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フォトジェニックバレンタイン
最終発言2018/02/12 16:47:41 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2018/02/13 12:24:53
オープニング
●恋愛の聖地「ロータスの樹」
恋愛の聖地という触れ込みで営業している商業施設『ロータスの樹』をご存知だろうか。
そこは世界中に数多とある、いわゆる恋愛の聖地のひとつ。
AGWの研究で生まれた美しい大木「ロータスの樹」を中心に、人口の島に見栄えの良い施設を街のように並べたリゾート施設だ。
だが、人の集まる所、争いも起きやすい。
ロータスの樹は従魔や愚神やヴィランがほどよく発生するスポットでもある。
特にカップルが混みあうバレンタインとかに……。
だが、安心して欲しい。
今年は、恋のライヴスに満ちたカップルを狙う従魔はいないので恋人のふりをする必要もない。
何か勘違いしてチョコを大量に盗もうとする愚神たちと、恋人にいい所を見せようとして結果的に障害物になるカップルも修羅場も無い。
媚薬チョコを持ってカップルを邪魔しに来る新米ヴィランや学生の悪ふざけによる××しないと出られない部屋もない。
情報の一年遅れた愚神女子による男子になってチョコを貰って食べないと出られない、女子になってチョコを作って渡さないと帰れない強制イベントも無い。
イケ面ヴィランのナンパによる営業妨害に対抗して、熱いカップルを演じる必要もない。
ほんとうに、ただ、平和な愛に溢れて美しく飾り立てた穏やかなバレンタインだ。
建前、表舞台では。
では──紗幕の向こうを見てみよう。
●eat me! わたしを……撮って!
「……今年もこの時期が来ましたか」
長くこの施設に勤めるシスターはちょっと偉くなった。
そんな彼女が今年担当するのは「不思議の国のアリス」に登場するハートの女王の城をモチーフにした建物である。
至る所にハート、ちょっと硬派な原典っぽさを強調した女王の間もあれば、乙女心をくすぐるゆめかわいい装飾てんこ盛りの部屋もある人気のスポットである。
そんな城の奥深くに……決められた手順でしか入れない秘密の部屋があった。
The Knave of Hearts──、そんな金のプレートを扉の上に掲げる大広間である。
そこは、この時期大量のチョコレートの香りと、言葉にできない想いの力に満ち溢れる。
「今回皆様に来ていただいたのは、このチョコレートたちを使って最高にフォトジェニックなスポットでSNS映えする写真を撮ってもらうことです」
笑顔のシスターの後ろには大量のチョコの包みが山と積まれていた。
訝しげな顔をするエージェントたちに彼女は続けた。
「こちら、バレンタインに当施設に来たものの、使命を果たせなかったチョコレートさんたちです」
例えば、売れ残ってしまうことが確定した高級チョコレート。
例えば、買ったものの、本番には他の品物が選ばれてしまったチョコレート。
さらに、言い辛いが、受け取って貰えなかったもの、さらに受け取った者がこっそりとここへ放り込まれたもの──。
そう、この「The Knave of Hearts」の間は知る人ぞ知る、バレンタインのチョコ捨て山となっていたのだ。
「これらのほとんどはもちろん、衛生上とか倫理上とかその他諸々の事情で誰かが食べることも、ましてや販売することもできない品物です。あ、売れ残りはもちろん食べていいです。……この、チョコの匂いに辟易していないのならば」
……本来、売れ残りくらいは割引販売してもいいのだろうが、出店している店の上層部からブランドイメージのために裏から割引販売を固く禁止されているらしい。
「いつもは私たちで処理しているのですが、今年は量が多いのと」
スッとシスターがその場を避けると、ひとりの紳士が彼らの前に現れた。
「こんにちは、チョコレート管理局、チョコレートの代弁者ジャック・ハートです。ここで不遇な扱いを受けるチョコが大量にあるというので監査に来ました」
年のころは二十代から三十代とよく読めない──とにかく、ポピュラーなトランプの絵柄によく似た紳士であった。
