本部

【白刃】碧のニンフォマニア

白田熊手

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2015/10/26 19:44

掲示板

オープニング

●H.O.P.E.
「……老害共が、好き放題に言ってくれる」
 H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットが会議室から出た瞬間、幻想蝶より現れた彼の英雄アマデウス・ヴィシャスが忌々しげに言い放った。
「こらこらアマデウス、あまり人を悪く言うものではないよ」
 老紳士は苦笑を浮かべて相棒を諌める。「高官のお怒りも尤もだ」と。

 愚神『アンゼルム』、通称『白銀の騎士(シルバーナイト)』。

 H.O.P.E.指定要注意愚神の一人。
 広大なドロップゾーンを支配しており、既に数万人単位の被害を出している。
 H.O.P.E.は過去三度に渡る討伐作戦を行ったが、いずれも失敗――
 つい先ほど、その件について政府高官達から「ありがたいお言葉」を頂いたところだ。

「過度な出撃はいたずらに不安を煽る故と戦力を小出しにさせられてこそいたものの、我々が成果を出せなかったのは事実だからね」
 廊下を歩きながらH.O.P.E.会長は言う。「けれど」と続けた。英雄が見やるその横顔は、眼差しは、凛と前を見据えていて。
「ようやく委任を貰えた。本格的に動ける。――直ちにエージェント召集を」
 傍らの部下に指示を出し、それから、ジャスティンは小さく息を吐いた。窓から見やる、空。
「……既に手遅れでなければいいんだけどね」
 その呟きは、増してゆく慌しさに掻き消される。


●ドロップゾーン深部
 アンゼルムは退屈していた。
 この山を制圧して数か月――周辺のライヴス吸収は一通り終わり、次なる土地に動く時期がやって来たのだが、どうも興が乗らない。
 かつての世界では、ほんの数ヶ月もあれば全域を支配できたものだが、この世界では――正確には時期を同じくして複数の世界でも――イレギュラーが現れた。能力者だ。
 ようやっと本格的な戦いができる。そんな期待も束の間、奴らときたら勝機があるとは思えない戦力を小出しにしてくるのみで。弱者をいたぶるのも飽き飽きだ。

「つまらない」
「ならば一つ、提案して差し上げましょう」

 それは、突如としてアンゼルムの前に現れた。異形の男。アンゼルムは眉根を寄せる。
「愚神商人か。そのいけ好かない名前は控えたらどうなんだ?」
 アンゼルムは『それ』の存在を知っていた。とは言え、その名前と、それが愚神であることしか知らないのであるが。
「商売とは心のやり取り。尊い行為なのですよ、アンゼルムさん」
「……どうでもいい。それよりも『提案』だ」
 わざわざこんな所にまで来て何の用か、美貌の騎士の眼差しは問う。
「手っ取り早い、それでいて素敵な方法ですよ。貴方が望むモノも、あるいは得られるかもしれません」
 愚神商人の表情は読めない。立てられた人差し指。その名の通り、まるでセールストークの如く並べられる言葉。
「へぇ」
 それを聞き終えたアンゼルムは、その口元を醜く歪める。
 流石は商人を名乗るだけある。彼の『提案』は、アンゼルムには実に魅力的に思えた――。

