本部

【記憶の本】銀の鍵と白い子供

茶茸

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
5人 / 4~8人
英雄
5人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2018/02/06 17:02

掲示板

オープニング


「ぜったい怒られちゃう……」
 やだなあと溜息を吐いたのは年の頃十歳かそこらの子供だった。
 くりくりと大きな瞳にも、いかにも柔らかそうな肌や髪にも色素がなく、細い手足も相まって愛らしくも儚げな容姿から性別を判断するのは難しい。
「バレない内になんとかしなくちゃ……」
 子供は鞄の中から鍵束を取り出し、銀色の鍵の数を数えて肩を落とす。その数十二個。
「あーもうやだやだやだ! 誰か手伝ってくれないかなあ」
 などと宙に向かって言っても無意味な事は自分がよくわかっている。
 子供は鍵を一つ選んで鍵穴に差し込む。
 くるりと回して開いた先はどこかの倉庫らしき白い床天井に壁一面に並ぶ引き出しと言った作りの部屋だった。
 中には先客が一人。にやにや笑いながら引き出しの中身を漁っている中年の男だ。
「もう! 教えた以上の事に使っちゃダメだよって言ったのに!」
 突然の闖入者が誰か悟った男が何か言う前に、子供は何処からともなく現れた長柄の武器を突き刺す。
 形そのものは農業用のフォークに似ている。鳥の脚のようなデザインで動物の頭が付いている。
 しかも動物の頭が口を開き、傷口を更に食い破って男の体の中を食い荒らし始めたではないか。
「あが……っぎ、ぁ……お、おゆ、るし……」
「許さないよ。僕はきちんとご褒美をあげるしお礼もするけど、僕との約束を破る奴は大嫌い」
 男が血泡を吹いて倒れると、子供は男を貪られるに任せ、床に落ちた本を開く。
「いらない記憶ばっかり。こんなの送ったら怒られちゃうよ」
 子供は鍵を本の背表紙に当てる。
 するとそこに鍵穴が現れて、鍵を差し入れて回すと本の中からバラバラと文字のような物がこぼれ始めた。それは床に触れる前に跡形もなく消えて行く。
 本から落ちる物がなくなると、本に差し込んだ鍵も跡形もなく消え去る。
「まだ十一個もあるんだよね……はぁ……がんばろう……」
 子供は武器を引き抜くと、無残な男の遺体には目もくれず鍵を扉に当てる。
 その扉に鍵穴などなかったはずだが、鍵は鍵穴に差し込まれる。
 回して開けば高級品に溢れた屋敷の部屋と、若い男が子供の前に現れた。


「以上が予知の内容です。またこの予知に出て来た男性と思しき人物の情報も発見しています」
 職員が端末を操作して、謎の窃盗事件の記事とその窃盗事件の犯人が判明したと言う記事、そして警察が捜査のために公開した顔写真を表示する。
「男性は現在行方不明ですが、予知を見る限り数日後に倉庫に現れるでしょう」
 そして謎の子供―――おそらく愚神であろう―――もそこに現れる。
 子供の事も気になるが、最初は男が、次に子供が手にした『本』と『鍵』が引っ掛かる。
「別の任務の報告書を呼んだのですが、そこでも『本』と『鍵』が重要な物として扱われています」
 それは人の記憶を奪う『本』と、その本が納められた『図書館』に繋がる鍵を巡る事件。
 記憶を奪った『本』はリンカー達が持ち帰り、現在も解析が続いていると言う。
「予知に出た『本』が同じ物であるとしたら、子供が持っていた『銀の鍵』は本に奪われた記憶を取り戻す、まさに『鍵』となるかもしれません」
 もしその通りであれば、今現在も奪われたまま戻っていない『本』の中の記憶を持ち主に返す事ができる。
 しかしその前に大きな問題があった。
「この子供の持つ鍵を手に入れなければなりませんが、愚神と思われる相手の持ち物を手に入れる訳です。戦闘になる可能性は高いでしょう」
 そうなのだ。予知の中で鍵の使い方は見る事ができたが、鍵は子供の持ち物だ。
 記憶を奪う『本』とこの子供に関りがあるとしたら、鍵を譲ってくれと言って「はいどうぞ」となる訳がない。
「接触できるチャンスは二つ。最初は倉庫、これはとある町の銀行の金庫であると判明していますが、そこに予め潜んでおいて接触する。次は子供が男性を殺した後に訪れたと思われる屋敷。これもどこの屋敷か判明しています。そこで待ち受けるのです」
 ちなみに場所は判明しているが入る許可はこれから取ると言う。
「銀行の方は事情を話せば協力して頂けると思いますが、次の屋敷の方が個人宅でありますし、殺された男性が窃盗を働いていたのを考えるとこちらも叩けば埃が出る身かもしれません」
 許可が取れる可能性は低い。屋敷に行くなら強硬手段が必要になるかも知れない。
「それと、これは少々賭けと言うか突飛な方法ではありますが……」
 職員が躊躇いがちに口にしたのは『子供に交渉を持ち掛ける』事であった。
「どうもこの子供は人に『本』を渡し、何かを……予知で言っていた内容から考えるに『記憶』の収拾を手伝わせているようです」
 しかし『約束を破った』事に気付いた子供が『本』を回収しに現れ、制裁として命を奪った。
 予知の言葉から推測するに、この子供は『約束』に従って行動している節がある。
 何らかの交渉材料を提示する事ができれば、その『褒美やお礼』として『鍵』を貰えるのではないかと。