「好事家に非ず、業者にも非ず、我はバレンタインを守る紳士なり」
短い口髭に豊かな金髪。チョコレートの茶に近い醤(ひしお)色のスーツ、ネクタイピンとラペルピン、カフスはさり気ないハートである。……いや、さり気なくないかもしれない。
「こちら、チョコレート管理局管理のアイテム『チョコアトルの水差し』です。これをそいっとかければ──」
ジャックは金色の水差しを持って部屋中にそれをふりかける真似をした。
そこからは水は出なかったが、きらきらと輝く光が落ちる。
『チョッコー!』
大きな声と共に、チョコは拳大のカカオに目の付いた異形となった。フワフワと飛んでいる。かわいい……と言えなくもなくもない。
「このチョッコーたちはバレンタインの妖精です。彼らはリア充度が高い写真の被写体になれば満足して成仏します。
承認欲求の波はチョコたちの間にも来ています。あなたたちが望めば、チョコの形を保ち、食べてもらうことも良しとするでしょう。
では、注意点をいくつか……。
写真を撮る際にチョッコーたちはチョコレートに戻りますが、撮影に必要でない場合は食べられません。全力で拒否します。食べて依頼を無かったことには出来ません。
幸福なチョコを持つ熱々カップルに嫉妬して突撃しますので、全力で宥め止めてください。
水に濡れると無駄に増えます。すなわち、ノルマが増えます。
他のチョコと写真の構図のネタが被ると却下されます。ただし、被写体である方やポーズが違えば問題ありません。
最後まで成仏できなかったチョコは夕陽が沈むと共に消え去りますが、来年のバレンタインにろくでもないことが起こるようあなたに可愛いおまじないをかけるでしょう。以上です」
以上です、じゃねーですわよとシスターは思ったが、グッと堪えて笑顔でエージェントたちを見た。
「チョッコー連れでも、施設内ではイベントの一環と告知してあるので不審には思われません。
そんなわけで、スタッフも協力しますのでエージェントの皆様も宜しくお願いしますね!」
●主な撮影スポット
・ガジュマルのような樹に透明な風鈴のような花序が垂れさがり、陽を通して七色の影を落とす
・海辺
・船着き場(入り江)
・ギリシャのミコノス島を模した白い建物と石畳の通り
・石畳の両脇にチョコレートのワゴンショップが並ぶ通り
・教会
・噴水のある広場
・ハートの女王の城
・ヴェネチア風のゴンドラの川下り
その他、リプレイに出て来た施設は使用可能です
レンタル衣装(ドレス・コスプレ)へ着替えも可能です
解説
●目的:チョコと一緒に素敵な写真を撮ろう ※できればラブラブの
チョコの数は大量にありますが、写真撮影シーンは1~3個くらいでOKです
写真は後日、施設の広報素材として使われますので、問題がある場合は断ってください
長袖とコートは必要だがのんびりと暖かかな一日
●登場NPC
・ジャック・ハート
謎のチョコレート管理局の偽名っぽい謎の方
本部経由で来訪したため突っぱねられず、シスターはエージェントに対応をお願いした
恋愛っぽさが高い写真ほど高評価をし、そうでない写真は低評価
チョコアトルの水差しはオーパーツっぽいが定かではない(貸出してくれない)
割と短気である
「きゅんきゅん来ますね!」「出直せや」
・シスター
制服は白の清楚な修道服
仕事は観光施設のスタッフ
他のスタッフと共に写真師撮影のための周囲の人員整理などをしてくれる
また、一部のスタッフやバイトはエージェントと同じように写真撮影組として勤しんでいる
依頼を適当にこなして遊んでもOKです
お土産を購入した場合、お金は引かれますが、実物は大体リプレイ内の描写のみとなります
リプレイ
●Let's フォトジェニック!
雪峰 楓(aa2427)はすでに着替えを用意していた。
「さあ、今日はこれを試しちゃいましょう──飛鳥さんはこっちです♪」
今回の楓の密やかな目的は桜宮 飛鳥(aa2427hero001)とのバレンタインデートだ。彼女が取り出したのはチョコレートをイメージした模様入りのバレンタイン用ホワイトチョコドレスとブラックチョコスーツ。本来はAGWであるが普通の服として着てしまおうというのだ。
差し出されたスーツに、飛鳥は戸惑いながら袖を通す。
「……慣れぬ服だな」
そんな飛鳥に心騒めかせる楓。
──……やだ、素敵。抱いて!!
