。
 宣伝の効果もあってか、屋上にはビラを手にした人々が結構な数集まっていた。
 が、その目はどこか訝しげでおぼつかない。
 当然だ。ライブのはずなのにステージがないのだから。
 しかしアランは揺らがない。みかん箱を手に楽屋から出て、屋上の一角にそれを置いた。
「ステージなど飾りに過ぎませんよ。アイドルとは、みかん箱すら天国への階段に変えるきら星――エトワールなのですからね」

「あの人なんかすっごいハードル上げてくれやがってんですけど!?」
 ゆらはひかるの抗議に「大丈夫!」、手書きの歌詞カードを未来の娘へ押しつけた。
「ひかるんは輝ける。ママが精魂込めて作ったひかるんソング、『わたしはアイドルひかるん』があればね!」
「絶望的ネーミングセンスー!?」
 もちろん、ひかるの声はゆらに届かない。
「この昭和の香り漂うアイドルソングでセンター絶対奪取よ!」
「わたし端っこアイドルでいいんだよぉぉぉぉぉ!!」
 ひかるの絶叫鳴り響くと同時、外では「うふーふふー」なる高笑いがあがっていた。

「まったくしけたすてぇじでちゅ。みてられまちぇん」
 パンツスーツ姿の幼女ウー・ルー・パパがやれやれ、かぶりを振った。
「ロリマイト……やはり来ましたか」
 身構えるアランをまぁまぁと制し、ウーはぷっくりした頬に笑みを刻む。
「おじゃまはらいぶがはじまってからでちゅ。よんじゅうきゅうにんがかりでぶっちゅぶすでちゅよ」
 と、アンプとスピーカーの調整をしつつ後ろで訊いていたレーヴがふと眉根を引き下げ。
「それ、ここで言っちまっていいことか?」
 指摘されたウーはぽんと手を打ち。
「よくねぇでちゅね」
 ロリマイトはいろいろとアレなのだ。
「こうなったらふくめんぎゃるず、やっておちまいでちゅ!」
 屋上の出入口からどどっとあふれ出る49人の女たち。全員がなにかの覆面をかぶり、手にはチェーンソーやら青竜刀やらを携えていた。
 かくて屋上はパニックに――
「あ、いっぱんのおきゃくさまにはごめいわくにならないようにするでちゅよ」
「ステージの向こう側の、楽屋横のスペースを使ってください」
 ――カチコむ側とカチコまれる側の気づかいにより、ならなかった。
 で、あらためまして。
「みおっち、頼みましたよ!」
「命が惜しい子はいねがぁ~!?」
 アランの声に応えた深澪が、鉄パイプを振りかざして覆面ギャルズへ突撃。
「これで安心して殺れますのじゃあ!」
「みんな星にしてやるぜぇー!! 夜空からあたいたちの活躍、見守ってくれよなぁ!?」
 ステージ衣装に返り血防止用のエプロンを装備した初春と桜が鈍器で風を轟々押し割り、駆ける。
「アラン様を邪魔する子は――じゃなくて。マネージャーとして、母として、みんなとうちのひかるんの初舞台、守り抜くわ!」
 どこから持ってきたのか、極太のロケット花火――人に向けてはいけませんの注意書きあり――を両手に構えたゆらも続いた。
「今こそ、日頃からキャピタリストメガネに強制されたトレーニングの成果を見せるとき!」
「偉大なる国家主席は、戦場に在らば一騎当千の英雄になるのよ!」
 セレティアとセラスは徒手空拳の肉★弾★戦(プレ文まま)の構えである。
「あにち! なんかころすきまんまんすぎまちぇんか!?」
「うちはフリーダムが信条ですからね」
 ウーとアランのやりとりの一方、レーヴは時計を確認する。13時ジャスト――行くか。