解説

今回のシナリオは行動によっては戦闘が発生しない場合がありますが、戦闘の有無で報酬は変わりません

●目的
・男性二人のどちらかの生存
・子供から『銀の鍵』を入手する。もしくは鍵か本か子供の詳しい情報を得る(PL情報)

●状況
・倉庫(金庫):
 入るタイミングは自由だが遅くとも男性が殺された直後に突入しなければ子供は次のターゲットの所に行ってしまうので接触できない(シナリオ失敗)
 予め潜む場合金庫内に人が入れる大きさのコンテナを設置してもらえる
 金庫内の品物は全て移動済
 広さは縦横3スクエア、高さ2スクエアで戦闘するには手狭

・屋敷:
 屋敷で子供を待ち受ける場合は不法侵入になる
 男性は予知の通り二階の寝室でのんびり酒を飲んでいる
 どの部屋も広さは戦闘に支障ない程度

●敵
 『謎の子供』×1
 愚神である可能性が高いが能力は不明
・「不気味な武器」:
 鳥の脚のようなデザインで人体を食い荒らす動物の頭が二つ付いている。それ以外の性能は不明

●PL情報
 オープニングに記載されている物以外PCは知らないものとして扱って下さい

・『本』
 記された人物の記憶を『本』に閉じ込め奪う事が出来る

・銀の鍵
 『本』と二つ一組になっている
 扉に使うと『鍵』と対になった『本』がある場所に繋がり、『本』に使えば本に記載された内容(記憶)を破棄する事が可能
 破棄された内容(記憶)はその持ち主の元に自動的に戻る
 『本』の中の『記憶』を破棄するだけなら本と対になった鍵でなくてもいい

・謎の子供
 実の所本と一緒に対象者がいたのでついでに制裁しただけで、本が手に入るなら制裁はどうでもいい模様
 戦闘になった場合ある程度ダメージを受けると第三者が介入し逃走する
 鍵や情報を入手するなら逃走そのものを発生しないようにするか、逃走前に済ませなければならない