「さあ、ここで早速一枚撮っちゃいましょう。愛のメモリーです」
船室でパシャリ。
幸せそうな楓は飛鳥をデッキへと誘う。
島に向かうバレンタイン仕様に可愛らしく飾り付けられた船で彼女たちは人目を引いていた。
白色のカクテルドレスのキュートな模様は淑やかな和風のお嬢様然とした楓に愛おしさや可愛らしさの華を添え、侍然としたイケメンである飛鳥は黒のフォーマルスーツによって端正さが強調されるだけでなく、そのポップな柄によって柔らな印象が加えられていた。
二人は離れて見ていると美男美女のカップルにしか見えない。
実態は獲物を狙う野獣と男前の美女であるのだが。
シスターから依頼を聞いた沖 一真(aa3591)は、月夜(aa3591hero001)の方をぎこちなく振り返った。
「おい……これ」
「え、なに?」
視線をそらす月夜。
「これのどこが従魔討伐だ!!」
今回の依頼は月夜が単独で受けて来たもので、彼は従魔の討伐だと聞かされていた……。
「でも、ちゃんと成仏させないと、来年のバレンタインにろくでもないことが起こるみたいだよ? だから、やろう!」
ノリノリの月夜を見て、一真は自分がハメられたことを悟った。
この時、依頼メンバーの中に見知った顔があったのだが、そこに言及する心理的余裕が二人には無かった。仕方ない。
チョッコーたちを連れて一緒に石畳を歩く女子ズ、オリガ・スカウロンスカヤ(aa4368)とスヴァンフヴィート(aa4368hero001)、ウェンディ・フローレンス(aa4019)、ロザーリア・アレッサンドリ(aa4019hero001)。
「いくらイベント好きだからって、こんな街みたいなの普通作るかしら……」
「あの樹が一番の謎ですけど」
オリガの疑問にスヴァンフヴィートも島中から見える不思議な大樹を見上げる。
「それは……コレですよね」
彼女たちを案内していたシスターは微笑みながら立ち並ぶワゴンショップを示す。
どこも盛況だ──何事もお金になれば商売は成り立つ。
「……」
恋愛の聖地の無情な現実に言葉を失うスヴァンフヴィート。
やがてシスターは巨大なテントへ四人を案内した。
「ご自由にどうぞ!」
その中にはバレンタインイベント用に用意された様々な衣装が並んでいた。
「ちょっとそれは可愛すぎないかしら……。ウェンディちゃんとかロザリーちゃんのほうが……」
「やだ、先生可愛い……!」
困惑するオリガの姿にウェンディは目を輝かせた。
「大丈夫。大人の女性が可愛いのを着たって素敵ですわ!!」
力説するスヴァンフヴィートは止まらない。楽し気に服を選ぶ彼女のもはや独壇場である。
「うふふっ♪ ピンクは可愛いだけじゃなくてエレガントなのもたくさんありますし──あら、こっちは背中のリボンが素敵ね♪」
「うう……。スヴァン、私には毎回可愛いのばっか持ってきてないかしら……」
スヴァンフヴィートは淑女でも絶妙に似合うラインで、とにかく可愛いものをオリガへとチョイスして盛っていく。
「ひゅー、せんせー、可愛いねー」
目当てのマントを見つけたロザーリア。更にモノクルと白手袋を着けて模造品のレイピアを腰に下げる。
ロザーリアに茶化されて、オリガは困ったように照れたように頬に手を当てた。
「そういうスヴァンはどうするんです?」
ならば、自分も彼女になにか、とオリガが選ぶより早く、スヴァンフヴィートは一枚のドレスを手に取った。
「わたくしといえば、やはりこれですわ」
それはあつらえたかのように彼女にぴったりだった。
「真紅が普通に似合うって凄いわね。いつもより華やかな感じかしら」
「スヴァンちゃん、真紅のドレスが似合うのはさすがですわね。普通の女の子じゃ、逆にドレスに着られてしまうのに」
「スヴァンは違和感無さすぎだよねー」
感心するオリガとウェンディ、ロザーリアに、満更でもないスヴァンフヴィート。
