本部

【幻灯(番外3)】正義の値段

電気石八生

形態
ショートEX
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 8~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/02/05 17:27

掲示板

オープニング

※現在展開しております【幻灯】の番外ストーリーです。シリーズ本編に参加されているPC様は参加不可となっておりますので、その旨ご了承いただけますようお願いいたします。

●17:23
 部下と共にその島へと踏み込んだテレサ・バートレット(az0030)が見たものは。
 撒き散らされた海賊たちの骸と、そのただ中に立つ長身痩躯のアフリカンであった。
「遅かったね」
 振り向いたアフリカンが静かに笑む。
 凄絶な血臭に目眩を感じながら、それでもテレサはアフリカンへ踏み出し――かけた足は、1ミリだって動いていない。体が全力で拒否しているのだ。あの男に近づくことを。
『テレサ、あれ……やばいアルよ』
 テレサの内よりマイリン・アイゼラ(az0030hero001)が警告した。いつもの明るさは欠片もない、か細いばかりの声音で。
「テレサ・バートレット。こんなお嬢さんに特務エージェントやらせるとかお父さん、親馬鹿だねぇ」
「あなたは」
 声が震える。それを悔しいとか情けないと思う余裕すらなかった。歴戦の特務エージェントであるはずの彼女が、獅子を前にした小娘のようにすくんでいた。
「この島に監禁されてた海賊全員、監視役の海賊に殺されたよ」
 アフリカンは尖った肩をすくめ。
「3時間57分。僕がH.O.P.E.に連絡を入れて、君がここへ来るまでの時間だ。演者に開演を待ってもらうには長すぎたね」
『ラウラ・マリア・日日・ブラジレイロの部下が囚われている場所を特定した。救助を頼む』と座標データが本部に届いたのは約4時間前だ。
 テレサの行動は迅速だったはずだ。たとえ最悪の結末が訪れたらしいことを見届けることすらできず、こうして立ち尽くすよりないのだとしても。
「君はすぐに飛び出すべきだった。ひとりでもね」
 したり顔のアフリカンに、テレサの部下であるドレッドノートが跳びかかる。
「全部おまえがやったんだろう!?」
 ドレッドノートの疾風怒濤が三度空を切り、まっすぐ崩れ落ちた。三撃にそれぞれ拳を合わされ、肝臓、鳩尾、こめかみを打ち抜かれたのだ。
 これが東京海上支部のエージェントを幾度となく打ちのめしたという、魔法のようなカウンター攻撃か。
「僕は見てただけさ。監視役を殺したのはサービスかな」
 チームは一斉にアフリカンの包囲攻撃を開始したが――あらゆる近距離攻撃はくぐり抜けられ、遠距離攻撃はすり抜けられて、ひとりひとり急所を拳で打ち抜かれ、昏倒する。
 “長い戦いの歌”……通称ソング。元マガツヒの客分にして現在は『OO』なる未確認組織に籍を置くという、個として最高の域にある暴力の化身。
「大丈夫、殺してないよ。H.O.P.E.とは話し合いもできてないしね」
 ひとり残されたテレサの眼前に、笑みを湛えてソングが立った。
「……あたしたちは、悪を赦したりしない」
 絞り出した言葉が強がりでしかないことを、テレサ本人が誰よりも知っている。それでも言わなければならなかった。だってあたしは――
「ジーニアスヒロイン」
 思うよりも先に、唱えるつもりだったワードを口にされる。
「そのポケットへ詰め込んだ正義、いったいどれくらいの価値がある?」
 硬直したテレサの耳元にソングは唇を寄せ。
「君の正義は、安い」
 離れた。
「報告しておいてよ。捕虜の救出は失敗。ただしジャンク海賊団の一党は無力化したって」
 遠ざかっていく背中に、一発の弾丸を撃ち込むこともできなかった。

●20:42
 ジョアンペソアの裏路地にある酒場。
 人目の届きにくい隅の席に座したソングはピンガをなめて。
「夢を叶えてほしい。これが彼らの伝言だよ」
 向かいのラウラ・マリアへ告げた。
「世話かけたね」
 ラウラ・マリアは表情を揺らがせることもなく、ただうなずいた。
 先の会談で泥を塗られた幹部が、その体面のため彼女の部下を殺すだろうことは悟っていた。
 それでも彼女が動けなかったのは、より多くの――彼女が支援するサンパウロのストリートチルドレンを盾に取られたからだ。
 元は彼女もストリートチルドレンのひとり。弱者がどれほど容易く強者の悪意に殺されるものか、十二分に思い知っている。
 言い訳をするつもりはない。自分が大切な部下見殺したことを。しかし。
「あんたはあたしの敵だ。次会ったときには、殺る」
 ソングはショットグラスの中身を干し、立ち上がる。
「今すぐでもいいんだけど、ちゃんと相手してほしいしね。……今回の黒幕は僕らが抑えた。君は少なくとも、明日の朝までは自由だ」
 かくて独りとなったラウラ・マリアはグラスを置いた。
「行くかい」
『ようそろ、だな』
 内から答えた英雄ジオヴァーナがライヴスを燃やす。
 死者に贖うため、行く。
 己とジオヴァーナに報いるため、行く。
 奇しくも今日は日曜日。例の鏡面体が口を開けるまでもう少し。
 ラウラ・マリアは左右に佩いた日本刀の柄頭を押さえ、歩を早めた。

●21:59
 ブランコ岬の灯台。
 螺旋階段を登るラウラ・マリアはふと頭を下げ、飛び込んできた弾丸を避ける。
「H.O.P.E.の番人が、ひとり」
 上の誰かにあえて聞こえるように言った。ひとりで止められるって、本気で思ってんのかい?
「この灯台はH.O.P.E.の管轄下にあるわ。一般人を危険へ近づけさせるわけにはいかない」
 頑なさをごまかすために感情を押し殺した、女の声。
 一気に抜き放った日本刀を両手に携え、ラウラ・マリアが跳んだ。手すりを伝い、壁を蹴り、体を宙で転じ、次々撃ち込まれる銃弾をかわしていく。
『あたしたちだけじゃ抑えらんないアルよ!!』
 上からラウラ・マリアを撃つジャックポットの内より英雄が叫んだ。
「あたしがパパからもらった正義にかけて、海賊を見逃したりしない! 危険区域に行かせもしない! “長い戦いの歌”を、絶対捕まえる!!」
 ジャックポット――テレサが食いしばった歯の隙間から言い放った。
「本音はそれかい。旦那もめんどくさい置き土産しこんでってくれたもんだ」
 かくて呼び出された日本刀が豪雨となって降り落ちる。壁に、階段に、そしてライトを取り巻いて突き立った刃が共振し、太い音色を奏であげた。
 激しくシェイクされたテレサの内臓が引きちぎれるが、それでも。
「行、かせない……!」
 バレットストームが灯台の内を跳ね回り、ラウラ・マリアへ殺到した。
「ち!」
 防御も回避も放棄、ライト目ざして駆けるラウラ・マリア。そして。
 女海賊の伸べた手ごと、銃弾がライトを撃ち抜いた。
「!?」
 砕けたライトからあふれ出す、黒。
 共に傷ついたテレサとラウラ・マリアは避けることもできぬまま、黒に飲まれて消えた。

