本部

【森蝕】連動シナリオ

【森蝕】研究所を調査せよ

茶茸

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/03/06 23:10

掲示板

オープニング


「すみません、ちょっとドア開けてもらえませんか」
 ガンガンとドアの下側を蹴る音がしたかと思えば、向こう側から声が掛かった。
 近くにいたエージェントが扉を開くと、両手に鞄とボックスを提げ、小脇にファイルの束を抱えたタオ・リーツェンが顔を出す。
「ありがとうございます。まだこっちの電力は復旧していなくて……」
 本来ドアは自動で開くタイプなのだが、ラグナロクとの戦いが漸く終わりインカ・ギアナ支部は復旧の真っ最中。
 早急に復旧しなければならない所も多く末端までは手が回っていないのが現状だった。
 タオが戦争中に壊した義眼と義手が元に戻っていないのも、自分以外の職員やエージェントの回復と支部の復旧を最優先したかったからだろう。
 インカ・ギアナ支部の殉職者は少なくはない。生き残った人員は戦争中とはまた違った戦いを続けているのである。
「お待たせしました。ではブリーフィングを始めましょう」
 ラグナロクとの戦いはH.O.P.E.側の勝利に終わり、ラグナロクは壊滅した。
 しかし、勝って終わりと言う訳にはいかない。
 支部だけではない。滅茶苦茶になったアマゾンの密林、被害に遭った集落の復旧や支援、今だ完全に消えていないドロップゾーン、ラグナロクの従魔に刻まれていたナンバリング、AGWの技術を盗用したと思われるRGW、愚神パンドラから齎された『研究所』の情報、残されたラグナロクの本拠地。
 片付けなければならない事は山積みだ。
「皆さんには『研究所』の調査を行ってもらいたいのです」
 愚神パンドラから得た情報で研究所の場所も判明している。
 プロジェクター型RGWが設置されていたようだが、それも『スルト』の余波で壊れている。
「周辺一帯に従魔、愚神の反応はありませんが、研究所の建物内部にライヴス反応があります」
 内部に何があるか分からない以上、念には念を入れてエージェントを中心に調査隊を組織して乗り込む事になったのだ。
「何せあのラグナロクの研究所ですからね」
 その言葉に含まれたものを、エージェント達はそれぞれの思いと共に感じ取った。
「多分、と言うか確実に嫌なものを見る事になると思います。心して下さい」
 研究所はスルトの余波を受け地上部分が崩壊しているが、本命は地下にある。
「まずは全員で突入、その後各階に別れて調査する予定です」
 各階のライヴス反応には差がある。最も大きな反応がある場所では従魔やRGWが残っているかもしれない。
 残っている物は可能な限り回収・記録したい所だが、あまりに大きな物や危険性がある物を持ち帰るのは難しい。
 毒物やウイルス、細菌のような物があれば記録だけ取っておく。後日安全に運搬、管理ができる態勢を整えてからになるだろう。
「それと研究所にはまだ生きている『サンプル』が残っている可能性もあります。残酷な事を言うようですが、現状H.O.P.E.に助ける術はありません。酷いと思われるでしょうが、ご理解を。辛いなら私に声を掛けて下さい」
 声を掛けてどうなるか。エージェント達はすぐに理解した。
 重い空気が漂ったが、ブリーフィングはまだ続く。
 調査にはタオの他、捜索・調査を得意とする支部のエージェントや研究員、技師も加わる事になっている。
 難しい機械の捜査や取り扱いが分からない物品があれば彼等がサポートする。
「それでは皆さん、張り切って行きましょう」
 半月状になった糸目には新たな技術資料を求める研究者としての期待が見て取れた。
 技術知識は使い方次第。あの恐ろしいラグナロクの技術も利用できるものは利用して、傷付いた自然を癒す助けにしたい。
 戦争を終えた今、アマゾンマニア達は少しでも早く愛するアマゾンに没頭できる日々を取り戻したくて仕方ないのだ。

解説

●目的
 『研究所』の調査
 1~4のサンプルを作りました。全て行くと描写が薄くなるので目的をしぼった方が良いでしょう。
 他のPCと組む時は名前かID、またはグループ名を記載してあると助かります。
 
 1.地下1階の調査(戦闘なし)
 2.地下2階の調査(戦闘あり)
 3.昼食の準備、シャワー・トイレユニットの設置など、調査以外の活動(戦闘なし)
 4.その他(1~3以外でやりたい事があれば。採用が難しく他に書いていない場合は3に行きます)

●状況
・アマゾン密林奥地/晴れ
 研究所には早朝に到着。一日かけての調査が予定されている。昼食休憩あり。持ち込みも可。
 洗浄、消毒用のシャワーユニットやトレイも用意されている。