 レーヴ作曲の出囃子に乗って登場したのは、アクチュエルとアヴニール。
『なにやら愉快に騒がしいが、負けずにとっぷばったー、行くのじゃよ』
 瞳と同じ青のドレスをまとったアクチュエルが、赤のドレスをまとうアヴニールと背を合わせ、みかん箱の上に立った。
 空気が――変わった。
『我、“前向く青”アクチュエル』
『我、“前向く赤”アヴニール』
 箱から降りたふたりはポーズを決めて声をそろえ。
『『我ら、汝らが未来を照らす、ふたつでひとつのフォーマルハウトが光』』
 ふたりが力を合わせて作詞作曲した紹介歌のイントロが流れ出す。そして。
『相容れぬ 赤と青
 見つめる先は変わらずとも 其処は未知の道
 然し 我ら重なる時 全ては動き始める』
 パート分けを見極めさせない自然なスイッチで歌いあげ、ターンを決めてハイタッチ。その瞬間、ふたりの体が――青と赤が重なって溶け合い、白光を散らす。
 その澄光は雲間からこぼれ落ちる光さながらドレスを白く染め上げ、そして。オッドアイの共鳴体の身を包み込んだ。
 わっと盛り上がる観客。
 アクチュエルたちがジュニアアイドル世代ということもあり、この演出は特に小学生女子の目を釘付けにする。
『全てを白にかえ 全てを照らす
 色は無限 我を染めるも無限の色

 暗き行き先を照らす光 振り向けば光の道
 全ては我らが創り上げる未来への道

 想い出して欲しい 進んだ道を 未来への光と闇を』
 ノスタルジックな歌詞と高く響く明るい歌声。それは同年代の女子のみならず、年配の観客をもつかみ、引き寄せる。
「……いい歌ですの。染み入りますじゃ」
 覆面ギャルのひとりに馬乗り、かったい弓でボッコボコ乱打しながら初春が深い息をついた。
「ああ。いろいろ思い出すってのも悪くねぇな」
 技もなにもなく、ただただ木刀でギャルを滅多打ち、桜がしみじみつぶやく。
「ゆってることとやってることがあってまちぇんけどぉ!?」
「自由の不条理ですよ」
 ウーとアランのかけあいはさておき。
『そして我らの