●奈良県某山
「深入りし過ぎた!」
 群がり来る緑の触手を槍で払い、和波アキラは後悔の叫びを上げた。その周囲には、今払ったのと同じ触手が地面から無数に生えている。ベトベトの粘液を分泌する触手は、時にそれを水弾の様に射出し、執拗にアキラを絡め取ろうする。
「何とか斬り抜けないと!」
 向かってくる触手を払い退けたアキラの頭の中に、イルミア・フローレントの言葉が響く。
「わかってる、でも――」
 ――生駒山周囲で頻発する従魔発生事件。山にその兆候が見られるという付近住民からの一報を受け、HOPEはそこに調査隊を派遣することに決めた。
 だが、絶賛人手不足中のHOPEは、不確かな事案に多くの人員を割くことは出来ず、護衛のアキラを含む少人数の人員を派遣するに留めた。任務は従魔の討伐ではなく、事件が従魔絡みだった場合の報告。
 だが不運にも、彼らがただの草群と思い踏み込んだそこに、従魔は居た。元より本格的な戦闘は想定していない編成。アキラは調査員達を逃がそうと、必死に槍を振るったが――。
「数が多すぎる――!」
 苛立たしげに叫んだ瞬間、アキラの目にトーガの様な緑の衣を纏う儚げな印象の女が映った。伝説にあるニンフの様に美しいその女に、病的な程透明な笑みを投げかけられたその瞬間、アキラは構えていた槍を取り落とす。
「アキラ!?」
 頭の中に響くイルミアの声。アキラはその声が聞こえないかの様に、夢現の面持ちで無防備なまま女の方で歩み出す。不思議なことに、触手達も道を空けるかの様に身を引き、アキラは何の妨害も受けず女の元へと辿り着いた。そして、女はアキラの首に両腕を回し、恋人同士がする様にその体を抱きしめる。
「ミュー」
 女の口から甘えた猫の様な声が漏れる。女……いや、そうではない。それは植物型従魔の一部だ。本体は女の足下には広がる粘着質を帯びた大きな葉。女に見えるのは、花の部分が特異に変異した物だ。
「目を覚まして、アキラ!」
 花の誘惑に捕らわれたアキラに、再度イルミアの声響く。アキラはその声に漸く呪縛から逃れたが、時既に遅い。手に武器はなく、足は粘液に捕らわれている。そして、周りには無数の触手。
「しまった……!」
 周りには、同じように捉えられた調査員や野生動物がいた。不思議なことに、皆外傷はなく、命に別状もなさそうだ。アキラはそのことに気付き、咄嗟に際どい決断を下した。
「アキラ!?」
 突然リンクを解除したアキラに、イルミアは狼狽の声を上げる。
「イルミア、幻影蝶に入って!」
 切迫した声に、イルミアは訳も分からず言う通りにする。イルミアが幻影蝶に入ったのを確認すると、アキラはそれを触手が林立する輪の外へと放り投げた。
「何を!?」
 従魔の輪から抜け出したイルミアは、幻影蝶の中から出て叫ぶ。
「僕たちじゃこの従魔を倒せない……イルミナ、下山して他の能力者を連れて来てくれ」
「馬鹿な、アキラを見捨てて――」
 言おうとするイルミアを制し、アキラは自分の考えを言う。
「気付いたんだ、従魔達は僕や捕らえた人達を攻撃して来ない。推測だけど、この従魔は捕らえた獲物から時間を掛けてライヴスを奪うんだろう。だから、完全にライヴスを奪われる前にこいつを倒せば、僕もこの人達も助かる」
「それは――」
 尚も躊躇するイルミナを、アキラは再び制した。
「感じるだろう、イルミア。僕たちの契約は途切れていない。『誓約』は破られていないんだ」
 アキラとイルミアの間に交わされた誓約。それは「絶対に諦めない」こと。
「犠牲になるつもりじゃない――君を信じてるんだ」
 その言葉に、イルミアは決意を固めた。アキラ言う通り、再びリンクしても敗北は目に見えている。不安は胸の内に満ちていたが、イルミアはそれを負いその場を走り去る。
「頼んだよ、イルミア……」
 アキラはそう呟くと、孤独な戦いに身を投じた――。

解説

●目標
 従魔の撃破及び捕らわれた人々の救出。

●登場
デクリオ級従魔「ニンフェット」
 粘着質の大きな葉の上に、少女の姿をした花を持つ従魔。
 花に見つめられた者は魅了の対象とされ、特殊抵抗に失敗すると武器を捨て無防備に花の方へ向かい、最終的に葉の粘液に絡み取られます。
 この能力は性別に関係なく効果を発揮します。同時に魅了できる対象は一人で、魅了された後も毎ターン抵抗判定が可能。成功すれば魅了は解けます。
 移動力を基準とした判定に成功すれば葉からも抜け出せますが、抜け出しを試みたり、攻撃をしてくる相手には、少女の背から生える蔦が攻撃を仕掛けて来ます。蔦は複数対象に攻撃可能。じっとしている相手には攻撃しません(魅了はします)。
 今のところ移動能力は無く、近づいてきた獲物を誘因、捕獲し、ライヴスを吸収しています。