●研究所
 地上を除き電力が生きているようで一定の温度に保たれている。
 残っているのはイマーゴ級~ミーレス級の『不良品』。

・『地上階』
 崩壊しているが瓦礫の撤去は粗方済んでいるのでそのまま地下へ。

・『地下一階』
 機械類が多くここが研究所の中心部と思われる。
 より多くのデータ、資料の回収が期待される。

・『地下二階』
 各種『サンプル』が集中していると推測される。
 資料を集めるよりも残された『サンプル』の対処が中心になる。

・『地下三階』
 広い空間になっている。改造従魔やRGWのテスト用か。

●NPC
『タオ・リーツェン』
 1.2.で活動している。3は呼ばれたら行く。
 基本的に調査に集中して戦闘には加わらないが、声を掛ければ参加する。
 また『サンプル』の扱いに困った場合も声を掛ければ全てやってくれる。

『アマゾンマニアの皆さん』
 1~3まで満遍なく活動している。
 調査、運搬等幅広くサポート。非能力者もいるため無茶は避ける。

リプレイ

●地下一階調査開始
 研究所周辺一帯の木々は薙ぎ倒され、瓦礫の小山がそこかしこに作られている。
 元はそれなりに大きさがあったであろう建造物も、瓦礫をどかされた今は床板と申し訳程度に残った壁の残骸を空の下に晒されていた。
 地下へと続くエレベーターや階段も破損していたが今は調査のために簡易エレベーターが設置され、地下では調査チームが活動していた。
「各階にコンテナを設置します。発見した資料や即回収しても問題のない物を入れるのに使って下さい」
 エージェント達はタオ・リーツェン(az0092)の説明を聞いた後、各々の目的の場所に散って行く。