 白き光を』
 余韻を確かめるようにアクチュエルは内のアヴニールとうなずき合い、優雅な一礼を残して楽屋へ……向かわず、混戦のただ中へと跳び込んでいった。
 かくて抜き出したものは、自分の身の丈とほぼ同じ長さを持つ大剣フォーマルハウトソード。
「せっかくの舞台じゃ。共に踊ろうぞ?」
 中空に赤光引く剣身を巡らせ、円を描けば、吹き飛ばされた覆面ギャルたちが打ち上げ花火さながら空へ放り上げられた。
『もっとも、我らは踊らせるばかりじゃがな――リリア!』
 アクチュエルの内から投げられたアヴニールの声を受け、レーヴに送り出されたリリアがみかん箱の上へ立つ。
『リリア……ミステリアスな、フェアリー。ねぇ……捕まえ、て?』
 マイクに語りかける声音はあくまで平らか。しかし、その端々に香る危うい艶やかさはまさに妖艶で――ミスマッチの妙を醸し出していた。
『フェアリー・アイリス 貴方に見える?
 だってリリアは アナタの傍に
 きっとリリアは アナタと居たい』
 歌詞はあえてレトロティックを狙ったアイドルソングといった風情だが、しかし。
 なぜ『傍らに』と『居たい』の後に超音波シャウトを入れてしまうのだろう? それ以前に、なぜ曲がスラッシュメタルなのか。
 もちろんリリアに疑問はない。迷いも恐れも、ついでに覇気もない。あるのはただ、レーヴへの信頼だけだ。
 ――これで「オトナもコドモもオニーサンも網・羅」って……レーヴ、言ってた、し。
 それに会場入りする朝、レーヴとこんなやりとりをしてもいた。
『センター争い、ねェ。ま、グループとしちゃ必要ではあるわな』
 レーヴはぶつぶつ、『なぜか気になるセンターバックとか』、『応援せずにいられないセンター脇なんてのもありか』。
 それを聞いていたリリアは問いかけた口を閉ざし、小さくうなずいた。
 レーヴはきっと、リリアが……センター、とったら、うれしい……の。
 ――大人と子どもを置き去り、ごく一部のお兄さん(モヒカン系)がシャウトにつられて集まり来る中、リリアは歌い、踊る。あいかわらず不思議な踊りと言うよりない、魔法的ななにかをかけられそうなダンスである。
『でも少し不安なの 背伸びしても絶対不足』
 リリアは不思議な踊りを舞う体をカクリと止め、耳に手を当てて観客にアピールし。
 革の服を装備したモヒカン系の人々が「ゼ! ゼ! ゼ!」。
「○ガ○スですかっ!?」
 スラメタ界のビッグ4の一角を担うバンドの名を唱えてツッコむ稜。
「アルゼンチンの首都の名前がついた曲ですねぇ。あれ、なんてコールしてるのか未だによくわからないですよね」
 リリアになぜ知っているのか問い質そうとした稜だが、もうひとりのリリアの歌声でかき消された。
『ホントのホントは不安なの アナタと一緒に居れるかな(ナ! ナ! ナ!)
 だからこっそり耳打ちで リリカルな呪文を呟いて
 不思議なアイリスに フシギナマジックヲォォォォォ』
 なぜか白目でデスボイス! しかし、すでに不思議な踊りと計算され尽くしたメロディとで脳を侵された革の民は揺らがず、いや、ヘッドバンキングで超揺らぐ。
『フェアリー・アイリス 貴方に見える?
 だってリリアはアナタの傍に
 きっとリリアはアナタと居たい』
 さらっと平常運転に戻って歌い切り、『……ひかる、さん』。
 覆面ギャルの服の中に花火を突っ込んで発射。「あづぅっ!」と悶絶させておいてぷりっと目潰し。「目がっ!」とくの字に折れ曲がったギャルの覆面を剥ぎにかかったゆらが、くわっ。
「ひかるんー!」
 セ・ン・ター・だ・よ?
 猛烈に気乗りしない体で出てきたひかるへ口パクで告げた。
「いやだから――」
 ひかるはそれ以上なにも言えなかった。
「ふふふ。アイドルならアイドルらしく、正面切って勝負しなさい?」
 力尽くで剥ぎ取った覆面に語りかける未来の母が恐ろしすぎて。
 覚悟決めなきゃ! やらなきゃわたしがやられるぅ!
 そして。
「世界で一番の妹系アイドル! ボーイッシュな闇落ちしかけの黒天使! 加賀谷ひかるでーす!!」
 オーディションを思い出させる無理矢理なテンションでみかん箱に上がったひかるが一気に言い切った。
 生声なのに屋上の端々まで通る、コブシの効いた美声である。
 壮年期以上の、俗に云う「お父さん」世代の人々が思わずひかるに目を向けた。
『あんまりムキムキしないで
 二の腕肩出し平気よ
 普段は大剣振り回すけど
 わたしはアイドルひかるんっ』
 深澪たちがなぎ倒した覆面ギャルの鳩尾に「あ゛あ゛ん? 腐れ(ピー)の分際で(ピー)な(ピー)晒して邪魔してくれてんじゃないわよ(ピー)」とげしげし蹴りをくれていたブルームーンが、しんどい顔で彼女の影に隠れているフィオナに渋い顔を振り向けた。
「……これ、「隙よ、隙よ、隙よ、uu-hun!」とか言っとくべき?」
「私もあなたも生まれてないころのネタをぶっ込むのは、いろいろと危険よ?」
 ここだけ冷静さを取り戻し、フィオナが止めた。いや、人一倍年齢に敏感な彼女だからこその判断とも言えるか。
『あんまりキャピキャピしないで
 根性忍耐上等
 普段は薙刀振り回すけど
 わたしはアイドルひかるんっ』
 隙よ、隙よ、隙よ、uu-hun! 36年前のネタに即応できるおっさんの大コールが巻き起こり、ネタがわからない大半の人たちはステージ下の妙な熱狂にとまどう。
 そしてさらにはひかるのダンスだ。これがまた絶妙に80年代の有名アイドルっぽい、どこかロボットを思わせる振り付けで、衣装の和ゴスの袖が綺麗な軌跡を描くばかりでなく、おっさんでも思い出込みで容易くトレースできるあたりが小憎らしい。
「いいよいいよー、ひかるん最高に輝いてるよ!」
 狩った覆面の数々をスーツの裏にコレクションしたゆらが、カメラの奥からサムズアップ。
 その有様から横目を逸らし、ひかるは必死で目の奥に涙を引っ込め、両手でハートマークを作って。
『わたしの名前は ひかるん なのよー』
 ぺこーっと頭を下げて「次は初春さんと桜さんです!」。