ミーレス級従魔「モウセンゴケ」
 粘ついた触手の従魔。ニンフェット同様動くことは出来ませんが、伸びる触手で『拘束』を行ってくるほか、高圧の粘液を飛ばして射程の長い攻撃を行います。粘液は並みの木を打ち倒す程の威力がある上、回避を下げる効果も付随。
 生命力は低く、イルミアによればアキラの一撃で活動を停止しました。無数に生えており根絶は困難ですが、実はニンフェットと地下で繋がっており、ニンフェットが倒れた場合全て枯れます。獲物を捕らえるほか、遠距離武器による狙撃からニンフェットを守るという役目も負っています。

 両者とも熱源探知の様な器官を持ち、物陰に隠れた動物、人間なども正確に補足してきます。

●状況
 従魔の居場所は山中ですが、GPSで正確な場所が分かっており迷うことはありません。また、この任務に同行するイルミア・フローレントも、現地への道筋を憶えています。
 ニンフェットがライヴスを吸い尽くすのに、どれだけの時間が掛かるかは不明ですが、救出は早い方が良いでしょう。

リプレイ

●救出への道程
「掴まれ、イルミア」
 そう言って、真壁 久朗(aa0032)は山道を塞ぐ岩塊の上から手を差し伸べる。2m程の小さな崖。英雄であるイルミアに助けの手などは必要ない。だがイルミアは、他人の感情に鈍感な真壁でも気付く程憔悴していた。真壁が思わず手を差し伸べたのは、そういう事情による。
「大丈夫、自分で行ける」
 しかし、イルミアは真壁の助けを断り自力で岩によじ登った。胸に感じる絆は、アキラが自分を信じている証だ。彼を助けるために交わした誓約が、今はイルミアを希望に繋ぎ止めている。

●花園の手前
「アキラも含め、掴まった人は中央の従魔に捉えられているわ」
 従魔に関するマックス ボネット(aa1161)の質問にイルミアは答える。
「……マックス様のブルームフレアで焼き払うという手は、使えませんね」
「人質は撒き餌であると同時に盾だな……」
 淡々と述べる魅霊(aa1456)。御神 恭也(aa0127)も苦い顔で呟く。楽な仕事と思っていたわけではないが、思った以上に厄介そうだ。
「アキラは捕まった人を助けようとして、深入りしてしまった。そして私だけが……」
「アキラさんは私と同じく一般人だったと聞きましたが、正しい判断だったと思います。イルミアさんが無事だったからこそ、私達はここに来ることが出来たのですから」
 壬生屋 紗夜(aa1508)は、そう言ってイルミアを励ます。
「サヨの言う通り、気に病むことは無い。そのまま戦闘を継続しても、誰も救えなかっただろう。剣は無闇に振り回すものではない。そもそも騎士たる者――」
 ヘルマン アンダーヒル(aa1508hero001)もその意見に同調するが、途中から話が何やら説教臭くなる。もっとも、その対象らしい紗夜は涼しい顔で聞き流していた。
「どんなに状況が悪くとも最善を尽くす。オヂ様、素敵な殿方だと思いませんか? 放ってはおけませんよね」
 二人を横目に、ユリア シルバースタイン(aa1161hero001)が、マックスに語りかける。
「ま、そいつは気の毒にも貧乏くじ引かされたようなもんだしな。お偉いさん方の見込み違いで、こうなってる部分もあるだろうさ」
 ただ、見込み違いというのであれば、自分にも言えるかもしれない。
(だがね姫様……俺達には相性の悪い仕事かもしれんぜ、こいつぁ)
 それは遠距離攻撃を得意とする自分と、相手との相性を念頭に置いての思いだったが、後にマックスは、別の意味でも相性の悪さを思い知らされることになる。
「厄介な相手だが、俺達も相応に対策はしてきた。何とかやるしかないだろう」
 御神はそう言うと、全員に戦闘の準備を促した。