解説

●依頼
1.ドロップゾーンに飲まれたテレサ・バートレットを救出してください。
2.謎の従魔4体を倒し、情景を脱出してください。

●状況
・ジョアンペソア支部より東京海上支部へ緊急連絡が入り、「テレサ・バートレットがドロップゾーンに飲まれた」旨が伝えられました(ラウラ・マリアについての言及はありませんが、予想は自由)。参加エージェントはそれを受けて緊急出動します。
・灯台へ至るまでの過程に障害はなし。
・灯台の内は黒に満ちており、どこから侵入しても同じ情景の内に放り込まれます。
・エージェントが行く情景は、3年前の『ブランコ岬防衛戦』において、東京海上支部からの増援が到着し、海から攻め寄せた愚神と従魔群を押し返し始めたその瞬間となります(お手数ですが、『【幻灯】痕(http://www.wtrpg0.com/scenario/replay/5088)』のオープニングと解説をざっとご確認ください)。
・この情景内に、その場にいなかったはずの新種のケントゥリオ級従魔が4体現われます。
・戦場のどこかにいる傷ついたテレサを探して保護してください。
・テレサはラウラ・マリアの捕縛を頑なに実行しようとします。
・ラウラ・マリアと共闘するも敵対するも自由です。

●謎の従魔
・ドレッドノート、ブレイブナイト、ジャックポット、シャドウルーカーをそれぞれ模しているようですが、詳細は不明です。
・4体を倒すまで脱出不可。

●愚神
・上半身は褐色の女、下半身は蛸というスキュラ型。
・最後方に位置し、自分からは攻撃しません。

●備考
・魚人(ミーレス級従魔)600の相手は、基本的に増援がします。
・ラウラ・マリアは情景内で「見る」ことができませんでした。
・脱出後、灯台の外でソングと会合し、ラウラ・マリアは彼の手を取ることになります(彼女の捕縛は可能。そうすると彼女は物語から退場します)。

リプレイ

●反撃
「そっちで抑えてる情報は?」
 輸送機の内、ジョアンペソア支部からの返信を聞いた赤城 龍哉(aa0090)は眉をしかめた。
「テレサはひとりで例の灯台に向かった。反応が消えたのは22時ジャスト。現在調査中だそうだが、現場に残ってた弾痕と大量の日本刀の欠片からして、ラウラ・マリア・日日・ブラジレイロと交戦した模様……だそうだ」
『“長い戦いの歌”の関係も気になりますけれど、そちらは?』
 内から問うたヴァルトラウテ(aa0090hero001)に、龍哉はただかぶりを振ってみせた。
「ドロップゾーンの中にいるのかな、ソング?」
 ギシャ(aa3141)が内のどらごん(aa3141hero001)に話しかける。
 あのアフリカンが欲しいのは敵だ。テレサに接触をしてきたのは彼女か、それを追うエージェントを自らの敵に仕立て上げたいためだろう。
『中か外かは知らんが、関わった以上はいるだろうさ。が、今はテレサの保護を優先しろ』
 どらごんの言葉にゆるりとうなずいたのは、八朔 カゲリ(aa0098)と共鳴し、主導をとったナラカ(aa0098hero001)である。
「彼奴の性を思えば、テレサを撒き餌に我らを釣りたいのだろうよ。もっともテレサ自身も喰らい尽くすつもりなのであろうが」
 ナラカの薄笑みに顔を上げたリィェン・ユー(aa0208)はなにかを言いかけ、結局口をつぐんで前を向いた。その間にもその後にも、両の手を握り締めては開きを繰り返しながら。
『心配はわかるが、じゃからこそ鎮まれ。心泡立てば手の迅さを損なうぞ』
 平らかな声音でリィェンをいさめるイン・シェン(aa0208hero001)。
 その様を見やりながら、ナラカはふと息をついた。

 海岸についたエージェント一行は疾く灯台へ向かう。
 砂浜にはジョアンペソア支部のエージェントが散り、東京海上支部の援軍へ敬礼を向けてきた。
『なんだべなんだべ? 雁首そろえてお見送り、踊る阿呆を見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損々だがや』
 内で呆けた声をあげるノエル メタボリック(aa0584hero001)に、彼女に主導を渡したヴァイオレット メタボリック(aa0584)が応えた。
『この一件、ジョアンペソア支部は東京海上支部に預けておるようぢゃからの。己らで踏み込まぬは誠意なのぢゃろうて』
 一同の最後尾を行くバルタサール・デル・レイ(aa4199)は気のない顔を灯台に向け、本来ライトが輝いているはずの位置にわだかまった闇を見る。
「俺をここまで引っぱってきたわけはなんだ?」
 内の紫苑(aa4199hero001)はいつもと変わらぬ笑みを返した。
『あの中では過去が見えるそうだよ。盲目のラウラ・マリアはいったいどんな光を見るのかな?』
「……いるかどうかはわからねぇぞ?」
『いるさ。そうでなければ、頑なな正義と対した意味がない。そしてこれだけの跡を残している以上、傷ついていないはずもね』
 一方、先頭の雪室 チルル(aa5177)は一同を振り返り。
「よーし、さっそく中に入るよ! あたいに続けー!」
 ずんずん灯台へ進んで行くチルルの内から、スネグラチカ(aa5177hero001)が『んー』と声を発して目をすがめる。
『中、どうなってるのかな? 変な迷路とかじゃなきゃいいんだけど』
「行けばわかるさ!」
『……そうだね! よし、行こう!』
 続く美空(aa4136)はふんすふんすと鼻息を吹いて。
『美空もいよいよドロップゾーンデビューであります! わくわくしますねー、解説のひばりさん?』
『なんにも言えないですぅ……』
 ひばり(aa4136hero001)の反応は鈍かったが、ともあれ。
 わかっていることはほとんどないに等しい。むしろこれから知れるのだろうと、美空は思っている。だから覚悟だけは決めておいた。それから、サイン色紙の準備も。
『今日こそラウラさんにサインもらわないとでありますよ』

 一同は灯台の入口へ立つ。
 ただの一歩で世界を越え、どことも知れぬ過去へ落とされて、降り立った。
 そして見たものは戦場――先ほどまでいたはずの海岸で繰り広げられる、エージェントと魚人どもとの戦いであった。
「見た感じ戦争のまっただ中って感じね。昔の情景ってやつ?」
『どこかにテレサがいるみたいだし、手遅れになる前に急ごう!』
 スネグラチカがきょろきょろと景色を見渡すチルルを急かす後方で、梶木 千尋(aa4353)が形のいい眉をひそめた。
「……心象世界を再現すると聞いていたわ」
 皮肉な笑みを返すのは、内の高野 香菜(aa4353hero001)。
『この戦闘は君の心象世界じゃありえない。結局のところ、ドロップゾーンを形成する愚神の都合しだいってことかな』

 乙橘 徹(aa5409)の内にあるハニー・ジュレ(aa5409hero001)は鼻を鳴らす。
『おぅ、なんとも惨たらしい戦場よ。……死ねるだけマシじゃがの』
「ちょっとリアルなだけの映画だよ。気にすることない」
 言い切った徹は、数十メートルの先にある戦場へ視線をはしらせた。
 この情景が3年前にここで繰り広げられたのだという『ブランコ岬防衛戦』のものであることはすぐに知れた。状況からして、当時のジョアンペソア支部長が押しとどめていた東京海上支部からの増援がついに突入を果たし、愚神群を押し返し始めたそのときか。
 だとしても、今自分たちが為すべきは幻影の加勢ではない。
「バートレットさんを探さないと……その前にユーさんと合流か。待ち合わせ場所、決めておくべきだったな」

 過去の情景を駆ける過去の増援の後方に現われたヴァイオレットは、共鳴体の内に在る自らを見下ろし、うそぶいた。
『ふむ、老婆のままかの。まあよい。長き老いは“主”がわらわに課されたもうた罪なのぢゃから』
 と、ノエルが内で応える。
『おらはおぬしと茶飲み話がしたかっただ』
 言外に含まれた意図を察しながら、ヴァイオレットは言葉を重ねた。
『話相手ならこの情景のどこかにおるよ。――わらわのことは気にするでない。ノエル姉様を今のように肥えさせたのはわらわぢゃからの』

「なるほど。例の報告書のとおりだな――ここはブランコ岬防衛戦の情景だ。それも東京海上支部の増援がついた後のな」
 ブレイブザンバーを手にした龍哉は通信機で各員へ通達し、最前線へと駆け出した。
 愚神からすれば敗北したはずの過去を再現する意味、そこにいかなる企みがあるものか。
 なんにせよろくなことじゃねぇだろうからな、潰すだけだぜ!