●中盤
「初春さん、桜さん、お呼びですよー」
 覆面ギャルを脇固めで捕らえて固定するという超渋い関節固め技、キド・クラッチで締め上げていたセレティアが促した。
 ちなみにセラスは、4の字に折り曲げたギャルの両脚を自分の脚で固定、さらに上からプレスするという、これまた渋すぎる上に超痛い関節技、監獄ロックを決めている。
「おお、すまんですじゃ。行って参りますじゃ」
 ふたりでみかん箱に駆け上がり、返り血だらけのエプロンをどこかにぽいー。ぴしりと舞の構えを取る。
 空気が凜と引き締まった。やわらかいばかりだった日ざしに神気が染み入り、荘厳な重さをまとって降りしきる。
 畏れ、思わず固まってしまう人々。
 次の瞬間。
 彼らは初春の放つ澄んだ“歌声”に放たれ、引き寄せられた。
 そして初春は衆目を集めたことを確かめて、にこり。
「歌って踊れる狐の黒巫女、食道楽系愛され型マスコットキャラになりたき天城 初春ですじゃ」
「天野 桜。笛を吹いて踊れる、元気で親しみやすい武士っ娘ですわ」
 箱を降りた桜の笛で初春が舞い、歌った。
「わらわは稲荷神に仕えし巫女
 人々の為に舞て 歌うが我が務め
 願わくば我らの歌が 皆に笑顔をもたらさんことを」
 スイッチした桜が、初春の舞に飾られて歌う。
「我らは護国護民の衛士なり
 我らが刃は国の為 我らが声は民の為
 皆と歩むが我らの道ぞ 皆の笑顔が我らの力ぞ」
 そしてふたりは箱の前、例の棍棒と木刀で殺陣を披露する。得物は鈍器であるはずなのに、その攻防はまさに舞うがごとくに美しい。
 なにより狐のブラッドを顕わす掛け値なしの幼女と凜然たる女剣士の打ち合いである。ケモノスキー男子と歌劇スキー女子はたまらない。
 大歓声の中、鍔迫り合いから分かれ、ふたりは一礼を残して駆け去った。
「あいすみません。わたくしたち、用事が残っておりますので」
「にゃーたんよろしくですのじゃー」
 戦いへと戻り行くふたりと替わったのは、不機嫌な顔のソーニャだ。今日も当然、フリフリがいっぱいついたピンクの軍服である。
「にゃーたんではない! いや、にゃーたんではあるのだが……ちなみにキャッチフレーズなるものはない」
 屋上の一角から野太い声があがった。すなわち、「にゃーたーん!!」。
「うん、まあ、キャッチフレーズ的には“にゃーピンク”でいいんじゃないでしょうか。ゆら様――」
 アランはゆらに記録を頼もうとしたが。
 彼女は今、ひかると「交差爆弾!」とか言いながらギャルのひとりに前後からラリアートをかまし、覆面をスポンと飛ばす作業にいそがしい。
「ふふふ……この世は強さがすべてですわよ」
 ジャケットの裏側はもう、狩った覆面のコレクションでいっぱいだ!
「ゆらさん、いつから完璧系の超人に……」
 ツッコんでいいものかどうか悩みつつ、稜はそっとつぶやいた。ひかるの歌もそうだが、80年代ネタってやつは実にカオスなんである。
 ともあれ。
 にゃーたん、みかん箱に立つ。
「400キロが乗っても壊れんとは……少し不思議どころじゃないだろう」
 ミキサーを操作するレーヴが思わずつぶやくが、実はひとつだけまちがっていることがある。
「上官殿にはあの槍があるのであります!」
 サーラが訳知り顔でレーヴに告げるのを聞きながら、ソーニャはその頬に笑みを刻む。
 天地の槍――カルハリニャタンの槍は小官を重力から解き放つ。今の小官は400キロにあらず!
 と、槍を抜き出そうとした手が止まった。
 ……槍、装備しておらぬ。
 そう、今の彼女は400キロではない。衣装込みでおよそ404キロなんである。