「モウセンゴケ、スマホで調べたんだけどさぁ……俺、食虫植物は生理的にダメだ」
 ゴージャスな金髪に右目の眼帯、色々な意味で勝ち気な容貌のカトレヤ シェーン(aa0218)は、グラマーなボディを隠す防寒具を着込みながら、しおらしいことを言い出す。
「よく観れば、可愛いのにのぉ」
 相棒の王 紅花(aa0218hero001)は平気なようで、人ごとのように言う。それよりも、紅花はカトレヤが今着ようとしている物の方が気になった。
「それ、効果あるのかのぉ?」
「食虫植物が従魔化したみたいだからな、視覚・嗅覚・聴覚が無く、触覚による熱探知のみなら、熱を断ってしまえばこんな有利なことはないだろう」
「じゃが、不格好じゃのぉ」
 派手好みの紅花は、もっさりした防寒着がお気に召さないらしい。
「じゃ、あっちの方が良いか?」
 不満げな紅花に、カトレヤは親指で御神の方を指差す。その先では、御神が自分の全身に泥を塗りたくっていた。
「恭也、それって役に立つの?」
 全身に泥を塗りたくる御神に、伊邪那美(aa0127hero001)は呆れた口調でそう聞く。
「シェーンさんから聞いた映画の知識だからな……正直怪しい」
「頼りない話だね」
「相手は熱で此方を把握しているらしいから、伊邪那美を負ぶって此方を一人として認識させるという手も考えたんだが……」
「ボク、子供じゃないんだけど?」
 伊邪那美は不機嫌そうに言う。もっとも、伊邪那美の容姿を見て、子供でないと思う者の方が少ないだろう。
「リンク状態でないとスキルもAGWも使えないから、少し危険すぎる。余程の時だけにしよう」
「まったく……恭也はボクに対して畏敬の念が足りないんだよ」
 伊邪那美はそれこそ子供のよう怒る。その間にも、御神は黙々と体に泥を塗りつけ、その姿は次第に怪物のようになって行く。
「……あれよりは、マシかのぉ」
「だろう?」
 諦めの溜息を吐く紅花を見て、カトレヤは陽気な笑みを浮かべた。

「……イルミア様、幻影蝶に入っていただけますか?」
「幻影蝶に?」
 戦闘を前に幻影蝶へ入れという言葉の意味を解しかね、イルミアは魅霊に聞き返す。
「イルミアさんは今戦える状態ではありませんから、従魔の囲いを突破して、アキラさんの所へ辿り着くまでは、安全な幻影蝶の中に居てください……うふふ、そういうことですよね、魅霊さん」
 極端に口数の少ない魅霊に代わって、R.I.P.(aa1456hero001)が理由を説明する。
「……そう」
 魅霊は小さく頷く。
「分かった、そういうことなら従うわ」

●ニンフェットの花園
「まいったぞ、セラフィナ。俺たち遠くから攻撃する手段を持ってないぞ」
「とってもまずいですね!」
 率直な真壁の言葉に、セラフィナ(aa0032hero001)が元気よく答える。
「こうなったらもうあれしかないな」
「いつものあれですね!」
「どう考えてもアキラの二の舞になる未来しか見えないが、俺たちの役目は囮だと割り切ろう。防御と特殊抵抗を活かしただ一点、正面突破」
「クロさん、僕たち最近とりあえず突っ込む、しかしていません」
「……だいじょうぶ、ただ単細胞なだけだ」
「たぶん、それフォローになっていませんよ……っ!」
「御神さんは、対策を考えてきたと言っていたな」
「16歳なのに、凄いですよね」
「16歳?」
 セラフィナの発言に、普段感情を表に出さない真壁が驚きの表情を見せる。
「前一緒に仕事した時、確かそう聞きましたよ?」
「年上だと思ってたよ……」
 真壁がちょっとした衝撃を受けたその瞬間、バキバキという大きな音がなる。モウセンゴケの群れを渡る為、魅霊が木を切り倒したのだ。
「行くぞ」
 真壁は魅霊の作った足場を使い、従魔の輪の中心に突進した。歓迎の水弾が殺到するが、真壁はそれを盾で弾き、大剣を振りかざして従魔の群れをかき分けた。だが、真の脅威は水弾ではない。アキラを捉えたニンフェットの視線が、早くも真壁に向けられる。
「っ……!」
 一瞬思考が揺らいだが、真壁はそれを難なく振り払う。
「今の、イルミアさんが言っていた魅了ですね」
「ああ、だが何故だろうな、魅了される気は全くしない」
「クロさん、女性に興味が無いって事は無いですよね?」
「……さあな」
 一瞬頭に浮かんだセラフィナの姿を振り払い。真壁は正面の触手に斬りかかった。うんざりする程の数。その全てが、真壁に絡みつき、或いは水弾を放つ。
「うっとうしいが、俺たちもそう簡単に諦めはしないぞ! 忍耐力だけなら、そこいらの奴よりかはあるはずだ」
「だけって言っちゃだめですクロさん!」