●混戦
「命綱切れてるンゴ?」
 美空は自分の腰に目をやり、首を傾げた。
 灯台に入る前、一方の端は自分に巻きつけ、もう一方はジョアンペソア支部のエージェントに託してきた野戦用ザイルが丸っと見当たらない。
『持って来れなかったんじゃないでしょうかぁ?』
 ひばりの言葉にぽむと手を打つ。ここはドロップゾーンというばかりでなく、過去だ。今このときの現実と線で繋ぐことはできないわけだ。
『それにしても、持ち込み可なら連結も可にしといてくれたらいいのにでありますね。ともあれ、お母様を外から引っぱってもらって救出作戦は失敗でありますが、作戦は一部改変して続行でありますよ』
 透明棺桶型盾“あなたの美しさは変わらない”を引っかぶり、美空は灯台を背に匍匐前進を開始する。サンドエフェクトも併用しているから、魚人どもにも見えないはず。
「待ってるンゴよお母様! 絶対見つけるやでー」

 空に放った鷹は、何処からとも知れぬ弾丸に撃ち抜かれ、わずか1秒で墜とされた。
『どこかにスナイパーいるね。テレポートショットってことはー、テレサ?』
『テレサなら鷹から隠れる必要がない』
 ギシャにツッコんでおいて、どらごんは思考を巡らせる。鷹を落としたいのは敵だ。とはいえ愚神にも魚人も、テレポートショットは使えまい。だとすれば。
『じゃ、ギシャたちの知らない敵だ』
 どらごんはうなずき、戦場の側面への潜伏移動を指示した。
『この戦場が過去という映画なら、勝敗の如何など無視してかまわん。注視するべきは、テレサとそれ以外の何者かが起こす動きだ』
『はいはーい。怪しいヤツにはヘッドショット♪』
 ギシャは仲間へスナイパーが隠れていることを告げ、闇へとすべり込んでいった。

「くそ、なんでまたこんな面倒の中に――どこにいるんだ、テレサ!!」
 混戦のただ中に降り立ったリィェンは魚人の三叉槍を屠剣「神斬」――別名“極”で弾き、テレサの姿を探す。
 彼女がここにいるなら、もっともエージェントが危険に晒されている場にある。これは予想なんかじゃない。確信だ。
 しかし。
「ジオヴァーナ!」
 かすれたアルトが響き、空より無数の日本刀が降りそそぐ。
 魚人に突き立った刀が次々と折れ砕け、野太い咆吼をあげて刃の雨を逃れた魚人を引き裂いた――と、思いきや、ラウラ・マリアが膝をついた。左腕に穿たれたいくつもの弾痕から血が噴き出している。
「あれはテレサの刻んだ傷か――!」
『ふむ、テレサ嬢ならずラウラ・マリアと行き会おうとは』
 インの言葉が、殴り潰された空気の悲鳴にかき消された。
「お任せ!」
 とっさに“極”を構えて防御姿勢をとったリィェンをチルルがカバーリングしたが。
「わっ!」
 クリスタルフィールドの表面に張った凍結の力場が砕け散り、止めきれなかった衝撃がチルルの体勢を前のめりに崩す。
『なにこれすっごい力!』
 スネグラチカが驚きの声をあげた。
 対して、チルルの盾から固い触腕を引き剥がし、再び振り上げた巨体の主は。
「ブルルブルブ」
 烏賊と人を混ぜ合わせたような醜悪な面でさえずった。
「――邪魔だぜ!」
 魚人を振り切って跳び込んできた龍哉が、残像を残す速度で上体を思いきり倒し込み、がら空きの烏賊人の足元を大剣を横薙いだ。
 ガギン! 刃が弾かれ、龍哉はそのまま肩から砂上へ転がる。
「龍哉!!」
 龍哉の挙動に合わせて踏み込んでいたリィェンが彼の腕をつかみ、引き上げた。
「おお!」
 体勢を立てなおした龍哉がリィェンとカバーし合い、構えた。
『これはもう見るからに蟹じゃな』
 インが思わず漏らす。
 烏賊人をカバーしたのは、蟹人。
 攻撃と防御をどちらも為すためだろう、巨大な左爪を砂から引き抜き、「キチキチキチ」と甲高い鳴き声をあげた。
『敵陣を崩すドレッドノートと前線を支えるブレイブナイト、ということですの?』
 ヴァルトラウテの言葉に龍哉が口の端を苦く吊り上げた。
「そういうことらしいな」
『このようなものがいるとは想定外じゃが、これだけとも限らぬところが悩ましい』
 インの言葉にリィェンが目を剥いた。
 このような個体が報告された例はないはずだ。だとすればこれは、顛末の定められた情景に愚神が投入した新要素ということになる。
 それが目の前にいる2体だけとは限らない。むしろ戦場のあちらこちらにいる可能性も――
「龍哉、すまんが俺は行く」
 答を待たず、リィェンは戦場の後方へと駆け出していった。
『イカでもカニでもやることいっしょだよ!』
 スネグラチカの声を合図に、チルルは守るべき誓いを発動。盾の後ろに肩を預けて固定し、烏賊人と蟹人へ向かう。
『みんなけっこうバラバラに動いてるのは痛いけどね』
 スネグラチカの言葉にうなずき、チルルはさらに体勢を固めて前進した。
「あいつはあたいが引きつけるから! 攻撃任せたよ――そこのダブル眼帯も!」
 ラウラ・マリアが青ざめた顔に苦笑を浮かべた。
「って言ってるけど? あたしは愚神に会いたくってね。それまでだったら協力してもいいし、協力してもらうのもいいさ」
 背でリィェンを見送った龍哉はラウラ・マリアへ笑みを向け。
「初見で信用しろとまでは言わねぇ。だが、敵の敵は味方だとお互い思っとこうぜ」

「なにあれ?」
 味方前衛の後方。
 千尋が魚人の向こうに現われた烏賊を見て眉をひそめる。
『烏賊と蟹だな』
 香菜の応えは短いが、状況はある程度知れた。
 ブランコ岬防衛戦にいなかったはずのものがいる。すなわちこれこそがゾーンルーラーの意図。
「だとしても、まずはテレサよね」
 飛盾「陰陽玉」は不規則に千尋の周囲を飛び回り、魚人の攻撃を弾き続けている。抑えきれなくなる前に、目的を果たさなければ。
『なら、彼と組んで動くのがいいかな』
 魚人の波をかきわけ、テレサを探すリィェンを指して香菜がため息をついた。
「とりあえずはカバーしておきましょうか。あのまま走らせておくわけにもいかないし、目的はいっしょだものね」
 同じくため息で応えた千尋は飛盾を巡らせ、リィェンのカバーに入る。

「タチゴリさんの居場所が最前線だったのは予想外だったけど、愚神の狙いが少しわかってきた」
 状況を確かめた徹はリィェンとの合流を果たすべく、戦場を駆ける。
『そもそもいなかったはずの強力な従魔を投入し、定まった過去を引っくり返していかにするか、じゃな』
 ハニーが徹の思考を導いた。
「ああ。多分これはシミュレーションなんだ」