 当然のことながら事情を知らない観客は、青い顔で固まったソーニャを訝しげに見る。
 このままでは、場を暖めてくれた皆の奮闘が無駄になる。
 ソーニャはぐっと力を溜め、「にゃー!!」。人の意識を一気に引き寄せ、歌い出した。
『むかし ロシアの方の山奥に小さな国があった
 今は愚神に食われて 見る影もなし
 されど我は見捨てない そんなの無理無理と人は言う
 でもね 戦う勇気があれば 皆にも判る』
 歌詞の量は少しスリムになっているが、これはまさに80年代初頭に流行したあのヒットソングの節。
 しかし、けなげである。がんばってかわいい振り付けをこなしているのが丸わかりで、「小官なぜこのようなことを!」な心情が透かし見えるところがまた父性直撃である。
 にゃーたんがんばれぇ!
 にゃーたん負けるなぁ!
 おそらく普段はジュニアアイドルなどを追っかけているのだろう紳士、絶叫。
 さらには槍を携えている体で祖国カルハリニャタン共和国に伝わる舞を披露したりして、それがまた紳士を号泣させるのだ。
『恋人は祖国
 人民のためならば この命おしくはない
 旦那も祖国
 背のちっちゃな幼女軍人が 祖国を救いにアイシャルリターン』
 まったく狙ってなどいなかった層にのみ直撃したソーニャは『同志サーラ、出動である!』と号令、見事な敬礼を残して下がった。
「上官殿、お見事でありました!」
「うむ、かくなるうえは小官、なんでもやらかしてやる覚悟である。同志も適当に尽くせ」
 異様に衰弱した顔で楽屋へ引っ込むソーニャを敬礼で送り、サーラはみかん箱へあがった。
 ソーニャはやり遂げた。部下たる自分がやらずにどうする!?
『っさ、“さーイエロー”の、さーらんだ、らん』
 眼鏡っ娘や……ドジっ娘っぽい……ソーニャ支持に傾いた紳士どもとはまた別の属性を持つらしい紳士どもがざわついた。
 サーラは背筋を這い上る悪寒に耐え、でっかいレンズの奥から死んだ魚の目を巡らせて。
『今日はみんなに、さーらんのこといーっぱい。おぼえていってほしいなー』
 憶えて……眼鏡っ娘……眼鏡……ざわざわざわざわ。
「カルハリニャタン共和国とは、なんぞニッチな輩を引き寄せる呪いでもかかっておるんじゃろうか……?」
 大剣の柄頭で覆面ギャルの肋骨の隙間をぐりぐりしつつ、アクチュエルが小首を傾げた。
「にゃーたんとさーらんの個人的資質なのではないかと……」
 背中のほうに折り曲げさせた腕をひたすらに絞り上げるダブルリストロック(地味に痛い)でギャルを攻めるセレティアが答える。
『さーらんさーらん さーらんはねー
 ちっぱいやっばい身長詐欺だよ しかたないねー (しかたないねー
 でもでもさーらん男の娘じゃないよ ほんとだよー (おとこのこー
 不良キャラと言われて あせって路線変更― (いまでもふりょー
 今ではじょーかんどのと一緒にー 軍人アイドル― (さーらーん』
 合いの手まで自分でまかなうサーラの歌、その内容に稜はズビシ。
「童謡っぽいのに自虐ひどいですね!?」
「でも個人設定的には不良キャラのまま、ですよね?」
 謎の設定データを参照しつつ、リリアがやんわりツッコんだりして。
 なぜか紳士たちも「昔は身長180センチだったらしいのぜ?」とか「結局性別も不確定のままなのだぞ」とか、彼らが知るはずもないメタな情報を……。
 ここでサーラがくわっと吼えた。
『うるせー! そんなことどーでもいーんだよ!
 こちとらこーして歌ってるだけでも体力削って
 いまにもぶったおれそーなやべー状況だってのに
 なんでこんなとこで歌わなきゃなんねーんだよ!!