リプレイ

●金庫の鼠
 顔が映るほど磨かれた白一色の床天井。壁には黒一色の棚がびっしりと並んでいる。
 それ以外に目立つものと言えば、この愛想のない部屋には場違いな若者四人。
「中はあそこに防犯カメラがあるだけなんだ」
 アリス(aa1651)が金庫にしては心許ないセキュリティを確認しながら棚の一つを引っ張り出す。中身は空だ。 H.O.P.E.から連絡を受けた時点で金庫を管理している銀行が中身を別の場所に移したらしい。
「こっちは中に入る職員の監視のためだけに置いたんだろうね」
  Alice(aa1651hero001)は先程自分達が入って来た扉を見る。
 この金庫の扉は何通りものパスワードを使って初めて開けられるタイプで、扉自体も非常に頑丈である。
 さほど規模が大きくなく目立って羽振りの良い者も少ない町ではこれで十分なのかもしれない。
「今回は司書さんじゃないんすね。目的もよく分かんないっす」
「それでもあの図書館の手掛かりには違いない」
 人が入れる程の大きなコンテナのサイズを確認しながら話すのは君島 耿太郎(aa4682)とパートナーのアークトゥルス(aa4682hero001)。話題はプリセンサーが察知した『子供』についてだ。
 この金庫に本を手に現れる泥棒。その泥棒を何の躊躇いもなく殺す白い子供。
 本来一般人の盗難事件は警察の管轄である。
 何故エージェント達がここにいるかと言うと、愚神と思われるその子供の対処の為だ。
「二人は『図書館の事件』に関っていたんだっけ」
 二人の会話を聞いたアリスの質問に耿太郎が顔を上げた。
「そうっすよ。アリスさん達は確か報告書を読んでたんっすよね?」
 『図書館の事件』でも愚神が現れ、また今回の予知で殺された男が持っていた物のような、不思議な『本』にまつわるものだった。
「その時も被害者は記憶の一部を失くしていたんだよね? あの銀行員と同じように」
  Aliceは事前に銀行員達の中に記憶を失くした者がいないか確認しており、一部の記憶を失った数人の銀行員と失われた記憶の情報を照合していた。
 結果、パスワード変更の時期とパスワードそのものの記憶が含まれている事が分かっている。
「あの銀行員はごく一部で済んでいたが、被害者の中には数年に渡る記憶を失った者もいる」
 アークトゥルスの厳しい顔はその時の事を、耿太郎が被害者の記憶を閉じ込めた『本』と引き換えに自分の記憶の『本』を差し出した事を思い返しているのだろう。
 その『本』に記録され奪われた耿太郎の記憶は未だ失われたままだ。
「例の『子供』にも、ここに来る泥棒にも、色々聞かないとね」
 二人のアリスに耿太郎も頷く。
「もちろんっす。それじゃ、ちょっと狭いけど”中”に入って待つっすよ」
 先程引っ張り出した大きなコンテナは銀行側が用意した物だ。
 親切な事に、本来は持ち手がついていただろう部分に細工を施し中から外を覗ける仕様になっていた。
『……しかし、愚神に協力者がいる、か』
 コンテナに入る際共鳴したアークトゥルスの呟きに、その意図を理解した耿太郎も懸念を口にする。
「この話、結構大事になるかもっすね……」
 それ以上の会話はせずに黙って時を待つエージェント達の耳に、重い扉が開く音が聞こえて来た。
「ひひひ……」
 押し殺しているにも関わらず卑しいものがはっきり感じ取れる笑い声。
 何の変哲もないカジュアルな服装。手には本を持ち、デイパックを背負っている。
 最初はゆっくり入って来た靴音は数歩ともたず無警戒に歩き出した。
 そんな男を取り押さえるのは、共鳴した耿太郎とアリスには容易い事だった。
「は、えっ!?」
 男が驚いた声を上げた時には、コンテナから飛び出した耿太郎の黒い瞳にアークトゥルスの外見を持った青年と、血のような赤に染まった少女に拘束されていた。
「教えた以上の事に使っちゃダメだよ……って、言われなかった?」
 その言葉を別の口から聞いていた男が、何故知っていると目を見開く。
「あーあ、殺されちゃうかも」
「ひっ、あ……アンタ、まさかお仲間かなんかなのか」
 途端に怯える男を挟み、アリスとアークトゥルスはアイコンタクトを行う。
 男は持っていた本をアークトゥルスに取り上げられると焦って身じろぎするが、騒ぐ前にアリスが押え込む。
 本はA4判くらいのハードカバー。本の背表紙には人の名前と思われるものが複数あった。
「この名前、記憶を失くしていた人と同じだよ」
 アリスがメモを取り出して背表紙の名前と照らし合わせると、別件で記憶を奪う『本』を目にしているアークトゥルスが怪訝そうにする。
「あの場所で見た本は一人分の名前しかなかったが」
『何の違いがあるんすかね?』
 耿太郎の疑問に改めて本を見てみるが、見た目から判断できる情報はなかった。
 男が他に持っている物は僅かな金品のみ。金庫に盗みに入るにしてはあまりに身軽である。
「気になる事はまだあるが、例の子供が来る前に……」
「あれ? なんか知らないひとがいる」
 幼い声にアークトゥルスが振り向く。
 一体どこから現れたのか、背後の扉の前に白い子供が立っていた。