 同じころ、予想を外したもうひと組が戦場の後方に目線をはしらせていた。
『無駄な戦闘は避けるかと思っていたのだけれど』
 紫苑の言葉にバルタサールは「ふん」、SSVD-13Us「ドラグノフ・アゾフ」のスコープからすがめた左目を外す。
「愚神を目ざす最短距離なんだろうよ」
『だとしたら、彼女は“光”を見ることができなかったんだね』
 どこか寂しげに紫苑は息をついた。
『――ジーニアスヒロインは予想どおり、後衛にいるのかな?』
「理由は知らんが、ラウラ・マリアを追っているならそうだろう。確実に一発をぶち込める場所で息を潜めてるはずだ」
 戦場全体の動きを俯瞰すれば、想定外の淀みや濁りが見えてくる。元々が勝ち戦だったのだから、不自然さは余計に目立つ。

『ラウラ・マリアが見つかった』
 戦場の中程に位置取ったナラカの内より、カゲリが静かに告げた。
「ならば行こうか」
 妙齢の女子たる肢体にまとった和装の袂を閃かせ、ナラカは戦場のただ中を渡り始めた。
“天剱”の銘を与えた天剣「十二光」にこびりついた錆が、くべられたリンクレートに焼かれてこぼれ落ち、その刀身の一部を露とする。
『テレサはどうする?』
「この情景の目はラウラ・マリアだ。すべてはあの女海賊に集まりくるだろうよ」
 光も闇も、一様にな。
 ナラカは胸中に残した言葉をそのままに、進む。

●始動
 烏賊人と蟹人の登場で、戦局の天秤はわずかながら愚神群へ傾きつつあった。
 蟹人のカバーを受けた烏賊人の大振りが過去の情景に散ったエージェントを幾人も砂へ転がし、さらには龍哉、チルル、ラウラ・マリアを追い立てる。
「前を開けな!」
 ラウラ・マリアの右手から噴き出した日本刀の奔流が蟹人の甲羅を削り、よろめかせたが――砕くには至らない。
『例の音波攻撃が使えたならあるいは……なのでしょうけれど』
 眉根をしかめるヴァルトラウテ。
 この状況において共闘は絶対不可欠だ。しかし今、龍哉の相棒たるリィェンを始め、多くの仲間がテレサ捜索に向かっている。傷つき、機動力を封じられたことで無差別攻撃の機を作れずにいるラウラ・マリアの加勢程度で戦力不足は解消できない。
「せめてあいつらの裏まで突っ込めたら……」
 吐き捨てたラウラ・マリアの前に、ヒールアンプルがころり。
「Deus abencoe(神のご加護を)!!」
『現実ならぬ情景の内でどれほど効くかもわからぬが、わらわたちからの挨拶ぢゃ』
 ノエルの野太い声がだらしないポルトガル語を響かせ、続くヴァイオレットが厳かに告げた。
「……ばあさん、珍妙ななりだけど尼かい? あたしみたいなのにまでご加護を祈ってくれるなんて大変だねぇ」
 アンプルを躊躇なく自らの腕に突き立てるラウラ・マリアへケアレイを重ね、ノエルは満足げにうなずいた。
「踊る阿呆は多いほうがよいぢゃろ? 阿呆と阿呆でVamos dancar(いっしょに踊ろうぞ)!」
 ラウラ・マリアに共闘を申し出るノエルの後ろからふわりと歩み出し、烏賊人の触腕をその腕で受け止めたナラカが言葉を重ねた。
「さて。汝がものならぬ情景の内、なんぞ見えたか?」
「なにも。だから愚神に会わなきゃならないんだよ。あたしが“見える”昔に落とせってね――そうでなきゃ意味がない」
 両手に日本刀を握ったラウラ・マリアが言い捨て、ナラカの脇をすり抜けていく。その見えぬ両眼の先に従魔群を据えて。
「光を求め、贖いと報いを負って進むか。尊き輝きだよ」
 ノエルと共に、ナラカがラウラ・マリアのカバーについた。
 それを見やり、龍哉は視線をチルルへ飛ばす。
「ってことだ。こじ開けるぞ」
「了解っ!」
 守るべき誓いはまだ効いている。チルルは龍哉の姿を隠して位置取り、声をあげた。
「イカとカニー、あたいのこと見ろー! これからぶっとばしてやるからねー!!」
 声に紛れ込ませるようにスネグラチカがささやく。
『ぱぱっと1体倒して数の優位と時間の短縮狙ってこう』
 隠れているらしい敵も怖いが、今はなにより眼前の敵を減らすのが先だ。
 チルルの大きな動作に釣られてじりじりと動き出す烏賊人と蟹人。
 よし、そのまま。そのまま来い。蟹人と烏賊人の足の位置を確かめ、チルルは一気に踏み出した。なにかを考えての一歩ではない。しかし、そのまっすぐと迷いのない歩は逆に従魔を惑わせ、注目を釘づける。
 その最中、龍哉がブレイブザンバーへ静かに語りかけた。
「起きろ、“凱謳”」
 かくて起動したAIは鍔元に仕込まれたディスクユニットを急速回転、刀身を金に彩づかせていく。
『他の連中が着くまでに、烏賊だけでも仕末しとかねぇとな』
 体内に巡らせたライヴスを両脚に押し詰め、龍哉が内で言い放つ。
『我が名と盟約において、折れぬ闘志に勇気の加護を』

 戦場を監視し続けていたバルタサールが動く。
「光だ」
 剣閃ではない。ましてや月明かりなどではありえない。
 あれは、スコープのレンズの照り返し。
『かくてジーニアスヒロイン、女海賊に裁きの光をもたらさん――か。正義を為すなら止めることもないだろうけど?』
 歌うように語る紫苑へ、バルタサールは口の端を歪めてみせた。
「正義の味方は俺の仕事じゃねぇよ」
 通信機に照り返しの位置を告げた彼は、そのまま引き金を絞った。
 続けざまに撃ち出される3発の狙撃弾。
 弾は狙い過たず、魚人の三叉槍を削ってその腕を這い、首筋に潜り込んで爆ぜさせた。
『勇者よ、此は導きの光ならん。意外ときみも詩人だね』
 紫苑の皮肉に応えず、バルタサールは再びスコープの先へと目線を伸ばす。

『お母様がここまで撃たないのは、ケガが相当深いものと推察されるのであります。速やかな治療が必要でありますよ』
 バルタサールの連絡を受け、匍匐前進から中腰移動に切り替えた美空は、棺桶盾の表面をかすめる三叉槍や水鉄砲で転ばないよう注意しながら急ぐ。
『ケガ治したらテレサさん、海賊さんのところに行っちゃうんじゃないですかぁ?』
 ひばりの心配そうな声に、美空は内でかぶりを振り振り。
『その心配は後ですればいいのであります。敵スナイパーが潜伏しているようですし、優先順位をまちがえては全部を失うことになりかねないでありますから』

 美空と同じくバルタサールの連絡を聞いた徹は即断した。
『ユーさんたちとタイミングを合わせて、テレサさんを保護する』
 内で言う徹にハニーは小首を傾げ。
『かの女子は海賊を狙っておるようじゃぞ? おぬしも海賊は見逃さぬ気なのじゃろ。このまま撃たせるか?』
 徹は魚人の三叉槍を機械化された左手で払った勢いを利して方向修正する。
『今は止めるしかない。そもそも海賊団はタチゴリさんを抑えるために部下を人質に取ったんだろう? 実利より面子を取ってもいいのはどんなとき?』
 ハニーは少し考えて、苦い声を返した。
『――別なる人質があり、自分たちがそれすらも殺せることを示すときじゃ』
 徹はうなずき、言葉を重ねた。
『だとしたらタチゴリさんを逮捕するだけじゃだめだし、なにより彼女って戦力は失えない』
 この情景は愚神による“架空戦記”だ。負け戦に新戦力を動員し、どれほどの効果があるかを計るための。
 現実世界のことも気になるが、今は愚神の思惑をかなえてはならない。
「梶木さん、こちら乙橘です」