 さっさと帰って資料室の奥底で ねつぞう……んんっ!
 ゆっくりまったり過ごして―に決まってんだろ!!
 あとあとさっさと愚神引っ張り出してこいや!
 この怒りの矛先向けるやつ連れてこいやぁー!!』
 マイクをみかん箱にぼこんと叩きつけ、「次は稜殿とリリア殿であります」、ふらふら歩き出して、ばったり倒れ臥す。
「最後のはラップというか、心の叫びか。なんにしてもお疲れだな」
「同志には少々、説教が必要なようだ」
 レーヴとソーニャに引きずられ、サーラは退場していった……。

●終盤
「すごく出にくい……!」
 稜の嘆きはごもっともである。
「稜さん、笑顔ですよ」
 左右の口角を人差し指できゅっと上げて見せ、リリアが踏み出した。
 そうだね。稜は意識を集中、自分の中の「アイドル」スイッチを強く押し込んだ。
『みなさん初めまして! 奥の方、僕たちの顔、見えますかー?』
 稜の指さし確認を向けられた人々がわーっと応えた。ここに来てついに正統派が来た。その安心感を与えることが稜の目的だ。
『そちらのみなさんはいかがですかー?』
 リリアの確認に、またもやおーっと声があがる。
 しかけは上々。あとは行動あるのみだ。
『エージェントナンバー、aa0314番!』
 リリアの声と共にイントロがスタート。そして稜が大きく手を上げ。
『ハーイ! 僕の名前は 天城 稜
 21歳 大学生! 学生とエージェントの二足の草鞋
 今日もアチコチ事件発生!
 授業も大切だけど 皆の笑顔はもっと大事!
 今日も パートナーと頑張ります!』
 ビートを効かせたポップな曲に乗せ、歌声とダンスを交差させる。メイド服のスカートから伸び出した脚がなんとも健康的でえろい。
『男の子? 女の子? かわいければどっちでもいいよね!』
 稜の煽りに紳士と小学生がうおおおおお!
「ふむ、性別はあれだが実に正統派なのである。小官らも取り入れていくべき要素だな」
 深く感じ入るソーニャに、サーラが声にならない“ぱくぱく”で答えた。自分たち、色気方面は壊滅的であります……。
「脚か? 脚を出せばいいのか?」
 研究熱心なにゃーたんだが、そういうことじゃあ多分ない。
『リリアー』
 ――リリアが彼とスイッチし、前へ。
『はーい。私の名前は リリア・フォーゲル
 稜の英雄 やってます♪
 好きな物はアイスクリームで 得意な事は癒す事
 皆を笑顔にする為 二人でアイドルになりました♪
 今日も二人で頑張りますから これからよろしくお願いしますね♪』
 メイドの稜が動ならシスターのリリアは静。同じ振り付けでありながら対極を描くふたりに、人々がリズムを取りながら見入る。
『みなさんを癒やして天国にご招待します』
 祈りのポーズも決まった。
 ふたりはみかん箱を中心点に左右へ分かれ。
『セレティアさん!』
『セラスさん!』
 呼び込まれたセレティアとセラスは、わーっとみかん箱に乗って案の定バランスを崩して押し合ったり抱き合ったり、やっと落ち着いた。
『“コミュニズムの赤”セレティアです! 見えますよ、同志のお顔が見えるのです』
 見るからにそれっぽい感じの男性陣、ほっこり。デパートの外で釣った連中ばかりでなく、拡散情報を見てやってきた者も混じっているようだ。
 我が策成れり! 胸の内でほくそ笑むセレティアのとなり、セラスがニヤニヤ笑いを浮かべて。
『“柘榴の紅”セラスでーす。崇高なコミュニズム(共産主義)の赤にふさわしくないアカが見えない?』
「あざとい稚気による集客と、さらに炎上商法ですか……」
 アランがスマホから目を離し、息をついた。
 ふたりはネットへの拡散を促した際、ある思想を信じる層への攻撃を行っていた。共産主義と同じ枠内にあってけして相容れぬ者たちへの。加えて、俗に云うところの右方向な面々にもだ。
 狙いどおり、彼女たちのホームページは大炎上である。
 これで想定したターゲットへは過ぎるほど名前を売った。今後の展開は、まさにふたりの手腕しだいということだ。
『『書き換えて 偉大なる乙女の戦史(ヒストリー)
 届け あなたまで 濡れた赤いカーペット