●盗人の屋敷
 アークトゥルスとアリスが子供と遭遇した時より時間を遡る。
 プリセンサーの予知には金庫に盗みに入った男以外にもう一人、白い子供に遭遇するであろう人物がいた。
「流石に、このまま襲われるのを見過ごすのも悪いしね」
 その人物が住んでいる屋敷は表から見る限りでは古びた洋館と言った印象だったが、九字原 昂(aa0919)は予知で見た部屋が高級そうな調度品で溢れていたと聞いている。
「どうせ脛に傷持つ身なんだ、いっそこのまま始末された方が良いかもしれんぞ」
 ベルフ(aa0919hero001)が言うのは主に金庫に盗みに入った男の事だろうが、外観は古びた屋敷の中で高級品に囲まれた男の事も示しているのだろう。
 屋敷の主人が実は借金まみれであったと言うのは職員を通して頼んでおいた継続調査で判明した。
 祖父の代から浪費がかさみ父の代で借金が膨れ上がり、当代は蒸発した父親の代わりに売れる物はあらかた売って、残るは壊すにも手直しするにも金が掛かって手が付けられない屋敷だけと言う話だ。
 それが一転高級品と宝石に囲まれていたら勘繰るのは当然である。
「それならそれで、きっちり司法でケリをつけておいた方が良いんじゃないかな」
 昂もベルフの予想には同意していたが、もし予知で見えなかった先で愚神であろう白い子供に殺されるとしたら放置する訳にはいかなかった。
「それにしても、屋敷の方の予知すくないなぁ」
「倉庫の方が重要だと考えるべきでは? 鍵で入ったであろう男の元へ来たのですし」
 逢見仙也(aa4472)とクリストハルト クロフォード(aa4472hero002)はあまりに短かった屋敷に関する予知に、これで継続調査を依頼していなかったら全くの手探り状態だったと胸を撫で下ろす。
「本から零れ落ちる文字……。記憶の蒐集は本と言う形で行っていた、わよね」
「ええ。恐らくは、零れ落ちた文字は図書館への『魔術による転送』、こちらで言う『電子メール』のようなものではなく……」
 鬼灯 佐千子(aa2526)とノーニ・ノエル・ノース・ノース(aa2526hero002)の二人は、予知で子供が鍵を使って行った事にも注目していた。
 ライヴスを魔力として捉えているノーニの見解を聞き、佐千子は予知で見た本から零れ落ちる文字のような物の行く先を考える。
「……記憶の解放。誰かの元に戻ったのでしょうね」
 そうであればいい。そうであってほしいと思いながら。
「できれば『子供』から本と鍵について聞きたいね」
「素直に話が出来ればな」
 昂の言葉にベルフは肩を竦めた。何せ相手は人一人を何のためらいもなく殺しているのだ。
 勿論、この場にいる全員戦闘への備えは怠っていない。
「まずは屋敷の侵入です。慎重に行きましょう……シャドウルーカ―のようなスキルは無いけれど」
 佐千子がそう言いながらノーニの方を向くと、彼女は分かっていると言う風に頷いた。
「簡素ですが、人払いの結界を張りました。魔力を持たない人間を欺く分には問題ありません」
 そうして開始した潜入は屋敷の裏口から。
 仙也と昂が全身をライヴスで覆い潜伏し、先行する仙也と佐千子が物理と魔法両方の罠を警戒しながら進む。
「少なくとも保証されないで犯罪者扱いとかされたら……H.O.P.E.への信頼感は死ぬな」
 鍵の掛かっていた扉を仕方なしにこじ開けた仙也とクリストハルトは、どう見ても不法侵入になってしまった自分達を顧みてこぼす。
『他の方のこれからにも関わりますしね。犯罪者扱いされるのは困りますね』
 職員が屋敷の住民にコンタクトを試みたものの突っぱねられてしまったと謝って来たのを思い返す。
 屋敷は人の気配がほとんどないが、上階の一室から何やら笑い声が聞こえてくる。
 屋敷の中は外と同じように古びており、更にあちこちにある事を示す紙が貼ってあった。
「……もしかしてこれ、差し押さえられてないか?」
 仙也がその紙の意味に気付く。
 もしや借金を返すために、金庫に入った方の男と同じく高級品を盗んでいたのだろうか?
「ライヴス反応がありました。声が聞こえて来る方です」
 モスケールでライヴス反応を探っていた佐千子が上階を差す。
「やった! やったぞ! これで借金は完済、いや逆に金持ちになれる!」
 その時、離れた場所からでも聞こえる程の快哉が上がった。
 ああ、これは間違いなく黒だ。
 全員が同じ事を思い、頷き合う。
 そこからの顛末は金庫に入った男と同じようなものだった。
「なんだお前ら、どこから入った!」
 部屋に入って来たエージェント達に拘束され、詰め寄られた男はあっさりと自分の罪状を白状する。
 曰く、自分が身に着けている物や部屋にある物は全て元は屋敷にあった物。先祖代々受け継がれ、本来なら自分の物だった。借金の形に持って行かれあちこちに売り飛ばされていた物を取り戻したかった。
 いえ申し訳ありませんそのついでに他にもくすねました。
 何故そんな事を思い立ち実行に至ったかと言うと、ある日天の使いが目の前に現れて自分の言う事を聞けば望むことを行える力を貸してやる。そう言ったからだと。
「天の使い……あの愚神の事か」
『こいつは相手が愚神だと気付いてないのか』
 昂とベルフが怪訝に思いながらも聞いてみれば、男は愚神どころか異界の存在も「聞いた事があるかもしれない」と言う有様だった。借金返済と生活苦でそれどころではなかったらしい。
 それで突然差し伸べられた救いの手に縋った挙句、調子に乗っていらぬ罪を重ねてしまった訳だ。
「見て、『本』があったわ」
 事情聴取の間モスケールの反応を辿っていた佐千子の手に白い『本』があった。
 それを見た男の顔色が一気に青ざめる。
「や、止めろ! その本は俺以外の誰にも触らせちゃだめなんだよ!」
「あーあ、きみも約束破ったね」
 突然響いたあどけない声に、部屋にいたエージェント達が身構える。
「ここにも知らないひとがいるね」
 愛らしく首を傾げた白い子供が一人、赤い瞳をエージェント達に向けていた。
 身構えるエージェント達の反応も気にせず、子供は自分の後ろに向けて声を掛ける。
「おにーさんたちもこっちおいでよ。僕に話があるんでしょ?」
 ややあって、子供の後ろからアークトゥルスとアリスが顔を出した。