「ここがパンドラの言ってた研究所……」
 木陰 黎夜(aa0061)はオートマッピングシートを手に歩く。
 地下一階は計画して作られた壁はなく、必要に応じて付けたらしい仕切りによって部屋が作られている。
 ホワイトボードに長机と椅子くらいしか置かれていない場所もあれば、所狭しとコンピューターが並んでいる場所や何らかの工作室にも見える場所もあった。
「油断なく行くか」
 アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)もハンディカメラを手に動画を撮りながら進む。
 ドリンクサーバーが置かれた休憩所らしき場所、両手では足りない数のディスプレイが並んだ場所も一つ一つ確認して行く。
 マッピングが粗方終われば今度は各部屋の調査だ。
 奥の方にあった細い培養槽や試験管のような物が並ぶ一室を選び試験管の中身や刻まれた記録を撮影していくが、一つの培養槽をじっくり見た時思わず手を止めた。
「黎夜、大丈夫か? 気分が悪くなったら一度外の空気でも吸いに行こう」
 アーテルは急に手を止めた黎夜が俯いた事に気付き、さりげなく培養槽の前に立って視界を遮る。
 培養槽の中に元は生物の体の一部らしい、ただし明らかに異形と化した物が浮かんでいたが、それには小さく幼い人間の手が生えていた。
「うん……今のところは、平気……。気分が悪くなる資料も、確かに多いけど……ホラーじゃねーなら、まだ平気……」
 培養槽が置かれているのは地下一階ではこの部屋だけらしい。
 『不良品』となったサンプルの『パーツ』を集めたらしく、何故一部だけになったか、この後どうするかは部屋に残っていた資料から理解した。
「……『パーツ』と言えば、ほら……パンドラが盗まれた大事な物……」
「ああ。確かあばら骨とその周りの肉、だったか」
 黎夜もパンドラとラグナロクの関係を疑っている一人だ。
「それをラグナロクが利用したのかもしれない」
 目の前の試験管や培養槽に漂う小さな「パーツ」となってしまったもの。
 ラグナロクの戦いで現れた数々の従魔と狂っているとしか思えなかった幹部達。
 それらが人の手だけで行われたとは考え難かった。
 コンピューターに記録されたデータの多くは個人を特定しにくい形式で保存されており、アトルラーゼ・ウェンジェンス(aa5611)とエリズバーク・ウェンジェンス(aa5611hero001)の情報収集も難航していた。
【Co121.より。ファイル80、事例10の実験記録を五日以内に送るように。なお―――】
「これではよく分かりませんね」
 アルファベットや記号で肝心の所が意図的に隠されているデータを見てアルトラーゼはむうと唸る。
 エリズバークの方を見るとそちらも同じらしく首を横に振った。
「データの復元やサルベージを行えば何か分かるでしょう」
 所々単語として成り立っていないような箇所があり、簡単な暗号になっているとも考えられた。
「マガツヒとラグナロクの関係を表すものでもあればと思ったのですが……」
 アトルラーゼはエネミーとパンドラの言葉を思い返す。
 ラグナロクとの戦いが終わり資料を読み返して違和感を覚えたアルトラーゼは、この戦いは誰かに仕組まれたのではないかと思っていた。
「まるでH.O.P.E.がラグナロクを倒す様に仕組まれているようではないでしょうか? 私でしたら支部をきちんと殲滅してからおびき出しますよ」
 エネミー、パンドラ、そしてマガツヒが裏にいるのではと考える者はアルトラーゼだけではない。
 調査に参加した多くのエージェントがその関係を疑っていた。
「研究所、ね……」
 アリス(aa1651)とAlice(aa1651hero001)がまず手を付けたのはRGWに関する情報だった。
「まずはRGWの事を集中的に調べようかな」
 仕切りで作られた部屋の中か工作室にも見える場所を選ぶ。
 どのタイミングでラグナロクの負けを察して撤収したのか、工具がいくつか散らばり鍵すらかけられていないデスクの中身が残っている物もある。
「アルター社のでしょう、盗まれたんだっけ?」
「……って、向こうは言ってるらしいけどね」
 部屋に置かれたホワイトボードは研究員同士で何か話し合っていた時に使った物だろうか。
 うっすらと残った文字は部屋に残った資料と同じく英語が中心のようだ。
「これ、筆跡鑑定できそう」
 引き出しの裏側に落ちていた紙はRGWと思われる物の実験結果が書かれていた。
 プリントされた機械による文字のあちこちに後からペンで手書きしたらしい印や「出力に不安」「素材を変えるべきか? 部品から見直すか?」など走り書きがある。
 自分達が選んだ部屋が辺りと見た二人は同行していたギアナ支部の技師を呼び、部屋に置かれたコンピューターの調査を頼んで情報を集めて行く。
「あれだけの軍勢を揃えるくらいだから改造にも何か合理的な手法が用いられていたのかな」
 玖渚 湊(aa3000)とノイル(aa3000hero001)はデスクに残されたファイルや紙束を集めて行く。
 持ち出された物は多いだろうが、残された物がまったくの無価値なわけではない。一つたりとも見逃せない。
「あのパンドラとかいう愚神の能力も使われたような感じ?」
「ライヴスを組み替える、とかかな?」
 手にした物はざっと目を通していく。
【―――被検体H026は細胞α投与から2時間05分、末端に壊死を確認。5時間41分で壊死は全身に及び死亡】
「……多いな」
 目を通した物の殆どが『死亡』と言う記述で占められていた。
 しかし、生き延びたとして待っている未来はラグナロクの従魔だとしたらどちらがマシだろうか。
「何かを見付けた所で過去は変わらねぇ……」
 ゼム ロバート(aa0342hero002)の声を聞きつけた笹山平介(aa0342)は吐き捨てるような台詞に静かに返した。
「過去は……ね」
 そっぽを向くゼムに笑みを浮かべるが、その手元は忙しなく動いている。
 ゼムと平介が調べているのは並んだコンピューターに残されたデータだ。
 被検体のリストは特に隠す必要がないと考えられていたのかすぐ発見できたが、その全てが「被検体」や「素体」にアルファベットや記号を付けられ個人名がない。
「この分では彼の本当の名前も分かりそうにないですね」
 彼―――ラグナロクの幹部であったフレイの情報を見付けられたらと思っていた平介だったが、その思いは叶いそうにない。
「平介、これを見ろ」
 ゼムが放り投げてきた物を反射的に受け取る。
 革表紙の厚みがある冊子だった。
「これは……研究員の手記?」
 研究員らしき人物が様々な実験に対して自分の思い付きや感想を書いた物らしい。几帳面な性格が想像できる大きさの揃った文字。
 手記には個人のイニシャルと思えるものが時々出て来る。
「もしかしたら……」
 平介は持ち込んだノートパソコンを開いた。
 インカ・ギアナ支部の職員名簿を開き、該当するイニシャルの職員がいないか確かめてみる。
 平介は確たる証拠がないまま無用の混乱を起こすまいと他の仲間には黙っていたが、支部の職員やM・Aの事も怪しんでいた。
 ラグナロクの動向はまるでインカ・ギアナ支部の動きを察知していたかのようなものがいくつかあったからだ。
「パンドラやアウタナについて書かれたと思われる資料は?」
「今の所それっぽいのはねえな」
 職員名簿と手記を見比べながらファイルの中身を確認していたゼムに聞いてみるが、実験の事は書かれていてもやはり名称が記号で書かれているため特定が難しいと言う。
 ならば特定できるものが見付かるまで探せばいい。
 幸いにも地下一階の調査にはエージェントだけでなくギアナ支部からも多くの職員が参加している。
「……」
 この中に疑わしい者がいないようにと願い、平介は調査を続けた。