 ライバルは 失脚 獄中不審死★
 粛清するのよ 家族もろとも
 おくちを噤んで KISS MY BABY

 あなたの隣はわたしの玉座よ
 選挙なんて 必要ないわ』』
 ふたりで声をそろえて歌い上げるが、メッセージ性がアカすぎる!
 しかも“同志”はネットへあれこれ書き込む作業でいそがしすぎて見てないし、なかなかに酷い生き地獄だった……。
『働いた成果は平等に分配ですよー』
『じゃあフィオナとブルームーンに交代するからー』
 バトンならぬマイクを渡されたフィオナは、ただただそれを見下ろすことしかできずにいた。
「やっぱり先に出たほうがよかったんじゃ……しかも大トリって」
 フィオナの背中にわだかまる弱気をぱしーんと叩き払い、ブルームーンは不敵に笑んだ。
「狙うならトリでしょ! はいこれ歌詞カード。ブタから見えないようにね」
 なぜかこれまで秘密にされてきた自己紹介ソングの歌詞。
「――ちょちょブブブルームムムーン!? これは」
「時間押してるからとっとと出るわよー」
 みかん箱の上、生脚を晒して堂々立つブルームーンが満面の笑顔で手を振って。
『屋上のブタどもー★ 群れ集ってくれてありがとー!! “青薔薇の妖精”ブルームーンと?』
 みかん箱の横でもじもじと脚を隠し隠し、真っ赤な顔でフィオナがぽそぽそ。
『“赤薔薇”のフィオナ、です。よ、よろしくです……』
『はーい、よろしくねー』
 先のアカいコンビの毒にやられた人々の反応は今ひとつ薄い。しかしブルームーンはまったく気にせず『音ちょうだい!』。続けてマイクから口を離し、フィオナの耳元で。
「見せてあげなさいよ、きゃわいい赤薔薇ちゃん」
 ピルエット・アンディオール――軸足に対して外に回るバレエの基本ターンを決めたブルームーンは足を下ろし、さらにピルエット。背筋の効いたすばらしいターンである。
「ほう、フェアテじゃな」
 共鳴を解いたアクチュエルがアヴニールに言った。
「こちらの世界のばれえというものじゃな? 確かおーでぃしょんでブルームーンが見せておったのは……ふぇって、じゃったか」
 足を下ろさずに回るフェッテに対し、足を下ろしながら回るフェアテ。名前は似ているが、内容はまるでちがう。
「ブルームーンもじゃが、皆のあぴーる、おもしろいモノぞのう」
 アヴニールにアクチュエルがうなずき。
「うむ。ここでよく学び、さらに前へ進むための一歩の糧としようぞ」
 ふたりがあらためて意を固める間に、人々の目を充分にさらったブルームーンがマイクを構え。
『長女の私はブルームーン♪ 青い薔薇の妖精です♪
 みんなの世界ははじめて ちょっと怖いなこまっちゃう♪』
 たっぷりの茶目っ気にあざとい演技を鬼盛り、尻尾でハートマーク。実にあざといが、それがいい。
 そしてふわっとみかん箱から降りて。
『誰にもやさしいお人よし♪ 妹大好きお姉ちゃん♪』
 妹ということになったフィオナを箱の上に引っぱり上げた。
『妹フィオナはじゅうはっさい 赤い薔薇の妖精です?』
 ほぼ棒読みなのはしょうがない。18歳を詐称するには、彼女の心は綺麗すぎる。
『夢はかわいいお嫁さん
 だって フィオナ じゅうはっさいだもん』
 どこぞの松本さんみたいなことを歌わされるフィオナ。
 会場がざわめく。
 じゅうはち……だと?
 外国人さんはちょっと老けて見えるし?
 ああああああ。フィオナの恥が一気に頂点へ突き上がり――なにかが切れた。
 ここからはもう、独壇場だった。
 きゃわいい衣装にきゃわいいダンス。ブルームーンと最後のターンを決めて、大きな笑顔で両手を振った。
『みんなありがとー。日本大好きー』
 後でそこそこ長い間フラッシュバックに苦しむことになるのだが、それはまた別の話だ。