「――了解よ。愚神の都合に振り回されるのは私も本意じゃないから」
 徹からの個人通信を切った千尋は息をつき、魚人をかきわけて突き進むリィェンの背を見やった。
『そのかわり、誰かの都合に付き合うことになるわけだけど』
 内で漏らした千尋に香菜が笑んだ。
『誇りをもって誰かを支える10秒はけして無駄じゃないさ』

『戦局が動いたな。俺たちの出番ももうすぐだ』
 告げるどらごんに内でうなずきを返し、戦場の外に潜んだギシャはハウンドドッグのフロントサイトを巡らせた。
『ほんとはラウラ・マリアとリベンジマッチしたかったけど』
 彼女のターゲットはスナイパーだ。魚類なのか甲殻類なのかはどうあれ、闇雲に撃たないあたり、慎重で粘り強い性格なのだろう。
『練度が高いのか低いのか。いずれにせよ撃つそのときを見定めないとな。テレポートショットを連発されては厄介だ』
『がまんくらべなら負けないよー』
 機を待つのは暗殺者の得意とするところだ。そして闇を見透かすことも。
 打ち合う得物が散らす火花を頼りに、ギシャはそのときが来るのを待つ。

●蠢動
 震える銃身を抱え込んで抑え込み、テレサは引き金へ指を引っかけた。
 ところどころを裂かれた体からは今も命が漏れ出し続けている。目が霞む。指の感覚が消える。意識が、遠ざかる。
『テレサ……もう、だめアル……』
 マイリンの声に応える力はなかった。
 意識のすべてを手放してしまう前に、ようやく捕らえたラウラ・マリアの背へ弾を撃ち込んで逮捕……逮捕? もう動けもしないのに? ああ、それでも撃たなければ。この手には父から預けられた正義がある。その価値を証明できるなら、後のことはどうでもいい。
「バートレットさん!」
 横合いから飛んできた声音。
 なけなしの集中がぶった斬られ、テレサは焦る。このままでは――正義が――価値が――引き金を――
 果たして撃ち出された1発の弾丸が闇を裂いて飛び。
 ガギャッ! 重ねられた飛盾に弾かれて虚空へ消えた。
 え?
「テレサ!!」
 力強い手が、崩れ落ちる彼女を支える。
 次の瞬間、テレサの腕に突き立つピキュールダーツ。
「なんとか間に合いましたね」
 徹がさらなる治療体勢を整えてテレサにうなずきかけた。
「……あなたたち、この情景の外から?」
「今はきみの安全を確保するのが最優先だ――」
 声を漏らさぬよう奥歯を噛み締めたリィェンの代わり、内のインが応える。
『案ずるな。なにもない』
 リィェンはえぐられた背を隠し、筋肉に力を込めた。
 傷口からずるりと抜け落ちたものを後ろ手に拾い上げると、それは矢頭のごとくに尖った牙である。リィェンがカバーしていなければ、それはテレサに突き立っていたはずだ。
「テレサさんを確保しました。それと今、敵の狙撃が」
 テレサに聞こえぬよう通信機にささやきかけた徹は、なんでもない顔でリィェンに言う。
「カバーします。前線の仲間と合流しましょう」
 リィェンはテレサをかばって立ち上がり、静かにうなずいた。
「テレサ。きみの心情は誰よりも俺が知っているつもりだ。だが、今はこのドロップゾーンから脱出することを最優先してくれ」
 リィェンの腕の中、テレサが大きくかぶりを振った。
「あたしは海賊を見逃せないのよ!」
 目の前の悪を認めてしまえば、“正義”の値打ちは保てない。それはテレサという存在を、ひいては父たるジャスティン・バートレットの存在を否定することになる。あのアフリカンはここぞとばかりに嗤うだろう。だから認めない。認められるはずがない。
 かぶりを降り続けるテレサに、先ほど彼女の弾を弾いてラウラ・マリアの背を守った千尋が歩み寄る。
「ソングという男は筋を通してるわ。たとえそれが正義じゃなくてもね」
 千尋が突きつけた言葉に香菜が重ねて。
『悪人にだって彼らが信じる正義があるのさ。ソングもラウラ・マリアもそれを貫いてここにいるんだ。安いと嗤われるのは、きみの掲げる正義がきみ自身のものじゃなく、借り物だからだよ』
 なにも返せないテレサに背を向け、千尋は歩を進める。
「私にはよくわからないけど。意地を張るのは信じる正しさを貫くためじゃないの? たとえ自分の心と情を裏切ってでも」
 守るべき誓いを発動した彼女に、魚人どもの目が殺到する。
 ここからは誰かのためではない、彼女が彼女の生き様――華々しさを貫く時間が始まるのだ。
 香菜は薄笑みを浮かべて胸中で語る。千尋、きみは誰よりも正しさの有り様をわかっているよ。
 と。
 フラッシュバンの閃光が戦場を白く浮き上がらせた。
『こちらレイだ。予測射撃だが、今ので隠れてる奴が見えるかもしれん』
 通信機からは続けて紫苑の流麗な声音が流れ出す。
『聞こえているかい、ジーニアスヒロイン。きみの正義は誰の幸せのためにあるの?』
 辛辣な言葉はテレサを責め立てる。きみの語る正義は、きみを恐れや不安から守るための言い訳だよ。
『パパから借してもらった錦の御旗じゃない、自分の旗を掲げるんだね』
 唐突に通信が切れたと思いきや、テレサの背をケアレイが包む。
「……お母様はジーニアスネキよ。冷静になって戦況分析してほしいンゴ」
 棺桶盾の下から顔を出していた美空が伏射姿勢に戻り、テレサの背後で護衛についた。
「3年前にいなかった従魔が出てるンゴ。そのせいで勝ったはずの戦いが押されてるンゴよ」
 美空の説明に、テレサが思考を巡らせる。ここが3年前のブランコ岬防衛戦の情景であることは理解していた。そこに愚神が新手を送り込んだ……理由など考えるまでもない。
「予行演習」
 徹がうなずいた。
「そしておそらくは――」
「――ほんとの世界でもう1回やらかす気やで」
 美空が言葉を継いだ。
 愚神はもう一度、ブランコ岬を襲うつもりなのだ。エージェントを摸した従魔を投入したのは、その有用性を計るために。
「だとしても、俺がやることはひとつだ」
 リィェンもまたライヴスを燃え立たせて踏み出した。テレサを守り、強く。
「これ以上きみを傷つけさせはしない」
 たとえそれが盲目めいた過保護だとしても。きみの正義で救われた俺が、きみの正義を支え抜く。
 その内のインは、ただ沈黙を保つばかりである。
 テレサの目に映るものが、けしてリィェンの背ではないことを感じながら。