●地下二階、『サンプル』の最期
 地下一階に残った仲間と分かれたエージェント達が地下二階に降りると、全く異なる光景があった。
 天井からつり下げられたディスプレイとコンソール。いくつもの培養槽と中に浮かんでいる異形。壁の一面はガラスが嵌め込まれており、近付いて見れば地下三階と思われる広い空間を覗き見る事ができた。
「研究所、か……おそらくはヒトを従魔にする為の」
 海神 藍(aa2518)は培養槽の一つに近付き、薄く色のついた液体の中に浮かぶ物を見詰める。
 ラグナロクとの戦いで何度も確認された「ウールヴヘジン」に似ていたが、明らかに異形化が進み全身が壊死している。
 培養槽のプレートには死亡した日時が書かれていた。
「ここで、その研究がおこなわれていたのでしょうか」
 サーフィ アズリエル(aa2518hero002)が隣に並び同じ物を見上げる。
 ウールヴヘジンを見て思い浮かべたのは以前遭遇したマガツヒの愚神「ヤマザル」だった。
 この研究所の情報を齎したパンドラは自身のあばら骨と周辺の肉を奪われたと言っていたが「ヤマザル」のもとになったのではないか、もしくはパンドラの内部に素になる何かがあるのではないだろうか。
 サーフィの疑問に藍は軽く首を振る。
「調査や記録は玖渚さん達の方が適任だろう、私たちはまず……」
「ええ、行きましょう、にいさま……平等な死を齎しに」
 地下二階には『サンプル』が多く残っている。
 今見た培養槽のようにすでに死んでいるものもいるが、中にはまだ生きているものもいるはずだ。
 しかし、放棄されたこの場所に捨て置かれた『サンプル』が生きていたとして未来があろうはずもなく。
 この調査に同行しているタオ・リーツェンは辛いなら任せていいと言っていたが、その言葉に甘える者はこの場にいない。
「多分、これで最後だと思うから……私が行く」
「月夜」
 沖 一真(aa3591)は自分が戦うと言った月夜(aa3591hero001)を諭す。
「リンカーは二人が心を通わせて初めて力を出せる。お前だけが背負うのは、背負わせるのはリンカーとして……人間として間違ってる」
 これから自分達がやる事を一人で背負わせまいとする一真の思いを月夜も受け入れ、共に自分達の行いとその業を分かち合うために共鳴する。
「御屋形様……」
 二人から一人となった一真を「御屋形様」と呼ぶ三木 弥生(aa4687)はすでに三木 龍澤山 禅昌(aa4687hero001)と共鳴を済ませ、武器を手にしていた。
「私は御屋形様を御守りするために、敵を斃すことに躊躇いは御座いません……ですが、出来る事なら……いえ、なんでもないです」
 弥生は一真の表情にその先を言うのを止め、護衛のために側に付く。
「どのような事情があれど、従魔は従魔。人に仇名す存在。私はそれを退治するものです」
「ありがとう弥生」
 一真の声にカシャンとガラスが砕ける音が重なった。
「シン、ニュウ……ハッケ、ン……ゲイゲ……キ、ゲキ……テキ、シンニュウ……」
 溢れ出す不凍液に千切れるコード。
 異常に発達した筋肉に覆われた体が床に立つと、他の培養槽が割れる音が続く。
 そして現れる生き延びた……生き延びてしまった『サンプル』達。
「警報の類は動いていません」
 弥生が罠師で確認した所、地下二階には侵入者に対する罠はなかった。
 この『サンプル』は元から侵入者がいた場合に行動するよう作られたのだろうか?
「……こいつらは元は人間で、帰るべき場所があるなら、俺達の手で還してやるべきだ」
『人として死ねなくとも、ひととして送ることは……』
 一真と月夜が覚悟を決める。
 弥生が一真を守るべく前に出る。
「”こちらに来い”―――今楽にしてやる」
 一真のライヴスを纏った言葉は近くにある機器類を破壊しないようにと言う意図もあったが、早く楽にしてやるたいと言う気持ちも偽りなくあっただろう。
「御屋形様、ここは私にお任せください……いえ、私にやらせてください」
 弥生はあえて危険を呼び込むを庇うように盾を構え、敵と対峙する。
 体の各所にアイアンパンクのような機械を装着、と言うより埋め込まれている人型。
 体毛が一切なく、頭部に書かれたナンバリングがはっきり見える。
「……このもの達は……自らの意志を持って私達に向かってきているのでしょうか……何故、何故『不良品』でなければならないのでしょう?」
 喋っていたのは目の前の人型だ。
 しかし、レンズが嵌め込まれた眼窩からは意志の有無が判別できない。
「生きているものに品定めをしなければならないのですか? 私には分かりません……まだ生きているのに………」