 真壁に続き、魅霊も自ら作り出した足場にむかって走り出す。たが、直後に飛来した水弾が彼女を捉えた。
「あらあら」
 魅霊の頭の中に、R.I.P.ののんびりした声が響く。幸い水弾のダメージは大したものではないが、魅霊の全身は早速粘液まみれだ。しかし、戦闘に集中する魅霊は脚を緩めない。顔に掛かった粘液を無言で拭い、真っ直ぐ前線へと走った。
「始まったな……」
 真壁達の様子を見た御神は無表情に呟くと、泥まみれの体を地面に伏せる。異様な光景だが、その甲斐はあった。従魔の注意は真壁達のみに向かい、御神達には水弾が放たれない。
「映画も、たまには役に立つな」
 呟き、御神はモウセンゴケの群に侵入を開始する。
 御神の真上の枝には、着ぶくれしたカトレヤの姿があった。その眼下には触手の群。
「気持ち悪ぅ……」
「流石に、あの中に入るのは嫌じゃのぉ」
「泥の方にしなくて良かったよ、御神と伊邪那美には悪いことしたな」
 カトレヤは慎重に枝を選び、触手達の中心に鎮座するニンフェットを目指した。

「……なるほど、これは確かにきりがない」
 触手を斬り払う紗夜は、その余りに多さに辟易する。真壁のお陰で層が薄くなっているとは言え、それでもまだ多い。
「騎士の真価は困難な場面でこそ問われるものだ」
 ヘルマンが何か言ったが、もちろん紗夜は聞き流す。御神やカトレヤの試みはまだ時間が掛かりそうだ。停滞する戦局に紗夜は苛立ちを覚える。だが、意外にもそれはすぐに解消された。
「オヂ様、何をするつもりですの?」
「イルミアさんの話じゃ、捕まった奴らは中央の従魔に捕らわれているらしい。だったら、触手の方はブルームフレアで焼き払っても問題ない。敵が熱を目標としているなら、炎で位置を攪乱できるかもしれないしな」
 中央に届かないよう慎重に範囲を絞り、マックスは触手の群れにブルームフレアを解き放つ。強烈なライヴスの炎は目論見通り触手の群れを焼き払い、炎の向こうに嫋やかなニンフェットの姿が浮かびあがらせた。
「成功ですね、オヂ様!」
 思った以上に上手く行った作戦に、ユリアは歓声を上げる。付近で戦っていた紗夜にも、それは千載一遇のチャンスに見えた。
「サヨ、今だ!」
 ヘルマンに言われるまでもない。周囲から伸びる無数の触手を切り払いながら、紗夜は炎の残滓が燻る道を全力で駆ける。マックスはそれを射撃で援護する。だが、その行動で、ニンフェットの注意はマックスに向かう。視線を向けられたマックスの表情が、スレた元不良警官のそれから、十代の少年のように純真なものへと変わった。
「何と可憐な少女だ……」
「ちょっとオヂ様!?」
 夢心地にそう呟くと、マックスは手にした武器を取り落とし、夢遊病者のようにニンフェットの方へと向かう。その様子に、ユリアも珍しく焦った声を上げた。
「あらあら、マックスさんが大変ですよ」
 魅霊はR.I.P.の声にちらとマックスの方を見やり、正面の敵から一瞬だけ構えを外すと、この時のために携帯した鉄屑を素早くマックスに投擲する。
「愛しき少女よ……ごふぅ!?」
 鉄屑は見事、魅了されたマックスの横っ面に命中する。
「い、痛ぇ!?」
「オヂ様、武器を拾ってください!」
「お、おう!」
 ユリアの言葉にマックスは状況を把握し、取り落とした武器を慌てて拾った。