 フラッシュバンに焼かれた夜空の下。
 狙撃師と化したギシャはさらに精神を統一、ハウンドドッグの引き金を絞る。
 弾丸はかすかな弧を描いて飛び、届いた。すなわち、リィェンの背を撃ったスナイパーのこめかみへ。
「かくれんぼはおしまいだよ」
 弾と頭蓋骨がこすれ合い、一瞬、白光を散らす。それに照らされた敵スナイパーは、ウツボ人。
 見えた瞬間、跳び出していた。ギシャは換装した白龍の爪“しろ”の爪先を砂に突き立て、不規則な軌道を描いた。
 その体をウツボ人の噴き出した牙が削り、鮮血が吹き散る。しかしギシャは消せぬ笑みを曇らせることなく、一気に人の懐へ駆け込んだ。
『こちらの傷より、そちらの傷はどうだ?』
 どらごんの言葉に合わせるように、ギシャの右腕から解けたザッハークの蛇“にょろたん”が伸びだした。それをウツボ人の腿に食いつかせた龍娘はスライディング、後ろへ回り込んだ。
「ヘッドショットだよ」
 敵の膝裏につま先をかけて跳び、銃弾が弾けたこめかみに蹴りを叩き込む。
「ありゃ、割れてないかー」
 ウツボ人の硬い頭蓋の感触を確かめたギシャは、頬に刻まれた傷からあふれ出す血をぬぐい、低く身構えた。

「嘆かわしいな」
 ナラカがレーギャルンから抜き打った“天剱”の衝撃波が蟹人の左爪を削り、体勢を崩させる。
『リィェンか』
 カゲリの声に応えず、ナラカは言葉を継ぐ。
「好いた娘に降りかかる埃までもを払ってやろうと騒ぎ立てる。それは侮りに他なるまい。……彼奴は結局信じておらぬのだよ。テレサ・バートレットがひとりで立てることをな」
 それはむしろ、守らねば彼女のそばにはいられないとリィェンが思い込んでいるからなのだろう。根元にあるものが理性ではなく、感情だからこそ厄介なのだ。
 ともあれ。ナラカの一閃が蟹人のカバーを消費させた。
「行くのぢゃ!」
 ノエルが肩に担いだシルバーシールドを示し、ラウラ・マリアを呼んだ。
「ジオヴァーナ!!」
 それを蹴って跳んだラウラ・マリアが英雄の名を呼び、刃の豪雨を降りしきらせる。蟹人の爪が砂に縫い止められ、烏賊人の触腕が数本斬り飛ばされた。
『行っちゃうよ!』
 スネグラチカの言葉と共に、チルルは踏み出していた。これまで蟹人と烏賊人を分断するように動いていた。考えていたわけではない。これまで重ねてきた戦いの記憶が――染みついた経験が、彼女の「前進」に意義をもたらすのだ。
「イカ、実はよく見えてないよね!?」
 烏賊の視界はほぼ360度だが、一点を注視する力に劣る。
 チルルはまっすぐ烏賊人へ、全体重を乗せたウルグラスナを振り下ろした。厚くやわらかな肉を打つぐにゃりと鈍い感触が腕に伝い――意識を吹き飛ばされた烏賊人が膝をついた。
『雪室さん!』
 ヴァルトラウテの声を合図にチルルが飛び退いた。
 その後ろから現われたのは、黄金に輝くブレイブザンバーを右上段に構えた龍哉。
「とっておきの大津波、食らいやがれ!!」
 ただの咆吼ではない。それは体内から古い吸気を抜くための息吹である。
 かくて吸い込んだ新たな空気をライヴスにくべ、龍哉が踏み込んだ。
 最大強化が施された神経接合ブーツ『EL』が砂を踏み抜く重低音が響いた瞬間。
 五感、膂力、アクティブ、パッシブ、マスタリー、そして赤城波濤流の技、すべてをもって鍛えあげられ、研ぎ澄まされた重刃が烏賊人の胴を両断し、首を跳ね飛ばし、脳天を打ちつけ、すべてを爆ぜさせた。
 その場にある誰もが息を飲む。これがトップリンカー、赤城 龍哉の疾風怒濤か。
『とにかく残るは蟹のみ』
 もたもたと刃を押し倒して這い出す蟹人を見やり、ジオヴァーナが言う――その言葉尻に、闇から漏れ出した影の欠片がまとわりつき。
「こいつは――繚乱か」
 欠片に翻弄され、意識をかき乱された龍哉が頭を振り、膝をついた。
「しつこいー!」
 足場を変えながら欠片を剣で斬り払うチルルだが、欠片はさらなる密度を成して彼女へ襲いかかる。
 ドレッドノートとブレイブナイトが引きつけた敵の死角から忍び寄り、奇襲。それはまさに3年前のブランコ岬でジョアンペソア支部のエージェントが見せた戦術そのものだ。
 これはそう、テレサ、そしてラウラ・マリアの保護に気を取られ過ぎ、索敵が甘かったことが招いた必然の危機である。
「ち!」
 意識を半ば奪われたラウラ・マリアもまた体の均衡を崩し、砂へ転がった。
 その体にのしかかる、重み。
「Esta tudo bem(大丈夫)。落ち着くのぢゃ。動きを止め、心を鎮めよ」
 重みの元がノエルの体だと気づくまでに数瞬かかった。
「あんた」
 ラウラ・マリアの言葉を断ち斬り、蟹人の爪がノエルの背にゆっくりと沈み込み、脂肪を、肉を、臓腑を、さらに肉を突き通して腹の分厚い脂肪層まで達してようやく止まる。
『脂一枚で止まったべ。これも肥えたおかげだがや』
 内でうそぶくノエル。人外めいた面をぎちりと笑ませた。
『うむ。そなたにケガがなくてよかったのぢゃ』
 ヴァイオレットは共鳴体の傷にかまわず、ラウラ・マリアを触診し終えた。
「なんであたしをかばう?」
 ノエルの下でラウラ・マリアは眉をひそめる。
『――そなたがなにを為し、成すのか興味があってのぉ。わらわはヴィランを目ざす怪婆ヴァゆえ』
 ヴァイオレットが最初に飲み込んだ言葉は『そなたとわらわ、似ておるように思えたのぢゃ』。
 このときの彼女は知らない。ラウラ・マリアが自分と同じストリートチルドレンであったことを。しかし、強く感じていた。女海賊の見えぬ目に灯る渇望を。
 思い込みを語るは野暮というものぢゃが。わらわが勝手に思い込み、行動するくらいはよかろうて。
 繚乱の収まりを確かめたノエルが逆関節の膝を曲げて隙間を作り、ラウラ・マリアを自らの下から抜き出した。
「次はわらわたちが踊る番ぢゃぞ!」