『おいガキ、無理なら引っ込んでた方がいいんじゃねえか?』
 ほら見ろ、お前の大事な「御屋形様」はもう手を下したぞ。
 禅昌の言葉に振り向けば、一真の足元にはブルームフレアで焼かれた『サンプル』が倒れていた。
 背や手足に骨組みだけを残して焼け落ちた翼があった所を見ると、あれはヴァルキュリアの『不良品』だったのだろうか。
「弥生、楽にしてやろう」
「……はい、御屋形様」
 一真に答え、弥生は女郎蜘蛛で集まってきた『サンプル』を絡め取った。
「目を反らしてはならない仕事だ」
 藍の前にいる『サンプル』は人の形をした植物と言えばいいのか、植物に取り込まれつつある人と言えばいいのか、そんな中途半端な形状をしていた。
『気分の良い仕事ではありませんが』
 サーフィは藍の決意を肯定する。
『ですがにいさま。死は時に救いともなるものだと、サーフィは思います』
「三木さん、私達が躊躇っていてもきっと彼等の苦しみを長引かせるだけです」
 せめてかつて人だったものに、平等で安らかな死を。
 願いを込めて藍が剣を振るう。
 吹きだす血はもう人の色をしていなかった。
 地下二階に放棄されて『サンプル』は動作が鈍く、中には体が壊疽や動作に問題のある変形をしている者も少なくない。
 そんな『不良品』と五体満足のエージェント達の戦いの結果など、悲しい程に明らかだった。
 水落 葵(aa1538)とウェルラス(aa1538hero001)は他の仲間とは少し離れた場所にいた。
 共鳴し戦っているのかと思えば、その腕に武器は持たず下半身までもが変形し床を這いずってきた『サンプル』を抱き上げている。
「アンタ名前は? 俺は葵ってんだ」
 鋭いがおかしな方向に曲がった爪に引っかかれても、虫の複眼のような目を見て話しかける。サンプルの口から細く「ママ……」と聞こえたのだ。会話ができるのであればせめて遺言を聞いてやりたかった。
「ママ……ママ……」
 葵の肩に牙がぞろりと並んだ口が噛み付く。
『葵……多分、それ以上の言葉はないよ……』
「……ああ」
 ウェルラスの指摘に頷き、おそらくは母親を恋しく思うくらいの年齢だったであろう頭を撫でてやる。
 毛髪は無く、かと言って人肌の柔らかさもなく、瘡蓋が重なったような頭だった。
「なりたくてなったわけじゃねぇもんなぁ、嫌だよなぁ、辛いよなぁ……ゴメンな」
 グリムリーパーを振り上げる自分の姿はこの『サンプル』にはまさに死神のように映るだろうか。
 それとも、もう何かを判断できるほどの自我も残っていないのだろうか。
 動かなくなったサンプルを見下ろしていると、携帯していた通信機が鳴った。
「よう不知火サン、一人でそっちに行って寂しくなったのか?」
 通信の相手を確認してからかうように言うと、通信機の向こう側が軽く舌打ちするのが聞こえた。
『戦闘が起きたようなので状況を聞いたまだ。それと、一人ではない』
 雪道 イザード(aa1641hero001)も一緒だと言う不知火 轍(aa1641)の心底嫌そうな声に、葵は笑う。
 ああ、少しは気分がマシになったかもしれない。
 地下三階に降りた不知火の方からはガラス面に時々異形が見え、液体が飛び散っているとしか見えなかったと言う。
 どうやら地下二階の音が一切聞こえないほど念入りに防音してあるらしい。
 何が起きたか説明すると轍は少し黙り込み、窺うような声音になった。
『必要なら僕達も行くが』
 轍が言外に含めたものに気付き、葵はこう返した。
「サンプルを救いたいとはこれっぽっちも思ってない」
『おい』
「あー、そりゃこんな目にあったら辛ぇよなぁ程度の同情はあっけどな。学校とかで習わんかったか? 「されて嫌な事は相手にしてはいけません」って」
 通信機から一旦手を放して武器を振るう。
 近寄ってきた灰色の異常発達した筋肉に覆われた人型が倒れる。
 目を奥の方にやれば、仲間達が他の『サンプル』を粗方倒し終わり、こちらの方を窺っている。
「ラグナロクのお偉いサン共は自分から望んだだろうが、コイツ等は概ね自ら望んでない、人間のままでいたかった連中だろうよ。助けられん以上、せめてできんのは人間扱いしかねーからな」
 『サンプル』が元々人であった事を知っている自分達ならば、せめて彼等を人らしく葬ってやれるだろう。
『それしかできないからね』
 そう言ってくるウェルラスにうるせえよと返してから通信を切る。
「さて、コイツ等を送ってやらないとな」
 全ての『サンプル』が動かなくなり、俄かに騒がしくなった地下二階に静寂が戻った。