●交渉を始めよう
 何があったと言う質問への答えは子供から。
「本に知らない人が触ったみたいだからね。気になって見に来たんだ」
 子供は昂、仙也を見たが、佐千子の顔を見ると「うん」と頷く。
「知ってるおねーさんもいるね。ちょっと感じ違うみたいだけど」
「あっ、あの、これは……!」
 子供の姿を見た男が何か言おうとしたが、アリスが素早く口を塞ぐ。
「死にたくないなら黙ってなよ。……声出したら見捨てるよ、良いね?」
 静かな声にただならぬものを感じた男が硬直する。
「”お話し”に来てくれたんですよね? とりあえず、この人達の事は置いておきませんか」
 佐千子が男二人を背に庇い気を逸らさせる。
「少し待ってもらえますか」
 昂は佐千子から本を受け取り、子供に見せた。
「この本をあなたに返す代わりに、記憶を返してもらう事はできませんか」
 男から気を逸らす為にも、アークトゥルスも『本』を手に取って掲げる。
「以前、これと同じような本が収められた『図書館』に行った事がある」
「知ってるよ。おにーさんたち『取引』したんでしょ」
 無邪気に言われてその時の事を思い出したアークトゥルスの視線が鋭くなる。
『やっぱりあの『図書館』の関係者っぽいっすね』
 耿太郎が子供の反応に呟き、アークトゥルスは沸き上がった感情を抑え込んで「知っているなら話が早い」と続ける。
「貴様は何者だ。あの『図書館』の事を知っているなら、ただの子供ではあるまい」
「うーん?」
 その問い掛けに子供は即答せず少し考える。
 「どうだったかな?」「大丈夫だっけ?」と独り言をつぶやいていたが、あっさり答えを出したようだ。
「ダメとは言われてないからいっか。うん、僕は子供じゃないよ。ちゃんとあの図書館に本を届けるってお仕事をもらってるんだ」
 胸を張って答えた子供の指は白い本を指している。
「仕事?」
「そう。僕が正式に任せられたお仕事だよ。おにーさんは図書館で……えっと、他のひとの名前出しちゃダメなんだっけ。司書をやってるひとに会ったよね? 僕はそのこうはいってところかな」
 ペラペラと喋る子供の行ったことを耿太郎と共に吟味する。
『後輩と言う事はこの子供が愚神なのは確定っすね』
「よく喋るようだが、一応秘匿事項はあるらしい」
 アークトゥルスが耿太郎と相談を始め黙ったため、今度はアリスが子供に話しかける。
「この本は破棄する訳ではないの? もし破棄するなら代わりにやってくるし、手伝いが必要なら手伝うよ」
 これには子供が「ダメだよ!」と慌てて首を横に振った。
「その本は僕がせきにんもってあずかった本だよ。僕には壊せないけど、もし壊したとしたら怒られちゃうよ!」
 ”責任をもって預かった”という本を何故手放して今更回収に回っているのかは謎だったが、その答えにアリスはアークトゥルスから本を受け取る。
「……つれないな」
 子供に向かって本を差し出すと、白い小さな手がさっと本を受け取る。
「じゃあせめて『話くらい付き合ってよ』」
 アリスがライヴスに乗せて放った言葉に子供がにこりと笑った。
「いいよ、これくらい許してあげる」
『これ……もしかしてばれた?』
「……かもしれない」
 Aliceとアリスは内心警戒しつつ子供の反応を見守る。
「いらない記憶ばっかり。こんなの送ったら怒られちゃうよ」
 子供が本の中身に気を取られている様子にとりあえず危険はないようだと安堵しつつその動向を見守っていると、子供は鞄から鍵束を取り出した。
『……やはりあの時の鍵とは色も込められた魔力も異なるようです』
 佐千子と共鳴しているノーニが佐千子の目を通して銀の鍵に彫られた模様と、鍵が本の背表紙に差し込まれ本の中か文字がこぼれ落ちるのを見詰めた。
 アリスもこぼれ落ちた文字が消えて行くのを見てから子供に問いかける。
「……それ。本の内容が消えたら、記憶自体はどうなるの?」
「その鍵、要らない部分だけを戻す事はできるか?」
 続いて質問をしたのは仙也だった。
 文字がそれ以上こぼれなくなってからもう一度本の中身を確認していた子供が顔を上げる。
「うーん。まあ『本』の事はそこのおにーさんとおねーさんも知ってるし、これくらいはいいかな?」
 子供は本を閉じて鞄の中に仕舞うと、二人の質問に答えた。
「記憶は本から消されると元に戻るんだよ。ただしこの鍵で本の中身を開けないといけないけど」
 子供がそう言って鍵を振る。
 鍵束に下げられた他の銀の鍵が擦れて音を立てた。
「でもね、この鍵で出来るのは開けることだけ。選ぶことはできないんだって。僕はこの鍵を預かってるだけだから、それ以上のことはできないよ」
 だから記憶を集める時はきちんと選ぶんだよ。いらない記憶が混じらないようにね。
「いらない記憶と言うが、それならどんな記憶がご所望だ?」
 仙也のこの発言に共鳴したクリストハルトだけでなくアークトゥルスと耿太郎までもはっとした。
「俺の記憶から情報代、本と鍵の対価になりそうな部分ねーかな?」
『記憶を捨てるなんて!』
「待て! 記憶は本に奪われれば忘れ去ってしまうのだぞ!」
『そう言うのはよくないっす』
「耿太郎はそれを言う前に我が身を振り返ってくれ」
 パートナーだけでなく思わぬ所からの制止の声に少し驚きつつ、仙也は肩を竦めた。
「無くなっても生きては行けるさー。人は忘れる生き物だし」
 どうだろうかと子供を見ると、無邪気な笑みが返ってきた。
「おにーさんたち、この鍵が目的だったんだね?」
 それじゃあ、『約束』しようか。