 覆面ギャルズはさんざん痛めつけられ、覆面まで狩られて全滅した。もともと護衛担当用に用意されたモブゆえの末路である。
「……で、あたちはいつまでちゅかまってたらいいんでちかね?」
 最後に残されたウーが恐る恐る訊いた。
 先ほどから初春に羽交い締められ、ずーっと顔をのぞきこまれているのだ。
「……」
 しかも無言で。
「ばんらいさんはじゅねーぶじょうやくとかごぞんじねぇでちゅ?」
「……」
 じゅるり。
「ひぃっ!」
 なんだか熱を帯びてきた初春の目。狐ににらまれたウーパールーパー状態で、ウーはすくむことしかできなかった(後でアランにリリースされました)。

●結果発表
「次回のセンターですが」
 楽屋に一同を集めたアランはそれぞれの顔を見渡し、声を落として。
「フィオナ様とブルームーン様に務めていただきます」
 きゅう。昏倒するフィオナと、その胸をむにむに踏みつけて喜ぶブルームーン。
「魔界のトップアイドル、伊達じゃないわよねー!」
「なんとなく予想はつくが、説明はしてくれよ」
 レーヴにうなずいてみせ、アランは言葉を継いだ。
「パフォーマンスの完成度はもちろんですが……広範囲の普通人にいちばん支持されたのがおふたりだったので」
 ああ。各員はそれぞれ自分に声援をくれた人々を思い出す。偏っていた。それはもう見事なほどに。
「あくまでも次のライヴでは、です。みなさんはセンターの座は引き続き狙ってください。センターのおふたりはその座を守るよう務めていただければ」
 かくてデビューライブは終了。嵐の予感をにおわせつつ、次なる地獄へと進みゆくのだった。

〈AR(アフレコ)台本風次回予告〉
フィオナ:むむむ無理ですセンターなんて! 25歳だし……
稜:ファン層が予想外でしたけど、負けません!
レーヴ:戦略は立て直すとして、次はなんだ?
アラン:握手会とミニライヴですね。狭いハコでギグっていただきますよ。
ゆら:ひかるんが握手――うちの夫が並びそうで怖いですわねぇ。
サーラ:それより息ができなさそうでありますが……
ソーニャ:脚だな? 脚を出せばいいのであるな?
セレティア:種を――もっと種を植えるのです。
アクチュエル:狭いハコで我と握手じゃ!
全員:次回【地獄アイドル地獄】握手握撃伝心! 君の心に刻めBAN・RAY!
初春:次はひと口、ウー殿をいただきたいですじゃのぅ……!(じゅるり)

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 惑いの蒼
    天城 稜aa0314
    人間|20才|男性|防御
  • 癒やしの翠
    リリア フォーゲルaa0314hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 悪夢の先にある光
    加賀谷 ひかるaa0651hero002
    英雄|17才|女性|ドレ
  • 黒の歴史を紡ぐ者
    セレティアaa1695
    人間|11才|女性|攻撃
  • 柘榴の紅
    セラスaa1695hero002
    英雄|9才|女性|ソフィ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • 我らが守るべき誓い
    ソーニャ・デグチャレフaa4829
    獣人|13才|女性|攻撃



  • タレンテッド・ゴールド
    レーヴaa4965
    人間|26才|男性|攻撃
  • フェアリー・アイリス
    リリアaa4965hero001
    英雄|10才|女性|ブレ
  • 似て非なる二人の想い
    アクチュエルaa4966
    機械|10才|女性|攻撃
  • 似て非なる二人の想い
    アヴニールaa4966hero001
    英雄|10才|女性|ドレ
  • さーイエロー
    サーラ・アートネットaa4973
    機械|16才|女性|攻撃



  • 鎮魂の巫女
    天城 初春aa5268
    獣人|6才|女性|回避
  • 笛舞の白武士っ娘
    天野 桜aa5268hero001
    英雄|12才|女性|ドレ
  • 赤薔薇のにじゅうごさい
    フィオナ・アルマイヤーaa5388
    人間|25才|女性|攻撃
  • 青薔薇の妖精
    ブルームーンaa5388hero001
    英雄|20才|女性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る