 地下二階の処理はギアナ支部から来た職員達も加わって手早く済まされた。
 培養槽ではなくコンソール付きのケースに入れられたRGWと思われる物は、まだ地下一階にいた技師達を呼んで調べてもらう。
 まだ培養槽に残っている『サンプル』の対処も技師や研究者に任せ、エージェント達は自分達が倒した『サンプル』を地上に運ぶ。
「”彼等”はこちらで預かりますよ。ここで埋葬するのは忍びないでしょう」
 運搬をサポートする職員とタオはこの事を想定して準備していたらしい。
 案内された特殊なコンテナに遺体を運び込む。
「……酷い……酷すぎます……。何故このような事が……」
 弥生は戦闘の後、すぐに弔ってやりたい気持ちを抑えて遺体の調査を行った。
 一真を手伝い遺体の形状の他、何か元の人間であった頃の面影や手掛かりがないかも調べたが、原型など留めていないと思い知っただけだった。
 閉じられたコンテナの扉の前で経を唱える。
 できるなら荼毘に伏してあげたかったが、タオを始め研究員達がそれを止めた。
 『サンプル』はここで行われた実験の重要な証拠であり手掛かりだ。
 検死と同じような物だと無理矢理自分を納得させ、気休めと分かっていても少しでもと心を込めて経を唱え続ける。
『(……っは、ガキが。せいぜい無駄な苦労を頑張る事だな)』
 禅昌はそれを冷めた気持ちで聞く。
『(死んだ奴に何をしても無意味だと分かっているだろうに)』
 その言葉は事実だろうが、だからと言って何もしないでいられる者は少ない。
「願わくば、どうか、安らかな眠りを」
 藍は持って来た花束をコンテナの一角と研究所の外に分けて供える事にした。
 酒は彼等が最期を迎えたこの地に注ぐ。
「……どうか、地に縛られず、生を羨まず。各々の信じる神や精霊の名のもとに召されんことを」
 サーフィの祈りに続き、この場に集まった者はそれぞれのやり方で祈りや黙祷を行った。