●決着
 ウツボ人が牙弾を噴きつける。
 砂上に転がってかわしたギシャは“にょろたん”を縮めて間合を潰し、“しろ”の爪先で従魔のアキレス腱を薙いだが。
『手応えがない。人型なだけか』
 やれやれとうそぶくどらごん。
 その言葉に、通信機のレシーバーが応えた。
『だが、コアをぶち抜けば死ぬだろうよ』
 狙い澄ました狙撃弾がウツボ人の右脚の付け根に突き立った。一瞬の抵抗――それを回転力で引きちぎり、一気に潜り込んだ弾は突き抜けることなく、従魔の内を激しくかき回す。
「グ、ゲ、エェェェェ」
 口を裂けんばかりに開いてよろめくウツボ人の無機質な面をスコープで確認し、バルタサールはおもしろくもなさげに吐き捨てる。
「姿を晒したスナイパーは狩られる。……忘れてくれていいぜ。おまえに次なんざねぇからな」
『前線にシャドウルーカータイプが出たそうだよ。そちらはどうする?』
 紫苑の問いにバルタサールは淡々と。
「魚だろうがネズミだろうが同じだ。追い立てて、撃ち殺す」
 紫苑は夢見るように目を半ば閉じ、息をついた。
『そこでこの情景のヒロインたちと会えるかな。彼女たちの想いがどんな唄を語り上げてくれるのか、楽しみだよ』
 その声音をさらうように新たなる狙撃弾が飛来し、動きの止まったウツボ人の胸を穿った。
『ギシャさん、レイさん、シャドルカ探しに合流よろしくやで!』
 通信機越しに飛びだしてきたのは美空の声。
『……寄り道しちゃって大丈夫ですかぁ?』
 ひばりに内でうなずいてみせ、美空は棺桶盾の内、新たな銃弾を狙撃銃の薬室へと送り込む。
『数の優位を絶対にするため、味方の戦力を分散させている敵戦力を殲滅するのでありますよ』
 バルタサールの次弾がウツボ人の左脚を砕く様を確認し、美空は続いて引き金を引いた。
『テレサさんは大丈夫です?』
 おそるおそる切り出されたひばりの問い。含まれた意味がテレサの身の安全ではないことは知れている。それでも、結局はうなずくよりないのだ。
 ――大ダメージを受け、それでも反撃を試みるウツボ人。感じているのか知れない苦痛の内で忘れていたのだ。これまで自分と対し、死闘を演じてきた龍娘のことを。
「ゾンビと従魔はヘッドショットだよ?」
 白銀の爪が両のこめかみから頭蓋の内まで突き通された。
 なにが起きたものかを知ることもできぬまま、ウツボ人の視界がブラックアウト。

 チルルの押し立てた盾に蟹人の巨大な爪が突き当たったが、しかし。
 彼女はその質量と勢いとを受けきった。
「絶対押し負けない!」
『カニもシャドウルーカーも、まとめて止めてやるんだから!』
 あらためて発動した守るべき誓いを掲げ、チルルとスネグラチカがライヴスを燃え立たせる。
 ブレイブナイトは盾。その誇りにかけて、なにが来ようと仲間を守り抜く。
「――ブレイブナイトの意気と粋、見せてもらったわ」
 蟹人の横合いからふわりと割り込んだのは千尋だ。
 青き袂を閃かせ、蟹人の視界を奪ってもう一回転。逆手に握ったウルスラグナを甲の隙間へ一気に突き立てた。
「ギギ」
 並の従魔なら意識を飛ばされるだろうライヴスまといし刃。それをわずらわしげに見やった蟹人は千尋を振り飛ばすが。
『ブレイブナイト役だけあって抵抗値は高いようだね』
「それがどうしたってやつよ」
 香菜に応えた千尋は避けることなく後じさることなく臆することなく、その体を張って蟹人に対し続ける。その様はまさに、意気と粋を映した盾なる華であった。
「私は逃げないから追ってくる必要もない。でも」
 自らに釘づけとなった蟹人をさらに誘い込みながら千尋が笑んだ。
「追いかけるのは自分たちの仕事ですよ!」
 その隙に回り込んできた徹の骸切が、不自然なまでに小さな蟹人の右腕を突いてその姿勢を崩し。
「すまない、待たせた」
 勁へと変じたライヴスをそそぎ込んだリィェンの“極”が、がら空きになった蟹人の胸元を叩きつけた。
「そろそろ出てくるか」
 ナラカが“天剱”を空に薙ぐ。残されていた錆がまた落ち、黒く輝く刀身がほぼその姿を取り戻した、そのとき。
 エージェントの背後でかすかな気配が蠢いた。
「もう隠れらんないって思った?」
 ギシャの“しろ”が気配を薙ぎ、追い立てる。
 かくて現われたのは、ウミウシ人。砂色に変色させた体を縮めて闇へ紛れようとするが。
 バルタサールの狙撃で前へとのめった。
 その先に待つのは、全神経を集中させ、“空”と化していた龍哉。
『終わりですわね』
 砂を断ち割って伸び上がった大剣の切っ先がウミウシ人を斬り上げ、宙に飛んだそのやわらかい体を電光石火の斬り下ろしが叩き落とし、さらに地へ墜ちる寸前、再び斬り上げられて爆散した。
「……燕返し二の型、ってとこだな」
 すかさず蟹人へ刃の雨を降らせるラウラ・マリアへ、蟹人へ向かいながら徹が語りかけた。
「ドロップゾーンに入りたいという目的は達成したんでしょう? ここを出たら法の裁きを受けるべきです。人質を取られて強いられることはありませんし、人権も保障されますから」
 対してラウラ・マリアは。
「まだなんにも果たしちゃいない。あたしたちも死んだ奴らも生きてる奴らも」
『生きている奴らじゃと?』
 ハニーの疑問に対する答は返らない。
 そして。
「こっちも終わりだよ!」
 氷雪を映した白きロングコートをなびかせ、チルルが跳んだ。前へ、前へ、前へ――ウルグラスナの刃をきらめかせ、仰向けに倒れた蟹人の頭に渾身のライヴスリッパーを叩き込む。
 グジャリ。甲に食い込んだ刃を伝い、斬り潰されたコアの感触が流れ込んでくる。
 動きを止めた蟹人の向こうへ降り立ったチルルは刃を鞘に収め、ふと息をついた。

 結果を見届けた愚神は身を翻し、海へと沈みゆく。
 と。その頭上――先ほどまで頭部があったところを狙撃弾が行き過ぎたが。かまわずに姿を消した。
『……肝を冷やしてもらうには至りませんでしたね』
『でもでも! ひとりで愚神さんにご挨拶とか無茶ですぅ!』
 ピッケルハウベの前立てをあわあわ波打たせるひばりをなだめながら、美空はひとり唇を噛み締める。
 スキュちゃん。絶対、この好き勝手の代償を払っていただくのでありますよ。