「ドレスが揃ってるなんて、変わった施設ですわね」
ようやく自分のドレスを選んだウェンディへ、ロザーリアが手を差し出す。
「取り出したるはあたしのトレードマーク、っと──やっぱ、お姫さまにはコレかな??」
羽付き帽子を被った彼女はまるで物語の銃士のよう。
普段は見栄っ張りでおっちょこちょいのロザリーだったが、凛々しくエスコートする今日の姿は絵になっていた。ウェンディも微笑みで応え、心の中でこっそりとこの相棒の姿に惚れ直した。
「ま、とりあえずこれで写真撮ってもらおうよ。ラブラブとは違うかもしれないけど、これはこれでいいよー、きっと。さ、行こうか、お姫さま」
「……んもう」
ロザーリアの差し出した手に自分の手を重ねるウェンディ。
一方、その頃。
「……ハッ、バレンタイン……だったか? 俺様は大して興味無かったが……」
ライガ(aa4573)は手の中のそれの重みを確かめた。
写真撮影用に貸し出されたカメラは一眼レフ、ミラーレス、コンパクトデジタルカメラが数種ずつ。
彼の手にあるのは重厚な一眼レフ。一目見た瞬間に自分に合うのはこれだと直感した。それは優れたイメージセンサーを持ち、ISO感度も申し分なくレンズ本来の性能を存分に発揮できる代物だ。ついでに高画質の動画撮影も可能だが今はそれは関係ない。
「ま、見聞を広めるのは悪くねー……この機会に観察も兼ねてやるか」
写真に目覚めた彼の瞳は被写体を探して燃えている。
彼の後ろに並ぶ彼担当のチョッコーたちもなぜか燃えている。
浮遊するカカオを従えた俺様カメラマンの姿に、平穏なバレンタインデートを過ごしていたカップルたちがザワついた。
●本日の一枚目、つれない二枚目
「ここがロータスの樹ですね」
「ふうん。どうやったらこのような樹になるのやら」
ベスト・フォトジェニックスポットを求めて大樹の下に立つ楓と飛鳥。
花序を通した色のある影がふたりの周囲で煌めき、澄んだ音が響く幻想的で美しい世界作り出す。
それを不思議に思いながら飛鳥は尋ねた。
「……時に楓。なぜそんなに近いんだ」
カラーシャドウに彩られた飛鳥の横顔を、笑顔の楓が覗き込んでいた。それはもう息のかかるほどの至近距離で。
「なんで近いって? やだもう、飛鳥さんったら♪」
「……やたらと我々が耳目を集めているようだが」
まるで絵から抜け出たかのような美男美女によるキスシーンの撮影でも始まるんじゃないかと期待する人々の視線に、流石の飛鳥も気づいた。
──だって、イケメンだもの。
飛鳥を堪能している楓は傍で待機していたスタッフに声をかける。
「あ、写真撮ってくださーい」
同じく見とれていたスタッフが慌ててカメラを用意する。
「うふふっ、腕、組んじゃいますよ? どんどん撮って使ってもらって、思い出(きせいじじつ)を増やしましょう!!」
「……楓はなぜ、こんなに昂っているのだ?」
ほんのりと頬を赤らめながら腕を絡めた楓のアプローチにまったく気づかない飛鳥。
その様子に周囲の人々が思いを同じくして苛立ちを募らせる。
──ああ、この朴念仁! と。
※ただし、彼女は至って普通の女性である。
カップルだらけの島に放り込まれて一真は混乱した。
ふたりは互いに好意を持ち夏祭りでは告白まで済ませた仲で、むしろ、今回のエージェントの中でバレンタインにもっとも近いと言えるカップルであった。なのに、なぜか彼らが一番アワアワしていた。
「ち、ていうか、こんなことせんでも腹の中に入れば皆一緒だろ」
ついに緊張に耐え切れなくなった一真は、暴論を吐きながらむんずとチョッコーを掴み、あろうことか齧りつこうとした。
「チョッコー!」
無論、事前説明通りカカオの珍獣は全力で一真の顎をアッパーカットした。
「……ッ!?」
「ほら! やっぱり、ちゃんと撮影しないといけないんだよ!」