●地下三階
「……早く、終わらせよう」
「しっかり働きましょうね!」
 地下二階の事を聞いた轍がそう言うと、イザードが明るく応えた。
 本当なら轍がサボる気満々だった事に気付いていたため、地下二階の話を聞いて気が変わったのがうれしいのだろう。
「……わかってる」
 地下三階には今別の階の調査を一段落させて移動してきた湊や藍達もいる。余計に一人サボっているわけにもいかなくなった。
 地下三階は頑丈な床天井と壁に囲まれた広い空間だった。
 所々に何らかの機械らしい物はあるが、地下一階から来た湊は勿論、地下二階から来た藍にとってはほとんど何もないに等しい。
 何よりも目立つのはあちこちに刻まれた傷や何かの汚れだった。
「少し探してみましょう、ここなら新品、未開封のRGWがあるかもしれません。……出所が気になりませんか?」
 サーフィがそう言うと、藍だけでなく轍と湊も「確かに」と頷く。
「ぱっと見、ここは武器や『サンプル』の試験場に見える。新品や未開封のRGWは難しいかもしれないが、テスト用の物ならあるかも知れない」
 轍はAGWの攻撃の余波で出来た物と酷似した痕を見て調査を始める。
「罠師に反応はないが、床や壁に色々と仕掛けがあるな」
 そう言った場所の近くにはコンソールも設置されている場合が多い。
 こちらのコンソールは実に単純で、物によってはONとOFFしかない物もあった。
「これは……ただの銃、ではありませんよね」
「RGWだろうな」
 壁の仕掛けから出て来たのはロボットアームの先に取り付けられた銃火器が多かった。
「二階の『サンプル』をあのエレベーターで降ろして……」
「RGWの的に?」
 嫌な予測に轍とイザードはお互いに顔をしかめる。
 床や壁に残っている痕跡を見れば、その予測が当たっているとしか思えないので余計不快感は強い。
「拘束具の類はないな。この場に『サンプル』を解放して実験していただけだろうか?」
「ここは実験と言っても戦闘能力を見るための実験場だったようですね」
 一体どんな実験風景だったのだろうかと考えていると、通信機から地下一階と地下二階で映像記録が発見されたと報告があった。
 上を見上げると地下二階にいるエージェント―――葵が手を振っているのが見えた。
 思わず轍顔をしかめたが、映像記録の内容を聞くと別の嫌悪感に益々眉間にしわが寄る。
『地下三階はサンプル同士を戦わせたり、RGWの『射撃実験』が主目的らしい。多分、使えなくなったサンプルの始末も兼ねてな』
 この後自分も地下三階に行くと言う葵の通信は途中で切り、轍は調査を再開する。
 調査は今日一日。長々と話しているわけにもいかないからなと理由を付けて上でおかしそうに笑っている葵の顔は意識から除外した。
「そういやなんで従魔にRGWなんて持たせるのかね」
 ロボットアームに装着されたRGWを見てノエルが疑問を口にした。
 港とノエルはラグナロクにアルター社が一枚噛んでいると考えている。
 ラグナロクが使っていたRGWについてアルター社はAGWの技術を盗まれたと言っていたが、それを素直に信用するつもりはない。
「戦争起こして大儲けしようぜ! みたいな感じ? 愚神的にも都合が良いので手を組もうぜみたいなさ。で、ラグナロクはただのスケープゴートでしたってね」
「うわ、滅多な事言うなよ」
 わざと軽い感じで言うノエルに合わせて湊も大げさに言い返すが、それを聞いていた藍は真剣にその内容を吟味し始めた。
 ラグナロクとの戦いで確認されたRGWの数に加え、あれほどの規模の改造従魔を作るとしたら相当な規模の設備が必要になるはずだ。
『一階の方にはRGWの工場があるとか、それがどこだとかって資料はなかったよ』
 通信機を通し地下一階の調査を続けている仲間からも情報が入ってくる。
 今のはRGWについて調べていたアリスからだ。
 持ち込んだメモ帳やファイルを改めてみているらしい音も聞こえて来る。
『改造従魔もRGWも簡単に作れる物じゃないし、いくら霊石や技術の情報を得たところで作るとしたら相当大きな場所が必要だと思うんだよね』
 改めて研究所の内容を考えて見れば、既に作られている物に対する実験研究が殆どで『作っている過程が見られる』場所が存在しなかった。
「では、作られた工場が別にあると?」
 話が気になった轍が一旦手を止めて通信機越しのやり取りに加わって来た。
『具体的な方法はまだ分かりませんが、改造従魔は愚神の血肉を媒体に新たな愚神を作るための実験に利用されたのではないでしょうか』
 次に聞こえてきたのは平介と黎夜の声だ。
『そのような大それた事をできるだけの設備があるとはえません』
『資料を置いてるだけの地下一階でもこれだけの広さがあるんだ。地下二階のサンプルを作るだけでもここじゃ無理だと思う』
「調べてみたら搬送用らしい通路らしい場所があった。途中で崩れていたが、もしかしたら『工場』とやらに繋がっているかもしれない」
 轍は壁の一角にぽっかりと開いた場所を指す。
 壁の仕掛けを調べていた時に見付けたのだが、おそらく研究所から撤退する際に潰していったのだろう。その言葉通り途中で通路は破壊されて流れ込んできた土や岩で塞がっていた。
『マガツヒかアルター社、どちらかと裏で繋がっていた可能性はあるでしょう』
 アトルラーゼが見つけた資料の中でも会社名、または人命と思われる個所は記号や暗号で誤魔化されていたが、全体を読めば何らかの商取引の事が書いてあると察する事はできたと言う。
『もしラグナロクが単に利用されただけだと言うなら直接の取引があったかも怪しいですが、少なくともこの研究所は外部と商取引をできるだけの繋がりはありました』
「通路が使えたらよかったんだが、あれは一朝一夕ではどうにもならないな……」
 轍は悔し気に塞がっている通路を見たが、ギアナ支部の職員に連絡して通路の復旧とその先の調査を任せる事にした。
「僕達は引き続き自分達で出来るだけの事をする。一階と二階は何か進展があったらまた通信を入れてくれ」
 轍はまた調査に戻り、それを皮切りに他のエージェント達も自分の持ち場に戻って行く。
 その後も各自の調査は続けられ、自分の調査を一段落させたエージェント達は他の仲間の調査を手伝い、またギアナ支部の技師や研究員達に頼まれて動き回ったりと忙しく働く。
 気が付けば日は落ち始めていた。
「皆さんお疲れさまでした。調査はここまでにしましょう」
 タオが声を掛け、悲喜交々の調査は終了となる。
 エージェント達を中心に行われた調査の結果、研究所に残された資料は大型の機械や害のある細菌類など、運搬が難しい物以外すべて回収する事ができた。
 回収できなかった物も専門の技師や機器を使って引き続き調査を行い、運搬できる態勢を整える事になる。
 エージェント達は一足先にヘリコプターでギアナ支部に帰っていった。