●安い正義
「情景が――!」
 崩れゆく情景に見えぬ両眼をはしらせ、ラウラ・マリアが歯がみした。
『だめだ、間に合わない』
 ため息をまじえてジオヴァーナがかぶりを振った。
 その間にも情景は崩れ、崩れ、崩れ。踏み荒らされた海岸が現われるが、無人。
「エージェントがいない。どこへ行った?」
 バルタサールが辺りを見るが、どこにもその姿を発見することはできない。
 それにかまわず、ラウラ・マリアは無言で踵を返した。
「犯罪者を逃すわけにはいかない!」
 テレサが駆けだそうとして、その腕をリィェンの手につかみ止められる。
「待て。はっきりさせておくべきことがある」
 リィェンがラウラ・マリアへ問うた。
「きみはまだジャンク海賊団の一員か?」
 答えたのはラウラ・マリアならず、低く響くバリトン。
「海賊団はその子の部下が殺されるのを見過ごした。明日になれば、その子が保護してるサンパウロのストリートチルドレンを殺しに出発するよ。組織の面子のためにさ」
 麻のスーツに痩身を包んだソングがそこにいた。
「ラウラ・マリアはすでに海賊ならぬ身ということか。……して、海岸におった者たちはどうした?」
「眠ってもらってるよ。話の邪魔になるからね」
 ナラカに不殺をアピールしておいて、ソングはテレサを見やり。
「というわけだけど、ジーニアスヒロイン。君の正義は今も増え続け、いつ殺されるとも知れない誰かを救い、守り続けられる?」
「あたしは――あたしがパパからもらった正義は――!」
 顔を引き歪めたテレサが自由な左手で銃を引き抜き、ソングへ向けた――瞬間、ナラカの“天剱”に銃口を払われた。
「なにを」
「見苦しい」
 テレサの悲鳴を低く遮り、ナラカは言葉を継ぐ。
「父からもらった正義。それが汝のすべてであろうよ。いい傀儡を持って、さぞや父も鼻が高かろうな」
「ナラカ」
 リィェンが放つ、殺意すれすれの怒気。
 しかしナラカは言葉を止めず、語りあげた。
「テレサ・バートレット、父の影に憧憬する小娘よ。投げ与えられた正義にすがるばかりの汝に、その価値を語る資格はない」
 そして血の気の引いた顔をうつむかせるテレサを守って立ちはだかるリィェンへ切っ先を向け。
「それを知りながら顔をそむけて付き従うばかりの汝もだ」
 引き絞られる緊張の最中、ソングは苦笑を傾けて。
「で、君はどうする?」
 ゆっくり、ラウラ・マリアへ手を伸べた。
『彼女には光と同じほど大事なものがあるわけだ。だとすれば、あの手はずいぶんと無粋だね』
 バルタサールの内で言う紫苑。
 どのような交渉があったものか、ラウラ・マリアとストリートチルドレンの安全はすでにソングの属する組織が確保しているということなのだろう。その上で現状を突きつけ、選びようのない選択を強いているのだ。
 もどかしげに揺れたテレサを制したのは、やはりリィェンだった。
「落ち着け。今彼女を捕まえれば多くの“誰か”の未来を奪うことになる」
 古龍幇に属していた彼は、黒社会が面目のためになにをするものかを知っている。だからこそ言えなかった。テレサが固執する正義では、その“誰か”を救えないのだと。
「しばらく勝手させてもらうよ」
 しかめ面でその手を握り、離したラウラ・マリアがソングの向こうに行きかけた、そのとき。
『ヴィランとて一枚岩ではないのぢゃな。そなたの心根もまた、賊の肩書きどおりではない』
 ヴァイオレットの声音が女海賊の足を引き留めた。
『その男をどれほど信用しておる? けして心をゆるしたわけではあるまい? どうぢゃ、そちらへ行くこと、考えなおしてはくれんか?』
 ラウラ・マリアは皮肉な笑みを含めて言う。
「尼さん。ヴィランなんてのはね、独りじゃなんにもできやしないのさ。……で、あたしは行ってもいいのかい?」
 最初に口を開いたのは香菜だった。
『もうわかってるんだろう? あいつは見たいものを見せてくれる都合のいい神様じゃない。それでも追うなら……好きにすればいいさ』
 腕を組んで攻撃する意志がないことを示しながら、千尋もまた言葉を投げる。
「多くを失ってきたあなたに私が言えることなんてないわ。だから今日はこのまま見送らせてもらう。ただし、次会ったときに敵を演じるなら容赦はしない」
 ここでナラカがラウラ・マリアの後方へ割り込んだ。
「汝が信じる道を行け。近くまた私たちの歩と交わることもあろう。そのときにこそ見せよ。贖いと報いの決着を。そして魅せよ。汝が意志と覚悟の輝きを」
 そして彼女はすがめた両眼をゆるり、エージェントたちへ向け。
「さて、いかにする? 私たちは事情を知りながらすでに多くの者たちの死を見逃した。それをして明日重ねられよう死にすら目をつぶること……私はゆるさぬよ」
 情景より戻った瞬間、元のとおりに錆ついた“天剱”だったが、すでに半ば以上の錆を振り落とし、その輝きを取り戻していた。
 誰もが理解した。ナラカはいざとなればリンクバーストし、仲間と対してでもラウラ・マリアを行かせるつもりなのだと。
『こんなもので義理を果たせるかわからないけどな』
 カゲリの静かな声音を継いだのは、徹。
「ともあれ人命がかかっている状況で慎重な対処をするのはH.O.P.E.の理念にもとるものではないでしょう?」
『次の機会から逃げ出す輩でもないじゃろうしな?』
 ハニーの言葉へ苦笑を返すソング。
 しかしハニーは確信していた。ふん、会ったばかりじゃが、長く存在してきたワシには知れるよ。おぬしは狂人じゃ。事の次第で歩みを変える真似はできぬ。
『互いの立場はともかく、私たちがドロップゾーンを抜けられたのはラウラ・マリアさんの協力があってこそですわ』
 ヴァルトラウテに続き、龍哉が言った。
「そうでなくともH.O.P.E.には、ラウラ・マリアの部下を救えなかった負い目がある」
 今回の件を見逃す代わり、ソングと手を組むのはやめるよう言い含めたかったが……この状況ではそれすらも飲み込んで落としどころとするよりない。
 話が収束していく中、徹がテレサにそっと体を寄せて耳打ちした。
「状況がはっきりするまでは泳がせましょう。――それに正義は、感情に任せて振り上げていいものじゃない」
 体を離した徹にハニーがため息をついてみせた。
『あの正義を曇らせとるのは、人質を死なせたことへの負い目じゃろうがな』
 そして徹はラウラ・マリアへ。
「自分の正義は0時の鐘を聞いたシンデレラを快く見送ることです。次会うときはガラスの靴を持ってきますよ」
 さらに紫苑が静かに言葉を添えた。
『せめてきみの道行きに光あれと祈ろうか』
 テレサは、去りゆく女海賊の背を凝視したまま動かない。
 すると、リィェンが言った。
「きみが彼女を見逃さすことをよしとしないなら――俺を使え。きみの正義はこんなことで汚れていいものじゃない」
 テレサは背筋を震わせた。
 リィェンは、仲間を殺してでもテレサの望みをかなえると言っている。
「だめ。あたしにそんな価値は、ない……!」
 かぶりを振るテレサ。どうすればいいのかはわからなかったが、なにをさせてはいけないのかは、いやというほどわかるから。
「正義だけじゃなく、セリフまで安いんだねぇ」
 大げさに肩をすくめてみせるソングへ、リィェンが低く言葉を突きつける。
「貴様が嗤う彼女の正義で救われた者がいる。その正義に導かれ、闇を這い抜けた者がな。だからこそ……もう嗤わせん」
 打ちかからないのはテレサの正義を守るため。
 ソングは鼻をひとつ鳴らし、流し目を闇へと向けた。
「……宣戦布告ってことでいいのかな? そこの子も」
 気配を殺し、潜伏して近づいていたギシャの内でどらごんが息をついた。
『6メートル以内は奴の絶対領域か』
 対してギシャは。
『次はもっと迅く潜り込む』
 一方、事の成り行きを見守っていたチルルは詰めていた息を静かに吹き抜いた。
『さいきょーかわかんないけど強いね、あいつ』
『いつもみたいに真っ向勝負ーじゃ勝てないよ?』
 スネグラチカにうなずき返しながら、それでもチルルは考える。あのアフリカンに真正面から全力で挑み、打ち勝つ方法を。
「じゃあ僕は行くよ――またね」
 悠然と歩み去って行くソング。
 次に会うときは存分に殺し合おうと、掲げた拳で言い残して。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 義の拳客
    リィェン・ユーaa0208
    人間|22才|男性|攻撃
  • 義の拳姫
    イン・シェンaa0208hero001
    英雄|26才|女性|ドレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
  • 譲れぬ意志
    美空aa4136
    人間|10才|女性|防御
  • 反抗する音色
    ひばりaa4136hero001
    英雄|10才|女性|バト
  • Trifolium
    バルタサール・デル・レイaa4199
    人間|48才|男性|攻撃
  • Aster
    紫苑aa4199hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 崩れぬ者
    梶木 千尋aa4353
    機械|18才|女性|防御
  • 誇り高き者
    高野 香菜aa4353hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • さいきょーガール
    雪室 チルルaa5177
    人間|12才|女性|攻撃
  • 冬になれ!
    スネグラチカaa5177hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • ガンホー!
    乙橘 徹aa5409
    機械|17才|男性|生命
  • 智を吸収する者
    ハニー・ジュレaa5409hero001
    英雄|8才|男性|バト
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