力説する月夜を、顎をさすりながらまじまじと見る一真。
「お前、いつになく強気だな……こんなの恥ずかしがると思ったのに」
その一言を聞き流した彼女は衣装が用意されたテントへ彼を引っ張る。
「うん、これがいいと思うよ」
「え、いや、流石に無……」
「これがいいと思うよ!」
無理矢理着替えさせられた一真はそのまま海辺のベストスポットへと連行された。すでにチョッコーたちも月夜の手足となって協力する。
澄んだ水面は日本のそれとは違う。砂浜も白く豊かで美しい。
無理矢理着せられた洒落たスーツ姿の一真は波打ち際でポーズを決めた。
チョコの箱を持ってキラリと無駄にカッコよくキメた姿は、まるでソーシャルゲームのバレンタインイベント告知広告のよう。
ざっぱーん。
「なにやってんの……」
置いてきぼりをくらった月夜が額を押さえた。
「このクソチョコ、増えやがった!!」
海水をかぶったチョッコーはわらわらと増えドカンと一真を海中へ沈める。
「うぷ!」
「一真」
差し出された月夜の手を見て、ためらう一真。
「汚れるぞ」
「……もう」
折角のドレスに海水が跳ねたが幸いあまり目立たなかった。
見慣れない月夜の黒ドレス姿は一真の緊張感を煽るばかりである。
●スナッププレイス
ハートの女王の城に戻り、あちこちの部屋を見学したロザーリアは目を丸くした。
「へえ、割と本格的じゃん。写真撮るのには持ってこいかもね」
「一応、人気スポットらしいですわね。……すごい。本当にお姫様になったみたい」
そう言ってウェンディも王座を見上げた。依頼を受けた時は裏口のようなルートで入ったので全く気付かなかったが、相当凝った造りだ。
ふたりの後に広間に入ったオリガもまた感嘆のため息をついた。
「ドレス姿でお城に、なんて、人生で二度あるのかしら」
華やかな装いの四人はこの風景に溶け込んでいて、今にも王や女王が顔を出しそうだった。
「それにしても、ウェンディちゃんとロザリーちゃんもいるし、華やかでいいわね」
しかし、彼女の英雄はそうではなかったようで。
「本当は二人きりでもよかったのに……」
「……ん??」
「な、なんでもありませんわ!!」
思わずぶつぶつと呟いていたスヴァンフヴィートは慌ててかぶりを振って、オリガの手を引いた。
「っ、あら?」
そんなスヴァンフヴィートとオリガの間を少女が走り抜けて行った。
「……不思議の国のアリス??」
「そんな感じがするわね。だからエプロンドレス姿の子がいるのかしら」
「ウェンディなんか似合いそうですわね」
「あら、ほんと」
ふたりはなんとなく少女を追って玉座の後ろの厚いカーテンを押す。
すると、そこにはハートのモチーフをふんだんに使った可愛らしい小部屋があった。
「あら、こっちはずいぶん可愛らしい部屋。フリルとリボンと宝石を部屋いっぱいに広げたみたい」
ふたりが追って来た少女の姿はそこには無かった。
奥のドアが開いているのでそちらへ行ったのか……しかし、ふたりの興味はすでにこの部屋へ移っている。
「天蓋つきのベッドなんて、どれだけお姫様すればいいのかしら」
たっぷりとしたリボン、ビーズの編み込まれたレース。
「……でも、ちょっと照れちゃうわね」
ベッドの端に腰掛けたオリガの隣にそっと寄り添ったスヴァンフヴィートが囁く。
「ううん。ここにいるのは私たちだけ。貴女は可愛い女の子、お姫さま。……ね??」
「……」
英雄の言葉に思わず胸が高鳴ってしまうオリガだったが。
「わーお、女の子女の子した部屋もあるんだね」
さっと布を押してロザーリアとウェンディも入って来た。
「まあ、ずいぶん可愛らしい部屋ですわね。……あら、先生。もじもじされてる??」
「いいねー。オリガも女の子女の子しちゃいなよ。可愛いドレス着てるんだし。ついでに、ここで食べていいならチョコ食べればいいんじゃないかな」