「アキラさん!」
 マックスの支援を受け、中央に到達した紗夜は、捕らわれたアキラをそこに発見した。紗夜の姿を認めたアキラから歓喜の声があげる。
「救援隊の方ですか!?」
「はい、イルミアさんの知らせを受けて参りました」
「やっぱり……イルミア!」
「御無事でなによりです。こうしたものはお互い様ですしお気になさらず。ああ、ですがアキラさんがよろしければおつきあいいただければうれしいですけどね、フフフ」
「は、はぁ……?」
「サヨ、戦いは終わっていないぞ!」
 頭の中で響いたヘルマンの声に、紗夜はハッとニンフェットの方に向き直る。だが、それは失敗だった。振り返った視線はニンフェットの視線に絡み取られ、次の瞬間、紗夜の手から大剣が離れ落ちる。
「サヨ!」
 ヘルマンの声は届かず、紗夜はニンフェットの元へと歩み寄る――。
「オヂ様、紗夜さんが!」
「触手も復活してきてやがる……得手じゃないが、切り込むか」
 マックスはシルフィードを抜き放ち、再生を始めた触手の群れに突入した。

「恭也、急がないと!」
 紗夜が魅了されるのを目撃し、焦った声で叫ぶ伊邪那美。狙われないのは良いが、如何せん匍匐前進は移動速度が遅い。だが、伊邪那美は周囲の異変に気付く。
「恭也、周りの触手。こっち向いてない?」
「なに……?」
 伊邪那美に言われ、恭也は顔を上る。伊邪那美の言う通り、周囲の触手達は一様にその先端をこちらに向けていた。
「なんで急に……!?」
 悲鳴に近い伊邪那美の言葉。恭也がハッと気付いて上げた手から、乾いて砂となった泥が、ポロポロと剥がれ落ちた。水を含まない砂に断熱効果は無い。
「やっぱり映画の知識じゃ駄目だな……」
 呟き、御神は跳ね起きる。それと同時に、周囲の触手からは一斉に水弾が放たれた。

「あちゃー、駄目だったか」
 樹上からその様子をみていたカトレヤは、申し訳なさそうに独りごちる。
「御神達には気の毒だが、こっちは一気に中央へ乗り込もう」
「同じマンガ肉を食った仲間、見捨てるのは忍びないがのぉ」
 カトレヤと紅花はそう決断した。だが、それもまた甘い観測だった。
「ん?」
 次の足場にするための枝を探していたカトレヤと、眼下の触手と目(?)が合う。
「あいつ、なんかこっちみてない?」
 防寒着の中は蒸し暑いが、体温は完全に遮断しているはずだ。それが何故――。
「……顔の所から、熱が漏れているのではないかのぉ?」
「あ!?」
 完全防寒と言っても顔までは覆えない。紅花の言葉に、カトレヤは己のミスを悟った。周囲の触手が一斉にカトレヤの方を向く。
「やばっ!」
 水弾の一斉射撃が足場に殺到する。カトレヤは宙に身を躍らせ水弾を躱したが、必然の結果としてカトレヤの体は触手群の真ん中に落ちた。防寒着のせいで動きの鈍いカトレヤの体に、ウネウネと触手が絡みつく。
「ぎゃあぁ!!」
 その気持ち悪さに、カトレヤは不覚にも悲鳴を上げた。

「虫取りトラップにはまった気分だな……」
「クロさん気を確かに! あの時罠にかかった虫さんは僕が逃がしておきましたから!」
「密かに庭のアリにエサをやってるのもお前か!」
 一方、正面で戦う真壁達はじりじりと前進し、もう少しでモウセンゴケの群を抜けるところまで到達していた。
「あらあら、あっちでは紗夜さんが魅了されて、向こうでは御神さんとカトレヤさんが大変なことに」
 R.I.P.の言葉に、魅霊と真壁は素早く左右を見渡す。左には魅了された紗夜と掴まったアキラ、右には触手に絡まれ地獄絵図の御神とカトレヤ。
 イルミアを連れた魅霊は、モウセンゴケの群れを抜けると、躊躇無くアキラの居る左へ向かった。だが、同時に群れを抜けた真壁はそのどちらにも向かわず、ニンフェットにブラッドオペレートを打ち込む。
「仲間を返して貰おうか!」
 射出されたライヴスのメスがニンフェットを切り裂き、少女の花から血ならぬ樹液が噴き出す。
「クロさん、御神さん達の支援に行かないんですか?」
「あいつらなら、自力で何とかするだろ」
 セラフィナの疑問に、真壁はそう答えた。以前の仕事で彼らの実力を知っている。手助けの必要はないだろう。
「そうですね、殺しても死にそうに無い人達ですし」