●対価と約束
「取引を受けてくれると言う事ですね?」
 昂はいつでも動けるよう身構えながら問い掛ける。
『気を付けろ。あの様子じゃまともな要求は来ないぞ』
 ベルフの警告に分かっていると返し、まだ自分達の手元にある本を見せた。
「僕はこの場を穏便に済ませたい。あなたも何事もなく本が手に入るなら、その方がいいですよね?」
「そうだね。あんまり派手にやっちゃうとバレちゃうし」
 取り出した鍵をこれ見よがし振りながら言う。
「僕との『約束』を守ってくれるなら、一つだけあげてもいいよ」
「その『約束』とは?」
 内容次第では戦闘になる。
 そう考えた佐千子は表面上はあくまでも静かに、しかし内心は緊張しながら答えを待った。
 果たして、その答えはあまりにも軽く告げられる。
「この鍵はね、僕が許可を出さない限り誰にも使えないんだ。だから、君達は僕から『鍵』と『鍵を使う許可』のふたつを要求した事になるんだよ」
「対価が必要なら……」
「だーめ。おにーさん、自分のいらない記憶を渡そうとしてるでしょ」
 仙也の言葉を遮って子供は鞄から一枚の紙を取り出し、紙面に何かを書くように指を動かした。
「僕が欲しいのは本人がこんなのいらない! って言う記憶じゃないんだよ。ちゃーんとげんせんしてるんだから!」
 だからこんなのはどう?
 そう言って子供が紙をエージェント達に見せる。
 縁に銀の箔押しをした高級感のある紙には文字とも模様とも思える物が書かれていたが、それはやがて形を変えてエージェント達にも読める物へと変化した。