「もう!」
赤面して顔を覆うオリガの横でむくれるスヴァンフヴィート。
後から遅れて来たスタッフに許可を貰い、四人はロザーリアの言葉通りチョコレートと共に写真を撮り始めた。
「写真にラブラブ成分が足りないぞー?」
撮った写真を見てロザーリアが感想を述べる。もっと言えば、チョッコーたちも不満そうだ。
「ら、ラブラブ成分……周りには私達だけですし……」
悩んだウェンディがベッドに腰掛けたオリガに抱き着く。
「せーんせいっ♪」
それから、大混乱である。
「……って、ちょっとぉ!! ウェンディはオリガにじゃなくて、あたしでしょ!!」
「ちょっと、わたくしの先生ですわよ!! あなたはロザリーのところ!!」
ウェンディを後ろから抱きしめるロザーリア。ウェンディの反対側からぎゅっとオリガに抱き着くスヴァンフヴィート。
きゃっきゃっとしている四人が気付くと、チョッコーたちはすべて成仏していた。
「なぜ……?」
呟いたのは誰だったか。
光を弾く白い建物と石畳。
そこで月夜は足を止めた。
「この辺で。……っ、こんなふうに……ね?」
一真の手を引く月夜。ふたりの手がハートになる。
「ちょっ……!?」
「こ、こう」
ぎこちないハートの中に入れられたチョコレートはふんわりと成仏していった。
赤面して座り込む一真。
「ほぉ、悪くない写真だな……だが、俺様の方がよりいい絵面を切り取ってやるぜ」
颯爽と現れたのは彼らの知人のライガである。
「さっきから気になってたんだが、なんで一人でここに……」
「愚問だな、オキ。依頼は写真を撮る事。つまり、自分がモデルになる必要は無いんだぜ」
「!!」
「一真はダメだよ!?」
ハッとする一真へ慌てて釘を刺す月夜。ライガはお構いなしに教会を指す。
「いい場を見付けた。俺様にちょっと付き合え」
柔らかな自然光の差し込むクラシカルな教会の一室。ベールのようなカーテンが風に揺れて、その向こうにふたりは座る。
「ハートは他にもいるはずだ、もっと高みを目指そう」
ライガに諭されて、ふたりは唸った。
「こ、こんな……」
「え、じゃあ」
「オキ、お前の本気を見せてみろ。ツクヨ、もっと近く! レンズを変えるぞ」
撮影に対する静かな熱意、そして、機材への深い理解。見知った友人であるはずのライガに妙にプロのオーラを感じてしまうのは、彼の超俺様で自信家の性格ゆえか。煽られるままにふたりは教会の隅で向き合う。
月夜の黒髪を優しく撫でる一真。
一真の頬をそっと撫でる月夜。
互いの口でチョコレートの端を齧って──。
「よし!」
「ってなんだコレ!」
「──っっ!!?」
悶絶する一真と月夜を他所に、イメージ通りの絵が撮れたらしいライガはスタスタと次の獲物を求めて出て行った。
……一連の撮影であんなに増えたチョッコーノルマは完遂していた。
「……」
取り残されるとそれはそれで余計恥ずかしい。
「……え、えっと、一真、私ね」
月夜が震える手でずっと隠し持っていたそれを取り出そうとした。
一真の為に用意したチョコレート。ここで新たなチョッコーを増やすわけにはいかない。
「ちょ、ちょ」
ぱくぱくと唇を動かして、なんとかその先を言おうと勇気を振り絞ったその時。
「あ、月夜、チョコレートが頬についてんぞ?」
一真がそれをついと指すくって、ぺろりと食べた。無造作に。
「──か、かずまのばかぁあああ」
真っ赤になった月夜の叫びが静かな教会に響き渡った。
●ぜんぶフォトジェニック
空に茜色が差し始めた頃。
「ちょっと休憩しましょうか。チョコ食べろっていう話ですし」
「慣れぬ服は疲れるな。確かに休みたい」
デートよろしくあちこちを練り歩いた二人は広場のオープンテラスの一角へ腰を下ろした。