●再会
 ニンフェットに魅了された紗夜は、かつてのアキラと同じように花の元へと歩みよる。花は紗夜の首に両手を回し、その唇(に見える部位)を紗夜の唇に寄せた。
「サヨ、お前は戦い抜くと誓ったはずだ」
 頭の中で、ヘルマンは紗夜に強く呼びかける。色々齟齬はあるが、紗夜も自分と同じく正義の為に戦ってきたはずだ。こんな誘惑に容易く屈する筈はない……。
「サヨ、お前の望みはなんだ!」
 信念を込めたヘルマンの叫び。それは確かに紗夜に届いた。ただし、その答はヘルマンの聞きたかったものとは少し違った。
「……斬りたい。ただ、それだけです」
 切り裂き魔のような答えにヘルマンは顎を落としかけるが、彼の言葉は確かニンフェットの呪縛を緩めた。駆けつけた魅霊のクリアレイが飛び、箍の緩んだ魅了は霧散する。
「これは……!?」
 目を覚ました紗夜は、眼前に迫った美少女の顔に驚きの声を上げる。
「この際なんだっていい! 斬れ、サヨ! それがお前の望みだろう!」
 ヘルマンの怒号。サヨは弾かれたように花を突き飛ばすと、取り落とした大剣の代わりに小太刀を抜き撃ち、少女の胴にヘヴィアタックを叩き込んだ。重い一撃が少女の胴を深々と割く。だが、元より唯の花である。胴に重用器官があるわけでもなく、致命傷というわけにはいかない。
「正気に戻ったか!」
 遅ればせながら触手を突破したマックスが到着する。だが不運にも、胴を切り裂かれ体の傾いだ花の視線と、マックスの視線がばっちりと合ってしまう。
「なんと美しい少女だ……」
「またですか、オヂ様?」
「あらあら……」
 呆れたような二人の声。再び武器を手放したマックスに、魅霊は鉄屑をぞんざいに投げつける。鉄屑は今度もマックスの頭に命中した。
「やっぱり少女ってサイコ……って、痛えッ!」
 頭の中に火花が散るような感覚。甘い夢が覚める。
「目が覚めましたか、オヂ様?」
「くそっ、覚めたよ!」
 頭を振りながら不満げに言うマックス。だがその不満を聞く者はいない。なぜなら――。
「アキラ!」
 魅霊の持つ幻影蝶から飛び出したイルミアは、勢いのままアキラに抱きつき、彼の体を強く抱きしめた。引き離された二人が漸く邂逅したのだ。少女がどうのと言うマックスに、注意が向かないのは仕方無い。
「約束通り戻ってきたぞ!」
「イルミア……!」
 アキラもイルミアの体を強く抱き返す。僅かな別れは、分かちがたい絆を却って二人に知らしめる。出会いは偶然だったかもしれないが、互いは今や半身に近い存在だ。
「いちゃつくのは後にして、早くリンクしな」
「あ、すみません……」
 取り落とした武器を拾いながらマックスがやや不機嫌な声で言うと、アキラとイルミアは抱き合っているのが急に恥ずかしくなったのか、慌てて身を離した。

●ニンフェットの終わりに
 その頃、御神とカトレヤの二人も、真壁の予想通り自力での戦線復帰を果たしていた。
「こうなったら、こんなクソ熱いもん着てられるか!」
 カトレヤは防寒具を脱ぎ捨てて触手の拘束を外し、従魔の群れを脱出する。露わになる美しいプロポーションと際どい鎧の組み合わせは、もしかしたらニンフェットの魅了にも対抗できたかもしれない。
「クソッ、体中ベトベトだ!」
 カトレヤは怒りの声と共に大剣フルンティングを思い切り振り抜き、ニンフェットの花、即ち少女を薙ぎ払う。
「ミュー」
 哀れみを誘うためか、花は子猫のような鳴き声を発する。
「チッ、俺が猫好きと知っての所業か!」
 声はカトレヤを嫌な気分にしたが、攻撃の手を緩めさせることは出来なかった。そして、ほぼ同時に従魔の群れを抜け出した御神も、同じようにニンフェットに突進する。
「確実に次に繋げられない以上は、叩ける時に最大威力で叩く!」
 ユンユンクシオを振りかぶり、御神は自身が持つ最大の攻撃をニンフェットに叩き込む。
 御神達がモウセンゴケの群れを抜けた事によって、戦況は一気にリンカーの側に傾く。マックスはブルームフレアを背後のモウセンゴケに向けて展開し、ニンフェットを攻撃する面子を水弾から守る。厄介なモウセンゴケの群を抜けたリンカー達の攻撃は、それまでの鬱憤を晴らすかのように苛烈を極めた。
 ニンフェットも最後の足掻きを見せ、蔦の全面攻撃でリンカー達に傷を負わせるが、所詮戦局を覆す威力はない。最後は御神の大剣がニンフェットを両断し、その命脈を絶たれる。同時に、周囲に蔓延っていたモウセンゴケも全て枯れ果てた。