●調査結果
 集められた資料を基に暗号の解読や情報の統合を行った結果、研究所で行われた実験や『サンプル』の事が判明して行った。
 研究所の情報を齎したパンドラだったが、ラグナロクの改造従魔には『パンドラ細胞』が使用されている事が判明した。
 意図的に記号や暗号で隠されていた部分を解読すると実験初期ではパンドラ細胞を中心として、各種従魔や獣から作り出した人工的な細胞、薬品が使用されている。
 実験の中期あたりからはどういったルートからかまでは分からなかったものの『霊石』の存在も確認される。
 資料によればパンドラの細胞を埋め込まれた被検体は発狂し、言動・人格の崩壊が確認されていた。
 個人名こそ確認できなかったものの、情報を統合し『バルドル』『トール』『フレイ』『フレイヤ』と思われる被検体の資料が発見され、彼等の人格崩壊やウールヴヘジン、ヴァルキュリアの異常な言動と狂化はこの『パンドラ細胞の副作用』であると分かった。
 またパンドラとは別の愚神と思われる存在が見え隠れしており、研究所の実験が予想以上に非人道的である事、愚神が実験に関わっていた事は明らかだ。
 あの研究所そのものはラグナロクの活動地域にあった事から『実践テストを行う事に主目的を置いた支部』のような扱いであった事も判明している。
 研究所の関係者はあまり多くない。
 研究員は別の場所での活動を主体としており、あの研究所に派遣されていたらしい。
 それだけの研究施設や設備を整えられる資産家や大きな組織が背後にいる事は間違いないだろう。
 あの研究所の後援者が誰か、もしくはどこなのか、そう言った情報は流石に破棄されていたが、残された手記、ホワイトボードに残っていた文字、資料の走り書きなどに筆跡が残っている。
 実は暗号の解読にはこの手記や走り書きが役に立っており、他にも何かしらの情報に繋がるかもしれないと調査が続けられている。
 エージェント達が疑っていたパンドラとラグナロクの関係は今の所『細胞』と『実験』以外の繋がりは見付けられない。
 マガツヒについてはそれらしい情報が見付かっていない。
 単に記録が抹消されているだけか、それともマガツヒとは別の組織によるものかは不明だ。
 ただ一つ確実な事がある。
 ラグナロクの―――アマゾンの密林で行われた多くの人々を犠牲にし、悲劇を生んだあの戦いは改造従魔やRGWの性能を見るための実証実験であったのだ。
 あのバルドルをはじめとした幹部達ですら『研究所』にとっては『実験体』に過ぎない。
 この結果にエージェント達がどんな感情を抱いたとしてもラグナロクを、彼等の犠牲となった人々をただの実験台として扱った何者かの正体を暴くにはまだ時が必要だった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 薄明を共に歩いて
    木陰 黎夜aa0061
    人間|16才|?|回避
  • 薄明を共に歩いて
    アーテル・V・ノクスaa0061hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • 分かち合う幸せ
    笹山平介aa0342
    人間|25才|男性|命中
  • どの世界にいようとも
    ゼム ロバートaa0342hero002
    英雄|26才|男性|カオ
  • 実験と禁忌と 
    水落 葵aa1538
    人間|27才|男性|命中
  • シャドウラン
    ウェルラスaa1538hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • その血は酒で出来ている
    不知火 轍aa1641
    人間|21才|男性|生命
  • Survivor
    雪道 イザードaa1641hero001
    英雄|26才|男性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 難局を覆す者
    サーフィ アズリエルaa2518hero002
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 市井のジャーナリスト
    玖渚 湊aa3000
    人間|18才|男性|命中
  • ウマい、ウマすぎる……ッ
    ノイルaa3000hero001
    英雄|26才|男性|ジャ
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 護りの巫女
    三木 弥生aa4687
    人間|16才|女性|生命
  • 守護骸骨
    三木 龍澤山 禅昌aa4687hero001
    英雄|58才|男性|シャド
  • …すでに違えて復讐を歩む
    アトルラーゼ・ウェンジェンスaa5611
    人間|10才|男性|命中
  • 愛する人と描いた未来は…
    エリズバーク・ウェンジェンスaa5611hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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