今までいくつもの写真を撮り、その出来栄えに承認欲求を満たされたチョッコーたちが感極まって次々に天に召されても、ふたりは今までひとかけのチョコも食べていなかった。ふたりの周囲にはもうチョッコーたちは残っていなかったが、昇天間際に食べて欲しいとそっと残して行った名店売れ残りショコラが詰まった箱が残っている。
見栄えも香りも良く、この時期でなければ中々お目にかかれない特別なチョコ。
飛鳥がそれを珍しそうに眺めていると、いつの間にかワゴンショップで買い物を済ませた楓が戻って来た。
「ということで、ジュース買ってきました♪ チョコでも食べながら飲みましょう♪」
「ありが──」
受け取ろうとしたその手が止まる。
楓が差し出したるはひとつのグラスから二本のストローが出ている例のアレである。
「いや待て、なんだコレは。得体の知れぬ面妖な空気が……」
バカップル以外には許されないアレが、まさかこんな所で売ってるとは──と嬉しく思う楓。
しかも、コレ、同時に吸わないと飲めないと言う最新式のアレである。
「あらあら、売っているということは普通に飲む人がいるっていうことです。ささ、ほら♪」
「……ううむ」
そうなんだ? それでいいんだな? などと、疑念は尽きないものの押しに弱いのか、つい手に取る飛鳥。楓の押しが強いのかもしれない。
何度かチャレンジして乾いた喉を潤す。
すると、今度は楓がチョコを摘まんで飛鳥の口元へ運ぶ。
「はい、チョコも、あーん♪」
うっかり受けてしまう飛鳥。
もう歓喜と興奮によって脳から色々な汁が出ている楓。勿論、スタッフの協力や自撮り棒などを使い、ちゃっかりと写真は撮っている。
戸惑う飛鳥は言うに及ばず、幸福な脳内麻薬にたっぷり浸った彼女は美しく輝きとても綺麗だ。
その様子に、このじれったいカップルに入れ込んで思わず追って来てしまったファンたちが公園のあちこちで涙を拭った。
後日、ふたりの写真は広告でありながら高値で取引されたと言う。
後日、H.O.P.E.の一室へ集められた参加者たちへジャック・ハートからのポートフェリオが渡された。
事前確認があったようにそれらは各媒体での広告に使われたらしく、別に閉じられた加工済みのそれには愛や恋に関連するこそばゆくなる言葉がふんだんに散りばめられていて彼らを悶絶させた。
「あら、あらあら♪」
「こ、これは……!」
依頼通りの仕事をこなしたと言えばそうなのだが──明らかに見た目カップルな自分たちの写真を目にした飛鳥は困惑した。反対に楓は大切そうにそれを仕舞いこんだ。
「まあ、いつの間に」
「あはは、楽しそうー!」
「あら、私ではないみたいね」
「わたくしとお姉さまだって!」
ぎゅっと顔を寄せ合うオリガとウェンディ、ロザーリアに後ろから抱きしめられて驚くウェンディ、オリガに猫のようにしがみつくスヴァンフヴィート、ベッドに楽しそうに転がる四人。ばらばらと散らばったキュートな形のチョコレート。
これらの写真は一部だ。
成仏させたチョッコーたちの数以上に写真はある。
その中で、ライガは一枚の写真を手に窓辺で佇んだ。
それは、海辺でしっかりと手を取り合い、見つめ合う一真と月夜の一瞬を切り取ったものだ。
「……新たな、才能の開花か。我ながら恐ろしいな」
彼だけに特別に贈られた高級チョコレートを摘まんで、ライガは満足そうに笑った。
ジャック・ハート大絶賛のその写真は各国の都市部のビルなどに大きく張り出されて好評を博したらしい。
ちなみに、盗撮されたモデルの友人たちは今からそのことを知る。
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結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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