●疑惑
「お、終わった?」
 枯れ行くモウセンゴケを前に、アキラはそう言って地面にへたり込む。他のリンカー達も疲労の色を隠せない。大きなダメージこそ受けなかったが、リンカー達の全身は従魔の粘液でベトベトだ。
「厄介と言うのが、正に適当な相手だったな……」
 リンクを解いた真壁も、へたり込みこそしないが疲れた口調で言う。
「しかし今回の従魔、戦い方からして足止めをするのが役目か? 並みの者では抵抗できないだろうし、足止めとライブス回収どちらにも長けているな」
「そうですね、誰かが掴まってもすぐには殺されないから、助けに来た人も捕まってしまう……僕達はそのお陰で助かりましたけど」
「対応にも数人エージェントが出ねばならないし、こんなのがそこらに発生したらたまったものではない。体の一部などを回収し今回の攻撃手段や特徴を本部へ報告しておこう」
 真壁はそう言うと、萎れたニンフェットの葉を回収する。ニンフェットに捕らわれていた他の人々は、憔悴こそしているもののさしたる怪我もない。戦闘能力を持たなかったことが、却って幸いしたのだろう。
「身体に付いた汚れを落とさないと……恭也なんて泥まみれだし、このまま帰ったらボクまで一緒に怒られかも知れないでしょ」
「流石にこのまま帰る気は無いが……」
「うふふ、皆さん酷い様子ですものね……向こうの小川で汚れを落としませんか?」
 魅霊の口を借りてR.I.P.がそう提案する。
「お嬢ちゃんに屑鉄をぶつけられた頭も、冷やしたいしな」
「あらあら、それは大変ですね。でも、魅霊さんは今眠っていますから、後で伝えておきますね」
 やや皮肉じみたことを言うマックスに応えつつ、R.I.P.は自身が操る魅霊の身をそれとなく彼から遠ざけた。
「ん?」
 不審を感じるマックス。何故か御神とヘルマンも、伊邪那美と紗夜をそれとなくマックスから遠ざけている。
「他意は無いんだが……少女少女と連呼していたので、ついな」
 ばつが悪そうに言いつつ、真壁もセラフィナをマックスの視線から隠した。
「おい……変な誤解をするなよ?」
「まあまあオヂ様。ささ、女性はこちらに、体を流しに行きましょう」
 ユリアはそう言うと、女性達をまとめて小川の方へ去る。
「ベタベタでホント最悪……」
「のおカトレヤ、粘液塗れの防寒具も回収するかのぉ?」
「あー……まあ一応」
 ユリアに連れられ、雑談しつつ去る女性陣を呆然と眺めるマックス。
「さ、マックス様はこちらですぞ」
 ヘルマンはそう言うと、御神と共にマックスの両脇を左右からがっちりと固めた。
「お、おい?」
 そして、半ば引きずられるように水場へと連れ去られる。
「お前ら……」
 がっくりと落ち込むマックスの声が青空に響き……兎に角も事件は一応の終焉を迎えた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
  • 託された楽譜
    魅霊aa1456

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 晦のジェドマロース
    マックス ボネットaa1161
    人間|35才|男性|命中
  • 朔のヴェスナクラスナ
    ユリア シルバースタインaa1161hero001
    英雄|19才|女性|ソフィ
  • 託された楽譜
    魅霊aa1456
    人間|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    R.I.P.aa1456hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • ヘイジーキラー
    壬生屋 紗夜aa1508
    人間|17才|女性|命中
  • エージェント
    ヘルマン アンダーヒルaa1508hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
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