 鍵が欲しいなら僕を手伝うこと
 本がどこにあるかは僕が教えるよ。君達は本を持って来てくれるだけでいい
 君達が本を取り戻してくれるなら持っていた人にはそれ以上何もしないよ
 そうそう、君達って同じところで仕事をしているんでしょ?
 この『約束』は同じ所で働いているなら誰がやってもいいことにしてあげるね
 『約束』を果たしたら、僕が鍵の使用許可を出してあげるよ

 交渉を受けて貰えるなら協力する事を考えていた者もいたが、文面を見ればその『約束』は自分達だけでなくH.O.P.E.に所属するエージェント全体を対象としていると考えられる。
 この場にいる者だけで決断するのは躊躇われた。
「これはすぐに返事できる案件ではありません。時間を貰う事はできますか?」
 昂への返事はおそろしくあっさりしていた。
「いいよ。その本を返してくれるなら待ってあげる。僕は僕でやることもあるし、返事はまた今度でいいからね」
 子供は無防備にエージェント達に近付き、その手から本を取り上げると部屋の扉に鍵を挿した。
「それじゃあね。また会うかどうかは分からないけど」
 開いた扉の向こうの景色はどこかの屋上のようだったが、詳しく見る暇もなく扉が閉まった。
 咄嗟に追いかけ扉を開くが、そこは屋敷の廊下が続いているだけだった。


●何とも言えない置き土産
 子供が消えた後、エージェント達は拘束した男二人を警察に預ける事にした。
 金庫に盗みに入った男は元々指名手配を受けていた事もあり、余罪を考えれば相応の刑を受ける事になるだろう。
 屋敷の男は盗んだのが所謂裏社会の人間からだ。いっそ刑務所に収監されほとぼりが冷めるまで刑に服していた方が安全かもしれない。
 今回の事件の顛末、子供との交渉結果、そして子供から出された『約束』とそれを記した紙。
 これらの提出を受けた本部の判断は一時保留だった。
 目的である男性の救助は二人とも成功しており、現時点においての被害は回避できたのだ。
 子供―――いや、愚神が出した条件をその場で了承しなかった事はむしろ正しい判断である。
 『約束』と「返事はまた今度」と言う点は気掛かりだが、愚神の足取りが追えない以上調査を続けるしかないと言うのが本部の決定だった。
 エージェント達は愚神が残して言った置き土産に、言いようのない不安を覚えながらも本部を後にした。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者


  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避

  • ベルフaa0919hero001
    英雄|25才|男性|シャド
  • 紅の炎
    アリスaa1651
    人間|14才|女性|攻撃
  • 双極『黒紅』
    Aliceaa1651hero001
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 魔女っ娘
    ノーニ・ノエル・ノース・ノースaa2526hero002
    英雄|14才|女性|ソフィ
  • 悪食?
    逢見仙也aa4472
    人間|18才|男性|攻撃
  • エージェント
    クリストハルト クロフォードaa4472hero002
    英雄|21才|男性|シャド
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
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